知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10010号 判決 2010年10月12日
原告
ザ・コカ-コーラ・カンパニー
訴訟代理人弁理士
深浦秀夫
同
小嶋勝
被告
特許庁長官
指定代理人
千馬隆之
同
豊島ひろみ
同
紀本孝
同
小林和男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008-11992号事件について平成21年8月26日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,名称を「柔軟なパッケージを連続的に成形,密封,充填をするためのシステムと方法」とする発明につき国際特許出願をし,平成19年10月31日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする手続補正(以下「本件補正」という。)をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記補正後の請求項7に係る発明(以下「本願発明」という。)が,下記発明との間で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
記
・ 特開平4-72104号公報(発明の名称「成形充填包装方法」,出願人シーケーディ株式会社,公開日平成4年3月6日,以下「引用例」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年(2001年)2月21日の優先権を主張して,平成14年2月20日,名称を「柔軟なパッケージを連続的に成形,密封,充填をするためのシステムと方法」とする発明について,国際特許出願(PCT/US02/03388,日本における出願番号特願2002-567600号)をし,平成15年8月13日に日本国特許庁に翻訳文(請求項の数20)を提出し,平成19年10月31日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする本件補正(請求項の数16)をしたが,平成20年1月31日付けで拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2008-11992号事件として審理した上,平成21年8月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月16日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項の数は前記のとおり16であるが,その請求項7の本願発明の内容は,以下のとおりである。
「【請求項7】 柔軟なパッケージを連続的に成形し,密封し,液体を充填するためのシステムで,
a) プラスチック・シート材料の連続したウエッブをパッケージ成形装置に供給するための手段,
b) その成形装置から一連の隣接し合った成形されたパッケージを含んでいる連続したパッケージのウエッブを産出するための手段,その成形されたパッケージは閉じた底部,開いた2側部,充填用開口部を形成する開いた上部を有すること,
c) そのパッケージのウエッブを側部接合装置に連続的に通過させる間に開いている側部を密封するための手段,
d) そのパッケージのウエッブを充填装置に連続的に通過させる間に上記の開いている上部を通して液体をパッケージに充填するための手段,
e) そのパッケージのウエッブを上部密封装置に連続的に通過させる間に各パッケージの開いている上部を密封するための手段,
f) それぞれの充填して密封したパッケージをそのウエッブから分離して,それから個々のパッケージを形成するための手段,
g) 上記産出するための手段,上記開いている側部を密封するための手段,上記充填するための手段及び上記開いている上部を密封するための手段の周辺で,無菌環境を維持すること,および,
h) 上記分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持するための手段,
が含まれるシステム。」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決が認定した引用発明の内容,周知技術の1つとして認定された周知引用例3の内容,本願発明と引用発明との相違点3は,次のとおりである。
・ <引用発明の内容>
「成形装置3,切断装置4,折曲げ仮シール装置5,本体シール装置7,充填装置8,ボトムシール装置9及び打抜き装置10を備え,帯状の容器フィルムから包装体をつくる成形充填包装装置であって,成形装置3において,フィルム幅のほぼ中央に折り目形成部が形成されると共にその両側に容器ポケット,ストロー挿入ポケット及び充填口ポケットが成形され,切断装置4において,フィルムの幅方向の下半分に伸びるスリットが容器ポケット4個分のピッチの間隔で形成され,折曲げ仮シール装置5において,二つのスリットの間にある容器フィルムの下半分が折り目形成部の位置で折り曲げられるとともに重ねられたストロー挿入ポケットの回りで仮シールされ,本体シール装置7において,重ね合わされた容器ポケット,仮シールされたストロー挿入ポケット及び充填口ポケットの回りで容器フィルムが接着シールされ,充填装置8において,充填ノズル81が容器ポケット内に入って液体が充填され,ボトムシール装置9において,充填口ポケットの部分hがシールされ,打抜き装置10において,容器1個ずつ所定の輪郭に沿って打ち抜かれるようにした成形充填包装装置。」
・ <周知引用例3>
特開平3-14434号公報(発明の名称「無菌充填包装機の装置殺菌方法」,出願人凸版印刷株式会社,公開日平成3年1月23日,甲3)
