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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10028号 判決 2010年8月04日

原告

同訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

栗宇一樹

早稲本和徳

和氣満美子

隈部泰正

大友良浩

戸谷由布子

辻本恵太

林由希子

森山航洋

被告

山崎製パン株式会社

同訴訟代理人弁護士

鈴木修

藤原拓

同弁理士

中村充利

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800153号事件について平成21年12月18日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許(甲9)

被告は,平成10年6月3日,発明の名称を「和風洋生菓子の製造方法とその包装方法」とする特許出願(特願平10-154253号。優先権主張日:平成10年2月20日,優先権主張番号:特願平10-56242号。請求項の数:10)をし,平成11年3月5日,設定の登録(特許第2893529号。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲9)を「本件明細書」という。)を受けた。

(2)  原告は,平成21年7月14日,全10項からなる請求項のうち,請求項1ないし4に係る発明(以下,請求項の番号に従い,請求項1記載の発明を「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。)に係る特許について,特許無効審判を請求し,無効2009-800153号事件として係属した。

(3)  特許庁は,平成21年12月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,平成22年1月6日,その謄本が原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件発明の要旨は,本件明細書における特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された次のとおりのものである。

【請求項1】 ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを略半球状に窪ませる工程と,略半球状に窪んだ該餅生地シート上の空間に気泡入りクリームを充填する工程と,該気泡入りクリームの中に詰め具材を配置する工程と,該詰め具材が配置された気泡入りクリームに蓋をするようにケーキスポンジを載置する工程と,該餅生地シートの端部を該ケーキスポンジの外表面に折り込むことにより該端部を重ね合わせ,該気泡入りクリームと該詰め具材と該ケーキスポンジとを全体的に包んでなる工程と,該餅生地シートにより包まれた該気泡入りクリームと該詰め具材と該ケーキスポンジとからなる製品の上下を反転する工程,よりなることを特徴とする和風洋生菓子の製造方法

【請求項2】 ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを略半球状に窪ませる工程は,略半球状に窪んだ内面を有する雌型を用いて該雌型の内面に沿って該餅生地シートを敷き詰めることにより行ってなることを特徴とする請求項1に記載の和風洋生菓子の製造方法

【請求項3】 略半球状に窪んだ内面を有する雌型の内面に沿ってほぼ均一な薄厚の餅生地シートを敷き詰める工程は,該雌型の内面に該餅生地シートを介してほぼ適合することとなる略半球状に突出した先端部を有する雄型を用い,該先端部に該餅生地シートを配置し,次いで,該餅生地シートの上に該雌型を被せ,その後,該雄型と該雌型とを共に反転してから該雄型だけを除去することにより行ってなることを特徴とする請求項2に記載の和風洋生菓子の製造方法

【請求項4】 略半球状に窪んだ内面を有する雌型の内面に沿ってほぼ均一な薄厚の餅生地シートを敷き詰める工程は,該雌型の窪んだ内面空間に該餅生地シートを配置し,次いで,略半球状に突出した先端部を有する雄型を用い,該先端部により該餅生地シートを該雌型の内面に押し込み,その後,該雄型だけを除去することにより行ってなることを特徴とする請求項2に記載の和風洋生菓子の製造方法

3  本件審決の理由の要旨

(1)  原告は,審判請求の理由として,本件発明1ないし4は,下記の引用例記載の発明(以下「引用発明」という。)に周知例1ないし5に記載された「容易想到和風洋菓子」及び周知例6に記載された技術を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものであると主張した(甲10)。

ア 引用例:特開平7-264966号公報(甲1)

イ 周知例1:平成9年7月12日発行の「週刊現代」(平成9年7月1日国会図書館受入れ)の「日録20世紀」と題する雑誌記事(甲2)

ウ 周知例2:特開昭51-54955公報(甲3)

エ 周知例3:特開昭53-75362公報(甲4)

オ 周知例4:特開平2-69144公報(甲5)

カ 周知例5:平成9年1月10日発行「パン店菓子店」第2集 広告頁(甲6)

キ 周知例6:平成7年7月15日発行「和菓子 技とこつ」40から41頁,78から79頁(甲7)

ク 容易想到和風洋菓子:外皮をほぼ均一な薄厚の餅生地シートとし,内部に生クリーム及びいちごなどの詰め具材を備えるとともに底面内部にはケーキスポンジを配するようにし,これを前記外皮で包み,底面をほぼ円形とするほぼ半球状の形状とし,底面で前記餅シートを折りたたんでなる和風洋菓子

(2)  本件審決の理由は,要するに,本件発明1ないし4は,引用発明,周知例1ないし5に記載された「容易想到和風洋菓子」及び周知例6に記載された本件出願前の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,としたものである。

(3)  本件審決は,その判断の前提として,引用発明,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 引用発明:四隅を外方に引っ張って展張したシート材に載置された被覆材を略半球状に窪ませる工程と,略半球状に窪んだ被覆材上の空間に具を入れる工程と,前記シート材を緩めて下方に緩ませ,緩んだシート材の上方をすぼめ部材ですぼめた状態で,前記シート材にてつつまれた被覆材を前記受け型とにぎり型とで所定の型に押圧成形する包餡方法

イ 一致点:被覆材を略半球状に窪ませる工程と,略半球状に窪んだ被覆材上の空間に具を配置する工程と,具が配置された被覆材を包餡する工程,よりなることを特徴とする菓子の製造方法

ウ 相違点1:被覆材が,本件発明1では,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートであるのに対し,引用発明では,被覆材を包むことができるシート材に載置されたご飯やパン生地などの被覆材である点

エ 相違点2:被覆材が被覆する対象が,本件発明1では気泡入りクリームでありこれを充填する工程を有するのに対し,引用発明では,具である気泡入りクリームを充填する工程がない点

オ 相違点3:具が配置される対象が,本件発明1では充填された気泡入りクリームであるのに対し,引用発明では,被覆材である点

カ 相違点4:本件発明1では気泡入りクリームに蓋をするようにケーキスポンジを載置する工程と,該餅生地シートの端部を該ケーキスポンジの外表面に折り込むことにより該端部を重ね合わせ,該気泡入りクリームと該具と該ケーキスポンジとを全体的に包んでなる工程と,該餅生地シートにより包まれた該気泡入りクリームと該具と該ケーキスポンジとからなる製品の上下を反転する工程を有するのに対し,引用発明ではこれらの工程を有しない点

キ 相違点5:包餡工程によって得られるものが,本件発明1では和風洋生菓子であるのに対し,引用発明では,饅頭,おにぎり,アンパン等の包餡物である点

4  取消事由

(1)  本件発明1の進歩性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)  本件発明2ないし4の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件発明1の進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 相違点1について

