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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10150号 判決 2010年8月19日

原告

株式会社ライスフーズ

同訴訟代理人弁護士

伊原友己

加古尊温

被告

特許庁長官

同指定代理人

豊田純一

野口美代子

田村正明

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-19711号事件について平成22年3月30日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,別紙1記載の構成からなる商標(以下「本願商標」という。)につき出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。

争点は,本願商標が,別紙2記載の構成からなる商標(以下「引用商標」という。)と類似するか否かである。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成20年7月28日,本願商標につき出願した(甲3)が,特許庁は,平成21年3月26日(起案日)付けで拒絶理由通知をした(甲4)。原告は,これに対し,同年5月8日付けで意見書(甲5)を提出したが,特許庁は,同年6月23日(起案日)付けで拒絶査定をした(甲6)。

原告は,同年9月25日,上記拒絶査定に対する不服審判請求をした。

特許庁は,上記審判請求を不服2009-19711号事件として審理し,平成22年3月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年4月19日,原告に送達された。

2  本願商標の内容

本願商標は,別紙1記載のとおりの構成からなる商標である。

3  審決の内容

審決は,以下のとおり,本願商標は引用商標と類似するので,商標法4条1項11号に該当し,登録を受けることができないとした。

(1)  本願商標について

「本願商標は,別掲1に示すとおり,筆書体風に書された円内に,左上から右下にかけて,大きく『京や』の文字を書し,該文字の下に『きょうや』の平仮名文字を配し,また,『京や』の文字中の『京』の左側に『丸に梅鉢』の家紋風の図形(以下『家紋風図形』という。)を配してなるものである。

しかして,本願商標構成中の『京や』の文字及び『京や』の読み方を特定したものと無理なく認識される『きょうや』の文字と家紋風図形とは,同一円内に配置されているものであるとしても,『京や』及び『きょうや』の文字部分と家紋風図形とは,視覚上分離して観察されるとみるのが自然である。

また,本願商標構成中の『京や』及び『きょうや』の文字と家紋風図形が,構成全体として,なんらかの特定の意味合いを看取させる等,これらを常に不可分一体のものとしてのみ観察されなければならないとすべき特段の事情は認められないものである。

そうとすると,簡易迅速を尊ぶ取引の実際にあっては,本願商標に接する取引者,需要者は,大きく書された『京や』の文字及び『きょうや』の文字を捉え,これをもって取引に資する場合も決して少なくないというべきである。

してみれば,本願商標は,該文字部分に相応した『キョウヤ』の称呼を生じるものであり,かつ,特定の観念は生じないものである。」

(2)  引用商標について

「他方,引用商標は,『饗家』の文字と『きょうや』の文字からなるものである。

しかして,引用商標構成中の『饗』の文字は,『酒食を用意してもてなす。』等を意味する語であり,『キョウ』とも称される語(漢字源改訂第四版 株式会社学習研究社発行)であるから,当該『饗』と『家』を結合した『饗家』の文字からは,『キョウヤ』の称呼を生ずるものである。

そして,引用商標構成中の『きょうや』の平仮名文字は,構成中の『饗家』の文字部分の読みを特定したものと無理なく認識し得るものである。

してみれば,引用商標は,その構成文字に相応して,『キョウヤ』の称呼のみを生ずるものであり,かつ,特定の観念は生じないものである。」

(3)  本願商標と引用商標の類否について

「そこで,本願商標と引用商標とを比較すると,共に特定の意味合いを看取させないものであるから,観念において比較することはできないとしても,『キョウヤ』の称呼を共通にするものである。

また,本願商標構成中の『きょうや』の文字と引用商標構成中の『きょうや』の文字とは,外観上類似するものである。

そして,引用商標の指定役務は,本願の指定役務と同一又は類似する役務を含むものである。

してみれば,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないものであるとしても,本願商標構成中の『きょうや』と引用商標構成中の『きょうや』とは外観において類似し,かつ,両商標は,『キョウヤ』の称呼を共通にする類似の商標であることから,本願商標をその指定役務に使用した場合は,その出所について誤認混同を生ずるおそれがあると認められる。」

