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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10093号 判決 2010年9月15日

平成22年(行ケ)第10093号 審決取消請求事件(以下「甲事件」という。)

平成22年(行ケ)第10103号 審決取消請求事件(以下「乙事件」という。)

甲事件原告・乙事件被告(以下「原告」という。)

同訴訟代理人弁護士

山本隆司

井奈波朋子

永田玲子

甲事件被告・乙事件原告(以下「被告」という。)

キユーピー株式会社

同訴訟代理人弁護士

吉武賢次

宮嶋学

高田泰彦

柏延之

同訴訟代理人弁理士

小泉勝義

宇梶暁貴

主文

1  原告及び被告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は,甲事件・乙事件を通じてこれを2分し,それぞれを各自の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  原告の請求

特許庁が無効2009-890019号事件について平成22年2月24日にした審決のうち,別紙指定商品・指定役務目録中,下線を付していない指定商品及び指定役務について登録を無効とした部分を取り消す。

2  被告の請求

特許庁が無効2009-890019号事件について平成22年2月24日にした審決のうち,別紙指定商品・指定役務目録中,下線を付した指定商品及び指定役務について無効審判請求が成り立たないとした部分を取り消す。

第2事案の概要

本件は,下記1(2)のとおりの手続において,原告の下記1(1)の本件商標に係る商標登録を無効とすることを求める被告の本件審判請求について,下記2のとおり,特許庁が本件商標の別紙指定商品・指定役務目録中,下線を付していない指定商品及び指定役務(以下「第1指定商品・役務」という。)についての登録を無効とし,同目録中,下線を付した指定商品及び指定役務(以下「第2指定商品・役務」という。)については請求が成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決には,下記3のとおりの取消事由があると主張して,原告が第1指定商品・役務についての登録を無効とした部分について,被告が第2指定商品・役務については無効審判請求が成り立たないとした部分について,それぞれ取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件商標

ア 登録第4746886号(甲1)

イ 出願日 平成15年8月20日

ウ 登録日 平成16年2月13日

エ 商標の構成

file_2.jpgオ 指定商品及び指定役務 別紙指定商品・指定役務目録記載のとおり

(2)  被告は,平成21年2月12日,特許庁に対し,本件商標の登録を無効にすることを求めて審判を請求した。特許庁は,これを無効2009-890019号事件として審理し,平成22年2月24日,第1指定商品・役務についての登録を無効とすると同時に,第2指定商品・役務についての審判請求が成り立たないとする本件審決をし,その謄本は,原告及び被告に対し,同年3月8日,それぞれ送達された。

2  本件審決の理由の要旨

本件審決の理由は,要するに,本件商標と別紙引用商標目録記載の引用商標1ないし43(以下,これらを併せて「引用商標」という。)とは類似の商標であり,本件商標の指定商品及び指定役務のうち,第1指定商品・役務については引用商標の指定商品及び指定役務と同一又は類似の商品及び役務を含むものと認められ,したがって,商標法4条1項11号に基づき登録を無効とするが,第2指定商品・役務については,そのようには認められず,また,原告が加工食品の分野とは取引者,販売場所,流通経路等を別異にする本件商標の指定商品及び指定役務に使用しても,被告及び被告の商品又は役務と誤認し,被告又は被告と組織的に関連する者の業務に係る商品及び役務であるかのごとく誤認し,出所について混同を生じさせるおそれはないから,商標法4条1項15号に基づいて無効とすることはできない,というものである。

3  取消事由

(1)  原告主張の取消事由

ア 被告による無効審判請求の違法性についての判断の誤り(取消事由1)

(ア) 不使用取消制度の潜脱(権利濫用)についての判断の誤り(取消事由1-1)

(イ) 商標法29条についての判断の誤り(取消事由1-2)

(ウ) 公正な法秩序の阻害(権利濫用)についての判断の誤り(取消事由1-3)

イ 商標法4条1項11号の適用判断の誤り(取消事由2)

(2)  被告主張の取消事由

商標法4条1項15号の適用判断の誤り(取消事由3)

第3当事者の主張

1  取消事由1(被告による無効審判請求の違法性についての判断の誤り)について

(1)  取消事由1-1(不使用取消制度の潜脱(権利濫用)についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

被告は,引用商標のいずれについても,使用の実績も使用の意思もない。すなわち,被告は,商標権者による二重出願に対しては商標法4条1項11号の適用がなく,重複して商標登録が可能であることを悪用し,ほぼ同一の標章で,かつ,ほぼ同一の商品又は役務を指定した商標出願をほぼ3年ごとに繰り返すこと(引用商標1について乙50,引用商標2について甲11,23及び乙51,引用商標3について乙52,引用商標4について甲10及び乙53,引用商標5について甲12及び乙54,引用商標6について甲13及び乙55,引用商標7について甲14及び乙56,引用商標8について乙57。枝番を含む。特に断らない限り,以下同じ。)によって,たとえ不使用取消しを受けても,他方で,いまだ不使用取消しの要件に係らない商標権を保持し,第三者による当該商標の使用を排除しようとしている。

このような被告による使用の実績も使用の意思も存在しない引用商標の登録は,単に他の商標使用希望者による使用を排除することに目的があり,また,国民一般の利益を侵害するものであるから,そのような引用商標に基づき無効審判を請求することは,不使用取消制度を骨抜きにし,本来商標法により保護されるべきでない商標を不当に維持するだけでなく,登録商標を使用する第三者の正当な利益をも積極的に害するものであるから,商標権の濫用として許されない。

〔被告の主張〕

被告は,引用商標をその指定商品又は指定役務に使用しており,使用意思も有している(甲85,86)。むしろ,原告も自認するとおり(乙60),キューピーのキャラクターは,我が国以外では忘れ去られているところ,我が国でキューピーが記憶されているのは,被告がキューピー関連商標を大々的に連綿と使用してきたことが貢献しているのである(乙2)。

(2)  取消事由1-2(商標法29条についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

商標法29条は,商標権者がその商標登録出願日前に成立した著作権と抵触する場合,商標権者はその限りで商標としての使用ができないのみならず,当該著作物の複製物を商標に使用する行為が自己の商標権と抵触してもその差止め等を求めることができない旨を規定していると解すべきである(最高裁昭和60年(オ)第1576号平成2年7月20日第二小法廷判決・民集44巻5号876頁)。そして,ここにいう「使用」態様は,商標法2条3項1ないし8号に列挙されているものに限定されるものではないし,著作権に抵触する商標権の効力を著作権者に及ぼすことができないとするならば,上記商標権者が行使できない「差止め等」には,無効審判請求も含まれると解すべく,ここから無効審判請求を除外する理由は見当たらない。

上記最高裁判決は,引用商標の出願前に著作権が成立することのみを要件としているから,著作権の存続期間が満了した著作物について,商標法29条の適用が排斥されることはない。