引用例が開示した方法自体は,包餡機に限定されるものではなく,これを手作業で行うことも開示されているというべきである。

被覆材がご飯であるときは,ご飯粒が多数集合しているというご飯の性状に基づき,「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型によって凹所が形成され,握られるような物性」と評価できるが,そのうちの「ほぐされ」という性状は包餡機を用いる場合に関係する性状にすぎない。また,上記物性は,ご飯粒が多数集合しているというご飯の性状にもかかわらずこれを被覆材とするために求められる性状にすぎない。ほぼ均一な薄厚の餅生地シートである場合は,当該生地シートが1枚のシートとして形成されているから,改めて被覆材となるように押し固める必要も,塊となる必要も,握られる必要もない。

容易想到和風洋菓子を想定することは当業者に容易であるから,被覆材にほぼ均一な薄厚の餅生地シートを用いることは極めて容易に想到できることであり,また,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートをもって被覆材とすることが,一般人の常識に等しい程度に周知であるから,引用例に特別の示唆がなくても,その置換は容易であるといわざるを得ない。本件審決はこれを否定するものであって,その判断には誤りがある。

(2) 相違点2ないし5について

本件審決は,引用例の被覆材は,「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型によって凹所が形成され,握られるような物性」のものに限定されるとして,被覆材に包まれる対象として,柔らかい気泡入りクリームに更に詰め具材を配置することは,引用例に記載も示唆もされていないと判断した。

しかしながら,手作業による被覆材による内容物の包餡工程という視点でみると,被覆材が上記物性のものに限定される理由はない。また,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートをもって被覆材とすることが,一般人の常識に等しい程度に周知であるから,引用例に特別の示唆がなくても,その置換は容易であるといわざるを得ない。そうすると,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートの被覆材に包まれる対象として,柔らかい気泡入りクリームに更に詰め具材を配置することは,容易想到和風洋菓子のとおり一般人にとっても極めて容易に想到することができる程度に周知であるから,被覆材に内容物が被覆されるという工程に接する当業者にとって,引用例に特別に示唆が仮に記載されていないとしても極めて容易に想到することができるものといわざるを得ない。相違点2ないし5を容易でないとした本件審決の判断は誤りである。

(3) 「容易想到和風洋菓子」及び「容易想到和風洋菓子」を引用発明に適用することについて

ア 本件審決は,外皮の餅をほぼ均一な薄厚の餅生地シートとして底面で折りたたみ,生クリームの内部にいちご等の詰め具材を備え,底面内部にスポンジケーキを配するという具体的な構成が,当業者に適宜想到するものであるとまではいえないと判断した。

しかし,生クリームの内部にいちご等の詰め具材を備え,底面内部にスポンジケーキを配することは,いちごショートケーキを見ればごく普通のことである。すなわち,いちごショートケーキの底面にはケーキスポンジが配されている。いちごショートケーキは,複数段のケーキスポンジからなることが普通であり,その各ケーキスポンジの間には,気泡入りクリームとその中にいちごが入れられている。

ほぼ均一な薄厚の餅生地シートとして底面で折りたたむようにすることは,特別の技術は不要であり,1枚の被覆材を折りたたんで内容物を被覆することは,一般人が普通に行うことができる程度に極めて周知な事柄といわざるを得ない。

また,本件発明1によって完成する「和風洋菓子」が進歩性を有しないという観点からすれば,「容易想到和風洋菓子」は,当業者が容易に想到することができるものである。これと異なる判断をした本件審決は誤りというほかない。

イ 引用発明の手作業によるおにぎりの製造方法を,ごく一般的な手作業によるおにぎりの製造法として把握し直して,これに「容易想到和風洋菓子」の製造に適用することは,極めて容易であるといわざるを得ない。

よって,「容易想到和風洋菓子」を引用発明に適用することが困難であるとした本件審決は誤りである。

なお,原告は,引用発明からその受け型の部分のみを選択して,「容易想到和風洋菓子」の製造に適用すると主張しているわけではなく,本件審決は原告の主張を理解していない。

ウ 本件発明によって完成する「和風洋菓子」と,周知例1記載の「雪見だいふく」とを対比すると,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを略半球状に形成してなり,前記略半球状に形成された餅生地シートの内部空間に内容物が充填され,半球状の形状を上部とする菓子である点において一致し,以下の相違点がある。

① 内容物について,「和風洋菓子」は気泡入りクリーム,具材及ケーキスポンジであるのに対し「雪見だいふく」は,アイスクリームである点

② 被覆材の被覆の状態について,「和風洋菓子」は底部において餅生地シートの端部をケーキスポンジの外表面に折り込むように端部を重ね合わせているのに対し,「雪見だいふく」は,餅生地シートが継ぎ目なく内容物の全体を被覆している点

相違点①については,略半球状に形成されたほぼ均一な薄厚の餅生地シートで被覆された内容物が気泡入りクリームである菓子は,極めて周知であり,このような内容物,更に具材を入れることも菓子では普通になされることであり,気泡入りクリームの中にイチゴなどの具材が入れられることも極めて周知であって,内容物としてケーキスポンジを用いることも,洋菓子が一般にケーキスポンジを用いることも,極めて周知であるから(甲3ないし5),実質的な相違点ではない。

相違点②についても,餅生地シートの端部を折りたたむという方法は原始的な方法にすぎず,一般人の常識に属する極めて周知な事柄であるから,実質的な相違点ではない。

よって,本件発明によって完成する「和風洋菓子」は,周知例1記載の「雪見だいふく」に周知慣用技術を適用することによって容易に想到することができるものであるから,進歩性を欠如するものといわざるを得ず,原告は,このような進歩性を欠く「和風洋菓子」をもって,「容易想到和風洋菓子」と称するものである。

(4) 本件発明1の進歩性について

引用例記載のおにぎりの製造方法は,包餡機を用いるものであるが,この工程をすべて手作業に置換することは極めて容易である。この手作業による工程では,シート材(ラップ)は不要であることが容易に理解できる。すなわち,おにぎり製造の伝統的方法に基づけば,容易におにぎりを製造することは可能である。

そこで,この手作業によるおにぎり製造方法において,被覆材であるご飯に代えて,求肥のようなほぼ均一な薄厚の餅生地シート材を用いることとし,具材とし梅干しに代えて気泡入りクリーム及びイチゴを用いることとし,具材上部の空間をご飯による蓋ではなく,スポンジケーキによるものに換え,求肥の開口端末を折りたたむ処理後上下を反転させれば,和風洋菓子を完成させることができる。