(4)  請求人(原告)の主張について

「請求人は,『本願商標は,『きょうや』あるいは,『マルニキョウヤ』とか,『ウメバチキョウヤ』という称呼が生じる。他方,引用商標は,漢字の読みのバリエーションにしたがって,『ヒビキヤ』『ヒビキイエ』『キョウヤ』等の称呼が生じ得るものであって,唯一絶対の称呼として『キョウヤ』の称呼のみが生じるものではない。してみれば,両商標は,共に『キョウヤ』と称呼された場合にのみ,称呼が重複すると言える。したがって,称呼においては,一部近似する場合が生じる可能性があることは否定しないが,恒常的にそのような状態となって,称呼が相紛らわしいという状況とは言えない。してみれば,両商標は,称呼において,一部重複する可能性があるとはいえ,外観及び観念が,著しく相違する以上,実際の取引に用いられた場合,両商標が同一の出所を表示するものと誤信される事態はおよそ考えられないから,両商標は類似しない。』旨主張する。

しかしながら,本願商標は,その構成中の家紋風図形と文字部分とを必ずしも,一体不可分のものとしてのみ認識しなければならない特段の事情もないものである。

また,引用商標構成中の『饗』の文字は,漢字源改訂第四版1769頁を参照すると,『響』の文字とは相違し,『ヒビキ』と読まれる漢字ではないことから,引用商標からは,『ヒビキヤ』又は『ヒビキイエ』の称呼を生ずるものではなく,『キョウヤ』の称呼のみを生ずるものである。

よって,前記・・・のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないものであるとしても,本願商標構成中の『きょうや』と引用商標構成中の『きょうや』とは外観において類似し,かつ,両商標は,『キョウヤ』の称呼を共通にする類似の商標であるから,請求人の上記主張は,採用することができない。

また,請求人は,『本願を引用商標の『響家(きょうや)』(なお,『響家』の文字は,『饗家』の誤記である。)で拒絶するのは,引用商標自体が,その先行商標である『響屋』(登録第4452586号)の存在にも拘わらず,登録されている事とも整合が取れない。』旨,主張する。

しかしながら,請求人が掲げる登録第4452586号商標は,別掲2に示すとおり,『ひびきや』の平仮名文字と『響屋』の漢字を上下二段に書してなるものであり,その構成中の『ひびきや』の文字が,『響屋』の読み方を特定したものと無理なく認識されるものであることから,『ヒビキヤ』の称呼のみを生ずるものであり,『キョウヤ』の称呼のみが生ずる引用商標とは,非類似の商標である判断するのが相当である。

また,前記のとおり,登録第4452586号商標は,その構成中に『ひびきや』の平仮名文字を有するものであるところ,請求人は,該商標をあたかも『響屋』の漢字のみからなる商標であるかの如き主張をしているものであるから,請求人のかかる主張は,失当であると言わざるを得ない。

したがって,請求人の前記主張も採用することはできない。

その他の請求人の主張をもってしても,原査定の拒絶の理由を覆すに足りない。」

第3原告主張の要旨

審決は,次のとおり,本願商標と引用商標の類否判断を誤ったものである。

1  外観類似について

審決は,商標の構成中のごく一部にすぎない平仮名記載部分のみを取り出し,その部分のみを比較して外観類似であると判断している。これが,商標全体としても外観類似であるとする趣旨か否かは定かではないが,商標は一体的に,そして離隔的にも観察すべきものであり,商標構成中のごく一部の共通部分のみをことさらに取り出して,その部分のみで商標の外観類似を云々すべきものではない。

両商標を全体として観察した場合には,明らかに非類似である。

また,仮に,大書されていて取引者・需要者の目を惹きやすい本願商標の「京や」の漢字・平仮名部分と,引用商標の「饗家」の漢字部分のみを抽出し,対比したとしても,外観が類似しているとは到底いえない。

2  観念類似について

審決は,引用商標の「饗家」について,「特定の観念は生じない」と判断しているが,「饗家」は,その漢字構成からして,「客人を饗する家」や「饗宴を行う家」などという意味が直ちに想起されるものであるから,引用商標において「特定の観念は生じない」との判断は承服し難い。