また,商標法33条の2,33条の3は,いずれも,特許権,実用新案権及び意匠権の存続期間満了後にこれらと抵触する商標権をこれらの権利者らが行使できる場合を規定しているが,著作権については同様の規定がない。しかし,これは,無登録主義を採用し当初から登録上での変動がない著作権については,登録主義を採用する特許権等とは異なり,登録が消滅したことによる疑義を払拭する必要がなかったからと解されるから,著作権者は,その著作権の存続期間満了後であっても,これと抵触していた登録商標にかかる指定商品又は指定役務について,その登録商標を使用することができると解釈される。

以上のとおり,他人の著作権と抵触する登録商標を有する商標権者(被告)は,著作権者がその商標と類似する標章を使用し,あるいはそのような商標を登録していても,差止めや無効審判請求をすることはできない。

〔被告の主張〕

原告は,被告に対し,過去2回にわたり「キューピー」の著作権に基づく侵害訴訟を提起したが,いずれも被告の行為は原告の著作権を侵害しないとされて,原告の敗訴が確定している。したがって,引用商標は,原告の有する著作権と抵触しない。

商標法29条にいう「使用」は,商標法2条3項1号ないし8号に限定列挙されているものに限られるところ,無効審判請求は,これらに含まれないし,商標法29条は,商標権者の商標の使用を商標登録出願前の出願や発生に係る他人の権利と抵触しない範囲に限定することにより,商標権と他の権利との調整を図る規定であり,商標権者が類似する他人の商標登録の無効を請求する場合である本件に類推すべき基礎となる事情も認められない(知財高裁平成20年(行ケ)第10139号同年12月17日判決(甲45。以下「前件判決」という。)参照)。

(3)  取消事由1-3(公正な法秩序の阻害(権利濫用)についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

被告は,ローズ・オニールの創作したキューピーの名称やキャラクターの著名性を無償で利用する目的で,キューピーの図柄やキューピーの名称を剽窃して出願し,これを登録して,無断使用を継続してきた(乙2,13)。

他方,原告は,キューピーの著作権の所在を調査し,ローズ・オニール遺産財団から日本における著作権の譲渡を受けて,その存続期間満了(平成17年5月6日)よりも前に本件商標の登録を出願し(平成15年8月20日),その登録を受けた(平成16年2月13日)。

以上の経緯から,知的財産法秩序を無視しキューピーの著名性を利用して商標登録を受けた被告が,同秩序を尊重し著作権との抵触を解消して本件商標の登録を受けた原告に対してその無効審判請求を行うのは,権利の濫用に当たる。

〔被告の主張〕

被告の前身である食品工業株式会社の創業者がキューピー関連商標を初めて出願したのは,大正11年であるが,被告が引用商標の使用を開始した大正15年ころは,「キューピー」の語や図形がパブリックドメインとして公衆に使用が許されたものであると信じても無理からぬ状況にあり,ローズ・オニールの遺産を引き継いだローズ・オニール遺産財団が昭和39年(1964年)に清算手続を終了していることを確認したため,被告が「キューピー」の語や図形について著作権者が存在しないと考えたことは,合理的であり,やむを得ないことである。

むしろ,原告は,キューピーの著作権その他の権利を利用して金銭的利益を得ようとしていることが明らかである。

2  取消事由2(商標法4条1項11号の適用判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 図形商標においては,図形から生ずる称呼及び観念には普通名称というべき汎用的・一般的な称呼及び観念から,ブランド名ともいうべき特定の称呼及び観念まで,階層的な称呼及び観念が生じ得る。そして,図形商標の類否を判断するに当たって,大雑把で汎用的な称呼及び観念が同一であるかどうかを基準にした場合,後願の図形商標に特徴があっても,既登録の図形商標とモチーフを同じくするという理由によって同一の称呼及び観念が生じ,商標登録が拒絶されることになり,結果として図形ではなくモチーフの独占を許すという不合理が生ずることになる。したがって,図形商標の類否の判断に当たっては,①称呼及び観念を検討することなく,図形自体の同一性及び類似性のみで判断する手法(乙71),②図形から特定の称呼及び観念が生じることを否定する手法(乙72)又は③図形から生じる称呼及び観念をより特定する手法(乙73)を通じて,図形に即してより特定された称呼及び観念が生じるかどうかを検討し,その称呼及び観念の類否を判断すべきである。

また,図形商標の類否判断に当たり,後願の図形商標が既登録の図形商標と異なる印象を与えるにしても,汎用的・一般的な称呼及び観念が同一であるような場合には,取引の実情により商品の出所を誤認混同するおそれがあるか否かも判断する必要がある。

(2) 「キューピー」は,明治42年(1909年),米国の女流画家ローズ・オニールが創作して雑誌に発表した作品であり,ローズ・オニールは,明治45年ないし大正元年(1912年),キューピーのイラストを立体化した人形を創作した(乙1~11)。キューピーがローズ・オニールの作品であることは,広辞苑第6版(乙35),コンサイスカタカナ語辞典(乙36),広辞林(乙37)及び角川小辞典26外来語の起源(乙38)に明記されているばかりか,原告により公言されている(乙31,58~63)。

キューピーは,大正時代に日本に伝わって大流行し(乙1,2),旧日本興業銀行,旧和光証券及び牛乳石鹸共進社等の大手企業を含む多数の者が,ローズ・オニールの著作権が存続しているにもかかわらず,無断でキューピーの名称を商標として登録するなどした(乙12~30,33)。ローズ・オニールのキューピー作品に対する我が国の著作権の保護期間は,その後,終了したが(乙32),そのため,これまでにも増して多数の者が,キューピーのキャラクター及び名称を利用して,独自の商品を販売するようになっている(乙33)。

そして,被告も,大正8年から,著作権者に何の断りもなく,次々にキューピーに関係する商標を出願し,登録している(乙2,48)。

(3) ローズ・オニールが発表したキューピー作品には,複数のキャラクターが存在し,その表情,姿態及びポーズも様々であり(乙6~8,59,64,68~70),このことは,ローズ・オニールが創作したキューピー人形についても同様であるが(乙9~11),これらは,いずれも「キューピー」と称される。

ところで,被告が登録している引用商標の図形は,キューピーを想起させる図形の中でも,全身をモチーフとして直立したポーズを取っている特定のものであるから,引用商標から生ずるのは,ローズ・オニール又は他者が創作したすべてのイラスト及び人形を称する一般的な称呼及び観念である「キューピー」ではなく,引用商標の外観の図形に即した称呼及び観念,すなわち「立ち姿のキューピー」又は「キューピー・マヨネーズのキューピー」に制限されるというべきである(乙12)。そのように解しないと,被告は,数あるキューピーのイラストを模倣した独自の図形一つを商標登録したことで,実質的に,オリジナルを含む「キューピー」をモチーフとするすべてのイラスト,称呼及び観念に商標権の効力を及ぼすことができるようになってしまい,不当である。現に,被告も,「キューピーはみんなのもの」であると公言している(乙33)。

