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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10129号 判決 2010年12月14日

原告

株式会社オーム電機

訴訟代理人弁護士

光石忠敬

光石俊郎

光石春平

訴訟代理人弁理士

田中康幸

松元洋

被告

Y

訴訟代理人弁護士

村林隆一

井上裕史

佐藤潤

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800182号事件について平成22年3月30日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,被告が有し発明の名称を「携帯型歯面爪面清掃研磨器」とする特許第3442359号の請求項1ないし4及び6につき,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,これに不服の原告がその取消しを求めた事案である。

2  争点は,請求項1ないし4及び6に係る各発明が,下記引用例1ないし6に記載された発明及び周知技術から容易想到であったか(特許法29条2項),である。

引用例1: 特開平9-252842号公報(発明の名称「電動歯ブラシ」,公開日 平成9年9月30日,甲1。以下ここに記載された発明を「甲1発明」又は「引用発明」という)。

引用例2: 特開平8-80220号公報(発明の名称「電動歯ブラシ装置」,公開日 平成8年3月26日,甲2。以下ここに記載された発明を「甲2発明」という」)。

引用例3: 実用新案登録第2524398号公報(考案の名称「携帯用歯ブラシセット」,登録日 平成8年11月7日,発行日 平成9年1月29日,甲3。以下ここに記載された発明を「甲3発明」という)。

引用例4: 登録実用新案第3023607号公報(考案の名称「携帯用歯ブラシ」,登録日 平成8年2月7日,発行日 平成8年4月23日,甲4。以下ここに記載された発明を「甲4発明」という)。

引用例5: 実開平2-61213号公報(考案の名称「歯磨セット」,公開日平成2年5月8日,甲5。以下ここに記載された発明を「甲5発明」という)。

引用例6: 特表平11-513922号公報(発明の名称「電動歯ブラシ」,公表日 平成11年11月30日,国際公開日 平成10年1月15日,甲6。以下ここに記載された発明を「甲6発明」という)。

第3当事者の主張

1  請求の原因

(1)  特許庁における手続の経緯

被告は,平成12年9月27日に名称を「携帯型歯面爪面清掃研磨器」とする発明につき特許出願し,平成15年6月20日に特許第3442359号として設定登録を受けた(請求項の数6。以下「本件特許」という。)ところ,原告は,平成21年8月20日,本件特許の請求項1ないし4及び6につき無効審判請求をした。

特許庁は,同請求を無効2009-800182号事件として審理した上,平成22年3月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年4月9日原告に送達された。

(2)  発明の内容

本件特許に係る発明(以下,各請求項ごとに順に「本件発明1」等といい,まとめて「本件各発明」という。)の内容は,以下のとおりである。

・ 【請求項1】 携帯されるとともに,研磨の使用時に手で把持される本体(ボディ)と,

本体に内蔵され,バッテリを収容するバッテリホルダと,

本体に内蔵され,そのバッテリにより駆動されるモータと,

前記本体に形成され,そのモータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部と,

その連結部に着脱可能に装着されるとともに,研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータを備えたヘッド部材と,前記本体に形成され,

前記連結部から取り外した前記ヘッド部材を格納する格納スペースと,

その格納スペースに格納される前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバーと,

を含むことを特徴とする携帯型歯面爪面清掃研磨器。

・ 【請求項2】 携帯されるとともに,研磨の使用時に手で把持される本体(ボディ)と,

本体に内蔵され,バッテリを収容するバッテリホルダと,

本体に内蔵され,そのバッテリにより駆動されるモータと,

前記本体に形成され,そのモータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部と,

その連結部に着脱可能に装着されるヘッドアーム,ヘッドアームの先端側に位置して研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータ,その研磨ロータに前記連結部の回転出力部から回転を伝達する回転伝達機構を備えたヘッド部材と,

前記本体に形成され,前記連結部から取り外した前記ヘッド部材を格納する格納スペースと,

その格納スペースに格納された前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバーと,

を含むことを特徴とする携帯型歯面爪面清掃研磨器。

・ 【請求項3】 前記本体の格納スペースには,格納すべき前記ヘッド部材を着脱可能に固定するヘッドホルダが形成されている請求項1又は2に記載の携帯型歯面爪面清掃研磨器。

・ 【請求項4】 前記ヘッドアーム及び前記本体の連結部は,その連結部に対するヘッドアームの取付の回転位相が,予め定められた複数の角度位置で選択可能,もしくは任意の角度位置で調節可能な連結構造とされ,その角度位置の選択もしくは調節により前記本体に対する前記研磨ロータの向きが変更される請求項2又は3に記載の携帯型歯面爪面清掃研磨器。

・ 【請求項6】 前記研磨ロータの回転数が500~2000rpm,回転トルクが8~30mN・m(ミリニュートン・メータ)の範囲になるように,前記モータの出力,回転数及び前記研磨ロータへの回転伝達系の減速比又は増速比の相互関係が規定されている請求項1ないし5のいずれかに記載の携帯型歯面爪面清掃研磨器。

(3)  審決の内容

ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本件発明1ないし4及び6は前記引用例1ないし6に記載された発明(甲1発明ないし甲6発明)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない,というものである。

イ なお,審決が認定した甲1発明の内容,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

・ <甲1発明の内容>

「モータM及び電池Bが収納された本体1の上端に,先端ハウジング2の下端が螺合され,この先端ハウジング2に歯ブラシTを取付けた状態でキャップ3により覆うことができる電動歯ブラシにおいて,

モータMにより駆動される原動軸12と,この原動軸12により駆動される従動軸10と,この従動軸10に軸部が着脱自在に連結される歯ブラシと,該歯ブラシのブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシTが該歯ブラシTの軸を中心として所定の揺動角θで間欠的に揺動するように原動軸12の回転を従動軸10に変換する変換機構13とを有し,

従動軸10と歯ブラシTとの連結は,先端ハウジング2内に設けられた支持筒7内に従動軸10と歯ブラシTを挿入することにより行い,

歯ブラシを歯に当接するのみで,上の歯に対しては,歯ブラシを上方から下方に向けて掻き下げるように揺動し,下の歯に対しては,歯ブラシを下方から上方に向けて掻き上げるように揺動することになり,歯と歯の間に存在する異物を確実に除去する歯磨きができる電動歯ブラシ。」

・ <本件発明1と甲1発明との一致点>

「携帯されるとともに,使用時に手で把持される本体(ボディ)と,

本体に内蔵され,バッテリを収容するバッテリホルダと,

本体に内蔵され,そのバッテリにより駆動されるモータと,

前記本体に形成され,そのモータにより駆動される出力部を含む連結部と,

その連結部に着脱可能に装着されるヘッド部材と,

前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバーと,

を含む携帯型歯面清掃器。」

・ <本件発明1と甲1発明の相違点1a>

本件発明1では,「歯面爪面」の「研磨」に「使用」される「歯面爪面清掃研磨器」が,「前記本体に形成され,そのモータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部と,その連結部に着脱可能に装着されるとともに,研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータを備えたヘッド部材と」を含むのに対して,甲1発明では,「歯磨き」に使用される「電動歯ブラシ」が,「歯ブラシTのブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシTが該歯ブラシTの軸を中心として所定の揺動角θで間欠的に揺動するようにモータMにより駆動される原動軸12の回転を従動軸10に変換する変換機構13とを有し,従動軸10と歯ブラシTとの連結は,先端ハウジング2内に設けられた支持筒7内に従動軸10と歯ブラシTを挿入することにより行い,歯ブラシを歯に当接するのみで,上の歯に対しては,歯ブラシを上方から下方に向けて掻き下げるように揺動し,下の歯に対しては,歯ブラシを下方から上方に向けて掻き上げるように揺動することになり,歯と歯の間に存在する異物を確実に除去する歯磨きができる」点。

・ <本件発明1と甲1発明の相違点1b>

本件発明1では,「カバー」が,「前記本体に形成され,前記連結部から取り外した前記ヘッド部材を格納する格納スペースと,その格納スペースに格納された前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着される」のに対して,甲1発明では,「キャップ3」が,「歯ブラシTを先端ハウジング2内に設けられた支持筒7に取付けた状態で覆う」点。

(4)  審決の取消事由

しかしながら,審決には,以下のような誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。

ア 取消事由1(相違点1aの判断の誤り)

(ア) 審決は,本件発明1ないし4及び6の「携帯型歯面爪面清掃研磨器」につき,「『歯面』及び『爪面』を『研磨』する」ものと捉えているが,これは,社会通念に反するものであり,誤りである。