他方,本願商標は,「京」という漢字部分に着目しても,「皇居のある土地」とか「みやこ」,又は「京都」などを想起させるものであるから,観念は明確に異なる。

仮に「特定の観念は生じない」としても,同一・類似の観念が生じるものとはいえないのであるから,いずれにせよ観念は非類似である。

3  称呼類似について

本願商標は,丸印の中に「京」と「や」が大きく書かれて,斜めに配されているので,「マルにキョウヤ」などという称呼,又は「きょうや」の平仮名表記部分が非常に小さく書かれていることもあり,漢字の「京」の部分が印象に残り,単に「キョウ」,又は丸印と相まって「マルキョウ」という称呼も生じ得るものである。商標の称呼についても,商標全体の構成において判断されるべきものである。

そうすると,必ずしも,本願商標と引用商標とが,常に同一の称呼となるともいえない。

4  総合判断

商標の類否判断は,一応の基準であり,外観,観念及び称呼のうち,いずれかにおいて類似するものと判断されれば,必ず両商標を類似と判断しなければならないというような硬直的・杓子定規的な基準ではないはずである。

外観,観念及び称呼のいずれかで類似すると判断される場合においても,他が大きく異なる場合においては,両商標は非類似と判断されるべきものである。

本件においては,称呼が類似し得る点があったとしても,前記のとおり,外観が著しく異なり(平仮名記載部分のみを微視的に取り上げるべきではない。),観念についても,同一・類似の観念を連想・想起させるものではないから,両商標は非類似と判断されてしかるべきである。

本件のような事案で,称呼の類似をことさらに強調し,称呼において共通する場合があるとのことで商標として類似する旨判断するのであれば,後続事業者の商標選択の幅を著しく狭くすることとなり,競争上極めて不適切である。

なお,本件では,指定役務が「飲食物の提供」という往々にして営業地域が商標権者・商標登録出願人の所在地周辺に限定されがちなものであるという点も加味すると,引用商標と本願商標とが,実際の事業活動上,看過できないほどの表示の混乱を惹起せしめる可能性があるとも解されず,一般的・抽象的な出所の混同の発生は想起しにくいものである。

第4被告の反論

1  本願商標と引用商標の類否について

(1)  本願商標の構成中の「京や」及び「きょうや」の文字部分が,独立して役務の出所識別標識として認識されることについて

本願商標は,筆書体風に書された円内に,左上から右下にかけて肉太でひときわ大きく「京や」の文字を筆書体風に書し,同円内の下部(「京や」の文字の下側)には「きょうや」の平仮名文字を明朝体で小さく横書きし,また,同円内の右上部(「京」の文字の右側)には,家紋風図形を配した構成からなるものであるから,「京や」の文字とその読み方を表した「きょうや」の文字と家紋風図形とは,視覚上分離して観察されるものであり,かつ,肉太でひときわ大きく書された「京や」の文字部分が,本願商標の構成全体において,視覚上顕著に表された部分としてひときわ強く印象付けられるものである。

そして,本願商標の指定役務「飲食物の提供」における業界,すなわち「飲食店」は,その店名や屋号のみを称して取引されることがあり,それが一般的であるといえ,また,家紋は,「各家がしるしとしている紋章」であることからすれば,家紋と文字が記された場合には,その文字部分が,その家紋を使用する家名を表示すると理解されるものといえる。

これを本願商標についてみると,本願商標は,同一円内に,肉太でひときわ大きく書された「京や」の文字とその読み方を小さく併記した「きょうや」の文字とともに,家紋風図形が右上部に配置されていることからすれば,これに接する取引者,需要者は,正に「京や」(きょうや)の文字部分をその家紋を使用する家名を表示するものと無理なく理解するといえる。

そうすると,本願商標の指定役務「飲食物の提供」との関係においては,本願商標構成中の「京や」(きょうや)の文字部分を,店名や屋号に相当する部分として認識,把握するのが自然であるから,これらの文字部分は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものであって,本願商標の要部というべきものである。

してみれば,簡易迅速を尊ぶ取引の実際にあっては,本願商標に接する取引者,需要者は,肉太でひときわ大きく書された「京や」の文字及びその読み方を表した「きょうや」の文字を捉え,これをもって取引に資する場合も決して少なくないものというべきである。

したがって,本願商標は,該文字部分に相応した「キョウヤ」の称呼を生じるものであり,かつ,「京」の文字が,「皇居のある土地,みやこ,帝都」等を意味する語であるとしても,独立して取引に資される「京や」の文字及びその読み方として認識される「きょうや」の文字は,特定の意味合いを有する語として,広辞苑等の辞書,辞典に掲載されている事実も見当たらないことからすれば,特定の観念は直ちには生じないものというべきである。

