知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10045号 判決 2010年9月21日
原告
JSR株式会社
原告
株式会社日本製鋼所
両名訴訟代理人弁理士
小島清路
同
萩野義昇
同
谷口直也
被告
特許庁長官
指定代理人
長崎洋一
同
森川元嗣
同
黒瀬雅一
同
田村正明
主文
1 特許庁が不服2007-31771号事件について平成21年12月28日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨。
第2事案の概要
1 本件は,原告らが,名称を「ポリマーの回収方法」とする発明につき特許出願をし,平成19年6月11日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正をしたところ,拒絶査定を受けたため,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記補正後の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)が,特開平9-207199号公報(発明の名称「ゴム状重合体用押出乾燥装置」,出願人 日本ゼオン株式会社,公開日 平成9年8月12日,以下「引用例」という。甲1)に記載された発明(以下「引用発明」という。)との間で進歩性を有するか(特許法29条2項)である。
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告らは,平成11年4月27日,名称を「ポリマーの回収方法」とする発明につき特許出願し(公開公報は特開2000-310482号),平成19年6月11日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正(請求項の数6,以下「本件補正」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2007-31771号事件として審理した上,平成21年12月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成22年1月12日原告らに送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項1(本願発明)の内容は,次のとおりである。
【請求項1】 脱水スリットを有し,該脱水スリットが形成された位置よりも押出側にベントを有しない二軸押出機に水を含むポリマーを供給し,
該押出機内において上記ポリマーを供給側から押出側に移動させつつ加圧しかつ加熱し,
その後,該押出機の押出側端部において,該ポリマーを押出機先端内部から押出機外部に押し出すことにより,該ポリマー中の水分を瞬時に気化させて,該ポリマーを乾燥させることを特徴とするポリマーの回収方法。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は引用発明及び周知の技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決の認定した<引用発明の内容>,本願発明と引用発明との<一致点>と<相違点>は,次のとおりである。
<引用発明の内容>
「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルトをシリンダーの移送部末端から圧縮部にかけて有し,
溝を設けた6個のブレーカボルトが配置された位置よりダイ2側に配置されたブレーカボルトは溝を有しないエクスパンジョン型二軸押出乾燥装置に含水率16~18%のクラム(重合体凝縮物)が供給され,
エクスパンジョン型二軸押出乾燥装置内においてクラムをダイ2側へ搬送しつつ圧縮しかつジャケット8から熱を与え,
ダイ2まで搬送されたクラムはダイ2の噴出口3から大気中に押し出され,このとき水分等の気化物が爆発的に大気放出され乾燥が行われるクラムの乾燥方法。」
<一致点>
「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない二軸押出機に水を含むポリマーを供給し,
押出機内においてポリマーを供給側から押出側に移動させつつ加圧しかつ加熱し,
その後,該押出機の押出側端部において,ポリマーを押出機先端内部から押出機外部に押し出すことにより,ポリマー中の水分を瞬時に気化させて,ポリマーを乾燥させるポリマーの回収方法。」
<相違点>
「水分を除去する開口が,本願発明では,脱水スリットであるのに対して,引用例に記載された発明では,蒸気を直接外部へ逃すブレーカボルトに設けた溝である点。」
(4) 審決の取消事由
審決は,本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定判断を誤り(取消事由1),その結果,相違点についての容易想到性の認定判断を誤った(取消事由2)ものであり,また審決には拒絶理由通知を欠いた手続違背がある(取消事由3)から,審決は違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(一致点及び相違点認定判断の誤り)
(ア) 以下に述べるとおり,引用発明の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」(以下「溝付ブレーカボルト」という。)の「溝」は,「蒸気」を除去する開口の役割を果たすにすぎず,本願発明と引用発明とは,「開口を有し,開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない」点で共通し,一方,「開口」が,本願発明では,「水分」を除去する「脱水スリット」であるのに対し,引用発明では,「蒸気」を除去する「溝付ブレーカボルト」である点で相違するものであり,審決は,かかる一致点及び相違点の認定判断を誤ったものである。
(イ) まず,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」の「溝」から除去されるのは,単に「蒸気」と記載されているにすぎず,「水分」を除去するとの記載はない。
本願明細書(甲2)にも記載されているように,押出機に供給されるポリマー(引用例の「クラム」)は,通常は水のみならず気化しやすい重合溶媒,未反応モノマーなども含んでいる(段落【0025】)。例えば,引用例(甲1)の実施例では,スチレン・イソプレン・スチレンからなるブロック共重合体を含むクラムを用いている(段落【0022】)。当該クラムには,通常,未反応モノマーであるスチレン・イソプレンが残留し,また,上記ブロック共重合体は通常,有機金属化合物(例えば,有機リチウム化合物)を触媒として重合反応により製造されることから,重合溶媒として炭化水素(例えばシクロヘキサン)が使用され,当該重合溶媒が残留しているのが通常である。
そして,当該重合溶媒や未反応モノマー等も押出機(引用例の「シリンダー」)内の熱により気化して蒸気となることから,引用例記載の「蒸気」を「水分」と同視することはできない。
特に,引用例(甲1)では,「・・移送部末端まで搬送されたクラムの粒界に水膜が形成され,本来はホッパー側へ抜けるべき蒸気が当該部位に閉じ込められ圧縮されることに起因するものと推定される。・・何らかの手段によりクラム粒界の水膜を破壊するか,あるいは閉じ込められた蒸気を直接外部へ逃がすことができれば,圧力の異常上昇を解消しクラムの喰い込みを改善しうることが予想された。」(段落【0010】),「本発明に係る押出乾燥装置は,・・この溝を通じて蒸気を直接外部へ逃がし,圧力の異常上昇を解消することを特徴とするものである。」(段落【0011】)と記載されている。
これらの記載からすれば,引用例(甲1)では,クラム中の水分により形成される「水膜」と,「蒸気」とを別異に扱っており,引用発明の「溝付ブレーカボルト」につき,後者を除去する部材として位置付けていることが明らかである。
(ウ) なお,引用発明の「溝付ブレーカボルト」は,あくまで引用発明の構成要素の一つであるから,その技術的意義は,引用例(甲1)の記載を基礎に判断すべきである。すなわち,「溝付ブレーカボルト」が「ポリマー中の水分を確実に脱水する機能」を有するか否かは,引用例(甲1)の記載を基礎に判断すべきであり,その判断の際,本件出願時の周知技術を参酌できるとしても,それはあくまで引用例(甲1)の内容を基礎とする限りで参酌できるにすぎず,全く無制限に参酌できるものではない。
かかる観点から検討すると,「ベント」がどの程度の含水量の変化を生じさせるかは,具体的な構成(特に蒸気を除去する溝の大きさ,形状及び数等)によって左右される。そして,「ベント」としての機能を有する部材であれば,常に甲9(特開昭56-24119号公報)記載の「排気口」及び乙1(原告らの特許庁あて平成20年2月15日付け上申書)添付の「押出成形」と題する文献記載の「ベントポート」と同程度の大きな含水量の変化を生じさせることまでが周知の技術であるとの根拠はない。しかも,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」と,甲9記載の「排気口」及び乙1記載の「ベントポート」とが,部材として同一であるとの説明はない。
また,甲17の1(村上健吉「押出成形」,株式会社プラスチックス・エージ発行)では,「ベント」について「上記のような揮発分,ガスを除去する機能を持ち,」と記載されているにすぎず(170頁左欄16ないし18行),「水分」を除去する点については何ら言及がない。このことは,「ベント」であれば常にクラム中の水分を除去し,大きな含水量の変化を生じさせる機能を有するとは限らないことを示している。
よって,甲9の「排気口」及び乙1の「ベントポート」が,クラム中の水分を除去し,大きな含水量の変化を生じさせる機能を有するとしても,それが直ちに「溝付ブレーカボルト」も同様の機能を有することの根拠にはならない。
(エ) このほか,引用例(甲1)では,「溝付ブレーカボルト」の実施形態として,溝の深さが0.03~2mm,幅が0.05~1mmで,溝の数が2~4本である例が記載されており(段落【0016】),実施例では,深さ0.1mm,幅0.2mmの溝を3本有するブレーカボルトが記載されている(段落【0025】)。
一方,甲17の1には,「ベント」の開口部について,通常,押出方向の長さが(0.5~1.5)×D,幅が(0.1~0.25)×Dであることが記載されている(Dは押出機の軸直径=スクリュー径)。
なお,シリンダーの公称径とスクリューの径は完全には一致しないが,一般に,前者と比べて後者があまりに小さいと,内容物を充満した際に軸ぶれ等の不都合が生じることから,通常は,両者の差はごくわずか(1mm程度)であり,実質的に両者は同じである。
そして,押出機の軸直径は押出機サイズによるが,小型機(ラボ用)で30mm程度,大型機であれば200mm以上であることから,「ベント」の開口部のサイズは,小型機で長さが15~45mm,大型機であれば長さが100~300mm,幅が20~50mm程度であり,「溝付ブレーカボルト」の溝よりもかなり大きなサイズである。
また,前述のとおり,甲17では,「ベント」について,単に「蒸気」を除去することしか開示されておらず,「水分」を除去する点については何ら言及がない。
そうすると,引用例(甲1)に接した当業者は,通常のベントよりもはるかに溝のサイズが小さい「溝付ブレーカボルト」が,クラム中の水分を除去し,大きな含水量の変化を生じさせる機能を有するとは考えない。