菓子の被覆材に,求肥のようなほぼ均一な薄厚の餅生地シート材を用いること,菓子の具材に気泡入りクリームを用いることは,菓子製造に関する当業者が適宜選択することができる周知慣用技術であり,薄いシート材で物を包むときその開口端部を折りたたむようにすることは,一般人の常識に属する極めて周知な事柄であって,格別の技術的困難性も技術的意義もない。本件発明は,和風洋菓子の単なるレシピにすぎないというべきである。そして,その各工程の組合せによって特別の作用効果が生じることもなく,各工程の総和以上のものは何もない。

〔被告の主張〕

(1) 相違点1について

ア 引用例の請求項2の記載からすれば,引用発明の「被覆材」としては,「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型により凹所が形成され,握られるような物性」のものが想定されており,引用発明の方法を,当該物性を有さない餅生地シート等の被覆材にも適用できることは,引用例に何ら記載も示唆もされていない。

イ 引用発明は,手作業による効率の悪さを解決するための自動包餡装置であるから,引用例の明細書が効率の悪い手作業を記載ないし示唆しているとは到底いえず,手作業によるおにぎりの製造方法が引用例に開示されているとはいえない。

ウ 本件審決は,引用例の請求項2の記載からすれば,引用発明が被覆材として想定しているものは,「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型によって凹所が形成され,握られるような物性」を有するものであり,それ以外の物性を有する被覆材に適用することは記載も示唆もないと認定したものである。原告の主張は,引用発明の被覆材として均一な餅生地シートが上記の物性を有しないと述べるにとどまり,何故,引用発明が被覆材の物性として予定していない物性を有する均一な餅生地シートを被覆材として用いることが,引用発明から容易に想到し得るのかとの点について,その理由を述べていない。

また,本件発明1の被覆材としての均一な薄厚の餅生地シートは,全体的に略半球状に窪ませて形成し,その形状を最終的な製品の形状として維持するようにする必要があり,一度形状が損なわれたら,二度と元の形状に復元できない物性の素材である。当業者であれば,このような物性を有する餅生地シートを,あえて引用発明が想定する「ほぐされ,押し固められ,塊となり,握られるような」被覆材として採用しようとするはずがなく,むしろ,引用発明の被覆材として採用する候補から排除するはずである。

エ 「容易想到和風洋菓子」から容易想到であるとする原告の主張は,引用発明から本件発明1が容易に想到し得るとの主張になっていない。また,甲号証のいずれにおいても「容易想到和風洋菓子」が記載されておらず,「容易想到和風洋菓子」が周知であるとの原告の主張も理由がない。

また,引用発明の被覆材の物性としては「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型によって凹所が形成され,握られるような物性」を予定しており,このような物性を有しない被覆材を引用発明の被覆材とすることは,記載も示唆もないのであるから,当該物性を有さない餅生地シートを用いた和風洋菓子の製造に関する課題を解決するために,引用発明の被覆材に代えて均一な薄厚の餅生地シートを用いることは容易に想到し得るものでない。

オ 翻って,本件発明1は「(和風)洋生菓子の製造方法」であるから,その発明の属する技術分野における通常の知識を有する者とは,洋菓子の研究・開発・製造に携わる者である。これに対し,引用発明の属する分野は米飯加工であるから,同じ食品加工分野といえども,本件発明1が属する技術分野と引用発明が属する技術分野との間には,大きな隔たりがある。この点においても,本件発明1は引用発明から容易に想到できない。

(2) 相違点2ないし5について

相違点2ないし5について,当該物性を有する「被覆材」に包まれる対象として気泡入りクリームが採用できること及び当該気泡入りクリームに更に詰め具材を配置することも,引用例に何ら記載も示唆もされていない。相違点1に関する原告の主張に理由がない以上,相違点2ないし5に関する原告の主張も理由がない。

(3) 「容易想到和風洋菓子」の容易想到性及び「容易想到和風洋菓子」を引用発明に適用することは容易想到であるとの原告の主張について

ア 原告の主張は,本件発明1の容易想到性の根拠として「容易想到和風洋菓子」なる概念を創作して導入し,この「容易想到和風洋菓子」を引用発明に組み合わせることを主張するものである。特許法29条2項所定の「発明に基づいて」とする当該「発明」とは,1項に規定する各「発明」でなければならないから,主引例である引用発明と,刊行物としての周知例1ないし5から容易に想到可能な「容易想到和風洋菓子」なる発明との組合せから,本件発明1が容易に想到できるとの主張は,同条2項の主張として認められるものではない。

イ 「容易想到和風洋菓子」は,当業者が適宜想到することができたものでないとした本件審決の判断は相当である。

(ア) 本件発明1の方法によって完成する「和風洋菓子」と周知例1記載の「雪見だいふく」との一致点は「全体を半球状の形状とする菓子」という点のみであり,原告が主張する一致点は,誤りである。

(イ) 相違点となる,「ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを形成し,その内部空間に内容物が充填される」という点は,本件発明1の課題解決に寄与する構成であり,その点において相違する周知例1から本件発明1による「和風洋生菓子」が容易想到であるとは到底いえず,また仮に周知例1に周知例2ないし4を組み合わせたとしても,いずれもほぼ均一な薄厚の餅生地シートという素材の記載すらないのであるから,本件発明1による「和風洋生菓子」が容易想到であるとは到底いえない。

(ウ) 相違点①について

原告主張の相違点①については,周知例1ないし4のいずれにも,「略半球状に形成されたほぼ均一な薄厚の餅生地シートで被覆された内容物が気泡入りクリームである菓子」は一切記載されていないし,また,その記載から,そのような菓子が容易想到とはいえず,周知であるともいえない。よって,上記相違点①は周知慣用技術により解消することのできない実質的な相違点である。

(エ) 相違点②について

本件発明1の均一な薄厚の餅生地シートの端部を折りたたむ方法,特に略半球状に窪んだ餅生地シート上の空間に気泡入りクリームを充填し,この気泡入りクリームにケーキスポンジを載置し,餅生地シートの端部をケーキスポンジの外表面に折りたたむ方法が周知及び公知であることの証拠はない。原告主張の包装材は食材ではないから包装材による包装は本件発明1と全く異なる技術分野であり,食用の餅生地シートの端部を折りたたむことが一般人の常識に属する極めて周知な事柄であるとはいえない。よって,相違点②は周知な事柄により解消することのできない実質的な相違点である。

(オ) 以上のとおり,相違点①及び②は実質的な相違点であり,かつ,本件発明1の方法により生産される「和風洋生菓子」の内容物として気泡入りクリーム,詰め具材,ケーキスポンジを含み,餅生地シートの端部が折り込むように重ね合わされているのは,上記各課題を解決するためである。

