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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10208号 判決 2010年12月28日

原告

株式会社ビルドランド

訴訟代理人弁理士

市橋俊一郎

三田大智

被告

特許庁長官

指定代理人

山口由木

山本忠博

黒瀬雅一

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-17616号事件について平成22年5月24日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成17年10月5日,発明の名称を「橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修構造」とする発明について,特許出願をしたが,平成20年6月3日に拒絶査定がされ,これに対し,同年7月10日,不服の審判(不服2008-17616号事件)を請求した。

特許庁は,平成22年5月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年6月7日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲

本件出願に係る平成22年3月15日付け手続補正書(甲24)により補正された特許請求の範囲(請求項の数2)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。

「コンクリート床版裏面の表層コンクリートを除去し,該表層コンクリート除去面域を補強用塗工材層で修復する橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修構造において,1立方メートル当たり,

ポルトランドセメント 300~ 600kg,

砂          600~1200kg,

ポリマー樹脂      10~ 120kg,

補強樹脂繊維      10~  60kg,

を主成分とし上記補強樹脂繊維として,繊維長5~20mm,太さ10~200μmのビニロン繊維,又は同ポリエチレン繊維,又は同ビニロン繊維と同ポリエチレン繊維の混合繊維を用いた補強樹脂繊維入りポリマーセメントモルタルを上記表層コンクリート除去面域に塗布し上記補強用塗工材層を形成したことを特徴とする橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修構造。」

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。

(1)  審決は,本願出願前に頒布された刊行物である特開昭61-146904号公報(以下「刊行物1」という。甲1)に記載された発明の内容,及び本願発明と刊行物1記載の発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 刊行物1記載の発明の内容

「コンクリート床版裏面の表層コンクリートを高圧水等を用いて清掃し,該表層コンクリート清掃面域を補強用塗工材層で修復する橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修層床版(・)において,

高分子複合樹脂エマルジョンにセメント,骨材,保助材を加えて生成した表面塗装剤を上記表層コンクリート除去面域に塗布して形成した第一次含浸層3,及び塗装剤含浸後の表面に同表面塗装剤を塗布して形成した第二次含浸層4を有し,第二次含浸層4の上に固定金具を用いて取り付けた金網6を有し,さらに同金網6上に表面塗装剤を塗布して形成した第一次塗膜層7及び第二次塗膜層8を有する橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修層床版(・)。」(審決書 3 頁23行~32行)

イ 一致点

「コンクリート床版裏面の表層コンクリートの表面処理を行い,該表層コンクリートの表面処理面域を補強用塗工材層で修復する橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修構造において,

セメント,砂,ポリマーを含むポリマーセメントモルタルを上記表層コンクリート表面処理面域に塗布し上記補強用塗工材層を形成した橋梁におけるコンクリート床版裏面の補修構造。」(審決書 8 頁29行~34行)。

ウ 相違点

「[相違点1] 表層コンクリートの表面処理が,本願発明では,表層コンクリートを除去するものであるのに対し,刊行物1記載の発明では,表面を高圧水等を用いて清掃するものである点。

[相違点2]

ポリマーセメントモルタルが,本願発明では,ポルトランドセメント,砂,ポリマー樹脂及び補強樹脂繊維を混合したものを主成分とし,1立方メートル当たりの各成分が決められた量である補強樹脂繊維入りポリマーセメントモルタルであり,補強樹脂繊維として,繊維長5~20mm,太さ10~200μmのビニロン繊維,又は同ポリエチレン繊維,又は同ビニロン繊維と同ポリエチレン繊維の混合繊維を用いるのに対し,

刊行物1記載の発明では,セメントが『ポルトランドセメント』に限定されておらず,また補強樹脂繊維を含んでおらず,1立方メートル当たりの各成分の量が限定されていない点。」(審決書8頁35行~9頁10行)。

