知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10105号 判決 2011年1月25日
原告
X
訴訟代理人弁理士
正林真之
新山雄一
佐藤玲太郎
芝哲央
訴訟復代理人弁理士
佐藤武史
被告
特許庁長官
指定代理人
八坂直人
深澤幹朗
中川隆司
黒瀬雅一
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が不服2008-24196号事件について平成21年11月24日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,本願発明が平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項(実施可能要件)の要件を満たすかである。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,1992年(平成4年)7月27日の優先権(アメリカ合衆国)を主張し,平成5年7月26日になした原出願(特願平6-504739)からの分割出願として,平成17年12月6日,名称を「内燃機関およびその作動方法」とする発明について本件特許出願(特願2005-352686号,公開公報は特開2006-112434号〔甲4〕)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2008-24196号事件として審理し,その中で原告は平成20年10月22日付けで特許請求の範囲の変更を内容とする補正(請求項の数12。甲9)をしたが,特許庁は,平成21年11月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日附加),その謄本は平成21年12月8日原告に送達された。
2 本願発明の要旨(請求項1~12の記載)
【請求項1】
「(1)少なくとも一つのシリンダーと,これと連動し,上死点位置を有し,燃焼チャンバを形成するためのピストンと,(2)吸気ストローク,圧縮ストロークおよび膨張ストロークを含む作動サイクルと,(3)燃料導入システムとを有する,制限された温度燃焼を行うための膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法であって,
燃焼チャンバ内でプロセス空気を完全燃焼するのに必要な総燃料のうちの所定第1部分を導入することにより,所定の燃料-空気混合気を形成する工程と,
ピストンがほぼ上死点になった際に前記燃料-空気混合気を点火する工程と,
完全燃焼に必要な総燃料の第2部分を,膨張ストロークのほぼ開始点で且つ上記点火する工程の後で,導入する工程とを含み,
導入された燃料の第1部分から生じた燃料-空気混合気の燃焼が,容積の小さな変化と共に圧力の増大及び温度の上昇を含む実質的等容積プロセスであり,
燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的定圧力プロセスからなり,
燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的等温プロセスからなり,
燃料の第1部分の燃焼が第1熱入力であり,燃料の第2部分の燃焼が第2熱入力であり,第2熱入力は熱解放レートの増加を含む,膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法。」
【請求項2】
「膨張ストロークのほぼ開始点で行われる燃料の第2部分の導入は,上死点から少なくとも約60度までに噴射される,請求項1記載の方法。」
【請求項3】
「前記等温プロセスは膨張チャンバの容積が増大する際に行われる,請求項1記載の方法。」
【請求項4】
「実質的等容積燃焼プロセスから成る第1段階の熱入力を生成せしめる第1段階の燃料噴射と,その後に実行される,第2段階の熱入力を生成せしめる,前記第1段階の燃料噴射から遅れて遂行される第1の部分と第2の部分とに分かれた第2段階の燃料噴射とを含み,前記第2段階の熱入力は前記第2段階の燃料噴射を第1の部分と第2の部分とに分割することにより生み出され,ここで,前記第2段階の燃料噴射の第1の部分は前記第1段階の熱入力の割合と相違する熱入力割合を生じる割合で導入され,前記第2段階の第2の部分の熱入力は,圧力の減少及び容積の増大を含む実質的等温燃焼プロセスを生じ,前記第1段階の燃焼と前記第2段階の燃焼との間の遅れの間には減少された熱入力段階が行われる,燃焼チャンバを備えたスパーク点火式内燃機関。」
【請求項5】
「(1)少なくとも一つのシリンダーと,これと連動し,上死点位置を有し,燃焼チャンバを形成するためのピストンと,(2)圧縮ストロークおよびパワーストロークを含む作動サイクルと,(3)燃料導入システムとを有する,高熱効率の膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法であって,
燃焼チャンバ内でプロセス空気を完全燃焼するのに必要な総燃料のうちの所定第1部分を導入することにより,所定の燃料-空気混合気を形成する工程と,
前記燃料-空気混合気を自動点火に至らない状態に圧縮する工程と,
ピストンがほぼ上死点になった際に前記燃料-空気混合気を点火して第1熱入力を生成する工程と,
完全燃焼に必要な総燃料の第2部分の第1の部分を,膨張ストロークのほぼ開始点で導入し,この部分の燃焼によって第1部分とは別個の熱入力レートを生成する工程と,
膨張ストロークの間の所定時に完全燃焼に必要な総燃料の第2部分の第2の部分を導入し,この部分の燃焼によって第2部分の第1の部分とは別個の熱入力レートを生成する工程とを含み,
導入された燃料の第1部分から生じた燃料-空気混合気の燃焼が実質的等容積プロセスであり,
等容積プロセスの間のプロセス圧力は所定値より小さく,
等容積プロセスの間のプロセス温度は所定値より小さくが増大し,
燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼が実質的定圧力プロセスからなり,
前記圧力と温度とが変化するプロセスの間のプロセス温度は所定温度より低く維持され,
燃料の第2部分の第2の部分の導入によって生成される燃焼は等温プロセスであり,
等温プロセスの間のプロセス温度は所定温度より低く維持され,
前記所定温度は燃焼チャンバ内の燃料-空気混合気の火炎温度より低く,
燃料の第1部分の導入および蒸発は実質上圧縮ストロークの間であり,その結果として圧縮の仕事量が減少される,膨張チャンバピストン式内燃機関を作動する方法。」
【請求項6】
「更に,燃料の第1部分を導入する工程と燃料の第2部分を導入する工程との間に遅れを生成する工程を含む,請求項5記載の方法。」
【請求項7】
「燃料の第2段階の第2の部分を導入する工程は,上死点から約60度まで続く,請求項5記載の方法。」
【請求項8】
