知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10094号 判決 2010年8月19日
原告
リテイル ロイヤルティー カンパニー
同訴訟代理人弁理士
志賀正武
同
渡邊隆
同
村山靖彦
同
高柴忠夫
同
実広信哉
同
鈴木博久
同
小暮理恵子
被告
特許庁長官
同指定代理人
瀧本佐代子
同
内山進
同
田村正明
主文
1 特許庁が不服2009-4620号事件について平成21年11月12日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨。
第2事案の概要
本件は,原告が名称を「AERIE」(標準文字)とする商標(別紙1記載のとおり。以下「本願商標」という。)につき出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
争点は,本願商標が,別紙2記載の各商標(以下「引用商標」と総称する。)と類似するか否かである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成19年1月22日,本願商標につき出願した(甲4。優先権主張2005年8月19日 アメリカ合衆国)が,特許庁は,平成20年11月27日付け(起案日)で拒絶査定をした(甲6)。
原告は,平成21年3月3日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をした(甲7の1)。
特許庁は,上記審判請求を不服2009-4620号事件として審理し,同年11月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 本願商標の内容
本願商標は,別紙1記載のとおり,「AERIE」の欧文字よりなる商標であり,指定商品を第3類「ひげそり用クリーム,ひげそり用ローション,非薬用リップクリーム,リップグロス,口紅,バスオイル,ボディパウダー,バスソルト,パック用化粧料,ボディクリーム,バブルバス,スキンクリーム,身体防臭用化粧品,マニキュア,メーキャップ化粧品,アイメイク用化粧品,マッサージオイル,おしろい,スキンローション,皮膚用せっけん,日焼け止め用化粧品,香水類,コロン,香料類」とするものである(甲4参照)。
3 審決の内容
審決は,次のとおり,本願商標は登録第821437号商標(甲1。以下「引用商標1」という。)及び登録第2706159号商標(甲2。以下「引用商標2」という。)と類似し,かつ,引用商標に係る指定商品と同一又は類似の商品について使用をするものであるから,商標法4条1項11号の規定により登録を受けることができないとした。
(1) 引用商標1及び2と本願商標との類似性
「本願商標は,・・・『AERIE』の欧文字を標準文字で表してなるところ,該文字は,『高所にある猛禽類の巣』程の意味を有する英語であるものの,請求人も主張するように,ネイティブスピーカーでさえ使用することが稀な難度の高い英単語であることからすると,これに接する取引者,需要者が,これを前記意味を有する語であると理解するというよりは,むしろ,一種の造語と認識すると判断するのが相当である。
さらに,本願商標は,『aerobics』をエアロビクス,『aerosol』をエアゾールなどの読みに倣い,その構成文字に相応して,『エアリ』,又は請求人も認めているように『エアリー』の称呼をも生じるものである。
一方,引用商標1及び2は,・・・『エアリー』の片仮名文字を横書きしてなることから,これより『エアリー』の称呼を生じること明らかであり,かつ,特定の意味合いを有しない一種の造語と判断するのが相当である。
そこで,本願商標から生ずる『エアリ』又は『エアリー』の称呼と引用商標1及び2から生ずる『エアリー』の称呼についてみるに,両称呼は,『エアリー』の称呼を共通にし,また,『エアリ』の称呼と『エアリー』の称呼の差異は,明瞭に聴取され難い語尾における長音の有無という微差にすぎないことから,該差異音が称呼全体に及ぼす影響は決して大きいものとはいえず,両称呼をそれぞれ一連に称呼した場合には,全体としての語調,語感が近似し,互いに聞き誤るおそれがあるものといわなければならない。