日本において,「歯面」を「研磨」する道具と,「爪面」を「研磨」する道具が一緒になっている研磨器は,全く存在しない。これは,清潔好きの日本人において,爪面など不潔な部分を研磨する道具を用いて,清潔に保たなければならない歯面の研磨に使用する者が一人も存在しないことからも明らかである。

なお,審決は,「本件特許発明1の【相違点1a】に係る発明特定事項のうち,少なくとも『歯面』及び『爪面』を『研磨』する『歯面爪面清掃研磨器』とその『研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータを備えたヘッド部材』を,当業者が容易に想到することができたと解すべき根拠も見出せない」(15頁22行~25行)と明確に述べているから,被告の「審決は,本件発明の進歩性の判断において『歯面』又は『爪面』を研磨する清掃研磨器について判断している」との主張は誤りである。

(イ) また,審決は,「甲1ないし6には,そもそも歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』で除去した」ことが記載されていないと認定するが,これも社会通念に反するものである。

本件各発明の研磨器は,「歯科医院の専門家」が使用するのではなく,「鞄(洗面用具入れ等も含んで)に入れた際にもかさばらない」と記載がある(本件明細書の段落【0005】)ように,一般消費者が使用するものである。一般消費者の「歯の理想的な磨き方とは,上の歯は,歯ブラシを上方から下方に向けて掻き下げるように揺動させ,下の歯は,歯ブラシを下方から上方に向けて掻き上げるように揺動させて歯と歯の間に存在する歯后あるいは食べ滓等の異物を十分除去することである。このような理想的な磨き方をすれば,歯自体のみでなく,歯茎を痛めることはなく,歯と歯の間等の歯后も除去できる」(甲1,段落【0006】)。一般消費者が,歯茎を痛めることなく研磨剤粒子を有する練り歯磨きを用いて「上方から下方に向けて掻き下げるように揺動させ」たり,「下方から上方に向けて掻き上げるように揺動させ」れば,当然「歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層」も除去される。なお,「歯科医院の専門家」が行う「研磨」と,一般消費者が一人で歯茎を痛めることなく行う磨きには,「研磨」の程度の差があるのは当然であるが,付着物を除去するという本質に何ら差異はない。

審決は,「研磨」という言葉にこだわっているが,研磨とは「とぎみがくこと」(広辞苑)で,一般消費者が歯を磨くときは「研磨」とはいわない。なお,本件各発明の作用効果には,研磨の具体的記載は存在しない。

したがって,甲1ないし甲6にも,当然,「歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』で除去した」ことが記載されている。

(ウ)a 本件発明1ないし4及び6の「携帯型歯面爪面清掃研磨器」は,歯面又は爪面を研磨する道具である。少なくとも,歯面用のヘッド部材と爪面用のヘッド部材は別々に形成されている。

このことは,本件明細書において,歯面及び爪面を研磨する道具の記載がない(段落【0001】ないし【0003】)ことからも裏付けられる。また,「課題を解決するための手段及び効果」及び「効果」(本件明細書の段落【0004】,【0005】)においても,歯面及び爪面を研磨する道具であることは全く記載されていない。

ところで,特許・実用新案審査基準 第Ⅱ部 第2章 新規性・進歩性の「2.8 進歩性の判断における留意事項」(4)に「特許を受けようとする発明を特定するための事項に関して形式上又は事実上の選択肢(注)を有する請求項に係る発明については,当該選択肢中のいずれか一の選択肢のみを発明を特定するための事項と仮定したときの発明と引用発明との対比及び論理付けを行い,論理付けができた場合は,当該請求項に係る発明の進歩性は否定されるものとする。」と記載されている。

同審査基準を本件に当てはめると,「歯面爪面清掃研磨器」は,歯面又は爪面への用途を示しているという意味で形式上又は事実上の選択肢を有するといえるから,歯面を研磨する清掃研磨器について引用発明との対比及び論理付けを行い,論理付けができた場合は,本件発明の進歩性は否定される。

b そこで,この論理付けを試みるに,審決は,「甲2には本件発明1の『ヘッド部材』に相当する『歯ブラシ体12』を有する『電動歯ブラシ』に関し,『駆動部16により歯ブラシ体を駆動軸13の軸線回りの一定角度内で往復回転運動したり軸線方向に往復直線運動すること』≪記載事項(2-a)≫が記載されている」とする。

また,審決は,「甲6には本件発明1の『ヘッド部材』に相当する『ブラシアタッチメント3』を有する『電動歯ブラシ』に関し,『本発明は,電動モータを収容するハンドルを備え,前記電動モータに接続され,駆動され,ブリスタルヘッドが備えられたブラシアタッチメントに結合可能なシャフトを備えた電動歯ブラシに関し,ブリスタルヘッドは,軸を中心として回転し,ブリスタルヘッドの揺動(oscillating)や連続回転運動を発生させる。』≪記載事項(6-a)≫ことが記載されており,さらに『研磨剤粒子を有する練り歯磨き』≪記載事項(6-b)≫を使用することも記載されている。・・・つまり,甲6には,『電動歯ブラシ』に関し,・・・歯のプラーク(歯垢)の除去効率を改善することが記載されている」とする。

さらに,審決は,「甲3ないし5には,手動の歯ブラシが記載されている」と認定している。

なお,審決は,甲2につき,「『歯ブラシ体』に植設された『ブラシ11』が歯面に接触しつつ回転することも記載されていない」と認定するが,この点は,甲6に「研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータ」がすべて開示されている。

したがって,本件発明1の相違点1aに係る発明特定事項は,甲1ないし甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に想到することができたものである。

(エ) 審決は,「仮にモータの回転運動をそのまま回転運動として伝える構成が本件特許の出願前において極めて常識的なことであったとともに,甲1の発明がモータMの回転運動を,変換機構13という一工夫をして,揺動運動という形で歯ブラシTに伝えているものであったとしても,甲第1号証の記載に接した当業者が,上記課題を解決することを目的とした甲1発明の態様として,本件特許発明1の『前記本体に形成され,そのモータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部』に相当する構成を有するものを理解するとまではいえない」(12頁下8行~下1行)と判断する。

しかし,「極めて常識的」なことは周知技術と同一であるから,「相違点は,発明の具体的な実施の場面における設計上の微差にすぎず,発明概念としてみた場合は本件発明と引用発明は異なるところがないから両発明は同一発明と考えられる」のであり,審決の上記判断は誤りである。

また,特許・実用新案審査基準の第Ⅱ部第2章新規性・進歩性の「1.5.3 第29条第1項各号に掲げる発明として引用する発明(引用発明)の認定」における「(3) 刊行物に記載された発明」には,「①『刊行物に記載された発明』は,『刊行物に記載されている事項』から認定する。記載事項の解釈にあたっては,技術常識を参酌することができ,本願出願時における技術常識を参酌することにより当業者が当該刊行物に記載されている事項から導き出せる事項(『刊行物に記載されているに等しい事項』ともいう。)も,刊行物に記載された発明の認定の基礎とすることができる。すなわち,『刊行物に記載された発明』とは,刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できる発明をいう。」と定義されている。

審決は,甲1発明を,甲1の課題などの記載に基づき極めて限定的に捉えているが,上記特許・実用新案審査基準を前提として,甲1の図1等に接すれば,本件発明1における「モータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部」が,甲1に記載されている事項又は記載されているに等しい事項と判断されることは明らかである。

なお,モーターの回転運動をそのまま回転運動として伝える構成が本件特許出願前周知であることは,甲7(米国特許第1489971号明細書,登録日1924年[昭和13年]4月8日)より明らかである。

(オ) 審決は,「仮に歯ブラシと研磨ロータがともに歯を清掃するツールといえるとともに,ブラシ以外の材料を使用し歯面に接触しつつ回転運動するものが本件特許出願前公知であるとしても,甲第1号証に接した当業者が,甲第1号証に,『研磨ロータを備えたヘッド部材を含む携帯型歯面爪面清掃研磨器』に相当する構成が開示されていることを理解するとはいえない」(14頁6行~10行)と判断する。

しかし,前記(ア)ないし(ウ)のとおり,審決は誤りである。

また,歯ブラシのブラシ部分(「ヘッド部材」に相当する部分)が,植毛のブラシに限られないのは周知のことと考えられる(例えば,甲8(登録実用新案第3037544号公報,考案の名称「電動歯ブラシ」,登録日平成9年2月26日,発行日平成9年5月20日)におけるシリコンゴム等の素材)。