(2)  相違点に係る容易想到性を以下のとおり判断した。

ア 相違点1について

刊行物1記載の発明においては,高圧水を用いた洗浄により,通常,亀裂が入ったり,劣化によりもろくなった表層コンクリートは除去されているものと認められる。仮に,除去されていないとしても,補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行うことは周知であるから(例えば,特開平9-256647号公報,特開2003-13411号公報),刊行物1記載の発明において,高圧水により洗浄するとともに,表層コンクリートの除去をすることは当業者が容易になし得る。

イ 相違点2について

(ア) 「ポルトランドセメント」と「補強樹脂繊維」

「ポルトランドセメント」はセメントとして,最も普通に採用されるものであり,また,セメントモルタルにおいて,補強のために「合成樹脂繊維」を添加することは,特開2000-240297号公報(以下「刊行物2」という。),特開平8-259294号公報(以下「刊行物3」という。)及び特開2005-133500号公報(平成17年5月26日公開。以下「刊行物4」という。)に記載されているように周知の技術であるから,刊行物1記載の発明において,セメントとして,「ポルトランドセメント」を用い,「補強樹脂繊維」を添加することは,当業者が容易になし得た。

(イ) 配合割合

ポリマーセメント組成物において,セメント,砂,ポリマー,補強樹脂繊維の量は,必要とされる強度,砂の種類や粒径,ポリマーの種類,繊維の材料等に応じて適宜配合されるものである。そして,本願発明における各成分の配合量を配合割合に換算すると,ポルトランドセメント1ないし2に対し,砂2ないし4,ポリマー樹脂0.03ないし0.4,補強樹脂繊維0.03ないし0.2となるところ,刊行物3には,コンクリート構造物補修用のポリマーセメント組成物において,セメントを1とした場合,骨材は,1.0ないし2.5,粉末状水溶性樹脂0.03ないし0.2,繊維0.002ないし0.06と記載され,繊維がヘアクラックの発生を妨げ,発生したヘアクラックについて成長を妨げることが示されている。そうすると,本願発明における各成分の配合量は,繊維を含む補修用のポリマーセメント組成物の配合割合を1立法メートル当たりの量で表したにすぎず,その各成分の配合割合は,通常採用される範囲のものであって,当業者が適宜調整し得た。

(ウ) 補強樹脂繊維の種類,太さ,長さ

刊行物3には,コンクリート構造物補修用ポリマーセメント組成物に含有させる補強繊維として,ビニロン等の有機繊維が使用できること,長さは3mmないし30mmとし,10ないし18mmが好ましいことが記載され,刊行物4には,補強樹脂繊維入りポリマーセメントモルタルの繊維として,長さ6mmのビニロン繊維を用いることが記載され,刊行物5には,鉄筋コンクリートの補修用組成物のひび割れを防止し,曲げタフネスを改善するために,ポリエチレン,ビニロン等の繊維を用いること,繊維径は20μmが好ましく,繊維長は10mm以下が好ましいことが記載されている。

そうすると,本願発明の「繊維長5~20mm,太さ10~200μmのビニロン繊維,又は同ポリエチレン繊維,又は同ビニロン繊維と同ポリエチレン繊維の混合繊維」は,補強樹脂繊維入りポリマーセメントモルタルの繊維として普通に用いられているものであり,このような繊維を選択することは当業者が容易になし得たものといえる。

(エ) 効果等

刊行物3,4及び特開2002-201058号公報(以下「刊行物5」という。)には,コンクリート補修用組成物に繊維を配合することで,ひび割れの発生防止や成長を防止し,曲げタフネスを改善することが記載されており,本願発明の効果は全体として,刊行物1ないし5記載の発明から予測できた程度のことである。

なお,本願発明の1立方メートル当たりの各成分の配合量の上限と下限,補強繊維の長さ・太さの上限と下限を規定したことに臨界的意義は認められない。

したがって,本願発明は,刊行物1ないし5記載の発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものである。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決には,以下のとおり,(1)本願発明の認定の誤り(取消事由1),(2)刊行物1記載の発明の認定の誤り(取消事由2),(3)相違点1に係る容易想到性判断の誤り(取消事由3),(4)請求項2に係る判断の遺脱(取消事由4),がある。