してみれば,本願商標と引用商標1及び2とは,外観において相違し,観念においては,いずれも造語であることから比較し得ないものの,称呼においては,『エアリー』の称呼を共通にする又は『エアリ』の称呼と『エアリー』の称呼とが類似するものであることから,全体として相紛れるおそれのある類似する商標というべきであり,また,本願商標の指定商品は引用商標1及び2の指定商品と同一又は類似の商品を含むものである。
したがって,本願商標は,引用商標1及び2に類似する商標であり,かつ,引用商標に係る指定商品と同一又は類似の商品について使用をするものであるから,商標法4条1項11号に該当すると判断するのが相当である。」
(2) 請求人(原告)の主張について
「請求人は,過去に登録された事例を挙げて本願商標も登録されるべきである旨,主張するが,商標の類否の判断においては,過去の審査例等の一部の判断に拘束されることなく,個別,具体的に検討されるべきところ,本願商標と引用商標1及び2とが類似するものであること,前記認定のとおりであるから,請求人の主張を採用することはできない。」
第3原告主張の要旨
審決は,次のとおり,本願商標と引用商標1及び2の類否判断を誤ったものである。
1 本願商標の認定について
(1) 本願商標からは,「アエリー」,「アエリエ」,「アエリ」といった称呼が生じる可能性が高いものと考えられる。
用語「AERIE」は,「崖か山地にある鳥,特にワシや猛禽類の巣」を意味する英語の名詞であり,その意味からも推し量ることができるとおり,英語のネイティブスピーカーですら日常では使用することがまれな,又は使用する必要のない難度の高い用語であるといえる。
そのため,多くの需要者は,本願商標「AERIE」を造語と認識するものと考えられるが,その場合,英語風の読み方よりもローマ字読みがされる可能性が高いと考えられる。つまり,本願商標「AERIE」が何らかの言語に属する言葉ではなく,どの言語にも属しない造語と考えられる場合,読み方のルールが不明なため,欧文字の文字列を一字ずつ辿ってローマ字読みする傾向が強いと考えられるためである。
片仮名用語「エアロビクス」や「エアロゾル」が知られているとしても,元の英単語がその正確な綴りとともに広く知られているとは考えられず,「AERIE」という大文字で書された欧文字からなる本願商標に接した際に,これらの用語の元の英語の綴りを即座に思い浮かべることのできる需要者は少ないものと考えられる。
確かに,「aerobics」と「エアロビクス」,「aerosol」と「エアロゾル」を両方記した宣伝広告等はあるものの,乙2の1ないし4のように,併記されていても,片仮名文字の方が欧文字より目立つ形で表されていることが多い上,通常の日本人としては,欧文字よりも片仮名文字の方により注意を惹かれるのが普通であり,英単語「aerobics」「aerosol」とその発音の認識度はそれほど高くはないと考えられる。
「エア」の音に対応する英語の用語としてはむしろ,「air(空気)」や「airplane(航空機)」等が親しまれているところであり,需要者の多くは,「エアロビクス」等の「エア」の英語の綴りが「air」ではなく「ae」であるとすぐに思い出せるほどに認識してはいないと思われるからである。
実際に,原告が属する企業グループの中核にある企業であるアメリカン・イーグル・アウトフィッターズ・インコーポレイテッド社(以下「アメリカンイーグル社」という。)の商品を米国から輸入販売している企業のウェブサイトにおいても,本願商標「AERIE」を「アエリー」と表記している例が多数見受けられる。
したがって,本願商標「AERIE」からは自然に「アエリー」「アエリエ」「アエリ」の称呼が生ずる可能性が高いと考えられる。
また,仮に,本願商標につき,「エアリ」又は「エアリー」の称呼が生ずるとしても,総合的に観察すれば,引用商標とは非類似である。
(2) なお,文字商標「AMERICAN EAGLE」は,グループ企業であるアメリカンイーグル社の商号の一部から選択された商標であり,商品販売や広告宣伝の際に,ハウスマークとして広く使用されている。本願商標「AERIE(ワシや猛禽類の巣)」は,アメリカンイーグル社の社名や同社商標に含まれる用語や図形の「EAGLE(ワシ)」と,しゃれで掛けられたものであり,用語「AERIE」が指す意味を知る人であれば,この言葉遊びに気付いて,本願商標に関する印象や記憶を強めるものと考えられる。