他方,本件商標の図形は,ローズ・オニールの多数のキューピーのイラストのうちの一つをモチーフにしたものであり(乙39,40),顔のみをモチーフとしているが,外観における差異並びにキューピーが特徴を有するキャラクターに共通する称呼及び観念であることを考慮すれば,本件商標からは,「顔のキューピー」との称呼及び観念が生じるというべきである。また,原告は,「ROSE O’NEIL KEWPIE(ローズオニールキューピー)」の称呼を生じる文字商標その他のキューピー・キャラクターをモチーフとする図形等の多数の商標登録を有する(乙46)から,本件商標からは,「ローズ・オニール・キューピー」の称呼及び観念も生じ得る。

また,キューピーは,ローズ・オニールの作品として知られていないとしても,共通の形状を有するイラストや図形の一般名称であるから,被告とのみ結びつくものではなく,したがって,被告の商品の出所を示す自他識別機能を有しているとはいえない。

(4) 原告は,平成10年5月1日,ローズ・オニールの遺産を管理するローズ・オニール遺産財団から,ローズ・オニールが創作したすべてのキューピー作品に対する我が国における著作権を譲り受け(乙31,41,42,45),平成15年,訴外株式会社ローズオニールキューピー・インターナショナル(以下「訴外会社」という。)を設立した。訴外会社は,「ローズオニールキューピー」をブランドとしてキャラクターグッズを販売しており(乙44),本件商標を,指定商品「文房具類」としてペンケース,シャープペン,ノート及びファイルボックス等に,指定商品「印刷物」として絵本に,指定商品「写真立て」としてフォトフレームに,指定商品「かばん類」としてトートバッグ及びリュックサックに,指定商品「袋類」として財布及びポーチ等に,指定商品「家具」として飾り棚に,指定商品「うちわ」としてダイカットうちわ等に,指定商品「人工池」として噴水に,指定商品「ネームプレート及び標札」としてルーム・ボードに,指定商品「食器類」としてティーカップセット等に,指定商品「貯金箱」として貯金箱に,指定商品「布製身の回り品」としてハンカチ等に,それぞれ使用し,それらの商品を自ら販売し又は他者へのライセンス事業を行っている(乙47,67)。

本件商標を用いたこれらの商品は,大手デパートで展示販売され,発行部数の多い通販雑誌に掲載されるなどして,原告が代表取締役を務める訴外会社の商品であることが需要者及び消費者に認識され,その出所を表示するものとして識別力を獲得している。他方,引用商標は,いずれも,食品に使用される場合に限り,被告の商標として出所表示機能を有するにすぎない。したがって,図形の外観が相違することも相俟って,本件商標を訴外会社の商品に用いたとしても,被告の商品との出所混同のおそれはない。

(5) したがって,本件商標の第1指定商品・役務が引用商標の指定商品及び指定役務と同一又は類似であるとしても,本件商標と引用商標とは外観が異なる上,称呼及び観念も全く同一ではなく,取引の実情からも出所の混同が生じるおそれはないから,本件商標と引用商標との間に誤認混同を生じるおそれはなく,商標法4条1項11号に該当しない。

〔被告の主張〕

(1) 本件商標の図形は,頭頂部の髪と思しき部分が尖り,パッチリとした大きな目をした幼児の頭部を描いたもので,ローズ・オニールが創作して我が国でも周知になった「キューピー」人形とその特徴を共通にしている。そして,「キューピー」人形が,現在,我が国で周知性を獲得していることから,本件商標に接する取引者及び需要者が,本件商標に係る図形を「キューピー」と認識することは,明らかであり,現に,アンケート調査の結果(甲46~49)によれば,本件商標を見せられた者の多数がこの絵を「キューピー(人形)」と回答し(甲46では61.6%,甲49では73.5%),思い浮かべる商品として「マヨネーズ」と回答している(甲46では65.9%,甲49では72.7%)。したがって,本件商標からは,「キューピー」の称呼及び観念が生じる(前件判決(甲45)参照)。

他方,引用商標は,いずれも,頭頂部と思しき部分が尖り,目がパッチリと大きい裸体の幼児の人形を模した図形又は立体的形状を有し,あるいは「キューピー」又は「KEWPIE」の文字を横書きするなどしているから,いずれも,その図形,立体的形状又は構成文字に応じて,「キューピー」の称呼及び観念が生じるものである(甲2~44)。

したがって,本件商標と引用商標とは,いずれも,「キューピー」の称呼及び観念が生じるものであるから,その称呼及び観念を同一とする類似商標である。そして,本件商標の第1指定商品・役務と引用商標の指定商品及び指定役務とが同一又は類似であることは,当事者間に争いがないから,本件商標がその指定商品又は指定役務に使用されると,取引者又は需要者において,引用商標との間で出所の混同を生じることは,明らかであり,本件商標は,商標法4条1項11号に該当し,商標法46条1項により無効とされるべきことが明らかである。

(2) 確かに,各商標の称呼及び観念が同一であるからといって,必ずしも類似の商標とはいえないが(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁),称呼及び観念が同一であれば,それらがたとえ大雑把で汎用的なものであっても,原則として類似商標と解すべきである。また,本件商標の指定商品又は指定役務においては,多くの者が「キューピー人形」に関連する商標を用いていることから,その細かな差異によって商品や役務の出所を区別しているといった取引の実情も,存在しない。

なお,原告は,訴外会社が本件商標を使用した商品を販売するなどしていることから,本件商標が訴外会社の出所を表示するものとして識別力を獲得する旨主張する。しかしながら,原告提出の証拠(乙44,47,67)は,いずれも,本件商標登録日よりも後のものであるばかりか,商標法4条1項11号における商標の類否判断に当たって考慮することができる取引の実情とは,その指定商品又は指定役務の取引における一般的・恒常的なものであり,判断の対象となっている商標に固有のものではないから,原告の上記主張は,失当である。

(3) ローズ・オニールの名前がキューピーの作者として辞典に記載があるからといって,本件商標の指定商品及び指定役務の取引者及び需要者において,「キューピー」がローズ・オニールの創作によるものとまで知っているとはいい難く,このことは,アンケート調査の結果にも,本件商標からローズ・オニールを想起した回答が見られなかったことから,明らかである(甲46~49)。また,原告が提出した証拠のうち,乙31は,原告の陳述書であるにすぎず,乙58のうち資料55番ないし79番及び乙59ないし63は,いずれも,本件商標登録日よりも後のものである。

