知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10184号 判決 2011年2月03日
原告
株式会社不二工機
同訴訟代理人弁理士
沼形義彰
加藤雅夫
被告
特許庁長官
同指定代理人
鈴木敏史
森川元嗣
黒瀬雅一
豊田純一
主文
1 特許庁が不服2008-1265号事件について平成22年4月19日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項同旨
第2事案の概要
本件は, 原告が,下記1のとおりの手続において,本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,特許請求の範囲を下記2(1)から(2)へと補正する本件補正を却下した上,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 本件出願及び拒絶査定
発明の名称:膨張弁
出願番号:平成9年特許願第304292号(甲1)
出願日:平成9年11月6日
拒絶査定日:平成19年12月7日
(2) 審判請求及び本件審決
審判請求日:平成20年1月17日
手続補正日:平成20年2月18日(甲4の4。以下,同日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)
審決日:平成22年4月19日
審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。
審決書謄本送達日:平成22年5月11日
2 本件補正前後の特許請求の範囲の記載
(1) 本件補正前の特許請求の範囲の請求項2の記載(ただし,平成19年6月6日付け(甲2の3)及び同年10月24日付け(甲3の3)各手続補正書による補正後のものである。以下,下記の特許請求の範囲に属する発明を「本願発明」という。)
エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材を上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより,上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁
(2) 本件補正後の特許請求の範囲の請求項2の記載(ただし,下線部分は本件補正による補正箇所である。以下,下記の本件補正後の特許請求の範囲に属する発明を「本件補正発明」といい,本件補正発明に係る明細書(甲1,2の3,3の3,4の4)を「本件補正明細書」という。)
エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達するとともに上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,弾性変形可能な部材から成る上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,上記弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,上記固着部材には雄ねじが形成されており,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており,上記連結部材を上記雌ねじと上記雄ねじとのねじ結合によって上記固着部材に螺着して上記パワーエレメント部の外周縁を上記連結部材の上端部と上記弁本体の上端部との間に挟み込むことにより,上記パワーエレメント部が上記弁本体に固定されていることを特徴とする膨張弁
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件補正発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。),引用例1に記載された技術事項(以下「本件オリフィス構成」という。),下記イの引用例2に記載された技術(以下「甲8技術」という。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから独立特許要件を満たさないとして,本件補正を却下し,本件出願に係る発明の要旨を本願発明のとおり認定した上,本願発明は引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,としたものである。
ア 引用例1:特開平9-89154号公報(甲7)
