知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10214号 判決 2011年3月24日
原告
ダイセル化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士
吉澤敬夫
同弁理士
平田忠雄
岡﨑信太郎
新井全
被告
ローディア アセトウ ゲーエムベーハー
同訴訟代理人弁護士
横井康真
同弁理士
森下賢樹
青木武司
大西啓介
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800098号事件について平成22年5月31日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 本件訴訟に至る手続の経緯
(1) 被告は,平成14年(2002年)4月22日のパリ条約による優先権(ドイツ)を主張し,平成15年4月22日,名称を「高圧縮フィルタートウベール,およびその製造プロセス」とする発明について特許出願をし,同19年2月16日に設定登録(特許第3917590号。請求項の数26。甲25)を受けた。
(2) 原告は,平成19年5月23日,本件特許につき特許無効審判を請求し,特許庁に無効2007-800098号事件として係属したところ,特許庁は,同20年9月30日,「本件特許の請求項1~26に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をした。
被告は,これを不服として知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを求める訴え(平成21年(行ケ)第10004号)を提起したところ,同裁判所は,同年9月3日,同審決を取り消す旨の判決をし,同判決は確定した。
(3) 上記取消判決確定後の無効審判請求事件において,被告は,平成22年1月29日付けで訂正請求を行ったところ(甲26。以下「本件訂正」という。本件訂正後の請求項の数24),特許庁は,同年5月31日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,同年6月10日,その謄本が原告に送達された。
2 本件訂正前後の特許請求の範囲の記載
本件訂正請求前及び同請求後の特許請求の範囲の記載は,別紙「本件訂正前発明」及び同「本件訂正後発明」のとおりである。以下,本件訂正前の請求項1ないし26に記載の発明を,その順に,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明26」,本件発明1ないし26を併せて「本件発明」といい,本件訂正後の請求項1ないし24に記載の発明を,その順に,それぞれ「本件訂正発明1」ないし「本件訂正発明24」という。また,本件発明に係る明細書(甲25)を添付図面を含め「本件明細書」といい,本件訂正発明1ないし24を併せて「本件訂正発明」といい,本件訂正発明に係る明細書(甲26)を添付図面を含め「本件訂正明細書」という。
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由の要旨は,要するに,①本件訂正は,明瞭でない記載の釈明等を目的とするものなどとして,認めることができ,②本件訂正発明には,file_2.jpgサポート要件違反,file_3.jpg実施可能要件違反のいずれも存在せず,また,本件訂正発明は,file_4.jpg下記アの引用例1を主引例とする関係でも,file_5.jpg下記イの引用例2を主引例とする関係でも,引用例1記載の発明(以下「引用発明1」という。)若しくは引用例2記載の発明(以下「引用発明2」という。)及び下記ウの引用例3記載の発明(以下「引用発明3」という。)並びに技術常識又は周知技術によって容易に想到することができないものであるなどとして,本件訂正発明は無効とされるべきものではない,というものである。
ア 引用例1:特表平9-508880号公報(甲1)
イ 引用例2:英国特許1280932号明細書(昭和47年(1972年)7月12日発行。甲2,17)
ウ 引用例3:英国特許第1310029号明細書(昭和48年(1973年)3月14日発行。甲3,19)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件訂正発明1と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明1:繊維状の材料がプレスボックス17に充填され,かつ,プレスポンチ3,4で数100t,例えば500tの高い圧力下でベール1に圧縮され,ベール1は約300-700kgの高い重量を有し,ポリエチレンから製造された包装材切片である,該ベールの周囲に当てられ,かつ,固定された天井5と底6を形成する包装材切片及び腹帯の形でプレスベール1の周囲に巻き付けられる第3の包装材切片7の弾性の包装材切片を用いてベールプレス内で包装され,天井5と底6を形成する包装材切片と第3の包装材切片7とは,結合箇所10において横方向に互いに間隔をおいて点状又はストライプ状に互いに圧着して結合11を行い,プレスベール1のために全面的に閉じた包体又は包装が形成されることで,上記結合11は普通のベール力に対し十分な強度をもたらし,プレスポンチ3,4による負荷をプレスベールから除いた後でプレスベールの形を維持するためには十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有していて,たがで結合することを不要とした,繊維状の材料のプレスベール
イ 一致点:梱包され,ブロック形態に高圧縮したトウのベールであって,①前記ベールが,機械的に自己支持する弾性梱包材料内に包装され,かつ,この材料は,1つ又はそれ以上の接続部分を備えているフィルムであって,②前記ベールが,高さを有している,トウのベールである点
ウ 相違点A:本件訂正発明1は「フィルタートウのベール」であるのに対して,引用発明1は「繊維状の材料のプレスベール」である点
エ 相違点B:本件訂正発明1は「ベールの頂側部と底側部に妨害となるような膨張部分またはくびれ部分が無い」ものであって,「(c) 非開封状態のベールを水平面上に配置した状態で,平坦な板をベールの頂部に圧接させ,ベールの中心に対して垂直方向に100Nの力を作用させたとき,圧接板に対するベールの垂直投影に内接する最大の矩形の範囲内で,ベールの頂面における内接矩形内に位置する部分の少なくとも90%が,平坦な板から40mm以下離間する程度に,前記ベールの頂面および底面が平坦であ」るのに対し,引用発明1は「プレスポンチ3,4による負荷をプレスベールから除いた後でプレスベールの形を維持するためには十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有していて,たがで結合することを不要とした」ものであるものの,上記のようなものかどうか不明である点
オ 相違点C:本件訂正発明1は「(a) 前記ベールが,少なくとも300kg/m3の梱包密度を有し」ているのに対して,引用発明1は「プレスポンチ3,4で数100t,例えば500tの高い圧力下でベール1に圧縮され,ベール1は約300-700kgの高い重量を有し」ているものの,「プレスポンチ3,4による負荷をプレスベールから除いた後」の「プレスベールの形を維持」している「たがで結合することを不要とした,繊維状の材料のプレスベール」の密度までは不明である点
カ 相違点D:本件訂正発明1が「(d) 前記ベールが,少なくとも900mmの高さを有して」いるのに対して,引用発明1における高さは不明である点
キ 相違点E:本件訂正発明1が「(b) 前記ベールが,」「弾性梱包材料内に完全に包装され,かつこの材料は,対流に対して気密性を有する1つまたはそれ以上の接続部分を備えており,かつこの材料は,温度23℃,相対湿度75%で,DIN53,380-Vに従って測定される空気に関するガス透過率が10,000cm²/(m²・d・bar)未満であるフィルムであって」「(e) 少なくともベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」のに対して,引用発明1は「天井5と底6を形成する包装材切片と第3の包装材切片7とは,結合箇所10において横方向に互いに間隔をおいて点状又はストライプ状に互いに圧着して結合11を行い,プレスベール1のために全面的に閉じた包体又は包装が形成されることで,上記結合11は普通のベール力に対し十分な強度をもたらし,プレスポンチ3,4による負荷をプレスベールから除いた後でプレスベールの形を維持するためには十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有していて,たがで結合することを不要とした」ものである点