もっとも,前記(1)のとおり,英語の用語「AERIE」は,英語のネイティブスピーカーでさえ使用することが稀な難度の高いものであるため,本願商標に接する取引者,需要者の多くは,上記のような意味を有する用語であると理解するよりも,むしろ一種の造語として認識するものと考えられる。
2 引用商標1及び2の認定について
(1) 引用商標1も2も,いずれも「エアリー」の片仮名文字を横書きにしてなるものであり,その構成より,いずれも「エアリー」の称呼を自然に生じるものである。
(2) 引用商標1及び2からは,特定の意味合いが看取されるものと解される。
すなわち,ヘアケア商品や,化粧品の使用感や効果を感じさせる言葉として,最近では,しばしば用語「エアリー」を含む言葉が使用されている。「エアリー」を含む用語の使用例をみると,例えば,髪用ワックスについて「ふんわり,やわらか空気感」,洗顔フォームについて「ふわっふわ(泡)」,ファンデーションについて「空気感のある軽やかさ」といった表現とともに用いられている。
ファッションの分野では,「エアリーな髪型」,「エアリーボブ」,「エアリーカール」,「エアリーパーマ」など髪型に関する表現への使用や,「エアリー感のあるチュニック」,「軽やかなエアリー感(ストール)」など洋服に関する表現への使用が数多く見受けられる(甲10)。
確かに,用語「エアリー」が用いられる表現は様々であるが,「エアリー」と表現された対象物が「空気のように軽やか」である,又は対象物の効果が「空気のように軽やかな状態を生み出す」という共通した意味合いは十分に把握できる。
用語「エアリー」を含む言葉は,本願商標と引用商標1及び2の指定商品に係る化粧品を含む美容やファッションの分野で広く使用され,親しまれているといえる。そして,化粧品,ファッションの分野では,それらを紹介,発信する雑誌やインターネットなどの媒体において新しい用語が早いサイクルで生み出され,瞬く間に広がっていく状況にある。そのため,平成17年発行の辞典(乙7,8)に記載がなくとも,一般には広く使用されている用語は,「エアリー」を含め,多数あると考えられる。また,「大きな字のカタカナ新語辞典」(乙9)や「現代用語の基礎知識」(乙10)も,ビジネスや報道で使用される新語をターゲットとしているため,用語「エアリー」が我が国で親しまれているかを測るバロメータとしては適当ではない。
以上により,片仮名文字「エアリー」は,需要者,取引者において「風通しのよい,空気のような,軽やかな」を表す英語の形容詞「airy」の音訳であると容易に理解されると考えられる。
すなわち,「空気,大気」を意味する「air」という基礎的な英単語が親しまれており,また英語において語尾に「y」が付く場合には名詞が形容詞化することがよく知られているため,片仮名用語「エアリー」を「air」と結びついたイメージで「空気のように軽やかな」の意味合いが感覚的に把握されると思料される。
したがって,引用商標1及び2「エアリー」は,特定の意味合いを有しない一種の造語ではなく,需要者,取引者において「空気のように軽やかな」程度の観念を生ずるものと考えられる。
(3) 原告とそのグループ企業は,化粧品及びせっけん類について,米国やカナダなど各国の直営店舗や,自社ウェブサイトを通じて販売している(甲12)。また,引用商標1の商標権者も,平成16年ころまでは自社ウェブサイトを通じて化粧品販売を行っており,現在は継続して同社商品を使用する顧客への直販を行っている様子である。
これにより,需要者が本願商標及び引用商標1に接するのは,実際に店頭で商品を見たり,商標がウェブサイト上で表示されたり,又は既に使用している商品のパッケージを見たりといった,視覚を通じての場合がほとんどと考えられる。
3 本願商標と引用商標1及び2の類否について
(1) 本願商標「AERIE」は標準文字で構成され,5つの欧文字「A」「E」「R」「I」「E」の綴りからなる商標である。観念については,英語の用語「AERIE」により「崖か山地にある鳥,特にワシや猛禽類の巣」の意味合いが生じるが,同用語は親しまれていないため,一般には特定の意味を有しない一種の造語として認識されるものと解される。
