知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10213号 判決 2011年2月28日
原告
アキレス株式会社
訴訟代理人弁理士
白井重隆
同
岩永省吾
被告
特許庁長官
指定代理人
高木彰
同
豊永茂弘
同
黒瀬雅一
同
田村正明
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008-3067号事件について平成22年5月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,名称を「射出成形靴およびその製造方法」(ただし,平成22年4月5日の補正後は「射出成形靴の製造方法」)とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対して不服の審判請求をし,平成22年4月5日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする手続補正(請求項の数2,以下「本件補正」という。)をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,本件補正後の請求項1の発明(以下「本願発明」という。)が下記引用例1及び2から容易想到であったか(特許法29条2項),である。
記
・引用例1:特開平7-314581号公報(発明の名称「射出成形靴の製法」,公開日 平成7年12月5日,甲1。以下ここに記載された発明を「引用発明」という。)
・引用例2:特開平11-196903号公報(発明の名称「靴底部品とその靴底部品を備えた靴およびその靴底部品の製法」,公開日 平成11年7月27日,甲2)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年3月15日,名称を「射出成形靴およびその製造方法」とする発明につき特許出願(特願2002-71213号,請求項の数4。公開公報は特開2003-266557号)したが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2008-3067号事件として審理し,その中で原告は手続補正を行い,平成22年4月5日付けで本件補正(発明の名称を「射出成形靴の製造方法」と変更,請求項の数2,甲21)を行ったが,特許庁は,平成22年5月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年6月9日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項1に係る発明(本願発明)の内容は,以下のとおりである。
【請求項1】
熱可塑性樹脂を主成分とする靴底成形材料を射出成形し,靴底と胛被とを接合一体化する射出成形靴の製造方法において,
少なくとも胛被における接着力が要求される部分と靴底との接合部分に,上記靴底成形材料の射出温度より低融点で上記胛被と上記靴底に融着可能な熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,
その後,上記靴底成形材料を射出成形することで,射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性フィルムを融解し,該融解した熱融着性フィルムにより,上記胛被と上記靴底とを一体化させ,
靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る,
ことを特徴とする射出成形靴の製造方法。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は前記引用例1及び2から認められる発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決が認定した引用例1から認められる発明(引用発明)の内容は下記のとおりであり,また審決が認定した本願発明と引用発明との一致点・相違点は前記審決写し記載のとおりである。
記
「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料を射出成形し,靴底と甲被とを接着一体化する射出成形靴の製造方法において,
甲被における靴底と接着する甲被部分に,上記甲被と上記靴底に融着可能なホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を,該薄層が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように重層し,その後,上記靴底成形材料を射出成形する射出成形靴の製造方法。」
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点に関する認定の誤り)
(ア) 審決は,相違点1として,本願発明が靴底成形材料を熱可塑性樹脂としているのに対して,引用発明が不明であるとしている。しかし,引用例1(甲1)の段落【0014】等の記載より,引用発明では2液反応型のポリウレタンを靴底成形材料としていることは明確である。すなわち,引用例1の段落【0003】において,靴底材として軽量化できるポリウレタンを使用することが記載されており,これは,軽量な2液反応型の発泡ポリウレタンであると解するのが自然である上,引用例1(甲1)において,「ポリウレタンを主成分とする靴底材」なる用語は,当然,同じ意味で使用されていると解すべきであり,2液反応型のポリウレタンは熱硬化性樹脂である。したがって,審決による上記相違点の認定には誤りがある。
(イ) 引用発明の甲被に重層した「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタン」及び本願発明で使用する熱融着性フィルムを構成する材料は,共に「熱融着性材料」という広範な上位概念に包含されるものの,本願発明は,単に「熱融着性材料」であればどのような材料でも使用可というものではなく,「熱融着性フィルム」と胛被とは独立した特定形態の熱融着性材料を使用することを必須とするものであって,例えば胛被の表面にコーティングして形成された熱融着性樹脂層のように予め胛被と一体化した「熱融着性材料」を用いたのでは本願発明の目的及び効果を達成し得ないことは,本願発明の明細書(特許願,甲4)全体の記載に徴して明らかである。なお,本願発明において,射出前には熱融着性フィルムが胛被と独立したものとして存在することは,特許請求の範囲(請求項1)の記載からも十分に読み取れるところである。
しかるに,引用発明では,引用例1(甲1)の段落【0004】に,甲被(本願発明でいう「胛被」)として,「甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被」を使用すると記載されているとおり,予め甲被の上にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を「重層」した甲被を使用することを開示しているにすぎないのであるから,引用例1の記載が,甲被と「熱融着性フィルム」とを独立した状態で熱可塑性樹脂を射出成形することを示唆するものでないことは明らかである(引用発明では,専用機によって予め甲被表面に上記ホットメルト型樹脂の薄層が層着された甲被を用いるのであるから,甲被とホットメルト樹脂薄層とが当初から一体になった積層体が成形用の空隙内に配置される。)。
審決では,引用発明における「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」と本願発明における「熱融着性フィルム」が,共に熱融着性を有することから,「熱融着性材料」という上位概念を抽出し,両者は,共にこの上位概念に属するから,この点で一致すると結論したが,引用発明の甲被に重層した薄層と本願発明で使用する「熱融着性フィルム」とは,形態や使用法が全く相違するものであるから,これらは相違点として判断すべき点である。
そもそも,引用例1(甲1)に,甲被に重層するホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層として「熱融着性フィルム」が例示されているか,少なくとも「熱融着性フィルム」に代替可能なことが示唆されていたとしても,引用発明と本願発明の製造方法が同一と断定することはできないと思われるが,引用例1(甲1)では,上記薄層について,「後者の方法」(甲被に薄層を重層する方法)では「所定箇所にホットメルト型樹脂を層着するための専用機を必要」と説明されているのみ(段落【0005】参照)であって,引用例1には,胛被と「熱融着性フィルム」とを,成形用の空隙内にそれぞれ独立に存在させて,熱可塑性樹脂を射出するような記載も示唆も全く存在しない。
したがって,上記のような審決における相違点に関する認定は失当というべきである。
(ウ) また,審決では,「引用発明の『ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を,該薄層が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように重層し』と本願発明の『熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ』とは,『熱融着性材料を,該熱融着性材料が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように設け』である限りにおいて一致する。」旨の認定をした。
しかし,前述のとおり,引用例1(甲1)には,「甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被を使用する」ことと,「所定箇所にホットメルト型樹脂を層着する」ことによって重層した甲被とすること,すなわち,上記薄層を予め甲被の表面に重層(層着)したものを靴底成形用の空隙部内に配置することしか記載されていないから,本願発明とは「熱融着性材料を,該熱融着性材料が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように設ける」という広範な概念では一致したとしても,相違点を有していることは明白である。
すなわち,「重層」とは,「いくつかの層を重ね合せる」という意味であり(特許技術用語集[日刊工業新聞社],甲24参照),靴の製造技術の分野においても,例えば,公報類(甲25ないし30)に「重層」なる記載がみられるが,いずれも,「重層」なる語は,一の層と他の層とを一体に接合するように重ね合せるという意味で使用されている。
さらに,前述のとおり,引用例1(甲1)にいう「甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被を使用する」とは,専用機を用いてホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を甲被層の表面に両者が一体となるよう層着したものを意味すると解するのが相当であり(引用例1の段落【0005】参照),上記記載が,甲被とは独立した「熱融着性フィルム」を「該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させる」ということまで意味すると解することは不可能である。
すなわち,かかる審決の認定は,引用例1(甲1)に,上記薄層について,あたかも本願発明の「熱融着性フィルム」と同一の形態で靴底成形用の空隙部内に配置可能であることが開示されているかのごとく相違点を看過している。
仮に,引用発明においても,甲被上に重層(層着)した「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」が射出成形後に甲被本体と靴底との間にはさまるように位置する場合があるとしても,引用発明と本願発明の製造方法とは,使用する材料の種類や形態,上記配置に至るまでの操作,及び射出成形後の処理等において明らかに相違する。
そして,本願明細書(甲4)の段落【0014】における記載に照らせば,本願発明でいう「介在」とは,引用発明のごとく予め胛被上に熱融着性樹脂層を重層(層着)して一体化した積層体を配置する態様を含まないことは明らかである。