なお,特許無効原因に係る特定の公知技術(引用例)のもつ意義を明らかにするためであれば,審判で審理判断されていなかった公知事実であっても,出願当時における技術常識(周知技術),さらには技術常識(周知技術)以外の公知技術を認定する資料とすることができる。

イ 取消事由2(相違点1bの判断の誤り)

(ア) 「周知技術」とは,発明の内容を理解する前提となる,当該発明が属する技術分野における技術常識であり,個々の具体的事実そのものではなく,その技術分野で一般通用性≪横断性≫を有する技術常識≪common general knowledge≫である。したがって,引用発明から出発して,本願発明との差が「周知技術」まで到達したときは,その時点で,発明概念としては,既に本願発明に到達しており,容易想到の証明は実質的に終了していると考えられる。

(イ) 審決は,甲3ないし甲5につき,「小型化のために取り外したヘッド部分を手で把持する柄の部分の内部に格納することは周知ともいえる」と認定し,甲2につき「取り外したヘッド部分を手で把持する柄の部分と一緒にケースに格納すること」も認定している。

甲2は,本件特許と同様,電動歯ブラシで,駆動本体があるため,取り外したヘッド部分を手で把持する柄の部分の内部に格納することはできない構造となっている。

しかし,甲2は,「電動歯ブラシ」と「充電部」の利用できるスペースに,取り外した「歯ブラシ体」を収納している。しかも,この収納技術は,「かさばってしまう」(甲2)という問題を解消することを前提としている。

これらの点を総合すれば,歯ブラシを携帯するために歯ブラシを小型化する課題は周知であり,この課題の解決手段としては,甲2記載のように,充電器を備えた収納ケースの空間に電動歯ブラシと歯ブラシ体を収納するもの,甲3ないし甲5に記載のように,柄となる部分に歯ブラシを収納するものがある。これらは,いずれも取り外したヘッド部分を利用できるスペースに収納するという周知技術であるといえる。

そして,周知技術とは,本来,当業者が熟知している事項であるため,審決においても周知技術であることの根拠を示す必要はないとされるものであって,あたかも訴訟における裁判所に顕著な一般的経験則のごとく,当業者の技術常識ともいうべきものであり,周知であれば,そもそも被告が主張する「動機付け」は不要である。

また,審決は,「仮に,歯ブラシ部分を外して利用できるスペースに収納するという構成が周知であって」と述べ,この点を事実上認めている。

そして,「取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納する」という周知技術を甲1に記載されたキャップ付きの電動歯ブラシに適用した場合,キャップの内側の空間に歯ブラシ部分を収納するという本件発明1の構成に至ることは極めて当然のことである。

(ウ) ところで,甲1には,本件特許のカバーに該当するキャップ3が開示されており,キャップ3は,本体側に装着された歯ブラシTを覆い,かつ,甲1の図1から明らかなように,本体との間にスペースを形成している。そして,そのスペースの大きさも,外した歯ブラシTを収容するために利用できるものである。

前記のとおり,小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納することは周知であり,前記(ア)のとおり,周知技術は一般通用性を有する技術知識であるから,「甲1発明には,歯ブラシT≪ヘッド部材≫を支持筒7≪連結部≫から取り外して格納すべき必然性」,「甲2ないし5に記載されたヘッド部材を格納することに係る・・・上記周知技術を適用すべき根拠」及び「歯ブラシT≪ヘッド部材≫をキャップ3≪カバー≫により外側から被い隠す構成まで当業者が容易に想到できたと解すべき根拠」は,いずれも必要ないことである。

審決は,周知技術につき,「必然性」「適用すべき根拠」及び「当業者が容易に想到できたと解すべき根拠」を要求しており,誤りである。

(エ) なお,審決は,「甲第1号証に接した当業者が,甲第1号証に『取り外したヘッド部材を格納する格納スペース』と,『その格納スペースに格納された前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバー』に相当する構成が開示されていることを理解するとはいえない」(14頁16行~20行)と判断するが,審決は,小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納することが周知技術であることを全く考慮していないもので,誤りである。

また,審決は,「『ヘッド部材を格納する格納スペース』が『本体に形成され』ることを前提としたものであって,『ヘッド部材』を単に『カバー』の内側の『スペース』に格納するというものではない」(17頁13行~16行)と認定するが,上記同様,誤りである。

同様に,審決が「仮に,歯ブラシ部分を外して利用できるスペースに収納するという構成が周知であって,該周知の構成を甲1の発明に適用したとしても,歯ブラシT≪ヘッド部材≫をキャップ3≪カバー≫の内側のスペースに格納する構成にとどまり,『ヘッド部材を格納する格納スペース』が『本体に形成され』る構成まで当業者が容易に想到できたと解すべき根拠は見出せない。」(17頁17行~21行)と判断している点も誤りである。周知技術であれば,当業者が容易に想到できたと解すべき根拠は必要なく,被告の主張する「動機付け」も不要である。

このほか,審決は,進歩性の判断主体である当業者が有する「通常の創作能力」を無視するものであり,失当である。「歯ブラシT(ヘッド部材)をキャップ3(カバー)の内側のスペースに格納する構成」に至れば,いかに格納するかということは設計事項であり,当業者の通常の創作能力の発揮として当然されることであり,そのことに何ら発明的要素はなく,進歩性は否定されるべきである。

(オ) 審決は,甲1に甲2ないし甲5を適用すれば,「甲1発明に係る電動歯ブラシの本体1及び先端ハウジング2(本体)内に取り外した歯ブラシT(ヘッド部材)を格納する格納スペースを形成したものにとどまり」とするが,その構成に対し,[相違点1b]のような「(本体に形成された)格納スペースに格納された歯ブラシT(ヘッド部材)をキャップ3(カバー)により外側から被い隠す構成」が何故進歩性のある構成であるのか何ら理由を述べていない。

本件各発明における「(本体に形成された)格納スペース」は,単なるカバー内側の空間にすぎず,甲1のキャップ内側の空間と何ら変わりはない。のみならず,本件明細書の段落【0018】では,格納スペースは接続出力部が中心線から一定量オフセットしていることにより形成されていると述べているが,段落【0046】の記載や図3からわかるように,原動軸12などは偏心しており,スペースの形成のされ方も同じである。また,キャップ内側の空間に歯ブラシ部分を格納すれば,キャップにより当該部分を被い隠すことになることは当然である。

このように,甲1に甲2ないし甲5を適用して得られる「甲1発明に係る電動歯ブラシの本体1及び先端ハウジング2(本体)内に取り外した歯ブラシT(ヘッド部材)を格納する格納スペースを形成したもの」と,本件各発明における「(本体に形成された)格納スペースに格納された歯ブラシT(ヘッド部材)をキャップ3(カバー)により外側から被い隠す構成」とに何ら相違はなく,本件各発明の構成は,甲1に甲2ないし甲5を適用することによって当然に得られるというべきである。

ウ 取消事由3(本件発明1の効果認定の誤り)

審決が,本件特許の効果(本件明細書の段落【0005】)につき,「甲第1号証ないし甲第6号証に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得ない,顕著なものである」(17頁下4行~下3行)と判断したことは,前記アのとおり,明らかに誤りである。

すなわち,本件明細書の段落【0005】は,「このように研磨ヘッドを本体に格納できるようにしたことで,携帯時や保管時に,全体が大幅にコンパクトになり,鞄(洗面用具入れ等も含んで)に入れた際にもかさばらない。また,研磨ヘッドはカバーで被われて,研磨ヘッドが他の物に触れたりしないので,鞄に入れるのに抵抗感がなく,かつ清潔である。」と効果を記載する。

しかし,「研磨ヘッドはカバーで被われて,研磨ヘッドが他の物に触れたりしないので,鞄に入れるのに抵抗感がなく,かつ清潔である」は,甲1記載のとおり,キャップを設ければ当然得られる効果であり,既に知られているもので,何ら顕著な効果ではない。また,「このように研磨ヘッドを本体に格納できるようにしたことで,携帯時や保管時に,全体が大幅にコンパクトになり,鞄(洗面用具入れ等も含んで)に入れた際にもかさばらない」であるが,甲2ないし甲5記載のごとく,長さが半分くらいになるのであれば「大幅にコンパクト」であるが,本件発明1のごとく本体先端部の回りに格納した場合には,どのようにしても限度があり,使用時の状態でキャップを被せた場合と比べてせいぜい15%程度短くなるだけであり,大幅にコンパクトとはいえない。