そして,本願商標からは自然に「アエリー」「アエリア」「アエリ」の称呼が生ずる可能性が高いと考えられる。もっとも,英語読み風の称呼「エアリ」「エアリー」を生ずる需要者,取引者においても,「ae」の綴りを「エア」と同時に「アエ」とも認識する可能性が高いと解され,ローマ字読み風の称呼「アエリ」,「アエリア」,「アエリー」の称呼をも自然に生ずるものと思料される。
一方,引用商標「エアリー」は,片仮名文字「エアリー」を横書きに構成した商標であり,自然に「エアリー」の称呼が生ずる。観念については,特に指定商品の分野に関連して「空気のように軽やかな」ほどの意味合いが理解,認識されるものと解される。
対比すると,本願商標「AERIE」と引用商標「エアリー」とは,構成する文字種(欧文字と片仮名文字)や構成文字数において全く異なり,これより生ずる印象の違いは大きいものと解される。
なお,本願商標と引用商標双方に,図形が付されている,文字の形態が特殊である等の「特徴のある」態様ではない点については認めるが,「AERIE」と「エアリー」では,欧文字と片仮名文字でまず文字種が異なり,構成文字数も5文字と4文字で異なるため,需要者において明確に区別されるものと解される。「両者の外観に著しい差異があるとはいえない」との指摘は適切ではない。
観念についても,本願商標から「崖か山地にある鳥,特にワシや猛禽類の巣」の意味合いが生ずる場合には,「空気のように軽やかな」の意味合いを生ずる引用商標とは大きく異なる。また,本願商標が一種の造語と認識される場合には,通常,観念的に比較し得ないとされるものの,むしろ,全く意味不明な本願商標と「空気のように軽やかな」という認識しやすい観念を生じる引用商標とでは,与える印象・記憶が全く異なるものと評価すべきである。
そして,本願商標から「アエリー」「アエリア」「アエリ」の称呼が生ずる場合,本願商標と引用商標とは,3音中2音が異なるか又は構成音数が異なる非類似の称呼を生ずるため,非類似の商標というべきである。
また,本願商標から称呼「エアリ」「エアリー」を認識する需要者,取引者においても,これらの称呼と同時に,語頭の「AE」より「アエリー」「アエリア」等のローマ字読み風の称呼を認識する可能性が高く,そのため引用商標と異なった印象を強く受け,記憶するものと解される。
これらにより,本願商標と引用商標とは,その外観,観念,称呼を通じて需要者,取引者に与える印象・記憶・連想が大きく異なるものと思料される。よって,印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すれば,本願商標と引用商標とは商標の出所に誤認混同を来すおそれがないものと解される。
(2) なお,商標の類否判断においては,商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべき(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁)とされており,実際,指定商品全般についての一般的・恒常的なもの以外の取引の実情まで考慮した判決・審決が散見されるものである。
そして,原告及び引用商標1の商標権者が,直営店舗及び自社ウェブサイト又は従来顧客への直販を通じて化粧品等の販売を行っており,需要者が商標を耳よりも目で捉える機会が多い状況にかんがみると,本願商標と引用商標1の文字種や構成文字数などの違いから生じる印象,記憶,連想の相違は両商標の類否判断において,より重視されるべきと解される。
したがって,本願商標と引用商標1及び2とは,十分に区別し得る,全体的に相紛れるおそれのない非類似の商標と評価されるべきである。
4 他の審決例の検討について
原告が,審判段階で過去の登録事例を指摘したのは,これらの登録事例で示された判断基準が,本願商標にかかる類否判断を行う際にも同様に用いることが可能と考えたためであり,一概に「個別,具体的に検討されるべき」とするのは妥当ではない。
第4被告の反論
1 本願商標の認定について
(1) 本願商標は,「AERIE」の欧文字を標準文字で表してなり,第3類「ひげそり用クリーム,ひげそり用ローション,非薬用リップクリーム,リップグロス,口紅,バスオイル,ボディパウダー,バスソルト,パック用化粧料,ボディクリーム,バブルバス,スキンクリーム,身体防臭用化粧品,マニキュア,メーキャップ化粧品,アイメイク用化粧品,マッサージオイル,おしろい,スキンローション,皮膚用せっけん,日焼け止め用化粧品,香水類,コロン,香料類」を指定商品とするものである。