このように,引用発明における甲被に薄層を「重層」するという手段と,本願発明におけるフィルムを靴底成形用の空隙部内に「介在」させるという手段は,全く別の手段である。
そして,本願発明と引用発明との間には,審決で認定した相違点1ないし3のほかに,「本願発明においては,『熱融着性フィルム』と『胛被』とが独立した状態で,少なくとも該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように『介在』させており,引用発明において,『甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被を使用する』とされている点で熱融着性材料の設け方が異なっている」との重要な相違点(以下「相違点4」という。)が存在する。
審決は,以上のような明白な相違点が存在するにもかかわらず,これらの相違点の存在を無視し,しかも,この相違点が本願発明の主要要件であることを看過したものである。
イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
審決における相違点についての判断は,以下の理由により誤りというべきである。
(ア) 原告は,意見書(甲18,20)において,引用発明の薄層を重層する方法について論じたのではなく,「薄層を甲被に重層したもの」と,「熱融着性フィルム」と「胛被」とが独立した状態で,少なくとも該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように「介在」させている状態が引用発明と本願発明とで異なることを主張したものである。よって,本願発明においては「靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る工程」を実施することが可能となるのであり,これにより,出願当初の明細書(甲4)の従来技術及び引用例1の従来技術として記載された技術のように,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させる問題点と,接着剤が所定の接着部分に完全に塗布されていない場合の部分的な接着不良を防ぐことが可能となり,かつ,事前に胛被材料全面に接着剤を塗布したものを使用した場合の問題点を解決できるという作用効果を有するのである。よって,引用発明に記載も示唆もされていない構成要件を有する本願発明は,「熱融着性フィルム」と「胛被」とが独立した状態で,少なくとも該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように「介在」させている点において,引用発明と比較して十分に進歩性を有するものである。
なお,引用発明と本願発明において,接着性改善という共通する課題が内在しているとしても,引用発明は2液反応型のポリウレタンを使用するものであるから,「熱可塑性樹脂」を使用するときの課題は全く認識されておらず,まして,その課題を解決する手段については,いささかの記載も示唆もみられない。
(イ) 審決は,「相違点1について」の項で,本願発明は,靴底成形材料が熱可塑性樹脂であり,引用発明は靴底成型材料が不明であるが,引用例2(甲2)に熱可塑性ポリウレタンを靴底成形材料に使用することが記載されているから,引用発明から容易に想到し得る旨の判断を行った。
しかし,引用発明には2液反応型ポリウレタンを靴底成形材料に使用することが実施例等に記載されており,同発明は,いうなれば熱硬化性樹脂を靴底成形材料に使用するものである。このことは,引用例1(甲1)の段落【0012】に「本発明において,靴底材としての射出成形中の温度(35~40℃)において」と記載されていることから明らかであり,このような低融点の熱可塑性樹脂の靴底材を使用したならば,夏期の気温と同等な温度で軟化してしまい,実用に耐えないものである。
このように,熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂は,本質的に異なる材料であり,たとえ当業者といえども,熱硬化性樹脂に関する技術を容易に熱可塑性樹脂に使用できるものとはいえない。
なお,引用例2には,靴底成形材料として熱可塑性樹脂を使用可能なことが示されており(段落【0010】),同記載に基づき引用発明において,引用例1記載の2液反応型ポリウレタンを「熱可塑性樹脂」に代えることが容易に想到し得るとしても,それは,本願明細書(甲4)の段落【0002】ないし【0004】に記載した「熱可塑性樹脂を主体とする靴底成形材料」を使用する従来技術と同様の方法となるにすぎない。
つまり,本願明細書(甲4)の段落【0002】ないし【0003】に記載したとおり,靴底成形材料として熱可塑性樹脂を使用する方法は本件特許の出願前公知であるが,靴底成形材料として熱可塑性樹脂を使用する靴の製造においても,段落【0004】に記載した課題があり,これらを一挙に解決したのが本願発明である。
(ウ) 審決の相違点3に関する判断には,少なくとも以下の点で誤りが存在する。
a 「熱融着性フィルム」の剥ぎ取りにつき
引用発明に関して,靴底と甲被との接着性改善という本願発明と同様な課題が内在しているとしても,そのことをもって本願発明が容易に想到し得るというのは暴論である。
引用例1(甲1)の審決摘示箇所(段落【0004】等)には,本願発明の課題であり,効果である「胛被素材の素材感や外観を低下させない」ことについて全く記載も示唆もされておらず,単に,フッ素系処理剤で処理した胛被の接着性を向上させることが示唆されているのみであり,本願発明と同様の従来技術が記載されているにすぎない。
また,審決で引用した周知例(特開平2-307402号公報,甲3)記載の技術は,未加硫ゴムの射出成形加硫によるゴム底靴の製造に関するもので,ゴム底靴の製造においては周知といえるかも知れないが,ゴムテープは,未加硫ゴムで塑性変形が可能なものが使用され,射出成形時にテープと靴底が加硫一体化されるものであり,熱融着性の材料ではなく,かつ射出成形時に熱による融解によって胛被と靴底を接着させるために設けられたものではない。甲3において,モールドの嵌合部にゴムテープを貼着するのは,胛被と靴底とを接着させるためではなく,成形時にサイドモールドのリップ部隙間からのゴム漏れ防止を目的とするものであり,このため幅の狭いテープの貼着でよいのである。
ちなみに,「紙片」や「布片」は本来「熱融着性」を持たないから,「テープ」(幅が狭く長い紙片又は布片)を「熱融着性フィルム」と同視することは誤りである。
また,引用発明は,靴底形成材料として2液反応型ウレタン樹脂を使用するもので,引用例1(甲1)の段落【0004】,【0015】に,靴底と接着する胛被部分に接着用の樹脂を重層して薄層を設けることが記載されてはいるが,接着剤として未加硫ゴムを使用することや,接着に使用されなかった部分の処理方法について記載も示唆もされていない。
それ故,甲3に,成形加硫によって靴底と一体化しなかった半加硫のテープ上部を下部から「引き裂き除去」することが記載されていたとしても,引用発明は2液反応型ウレタン樹脂を使用するものであって,射出成形時に溶融接着に使用されなかった部分の処理方法について記載も示唆もされていない以上,甲3記載の周知技術を引用発明に組み合わせて進歩性を検討したこと自体,妥当性を欠くものといわざるを得ない。
b 「熱融着性フィルム」の使用及び「介在」につき
審決は,熱可塑性樹脂を使用した靴底の射出成形時に,接合に使用されなかった部分を剥ぎ取ることが周知であるという前提で「…熱接着材料の上部を剥ぎ取り工程を設けるのであれば,熱融着性材料を配置するにあたり,その後の上記工程は当然考慮される事項であるから,熱融着性材料の薄層を設けるにあたり,当該熱融着性材料をフィルムとし,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることは当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎない。」と認定した。
しかし,前述のとおり,引用発明では,射出成形後に,甲被に重層した上記薄層が成形用の空隙部からはみ出させることや接合に使用されなかった薄層の一部を剥ぎ取ることは全く想定しておらず,現実に,引用発明のごとく甲被と一体に重層(層着)した薄層を成形後に剥ぎ取ることは至難である。しかも,引用発明にあっては,熱融着性材料の薄層を甲被に重層するに当たり,その後の工程(剥ぎ取り工程)を考慮して,当該薄層の剥ぎ取りが容易な方法で重層方法や材料を選定することも全く示唆されていない。
また,引用発明では,甲被に熱融着性材料の薄層を重層(層着)するのであるから,熱融着性材料として,甲被と「熱融着性フィルム」とが独立した状態で使用することは考えられず,まして,それを甲被に直接「重層」せず,靴底成形用の空隙部内に配置されるよう「介在」させて射出成形するようなことは,引用発明を熟知した当業者といえども容易に想到し得るところではない。仮に引用発明において,熱融着性材料として,熱融着性フィルムを使用したとしても,甲被に熱ラミネート法等によって熱融着性フィルムを直接重層して一体化したものであるので,本願発明の構成とは異なるものである。
したがって,甲3記載のように,靴底と一体化しなかった半加硫のゴムテープ上部を下部から「引き裂き除去」することが周知技術として存在したとしても,審決のように,引用発明において,甲被に重層(層着)した薄層の剥ぎ取りを想定し,樹脂薄層に代えて,甲被と「熱融着性フィルム」とが独立した状態で用いることに想到するのは困難であるから,審決の判断に誤りがあることはいうまでもない。
さらに,審決では,引用発明と引用例2及び上記周知技術の組合せに基づいて進歩性(容易想到性)の判断を行ったが,引用例2は,射出成形靴の製造に際し,成形材料として熱可塑性樹脂を使用するものではあるものの,引用例2記載の発明はあくまでも靴底部品に関するものであり,胛被と靴底との接着については何も触れるところがない。また,前述のとおり,甲3記載の周知技術は,未加硫ゴムを成形加硫するもので,ゴムを使用する場合に特有の「バリ」の問題を解決する技術であって,熱可塑性樹脂の靴底部分と甲被部分との接着性を「熱融着性材料」の融解によって強化することを目的とするものではないから,引用発明において引用例2,甲3記載の技術を適用する動機付けは存在しない。
甲3記載の靴底成形材料として液状ゴムを使用するゴム底靴の製造法は,熱可塑性樹脂を使用する本願発明と本質的に相違し,しかも,前述のとおり,甲3記載のゴムテープは,単に成形時の液状ゴムの漏れ出しを防ぐため貼着するもので,甲被と靴底材料(液状ゴム)との接着には寄与しないものであり,加えて被告のいうように「テープとは,幅が狭く長い紙片又は布片」であるとするならば,この「ゴムテープ」と本願発明における「熱融着性フィルム」とは本質的に異なる材料であるばかりでなく,その使用目的や機能も全く相違する。
そもそも,甲3記載の「周知技術」は,射出された成形材料のモールド外への漏れ出しを防止する目的でテープを貼着するものであるから,同テープは射出成形時に溶融するものであってはならず,このテープを「熱融着性フィルム」に代えることは到底考えられない。このように,甲3記載の「周知技術」と本願発明との間には,両者を組み合わせる動機付けがなく,逆に組合せに対する阻害要因すら存在する。
してみると,審決は,本願発明についての事後の考察に基づき,部分的に本願発明と類似した点を含む公知技術ないしは周知技術を無理に組み合わせて本願発明の進歩性を否定したものといわざるを得ず,到底妥当ではない。
ウ 取消事由3(格別の作用効果の看過)
審決は,本願発明の作用効果について,引用発明及び引用例2に記載された技術から当業者が予測できる程度のものであるとしたが,その理由については一切言及していない。
審決は,この点で理由不備ともいえるが,その点を別にしても,本願発明による格別の作用効果の存在を看過した誹りは免れない。
