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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10020号 判決 2010年9月22日

原告

日之出水道機器株式会社

同訴訟代理人弁理士

福田賢三

福田伸一

加藤恭介

本田昭雄

田村拓也

被告

特許庁長官

同指定代理人

神悦彦

宮崎恭

黒瀬雅一

豊田純一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-11641号事件について平成21年12月8日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,原告の本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁において,下記2のとおりの本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件出願及び拒絶査定

発明の名称: 地下構造物用蓋

出願番号: 平成10年特許願第350422号

出願日: 平成10年12月9日(甲2)

手続補正日: 平成19年12月28日(甲5)

拒絶査定日: 平成20年3月27日(甲7)

(2)  審判請求及び本件審決

審判請求日: 平成20年5月8日(甲8)

手続補正日: 平成20年6月9日(甲10。以下,同日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)

審決日: 平成21年12月8日

審決の結論: 本件審判の請求は,成り立たない。

原告に対する審決書謄本送達日: 平成21年12月22日

2  本件補正の内容

(1)  本件補正前の特許請求の範囲の記載(ただし,平成19年12月28日付け手続補正書による補正後のものであり,「/」は原文における改行箇所である。以下,本件補正前の特許請求の範囲に属する発明を,請求項ごとに「本願発明1」及び「本願発明2」といい,両者を併せて「本願発明」という。)

【請求項1】 蓋本体と,蓋本体を支持する受枠とからなる地下構造物用蓋において,/前記受枠の筒状部の上部外周に,最大25度の角度で外方向に下降する傾斜面を持つガイド部を備え,前記傾斜面の上縁部と下縁部との高低差を少なくとも15mm以上とするとともに,前記筒状部の上面部と前記傾斜面の上縁部とをほぼ同一の高さとした,/ことを特徴とする地下構造物用蓋

【請求項2】 前記ガイド部の傾斜面に,前記ガイド部の傾斜面よりさらに急な勾配で形成した凹溝状で幅狭の表示部を上縁部側から下縁部側に向けて段状に複数形成し,前記表示部の底面も最大傾斜角度が25度以上となっている,請求項1に記載の地下構造物用蓋

(2)  本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載(ただし,下線部分は本件補正による補正箇所であり,「/」は原文における改行箇所である。以下,本件補正後の特許請求の範囲に属する発明を,請求項ごとに「本件補正発明1」及び「本件補正発明2」といい,両者を併せて,「本件補正発明」というほか,本件補正に係る明細書(甲2,5,10)を「本件補正明細書」という。)

【請求項1】 蓋本体と,蓋本体を支持する受枠とからなる地下構造物用蓋において,/前記受枠の筒状部の上部外周に,最大25度の角度で外方向に下降する傾斜面を持つガイド部を備え,/前記傾斜面の上縁部と下縁部との高低差を少なくとも15mm以上とするとともに,前記筒状部の上面部と前記傾斜面の上縁部とをほぼ同一の高さとし,/上記傾斜面は,除雪車が時速30kmで走行しその除雪板が当該傾斜面に衝突したときの衝突エネルギを,除雪車が時速10kmで徐行して正面衝突したときの衝突エネルギ以下とする,/ことを特徴とする地下構造物用蓋

【請求項2】 前記ガイド部の傾斜面に,前記ガイド部の傾斜面よりさらに急な勾配で形成した凹溝状で幅狭の表示部を上縁部から下縁部に向けて断面鋸歯状に複数形成し,/前記表示部の外周側を向く底面の最大傾斜角度が25度以下となっている,請求項1に記載の地下構造物用蓋

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件補正発明1は,実願昭62-68486号(実開昭63-181641号)のマイクロフィルム(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,独立特許要件を満たさないとして,本件補正を却下した上,本願発明1は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,としたものである。

(2)  なお,本件審決が認定した引用発明並びに本件補正発明1と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

ア 引用発明:マンホールの上蓋と,マンホール蓋受枠とからなるマンホールの蓋において,マンホール蓋受枠の上面外周に,外側に向かって徐々に低くなるように形成された20ないし50度程度の斜面を持つ角度付突起物を備え,前記斜面の先端を路面に対して1cm以上低くするとともに,角度付突起物に形成された斜面の上縁部がマンホール蓋受枠の上面部とほぼ同一高さであるマンホールの蓋

イ 一致点:蓋本体と,蓋本体を支持する受枠とからなる地下構造物用蓋において,前記受枠の筒状部の上部外周に,所定の角度で外方向に下降する傾斜面を持つガイド部を備え,前記傾斜面の上縁部と下縁部とに高低差を設けるとともに,前記筒状部の上面部と前記傾斜面の上縁部とをほぼ同一高さとした地下構造物用蓋