・ <相違点3>
「本願発明は,パッケージのウエッブを産出するための手段,開いている側部を密封するための手段,充填するための手段及び開いている上部を密封するための手段の周辺で,無菌環境を維持し,分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持する手段を備えるのに対して,引用発明はそのような手段を備えない点。」
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,本願発明と引用発明との相違点3に関し,周知引用例3の認定を誤り(取消事由1),その結果,相違点3についての容易想到性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(周知引用例3認定の誤り)
(ア) 審決は,「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,引用例3に示されるように従来からよく知られている(記載事項(3-a)~(3-e)参照)。」(審決8頁25行~27行)と認定しているが,次のとおり,誤りである。
すなわち,本来,周知引用例3の無菌チャンバー14内が無菌環境であるためには,包装素材3が無菌チャンバー14に導入される前に,無菌チャンバー14の外の区別される領域において予め殺菌され,その後に無菌チャンバー14内に導入される必要がある。ところが,周知引用例3の図2に記載された装置では,包装素材3は,殺菌前の汚れや菌が付着したままの状態で無菌チャンバー14内に導入される。実際,周知引用例3(甲3)には「近年,無菌チャンバー内で殺菌された包装素材を用い,被充填物を充填した後,密封シールし,無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが開発されている。」(1頁左欄下2行~右欄2行)と記載されており,かかる記載は,包装素材の殺菌が,包装素材を無菌チャンバーに導入する前ではなく,包装素材を無菌チャンバーに導入した後に無菌チャンバー内で行われることを示唆するものである。
このような周知引用例3に記載されている装置の構造では,包装素材3が無菌チャンバー14内に導入される入り口から包装素材殺菌部4の間には,汚れや菌が付着したままの状態の包装素材3が存在し,これにより無菌チャンバー14内の環境は必然的に菌で汚染される。したがって,周知引用例3に記載された無菌チャンバー14内の環境は,装置の稼動中は無菌とはなり得ないものであって,周知引用例3には,外部よりも清浄であるが無菌ではない環境で,包装素材3が筒状に成形され充填される装置が記載されているにすぎない。
一方,本願明細書(国内書面,甲5)の図2によれば,ウエッブWがウエッブ滅菌部7において予め滅菌され,次いで,滅菌済みのウエッブWが,成形されたパッケージを含んでいる連続したパッケージのウエッブの産出,側部密封,充填及び上部密封の工程が行われる領域に送り出されるシステムが記載されており,また,「‥‥ウエッブWが滅菌機構7から出て,袋の側部密封用ターレット(turret)8を通過して,図5を参照して以後に詳細に示すように袋Pの側部接合を形成する。」(段落【0017】)と記載されている。本願発明では,このようなシステムを用いることによって,ウェッブWが,上記産出,側部密封,充填及び上部密封の工程が行われる領域に導入される前に殺菌され,かくしてこれらの工程が行われる手段の周辺において菌で汚染されていない無菌環境を維持することができるものである。
したがって,周知引用例3に記載された装置では,本願明細書の図2の滅菌部7に相当する包装素材殺菌部4が,本願明細書の図2の上記領域に相当する無菌チャンバー14の中に存在する点で,本願発明に記載されたシステムと相違する。
この点について,被告は,後記3(1)イのとおり,「無菌チャンバー14」は,符号14の引出し線が指す壁面によって囲まれる空間のうち,包装素材殺菌部4の左方の,いわば仕切られた空間を意味する旨主張する。しかしながら,確かに,周知引用例3には殺菌部4の下方に向かって伸びる線が示されているが,周知引用例3には,この下方に向かって伸びる線が,無菌チャンバー14内のこの伸びる線の左側から殺菌部4を仕切ることも,分離することも何ら記載されていない。また,温度センサー20は,符号14の引出し線が指す単一の壁面によって囲まれる空間の右方壁面に存在する。すなわち,温度センサー20が存在する空間が無菌チャンバー14内であるということは,包装素材殺菌部4とここから下方に向かって伸びる線の右方の空間も無菌チャンバー14内であるということを意味しているのであるから,被告の主張は誤りである。
また,周知引用例3には「このような無菌充填包装機は装置稼動開始前に,チャンバー配管等を殺菌し,無菌な状態にする必要がある。」(1頁右下欄3行~5行)と記載され,また,「生産稼動前の配管及び無菌チャンバー内の装置殺菌においてチャンバー内の温度上昇に合わせて殺菌液を噴霧するため,外気温度,装置初期温度等の影響をうけることなく常に一定温度での殺菌液を作用させることができ,十分に殺菌液の効果を得ることができる。」(3頁右上欄7行~13行)と記載されている。このように,周知引用例3にはただ単に,最初の無菌環境を作り出すこと,すなわち,生産開始前に配管及び無菌チャンバーを殺菌することが記載されているにすぎず,周知引用例3に記載された無菌チャンバー14内は,生産稼動中には菌で汚染されており無菌でない環境である。
さらに,周知引用例3に記載された装置において,包装素材3の上部が横シール部12によって密封される工程は,包装素材3が無菌チャンバー14の外に出た後に行われる。よって,周知引用例3に記載された装置は「開いている上部を密封することの間,無菌環境を維持する」ものではあり得ないものである。