イ 引用例2:特開平9-14097号公報(甲8)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術並びに本件補正発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 引用発明:冷媒を導入するための第1の流路と,導入された冷媒を蒸発器に送り出すための第2の流路と,蒸発器から圧縮機に向かって送り出される冷媒を通過させるための第3の流路とを備える樹脂で成形した弁本体と,第1の流路と第2の流路とを連通させるオリフィスと,オリフィスの開放量を調整するための弁体と,弁本体に装着され,冷媒の温度に応じて絞り機構を制御する制御機構と,ダイヤフラムと弁体との間に介在する感温棒と作動棒とを備え,ガス状冷媒の熱は感温棒の軸部からディッシュへと伝わりダイヤフラムを介して感熱室内の飽和蒸気ガスに伝熱され,感熱室内の圧力変化によるダイヤフラムの上下動が感温棒と作動棒を介して弁体に伝わり,この弁体が開閉制御される温度式膨張弁であって,制御機構は,第1のカバーとしての上蓋と,第2のカバーとしての下蓋と,ステンレス製の薄板よりなるダイヤフラムを両蓋間に挟持し,弁本体の上端外周部にフランジが形成され,フランジとともに制御機構の外周部を覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより,弁本体と制御機構とを固定した温度式膨張弁
イ 本件オリフィス構成:弁本体を合成樹脂にて成形すると合成樹脂は金属より低強度であり,弁体が合成樹脂製の弁座に当接する動作が繰り返されると,弁座が損傷する可能性があるため,下面に弁座を有するオリフィスを,金属部材のインサート成形により形成し,弁体の開閉作動によりオリフィスが破損する恐れをなくしたこと
ウ 甲8技術:樹脂製の燃料分配管のフランジ部に金属製のハウジングをかしめ固定するとき,かしめのときに樹脂に掛かる応力を最小限にし,樹脂のクリープの発生を防止することを技術的課題とし,燃料分配管のフランジ部が金属板を有すること
エ 一致点:エバポレータに向かう液冷媒が通る第1の通路とエバポレータからコンプレッサに向かう気相冷媒が通る第2の通路を有する樹脂製の弁本体と,上記第1の通路中に設けられるオリフィスと,該オリフィスを通過する冷媒量を調節する弁体と,上記弁本体に設けられ,上記気相冷媒の温度に対応して動作するパワーエレメント部と,上記パワーエレメント部と上記弁体との間に設けられる弁体駆動棒とを備え,上記弁体駆動棒は,上記気相冷媒の温度を上記パワーエレメント部に伝達すると共に上記パワーエレメント部により駆動されて上記弁体を上記オリフィスに接離させる膨張弁であって,上記パワーエレメント部は,上カバーと下カバーの外周縁にてダイアフラムを挟持することにより構成され,弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ,連結部材によりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する膨張弁
オ 相違点1:本件補正発明では,上カバーが弾性変形可能な部材から成るのに対して,引用発明では,上蓋がどのような部材からなるか,不明である点
カ 相違点2:パワーエレメント部の弁本体への固定を,本件補正発明では,弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ,固着部材には雄ねじが形成されており,上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材の内面には雌ねじが形成されており,連結部材を雌ねじと雄ねじとのねじ結合によって固着部材に螺着してパワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことにより行うのに対して,引用発明では,弁本体の上端外周部にフランジが形成され,当該フランジとともに制御機構の外周部とを覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより行う点
4 取消事由
(1) 本件補正を却下した判断の誤り(取消事由1)
ア 一致点の認定の誤り
イ 相違点2についての判断の誤り
(2) 審決手続の審理不尽(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 本件審決は,引用発明の「弁本体の上端外周部にフランジが形成され」ることと,本件補正発明の「弁本体の上端部の外周部に固着部材がインサート成形によって設けられ」ることとは,前者において,「フランジ」が制御機構を弁本体に固定するために用いられるものであり,後者において,「固着部材」が,パワーエレメント部を弁本体に固定するために用いられるものであるから,両者が,「弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ」る点で一致する旨の認定している。
イ しかしながら,ここにいう「固定用部材」は,「連結部材」その他のものとの関係が不明であり,連結部材によってパワーエレメント部を弁本体に固定することにどのように技術的に貢献するのか不明である。
むしろ,引用発明においては,フランジとともに制御機構の外周部を覆うように筒状の止め金具をかぶせ,当該止め金具の上下部をフランジを包むようにかしめているのに対し,本件補正発明では,弁本体の上端部に置いたパワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部との間に挟み込んでいるのであり,引用発明の「フランジ」と本件補正発明の「インサート成形される固着部材」とは一致しない。
