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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10085号 判決 2010年11月30日

原告

ファミリー株式会社

訴訟代理人弁理士

角田嘉宏

古川安航

山田久就

被告

株式会社フジ医療器

訴訟代理人弁護士

畑郁夫

重冨貴光

古庄俊哉

高田真司

黒田佑輝

辻本希世士

辻本良知

笠鳥智敬

松田さとみ

訴訟代理人弁理士

辻本一義

森田拓生

神吉出

上野康成

丸山英之

坂元孝之

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2006-80229号事件について平成22年2月2日にした審決を取り消す。

第2前提となる事実(文末に掲げた証拠により認められる事実のほかは,当事者間に争いがない。)

1  特許庁における手続の経緯等

被告は,発明の名称を「手揉機能付施療機」とする特許第3806396号(平成14年11月28日出願,平成18年5月19日設定登録。以下「本件特許」という。本件特許の特許公報は甲1である。)の特許権者である。

原告は,平成18年11月2日,本件特許の無効審判請求(無効2006-80229号事件。以下,この審判手続を「本件審判手続」という。)をし,被告は,平成19年1月22日付けで訂正請求書を提出した(この訂正請求は,同年5月11日付けで補正された。以下,補正後の訂正を「本件訂正」という。甲22,23)。特許庁は,同年8月24日,「特許第3806396号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をしたが,知的財産高等裁判所は,平成20年4月24日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡し(同裁判所平成19年(行ケ)第10333号),同判決は確定した。

特許庁は,同年8月19日,「訂正を認める。特許第3806896号の請求項1ないし5に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をしたが,知的財産高等裁判所は,平成21年8月31日,上記審決を取り消す旨の判決を言い渡し(同裁判所平成20年(行ケ)第10345号),同判決は確定した。

特許庁は,平成22年2月2日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された(甲32)。

2  特許請求の範囲

審決が対象とした本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5の記載は,次のとおりである(以下,請求項1ないし5に係る各発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明5」といい,これらを総称して「本件各発明」という場合がある。別紙1は,本件各発明における圧縮空気給排気手段を備えた肘掛部の実施形態を示す説明図(図8,9)である。)。なお,本件訂正後の明細書(甲23)を「本件明細書」という。

【請求項1】 椅子本体の両肘掛部の上面適所に人体手部を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,椅子本体の両肘掛部に膨縮袋を各々配設し,且つ各膨縮袋に圧縮空気給排装置からの給排気を伝達するホースを各々連通状に介設してなる圧縮空気給排気手段を具備させた手揉機能付用施療機であって,該手揉機能付用施療機の各肘掛部は,肘幅方向外側に弧状形成された立上り壁を立設して,肘掛部の上面をこの弧状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状の肘掛部に各々形成されており,且つ,前記立上り壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に,前記肘掛部の上面に二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群を配設して,前記肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,前記膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させるようにした事を特徴とする手揉機能付施療機。

【請求項2】 前記立上り壁の内側部に配設される膨縮袋が,二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群である事を特徴とする請求項1に記載の手揉機能付施療機。

【請求項3】 前記両肘掛部に配設される膨縮袋の人体手部当接側に,膨縮施療を強度に付与し得る施療突起を配設した事を特徴とする請求項1又は請求項2記載の手揉機能付施療機。

【請求項4】 前記両肘掛部の適所に,両肘掛部上面を振動させる振動部材を配備させた事を特徴とする請求項1記載の手揉機能付施療機。

【請求項5】 前記肘掛部の人体手部指先対応位置或いは指先近郊の上面適所に,圧縮空気給排装置に接続される外部電源を配備させた事を特徴とする請求項1記載の手揉機能付施療機。

3  審決の理由

(1)  別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正(補正後)を認めた上,本件特許は,特許法36条6項2号,同条4項1号に規定する各要件を満たしていない特許出願に対してなされたものではない,本件発明1ないし5は,特開2004-97459号公報(甲4)及び特開2003-260099号公報(甲7)に係る各出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載の発明と同一ではなく,実質的に同一ともいえないから,本件特許は,同法29条の2の規定に違反してなされたものではない,特開2003-310683号公報(甲3)に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載の発明と同一ではなく,実質的に同一ともいえないから,本件特許は,同法29条の2の規定に違反してなされたものではない,特開2001-204776号公報(甲6)及び特開昭50-136994号公報(甲8)各記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件特許は,同法29条2項の規定に違反してなされたものではないとして,請求人(原告)の主張及び証拠方法によっては,本件発明1ないし5の特許を無効とすることができないと判断した。