「ディーゼル燃焼原理で作動する内燃機関であって,少なくとも1個のシリンダボアと,シリンダボアの片端を閉じるシリンダヘッドと,シリンダボア内を往復動し,シリンダボアおよびシリンダヘッドと共に燃焼チャンバを規定するピストンと,燃焼チャンバに直接的に燃料を噴射する燃料噴射システムとを含み,燃料噴射システムは,燃料の少なくとも第1部分および第2部分を噴射して,燃料の第1部分の噴射によってピストンが上死点近傍にある時に第1段階の熱解放を生成する燃焼が生じて,ピストンが上死点近傍にある時に第1段階の熱解放の燃焼の少なくとも一部が発生し,これによって燃焼チャンバ内のガスの温度がピーク温度に上昇し,そして燃料の第2の部分の噴射によって第1段階の熱解放の後に第2段階の熱解放を生成する燃焼が生じ,第2段階の熱解放は,始めの実質的に定圧力である第2段階の第1の部分の燃焼と,これに続く圧力の減少および容積の増大を含む実質的等温燃焼プロセスとしての第2段階の第2の部分の燃焼チャンバ内のガスの燃焼とであって,燃料の第1部分の噴射と燃料の第2部分の噴射との間には遅れが存在する,内燃機関。」
【請求項9】
「燃料の第2部分は少なくとも上死点から60度まで噴射させる,請求項8記載の内燃機関。」
【請求項10】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を1600℃(3300°R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
【請求項11】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を1950℃(4000°R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
【請求項12】
「噴射のタイミングおよび量は燃焼の間の最大温度を2100℃(4300°R)以下に制限する,請求項8記載の内燃機関。」
3 審決の理由の要点
(1) 「等温プロセス」や「等温燃焼プロセス」(まとめて「等温(燃焼)プロセス」と表記する」)は,熱力学において一般的に知られている「等温変化」に相当するものと認められる。そして,この「等温変化」が,少しぐらいの熱のやり取りがあっても温度が変化しないほどの大きな物体と接触させて,十分ゆっくりな変化である準静変化をさせることで達成されることは熱力学分野における通常の技術常識である。本願明細書の発明の詳細な説明には,一見,「等温(燃焼)プロセス」を可能とするための条件が記載されているかのようであるが,内燃機関の燃焼作動は動的変化であって,「十分ゆっくりな変化である準静変化」でないことは通常の技術常識より明らかであるし,発明の詳細な説明をみても,内燃機関を「十分ゆっくりな変化である準静変化」により燃焼作動させることは読み取れない。そして,内燃機関において「等温変化」を行うための必要条件である「十分ゆっくりな変化である準静変化」が行われない以上,上記記載の条件を設定しても,内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することはできない。
したがって,発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえない。
(2) 仮に「等温(燃焼)プロセス」が発明の詳細な説明に記載された条件に基づいて実施できるものであったとしても,ここで記載されている条件は,燃料の第1部分による燃焼を等容積プロセスとし,燃料の第2部分による燃焼を等温プロセスとするためのものであり,本願発明のように,燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼を定圧力プロセスとし,燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼を等温プロセスとするための条件ではなく,燃焼を定圧力プロセスの後に等温プロセスを行うための具体的な条件等が一切記載されていないため,発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(実施可能要件欠如に関する従来技術認定の誤り)
(1) 審決は,従来技術につき,「内燃機関において『等温変化』を行うための必要条件である『十分ゆっくりな変化である準静変化』が行われない以上,いくら上記段落【0026】,【0040】等に記載されるような条件を設定しても,内燃機関において『等温変化』すなわち『実質的等温(燃焼)プロセス』を達成することはできないものといえる。」(審決11頁7行~15行)と認定した(審決の理由の要点(1))。
しかし,米国3,218,803号特許明細書(甲13の1,以下「803特許」という。),米国3,518,975号特許明細書(甲14の1,以下「975特許」という。),米国4,197,700号特許明細書(甲15の1,以下「700特許」という。),米国4,728,282号特許明細書(甲16の1,以下「282特許」という。),特許第3629879号(甲24),特開2002-97960号(甲25)及び本願明細書等の記載事項を参照すれば,内燃機関において「十分ゆっくりな変化である準静変化」が行われなくても,「等温変化」を達成することは可能である。
よって,審決の「内燃機関において『等温変化』すなわち『実質的等温(燃焼)プロセス』を達成することはできない」との認定は,誤りである。
(2) 審決は,「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがない。」(審決11頁19行~20行)と認定した。
しかし,RUDOLF DIESEL「THEORY AND CONSTRUCTION OF A RATIONAL HEAT MOTOR」(甲18,1894年発行),Matthew Rice「SIMULATION OF ISOTHERMAL COMBUSTION IN GAS TURBINES」(甲17,2004年発行)の記載事項を参照すれば,等温燃焼プロセスを行うことについて,いわゆる当業者が現実的に実施可能な程度の記載がある。
よって,審決の「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがない。」との認定は,誤りである。
(3) 被告の主張に対する反論
ア 「等温変化」(以下「広義の等温変化」という。)は,「準静変化を必要とする等温変化」(以下「要準静変化の等温変化」という。)と「準静変化を必要とするものではない等温変化」(以下「その他の等温変化」という。)とに区別される。そして,本願発明は,十分ゆっくりな変化である準静変化という条件を備えていない内燃機関に関する発明なので,本願発明の等温変化は「その他の等温変化」に該当するところ,被告の主張は「要準静変化の等温変化」のみに求められる要件を「広義の等温変化」全体の要件とするものであり,さらに本願発明に該当する「その他の等温変化」の要件にも適用しようとするものであり,誤りである。