ウ よって,本件審決は,一致点の認定を誤っている。
エ 被告は,「連結部材が固定用部材と協働することにより」という事項を補充して主張するが,これは,本件審決には記載がなく,一致点の記載を実質的に書き替えようとするものである。
また,引用発明の連結部材とフランジ(固定用部材)を協働させたとしても,本件審決は,止め金具の上部を弁本体に向かって押すなどの点を特定しておらず,パワーエレメント部を弁本体に連結して固定できないことになるから,一致点の認定として失当である。
さらに,被告は,本件補正発明の固着部材がインサート成形によって設けられることを挙げているが,これは,一致点ではなく相違点2で取り上げられている事項であって,その主張は,矛盾している。しかも,本件補正発明の固着部材(固定用部材)とパワーエレメント部の外周縁が置かれる弁本体の上端部との関係が一致点として特定されていないから,連結部材が固着部材(固定用部材)に螺着されても,パワーエレメント部を弁本体に固定することに繋がらず,一致点の認定として失当である。
(2) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 本件審決は,①引用例1には,本件オリフィス構成が記載されており,弁本体を合成樹脂で成形した場合の強度不足を補うために,合成樹脂製樹脂の強度を必要とする箇所に,インサート成形により金属部材を形成する技術事項が記載されていること,②引用例2には,樹脂製本体部分に金属製の他部材をかしめ固定するために,樹脂製本体部材のフランジ部に強度を必要とすることが示唆されていること,③引用発明において,弁本体の制御機構がかしめ固定されるフランジに強度が必要とされることが当業者にとって明らかであること,④引用例1には,樹脂のクリープ特性(経過時間とともに,樹脂の変形量が増大し応力が低下する特性)に関して耐クリープ性に優れた樹脂が好ましいことが記載されており(【0027】),甲8技術も樹脂のクリープの発生を防止することを技術的課題とするものであるから,両者が樹脂のクリープの発生を防止するという共通の課題を解決するものであること,⑤したがって,引用発明において,弁本体の制御機構がかしめ固定されるフランジの強度を向上させるため,及び樹脂で構成される弁本体のクリープの発生を防止するという共通の課題を解決するために,本件オリフィス構成に倣って,フランジにインサート形成により金属部材を形成することを当業者が容易に想到できた旨を説示し,併せて,⑥膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において,パワーエレメント部の弁本体への固定を,弁本体の上端部の外周部に上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材を等着することにより,パワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことは,周知技術(甲9,10)であるとして(以下,これらを「①の判断」ないし「⑥の判断」という。),本件補正発明の相違点2に係る構成が,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいて容易想到である旨を判断した。
イ しかしながら,①の判断についてみると,引用例1には,本件オリフィス構成が記載されているものの,その構成をパワーエレメント部の弁本体への固定のために適用することについては,何らの開示も示唆もない。
ウ ②の判断についてみると,甲8技術は,かしめ固定に関するものであって,ねじ結合にまで適用されるとの記載又は示唆はないし,雄ねじが形成される部材自体をインサート成形することまでを開示又は示唆するものではない。
エ ④の判断についてみると,引用例1に開示されているクリープ特性の記載(【0027】)は,かしめ固定の技術に関するものであり,このことは,甲8技術についても同様であって,いずれも,ねじ結合による固定にまで適用されることを記載したものではない。
すなわち,金属板材をかしめる際に,かしめ変形される箇所及び領域は,限定的である一方,ねじ結合による連結の場合には,相手が樹脂であるとするとき,樹脂のクリープ現象が皆無とはいえないが,ねじ締めのときの係合部分が螺旋状に擬似多重的に延びており,その係合部分を仮に引き伸ばしたとすると相当に長い係合部分になる。このような場合には,かしめ固定の場合とは異なり,樹脂にクリープがわずかに生じたからといって,気密性がすぐに破られるものではない。
したがって,クリープ性を備える樹脂だからといって,金属板材の固定相手となる当該樹脂に別の金属板を嵌め合わせる技術は,かしめによる固定の技術に特有のものであり,ねじ結合の際にその一方のねじ部をインサート成形することに直ちに結びつくということにはならない。