(2)  上記判断に際し,審決が認定した特開2003-310683号公報(甲3)に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載の発明(以下「甲3発明」という。)の内容は,以下のとおりである(別紙2は甲3発明の実施形態を示す図面である。)。

椅子本体の両肘掛け部23の上方に配設された両保持部24に被施療者の前腕を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,両保持部24の内面の略全面に亘って空気袋26bが設けられ,空気袋26bの表面に空気袋26cを各々設け,且つ各空気袋26b及び26cが給排気装置にエアホースによって接続されたマッサージ機22であって,各保持部分24は,断面視において略C字状の略半円筒形状をなしており,且つ,保持部24の上方部分の空気袋26bの表面には空気袋26cを設けると共に,保持部24の下方部分の空気袋24bの表面に複数の空気袋26cを設け,空気袋26bと空気袋26cとは夫々独立に膨張・収縮するように構成され,空気袋26cが膨張・収縮することによって,被施療者の上腕部に圧迫刺激を与えたり,それを解放することができる,マッサージ機22。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決には,(1)特許法36条6項2号,同条4項1号所定の要件充足性に関する判断の誤り,(2) 手続上の瑕疵,(3) 本件特許が同法29条の2の規定に違反しないとした判断の誤りがあり,これらは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。すなわち,

(1)  特許法36条6項2号,同条4項1号所定の要件充足性に関する判断の誤り(取消事由1)

審決は,「本件発明1~5が「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」るものであることは明らかであり,本件発明1~5について,「安定的に保持」の意味する内容が不明確とは言えない。」,「本件明細書の発明の詳細な説明には,どのような構成をもって人体手部を「安定的に保持」しているのかが理解できるように記載されていると言うべきである。」として,本件特許は,特許法36条6項2号,同条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものではないと判断する。

しかし,審決の判断は誤りである。

まず,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし5及び本件明細書の段落【0009】における「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」との記載は,人体手部が肘幅方向外側へ離脱せず,上下方向への移動が制限されることのみを意味するのか,それとも,人体手部の上下方向への移動が制限されるのみならず,保持部が移動しないことをも意味するか不明確である。

また,「肘掛部に人体手部を安定的に保持」させることの具体的内容は不明であり,「安定的に保持」との構成は,請求項中の他の具体的な構成が奏する効果を示したにすぎず,独立した構成ではない。

したがって,本件各発明は,特許法36条6項2号及び同条4項1号所定の要件を充足せず,審決の判断は誤りである。

(2)  手続上の瑕疵(取消事由2)

本件審判手続において,審判官は,原告(請求人)が審判請求書で申し立てない理由について審理したにもかかわらず,その審理の結果を当事者に通知し,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えていないから,本件審判手続は,特許法153条2項に違反し,手続上の瑕疵がある。

すなわち,被告(被請求人)は,本件審判手続における平成19年6月1日の口頭審理で,「安定的に保持」には人体手部の肘幅方向外側への移動や上下方向の移動を制限することが含まれる旨説明した。これに対し,原告は,「安定的に保持」を被告の上記主張のような意味に解するならば,甲3発明も「安定的に保持」するものであるから,甲3に基づく無効理由を職権で審理するよう口頭で申し入れたが,審判官は,審判段階において審理の結果を当事者に通知することなく,意見を申し立てる機会を与えないまま,審決において,上記無効理由につき職権で審理した。仮に,当事者が意見を申し立てる機会を与えられていたならば,審決の結論が異なっていた可能性がある。

したがって,上記の審理は,当事者が意見を申し立てる機会を奪ったものであり,特許法153条1項に反する手続上の瑕疵がある。

(3)  本件特許が特許法29条の2に違反しないとした判断の誤り(取消事由3)

ア 審決は,「(甲3発明の)「肘掛け部23」は腕置きとして利用できる固定部材であり,「保持部24」は「肘掛け部23」に対して横方向,前後方向,円周方向に移動する部材である。一方本件発明1の「肘掛部」は椅子本体に固定された部材であるから,本件発明1の「肘掛部」に相当する甲3発明の部材は「肘掛け部23」であって,「保持部24」ではない。」と判断する。