このように,本件発明1の実際の効果は,明細書に記載の「文言」とはかけ離れたものであり,審決がいうような「甲1ないし甲6に記載された発明及び周知技術から当業者が予測し得ない,顕著なもの」ではなく,進歩性を判断する上で参酌すべきものではない。

なお,審決は,「歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』により除去」することにつき,本件特許の効果とは認定しておらず,この点に関する被告の主張は誤りである。

審決は,「~除去し,歯面を『清掃』する『携帯型歯面爪面清掃研磨器』において」と場面を限定しているにすぎない。

エ 本件発明2は,本件発明1の「ヘッド部材」が「ヘッドアーム」,「回転伝達機構」に係る構成を備える点でより限定されたものである。また,本件発明3,4,6は,いずれも本件発明1又は2を引用し,さらにその構成を限定したものである。

したがって,本件発明1が甲1ないし甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたので,上記すべての発明も甲1ないし甲6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものである。

2  請求原因に対する認否

請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。

3  被告の反論

審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

(1)  取消事由1に対し

ア 確かに,本件各発明は,「歯面」又は「爪面」を「研磨」する「清掃研磨器」を対象とするものである。

しかし,審決は,本件各発明の進歩性の判断において,「歯面と爪面とを同時に研磨する」ことに新たな技術思想があると判断しているわけではなく,「歯面」又は「爪面」を研磨する清掃研磨器について判断している。

かかる事実は,審決が「本件特許発明1の『携帯型歯面爪面清掃研磨器』と甲1の発明の『電動歯ブラシ』とは,『歯面の清掃』で『使用』される『携帯型歯面清掃器』である点で共通する」(10頁下8行~下6行)と認定することからも明らかであり,審決は,相違点1aにおいて,モータの動力伝達機構や清掃機構の相違点を指摘するが,原告が主張するような「歯面と爪面とが『同時に』研磨できるかどうか」は一切問題としていない。

よって,審決に誤りはなく,仮に誤りであるとしても,審決の結論に影響するものではない。

イ なお,原告は,公知文献に記載された発明の認定等について,歯面の付着物を「研磨で除去した」かどうかを問題とするが,議論のすり替えである。

本件発明1は,あくまで審決が認定するとおり,「『研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータを備えたヘッド部材』の『研磨ロータ』の端面や外周面を歯面に当てて,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』により除去し,歯面を『清掃』する」という具体的な構成である。

ウ 甲1は,モータMにより駆動される原動軸12の回転を,変換機構13により歯ブラシTに連結された従動軸10の揺動運動に変換する構成を採用することにより,従来の電動歯ブラシでは実現できなかった理想的な磨き方を実現したものである。

すなわち,甲1の技術思想と,「回転する研磨ロータによる研磨」で付着物(色素沈着等)の層を除去する本件発明1の技術思想とは,全く異質であり,甲1に本件発明1の技術思想が記載されていないとの審決の判断に誤りはない。

なお,原告は,訴外株式会社ソワレとともに,「回転する研磨ロータ」により歯面を「研磨」する「携帯型歯面清掃研磨器:BLANCA」を販売しているところ,当該製品の「コンセプト」として,「普段の歯磨きでは落ちない汚れを確実に除去,虫歯・口臭を防ぎます。」(乙1)と強調し,ブラッシングと研磨が,社会通念上異なる技術思想であることを自認している。

このように,原告が,上記書面において「歯磨き」と「研磨」の相違点を強調し,その効果が格段に異なる旨広く社会に宣伝し主張していながら,本訴において,「歯磨き」と「研磨」とが同一であると主張することは,信義則に反するというほかない。

エ 甲7及び甲8は,いずれも,審決において,原告が甲1に記載された技術事項を明確にするためとして,無効審判請求の後に提出し,参考資料として採用されたものにすぎない。

すなわち,原告は,無効審判において,口頭審理陳述要領書(乙2)と同時に甲7及び甲8を追加して提出し,「甲7及び甲8を勘案すれば甲1に本件発明1の構成要件D,E,G,Hに相当する構成が記載されていることは明らかである」と主張したが,審決は原告の同主張を排斥したのである。

よって,本訴の審理対象となり得るのは,甲7及び甲8に記載された技術事項を勘案しても,甲1に本件発明1の構成要件D,E,G,Hに相当する構成が記載されていないとの審決の判断に違法があったか否かにすぎない。にもかかわらず,甲7及び甲8の立証趣旨につき,「モータMの回転運動をそのまま回転運動として伝えることが周知であること」と主張することは,審判において判断対象となっていない主張を,本訴で主張するものであり,審決取消訴訟の訴訟物と齟齬するものである。

なお,甲7及び甲8は,甲1発明の意義を明らかにするためにのみ参酌が許されるのであり,それを超えて,甲1やその他の公知文献に記載されていない技術事項を補完するために用いることはできない。

オ 甲2に記載された発明と甲6に記載された発明は無関係であるから,「甲6に『研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータ』がすべて開示されている」旨の原告の主張は理由がない。

そして,甲2に「たばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』で除去したり,『爪面』を『研磨』してきれいにすることは記載されておらず,『歯ブラシ体』に植説された『ブラシ11』が歯面に接触しつつ回転することも記載されていない。」(14頁下8行~下5行)との審決の認定に誤りはない。

また,甲3ないし甲5は,いずれも従来の歯ブラシに関するものであり,「回転する研磨ロータによる研磨」との技術思想が開示されていないことは明らかである。

カ 原告は,甲6につき,審決の認定が誤っている部分を具体的に主張していない。

審決が認定するとおり,甲6記載の発明は,「記載事項(6-c)に記載されているように,『ブリスタルヘッド』のストローク運動の突き堀り運動と回転運動のふき取り動作により,歯の表面からプラークを取り易くすることに加え,拭き取り動作により緩んだプラークの積極的除去を確実にするものである」。

よって,審決の「甲第6号証には,『電動歯ブラシ』に関し,あくまでも歯のプラーク(歯垢)の除去効率を改善することが記載されているにすぎず,たばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』で除去したり,『爪面』を『研磨』できれいにしたりすることは記載されていない」(15頁10行~13行)との判断に誤りはない。

キ 以上のとおり,甲1ないし甲6のいずれにも[相違点1a]に係る発明特定事項は記載されていない。

よって,審決の「本件特許発明1の[相違点1a]に係る発明事項は,甲第1号証~甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到することができたものとはいえない」(15頁下10行~下8行)との判断に誤りはない。

(2)  取消事由2に対し

ア 原告は,「引用発明から出発して,本願発明との差が『周知技術』まで到達したときは,その時点で,発明概念としては,既に本願発明に到達しており,容易想到の証明は実質的に終了している」と主張する。

しかし,審決は,甲2ないし甲5には,「取り外したヘッド部分を手で把持する柄の部分と一緒にケースに格納すること」「ヘッド部分を手で把持する柄の部分の内部に格納すること」が開示されていると認定するにすぎない。

前記構成は,相違点1bの「本体に形成され,前記連結部から取り外した前記ヘッド部材を格納する格納スペース」とは全く異なる構成である。

すなわち,引用発明(甲1)と本件発明1との差(相違点1b)は,「周知技術」まで到達していないことはおろか,他の引用発明に開示すらされていない。

よって,審決の「本件特許発明1の[相違点1b]に係る発明特定事項は,甲第1号証~甲第6号証に記載された発明に基いて当業者が容易に想到することができたものとはいえず」(16頁下5行~下3行)との判断に誤りはない。

イ また,前記のとおり,[相違点1b]の具体的な構成は,周知技術ではないから,原告の「審決は,小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに収納することが周知技術であることを全く考慮していないもので,誤りである」との主張は理由がない。

そもそも,審決が認定するとおり,「甲1の発明には,歯ブラシT(ヘッド部材)を支持筒7(連結部)から取り外して格納すべき必然性はなく」(16頁22行~24行),取り外したヘッド部分を,どこかのスペースに収納するという動機付けがない。

仮に,原告主張のように「歯ブラシを小型化する」との課題が周知であるとしても,小型化するための具体的な構成は複数あり,歯ブラシの他の部分の構造との関係によって,採用できる(小型化の)構成もあれば,採用し得ない構成も存在する。

また,具体的な(小型化の)構成によっては,進歩性が認められ得ることは当然である。

この点,審決も指摘するとおり,甲1は電動歯ブラシであり,甲2ないし甲5に記載された具体的な構成を採用しても「小型化」にはつながらず,これらを適用すべき根拠はない。

