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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10204号 判決 2011年5月30日

原告

エヌエスケー,ヨーロッパ,リミテッド

訴訟代理人弁護士

吉武賢次

宮嶋学

高田泰彦

柏延之

訴訟代理人弁理士

勝沼宏仁

永井浩之

岡田淳平

磯貝克臣

被告

特許庁長官

指定代理人

山岸利治

川本眞裕

新海岳

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-32100号事件について平成22年2月16日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「水ポンプと共に用いるための軸受け組立体」とする発明について,平成11年8月27日に特許出願をした(特願平成11-241274号。パリ条約による優先権主張1998年(平成10年)8月27日,英国。請求項の数4。甲6)が,平成20年9月16日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,平成20年12月18日,拒絶査定に対する不服審判の請求をした(不服2008-32100号)。

特許庁は,平成22年2月16日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(付加期間90日),その謄本は同月26日に原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。

「【請求項1】 自動車の水ポンプと共に用いるための回転軸受け組立体であって,リングを通って軸方向に延びるシャフトまたはスピンドルを備え,

リングの内側周縁部とリング内のスピンドルの外側周縁領域とには,一対の間隔を空けて相補的に離れたボール接触軌道が設けられており,この軌道はそれと転がり接触している列状のボールを含んでおり,

第1回転軸受けを構成するボール及び軌道の1列は,ボールが,互いに接触するように必要数が配置されており,

第2回転軸受けを構成するボール及び軌道の他列は,ボールが,保持器で間隔を空けて離されていることを特徴とする回転軸受け組立体。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,本願発明は,特開平9-222122号公報(甲1。以下,甲1記載の発明を「引用発明」ということがある。)記載の発明に周知技術を適用することにより,容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることはできない,とするものである。

審決は,上記結論を導くに当たり,引用発明,同発明と本願発明との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

(1)  引用発明

「自動車用エンジンの冷却水を循環させる為のウォータポンプに組み込んだ状態で使用するウォータポンプ用複列玉軸受であって,

円筒形の外輪12を通って軸方向に延びる回転軸3を備え,

外輪12の内側周縁部と外輪12内の回転軸3の外側周縁領域とには,一対の間隔を空けて相補的に離れた第一の外輪軌道10b,第二の外輪軌道11,第一の内輪軌道13,第二の内輪軌道14が設けられており,この軌道はそれと転がり接触している列状の玉15,15を含んでおり,

玉15,第一外輪軌道10b,及び第一内輪軌道13で構成される第1の回転軸受の玉15の数は,玉15,第二の外輪軌道11,及び第二の内輪軌道14で構成される第2の回転軸受の玉15の数より多く,

第1の回転軸受及び第2の回転軸受は,玉15が,保持器16で間隔を空けて離されているウォータポンプ用複列玉軸受。」

(2)  本願発明と引用発明の一致点

「自動車の水ポンプと共に用いるための回転軸受け組立体であって,

リングを通って軸方向に延びるシャフトまたはスピンドルを備え,

リングの内側周縁部とリング内のスピンドルの外側周縁領域とには,一対の間隔を空けて相補的に離れたボール接触軌道が設けられており,この軌道はそれと転がり接触している列状のボールを含んでおり,

第1回転軸受けを構成するボール及び軌道の1列は,ボールが,配置されており,

第2回転軸受けを構成するボール及び軌道の他列は,ボールが,保持器で間隔を空けて離されている

回転軸受け組立体。」

(3)  本願発明と引用発明の相違点

「『第1回転軸受け』について,本願発明は,『第1回転軸受けを構成するボール及び軌道の1列は,ボールが,互いに接触するように必要数が配置されて』いるのに対して,引用発明は,『第1の回転軸受の玉15の数』は『第2の回転軸受の玉15の数』より多いものの,『第1の回転軸受』は,『玉15が,保持器16で間隔を空けて離されている』点。」

第3取消事由に関する原告の主張

審決には,容易想到性に係る判断に誤りがあるから,取り消されるべきである。

1  審決は,引用発明の第1の回転軸受のボールの数をどのように設定するかは,軸受としての所要の機能,負荷容量等を考慮して適宜設計する事項にすぎず,本願発明は,引用発明の「第1の回転軸受」に,周知技術である,ボール間に保持器を持たない総玉軸受を適用することにより,容易に想到することができたと判断する。