(2)  引用商標について

引用商標は,「饗家」の漢字と「きょうや」の平仮名文字とを上下二段に書してなるところ,その構成中の「饗」の文字は,「酒食を用意してもてなすこと。また,その酒席。」等を意味する語であり,「キョウ」とも称される語であるから,当該「饗」と「家」を結合した「饗家」の文字からは,「キョウヤ」の称呼を生ずるものである。そうすると,引用商標を構成する下段の「きょうや」の平仮名文字は,上段の「饗家」の文字の読み方を特定したものと無理なく認識し得るものといえる。

したがって,引用商標は,その構成文字に相応して,「キョウヤ」の称呼のみを生ずるものである。

また,「饗」の文字が,「酒食を用意してもてなすこと。また,その酒食。」等を意味する語であるとしても,同語に接する需要者等が,常用漢字でもない「饗」の文字が前記のような意味を有するものと直ちに理解するとはにわかに信じ難く,そのような「饗」の文字と「家」の文字とを結合してなる「饗家」の文字が,特定の意味合いを有する語として広辞苑等の辞書,辞典に掲載されている事実も見当たらないことから,「饗家」の文字及びその読み方として認識される「きょうや」の文字からは,特定の観念は直ちには生じないというべきである。

(3)  本願商標と引用商標の類否判断について

ア 外観について

本願商標及び引用商標の構成は,視覚的に対比観察した場合,外観において相違するといえるものであるが,商標の類否を判断するに当たっては,必ずしも全体的な対比考察によってのみされるわけでなく,出所識別標識として強く人の認識に残る部分については,その部分を抽出して要部観察により類否の判断を必要とする場合があるところ,前記(1)のとおり,本願商標を構成する「京や」及び「きょうや」の文字部分は,役務の出所識別標識として,強く支配的な印象を与えるものであるから,本願商標の要部として認識,把握されるものである。

また,引用商標は,その構成文字である「饗家」及び「きょうや」の文字が共に出所識別標識として強く印象に残る部分である。

このように,両商標に共通する「きょうや」の平仮名文字は,共に,両商標の称呼を特定する部分であり,出所識別標識として,重要な役割を果たす部分であるから,その限りにおいて外観において共通するものといえる。

イ 称呼について

本願商標は,前記(1)のとおり,その構成中,独立して自他役務の出所識別標識としての機能を果たす「京や」及び「きょうや」の文字部分より,「キョウヤ」の自然な称呼を生ずるものというべきである。

他方,引用商標は,前記(2)のとおり,その構成文字に相応して「キョウヤ」の自然な称呼を生ずるものである。

そうすると,本願商標と引用商標とは,「キョウヤ」の称呼を共通にするものである。

ウ 観念について

本願商標と引用商標とは,共に特定の意味合いを直ちには看取させないものであるから,観念において比較することはできないものである。

エ 「飲食物の提供」の業界における称呼による取引の実情について

飲食店の新規開店や店舗の紹介等を行うための宣伝・広告は,新聞・チラシ・雑誌等の紙媒体のみで行われるものではなく,画像又は音声を用いた宣伝・広告媒体(テレビ・ラジオ等によるCM)が選択されるものである。

そして,実際に「飲食物の提供」の業界において,その店名等を告知する方法として,テレビ・ラジオ等によるCMが利用されている。

このように,今日においては,一般にテレビ・ラジオ等による音声を用いた宣伝・広告が広く行われていることから,音声を用いた宣伝・広告に対する人の耳からの記憶(商標の称呼)が,出所の識別に重要な役割を果たしているものといえ,このことは,本願商標及び引用商標の指定役務である「飲食物の提供」においても何ら変わるところはない(乙6ないし16参照)。

したがって,本願商標と引用商標において共通する「キョウヤ」の称呼(読み方を特定する「きょうや」の文字)は,両商標に共通する指定役務である「飲食物の提供」に係る取引において,重要な識別機能を果たすものとして認識されるといえる。

オ 小括

以上のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないものであるとしても,両商標は,取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分において,外観を共通にし,かつ,「キョウヤ」の称呼を共通にするものであるから,類似の商標というべきである。