むしろ,引用例1は,膨張弁に使用される材料の性質上,好ましい特性の1つとして耐クリープ性を挙げているにすぎず,低強度に起因する弊害としてクリープを挙げているわけではない(【0027】)。また,クリープは,時間経過とともに変形量が増大するという材質の性質であって,静的な強度それ自体とは別であり,引用例1には,耐クリープ性と強度とを直接に関連付けた記載はないし,まして,パワーエレメント部を固定するフランジ部の強度を高める必要性や,従来品の不具合の原因が樹脂側のクリープにあることなどの記載はない。
そして,引用発明においては,耐クリープ性に優れた樹脂を使用することが示されているのだから,こうした材料の選択によって,既に強度向上は達成されるから,それ以上にフランジの強度を高める必要性を認識することはあり得ない。
さらに,甲8技術は,燃料圧力制御装置における樹脂製の燃料分配管のクリープの発生を防止しようとするものであって,膨張弁の技術分野とは異なり,かつ,膨張弁に適用可能との記載や示唆もないばかりか,樹脂について強度の低下や強度を高めることなどの説明はない。したがって,これに接した当業者は,引用例1及び2がクリープの発生を防止するとの課題で共通していることや,樹脂化による強度の低下というような弊害を認識することはないし,フランジ部の強度向上の必要性やそのための金属の活用を認識することなど,あり得ない。
オ ⑥の判断についてみると,引用例1は,それ以前のねじによる連結の不具合を解決するためのものである(【0012】【0047】)から,引用例1に接した当業者がかしめ固定に代えて螺着を採用することなどあり得ない。
むしろ,本件補正発明においては,連結部材が,上カバーと下カバーとを備えるパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部との間に挟み込み,弁本体の上端部の外周部にインサート成形された固着部材にねじ結合されることで,固着部材に螺着されている。そのため,弁本体内の圧力によってパワーエレメント部が浮き上がり,また,上カバーが弾性変形をしようとしても,膨張弁の動作過程でパワーエレメント部の固定構造がゆるむようなことがなく,強度不足の発生を防止しようとするものである。
したがって,かしめ結合に代えて螺着を採用していることは,当業者が適宜選択すべき固定手段ではない。
カ 本件補正発明によれば,パワーエレメント部の上カバーと下カバーの外周部を確実に固定することで,パワーエレメント部内部の圧力に応じて応力が発生しやすく,具体的には,インサート成形された固着部材を用いているので,弁本体が樹脂製であっても,パワーエレメント部を弁本体に対してかしめによる場合とは比較にならないほど強固に固定できるため,弁本体内の圧力によりパワーエレメント部全体が浮き上がろうとするのを有効に防止でき,また,ねじ結合を用いているので,パワーエレメント部の弁本体への固定作業も容易に行うことができるという,格別の作用・効果を奏する(以下「作用効果1」という。)。
また,本件補正発明によれば,連結部材は,パワーエレメント部の外周縁を覆う状態で弁本体に固定されるので,雌ねじを有する連結部材は材料的に最も厳しい状態に置かれることが予想される当該外周縁を保護していることになる。このような連結部材は,ねじ部分を形成するために相当の厚みをもって形成されるものであり,例えば,流通過程における輸送・保管の場合や,冷凍サイクルへの組付け作業時に,膨張弁が互いに又は多くの機器等がパワーエレメント部の外周縁に衝突しても,これを損傷させるというような事態を未然に回避できるという作用・効果も奏する(以下「作用効果2」という。)。
キ 以上のとおり,本願補正発明は,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものではなく,特許法29条2項により,特許出願の際独立して特許を受けることができたものである。
(3) よって,本件補正を却下した本件審決の判断は誤りであって,本件審決は取り消されるべきものである。
〔被告の主張〕
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 引用発明のフランジは,かしめられた止め金具と協働することによって,パワーエレメント部である制御機構を弁本体に固定する機能を果たしている(引用例1【0032】【図1】)から,制御機構を弁本体に固定する部材という限りにおいて,「固定用部材」といえる。
他方,本件補正発明の固着部材は,連結部材と螺着することでパワーエレメント部が弁本体に固定されているから,連結部材と協働することによって,パワーエレメント部を弁本体に固定する機能を果たしており,パワーエレメント部を弁本体に固定する部材という限りにおいて,「固定用部材」といえる。
イ したがって,引用発明の「フランジ」と本件補正発明の「固着部材」とは,パワーエレメント部を弁本体に固定する具体的な構成(相違点2で認定されている。)はさておき,「固定用部材」で共通する。したがって,一致点として認定された「連結部材によりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する」とは,「連結部材が固定用部材と協働することによりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する」ことを意味することが明らかである。