しかし,審決の判断は誤りである。

本件発明1の「肘掛部」が椅子本体に固定された部材であるとする根拠が十分でなく,横方向,前後方向,円周方向に移動するか否かにかかわらず,人体手部を載脱自在な部分であれば,その部分を「肘掛部」とすべきである。被告も,本件被告を原告,本件原告を被告とする別件の訴訟(大阪地方裁判所平成21年(ワ)第20104号特許侵害差止等請求事件。以下「別件訴訟」という。)においては,「被告(本件原告)製品1説明書の図6ないし8の『肘掛部40』」が本件発明1の「肘掛部」であると主張しているが(甲29),「肘掛部40」とは,同製品「ファミリーメディカルチェアD.2」の「前腕もみユニット」(甲30)を指すものであり,この「前腕もみユニット」は椅子本体に固定された部材ではない。

一方,甲3発明は,背凭れ部に伴って保持部24が移動することにより,リクライニング状態であっても腕部を安定して保持するよう構成されたものであり(甲3の段落【0007】,【0008】),被施療者がリクライニングさせたときに保持部24が移動するのであって,被施療者の意に反して施療中に保持部24が移動することはなく,被施療者があえて移動させようとすれば,甲3の保持部24であれ,別件訴訟における被告製品の「前腕もみユニット」(肘掛部40)であれ,施療中に移動させることは可能である。そうすると,甲3発明と別件訴訟における被告製品とに差異はないというべきである。

したがって,本件発明1の「肘掛部」は椅子本体に固定された部材であると認定して,特許法29条の2に違反しないとした審決は誤りである。

イ また,審決は,「甲3発明の空気袋26cはそれが「膨張・収縮することによって,被施療者の上腕部に圧迫刺激を与えたり,それを解放することができ」るとの機能を奏するものであって,被施療者の前腕を安定的に保持させる点については甲第3号証に何ら記載あるいは示唆がない。」,

「(甲3の)保持部分26は円周方向で移動するものであって,図8の矢印のうち上方に移動した場合には内側の先端部が隆起しなくなり,腕が脱落しやすくなることもありうることからみて,必ずしも前腕を安定的に保持させるとの機能を奏し得るものではない。」と判断する。

しかし,審決の判断は誤りである。

本件各発明の「安定的に保持」との構成は,効果を示したものにすぎないから,「安定的に保持」との文言が,明細書等に明示的に記載されていなくとも,明細書等の記載から「安定的に保持」することが示されていれば足りるというべきである。

ところで,「安定的に保持」との意味について,人体手部の上下方向及び肘幅方向内側・外側への移動が制限される場合を指すと解釈するならば(審決はこのように解釈していると考えられる。),甲3発明には,甲3の発明の詳細な説明欄の段落【0035】,【0039】,図5,図8の記載に,被施療者の前腕を安定的に保持できることが示唆されていると理解できる。

また,甲3の図8の矢印のうち上方に移動すれば,本件明細書の図8(甲1,23)に示される構成に近づき,下側の空気袋の内側先端部が隆起することは明らかであり,腕が脱落しやすくなることもない。仮に,保持部が円周方向に移動することに起因して,甲3発明が,ある条件の下では,人体手部を安定的に保持できない状態が生じたとしても,甲3の図8に,人体手部を安定的に保持できる構成が開示されていると理解すべきである。

なお,甲3発明は,保持部が移動できない構成であったものを,保持部を移動できるように構成したものである(甲3の段落【0004】等)。そうすると,甲3発明において,固定することが常識であった保持部を移動可能にした構成が開示されているのであるから,本件各発明は,保持部を固定する構成に戻したにすぎず,新規の技術を開示するものではなく,この点からも,本件各発明と甲3発明とは実質的に同一である。

ウ したがって,本件各発明と甲3発明とは実質的に同一であるから,本件特許が特許法29条の2の規定に違反しないとした審決の判断には誤りがあり,この誤りは結論に影響を及ぼす。

2  被告の反論

以下のとおり,審決には,取り消されるべき判断の誤りはない。

(1)  取消事由1(特許法36条6項2号,同条4項1号所定の要件充足性に関する判断の誤り)に対し

原告は,特許請求の範囲の請求項1ないし5及び本件明細書の段落【0009】に含まれる「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」との記載は,不明確であり,特許法36条6項2号及び4項1号の各要件を充足しないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