そして,本願の指定役務「飲食物の提供」と引用商標の指定役務中の「飲食物の提供」は同一の役務である。

してみれば,本願商標をその指定役務に使用した場合は,その出所について誤認混同を生ずるおそれがあるといえる。

よって,本願商標は,商標法4条1項11号に該当するというべきであって,審決の認定判断に誤りはない。

2  原告の主張への反論

(1)  外観類似について

最高裁昭和38年12月5日判決等において,「複数の構成部分の一部が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分を他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することができる」と判示されており,商標の外観における類否判断を行う際にも,両商標の外観全体を比較するのみではなく,それらの構成の一部が,役務の出所識別標識として認識し得る場合には,それらの構成の一部を部分抽出した上で,外観における類似性を判断することもあり得るというべきである。

これを踏まえて本願商標と引用商標とをみるに,前記1(1),(2)のとおり,本願商標の構成文字中の「京や」の文字と同様に平仮名文字「きょうや」は,独立して自他役務の出所識別標識としての機能を果たす重要な要部として認識されるものと判断するのが相当であるといえ,また,引用商標構成中の「きょうや」の文字部分も,引用商標において,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たす重要な要部として認識されるものと判断するのが相当である。

そうすると,本願商標及び引用商標の構成文字中の「きょうや」の文字部分を要部として捉えて,これらから生ずる称呼に加え,その外観の類似性について判断することにつき,何らの違法性もない。

(2)  観念類似について

前記1(2)のとおり,「饗」の文字と「家」の文字とを結合してなる「饗家」の文字が,原告が主張する「客人を饗する家」や「饗宴を行う家」といった意味合いを直ちに看取させるものではないというべきであり,引用商標からは,特定の観念を生じるものではない。

また,本願商標についても,その構成中の「京」の文字に,原告が主張するとおりの意味を有していたとしても,本願商標は,その構成文字中に「きょうや」の文字を有し,それが「京や」の自然な称呼であることからすれば,「京」の文字と「や」の文字とをあえて分離観察しなければならない事情はないものというべきである。

そうとすれば,「本願商標の『京』という漢字部分に着目しても,『皇居のある土地』とか『みやこ』,あるいは『京都』などを連想させる」との原告の主張は失当であり,前記1のとおり,本願商標及び引用商標は,共に特定の観念を生じさせるものではない。

また,商標の類否判断を行うに当たり,対比する商標から共に,別異の意味合いの観念が生じ,かつ,その観念が著しく相違する場合には,両者を非類似と判断することはあり得るが,本願商標及び引用商標は,共に特定の観念を生じさせるものではないから,観念において非類似との判断をし得るものではなく,あくまでも,観念においては比較できないというのが相当である。

したがって,原告の上記主張は失当である。

(3)  称呼類似について

称呼の同一又は類似性の判断は,類否判断を行う商標の唯一無二の称呼のみをもって判断するものではない。

本願商標から,原告が主張するような「マルニキョウヤ」,「キョウ」又は「マルキョウ」の如き称呼が生ずるものとしても,本願商標の構成文字中の「京や」及び「きょうや」の文字部分から,「キョウヤ」の自然な称呼が生じ,かつ,引用商標の構成文字中の「饗家」及び「きょうや」の文字部分から「キョウヤ」の自然な称呼を生ずるものであるから,本願商標と引用商標とは,「キョウヤ」の称呼を共通にする商標であるといえ,この点に関する原告の主張は失当である。

(4)  総合判断

本願商標と引用商標とが,観念においては比較できないものであるとしても,称呼を共通にし,かつ取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分の外観を共通にするものであることは前記1(3)のとおりである。

そして,本願商標及び引用商標の指定役務である「飲食物の提供」の業界において,商標の称呼が,出所の識別に重要な役割を果たしていることは前記1(3)エのとおりである。

さらに,本願商標が,実際の商取引の実情において,その指定役務の出所識別標識として使用されたことにより,需要者間において広く知られ,そのことにより,引用商標との差別化が図られ,両者が取引の実情として棲み分けされているような主張及び立証もなく,かつ,実際に本願商標が使用されている事実について,被告は発見することができなかった。