単に本件発明1の方法により生産される「和風洋生菓子」を構成する各素材が,それぞれ個々に周知例1ないし4に記載されているからといって,原告主張の「容易想到和風洋菓子」を当業者が容易に想到し得るとはいえない。なお,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートについては周知例1ないし4のいずれにも記載されていない。

原告の主張は,後知恵的なものにすぎない。

よって,「容易想到和風洋菓子」は,本件特許出願前に,当業者が適宜想到することができたものではないとする本件審決は相当である。

ウ 仮に「容易想到和風洋菓子」という発明の存在を前提としても,その製造に引用発明を適用することは当業者といえども容易に想到し得るものではないとした本件審決の判断は相当である。

(ア) 原告は,引用例の手作業によるおにぎりの製造方法を,ごく一般的な手作業によるおにぎりの製造方法として把握し直して,これを「容易想到和風洋菓子」の製造に適用することは極めて容易であると主張する。

(イ) 引用発明は手作業による効率の悪さを解決するための自動包餡装置であるから,引用発明に手作業によるおにぎりの製造方法が記載されているとはいえず,したがって,引用発明を一般的な手作業によるおにぎりの製造方法として把握し直すこともできないから,当業者といえどもこれを「容易想到和風洋菓子」の製造に適用することもできない。また,おにぎりと「容易想到和風洋菓子」の各製造方法の比較は,単に両方法を対比させたにすぎず,なぜおにぎりの製造方法における各工程を「容易想到和風洋菓子」の製造方法における各工程に適用することが容易であるのかという最も重要な部分の説明が欠落している。

原告主張の「容易想到和風洋菓子」は,本件発明1の方法により完成する「和風洋生菓子」と同様であるところ,上記本件発明1の各課題と,引用発明及び周知例2ないし4記載の課題とは全く異なるものであり,重要な構成においても相違する。原告の主張は,本件発明1を知った上での,後知恵の議論である。

よって,被覆材として餅生地シートを用いる「容易想到和風洋菓子」の製造に,「ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型により凹所が形成され,握られるような物性」の被覆材を扱うことが想定されている引用発明を適用することは,当業者といえども容易に想到し得るものではないとした本件審決は,相当である。

(4) 本件発明1の進歩性

ア 本件発明1は,低温での温度管理が重要な気泡入りクリームを,その立体的形状を保持しつつ,外観上皺や破れのない均一な薄厚の餅生地シートにより包んだ和風洋生菓子を大量に製造することを目的とする発明である。

引用例には,このような本件発明1のすべての構成及び当該構成の目的・作用効果について何らの記載も示唆もないのであるから,引用発明に基づいて本件発明1を容易に想到し得るとは到底いえない。

イ 高温の被覆材を使用した包餡作業の能率向上を目的とする引用例(【0003】)が動機付けとなり,当業者が,低温での温度管理が重要な和風洋生菓子の生産を目的とする本件発明1を容易に想到し得るとは到底いえない。この点において,引用発明は本件発明1とその課題において全く異なるものである。

2  取消事由2(本件発明2ないし4の進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

本件審決の本件発明1に関する相違点1ないし3に関する判断は,前記1のとおり誤りであるから,本件発明2ないし4についての本件審決の判断も同様に誤りである。

なお,本件発明2ないし4が本件発明1を引用して更に限定しているにしても,当該限定自体格別なことではなく,引用発明,周知例1ないし6の記載及び本件出願前の技術常識に基づき当業者が容易に発明できたものである。

〔被告の主張〕

本件発明2は,本件発明1を引用するものであり,本件発明3及び4は,本件発明1を引用する本件発明2を引用するものであるから,本件発明2ないし4は,いずれも本件発明1を引用して更に限定したものであり,引用発明と対比すると,少なくとも,相違点1ないし5を有している。相違点1ないし5は,当業者といえども容易に想到できるものではないから,本件発明2ないし4は,引用発明,周知例1ないし6の記載及び本件出願前の技術常識に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるとはいえない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件発明1の進歩性に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明1の認定

ア 本件明細書の記載(甲9)

本件発明1に係る請求項1の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。

イ 本件発明の課題

本件発明の課題に関し,本件明細書(甲9)の【0001】ないし【0013】には,以下の記載がある。

(ア) 餅生地を用いて気泡入りクリームやケーキスポンジ等を包むようにした和風感覚の洋生菓子の製造する場合,①餅生地からなる外包材を掌の上に載せて平たく伸ばし,次いで,その中央付近に内包材としての気泡入りクリームを置き,その後,外包材の端縁部を少しずつ摘みながら閉じ合わせることを手作業により行う方法,②二重管構造の吐出口を有する包餡機を用い,吐出口における内管と外管の間から餅生地を押し出すとともに内管から餡を押し出し,成形しながら切断することにより,内管から押し出された餡の周囲を内管と外管の間から押し出された餅生地により自動(機械)的に包み込む方法,③あらかじめ均一な薄厚に伸展成形された餅生地シートを用いることにより作業台の上で柔らかい気泡入りクリームを包み込むようにようにする方法が考えられる(【0002】【0008】)。

(イ) しかし,各方法には以下の問題がある。

すなわち,①の方法については,気泡入りクリームが体温に近い暖かい掌の上で加温されて潰れたようにダレてしまうこと,しかも,均一な薄厚に伸展成形された餅生地を用いた場合は体温の伝わりが早く,一連の作業をより手早くこなさなければならないが,餅生地が薄厚に伸展成形されたものであることから,丁寧に注意して扱わないと該餅生地がちぎれやすく,相当の熟練を要しなければ好ましい状態での包み込みを行うことができないこと,外包材の容積に比較して内包材の容積を大きくすることに限界があること,といった問題がある(【0003】【0007】)。

②の方法については,薄厚の餅生地シートを押し出し成形すると,薄厚伸展の途中で餅生地がちぎれてしまったり,均一な厚みとすることができないこと,適用取扱温度が大きく異なる二つの材料を,二重となった吐出口の内側と外側から同時に押し出して包み込むようにすることは非常に困難であること,外包材の容積に比較して内包材の容積を大きくすることに限界があること,といった問題がある(【0004】【0005】【0007】)。