ウ 相違点1:本件補正発明1では,ガイド部の傾斜面の所定の角度が,最大25度であって,傾斜面の上縁部と下縁部との高低差が15mmであるのに対し,引用発明では,ガイド部の傾斜面の所定の角度が,20ないし50度程度であって,傾斜面の上縁部と下縁部との高低差が1cm以上である点

エ 相違点2:本件補正発明1のガイド部の傾斜面は,除雪車が時速30kmで走行しその除雪板が当該傾斜面に衝突したときの衝突エネルギを,除雪車が時速10kmで徐行して正面衝突したときの衝突エネルギ以下とするものであるのに対し,引用発明のそれは,除雪車が時速30kmで走行しその除雪板が当該傾斜面に衝突したときの衝突エネルギを,除雪車が時速10kmで徐行して正面衝突したときの衝突エネルギ以下とするものであるかどうか不明な点

4  取消事由

(1)  本件補正発明1についての判断の誤り(取消事由1)

ア 相違点1の認定の誤り

イ 相違点1についての判断の誤り

ウ 相違点2についての判断の誤り

エ 本件補正発明1の効果についての判断の誤り

(2)  本件補正発明2についての審理不尽(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件補正発明1についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決は,本件補正発明1について,独立特許要件を欠くとして,本件補正を却下したが,その判断は,以下の点において誤っている。

(1) 相違点1の認定の誤り

本件審決は,相違点1として,本件補正発明1の傾斜面の上縁部と下縁部との高低差(以下単に「傾斜面の高低差」ともいう。)を「15mm」と認定している。

しかしながら,本件補正発明1は,この点が「少なくとも15mm以上」となっており,15mmに限定されるものではない。そして,この点に関する本件補正発明1の技術的意義は,舗装道路の維持修繕を実施する目安が道路に15mm以上の段差が生じたかどうかであるとされていることから(甲15。枝番号を含む。特に断らない限り,以下同じ。),維持修繕が必要と判断されるまでの間は必ずガイド部の傾斜面が存在して,常時除雪車の除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内できるようにしたものである。

他方,引用発明は,上記高低差を「1cm以上」としているから,仮にこれが10mm以上15mm未満であった場合,除雪車の除雪板を受枠の頂まで円滑に案内することが不可能となり,傾斜面の下縁部より下の部分に除雪板が衝突した場合,受枠が変形又は破損するおそれがある。

このように,本件補正発明1の上記部分は,引用発明とその技術的意義において異質であり,その効果においても顕著な相違があるのに,本件審決は,本件補正発明1の構成要件を誤認し,相違点1の認定を誤っている。

(2) 相違点1についての判断の誤り

ア 本件審決は,本件補正発明1がガイド部の傾斜面の所定の角度を「最大25度」とした点について,「角度を小さくすればそれだけ衝突エネルギを小さくでき,その代わり,同じ高低差を実現するためには,長い斜面が必要となるということは,よく知られた事項である。」,「傾斜角度をどの程度にするかは,高低差をどの程度にするかとともに,軽減すべきエネルギや傾斜面の長さ,設置する道路の状況等を考慮して,当業者が適宜決定し得る事項である。」などとして,本件補正発明1が容易想到であると判断した。

イ しかしながら,そもそも,①衝突エネルギに関係する傾斜面の角度と,②舗装道路の維持修繕に関する重要な数値を基礎とする傾斜面の高低差とは,別個独立した技術事項であるのに,本件審決は,両者を併せて判断するという誤りを犯している。

また,引用発明は,前記のとおり,傾斜面の下縁部より下の部分に除雪板が衝突した場合に受枠が変形又は破損するおそれがあるばかりか,そもそも「受枠と周囲の路面との間に段差がなければ除雪車の事故防止が図れる。」との発想から,「マンホール蓋の受枠上部外周の直角の角を面取りして斜面にすれば除雪車の除雪板が『接触』しても『衝突』することがないであろうし,マンホールの上蓋上へと導かれるであろう。」という衝突しないことを前提とした技術思想に基づいており,衝突エネルギーを考慮していない。現に,引用例には,「衝突エネルギ」という文言がないばかりか,引用例が好例とする傾斜面の角度(20~50度)に属する38.05度の傾斜面を有する地下構造物用蓋は,除雪車の除雪板の衝突により損壊している。すなわち,引用発明では,除雪車の除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内し,受枠の変形又は破損を防ぐ目的を達成できない。

ウ 他方,本件補正発明1は,傾斜面の角度を衝突エネルギに基づいて決定するという技術思想に基づき,除雪車の除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内し,受枠の変形又は破損を防ぎ,更には除雪車の乗員に対しても重大な危害を及ぼすことを防止することができる程度(徐行速度である時速10kmと同程度)まで衝撃エネルギを緩和するために,鋭意検討の結果,傾斜面の角度を「最大25度」としたものである。