なお,原告らは,審判請求書の手続補正書(甲16)において,「溝付ブレーカボルト」が「ベント」に相当する旨主張したが,これは,「溝付ブレーカボルト」が,蒸気を除去するという「ベント」の機能を単に「有する」ことを根拠とする主張にすぎず,「溝付ブレーカボルト」が,クラム中の水分を除去し,大きな含水量の変化を生じさせる機能を有することまで認めた主張ではない。
以上のとおり,甲9及び乙1の記載を考慮しても,引用例(甲1)の記載にかんがみれば,当業者は,「溝付ブレーカボルト」は,単にシリンダー内の圧力上昇の原因となる蒸気を除去する機能を有する部材であると認識するにすぎず,それに加えて,「ポリマー中の水分を確実に脱水する機能を有する」部材であると認識することはない。
このほか,前述の引用例(甲1)の記載(段落【0010】,【0011】参照)にかんがみれば,理論上,引用例(甲1)記載の「蒸気」中に水分が含まれている可能性は否定できないとしても,当業者は,引用例(甲1)記載の「蒸気」中に水分が含まれていると認識せず,まして,「溝付ブレーカボルト」が「水分を除去する開口」としての機能を有すると認識することはない。
(オ) 以上のとおり,甲9及び乙1の内容にかかわらず,引用例(甲1)の「蒸気」と「水分」とは同義ではなく,その結果,引用発明の「溝付ブレーカボルト」は,単に「蒸気を除去する開口」に該当するにすぎず,「水分を除去する開口」に該当しないことは明らかである。
そして,本願発明と引用発明とは,「開口を有し,開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない」点で共通し,一方,「開口」が,本願発明では,「水分」を除去する「脱水スリット」であるのに対し,引用発明では,「蒸気」を除去する「溝付ブレーカボルト」である点で相違することは明らかである。
したがって,本願発明と引用発明の一致点及び相違点についての審決の認定判断は誤りである。
イ 取消事由2(相違点についての容易想到性についての認定判断の誤り)
(ア) 周知事項に基づく相違点の構成の容易想到性を論じるにあっても,出願に係る発明が目的とする課題を的確に把握した上で,相違点の構成を採用する動機や相違点の構成を採用した場合の作用効果を斟酌し,相違点の構成に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要である。
(イ)a 本願明細書(甲2)の段落【0005】及び【0009】(本件補正後のもの)の記載からすれば,本願発明が解決しようとする課題は,押出機の小型化を可能にし,エネルギー効率も向上する,ポリマー全体を均一かつ十分に乾燥させるというものであり,本願発明は,「脱水スリット」によりポリマーの含水率を適切な範囲に調整し,適切な含水量のポリマーをそのまま押出機先端まで持ち込んでエクスパンジョン乾燥を行うことにより,上記課題を解決していることが明らかである。
b 本願発明の「脱水スリット」に関して,本願明細書(甲2)の段落【0009】(本件補正後のもの)及び【0016】の記載並びに本件出願前の周知の技術事項(「脱水スリット」とはポリマーから絞り出された「水」(液状の水の意味。)を除去する部材であること)からすれば,本願発明の「脱水スリット」によって除去されるのは,ポリマーから絞り出された「水」(液状の水)であることは明らかである。
c さらに,本願発明の「脱水スリット」に関して,本願明細書(甲2)には「予備脱水の条件を厳しくしすぎると,分子切断によってポリマーの品質が低下する恐れがある。また,この時点で含水率を低下させすぎると,押出機先端まで持ち込まれる水分量が不足して,低圧領域に押し出されたときにポリマーが旨く発泡しきれず,これにより乾燥不良を起こす場合がある。」と記載されている(段落【0016】)。
上記記載からすれば,本願発明の「脱水スリット」は,本願発明の課題を解決するために,ポリマーから「水」を絞り取って除去し,ポリマー中の水分量を適切な範囲に調整するという機能を果たしていることが明らかである。
(ウ)a 一方,審決が認定判断しているように,「二軸押出乾燥装置の技術分野において,水をベントから除去すること」が本件出願前の周知事項であり,引用発明の「溝付ブレーカボルト」が「水分である蒸気を外部へ除去する開口」の役割を果たすとしても,引用例(甲1)の記載(段落【0010】及び【0011】)からすれば,引用発明の「溝付ブレーカボルト」が,圧力の異常上昇の原因となる「水分である蒸気」(=水蒸気)を除去する部材であることは明らかである。
b なお,引用発明の「溝付ブレーカボルト」は,あくまで引用発明の構成要素の一つであるから,その技術的意義は,引用例(甲1)の記載を基礎に判断すべきである。すなわち,「溝付ブレーカボルト」が「水」を含むポリマーの水分を脱水により取り除く開口であるか否かは,引用例(甲1)の記載を基礎に判断すべきであり,その判断において,本件出願時の周知技術を参酌できるとしても,それはあくまで引用例(甲1)の内容を基礎とする限りにおいて参酌できるにすぎず,全く無制限に参酌できるものではない。
かかる観点から検討すると,「ベント」が水分を蒸気のみならず,「水」の形で除去できるか否かは,具体的な構成(特に蒸気を除去する溝の大きさ,形状及び数等)によって左右される。そして,甲8(特開平11-80495号公報)及び甲9(特開昭56-24119号公報)には,「ベント」であれば具体的構成によらず,常に水分を蒸気のみならず「水」の形で除去できるとの記載はない。また,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」と,甲8記載の「大気ベント」及び甲9記載の「排気口」とが,部材として同一であるとの説明はない。
しかも,前述のとおり,甲17の1では,「ベント」について,揮発分,ガスを除去する機能を持つことが記載されているにすぎず,「水」を除去することは全く記載も示唆もない。このことは,「ベント」であれば常にクラム中の水分を蒸気のみならず「水」の形で除去できる機能を有するとは限らないことを示している。
よって,甲8記載の「大気ベント」及び甲9記載の「排気口」が,クラム中の水分を蒸気のみならず「水」の形で除去できるとしても,そのことが直ちに,引用発明の「溝付ブレーカボルト」も同様に,クラム中の水分を蒸気のみならず「水」の形で除去できることの根拠とはならない。
なお,甲8の記載(段落【0020】)からすれば,「水を液体として排出する機能」を有するのは「大気ベント」ではなく「脱水スリット」であることは明らかである。
(エ)a 引用発明の「溝付ブレーカボルト」及び本願発明の「脱水スリット」が,共に「水分を除去する開口」である点で共通するとしても,前述のとおり,本願発明の「脱水スリット」は,ポリマーから絞り出された「水」を除去するのに対し,引用発明の「溝付ブレーカボルト」は,圧力の異常上昇の原因となる「水分である蒸気」(=水蒸気)を除去する点で目的・機能が相違する。
また,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」について,「本発明に係るブレーカボルト表面の溝の役割は,押出乾燥装置内部のゴム状重合体を外部に溢出させることなく蒸気だけを外部に逃がすことにある。」と記載されており(段落【0018】),同記載より,「溝付ブレーカボルト」が,「水」を除去することを意図していないことは明らかである。しかも,引用例(甲1)には,クラムの含水率を調節するために,クラムから「水」を絞り取って除去することについて何ら言及がない。
また,前述のとおり,甲17の1の記載からすれば,一般的な「ベント」と比べて「溝付ブレーカボルト」は溝のサイズが小さく,具体的な構成が大きく異なる上,甲17の1では,「ベント」について「水」を除去することは全く記載も示唆もない。
よって,引用例(甲1)に接した当業者は,「溝付ブレーカボルト」が蒸気を除去する「ベント」としての機能を有するとしても,一般の「ベント」とは具体的な構成が大きく異なることから,「溝付ブレーカボルト」も甲8及び9と同様に,「水」を除去する機能を有するとは認識しない。
b また,引用発明の「溝付ブレーカボルト」が「水分である蒸気を外部へ除去する開口」の役割を果たすとしても,「水」と「水蒸気」とでは体積が著しく異なるから,ポリマー(引用例の「クラム」)から一定量の水分を除去するにしても,「水」として除去するのに比べて,「水蒸気」として除去するのでは,その体積は大幅に異なる。
引用発明の「溝付ブレーカボルト」から「水蒸気」として水分を除去したとしても,「水」の量としてはわずかな量にすぎず,「水蒸気」として除去する水分量では,「脱水スリット」により「水」として除去する水分量にははるかに及ばない。
前述のとおり,引用発明は,閉じ込められた蒸気を直接外部へ逃すことにより圧力の異常上昇を解消しクラムの喰い込みを改善するものであり,また,「水」の量としてわずかでも,「水蒸気」となれば著しく体積が増大する結果,狭いシリンダー内に閉じ込められれば圧縮されて異常な圧力上昇が観察される上,蒸気には「水蒸気」以外の重合溶媒や未反応モノマー由来の蒸気が含まれることにかんがみれば,引用発明では,クラムから大量の水分を除去することを想定していないことは明らかである。
したがって,引用発明に接した当業者は,「溝付ブレーカボルト」がクラムの含水量を調節するための「水」を除去する部材として機能するとは全く考えない。
(オ)a 以上のとおり,引用発明の「溝付ブレーカボルト」及び本願発明の「脱水スリット」が,共に「水分を除去する開口」である点で共通するとしても,前者は「シリンダー内圧力の異常上昇の原因」となる「水蒸気」を除去する部材であるのに対し,後者は「ポリマーの含水率」を調整するために,「水」を除去する部材であり,両者は技術的・機能的意義が異なる。
また,引用例(甲1)の記載より,当業者は,引用発明の「溝付ブレーカボルト」は,クラムの含水量を調節するための「水」を除去する部材であるとは認識せず,しかも,引用例(甲1)には,クラム中の含水率を調節することについて何ら言及がないことから,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」に換えて,「水」を除去する部材を設けることの動機付けはなく,そのような部材を採用した場合の作用効果についても何ら言及がない。
このように,引用例(甲1)には,「溝付ブレーカボルト」を,それと全く目的・機能が異なる「脱水スリット」に置き換えることに到達したはずであるという示唆すら存在しない。
したがって,審決が認定するように,一般論として「二軸押出乾燥装置の技術分野において,水をベントから除去すること」及び「二軸押出機を用いたポリマーの回収方法における技術分野において,二軸押出機に水分を除去する開口としてのスリットを形成すること」が,本件出願前周知の技術事項であるとしても,本願発明の課題を解決するために,クラム中の含水率を調節することについて何ら言及がない引用発明に着目し,引用発明の「溝付ブレーカボルト」を,それと全く目的・機能が異なる「脱水スリット」に置き換えることは,当業者が容易に想到し得る程度のものではない。
b なお,本願発明の容易想到性の判断で問題となるのは,あくまで引用発明の「溝付ブレーカボルト」が周知のスリットと互換性があるか否かである。一般論として,ベントもスリットもポリマーの水分を「水」又は蒸気の形で除去するもので互換性を有するとしても,このことが当然に,引用発明の「溝付ブレーカボルト」が周知のスリットと互換性があることの根拠にはならない。
引用発明の「溝付ブレーカボルト」が周知のスリットと互換性があるか否かは,「溝付ブレーカボルト」の技術的意義に基づいて判断すべきものである。