③の方法については,気泡入りクリームの包み込みが行いづらく,包み込み作業中に加えられる圧力により気泡入りクリームが餅生地シートにより押されて潰れ,外観が変形した歪な形状のものとなってしまったり,包み込みに際して餅生地シートの端部を必要以上に伸張しすぎてしまい,該餅生地シートに皺が入ったり,その端部付近を誤ってちぎってしまったりすることがあること,柔軟な薄厚の餅生地シートの上部に直接柔らかい気泡入りクリームが載置されたものとなることから,包み込み終了後の製品はデリケートな性質のものであり,これを包装容器へ収容する際や,食する際に移動させようとして把持しようとすると,把持した該底部付近は必要以上に変形してしまったり,破れてしまい,変形等してしまった箇所は二度と元の形状に修復することができないこと,変形,皺,破れ等の出来上がり製品の外観上の問題点を回避するためには,相当に熟練した技術を有する者が一つずつ丁寧に製造するしかないが,これでは大量生産はおぼつかないこと,気泡入りクリームは取扱い温度等に注意しないと成分が分離して離水するとともに,その包含している気泡が放出されて保形性が維持できなくなり,移動等の取扱いが非常に困難なものとなってしまうとともに,適度な大きさの蓋付きの容器に収容することができないこと,といった問題がある(【0008】~【0012】)。

(ウ) こうした問題点を踏まえ,本件発明1は,組み合わされる内包材の素材と外包材の素材の性質を十分に考慮しつつ,和風感覚の洋生菓子を製造する方法とその包装方法を提供することを課題とするものである(【0013】)。

ウ 本件発明の作用効果

本件明細書(甲9)における,本件発明の作用及び効果に関する記載(【0014】~【0016】,【0055】~【0058】)からすると,本件発明1は,上記の課題を解決するために,あらかじめほぼ均一な薄厚に成形された餅生地シートを単に用いるようにしただけでなく,該薄厚の餅生地シートを,気泡入りクリームを包み込んだ後の形状である略半球状となるよう窪ませて形成しておき,この窪んだ略半球状に形成された薄厚の餅生地シートの内面空間内に該気泡入りクリーム等を充填することとするとともに,該気泡入りクリームの中に詰め具材を配置し,出来上がり製品の立体的形状を保持するために,出来上がり製品において該気泡入りクリームの台座となるケーキスポンジを充填後の該気泡入りクリームの上に載置し,その後,該餅生地シートの端部を互いに重ね合わせて製造するようにしたものであって,具体的には,請求項1に記載された技術的事項を採用したもので(【0014】),あらかじめ別途ほぼ均一な薄厚のシート状に成形された餅生地を用いることによる気泡入りクリームの充填,及び包み込みが完了した後の製品の形状(外観)とその取扱いを十分考慮して,該薄厚の餅生地シートをあらかじめ窪んだ半球状に形成するとともに,該気泡入りクリームの充填後に適度な硬さを有する台座部材を載置してから包み込みを行うようにしたものである(【0015】)。

そして,通常和菓子で使用する餅生地を用いてクリームやケーキスポンジ等を包むようにした和風感覚の洋生菓子を製造することができる,という作用を奏するもので(【0016】),餅生地が途中でちぎれてしまったりすることなく,容易に柔らかい気泡入りクリームを柔軟な薄厚の餅生地シートで包み込むことができること(【0055】),気泡入りクリームの充填後に適度な硬さを有する台座部材としてケーキスポンジを載置してから包み込みを行うようにしたので,出来上がり製品において該ケーキスポンジが台座の働きをして,従来の菓子類に比して多量のクリームを包み込んでも,製造工程上の作業時や製品の運搬時等における取扱いを容易なものとすることができること(【0057】),餅生地シートの包み込み端部が底面部に位置することとなるので,包み込み後の体裁が良くなるばかりでなく,該包み込み端部が無闇に剥がれてしまったり,該包み込み端部が邪魔となって非常に食べづらいものとなってしまうということもないこと(【0058】)という効果を奏するものである。

(2)  引用発明の認定

ア 引用例の記載(甲1)

引用例には,以下の記載がある。

饅頭,おにぎり,アンパン等を成形する場合,中に入れる具(餡)をご飯やパン生地等(被覆材)で自動的に包むことができる自動包餡装置に関するもので(【0001】),従来より,饅頭,おにぎり,アンパン等においては,中に入れる具(餡)を手作業によりご飯やパン生地等(被覆材)で包んだり(包餡作業),あるいは,三角形等をした型に具を入れてかた込めする等して包餡作業を行っている(【0002】)。人手やかた込めによる包餡作業では量産ができず作業能率が悪い,また,例えばおにぎりのような,熱い飯(被覆材)を用いて手作業で大量のおにぎりを握ろうとすると作業が大変であり,おにぎりのような熱い被覆材を使用した包餡作業は,軍手をはめ更にその上から,薄いビニール製の手袋をはめて作業するため,作業能率が悪く,また,重労働であることに鑑み,饅頭,おにぎり,アンパン等の包餡作業を自動で行うことができる新規な自動包餡装置を提供し,上記諸問題を解決しようとするものである(【0003】)。

そして,「被覆材を包むことができるシート材と,該シート材を展張状態と弛め状態とにするシート材展張装置と,シート材の上に載せられた被覆材に凹所を形成することができる押し型と,前記シート材が緩んだ状態の時にシート材の開口部をすぼめることができるすぼめ部材と,すぼめ部材によりすぼめられたシート材の外側からシート材につつまれた被覆材をにぎることができるにぎり型とを備えている自動包餡装置」(【0004】)により,「…ホッパに供給された被覆材をほぐし続ける。…つぎに,…ほぐされたご飯が被覆材供給装置によって押しかためられ,ついで切断装置によって切断され,包餡機のシート上に供給される。…つづいて押し型が下降して被覆材に凹所(穴)を形成する。被覆材の凹所には作業者によって具が挿入され,…受け型が下降し,シートが弛められる。シートが弛んだ状態となると,すぼめ作動が実行され,さらに,にぎり型によってシートによってつつまれた被覆材を押しかためる。最後に被覆材をにぎり型でにぎった状態のままロータリアクチュエータを作動して被覆材を約90度回転させ,さらにしっかりと被覆材をにぎる。こうして…,おにぎりを自動的に製造することができる。」(【0005】)。

イ 引用発明の内容

以上の記載によれば,引用発明は,従来の手作業による包餡作業の作業能率の悪さや作業の大変さを解決するために,「被覆材をほぐす→押し固める→切断する→シート上に供給する→押し型により凹所(穴)を形成する→作業者が具を挿入する→シートを緩め,すぼめる→にぎり型により押し固める→更にしっかりと握る」という工程を含む自動包餡機により包餡作業を行うものということができる。

(3)  周知例技術の認定

ア 周知例1(甲2)