すなわち,本願発明では,明細書(甲4)の段落【0035】の【発明の効果】に詳述したとおり「胛被の靴底との接合部分に,靴底成形材料より低融点で,胛被および靴底にそれぞれ融着可能な熱融着性フィルムを設け,その後,靴底成形材料を射出成形するようにしたので,従来,胛被の靴底との接合部分の材料として不適当であったポリエステル布帛,ナイロン布帛などの胛被素材や,フッ素系撥水剤により表面処理された布帛からなる胛被素材を使用することができ,しかも胛被の表面の素材感および発色性が損なわれることもなく,さらには胛被素材に起毛素材や起毛感のある素材を使用した場合でも胛被の外観を損なわず,そして靴底成形材料が発泡性合成樹脂の場合でも,胛被に対して良好な投錨効果が得られる。」のであり,さらに,明細書(甲4)の段落【0023】に記載したとおり,「胛被41に設けられたものの,靴底成形用の空隙部31からはみ出て,接合に使用されなかった熱融着性フィルム43の上部(端切れ部分)は,端切れ部分の根元で境目が形成されるため,射出成形後に容易にはぎ取ることができる。」という工程を有することにより,上記のような格別の作用効果を有するのである。
すなわち,本願発明では,出願当初の明細書(甲4)の従来技術及び引用例における従来技術として記載された技術のように,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させる問題点と,接着剤が所定の接着部分に完全に塗布されていない場合の部分的な接着不良を防ぐことが可能となり,かつ,事前に胛被材料全面に接着剤を塗布したものを使用した場合の問題点を解決できるという作用効果を有するものである。
しかるに,引用発明は,射出成形靴の製造において,靴底成形材料として2液反応型の特殊なポリウレタン樹脂を選定・使用することによって甲被と靴底との接着性を改善しようとするものであり,いうなれば,課題を同一として別の手段で問題を解決したものである。また,引用例2記載の発明は靴底本体と靴底部品との接着性改善に係るもので,射出成形時に甲被と靴底との間における,接着性の問題点を改善する点については何らの認識も存在しないから,これらの記載から本願発明の作用効果が予測できるものではない。
また,審決が認定した引用発明は,引用例1(甲1)の段落【0004】及び【0005】に記載された従来技術の問題点を解決するためになされたものであり,十分な接着性を実現することが可能となる。
なお,審決は,引用例2について,「甲2には,射出成型法により成形される,布帛を有する靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いることが記載されている。また,これらの布帛と靴底との接着性を向上させるために,当該布帛の片面に,射出時の熱可塑性ポリウレタン樹脂の温度より低融点のポリウレタン接着剤を目止め材として設けることが記載されている。」と認定したが,上記の布帛は靴底部品を構成する素材であって胛被を構成するものではない。
引用例2記載の「布帛」は,靴底部品における靴底との接合面に積層するものであって,審決で指摘する「低融点の材料」は上記布帛の目止め処理材にすぎないから,射出成形時の靴底材料と胛被との接着とは全く関係のない事項であり,引用発明とは無関係のものである。
一方,引用発明の靴底成形材料は,2液反応型ポリウレタンであり,その射出温度は,ほぼ常温であるから,通常の成形条件において,射出温度より低融点の材料をどこかに「介在」させることは不可能である。
また,引用例2には,熱可塑性樹脂を靴底成形材料として使用できること,及び靴底と靴底部品との接着性を改善するための手段が記載されているだけで,熱可塑性樹脂を使用して射出成形するときの靴底成形材料と胛被との接着の問題について全く触れるところがなく,まして,その際の接着性を改善する手段については何も示唆するところがない。
したがって,かかる靴底部品に関する引用例2の記載をもって本願発明の作用効果を予測できると判断したのは誤りである。
そして,本願発明は,現に原告のスニーカー類の製造において大規模に実施され,商業的に成功を収めているところである。
それにもかかわらず,審決は,本願発明が奏する格別の作用効果を看過し,正当な理由なく「当業者が予測できる程度のものである」としたものであるから,この点でも妥当性を欠くものといわざるを得ない。
エ 小括
本願発明の本質は,胛被と「熱融着性フィルム」とを独立した状態で用いることであり,この点で引用発明と明確に相違し,かつ引用例1(甲1),引用例2(甲2)のいずれにも,記載,示唆されておらず,本願発明ではこれによって格段の効果を奏することは前述のとおりである。
審決における容易想到性(進歩性)に関する判断は,本願発明が拒絶されるべきものであるとの予断に基づき,牽強附会の論理によって誤った結論を導き出したものであり,かつ格別の作用効果を看過したものであるから,正当な理由を欠くものといわざるを得ない。
以上のとおり,審決は,前述した多くの点について認定,相違点の判断の誤りがあり,また本願発明の格別の作用効果を看過した。そして,これらの誤り及び看過は,いずれも審決の結論に重大な影響を与えるものであるから,かかる審決は早急に取り消されるべきである。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1に対し
ア 審決は,引用発明につき,引用例1の段落【0001】ないし【0004】の記載に基づき認定している(審決の摘記事項a~c参照)。
すなわち,審決は,引用例1の従来の技術の記載に基づいて引用発明を認定している。
そして,引用例1の上記記載には,靴底成形材料がポリウレタンであることが記載されているものの,当該ポリウレタンが熱可塑性及び2液反応型のポリウレタンであるとの記載はない。
原告は,「引用例1(甲1)の段落【0014】等の記載より,引用発明では2液反応型のポリウレタンを靴底成形材料としていることは明確であり,2液反応型のポリウレタンが熱硬化性樹脂である。」と主張する。
しかし,原告の当該主張は,引用例1の実施例の記載に基づくもので,審決が摘記した従来の技術の記載に基づくものでなく,他方で,引用例1の従来の技術には,2液反応型のポリウレタンについての記載はない。そして,相違点1の「引用発明は不明である」とは,引用発明における靴底成形材料がポリウレタンを主成分とするものであるが,そのポリウレタンが熱可塑性樹脂であるか不明であることを意味するものである。
よって,原告の上記主張は理由がなく,また,審決において,引用発明の靴底成形材料を「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料」とした上で,本願発明と引用発明との相違点を「靴底成形材料としての樹脂について,本願発明は熱可塑性樹脂としているのに対し,引用発明は不明である点。」としたことに誤りはない。
イ(ア) 原告は,本願発明は単に「熱融着性材料」であればどのような材料でも使用可というものではなく,「熱融着性フィルム」と胛被とは独立した特定形態の熱融着性材料を使用することを必須とするものである旨主張する。
そこで,請求項1をみると,本願発明には,熱融着性フィルムと胛被との形態について,特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されるとおり,(a)「少なくとも胛被における接着力が要求される部分と靴底との接合部分に,・・・熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ」ること,(b)「射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性フィルムを融解し,該融解した熱融着性フィルムにより,上記胛被と上記靴底とを一体化させ」ること,(c)「接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る」と特定されているにすぎない。してみると,本願発明において熱融着性フィルムと胛被との形態については,上記のとおり特許請求の範囲の請求項1に記載された事項により特定されているのであって,原告の主張する「熱融着性フィルムと胛被とが独立した特定形態」であるとは特定されていないから,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
(イ) 原告は,本願発明の「熱融着性フィルム」と胛被とが独立した特定形態であることを前提として,引用例1の記載が,甲被と「熱融着性フィルム」とを独立した状態で熱可塑性樹脂を射出成形することを示唆するものでないとした上で,「引用発明の甲被に重層した薄層と本願発明で使用する『熱融着性フィルム』とは,形態や使用法が全く相違するものであるから,これらの相違点を看過し,単に両者が熱融着性という共通の性質を有するというだけで,上記両発明で使用する材料が『一致する』と結論したのであるから,相違点として判断すべき」と主張する。
しかし,前記のとおり,本願発明は,「熱融着性フィルム」と胛被とが独立した特定形態であると限定して解すべきものではないから,原告の上記主張はその前提において理由がない。
また,仮に,本願発明の前記(a)~(c)の発明特定事項から,原告主張のとおり「熱融着性フィルムと胛被とは独立した特定形態である」との意味が読み取れるとしても,後記ウのとおり,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」は,甲被と靴底との間に薄層がはさまって配置されているものであるから,甲被と薄層とが別々の独立した材料であってかつ別々の独立した状態で配置されて,靴底成形材料が射出成形されるものであり,また,後記のとおり,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」と本願発明の「熱融着性フィルム」とは,「熱融着性材料」である限りにおいて一致している。してみると,本願発明と引用発明とは,「熱融着性材料」と「胛(甲)被」とが独立した特定形態で一致しているといえるから,原告の上記主張は理由がない。
次に,本願発明の「熱融着性フィルム」と引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」とがいずれも熱融着性材料であることは,原告も認めるとおり明らかである。してみると,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」と本願発明の「熱融着性フィルム」とは,その機能・作用が共通するものであるから,「熱融着性材料」である限りにおいて一致するとした審決の認定に誤りはない。そして,審決は,相違点2として,「熱融着性材料について」,「本願発明は靴底成形材料の射出温度より低融点の材料とし,射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性材料を融解し,該融解した熱融着性材料により,上記胛被と上記靴底とを一体化させているのに対し,引用発明の材料の融点は不明であり,射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性材料を融解するかどうかも不明である点。」を挙げて相違点としている。
以上のとおりであるから,審決の上記一致点及び相違点の認定に誤りはない。
ウ 原告は,「引用発明における甲被に薄層を『重層』するという手段と,本願発明におけるフィルムを靴底成形用の空隙部内に『介在』させるという手段は,全く別の手段である。」と主張する。
まず,本願発明における「介在」に関する記載(【請求項1】,段落【0007】,【0019】,【0020】,【0034】)からすれば,本願発明の「介在」とは,胛被と靴底との間に熱融着性フィルムがはさまって配置されていることを意味している。
次に,引用例1(甲1)の記載をみると,「薄層」について,「【0004】そこで,通常は射出成形された靴底と接着する甲被部分に溶剤系のポリクロロプレン接着剤,ポリウレタン接着剤を刷毛等で予め塗布した甲被を使用する方法,又は前記甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被を使用する方法等が提案されている。」と記載されている。
したがって,引用例1に記載された「薄層」は,甲被のうちの射出成形された靴底と接着する部分に,「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」を重層したものであり,他方で,「重層」とは,原告の主張するとおり,いくつかの層を重ねるという意味である。