そうすると,上記のような取引の実情もない中で,先願で登録された同一又は類似の商標が存在するにもかかわらず,後願を登録してしまうことは,いたずらに商取引における混乱を生じさせるおそれがあり,適切ではない。

また,事業者による商標の選択は自由意思によるものであり,商標法における商標の不登録事由に該当しない商標を事業者が選択する際には,限りなく広範にわたる文字,図形及びこれらの結合商標の選択が可能であるところ,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした判断が,前記事情を踏まえた際に,直ちに,事業者における商標の選択の幅を著しく狭くするとはいえない。

そして,商標権の及ぶ範囲は,日本国内の全域に及ぶものであるから,原告の「『飲食物の提供』の役務の営業地域が商標権者等の所在地周辺に限定される」との主張は,その前提において誤りである。

3  結論

以上のとおり,本願商標と引用商標とは,観念において比較できないとしても,両商標は,取引者,需要者の注意を惹く「きょうや」の文字部分において外観を共通にし,かつ,「キョウヤ」の称呼を共通にするものであるから,類似の商標というべきである。

そして,本願の指定役務「飲食物の提供」と引用商標の指定役務中の「飲食物の提供」は同一の役務である。

してみれば,本願商標をその指定役務に使用した場合には,その出所について誤認混同を生ずるおそれがあるといえる。

したがって,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとして,登録することができないとした審決に何ら違法性はない。

第5当裁判所の判断

1  商標の類否の判断手法について

商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品又は役務に使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品又は役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日判決・民集22巻2号399頁参照)。

また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されない(最高裁昭和38年12月5日判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成20年9月8日判決・判例時報2021号92頁,判例タイムズ1280号114頁参照)。

2  本願商標及び引用商標の類否について

(1)  本願商標について

ア 証拠(甲3)によれば,本願商標は,別紙1のとおり,筆書体風に書された円内に,左上から右下にかけて,大きく「京や」の文字を書し,その文字の下に「きょうや」の平仮名文字を配し,また,「京や」の文字中の「京」の右側に家紋風の図形を配してなるものであり,指定役務を第43類「飲食物の提供」とするものであることが認められる。

イ そして,審決が指摘するとおり,「きょうや」の平仮名文字は,「京や」の読み方を特定したものと解され,同商標からは,「きょうや」との称呼が生じ,他の称呼は生じないものと解される。

これに対し,原告は,同商標からは「マルにキョウヤ」,「キョウ」,「マルキョウ」などの称呼も生じ得る旨主張するが,これらは抽象的な可能性を指摘するものにすぎず,実際にそのような称呼が生じている旨の証拠もなく,上記主張は採用できない。

ウ 証拠(乙2ないし4)からすれば,「京や」,「きょうや」という言葉は,いずれも,広辞苑第6版,大辞泉増補・新装版,大辞林第3版といった辞書に掲載されていないことが認められる。

したがって,本願商標からは,特段の観念は生じないとみるのが自然である。

もっとも,証拠(甲7)からすれば,「京」という漢字には「皇居のある土地。みやこ。帝都。」といった意味があることが認められる。

したがって,本願商標からは,「京」の文字から,「皇居のある土地。みやこ。帝都。」といった観念が生じる可能性があるともいえる。

(2)  引用商標について

ア 証拠(甲1)によれば,引用商標は,「饗家」の漢字と「きょうや」の平仮名文字とを上下二段に書してなる商標であり,指定役務を第43類「飲食物の提供,宿泊施設の提供,宿泊施設の提供の契約の媒介又は取り次ぎ」とするものであることが認められる。

イ そして,審決が指摘するとおり,「きょうや」の平仮名文字は,「饗家」の読み方を特定したものと認識され,同商標からは,「きょうや」との称呼が生じ,他の称呼は生じないものと解される。

ウ 証拠(乙2ないし4)からすれば,「饗家」,「きょうや」という言葉は,いずれも,広辞苑第6版,大辞泉増補・新装版,大辞林第3版といった辞書に掲載されていないことが認められる。

したがって,引用商標からは,特段の観念は生じないとみるのが自然である。

もっとも,証拠(甲7)からすれば,「饗」という漢字には「酒食をもてなすこと。また,その酒食。」といった意味があることが認められる。

したがって,引用商標からは,「饗」の文字から,「酒食をもてなすこと。また,その酒食。」といった観念が生じる可能性を否定できないが,「饗」の文字がやや難しいことからすれば,このような観念が生じる可能性は高いとはいえない。