そして,地下構造物用蓋と除雪板が衝突しないことを前提とする引用発明からは,このような形で傾斜面の角度を最大25度と特定することはできないし,衝突エネルギに関する記載が一切ない引用例には,これらを想到する動機付けがない。すなわち,傾斜面の角度をどの程度にするかは,当業者が適宜決定し得る事項ではない。

エ また,前記のとおり,傾斜面の高低差は,受枠と除雪板の衝突を回避するために,舗装道路の維持修繕の要否に関する重要な数値に基づいて規定したものであるが,引用例には,この技術事項について何らの動機付けも見当たらない。

オ このように,本件補正発明1との相違点1は,引用発明とは目的及び効果に相違があるばかりか,引用例にはこれらを想到する動機付けがないから,容易に想到し得るものではなく,この点に関する本件審決の判断には誤りがある。

(3) 相違点2についての判断の誤り

ア 本件審決は,相違点2について,「どの程度衝突エネルギを軽減させるかは除雪車の形状や重量,道路の状況等によって当業者が適宜決定し得る事項である。」,「軽減の程度を規定する具体的な手段についても,傾斜面の角度を変えることにより適宜変更できるのであるから,それを相違点2に係る事項程度に規定することに,格別の阻害要因も,技術的困難性もない。」などとして本件補正発明1が容易想到であると判断した。

イ しかしながら,前記のとおり,本件補正発明1の技術思想は,受枠と除雪車の除雪板が衝突することを前提として,傾斜面の角度を衝突エネルギに基づいて決定するというものである。他方,傾斜面の角度を小さくすれば衝突エネルギを小さくできることは知られた事項であったとしても,引用発明は,前記のとおり,受枠と除雪板が衝突しないことを前提とした技術思想に基づいており,衝突エネルギを考慮していない。また,引用発明の技術思想からは,相違点2に係る本件補正発明1の効果を得ることはできないし,現に,前記のとおり,引用例で好例とされた角度(38.05度)の傾斜面を有する地下構造物用蓋が損壊しているように,引用発明から本件補正発明1の効果を予測することはできない。

すなわち,引用発明には,本件補正発明1が達成している,除雪車の除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内し,受枠の変形又は破損を防ぎ,更には除雪車の乗員に対しても重大な危害を及ぼすことを防止することができる程度(徐行速度である時速10kmと同程度)まで衝撃エネルギを緩和するという目的について動機付けはなく,引用発明から相違点2に係る構成を想到することは,困難である。さらに,どの程度の衝突エネルギを軽減すべきかは,道路舗装関係者や道路管理に係る関係者における知見を要し,地下構造物用蓋に係る技術分野に直ちに適用することが可能な通常の知識ではないから,除雪車の形状,重量,道路の状況等によって当業者が適宜決定し得る事項でもない。

したがって,衝突エネルギを上記目的を達成できる程度まで緩和できる相違点2に係る構成には,技術的困難性がないとはいえない。

ウ このように,本件補正発明1の相違点2は,容易に想到し得るものではなく,この点に関する本件審決の判断には誤りがある。

(4) 本件補正発明1の効果についての判断の誤り

本件補正発明1は,「受枠が変形又は破損することを防ぎつつ,除雪車の除雪板を筒状部の上面部までガイドでき,除雪車の乗員に対しても重大な危害を及ぼすことを防止することができる」という引用例に記載されていない有利な効果であって,刊行物において上位概念で示された発明が有する効果とは異質又は同質であるが際立って優れた効果を有し,これらが技術水準から当業者が予測できたものではないので,引用発明から容易に想到し得るものではなく,選択発明として特許が与えられるべきである。

しかるに,本件審決は,この点についての判断を誤っている。

(5) 小括

以上によれば,本件補正発明1は独立特許要件を欠くものではなく,本件補正を却下した本件審決は取り消されるべきものである。

〔被告の主張〕

本件審決の判断には,以下のとおり,原告の主張する誤りはない。

(1) 相違点1の認定の誤り

本件補正発明1は,傾斜面の高低差を「少なくとも15mm以上」としているが,ここにいう「少なくとも」及び「以上」との点には格別の技術的意義はなく,また,仮に技術的意義があるとしても,本件審決は,原告の主張を踏まえて判断しているのであって,「15mm」に限定して判断しているものではなく,「15mm以上」の範囲についても実質的に判断をしているから,本件審決が「15mm」と記載したことは,相違点1の判断に影響を与えるものではない。