以上のとおり,周知引用例3には,無菌環境下で飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成する装置は何ら記載も示唆もされていない。
(イ) 審決の「(3-e) 第2図を参照すると,無菌エアー移送システムによる無菌チャンバー14内外の無菌エアーの流れが示されており,無菌チャンバー14内では,三角ガイド7,縦シール部11,充填ノズル28及び横シール部12の近傍に無菌エアーが供給されることがみてとれる。」(6頁16行~20行)とした審決の認定,及び「なお,引用例3において,第2図及び記載事項(3-d)中の『包装素材3中に充填された被充填物の液面レベル上方を陽圧に保つための無菌エアーノズル19』を参酌すると,記載事項(3-e)の『無菌エアーの流れ』は,充填,密封シール等が行われる装置の稼働時におけるものであると解するのが自然である。」(8頁33行~9頁2行)とした認定は,周知引用例3に記載された無菌チャンバー14内の空気が無菌であることを前提とするものであるから,上記(ア) に記載した理由により誤りである。また,周知引用例3に記載された装置は,無菌チャンバー14内の無菌環境を維持するために無菌エアーを使用するものではなく,無菌チャンバー14の最初の殺菌の目的のために,すなわち,殺菌液の殺菌効果を高めるため及び殺菌液の乾燥のために,加温された無菌エアーが用いられるにすぎないものであるから,この点からも,上記審決の認定は誤りである。
イ 取消事由2(相違点3についての容易想到性判断の誤り)
(ア) 相違点3に関し,「充填,密封の後に個々の容器に分離する場合,無菌状態あるいは高清浄度が要求されるのは密封工程までであって,個々の容器に分離する工程においては,容器内に菌が侵入する可能性は低いから,無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされないことは明らかである。」との審決の判断(8頁28行~31行)は誤りである。すなわち,本願発明は,密封したパッケージをそのウエッブから分離している間「清浄だが,無菌でない環境」を維持することを特徴とするものである。仮に,個々の容器に分離する工程において「無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされない」ことが明らかであったとしても,かかる事実から,個々の容器に分離する工程との関係で「清浄だが,無菌でない環境」を維持することが明らかであるとはいえない。このことは,周知引用例3に記載された装置において,包装素材3が切断部13によって個々の容器に分割される工程が,「清浄とも,無菌とも言えない環境」である無菌チャンバー14の外で行われている事実からも明らかである。
(イ) 周知引用例3には,生産稼動中は,外部よりも清浄であるが無菌でない環境で,包装素材3が筒状に成形され充填され,そして清浄とも無菌ともいえない環境で上部が密封され,個々の容器に分割される装置が記載されているにすぎず,相違点3の「パッケージのウエッブを産出するための手段,開いている側部を密封するための手段,充填するための手段及び開いている上部を密封するための手段の周辺で,無菌環境を維持し,分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持する手段を備える」ことは記載も示唆もされていない。したがって,相違点3は,周知引用例3に記載された発明及び周知技術を参酌することにより容易になし得たものではなく,審決における「したがって,相違点3は,この周知技術を参酌することにより,当業者が容易になし得たことである。」(8頁31~32行)との認定は誤りである。
(ウ) 被告の周知例の補充につき
被告は,後記3(2) イのとおり,無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することが本願出願前に周知であることを示す刊行物として,乙1(特開平7-17517号公報。公開日平成7年1月20日。以下「乙1刊行物」という。)を追加する。
しかしながら,このような進歩性の判断に重大な影響を及ぼす事実を示すための刊行物に関して,出願人に該刊行物を考慮した応答の機会を何ら与えることなく,審決取消訴訟において新たに引用することは,出願人に不当な不利益を与えるものであるから,本訴訟において乙1刊行物を新たに引用することは認められない。
仮に引用が認められるとしても,乙1刊行物に記載された充填製袋機は,外気から遮断された状態で予めハウジング内部を殺菌する殺菌手段は何ら記載されておらず,単に,そのハウジング内の空気が不活性ガスもしくはクリーンエアで置換される充填製袋機が記載されているにすぎない。しかし,それでは,酸素の存在なしに生育できる嫌気性菌,外部から入れられる人の手や交換部品に付着した菌によって汚染されることを阻止することはできない。乙1刊行物に記載された充填製袋機は,外部空気中に存在する浮遊塵や落下菌による汚染から被包装物を保護するものではあっても,ハウジング内部の無菌環境が維持されるものではない以上,この刊行物によっても,「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成すること」なる事実が周知であることは何ら示されていない。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3) の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 原告の主張(ア) につき