(1)  取消事由1(本願発明の認定の誤り)

ア 前提認定の誤り

審決は,「本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,平成22年3月15日付け手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,」(審決書1頁下から4行~2行)とし,「本願の請求項1に係る発明」を「本願請求項1」と「本願請求項2」の記載事項から特定されるものと認定した。

しかし,審決の上記前提の認定は誤りである。すなわち,「本願の請求項1に係る発明」は,「本願の請求項1」の記載事項のみから特定されるべきものであり,本願の請求項1とは別の請求項であり,かつ独立の請求項である「本願の請求項2」の記載事項からも特定されるとした上記審決の認定は,誤りである。

イ 「本願発明」の認定の誤り

審決は,「本願請求項1の記載事項」のみを「本願発明」と認定した(審決書2頁1行~13行)。

しかし,審決の認定は誤りである。すなわち,「本願発明」は「本願請求項1の記載事項から特定される発明」と,「本願請求項2の記載事項から特定される発明」の別個独立の2つの発明から成るものであるから,上記審決の本願発明に係る認定は誤りである。

(2)  取消事由2(刊行物1記載の発明の認定の誤り)

審決は,刊行物1記載の発明の認定において,「コンクリート床版裏面の表層コンクリートを高圧水等を用いて清掃した面域」について,前提となる構成の特定部分においては「表層コンクリート清掃面域」と認定しながら,具体的な構成の特定部分においては「上記表層コンクリート除去面域」と認定し,「表層コンクリート清掃面域」と「表層コンクリート除去面域」とを同列に扱うような認定をした(審決書3頁23行~32行。判決注 下線は判決において付した。以下に付す下線も同じ。)。

しかし,審決の上記認定は誤りである。すなわち,表層コンクリートの表面を清掃することにより,結果的に劣化した表層コンクリートが除去される場合があるとしても,当初から積極的に表層コンクリートを除去した場合と清掃した場合とではその面域の表面形態が全く異なるから,「表層コンクリート清掃面域」と「表層コンクリート除去面域」とを同列に扱った審決の上記認定は誤りである。上記「清掃」により,結果的に劣化した表層コンクリートの一部が除去される場合があるとしても,それは表層コンクリート表面の「粗面化」にすぎず,単なる「表層コンクリートの表面処理」であるのに対して,本願発明の上記「除去」はコンクリート床版裏面を形成する表層コンクリート自体を除去するものであり「表層コンクリートの表面処理」でないから,清掃と除去は異なる。

(3)  取消事由3(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)

審決は,「仮に,刊行物1記載の発明において,表層コンクリートが除去されていないとしても,補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行うことは周知であり(例えば,特開平9-256647号公報,特開2003-13411号公報),刊行物1記載の発明において,高圧水により洗浄とともに,表層コンクリートの除去を行うことは当業者が容易になしうることである。」(審決書9頁15行~20行)と判断した。

しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,表層コンクリート自体の除去を行うことを全く予期していない刊行物1記載の発明において,「補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行う」との周知技術(甲6,7)を適用することは当業者が容易になし得たものではない。

(4)  取消事由4(請求項2に係る判断の遺脱)

審決は,本願発明と引用刊行物1記載の発明との対比,判断において,本願の請求項2に係る発明に対する審理,判断を脱漏している。本願の請求項2は,請求項1に従属しない独立した請求項であるから,これを審理の対象外とする合理的な理由はない。また,審判請求時に請求項の数に応じた審判請求料の納付を求める特許法195条の立法趣旨からみても,請求項2に係る発明に対する審理,判断をしなかった審決は,誤りである。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(本願発明の認定の誤り)に対し