ウ 以上によれば,本件審決が一致点として「弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ,連結部材によりパワーエレメント部の外周縁を弁本体の上端部に連結して固定する膨張弁」と認定したことに誤りはない。
(2) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において,パワーエレメント部の弁本体への固定を,弁本体の上端部の外周部に上端部が内側に屈曲した筒状の連結部材を螺着することにより,パワーエレメント部の外周縁を連結部材の上端部と弁本体の上端部との間に挟み込むことで行うことは,本願出願前周知の技術事項である(甲9,10)。他方,かしめ結合にも様々な問題点があることは,技術常識である(乙4~6)。
したがって,パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような固定手段を用いるかは,それぞれの固定手段を用いることによるメリット及びデメリットを勘案して決定することが通常の設計思想であり,螺着の採用は,当業者が適宜選択すべきことにすぎない。そして,パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは,必要とされる組立ての精度や組立てのしやすさを考慮して,当業者が適宜選択すべきことにすぎず,本件補正発明が螺着を採用したのは,まさに,かしめ結合の上記問題点を考慮した上で,螺着とのメリット及びデメリットを勘案した結果であり(本件補正明細書【0018】【図4】~【図8】),格別なものではない。
イ 引用例1には,弁本体を樹脂製にすることで軽量化を図ることが可能となる一方,合成樹脂が金属よりも低強度であることによる弊害が生じることが記載されており(【0011】),その具体例として,弁座の損傷(【0011】)や,クリープの発生(【0027】)が示されている。
他方,引用例2には,装置を樹脂化して軽量化をはかることの弊害として,樹脂製のフランジ部に応力が作用することによりクリープが発生して気密性が損なわれることが示されており(【0005】),これを解決するためにフランジ部の外周に金属板を施すことが記載されている(【0010】)。
ウ さらに,ねじ結合部が樹脂で構成されている場合において,樹脂のクリープによりねじ部に緩みが生じ得ることは,技術常識である(乙1~3)から,当業者は,樹脂製部材にねじを形成してねじ結合を行おうとする場合には,樹脂のクリープによりねじ結合が確実に行われない可能性を普通に認識する。
そうすると,引用例2に接した当業者は,引用発明のパワーエレメント部の本体への固定手段として,かしめ結合に代えて螺着を用いる際にもフランジに強度が必要とされること,樹脂のクリープの発生を防止する必要があること及びこれらの課題を解決するための金属の活用を認識することが明らかである。
そして,引用発明は,本件オリフィス構成を採用している点で,樹脂が金属よりも低強度であることから,樹脂の低強度が不都合となる箇所においては,金属部材を設けることにより強度の確保を行い,金属部材を設ける手段として金属部材をインサート成形している。
エ 以上によれば,引用発明のパワーエレメント部の弁本体への固定手段として,かしめ結合に代えて上記周知技術である螺着を採用し,その際に,フランジにインサート成形により金属部材を形成することは,当業者が容易になし得たことである。
また,原告の主張する作用効果2は,本件補正明細書に記載されていないし,作用効果1及び2は,いずれも,引用例1,引用例2及び周知技術から把握される作用効果の総和以上の効果ではない。
オ なお,引用例1には,本件補正発明にいうパワーエレメント部の下カバーの取付筒に雄ねじを形成することが高コストであることや取付作業が面倒になること(【0012】)や,かしめ結合によりこの不都合が解消されたこと(【0047】)が記載されている。しかし,引用例1は,上記雄ねじを形成することの不具合を示しているにすぎないから,これらの記載により,引用発明にいかなる螺着をも採用することを妨げる理由とはならない。
2 取消事由2(審判手続における審理不尽)について
〔原告の主張〕
特許庁審判部は,平成21年11月10日付けで審尋を発したが,そこに掲載されている前置報告書(甲5の1)には,新たに特開平8-291954号公報(甲10)が示された。原告は,これを受けて,請求項2を削除して特許請求の範囲を請求項1及び3に限定する補正案を示し,同請求項1及び3について審理を受ける機会が与えられることを希望する旨を記載した回答書を提出した。
しかしながら,特許庁審判部は,上記回答書にかかわらず,それ以上に原告に何ら意見を述べる機会を与えず,甲10を周知技術を記載した文献であるとの位置付けで引用したばかりか,審判の過程で反論の機会が全く与えられなかった甲9を初めて本件審決で引用し,本願発明が引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとして,本件審判請求を拒絶した。