(2) 相違点1についての判断の誤り

ア 本件補正発明1は,ガイド部の傾斜面の角度を最大25度としているが,引用発明では,20ないし50度とされているから,両者は,20ないし25度の範囲において一致している。

そして,原告は,本件補正発明1について特定の除雪車の重量(20トン),速度(時速30km)及び跳ね返り係数(0.65)をもとにして本件補正を行っているが,想定される衝突エネルギの上限を設定すれば最大25度との数値は必然的に算出されるから,この数値自体には,格別の意義がない。また,上記の数値は,いずれも,除雪車の種類,道路の幅,交通量,積雪量,実際の路面の状況,安全性や効率性をどの程度見込むか,蓋や除雪板の材質や形状等により様々に変化するものであって,当業者は,これらの変化を容易に理解できる。したがって,本件補正発明1の本件補正に係る部分は,当業者が適宜に決定し得るものである。

さらに,引用例は,ガイド部に傾斜面を設けたことにつき,除雪車が受枠に正面衝突するのを避け,衝突時のエネルギを角度方向に逃がすため,除雪板が傾斜面を通って蓋本体上へと導かれるようにするためである旨を記載しているから,本件補正発明1と引用発明とは,傾斜面を設けた目的及び作用効果において差異はない。

イ 本件補正発明1は,傾斜面の高低差を15mm以上としているが,引用発明では1cm以上とされているから,前者は,後者に包含されている。

そして,舗装道路の維持修繕を実施する目安が道路に15mm以上の段差が生じたかどうかであるとされているのは,交通量の多い一般道路の場合に限られ,自動車専用道路においては10mm,交通量の少ない一般道路においては20ないし30mmが目安とされているが(甲15),これらは,技術常識となっており,原告が見出した技術的事項ではないばかりか,実際の修繕に際しては,修繕場所や交通量の多少等の要因等を総合的に評価して決定すべきものである。したがって,引用発明が「1cm以上」としている傾斜面の高低差を本件補正発明1が「15mm以上」とすることには,格別な意義も困難性もなく,修繕場所や交通量等を考慮して,当業者が適宜容易に決定し得る事項である。

ウ よって,本件補正発明1の相違点1に関して容易想到であると判断した本件審決に誤りはない。

(3) 相違点2についての判断の誤り

ア 原告は,本件補正発明1について特定の除雪車の重量(20トン),速度(時速30km)及び跳ね返り係数(0.65)をもとにして本件補正を行っているが,これらに加えて角度が決まれば必然的に衝突エネルギは算出できる。

イ また,前記のとおり,引用例は,ガイド部に傾斜面を設けたことにつき,除雪板が受枠に正面衝突するのを避け,衝突時のエネルギを角度方向に逃がし,除雪板が傾斜面を通って蓋本体上へと導かれるようにするためである旨を記載しているから,引用発明が衝突エネルギを対象とするものであることは,明らかである。

ウ よって,本件補正発明1の相違点2に係る構成は,当業者が適宜なし得る事項であって,これを容易に想到し得るとした本件審決の判断に誤りはない。

(4) 本件補正発明1の効果についての判断の誤り

ア 前記のとおり,引用発明に基づき本件補正発明1のように構成することに格別の困難性はないから,本件補正発明1の効果は,引用発明から当業者が予測し得る範囲内のものである。

イ また,引用例には,受枠のガイド部により除雪板が衝突することなしに受枠の上面までガイドされることで,受枠の変形や破損を防ぎ,除雪車の運転手の安全をはかる旨の記載があるから,原告の主張する本件補正発明1の効果と引用発明の効果は,同じである。

ウ したがって,本件審決の本件補正発明1の効果に関する判断に誤りはない。

2  取消事由2(本件補正発明2についての審理不尽)について

〔原告の主張〕

(1) 本件補正発明2は,本件補正発明1の効果に加えて,舗装後にガイド部の傾斜面を覆う舗装材が剥離してきた場合にその程度を確認でき,補修の要否を容易に知ることができるという効果,車両のスリップ防止としての効果を発揮できるという効果及び傾斜面上に点圧した舗装材と傾斜面との接合強度を増強し,舗装材の剥離を防止する効果を有するところ,これらは,引用例には記載も示唆もない。すなわち,本件補正発明2は,特許要件を満たして特許されるべき発明である。

(2) そして,原告は,審判手続の審尋に対して提出した回答書(甲12)において,「仮に請求項1に係る発明が拒絶されるべきときは,請求項1を削除し,請求項2を独立項とする補正の用意がある」旨を示していたにもかかわらず,特許庁は,補正の機会を与えなかった。すなわち,本件審判は,本件補正発明2に係る発明の特許要件について判断をしていない。