そして,引用例(甲1)の記載にかんがみれば,「溝付ブレーカボルト」には「水」を排出する機能はなく,当業者は,「溝付ブレーカボルト」がポリマーの水分を脱水するという機能を有するとは全く考えない。
したがって,引用発明の「溝付ブレーカボルト」にはポリマーの水分を脱水するという機能はなく,機能面において,引用発明と甲8等に示す周知の技術事項とは共通しない。
また,脱水機能を有するベントとスリットのうちどちらの手段を採用するのかは,当業者が適宜容易に選択し得ることが一般論として妥当するとしても,そのことが直ちに,引用発明の「溝付ブレーカボルト」に代えて,周知のスリットを採用することが容易であることの根拠とはならない。
そして,引用例(甲1)には,「本発明に係るブレーカボルト表面の溝の役割は,押出乾燥装置内部のゴム状重合体を外部に溢出させることなく蒸気だけを外部に逃がすことにある。」と記載されている(段落【0018】)ところ,二軸押出機に形成されたスリットは,ポリマーの水分を「水」として排出することが知られており,しかも,甲18(脱水スリットの現物写真)に示すように,一般にスリットはスリット間隔が広い(通常0.5~2mm)上,多数のスリットを有し,「溝付ブレーカボルト」とは具体的な構成が大きく異なる。
よって,当業者であれば,「蒸気だけを外部に逃す」という機能を有する引用発明の「溝付ブレーカボルト」を,これと構成が大きく異なり,ポリマーの水分を「水」として排出する機能を有するスリットに置き換えることは全く考えず,むしろ,引用例(甲1)では,「溝付ブレーカボルト」を周知のスリットに置き換えることを忌避していることが明らかである。
したがって,引用発明の「溝付ブレーカボルト」を周知のスリットに置き換えることは,当業者が容易になし得るものではない。
c 以上より,審決の「上記周知の技術事項に倣って,ブレーカーボルトに設けた溝に水分を除去する機能を付与することに換えて,ブレーカーボルトとは別途に設けたスリットに水分を除去する機能を付与することは当業者が容易になし得たものである。」との認定判断は誤りである。
(カ)a 本願発明は,ポリマーを十分に乾燥させて回収するという作用効果を奏する。
一方,引用発明は,シリンダー内圧の異常上昇の原因となっている閉じ込められた蒸気を,溝付ブレーカボルトから直接外部へ逃すことにより,異常圧力により妨げられていたクラムのスクリューへの喰い込みを改善し,乾燥レートを向上させるという作用効果を奏するものである。
当該作用効果は,「ポリマーを十分に乾燥させて回収する」という本願発明の作用効果とは全く関連のない別個の作用効果である。
しかも,引用例(甲1)には,「従って,エクスパンジョン乾燥の状態も,改造前後で大きく変化していないことが推定される」と記載されている(段落【0026】)。上記「改造前」は,通常のブレーカボルトを有する二軸押出乾燥装置による結果であり,「改造後」は,引用発明,すなわち「溝付ブレーカボルト」を有する二軸押出乾燥装置の結果である(段落【0023】)。この記載に接した当業者であれば,引用発明において水分である蒸気を外部へ除去したとしても,ポリマーの脱水効率には変化がないと考えるのが通常である。
したがって,本願発明の作用効果は,引用発明及び周知の技術事項が奏する効果から当業者が全く予測し得ないものであり,作用効果についての審決の認定判断は誤りである。
b なお,引用例(甲1)の「製品の含水率は通常1%以下が要求される。」(段落【0002】)との記載は,あくまで「要求される」という内容にすぎず,また,「かくして・・乾燥(エクスパンジョン乾燥)が行われる。」(段落【0005】)との記載は,単にエクスパンジョン乾燥についての記載にすぎず,いずれも引用発明の作用効果に関する記載ではない。
引用発明において,「エクスパンジョン型二軸押出乾燥装置に含水率16~18%のクラム(重合体凝縮物)が供給され」「大気中に押し出され,このとき水分等の気化物が爆発的に大気放出され乾燥が行われる」としても,前者は単に供給時のクラムの含水率を表しているにすぎず,後者は,単にエクスパンジョン乾燥の内容の説明にすぎず,具体的にどの程度の含水率のクラムが得られるかについて何も示していない。
なお,引用例(甲1)では,「・・これをエクスパンジョン乾燥して含水率1%以下の製品を得ることを目標とした」と記載されているが(段落【0022】),これはあくまで「目標とした」と記載されているにすぎず,実際にどの程度の含水率のクラムが得られたのかについて明らかにした記載ではない。
結局,引用例(甲1)には,引用発明により実際にどの程度の含水率のクラムが得られたのかについて全く記載も示唆もないことから,引用発明により,含水率1%以下となる十分な乾燥が行われて回収されたかどうかも不明である。
なお,甲14(意見書)及び甲16(手続補正書)記載のとおり,「脱水スリット」と「ベント」とを有する乾燥機によりポリマーの回収を行ったところ,残存水分率が1~1.5%であった(追加実験)。よって,この追加実験を脱水スリットなし(ベントのみ)で行えば,残存水分率はさらに大きくなると考えられ,その結果,引用発明(ベントとしての機能を有する「溝付ブレーカボルト」を備える。)でも同様に,得られるポリマーの残存水分率が大きくなると考えられる。
c 原告らが主張する「ポリマーの含水率を適切な範囲に調整し,・・エクスパンジョン乾燥を行う」ことは,本願発明の作用であって,発明特定事項ではない。これが特許請求の範囲において発明特定事項として記載されていないとしても,本願発明の進歩性の判断において,この点を考慮しなくてよいものではない。
また,発明の構成と,それに基づく作用効果とは,あくまで別概念であるから,当業者にとって,発明の構成から常にその作用効果を予測することはできない。よって,引用発明の「溝付ブレーカボルト」をスリットに置き換えたものが本願発明そのものであるということ自体は,本願発明の作用効果が引用例(甲1)の記載から当業者にとって予測可能であることの根拠とはなり得ない。
d 本願明細書(甲2)の表1には,本願発明により,含水率0.2~0.4%のポリマーが得られたことが記載されている一方,引用発明では,含水率が1%以下となる十分な乾燥が行われて回収されたかどうかも不明である。仮に,引用発明において含水率が1%程度のポリマーが回収されたとしても,本願発明の属する技術分野において,得られるポリマーの含水率が「1%」と「0.2~0.4%」とでは,その効果は大きく異なり,両者は,単に「1%以下」という枠組みで同列に比較できるものではない。
かかる技術常識と,引用例(甲1)の「エクスパンジョン乾燥の状態も,改造前後で大きく変化していないことが推定される」との記載(段落【0026】)を考慮すると,引用例(甲1)に接した当業者が,本願発明の作用効果,すなわち,ポリマー全体を均一かつ十分に乾燥させることを予測することは困難である。
e また,引用発明のようなベントを有する乾燥機の場合,ベントから蒸気が排除されることにより,ベント部から押出機先端にかけての圧力が低下する。この圧力が低下すると,ベント部から押出機先端にかけてのポリマーの温度が低下し(断熱膨張),ポリマーの粘度が上がる。そうすると,押出機によりポリマーを押し込む際にエネルギー負荷が上がり,エネルギー効率が下がる上,ポリマーの脱水や溶媒除去が不十分になるおそれがある。上記のとおり,引用例(甲1)には,「エクスパンジョン乾燥の状態も,改造前後で大きく変化していないことが推定される」と記載されている(段落【0026】)上,脱溶媒効率や比エネルギーの点について何ら言及がない。
かかる点からも,本願発明の作用効果は,引用例(甲1)の記載から当業者が予測し得る程度のものでないことは明らかである。
f このように,本願発明の作用効果は,引用例(甲1)及び周知事項から予測し得る程度のものではない。
(キ) 以上により,前記相違点の構成は,引用例(甲1)の記載及び周知事項から,当業者が容易になし得る程度のものではなく,また,本願発明の作用効果は,引用例(甲1)及び周知事項から当業者が予測し得る程度のものでないことは明らかである。
したがって,本願発明は,引用発明及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明できたものではなく,この点についての審決の認定判断は誤りである。
ウ 取消事由3(手続違背)
(ア) 本件では,以下のとおり,審決の理由は,拒絶査定の理由とは異なるにもかかわらず,当該理由は,審判段階で通知されておらず,原告ら(出願人)に意見を述べる機会は与えられていないことから,審決は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反してされたものであり,当該違反は,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は取り消されるべきである。
(イ) 特許法50条は,拒絶理由を明確化するとともに,これに対する特許出願人の意見を聴取して拒絶理由の当否を再検証することにより判断の慎重と客観性の確保を図ることを目的としたものである。そして,出願発明の進歩性は,①引用発明の認定,②出願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定,③相違点についての容易想到性の判断という過程を経て判断されることから,進歩性の拒絶理由の当否の再検証には,上記①ないし③が具体的に示される必要がある。
よって,進歩性の拒絶理由においては,引用文献だけでなく,上記①ないし③も「拒絶の理由」を構成し,引用文献が同一でも,上記①ないし③のいずれかが拒絶査定と拒絶審決とで異なるのであれば,「査定の理由と異なる理由」を発見した場合(特許法159条2項)に該当すると解すべきである。
一方,特許法159条2項の趣旨は,審判官が,新たな事由により出願を拒絶すべき旨の判断をしようとするときは,あらかじめその理由を出願人(拒絶査定不服審判請求人)に通知して,弁明ないし補正の機会を与えるというものである。
したがって,拒絶審決が,「査定の理由と異なる理由」を発見した場合に該当し,かつ手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,かかる理由の通知をせず,弁明ないし補正の機会を与えなかったことが出願人の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠ける場合には,当該審決は,特許法159条2項に違反すると解すべきである。
(ウ)a 本件での拒絶理由通知(甲4)及び拒絶査定(甲5)における,特許法29条2項についての備考欄の各記載にかんがみれば,本件での拒絶査定の理由は,引用例に「ベントを有しないエクスパンション型押出乾燥機によりエクスパンション乾燥を行うこと」が開示されており,本願発明と対比すると,本願発明は脱水スリットを有するのに対し,引用例(甲1)にはかかる点について記載がない点で相違し,かかる相違点の構成は,「引用例3」(特開平6-126809号公報,甲7)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るという内容であることが明らかである。
b 一方,審決の理由は,引用発明の「溝付ブレーカボルト」が「水分を除去する開口」に相当すると認定判断し,その結果,本願発明と引用発明とは,「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない」点で共通し,水分を除去する開口が,本願発明では「脱水スリット」であるのに対し,引用発明では「溝付ブレーカボルト」である点で相違すると認定判断し,「溝付ブレーカボルト」の「溝」と「脱水スリット」とは,水分を除去する点で機能が共通することから,「ブレーカーボルトに設けた溝に水分を除去する機能を付与することに換えて,ブレーカーボルトとは別途に設けたスリットに水分を除去する機能を付与することは当業者が容易になし得たものである。」との内容である。