(3) また,本件審決が認定した引用発明2並びに本件訂正発明1と引用発明2との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明2:ぼろくず,洗浄詰物(cleaning wads)等の圧力を解放すると膨張する繊維材料を静止プレスボックスでの下方の結束用プレートによる圧縮下で可撓性のプラスチックにより梱包及び包装され,雨又は湿気に影響を受けず,外皮は梱包材料の膨張圧を十分に吸収するように対応したべールであって,袋材料の2つの重ね合わせられた層を締め付けて溶接することで2つのプラスチック袋部が一緒に溶接されていて,結束用溝の位置では溶接は行わず又は連続溶接を行い,これらの位置で結束用コード又はリボンによってカバーされ,コード又はリボンを用いて緩やかに結束され,梱包圧の解放時に,第2の袋部が袋内の繊維材料の爆発圧によって僅かに膨張して通常のキャップ形状を帯びるように内側を外側に押されて膨張し,膨張時に,ベールの容積が増し,結束用コード又はリボンをきつく引っ張り結束されるもの,あるいは,梱包されている材料の性質に応じて,また,用いる包装材料の長さに応じて,包装されたベールは必ずしも結束される必要はないものでもあって,2つの袋部が単にそれらの縁で一緒に全ての部分で連続的に溶接されるものであり,好適には,ベール材料が完全に包囲されている,最高品質の袋状べール
イ 一致点:梱包され,ブロック形態に高圧縮したトウのベールであって,①前記ベールが,機械的に自己支持する弾性梱包材料内に包装され,かつ,この材料は,1つ又はそれ以上の接続部分を備えているフィルムであって,②前記ベールが,高さを有している,トウのベールである点
ウ 相違点A’:本件訂正発明1は「フィルタートウのベール」であるのに対して,引用発明2は「ぼろくず,洗浄詰物(cleaning wads)等の」「繊維材料」の「ベール」である点
エ 相違点B’:本件訂正発明1は「ベールの頂側部と底側部に妨害となるような膨張部分またはくびれ部分が無い」ものであって,「(c) 非開封状態のベールを水平面上に配置した状態で,平坦な板をベールの頂部に圧接させ,ベールの中心に対して垂直方向に100Nの力を作用させたとき,圧接板に対するベールの垂直投影に内接する最大の矩形の範囲内で,ベールの頂面における内接矩形内に位置する部分の少なくとも90%が,平坦な板から40mm以下離間する程度に,前記ベールの頂面および底面が平坦であ」るのに対し,引用発明2は,上記のようなものかどうか不明である点
オ 相違点C’:本件訂正発明1は「(a) 前記ベールが,少なくとも300kg/m3の梱包密度を有し」ているのに対して,引用発明2は不明である点
カ 相違点D’:本件訂正発明1が「(d) 前記ベールが,少なくとも900mmの高さを有して」いるのに対して,引用発明2における高さは不明である点
キ 相違点E’:本件訂正発明1が「(b) 前記ベールが,」「弾性梱包材料内に完全に包装され,かつこの材料は,対流に対して気密性を有する1つまたはそれ以上の接続部分を備えており,かつこの材料は,温度23℃,相対湿度75%で,DIN53,380-Vに従って測定される空気に関するガス透過率が10,000cm²/(m²・d・bar)未満であるフィルムであって」「(e) 少なくともベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」のに対して,引用発明2は,圧縮下で可撓性のプラスチックにより梱包及び包装され,雨又は湿気に影響を受けず,外皮は梱包材料の膨張圧を十分に吸収するように対応したべールであって,袋材料の2つの重ね合わせられた層を締め付けて溶接することで2つのプラスチック袋部が一緒に溶接されていて,包装されたベールは結束されていないものであって,2つの袋部が単にそれらの縁で一緒に全ての部分で連続的に溶接されるものであり,梱包圧の解放時に,第2の袋部が袋内の繊維材料の爆発圧によって僅かに膨張して通常のキャップ形状を帯びるように内側を外側に押されて膨張し,膨張時に,ベールの容積が増し,ベール材料が完全に包囲されている点
4 取消事由
(1) 本件訂正を認めた判断の誤り(取消事由1)
(2) サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2)
(3) 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3)
(4) 引用例1を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り(取消事由4)
(5) 引用例2を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り(取消事由5)
第3当事者の主張
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本件訂正のうち,本件訂正前の請求項2に規定する「裂破強度」を,本件訂正後の請求項2の「引裂き強度」とする訂正(以下「本件訂正事項」という。)について,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるとともに,本件明細書に記載した事項の範囲内でするものとした。
(2) しかしながら,プラスチックフィルムの分野において,「引裂き強度」とは,代表的には,切り欠きのある試験片を用い,左右方向に一定の速度で引っ張って引き裂くのに要した平均力(引裂力)を試験片の厚さで割った値を意味する(甲22)。
これに対し,本件訂正後の請求項2において規定している「DIN EN ISO 527」(甲9)はいわゆる「引張強度」に関する規定であり,「DIN EN ISO 527-3」はフィルムとシートのための「引張強度」の測定条件を定めたものであって,引裂き強度は測定できない。
(3) 以上によると,上記訂正では,「引張強度」の測定条件によって「引裂強度」を測定することになり,不明瞭な記載の釈明に当たらず,そのような手段は,本件明細書の発明の詳細な説明には記載がないから,同明細書に記載した事項の範囲内でするものでもなく,実質的に特許請求の範囲を変更することになるものであって,同訂正は許されないものである。
〔被告の主張〕
本件訂正後の請求項2に記載された「引裂き強度」とは,あくまでも「DIN EN ISO 527-3に従って測定」されるものである。当業者は,この「DIN EN ISO 527-3」(乙1,2)との規定から,「DIN EN ISO 527-3」に従って測定される強度として,特定の測定方法を用いて測定される特性値を把握することができる。したがって,同請求項2の「引裂き強度(DIN EN ISO 527-3に従って測定)」との記載は,明確に理解できるものであり,また,この訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張するものでも変更するものでもない。
そして,上記「引裂き強度」とは,「DIN EN ISO 527-3」(乙1)に記載の「引張特性(tensile properties)」をこの「DIN EN ISO 527-3」に従って測定したものであって,本件特許の対応特許である欧州特許第1497186(B1)号(乙3)の「tear strength」の正確な訳語である。
本件訂正における請求項2の「裂破強度」との記載を「引裂き強度」とする訂正は,明瞭でない記載の釈明に該当するものである。
2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件訂正発明は,パラメータ発明に関するものであるから,当該数値内であれば所望の効果が得られると認識できる程度に,発明の詳細な具体例を開示することを要するものである。しかし,そのことについての記載がないにもかかわらず,本件審決は,課題と解決手段が本件訂正明細書に記載されており,特許請求の範囲に記載された発明はこれらの明細書に記載されているとした。
(2) 本件訂正発明における「0.01bar」という値は,「負圧」といっても,気候による大気圧の変動よりも低いような極めて小さな値にすぎない。
本件審決は,本件訂正発明について,「高圧縮したフィルタートウのベールにおいて,…膨張の量を抑えて,膨らもうとするベールを積み上げても不安定にならない程度に,少なくとも0.01barの負圧を制御して平坦にするものと理解できる」としたが,このような「高圧縮したフィルタートウのベール」の圧縮圧力は,相当に大きなもの(例えば,甲13によると,計算300トン/ベール断面積[26・8bar])であって,その圧縮圧力を解放した際のトウの弾性復元力による膨張力も,これに見合ったかなり大きなものとなる(甲14の別紙表1によると,99トン/ベール[12.90bar]と測定されている。)から,膨張による弾性復元力(膨張力)の減衰を考慮するとしても,気候の変化による大気圧の変動にも満たない0.01bar程度の僅かな値の負圧によって,そのような大きなフィルタートウの弾性復元力をコントロールでき,かつ,ベールを平坦にするという課題を解決できることは,発明の詳細な説明に記載されたものでなく,当業者の常識からは全く理解できないものである。