また,甲2ないし甲5には,相違点1bの具体的な構成が開示されておらず,仮にこれらを適用しても,本件発明1の構成とはならない。

(3)  取消事由3に対し

審決は,「全体が大幅にコンパクトになり」との効果とともに,「歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』により除去」する効果も含めて,本件発明1は甲1ないし甲6に記載された発明から当業者が予測し得ない顕著なものであると認定している。

前述のとおり,甲1ないし甲6には,回転する研磨ロータで,歯面の付着物(色素沈着等)の層を「研磨」して除去する技術思想は開示されていないのであるから,(回転する研磨ローラの)研磨による除去の効果が,当業者が予測し得ない顕著な効果であることは当然である。

(4)  そして,本件発明1に関する審決の認定判断に誤りはないから,本件発明2ないし4及び6に関する原告の主張も理由がない。

第4当裁判所の判断

1  請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。

2  容易想到性の有無

審決は,本件発明1ないし4及び6は甲1ないし甲6発明及び周知技術から容易に想到できるものではないとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。

(1)  本件各発明の意義

ア 本件明細書(特許公報,甲9)には,特許請求の範囲として前記第3,1(2)のとおりの記載があるほか,発明の詳細な説明として,以下のとおりの記載がある。

・ 【発明の属する技術分野】

「この発明は,歯面に付着したたばこのヤニ等の付着物(沈着物)を研磨により除去したり,爪面を研磨してきれいにする清掃研磨器に関する。」(段落【0001】)

・ 【従来の技術】

「従来,歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の付着物(色素沈着等)は,歯科医院の専門家の手によって除去されていた。また,爪面の研磨作業はヤスリ等を用いて行われていた。」(段落【0002】)

・ 【発明が解決しようとする課題】

「この発明の課題は,簡単に持ち運びができ,またどこでも気軽に歯面や爪面の研磨作業が可能な携帯型歯面爪面清掃研磨器を提供することにある。」(段落【0003】)

・ 【課題を解決するための手段及び効果】

「この発明では,携帯されるとともに研磨の使用時に手で把持される本体(ボディ)に,バッテリを収容するバッテリホルダ,及びそのバッテリにより駆動されるモータが内蔵され,さらにその本体には,上記モータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部が形成される。研磨対象面に接触しつつ回転する研磨ロータを備えたヘッド部材は,その連結部に着脱可能に装着される。前記本体には,前記連結部から取り外したヘッド部材を格納する格納スペースが形成され,また,その格納スペースに保持されるヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体にカバーが着脱可能に装着される。」(段落【0004】)

・ 「このように研磨ヘッドを本体に格納できるようにしたことで,携帯時や保管時に,全体が大幅にコンパクトになり,鞄(洗面用具入れ等も含んで)に入れた際にもかさばらない。また研磨ヘッドはカバーで被われて,研磨ヘッドが他の物に触れたりしないので,鞄に入れるのに抵抗感がなく,かつ清潔である。」(段落【0005】)

・ 「なお,本体の格納スペースに,ヘッド部材を着脱可能に固定するヘッドホルダが形成される場合は,格納時にヘッド部材がそのヘッドホルダに装着されて固定されるため,携帯時にガタ付いたりせず,ヘッド部材を安定に保持できる。」(段落【0006】)

・ 【発明の実施の形態】

「以下,この発明の実施の形態を図面に示す実施例に基づいて説明する。図1及び2に示す携帯型歯面爪面清掃研磨器20は,本体(ボディ)21と,先端に研磨ロータ48を備えたヘッド部材22と,格納状態のヘッド部材22を被うカバー23とを備えている。本体21は,樹脂等の中空のハウジングで外殻が構成され,その内部には電池(バッテリ)24が電池ホルダ25に装着されるようになっている。本体21は,図5に幾つかの横断面を示すように,楕円形状等のやや扁平な横断面を有する。なお,本体21は2分割できるようにされ,電池24を被う本体部分は,別の本体部分に対し取り外しができ,この部分を電池カバー38とみることもできる。なお,本体21(電池カバー38)の一端部には,フックに掛けたり,ストラップを通したりする孔57が形成されている。」(段落【0009】)

イ 以上の記載によれば,本件各発明は,歯面に付着した付着物を研磨により除去したり,爪面を研磨してきれいにする清掃研磨器に関する発明であり,同発明の課題は,携帯型の歯面爪面清掃研磨器を提供することにあり,研磨ヘッドを本体に格納できるようにすることで,全体が大幅にコンパクトになり,研磨ヘッドが他の物に触れたりしないので,清潔であるとされている。

(2)  引用発明等の意義

ア 一方,引用例1(甲1)には,以下の記載がある。

・ 【特許請求の範囲】

「【請求項1】 モータ(M)により駆動される原動軸(12)と,この原動軸(12)により駆動される従動軸(10)と,この従動軸(10)に軸部(Ta)が着脱自在に連結される歯ブラシ(T)と,該歯ブラシ(T)のブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシ(T)が該歯ブラシ(T)の軸を中心として所定の揺動角(θ)で間欠的に揺動するように前記原動軸(12)の回転を前記従動軸(10)に変換する変換機構(13)とを有してなる電動歯ブラシにおいて,前記変換機構(13)は,前記原動軸(12)に対し偏心して設けられた従動軸(10)と,これら原動軸(12)と従動軸(10)のいずれか一方に取付けられた突部(15a)を有する円盤部材(15)と,前記原動軸(12)と従動軸(10)のいずれか他方に設けられ前記突部(15a)と所定範囲のみ係合する係合部材(17)と,当該係合部材(17)と前記突部(15a)の係合が外れると前記係合部材(17)を元の位置の復帰させるばね(18)とを有することを特徴とする電動歯ブラシ。」

・ 【発明の詳細な説明】

【発明の属する技術分野】

「本発明は,歯ブラシが軸を中心として所定の揺動角で揺動運動するようにした電動歯ブラシに関する。」(段落【0001】)

・ 【従来の技術】

「一般に,電動歯ブラシには,歯ブラシ部分が歯面に対して回転するもの,歯の整列方向に往復動するもの,あるいはブラシの毛を小径の円柱状に束ねた小ブラシを歯ブラシの基板に複数個設け,これら小ブラシをそれぞれ独立に回転させるようにしたもの等がある。」(段落【0002】)

・ 【発明が解決しようとする課題】 「しかし,これら電動歯ブラシは,一方向に歯を磨いたり,反転しつつ歯を磨いたりするものであり,歯と歯茎の部分を同時に磨く虞れがあるので,最も磨く必要のある歯と歯の間を確実に磨くことができず,磨き易い所のみを磨く傾向があり,しかも磨き過ぎにより歯や歯茎を痛める虞れもある。」(段落【0003】)

・ 「また,歯ブラシの基板に複数の小ブラシを設けた電動歯ブラシは,歯と歯の間を比較的確実に磨くことができるが,小ブラシを基板の孔から突出し,該基板の下部に多数の歯車を設けて各小ブラシを回転させるようにしているので,歯磨後に洗浄を怠ると,基板に開設された孔から歯車収納部に水あるいは歯磨剤等が浸入し,ここで歯磨剤等が固化し,回転不能という事態に陥りやすい。」(段落【0004】)

・ 「いずれにしても,従来の電動歯ブラシは,歯の理想的な磨き方とは相違し,歯自体のみでなく,歯茎を痛め,歯と歯の間等の歯后の除去も不十分なものとなっている。」(段落【0005】)

・ 「本発明は,上述した従来の課題を解決するためになされたもので,水や歯磨剤等に対するシール性も高く,簡単な構成で歯の理想的な磨き方を実現できる,コスト的にも優れた電動歯ブラシを提供することを目的とする。」(段落【0008】)

・ 【課題を解決するための手段】

「上述した目的を達成するための請求項1に記載の発明は,モータにより駆動される原動軸と,この原動軸により駆動される従動軸と,この従動軸に軸部が着脱自在に連結される歯ブラシと,該歯ブラシのブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシが該歯ブラシの軸を中心として所定の揺動角で間欠的に揺動するように前記原動軸の回転を前記従動軸に変換する変換機構とを有してなる電動歯ブラシにおいて,前記変換機構は,前記原動軸に対し偏心して設けられた従動軸と,これら原動軸と従動軸のいずれか一方に取付けられた突部を有する円盤部材と,前記原動軸と従動軸のいずれか他方に設けられ前記突部と所定範囲のみ係合する係合部材と,当該係合部材と前記突部の係合が外れると前記係合部材を元の位置の復帰させるばねとを有することを特徴とする。」(段落【0009】)