「AERIE」は,「(崖や山頂にあるワシ,タカなどの猛鳥の)巣,(一般に大形の鳥の)高所にある巣」の意味を有する英語であるものの,難度の高い英語であることからすると,これに接する取引者,需要者が,これを前記意味を有する英語であると理解するというよりは,むしろ,特定の意味合いを有しない一種の造語と理解するものである。
そして,「AERIE」をローマ字読みで称呼する場合には,「アエリエ」と称呼される場合があったとしても,同語を英語風の読み方で称呼した場合には,「エアリ」又は「エアリー」の称呼を生ずるというべきである。
(2) 我が国の本願指定商品の取引者,需要者を含む一般大衆が,特定の言語の特徴を有するものでなく,知られていない欧文字よりなる語句に接する場合,その語をローマ字読みするばかりでなく,学校教育及び日常生活の中で慣れ親しんだ英語風の読み方で読もうとするのが自然である。
そうすると,知らない欧文字については,すべてローマ字読みをするのが一般的であるというような原告の主張は失当である。
(3) 本願商標は,欧文字「AERIE」からなるものであり,この文字に接した需要者がどのように称呼するかが問題であるから,片仮名「エア・・・」をみた需要者がその対応する欧文字をどのように考えるかは問題ではない。そして,例えば「aerobics」を「エアロビクス」,「aerosol」を「エアロゾル」,「aerials」を「エアリアル」,「aerogram」を「エアログラム」と発音することは知られ,その発音に倣って「aer・・・」が「エア・・・」と発音されるというべきであるから,本願商標は,その構成文字に相応して,英語風の読み方の「エアリ」又は「エアリー」の称呼をも生ずるとみるのが自然である。
(4) 「aerie」の語は,前記のとおり英語であり,その発音記号からも「エアリー」と発音する語である。また,「aerie」につき「エアリー」と併用して使用されており(乙3ないし5参照),原告のグループ企業(アメリカンイーグル社)の販売に係る商品の販売に際して「aerie」を「エアリー」と表記している企業も多数ある(乙6の1ないし3参照)。
以上からすれば,本願商標について「アエリー」の称呼をもって取引されることがあるとしても,本願商標からは「エアリ」又は「エアリー」の称呼をも生ずるというべきである。
2 引用商標1及び2の認定について
(1) 引用商標1は,指定商品を第3類「化粧品」とし,引用商標2は,指定商品を第3類「せっけん類,歯磨き,香料類」及び第30類「食品香料(精油のものを除く。)」とするもので,いずれも現に有効に存続しているものである。
引用商標1及び2は,「エアリー」の片仮名文字を横書きしてなることから,これより「エアリー」の称呼を生じることが明らかであり,かつ,特定の意味合いを有しない一種の造語といえるものである。
(2) 「エアリー」は,「コンサイスカタカナ語辞典 第3版」,「日経新聞を読むためのカタカナ語辞典 改訂版」,「大きな字のカタカナ新語辞典 第2版」,「現代用語の基礎知識 2010」等の辞書類に記載されていない語であり,たとえ「air」の英語の形容詞「airy」(風のあたる,(広くて)風通しのよい,空気のような,無形の)のカタカナ表記であるとしても,「空気のように軽やかな」ほどの意味を有する外来語として,我が国で親しまれているものとはいえないので,引用商標からは特定の観念は生ぜず,一種の造語として認識されるべきである。
なお,「エアリー」の語について,原告が提出した甲10においても,必ずしも一定の意味合いをもって使用されているものとはいえず,これらの使用例があるとしても,引用商標から特定の観念を生ずるものとはいえない。
3 本願商標と引用商標1及び2の類否について
(1) 外観について,本願商標「AERIE」は,標準文字によるものであり,引用商標1「エアリー」は甲1のとおりの態様であり,引用商標2「エアリー」は甲2のとおりの態様であって,外観上相違はしているものの,いずれも格別に印象を与えるような特徴のある態様ではないから,両者の外観に著しい差異があるとはいえない。