また,キューピーを商標登録した会社は,実質的に6社しかなく,昭和初期の古いものや使用実績が不明なものもある。さらに,被告が引用商標の使用を開始した大正15年ころは,「キューピー」の語や図形がパブリックドメインとして公衆に使用が許されたものであると信じても無理からぬ状況にあり,ローズ・オニールの遺産を引き継いだローズ・オニール遺産財団が昭和39年(1964年)に清算手続を終了していることからすれば(甲82),被告が長年の営業努力で培ってきたキューピー関連商標に化体した信用を守るため,多数の商標出願をしてきたことは,無理からぬことである。

3  取消事由3(商標法4条1項15号の適用判断の誤り)について

〔被告の主張〕

(1) 下記アないしオによれば,被告の有する別紙引用商標目録記載の引用商標44及び45を中心とした様々な態様のキューピー商標は,被告の業務に係る商品・役務の商標として極めて周知かつ著名である。

ア 被告は,大正8年に設立され,大正14年に我が国初のマヨネーズの製造を開始して「キユーピー」の文字及び「キューピー人形」からなる商標を付して発売し,昭和32年に社名を「キユーピー株式会社」に変更したもので,その加工食品分野におけるシェアの高さに照らしても,本件商標出願日(平成15年8月20日)前には,「キューピー」といえば直ちにマヨネーズをはじめとする被告又は被告の商品を指称するほどに広く知られるに至っていた(甲52,53)。

イ 被告は,引用商標44については,その指定商品の属する区分を除き,本件商標の指定商品の区分を含む全ての旧商品区分について,また,現行区分では第1類ないし第42類の区分について,出所の混同のおそれがあるものとして防護標章の登録をしているほか,引用商標45についても,その指定商品を除き,多数の商品及び役務について防護標章の登録をしている(甲50,51)。

ウ 引用商標44及び「KEWPIE」の欧文字からなる商標は,「FAMOUS TRADEMARKS IN JAPAN」との書物に日本の著名商標として掲載されている(甲54,55)。

エ 被告は,それぞれ外観が異なる多種多様な「キューピー人形」よりなる商標を所有し,これらの登録商標は,被告により指定商品について使用され,取引者及び需要者に知られている(甲56~67)。

オ 被告は,本件商標出願日前から,本件商標とより類似性の高い「キューピー人形」の頭部のみの商標を,広報誌及びテレホンカード(甲68),広報誌及びホームページ(甲69,73~75,77),「たまごビスケット」及びそのパッケージ(甲70,72,76)及び工場見学の際の看板(甲71)で大々的に使用していたほか,被告の関連会社も,同じ商標を付した「キューピークリアファイル」を販売し(甲78),あるいはラッピングバスでの広告に広く用いた(甲79)。

(2) キューピー人形の顔(頭部)の図形よりなる本件商標と,引用商標44及び45を中心とする被告の各キューピー商標とは,「キューピー」の同一の称呼・観念を有する類似の商標である(前件判決(甲45)参照)。

(3) 被告は,本件審決において無効とならなかった第2指定商品・役務と類似する分野の商品についてもその業務を多角化させており,例えば,第3類の指定商品と類似するとされる化学品の分野(甲87)において,被告の業務は,広く知られるに至っている(甲88~101)。

(4) 以上の(1)ないし(3)の各事実によれば,本件商標は,これを第2指定商品・役務について使用するときは,その商品・役務が被告又は被告の関連会社の業務に係る商品・役務であるかの如く混同を生じさせるおそれがあることが明らかである。

本件審決は,この点について,いくつかの辞書におけるキューピーの項の記載を引用し,それらをもって,「キューピー」あるいは「キューピー人形」の図が一般には「キューピー人形」を想起するとみるのが相当だから,加工食品とは別異の第2指定商品・役務に本件商標を使用しても,被告及び被告の商品又は役務と誤認・混同のおそれはない旨を説示する。

しかるに,「キューピー」あるいは「キューピー人形」の図から,「キューピー人形」に加えて,被告又は被告の商品が想起されることは,何ら矛盾しないばかりか,商標法4条1項15号の適用に当たっては,本件商標の図形を見た場合に「キューピー人形」を想起するか否かよりも,本件商標を商品の出所表示として見た場合にどの営業主体又はどの営業主体の商品を想起するかが重要であるところ,アンケート調査の結果(甲46~49)によれば,本件商標を見せられた者の多数がこの絵を「キューピー(人形)」と回答し(甲46では61.6%,甲49では73.5%),思い浮かべる商品として「マヨネーズ」と回答している(甲46では65.9%,甲49では72.7%)。

また,本件審決は,引用商標44及び45が食品以外の分野の商品では著名性を獲得するに至っていない旨を説示する。しかしながら,商標法4条1項15号で問題となる著名性は,本件商標をその指定商品又は指定役務に使用した場合に出所の混同を生じさせるおそれがあるほどに,ある商品・役務分野で著名か否かであり,引用商標44及び45が上記指定商品又は指定役務で現実の使用による著名性を獲得しているか否かではないから,本件審決の上記説示は,妥当ではない。

したがって,本件商標を第2指定商品・役務に使用すれば,被告又は被告の商品又は役務と誤認し,出所の混同を生じさせるおそれがある。

よって,本件審決は,商標法4条1項15号の適用判断を誤っており,取り消されるべきである。

〔原告の主張〕

(1) 商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標と他人の表示との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品等と他人の業務に係る商品等との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品等の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品等の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。これを本件に当てはめると,次のとおり,本件商標と引用商標44及び45との間には,「混同を生ずるおそれ」が認められない。

ア 前記のとおり,引用商標44及び45並びに他の被告の引用商標と本件商標とでは,取引者及び需要者が最も注目する外観において全く異なり,かつ,称呼及び観念も異なるから,両者の間に類似性は認められない。

イ 前記のとおり,「キューピー」は,ローズ・オニールが創作したもので(乙1,2,5~8,59),我が国ではオリジナル及び類似のキャラクターを指称する一般的な名称となった(乙68~79)。そして,被告のほかにも,「キューピー」を自己の商品,商品名又は会社名として使用している者は,多数存在する(乙12,13,33)。

他方,引用商標44及び45は,被告が独自に図案化した標章をマヨネーズ商品に使用したものであるから,当該標章の図案の範囲において,マヨネーズ等の出所を示す「キューピー・マヨネーズ」の商標として著名性が認められているにすぎず,その著名性は,調味料や,せいぜい食品類に使用される範囲に限られる。

ウ 引用商標44及び45の指定商品は,「調味料,香辛料,食用油脂,乳製品」であるところ,本件商標の指定商品には,これらの商品や食品類が含まれていないから,両者の指定商品又は指定役務の間には,関連性がない。また,被告は,本件商標の指定商品の一部について引用商標を使用して販売しているが,これは,被告のホームページ内で販売されているにすぎず(甲85),これらの商品の取引者及び需要者と本件商標のそれとの間には共通性がないばかりか,被告及び原告以外の者も,同種の商品を販売しているから(乙33),被告が上記のような販売をしたとしても,取引者及び需要者に混同のおそれは生じない。