・ 「このようにすれば,歯ブラシを歯に当接するのみで,例えば上の歯に対しては,歯ブラシを上方から下方に向けて掻き下げるように揺動し,下の歯に対しては,歯ブラシを下方から上方に向けて掻き上げるように揺動することになり,歯と歯の間に存在する異物を確実に除去することができる理想的な歯の磨き方を実現できることになる。」(段落【0010】)

・ 「しかも,原動軸の回転を簡単な機構で従動軸の揺動運動に変換することができ,耐久性も問題がなく,コスト的にも優れたものとなる。」(段落【0011】)

・ 【実施の形態】

「図1において,本実施の形態に係る電動歯ブラシは,モータM及び電池Bが収納された本体1の上端に,先端ハウジング2の下端が螺合され,この先端ハウジング2には歯ブラシTを取付けた状態でキャップ3により覆うことができるようになっている。」(段落【0019】)

・ 【図1】 (本発明の実施の形態を示す断面図)

file_2.jpg・ 「この従動軸10とモータMより突出された原動軸12との間には,変換機構13が設けられている。つまり,歯ブラシTのブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシTが該歯ブラシの軸を中心として所定の揺動角θで間欠的に揺動する運動に変換するものである。」(段落【0022】)

・ 「・・・この中心孔Oには,従動軸10と歯ブラシTから突出されている軸Taが該支持筒7と密着するようにキッチリと挿入され,これら従動軸10と歯ブラシTの軸Taの両者を内部連結している。」(段落【0030】)

・ 【発明の効果】

「以上説明したように,本発明の電動歯ブラシによれば,歯ブラシのブラシ面が歯の整列方向に沿うように歯ブラシを歯に当てた状態で,歯ブラシが所定角度で間欠的に揺動するので,理想的な歯磨きが可能となる。」(段落【0048】)

イ 以上の記載によれば,甲1発明は,電動歯ブラシに関する発明であって,水や歯磨剤等に対するシール性も高く,簡単な構成で歯の理想的な磨き方を実現できる,コスト的にも優れた電動歯ブラシを提供することを目的としており,同発明は,モータにより駆動される原動軸と,この原動軸により駆動される従動軸と,この従動軸に軸部が着脱自在に連結される歯ブラシと,該歯ブラシのブラシ面を歯の整列方向に沿うように歯に当てた状態で歯ブラシが該歯ブラシの軸を中心として所定の揺動角で間欠的に揺動するように前記原動軸の回転を前記従動軸に変換する変換機構とを有しているものといえる。

ウ このほか,甲2ないし甲6には,それぞれ以下の記載がある。

(ア) 甲2には,以下の記載がある。

・ 【特許請求の範囲】

「【請求項1】 ブラシが植設された歯ブラシ体と該歯ブラシ体を歯磨き動作する駆動部と該駆動部に電気を供給する被充電部と該被充電部から駆動部への電気の供給を可能又は不能にするスイッチとを有した電動歯ブラシと,外部電源に電気的に接続して被充電部を充電する充電器と,電動歯ブラシを収納する収納ケースとを備えた電動歯ブラシ装置において,前記充電器は,電動歯ブラシが収納ケースに収納されたとき被充電部への充電が可能となるよう収納ケースに一体的に設けられてなる電動歯ブラシ装置。」

・ 【発明の詳細な説明】

【産業上の利用分野】

「本発明は,駆動部によりブラシが植設された歯ブラシ体を往復回転運動する電動歯ブラシと,これを収納する収納ケースとを備えた電動歯ブラシ装置に関するものである。」(段落【0001】)

・ 【課題を解決するための手段】

「前記目的を達成するために,請求項1記載の電動歯ブラシ装置は,ブラシが植設された歯ブラシ体と該歯ブラシ体を歯磨き動作する駆動部と該駆動部に電気を供給する被充電部と該被充電部から駆動部への電気の供給を可能又は不能にするスイッチとを有した電動歯ブラシと,外部電源に電気的に接続して被充電部を充電する充電器と,電動歯ブラシを収納する収納ケースとを備えた電動歯ブラシ装置において,前記充電器が,電動歯ブラシが収納ケースに収納されたとき被充電部への充電が可能となるよう収納ケースに一体的に設けられた構成としている。」(段落【0005】)

・ 「この電動歯ブラシ装置は,電動歯ブラシ1と,充電器2を内蔵した収納ケース3とから構成されている。」(段落【0014】)

・ 【図1】 (本発明の第1実施例の蓋部を開いた状態を示すものであり,(a)は平面図,(b)は断面図である。)

file_3.jpg・ 「電動歯ブラシ1は,一端側面にブラシ11が植設された歯ブラシ体12と,一端にブラシ体12が着脱自在に装着される駆動軸13を有し他端に充電器2に電気的に接続し得る被充電側接続部14を有した長尺の駆動本体15とから構成されている。駆動本体15の内部には,駆動軸13を軸線回りの一定角度内で往復回転運動したり軸線方向に往復直線運動する駆動部16と,駆動部16に電気を供給する蓄電池(二次電池)等の被充電部17とが収容されている。」(段落【0015】)

・ 「一方,収納ケース3は,一端面に開口部を有した大略矩形状の箱体部31と,開口部を開閉するよう箱体部31に枢着した蓋部32とから構成されており,箱体部31の内部には,2個の歯ブラシ体12と駆動本体15とが所定の箇所に収納できるようになっている。」(段落【0017】)

・ 「・・・電動歯ブラシ1を歯ブラシ体12と駆動本体15とに分割してそれぞれを箱体部31の所定の箇所に収納する・・・」(段落【0019】)

(イ) 甲3には,以下の記載がある。

・ 【実用新案登録請求の範囲】

「【請求項1】 開口部を細長く形成した横長の容器本体1を設け,この容器本体1の開口部の側縁に,蓋体7の側縁をヒンジ部5で回動可能に一体に連結し,そして,前記容器本体1の開口部の他の側縁に本体係止部2を設け,蓋体7の他の側縁に前記本体係止部2に係止する蓋体係止部8を設けて,横長の密閉型の筒状容器11を形成し,さらに,前記筒状容器11内に収容できる歯ブラシ22を設け,この歯ブラシ22の支軸23の基部を,前記筒状容器11の端壁部12に着脱自在に装着して把柄付きブラシを形成できるようにした携帯用歯ブラシセット。」

・ 【考案の詳細な説明】

〔産業上の利用分野〕

「本考案は,携帯用歯磨セットに関する。」(1頁2欄10行)

・ 「前記筒状容器11内には,歯ブラシ22と歯磨チューブ32が収容できるように形成してある。」(2頁4欄41~42行)

file_4.jpg・ 「本実施例では,歯ブラシ22を使用しない場合には,第2図に示すように筒状容器11内に歯ブラシ22と歯磨チューブ32とをコンパクトに収納することができる。」(2頁4欄50行~3頁5欄2行)

(ウ) 甲4には,以下の記載がある。

・ 【実用新案登録請求の範囲】

「【請求項1】 下記の要件を備えたことを特徴とする携帯用歯ブラシ。

(イ) ブラシ体と,当該ブラシ体を収納する容器体と,前記ブラシ体に取り付けられるキーホルダー付マスコット体とを有すること。

(ロ) 前記ブラシ体の基部には周溝が設けられていること。

(ハ) 前記容器体の一側面には前記周溝と係合する係合孔が設けられていること。

(ニ) 前記ブラシ体の基部には嵌合突起部が設けられていること。

(ホ) 前記キーホルダー付マスコット体の基部には前記嵌合突起部と嵌合する嵌合受部が設けられていること。」

・ 【考案の詳細な説明】

【考案の属する技術分野】

「本考案は,携帯忘れを防止するためカバン等の外部から視認し得る位置へ取り付けるようにした携帯用歯ブラシに関するものである。」(段落【0001】)

・ 【考案の実施の形態】

「本考案が提供する手段は,ブラシ体3と,ブラシ体3を収納する容器体5と,ブラシ体3の基部33に取り付けられるキーホルダー付マスコット体7とを有する。ブラシ体3の基部33には周溝35が設けられると共に,容器体5の一側面には周溝35と係合する係合孔55が設けられており,この周溝35と係合孔55とを係合させることによりブラシ体3を容器体5に固定することができる。・・・」(段落【0006】)