したがって,審決に「甲被における靴底と接着する甲被部分に,上記甲被と上記靴底に融着可能なホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を,該薄層が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように重層し,その後,上記靴底成形材料を射出成形する」と記載されたとおり,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」は,甲被に重ねて設けられて,そこに靴底成形材料が射出成形されているもの,つまり甲被と靴底との間に薄層がはさまって配置されているものである。
よって,引用発明における「重層」と,本願発明における「介在」とは,2つの部材間に他の部材がはさまって配置されている点で差異はない。
そして,前記イのとおり,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層」と本願発明の「熱融着性フィルム」とは,「熱融着性材料」である限りにおいて一致する。
してみると,引用発明の「ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を,該薄層が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように重層し」と本願発明の「熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ」とは,「熱融着性材料を,該熱融着性材料が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように設け」である限りにおいて一致するとした審決の認定に誤りはない。そして,審決は,相違点3として,「本願発明の熱融着性材料はフィルムであって,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在されており,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る工程を有するのに対し,引用発明の熱融着性材料は薄層であって,該薄層の下部が,その全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように設けられているかどうか不明であり,また当該工程を有するかどうかも不明である点。」を挙げ,つまり本願発明の「熱融着性フィルム」がフィルムである点及び「該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在」させている点を相違点としている。
以上のとおりであるから,審決の上記一致点及び相違点の認定に誤りはない。
エ 小括
前記アないしウのとおり,原告の主張はいずれも理由がなく,また,審決で認定した相違点1ないし3のほかに相違点が存在するとの原告の主張も理由がないから,審決の相違点の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対し
ア 前記(1)イ及びウ記載のとおり,「引用発明と本願発明とで,『薄層を甲被に重層したもの』と,『熱融着性フィルム』と『胛被』とが独立した状態で,少なくとも該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように『介在』させている状態が異なる」との原告の主張に理由はない。
また,引用例1(甲1)には,「通常は射出成形された靴底と接着する甲被部分に溶剤系のポリクロロプレン接着剤,ポリウレタン接着剤を刷毛等で予め塗布した甲被を使用する方法・・・等が提案されている。」(段落【0004】)と記載され,つまり本願発明の従来技術(段落【0003】)と同じく甲被に接着剤を刷毛等で予め塗布しているから,原告も認めるとおり,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させたり,接着剤が所定の接着部分に完全に塗布されていない場合に部分的な接着不良が生じたり,事前に胛被材料全面に接着剤を塗布したものを使用した場合の問題点が生じるといった本願発明と同様の課題が引用発明に内在しているといえる。
そして,引用発明には,相違点3に係る本願発明の特定事項である「熱融着性材料はフィルムであって,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在されており,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る工程を有する」点は示されていないが,審決の「5 判断(相違点3について)」において示したように,上記相違点3に係る本願発明の特定事項は,当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎない。
したがって,原告の上記主張を前提として,「引用発明に記載も示唆もされていない構成要件を有する本願発明は,『熱融着性フィルム』と『胛被』とが独立した状態で,少なくとも該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように『介在』させている点において,引用発明と比較して十分に進歩性を有するものである」との主張に理由はない。
イ 原告は,「引用発明には2液反応型ポリウレタンを靴底成形材料に使用することが実施例等に記載されており,いうなれば熱硬化性樹脂を靴底成形材料に使用するものである。」と主張し,当該主張を前提に「熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂は,本質的に異なる材料であり,たとえ当業者といえども,熱硬化性樹脂に関する技術を容易に熱可塑性樹脂に使用できるものとはいえない」旨主張する。
しかし,前記(1)アのとおり,審決は,引用発明の靴底成形材料を「2液反応型ポリウレタン」でなく「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料」と認定しており,また,その認定に誤りはないから,原告の上記主張はその前提において理由がない。
また,審決の「5 判断(相違点1について)」において示したように,相違点1に係る本願発明の特定事項である「靴底成形材料としての樹脂について,熱可塑性樹脂としている」点は,引用例2に示されている技術事項であるから,引用発明に引用例2の当該技術事項を適用し,引用発明の靴底成形材料を熱可塑性樹脂とすることは当業者が容易になし得る程度の事項にすぎず,審決の相違点1についての判断に誤りはない。
ウ(ア) 「熱融着性フィルム」の剥ぎ取りにつき
a 前記アのとおり,引用例1(甲1)では,本願発明の従来技術(段落【0003】)と同じく甲被に接着剤を刷毛等で予め塗布しているから,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させたり,接着剤が所定の接着部分に完全に塗布されていない場合に部分的な接着不良が生じたり,事前に胛被材料全面に接着剤を塗布したものを使用した場合の問題点が生じるといった本願発明と同様の課題が引用発明に内在しているといえる。
b 周知例である特開平2-307402号公報(甲3)には,胛被1と靴底3との接合部分に,ゴムテープ2を,該ゴムテープ2の下部が,靴底成形キャビティO内となるように貼着し,靴底成形材3’を射出成形し,その後上記貼着したゴムテープ2の上辺部22をその下辺部21から引き裂き除去することが記載されている。
また,靴底成形材3’が胛被1に接着するものであるところ,上記の「ゴムテープ2と靴底成形材3’とは配合的には別配合でもよいが,同一配合にしておけば靴底3射出成形時に,ゴムテープ2と靴底3とを相互に加硫一体化できるので便利である。」との記載を併せてみれば,ゴムテープ2が胛被1と靴底3とを接着するものであることは明らかである。
したがって,審決が,胛被1と靴底3とを接着するものであるゴムテープについて,「胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープを,該ゴムテープの下部が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知である」とした点,及びその周知例として特開平2-307402号公報(甲3)を挙げた点に誤りはない。
そして,引用発明において,熱融着性材料は甲被と靴底との接着性を向上させるために設けられるものであるから,当該熱融着性材料が甲被の靴底との接合部分のうちより広い領域で配置される方がよいこと,また,胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープを,該ゴムテープの下部が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知であること,さらに,靴はその外観により品位が左右されるものであるから,甲被と靴底との接合部分についても外観は当然考慮される事項であることに照らせば,熱融着性材料を配置するに当たり,該熱融着性材料の下部が,材料全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように設けられ,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性材料の上部を剥ぎ取ることは,当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎない。
そして,その際,上記の熱融着性材料の上部を剥ぎ取る工程を設けるのであれば,熱融着性材料を配置するに当たり,その後の上記工程は当然考慮される事項であるから,審決は,熱融着性材料の薄層を設けるに当たり,上記周知の技術事項(テープとは,幅が狭く長い紙片又は布片であり,薄皮といえるものであるから,フィルム(薄皮,薄膜)に包含されるといえる。)に照らせば,当該熱融着性材料をフィルムとし,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることは当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断したものであって,その判断に誤りはない。
c さらに,審決は,引用発明の認定において,靴底成形材料を2液反応型ウレタン樹脂ではなく「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料」としており,前記(1)アのとおり,その認定に誤りはない。
d 以上のとおり,審決が,甲3記載の周知技術を引用発明に組み合わせて進歩性を検討した点に誤りはなく,「甲3に,成形加硫によって靴底と一体化しなかった半加硫のテープ上部を下部から『引き裂き除去』することが記載されていたとしても,引用発明は2液反応型ウレタン樹脂を使用するものであって,射出成形時に溶融接着に使用されなかった部分の処理方法について記載も示唆もされていない以上,甲3記載の周知技術を引用発明に組み合わせて進歩性を検討したこと自体,妥当性を欠く」との原告の主張に理由はない。
(イ) 「熱融着性フィルム」の使用及び「介在」につき
a 前記(ア)のとおり,審決は,相違点3について,引用発明の熱融着性材料は甲被と靴底との接着性を向上させるために設けられるものであるから,当該熱融着性材料が甲被の靴底との接合部分のうちより広い領域で配置される方がよいこと,また,胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープを,該ゴムテープの下部が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知であること,さらに,靴はその外観により品位が左右されるものであるから,甲被と靴底との接合部分についても外観は当然考慮される事項であることに照らせば,熱融着性材料を配置するに当たり,該熱融着性材料の下部が,材料全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように設けられ,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性材料の上部を剥ぎ取ることは,当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断し,そして,その際,上記した熱融着性材料の上部を剥ぎ取る工程を設けるのであれば,熱融着性材料を配置するに当たり,その後の上記工程は当然考慮される事項であるから,熱融着性材料の薄層を設けるに当たり,上記周知の技術事項(テープとは,幅が狭く長い紙片又は布片であり,薄皮といえるものであるから,フィルムに包含されるといえる。)に照らせば,当該熱融着性材料をフィルムとし,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることは当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断したものであって,その判断に誤りはない。