c 本件での拒絶査定の理由と審決の理由とを対比すると,確かに,両者の引用文献は共通である。
しかし,「刊行物が同じ」であることと,「刊行物に記載された発明が同じ」であることとは別概念である。よって,拒絶査定(甲5)と審決とで,引用例が同じであるとしても,そのことから当然に,「刊行物に記載された発明」の認定判断も同じであることにはならない。
そして,引用発明の認定について,拒絶査定では「ベントを有しない押出乾燥機」と認定しているのに対し,審決では「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない押出乾燥機」と認定しており,両者の内容は相違する。
また,相違点の認定判断において,単に「構成Aが引用発明に存在しない」と認定判断することに対し,「構成Aと同様の機能を有する構成Bが引用発明に存在するにすぎず,構成Aが引用発明に存在しない」と認定判断する場合,両者は相違点の構成についての認定判断は共通するが,前者と異なり,後者の場合,構成Bの機能及び構成Aと構成Bとの機能の共通性という認定判断に対して,判断の慎重と客観性の確保を図る必要がある。
よって,単に「構成Aが引用発明に存在しない」と認定判断することと,「構成Aと同様の機能を有する構成Bが引用発明に存在するにすぎず,構成Aが引用発明に存在しない」と認定判断することとは,実質的に異なる理由である。
d また,一致点・相違点の認定につき,拒絶査定では,「ベントを有しない押出乾燥機」の点で共通し,「脱水スリット」の有無で相違すると認定しているのに対し,審決では,「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない押出乾燥機」の点で共通し,水分を除去する開口が,本願発明では「脱水スリット」であるのに対し,引用発明では「溝付ブレーカボルト」である点で相違すると認定している。
このように,拒絶査定では「脱水スリット」の有無の点で相違すると認定しているのに対し,審決では,「水分を除去する開口」の点で一致する一方,その具体的構成が「脱水スリット」か「溝付ブレーカボルト」であるかで相違すると認定しており,両者の内容は相違する。
e 容易想到性についての判断において,拒絶査定では,単に「ベントを有しない押出乾燥機」に,周知事項である「脱水スリット」を設けることは容易と認定判断しているにすぎないのに対し,審決では,「溝付ブレーカボルト」の「溝」と「脱水スリット」は,水分を除去する機能を有する点で共通することから,当該機能の共通性を基礎に,「溝付ブレーカボルト」に代えて,周知事項である「脱水スリット」を設けることは容易と認定判断しており,相違点の容易想到性の判断過程が明らかに異なる。
このほか,審決は,拒絶査定(甲5)の理由に対して,「水をベントから除去する」という,実質的な意義を有する新たな技術事項を付加して本願発明の進歩性を認定判断したものであり,この点からしても,拒絶査定(甲5)と審決とでは,相違点についての容易想到性の判断が相違することは明らかである。
f 以上のとおり,拒絶査定と審決とでは,①「引用発明の認定」,②「出願発明と引用発明の一致点及び相違点の認定」,③「相違点についての容易想到性についての判断」が異なることから,審決の理由が,「査定の理由と異なる理由」(特許法159条2項)であることは明らかである。
(エ) また,仮に原告らにおいて,「溝付ブレーカボルト」の技術的意義等につき,反論や補正をする機会があったとしても,審決の理由が拒絶査定(甲5)の理由と異なるという事実や,かかる理由が審判手続において通知されていないという事実には変わりがない。
もっとも,以下のとおり,原告らには,審判手続において,「溝付ブレーカボルト」の技術的意義について十分に検討して反論する機会はなかった。
すなわち,本件での拒絶理由通知(甲4)及び拒絶査定(甲5)において,「溝付ブレーカボルト」につき何ら認定判断されていない。そして,拒絶査定(甲5)において,審査官が引用例(甲1)に記載された発明として「ベントを有しない押出乾燥機」と認定しているので,これに反論するため,原告らは,手続補正書(甲16)において,引用例(甲1)に記載された押出乾燥機が「ベント」を有する(「溝付ブレーカボルト」が,蒸気を除去するという「ベント」の機能を有する)という趣旨の主張をしたにすぎない。
かかる経緯にかんがみれば,「溝付ブレーカボルト」がその機能上,「ベント」に相当するか否かについては,原告らに十分に検討して反論する機会があったといえるが,それ以上に,「溝付ブレーカボルト」が「水分を除去する開口」に相当するか否か,及び「溝付ブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」との機能面での関連性について,原告らに十分に検討して反論する機会はなかったというべきである。
また,原告らが,審査・審判段階において弁明済みであるのは,単に「溝付ブレーカボルト」が「ベント」としての機能を有するという点のみであり,これが「水分を除去する開口」に相当するか否かについては弁明済みではない。よって,この点につき,原告らに十分に検討して弁明する機会はなく,補正の機会があったといえないことは明らかである。
(オ) 本願発明の「脱水スリット」の構成は,本願発明の課題を解決する上で重要な構成であり,本願発明の特徴点となるものである。よって,当該構成に関連する一致点及び相違点の認定判断並びに当該構成の容易想到性の判断は,本願発明の進歩性を検討する上で極めて重要である。
そして,審決では,引用発明の「溝付ブレーカボルト」の技術的意義を基礎として,本願発明の「脱水スリット」の構成の容易想到性を判断しており,「溝付ブレーカボルト」の技術的意義の認定判断が,審決の認定判断の中核を構成している。
それにもかかわらず,審査・審判段階では,「溝付ブレーカボルト」の技術的意義の点について一切通知されておらず,審判段階においてその点について弁明ないし補正の機会が全く与えられていないことから,かかる通知を欠いたことは,原告ら(出願人)の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠ける結果となったことは明らかである。
(カ) なお,「当業者ならば当然知っている」ことが,常に「原告らに対して不意打ちになることはない」ことを意味するものではない。
本件での拒絶理由通知(甲4)では,「ベント」に関して何ら認定判断がなく,拒絶査定(甲5)では,引用発明について「ベントを有しない押出乾燥装置」と認定判断されている。かかる経過にかんがみれば,審査段階では,「ベント」の「有無」が争点とされていたにすぎず,「ベント」の機能について何ら言及がないことから,仮に「水をベントから除去する」という技術事項が周知であるとしても,本願発明の進歩性判断において,かかる周知の技術事項が考慮されるとは,原告らにとって全く予測することができず,かかる技術事項を考慮したことが,原告らに対して不当な不意打ちになることは明らかである。
(キ) 審決が原告らの主張に沿う形で本願発明と引用発明との対比を行って判断をしたことが原告らにとって不利益でないとしても,審決の理由が拒絶査定(甲5)の理由と異なることや,かかる理由が審判手続において通知されていないという事実に変わりはない。
(ク) 以上のとおり,本件は,審決が「査定の理由と異なる理由」を発見した場合に該当し,かつ手続の過程,拒絶の理由の内容等に照らして,かかる理由の通知をせず,弁明ないし補正の機会を与えなかったことは,原告ら(出願人)の防御権行使の機会を奪い,利益の保護に欠けることから,審決の審判手続が,特許法159条2項に違反することは明らかである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告らの取消事由の主張はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 引用発明の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」とは,「水分を除去する開口」である点で共通することにつき
乙1(原告らの特許庁あて平成20年2月15日付け上申書)添付の「押出成形」と題する文献(186,187頁)には,「図4.93はポリマーの乾燥工程の機能を組込んだ例である。ABS樹脂やゴムのようにラテックスから凝固分離してできたクラム又はパウダーは数十%の水分を含んでおり,通常はこれを乾燥機で1%以下に乾燥後押出造粒している。図4.93では遠心分離機による40%くらいの水分を含むABS樹脂を供給し,まず加熱,圧縮により分離した水分をブロック3から液体として除去した後,ブロック7,9のベントポートから残水分を蒸発させて押出造粒を行っている。」(187頁左欄8行ないし同右欄2行)ことが記載され,参考資料1の図4.93には,クラムの押出造粒において,ホッパーより供給されるポリマーと水分との割合が60対40のクラムから,まず,脱水ポートにより水分量40のうちの水分量20~30を液体として除去し,その後,下流に設けられたベントポート1により水分量40のうちの残水分から水分量6~10を蒸発させ,さらに,下流に設けられたベントポート2により水分量40のうちの残水分から水分量3~10を蒸発させることが示されている。
また,甲9(特開昭56-24119号公報)には,「ホッパー1から含水率30~70%のプラスチック素材を投入する。押出シリンダーは加熱部材で約400℃に加熱されている為,ホッパー1に投入されたプラスチツク素材は加熱されつゝスクリュー6により押出口4へと移動し,排気口3aで水状又は蒸気状となつてガス,水分を約30%排除し,次いで3bの排気口で同じく約30%のガス,水分を排除し,再に3cの排気口で約10%のガス,水分を排除し,殆んど水分を含有しない状態で押出口から多数の棒状となつて押出されるのである。従つて含水率70%のプラスチツクのものをもそのまゝ再生工程に入れて再生を行うのである。」(2頁右上欄3行ないし15行)ことが記載されている。
このように,乙1には,ベントポート(引用発明の「ブレーカボルトが設けられた部位」,すなわちベントに相当する。)から,最大50%(ベントポートから蒸発される水分量:20/ホッパーに供給されるクラムの水分量:40)の水分量を蒸発により除去することが示され,甲9には,排気口(引用発明の「ブレーカボルトが設けられた部位」,すなわちベントに相当する。)から,最大約70%の水分をガス又は水分として除去することが示されるように,水を含むポリマー(クラム)を押出機により乾燥させる技術分野において,ベントを介して水分を除去することにより,水を含むポリマー(クラム)に含まれる全水分のうちの大きな含水量の変化を生じさせることは,本件出願前における技術常識といえる。
したがって,引用発明においても,ベントは,シリンダー内の圧力を抜く機能を有することに加え,ポリマー中の水分を確実に脱水する機能を有するものである。また,引用発明において,蒸気中に水分が含まれていることは明らかである。
ゆえに,引用発明の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」とは,共に,脱水機能を有するものであるから,両者は水を含むポリマー(クラム)の水分を脱水により外部へ除去する開口である点で共通する。