本件明細書の段落【0016】には,立上がり壁の内側部と肘幅方向内側底部とに各々膨縮袋を対設すること,及び,立上がり壁内側部と肘掛部の内側底部間に対設された膨縮袋間で人体手部に空圧施療を付与させることが記載され,段落【0024】には,図2や図3(甲1)のように固定板11の上部左右に一定間隔で重合状に膨縮袋群を対設させること,膨縮袋に圧縮空気給排気装置14からの圧空を給排気させて膨縮させること,及び,人体手部及び腕部を上面と下部側の両側から順次狭持して圧迫感のある施療を実施することが記載されているから,本件明細書には,膨縮袋を対設して配置し,両側から順次狭持して圧迫感のある施療を実施できるようにすることが示されているといえる。また,本件特許の特許公報(甲1)の図6には,肘幅方向内側底部の肘幅内側の先端部を隆起させて斜面が形成され,当該斜面と立上がり壁211の内側部の膨縮袋との間で人体手部3が狭持されて肘掛部上に安定して保持する態様が示され,図8及び図9には,上側膨縮袋と下側膨縮袋群が同時に膨張している態様,これによって,人体手部3が図6と同様に上側膨縮袋と下側膨縮袋群との間で狭持されている態様,及び,下側膨縮袋群の肘幅内側の先端部が隆起している態様も示されている。これらを総合すれば,本件特許の特許公報及び本件明細書に接した当業者は,「膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ」ることによって,「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」ることができることが容易に把握できる。

そして,特許請求の範囲には,「肘掛部の上面に二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群を配設して,前記肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され」るという構成が,明確かつ具体的に記載されている。同構成によれば,上記「膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ」ることが導かれることも,当業者であれば,容易に把握できる。

審決は,上記の各記載に基づいて,「安定的に保持」の技術的意義が把握できると判断したものであり,その判断に誤りはない。

以上のとおり,「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」との技術的意義は不明確とはいえないから,特許法36条6項2号及び4項1号に該当することはない。

(2)  取消事由2(手続上の瑕疵)に対し

原告は,本件審判手続には,甲3に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとの無効理由に関して,原告の意見を述べる機会を付与しなかった点で,特許法153条2項に反する違法があると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

本件審判手続において,原告は,平成20年7月7日付け上申書(甲24)及び平成21年10月22日付け上申書(甲25)で,本件各発明は,甲3に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるから,本件特許は,特許法29条の2の規定に違反してされたものである旨主張した(審決書21頁5ないし8行)。審判体は,原告の申し立てた理由について審理したのであるから,審判官が審理した理由が特許法153条2項の「当事者又は参加人が申し立てない理由」に該当することはない。なお,原告は,審決では「審判請求書で申し立てない理由について審理した」旨主張するが,同法153条2項には,「当事者又は参加人が申し立てない理由」と規定されるのみであり,「審判請求書で申し立てない理由」とは規定されていないので,この点の原告の主張は,失当である。

また,特許法153条2項が規定された趣旨は,自己に不利な事実等が,弁明の機会を与えられることなく,審判体における心証形成の基礎となり,当事者その他の関係人が関与しないところで,その者にとって不利益な処分がなされることを許さないというものである。本件審判手続において,原告は,甲3に基づく特許法29条の2への該当性を主張しているのであるから,審判体が,原告に対して弁明の機会を与えなかった,あるいは原告に関与させることなく不利益な処分をしたとはいえない。

したがって,原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3(本件特許が特許法29条の2の規定に違反しないとした判断の誤り)に対し

原告は,本件各発明と甲3発明とは実質的に同一であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

ア 原告は,①本件発明1の「肘掛部」については,人体手部を載脱自在な部分であれば,その部分を「肘掛部」と解釈すべきである,②被告も,別件訴訟では,「被告(本件原告)製品1説明書の図6ないし8の『肘掛部40』が本件発明1の『肘掛部』である」と主張しているが,「肘掛部40」に相当する同製品の「前腕もみユニット」は,椅子本体に固定された部材ではない,③他方,甲3発明は,被施療者がリクライニングさせたときに保持部24が移動し,被施療者があえて移動させようとすれば,施療中に移動させることは可能であるから,甲3発明と別件訴訟における被告製品とに相違はない,④したがって,甲3発明の「保持部24」は「肘掛け部23」に対して横方向,前後方向,円周方向に移動する部材であるのに対して,本件発明1の「肘掛部」は椅子本体に固定された部材である点において相違するとした審決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

すなわち,本件各発明は,肘掛部が,背凭れ部の傾倒に応じて,横方向,前後方向,円周方向に移動する構成は備えていない点,及び膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させるものであり,膨縮袋群が膨張する場面を想定し,空気袋が膨縮しているときに人体手部を肘掛部上に安定的に保持する構成を有している点において,甲3発明と相違する。