周知例1には,「雪見だいふく」に関し,今までにない変わった食感のアイスクリームを作ろうとしたこと,その結果,だいふくの餡に代えアイスクリームを入れる点に至ったこと,餅でアイスクリームを包むことが記載されている。周知例1の記載からは,「雪見だいふく」が,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを用いているか否かは明らかでない。

イ 周知例2(甲3)

周知例2には,適宜の厚さの搗きたての餅で洋菓子用クリームを包覆する点が記載されている。周知例2には,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを用いていることが窺えるものの明示はなく,気泡入りクリームを包むことが窺えるものの明示はなく,更に具材を配置する点やケーキスポンジと組み合わせる点は記載されていない。

ウ 周知例3(甲4)

周知例3には,外皮がスポンジ状の弾力性に富む厚肉で,内部にクリームを充填した菓子に関し,焼成された外皮にクリームを充填し,その上にケーキスポンジを配置するともに,菓子生地で覆い,焼成する点が記載されている。周知例3には,焼成時の熱が当該クリームを流動性にしたり,変質させたりする旨記載され(2頁右下欄2~6行),クリームが気泡入りクリームであることが窺えるものの,その明示はない。ケーキスポンジは,配置後の焼成工程において熱をクリームに伝えないための断熱材として配置されるものである。なお,周知例3に記載された菓子は,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを用いるものではない。

エ 周知例4(甲5)

周知例4には,餅生地からなる外皮材と,餡などの内包材と,気泡入りクリームである生クリームとを有する3層構造の生クリーム入り大福が記載されている。周知例4に記載された菓子は,外皮材が比較的厚肉であり(2頁左下欄3~8行),これにシート状のものを利用する点は記載されていない。周知例4には,更に具材を配置する点,ケーキスポンジと組み合わせる点は記載されていない。

オ 周知例5(甲6)

周知例5には,ケーキスポンジとつぶ餡をほぼ均一な薄厚の餅生地シートで包む点,スライスバナナ上の抹茶アイスにほぼ均一な薄厚の餅生地シートをかぶせる点が記載されている。周知例5は,餅生地シートの端部をケーキスポンジの外表面に折り込むことにより当該端部を重ね合わせたものではない。周知例5には,具材を配置した気泡入りクリームとケーキスポンジを組み合わせたものを包むことまでは開示していない。

カ 周知例6(甲7)

周知例6には,求肥により餡を包む工程が記載され,丸く広げた生地で餡を包むことが記載されている。周知例6に記載の工程は,餡をのせた後に生地を成形するもので,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートで単に包むものとはいえず,具材を配置した気泡入りクリームとケーキスポンジを組み合わせたものを包むことまでは開示していない。

(4)  相違点に対する検討

引用発明に周知例1ないし6に記載された事項を参酌することにより,本件発明1に容易に想到することができるかについて検討する。なお,本件審決が認定した本件発明1と引用発明との相違点については,当事者間に争いがない。

ア 相違点1について

(ア) 引用発明の被覆材は,被覆材を包むことができるシート材に載置されたご飯やパン生地などの被覆材であるところ,以下のとおり,「被覆材を略半球状に窪ませる」工程後の被覆材の形態は本件発明1の形態と同じとはいえないから,引用例に接した当業者は,引用発明における被覆材に代えて,本件発明1のようなほぼ均一な薄厚の餅生地シートを,直ちに想起することはできない。

すなわち,前記(2)のとおり,引用発明は,被覆材に押し型によって凹所を形成するものであり,略球形に凹んだ凹所を備えた受け型と協働することにより,凹所を形成する結果(甲1【0021】【0022】),被覆材は略半球状の外形を呈するものであるが,当該工程は専ら略半球状の窪みを形成することを企図したものであって,その後に,被覆材をにぎり型によって押し固めるものであることからしても,具を挿入する前に,積極的に被覆材を略半球状に窪ませるものとはいえない。

これに対し,本件発明1は,前記(1)のとおり,薄厚の餅生地シートを,保形性を有する気泡入りクリームを包み込んだ後の形状である略半球状となるようあらかじめ窪ませて形成するもので(甲9【0014】),この時点で製品の最終形状に概略等しい形に形成するものである。

そうすると,両者はともに「被覆材を略半球状に窪ませる」工程を含むといえるものの,当該工程後の被覆材の形態は同じではなく,引用発明における被覆材はその後に押し固められるものであるから,引用例に接した当業者は,引用発明における被覆材に代えて,本件発明1のようなほぼ均一な薄厚の餅生地シートを,直ちに想起することはできない。

(イ) 次に,周知例に記載された事項を参酌することにより,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを選択することが,当業者にとって容易であるか否かについて検討する。

前記(3)によれば,餅生地を外皮として利用することは周知であり(甲2,3,5~7),ほぼ均一な薄厚の餅生地シートで単に包むことも従前知られていた(甲6)ということができる。

しかしながら,引用発明が饅頭,おにぎりやアンパンのみならず菓子の製造方法として観念できるとしても,引用例には被覆材としてご飯やパン生地が例示されているのみである。餅生地を外皮として利用することが周知であって,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートで単に包む点が公知であるとしても,それは一例にすぎず,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを,菓子の外皮として選択することの契機は十分とはいえない。

そして,引用発明における被覆材を包むことができるシート材に載置されたご飯やパン生地などの被覆材と,本件発明1におけるほぼ均一な薄厚の餅生地シートとは,外皮材である点で類するものの,例示された饅頭やアンパンと,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートとは,その外観や質感,特に厚さが異なる。また,例示された饅頭やアンパンが包餡工程後に加熱工程が予定されていることからしても,同様の外皮材とはいえず,引用例に接した当業者は,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを,引用発明の被覆材と同様のものとして理解することはできない。

引用発明において,被覆材としてその他のものを採用することは選択的事項ではあるが,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートの開示はなく,上記のように同様の被覆材とすることが困難であって,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを選択することは,当業者にとって容易であるということはできない。

(ウ) 原告は,本件審決の判断は,引用例に記載の包餡機によりおにぎりを製造する場合に限定したもので,引用例にはこれを手作業で行うことも開示されており,その場合,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを選択することが,当業者にとって容易である旨主張する。

しかし,前記(2)のとおり,引用発明は,「被覆材をほぐす→押し固める→切断する→シート上に供給する→押し型により凹所(穴)を形成する→作業者が具を挿入する→シートを緩め,すぼめる→にぎり型により押し固める→更にしっかりと握る」という工程を含む自動包餡機により包餡作業を行うものである。引用発明における上記工程は,手作業の場合であっても適用することは可能であり,本件発明1における工程も,手作業の場合を排除しているものとはいえないが,前記(2)のとおり,引用発明が,手作業による包餡作業の作業能率の悪さや作業の大変さを解決することを課題としたものである以上,引用例に接した当業者が,当該工程を直ちに手作業に置き換えることができるものではない。