よって,引用発明の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」とが「水分を除去する開口」である点で共通するとした審決の判断に誤りはない。
イ 一致点及び相違点の認定につき
審決が,本願発明と引用発明とは,上記アのとおり,「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない」点で共通するとした点に誤りはない。
よって,本願発明と引用発明とが,「水分を除去する開口を有し,水分を除去する開口が形成された位置よりも押出側にベントを有しない」点で一致するとした審決の認定に誤りはなく,相違点の認定にも誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア(ア) 甲8(特開平11-80495号公報)には,二軸押出機を用いた重合体スラリーの乾燥方法において,「脱水スリット」又は「大気ベント」が水を液体として排出する機能を有することが記載されている(段落【0020】)。
また,甲9(特開昭56-24119号公報)には,押出スクリュー6を用いた30~70%のプラスチックの再生装置において,「排気口」からガス,水分のみが水状又は蒸気状となって排除されることが記載されている(2頁右上欄3行ないし15行)。
さらに,本願明細書(甲2)の発明の実施の形態の項には,「ベントを有する押出機を用いると,予備脱水後のポリマーが押出機先端まで移動される間にベントから脱水される」ことが記載されている(段落【0021】)。
以上から,審決は,水を含むポリマーを押出機に供給し,ポリマーを乾燥・回収するために,二軸押出乾燥装置の技術分野において,「大気ベント」や「排気口」,すなわちベントからポリマーに含まれる水分を蒸気のみならず水の形で除去することが本件出願前に周知の技術事項であるとした。
(イ) また,甲10(特開平2-222403号公報)には,圧縮比が大きいスクリュウ6を備えた重合体スラリの濃縮方法において,溶剤を「スリット部材7」で分離することが記載されている(3頁右下欄8行ないし4頁右上欄6行)。
同じく,甲11(特開平10-219073号公報)には,二軸圧搾脱水押出機を用いた含水重合体の乾燥方法において,「脱水用スリット4,5および6」から水を脱水することが記載されている(段落【0015】,【0019】,【図1】)。
以上から,審決は,液体である溶剤又は水を含む重合体(ポリマー)を押出機に供給し,重合体(ポリマー)を乾燥,回収するために,二軸押出機を用いた重合体(ポリマー)の回収方法における技術分野において,二軸押出機に,ポリマーに含まれる液体である溶剤又は水を,すなわち,液体の形で除去する開口としてのスリットを形成することが本件出願前に周知の技術事項であるとした。
(ウ) そして,前記(1)のとおり,引用発明の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」とは,脱水機能を有するものであるから,両者は水を含むポリマーの水分を脱水により取り除く開口である点で共通する。
また,引用発明と上記のこれらの周知の技術事項とは,二軸押出機という同一の技術分野に属し,しかも,二軸押出機に設けられた開口により,ポリマーの水分を脱水するという共通の機能を有するものである。
してみると,二軸押出機の技術分野において,(上記の周知の技術事項に示されるように)脱水機能を有するベントもスリットもポリマーの水分を水又は蒸気の形で除去するもので互換性を有するから,引用発明において,二軸押出機におけるポリマーに含まれる水分を脱水する手段として脱水機能を有するベントとスリットのうちのどちらの手段を採用するかは,当業者が適宜容易に選択し得るものである。
したがって,審決において,「引用例に記載された発明において,上記周知の技術事項に倣って,ブレーカーボルトに設けた溝に水分を除去する機能を付与することに換えて,ブレーカーボルトとは別途に設けたスリットに水分を除去する機能を付与することは当業者が容易になし得たものである。」とした点に誤りはない。
イ スリットがポリマーに含まれる水分を蒸気又は水の形で除去することにつき
甲8には,二軸押出機を用いた重合体スラリーの乾燥方法において,「スリット」が液状部又は蒸気を排出することも記載されている(段落【0021】)。
また,乙2(特開昭59-214631号公報)には,二軸押出機を用いたポリマーの乾燥方法において,「・・・シリンダバレル1の下部に脱水,脱蒸気用として設けた平行間隔よりなるスリット部であり・・・」(2頁左上欄14,15行)こと,「第2ステージに送られたポリマーはスリット部5より主として蒸気分を排出し・・・」(2頁左下欄20行,右下欄1行)ことが記載されている。
このように,二軸押出機に形成されたスリットは,ポリマーの水分を液状の水としてのみならず,蒸気としても排出するものでもある。してみると,本願発明の「スリット」と引用発明の「溝を設けたブレーカボルト」とは,液状の水及び蒸気を排出する点において差異はない。
ウ 本願発明の「ポリマーを十分に乾燥させて回収する」という作用効果につき
引用発明及び上記の周知の技術事項に基づいて本願発明のように構成することに格別の困難性はないものであるから,本願発明の効果も,当然,引用発明及び上記の周知の技術事項から,当業者が予測し得る範囲のものとなる。
そして,引用例(甲1)には,「ゴム状重合体の製造に際しては,重合工程終了後,5~20%の水分を含む重合体凝集物(クラム)を適当な形式の乾燥装置を用いて乾燥し製品を得る。製品の含水率は通常1%以下が要求される。」(段落【0002】)こと,「かくしてジャケット8から与えられる熱とスクリュー6を回転させる外部動力の一部は,被乾燥物の圧力と温度に変換され,被乾燥物は高温,高圧を付与されつつダイ2まで搬送され,ダイ2の噴出口3から大気中に押し出される。このとき,水分等の気化物が爆発的に大気放出されるので被乾燥物の含水率が急激に低下して,乾燥(エクスパンジョン乾燥)が行われる。」(段落【0005】)ことが記載されている。
また,引用発明においては,「エクスパンジョン型二軸押出乾燥装置に含水率16~18%のクラム(重合体凝縮物)が供給され」「大気中に押し出され,このとき水分等の気化物が爆発的に大気放出され乾燥が行われる」ものである。
してみると,引用発明において,クラム(水を含むポリマー)は,含水率が1%以下となる十分な乾燥が行われて回収されるという作用効果を奏するものである。
一方,本願明細書の発明の実施の形態の項には,「本発明の回収方法を実施することにより,例えば含水率0.1~5重量%まで乾燥されたポリマーが得られる。」(段落【0025】)ことが記載されている。
したがって,本願発明の作用効果は,引用発明が有する作用効果にほかならず,作用効果に関する原告らの主張は失当である。
なお,本願発明は「脱水スリット」なる発明特定事項は具備するが,「脱水スリット」が「ポリマーの含水率を適切な範囲に調整し,適切な含水量のポリマーをそのまま押出機先端まで持ち込んでエクスパンジョン乾燥を行う」ことまでをその発明特定事項として具備するものではない。
そして,引用発明の溝を設けたブレーカボルトを上記の周知の技術事項である水分を除去する手段としてのスリットに置き換えたものは,本願発明そのものである。
(3) 取消事由3に対し
ア 拒絶査定の拒絶の理由は,「本願発明は,引用文献2(甲1)及び周知の技術(脱水スリットを設けて脱水を行うこと)に基づいて,当業者が容易に想到し得るものである」旨である(甲5)。
他方で,審決の拒絶の理由は,「本願発明は,引用例に記載された発明(甲1)及び周知の技術事項(水分を除去する開口としての(脱水)スリットを設けること,及び水をベントから除去すること)に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである」旨である。
また,拒絶査定における脱水スリットを設けて脱水を行うという周知の技術と審決における水分を除去する開口としての(脱水)スリットを設けるという周知の技術とは,その技術事項において差異はない。してみると,審決の拒絶の理由においては,拒絶査定の拒絶の理由に水をベントから除去するということも記載されているが,拒絶査定の拒絶の理由と審決の拒絶の理由とは,引用例(甲1)という同じ刊行物に記載された発明及び水分を除去する開口としての(脱水)スリットを設けるという同じ周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。そして,周知技術とは,当業者ならば当然知っているはずの事項であって,そのことについて意見書提出や補正の機会を与えなくとも,当業者である原告らに対し不意打ちになることはないから,水をベントから除去するという周知の技術事項の付加に実質的な意義はない。
また,甲4(拒絶理由通知)において,「引用文献3には,押出機に脱水スリット4を設けた点が記載されている。」と記載され,甲5(拒絶査定)において,「引用文献3には二軸押出機において脱水スリットを設けた点が記載されており,また,脱水スリットを設けて脱水を行うポリマーの回収方法は周知の技術である。」と記載されており,拒絶査定の拒絶の理由の相違点に係る本願発明の構成が「脱水スリット」であることが明らかであるから,相違点の認定においても,相違点に係る本願発明の構成が「脱水スリット」である点で,拒絶査定の拒絶の理由と審決の拒絶の理由とは共通している。
したがって,拒絶査定の拒絶の理由と審決の拒絶の理由とは,実質的に差異はない。
イ 原告らは,甲14(平成19年6月11日付け意見書)及び甲16(平成20年2月13日付け手続補正書)において,引用例の発明の実施の形態の項に記載されたエクスパンジョン型押出乾燥装置が「ベント部を有する」旨を反論している。
そうすると,原告らは,拒絶理由通知及び拒絶査定に基づいて,「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」の技術的意義について十分に検討して反論する機会があり,しかも,「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」が「ベント」に相当する旨の主張を甲14及び16において行っているのであるから,原告らは,審査,審判段階においてこの点について弁明済みであるといえ,原告らに審判段階において補正する機会もあったことは明らかである。
ウ そして,審決においては,「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」が「ベント」に相当するとの原告らの主張を検討した上で,原告らの主張に沿う形で引用例の発明の実施の形態の項に記載された「ベント部を有する」エクスパンジョン型押出乾燥装置に基づいて引用発明の認定を行ったものである。
このように,審決では,原告らの主張に沿う形で本願発明と引用発明との対比を行ったものであるから,審決においてこのような判断を加えることは,原告らにとって予想外の事項が判断対象となったものではなく,むしろ,原告らの主張に沿う方向での判断である。
エ 以上のとおりであるから,これら本件の諸事情に照らせば,審判手続の上記措置は特許法50条の趣旨に反するものではなく,その他,審判手続に違法があるとすべき事由は見当たらない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 容易想到性の有無
審決は,本願発明は引用発明及び周知の技術事項から容易に想到できるとし,一方,原告らはこれを争うので,以下検討する。
(1) 本願発明の意義