イ すなわち,広辞苑第4版(甲19)によれば,「等温変化」は「熱力学で,温度を一定に保ちながら行われる系の状態変化。⇔断熱変化」であり,「断熱変化」は「熱力学で,ある系が外部との間に全く熱の出入りを伴わずに行う状態変化。⇔等温変化」)と記載されている。科学大辞典(財団法人国際科学振興財団編,昭和60年3月5日発行,乙1)に記載の「等温変化」の定義と広辞苑に記載の「等温変化」の定義とを比較すると,前者は「準静変化」を必要条件としているが,後者は「準静変化」を必要条件としていない点で異なる。広辞苑に記載の「等温変化」の定義では,「熱力学で,温度を一定に保ちながら行われる系の状態変化」と「準静変化」を要件としていないので,「広義の等温変化」に該当する。また,科学大辞典に記載の「等温変化」の定義では,系と外部との熱のやり取りの1つの手法である「温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化」に限定して,「準静変化」を要件としているので,「要準静変化の等温変化」に該当する。そして,被告が主張する「等温変化」は「要準静変化の等温変化」であって,「広義の等温変化」ではない。つまり,被告の「準静変化は『等温変化』の必要条件であることが分かる。」との主張は,「要準静変化の等温変化」のみの要件を「その他の等温変化」(準静変化を必要とするものではない等温変化)を含む「広義の等温変化」全体の要件に適用しようとするものであり,誤りである。また,同様に,被告の「『十分ゆっくりな変化である準静変化』が『等温変化』の必要条件であることが分かる。」との主張も,「要準静変化の等温変化」のみの要件を「その他の等温変化」(準静変化を必要とするものではない等温変化)を含む「広義の等温変化」全体の要件に適用しようとするものであり,誤りである。
ウ また,被告は「等温変化」の物理学的意味として,基礎物理学ハンドブック(乙2)の「熱力学の第1法則」を参照して,「以上より,『等温変化』は,『十分ゆっくりな変化である準静変化』を必要条件とし,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象であることが分かる。」と主張する。
しかし,基礎物理学ハンドブック(乙2)によれば,「等温変化」であれば「熱力学の第1法則」に従った「与えられた熱量が100%仕事に変わる熱力学的な系の状態変化」であることを示しているだけであり,「十分ゆっくりな変化である準静変化」に関する記載及びそれを示唆する記載はない。
したがって,被告の「以上より,『等温変化』は,『十分ゆっくりな変化である準静変化』を必要条件とし,」との主張は,誤りである。
なお,基礎物理学ハンドブック(乙2)に記載の「等温変化」は,「十分ゆっくりな変化である準静変化」を要件としていないので,「広義の等温変化」に該当する。
2 取消事由2(実施可能要件に関する認定の誤り)
(1) 審決は,実施可能要件欠如の判断として,審決の理由の要点(2)のとおり,認定判断した(11頁32行~12頁3行)。
しかし,本願明細書には「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000゜R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000゜Rの温度はほぼ等温燃焼を発生する」(段落【0042】)と明記されている。そして,等温燃焼プロセスを実行するための前工程の条件(高温の形成条件)については,803特許(甲13),975特許(甲14),700特許(甲15),282特許(甲16号証)の記載を見ても特に限定されていないことからすれば,等温燃焼プロセスを実行するための条件には,その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態の限定はないというべきである。すなわち,等温燃焼プロセスを実行するためには,その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態が,等容積燃焼プロセス,定圧力燃焼プロセス,又はそれらのプロセス以外であってもよい。したがって,例えば「4000゜Rの温度」が事前に形成され,その温度が実質的に維持するように燃料の反応速度を制御することにおいて,等容積プロセス(第1部分)の後か,定圧力プロセス(第2部分の第1の部分)の後かにかかわらず,等温燃焼が可能である。
より詳細に説明すれば,燃料の第1部分及び第2部分の第1の部分の燃焼によって「所定の最高燃焼温度に達する」と,燃料が自発的に燃焼する状態が整っているので,第2部分の第2の部分が導入されるとその後速やかに点火する。このため,所望のパワーレベルに応じて,燃料の第2部分の第2の部分の量を適宜設定すればよい。また,燃料の第2部分の第2の部分において,等温燃焼を生成するためには,燃料の導入タイミング及び導入量を適宜設定すればよい。ここで,導入タイミングは,例えば「ソレノイド制御ユニット式噴射器」及び「ピエゾ電気式アクチュエータ」(段落【0046】)を使用することで設定できることが開示されており,また,導入量は導入タイミングにおける「パワーストローク中の容積増加に比例」(段落【0042】)させればよいことが開示されているので,当業者が容易に調節できる。そして,導入量の範囲は,本願明細書の図6を参照しながら好ましい作動温度を選択することで容易に決定でき,この導入量が決定されれば,本願明細書の図5のフローチャートに基づいて導入タイミングを決定できる。
よって,内燃機関において,定圧力プロセスの後に等温燃焼プロセスを行うことができるので,本願明細書の発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されているというべきである。
(2) 被告の主張に対する反論
被告は,内燃機関の内訳,すなわち,容積V,圧力P,温度及びタイミング(クランク角)等が特定されていなければ実施できない旨主張する。
しかし,本願発明は「実質的等容積プロセスの後に行う定圧力プロセスの後に等温(燃焼)プロセス」を行うものであるが,これは本願明細書に記載されている「実質的等容積プロセスの後に等温プロセスを行うもの」の変形例に相当する。すなわち,「実質的等容積プロセスの後に等温プロセスを行うもの」が所定の最高燃焼温度に達するまでの経路として1段階(所定の最高燃焼温度に達するまでの定容積燃焼プロセス)のみであるのに対し,本願発明は,最大シリンダー圧力を制限することを重んじて,2段階(「所定の最大シリンダー圧力に達するまでの定容積燃焼プロセス〔到達温度は所定の最高燃焼温度以下〕及び「所定の最高燃焼温度に達するまでの定圧力燃焼プロセス」であるように変形されたものである。そして,本願明細書の段落【0032】~【0035】,【0050】及び【図5】~【図8】等を参照すれば,燃料の第1部分の導入の結果行われる燃焼を「等容積プロセス」とし,燃料の第2部分の第1の部分の導入の結果行われる燃焼を「定圧力プロセス」とし,燃料の第2部分の第2の部分の導入の結果行われる燃焼を「等温(燃焼)プロセス」とするための具体的な条件である各プロセスにおいて導入すべき燃料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)及びタイミングが明らかであるので,当業者が「『実質的等容積プロセス』の後に行う『定圧力プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行う」という本件発明を容易に実施することができる程度に,発明の構成が記載されているといえる。具体的には,本件明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものにおいて,「『実質的等容積プロセス』の後に行う『定圧力プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」という変形例として,最高燃焼温度3300°Rに達するのに,先ず例えば最大シリンダー圧力を80%や90%に制限した「定容積燃焼プロセス」を行い,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うものにつき,その容積V,圧力P,及び温度Tの変化を求めたものである。