次に,称呼については,本願商標と引用商標1及び2とは,いずれも「エアリー」の称呼を生じ,その称呼を共通にするものである。
さらに,観念については,いずれも特定の観念を生じないものであるから,比較することができないものである。
ところで,本願商標と引用商標1及び2に共通する指定商品「化粧品,せっけん類,香料」を取り扱う取引者,需要者には,広く一般消費者も含まれるものであり,簡易迅速を尊ぶ取引の実際においては,電話を用いた口頭による取引を行う場合も少なくないこと,テレビ・ラジオ等によるコマーシャル等のように専ら称呼による商品の宣伝広告が行われる場合があり,これらの宣伝広告を記憶してその称呼を頼りに取引に当たる場合もあることから,上記の取引者,需要者が商品の同一性を識別するに際して,商標から生ずる称呼が極めて重要な要素となることは明らかである。
そうすると,本願商標と引用商標の指定商品に係る商品の取引者,需要者による取引の実情を考慮すれば,本願商標と引用商標の類否を判断するに当たっては,外観及び観念に比して称呼を重視すべきことが明らかであり,上記のとおり,本願商標と引用商標とは称呼において共通するものであり,外観や観念上,識別力に影響を与えるような顕著な差異を有するものではなく,引用商標と同一の称呼を生じる本願商標を付した商品を引用商標を付した商品と誤認混同するおそれがあるというべきである。
したがって,本願商標は,引用商標1及び2と類似の商標であって,かつ,その指定商品も同一又は類似のものであって,商標法4条1項11号に該当する。
また,仮に,引用商標1及び2より,「空気のように軽やかな」との意味合いを想起し,観念を生ずるとしても,本願商標は,特定の観念を生ずるものではなく,本願商標と引用商標1及び2とは,「エアリー」の称呼を共通にし,外観において強く印象されるような差異を有しないものであって,上記取引の実情を考慮すれば,両商標は,商品の出所について誤認混同を生ずるおそれがあるというべきである。
(2) 本願商標から複数の称呼を生ずるとしても,特定の称呼をもって商標の類否が検討されるべきである。
(3) 商標の類否判断に当たり考慮すべき取引の実情とは,その指定商品全般についての一般的・恒常的な取引の実情をいうものと解すべきであって,原告グループによる現在の販売方法がウェブサイトを通じての販売等であったとしても,そのような個別具体的事情に基づき判断することは適切ではない。
本願商標と引用商標1及び2に共通する指定商品を取り扱う取引者,需要者の取引の実情は前記(1)のとおりであり,商標から生ずる称呼が極めて重要な要素となることは明らかである。
また,インターネット上による商品の紹介,宣伝広告についても,商品の商標とは別に,その商標から生ずる称呼を片仮名によって表示することも一般的に行われ,この称呼によって取引に当たる場合もあること,インターネット上で片仮名表記により検索する場合があることから,需要者が商標の称呼を頼りに商品を特定することが普通に行われているところである。
4 他の審決例の検討について
商標法4条1項11号に該当するか否かの判断は,当該商標の構成態様に基づいて,その指定商品に係る取引の実情を踏まえつつ,個々の商標ごとに個別具体的に検討,判断がされるべきである。
そして,原告が審判請求時に挙げた登録例は,商標の具体的構成やその指定商品及び取引の実情が本願商標とは相違し,事案を異にするものであるから,原告の主張は失当である。
第5当裁判所の判断
1 商標の類否の判断手法について
商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された場合に,商品の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である。
また,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,上記3点のうち1点において類似するものでも,他の2点において著しく相違するなどして,取引の実情等によって,商品の出所に誤認混同をきたすおそれの認めがたいものについては,これを類似商標とすべきではない(最高裁昭和43年2月27日判決・民集22巻2号399頁参照)。
2 本願商標について