・ 【図1】 (実施例の斜視図)

file_5.jpgan yoanye yp som ye nay hie Th waaa hth・ 「次に図1乃至図4を参照して携帯時の作用を説明する。

まず,ブラシ体3のブラシ部31を容器体5内に収納するようにしてブラシ体3の周溝35を容器部51の欠切部55aへ挿入する。この状態で蓋部52を閉じることにより,蓋部52側の欠切部55bが容器部51側の欠切部55aと合致して係合孔55が周溝35と係合する。また,蓋部52を閉じたときには嵌合突起部53が嵌合受部54に嵌合して容器部51と蓋部52が確実に嵌着されるので,多少の衝撃を受けた場合であっても蓋部52の開放を防止することができる。これにより,ブラシ体がほぼ密閉状態で容器体内に収容されるので,ブラシ体を清潔に保つことができる。

以上のごとく,その断面形状が矩形状若しくは楕円状に形成された周溝35が同一形状の係合孔55と係合するので,ブラシ体3の回転を確実に防止することができる。このようにして,ブラシ体3のブラシ部31を容器体5内に収納した状態では,ブラシ体3の嵌合突起部36のみが容器体5の外側に突出することになる。」(段落【0011】)

(エ) 甲5には,以下の記載がある。

・ 「実用新案登録請求の範囲」

「(1) 一定長の握り手筒体内部を空洞に形成し,一端から歯ブラシを逆向きに挿入可能とし,他端から歯みがきチユーブを出し入れ可能に,或は該端側の一部を歯みがきチユーブ容器に形成したことを特徴とする歯磨セット。

(2)  握り手筒体の筒径が凡そ1.5cm~2cm,長さが凡そ10cm~12cm,歯ブラシ長が凡そ6cm程度で毛先反対端から凡そ1cm程度に係止用の張出突起を設けしめてなる請求項1記載の歯磨セツト」(1頁4~13行)

・ (産業上の利用分野)

「本考案は歯磨セツトの改良に係る。」(1頁下5行)

・ (課題を解決するための手段)

「本考案は一定長の握り手筒体内部を空洞に形成し,一端から歯ブラシを逆向きに挿入可能とし,他端から歯みがきチユーブを出し入れ可能に,或は該端側の一部を歯みがきチユーブ容器に形成したことを特徴とする。」(2頁7~11行)

・ 「第2図は使用状態図であつて,Aは上記各部品を握り手筒体1内へ収納して携帯に便ならしめた格納状態図,Bは歯ブラシ2を筒体1内から取出すと共に歯ブラシ2を先端に取付け,また筒体1の栓体4を外して歯みがきチユーブ3を取出し,該チユーブ3内のクリームgを歯ブラシ2に塗布した使用状態図である。」(3頁7~14行)

・ 【第2図】

file_6.jpg・ (考案の効果)

「本考案では凡そ径が1.5cm~2cm,長さが10cm~12cmの握り手筒体内に歯ブラシや歯みがきクリームなどを収納した構成となさしめたことから,胸などのポケツトにも簡単に差し込んで携帯できるのであり,従つてどこでも食事後簡単に歯みがきをすることができて衛生上極めて優れたものとなる。」(4頁10~16行)(オ) 甲6には,以下の記載がある。

・ 【特許請求の範囲】

「1.電動モータ(8)を収容するハンドル(2)と,前記電動モータ(8)に接続されて駆動され,ブリスタルヘッド(26)の揺動(oscilating)又は連続回転運動(49)を発生させる為,軸(27)を中心として回転するブリスタルヘッドを備えたブラシアタッチメント(3)に結合可能なシャフト(20)とを備えた電動歯ブラシ(1)において,

ハンドル(2)に結合されたブラシアタッチメント(3)は,揺動的旋回またはストローク運動(50)または前記軸(27)と本質的に平行な方向で同等の運動を行うことを特徴とする,電動歯ブラシ。」

・ 【発明の詳細な説明】

「本発明は,電動モータを収容するハンドルを備え,前記電動モータに接続され,駆動され,ブリスタルヘッドが備えられたブラシアタッチメントに結合可能なシャフトを備えた電動歯ブラシに関し,ブリスタルヘッドは,軸を中心として回転し,ブリスタルヘッドの揺動(oscillating)や連続回転運動を発生させる。」(7頁3~6行)

・ 「歯磨き中,ブラシアタッチメントの当該部分は,練り歯磨き,唾液や水により貫通され,機械的可動部の相対的に早期磨耗に導くのは,特に,研磨剤粒子を有する練り歯磨きである。」(8頁4~6行)

・ 「大体において,分かってきているのは,ストローク運動および回転運動の,そのような周波数の差が,著しくユーザの歯における洗浄効果を改善するという点である。これは,一方で,ブリスタルヘッドのストローク運動の高い周波数が,ブリスタルの突き掘り運動を強め,そのため,ユーザの歯の表面から一段と高められたプラークの緩みを生み出すせいである。他方では,ふき取り動作(wiping motion)は同一の高い周波数では行われないが,そのため,歯の表面にわたるブリスタルの速すぎるふき取りは避けられる。その代わり,ふき取り動作は,低い周波数で行われ,それが,歯の表面から緩んだプラークの積極的除去を許容し,実際,追加プラークの緩みを助長する。従って,ブリスタルヘッドのストローク運動の高い周波数は,ユーザの歯の表面からプラークを取り易くする点で有利な効果を有するが,ブリスタルヘッドの回転運動の低い周波数は,より多くのプラークを取り易くすることに加え,ふき取りにより緩んだプラークの積極的除去を確実にする。」(11頁3~15行)

・ 「図1から図3の電動歯ブラシ1のスイッチが入れると,電動モータ8のモータシャフト31は回転運動に設定される。四節リンク30により,この連続した回転は,軸21回りのシャフト20の交互回転運動へと変換される。ブラシアタッチメント3が取り付けられると,この交互回転運動はベベルギアセグメント28,29により,ブリスタルヘッド26へと伝達され,そのため,軸27回りの同様の交互回転運動49に転化する。」(23頁2~7行)

・ 図1(Fig.1)

file_7.jpgani 2 ui \ ay va i az 3 * 10 SN De 7MERHRR iw ions 3 Fig.(3)  取消事由の主張に対する判断

ア 取消事由1(相違点1aの判断の誤り)について

(ア)a 原告は,審決が本件各発明を「歯面」及び「爪面」を「研磨」するものとして捉えているが,これは社会通念に反する旨主張する。

しかし,審決は,その15頁17行~19行において「甲第1号証~甲第6号証には,そもそも歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』で除去したり,爪面を『研磨』してきれいにしたりすることは記載されておらず・・・」等と記載していることから明らかなように,容易想到性の判断においては「歯面」の研磨と「爪面」の研磨とを区別しているものといえる。また,前述した内容の本件発明1においては,歯面用のヘッド部材と爪用のヘッド部材は別々に形成されているものと認めるのが合理的である。

したがって,原告の上記主張は理由がない。

b 原告は,甲1ないし甲6にも,歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を「研磨」により除去することが記載されており,本件発明1と相異するものではない旨主張する。

しかし,前記(2)のとおり,甲1ないし甲6に開示されたものは,本件発明1のような「研磨器」に関するものではなく「歯ブラシ」に関するものであって,歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を「研磨」で除去することは記載されていない。

また,歯科専門医が行う「研磨」と一般人が行う「磨き」とを同一視することはできず,この点に関する原告の主張は理由がない。

(イ) 原告は,本件の「歯面爪面清掃研磨器」は,歯面又は爪面への用途を示しているという意味で,形式上又は事実上の選択肢を有するといえるから,歯面を研磨する清掃研磨器について引用発明との対比及び論理付けを行い,論理付けができた場合は,本件各発明の進歩性は否定される旨主張する。

しかし,本件の「歯面爪面清掃研磨器」は,ヘッド部材を入れ替えることで,歯面も爪面も清掃ないし研磨できるという「兼用」の清掃研磨器を開示することに特徴があるもので,形式上又は事実上の選択肢を有するものではないから,原告の上記主張は前提を欠くものである。

(ウ) 原告は,本件発明1における「連結部」が,甲1に記載されている事項又は甲1に記載されているに等しい事項であると主張する。

そこで検討するに,前記(2)アのとおり,甲1には,従来技術として「電動歯ブラシにおいて,ブラシの毛を小径の円柱状に束ねた小ブラシを歯ブラシの基板に複数個設け,これら小ブラシをそれぞれ独立に回転させるようにしたもの」が記載されている(段落【0002】【0004】参照)。