本件訂正明細書の詳細な説明【0025】にも,0.15barないし0.7barなどの比較的高い値の負圧による課題の解決について記載があるが,0.01barという小さい値の負圧による課題の解決について,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には全く開示がされていない。
(3) 本件訂正発明1は,引用発明1及び2と数値限定部分以外において実質的な差違はないものであって,負圧と平坦度に係る数値限定により公知技術との差違を導いたいわゆるパラメータ発明であるところ,本件訂正明細書の発明の詳細な説明によっては,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものではなく,また,記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものでもあり得ない。
(4) なお,被告は,本件訂正発明1における「0.01bar」との数値について,負圧の発生を意味し,その値自体に特段の意味はないと主張する。
しかしながら,被告は,本件審査段階における平成18年12月19日付け意見書(甲29)において,引用発明3の負圧が0.5bar程度であるのに対し,本件特許に係る請求項1における梱包後のベールの負圧が少なくとも0.01barである点について,相違点として,引用発明3は,単なる真空パッケージに関するものであり,トウを圧縮するといっても0.5bar程度であり,本件特許に係る請求項1記載の発明の梱包密度や負圧における応用を想定していないと主張していた。このように,被告は,同発明の「少なくとも0.01bar」という値と,引用発明3の「0.5bar」という値を,異なる値として対比し,本件特許に係る請求項1の発明が引用発明3の値よりも低値であるとしていたものであるから,本件訴訟に至って,本件訂正発明1における「0.01bar」との数値が単に負圧を意味するものにすぎず,数値自体には意味がないと主張することは,禁反言の原則からしても許されない。
(5) 以上のとおり,本件訂正発明1について,発明の詳細な説明に記載されているとした本件審決には誤りがある。
〔被告の主張〕
(1) 本件訂正発明1については,本件訂正明細書に,べールの頂部と底部に膨張が生じ積み上げが阻害されたり移動が妨害され,ストラップを用いるとくびれが生じ繰り出しが妨害されるという課題を解決するための手段として,ベールの頂面における内接矩形内に位置する部分の少なくとも90%が,平坦な板から約40mm以下離間する程度に,ベールの頂面及び底面が平面であるようにすること,フィルタートウのパッケージ包装材を気密にシールするとともに,少なくともベールが梱包された後に外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールに掛かっている状態にすること,負圧の制御方法の記載があることが認められるのであるから,課題と解決手段が本件訂正明細書に記載されているということができ,本件訂正発明1は,本件訂正明細書に記載されているということができる。
本件訂正発明1の「外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」との規定は,本件特許出願前には存在しなかった「ベールの形状を負圧によって制御する」という技術思想を表現したものである。
(2) なお,被告は,本件訂正発明1における「0.01bar」という数値そのものに意味がないと主張するものではなく,あくまで本件訂正発明1の技術思想を「少なくとも0.01barの負圧」と表現しているだけであって,被告の主張は禁反言の原則に反するものではない。
(3) したがって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載は,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができる程度に記載されており,本件訂正発明1は,サポート要件を満たすものである。
3 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,本件訂正発明1の「少なくともベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」ことについて,実施可能要件を満たしているとした。
(2) しかしながら,0.01barという値は,気候変動による日常的な大気圧の変動値にすら及ばない極めて小さな値にすぎない。当業者の常識に従えば,数百トン/断面積(数十bar)もの圧力でトウを高圧縮し,その直後に圧力を解放したとすれば,その高圧縮したフィルタートウベールの弾性復元力(膨張力)は,相応に大きなものである。甲14によると,1m×0.75m×0.98mの大きさで重量500kgのフィルタートウベールを303tのプレス圧で圧縮したときの弾性復元力(膨張力)は99t/ベールと計算されるのに対して,0.01barの負圧によってベールに加わる力は0.08t/ベールにすぎない。
このように,当業者の常識からすると,99t/ベールの弾性復元力(膨張力)を,僅か0.08t/ベールの負圧によって制御し,これをバランスさせることなどは,膨張による弾性復元力の減衰を考慮するとしても,不可能としか理解できない。
また,本件訂正発明1では,負圧は密封したベールの膨張による容積変化により生じるものであるところ,容積の変化という観点でみると,0.01barの負圧はフィルタートウベールの高さの僅かに0.6%の変化により生じ得るものであるから,0.01barの負圧に制御するためには,ベールが高さ変化で0.6%程度しか膨張しないベールを作る必要がある。そのような少ない高さ変化によってフィルタートウベールの大きな膨張力を抑える梱包材料は,本件訂正明細書には開示されていない。
本件訂正明細書【0025】には,「原則的に,真空又は負圧が強力であるほど,より小型のパッケージが得られることに留意すべきである。負圧の増加も膨張低減の効果を有する。」と記載されている。また,本件明細書に開示されている実施例では,0.12barの負圧で70mm膨張しているので,その高さ変化は約7.8%,0.58barの負圧で30mm膨張しているので,その高さ変化は約3.3%である。フィルタートウベールの高さ変化が0.6%ということは,高さ変化を5.4mm程度に制御する必要があるが,この制御には相当大きな負圧が必要であると理解される。そして,本件訂正明細書に開示されているポリエチレンフィルムのような柔軟で伸縮性のある包装材を用いながら,0.01barなどの小さな負圧により,プレス開放後のベールが持つ強大な弾性復元力(膨張力)を抑制して0.6%程度の高さ変化しかないようにしつつ,構成要件のような平坦度を備えたベールを当業者がどのようにして製造すればよいのかは,全く理解できないものである。
本件訂正明細書【0051】には0.12barの負圧の具体例が,【0052】には0.58barの負圧の具体例が記載されているものの,本件訂正発明1の「0.01barの負圧」の近い範囲に位置する実施例もなく,このようなベールを製造するための具体的な条件が記載されていない。
(3) 以上のとおり,本件訂正発明1の「0.01barの負圧」近辺の極めて低い負圧によっても,当業者が上記のような大きな膨張力を制御できるとして,本件発明1の効果を奏するものであるとした本件審決は,実施可能要件の判断を誤ったものである。
〔被告の主張〕
(1) 本件訂正発明1の「外圧に対して少なくとも0.01bar」との記載は,フィルタートウのベールの形状を「負圧」によって制御するとの技術思想を表現したものである。そして,本件訂正明細書の【0051】【0052】には,それぞれ0.12barと0.58barの負圧を発生させたベールの実施例が開示されている。
(2) なお,ベールの高さ変化を非常に小さくするためには,必ずしも「相当大きな負圧」を必要とするものではない。例えば,本件訂正明細書【0025】【0026】には,負圧の範囲や経時的な安定性は梱包された材料のタイプに依存することが記載されており,梱包された材料のタイプによって弾性復元力が異なることが示されている。梱包された材料の圧縮時間を長くすれば弾性復元力が抑制できることは,当業者でなくとも理解できるものである。当業者は,出願時の技術常識に基づいて,フィルタートウの材料として弾性復元力が小さい材料を使用したり,フィルタートウの圧縮時間をより長くしたりすれば,圧縮の解放後にフィルタートウの弾性復元力を抑えてベールの高さ変化を非常に小さくし,より外圧に対する負圧の値の小さいベールを製造できることを理解できたものである。