b 原告は,「引用発明では,射出成形後に,甲被に重層した上記薄層が成形用の空隙部からはみ出させることや接合に使用されなかった薄層の一部を剥ぎ取ることは全く想定しておらず,現実に,引用発明のごとく甲被と一体に重層(層着)した薄層は成形後に剥ぎ取ることは至難である。しかも,引用発明にあっては,熱融着性材料の薄層を甲被に重層するに当たり,その後の工程(剥ぎ取り工程)を考慮して,当該薄層の剥ぎ取りが容易な方法で重層方法や材料を選定するようなことも全く示唆もされていない。」と主張するが,前記(ア)記載のとおり,引用発明には本願発明と同様の課題が内在しており,また相違点3に係る本願発明の特定事項とすることは当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないから,原告の上記主張は理由がない。
c また,原告は,「引用発明では甲被に熱融着性材料の薄層を重層(層着)するのであるから,該熱融着性材料として,甲被と『熱融着性フィルム』とが独立した状態で使用することは考えられず,ましてや,それを甲被に直接『重層』せず,靴底成形用の空隙部内に配置されるよう『介在』させて射出成形するようなことは,引用発明を熟知した当業者といえども容易に想到し得るところではない。」と主張するが,前記(1)イ及びウ記載のとおり,原告の上記主張は理由がない。
d また,原告は,「仮に引用発明において,熱融着性材料として,熱融着性フィルムを使用したとしても,甲被に熱ラミネート法等によって熱融着性フィルムを直接重層して一体化したものであるので,本願発明の構成とは異なるものである。」と主張するが,前記(ア)bのとおり,原告の同主張は理由がない。
e 以上のとおり,原告の「甲3記載のように,靴底と一体化しなかった半加硫のゴムテープ上部を下部から『引き裂き除去』することが周知技術として存在したとしても,審決のいうように,引用発明において,甲被に重層(層着)した薄層の剥ぎ取りを想定し,樹脂薄層に代えて,甲被と『熱融着性フィルム』とが独立した状態で用いることに想到するのは困難であるから,審決の判断に誤りがある」との主張は理由がない。
エ 原告は,「引用例2は,射出成形靴の製造に際し,成形材料として熱可塑性樹脂を使用するものではあるが,引用例2記載の発明はあくまでも靴底部品に関するものであり,胛被と靴底との接着については何も触れるところがない。」と主張する。
しかし,審決は,引用例2の段落【0010】,【0011】等の記載に基づき,技術事項として「靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いること」及び「布帛と靴底との接合部分に,靴底成形材料の射出温度より低融点の材料を介在すること」を認定し,引用例2の技術事項と引用発明とが靴底の材料及びこれを接着するための技術という点で共通することから,引用発明に引用例2の当該技術事項を適用して,引用発明の靴底成形材料を熱可塑性樹脂とすること,及び引用発明の熱融着性材料の融点を靴底成形材料の射出温度より低融点とし,射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性材料を融解し,該融解した熱融着性材料により,上記胛被と上記靴底とを一体化させることについて,当業者が容易になし得る程度の事項にすぎないと判断しているのであって,その判断に誤りはないから,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,甲3記載の周知技術は未加硫ゴムを成形加硫するもので,ゴムを使用する場合に特有の「バリ」の問題を解決する技術であり,熱可塑性樹脂の靴底部分と甲被部分との接着性を「熱接着性材料」の融解によって強化することを目的とするものではないと主張する。
しかし,前記ウ(ア)bのとおり,「胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープを,該ゴムテープの下部が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知である」とした点,及びその周知例として甲3を挙げた点に誤りはない。そして,上記周知技術と引用発明とは,胛被1と靴底3とを接着する点で共通するといえるものであり,前記ウのとおり,引用発明は,本願発明と同様の課題を有しており,同課題を解決するために(引用発明の)熱融着性材料が甲被と靴底との接着性を向上させるために設けられるものであるから,当該熱融着性材料が甲被の靴底との接合部分のうちより広い領域で配置される方がよいこと,また,胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープを,該ゴムテープの下部が,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知であること,さらに,靴はその外観により品位が左右されるものであるから,甲被と靴底との接合部分についても外観は当然考慮される事項であることに照らせば,相違点3に係る本願発明の特定事項とすることは当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断しているのであって,その判断に誤りはない。
このように,引用発明において引用例2及び周知技術を適用する動機付けは存在するから,原告の上記主張は理由がない。
以上のとおり,「審決は,本願発明についての事後の考察に基づき,部分的に本願発明と類似した点を含む公知技術ないしは周知技術を無理に組み合わせて本願発明の進歩性を否定した」との原告の主張に理由はなく,審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3に対し
ア 原告は,「本願発明によれば,出願当初の明細書(甲4)の従来技術及び引用例1の従来技術として記載された技術のように,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させる問題点と,接着剤が所定の接着部分に完全に塗布されていない場合の部分的な接着不良を防ぐことが可能となり,かつ,事前に胛被材料全面に接着剤を塗布したものを使用した場合の問題点を解決できるという作用効果を有する」と主張する。
しかし,前記(1),(2)のとおり,本願発明は,引用発明に引用例2記載の技術事項及び周知の技術を適用することにより当業者が容易になし得る程度のものであるから,本願発明の効果も,当然,引用発明,引用例2記載の技術事項及び周知の技術から当業者が予測し得る範囲のものであり,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,「引用例1(甲1)記載の発明は,射出成形靴の製造において,靴底成形材料として2液反応型の特殊なポリウレタン樹脂を選定・使用することによって甲被と靴底との接着性を改善しようとするものであり,いうなれば,課題を同一として別の手段で問題を解決したものである。また,引用例2記載の発明は靴底本体と靴底部品との接着性改善に係るもので,射出成形時に甲被と靴底との間における接着性の問題点を改善する点については何らの認識も存在しないから,これらの記載から上記のような本願発明の作用効果が予測できるものではない。」と主張する。
しかし,前記(1)アのとおり,審決は引用発明の靴底成形材料を「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料」と認定しており,2液反応型の特殊なポリウレタン樹脂としてはいないから,原告の上記主張は理由がない。
また,前記(2)エのとおり,審決は,引用例2の記載に基づき,技術事項として,「靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いること」及び「布帛と靴底との接合部分に,靴底成形材料の射出温度より低融点の材料を介在すること」を認定しており,射出成形時に甲被と靴底との間における接着性の問題点を改善する点としてはいないから,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は「審決における引用発明は,甲1の段落【0004】及び【0005】に記載された従来技術の問題点を解決するためになされたものであり十分な接着性を実現することが可能となる。」と主張するが,前記(1)アのとおり,引用発明は,引用例1(甲1)の段落【0001】ないし【0004】の記載,つまり引用例1の従来の技術に基づいて認定されているのであって,引用例1の従来の技術を解決した発明ではないから,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,引用例2について,「布帛は靴底部品を構成する素材であって胛被を構成するものではない。したがって,かかる靴底部品に関する引用例2の記載を本願発明の作用効果を予測できると判断したのは誤りである。」と主張するが,前記(2)エのとおり,審決は,引用例2の記載に基づき,技術事項として,「靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いること」及び「布帛と靴底との接合部分に,靴底成形材料の射出温度より低融点の材料を介在すること」を認定しているのであって,引用例2記載の布帛を甲被と認定しているのではないから,原告の上記主張は理由がない。
ウ 前記アのとおり,本願発明は,引用発明に引用例2記載の技術事項及び周知の技術を適用することにより当業者が容易になし得る程度のものであり,その効果も引用発明,引用例2記載の技術事項及び周知の技術から当業者が予測し得る範囲のものであり,加えて,本願発明が商業的な成功を収めていることを示す証拠も提出されていないから,原告の主張する商業的成功は,本願発明の技術的特徴に由来するものとは解されない。
第4当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 容易想到性の有無
審決は,本願発明は引用例1及び2から認められる発明から容易に想到できるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1) 本願発明の意義
ア 本願発明に係る明細書(甲4,ただし本件補正[甲21]後のもの)には,以下の記載がある。
・【発明の属する技術分野】
「本発明は,熱融着性フィルムを靴底と胛被との接着剤に使用した射出成形靴およびその製造方法に関する。」(段落【0001】)
・【従来の技術】
「一般に,布靴を射出成形法により製造するには,例えば布帛を積層してなる胛被をラストモールドに吊り込み,このラストモールドにボトムモールドとサイドモールドを嵌合させて構成される靴底成形用空隙内に熱可塑性樹脂を主体とする靴底成形材料を射出し,靴底を成形すると同時に,該靴底と上記の胛被とを接合一体化する方法が採用されている。
しかしながら,胛被の表布と靴底成形材料とは,本来,接着性に欠けるため,両者を強固に接着する手法として,以下の従来技術が開発されている。」(段落【0002】)
・「すなわち,(1)靴底が融着される胛被の表布部分に,溶剤系のポリウレタン系接着剤,ポリエステル系接着剤などを刷毛塗りなどの方法により部分塗りし,乾燥後,靴底成形材料を射出し,この接着剤により靴底と胛被とを接着一体化する方法がそのひとつである。
(2)また,・・・胛被の表布に原反の段階で,ホットメルト型のポリウレタン系処理剤や,ポリエステル系処理剤を30~50メッシュのグラビアロールで全面処理したり,ナイフコーターなどで全面コーティーグ処理したものを裁断,縫製して胛被とし,射出成形により靴底を成形すると同時に,表布に施されたこれらの処理剤により靴底と胛被とを接着一体化する方法も知られている。」(段落【0003】)