ア 本願明細書(甲2。ただし,甲3によって補正されている部分もあり,甲3を引用する場合はその旨を明らかにする。)には,以下の記載がある。
・ 【発明の属する技術分野】
「本発明は,水を含むポリマーを脱水・乾燥させて,ポリマーを回収する方法に関する。なお,本発明において「水を含むポリマー」とは,粉状のポリマーに水が付着して湿った状態,スポンジ状のポリマーに水が吸収された状態,塊状ポリマーの内部に水分が巻き込まれた状態,ポリマーが水スラリーとなった状態などにおいて,高分子量化合物としてのポリマー自体とこれに付随する水との全体を指す。また,ポリマーの「含水率」とは,(水分量)/(乾燥ポリマー重量+水分量)×100(%)をいう。」(段落【0001】)
・ 【従来の技術】
「ゴム状重合体などのポリマーの製造は,一般に乳化重合,溶液重合あるいは懸濁重合などによって行われている。これらの重合法により得られた重合液からポリマーを回収する方法として,乳化重合の場合には一般に,凝固剤を含む熱水に重合液を接触させるなどの方法により,エマルジョン粒子を凝集させてポリマーを水スラリーとし,これを脱水し乾燥する方法が用いられている。また,溶液重合の場合には,スチームストリッピングなどの方法により有機溶剤などを除去するとともにポリマーを析出させて水スラリーを得,これを脱水し乾燥する方法が用いられている。
ここで,脱水乾燥前のポリマーは粉状またはクラム状などの形状をなし,内部に大量の水分を含有している。このように含水率の高いポリマーの乾燥においては,遠心分離などの方法によって低減しうる含水率には限界があるため,熱源を用いた熱風乾燥によって水分を蒸発させている。」(段落【0002】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
「しかしながら,この熱風乾燥手段によると,膨大なエネルギーを必要とするばかりでなく,長時間高温にさらされるのでポリマー自体が劣化する場合があった。しかも,その設備に膨大な設備費がかかる上,これら設置スペースの増大につながるなど種々の問題があった。」(段落【0003】)
・ 「一方,特公昭41-4462号公報には,スクリュウ式の脱水機によりポリマーを予備脱水し,このポリマーを乾燥用の押出機に供給し,この押出機内で加熱および加圧したポリマーを低圧領域(例えば大気中)に押し出すことにより水分を気化させて乾燥させる機械的脱水・乾燥方法およびその装置が開示されている。しかし,上記公報において具体的に記載された装置によると,含水率の高いポリマーを処理する場合には脱水機のスクリュウへのポリマーの食い込み不良,ポリマー押出量の不足などの問題が生じやすく,また押出機において脈動(サージング)を起こす,乾燥が不十分となるなどの問題があった。特に,低ムーニー粘度のゴム状重合体をこの装置により脱水・乾燥する場合には,脱水機のスリットからの漏れによる製品のロスが大きい,脱水機出口においてゴムが切断できないために予備脱水後のポリマーを乾燥用の押出機へ供給できないなどの問題があり,生産が著しく困難であった。」(段落【0004】)
・ 「本発明の目的は,エネルギー効率が良く,かつ脱水・乾燥設備の小型化が可能なポリマーの回収方法を提供することにある。」(段落【0005】)
・ 【課題を解決するための手段】
「本発明の回収方法によると,予備脱水のためのスクリュウ式脱水機などを押出機と別体に設ける必要がなく,押出機の一部に設けられた脱水スリットと押出圧力により予備脱水を行う。したがって,予備脱水後のポリマーを切断する必要がないのでこのポリマーの切断困難性に基づく従来の問題が解消されるとともに,脱水乾燥工程のための設備面積を縮小することができる。また,脱水および乾燥を押出機一基で行うのでエネルギー効率も向上する。そして,本発明において用いる押出機は「二軸」であるため,一軸の場合に比べて押出機のスクリュウへのポリマーの食い込み性が良い。このため,十分なポリマー押出量が得られ,またサージングも防止される。」(段落【0007】,甲3)
・ 「また,本発明の方法では,上記低圧領域に押し出される直前において上記ポリマーの含水率は5~40重量%とすることができる。」(段落【0008】,甲3)
・ 「本発明の回収方法ではベントからの脱水を行わないので,脱水スリットにより含水率5~40重量%まで予備脱水された後,ポリマー中に残った水分はそのまま押出機先端まで持ち込まれ,ポリマーとともに低圧領域に押し出されたときにポリマー中から除去される。この方法によると,予備脱水後に残った水分をベントから除去する場合に比べて,押出機のスクリュウの長さ(L)と径(D)との比(L/D)(以下,「L/D比」という。)を短くすることができる。これにより,押出機の小型化が可能となり,エネルギー効率も向上する。また,押出直前におけるポリマーの含水率を上記範囲とすることにより,低圧領域に押し出された瞬間に気化した水分がポリマーを発泡させて多孔質状とするので,ポリマー全体を均一かつ十分に乾燥させることができる。」(段落【0009】,甲3)
・ 【発明の実施の形態】
「本発明の回収方法の一例につき,溶液重合により得られたポリマーを回収する場合を例として,その概要を図1を用いて説明する。
重合反応が完了した重合体液は,中間タンクもしくは重合槽1からポンプ2により昇圧されてストリッパー3にはいる。ストリッパー3には導管4により熱水またはスチームが導入される。ストリッパー3の頂部からは蒸発した溶媒蒸気および水蒸気が導管6を通って凝縮器7に入り,ここで冷却されて液化し,タンク8に貯蔵された後,排出管9より回収される。ストリッパー3で殆ど脱溶媒された重合体は微粒子になって熱水中に分散してスラリー状になる。このスラリー状のポリマーは,ポンプ10によって導管5および導管11を通じて輸送され,水切り装置12によって水を一旦切ってから押出機14に供給される。ポリマーから分離された水は排水13として排出される。」(段落【0012】)
・ 「この水切り装置12としては,スクリュウ式脱水機や遠心式脱水機などの脱水機ではなく,通常はスリットスクリーンや振動式スクリーンなどが用いられる。これらのスクリーンにおけるスリットの目開きは0.1~1mmとすることが好ましい。」(段落【0013】)
・ 「押出機14は,フィード口18および脱水スリット15が設けられ水切り後のポリマーを予備脱水する脱水ゾーンと,この脱水ゾーンよりも押出側に位置しており予備脱水されたポリマーを加圧かつ加熱した後に低圧領域へと押し出す乾燥ゾーンとに大別される。押出機に供給されたポリマーは,スクリュウの回転により脱水ゾーンを経て乾燥ゾーンへと送られる。この場合,脱水と乾燥とを押出機一基で連続的に行うので,予備脱水後のポリマーを切断あるいは粉砕する必要はない。」(段落【0014】)
・ 「この押出機14としては二軸押出機が用いられる。二本のスクリュウの構成は,かみ合い型,非かみ合い型のいずれでもよく,完全かみ合い型を用いることが好ましい。また,スクリュウの回転方向は同方向でも異方向でもよい。異方向回転の二軸押出機を用いる場合には,同方向回転の場合に比べてポリマーをスクリュウに巻き込ませやすいという利点がある。一方,同方向回転の二軸押出機を用いる場合には,硬いポリマーを処理する場合などにもスクリュウの軸振れが少なく,ポリマーを安定して押し出すことができる。本発明においては,同方向回転の二軸押出機を用いることが好ましい。」(段落【0015】)
・ 「押出機14のフィード口18から投入されるポリマーは,上述のように水切り装置12で簡単に水を除去しただけの状態であるため,通常は10~70重量%の水を含んでいる。押出機14に供給されたポリマーは,脱水ゾーンにおいて絞り脱水され,この予備脱水で遊離した水は脱水スリット15から排水16として排出される。この脱水ゾーンに位置するスクリュウは,通常の押出機で用いられるニーディングディスクや逆フライトスクリュウ,あるいはシールリング等の抵抗体を用いて構成される。
このとき,予備脱水の条件を厳しくしすぎると,分子切断によってポリマーの品質が低下する恐れがある。また,この時点で含水率を低下させすぎると,押出機先端まで持ち込まれる水分量が不足して,低圧領域に押し出されたときにポリマーが旨く発泡しきれず,これにより乾燥不良を起こす場合がある。したがって,予備脱水後の水分が好ましくは5~40重量%,さらに好ましくは5~30重量%,特に好ましくは10~20重量%になるように抵抗体を組み合わせてスクリュウを構成する。」(段落【0016】)
・ 「脱水ゾーンで予備脱水されたポリマーは,押出機内をそのまま乾燥ゾーンへと移動され,ここで供給側から押出側へと移動されつつ漸次加圧しかつ加熱される。そして,押出機先端に取付けられたダイスのダイス孔などを通じて,押出機先端内部(高圧領域)から押出機外部(低圧領域)へとポリマーが押し出され,ポリマー中の水分が瞬時に気化することによりポリマーが乾燥される。このように,押出機14によって脱水・乾燥されたポリマーは,乾燥クラム17となって回収される。
このとき,低圧領域に押し出された瞬間に,気化した水分によってポリマーが発泡するような条件で乾燥ゾーンにおける加圧,加熱および押し出しを行うことが好ましい。押し出されたポリマーが発泡して多孔質状となる場合には,気化した水分がこの孔を通じてポリマーから速やかに除去されるので,ポリマー全体を均一かつ十分に乾燥させることができる。」(段落「【0018】)
・ 「本発明の回収方法を実施することにより,例えば含水率0.1~5重量%まで乾燥されたポリマーが得られる。この方法により回収されたポリマーに対し,必要に応じて後乾燥を行ってポリマーをさらに乾燥させてもよい。この後乾燥方法としては,熱風乾燥や流動乾燥などの従来の乾燥方法を用いることができる。
なお,押出機に供給されるポリマーは,通常は水のみならず重合溶媒,未反応モノマーなどをも含んでいる。本発明の回収方法によると,ポリマーが高圧領域から低圧領域に押し出されたときに,このポリマー中に含まれていた水とともに重合溶媒,未反応モノマーなども気化するので,これらをポリマーから除去することができる。例えば,溶液重合にスチームストリッピング処理を行ったポリマーは,脱水乾燥前においては通常1~5重量%程度の有機溶媒を含んでいるが,本発明の回収方法を実施した後には残存溶媒量を1000ppm以下にまで低減することが可能である。」(段落「【0025】)
・ 【発明の効果】
「本発明のポリマーの回収方法では,脱水スリットを有する押出機により脱水および乾燥を行うので,脱水機と押出機とを別々に設ける必要がない。このため,設備面積が縮小されるとともに,エネルギー効率が向上する。また,押出機としては二軸押出機を用いるので,ポリマーのスクリュウへの食い込み性が良く,サージングも防止される。押出機先端におけるポリマーの含水率を所定の範囲内とすることにより,押し出されたポリマーが気化した水分により発泡するので,ポリマーを均一かつ十分に乾燥させることができる。」(段落【0037】)
イ 以上の記載によれば,水を含むポリマーを脱水・乾燥させてポリマーを回収する従来の方法では,熱源を用いた熱風乾燥によって水分を蒸発させているが,膨大なエネルギーを必要とするばかりでなくポリマー自体が劣化する場合があったので,これに代えて,スクリュウ式の脱水機によりポリマーを予備脱水し,このポリマーを乾燥用の押出機に供給し,押出機内で加熱及び加圧したポリマーを低圧領域に押し出すことにより水分を気化させて乾燥させる装置が知られている。しかし,このような装置によると,含水率の高いポリマーを処理する場合,脱水機のスクリュウへのポリマーの食い込み不良等が生じたり,乾燥が不十分となるなどの問題があった。