また,特許法1条は,発明の奨励をも趣旨としているところ,審尋において出願人が補正の用意がある旨の意思を示した場合,これを採用しないことが裁量の範囲内であるとするのは,特許法1条の上記趣旨に相反する。

このように,本件の審判手続には,審理不尽の違法がある。

〔被告の主張〕

特許法123条1項は,特許無効の審判を請求項ごとに申し立てることができる旨を規定している一方,同法49条,51条は,1つの特許出願について拒絶査定又は特許査定のいずれかの行政処分をすべきことを規定しているから,1つの特許出願における複数の請求項に係る発明のいずれか1つが同法29条等の規定に該当して特許をすることができない場合には,その特許出願全体を拒絶すべきことになる。そして,本件審決は,本件補正発明1について特許法29条2項により特許を受けることができないと判断しているのであるから,これによって特許出願全体が拒絶をすべきものとなることは,明らかである。

また,審判における審尋は,運用として審理の一層の充実を図ることを目的としているから,出願人の補正の用意がある旨の回答を採用するかどうかは,合議体の裁量権の範囲内である。

したがって,原告の審理不尽の主張には理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件補正発明1についての判断の誤り)について

(1)  本件補正発明1の内容

ア 本件補正明細書(甲2,5,10)によると,本件補正発明1は,特に積雪地域での除雪作業の支障とならないように構成した地下構造物用蓋であって(【0001】),周囲の舗装材が剥離した際に除雪板が接触した際の衝撃が大きくなるため,受枠が変形又は破損し,その衝撃により除雪車の運転者が負傷することもあることからこれを解決するために(【0004】),除雪板を受枠の上部まで円滑に案内することができるようにしたものである(【0005】)。

イ そして,本件補正明細書によると,本件補正発明1において傾斜面の角度が最大25度とされたこと及び本件補正発明1において相違点2に係る構成が採用されたのは,次の理由による。

すなわち,一般に,質量mの物体が角度θの傾斜面に衝突した場合の衝突エネルギ(ΔE)は,速度をV,跳ね返り係数をeとした場合,次の式によって求められる。

ΔE=1/2×m×V²{1-(e²sin²θ+cos²θ)}

ここで跳ね返り係数を0.65(甲14参照)とすると,総重量20トンの除雪車の進行速度が通常の最高速度である時速30kmである場合(甲13参照),θが25度であれば,同じ除雪車が徐行速度(ブレーキを操作してから概ね1m以内で車両が停止できる速度であって,衝突しても危害を最小限に食い止めることができると言われている速度)である時速10kmで90度の物体に正面衝突した場合よりも衝突エネルギが小さくなる。したがって,この程度まで衝突エネルギが緩和されれば,傾斜面は,破損を免れつつ除雪板を上面部までガイドできるようになり,乗員に対する危害を最小限に食い止めることができるというのである(【0020】,【0023】,【0031】)。

ウ また,本件補正明細書によると,本件補正発明1において傾斜面の高低差が少なくとも15mm以上とされたのは,次の理由による。

すなわち,一般の舗装道路の破損に対して行う維持修繕は,交通量の多い一般道路では舗装道路に15mm以上の段差が生じたかどうかが実施の目安にされていることから(甲15参照),高低差を少なくとも15mm以上とすることによって,維持修繕が行われるまでの間は,除雪車の除雪板を常時筒状部の上面部まで円滑に案内することができるというのである(【0022】,【0023】,【0031】)。

(2)  引用発明の内容

他方,引用例(甲1)には,引用発明について次のとおりの記載がある。

ア 本考案は降雪時における除雪車等の衝突を防止するマンホール蓋受枠に関するものである(1頁11~12行)。

イ 従来のマンホールではマンホールの上蓋を受け止めるようにマンホール蓋受枠が形成されているため,マンホール蓋受枠の上部は路面と直角に形成されていた。そのため,スパイクタイヤを履いた自動車の走行等で路面の舗装が摩耗し,マンホール蓋受枠の外側が路面に対して直角に突き出す状態となる。降雪時に,このようなマンホールのある場所を除雪車が除雪しながら走行すると,除雪車の除雪用グレーダがマンホール蓋受枠の外側に引っ掛かり,除雪車が急停車するとともに除雪車の後輪が浮き上がる等非常に危険な状態となることがある(2頁2~14行。なお,「除雪用グレーダ」は,本件補正発明1の「除雪板」に相当する。)。

ウ マンホール上蓋受枠の上面外周から外側に向かって傾斜している縁を有してマンホール蓋受枠の周囲の路面とマンホール蓋受枠上面の段差を滑らかに接続しているので,マンホールの周囲の路面舗装が自動車のスパイクタイヤ等により摩耗した場合に除雪車の除雪用グレーダはマンホール蓋受枠と接触しても,衝撃を受けずにマンホール蓋受枠上面からマンホールの上蓋上へと導かれ,衝突することがない(3頁19行~4頁7行)。