(2) 被告は,キューピーの商標を大々的に使用してきた旨主張するが,「キューピー」は,ローズ・オニールのキャラクターと共通の特徴を持つキャラクターの名称として広く知られているもので,直ちにマヨネーズをはじめとする被告の商品等を指称するという事実はないし,被告の取扱商品と本件商標の指定商品とは,取引者,需要者及び流通過程を異にするから,混同のおそれはない。

また,「キューピー」キャラクターは,被告とは無関係に全世界的に著名であるから,被告に食品分野以外の分野でも排他的支配権を認めるべきではなく,したがって,被告の防護商標は,無効というべきである。そして,防護標章登録の制度に照らせば,引用商標44及び45がその指定商品又は指定役務についてまで著名であることを根拠付けるものではない。

さらに,被告の主張する業務の多角化は,食品関係と関連する化学物質に関するものであるにすぎず,当該業務における商品の取引者,需要者及び流通過程は,本件商品の指定商品及び指定役務のそれらと異なる。

(3) 被告のアンケート調査は,第1問で「キューピー」と回答した者が自己の回答から連想して,第2問に「キューピーマヨネーズ」と回答するようになっており,信用性がない。また,このアンケート調査の結果によっても,本件商標と同じ図形を示しても,「キューピーマヨネーズのマーク」と回答した者は,5.8%であり,「被告のマーク」と回答した者は,2.1%であることなどから(甲46),本件商標は,直ちに被告を想起させるものではなく,実際上,本件商標と引用商標との間に誤認混同は生じていない。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

証拠に弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができる。

(1)  米国人女流画家ローズ・オニールは,明治42年(1909年)12月,米国の雑誌「レディース・ホーム・ジャーナル」誌のクリスマス特集号に,自作の詩とともに可愛く戯れる新しいキャラクターの一群を描いたイラストを発表し,そのキャラクターに,「キューピー(KEWPIE)」という名を付けた(乙1,2,5,44,58,59,64,65)。

このキャラクターの際立った特徴は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽が生えたふくよかな裸体の姿をしていることであった。

ローズ・オニールは,明治43年(1910年)9月,米国の雑誌「ウーマンズ・ホーム・コンパニオン」誌にてキューピーを主人公とした絵物語の連載を開始したが,キューピーのキャラクターは,明治45年ないし大正元年(1912年)から,その人形の製造が開始されたこともあり,世界各国で高い人気を博するようになった(乙1,2,6~8,9,44,58,59,65)。

なお,ローズ・オニールは,キューピー創作前にウィルソン姓の男性との間に離婚歴があったが,昭和19年(1944年)4月6日,死去したため,米国ミズーリ州テイニー郡検認裁判所は,昭和39年(1964年)1月16日,ローズ・オニールの遺産をその法定相続人に分配する裁判を行った(甲82,乙1)。

(2)  キューピーのキャラクターは,我が国においても,大正2年には人形の製造が開始されて絶大な人気を得るようになり,昭和期に入ってからも,前記キューピーの特徴を備えたキャラクターを題材としたイラストや漫画は,各種の媒体で広く用いられるようになった(乙1,2,9,43,58,59,64,65,68~70)。

Aは,大正8年,被告(当時の商号は,食品工業株式会社)を創業したが,大正11年4月1日,指定商品を「醤油,ソース,ケチャップ,酢類一切」として,引用商標29とほぼ同一の標章を商標出願し,同年10月27日,商標登録を得た。そして,被告は,大正14年3月,マヨネーズの販売を開始したが,それ以来現在に至るまで,一貫して前記キューピーの特徴を備えたキャラクターをマヨネーズを含む被告の商品の広告等に使用しており,昭和32年には商号を「キユーピー株式会社」に改めたほか,引用商標を含めて,同様の特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を有する商標を多数登録している。そして,引用商標は,被告及びその関連会社によって,一部の指定商品において使用されている(甲2~44,50~52,56~79,85,86,102,乙2,49~57)。

被告は,本件商標の出願日(平成15年8月20日)及び登録査定日(同年12月25日)当時,マヨネーズを中心とする調味料や加工食品の分野において我が国で高い市場占有率を誇っていたほか,そのころ,経済紙や業界紙において,医薬品や化粧品の原材料となる化学物質を増産する予定である旨が報じられていた(甲53,88~100)。

(3)  もっとも,我が国では,前記のとおり大正期からキューピーのキャラクターに人気があったことから,被告のほかにも,証拠上明確に確認できる範囲内でも,東洋製缶(乙2),日魯漁業(乙2),荒牧運輸株式会社(乙12,13),株式会社日本興業銀行(現在,株式会社みずほコーポレート銀行)(乙14,17,22,24,25),牛乳石鹸共進社株式会社(旧称共進社油脂工業株式会社)(乙15,16,18,20,21,26。指定商品には,せっけん類,歯みがき,化粧品及び香料類が含まれており,乙18を除き,いずれも本件商標の出願日及び登録査定日当時に商標登録されていた。),開東株式会社(乙19),株式会社興銀情報開発センター(現在,みずほ情報総研株式会社)(乙23),株式会社田村駒商店(乙27),日本臓器製薬株式会社(乙28~30),輸出食品株式会社(乙48,65)及び中西株式会社(乙65)が前記キューピーの特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を含む商標を登録するなどして,その事業の広告等に使用してきたほか,前記キューピーの特徴を備えたキャラクターは,平成期に入ってからも,人形その他の媒体で被告及び原告以外の者によっても広く用いられている。また,原告が代表取締役を務める訴外会社も,平成12年ころから,本件商標と同一又は類似する標章を付した商品の販売を開始したが,アンケート調査によって本件商標に接した極めて多数の者は,本件商標を「キューピー」と回答した。なお,上記アンケート調査によれば,本件商標から連想する商品として,多数の者が被告の主たる商品であるマヨネーズを挙げる一方,被告以外の業者が扱っている商品に対する言及は,極めて少なく,また,本件商標から「キューピーマヨネーズのマーク」又は「被告のマーク」と回答した者も,極めて少なかった(甲46~49,108,乙2,13,14,33,43,58,59,67。なお,甲46~49のアンケート調査の実施方法が不適切ではなかったことについて,甲108参照)。

このように,キューピーのキャラクターは,被告を含む複数の企業が広告等に使用し続けるなどしてきたため,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国において周知となっていた。