ア 前提認定の誤りに対し

審決は,本来「本願の特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明は,・・・特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,」と記載すべきところを,誤って「本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,・・・特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,」(審決書1頁下から4行~2行)と記載した。審決は,「本願の請求項1に係る発明」が「本願請求項2」の記載事項からも特定されると認定したものではないから,この点に係る原告の主張は理由がない。

また,審決に上記の誤記があるとしても,審決は,本願の請求項1に係る発明の内容をその後に誤りなく認定しているから,審決の上記誤記は,審決の結論に影響を及ぼさない。

イ 「本願発明」の認定の誤りに対し

審決は,本願の特許請求の範囲の2つの請求項に記載された2つの発明のうち,「本願の請求項1の記載事項から特定される発明」を,便宜的に「本願発明」と呼び,その発明について特許性の有無を判断したものであって,本願の特許請求の範囲に係る発明の全体を,「本願発明」としたものではないから,「本願発明」の認定の誤りに係る原告の主張は理由がない。

(2)  取消事由2(刊行物1記載の発明の認定の誤り)に対し

審決は,本来「上記表層コンクリート清掃面域」と記載すべきところを,誤って「上記表層コンクリート除去面域」(審決書3頁27行)と記載した。審決は,「表層コンクリート清掃面域」が「表層コンクリ一卜除去面域」と同一であることを認定したものではないから,この点に係る原告の主張は,理由がない。

また,原告主張の誤記が審決にあっても,審決は,「表層コンクリート清掃面域」が「表層コンクリ一卜除去面域」とは異なることを前提として,本願発明と刊行物1記載の発明を対比,判断し,一致点及び相違点の認定をし,上記面域に係る相違点1についての判断を別途にしているから,審決の上記誤記は,審決の結論に影響を及ぼさない。

(3)  取消事由3(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)に対し

刊行物1記載の発明において,「補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行う」との周知技術(甲6,7)を適用することは当業者が容易になし得たものであり,審決の認定に誤りはない。

(4)  取消事由4(請求項2に係る判断の遺脱)に対し

特許法49条,51条の規定によれば,特許法は,特許出願ごとに,その出願に係る発明について特許法の規定により特許をすることができないものがあるときは,拒絶の査定をし,そのような拒絶の理由を発見しないときは,特許をすべき旨の査定をすべきことを規定したものと解される。よって,出願に係る発明中に特許法29条等により特許をすることができないものがあるときは,その特許出願は全体として拒絶されるのであって,そのことは,審査の場合も拒絶査定不服審判の場合も異ならない(知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10020号平成20年6月30日判決参照)。また,拒絶査定を受けた出願人が,基本手数料に加え,請求項数に一定額を乗じた金額を納付しなければ拒絶査定不服審判を受けることができないとの特許法195条2項の規定は,特許がされる場合にすべての請求項について審理判断がされることに対応するものであって,特許出願に係る発明中に特許をすることができないものがあるときに,その特許出願が全体として拒絶されることになることが,請求時に請求項の数に応じた審判請求料の納付を求める特許法195条の上記立法趣旨に反するとはいえない(前記知的財産高等裁判所平成20年6月30日判決参照)。

そうすると,本願の請求項1の記載事項から特定される発明(審決にいう「本願発明」)が特許法29条2項の規定により特許をすることができないときは,本願の請求項2の記載事項から特定される発明の特許性の有無や,請求項2が独立請求項であるか従属請求項であるかとは関わりなく,本願は,全体として拒絶されることになる。

なお,審判請求後の拒絶理由通知(甲21)において,すべての請求項に係る発明に対して拒絶理由を示しているとおり,審判合議体は,本願のすべての請求項に係る発明に対して審理をしている。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明の認定の誤り)について