また,甲3発明の「保持部24」と別件訴訟の「被告製品1説明書の図6ないし8の『肘掛部40』」とは異なる部材であるから,上記「肘掛部40」が本件各発明の「肘掛部」に該当するとの被告の主張と,甲3の「保持部24」が本件各発明の「肘掛部」に該当しないという審決の判断とは矛盾しない。すなわち,甲3発明は,「被施療者の腕部を施療することが可能であり,しかも背凭れ部を傾倒させた場合にも,傾倒前の部位とほとんど同一の部位を施療することが可能なマッサージ機を提供すること」,「背凭れ部の傾倒によって,被施療者の腕部が移動した場合であっても,被施療者の腕部を保持することができるマッサージ機を提供すること」及び「被施療者の腕部の略全体を施療することが可能なマッサージ機を提供すること」を解決課題としている(甲3の段落【0007】ないし【0009】)。甲3発明における「保持部24」は,上記課題との関係において,背凭れ部の傾倒に応じて「肘掛け部23」に対して横方向,前後方向,円周方向など種々の方向に移動することを想定した部材である。甲3発明は,空気袋が膨張しているときに被施療者の腕部を肘掛け部上に安定的に保持することを目的としないため,空気袋が膨張しているときに被施療者の腕部を肘掛け部上に安定して保持させるための技術的思想の開示はなく,「保持部24」は,使用時においても,「肘掛け部23」に対し,横方向,前後方向,円周方向に移動することが制限されていない。

一方,上記「肘掛部40」は,甲3発明の上記課題を解決することを目的とした部材ではなく,甲3発明の「保持部24」に存在する上記構成(背凭れ部の傾倒に応じて,横方向,前後方向,円周方向に移動する構成)を備えていないし,空気袋が膨張しているときに移動が制限されるように設計されているから,甲3発明と相違する。

なお,審決は,別件訴訟における当事者の主張に拘束されないから,別件訴訟における当事者の主張を前提に審決の判断は誤りであるとする原告の主張は,主張自体失当である。

イ 原告は,本件各発明における「安定的に保持」の意味を,「人体手部の上下方向及び肘幅方向内側・外側への移動が制限される場合であると解釈した場合には,甲3の段落【0035】,【0039】,図5,図8の記載にも,被施療者の前腕を安定的に保持させる点について示唆があると主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

まず,原告は,甲3の記載には,被施療者の前腕を安定的に保持させる技術についての示唆があると主張する。しかし,特許法29条の2所定の要件を充足するためには,甲3発明が,本件各発明と同一であることが必要であり,本件各発明の異なることを前提して,本件各構成の「安定的に保持」の構成を「示唆」しているだけでは十分でないから,原告の主張は,失当である。

次に,請求項1,段落【0010】,【0012】,【0015】,【0016】,【0022】,【0024】等の記載を総合すれば,本件各発明において,被施療者の前腕を「安定的に保持」するとの意味は,肘掛部上面に形成された膨縮袋群につき,給気に伴う内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させること,膨縮袋を対設して配置し,両側から狭持して圧迫感のある施療を実施できることを指すと理解できる。他方,甲3発明の課題は,上記アのとおりであり(甲3の段落【0007】ないし【0009】),本件各発明における前記の「安定的に保持」させるための技術は開示されていない。したがって,甲3発明に,本件各発明における「安定的に保持」の構成が記載されているとはいえない。

さらに,原告は,甲3の図8に,人体手部を安定的に保持できる構成が開示されていると主張する。しかし,甲3の図8の矢印が上方に移動すればするほど開口部は下方を向く結果,腕が脱落しやすくなると考えるのが合理的であるし,原告自身も腕が脱落する場合があり得ることを認めているのであるから,甲3発明においては,本件各発明の「安定的に保持」との技術が解決課題として示されていないと解するのが合理的である。

ウ 以上によれば,本件各発明と甲3発明とは実質的に同一であるとの原告の主張は失当であり,本件特許が特許法29条の2の規定に違反しないとした審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,以下のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決には取り消すべき違法はないものと判断する。

その理由は,以下のとおりである。

1  事実認定

(1)  本件各発明

本件各発明に係る特許請求の特許請求の範囲の記載は,第2,2のとおりである。

また,本件各発明に係る発明の詳細な説明欄には,次の記載がある(甲23)。

【0008】 本発明は,上記のような問題点に鑑みてなされたものであり,手部及び腕部を安定的に載設して,手部や腕部に対する効果的な空圧施療を行える手揉機能付施療機を提供する事を目的としてなされたものである。