しかし,本願出願当時,ボールが互いに接触するように配置された総玉軸受は,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受と比較して,動作寿命等の点で不利であると一般的に認識されていたから,高荷重を要求される自動車の水ポンプと共に用いるための軸受けについて,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受のボールの数を増やすだけではなく,ボールが互いに接触するように配置することに想到することは困難であった。この点,甲1及び審決が総玉軸受を開示するものとして挙げた文献には,高荷重を要求される自動車の水ポンプと共に用いるための軸受けについて,保持器付きの軸受に替えて,総玉軸受を用いることは,記載も示唆もされていない。むしろ,「THEORY OF MACHINES」と題する文献(甲7資料2,甲8),実開平6-32740号公報(甲9)の段落【0010】,実開平5-79040号公報(甲10)の段落【0002】の記載によれば,高荷重を要求される自動車の水ポンプと共に用いるための軸受けについて,保持器付きの軸受に替えて,総玉軸受を用いることには,阻害事由が存在していた。

なお,保持器付き軸受ではボールと保持器の摩擦が問題となるのに対し,総玉軸受ではボール同士の摩擦が問題となるなど,保持器付き軸受を総玉軸受に変更することには,技術的にみて大きな違いがあるから,甲1に,保持器付き軸受においてボールの数を多くすることが開示されているとしても,ボールの数を多くする手段として総玉軸受を採用することが容易ということはできない。また,乙1ないし4に開示された軸受は,油膜ダンパに用いられる潤滑油が常時軸受に供給されるものであったり,動作及びその性能が自動車の水ポンプに用いられるものとは明らかに異なるなど,本願発明の軸受とは,その構造及び技術的解決手段に相違がある。そうすると,乙1ないし4は,自動車の水ポンプの軸受として特段の支障なく総玉軸受が使用されることが周知ないし当業者に自明であったという根拠にならない。

したがって,引用発明の「第1の回転軸受」に総玉軸受を適用することは設計事項にすぎず,本願発明は容易想到であったとする審決の判断には誤りがある。

2  審決は,本願発明の作用効果は,引用発明及び周知技術に基づいて予測し得る程度のものであると判断する。

しかし,上記のとおり,本願出願当時,総玉軸受は,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受と比較して,動作寿命等の点で不利であると一般的に認識されていたから,玉が保持器で間隔を空けて離されている軸受に替えて,総玉軸受を用いると,負荷容量は増加するが,動作寿命は短くなると予測するのが通常であった。ところが,実験データ(甲7の資料1,甲11。以下「本件実験データ」という。)によれば,本願発明の実施例に記載されている軸受は,両方が保持器付きである軸受と比べて,動作寿命の著しい増大をもたらすことが知見されている。そうすると,本願発明は,当業者が予測し得ない顕著な作用効果を有するのであって,このような作用効果により,本願発明の進歩性の存在が推認されるべきである。なお,本願発明が,上記課題をどのように解決しているか明らかでないということは,その作用効果が従来の予測可能性を超えたものであることを示しているといえる。

3  以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより,容易に発明をすることができたとはいえない。

第4被告の反論

1  甲1には,「玉15,15の数を多くする分・・・大きなラジアル荷重が加わる条件下でも,十分な耐久性が確保できる」(段落【0014】)と記載されており,軸受に大きな荷重・面圧が作用するとき,軸受の耐久性を向上させるために,ボールの数を多くしてボール1つ当たりの荷重を軽減する技術が開示されている。また,総玉軸受は,ボールの数を多くする手段の1つであることは明らかである。そうすると,甲1には,ボール1つ当たりの荷重を更に軽減するため,或いは,保持器付き軸受ではボール1つ当たりの荷重が過大になるおそれがある場合に,ボールの数を多くする手段として総玉軸受を採用すべきことが示唆されており,本願発明は容易に想到することができたといえる。

これに対し,原告は,自動車用の水ポンプに総玉軸受を適用することには,阻害事由が存在すると主張する。しかし,「THEORY OF MACHINES」と題する文献(甲7資料2,甲8)及び実開平6-32740号公報(甲9)の段落【0010】,実開平5-79040号公報(甲10)の段落【0002】には,総玉軸受の短所が一般的に記載されているにすぎず,高荷重の軸受として使用できないことは示されていない。むしろ,実願昭58-129318号(実開昭60-38128号)のマイクロフィルム(乙1),特開昭63-231021号公報(乙2),特開平3-96603号公報(乙3)には,過給機,ジェットエンジン,ガスタービン等の各種機械に総玉軸受を使用することが開示されており,高荷重を要求される各種機械の軸受として,総玉軸受を適用することに阻害事由が存在するとはいえない。