エ なお,角度付突起物に形成された斜面の角度を路面に対して20ないし50度程度に,斜面の先端を路面に対して1cm以上低くすることが好例であり,第2図(b)には例として斜面の角度を路面に対して約45度に,斜面の先端を路面に対して1.5cm低くしている。このようにするとマンホール上蓋受枠周囲の路面舗装が摩耗しても,除雪車の除雪用グレーダ等がマンホール上蓋受枠に接触しても衝撃はなく,衝突することもない(5頁18行~6頁8行。なお,「角度付突起物」は,本件補正発明1の「ガイド部」と共通する。)。

オ 除雪車の除雪用グレーダがマンホール蓋受枠に接触しても,マンホール蓋受枠の上面外周から外側に向かって傾斜している突起状の縁である角度付突起物によって除雪用グレーダが衝突することなしに角度付突起物の斜面上を通ってマンホール上蓋受枠上面からマンホールの上蓋上へと導かれるようになり,除雪用グレーダとマンホール蓋受枠との接触による衝撃が緩和されて除雪車の損傷がなくなるとともに,除雪車の運転手の安全をはかることができる(7頁5~15行)。

(3)  相違点1の認定の是非

ア 原告は,本件審決の相違点1の認定の誤りとして,本件補正発明1の傾斜面の上縁部と下縁部の高低差を本件審決が「15mm」と認定した点について,「少なくとも15mm以上」であって15mmに限定されるものではない旨を主張する。

イ しかるところ,本件補正発明1の特許請求の範囲には,前記の点について,「傾斜面の上縁部と下縁部との高低差を少なくとも15mm以上」と記載されおり,この記載自体に不明確な部分は存在しない。そして,本件補正明細書を参照しても,請求項1の上記記載を「15mm」と限定して解釈すべき理由は見当たらない。

この点について,被告は,「15mm」との認定について,「少なくとも」及び「以上」との点には格別の技術的意義はなく,また,仮に技術的意義があるとしても,本件審決は,原告の主張を踏まえて判断しているのであって,「15mm」に限定して判断しているものではないなどと主張する。

しかしながら,「少なくとも」及び「以上」の点にいかなる技術的意義が存するか及び原告の主張をいかに踏まえるかは,いずれも容易想到性判断の問題であって,発明の要旨の認定の問題ではなく,被告の主張は採用し得ない。

ウ したがって,本件審決が本件補正発明1の特許請求の範囲中の上記の点を「15mm」と限定的に認定したのは不適切であり,本件補正発明1の容易想到性を判断するに当たって,上記の点は「少なくとも15mm以上」と認定した上で行うべきである。

(4)  相違点1及び2についての判断の当否

ア 引用発明の技術思想について

(ア) 原告は,引用発明が,除雪板と受枠が「接触」しても「衝突」しないことを前提とした技術思想に基づいており,除雪板と受枠との衝突エネルギを考慮していない旨を主張する。

(イ) しかしながら,前記のとおり,引用例は,引用発明について,除雪板が受枠に「引っ掛かり」,除雪車が危険な状態となる場合があることを念頭に(前記(2)イ),除雪板が受枠と「接触しても,衝撃を受けずに」マンホール上蓋上へと導かれ,「衝突することがない」(前記(2)ウ)ようにするために考案されたものであって,その好例の実施の結果,除雪板が受枠「に接触しても衝撃はなく,衝突することもない」とされており(前記(2)エ),その効果として,除雪板と受枠「との接触による衝撃が緩和されて除雪車の損傷がなくなるとともに,除雪車の運転手の安全をはかることができる」などと記載している。したがって,引用例においては,除雪板と受枠との物理的接触により衝撃が発生することがあり,その衝撃により除雪車等が危険な状態に陥ることを「衝突」と表現しており,「接触」との文言も,衝撃が発生する場合を包含していることが明らかである。したがって,引用例記載の引用発明は,周囲の舗装の摩耗等により,除雪板と受枠とが大きな衝突エネルギを発生させる程度に衝突することを前提として,傾斜面の形成により当該衝突エネルギを緩和させるという技術思想によって除雪車及びその運転手の安全を図るという効果を得ることを目的としているものと解釈するのが自然であるが,これは,本件補正発明1の有する技術思想と共通である。