・「しかしながら,(1)の従来技術によれば,接着剤が所定の接着部分よりはみ出してしまい,靴の外観品位を低下させ,また手作業が主体であることから,作業性,生産性が悪く,コスト高の要因となり,しかも接着安定性に欠けるという問題点がある。
また,(2)の従来技術では,胛被の表布を原反の段階で全面処理するため,生産性は良好で,接着性も安定化する反面,処理剤の樹脂分により,布の織り組織,編み組織が固められ,布の風合いが硬くなり,素材本来の触感が損なわれてしまう。さらに,布繊維が樹脂成分で濡れることで,素材の色が濃くなったり,色ボケが発生するなど,本来の表布の色が製品に生かせないという問題がある。さらには,胛被素材として起毛素材や起毛感のある素材を使用した際には,処理時に毛が寝てしまい,しかも処理剤の樹脂成分により固着されて起毛や起毛感がなくなり,実質的に適用することができない。そのほか,胛被が処理剤で硬化するため,胛被のラストモールドへの吊り込み作業が困難になるうえ,フィットした吊り込みができないか,もしくは極めて困難である。
また,従来,靴底成形材料との接着強度が小さいため,胛被の靴底との接合部分の材料としてポリエステル布帛,ナイロン布帛などを使用することは難しい。
また,同様の理由によって,胛被に撥水性および防汚性を付与するためフッ素系などの撥水剤により表面処理された布帛などを使用することも困難である。
さらに,靴底が発泡性靴底成形材料を用いて軽量化される場合には,胛被の靴底との接着面に直接射出圧を掛けることができず,靴底成形材料の発泡圧しか掛けられないため,成形圧を高くすることができず,そのため,靴底成形材料が胛被の布目および繊維の隙間に効率よく侵入せず,良好な投錨(アンカー)効果が得られない。」(段落【0004】)
・「そこで,本発明者らは,胛被の靴底との接合部分に,靴底成形材料の射出温度より低融点で,胛被および靴底にそれぞれ融着可能な熱融着性フィルムを設け,その後,靴底成形材料を射出成形することにより,この射出成形時の靴底成形材料の熱によって熱融着性フィルムが融解し,融解した熱融着性フィルムにより胛被と靴底とを接合一体化すれば,上述した問題点がすべて解消されることを知見し,この発明を完成させた。」(段落【0005】)
・【発明が解決しようとする課題】
「本発明は,このような観点からなされたもので,従来,胛被の靴底との接合部分の材料として不適当であったポリエステル布帛,ナイロン布帛などの素材を使用することができ,しかも胛被の表面の素材感および発色性が損なわれることがなく,さらには胛被素材に起毛素材や起毛感のある素材を使用した場合でも胛被の外観を損なわなず,また胛被素材としてフッ素系撥水剤などの撥水剤により表面処理された布帛を使用することができ,さらには靴底成形材料が発泡剤含有の合成樹脂の場合でも,胛被に対して良好な投錨効果が得られる射出成形靴およびその製造方法を提供することを目的としている。」(段落【0006】)
・【課題を解決するための手段】
「本発明は,熱可塑性樹脂を主成分とする靴底成形材料を射出成形し,靴底と胛被とを接合一体化する射出成形靴の製造方法において,
少なくとも胛被における接着力が要求される部分と靴底との接合部分に,上記靴底成形材料の射出温度より低融点で上記胛被と上記靴底に融着可能な熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,
その後,上記靴底成形材料を射出成形することで,射出成形時の靴底成形材料の熱により上記熱融着性フィルムを融解し,該融解した熱融着性フィルムにより,上記胛被と上記靴底とを一体化させ,
そして,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る,
ことを特徴とする射出成形靴の製造方法である。
この方法では,上記熱融着性フィルムの下部を,予め,縫着または熱融着により,胛被下端部に結合しておき,射出成形することが好ましい。」(本件補正後の段落【0007】)
・「靴底成形材料としては,塩化ビニル系樹脂配合物,熱可塑性エラストマー,エチレン-塩化ビニル共重合体,合成ゴム(SBR,NBR),天然ゴム,2液反応型ポリウレタン樹脂などを用いることができる。そのほか,エチレン-塩化ビニル共重合体100重量部に対し,熱可塑性ポリウレタンエラストマー5~50重量部を含んだものや,平均重合度1,400~2,500の塩化ビニル樹脂および/または塩化ビニリデン樹脂95~70重量部と,平均重合度400~600の塩化ビニル樹脂および/または塩化ビニリデン樹脂5~30重量部とからなる母体樹脂100重量部に対し,熱可塑性ポリウレタンエラストマーを5~50重量部含んだものなどを採用することができる。」(段落【0008】)
・「…そして,靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった上記熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取るという操作を行うことにより,胛被および靴底が一体化された部分に存在した熱融着性フィルムは,溶融して胛被側に僅かに浸透し,接着に関係していない端切れ部分との間に境目を形成するので,端切れ部分を引っ張ることによって,きれいに端切れ部分を取り除くことができる。」(本件補正後の段落【0019】)。
・「…なお,接合に使用されなかった熱融着性フィルムの端切れ部分は,該端切れ部分の根元で境目が形成されるため,射出成形後に容易に剥ぎ取ることができる。」(本件補正後の段落【0020】)
・「…なお,胛被41に設けられたものの,靴底成形用の空隙部31からはみ出て,接合に使用されなかった熱融着性フィルム43の上部(端切れ部分)は,端切れ部分の根元で境目が形成されるため,射出成形後に容易にはぎ取ることができる。…」(段落【0023】)
・【発明の効果】
「この発明によれば,胛被の靴底との接合部分に,靴底成形材料より低融点で,胛被および靴底にそれぞれ融着可能な熱融着性フィルムを設け,その後,靴底成形材料を射出成形するようにしたので,従来,胛被の靴底との接合部分の材料として不適当であったポリエステル布帛,ナイロン布帛などの胛被素材や,フッ素系撥水剤により表面処理された布帛からなる胛被素材を使用することができ,しかも胛被の表面の素材感および発色性が損なわれることもなく,さらには胛被素材に起毛素材や起毛感のある素材を使用した場合でも胛被の外観を損なわなず,そして靴底成形材料が発泡性合成樹脂の場合でも,胛被に対して良好な投錨効果が得られる。」(段落【0035】)
イ 以上の記載によれば,本願発明は,熱融着性フィルムを靴底と胛被との接着剤に使用した射出成形靴の製造方法に関する発明であって,胛被の表布と靴底成形材料とが,本来接着性に欠けることを課題とし,胛被の靴底との接合部分に,靴底成形材料より低融点で,胛被及び靴底にそれぞれ融着可能な熱融着性フィルムを設け,その後,靴底成形材料を射出成形するようにすることにより,従来,胛被の靴底との接合部分の材料として不適当とされた素材を使用でき,しかも胛被の表面の素材感及び発色性が損なわれることもなく,さらに胛被素材に起毛素材や起毛感のある素材を使用した場合でも,胛被の外観を損なわない等の効果を奏するものである。
(2) 引用発明の意義
ア 引用例1(甲1)には,以下の記載がある。
・「ポリウレタンを主成分とする靴底材を,表面を弗素系撥水剤で処理した甲被下面に射出成形して接着一体化する射出成形靴の製法において,ポリウレタンを主成分とする靴底材の粘度がB型ブルックフイルド粘度計による温度35~45℃,ローター No.2,回転数10RPMでの測定で200~1500センチポイズであることを特徴とする射出成形靴の製法。」(特許請求の範囲【請求項1】)
・【産業上の利用分野】
「本発明は撥水・防汚処理をした甲被を使用した射出成形靴の製法に関し,特に撥水・防汚処理を処した甲被と成形された靴底とが強固な接着状態となる射出成形靴の製法に関する。」(段落【0001】)
・【従来の技術】
「布靴を射出成形法によって製造する場合には,単層又は複層よりなる甲被をラストモールドに吊込み,このラストモールドをボトムモールド及びサイドモールドと組合せ,その時構成されるモールドキャビティ内にポリウレタンを主成分とする靴底材料を射出し,靴底を形成すると同時に前記靴底を甲被下面に接着一体化する方法が行われている。」(段落【0002】)
・「最近,前記甲被としてその表面をポリテトラフルオロエチレン等のような弗素系撥水剤で処理し,撥水性・防汚性を付与した甲被が採用され,付加価値を靴に加えようとする試みがなされている。・・・このようなポリウレタンは,他物体に対する接着性が優れているにも拘らず,前記のような撥水・防汚処理した甲被と組合せて射出成形靴を製造する場合には良好な接着が得られない。」(段落【0003】)
・「そこで,通常は射出成形された靴底と接着する甲被部分に溶剤系のポリクロロプレン接着剤,ポリウレタン接着剤を刷毛等で予め塗布した甲被を使用する方法,又は前記甲被の部分にホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を重層した甲被を使用する方法等が提案されている。」(段落【0004】)
・【発明が解決しようとする課題】
「しかしながら前者の方法によれば,複数回の刷毛塗り作業を必要とする上,溶剤等の蒸散等により衛生的に問題があり,又,後者の方法によれば所定個所にホットメルト型樹脂を層着するための専用機を必要とし,何れにしても製造原価を上昇させるのみならず,所望した接着性をも得られないのが実情であった。本発明は,前記従来の射出成形靴の製法が有してした欠点を解決することを目的とするものである。」(段落【0005】)
・【課題を解決するための手段】
「本発明は,ポリウレタンを主成分とする靴底材を,表面を弗素系撥水剤で処理した甲被下面に射出成形して接着一体化する射出成形靴の製法において,ポリウレタンを主成分とする靴底材の粘度がB型ブルックフイルド粘度計による温度35~45℃,ローター No.2,回転数10RPMでの測定で200~1500センチポイズであることを特徴とする射出成形靴の製法を特徴とする。又,前記ポリウレタンがポリエーテル型であることを特徴とする。」(段落【0006】)
・「これは,ポリオール,鎖延長剤,発泡剤(水),整泡剤,触媒,顔料などを混合したポリオール側のプレミックス(A液)と,ポリオールでメチレンジイソシアネートを一部変成したイソシアネート側成分(B液)の2液から通常はなる。……」(段落【0009】)
・【作用】
「本発明においては,靴底材として射出成形中の温度(35~40℃)において,甲被を構成している織布の織目間に浸透し易い,即ち投錨し易い粘度になり得るポリウレタンを使用しているので,通常の射出成形操作により,弗素系撥水剤で処理された撥水性・防汚性を有する甲被に対しても靴底が十分な接着力を有する靴を得ることができる。」(段落【0012】)
・「…このキャビティ内にポリエーテル系ポリオール100重量部,トリエチレンジアミン1.1重量部,酸化チタン6重量部,水0.3重量部よりなる35~40℃のA液と,40~45℃のポリイソシアネートB液との2液よりなる混合AB液…を射出充填し,…」(段落【0014】)
・【効果】
「弗素系撥水剤で撥水・防汚性を付与した甲被を使用し,射出成形法によりポリウレタンを靴底材として使用した靴であっても,甲被と靴底との接着性が良い靴を得た。」(段落【0017】)
イ 以上の記載によれば,引用発明は,撥水・防汚処理をした甲被を使用した射出成形靴の製法に関し,特に撥水・防汚処理を処した甲被と成形された靴底とが強固な接着状態となる射出成形靴の製法に関する発明であって,従来の射出成形靴の製法が有する様々な欠点の解決を課題とし,靴底材として特定の粘度を有するポリウレタンを使用することで,通常の射出成形操作により,弗素系撥水剤で処理された撥水性・防汚性を有する甲被に対しても靴底が十分な接着力を有する靴が得られるようにしたものである。
なお,引用発明においては「甲被」,本願発明においては「胛被」という文言が用いられており,本判決においてもこれらの記載に従うこととする。
(3) 引用例2記載の発明の意義
ア 引用例2(甲2)には,以下の記載がある。
・「【請求項1】射出成型法または注入成型法により成型される靴底の,接地面側に装着される靴底部品であって,前記靴底部品は,靴底との接着面側に布帛が積層されており,その布帛には,靴底部品の周縁において延設部が設けられており,その延設部は,靴底部品の布帛面と同一平面上に延設された自由端を持つ縁部であることを特徴とする靴底部品。