4 取消事由4(引用例1を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,相違点B及びEの判断において,①引用発明1は,たがで結合することを不要とするものの,ベールの頂面及び底面について,妨害となるような膨張部分又はくびれ部分をなくそうとするものではなく,どの程度に平坦とするかについても特定されていないこと,②引用発明1は,プレスベールのために全面的に閉じた包体又は包装が形成されるものであるものの,結合箇所において横方向に互いに間隔をおいて点状又はストライプ状に互いに圧着して結合を行うものであって,積極的に密封し負圧を制御しようとするものではなく,たがで結合することを不要とすることについては,包装材切片が十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有するとの引っ張り強度によるものと解されること,③引用発明1は,平坦さを実現しようという課題を有するものでも,相違点B及びEに係る構成を具備するものでもないこと,④引用例3には,本件訂正発明1の課題を達成する程度の平坦さとすることまでは記載されていないこと,⑤周知例等にも,このような課題及びそれを解決のための手段としての相違点B及びEに係る構成は示されていないこと,⑥その他の構成を含めて,引用発明1を実施すると本件訂正発明1となるとはいえないことなどを述べて,本件訂正発明1は,引用発明1及び3に記載の事項並びに技術常識及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたということはできないとした。
(2) しかしながら,本件訂正発明1の「ベールの頂面および底面が平坦」になる数値要件については,本件訂正明細書【0006】ないし【0008】のとおりであって,このベールの製法については,①フィルタートウを圧縮し,②そのパッケージ包装を気密状態にシールし,③圧縮されていた負荷を解放し,パッケージ包装内を一定の負圧(少なくとも0.01barの負圧)にするというだけの工程で,そのようなプロセスによると,圧縮されたフィルタートウベールでは必然的に上記数値要件は達成されることになる。そうであるから,引用例との対比に当たっては,この①圧縮,②気密状態,③負圧との解決手段に相当する構成の開示が引用例にあるか否かが容易想到性の判断の上での要点であって,本件訂正発明1の平坦度の要件は,そのような構成によって必然的に導かれる結果(機能・特性)を規定した部分にすぎないから,引用例にそのような平坦度が記載されていないとしても,本件訂正発明1との差違を論ずることはできない。
(3) そして,引用例1には,「さらに片側の開いた袋として又は両側の開いたホースとして構成された唯一の包装材切片(図示せず)を用いて作業することもできる。充填した後で袋もしくはホースは開放端部において適当な折り畳み技術で閉鎖されかつ固定される。本発明では,包装材切片5,6,7は溶着及び又は接着で互いに結合される。これによってプレスベール1のために全面的に閉じた包体又は包装が形成される。この包体又は包装は,プレスベールに掛けられていたプレス圧を除いた後でも,膨らむベールの力に耐える。本発明は,包装をバンド又はたが又はそれに類似したもので付加的に補強することを不要にする。」「記述した実施例の変更は種々の形式で可能である。ベールプレスの構成,プレスベールの材料の選択及び包装及び折り畳み技術についての記述したヴアリエーションに加えて,ヒートシール装置13にも変更を加えることができる。押圧ビームは全面的にオーバーラップ若しくは結合箇所10に作用し,ストライプ状又は点状の単個ポンチを有していないこともできる。」との記載があり,また,その図2によると,①トウを圧縮し,②そのパッケージ包装を気密状態にシールし,③圧縮されていた負荷を解放し,パッケージ包装内を一定の負圧にするという本件訂正発明1の機能・特性等による解決手段に相当する構成が全て開示されている。
(4) 以上のとおり,引用例1には,本件訂正発明1の解決手段に相当する構成の開示があり,その平坦度の作用効果も必然的に得られるので,これらの相違点について,容易に想到することができないとした本件審決には誤りがある。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明1ないし3を含む従来技術においては,梱包材料自体の強度を上げたり,梱包材料同士の接続部分を強固にしたりすることで,フィルタートウのベールの形状に関する課題に対処していた。例えば,引用例1には,特殊な梱包材料を使用し,それらの梱包材料同士を強固に固定することにより,梱包材料の周囲にストラップなどが不要となる技術が開示されている。また,引用例2には,段ボールを使用することなく,2つの梱包材料を溶接することにより,梱包を行う技術が開示されている。引用例3には,機械プレスを必要とせずに,プレスベールを形成する技術が開示されている。
しかしながら,これらの従来技術においては,ベールの頂側部と底側部とを十分に平坦にできないという問題があった。また,本件訂正発明1のように,弾性梱包材料で包装され,高さが900mm以上であり,梱包密度が300kg/m3以上と高いベールでは,膨張部分やくびれ部分が発生しやすくなり,安全な積み上げ,ベールの移動及びトウの繰り出しが妨害されたり,パッケージが破裂開封したりしやすくなるという問題が依然として存在していた。
(2) これに対し,本件訂正発明1は,気密性と,気密性を前提とする負圧の発生との両方を備えることによって,仮に弾性梱包材料の物理的特性が従来の梱包材料よりも小さくても,これらの課題に対応することができるようにした発明である。
また,本件訂正発明1は,特定の梱包材料,高さ,梱包密度のベールに対して,単にパッケージ強度を向上させたりするのではなく,パッケージ内の負圧を大きくするとともに,頂側部及び底側部の膨張が特定のレベルより少ないベール形状にし,全構成(特に梱包密度,負圧,頂側部及び底側部の形状)のバランスにより課題解決を図った発明である。すなわち,本件訂正発明1は,その請求項1に係る(b)の梱包材料,(d)の高さ及び(a)の梱包密度を満たすベールに対して,(b)の気密性と(e)の「外圧に対して少なくとも0.01bar」という負圧の発生を考慮することによって,(c)に記載された程度の「ベールの頂側部と底側部とに妨害となるような膨張部分又はくびれ部分がない,梱包され,ブロック形態に高圧縮したフィルタートウのベール」を実現することのできる発明である。
(3) 他方,引用発明1について具体的にみると,その課題は,プレスベールを包装するために,よりよい可能性を見いだすこと(プレスベールをたがで結合しないこと)であって,この課題を解決するための手段として,「包装材切片(5,6,7)を互いにオーバラップさせかつ接着及び又は溶融により互いに結合する」という技術思想が開示されているものである。
引用例1に記載される「全面的に閉じた包体又は包装」は,あくまでも,プレスベールに掛けられていたプレス圧を除いた後でも,膨らむベールの力に耐える構造であって,本件訂正発明1の構造とは本質的に相違するものである。
(4) 以上のとおりであるから,相違点B及びEについて,引用発明1や技術常識又は周知技術に基づいて当業者が容易に想到することができないとした本件審決に誤りはない。
5 取消事由5(引用例2を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件審決は,引用例2に開示されているベールが,梱包され,ブロック形態に高圧縮したトウのベールに相当すること,圧縮下で可撓性のプラスチックにより梱包及び包装され,袋材料の2つの重ね合わせられた層を締め付けて溶接することによりで2つのプラスチック袋部が一緒に溶接されていて,包装されたベールは結束されていないものであり,2つの袋部が連続的に溶接され,梱包圧の解放時に,袋内の繊維材料の爆発圧によって僅かに膨張して通常のキャップ形状を帯びるように内側を外側に押されて膨張し,ベールの容積が増し,ベール材料が完全に包囲されているものであるため,梱包圧の解放時に,袋部が膨張しベールの容積が増すことに対応した分の圧力が低下するものであることを認めている。
それにもかかわらず,本件審決は,上記の事項は負圧を制御するものでも,ベールの頂面及び底面について,妨害となるような膨張部分又はくびれ部分をなくそうとするものでもなく,引用例2にはどの程度に平坦とするかについても記載されていないとした。さらに,本件審決は,引用例2は,梱包されている材料の性質に応じて,また,用いる包装材料の長さに応じて,必ずしも結束される必要がないというものであることから,負圧の制御ではなく,可撓性のプラスチックは梱包材料の膨張圧を十分に吸収できる強度を有し,その張力で維持されるものであるとも解されるとした。