他方,引用発明の技術思想に関する原告の前記主張は,引用例の記載に照らすと不自然なものであって,採用できない。

なお,原告は,引用例には衝突エネルギという文言がないことから,引用発明には本件補正発明1の有する技術思想がない旨を主張する。しかしながら,たまたま衝突エネルギという文言が見当たらないとしても,上記のような引用例の記載内容に照らせば,引用発明が除雪板と受枠との衝突エネルギを考慮し,これを緩和することを課題として発明されたことは明らかであって,原告の上記主張は,採用できない。

また,原告は,引用例が好例としていた範囲内である38.05度の傾斜面を有する地下構造物用蓋が除雪板の衝突により損壊している事例を基に,引用発明が本件補正発明1の有するような効果を有しないなどと主張する。しかしながら,上記事例における損壊が傾斜面の角度のみを原因として発生したか否かは明らかではなく,仮に傾斜面の角度が損壊に寄与していたとしても,そのことは,引用例の記載から明らかに看取できる引用発明の有する上記技術思想を否定するには到底不十分である。よって,原告の上記主張は,採用できない。

イ ガイド部の傾斜面の角度について

(ア) 原告は,本件補正発明1においてガイド部の傾斜面の角度を最大25度としたことは,引用例に動機付けがなく,容易想到ではない旨を主張する。

ところで,引用発明は傾斜度の好例として20ないし50度を示しているところ,原告は,本件補正発明1が,上記傾斜面の角度を最大25度と限定した発明であると主張するものと理解される。

しかし,傾斜面の角度が小さくなるほど除雪板が傾斜面に衝突した際の衝突エネルギが小さくなることは,経験則に照らしても,衝突エネルギを算出する前記数式に照らしても,明らかである。しかも,引用発明と本件補正発明1とは,前記のとおり,技術思想を共通にしているのであるから,衝突エネルギを除雪車等の安全を維持できる程度に緩和することについて引用発明には十分な動機付けがあり,引用発明が好例とする上記数値の中から最大25度という角度を限定することには,特段の作用効果が認められず,また,何らの阻害要因も,困難性も見当たらない。

(イ) 原告は,衝突エネルギを算出する前記数式に基づき,除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内し,受枠の変形又は破損を防ぎ,更には除雪車の乗員に対しても重大な危害を及ぼすことを防止することができる程度まで衝突エネルギを緩和するために前記傾斜面の角度を「最大25度」と特定したのであって,引用発明には,そのような動機付けはなく,また,どの程度の衝突エネルギを軽減すべきかは当業者が適宜決定し得る事項ではない旨を主張する。

しかしながら,本件補正発明1の請求の範囲には,前記数式で掲げられた変数のうち,傾斜面の角度(θ)及び除雪車の走行速度(V)しか記載がなく,除雪車の質量(m)及び跳ね返り係数(e)は特定されていない。そして,跳ね返り係数(e)については,本件補正発明1の素材から経験則上ある程度特定が可能であるとしても(甲14),除雪車の質量(m)は,除雪車の種類により異なり得るから,発明の詳細な説明を参照したとしても,その傾斜角を限定することに格別の意義があると解することは不可能である。したがって,本件補正発明1の相違点2に係る構成は,そこに記載された程度にまで衝突エネルギを緩和するために,傾斜面の角度をどの範囲に設定すればよいかを特定したものということはできない。

しかも,前記のとおり,傾斜面の角度が小さくなるほど除雪板が傾斜面に衝突した際の衝突エネルギが小さくなることは,経験則に照らしても,衝突エネルギを算出する前記数式に照らしても,明らかであるから,本件補正発明1が傾斜面の角度を「最大25度」と限定し,また,相違点2に係る構成を採用したとしても,除雪車の重量のいかんにかかわらず,その傾斜角が衝突エネルギを最小にするという意義があるという意味で限定されているとは解されない。むしろ,その傾斜角は,除雪車の除雪板が傾斜部に衝突する場合のうち,発明者が想定した場合のみを対象にして限定されたものにすぎず,引用発明の場合を含め,当業者がその想定する除雪車が傾斜部に衝突する場合のそれぞれに応じて適宜決定し得る範囲内のことであって,格別の技術的意義を有するものではないといわざるを得ない。

(ウ) 以上によれば,相違点1について,本件補正発明1においてガイド部の傾斜面の角度を最大25度と限定したことは,当業者が適宜決定し得る設計的事項であるにすぎない。そして,本件補正発明1の相違点2に係る構成は,所期の目的を達成するに足りる特定がされておらず,仮に特定がされているとしても,当業者が適宜決定し得る設計的事項にすぎず,これに反する原告の前記主張は,いずれも採用できない。