(ア) 周知引用例3は,無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することが周知技術であることを示すために引用したものである。周知引用例3には,「近年,無菌チャンバー内で殺菌された包装素材を用い,被充填物を充填した後,密封シールし,無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが開発されている。」と記載されており,該記載だけをとってみても,審決における「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,引用例3に示されるように従来からよく知られている」との認定に誤りがないことは明らかである。また,無菌包装容器を完成させるためには,飲料等の充填,密封を行う際に,すなわち,装置が稼動している際に,無菌環境が維持・確保されていなければならないのはいうまでもないことである。
(イ) 周知引用例3に具体的に記載された無菌充填包装機も,無菌環境下で飲料等が充填,密封されるようにしたものである。すなわち,周知引用例3の第2図には,無菌エアー移送システムによる無菌チャンバー14内外の無菌エアーの流れが示されており,無菌チャンバー14内では,三角ガイド7,縦シール部11,充填ノズル28及び横シール部12の近傍に無菌エアーが供給されることがみてとれる。そして,この無菌エアーの流れが,充填,密封シール等が行われる装置の稼動時におけるものであることは,上記のとおり,飲料等の充填,密封を行う際に無菌環境が維持・確保されていなければならないことや,周知引用例3に「包装素材3中に充填された被充填物の液面レベル上方を陽圧に保つための無菌エアーノズル19」と記載されていることから,容易に理解されるところである。この無菌充填包装機は,フィルター17を通過することにより無菌とされた無菌エアーが,特に,三角ガイド7,縦シール部11及び充填ノズル28の近傍に供給されるようにしたものであって,少なくとも,三角ガイド7による包装素材3の折り込み工程から,縦シール部11における包装素材3の筒状成形工程を経て,充填ノズル28による充填工程に至るまでの間に,無菌環境が維持・確保されるようにしたものといえる。
(ウ) 原告は,周知引用例3に記載された装置において,包装素材3の上部が横シール部12によって密封される工程は,包装素材3が無菌チャンバー14の外に出た後に行われることを問題視する。確かに,周知引用例3(甲3)の第2図によれば,横シール部12は,無菌チャンバー14の外側に配置されている。しかし,周知引用例3に記載された無菌充填包装機では,まだ切断・分離されていない包装素材3の最下部に位置する容器部分の上部に対して横シールを行うとき,包装素材3は,縦シールを経て十分に長い筒状に成形されているため,横シール部12の部位では,側方にも上方にも開いておらず,包装素材3の開いている上部は,無菌チャンバー14内にあると考えられる。したがって,横シール部12が無菌チャンバー14の外側に配置されていても,開いている上部を密封する間,無菌環境を維持することができる。
もっとも,この場合,周知引用例3に記載された無菌充填包装機は,相違点3に係る本願発明の構成要件の一部である,「開いている上部を密封するための手段の周辺で,無菌環境を維持し」の点を備えていないことになるが,このことは,審決における周知引用例3の認定に影響を及ぼすものではない。上部を密封するための手段の周辺で無菌環境を維持する必要があるか否かは,縦シールの形態等に左右されるものであり,周知引用例3に具体的に記載された無菌充填包装機では,たまたまその必要がないというにすぎない。
イ 原告の主張(イ) につき
周知引用例3の第2図によれば,包装素材殺菌部4は,符号14によって示される無菌チャンバー内に存在するようにも見えるが,包装素材殺菌部4の直下には下方に向かって伸びる仕切り壁と思われる線が記載されており(該仕切り壁の左側面に沿って下方に無菌エアーが流れることを示す矢印も記載されている),また,周知引用例3には,「この無菌充填包装機は,巻取り1より送り出される包装素材3は包装素材殺菌部4により過酸化水素等の殺菌液に浸漬され,包装素材に付着している汚れ,付着菌等の殺菌がなされる。殺菌された包装素材3は無菌チャンバー14内に送り込まれる。」と記載されていることにかんがみれば,周知引用例3に記載された無菌充填包装機の「無菌チャンバー14」は,符号14の引き出し線が指す壁面によって囲まれる空間のうち,包装素材殺菌部4の左方の,いわば仕切られた空間を意味すると考えられる。
したがって,周知引用例3に記載された装置では,包装素材殺菌部4が無菌チャンバー14の中に存在する旨の原告の主張は失当である。
また,本願発明は,ウエッブの滅菌について特定されたものではなく,周知引用例3に記載された無菌充填包装機も無菌環境下で飲料等が充填,密封されるようにしたものであるということができる以上,包装素材殺菌部4が無菌チャンバー14内に存在するか否かについて議論したところで何の意味も持たない。
(2) 取消事由2に対し
ア 原告の主張(ア) 及び(イ) につき
(ア) 審決における「充填,密封の後に個々の容器に分離する場合,無菌状態あるいは高清浄度が要求されるのは密封工程までであって,個々の容器に分離する工程においては,容器内に菌が侵入する可能性は低いから,無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされないことは明らかである。」との認定は,きわめて常識的に理解されるところである。この認定が誤っているとする原告の主張は,合理性を欠くものである。