【0009】【課題を解決するための手段】 すなわち,本発明の手揉機能付施療機は,椅子本体の両肘掛部の上面適所に人体手部を各々載脱自在でこれらに空圧施療を付与し得るよう,椅子本体の両肘掛部に膨縮袋を各々対設し,且つ各膨縮袋に圧縮空気給排装置からの給排気を伝達するホースを各々連通状に介設してなる圧縮空気給排気手段を具備させた手揉機能付用施療機であって,該手揉機能付用施療機の各肘掛部は,肘幅方向外側に弧状形成された立上り壁を立設して,肘掛部の上面をこの弧状の立上り壁で覆って人体手部の外面形状に沿う形状の肘掛部に各々形成されており,且つ,前記立上り壁の内側部には膨縮袋を配設すると共に,前記肘掛部の上面に二以上の膨縮袋を重合させた膨縮袋群を配設して,前記肘掛部の上面に配設した膨縮袋群は,圧縮空気給排装置からの給気によって膨縮袋の肘幅方向の外側一端よりも内側他端が立ち上がるように配設され,前記膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させて肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で人体手部に効率良い空圧施療を行なわせ事ができるようにする事を特徴とするものである。

【0010】 また本発明の手揉機能付施療機は,前記圧縮空気給排気手段を,両肘掛部の各立上り壁に配設される膨縮袋と,各膨縮袋に各々ホースを介して連通される圧縮空気給排装置とで構成し,肘掛部の人体手部指先対応位置或いは指先近郊の上面適所に,圧縮空気給排装置に接続される外部電源を配備させて,人体手部を両肘掛部上面に安定的に保持させて立上り壁側の膨縮袋により手部側方を効率良く空圧施療を行なわせる事ができるようにした事を特徴とするものである。

【0012】 また,本発明の手揉機能付施療機は,前記両肘掛部に配設される膨縮袋の人体手部当接側に施療突起を配設し,手部に強度な空圧施療を適格に付与する事ができるように構成した事を特徴とするものでもある。

【0015】 また,本発明の手揉機能付施療機は,圧縮空気給排気手段を,両肘掛部の肘幅方向外側に立設された弧状の立上り壁と,これに配設される膨縮袋と,各膨縮袋に各々ホースを介して連通される圧縮空気給排装置とで構成している為,立上り壁側の膨縮袋により人体手部及び腕部を上側面から効率良く空圧施療を行なわせる事ができる。

【0016】 更に本発明の手揉機能付施療機は,前記圧縮空気給排気手段を,両肘掛部の肘幅方向外側に立設された弧状の各立上り壁に配設される膨縮袋及び肘幅方向内側底部に配設される膨縮袋と,両各膨縮袋に各々ホースを介して連通される圧縮空気給排装置とで構成している為,人体手部を立上り壁側の膨縮袋と肘幅方向内側底部に配設される膨縮袋により両側から挟持して,人体手部及び腕部を上側面と内側底部下部から効率良く空圧施療・空圧挟持施療・空圧押上施療を行なわせる事ができる。

(2)  甲3発明

甲3には,次の記載がある(甲3)。

【0007】 本発明は斯かる事情に鑑みてなされたものであり,被施療者の腕部を施療することが可能であり,しかも背凭れ部を傾倒させた場合にも,傾倒前の部位と殆ど同一の部位を施療することが可能なマッサージ機を提供することを目的とする。

【0008】 また,本発明の他の目的は,例えば背凭れ部の傾倒によって,被施療者の腕部が移動した場合であっても,被施療者の腕部を保持することができるマッサージ機を提供することにある。

【0009】 また,本発明の更に他の目的は,被施療者の腕部の略全体を施療することが可能なマッサージ機を提供することにある。

【0035】 第1保持部分11の開口部(長手方向へ延びた欠落部分)は,一般的な体格の成人の上腕の太さよりも若干大きい幅とされており,第2保持部分12の開口部は,一般的な体格の成人の前腕の太さよりも若干大きい幅とされている。従って,施療者の上腕及び前腕を第1保持部分11及び第2保持部分12へ夫々の開口部から挿入することが可能である。

【0039】 図5は,第1保持部分11を幅方向へ切断したときの断面図である。図5に示すように,図5に示すように,第1保持部分11は,比較的硬度が高い材料からなり,略C字状の断面形状を有する略半円筒形状の外殻部11aを備えている。この外殻部11aの内面の略全体には,空気袋11bが設けられている。また,この空気袋11bの表面には,図2で示すような,複数の空気袋11cが設けられている。かかる空気袋11b,11cは,夫々ポンプ,電磁弁等からなる,座部5又は背凭れ部6に設けられた給排気装置(図示せず)にエアホース(図示せず)によって接続されており,給排気装置の動作によって膨張・収縮することが可能となっている。また,空気袋11bと空気袋11cとは夫々独立に膨張・収縮するように構成されている。このような構成により,空気袋11cが膨張・収縮することによって,被施療者の上腕部に圧迫刺激を与えたり,それを解放することができ,空気袋11bが膨張・収縮することによって,空気袋11cによる刺激の強さを調節することができる。