こうした審理の実体は,原告(審判請求人)の意見を述べる機会を奪うもので,適正な審理を十分に尽くしたものとは到底いえない。したがって,本件審決は,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
(1) 審判における審尋は,請求人の意見を事前に求めるものであって,請求人に補正を促すものではないから,請求人が審尋に対する回答書に補正案や補正の用意がある旨の回答をしたとしても,それを採用するかどうかは合議体の裁量権の範囲内であって,必ず補正の機会を与えなければならないものではない。
(2) 本件審決は,本件補正発明が独立特許要件を欠くものと判断した結果,特許法17条の2第5項が準用する同法126条5項に違反するので,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項の規定により,本件補正を却下した。
ところで,特許法159条1項及び2項は,同法53条1項及び50条ただし書を,同法17条の2第1項4号の場合も含めるように読み替えて準用しており,同法53条1項に基づき,拒絶査定不服審判においてされた補正の却下の決定をするときは,同法50条ただし書により,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知する必要はない旨を規定している。
したがって,本件審決は,拒絶の理由を通知することなしに審決中で理由を付して補正の却下を行ったものであり,何ら違法性はない。
(3) また,甲9及び10は,本件審判において螺着が周知技術であることを裏付けるために例示された文献にすぎないし,原告は,審査手続及び審判手続(甲4の3)において,この点を指摘された上で上記の周知技術について既に意見を述べており(甲3の2,4の3),他に意見を述べる機会や補正をする機会もあった。なお,審決において,周知技術を裏付けるためにそれまでの手続にあらわれていなかった資料の提出が許されることは,明らかである(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁)。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について
(1) 一致点の認定の誤りについて
ア 引用発明は,前記第2の3(2)アに,本件補正発明は,前記第2の2(2)に,それぞれ記載のとおりであるところ,本件審決は,引用発明の「フランジ」が制御機構を弁本体に固定するために用いられるものであり,本件補正発明の「固着部材」がパワーエレメント部を弁本体に固定するために用いられるものであるから,両者が「弁本体の上端部の外周部に固定用部材が設けられ」る点で共通する旨を認定している。
ところで,ここで「固定用部材」とは,複数の部材を固定する際に用いられる部材を呼称するものとして,その機能に着目して一般に用いられる用語であるが,引用発明の「フランジ」と本件補正発明の「固着部材」とは,いずれも,上記のとおりパワーエレメント部を弁本体に固定する際に用いられる部材であって,その機能に着目した場合,共通する機能を有しているから,これらを上位概念としての「固定用部材」と呼称して,引用発明と本件補正発明との一致点として認定することに,何ら問題はない。
したがって,本件審決による上記一致点の認定に誤りはない。
イ 以上に対して,原告は,前記「固定用部材」が連結部材その他とどのように関係するかや,パワーエレメント部を弁本体に固定するに当たってどのような技術的貢献があるのか不明であるばかりか,引用発明と本件補正発明とではパワーエレメント部の固定方法が異なるから,本件審決による前記一致点の認定に誤りがあるなどと主張する。
しかしながら,本件審決は,パワーエレメント部と弁本体との固定方法について相違点2で認定しているところ,相違点2との対比によれば,一致点における「固定用部材」が,パワーエレメント部を弁本体に固定する際に用いられる部材として共通の機能を果たしていることや,連結部材等との関係及びパワーエレメント部の弁本体への固定において果たす役割は,いずれも自ずと明らかであって,上記共通の機能に基づく「固定用部材」の認定に関する前記判断を左右するに足りないというべきである。
また,原告は,本件補正発明の「固定用部材」とパワーエレメント部の外周縁が置かれる弁本体の上端部との関係が一致点として特定されていないことをもって,「固定用部材」の一致点としての認定が失当である旨を主張する。
しかしながら,「固定用部材」の上記機能に鑑みると,その認定に当たって本件補正発明における「固定用部材(固着部材)」と弁本体の上端部との関係を一致点として特定するには及ばない。
したがって,原告の上記主張は,採用できない。
(2) 相違点2についての判断の誤りについて
ア 引用発明の内容
引用例1(甲7)には,引用発明について要旨次の記載がある。