【請求項3】請求項1又は請求項2記載の靴底部品を射出成型法または注入成型法により成型される靴底の接地面の一部又は全部に備えたことを特徴とする靴。
【請求項4】上型と空禍部底面に意匠を刻設した下型とを組み合わせた靴底部品成形用モールドの上型と下型との間に,片面に目止め処理した布帛を処理面が下面となるように挟持し,靴底部品成形用モールドの下型に設けられた射出口より空禍部内に靴底成形材を射出充填して,布帛と靴底成形材を一体成型することを特徴とする靴底部品の製法。
【請求項5】埋設座板からピンが突出したゴルフ鋲のピンを,靴底部品成形用モールドの下型の空禍部底面に刻設した鋲設置窪みに嵌合するとともに,靴底部品成型用モールドの上型と下型との間に,片面に目止め処理した布帛を処理面が下面となるように挟持し,靴底部品成形用モールドの下型に設けられた射出口より前記空禍部内に靴底成形材を射出充填して,ゴルフ鋲と布帛と靴底成形材を一体成型することを特徴とする靴底部品の製法。」
・【発明の属する技術分野】
「本発明は,射出成型法または注入成型法により成型される靴底の,接地面に装着する靴底部品およびその靴底部品を備えた靴及び靴底部品の製法に関する。」(段落【0001】)
・「本発明の靴底部品の製法は,埋設座板からピンが突出したゴルフ鋲のピンを,靴底部品成形用モールドの下型の空禍部底面に刻設した鋲設置窪みに嵌合するとともに,靴底部品成型用モールドの上型と下型との間に,片面に目止め処理した布帛を処理面が下面となるように挟持し,靴底部品成形用モールドの下型に設けられた射出口より前記空禍部内に,靴底成形材を射出充填して,ゴルフ鋲と布帛と靴底成形材を一体成型することを特徴とする。ゴルフ鋲を固定するためには,その部分は厚くする必要があり,上型の空禍部面には肉厚部を形成するための段差を設ければよい。」(段落【0009】)
・「前記靴底成形材としては,ポリウレタン,塩化ビニル,EVA等の熱可塑性樹脂,1,2ポリブタジエンゴム,スチレンとブタジエンとのブロック重合体などの熱可塑性ゴム,液状ポリウレタン等の通常の靴底成形材が使用され,常法によって靴底部品成形用モールドの空禍部に射出される。」(段落【0010】)
・「前記目止め処理した布帛の目止め材は,射出成型時において,靴底成形材と接着性が良く,かつ布帛面に目漏れしない耐熱性のよい素材であることを特徴とする。目止め材の一例としては,靴底成形材が熱可塑性ポリウレタン樹脂である場合,射出時の樹脂温度が200~220℃となるので,融点が80~130℃のポリウレタン接着剤が好ましい。そして布帛への目止め処理は,原反に接着剤を糊引き乾燥し,目止め処理した原反は所定の形状に裁断して用いる。」(段落【0011】)
・【実施例】
「1.靴底部品の製造
(1) 目止め処理した布帛の作成
(略)
(2) 靴底部品の射出成形
靴底部品成型用モールドは,上型と下型を組み合わせて空禍部を形成し,下型の空禍部表面には,防滑意匠と埋設座板からピンが突出したゴルフ鋲を勘合するための窪みが刻設されており,上型の空禍部表面には,接着面を形成する意匠面が形成されゴルフ鋲を埋設する部分は厚肉に形成されている。前記下型の空禍部にゴルフ鋲をセットし,(1)で作成した目止め処理した布帛を下型に設けた布押さえピンに固定し,上型で密閉した後,モールド空禍部内に熱可塑性ポリウレタン樹脂を樹脂温度200℃で射出充填し,ゴルフ鋲を装着した靴底部品を一体成型した。この靴底部品は靴底の踵に装着する踵用部品と靴底の前半部に装着する前部用部品とよりなる。前部用部品は,靴底との接着面が肉厚部と薄肉部とからなり,その上に布帛が一体成型されている。そして,布帛には靴底部品の周縁において,延設部が設けられており,その肉厚部の側面には布帛の延設部が固着されており,薄肉部には,布帛の延設部が靴底部品の周縁の外に設けられている。(図1,図2参照)」(段落【0012】)
file_2.jpg
・図3(目止め処理した布帛の断面図)及び図4(実施例の靴底部品を装着した射出成形靴の斜視図)
file_3.jpg
・【符号の説明】
「1 靴底部品
2 布帛
4 目止め材
7 靴底本体
16 胛被」
・「2.靴底部品を備えた靴の製造
胛被を吊り込んだラストと,サイドモールドと,ソールモールドとを型組みして靴底用空禍部を形成すると共に,ソールモールド下面の型枠の中に,前記靴底部品を嵌合し,前記空禍部内に,液状のポリウレタンを射出して発泡硬化させて,靴底部品を靴底の前半部と踵部に備えた靴を製造した。」(段落【0013】)
・【発明の効果】
「本発明の靴底部品は,射出成形法又は注入成型法の靴底の接地面に装着される部品であり,靴底との接着面には,布帛が積層されており,その布帛には靴底部品の周縁に延設部が設けられているので,靴底材との接着面が靴底部品の側面でも接着し,また,靴底との境界部において屈曲に対する応力が緩和されるので,靴底との境界面での剥がれや亀裂の発生を防止することができる。」(段落【0014】)
イ 以上の記載によれば,引用例2(甲2)は,射出成型法又は注入成型法により成型される靴底の,接地面に装着する靴底部品及びその靴底部品を備えた靴及び靴底部品の製法に関する発明であって,靴底部品の靴底との接着面に布帛が積層され,その布帛には靴底部品の周縁に延設部が設けられることにより,靴底材との接着面が靴底部品の側面でも接着し,また,靴底との境界部において屈曲に対する応力が緩和されるので,靴底との境界面での剥がれや亀裂の発生を防止することができるとの効果を奏するものである。
(4) 取消事由の主張に対する判断
ア 取消事由1(相違点に関する認定の誤り)について
(ア) 相違点1の認定につき
a 審決が認定した引用発明
審決による引用発明の認定は,引用例1(甲1)の段落【0001】ないし【0004】の記載に基づいてされたと認められるところ(審決2頁),ここには,靴底(成形)材料について,「ポリウレタンを主成分とする」(段落【0002】)との記載がみられるものの,それ以上の記載は見当たらない。そうすると,審決が,引用発明として,「ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料を射出成形し…」と認定した点に誤りはない。
b 検討
(a) 靴底成形材料は,前記aのとおり「ポリウレタンを主成分とする」ものであるから,相違点1の認定において,靴底成形材料としての樹脂について,本願発明は熱可塑性樹脂としているのに対し,「引用発明は不明である点」とした審決は正確ではなく,正しくは「引用発明はポリウレタンを主成分とする」と認定すべきであったといえる。そうすると,この限度において,審決の認定には正確性を欠く部分があることになる。
しかし,引用発明において,靴底成形材料が「ポリウレタンを主成分とする」ものであるとしても,「熱可塑性樹脂」であるかどうか不明であることに変わりはない上,審決は,相違点1の判断において,引用発明は靴底成形材料が「熱可塑性樹脂」でないことを前提に,当該靴底成形材料を熱可塑性樹脂とするのは容易想到であると判断しているのであるから,上記の誤りは結論に影響を及ぼさない。
(b) 原告は,引用発明の靴底成形材料は,2液反応型のポリウレタンであり熱硬化性樹脂である旨主張する。
しかし,原告の主張は,引用発明に基づくものではない。すなわち,引用発明は,靴底成形材料が2液反応型ポリウレタンの熱硬化性樹脂である構成を有するものではない。
また,引用例1(甲1)に開示された技術は,【請求項1】,段落【0006】,【0014】の記載によれば,ポリウレタンを主成分とする靴底材について,その粘度を「B型ブルックフイルド粘度計による温度35~45℃,ローター NO.2,回転数10RPMでの測定で200~1500センチポイズ」とすることによって従来技術が有する欠点を解決するものであるといえるところ,この粘度に係る構成は,ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料が2液反応型のポリウレタンであることや熱硬化性樹脂であることとは何ら関係がない。すなわち,段落【0014】(段落【0009】等も同様である。)に熱硬化性樹脂である2液反応型のポリウレタンの記載があるからといって,これはあくまで引用例1における課題解決手段の一実施形態を説明するものであるにすぎず,引用例1に記載されているポリウレタンを主成分とする靴底成形材料につき,いかなる場合であっても,熱硬化性樹脂である2液反応型のポリウレタンに限定して解釈すべきことにはならない。換言すれば,引用発明を含めた開示の技術において,ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料に熱可塑性ポリウレタンが含まれることを妨げる理由はない。
以上のとおり,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 相違点3及び原告主張の「相違点4」につき
原告は,熱融着性フィルムについて,本願発明では胛被とは独立した状態の熱融着性材料が使用されることを前提に,相違点3の認定の誤り及び「相違点4」の看過を主張する。
しかし,前記(1)のとおり,本願発明では,熱融着性フィルムと胛被との関係について,「少なくとも胛被における接着力が要求される部分と靴底との接合部分に…上記胛被と上記靴底に融着可能な熱融着性フィルムを,該フィルムの下部が,フィルム全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ」と特定するものの,胛被とは独立した熱融着性材料を使用すると特定してはいないから,原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,その前提において失当である。
しかも,引用発明と本願発明との対比からすると,審決による相違点3の認定は正当であるといえるから,原告の主張は理由がない。
(ウ) 以上のとおり,原告主張の取消事由1はいずれも理由がない。
イ 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
(ア) 相違点1の判断につき
a 審決は,相違点1につき,引用例2には「射出成型法により成形される,布帛を有する靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いること,すなわち,靴底の形成材料として熱可塑性ポリウレタンを用いること」が記載されているから,引用発明の靴底成形材料を熱可塑性樹脂とすることは容易想到であると判断している。
b そこで検討するに,引用例2には前記(3)アの各記載があり,以上によれば,引用例2において成形材料として熱可塑性ポリウレタンが用いられているのは符号1に相当する「靴底部品」についてであり(段落【0009】ないし【0012】),他方,引用例2には,射出成形によって胛被と接合一体化される「靴底本体」(符号7)の成形材料については,「液状のポリウレタンを射出して発泡硬化させて」(段落【0013】)と記載があるのみで,熱可塑性ポリウレタンが用いられることの記載はない。
そうすると,引用発明において,靴底成形材料を射出成形し靴底と甲被とを接着一体化する射出成形靴の製造方法における当該靴底成形材料について,射出成形された靴底と甲被とを接着一体化することとは関係のない甲2の「靴底部品」の成形材料(熱可塑性ポリウレタン)を持ち出し,相違点1に係る構成が容易想到であるとした審決の判断は首肯できない。すなわち,引用例2において,靴底部品1も靴底本体7も同じ靴底を構成するからといって,直ちに,靴底本体も靴底部品と同様に熱可塑性ポリウレタンであると解することはできない。
c しかし,審決の判断は,以下に述べるとおり,結論において誤りはない。
すなわち,前記ア(ア)b(b)のとおり,引用発明において,ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料に熱可塑性ポリウレタンが含まれることを妨げる理由は見当たらない上,本願明細書を参酌しても,本願発明が,靴底成形材料として熱可塑性樹脂を主成分とするものを採用したことの技術的意義を見出せず(このことは,本願明細書の段落【0008】に,靴底成形材料として,熱可塑性樹脂とともに,熱硬化性樹脂である2液反応型ポリウレタン樹脂が例示されていることからも明らかである。),引用発明において,ポリウレタンを主成分とする靴底成形材料を熱可塑性ポリウレタンとすることは当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が適宜なし得る設計的事項にすぎない。