(2) しかしながら,引用例2には,①トウを圧縮し,②そのパッケージ包装を気密状態にシールし,③圧縮されていた負荷を解放し,パッケージ包装内を一定の負圧にする,という本件訂正発明に相当するステップの記載がある。
また,本件訂正発明における負圧の制御とは,梱包後に密閉したベールの梱包圧力を解放する場合,例えば減圧装置とバルブとによって特定の圧力に調整しようとするような機械的制御を意味するだけでなく,高圧縮下で密閉したベールの圧力を解放するだけの手段を採ることを意味するものであって,引用発明2におけるステップは,本件訂正発明の負圧の制御と変わらないものである。
引用例2において,圧力解放後の状態を示す図11では,その上端も下端も平坦であることが示され,この状態のまま側方に駆動されて取り出されるので(【0022】【0028】,図4),ベールは,その頂部と底部に移動が阻害される膨らみなどが生じているものではなく,その上端も下端も平坦であることが明らかである。
(3) そして,本件訂正発明の平坦度の数値要件は,上記ステップから当然に導かれる結果(機能・特性等)にすぎないから,引用例2にどの程度に平坦とするかについて記載されていないことを理由に容易想到性を否定することは誤っている。さらに,膨張時にベールの容量が増していれば,負圧が生じることは必然的なことであって,包装されたベールは必ずしも結束される必要はないという状態にあれば,当然,その上端と下端は平坦になるものである(甲2,24)。
その上,梱包材を積み上げて貨物を多段積みする際において,安定性がよいように積むことは一般的な課題であって,積み上げるべき部分が平坦であるべきことは,当業者にとって常識かつ標準的なことであり,課題自体が自明のことであって,本件訂正明細書【0004】【0005】等にも,ベールの頂部と底部とを平坦にしようとすることが周知の課題であることが記載されている。
(4) 本件審決は,引用発明3には本件訂正発明1の課題を達成する程度の平坦さとすることまでは記載されていないとする。
しかしながら,引用例3も,本件訂正発明1の記載に相当する構成の記載があり,これを実施することで,ベール内部に負圧が存在し,かつ,本件訂正発明1に規定する平坦さは必然的に得られるものであって,本件審決には誤りがある。
〔被告の主張〕
(1) 前記4の〔被告の主張〕の(1)及び(2)のとおり,本件訂正発明1は,気密性と,気密性を前提とする負圧の発生との両方を備えることによって,ベールの頂側部と底側部とを十分に平坦にし,安全な積み上げ等をすることができるようにした発明であるのに対し,引用発明1ないし3を含む従来技術においては,梱包材料自体の強度を上げたり,梱包材料同士の接続部分を強固にしたりすることで,フィルタートウのベールの形状に関する課題に対処していたものにすぎない。
(2) 引用発明2について具体的にみると,その課題は,段ボール容器の欠点を克服した自動プロセスによって,ベールの梱包を行うことであり(引用例2(甲17)【0004】~【0006】),その課題を解決するための手段として,可撓性包装材料を用いた自動プロセスによってベールの梱包を行うという技術思想が開示されている(【0007】)。
そして,引用例2においては,連続的に溶接されたベールは,あくまでも溶着又は接着の一態様として開示されており,「外皮は梱包材料の膨張圧を十分に吸収するように対応する」(【0008】)と記載されているように,引用発明2の連続的な溶接は,補強を考慮したものである。他方,引用例2には,気密性及び気密性を前提とする負圧の発生という技術思想は開示も示唆もされていない。
(3) 引用例3にも,気密性及び気密性を前提とする負圧の発生によって,フィルタートウのベールの平坦性を抑制するという技術思想及び本件訂正発明1に係る請求項1の全構成(特に梱包密度,負圧,頂側部及び底側部の形状)のバランスによって課題解決を図るという技術思想が開示も示唆もされていない。
(4) 以上のとおりであるから,相違点B’及びE’について,引用発明2及び3並びに技術常識又は周知技術に基づいて当業者が容易に相当することができないとした本件審決に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正を認めた判断の誤り)について
(1) 本件訂正事項の内容
本件訂正事項は,請求項2に係る本件訂正前の「前記ベールが,少なくとも約10N/15mmの裂破強度(DIN EN ISO 527-3に従って測定)を有する,ことを特徴とする請求項1記載のベール」との記載を,本件訂正後の「前記ベールが,少なくとも10N/15mmの引裂き強度(DIN EN ISO 527-3に従って測定)のフィルムを有する,ことを特徴とする請求項1記載のベール」との記載に訂正するものである。
本件訂正事項は,訂正前には「裂破強度(DIN EN ISO 527-3に従って測定)」と記載されていたものを,訂正後には「引裂き強度(DIN EN ISO 527-3に従って測定)」との記載に訂正するものであって,その訂正前後を通じて,いずれも,その測定方法は,「DIN EN ISO 527-3に従って測定」されるものである。
(2) 本件明細書及び本件訂正明細書の記載
本件明細書【0031】には,「機械強度に関連して,DIN EN ISO 527-3に従って測定した場合に,パッケージ包装材またはフィルムが,少なくとも約10N/15mm,好ましくは約100N/15mm以上,さらに好ましくは200N/15mm以上の裂破強度を有することが推奨される。引用した値の各々は,フィルムの縦方向および横方向における最少裂破強度値に関係する。フィルムで包装したベールが移動のために再度梱包されるか否かの関数として,裂破強度に関連した特定の選択が行われる。これに関連して,使用可能な材料には,100μmの厚さで,15から30N/15mmの裂破強度を有するPE,100μmの厚さで,150~300N/15mmの裂破強度を有するPA6が含まれる。」とあって,「DIN EN ISO 527-3」の定めるところに従って,パッケージ包装材又はフィルムの強度を測定したものであることが説明されている。
そして,本件訂正明細書には,本件明細書の「裂破強度」が「引裂き強度」と変更されて,以上と同旨の説明がされている。
(3) 「裂破強度」と「引裂き強度」との異同
以上によると,本件訂正前の請求項2には「裂破強度」と記載され,本件訂正後の請求項2には「引裂き強度」と記載され,その表現は異なり,また,本件訂正後の請求項2には,そのような強度を有する「フィルム」であることが構成として追加されているが,いずれも,フィルム及びシートについての強度を試験する方法に関する規格である「DIN EN ISO 527-3」(乙1,2)の定めるところに従って,強度を測定することにおいて変わりはない。
そして,「裂破」とは,「引き裂くこと」との意味であり(講談社新大字典・平成5年3月発行),「裂破」から「引裂き」へと訂正することは,用語をより平易で一般的なものに変更したものということができる。
(4) 原告の主張に対する判断
原告は,本件訂正明細書に記載された「DIN EN ISO 527」はいわゆる「引張強度」に関する規定であり,「DIN EN ISO 527-3」はフィルムとシートのための「引張強度」の測定条件を定めたものであって,引裂き強度は測定できないとし,上記訂正では,「引張強度」の測定条件によって「引裂強度」を測定することになり,実質的に特許請求の範囲を変更することになると主張する。しかしながら,本件訂正事項については,本件訂正の前後を通じて,ベールの強度を「DIN EN ISO 527-3」によって測定するものであることの記載に変わりはなく,本件訂正事項に係る訂正は,上記のとおり,用語をより平易で一般的なものに変更したものであって,明瞭でない記載の釈明を目的とするものにすぎないものということができ,原告の主張は,訂正の許否をいうものとしては失当であって,理由がない。
(6) 小括
したがって,本件訂正前の請求項2に規定する「裂破強度」を,本件訂正後の請求項2の「引裂き強度」とする訂正について,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるとともに,本件明細書に記載した事項の範囲内でするものとした本件審決に誤りはない。
2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について