(1) 本願商標は,「AERIE」の欧文字よりなる商標であり,指定商品を第3類「ひげそり用クリーム,ひげそり用ローション,非薬用リップクリーム,リップグロス,口紅,バスオイル,ボディパウダー,バスソルト,パック用化粧料,ボディクリーム,バブルバス,スキンクリーム,身体防臭用化粧品,マニキュア,メーキャップ化粧品,アイメイク用化粧品,マッサージオイル,おしろい,スキンローション,皮膚用せっけん,日焼け止め用化粧品,香水類,コロン,香料類」とするものである。
そして,証拠(甲8の4,8の5,乙1)によれば,「aerie」には「(崖や山頂にあるワシ,タカなど猛鳥の)巣,(一般に大形の鳥の)高所にある巣」との意味があることが認められるが,他方において,同用語が,我が国において取引上よく用いられており,親しまれている,又はその意味がよく知られていることを認めるに足りる証拠はない。
したがって,我が国において,本願商標「AERIE」から,特段の観念が生じるものとは認められない。
このほか,証拠(甲12)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,アメリカ合衆国の会社であって,「ワシやタカなどの猛鳥の巣」との意味がある「aerie」につき,原告のグループ企業であるアメリカンイーグル社の社名である「EAGLE(ワシ)」としゃれで掛けて用いていることが認められる。
(2) 本願商標は,「AERIE」との5文字の欧文字からなるところ,小学館ランダムハウス英和大辞典第2版(乙1)によれば,その英語での発音は「ɛə ri」又は「iə ri」とされる(もっとも,公刊されたいくつかの英和辞典によれば,この英単語にはそのほかに数種類の発音があり,英語を母国語とする者の間でも,これといった定まった発音はないようである。)。そうだとすれば,この英単語を日本語で発音した場合には,「アエリー」ではなく「エアリー」又は「イアリー」と発音するのが,英語の発音に近いということになる。
しかしながら,「aerie」は,いわゆる難語というべきであって,我が国において広く親しまれているとはいえない。そうすると,我が国において,常に「aerie」が「エアリー」と英語の発音に近く読まれるとは限らず,この英単語に接した者は何と発音してよいか分からず,ローマ字読みで「アエリー」又は「アエリ」と読まれることもあるものと解される。
これに対し,被告は,「エアロビクス」と「Aerobics」,「エアゾール」と「Aerosol」とが,それぞれ併記されて使用されている例があるとして,乙2の1ないし2の4を挙げるところ,これらの証拠からすれば,「Aerobics」と「エアロビクス」,「Aerosol」と「エアゾール」が併記されて使用されている事例が散見されるといえるが,被告の指摘する例は空気を意味する「aero」の場合に限られており,我が国において,「Aer」が通常「エア」と読まれるとか,「Aerie」を「エアリー」と読むのが原則であるなどとはいえない。
このほか,被告は,「aerie」が「エアリー」と読まれている事例があるとして,乙3ないし乙6の3を挙げるところ,これらの証拠からは,「aerie」が「エアリー」と読まれたり,両者が併記されている事例があることが認められる。
しかし,他方で,証拠(甲9)からすれば,「aerie」を「アエリー」として読んだり,併記したりしている事例も多数ある。
以上からすれば,「aerie」については,英語の発音に近く「エアリー」や「エアリ」と読まれる場合と,ローマ字読みで「アエリー」や「アエリ」と読まれる場合のいずれもあり得るというべきである。
3 引用商標1及び2について
証拠(甲1,2)によれば,引用商標1及び2は,いずれも「エアリー」との商標であり,引用商標1は指定商品を第3類「化粧品」,引用商標2は指定商品を第3類「せっけん類,歯磨き,香料類」,第30類「食品香料(精油のものを除く。)」とするものであることが認められる。
そして,引用商標1及び2からは,文字どおり「エアリー」の称呼が生じるものといえる。
また,「エアリー」からは,特段の観念は生じないものと認められる。
これに対し,原告は,「エアリー」からは,需要者,取引者において「空気のように軽やかな」程度の意味合いが生じると主張し,証拠(甲10の1ないし甲10の3)を挙げる。