ウ 傾斜面の高低差について

(ア) 原告は,本件補正発明1において傾斜面の高低差を「少なくとも15mm以上」と特定したのは,舗装道路の維持修繕を実施する目安が15mm以上の段差が生じたかどうかであるとされていることから,維持修繕が必要と判断されるまでの間は,必ずガイド部の傾斜面が存在して,除雪板を受枠の上面部まで円滑に案内できるようにしたものであり,引用例には,この技術事項について,何らの動機付けも見当たらない旨を主張する。

ところで,本件補正発明1の「少なくとも15mm以上」との構成は,引用発明の「1cm以上」に含まれるものであるから,傾斜面の高低差の範囲を限定したものと解することができるが,本件補正発明の上記構成は,舗装道路の維持修繕に関する一般的な知見(甲15)を基に採用されたものにすぎない。しかも,引用例は,道路の摩耗により受枠が露出することを解決すべき課題の一環として明確に記載している以上,上記のような舗装道路の維持修繕に関する一般的な知見を引用発明に組み合わせることには,何ら困難性がない。そもそも,本件補正発明1がその高低差を少なくとも15mm以上とし,また,引用発明がこれを1cm以上としたのも,本件補正発明1においては,舗装道路の維持修繕を実施する目安を15mm未満,引用発明においては,その目安を1cm未満とそれぞれ想定しているからにすぎず,舗装道路にそれぞれの高低差を超える摩損等が生じている場合には,いずれも除雪板あるいは除雪用グレーダが傾斜部の下側の鉛直部に衝突する結果となるのであって,高低差を設ける意義も,舗装道路の摩損などがそれぞれの高低差を超えない限度にとどまる範囲において認め得るにすぎず,その範囲を超えるときは,高度差を設ける意義もないからである。

(イ) したがって,傾斜面の高低差を「少なくとも15mm以上」と限定することは,当業者が適宜決定し得る設計的事項であるにすぎず,本件補正発明1の相違点1のうち,高低差は,引用例に基づいても容易に想到し得るものというべきである。

エ 小括

以上のとおり,本件補正発明1の相違点1のうち,傾斜面の角度を最大25度と特定した点,また,傾斜面の上縁部と下縁部の高低差を少なくとも15mm以上と特定した点は,いずれも,当業者が適宜決定し得る設計的事項にすぎないから,これらの点は,引用例に基づいて容易に想到し得るものといわなければならない。

そして,本件補正発明1の相違点2の構成についても,所期の目的を達成するに足りる特定がされておらず,仮に特定がされているとしても,当業者が適宜決定し得る設計的事項にすぎないから,この構成も,引用例に基づいて容易に想到し得るものである。

したがって,以上の相違点について容易に想到できるから,本件補正発明1が独立特許要件を欠くとして本件補正を却下し,その上で,本願発明1についても容易想到であるとした本件審決は,結論において正当である。なお,本件審決は,傾斜面の角度及び高低差を相関するものとして容易想到性の判断をしているように解されなくもない。そして,両者は別個の技術的意義を有する事項であるから,上記の判断部分は措辞不適切というべきであるが,当裁判所が各別に検討した結果は以上のとおりであるから,その判断部分は本件審決の結論を左右するものではない。

(5)  本件補正発明1の効果についての判断の当否

原告は,本件補正発明1は,引用発明とは異質又は同質であるが,引用発明にはない,際立って優れた効果を有する旨を主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件補正発明1の相違点1及び2は,いずれも当業者が適宜決定し得る設計的事項であるにすぎず,その効果も,引用発明とは異質又は同質であるが,引用発明にない,際立って優れたものであるなどということはできない。

よって,原告の上記主張は,採用できない。

(6)  以上によれば,本件補正発明1について独立特許要件を欠くとして,本件補正を却下した上,本願発明1は引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした本件審決の判断に誤りはないというべきである。

2  取消事由2(本件補正発明2についての審理不尽)について

(1)  原告は,特許庁が本件補正発明2の特許要件について判断をしていないことについて,審理不尽の違法がある旨を主張する。

(2)  しかしながら,特許法は,1つの特許出願に対し,1つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて1つの特許が付与され,1つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。そして,このことは,特許法49条(平成14年法律第24号による改正前のもの),51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。

これを本件についてみると,本件補正発明2は,本件補正発明1とは相当に異なる技術思想を含むもののようであるから,たとえ前記のとおり本件補正発明1が容易想到なものと判断されるとしても,その取扱いには一定の慎重さが期待されたとはいえるものの,本件補正発明1が容易に想到し得るものである以上,これと同じ出願に係る本件補正発明2について特許要件の判断をしなかったからといって,このことを直ちに違法であるとまで断ずることはできない。

(3)  したがって,本件補正発明2についての判断に審理不尽の違法があるという原告の主張は採用できない。

3  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 井上泰人)

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