2  取消事由1(特許法36条6項2号,同条4項1号所定の要件充足性に関する判断の誤り)について

原告は,①本件各発明の特許請求の範囲の請求項1ないし5及び本件明細書の段落【0009】における「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」との記載は,人体手部が肘幅方向外側へ離脱せず,上下方向への移動が制限されることのみを意味するのか,それとも,人体手部の上下方向への移動が制限されるのみならず,保持部が移動しないことをも意味するか不明確である,②「肘掛部に人体手部を安定的に保持」させることの具体的内容は不明であり,「安定的に保持」との構成は,特許請求の範囲の記載中の他の構成が奏する効果を示したにすぎず,独立した構成ではないから,特許法36条6項2号及び同条4項1号所定の要件を充足しないと主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

上記認定によれば,本件特許の特許請求の範囲(請求項1)における「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」(る)とは,圧縮空気給排装置からの給気による膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって,肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ,人体手部に,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で空圧施療を付与させる構成を採用したことによって得られる,人体手部の安定的に保持できるとの効果を指しているものと解される。すなわち,本件明細書の段落【0016】に「本発明の手揉機能付施療機は,前記圧縮空気給排気手段を,両肘掛部の肘幅方向外側に立設された弧状の各立上り壁に配設される膨縮袋及び肘幅方向内側底部に配設される膨縮袋と,両各膨縮袋に各々ホースを介して連通される圧縮空気給排装置とで構成している為,人体手部を立上り壁側の膨縮袋と肘幅方向内側底部に配設される膨縮袋により両側から挟持して,人体手部及び腕部を上側面と内側底面下部から効率良く空圧施療・空圧挟持施療・空圧押上施療を行なわせる事ができる。」と記載されること,図8,9に,上側膨縮袋と下側膨縮袋群が同時に膨張している様子及びそれにより,人体手部3が上側膨縮袋と下側膨縮袋群との間で挟持されている態様が示されていることに照らすならば,立上り壁の内側部と肘幅方向内側底部とに膨縮袋を対設し,人体手部及び腕部を上面と下部側の両側から狭持することにより,「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ」(る)との効果が実現することが説明されていると理解できる。請求項1を引用する請求項2ないし5,及び,本件明細書の段落【0009】における「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」の技術的意味は,当業者が容易に理解できる程度に明確であるというべきである。

原告は,「安定的に保持」との記載部分は,特許請求の範囲の記載中の他の構成が奏する効果を示したにすぎないと主張する。しかし,特許請求の範囲の中に,他の記載部分によって得られる効果に相当する記載がされたとしても,当然には,当該記載部分が明確性を欠くとはいえず,本件においては,「安定的に保持」との記載部分が明確性を欠いたものでないことは,前記のとおりであるから,原告の同主張は採用の限りでない。

なお,上記の点は,当庁平成20年4月24日判決・平成19年(行ケ)第10333号(確定判決)において,「本件特許明細書に接した当業者であれば,『膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ』ることにより,『肘掛部上に人体手部を安定的に保持させ』ることができることが容易に把握できる」と判示したとおりである。

したがって,本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし5及び本件明細書の段落【0009】に含まれる「肘掛部上に人体手部を安定的に保持させて」との記載が不明確であるとはいえず,本件特許は,特許法36条6項2号,同条4項1号所定の要件を充足しないとの原告の主張は失当である。

3  取消事由2(手続上の瑕疵)について

原告は,本件審判手続には,甲3に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるとの無効理由について,原告の意見を述べる機会を付与しなかった点において,特許法153条2項に違反する瑕疵があると主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

甲3に基づく無効理由について,原告は,本件審判手続において,平成20年7月7日付け上申書(甲24)及び平成21年10月22日付け上申書(甲25)を提出し,「本件特許の請求項1ないし6に係る発明は,甲3に係る出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明と同一であるから,本件特許は,特許法第29条の2の規定に違反し,無効である」旨主張し,理由についても詳細に意見を述べている。本件審判手続では,原告の上記主張について審理の上,審決で判断が示されている(審決書21頁4行ないし25頁4行)。