そして,小ブラシを回転させることは,モータにより歯ブラシを回転駆動する回転出力部を含む連結部を備えていることに他ならないことから,甲1発明には,従来技術として,本件発明1のうち「前記本体に形成され,そのモータにより回転駆動される回転出力部を含む連結部」に相当する構成が開示されているといえる。

そうすると,この点に関しては審決に誤りがあるが,後記(エ)ないし(カ)のとおり,同誤りは審決の結論に影響を及ぼすものではない。

(エ) 原告は,歯ブラシと研磨ロータは,ともに歯を清掃するツールにすぎず,ブラシ以外の材料を使用し歯面に接触しつつ回転運動するものが本件特許出願前公知であることを勘案すると,甲1には,「研磨ロータを備えたヘッド部材を含む携帯型歯面爪面清掃研磨器」に相当する構成が開示されていると主張する。

しかし,前記(ア)bのとおり,甲1には,歯面に付着したたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を「研磨」で除去することは記載されていない。また,そもそも,甲1発明は「電動歯ブラシ」に関する発明であって,「爪面清掃研磨器」に関する発明ではない以上,甲1発明に本件発明1に係る「携帯型歯面爪面清掃研磨器」についての構成が開示されているということはできない。

そして,前記(ア)bのとおり,甲2ないし甲6も,少なくとも「爪面清掃研磨器」に関する発明ではない。

したがって,甲1ないし甲6から相違点1aが容易想到であるとはいえない。

(オ) 原告は,相違点1aの容易想到性に関し,甲7及び甲8を提出する。

しかし,甲8は,電動歯ブラシに関する考案を記載するものにすぎず,「研磨器」に関する構成を開示するものではない。

また,甲7は,主として歯ブラシとしての使用を意図された「磨くための道具」に関する発明であって(原文1頁左欄10~11行の「This invention relates to polishing tools primarily designed for use astoothbrushes.」参照),必ずしも一義的に「研磨器」に関する発明といえるものではない。

いずれにしても,甲7及び甲8は,「爪面清掃研磨器」に関する発明ではないから,これらを考慮しても,相違点1aが容易想到であるとはいえない。

(カ) 以上のとおり,本件において,相違点1aが容易想到であるとはいえず,原告の主張は理由がない。

イ 取消事由2(相違点1bの判断の誤り)について

(ア)a 原告は,本件発明1と甲1発明との相違点1bに関し,小型化のために取り外したヘッド部分を,利用できるスペースに格納することは周知である以上,本件発明1のように,本体に形成され,連結部から取り外したヘッド部材を格納する格納スペースと,その格納スペースに格納される前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバーを設けることは容易になし得る旨主張する。

b しかし,そもそも甲1発明は「歯ブラシTを先端ハウジング2内に設けられた支持筒7に取り付けた状態でキャップ3により覆う」ものであるから,甲1発明は格納時にも歯ブラシを取り外すものではなく,格納時に歯ブラシのヘッド部材を本体から取り外して利用できるスペースに格納するといった周知技術を適用しようとする動機付けがない。

また,前記(2)ウ(ア)ないし(エ)のとおり,甲2発明は,歯ブラシ体12をカバーするものではなく,電動歯ブラシ1,歯ブラシ体12及び充電器2を格納する収納ケース3を開示するもので,甲3ないし甲5記載の発明は,「柄」の中空内部にヘッド部分を格納するものである。

仮に,原告主張の「小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納する」旨の周知技術を甲1発明に適用したとしても,本件発明1のように,取り外した歯ブラシを本体に形成した格納スペースに格納することを,当該周知技術から当業者が容易に想到することができたとはいえない。

(イ)a 原告は,審決が「甲第1号証に接した当業者が,甲第1号証に,『取り外したヘッド部材を格納する格納スペース』と,『その格納スペースに格納された前記ヘッド部材を外側から被い隠すように前記本体に着脱可能に装着されるカバー』に相当する構成が開示されていることを理解するとはいえない」(14頁16行~20行)と判断した点に関し,審決は「小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納すること」が周知技術であることを全く考慮していないもので,誤りである旨主張する。

しかし,本件発明1は,取り外した歯ブラシを本体に形成した格納スペースに格納することを含むものであって,原告主張の「周知技術」を甲1発明に適用しただけでは本件発明1に到達するものではない。

b(a) 原告は,審決が「『ヘッド部材を格納する格納スペース』が『本体に形成され』ることを前提としたものであって,『ヘッド部材』を単に『カバー』の内側の『スペース』に格納するというものではない」(17頁13行~16行)と認定した点につき,前記a同様誤りであると主張するが,前記aのとおり,同主張は採用できない。

(b) また,原告は,審決が「仮に,歯ブラシ部分を外して利用できるスペースに収納するという構成が周知であって,該周知の構成を甲1 の発明に適用したとしても,歯ブラシT《ヘッド部材》をキャップ3《カバー》の内側のスペースに格納する構成にとどまり,『ヘッド部材を格納する格納スペース』が『本体に形成され』る構成まで当業者が容易に想到できたと解すべき根拠は見出せない。」(17頁17行~21行)と判断している点も誤りであり,周知技術であれば,当業者が容易に想到できたと解すべき根拠は必要ない旨主張する。

原告の上記主張は,「歯ブラシT(ヘッド部材)をキャップ3(カバー)の内側のスペースに格納する構成」が周知技術であることを前提としたものであるが,甲2ないし甲5から読み取ることのできる周知技術は,あくまでも「小型化のために取り外したヘッド部分を利用できるスペースに格納する」ことにとどまり,原告の上記主張は前提を欠くものである。

(c) このほか,原告は,審決は進歩性の判断主体である当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が有する「通常の創作能力」を無視するものであって失当であり,「歯ブラシT(ヘッド部材)をキャップ3(カバー)の内側のスペースに格納する構成」に至れば,いかに格納するかは設計事項であり,当業者の通常の創作能力の発揮として当然されることであり,そのことに何ら発明的要素はなく,進歩性は否定されるべき旨主張する。

しかし,本件発明1と上記周知技術には,少なくとも,①歯ブラシ(ヘッド部材)を格納するためにキャップ(カバー)を利用すること,②歯ブラシ(ヘッド部材)を格納するため,本体に格納スペースを形成することの,2点の相違点があるが,甲2ないし甲5は,これらの相違点につき開示していない。

また,これらの相違点が当業者にとって設計事項であるとはいえず,そもそも,格納時に歯ブラシのヘッド部材を本体から取り外して格納する必要のない甲1発明に,これらの相違点に係る構成を適用する動機付けがない。

(ウ) 以上のとおり,相違点1bに関する構成は容易想到ではなく,原告の主張はいずれも理由がない。

ウ 取消事由3(本件発明1の効果認定の誤り)について

(ア) 原告は,「歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』により除去」する効果については,審決では「~除去し,歯面を『清掃』する『携帯型歯面爪面清掃研磨器』において」と場面を限定しているにすぎないことから,本件特許の効果とはみることはできない旨主張する。

(イ) しかし,本件明細書の段落【0001】及び【0002】における「この発明は,歯面に付着したたばこのヤニ等の付着物(沈着物)を研磨により除去したり,爪面を研磨してきれいにする清掃研磨器に関する。」,「従来,歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の付着物(色素沈着等)は,歯科医院の専門家の手によって除去されていた。また,爪面の研磨作業はヤスリ等を用いて行われていた。」との記載(前記(1)ア参照)からすれば,「歯面に付着した,一般の歯ブラシや歯磨き粉では除去することができないたばこのヤニ等の歯面の付着物(色素沈着等)の層を『研磨』により除去」する効果については,「歯面研磨器」である本件発明1が前提として備えている効果であり,原告の上記主張は理由がない。

(ウ) なお,原告は,「本件発明1に係る研磨器は大幅にコンパクトであるとはいえず,『清潔である』との効果も,キャップを設ければ当然得られる効果である」旨主張するが,いずれにしても,上記(イ)のとおり,本件発明1は「歯面の付着物の層を『研磨』により除去する」との顕著な効果を有するから,審決の結論に影響はない。

エ 本件発明2は,本件発明1の「ヘッド部材」が「ヘッドアーム」及び「回転伝達機構」に係る構成を備える点でより限定したものであり,本件発明3,4及び6は,いずれも本件発明1又は2を引用し,さらにその構成を限定したものであるところ,本件発明1が容易想到ではない以上,本件発明2ないし4及び6も当然に容易想到ではないことになる。

3  結論

以上のとおりであるから,本件発明1ないし4及び6が甲1ないし甲6発明及び周知技術から容易想到であるとはいえないとした審決が,結論において誤りということはできない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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