(3)  本願商標と引用商標の類否について

ア 本願商標は,円の中に大きな「京や」の文字,これに比較してはるかに小さな「きょうや」の文字,及び家紋風図形が配された,図柄入りの商標であるのに対し,引用商標では,図柄はなく,上下二段になっており,上段には大きな「饗家」,下段には小さな「きょうや」の文字が配された商標であって,両商標の外観は大きく異なるものである。

この点に関し,被告は,両商標のうち「きょうや」の平仮名文字につき,出所識別標識として重要な役割を果たす部分であり,その限りで,両商標は外観において共通する旨主張する。

しかし,前記1のとおり,結合商標における商標の類否は,基本的には全体として検討すべきであって,一部のみを抽出して類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである。

別紙1,2のとおり,本願商標において「京や」の漢字部分は最も大きな構成部分であって,同部分は本願商標の要部の一部であり,同様に,引用商標において「饗家」の漢字部分は最も大きな構成部分であり,同部分は引用商標の要部の一部であって,これらの部分は,いずれも取引者や需要者に対して出所識別標識としての称呼,観念が生じないとすることができない部分である。

そうすると,本願商標の「京や」や引用商標の「饗家」の部分を,類否判断における検討の対象から外すことはできない。

同様に,本願商標における家紋風図形についても,本願商標の特徴的部分ともいえ,同部分を要部から外すことはできない。

イ 前記(1)イ,(2)イのとおり,本願商標と引用商標からは,いずれも「きょうや」との称呼のみが生ずるものと認められ,これらの称呼は完全に一致している。

ウ 前記(1)ウ,(2)ウのとおり,「京や」,「饗家」,「きょうや」という言葉は,いずれも辞書に掲載されていないこと等からすれば,本願商標及び引用商標のいずれからも,特段の観念は生じないとみるのが自然である。

もっとも,「京」という漢字には「皇居のある土地。みやこ。帝都。」といった意味があり,「饗」という漢字には「酒食をもてなすこと。また,その酒食。」といった意味があるため,本願商標からは,「京」の文字から,「皇居のある土地。みやこ。帝都。」といった観念が生じる可能性があり,また,引用商標からは,「饗」の文字から,「酒食をもてなすこと。また,その酒食。」といった観念が生じる可能性があるといえる。ただし,前述のとおり,「饗」の文字がやや難しいため,引用商標からは特定の観念が生じない可能性が高い。

エ なお,被告は,「飲食物の提供」の業界において,その店名等を告知する方法として,テレビ,ラジオ等によるコマーシャルが利用されており,音声を用いた宣伝・広告に対する人の耳からの記憶(商標の称呼)が,出所の識別に重要な役割を果たしている旨主張し,その根拠として,各種コマーシャルに関する証拠(乙6ないし16)を挙げる。

これらのコマーシャル等の音声情報自体は,証拠として提出されていないものの,これらのテレビ,ラジオ等によるコマーシャルにおいて店名等が告知されているものがあることが推認できる上,本願商標と引用商標の共通の指定役務である「飲食物の提供」の分野において,称呼が極めて重要であることは自明であるから,本願商標と引用商標の類否を判断する上で,外観及び観念の果たす役割を軽視するものではないが,称呼の果たす役割が非常に大きいことは否定できない。

オ 以上のとおり,本願商標と引用商標の外観は大きく異なり,両商標からは特段の観念が生じないか,又は互いに異なった観念が生じ得るものであるが,他方で,両商標からはいずれも「きょうや」との称呼のみが生じるものであって,両商標から生じる称呼は完全に一致している。

また,引用商標の指定役務は,本願の指定役務と同一又は類似する役務を含むものである。

以上の事情を総合的に考慮すると,たとえ外観が大きく異なるとしても,称呼が完全に一致することからすれば,本願商標と引用商標は類似するというべきであり,これを「飲食物の提供」に用いた場合に誤認混同が生じるおそれは否定できず,本願商標につき商標法4条1項11号を適用した審決に誤りはないから,原告の請求は棄却を免れない。

(裁判長裁判官 塚原朋一 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)

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