以上によれば,甲3に基づく無効理由が,特許法153条2項の「当事者又は参加人が申し立てない理由」に該当しないことは明らかであり,原告に対して意見を申し立てる機会が与えられなかったともいえない。

原告は,審決は,審判請求書で申し立てない理由について審理した点で違法がある旨主張する。しかし,同法153条2項には「当事者又は参加人が申し立てない理由」と規定され,「審判請求書で申し立てない理由」と理解すべきではないから,原告のこの点の主張は採用できない。

以上のとおり,本件審判手続に手続的瑕疵は認められず,原告の主張は失当である。

4  取消事由3(本件特許が特許法29条の2に違反しないとした判断の誤り)について

原告は,本件各発明の「安定的に保持」との構成は,効果を示したものにすぎないから,「安定的に保持」との文言が,引用例に明示的に記載されている必要はなく,明細書等から「安定的に保持」することが示唆されていれば足りるというべきであることを前提として,甲3発明は,段落【0035】,【0039】,図5,図8の記載によれば,被施療者の前腕を安定的に保持できることが示唆されているから,本件各発明と甲3発明とは実質的に同一であり,本件特許は特許法29条の2に違反すると主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

まず,本件各発明において,被施療者の前腕を「安定的に保持」させるとの記載は,圧縮空気給排装置からの給気による膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって,肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させ,人体手部に,立上り壁内側部に配設された膨縮袋と肘掛部の上面に配設された膨縮袋群とを対設させた膨縮袋間で空圧施療を付与させる構成を採用したことによって得られる,人体手部の安定的に保持できるとの効果を指しているものと理解するのが相当である。また,前記1認定の本件明細書の段落【0008】,【0010】,【0012】,【0015】,【0016】,図8,9等の記載を総合すれば,本件各発明は,手部及び腕部を安定的に載設して,手部や腕部に対する効果的な空圧施療を行うことを解決すべき課題とし,上記構成は,立上り壁の内側部と肘幅方向内側底部とに膨縮袋を対設し,人体手部及び腕部を上面と下部側の両側から狭持して圧迫感のある施療を効率よく実施させることを機能として有するものと理解できる。

これに対して,甲3の段落【0035】,【0039】,図5,図8の記載によれば,甲3発明では,略C字状の断面形状を有する略半円筒形状の外殻部を備え,この外殻部の内面の略全体には空気袋11b,11cが設けられ,これらの空気袋は独立に膨張・収縮するように構成され,給排気装置の動作によって空気袋が膨張・収縮することによって,被施療者の上腕部に圧迫刺激を与えたり,それを解放することができ,空気袋11bが膨張・収縮することによって,空気袋11cの刺激の強さを調整できること等が示されているが,同構成は,「圧縮空気給排装置からの給気による膨縮袋群の内側他端の立ち上がりによって,肘掛部上面の肘幅方向内側の先端部を隆起させる」ものではなく,また,人体手部及び腕部を上面と下部側の両側から挟持するとの技術事項は記載されていない。したがって,甲3発明において,本件各発明の「安定的に保持」させるとの技術事項の開示はない。また,甲3発明の課題は,上記1認定の甲3の段落【0007】ないし【0009】の記載によれば,「被施療者の腕部を施療することが可能であり,しかも背凭れ部を傾倒させた場合にも,傾倒前の部位とほとんど同一の部位を施療することが可能なマッサージ機を提供すること」,「背凭れ部の傾倒によって,被施療者の腕部が移動した場合であっても,被施療者の腕部を保持することができるマッサージ機を提供すること」及び「被施療者の腕部の略全体を施療することが可能なマッサージ機を提供すること」であり,本件各発明における「安定的に保持」させるとの解決課題及び解決手段の開示はない。そうすると,甲3発明と本件各発明とは,被施療者の前腕を安定的に保持させるとの技術事項において相違する。

以上のとおり,本件各発明と甲3発明とが同一であるとの原告の主張は,失当である。

なお,原告は,本件発明1の「肘掛部」は椅子本体に固定された部材であるのに対して,甲3発明の「保持部24」は「肘掛け部23」に対して横方向,前後方向,円周方向に移動する部材である点において,本件発明と甲3発明が相違するとした審決の判断は誤りであるとも主張する。

しかし,上記のとおり,本件各発明と甲3発明とは同一とはいえない以上,この点における原告の主張の当否を判断するまでもなく,本件特許が特許法29条の2に違反しないとした審決の判断には,誤りがないこととなる。

5  小括

以上によれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決には取り消すべき違法は認められない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。

第5結論

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 武宮英子)

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