(イ) 原告は,「仮に,個々の容器に分離する工程において『無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされない』ことが明らかであったとしても,かかる事実から,個々の容器に分離する工程との関係で『清浄だが,無菌でない環境』を維持することが明らかであるとはいえない。」と主張する。
しかし,本願発明において,「清浄だが,無菌でない環境を維持する」のは,「分離するための手段の周辺」である。この「分離するための手段の周辺」で「清浄だが,無菌でない環境を維持する」必要性については,本願明細書に記載されておらず,また自明な事項でもないから,相違点3に係る本願発明の構成要件の一部である,「分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持する」ことの技術的意義は不明であるといわざるを得ず,各別の技術的意義を見いだすことはできない。「分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持する」ことは,当業者が適宜なし得た程度の事項にすぎないというべきである。
(ウ) したがって,審決において,「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,引用例3に示されるように従来からよく知られている(記載事項(3-a)~(3-e)参照)。充填,密封の後に個々の容器に分離する場合,無菌状態あるいは高清浄度が要求されるのは密封工程までであって,個々の容器に分離する工程においては,容器内に菌が侵入する可能性は低いから,無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされないことは明らかである。」とした上で,「したがって,相違点3は,この周知技術を参酌することにより,当業者が容易になし得たことである。」と判断した点に誤りはない。
イ 周知例の補充
無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することが本願出願前に周知であることを示す刊行物として,周知引用例3の他に,乙1刊行物が存在する。
すなわち,乙1刊行物の請求項1の記載,段落【0009】,【0010】,【0023】,【0024】及び【0028】並びに図面の記載からすれば,乙1刊行物には,フィルムの繰出しに始まり,フィルムの折り返しと縦シールを経て,横シールをしつつ被包装物を充填するまでの工程が,無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で行われること,フィルムの切断工程は,無菌環境下あるいは高清浄度の環境下であってもなくてもよいことが示唆されている。
したがって,審決の判断に誤りがないことは,乙1刊行物の記載からも明らかである。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 容易想到性の有無
審決は,本願発明は引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到できるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1) 本願発明の意義
ア 前記第3,1(2) の記載によれば,本願発明は,柔軟なパッケージを連続的に成形し,密封し,液体を充填するためのシステムであって,b)ないしe)の手段の周辺で無菌環境を維持し,f)の手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持するものであると認められる。
イ 本願明細書(甲5)には,次の記載がある。
・ 「従来,柔軟なパッケージ及びとりわけ無菌のパッケージを成形し,密封し,充填することは種々の技術と装置により行われている。しかし,充填し,成形すべきパッケージの性質により,又,無菌環境を必要とすることにより,従来のシステムは組立てライン内で希望の効率を達成するのに十分な高い処理能力を有していない。」(段落【0002】)
・ 「好ましくは,組立てラインの効率で80から85%を達成することが望ましいが,従来,そのような効率を達成できなかった。従って,当該分野には,従来の技術及びシステムと比較して高速度で柔軟なパッケージを連続的に成形し,密封し,充填するためのシステムと方法に対するニーズがある。」(段落【0003】)
・ 「従って,本発明の主要な側面は,高い効率と処理速度で柔軟なパッケージを連続的に成形し,密封し,充填するための方法とシステムを提供することである。」(段落【0004】)
・ 「本発明の別の側面では,コンベア・システムの種々の作業ステーションを通じてパッケージを停止又は位置決めすること無く,連続動作で材料の連続したウエッブを連続的に成形し,かつ,液体を充填する。」(段落【0006】)
・ 「【実施例】 図1を参照すると,無菌又は超清浄な環境内で柔軟なパッケージを充填し,密封する全システムとその後のパッケージの後処理と二次パッケージングのための清浄な環境を示している。」(段落【0014】)
・ 「滅菌したジュース又は他の飲料の供給源10が設けられていて,無菌エンクロージャー(enclosure)12内に配置された低温充填用ロータリー充填装置14に液体を供給している。連続した無菌ウエッブ供給式袋成形装置16がウエッブ内で隣接し合った位置にパッケージを,200ml入りパッケージで約600パッケージ/分(ppm),330ml入りパッケージで約300ppmの速度で成形する。袋成形装置16には以後に説明するガセット成形機構,さらに,側部密封機構8及び上部密封機構18が含まれる。」(段落【0015】)