原告は,膨張による弾性復元力(膨張力)の減衰を考慮するとしても,気候の変化による大気圧の変動にも満たない0.01bar程度の僅かな値の負圧によって,大きなフィルタートウの弾性復元力をコントロールでき,かつ,ベールを平坦にするという課題を解決できることは,本件訂正明細書の発明の詳細な説明に記載されたものでなく,当業者の常識からは全く理解できないものであるなどと主張するので,以下,検討する。
(1) 本件訂正明細書の記載
ア 本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
(ア) 「本発明の課題は,ベールの移動を妨害するような膨張部分,ならびにトウベールの頂部と底部におけるフィルタートウの繰り出しを妨害するくびれ部分の無い,理想的なブロック形態に高圧縮したフィルタートウのベールを提供することであり,この場合,梱包したフィルタートウにかかる負荷が低減されることで,特に,内圧の影響下におけるパッケージの破裂開封をほぼ完全に回避することができる。本発明のさらなる課題は,これに関連した梱包プロセスを提供することである。」(【0006】)
(イ) 「梱包工程中に梱包を気密シールすることより,移動を妨害する妨害部分も,目的としたフィルタートウの使用を妨害するくびれ部分も無いブロック形態のベールを製造できるという驚くべき発見が得られた。したがって,実用的な考慮に基づき,請求項1によるベールは,機械的に自己支持する弾性梱包材料で完全に包装され,この材料は,1つまたはそれ以上の対流に対して気密性を有する結合部を備えている。」(【0010】)
(ウ) 「気密梱包の課題は,製造工程中にベールの頂部と底部に生じる圧力勾配を吸収および等化することである。」(【0011】)
(エ) 「本発明にかかるフィルタートウベールを梱包するプロセスは,(a) フィルタートウを圧縮形態にするステップと;(b) 圧縮されたフィルタートウをパッケージ包装材で包装するステップと;(c) パッケージ包装材を気密にシールするステップと;(d) 包装されたベールにかかる負荷を解放するステップとを備えている。気密シールされたベールに対する負荷が解放されると,パッケージ包装材内に負圧が発生する。この負圧は少なくとも0.01barであることが好ましく,特に有利な方法では0.15~0.7barの範囲内である。」(【0016】)
(オ) 「したがって,包装材で取り囲まれた領域内で発生した負圧は,パッケージ包装材の気密シールによって維持することができる。この負圧により,可撓性材料の弾性復元力によって内部から梱包へ加わる圧力が減衰される。この理由のために,最新技術によれば通常はフィルタートウベールに発生する膨張を防止することができる。これにより,積層ベールの製造が遥かに容易になる。梱包内部から作用する機械圧が(負圧によって)減衰されるために,梱包が失敗する危険性または梱包が裂開する傾向が低減される。さらに,より高い梱包密度も得られ,これにより,より小型なパッケージの利点が得られ,保管容量および移動容量を縮小することが可能になる。」(【0017】)
イ 上記の記載によると,本件訂正発明1においては,包装材で取り囲まれた領域内で発生した負圧が,パッケージ包装材の気密シールによって維持され,この負圧によって,可撓性材料の弾性復元力により内部から梱包へ加わる圧力が減衰されるとともに,製造工程中にベールの頂部と底部に生じる圧力勾配を吸収及び等化されることにあり,これらによって,少なくともベールが梱包された後に外圧に対して負圧がベールに掛かるものであると理解することができる。また,「負圧は少なくとも0.01barであることが好まし」いとも記載されており,その意味自体も明瞭である。
(2) 本件訂正発明1の技術思想
以上によると,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の「外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」との規定は,ベールの形状を負圧によって制御するとの技術思想を表現したものということができる。
しかるところ,気候による大気圧の変動が想定されること,高圧縮したベールの復元膨張力はかなり大きなものであり,しかも,ベールの圧縮率は様々なものが想定され,ベールの材料によっても変化するものであることから,ベールの形状を制御するために利用する負圧について一義的に数値を決められないという状況の下で,本件訂正発明1は,実質的に負圧として取り扱える有意な値を選択して発明の技術思想を表現するために,「少なくとも0.01bar」という値の範囲を規定したものとみることができるものである。そして,本件訂正発明1においては,ベールが梱包された後に,外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールに掛かっているものであるところ,梱包した材料に付加されている外圧が解放されることによって,発生していた少なくとも0.01barとの負圧の値が更に大きくなるものであること,他方,本件訂正発明1においては,トウが膨脹し続ける時間はせいぜい数時間であるところ(甲23),天候にも左右されるが,通常の気圧の日変化は0.01barには至らないものであることに照らすと,ベールには,フィルタートウ材料が膨脹し,ベールに膨脹部分やくびれ部分が出現しないようにしなければならない間,外圧に対しての負圧が掛かり続けるものであるということができる。
また,本件訂正明細書には,0.01bar又はその近辺ではないが,「少なくとも0.01bar」との負圧の数値の範囲内の複数の実施例が開示されている。
(3) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,本件訂正発明1は,負担と平坦度に係る数値限定により公知技術との差違を導いたいわゆるパラメータ発明であるところ,本件訂正明細書の発明の詳細な説明によっては,当業者が当該発明の課題を解決できると認識できるものではないなどと主張する。しかしながら,上記のとおり,本件訂正発明1は,ベールの形状を負圧によって制御するとの技術思想を表すものであり,また,その表現として「少なくとも0.01bar」との数値の範囲を併せて記載したものであって,本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載によって,当業者が当該発明の課題を解決できると認識することができる範囲のものであるということができ,これに反する原告の主張は理由がない。
イ また,原告は,被告が本件訂正発明1における「0.01bar」との数値について,その値自体に特段の意味がないと主張することは,本件審査段階における主張に照らして禁反言の原則から許されないと主張する。しかしながら,上記(2)のとおり,本件訂正発明1は,実質的に負圧として取り扱える有意な値を選択して発明の技術思想を表現するために,「少なくとも0.01bar」という値の範囲を規定したものとみることができるものであり,本件訂正発明1における「0.01bar」という数値そのものに意味がないものではなく,被告もその旨を主張しているにすぎないものであって,原告の主張は理由がない。
(4) 小括
したがって,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすとした本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1) 原告の主張
原告は,当業者の常識からすると,高圧縮したフィルタートウベールの弾性復元力(膨張力)は相応に大きなものであるにもかかわらず,これを0.01barの負圧によって制御し,これをバランスさせることなどは,膨張による弾性復元力の減衰を考慮するとしても不可能であって,本件訂正発明1は,0.01bar付近の負圧で実施するために必要な条件が本件訂正明細書の発明の詳細な説明には記載されていないなどと主張する。
(2) 本件訂正発明1の技術思想との関係
しかしながら,前記2(2)のとおり,本件訂正発明1に係る特許請求の範囲の「外圧に対して少なくとも0.01barの負圧がベールにかかっている」との規定は,ベールの形状を負圧によって制御するとの技術思想を表現したものということができる。そして,気候による大気圧の変動が想定されること,ベールの圧縮率は様々なものが想定され,ベールの材料によっても変化するものであることから,ベールの形状を制御するために利用する負圧について一義的に数値を決められないという状況の下で,本件訂正発明1は,実質的に負圧として取り扱える有意な値を選択して発明の技術思想を表現するために,「少なくとも0.01bar」という値の範囲を規定したものである。そして,本件訂正明細書には,0.01bar又はその近辺ではないが,「少なくとも0.01bar」との負圧の数値の範囲内の複数の実施例が開示されている。
(3) 実験結果