他方,ローズ・オニールについては,キューピーの作者として書籍や雑誌などで紹介されることもあり,原告も,新聞記事や雑誌記事,あるいはローズ・オニール原作のキューピーを主人公とする絵物語(日本語版)の監修等を通じてその旨を伝えるなどしていた。しかしながら,ローズ・オニールの名前は,キューピーの作者として辞書類には記載されていないもの(「新言海」(乙34))もあるばかりか,記載があっても離婚前のウィルソン姓で記載しているもの(「広辞林」第6版(乙37))もあり,キューピー愛好家による著作(乙1。平成4年3月1日刊行)にも,「キューピーが初めて日本にお目見得し,あっというまに国民的に普及してからでも原作者ローズ・オニールの存在はもとより,名前すら全くといってよいほど伝えられなかった。“はじめにキューピーありき”とでもいうか,かなりのキューピー愛好家でさえローズ・オニールに関しては無知にひとしかったといえるだろう。」との記載があることからも明らかなように,本件商標の出願日及び登録査定日当時,キューピーの作者として広く知られているとは到底いえなかった(甲46~49,乙1,7,8,34,37,58,64)。

以上のようなキューピーのキャラクターの周知性と,ローズ・オニールの名前が広く知られているとはいえなかったことを併せ考えると,本件の全証拠によっても,本件商標の指定商品及び指定役務の取引分野においても,例えば,商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか,あるいは逆に,「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情を認めるには足りない。

(4)  原告は,かねてより我が国のおもちゃを収集し,京都市内に「想い出博物館」を開館してこれらを展示していたものであるが,平成5年5月20日,訴外会社を設立して代表取締役に就任し(当時の会社名は,「ローズオニールキューピージャパン」であった。),平成6年ころから,「日本キューピークラブ」,「日本ローズオニール協会」の会長となって機関誌を発行するほか,前記のようにキューピーについて新聞や雑誌に記事を掲載し,あるいはローズ・オニール原作のキューピーを主人公とする絵物語(日本語版)の監修をするなどして,ローズ・オニールの顕彰活動を行っていた(乙7,8,31,43,58,65)。

そして,原告は,平成10年5月1日になってから,ローズ・オニールの末裔であり,米国ミズーリ州タニー郡巡回裁判所により同人の遺産財団の管財人に改めて選任されたBから,我が国におけるローズ・オニールの著作権を取得した。東京高等裁判所平成11年(ネ)第6345号同13年5月30日判決は,被告との間で,原告が前記キューピーの特徴を備えたある種の人形について著作権を有することを確認した(乙10,11,31,32,41~43,45。なお,原告が取得した上記著作権は,平成17年5月6日,保護期間が満了したものと解される。)。

原告は,上記著作権取得後も,キューピーを主人公とする絵物語の監修その他の活動を続け,平成15年8月20日,本件商標を出願し,同年12月25日,登録査定を受け,平成16年2月13日,商標登録を得たほか,現在に至るまで,前記キューピーの特徴を備えたキャラクター又は「キューピー」との称呼を含む多数の商標(本件商標を含む。)の登録を得ているほか,訴外会社の代表取締役として,前記キューピーの特徴を備えたキャラクターグッズ等を販売するなどしている(甲1,乙44,46,47,58,65,67)。

2  取消事由1-1(不使用取消制度の潜脱(権利濫用)についての判断の誤り)について

(1)  原告は,被告には引用商標の使用実績も使用意思もないのに,ほぼ同一の標章で,ほぼ同一の商品又は役務を指定した商標出願を繰り返すことで,不使用取消制度を潜脱しているから,このような引用商標に基づいて本件商標の無効審判を請求することが商標権の濫用に当たる旨を主張する。

(2)  しかしながら,前記認定のとおり,被告又はその関連会社は,一部とはいえ引用商標をその商品に使用しており,被告に引用商標の使用意思がないと認めるには足りず,また,商標権者による出願については商標法4条1項11号が適用されないことは,その文理から明らかであるから,被告が同一又は類似の商標を同一又は類似の商品又は役務について登録しているからといって,直ちに引用商標に基づく無効審判請求が商標権の濫用になるものでもない。

よって,原告の前記主張は,採用できない。

3  取消事由1-2(商標法29条についての判断の誤り)について

(1)  原告は,引用商標と原告が取得した著作権とが抵触することを前提として,商標法29条により被告が引用商標に基づき本件商標の無効審判を請求することができない旨を主張する。

(2)  しかしながら,商標法29条にいう「使用」は,同法2条3項に列挙されているものに限定されると解されるところ,ここには,無効審判の請求は挙げられていない。

したがって,原告の前記主張は,それ自体失当といわざるを得ない。

4  取消事由1-3(公正な法秩序の阻害(権利濫用)についての判断の誤り)について

(1)  原告は,知的財産法秩序を無視しキューピーの著名性を利用して商標登録を受けた被告が,同秩序を尊重し著作権との抵触を解消して本件商標の登録を受けた原告に対してその無効審判の請求をすることが,権利濫用に当たる旨を主張する。

(2)  しかしながら,前記認定のとおり,我が国においては,キューピーのキャラクターが大正期以来長年にわたって高い人気を博してきた一方,他方において,その作者であるローズ・オニールの名前がキューピーの作者として広く知られているとは到底いえなかったばかりか,複数の企業や個人(著作権取得以前の原告及び訴外会社を含む。)がキューピーのキャラクターを各種の媒体で広く使用し続けてきたという実情があることに加えて,現時点では,既に原告の上記著作権の保護期間が満了していると解されることも併せ考えると,引用商標に基づく無効審判請求が商標権の濫用になるものではないというべきである。

よって,原告の前記主張は,採用できない。

5  取消事由2(商標法4条1項11号の適用判断の誤り)について

(1)  商標法4条1項11号に係る商標の類否は,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものである(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁)。

(2)  本件商標の外観は,頭髪と思しきものが主として頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき小さな羽が生えたふくよかな幼児の主として頭部を描いた図形であって,その特徴は,前記のとおり我が国において周知となっていたキューピーのキャラクターが備える特徴と符合する。したがって,本件商標に接した取引者及び需要者が本件商標に係る図形を「キューピー」と認識する結果,本件商標からは,「キューピー」の称呼が生ずるとともに,前記の特徴を備えた「キューピー」との観念が生ずることが明らかである。