・ 「無菌又は超清浄な環境の外の清浄な環境の中でストロー取付け装置20,製品の型抜き・コード日付記入装置22,及び,システム出口に高速取出し・配置式ケース立上げ・包装・封止機構30が設けられている。製品移送用コンベア機構24が無菌ウエッブ成形装置16の出口と二次パッケージング装置30の間に設けられている。又,そのようなコンベア・システムには,成形され,充填されたパッケージの処理能力を均等で連続的にするために,パッケージ重量監視用検出器及び急増防護部28が含まれている。」(段落【0016】)
・ 「図2では,図1のシステムで用いるためのパッケージ成形・滅菌機構の詳細を開示していて,その中の類似した参照番号は各図面の類似部分を示している。ウエッブWを成形するためのシート材料はパッケージ用ロール状在庫品供給部6に供給される。そして,ウエッブWは滅菌機構7を通過し,好ましくは過酸化水素では無く,紫外線照射及び加熱によりウエッブ材料を処理する。ウエッブWが滅菌機構7から出て,袋の側部密封用ターレット(turret)8を通過して,図5を参照して以後に詳細に示すように袋Pの側部接合を形成する。ウエッブWが,これも図3及び5により完全に示すように,アイドラーローラー(idler roller)9の周囲を通過して低温の袋充填装置11の周辺部を通る。充填装置11を出たウエッブW上にある充填済みの袋は連続超音波式上部密封機構18を通過して,充填済みパッケージの上部の開口部を密封する。この時点で,内部に無菌の液体又は他の材料を入れたパッケージが気密に封止されているので,パッケージが無菌又は超清浄の環境から単なる清浄環境に出る。密封機構18から出たウエッブWはストロー取付け装置20を通過して,各パッケージにストローが取付けられる。次ぎに,ウエッブWは抜き型22の穿孔機構又はカッターを通過して,密封済みパッケージを二次パッケージ部30で処理するために個別のパッケージに分離する。二次パッケージ部30はケース,マルチパック(multi-pacs)等を約720パッケージ/分の速度で成形しうる。」(段落【0017】)
・ 「図3は図2のシステム要素の物理的形状と内部接続の一実施例を示した透視図である。図3に示すように,ロール状在庫品6はスプール(spool)上に取付けられ,ウエッブWのシート材料が滅菌部,ガセット成形部,側部密封用ターレット8及びローターリー充填用ターレット11に送られ,通過して,コンベアとストロー取付け装置,前記の型抜き用ターレットを通過して出て行く。図3のシステム要素は本発明の精神と範囲を逸脱しないで,種々の物理的形状を使用しうる。」(段落【0018】)
・ 【第2図】
file_2.jpga 30 A we 3 4 (8 i ~ | ag pee Ee fereunniese 20 Beha—0 | 2 7 ; “ Tne © © SEHR opo—-RAEE FIG, 2 nenウ 上記記載によると,柔軟で無菌のパッケージを成形し,密封し,充填するシステムにおいて,組立てラインの効率で80%から85%を達成することが望ましいが,従来,そのような効率を達成できなかったことにかんがみ,本願発明は,高い効率と処理速度で柔軟なパッケージを連続的に成形し,密封し,充填するための方法とシステムを提供すること,コンベア・システムの種々の作業ステーションを通じてパッケージを停止又は位置決めすることなく,連続動作で材料の連続したウエッブを連続的に成形し,かつ,液体を充填するシステムを提供することを,その解決すべき課題とするものであると認められる。
しかし,本願明細書(甲5)には,本願発明の奏する格別な作用について,それ以上に特段の記載はなく,本願発明の実施例に関する段落【0014】ないし【0018】を参酌しても,成形,密封,充填の各工程が連続的に行われること,本願発明のb)ないしe)の手段の周辺で無菌環境を維持することで無菌のパッケージが製造される,といった本願発明に特定された事項から自然に理解できる作用以上のものは認められない。特に,本願発明のb)ないしe)の手段の周辺で無菌環境を維持し,f)の手段の周辺で,清浄だが無菌でない環境を維持することの技術的意義について特段の記載がなされておらず,不明であるといわざるを得ない。
(2) 原告主張の取消事由に対する判断
ア 取消事由1(周知引用例3認定の誤り)について
(ア) 周知引用例3(甲3)には,次の記載がある。
a 「近年,無菌チャンバー内で殺菌された包装素材を用い,被充填物を充填した後,密封シールし,無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが開発されている。
このような無菌充填包装機は装置稼動開始前に,チャンバー配管等を殺菌し,無菌な状態にする必要がある。」(1頁左下欄下から2行~同頁右下欄5行)
b 「この無菌充填包装機は,巻取り1より送り出される包装素材3は包装素材殺菌部4により過酸化水素等の殺菌液に浸漬され,包装素材に付着している汚れ,付着菌等の殺菌がなされる。殺菌された包装素材3は無菌チャンバー14内に送り込まれる。」(2頁右上欄12~17行)
c 「三角ガイド7はダンサローラ6から供給されてきた包装素材3をその流れの方向に沿って中心部から折り込むようになっている。」(2頁左下欄3~6行)
d 「縦シール部11では,高周波シールによって包装素材3を筒状に成形するようになっている。縦シール部11の近傍には,筒状に成形された包装素材3内に被充填物を充填する充填ノズル28を設けている。充填ノズル28には,被充填物を送液する送液パイプ27が接続されている。送液パイプ27の先端部には,包装素材3中に充填された被充填物の液面レベル上方を陽圧に保つための無菌エアーノズル19が取りつけられている。縦シール部11に下方には,被充填物の入った包装素材3を所定の一箇分に相当する大きさで密閉シールする横シール部12が設けられている。横シール部12の下方には,包装素材3を密閉シール部の中央部で切断して個々の容器に分割する切断部13が設けられている。」(2頁左下欄11行~右下欄5行)