ドイツの第三者機関による実験結果(乙6)において,本件訂正発明1の条件の下で,プレス時間を長くしてフィルタートウを圧縮したところ,圧縮を解放した直後の負圧は,外圧に対して10mbar(0.01bar),30分経過後の負圧は外圧に対して31mbar(0.031bar)であったことが認められる。
また,原告従業員が,本件訂正発明1と実質的に同じであるとして,引用発明2の条件の下で,トウベールを圧縮し,気密性を確保した上で圧縮を解放した10分後の負圧は,外圧に対して0.091barであり(甲23),また,引用発明2の条件の下で,晒しメリヤスウエスを圧縮し,気密性を確保した上で圧縮を解放した5分後の負圧は,外圧に対して0.082barであった(甲24)。
(4) 本件訂正発明1と上記実験結果との関係
上記(3)の実験結果は,それぞれの実施条件の相違等もあって,その結果である負圧の数値を直接比較できるものではないが,上記(2)のとおり,ベールの形状を制御するために利用する負圧について一義的に数値を決められないという状況の下で,実質的に負圧として取り扱える有意な値を選択して発明の技術思想を表現するために,「少なくとも0.01bar」という値の範囲を規定したものであるとの本件訂正発明1との関係でみると,上記実験結果の0.01bar,0.082bar及び0.091barという数値は,いずれも,「少なくとも0.01bar」という負圧の下限値に近いものということができる。
(5) 小括
以上によると,当業者において,本件訂正発明1の「少なくとも0.01bar」との条件と同視し得る程度の負圧を実現することが可能ということができ,本件訂正発明1の「0.01barの負圧」近辺の極めて低い負圧によっても,当業者が上記のような大きな膨張力を制御できるとして,本件発明1の効果を奏するものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
4 取消事由4(引用例1を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り)について
原告は,相違点B及びEについて,引用例1には,本件訂正発明1の解決手段に相当する構成の開示があり,その平坦度の作用効果も必然的に得られるので,これらの相違点について,容易に想到することができないとした本件審決には誤りがあると主張するので,まず,引用例1について検討した上で,これらの相違点について検討することとする。
(1) 引用発明1について
ア 引用例1(甲1)には,次の記載がある。
(ア) 本発明は,繊維状の材料からなるプレスベールを包装する方法及び装置等に関する。
(イ) 繊維状の材料,特に切断された,又はストランド状の繊維からなる高圧縮されたプレスベールは,ベールプレスにおいて単数又は複数の形弾性的な包装材切片で包装され,次いで,金属又はプラスチックバンドからなるたがで装備され,このたがが,包装材とプレスベールとを保持することになる。
ところが,たがは,プレスベールの後続加工を困難にするとの欠点を有している。また,たがを切断する際,プレスベールが損傷を受けるおそれがあり,さらに,作業員が,たがバンドを開く場合に負傷する危険がある。
(ウ) そこで,本発明は,プレスベールをたがで結合することを不要とし,その代わりに,包装材切片が互いにオーバーラップしてベールの上に当てられ,接着及び(又は)溶着で互いに結合される。種々異なる包装材切片を相互に接着及び(又は)溶着で結合することで包装が固定される。
(エ) 包装材切片は,プラスチック,特にポリエチレンから製造することが好ましい。
(オ) 包装装置は,包装材切片を供給し,当て付け,かつ,折り畳むための装置構成部分に関しては公知の形式のものであることができる。接着及び(又は)溶着結合を行うためには,包装装置は接近可能なヒートシール装置を有している。このヒートシール装置は,種々異なって構成でき,加熱装置及び(又は)圧着装置を有している。点状又はストライプ状の結合を行うためには,ヒートシール装置に適当に成形された複数の点状又はストライプ状の単個ポンチを設け,これらの単個ポンチによって,包装材切片を結合箇所において点状又はストライプ状に互いに圧着し,場合によっては,この限られた接触面において加熱させることができる。
(カ) 本発明では,包装材切片は,溶着及び(又は)接着で互いに結合される。これによって,プレスベールのために全面的に閉じた包体又は包装が形成される。この包体又は包装は,プレスベールに掛けられていたプレス圧を除いた後でも,膨らむベールの力に耐える。本発明は,包装をバンド,たが又はそれに類似した物で付加的に補強することを不要にするが,別の実施例においては,このような補強は同様にまだ存在していることもできる。
(キ) 第5図においては,包装材切片が多層に,有利には2層に構成されていることが示されている。包装材切片は,堅固な保持構造,有利には膨張したプレスベールにより発生した力を受け止め,包装を安定化する織布の形をした保持構造を有している。保持構造は補強バンドを有しているか,又は他の適当な形式で構成されていることもできる。
(ク) 有利な実施例においては,包装材切片はプラスチックからなっている。この包装材切片は,大きな引っ張り強度を有しているが,折り畳み,かつ,曲げることを許す。この包装材切片は,プレスベールの周囲に所望の形式で当て付ける限りにおいては十分な形弾性を有するが,プレスポンチによる負荷をプレスベールから除いた後で,プレスベールの形を維持するためには,十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有している。必要な強度はベール材料に合わせられ,かつ,変化させることができる。
イ 以上の記載によると,引用発明1は,プラスチック,特にポリエチレンから製造された包装材切片を,互いにオーバーラップさせて溶着及び(又は)接着して結合することとし,これによって,プレスベールのために全面的に閉じた包体又は包装を形成し,この包体又は包装は,プレスベールに掛けられていたプレス圧を除いた後でも十分な内部引っ張り強度及び伸張強度を有し,膨らむベールの力に耐えるものであること,しかしながら,包装をバンド,たが又はそれに類似した物で付加的に補強することを不要にするものであるものの,別の実施例においては,このような補強は同様にまだ存在していることもできるというものである。
したがって,引用発明1においては,包装材切片を結合して形成されたベールの包装は,プレスベールに掛けられていたプレス圧を除いた後でも,膨らむベールの力に耐えるものであるが,その膨らむベールの力に耐える手段としては,包装がプレスベールの形を維持するために十分な引っ張り強度及び伸張強度を有するようにするというものであって,それゆえ,これらの強度が不足する場合には,別の実施例においては,包装を,バンド,たが又はそれに類似した物で付加的に補強することもできるとするものである。しかしながら,引用例1においては,包装の引っ張り強度や伸張強度によらず,負圧を制御する手段について何ら記載又は示唆するところはない。
ウ なお,原告は,引用例1における「ベールプレスの構成,プレスベールの材料の選択及び包装及び折り畳み技術についての記述したヴアリエーションに加えて,ヒートシール装置13にも変更を加えることができる。押圧ビームは全面的にオーバーラップ若しくは結合箇所10に作用し,ストライプ状又は点状の単個ポンチを有していないこともできる。」との記載や図2等から,引用例1においては,全面をシールしてパッケージ包装内を一定の負圧にするという技術が開示されていると主張する。しかしながら,これは,結合箇所が全面的に結合されることを示すものということができるが,その結合箇所においてどの程度の密封性が確保されるのか否か,接合箇所以外の部分における包装材料が気密性を有するものであるか否かについては,何ら記載も示唆もするものではなく,引用例1において,気密性を確保して負圧を制御する手段も記載又は示唆されているということはできず,原告の主張は理由がない。
(2) 相違点Bについて
ア 上記(1)のとおり,引用例1には,膨らむベールの力に耐える手段として,包装がプレスベールの形を維持するために十分な引っ張り強度及び伸張強度を有する包装としたことの記載があるが,気密性を確保して負圧を制御する手段の記載も示唆もないものである。
イ したがって,引用例1には,前記2(1)及び(2)のとおりの本件訂正発明1のように,ベールの移動を妨害するような膨張部分及びトウベールの頂部と底部におけるフィルタートウの繰り出しを妨害するくびれ部分のない,理想的なブロック形態に高圧縮したフィルタートウのベールを提供することまでは想定されておらず,かつ,具体的に平坦さに着目しているとする記載も示唆もないから,引用発明1から,相違点Bに係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではない。