2  原告は,本願発明が動作寿命の著しい増大という顕著な作用効果を有すると主張し,その根拠として,本件実験データを挙げる。

しかし,本件実験データは,実験条件が不明であり,信用性がない。すなわち,本件実験データは,①軸受構成部品の形状,構造,材質,表面処理・被覆,潤滑,冷却等の条件が不明であること,②一対の軌道のどちら側が駆動側か不明であること,③負荷,荷重,回転数等の運転条件などが不明であることなど,実験の妥当性に問題がある上,本願発明の発明特定事項により,該効果が達成されているか不明である。また,仮に,本件実験データにおける効果が,本願発明の発明特定事項により達成されているとしても,総玉軸受の採用によりボール1個当たりの負荷が低減されるのは当然であり,動作寿命の向上は,当業者が予測し得る程度のものである。したがって,本願発明に顕著な作用効果があるとして,進歩性を認めることはできない。

3  以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより,容易に想到することができたといえる。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより容易に想到できたといえるから,審決に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  事実認定

(1)  本願発明の請求項1は,第2の2記載のとおりであり,甲6(以下,図面と併せて「本願明細書」という。)には,以下の記載がある。

「【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,水ポンプ,とりわけ内部燃焼エンジンの水ポンプと共に用いるための軸受け組立体に関している。」

「【0002】【従来の技術】 軸受け組立体の公知の形態は,軸受けリングを通って延びるシャフトまたはスピンドルを有しており,そこでは,スピンドル及び軸受けリングが,相補的に軸方向に離れた軌道を有しており,そこには一組の転がり部材,典型的にはボールが,アンギュラコンタクトで存在しており,その軌道は複列軸受けを提供している。軸受けの転がり部材は全て,保持器で間隔をあけて離れており,2つの軸受けは同一である。」

「【0003】【発明が解決しようとする課題】 使用中,水ポンプを回転及び駆動するためにスピンドルがベルト及びプーリによって駆動されると,ベルト及びプーリに結合された駆動入力軸受けが高い負荷及び過度の温度を体験する傾向にあり,軸受けの故障が発生し得る。」

「【0005】【課題を解決するための手段】 本発明によれば,自動車の水ポンプと共に用いるための回転軸受け組立体が提供される。この組立体は,リングを通って軸方向に延びるシャフトまたはスピンドルを備え,リングの内側周縁部とリング内のスピンドルの外側周縁領域とには一対の間隔を空けて相補的に離れた転がり部材接触軌道または軌跡が設けられており,この軌道または軌跡はそれと転がり接触している列状の転がり部材(ボールまたはローラ)を含んでおり,第1回転軸受けを構成する転がり部材及び軌道の1列は,互いに接触する必要数の転がり部材として配置されたボールを有しており,第2回転軸受けを構成する転がり部材及び軌道の他列は,保持器で間隔を空けて離されたボールを有している。」

「【0012】 両方の軸受けが保持器を有するような従来の複列アンギュラコンタクトボール軸受け組立体と比較して,本発明に従って構成された軸受け組立体10は,軌道16を充満する必要数のボール18を有する駆動端軸受け19を有している。そのような軸受け組立体10は,従来の軸受け組立体の動作寿命よりもかなり長い(典型的には3倍の)動作寿命を有することが知見された。」

「【0013】 保持器の機能は,ボールを離間させた状態に維持すること,及び,ボールの位置及び運動を制御すること,である。」

「【0014】 これに対して,必要数のボールは,実際に互いに接触する。従って,より多くのボールが軌道内に装入され,軌道を充満させる。このような構成は,直接的な摩擦接触という不利を超えて,高い負荷や良好なガイドのために有効である。」

「【0015】【発明の効果】 本発明によれば,従来の軸受け組立体の動作寿命よりもかなり長い動作寿命が得られる。」

(2)  甲1の記載

甲1には以下の記載がある。

「【0001】【産業上の利用分野】 この発明に係るウォータポンプ用複列玉軸受は,自動車用エンジンの冷却水を循環させる為のウォータポンプに組み込んだ状態で使用する。」

「【0005】 上述の様に構成されて前述の様なウォータポンプに組み込まれる複列玉軸受4の場合には,使用条件によっては必ずしも十分な耐久性を確保できない場合がある。即ち,近年に於けるエンジンの高出力化とそれに伴うベルト材質の変更により,前記プーリ6(図6)を介して回転軸3に加わるラジアル荷重が大きくなる傾向となっている。この結果,上記各玉15,15の転動面と第一,第二の外輪軌道10,11及び第一,第二の内輪軌道13,14との当接部に大きな面圧が加わる様になって,これら各転動面及び各軌道10,11,13,14の疲れ寿命を確保する事が難しくなる。」