e 「また,この無菌充填包装機は,第2図に示すように無菌エアーにより満される無菌チャンバー14により覆われており,無菌チャンバーには無菌エアー移送システム,及び装置殺菌用殺菌液ライン等が設けられている。この無菌エアー移送システムは,無菌エアー用ブロアー16と無菌エアーとするためのフィルター17と無菌エアーを加温するヒーター18とこの無菌エアーを各所に移送する移送ライン19及び無菌エアーと薬液ミストの吸引を行なう排気ライン21と排気処理装置22とで構成されている。配管及び無菌チャンバー内には装置稼動前の装置の殺菌を行うための殺菌液スプレーノズル26が設けられている。」(2頁右下欄6~18行)
f 「また無菌チャンバー内には無菌チャンバー内の温度状態を測温する温度センサー20が設けられている。」(3頁左上欄4~6行)
(イ) 周知引用例3の第2図は以下のとおりであるところ,これによれば,以下の事項を読み取ることができる。
・ 無菌チャンバー14内外の無菌エアーの流れが示されており,無菌チャンバー14内では,三角ガイド7,縦シール部11,充填ノズル28及び横シール部12の近傍に無菌エアーが供給されている。
・ 殺菌部4の左下端部から下方に向かって隔壁のような線が伸びている。
・ 無菌エアーが,殺菌部4の左側を当該下に向かって伸びる隔壁のような線に沿って下方に流れ,符号14が付された引き出し線が示す壁面に沿って右方に流れ,その一部が包装素材3の導入部分より壁面外部へ排出されるとともに,殺菌部4の右側を上方に流れ,最終的に排気ライン21より排気処理装置22へ向かって流れている。
・ 温度センサー20が,符号14が付された引き出し線が示す壁面の上部,下部及び右側部の3点にそれぞれ設けられている。
・ 横シール部12が,符号14が付された引き出し線が示す壁面の下部外側に設けられている。
記
file_3.jpg#28(ウ) 前記(ア) aの記載によれば,従来,無菌チャンバー内で殺菌された包装素材を用い,被充填物を充填した後,密封シールし,無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが開発されており,詳細な構造はともかく,少なくとも,無菌チャンバー内で無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが従来から知られていることが認められる。
したがって,上記記載のみからしても,審決が「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,引用例3に示されるように従来からよく知られている(記載事項(3-a)~(3-e)参照)。」(審決書8頁25~27行)と認定したことに誤りはない。
(エ) この点に関し,原告は,前記第3,1(4) ア(ア) のとおり,周知引用例3の第2図に記載された装置では,包装素材3は,殺菌前の汚れや菌が付着したままの状態で無菌チャンバー14内に導入されるから,製造の間に無菌チャンバー14内が菌によって汚染されるのであって,無菌ではない旨主張する。
確かに,無菌チャンバー14内の範囲については,前記(ア)f及び(イ)の記載からすると,温度センサー20が設けられた当該壁面の右側部も無菌チャンバー14であるともいえ,第2図に示された構造に照らすと,符号14が付された引き出し線が示す壁面によって囲まれる空間全体が,無菌チャンバー14であると解され,被告が主張するように,無菌チャンバー14の範囲は符号14が付された引き出し線が示す壁面によって囲まれる空間のうち,殺菌部4の左方の当該仕切壁に仕切られた空間を意味すると認めることはできない。
しかし,前記(イ) のとおり,第2図において,殺菌部4の左下端部から下方に向かって伸びる仕切のような線が看取できるとともに,無菌エアーが殺菌部4の左側を当該線に沿って下方に流れる様子が看取できることからすると,殺菌部4直下に仕切り壁が存し,完全に分離されているわけではないものの,無菌チャンバー14はその内部空間が当該仕切り壁により,左右に仕切られていると解される。そして,前記(イ) のとおり,第2図から看取できる無菌エアーの流れからすると,仮に,殺菌していない包装素材3が存することにより右方の空間が汚染されているとしても,殺菌前の包装素材3に触れた無菌エアーは,製袋充填工程が存する左方の空間に至ることなく,排気処理装置へと回収されるか,あるいは包装素材3の導入部分を通じて装置外部へ排出されるものと解されるから,製袋充填工程が存する左方の空間は汚染されにくいといえ,右方の空間に比べ相対的に高清浄であって,製袋充填工程部分は無菌状態を維持できるものと認められるから,この点に関する原告の主張は失当である。
(オ) また,原告は,周知引用例3にはただ単に,生産開始前に配管及び無菌チャンバーを殺菌することが記載されているにすぎず,周知引用例3に記載された装置の無菌エアーについても,無菌チャンバー14の最初の殺菌の目的のために用いられるにすぎないものであって,周知引用例3に記載された無菌チャンバー14内は,生産稼動中には菌で汚染されており無菌でない環境であると主張する。