このように,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角),及び「定圧力プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)を一意的に定めることができる。また,「実質的等容積プロセス」,「定圧力プロセス」,「等温(燃焼)プロセス」の各燃焼%も一意的に定めることができる。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 「等温変化」の意義とこれを行うための条件
ア 科学大辞典(財団法人国際科学振興財団編,昭和60年3月5日発行,乙1)には,「等温変化」について「系の温度を一定にして行う変化.温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化でなければならない.」と記載されており,「準静変化」は「等温変化」の必要条件である。
また,物理学ハンドブック(戸田盛和・宮島龍興編,昭和38年3月30日発行,甲1,181頁7行~10行)には「熱力学的平衡にある物体は,その外的条件を変化させることにより,異なった状態に変化するが,この外的条件の変化を十分ゆっくり行なうときは,変化の途中においてもその物体の熱力学的平衡を破ることがないようにできる.このような変化を準静変化とよぶ.」と記載されており,「準静変化」は「十分ゆっくりな変化」である。
したがって,「十分ゆっくりな変化である準静変化」が「等温変化」の必要条件である。
イ 「等温変化」の物理学的意味
「熱力学の第1法則」は,「系に伝えられた熱量はその内部エネルギーの変化と外力にさからって系が行う仕事に費やされる」というものであって,次式により示される。
Q(系に伝えられた熱量)=ΔU(内部エネルギーの変化)+A(系が行う仕事)
そして,「等温変化」においては,ΔU(内部エネルギーの変化)が0であるから,次式が成立する。
Q(系に伝えられた熱量)=A(系が行う仕事)
これは,「等温変化」においては,与えられた熱量が100%仕事に変わることを意味する。
以上より,「等温変化」は,「十分ゆっくりな変化である準静変化」を必要条件とし,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象であることが分かる。
(2) 内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を行うことができるかにつき
内燃機関の燃焼作動は動的変化であって,「十分ゆっくりな変化である準静変化」ではないことは技術常識より明らかであり,「等温変化」を行うために必要な「十分ゆっくりな変化である準静変化」という条件を備えていない内燃機関においては「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を行うことはできない。
また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識より明らかであるから,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「実質的等温(燃焼)プロセス」は起こり得ない。
(3) 文献(甲13の1~甲16の1)に記載された「等温(燃焼)プロセス」につき
ア スターリングエンジンは理論的な作動プロセスに「等温変化」を備える熱機関であって実用化されているものであるが,「理想等温モデルで仮定されている等温変化の実現は伝熱上の理由から難しい」(乙3の14頁4行~5行),「等温モデル,理想等温モデルおよびSchmidtモデルは,基本熱サイクルとしてスターリングサイクルを考えることに相当している。そのため,2.1.4項に述べたように,これらのモデルは,必ずしも現実的なものではないが,特性の計算が容易に行なえる利点があるため,エンジンの概念設計の段階などでしばしば用いられる。」(乙3,37頁12行~16行),「一般に再生スターリングサイクルがスターリングエンジンの基本サイクルと見なされることが多い。しかし,例えば図1.1のように熱交換をヒータ,クーラで行なう実際的なエンジンでは,シリンダ内の状態変化は等温変化よりも断熱変化に近いと見なすべきである。したがって,これに対応するのは,むしろ,・・・(中略)・・・再生オットーサイクルと見なす方がより現実に近いと考えられる。」(乙3,30頁20行~31頁6行)ことからすると,熱機関における「等温変化」は理論上のものであって現実的なものではなく,熱機関において「等温変化」と呼ばれているものは,実際には「等温変化」以外の変化であることが分かる。理論的な作動プロセスに「等温変化」を備える熱機関であるスターリングエンジンでさえ,「等温変化」はあくまで理論上のものであって,実際に起こっているとはいえないのであるから,一般的に「等温変化」以外の作動プロセスを理論的な作動プロセスとして備える熱機関である文献(甲13の1~甲16の1)に記載されている装置における「等温変化」である「等温(燃焼)プロセス」は,なおさらあくまで理論上のものであって,実際に起こっているとはいえない。
イ 文献(甲13の1~16の1)に記載されている「等温(燃焼)プロセス」が,あくまで理論上のものでしかないことは,上記文献に記載されている装置が「等温変化」の必要条件である「十分ゆっくりな変化である準静変化」を行うものではなく,また,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであって,「等温変化」特有の,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象を生じるものでないことからも明らかである。
したがって,文献(甲13の1~16の1)の記載事項を参照しても,内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することができるとはいえない。
ウ なお,「ボッシュ自動車ハンドブック」(ロバート・ボッシュGmbH著,甲2)には,「等温(燃焼)プロセス」に相当する「等温膨脹」が「技術的に実現不可能」であると記載されている。
(4) 本件出願後の事情につき
文献(甲17の1,甲18の1)に記載されている「等温(燃焼)プロセス」も,上記と同様の理由により,理論上のことであって実際には起こっていないといえる。
なお,文献(甲18の1)は,本件出願前に公知となったものであるから,そもそも審決の「本件出願後にも現実的に実現可能であることを示すものがない。」との認定を覆す証拠とはなり得ない。
(5) 小括
以上より,内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することはできないことは明らかである。よって,審決の「内燃機関において「等温変化」すなわち「実質的等温(燃焼)プロセス」を達成することはできない」との認定は誤りではない。
2 取消事由2に対し