他方,引用商標1ないし8は,「キューピー」の片仮名文字を横書きにして,その下部に,頭髪と思しきものが頭頂部のみにあり,しかもその部分が尖っており,目がパッチリと大きく,背中には天使の翼と思しき一対の小さな羽のようなものが生えており,全体がふくよかな裸体の幼児の人形の図形を配し,更にその下部に「KEWPIE」との欧文字を横書きにしたものである。また,引用商標9は,引用商標1ないし8にあっては下部に配置されていた「KEWPIE」との横書きの欧文字を「キューピー」との横書きの片仮名文字の上部に配したものであり,引用商標10ないし13は,引用商標1ないし8にあっては上部に配置されていた「キューピー」との横書きの片仮名文字を「KEWPIE」との横書きの欧文字の下に配したものであり,引用商標29は,引用商標1ないし8の「キューピー」との横書きの片仮名と「KEWPIE」との横書きの欧文字の配置を交換したものである。そして,これらの片仮名文字及び欧文字からは,いずれも「キューピー」との称呼が生ずるほか,人形の図形の外観も,前記のとおり我が国において周知となっていたキューピーのキャラクターが備える特徴と一致しているから,引用商標1ないし13及び29に接した取引者及び需要者において,これらの商標からは「キューピー」との称呼が生ずるとともに,前記特徴を備えた「キューピー」との観念が生ずることが明らかである。

同様に,「キューピー」との片仮名文字を横書きにした下部に上記人形の図形を配した引用商標27も,その外観から「キューピー」との称呼が生ずるとともに,前記の特徴を備えた「キューピー」との観念が生ずることが明らかである。

そして,引用商標14ないし21は,「キューピー」との片仮名文字を横書きにしたものであり,引用商標30は,「KEWPIE」との欧文字を横書きにしたものであるから,いずれも「キューピー」との称呼を生ずるほか,前記認定に係るわが国におけるキューピーのキャラクターの周知性にかんがみると,この称呼からは,併せて前記特徴を備えた「キューピー」との観念が生ずることが明らかである。

また,引用商標22ないし26は,上記人形の図形であり,引用商標31は,上記人形と同様の特徴を備えた人形の写真であり,引用商標32ないし43は,上記人形と同様の特徴を備えた人形の立体商標であるところ,これらの人形の外観が備える特徴によれば,これらの商標からは「キューピー」の称呼が生ずるとともに,前記特徴を備えた「キューピー」との観念が生ずることが明らかである。

したがって,本件商標及び引用商標からは,いずれも,「キューピー」の称呼が生ずるとともに,前記特徴を備えた「キューピー」の観念が生ずる。

(3)  以上に対して,原告は,図形商標の類否判断に当たって,①称呼及び観念を検討することなく,図形自体の同一性及び類似性のみで判断する手法,②図形から特定の称呼及び観念が生ずることを否定する手法が採用されるべきである旨を主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,キューピーのキャラクターは,我が国において大正期以来長年にわたり各種の媒体で使用され,被告を含む複数の企業がこれを広告等で広く使用してきた結果,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国で周知となっていたから,その特徴を備える図形を用いた本件商標,引用商標1ないし13,22ないし29及び31ないし43について,「キューピー」との称呼及び観念が生ずることはごく自然であり,類否判断に当たってこの点を等閑視することはできない。

よって,原告の上記主張は,採用できない。

(4)  次に,原告は,図形商標の類否判断に当たっては図形から生じる称呼及び観念をより特定すべきであり,引用商標1ないし13,22ないし29及び31ないし43で用いられている人形の図形について,ローズ・オニールらが創作した全てのイラスト及び人形を称する一般的な称呼及び観念である「キューピー」ではなく,「立ち姿のキューピー」又は「キューピー・マヨネーズのキューピー」との称呼及び観念が生ずる一方,本件商標からは,「顔のキューピー」又は「ローズ・オニール・キューピー」との称呼及び観念が生ずるし,現に,訴外会社が本件商標を使用して多数の商品を販売している旨を主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,キューピーのキャラクターは,本件商標の出願日及び登録査定日当時,我が国で周知となっていたものの,本件の全証拠によっても,「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情を認めるには足りず,したがって,上記各引用商標で用いられている人形の図形について,前記の特徴を備えた「キューピー」とはことさらに異なった,特定のキューピーについての観念が生ずるとまでは認め難い。これに加えて,前記認定のとおり,ローズ・オニールが我が国においてキューピーの作者として広く知られているとは到底いえなかったことや,原告によるローズ・オニールの顕彰活動の開始から本件商標出願まで約10年しか経過していないことに加えて,本件商標に接した極めて多数の者がこれを「キューピー」と回答し,本件商標から連想する商品として,多数の者が被告の主たる商品であるマヨネーズを挙げていること(甲46~49,108)を併せ考えると,訴外会社が本件商標を使用していたとしても,本件商標についても,「顔のキューピー」又は「ローズ・オニール・キューピー」といった特定の称呼及び観念が生ずるとまでは認め難い。

よって,原告の上記主張は,採用できない。

(5)  さらに,原告は,キューピーが被告の商品の出所を示す自他識別機能を有しておらず,出所表示機能を有するとしてもせいぜい食品に使用される場合に限られるから,原告が訴外会社の商品に本件商標を使用しても誤認混同のおそれはない旨を主張する。

しかしながら,前記のとおり,本件商標及び引用商標からは,いずれも,「キューピー」の称呼が生ずるとともに,前記特徴を備えた「キューピー」の観念が生ずるところ,前記認定のとおり,本件の全証拠によっても,本件商標の指定商品及び指定役務の取引分野において,例えば,商標以外の目印によって出所を識別して取引が行われているとか,あるいは逆に,「キューピー」の外観の微妙な相違により出所を識別して取引が行われているなどの取引の実情を認めるには足りない。むしろ,被告が長年にわたって「キユーピー株式会社」との商号を使用してきたことも併せ考えると,本件商標が引用商標の指定商品及び指定役務と同一又は類似するものについて使用された場合,その取引の実情を考慮しても,商品及び役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれを否定できない。

よって,原告の上記主張は,採用できない。

(6)  以上を前提として,本件商標の指定商品及び指定役務と引用商標の指定商品及び指定役務との同一性及び類似性について検討する。

ア 第3類について

本件商標の第3類の指定商品のうち,塗料用剥離剤,靴クリーム,つや出し剤,研磨紙,研磨布,研磨用砂,人造軽石,つや出し紙,つや出し布,つけづめ及びつけまつ毛は,引用商標1の指定商品と同一である。また,本件商標の第3類の指定商品のうち,つけまつ毛用接着剤は,上記つけまつ毛と類似するから,つけまつ毛用接着剤と類似するかつら装着用接着剤,洗濯用でん粉のり及び洗濯用ふのりも,やはり引用商標1の指定商品と類似する。

他方,本件商標の第3類の指定商品のうち,家庭用帯電防止剤,家庭用脱脂剤,さび除去剤,染み抜きベンジン,洗濯用柔軟剤,せっけん類,歯磨き,化粧品,香料類及び洗濯用漂白剤は,引用商標の指定商品とはいずれも同一ではないし,また,類似もしない。