しかし,前記(ア)dの記載からすると,充填された被充填物の液面レベル上方を陽圧に保つために無菌エアーノズル19から無菌エアーが供給されていることが認められるから,装置稼動中も第2図に示されたような無菌エアーの流れが存在することは明らかである。しかも,無菌包装容器を完成させるためには,装置稼動開始前に無菌な状態にする必要があるだけでなく,装置の稼動中も無菌状態を維持する必要があることは,技術的に明らかである。そして,周知引用例3に記載された装置のように,装置外部より包装素材を供給し,装置外部へ充填後の包装素材を排出するという構造を有する装置においては,装置の稼動中に無菌チャンバー内の清浄度合いが低下し得ることは,当業者(その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者)が容易に理解できる事柄というべきであるから,周知引用例3に記載された装置が,装置の稼動中も無菌エアーを供給し,無菌状態を維持するものであると解することには十分に合理的な理由があるというべきである。
(カ) さらに,原告は,周知引用例3に記載された装置において,包装素材3の上部が横シール部12によって密封される工程は,包装素材3が無菌チャンバー14の外に出た後に行われるから,周知引用例3に記載された装置は「開いている上部を密封することの間,無菌環境を維持する」ものではあり得ないとも主張する。
確かに,前記(イ) のとおり,横シール部12は無菌チャンバー14の外側に設けられており,横シール部12は無菌環境下で作動するとはいえない。
しかし,包装素材3は,縦シールを経て十分に長い筒状に成形されているため,包装素材3の開いている上部は,無菌状態が維持された無菌チャンバー14の左方空間内に存するので,開いている上部を密封する間,無菌状態を維持することができるといえるから,周知引用例3に記載された装置においても無菌環境下で密封を行っているということができる。そして,周知引用例3に記載された装置において,横シール部12を無菌チャンバー14の外側に設けたのは,具体的な製袋充填の方式に起因するもので,構造上無菌チャンバー14の外側であっても支障がないから採用された配置と考えられるとともに,無菌チャンバー14内部に横シール部12を設けることに技術上不都合な点もない。
以上のとおり,周知引用例3には,無菌チャンバー内で無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムが記載されていると認められるから,この点に関する原告の主張は失当である。
(キ) 小括
以上のとおり,審決が,「(3-e) 第2図を参照すると,…無菌エアーが供給されることがみてとれる。」(審決書6頁16~20行)と認定したこと,「無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,引用例3に示されるように従来からよく知られている(記載事項(3-a)~(3-e)参照)。」(同8頁25~27行)と認定したこと,及び「なお,引用例3において,…装置の稼動時におけるものであると解するのが自然である。」(同8頁33行~9頁2行)と認定したことのいずれにも誤りはない。
イ 取消事由2(相違点3についての容易想到性判断の誤り)について
(ア) 原告は,前記第3,1(4) イ(ア) のとおり,審決の「充填,密封の後に個々の容器に分離する場合,無菌状態あるいは高清浄度が要求されるのは密封工程までであって,個々の容器に分離する工程においては,容器内に菌が侵入する可能性は低いから,無菌環境あるいは高清浄度の環境は特に必要とされないことは明らかである。」(審判書8頁28行~31行)との判断は誤りであると主張する。
しかし,無菌包装容器を完成させる無菌充填包装システムにおいて,被充填物を充填し,密封シールした後は,容器内部が汚染される可能性は低いといえるのであるから,密封前に必要であった程度の無菌環境あるいは高清浄度の環境は必要とされないことは,当業者が常識的に理解できる事柄であると認められるから,この点についての審決の判断に誤りはない。
(イ) また,原告は,前記第3,1(4) イ(イ) のとおり,本願発明は,密封したパッケージをそのウエッブから分離している間「清浄だが,無菌でない環境」を維持することを特徴とするものであるところ,周知引用例3には,清浄とも無菌ともいえない環境で上部が密封され,個々の容器に分割される装置が記載されているにすぎず,「分離するための手段の周辺で,清浄だが,無菌でない環境を維持する手段を備える」ことは記載も示唆もされていない旨主張する。
しかし,前記(1) ウで認定したとおり,そもそも,本願明細書(甲5)においても,分離するための手段の周辺で,清浄だが無菌でない環境を維持する点についてはその技術的意義につき特段の記載がなく,その意義は明らかではない。とすれば,分離するための手段の周辺の清浄度合いについては,当業者が適宜に決定できる事項というべきであるところ,通常,飲料類等を製造する工場内において充填包装環境が清浄であるのはむしろ当然であるから,清浄だが無菌でない環境で個々の容器に分離する工程を行うことも技術的に明らかであり,そうすることに格別の困難性もないというべきである。
(ウ) そして,前記アで認定したとおり,無菌環境下あるいは高清浄度の環境下で,飲料等の充填,密封を行い包装容器を完成することは,周知引用例3に示されるように従来からよく知られている周知技術であるから,引用発明において,周知引用例3に示されるような従来からよく知られている事項を参酌した上で,「清浄だが,無菌でない環境」で個々の容器に分離する工程を行うことは,当業者が適宜になし得る範囲内の事項であるというべきである。
したがって,被告が補充した乙1刊行物を持ち出すまでもなく,「相違点3は,この周知技術を参酌することにより,当業者が容易になし得たことである。」との審決の判断に誤りはない。
3 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)