本願発明は,このような問題を解消するもので,特に,水を含むポリマーを供給する二軸押出機に脱水スリットを設け,脱水スリットが形成された位置よりも押出側にベントを有しないようにされた押出機を用いている。
これにより,押出機14のフィード口18から投入された10~70重量%の水を含んだポリマーは,予備脱水として脱水ゾーンで絞り脱水されて,特に好ましくは10~20重量%の水分となるようにされ,遊離した水は脱水スリット15から排出されるようにしている。その後ポリマーは,押出機内で加圧・加熱されてダイス孔などを通じて押出機外部へ押し出されて,水分が瞬時に気化することにより含水率0.1~5重量%まで乾燥される。
そして,本願発明では,脱水機と押出機とを別々に設ける必要がないので,設備面積が縮小されるとともに,エネルギー効率が向上し,また,押出機としては二軸押出機を用いるので,ポリマーのスクリュウへの食い込み性等が良く,押出機先端におけるポリマーの含水率を所定の範囲内とすることにより,押し出されたポリマーが気化した水分により発泡するので,ポリマーを均一かつ十分に乾燥させることができるものである。
ウ このように,本願発明では,最終的に押出機の出口でポリマーから水分を瞬時に気化させて乾燥させるものではあるが,その予備段階として,ポリマーに含まれる数十重量%の水分を,脱水スリットにおいて除去するものである。
(2) 引用発明の意義
ア 一方,引用例(甲1)には,以下の記載がある。
・ 【請求項1】
「一端に被乾燥物を受け入れるホッパーを備え他端に噴出口を有するダイを備えた横長円筒状のシリンダーと,前記シリンダーの側面から該シリンダーの半径方向内側へ先端が突出するように軸方向所定間隔で植え込まれた複数のブレーカボルトと,外部動力により駆動されて前記シリンダ内のライナー面と所定のクリアランスを保って回転し前記ブレーカボルトの突出位置に対応する切欠を有するスクリューとを有してなる押出乾燥装置であって,
前記ブレーカボルトの表面に,前記シリンダーの内外部を連通する少なくとも1本の縦溝を設けたゴム状重合体用押出乾燥装置。」
・ 【従来の技術】
「ゴム状重合体の製造に際しては,重合工程終了後,5~20%の水分を含む重合体凝集物(クラム)を適当な形式の乾燥装置を用いて乾燥し製品を得る。製品の含水率は通常1%以下が要求される。乾燥装置の形式には,バンド通風乾燥装置,ベント型押出乾燥装置,エクスパンジョン型押出乾燥装置等がある。中でもエクスパンジョン型押出乾燥装置は,乾燥システム全体の構成がコンパクトでエネルギー効率も良好であるので,各種のゴム状重合体の乾燥に広く用いられている。」(段落【0002】)
・ 「エクスパンジョン型押出乾燥装置は,例えば図1(a)に示すように,一端に被乾燥物たるクラムを受け入れるホッパー1を備え他端に噴出口3(図1(b)参照)を有するダイ2を備えた横長円筒状のシリンダー4と,外部動力により駆動されて該シリンダー内のライナー面5と所定のクリアランスを保って回転するスクリュー6と,シリンダー4の側面から該シリンダーの半径方向内側へ先端が突出するように該シリンダーの軸方向に所定間隔を置いて植え込まれたブレーカボルト7とを備える。ブレーカボルト7はシリンダー4の胴部に気密にねじ込まれている。図1(b)は,ダイ2及びこれに設けられた噴出口3の詳細を示す縦断面図である。」(段落【0003】)
・ 「スクリュー6はホッパー1側からダイ2側に向かって順に,①移送部,②圧縮部及び③計量化部(図1(a)参照)に区分され,夫々の目的に応じたスクリューピッチと溝の深さが与えられている。なお,スクリュー6には,ブレーカボルト7の突出位置に対応する位置に切欠が設けられており,スクリュー6とブレーカボルト7が当たらないようになっている。また,シリンダー4の周囲にはジャケット8が設けられスチームで加熱される。ダイ2から押し出された被乾燥物はカッター9で切断されてペレット状等の形態になる。」(段落【0004】)
・ 「被乾燥物たるクラムはホッパー1から供給され,スクリュー6によりシリンダー4中をダイ2側へ搬送され,その過程でスクリュー6のピッチと溝の減少に伴う圧縮作用を受けると共に,スクリュー6の切欠部端面とブレーカボルト7の先端部との間で剪断,混練される。かくしてジャケット8から与えられる熱とスクリュー6を回転させる外部動力の一部は,被乾燥物の圧力と温度に変換され,被乾燥物は高温,高圧を付与されつつダイ2まで搬送され,ダイ2の噴出口3から大気中に押し出される。このとき,水分等の気化物が爆発的に大気放出されるので被乾燥物の含水率が急激に低下して,乾燥(エクスパンジョン乾燥)が行われる。」(段落【0005】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
「しかしながら,各種のゴム状重合体をエクスパンジョン型押出乾燥装置により乾燥する場合,クラムの性状によってはクラムのスクリューへの喰い込みが悪く,単位時間当たりの乾燥量(乾燥レート)が平均的な値に達しない場合がある。このような場合には,シリンダー内の圧力が異常に高くなっており,クラムがホッパー側へ押し戻される現象が観察される。」(段落【0006】)
・ 「本発明は,押出乾燥装置におけるこのような喰い込み不良現象を解決し,広い範囲のゴム状重合体を実用上充分な乾燥レートでエクスパンジョン乾燥できる押出乾燥装置を提供することを目的とする。」(段落【0007】)
・ 【課題を解決するための手段】
「上述のように,ゴム状重合体クラムのスクリューへの喰い込みが悪く乾燥レートが低い値に留まる場合には,シリンダー内部,特にシリンダーの移送部末端から圧縮部にかけて異常な圧力上昇が観察される。これは,クラムの性状によっては移送部末端まで搬送されたクラムの粒界に水膜が形成され,本来はホッパー側へ抜けるべき蒸気が当該部位にに閉じ込められ圧縮されることに起因するものと推定される。従って,何らかの手段によりクラム粒界の水膜を破壊するか,あるいは閉じ込められた蒸気を直接外部へ逃がすことができれば,圧力の異常上昇を解消しクラムの喰い込みを改善しうることが予想された。」(段落【0010】)
・ 「本発明に係る押出乾燥装置は,シリンダーの側面に植え込まれたブレーカボルトの表面にシリンダーの内外部を連通する微細な縦溝を設けることにより,この溝を通じて蒸気を直接外部へ逃がし,圧力の異常上昇を解消することを特徴とするものである。これによりクラムのスクリューへの喰い込みが改善され,同一シリンダー圧力に対応する乾燥レートが顕著に向上し,消費動力も大きく改善された。」(段落【0011】)
・ 【発明の実施の形態】
「さらに,本発明の他の好適な実施形態として,(3)前記ブレーカボルト表面の溝は深さが0.03~2mm,幅が0.05~1mmの,該ブレーカボルトの軸方向に延びるV溝である上記(1)記載の押出乾燥装置,及び(4)前記ブレーカボルト1本当たりの溝の数が2~4本である上記(2)記載の押出乾燥装置,を挙げることができる。」(段落【0016】)
・ 「図1(c)に,溝を設けたブレーカボルトの一例を示す。ブレーカボルトの根元部にはねじ山が刻まれ,先端部はねじ山が省略された棒状をなす。本発明に係る溝は,前記根元部からねじ山を横断して先端部に至るブレーカボルトの表面に軸方向に刻設されるものである。このように設けた縦溝は,ブレーカボルトがシリンダーの胴部にねじ込まれた状態において,シリンダーの内外部を連通する圧力逃がし通路を形成する。」(段落【0017】)
・ 「本発明に係るブレーカボルト表面の溝の役割は,押出乾燥装置内部のゴム状重合体を外部に溢出させることなく蒸気だけを外部に逃がすことにある。しかし,深さ2mm以上,幅1mm以上のV溝の場合はゴム状重合体の溢出量が無視しえない値になり,またボルトの強度が弱くなり折損の恐れがある。深さ0.03mm以下,幅0.05mm以下では十分な圧力逃がし効果を期待できず,また溝が詰まり易くなる。従って,実施形態(3)に示す範囲が好ましい。なおV溝の形態を採る理由は製作及び清掃の容易性からである。」(段落【0018】)
・ 【実施例】
「シリンダーの公称径が4吋1/2のエクスパンジョン型押出乾燥装置を用いて本発明を実施し効果を確認したので,以下にその概要を記す。」(段落「【0021】)
・ 「対象としたゴム状重合体は,スチレン・イソプレン・スチレン(SIS)からなるブロック共重合体である。乾燥装置入り口におけるクラムの含水率は16~18%で,これをエクスパンジョン乾燥して含水率1%以下の製品を得ることを目標とした。」(段落【0022】)
・ 「図2の『改造後』のグラフは,シリンダーの移送部末端から圧縮部にかけての6個のブレーカボルトの各々に,図1(c)に示すような3本の溝を設けた結果である。溝の深さは0.1mm,幅は0.2mmであった。その改善効果は極めて顕著で,乾燥レートが850kg/hr付近に至るまでは『#12BB位置圧力』は20kg/cm2 以下に留まり,クラムの喰い込みも良好であった。」(段落【0025】)
・ 【発明の効果】
「本発明の押出乾燥装置によれば,本来は被乾燥物たるゴム状重合体に剪断・混練を与えることを目的とするブレーカボルトに,シリンダーの内外部を連通する微細な縦溝を設けたことにより,この溝を通じてシリンダー内圧の異常上昇の原因となっている閉じ込められた蒸気を直接外部へ逃がし,この異常圧力により妨げられていたクラムのスクリューへの喰い込みを改善することができた。その結果,僅少な費用で,乾燥レートを顕著に向上することができた。」(段落【0027】)
イ 以上の記載によれば,ゴム状重合体の製造に際しては,重合工程終了後,5~20%の水分を含むクラム(重合体凝集物)を乾燥し,含水率1%以下の製品とするが,乾燥に用いられるエクスパンジョン型押出乾燥装置では,被乾燥物たるクラムがホッパー1から供給され,スクリュー6により,圧縮作用を受けながら剪断,混練されつつ,シリンダー4中をダイ2側へ搬送され,ジャケット8から与えられる熱とスクリュー6を回転させる外部動力の一部は,被乾燥物の圧力と温度に変換され,被乾燥物は高温,高圧を付与されつつダイ2まで搬送され,ダイ2の噴出口3から大気中に押し出されるが,このとき,水分等の気化物が爆発的に大気放出されるので被乾燥物の含水率が急激に低下して,乾燥(エクスパンジョン乾燥)が行われている。しかし,クラムの性状によっては,(移送部末端まで搬送されたクラムの粒界に水膜が形成され,ホッパー側へ抜けるべき蒸気が当該部位に閉じ込められ圧縮されることに起因するものと推定される)シリンダーの移送部末端から圧縮部にかけての異常な圧力上昇と,クラムがホッパー側に押し戻される現象が観察され,ゴム状重合体クラムのスクリューへの喰い込みが悪く,乾燥レートが低い値にとどまるという問題が生じることがあった。
引用発明は,このような問題を解消するものであり,押出乾燥装置のブレーカボルトの表面にシリンダーの内外部を連通する微細な縦溝を設けることにより,ゴム状重合体を外部に溢出させることなく蒸気だけをこの溝を通じて直接外部へ逃し,圧力の異常上昇を解消させ,ゴム状重合体の喰い込みを顕著に改善し,能率良く乾燥を行う構成としている。
具体的な実施例としては,シリンダーの公称径が4吋1/2(これが4.5インチを意味することにつき当事者間に争いはない。)のエクスパンジョン型押出乾燥機において,深さ0.1mm,幅0.2mmの3本の溝を有する6個のブレーカボルトを,移送部末端から圧縮部にかけて設けることが示されている。
なお,引用例(甲1)の乾燥装置は,重合体から水分を除去するために乾燥させるものであるから,溝から排出される蒸気の中に,原告らが主張するように重合で使用された溶媒や未反応モノマーなども含まれているとしても,主成分は水(水蒸気)であるものと認められる。