イ 第9類について

本件商標の第9類の指定商品のうち,耳栓,業務用テレビゲーム機,運動用保護ヘルメット及び電子出版物を除く各商品は,いずれも,引用商標2,10,14,15及び22の指定商品と同一である。また,上記商品のうち,耳栓は,潜水用機械器具等と,業務用テレビゲーム機は,家庭用テレビゲームおもちゃ等と,運動用保護ヘルメットは,保安用ヘルメット等と,電子出版物は,録画済みビデオディスク及びビデオテープ等と,それぞれ類似する。

ウ 第16類について

本件商標の第16類の指定商品のうち,電気式鉛筆削り及び印刷したくじ(おもちゃを除く。)を除く各商品は,いずれも,引用商標3及び32の指定商品と同一である。また,上記商品のうち,電気式鉛筆削りは,文房具類と類似する。

他方,印刷したくじ(おもちゃを除く。)は,引用商標の指定商品とはいずれも同一ではないし,また,類似もしない。

エ 第18類について

本件商標の第18類の指定商品のうち,皮革製包装用容器を除く各商品は,いずれも,引用商標4,9及び33の指定商品と同一である。

他方,皮革製包装用容器は,引用商標の指定商品とはいずれも同一ではないし,また,類似もしない。

オ 第20類について

本件商標の第20類の指定商品は,いずれも,引用商標5,11,15及び34の指定商品と同一である。

カ 第21類について

本件商標の第21類の指定商品のうち,デンタルフロスを除く各商品は,いずれも,引用商標6,12及び35の指定商品と同一である。

他方,デンタルフロスは,引用商標の指定商品とはいずれも同一ではないし,また,類似もしない。

キ 第24類について

本件商標の第24類の指定商品は,いずれも,引用商標7,13及び36の指定商品と同一である。

ク 第41類について

本件商標の第41類の指定役務のうち,献体に関する情報の提供,献体の手配,電子出版物の提供,書籍の制作,スポーツの興行の企画・運営又は開催,興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。),運動用具の貸与及び書画の貸与を除く各役務は,いずれも,引用商標8,23,37及び38の指定役務と同一である。また,上記役務のうち,献体に関する情報の提供及び献体の手配は,葬儀の執行等と,電子出版物の提供は,図書及び記録の閲覧等と,スポーツの興行の企画等は,ゴルフ及び相撲の興行の企画等と,運動用具の貸与は,スキー用具の貸与等と,書画の貸与は,絵画の貸与等と,それぞれ同一であるか,又は類似する。

他方,書籍の制作及び興行の企画・運営又は開催(映画・演芸・演劇・音楽の演奏の興行及びスポーツ・競馬・競輪・競艇・小型自動車競走の興行に関するものを除く。)は,引用商標の指定役務とはいずれも同一ではないし,また,類似もしない。

(7)  以上によれば,本件商標と引用商標とは類似し,本件商標の指定商品又は指定役務のうち,第1指定商品・役務は,いずれも引用商標の指定商品又は指定役務と同一であるか,又は類似する。

したがって,第1指定商品・役務についての本件商標の登録を商標法4条1項11号に基づいて取り消した本件審決に誤りはない。

6  取消事由3(商標法4条1項15号の適用判断の誤り)について

(1)  商標法4条1項15号にいう「混同を生ずるおそれ」の有無は,当該商標(本件商標)と他人の表示(引用商標44及び45)との類似性の程度,他人の表示の周知著名性及び独創性の程度や,当該商標の指定商品及び指定役務と他人の業務に係る商品又は役務との間の性質,用途又は目的における関連性の程度並びに商品又は役務の取引者及び需要者の共通性その他取引の実情などに照らし,当該商標の指定商品及び指定役務の取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として,総合的に判断されるべきである(最高裁平成10年(行ヒ)第85号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54巻6号1848頁)。

(2)  引用商標44は,引用商標1ないし13及び22ないし27で用いられている人形の図形であり,引用商標45は,「キューピー」との片仮名文字を横書きしたものであって,前記のとおり,これらからは,本件商標と同様に「キューピー」との称呼及び観念が生じる。また,前記認定のとおり,キューピーのキャラクターは,我が国において周知であったが,その周知性に照らすと,引用商標(引用商標44及び45を含む。)の独創性は,さほど大きなものではない。

また,被告が高い市場占有率を誇っているのは,マヨネーズを中心とする調味料を含む加工食品の分野であるところ,例えばアンケート調査によって本件商標に接した者の多数が,「キューピー」との称呼及び観念を生ずる本件商標から連想する商品として,被告の主たる商品であるマヨネーズを挙げる一方,被告以外の業者が扱っている商品に対する言及は,極めて少なかった。さらに,我が国においては,被告及び原告以外の複数の企業がキューピーのキャラクターを広告等に使用し続けてきたこと(例えば,前記認定のとおり,牛乳石鹸共進社株式会社は,本件商標の出願日及び登録査定日当時,前記キューピーの特徴を備えたキャラクターを商標登録しており,第2指定商品・役務に含まれるせっけん類,歯みがき,化粧品及び香料類を指定商品としていた。)も併せ考えると,引用商標44及び45が,いずれも調味料を含む加工食品の分野においては被告又はその関連会社の業務に関するものとして著名であるとはいえるものの,他の分野では必ずしもそのようにいえず,本件商標の指定商品及び指定役務のうち,第2指定商品・役務は,いずれも調味料を含む加工食品とは関連性が乏しく,その取引者及び需要者の共通性も低いものというほかない。したがって,原告が本件商標をこれらの商品又は役務に使用した場合には,取引者及び需要者において普通に払われる注意力を基準として総合的に考察した場合,被告又はその関連会社の商品又は役務と混同を生ずるおそれがあるとまで認めるに足りない。

(3)  被告は,引用商標の著名性の根拠として,我が国の著名商標として紹介されていることや,他に「キューピー」のキャラクターを使用した登録商標を多数有していることのほか,引用商標44及び45が広範な商品及び役務について防護標章の登録をしている旨を挙げる。しかしながら,それらの事実があるからといって,これらの商標が調味料を含む加工食品以外の分野でも混同を生ずるおそれがあるほどに著名であるとまでいうことはできない。

また,被告は,被告が事業の多角化を図っており,第3類の指定商品と類似する化学品の分野にも進出している旨を主張する。しかしながら,本件商標の出願日及び登録査定日当時,経済紙や業界紙において,被告が医薬品や化粧品の原材料となる化学物質を増産する予定である旨が報じられていたとしても,一般の取引者及び需要者において,被告が医薬品や化学品の製造者として広く認知されていたとまでは認められない。

以上から,被告の上記主張は,いずれも採用できず,したがって,商標法4条1項15号に該当しないとして,本件商標の指定商品又は役務のうち,第2指定使用品・役務について登録を取り消すことはできないとした本件審決に誤りはない。

7  結論

以上の次第であるから,原告及び被告の請求は,それぞれの主張する取消事由に理由がなく,いずれも棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 井上泰人)

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