ウ なお,原告は,引用例1には,本件訂正発明1の機能・特性等による解決手段に相当する構成が全て開示されているから,本件訂正発明1の平坦度の作用効果も必然的に得られると主張する。しかしながら,上記(1)のとおり,引用発明1は,膨らむベールの力に耐える手段として,包装がプレスベールの形を維持するために十分な引っ張り強度及び伸張強度を有する包装を採用することにとどまるのであるから,原告の主張は採用することはできない。
(3) 相違点Eについて
ア 上記(1)のとおり,引用発明1は,膨らむベールの力に耐える手段として,包装がプレスベールの形を維持するために十分な引っ張り強度及び伸張強度を有する包装としたものであって,引用例1には,気密性を確保して負圧を制御する手段の記載も示唆もないものである。
イ したがって,引用例1には,本件訂正発明1のように負圧を制御する技術思想を認めることができないから,引用発明1から,相違点Eに係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではない。
(4) 小括
したがって,引用発明1に基づいて,相違点B及びEに係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
5 取消事由5(引用例2を主引例とする関係で進歩性を有するとした判断の誤り)について
原告は,相違点B’及びE’について,引用例2及び3から容易に想到することができないとした本件審決には誤りがあると主張するので,引用例2及び3について検討した上で,これらの相違点について検討することとする。
(1) 引用発明2について
ア 引用例2(甲2,17)によると,引用発明2は,前記第2の3(3)アのとおりのものと認めることができる。
他方,引用例2には,圧縮下で可撓性のプラスチックで密閉され,梱包圧の解放時に,ベールの容積が増すことに対応した分の圧力が低下すること,すなわち負圧になることについて記載又は示唆するところはなく,また,ベールの移動を妨害するような膨脹部分及び頂部と底部における繰り出しを妨害するくびれ部分のないベールを提供することについての記載又は示唆もない。
イ もっとも,本件審決は,引用発明2は,梱包圧の解放時に,第2の袋部が外側に押されて膨張し,ベールの容積が増すことに対応した分の圧力が低下するものであると説示する。また,引用例2には,発明のプロセスによって成形されるプラスチックで覆われたベースは,外皮が可撓性であり(【0008】),繊維材料が圧縮されており(【0025】),梱包されている材料の性質に応じて,また,用いる包装材料の強さに応じて,包装されたベールは必ずしも結束される必要はなく,ある場合では,2つの袋部が単にそれらの縁で一緒に溶接されるだけのままで十分であり,その場合には,溶接は全ての部分で連続的に行われるとされ(【0009】【0027】),包装物は,雨又は湿気の影響を受けず,外皮は梱包材料の膨張圧を十分に吸収するように対応するものであって(【0008】),本発明によるプロセスの好適な実施例は,最高品質の袋状べール(すなわち,ベール材料が完全に包囲されている)を成形するためのものである(【0029】)と記載されている。
しかしながら,引用例2には,上記のとおり,「雨又は湿気に影響を受けず」に梱包するとの記載はあるものの,これは,引用例2における従来技術の記載である「包装物は衝撃に影響を受けやすい。車載中等の通常の取扱いの際によく起こるように,包装物が落下して隅が当たる場合,段ボールの壁は隅が破損し,内容物が膨れ上がってはみ出す。最終的に,段ボールは雨によって分解するため,段ボール容器に包装されたベールはカバーをして貯蔵及び搬送される必要がある」(【0006】)との対比で記載されていると理解されるべきものであって,このような従来技術との対比で,「包装物は,雨又は湿気に影響を受けず,外皮は梱包材料の膨張圧を十分に吸収するように対応する」(【0008】)とされたにすぎないものということができ,同記載については,雨水や空気中の水分がベール内外の出入りを妨げられることは読み取ることができるものの,それ以上に,気体までもが通り抜け難いものとするとのガスの透過性に関することまで示されているものということはできない。
そして,このことは,本件訂正発明1においては,弾性梱包材料は「対流に対して気密性を有する1つまたはそれ以上の接続部分を備えており」,かつ,この材料は「空気に関するガス透過率が10,000cm²/(m²・d・bar)未満であるフィルム」であるとされ,弾性梱包材料のガスの透過性についてまで規定されていることと対比すると,より明確ということができる。
(2) 引用発明3について
ア 引用例3(甲3,19)には,次の記載がある。
(ア) 本発明は,保管又は運送の後に,例えば紡績糸に更に加工するための,トウを連続的に,かつ,均一に引き出せる方法による箱又は他の適切なコンテナ内へのフィラメント状トウの梱包に関する。
(イ) 本発明の実施形態を説明すると,図1は,ウイングナットとボルトによって所定の位置へクランプされた延長部を有する空コンテナと,所定の位置へ折り畳まれた空気不透過性のライナを示す。図2は,フィラメント状のトウの横向き並置機構を示す。これは,コンテナの実質的な全平面において各層にトウを均一に並置するため,コンテナのよりゆっくりした前後の動作機構と同期が取られる。ライナがトウで満たされると,供給が中断され,トウは切断され,真空プローブがライナへ挿入され,内容物の配置を妨害せずに,トウの頂部に置かれる。図5に示されるように,ナットとボルトのクランプが外されると,延長部がコンテナ上に伸長される。次に,ライナは,プローブの周囲で気密にされ,ライナからの空気の排出が,トウの上層面上にプローブを静止させながら,それを埋めることがないようにして,開始される。図4に示されるように,ライナは,プローブの周囲で単に集められ,プローブの筒の周囲で締められる。内容物を有するライナが収縮し,ライナ袋がしわになって縮むと,延長部が漸進的に下降する。380mmHgの圧力に排気が完了すると,延長部は引き取られてもよい。図6に示されるように,ヒンジ状の側部ドアが開かれ,図7に示されるように,フィラメント状のトウの内容物を有するライナはローラテーブルコンテナの傾斜へ転がり落ちた後,開放したボール紙の包装ケースへ挿入される。図8に示されるように,装置の一形式において,包装ケースは上方に傾斜できるピボット状のプラットホームに対して安定している。前後のフラップ(図示せず)と同じように,蓋側のフラップが閉じられ,包装ケースがひもでくくられ,プローブが引き取られ,カートンがシールされ,搬送準備が行われる。
イ 以上の記載によると,引用例3には,真空プローブによって380mmHgの圧力によって排気され,これによって,材料を圧縮することが記載されているが,他方,本件訂正発明1のように,ベールの頂側部と底側部とに妨害となるような膨脹部分又はくびれ部分のないようにするために,負圧を制御して平坦にしようとすることは記載も示唆もされておらず,むしろ,排気によって材料を圧縮するものであるから,本件訂正発明1のように負圧を制御しようとの技術思想は存在しないものということができる。
(3) 相違点B’について
上記(1)のとおり,引用例2には,ベールの移動を妨害するような膨脹部分及び頂部と底部における繰り出しを妨害するくびれ部分のないベールを提供することについての記載又は示唆はなく,また,上記(2)のとおり,引用例3には,ベールの頂側部と底側部とに妨害となるような膨脹部分又はくびれ部分のないようにするために,負圧を制御して平坦にしようとすることの記載又は示唆がないものであるから,引用発明2及び3から,相違点B’に係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではない。
(4) 相違点E’について
上記(1)のとおり,引用例2には,気密性を利用して負圧になることについての記載又は示唆はなく,また,上記(2)のとおり,引用例3には,負圧を制御しようとすることの記載又は示唆もないものであるから,引用発明2及び3から,相違点E’に係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではない。
(5) 小括
したがって,引用発明2及び3に基づいて,相違点B’及びE’に係る本件訂正発明1の構成について容易に想到し得るものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
6 結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告が具体的な取消事由を主張しない本件訂正発明のうち他の請求項に係る発明を含めて,本件審決の取消しを求める原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 本多知成 裁判官 荒井章光)
file_6.jpg別紙