そして,仮に手作業に置き換えたとしても,引用発明における被覆材は,ほぐされ,押し固められ,塊となり,押し型によって凹所が形成され,握られることを予定されていることに変わりはなく,当該物性のものが想定されている。そのような被覆材に代えて,本件発明1のようなほぼ均一な薄厚の餅生地シートを想定することは,困難である。

(エ) そうすると,引用発明に周知例1ないし6に記載された事項を参酌しても,ご飯やパン生地のような被覆材に代えて,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを採用することは,当業者が容易に想到できた事項とはいえない。

イ 相違点2について

(ア) 引用発明における被覆材が被覆する対象は,餡(具)であり,引用例には,饅頭,おにぎり,アンパンを製造する点が例示されているのみで,具体的な具の例示はなく,気泡入りクリームを包む点についての記載はない。

(イ) もっとも,前記(3)によれば,気泡入りクリームを包むこと自体は,公知であったものと認められる(甲3~5)。

(ウ) しかしながら,引用例には,気泡入りクリームを包む点の記載はないのであるから,菓子の製造において,気泡入りクリームを外皮により包むことを選択することの契機は十分とはいえない。

引用発明において,餡(具)としてその他のものが採用できることは選択的事項ではあるが,具体的な開示はなく,素材の一例にすぎない気泡入りクリームを内容物として選択することの契機は,更に当該気泡入りクリームに詰め具材を配置することはともかく,それ自体として十分とはいえず,当業者にとって容易であるということはできない。

ウ 相違点3について

(ア) 引用例には,饅頭,おにぎり,アンパンを製造する点が例示されているのみで,前記のとおり,具体的な内容物の例示はない。

(イ) また,内容物として充填する気泡入りクリームに更に詰め具材を配置することを記載した証拠はない。

(ウ) これに対し,本件発明1は,気泡入りクリームに更に詰め具材を配置することにより,当該詰め具材が「核」の役割を果たし,薄厚餅生地シートに包まれた気泡入りクリームの立体的形状での保持を強化する(甲9【0033】)という作用・効果が期待できるところ,引用発明において気泡入りクリームを選択することが,当業者にとって容易とは認められないことは上記イのとおりである。また,仮に気泡入りクリームを選択し得たとしても,上記のような作用・効果を参酌すると,更に気泡入りクリームに詰め具材を配置することまでが,当業者にとって容易であるとすることはできない。

エ 相違点4について

(ア) 周知例3(甲4)には,クリームの上にケーキスポンジを配置する点が記載されているが,当該ケーキスポンジは,配置後の焼成工程において熱をクリームに伝えないための断熱材として配置されるものである。引用発明に上記の周知例3に記載された事項を適用できるか否か検討すると,周知例3に係る菓子の製造方法は,焼成された外皮を利用するなど,引用発明と異なる点が多い。そして,クリームの上に断熱材としてケーキスポンジを配する点は,周知例3に係る菓子の製造方法特有のものともいえるから,これを工程の異なる引用発明に採用することは,当業者にとって困難である。

(イ) これに対し,本件発明1は,前記(1)のとおり,ケーキスポンジを配置することによって,出来上がり製品の立体的形状を保持し,また出来上がり製品において当該ケーキスポンジが台座の働きをして,従来の菓子類に比して多量のクリームを包み込んでも,製造工程上の作業時や製品の運搬時等における取扱いを容易なものとすることができるという作用・効果を奏するものであり,更に具を配置する場合には当該具が下方に落ち込み中心位置からズレてしまうことを防止するという作用・効果が期待できるものである(甲9【0035】)。引用発明において気泡入りクリームを選択することが,当業者にとって容易とはいえないことは上記イのとおりであるところ,仮に気泡入りクリームを選択し得たとしても,上記のような本件発明1の作用・効果を参酌すると,更にケーキスポンジを配置することまでが,当業者にとって容易であるということはできない。

(ウ) 加えて,前記(1)のとおり,本件発明1は,餅生地シートの端部を当該ケーキスポンジの外表面に折り込むことにより該端部を重ね合わせ,当該気泡入りクリームと当該詰め具材と当該ケーキスポンジとを全体的に包むとともに,製品の上下を反転することによって,餅生地シートの包み込み端部が底面部に位置することとなるので,ケーキスポンジが台座の働きをして,作業時や運搬時における取扱いを容易なものとする上に,餅生地シートの包み込み端部が底面部に位置するため体裁も良くなるばかりでなく,当該包み込み端部が無闇に剥がれてしまったり,当該包み込み端部が邪魔となって非常に食べづらいものとなってしまうこともないという作用・効果を奏するものである。餅生地シートの端部構造については当業者が適宜に決定できるものではあるが,このような作用・効果を参酌すると,更に進めて,餅生地シートの端部をケーキスポンジの外表面に折り込むことにより該端部を重ね合わせること,そして,その後上下を反転することにまで想到することは,当業者にとって容易ということはできない。

オ 相違点5について

上記アないしエのとおり,相違点1ないし4は,当業者が容易に想到できるものではないから,相違点5に係る,包餡物を製造する引用発明に周知例1ないし6に記載された事項を参酌しても,本件発明1に係る和風洋生菓子を製造することは,当業者が容易に想到できるものということはできない。

カ 相違点の容易想到性

(ア) 以上のように,引用例には,外皮で餡を包む菓子の製造方法が記載されているといえるところ,これを本件発明1のように,①この外皮として,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを採用し,②餡に代えて,中に具が配された気泡入りクリームとケーキスポンジとの組合せを採用し,③餅生地シートの端部を重ね合わせることが,容易といえるのかが問題となる。

(イ) 引用発明において,外皮や餡(内容物)は,当業者が適宜に選択できる事項である。また,前記(3)のとおり,薄厚の餅生地によりクリームを包む点において類似の菓子は知られており(甲2),外皮材としての薄厚の餅生地,菓子の素材として具が配された気泡入りクリームとケーキスポンジとの組合せは,周知又は公知である。

しかしながら,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを外皮とし,中に具が配された気泡入りクリームとケーキスポンジとの組合せを餡に換えることを記載した証拠はない。また,ケーキスポンジが台座の働きをすることを記載した証拠もない。そうすると,菓子の素材は適宜に採用し,適宜に組み合わせることができるとしても,本件発明1を知ることなく,相当多数の種類や選択肢の中から,外皮として,薄厚の餅生地を選択し,餡に代えて具が配された気泡入りクリームとケーキスポンジを選択することに至ることは,動機付けが十分とはいえない。