(ア) 従来の自動車用空調装置に組み込まれた膨張弁(以下「本件先行発明」という。)の弁本体は,金属製であったことにより,熱伝導率がよいために内部のオリフィスの開放量が正確に測定されないことによる不都合(【0009】),冷房効率の低下(【0010】),重量が重くなり,かといって合成樹脂で成形すると,合成樹脂は,金属より低強度であるため,弁体(金属製)が合成樹脂製の弁座に当接する動作が繰り返されて弁座が損傷する可能性があるという問題点(【0011】),制御機構が取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが,雄ねじの形成にコストがかかり,かつ,取付けに当たり接着剤を使用する必要があり,取付作業が面倒になること(【0012】)などの課題があった。
そこで,引用発明は,弁本体を樹脂で成形し(【0015】),本件オリフィス構成で弁座の損傷を防ぎ(【0016】),制御機構を弁本体にかしめにて固着することで,取付けが容易かつ確実にできる(【0017】)ようにするなどの工夫をしたものである。
(イ) 引用発明の弁本体の樹脂としては,耐冷媒・冷凍機油性,耐破壊圧強度,耐クリープ性及び耐熱性に優れたポリフェニレンサルファイド樹脂が好ましい(【0027】)。また,弁本体の上端部中央には,均圧室が開口して形成され,弁本体の上端部外周部にはフランジが形成されており,制御機構と弁本体とは,当該フランジの上部に制御機構の下蓋をパッキンを介して重ね,当該フランジとともに制御機構の外周部を覆うようにかぶせた円筒状の止め金具の上下部をかしめることにより固定されている(【0032】)。
(ウ) このように,引用発明は,弁本体を樹脂としたことで,軽量となり,配管が振動により破損するおそれもなく加工コストも安くなるばかりか,本件オリフィス構成により弁体の開閉作動によりオリフィスが破損するおそれがなく(【0046】),弁本体と制御機構との連結に筒状止め金具によるかしめ固定を採用したことにより,ねじ加工が不要となり非常に安価にできるとともに,ねじの緩みを防止する接着剤の塗布が不必要となり,確実かつ恒久的に接続することが可能となるものである(【0047】)。
イ 本件補正発明の内容
本件補正明細書(甲1,2の3,3の3,4の4)には,本件補正発明について要旨次の記載がある。
(ア) 従来の膨張弁(引用発明)においては,パワーエレメント部がかしめ部材により樹脂製の弁本体にかしめ固定されているため,パワーエレメント部が金属製の弁本体に螺着されるもの(本件先行発明)に比較して,弁本体内の圧力によりパワーエレメント部全体が浮き上がり,また,パワーエレメント部の上カバーが弾性変形し,かしめ部材のかしめ部が緩んで強度不足や,更には膨張弁の動作機能を阻害したり,かしめ部分から水分が侵入することで様々な不都合が発生するおそれがある(【0018】)。
(イ) そこで,本件補正発明は,弁本体を樹脂で成形した上で,引用発明とは異なり,弁本体に環状の金属部材を固着部材としてインサート成形して雄ねじを形成し,他方,パワーエレメント部を弁本体に固着させるための上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを形成して,固着部材と連結部材とをねじ結合により螺着させるというものである(【0020】【0023】【0024】【0032】~【0035】【図2】)。
(ウ) 本件補正発明は,引用発明と同様に弁本体が樹脂で成形されていても,パワーエレメント部の固定が強度不足という問題は発生せず,膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく,またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないものである(【0036】)。
ウ 相違点2の容易想到性について
(ア) 引用例1は,前記のとおり,引用発明の弁本体の耐クリープ性に配慮して樹脂の素材の好例を記載しており(【0027】),また,強度の高い部材(例えば金属)と強度の低い部材(例えば樹脂)とによって構成された構造体に外力が加わった場合,強度の低い部材に応力が集中し,これが樹脂である場合にはクリープが発生することは,技術常識でもある。そして,樹脂製のフランジに対して金属部材をかしめ固定する技術に関する甲8技術が,樹脂にクリープが発生することを予防するためにフランジ部に金属板を備えていることを併せ考えると,引用発明のフランジに筒状止め金具をかしめ固定するに当たり,甲8技術に基づき,筒状止め金具が当接するフランジ部に金属板を備える構成を想到することは,当業者にとって容易であったといえる。
(イ) 次に,引用発明は,前記のとおり,本件オリフィス構成を採用している(【0016】)。したがって,前記のとおり,引用発明のフランジ部に金属板を備える構成を採用する場合に,当該金属板を樹脂製の弁本体にインサート成形することは,引用例1自体に示唆があり,当業者にとって容易に想到可能であるといえる。
(ウ) また,一般に,膨張弁を含む圧力制御弁の技術分野において,円筒形の2つの部材を固定する手段として,かしめ固定のほかに,螺着という手段が存在することは,当業者にとって周知技術である(甲9,10)。