(1) 原告の主張は,つまるところ,発明の詳細な説明又は図面を見れば,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温(燃焼)プロセスを開始するための最高燃焼温度である「例えば4000゜Rの温度」を形成すること」ができ,また,「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分の導入タイミング及び導入量を設定すること」ができるから,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が,「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されている,というものである。
そして,原告は,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度である「例えば4000゜ Rの温度」を形成すること」については,明細書の段落【0042】における「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000° R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°Rの温度はほぼ等温燃焼を発生する」という記載を根拠とし,「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分の導入タイミング及び導入量を設定すること」については,明細書の段落【0042】における「パワーストローク中の容積増加に比例して供給される残りの燃料」という記載並びに「導入タイミング」を決定するための図5の記載及び「導入量の範囲」を決定するための図6の記載を根拠としている。
そこで,これらの段落【0042】並びに図5及び図6の記載が,「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠となり得るか否かについて,以下に検討する。
(2) そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施するための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提としたものについて記載したものであり,本願発明と直接関係のないものである。
そして,本願明細書の段落【0050】及び図8には「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための燃料の導入タイミング及び導入量等の具体的な条件は,何ら記載されていない。
また,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものに用いることはできない。
したがって,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえない。
(3) 原告は,段落【0042】並びに図5及び図6等の記載を根拠に,発明の詳細な説明には,当業者が「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施することができる程度に発明の構成が記載されている旨主張しているので,これらが具体的な根拠となり得るか否かについて,以下個別に検討する。
ア 段落【0042】の「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000°R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°Rの温度はほぼ等温燃焼を発生する」という記載は,「等容積プロセス」のために供給される量の燃料の燃焼によって,「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所定の最高燃焼温度である「ほぼ4000°R」を形成し得ることを示すのみであって,「等容積プロセス」を経た後に「定圧力プロセス」を発生させるために供給される量である「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量の燃焼によって,「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所定の最高燃焼温度である「ほぼ4000°R」を形成し得ることを示すものではない。よって,段落【0042】の記載は,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠となり得ない。
また,仮に「等容積プロセス」を経た後に「定圧力プロセス」を発生させるために供給される「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量の燃焼によって「等温(燃焼)プロセス」を開始するための所定の最高燃焼温度である「ほぼ4000° R」を形成し得るとしても,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量を具体的にどのように設定するのかが発明の詳細な説明又は図面を参酌しても不明である。
イ 図6は「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」を設定するためのもの,すなわち,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量のうちの「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」の割合を設定するためのものと認められるから,「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」を設定するためには1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量を設定する必要があるところ,「等容積プロセス」,「定圧力プロセス」及び「等温(燃焼)プロセス」を含む1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量を具体的にどのように設定するのかが発明の詳細な説明又は図面を参酌しても不明である。よって,図6を参照しても,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものにおける「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」である「燃料の第2部分の第2の部分」の量を設定することはできない。