「【0009】

【作用】 上述の様に構成される本発明のウォータポンプ用複列玉軸受の場合には,玉の数を多くする分,負荷容量を増大させて,大きなラジアル荷重が加わる条件下でも十分な耐久性を確保できる。又,各列で玉の数を異ならせ,複列玉軸受全体としての玉の数を抑えているので,コスト及び重量の増大を抑える事ができる。」

「【0010】

【発明の実施の形態】 図1~4は,本発明の実施の形態の第1例を示している。円筒形の外輪12の内周面には,第一,第二の外輪軌道10b,11を形成している。これら両外輪軌道10b,11のうち,第二の外輪軌道11は,前述した従来構造の場合と同様の深溝型としている。これに対して第一の外輪軌道10bは,図2に詳示する様な,カウンタボア型としている。又,この外輪12の内側に挿通された回転軸3の外周面には,第一,第二の内輪軌道13,14を形成している。これら両内輪軌道13,14は,それぞれ前述した従来構造の場合と同様の深溝型としている。」

「【0011】 上記第一の外輪軌道10bと上記第一の内輪軌道13との間,及び上記第二の外輪軌道11と上記第二の外輪軌道14との間には,それぞれ複数個ずつの玉15,15を転動自在に設けている。特に,本発明のウォータポンプ用複列玉軸受に於いては,上記第一の外輪軌道10bと上記第一の内輪軌道13との間に設ける玉15,15の数(図示の例では9個)を,上記第二の外輪軌道11と上記第二の内輪軌道14との間に設ける玉15,15の数(図示の例では6個)よりも多くしている。」

「【0014】 前述の様に構成され,上述の様にウォータポンプに組み込まれる本発明のウォータポンプ用複列玉軸受の場合には,上記プーリ6側に存在する第一の外輪軌道10bと第一の内輪軌道13との間に設けられ,上記プーリ6から回転軸3に加わるラジアル荷重のうちの多くを受ける玉15,15の数を多くする分,負荷容量を増大させる事ができる。従って,上記プーリ6に掛け渡したベルトの張力が大きく,その結果,上記回転軸3に大きなラジアル荷重が加わる条件下でも,十分な耐久性を確保できる。又,各列で玉15,15の数を異ならせ,複列玉軸受4a全体としての玉15,15の数を抑えているので,コスト及び重量の増大を抑える事ができる。又,上記各玉15,15に外向の接触角を付与しているので,上記回転軸3の軸方向(図1の左右方向)に亙る支持剛性が向上し,上記複列玉軸受4aを組み込んだウォータポンプの運転音の低減を図れる。」

2  判断

(1)  上記のとおり,本願発明は,自動車の水ポンプと共に用いるための軸受組立体について,従来の軸受組立体よりも長い動作寿命を得るため,シャフト又はスピンドルを第1回転軸受及び第2回転軸受で保持し,第1回転軸受については,ボールが互いに接触するように必要数が配置された,総玉軸受を用いるとともに,第2回転軸受については,ボールが保持器で間隔を空けて離された軸受を用いるとの構成を採ったものである。

この点,甲1には,「本発明のウォータポンプ用複列玉軸受の場合には,玉の数を多くする分,負荷容量を増大させて,大きなラジアル荷重が加わる条件下でも十分な耐久性を確保できる。」(段落【0009】),「本発明のウォータポンプ用複列玉軸受に於いては,上記第一の外輪軌道10bと上記第一の内輪軌道13との間に設ける玉15,15の数(図示の例では9個)を,上記第二の外輪軌道11と上記第二の内輪軌道14との間に設ける玉15,15の数(図示の例では6個)よりも多くしている。」(段落【0011】),「本発明のウォータポンプ用複列玉軸受の場合には,上記プーリ6側に存在する第一の外輪軌道10bと第一の内輪軌道13との間に設けられ,上記プーリ6から回転軸3に加わるラジアル荷重のうちの多くを受ける玉15,15の数を多くする分,負荷容量を増大させる事ができる。」(段落【0014】)と記載されている。上記のとおり,甲1には,自動車の水ポンプと共に用いるための軸受組立体について,軸受に大きな荷重・面圧が作用するとき,軸受の耐久性を向上させるために,ボールの数を多くしてボール1つ当たりの荷重を軽減する技術が開示されているところ,ボール1つ当たりの荷重を更に軽減するため,或いは,保持器付き軸受ではボール1つ当たりの荷重が過大になるおそれがある場合に,ボールの数を多くする手段の1つとして,周知技術である総玉軸受を適用することは,当業者が容易に着想できたというべきである。

(2)  これに対し,原告は,本願出願当時,ボールが互いに接触するように必要数が配置された総玉軸受は,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受と比較して,動作寿命等の点で不利であると一般的に認識されていたから,高荷重を要求される自動車の水ポンプと共に用いるための軸受けについて,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受の玉の数を増やすだけではなく,ボールが互いに接触するように配置することに想到することは困難であった,と主張する。