(エ) しかしながら,引用例1及び2には,前記フランジ部に金属板をインサート成形したとしても,この部分に雄ねじを,筒状止め金具の内側に雌ねじを,それぞれ形成して,両部材の固定に当たって前記周知技術である螺着という方法を採用することについては,いずれも何らこれを動機付け又は示唆する記載がない。
むしろ,引用発明は,本件先行発明の制御機構が,取付筒に形成された雄ねじと弁本体の内側に形成された雌ねじにより螺着されているが,雄ねじの形成にコストがかかり,かつ,取付けに当たり接着剤を使用する必要があり,取付作業が面倒になる(【0012】)という課題を解決するために,かしめ固定という方法を採用し(【0047】),本件先行発明が採用するねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥したものである。したがって,引用例1及び2に接した当業者は,あくまでも制御機構(パワーエレメント部)と樹脂製の弁本体をかしめ固定により連結することを前提とした技術の採用について想到することは自然であるといえるものの,本件先行発明が採用していながら,引用例1が積極的に排斥したねじ結合による螺着という方法を想到することについては,阻害事由があるといわざるを得ない。
以上のとおり,引用例1及び2には,膨張弁のパワーエレメント部と樹脂製の弁本体の固定に当たり,弁本体の外周部にインサート成形した固着部材に雄ねじを,上端部が屈曲した筒状の連結部材の内側には雌ねじを,それぞれ形成して,両者をねじ結合により螺着させるという本件補正発明の相違点2に係る構成を採用するに足りる動機付け又は示唆がない。むしろ,引用発明は,それに先行する本件先行発明の弁本体が金属製であることによる問題点を解決するためにこれを樹脂製に改め,併せてパワーエレメント部と弁本体とを螺着によって固定していた本件先行発明の有する課題を解決するため,ねじ結合による螺着という方法を積極的に排斥してかしめ固定という方法を採用したものであるから,引用発明には,弁本体を樹脂製としつつも,パワーエレメント部と弁本体の固定に当たりねじ結合による螺着という方法を採用することについて阻害事由がある。しかも,本件補正発明は,上記相違点2に係る構成を採用することによって,パワーエレメント部の固定に強度不足という問題が発生せず,膨張弁の動作に不具合が生じるおそれもなく,またその強度不足によって生ずる水分の侵入により不都合が生じるというおそれも発生しないという作用効果(作用効果1)を発揮することで,引用発明が有する技術的課題を解決するものである。
したがって,当業者は,引用発明,本件オリフィス構成,甲8技術及び周知技術に基づいたとしても,引用発明について相違点2に係る構成を採用することを容易に想到することができなかったものというべきである。
エ 被告の主張について
以上に対して,被告は,パワーエレメント部の弁本体への固定手段としてどのような手段を用いるかは当業者が適宜選択すべきことにすぎず,螺着という方法が周知技術であり,かしめ固定に様々な問題があることも技術常識であるし,引用例1の本件先行発明に関する記載が,本件先行発明における螺着の不具合を示しているにすぎないから,螺着という方法の採用自体を妨げるものではなく,当業者が,引用発明における固定手段としてかしめ固定に代えて螺着を採用することが容易にできた旨を主張する。
しかしながら,ねじ結合による螺着及びかしめ固定にそれぞれ固有の問題があることが周知ないし技術常識であるとしても,引用発明は,そのような技術常識の中で,あえて本件先行発明が採用する螺着の問題点に着目し,これを解決するためにかしめ固定を採用したものである。すなわち,前記認定のとおり,引用例1は,本件先行発明が採用している螺着という方法を積極的に排斥している以上,相違点2に係る構成について引用発明のかしめ固定に代えて同発明が排斥している螺着という方法を採用することについては阻害事由があるのであって,これに反する被告の上記主張をもって,いずれも相違点2についての容易想到性に係る前記判断が妨げられるものではない。
よって,被告の上記主張は,採用できない。
オ 小括
以上のとおり,本件補正発明は,特許法29条2項により引用発明に基づいて容易に発明をすることができたものではないから,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第5項が準用する同法126条5項にいう特許出願の際に独立して特許を受けることができたものであるといえる。
(3) よって,本件補正が同法17条の2第4項2号に掲げる特許請求の範囲の縮減を目的とするものに該当するとしながらも,本件補正発明に独立特許要件がないとして本件補正を却下した本件審決には,この点の判断を誤った違法があるといわなければならない。
2 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由2について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 高部眞規子 裁判官 井上泰人)