(1)  前提認定の誤りについて

原告は,「本願の請求項1に係る発明」は,「本願の請求項1」の記載事項のみから特定されるべきものであるのに,審決は,本願の請求項1とは別の請求項であり,かつ独立の請求項である「本願の請求項2」の記載事項からも「本願の請求項1に係る発明」が特定されるとしたから,その審決の認定は,誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は,採用の限りでない。すなわち,審決は,その記載内容全体からみて,本来「本願の特許請求の範囲の請求項1,2に係る発明は,・・・特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,そのうち請求項1に係る発明は次のとおりである。」と記載すべきところを,「本願の特許請求の範囲の請求項1に係る発明は,・・・特許請求の範囲の請求項1,2に記載された事項により特定されるとおりのものと認められ,そのうち請求項1に係る発明は次のとおりである。」(審決書1頁下から4行~末行)と誤って記載したものと認められ,「本願の請求項1に係る発明」が「本願請求項2」の記載事項からも特定されると認定したものではないから,原告の上記主張は採用の限りでない。

(2)  「本願発明」の認定の誤りについて

原告は,「本願発明」は「本願の請求項1の記載事項から特定される発明」と,「本願の請求項2の記載事項から特定される発明」の別個独立の2つの発明から成るものであるから,請求項1に係る発明のみを本願発明であると認定した審決は,誤りであると主張する。

しかし,原告の主張は採用の限りでない。すなわち,審決は,本願の特許請求の範囲の2つの請求項に記載された各発明のうち,「本願の請求項1の記載事項から特定される発明」を,便宜的に「本願発明」と略称し,その発明について特許性の有無を判断したにすぎないものであって,本願の特許請求の範囲に係る発明の全体を,「本願発明」としたものではないから,原告の上記主張は採用の限りでない。

2  取消事由2(刊行物1記載の発明の認定の誤り)

原告は,表層コンクリートの表面を高圧水等を用いて清掃することにより,結果的に劣化した表層コンクリートが除去される場合があるとしても,当初から積極的に表層コンクリートを除去した場合と比較すると,その面域の表面形態が全く異なるから,「表層コンクリート清掃面域」と「表層コンクリート除去面域」とを同列に扱う審決の認定は誤りであると主張する。

しかし,原告の上記主張は,採用の限りでない。すなわち,審決が本願発明と刊行物1記載の発明の「相違点1」として,「表層コンクリートの表面処理が,本願発明では,表層コンクリートを除去するものであるのに対し,刊行物1記載の発明では,表面を高圧水等を用いて清掃するものである点。」(審決書8頁下から3行~末行)を認定し,その相違点1の構成に係る容易想到性を判断していることに照らすならば,審決は,「表層コンクリート清掃面域」が「表層コンクリ一卜除去面域」とは異なることを前提としているものであって,原告主張の「上記表層コンクリート除去面域」(審決書3頁27行)との記載は,「上記表層コンクリート清掃面域」の明らかな誤記と認められ,「表層コンクリート清掃面域」を「表層コンクリ一卜除去面域」と同列に扱ったものではない。よって,この点に係る原告の上記主張は,採用の限りでない。

3  取消事由3(相違点1に係る容易想到性判断の誤り)について

原告は,表層コンクリート自体の除去を行うことを全く予期していない刊行物1記載の発明において,「補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行う」との周知技術(甲6,7)を適用することは当業者が容易になし得たものではないと主張する。