仮に,図6を参照して「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」である「燃料の第2部分の第2の部分」を設定することができても,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成する」ための「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量を設定することができない。すなわち,前記のとおり,図6は「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」を設定するためのもの,つまり,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量のうちの「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」の割合を設定するためのものであり,また1燃焼サイクルは,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成するための燃料の量」と「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる燃料の量」の合計であると認められるから,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量から,この「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」分の燃料の量を引き算すると,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成するための燃料の量」が求まるものである。また,図6については,明細書の段落【0043】において「図6は8:1から24:1の幅の圧縮比の関数として定温度燃焼のために供給される燃料百分率の2つの最高燃焼温度(3300゜Rおよび4000゜R)のグラフである。」と記載されているところ,段落【0043】の上記記載における最高燃焼温度の「4000゜R」については段落【0042】に記載されており,また,段落【0043】の上記記載における最高燃焼温度の「3300゜R」については段落【0044】に記載されており,これら段落【0042】の「等容積プロセスのために供給される燃料は,ほぼ4000°R(ランキン)の作動流体の温度を発生する量となり得るが,この4000°Rの温度はほぼ等温燃焼を発生する」という記載及び段落【0044】の「 図7は,(上記第1実施例の)3300゜Rの最高燃焼温度に対するエンジンクランク角の関数としての熱解放レートのグラフである。このグラフの第1部分70は低容積プロセス(被告注:「定容積プロセス」の誤記と認められる。)(図4におけるパス2-3)に対する熱解放レートを示す。グラフの第2部分72は等温プロセス(図4のうちのパス3-4)に対する熱解放レートを示す。」という記載は,「等容積プロセス」である「定容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについて説明するものであるから,図6は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」を示すものと解するのが自然である。
してみると,図6を参照して,1燃焼サイクルにおける全体の燃料供給量からこの「定温度燃焼のために供給される燃料百分率」分の燃料の量を引き算することで求められる残りの燃料の量は,「等容積プロセス」において「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成するための燃料の量」であって,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」において「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成し得る燃料の量」,すなわち,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量ではない。
よって,図6を参照しても,「等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度を形成する」ための「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分」の量を設定することができない。
したがって,図6の記載は,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠となり得ない。
ウ 段落【0029】に「パス1-2は18:1の等エントロピー圧縮であり,パス2-3および2-3’は,第1の実施例におけるプロセス空気の完全燃焼に必要な燃料の56%を用いる定容積燃焼プロセスである。パス3-4および3’-4’は,第1の実施例における燃料の残りの44%を使用する等温プロセスである。パス4-5および4’-5’は,等エントロピー膨張プロセスであり,パス5-1および5’-1は定容積排気プロセスである。」と記載されているように,「パス2-3」,「パス3-4」は,それぞれ「等容積プロセス」,「等温(燃焼)プロセス」であるところ,図5には,「パス2-3」の後に「パス3-4」が続くフローチャート,すなわち「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」が続くフローチャートが記載されているだけであって,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」が続くフローチャートは記載されていないから,図5を参照しても「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための諸条件を決定することはできない。
また,そもそも図5には,燃料の導入タイミングに関する作動パラメータは見当たらず,図5のどの記載に基づいて,等温(燃焼)プロセスにおける燃料の導入タイミングを決定するのかが不明である。
そして,「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度が形成されるタイミング」は特定のタイミングであって,そのタイミングに合わせて「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分」の導入を開始することが,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うために重要であるところ,どのようにして「燃料の第1部分,及び第2部分の第1の部分の導入の燃焼によって等温(燃焼)プロセスを開始するための所定の最高燃焼温度が形成されるタイミング」を判断して,そのタイミングに合わせて「所定の最高燃焼温度を維持して等温(燃焼)プロセスを行うために用いられる,燃料の第2部分の第2の部分」の導入を開始することができるのか,図5を参照しても不明である。
したがって,図5の記載は,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための燃料の導入タイミングを決定するための具体的な根拠とはなり得ない。
エ 以上より,原告が「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うための具体的な根拠として挙げている段落【0042】並びに図5及び図6等の記載は,具体的な根拠となり得ないから,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことの具体的な条件等は依然として不明瞭であり,原告が主張するように,「甲13の1ないし16の1号証の記載に基づけば,つまり,等温燃焼プロセスを実行するための条件には,その等温燃焼プロセスの前段階の燃焼状態の限定は,ないというべき」であったとしても,発明の詳細な説明又は図面には,当業者が「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明を容易に実施することができる程度に,発明の構成が記載されているとはいえない。したがって,原告の主張に理由はない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1について