確かに,証拠(甲11の4,11の5)によれば,「airy」という語には,英語で「風のよく当たる,(広くて)風通しのよい,空気のような,無形の,(物が)軽やかな」等の意味があることが認められる。
しかし,甲10の1ないし10の3上も,「エアリー」という語は,「くしゅっとやわらか,ふんわり」,「空気感のある軽やかさ」,「軽やかな」等,様々な意味に用いられたり,単に「エアリーな」,「エアリー感のある」と説明なく用いられている。
そして,証拠(乙7ないし10)によれば,「エアリー」という語は,コンサイスカタカナ語辞典第3版(2005年10月20日第2刷発行),日経新聞を読むためのカタカナ語辞典<改訂版>(2005年5月15日第1刷発行),大きな字のカタカナ新語辞典第2版(2009年1月19日第2版発行),現代用語の基礎知識(2010年1月1日発行)のいずれにも載っていないことが認められる。
そうであれば,いかに化粧品や被服,髪型などのファッションの分野で「エアリー」の語の使用例があるとしても,いまだ,我が国において,一般に「エアリー」という語が「空気のように軽やかな」という単一の意味で広く知られているとはいえない。
そうすると,やはり,我が国において,引用商標1及び2の「エアリー」からは,特段の観念は生じないというべきである。
4 本願商標と引用商標1及び2の類否について
(1) 以上を前提として検討するに,まず,本願商標は欧文字5文字からなるのに対し,引用商標1及び2がいずれもカタカナ4文字からなるものであって,外観は大きく異なるものである。
この点に関し,被告は,本願商標も引用商標1及び2も,外観上相違はしているものの,いずれも格別に印象を与えるような特徴のある態様ではないから,両者の外観に著しい差異があるとはいえない旨主張する。しかし,上記のとおり,本願商標と引用商標1及び2は,外観上明らかに相違しているものであって,そうであるにもかかわらず,被告の上記主張を採用すると,一般論として,英語による記述型の商標については,外観の相違は多くの場合問題とならなくなってしまうものであり,このような主張を採用することはできない。
(2) そして,称呼については,本願商標は,英語の発音に近く「エアリー」や「エアリ」と読まれる場合と,ローマ字読みで「アエリー」や「アエリ」と読まれる場合のいずれもあり得ると解されるのに対し,引用商標1及び2は「エアリー」であって,両商標の称呼は,同じ場合と異なる場合があり得る。
(3) 他方で,観念については,本願商標と引用商標1及び2のいずれからも,特定の観念が生じるとはいえず,比較できない。
(4) なお,被告は,本願商標と引用商標の指定商品に係る商品の取引者,需要者による取引の実情を考慮すれば,本願商標と引用商標の類否を判断するに当たっては外観及び観念に比して称呼を重視すべきことが明らかである旨主張する。
しかし,本願商標及び引用商標に関して,被告が主張するように,電話を用いた口頭による取引を行う場合が少なくないことを認めるに足りる証拠はない。
また,そもそも,テレビ・ラジオ等によるコマーシャルが重要であるのは,業界を問わないことであって,本願商標や引用商標に関して,専ら称呼による商品の宣伝広告が行われており,これらの宣伝広告を記憶してその称呼を頼りに取引に当たるものであることを認めるに足りる証拠もない。
逆に,原告は,本願商標に関する商品の需要者が,商標を耳よりも目で捉える機会が多いため,商標の類否判断においては外観をより重視すべき旨主張する。
確かに,本件において,両当事者が提出した証拠(甲9,乙6の1ないし6の3)からすれば,本願商標に係る商品は,インターネット上取引されることが多いものと認められるので,本願商標において,称呼や観念と比較して外観が果たす役割が大きいものといえる。
(5) 以上の諸事情を総合的に考慮すると,本願商標と引用商標の外観は大きく異なっている上,称呼上も,同じ場合だけでなく異なる場合もあるから,たとえ両商標が,観念につき比較できないとしても,両商標には誤認混同のおそれがなく,類似していないというべきである。
したがって,本願商標につき商標法4条1項11号を適用することはできず,審決は誤りであるから,これを取り消すこととする。
(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)
file_2.jpg別紙