しかし,原告の上記主張は,理由がない。すなわち,刊行物1(甲1)記載の発明は,橋梁床板の損傷が,①1方向(主として鉄筋方向)のひび割れの発生,②縦横方向のひび割れの発生,③縦横のひび割れの発生細網化及び遊離石灰の滲出,④変形の増大と破壊の始まり,⑤コンクリートの剥離,抜け落ちという順に徐々に進行していくことを前提として,床版等にひび割れ,剥離,遊離石灰の滲出,まめ板の脱落,漏水,鉄筋露出及び腐食があった場合に,従来技術においては,損傷した床版全体を打ち換えることによって橋梁の補修を行っていたためにその工事費が巨額となっていたのに対し,橋梁の床版の亀裂箇所を有する表面を高圧水を用いて清掃した上で,同表面に表面塗装剤を含浸し,表面塗装剤含浸後の表面に同表面塗装剤を塗布し,固定金具を用いて金網を取り付け,さらに表面塗装剤を同金網上に塗布するといった方法を採用することにより,高強度で耐久性の高い補修作業を,短い工期内に安価で容易にすることができるとするものである(甲1)。そうすると,高圧水の清掃対象としては,単なるひび割れが発生した初期の状態のみならず,剥離,遊離石灰の滲出,まめ板の脱落,漏水,鉄筋露出及び腐食にまで進行してから補修する場合も想定されており,そのような床版等の激しい損傷箇所を高圧水を用いて清掃した場合には,表層コンクリートの剥離等を促すものであることは十分に予想される。したがって,刊行物1記載の発明が表層コンクリート自体の除去を行うことを全く予期していないとする原告の前記主張の前提を認めることができないから,原告の前記主張は,採用の限りでない。

そして,「補修に際し,高圧水により,劣化した部分及びその周辺域のはつり作業を行う」ことは周知の技術であるといえる(甲6,7)。すなわち,特開平9-256647号公報(甲6)には,構築物の表面に対して水をほぼ直角に噴出する水噴出部等を有することを特徴とする構築物表面はつり装置に係る発明が開示されており,従来技術として,高速道路のコンクリートの橋脚等の構築物の表面を補強する際に,事前にその表面を荒らす(はつる)ことが一般的に行われていると記載されている(甲6,段落【0002】)。また,特開2003-13411号公報(甲7)にも,コンクリート橋桁の補修方法に係る発明が開示されており,その解決手段として,劣化した橋桁面のコンクリートを,高圧水噴流によって主鉄筋が露出するまではつり取り,コンクリートをはつり取った部分をモルタル又はコンクリートで埋め戻して復元した上で補修作業を行うことが記載されている(甲7,【解決手段】,【請求項3】,【0003】,【0009】,【0015】)。

そうすると,上記の周知技術を刊行物1記載の発明に適用して,表層コンクリートを除去するとの本願発明の相違点1に係る構成に想到することは容易であるということができる。よって,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,取消事由2に係る原告の主張は,採用の限りでない。

4  取消事由4(請求項2に係る判断の遺脱)について

原告は,本願の請求項2は,請求項1に従属しない独立した請求項であるから,これを審理の対象外とする合理的な理由はなく,また,審判請求時に請求項の数に応じた審判請求料の納付を求める特許法195条の立法趣旨からみても,請求項2に係る発明に対する審理,判断をすべきであるのに,審決は本願の請求項1に係る発明に対してのみ審理判断をし,請求項2に係る発明に対する審理,判断を遺脱したから,誤りであると主張する。

しかし,原告の上記主張は,次のとおり,採用の限りでない。

すなわち,拒絶査定を受けた出願人が,基本手数料額に,請求項数に一定額を乗じた額を加えた額の手数料を納付しなければ拒絶査定不服審判を受けることができないとの特許法195条2項(別表11)の規定は,特許がされる場合にはすべての請求項について審理判断がされることに対応するものであると解すべきである。同規定があるからといって,特許出願に係る発明中に特許をすることができないものがあるときに,その特許出願を全体として拒絶することについて,妨げとなるものではない(知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10020号平成20年6月30日判決,最高裁判所平成19年(行ヒ)第318号平成20年7月10日第一小法廷判決・民集62巻7号1905頁参照)。

本願の請求項1に係る発明が特許法29条2項の規定に該当して特許を受けることができないものであるときは,本願の請求項2に係る発明がたとえ独立の請求項であって特許性を有する場合であったとしても,その請求項2に係る発明について審理判断するまでもなく,本願は,全体として拒絶されるべきものといえる。

よって,本願の請求項1に係る発明に対してのみ審理判断し,請求項2に係る発明に対する審理判断をしなかった審決が誤りであるとする原告の前記主張は,採用の限りでない。

5  結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 武宮英子)

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