(3) 取消事由の主張に対する判断
ア 取消事由1(一致点及び相違点認定判断の誤り)について
(ア) ベントと水分除去につき
原告ら作成の甲16(審判請求書の手続補正書)の3頁(5)(イ)において,「…引用例…の『ブレーカーボルト』は,細孔を有し,当該細孔からガス等を除去する部材であることから,実質的に『ベント』に相当し」と記載されているから,引用例の「ブレーカボルト」の溝が,一種のベント(押出機に設けられ,細孔を有する部材)であることは,当事者間に争いがないことになる。
そして,被告は,ベントを介して水分を除去することは,乙1,甲9に示されるように技術常識であり,引用例の「蒸気を直接外部へ逃す溝を設けたブレーカボルト」は,「水分を除去する開口」である旨主張するので,乙1,甲9及び甲8(審決が引用した文献)について検討する。
a 乙1(原告らの特許庁あて平成20年2月15日付け上申書)添付の「押出成形」と題する文献には,以下の記載がある。
・ 「図4.93はポリマーの乾燥工程の機能を組込んだ例である。ABS樹脂やゴムのようにラテックスから凝固分離してできたクラム又はパウダーは数十%の水分を含んでおり,通常はこれを乾燥機で1%以下に乾燥後押出造粒している。図4.93では遠心分離機による40%くらいの水分を含むABS樹脂を供給し,まず加熱,圧縮により分離した水分をブロック3から液体として除去した後,ブロック7,9のベントポートから残水分を蒸発させて押出造粒を行っている。」(187頁左欄8行~右欄2行)
・ また,図4.93(含水ABS樹脂パウダー押出造粒用<TEM>のシリンダブロック構成)には,下記のように,クラムの押出造粒において,ホッパーより供給されるポリマー60,水分40の割合のクラムから,脱水ポートにより水分量20~30を液体として除去し,その下流に設けられたベントポート1より水分量6~10を蒸発させ,さらに,下流に設けられたベントポート2により水分量3~10を蒸発させることが示されている。
記
file_2.jpgeh Hh ew, % PRET Et age, BBEHE 0 HH, (Race? 02 BKABS UR Os —HMERCT BaD QV EPI 7 Ti・ このように,乙1添付の文献には,ベントポートから最大50%(40分の20)の水分量を蒸発により除去することが示されている。
b また,甲9(特開昭56-24119号公報・公開日 昭和56年3月7日)には,以下の記載がある。
・ 「…ホツパー1から含水率30~70%のプラスチツク素材を投入する。押出シリンダーは加熱部材で約400℃に加熱されている為,ホツパー1に投入されたプラスチツク素材は加熱されつゝスクリユー6により押出口4へと移動し,排気口3aで水状又は蒸気状となつてガス,水分を約30%排除し,次いで3bの排気口で同じく約30%のガス,水分を排除し,再に3cの排気口で約10%のガス,水分を排除し,殆んど水分を含有しない状態で押出口から多数の棒状となつて押出されるのである。従つて含水率70%のプラスチツクのものをもそのまゝ再生工程に入れて再生を行うのである。」((4)欄3~15行)
・ このように,甲9は,排気口(ベント)から最大約70%の水分をガス又は水分として除去するものである。
c また,甲8(特開平11-80495号公報・公開日 平成11年3月26日)には,以下の記載がある。
・ 「(ロ)工程で用いられる真空ベント付き2軸押し出し機は,スクリューのかみ合い,非かみ合い,どちらのタイプも使用できる。また,スクリューの回転方向は,同方向,異方向,どちらも使用できる。好ましくは,かみ合い同方向2軸押し出し機である。真空ベント付き2軸押し出し機の構成としては,水を液体として排出する機能,すなわち脱水スリット,あるいはメカニカルフィルターを持った方式,あるいはスリットなどを持たず,水を大気ベントおよび/または真空ベントからだけで除去する方式でも使用することができる。」(段落【0020】)
・ このように,甲8には,二軸押出機において,水をスリットやベントにより除去する方式があることが記載されている。
d 以上によれば,ポリマーから水分を除去するために,ベントを用いること自体は,従来から知られているといえるが,甲8,甲9及び乙1上,ベントの具体的なサイズについては記載がない。
もっとも,甲9の第2図(断面図)には,ベントに相当する排気口3aが示されており,押出シリンダー2の直径の半分程度の大きさを有する開口が描かれている。また,乙1添付の文献,甲8には,断面図はないが,ベントに相当する部材が,甲9と同様の大きさで描かれている。
e(a) 一方,押出成形に関する一般的な文献と解される甲17の1及び甲17の2(いずれも「押出成形」と題する同一文献)には,以下の記載がある。
・ 「1)L/D・・・・・スクリュ有効長さLとスクリュ径Dの比」(152頁左欄20行)
・ 「(8)ベント型押出機
PMMA,ABS樹脂などの成形材料は通常吸湿のため,そのまま押出成形すると,成形温度で分離した蒸気のため成形品が発泡したり,表面の肌荒れの原因となる。このような吸湿性材料は,乾燥した材料を開封後すぐに成形機に供給したり,乾燥機又はホッパドライヤにより乾燥後押出成形を行う。表 4.7は,大気中に放置した時の成形材料の平衡水分率と成形不良を生じないための許容含水率を示すが,ドライヤにより許容値以下にすることは必ずしも容易ではない。」(170頁左欄3~12行)
・ 「ベント押出機は,上記のような揮発分,ガスを除去する機能を持ち,図 4.51 のように,シリンダ中間にベント部を持っている。第1スクリュ部で溶融した樹脂は,ベント部で圧力ゼロとなり部分充満状態で通過する。その後,第2スクリュ部で昇圧,押出しを行う。ベント部は高温のため,平衡蒸気圧の高くなった揮発分をベントポートから除去する。」(170頁左欄16~22行)
・ 「ベントポートは通常,押出方向の長さが 0.5~1.5D,幅0.1~0.25Dの長方形の開口部を持ち・・」(171頁右欄22~24行)
(b) 以上のとおり,押出対象物の水分を除去する機能を有する,通常のベントポート開口部のサイズは,押出方向の長さがスクリュー径Dの0.5~1.5倍,幅が0.1~0.25倍であるとされている。
そして,押出機におけるスクリューの直径とそれを格納するシリンダーの直径の差があまり大きいと,内容物の移送に支障が生ずることは自明であるため,両者はほぼ同じものと合理的に解される。したがって,通常のベントの大きさは,押出方向の長さがシリンダーの直径の約半分より大きく,約1.5倍以内となるものと認められるところ,これは,甲8,甲9及び乙1で描かれたベントの大きさとほぼ一致していることからも,上記認定の正当性は裏付けられる。
(イ) 引用発明におけるブレーカボルトの溝につき
引用発明では,シリンダー径が4吋1/2(4.5インチ)とされているところ,1インチは2.54cmに相当する(広辞苑第6版221頁参照)から,引用発明の押出乾燥装置は,約11.4cmのシリンダー径を用いたものであると認められる。そして,前記(ア)で検討したとおり,スクリューの直径とシリンダーの直径に大きな差はないものと認められるので,引用発明の押出乾燥装置のベントにつき,前記甲17の開示を参考にして,スクリューの直径を約11cmとして計算すると,通常,押出方向の長さが約5.5~16.5cm,幅が約1.1~2.75cm程度ということになり,それぞれ最小値でベントの断面積を計算すると,約6cm2ということになる。
これに対し,引用発明における実施例では,ブレーカーボルトに設けられた蒸気抜き用の溝は,深さ0.1mm,幅0.2mmであるから,溝の断面積はおよそ0.0002cm2ということになる。この溝は,6個のブレーカボルトに3本ずつ設けられているが,合計しても0.0036cm2 にすぎず,水分を除去するための通常のベントの断面積の最小値である6cm2と比較すると約1600分の1となり,極めて小さい孔ということができる。
ベントから排出される蒸気量や,液体としての水量は,ベントの断面積に大きく依存することは明らかであるから,引用発明においてブレーカボルトに設けられた溝から排出される蒸気量は,通常のベントと比べて極めて少量ということができ,クラムからの水分除去を意図したものでないことは明らかであり,実質的にも水分を除去する機能は,ほとんどないといえる。
実際,引用例(甲1)においても,「本発明に係るブレーカボルト表面の溝の役割は,押出乾燥装置内部のゴム状重合体を外部に溢出させることなく蒸気だけを外部に逃がすことにある。」(段落【0018】),ないし「・・・この溝を通じてシリンダー内圧の異常上昇の原因となっている閉じ込められた蒸気を直接外部へ逃がし」(段落【0027】)と記載され,ブレーカボルトの溝は,シリンダー内圧の異常上昇の原因となっている蒸気だけを排出することを前提とした記載となっている。
これに対し,本願発明における脱水スリットは,まさにポリマーから液体としての水を除去するためのものであるから,仮に,引用発明において,蒸気の排出とともに水が除去されるということができるとしても,本願発明における水分除去とは異質なものといわざるを得ず,本願発明の脱水スリットと,引用例(甲1)の「ブレーカボルト」に設けた溝とが,「水分を除去する開口」として一致するとはいえない。
(ウ) 小括
審決は,引用発明の「溝付ブレーカボルト」と本願発明の「脱水スリット」とが,「水分を除去する開口」である点で共通することを前提とした上で,両発明の相違点は「水分を除去する開口が,本願発明では,脱水スリットであるのに対して,引用例に記載された発明では,蒸気を直接外部へ逃すブレーカボルトに設けた溝である点。」であるとした。
しかし,前記(イ)のとおり,本願発明の「脱水スリット」と,引用発明の「ブレーカボルト」に設けた溝とが,「水分を除去する開口」として一致するとはいえないから,前述した審決の一致点及び相違点の認定は誤りといわざるを得ない。
さらに,審決は,引用発明のベント(「ブレーカボルト」の溝)と本願発明の脱水スリットとが,いずれも「水分を除去する開口」であることを前提として,「ブレーカーボルトに設けた溝に水分を除去する機能を付与することに換えて,ブレーカーボルトとは別途に設けたスリットに水分を除去する機能を付与することは当業者が容易になし得たものである。」と判断していることからすれば,前記の認定の誤りが,引用発明との間で本願発明は容易想到性を欠くとした審決の結論に影響を及ぼすおそれがあることは明らかである。
(エ) 被告の主張に対する補足的説明
被告は,甲9及び乙1の記載からすれば,水を含むポリマーを押出機により乾燥させる技術分野において,ベントを介して水分を除去することにより,水を含むポリマーに含まれる全水分のうちの大きな含水量の変化を生じさせることは本件出願前における技術常識といえるから,引用発明においても,ベントは,シリンダー内の圧力を抜く機能を有することに加え,ポリマー中の水分を確実に脱水する機能を有するものであることは明らかであり,審決の認定に誤りはない旨主張する。
確かに,甲8,9や乙1の記載からすれば,通常のベントに脱水機能があることが従来から知られているといえるが,前記(イ)のとおり,引用発明のブレーカボルトの溝に脱水機能があるとはいえないから,審決の認定は誤りであり,被告の上記主張は理由がない。
イ 以上のとおり,取消事由2及び3について判断するまでもない。
3 結論
以上のとおりであるから,その余(取消事由2及び3)について判断するまでもなく審決は取消しを免れない。よって,原告らの請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)