しかし,原告の上記主張は採用することができない。すなわち,確かに,①「THEORY OF MACHINES」と題する文献(甲7資料2)には,「二つのボールが擦れ合う際の相対速度は,ボールとケージとの間の相対速度の二倍であり,高速で擦れ合うボールはベアリング内に過度に高い温度を生じさせ,最終的にベアリングを破損させる惧れがある。」との記載,②実開平6-32740号公報(甲9)の段落【0010】には,「転動体を保持する保持器を備えていない転がり軸受の場合には,軸の回転に伴なって隣り合う転動体同士が摩擦し合う為,上記軸が回転する事に対する抵抗が大きく,ターボチャージャーの回転軸を支持する場合には,レスポンスを悪化させる等,好ましくない。」との記載,③実開平5-79040号公報(甲10)の段落【0002】には,「保持器を使用しない総玉軸受であるラジアル玉軸受は普通高荷重を要求されない部分,例えばターミナルプリンタのリボン送り機構等の軸受として用いられる」との記載がある。しかし,これらの文献は,一般論として,総玉軸受の短所ないし特徴を述べたものであって,このような短所があったからといって,直ちに,総玉軸受が,高荷重の軸受としては,適用できないとはいえない。むしろ,実願昭58-129318号(実開昭60-38128号)のマイクロフィルム(乙1),特開昭63-231021号公報(乙2),特開平3-96603号公報(乙3)には,過給機,ジェットエンジン,ガスタービン等において,高荷重を要求される部分に総玉軸受を使用する例が示されている。そうすると,総玉軸受は,隣接したボール同士の接触により摩耗・温度上昇等が生じるが,このような問題点に対しては,摩擦低減のための材質の選択,表面処理・被覆,潤滑・冷却性能の向上などによって解決することは容易であるというべきである。保持器付き軸受ではボールと保持器の摩擦が問題となるのに対し,総玉軸受ではボール同士の摩擦が問題となるとしても,保持器付き軸受を総玉軸受に変更することに,格別,困難性は見いだせない。したがって,自動車の水ポンプと共に用いるための軸受けについて,保持器付きの軸受に替えて,総玉軸受を用いることに阻害事由はない。

以上のとおり,引用発明の「第1の回転軸受」に,保持器付きの軸受を適用するか,総玉軸受を適用するかは,当業者が適宜選択し得る設計事項にすぎないといえる。

(3)  また,原告は,本願出願当時,総玉軸受は,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受と比較して,動作寿命等の点で不利であると一般的に認識されていたから,ボールが保持器で間隔を空けて離されている軸受に替えて総玉軸受を用いると,負荷容量は増加するが,動作寿命は短くなると予測されるにもかかわらず,本件実験データによれば,本願発明の実施例に記載されている軸受は,一対のボール接触軌道の両方が保持器付き軸受であるものと比べて,動作寿命が著しく増大したことが確認され,本願発明には格別の作用効果があると主張する。

しかし,原告の上記主張は,採用することができない。すなわち,上記のとおり,総玉軸受は,保持器付きの軸受と比較して,ボールの数を増やせるので,ボール1個当たりの負荷・荷重を軽減できる利点があること,一般に,総玉軸受といっても,隣り合ったボール同士の間には,ある程度のクリアランス(隙間)が存在し,隣り合ったボールが互いに押し付けられながら常時擦れ合っているとはいえないことなどからすれば,総玉軸受けが保持器付きの軸受けと比較して,動作寿命の点で著しく不利であるとまでは認め難い。また,総玉軸受は,隣接したボール同士の接触により摩耗・温度上昇等の現象が生じ得るが,このような現象は,摩擦低減のための材質の選択,表面処理・被覆,潤滑・冷却性能の向上といった技術常識を用いることにより,特段の支障がない程度に解消・低減可能といえる。さらに,上記のとおり,軸受の動作寿命は,ボール・軌道面の材質,表面処理・被覆,潤滑・冷却条件等の影響を受けるものと考えられるところ,本件実験データでは,これらの条件が何ら示されていないので,軸受の動作寿命が向上したと認めることはできず,仮に動作寿命の向上があるとしても,そのような効果は,当業者が予測し得る程度のものといえる。

したがって,本願発明は,動作寿命の著しい増大という顕著な作用効果を有するとの原告の主張は採用することができない。

(4)  小括

以上によれば,本願発明は,引用発明に周知技術を適用することにより容易に想到できたといえ,審決に誤りはない。

3  結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明)

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