取消事由1は,審決の理由の要点(1)の判断誤りをいうものである。
(1) 「等温変化」の意義
「等温変化」とは,系の温度を一定にして行う変化であり,温度一定のもの(熱容量の十分大きなもので近似される)に熱的に接触させての準静変化でなければならない(科学大辞典,財団法人国際科学振興財団編,昭和60年3月5日発行,乙1)。
また,熱力学的平衡にある物体は,その外的条件を変化させることにより異なった状態に変化するところ,この外的条件の変化を十分ゆっくり行なうときは,変化の途中においてもその物体の熱力学的平衡を破ることがないようにでき,このような変化が準静変化である(物理学ハンドブック,戸田盛和・宮島龍興編,昭和38年3月30日発行,甲1,181頁7行~10行)。
そして,「熱力学の第1法則」は,「系に伝えられた熱量はその内部エネルギーの変化と外力にさからって系が行う仕事に費やされる」というものであって,
Q(系に伝えられた熱量)=ΔU(内部エネルギーの変化)+A(系が行う仕事)
という式で示されるものであるところ,等温変化においては,ΔU(内部エネルギーの変化)が0であるから,
Q(系に伝えられた熱量)=A(系が行う仕事)
という式が成立し,これは,「等温変化」においては,与えられた熱量が100%仕事に変わることを意味する。したがって,熱力学における等温変化は,準静変化を必要条件とし,与えられた熱量が100%仕事に変わる現象であると認められる。
(2) 内燃機関における「等温変化」の実現可能性
内燃機関の燃焼作動は動的変化であって「等温変化」を行うために必要な「準静変化」という条件が備えられていない。また,内燃機関の燃焼作動においては,与えられた熱量の一部は必ず熱損失や摩擦損失等により失われてしまうものであり,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わるものでないことは技術常識であることからしても,与えられた熱量が実質的に100%仕事に変わることを意味する「等温(燃焼)プロセス」は起こり得ないと認められる。これらのことからすれば,内燃機関において,熱力学における理論としての「等温変化」を実現することはできないことは技術常識である。
しかし,熱力学における理論としての等温変化が現実的なものではないとしても,現実の熱機関を扱う技術分野において,現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程を「等温変化」と呼んでいることが認められる。例えば,文献(山下巌ほか「スターリングエンジンの理論と設計」,乙3)には,「等温モデル,理想等温モデルおよびSchmidtモデルは,基本熱サイクルとしてスターリングサイクルを考えることに相当している。そのため,2.1.4項に述べたように,これらのモデルは,必ずしも現実的なものではないが,特性の計算が容易に行なえる利点があるため,エンジンの概念設計の段階などでしばしば用いられる。」(37頁12行~16行)との記載がある。また,803特許(甲13の1)には内燃機関の一例としてガスタービンに関する発明が開示されているところ,「Suitable means keep constant the above gas temperature in the combustion chamber during theexpansion phase.(原告訳:適切な手段は,拡張段階の間,燃焼室の上記のガス温度を一定に保つ。)」との記載(第1段落47行-49行)との記載があり,975特許(甲14の1)には内燃機関の一例としてロータリーエンジンの発明が開示されているところ,「An isothermal heating of the engine can be attained bythe choice of the fuel, i.e., by taking into account its reaction rate, by controlling the heat supply, by selecting the type and quantity of the fuel entirely or partially in accordance with the mathematical function forthe isotherm, as well as by the chosen arrangement, number and size of the individual inlet or injection openings.(原告訳:エンジンの等温ヒートは,燃料の選択によって,即ち,個々の入口または注入開口部の選ばれた配列,数及びサイズによって,等温線の数学的関数に従って完全に又は部分的に燃料のタイプ及び量を選択することによって,かつ熱源の制御によってその反応速度を考慮することによって,達成される。)」との記載(第3段落45行~52行)があり,700特許(甲15の1)には,ガスタービンの発明が開示されているところ,「whereby temperature of the gas or equipment is controlled at substantially isothermal conditions.(原告訳:「それによって,ガスまたは器材の温度は,実質的に等温状況で制御される。)」(概要4行~6行),「The present inventioninvolves a method and system for producing power in gas turbines wherein fuel is combusted directly in the gas turbine under substantially isothermal conditions.(原告訳:本発明は,燃料が実質的に等温状況の下でガスタービンにおいて直接燃焼するガスタービンの力を発生するための方法とシステムを含む。)」(第2段落6行~9行)といった記載があり,282特許(甲16の1)には,「The invention is directed to improvements in furnaces. A method and apparatus for conducting a substantially isothermal combustion processin a combustor 2 is disclosed(原告訳:本発明は炉の改良に関する。燃焼室2の実質的に等温燃焼プロセスを実行するための方法と装置は,開示される)」要約1行~4行)や「Accordingly, it is a purpose and object of the present invention to approximate a substantially isothermal combustion process for burning combustible products in a combustor.(原告訳:したがって,本発明の用途及び目的は,燃焼室の可燃性の製品の燃焼を実質的な等温燃焼方法に近づけることである。)」(2段落1行~4行)との記載がある。