d なお,原告は,引用発明は,熱硬化性樹脂の2液反応型ポリウレタンを靴底成形材料に使用しているものであり,熱硬化性樹脂を熱可塑性樹脂とするのは容易想到ではない旨主張するが,前記ア(ア)のとおり,引用発明の靴底成形材料が熱硬化性樹脂であることを前提とする上記主張は,その前提において失当である。
(イ) 相違点3の判断につき
a 審決の相違点3についての判断は,
① 引用発明の熱融着性材料は薄層であるが,当該熱融着性材料をフィルムとし,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることは当業者が適宜なし得る程度の事項である,
② 引用発明は,熱融着性材料の薄層をその下部がその全長にわたって靴底成形用の空隙部内に配置されるか不明であるが,熱融着性材料が甲被の靴底との接合部分のうちより広い領域で配置される方がよいことは明らかである,
③ 引用発明は,靴成形用の空隙部からはみ出て接合に使用されなかった熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る工程を有するか不明であるが,当該工程は当業者が適宜なし得る程度の事項である,
の3点に分けられるところ,原告は上記②の判断部分の誤りを主張していないので,以下,上記①及び③の判断の妥当性について検討する。
b(a) 本願明細書には,本願発明が「靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る」との構成を有することの技術的意義に関し,特段の記載はない(前記(1)アの本願明細書の段落【0019】,【0020】,【0023】の各記載参照)。
そうすると,本願発明の熱融着性フィルムが胛被と靴底とを接合一体化するために用いられること(段落【0005】,【0035】等参照)を踏まえつつ,技術常識を併せて総合考慮すると,上記構成の意義は,胛被と靴底との接合一体化に寄与しなかった余分の熱融着性フィルムが靴の表面に残存することで靴の外観を損なうことを防止するといった自明の課題を解決するために行われる程度のものにすぎないといえる。
なお,原告は,上記意義について,外観を低下させないことのほかに,胛被の素材感を低下させないことである旨も併せて主張するが,胛被表面の素材感を低下させないのは,本願発明が「少なくとも胛被における接着力が要求される部分と靴底との接合部分に,上記靴底成形材料の射出温度より低融点で上記胛被と上記靴底に融着可能な熱融着性フィルム」を用いているためであると解され,「熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る」こととは何ら関係がなく,原告の上記主張は採用することができない。
(b) また,引用発明において,ホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層を甲被に重層することの意義について検討するに,引用例1(甲1)の段落【0001】ないし【0005】の記載(前記(2)ア参照)からすれば,引用発明における「薄層」は,本願発明の熱融着性フィルムと同様に,甲被と靴底とを接着一体化するために用いられるものといえる。
また,引用発明における「薄層を…重層」することの解釈が問題となるが,「重層」とは「何層かに重ねること。」(特許技術用語集,日刊工業新聞社,甲24)を意味するから,引用例1(段落【0004】,【0005】等)の記載を併せ考慮すると,上記「重層」は,同段落【0005】で「前者」とされる,刷毛等で塗布された溶剤系接着剤のように剥ぎ取り困難な薄層と甲被とによる重層ではなく,「後者」とされる,専用機を用いて層着することができるホットメルト型樹脂の層と甲被とによる重層を意味するものと解されるのであって,原告が主張するように,一体に接合された剥ぎ取り困難な重層の意味に解すべきものではない。
このように,引用発明において重層された薄層につき,剥ぎ取ることが困難といった技術上の阻害事由は認められない。
(c) 審決は,胛被と靴底との接合部分に,ゴムテープをその下部が靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させ,靴底成形材料を射出成形し,その後上記ゴムテープの上部を剥ぎ取ることは周知であるから(甲3),引用発明において,靴成形用の空隙部からはみ出て接合に使用されなかった熱融着性材料の上部を剥ぎ取ることは,当業者であれば適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断している。
そこで,審決の上記判断の当否について検討するに,甲3(特開平2-307402号公報,発明の名称「靴の成形法」,公開日平成2年12月20日)には,以下の記載がある。
・【発明の名称】「靴の成形法」
・「ラスト7に吊込まれた胛被1の下周辺11に未加硫のゴムテープ2を貼着し,これを半加硫した後このゴムテープ2の側面にサイドモールド5.5のリップ部51.51を圧接喰い込ませて胛被1の下部に,サイドモールド5.5とボトムモールド6とによって靴底成形キャビティ0を形成し,この靴底成形キャビティ0に未加硫ゴムからなる靴底成形材3’を射出導入して,これを加硫加圧して胛被1の下部にゴム製の靴底3を加硫成形するとともにゴムテープ2の下辺部を胛被1に圧着することを特徴とする靴の成形法。」(特許請求の範囲)
・(問題点を解決するための手段)
「このようにして,靴底3を成形した後,サイドモールド5.5を開放して,ラスト7から完成された靴を脱型して,靴底成形時にサイドモールドのリップ部51.51の上方部に位置されたゴムテープの上辺部22をその下辺部21から引き裂き除去すれば,ゴムテープの下辺部21は靴底成形時に胛被1に圧着加硫されており,ゴムテープの上辺部22は半加硫状態であるため,サイドモールドのリップ部喰い込み部よりゴムテープの上辺部22を簡単に除去できる。」(2頁右下欄10行~20行)
・(発明の作用効果)
「この発明は以上のように構成されており,ゴム靴底射出成形時にサイドモールドのリップ部51.51と胛被との間の間隙が半加硫ゴムテープ2によってシールされているため,従来のように胛被がサイドモールドのリップ部で喰い切られたり,リップ部と胛被との間からバリがはみ出し形成されたりすることがない。」(3頁左上欄1行~8行)
上記記載によれば,甲3において,未加硫のゴムテープを胛被に貼着させること,すなわち,胛被と靴底との接合部分にゴムテープをその下部が靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることの意義は,胛被がサイドモールドのリップ部で喰い切られたり,靴底成形材の射出導入時にリップ部と胛被との間からバリがはみ出し形成されたりすることがないようにするためである。
他方,本願発明の熱融着性フィルムは,胛被と靴底とを接合一体化するために用いられるものであり(前記(a)),また,引用発明において甲被に重層されたホットメルト型のポリエステル又はポリウレタンの薄層も,甲被と靴底とを接着一体化するために用いられる(前記(b))。
そうすると,胛被と靴底とを接合(接着)一体化するという解決課題とは何ら関係のない,甲3に開示された未加硫のゴムテープに係る技術を踏まえ,引用発明において,靴成形用の空隙部からはみ出て接合に使用されなかった熱融着性材料の上部を剥ぎ取ることは当業者が適宜なし得る事項であるとした審決の判断は妥当ではない。
(d) しかし,以下に述べるとおり,審決の判断は,結論において誤りはない。
すなわち,前記(a)で検討したとおり,本願発明において「靴成形用の空隙部からはみ出て,接合に使用されなかった熱融着性フィルムの上部を剥ぎ取る」ことの意義は,胛被と靴底との接合一体化に寄与しなかった余分の熱融着性フィルムが靴の表面に残存することで靴の外観を損なうことを防止するといった自明の課題を解決するために行われる程度のものにすぎないところ,引用発明においても,甲被と靴底とを接着一体化するために重層した薄層について,接着に寄与しなかった余分が発生したときに,その余分の薄層を剥ぎ取ることは,当業者であれば当然考慮すべき技術事項にすぎない。しかも,前記(b)のとおり,引用発明において,重層された薄層は剥ぎ取り困難なものに限定されないから,剥ぎ取り可能な薄層であれば,これをフィルムとし,靴底成形用の空隙部内に配置されるように介在させることもまた,当業者であれば容易に想到し得るといえる。
(ウ) 相違点2の判断につき
a 審決は,相違点2につき,引用例2には,「布帛と靴底との接着性を向上させるために,当該布帛の片面に,射出時の熱可塑性ポリウレタン樹脂の温度より低融点のポリウレタン接着剤を目止め材として設けること,すなわち,布帛と靴底との接合部分に,靴底成形材料の射出温度より低融点の材料を介在すること」が記載されているから,引用発明の熱融着性材料の融点を靴底成形材料の射出温度より低融点とし,射出成形時の靴底成形材料の熱により同熱融着性材料を融解し,融解した熱融着性材料により胛被と靴底とを一体化させることは容易想到であると判断している。
なお,原告は,審決による相違点2の判断の誤りを取消事由として主張してはいないが,その主張全体からすれば,これを争う趣旨とも解されるので,念のため検討する。
b 甲2の記載(図面を含む)によれば(前記(2)イ参照),引用例2において,目止め材4は,布帛2と靴底部品1との接着性を向上させるために上記布帛上に設けられたものであり,胛被16と射出により成形される靴底本体7との接合とは何ら関係がない。しかも,審決は,相違点3の判断において,引用発明の熱融着性材料の薄層をフィルムとすることは容易想到であると判断しているところ,他方,引用例2には,目止め材を設けること(目止め処理)について,接着剤を塗布することの記載があるのみで,フィルム状の目止め材についての開示はない。
このように,審決は,引用発明の薄層について,相違点3の判断においてフィルムとするのは容易想到であるとしつつ,相違点2の判断においてはフィルムではない塗布による接着剤層であることを前提としており,その判断は一貫していない。
よって,引用例2に開示された技術を踏まえて相違点2に係る構成が容易想到であるとした審決の判断は,妥当ではない。
c しかし,以下に述べるとおり,審決の判断は,結論において誤りはない。
すなわち,引用発明の薄層は,「ホットメルト型」のポリエステル又はポリウレタンであり,しかもポリウレタンを主成分とする靴底成形材料を射出成形したときに甲被と靴底とを接着一体化するのに寄与するものであって,仮にホットメルト型の薄層の融点が靴底成形材料の射出温度より低融点ではなく,射出成形時の靴底成形材料の熱により融解されるものでなければ,甲被と靴底とを一体化させることはできないことになる。
したがって,「ホットメルト型」の上記薄層が,その融点が靴底成形材料の射出温度より低融点であり,射出成形時の靴底成形材料の熱により融解されるものであるのは自明である。
このように,審決が取り上げた「相違点2」は,実質的な相違点ではないといえる。
(エ) 以上のとおり,原告主張の取消事由2も理由がなく,当業者が引用発明(甲1)から本願発明を想到することは容易であったというべきである。
ウ 取消事由3(格別の作用効果の看過)について
原告が主張する本願発明の作用効果(従来技術より有利な効果)は,本願発明が,靴底と胛被とを接合一体化するに際し,塗布された接着剤を用いていないことを前提とするものである。
しかし,前述のとおり,引用発明の薄層の重層は接着剤の塗布によるものではない。そうすると,引用発明もまた,本願発明と同様の作用効果を奏するものであるといえるから,原告主張の取消事由3は理由がない。
なお,原告が取消事由3として縷々主張する点を相違点の判断の誤り(取消事由2)の一事情として勘案してもなお,前記イで検討したとおり,審決の相違点1ないし3についての判断(結論)に誤りはない。
3 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決は結論において誤りはない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)