さらに,餅生地シートの端部を重ね合わせることまで,当業者にとって容易に想到できる事項とすることは相当ではない。

(ウ) そして,本件発明1は,相違点1ないし5に係る事項を備えることにより,顕著な効果を奏するものである。

(エ) よって,引用発明に周知例1ないし6に記載された事項を参酌して,相違点に係る本件発明1に容易に想到することはできない。

(5)  「容易想到和風洋菓子」を引用発明に適用することについて

原告は,「容易想到和風洋菓子」は,周知例1記載の「雪見だいふく」等から容易に想到でき,これを引用発明に適用することは当業者が容易に想到できると主張する。

ア 「容易想到和風洋菓子」について

そこで,まず,当業者が,周知例1ないし6に記載された事項に基づいて,原告主張の「容易想到和風洋菓子」を想定することができるかについて,以下に検討する。

(ア) 周知例1の「雪見だいふく」は,ほぼ均一な薄厚の餅生地で餡(内容物)を包む点において「容易想到和風洋菓子」に類するものであるといえるものの,以下の点で相違する。

a ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを用いているかは明らかではない点

b 内容物がアイスクリームで,具材を配置した気泡クリーム及びケーキスポンジではない点

c 餅生地が継ぎ目なく内容物全体を被覆しており,餅生地シートの端部を重ね合わせるものではない点

(イ) 上記相違点aについて

甲8には,「被覆冷菓およびその製造方法」が記載され,周知例1の「雪見だいふく」の製造方法が記載されているところ,筒状の薄厚の餅生地シートを利用する点が記載されているとともに,少量生産の場合は,餅生地を薄く伸ばして型どりし,これでアイスクリームを包むようにして成型する旨の記載がある(2頁4欄)。また,周知例6に示されるような求肥菓子に係る基本的な製造方法に鑑みれば,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを利用する点は通常の手法であり,周知例1から読み取れる範囲内の事項である。

(ウ) 上記相違点bについて

前記(3)のとおり,気泡入りクリームを包む点は,従前知られていたものである。

しかし,周知例1には,今までにない変わった食感のアイスクリームを作ろうとしたこと,その結果,だいふくの餡に代えアイスクリームを入れる点に至ったことが記載されているにとどまり,そこから読み取れるのは,あくまでも新しい種類のアイスクリームに係る技術であって,それ以外の内容物の示唆,特に,気泡入りクリームを採用することの示唆はない。

そして,前記(3)のとおり,周知例2ないし6は,餅生地により気泡入りクリームを包むことを直接的に開示しているものではなく,更に具材を配置する点,ケーキスポンジと組み合わせる点は記載されていないから,上記周知例を参酌したとしても,周知例1に記載された「雪見だいふく」に基づいて,具材を配置した気泡入りクリームとケーキスポンジを組み合わせたものをほぼ均一な薄厚の餅生地シートにて包むことが,容易に想到できるとはいえない。

(エ) 上記相違点cについて

周知例1から,ほぼ均一な薄厚の餅生地シートを利用することが読み取れるとしても,その場合に,餅生地シートの端部を重ね合わせることが必然とはいえないし,包み込み端部が底面に位置することまで考慮し,餅生地シートの端部を重ね合わせることは,当業者にとって容易とはいえない。

(オ) 容易想到和風洋菓子の容易想到性

以上のとおり,周知例1に記載された「雪見だいふく」に基づいて,原告主張の「容易想到和風洋菓子」,すなわち,外皮をほぼ均一な薄厚の餅生地シートとし,内部に生クリーム及びいちごなどの詰め具材を備えるとともに底面内部にはケーキスポンジを配するようにし,これを前記外皮で包み,底面をほぼ円形とするほぼ半球状の形状とし,底面で前記餅シートを折りたたんでなる和風洋菓子に想到することは,当業者にとって容易とはいえない。

イ 「容易想到和風洋菓子」を引用発明に適用することについて

(ア) 以上のように,当業者は,周知例1ないし6に記載された事項に基づいて,直ちに「容易想到和風洋菓子」を想定することはできないから,これを製造することを念頭に,引用発明を「容易想到和風洋菓子」の製造に適用することはできない。

(イ) なお,仮に,「容易想到和風洋菓子」が容易に想到できるものであるとしても,引用例には饅頭やおにぎり,アンパンを製造する点,被覆材としてもご飯やパン生地が例示されているのみである。両者は,外皮材で餡を包む点で類するものの,例示された饅頭やおにぎり,アンパンと,「容易想到和風洋菓子」とは,その外観や質感,特に外皮の厚さが異なり,例示された饅頭やアンパンが包餡工程後に加熱工程が予定されていることからしても,同様の菓子とはいえない。引用例に接した当業者は,原告主張の「容易想到和風洋菓子」を,引用発明により完成する成果物と同様のものとして,直ちに想起することはできない。

引用発明において,例示された饅頭やアンパン以外の菓子の製造について具体的な開示はなく,「容易想到和風洋菓子」を選択する契機はないから,これを引用発明に適用することは,当業者が容易に行い得ることとはいえない。

(ウ) この点に関し,原告は,引用発明は包餡機に限定されず,これを手作業で行うことも開示されており,その場合,「容易想到和風洋菓子」を適用することが,当業者にとって容易である旨主張する。

前記(2)のとおり,引用発明は自動包餡機により包餡作業を行うもので,その工程は,手作業の場合であっても適用できるものの,引用発明が,手作業による包餡作業の作業能率の悪さや作業の大変さを解決することを課題としたものであるから,引用例に接した当業者が当該工程を,直ちに手作業に置き換えることができるものではない。

そして,仮に手作業に置き換えたとしても,例示された饅頭やアンパンと同様の菓子の製造を予定していることに変わりはなく,同様のものとして,「容易想到和風洋菓子」を想定することは,やはり困難である。

よって,原告の主張は採用することができない。

(6)  小括

以上のとおり,引用発明及び周知例1ないし6に記載された事項に基づいて,本件発明1に想到することが,当業者に容易であるということはできない。

よって,取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(本件発明2ないし4の進歩性に係る判断の誤り)について

(1)  前記1のとおり,本件発明1は,引用発明及び周知例1ないし6に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到することができないものであるから,本件発明2ないし4は,新たな相違点について検討するまでもなく,同様の理由により,引用発明及び周知例1ないし6に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到することができないものである。

(2)  小括

よって,取消事由2は理由がない。

3  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 井上泰人)

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