そして,上記のとおり,熱力学における理論としての「等温変化」を現実の熱機関において実現することができないことは技術常識であること,本願明細書の段落【0026】には「燃料容積Bの燃焼は,ほぼ一定の温度すなわち等温的に行われ,パワーと効率の双方を増す。」との記載からすれば,本願明細書における「実質的等温プロセス」とは現実の熱機関で存在するほぼ等温燃焼に近い燃焼過程のことを意味していると解するのが相当である。
(3) 小括
そうすると,熱力学における理論としての「等温変化」は実現不可能であることを理由に,「発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に,発明の構成が記載されているとはいえない。」とした審決の判断部分は是認することができない。
2 取消事由2について
そこで進んで取消事由2について判断するに,取消事由2は,審決の理由の要点(2)の認定判断の誤りをいうものである。
(1) 原告は,本願明細書に記載されている「『実質的等容積プロセス』の後に『等温(燃焼)プロセス』を行うもの」として最高燃焼温度3300°Rとするものが具体的に開示されているので,その変形例として等容積燃焼プロセスにおける最大シリンダー圧力を80%や90%の圧力に設定して,「実質的等容積プロセス」の後に,次にその圧力を維持して最高燃焼温度3300°Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300°Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うものにつき,「実質的等容積プロセス」を終了して「定圧力プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角),並びに,「定圧力プロセス」を終了して「等温(燃焼)プロセス」に移行するときの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)具体的な条件が一意的に設定することができるなどと主張する。
しかし,そもそも,本願明細書の「発明の詳細な説明」における「発明を実施するための最良の形態」の項において,発明を具体的に説明している段落【0016】ないし【0052】及び全8図の図面のうち,「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うという本願発明に関して具体的に記載している部分は明細書の段落【0050】と図8のみであって,それ以外の部分は「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことを前提としたものについて記載したものであり,本願発明の実施例とはできないものである。そして,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものと,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものとでは,燃焼プロセスが異なるものであって,燃料の導入タイミング及び導入量等の条件は当然異なるものになるから,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものについての条件を,本願発明のような「等容積プロセス」を経た後の「定圧力プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うものに用いることはできないと考えられる。
また,本願明細書の段落【0050】には「最大シリンダー圧力を制限することを重んじるような使用法もある。この場合,本発明は別の実施例,すなわち定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせを活用できる。・・・」との記載があるところ,この記載から本願発明が定容積燃焼と定圧力燃焼と定温度燃焼との組み合わせからなることは理解することができたとしても,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込み,組み込みに際しては「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることについては記載も示唆もないし,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行う過程に「定圧力プロセス」を組み込むことや組み込みに際して「実質的等容積プロセス」の終了点における圧力を80%あるいは90%に下げることが技術常識であったとも認められない。そうすると,「等容積プロセス」の後に「等温(燃焼)プロセス」を行うことの変形例として等容積プロセスの終了点における圧力に対する80%や90%の圧力を設定して,本願明細書に開示されている実質的等容積プロセスの後に等温(燃焼)プロセスの燃焼サイクルに用いられている条件や式を用いて,上記圧力を維持して最高燃焼温度3300゜Rまで増加させる「定圧力プロセス」を行い,次に最高燃焼温度3300゜Rにおける「等温(燃焼)プロセス」を行うための導入タイミングや導入燃料量,各プロセスの開始前,終了後のT(温度),圧力(P),V(容積)といった具体的な条件を設定することが,本願明細書に開示されているということはできない。
(2) 原告が主張するように本願発明の燃焼サイクルの各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が計算できたとしても,依然として,各プロセスを生じさせる燃焼噴射タイミングや,各噴射タイミングにおける燃料噴射量をどのように決定するのかが不明である。なぜならば,噴射された燃料が燃焼して熱が生じるには時間的なずれが生じており,燃料噴射タイミングと各プロセスの発生タイミングとは必ずしも一致しないことから,各プロセスにおける容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)が決まっても,各プロセスを行うための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することはできないからである。
すなわち,本願発明の各プロセスでの容積V,圧力P,温度T,及びタイミング(クランク角)については,所望する値を算出することは窺い知ることができたとしても,そのような値となる各プロセスを実現するための各燃料噴射タイミングと各燃料噴射タイミングにおける噴射量を決定することについては,当業者に過度の試行錯誤を強いる。
(3) 以上より,発明の詳細な説明に当業者が容易に本願発明を実施をすることができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
第6結論
以上のとおり,原告が主張する取消事由1は理由があるものの,取消事由2における検討のとおり,発明の詳細な説明には,当業者が容易に本願発明を実施することができる程度に発明の構成が記載されているとはいえないので,本件出願を拒絶すべきものとした審決の結論に誤りはない。
よって原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)