知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10220号 判決 2010年12月21日
原告
X
被告
特許庁長官
指定代理人
稲積義登
同
廣瀬文雄
同
田村正明
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008-31934号事件について平成22年6月1日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1 本件は,原告が,名称を「携帯型家庭用発電機(ソーラーシステム利用)」とする発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)が下記引用例との間で新規性を有するか(特許法29条1項3号)である。
記
・ 引用例:実願昭58-104015号(実開昭60-12696号)のマイクロフィルム(考案の名称「携帯用扇風機」,公開日 昭和60年1月28日,乙2。以下,これに記載された発明を「引用発明」という。)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
原告は,平成16年12月6日,名称を「携帯型家庭用発電機(ソーラーシステム利用)」とする発明について特許出願(特願2004-382346号,公開特許公報は特開2006-165486号)をしたところ,平成20年11月11日付けで拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2008-31934号事件として審理した上,平成22年6月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年6月18日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本願発明(乙1,公開特許公報)の内容は,以下のとおりである。
【請求項1】
「太陽エネルギーを利用した携帯用のソケット型の台が付いた家庭用発電器」
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明は引用例に記載された発明と同一であるから特許法29条1項3号により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決が認定した引用発明の内容は,次のとおりである。
「収納部の下部に充電器が組み込まれている充電ケースの収納部に取外し可能に装着できる盤状の太陽電池であって,この太陽電池は,太陽日射を電気エネルギに変換し起電力を生ずるものであり,充電ケースの収納部への差し込み装着によって充電ケースの充電器と電気的な接続関係となるとともに充電ケースで支持されるものであり,また,箱形のケースに充電ケースとともに収められ容易に持ち運べるようになっている太陽電池。」
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決は,本願発明と引用発明との間では新規性がないとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである(詳細は,別紙(一)及び(二)のとおり)。
すなわち,引用例(乙2)は,本願発明と構想的にも非常に良く似ているが,引用発明は本願発明とは,持ち運びはもちろん,商品化しての利用価値,目的の趣旨,扇風機(単品)と充電器(複合機)という点で大きく相違する。
また,本願発明は多目的活用を可能にすることで,まったく意味(価値観)の異なる新商品であって,災害時にも役に立つよう配慮している。引用例では扇風機の台の中に太陽電池を付けているが,電球と理屈はあまり変わらないものであって,単品である引用発明は,本願発明(複合機)とはまったく新規性の意味が異なる。
本願発明は,太陽電池(高品質)を箱型の本体の中に組み込むことで台の取り外しを容易にし,かつロック機能,防水加工,USB端子や軽量化,パワーアップ等,将来性(進化)にも優れ,野外や窓際での太陽からの直接の充電時にも利便性を高めることができ,「多目的活用」を目的としてのソケット型(固定型,移動型)の台をオプション(安全装置)とすることができること,さらには,扇風機にコンセントを取り付けることで予備のバッテリーとしてもサポートできるものであるから,引用例の扇風機とは明らかに異なるものである。
2 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3) の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
次のとおり,審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 原告は,本願発明が「充電器(複合機)」である旨の主張をするが,本願発明は,「太陽エネルギーを利用した携帯用のソケット型の台が付いた家庭用発電器」(請求項1)であって,「充電器」を発明特定事項とするものでもなければ,「複合機」を発明特定事項とするものでもない。
(2) 原告は,すべて本願発明のソケット型の台について,「多目的利用」を目的とする「オプション(安全装置)」である旨の主張をするが,本願の特許請求の範囲(請求項1)には,単に「ソケット型の台が付いた」と記載されているだけである。
(3) 原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,引用発明の「太陽電池」は,審決に記載したとおり,「太陽エネルギーを利用した携帯用のソケット型の台が付いた家庭用発電器」といえるものであって,本願発明と相違するものではなく,審決に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 請求原因(1) (特許庁における手続の経緯),(2) (発明の内容),(3) (審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 新規性欠如の有無(特許法29条1項3号)
審決は,本願発明は引用発明と同一の発明であるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1) 本願発明の意義
ア 本願明細書(乙1)には,次の記載がある。
・ 「【技術分野】
本発明は,地震や気象の変化に伴い台風や水害など災害時に命をつなぐための道具のひとつとして,臨時に電源を取り,使用できるようにしたものである。また,省エネ,環境問題,明るい未来への一歩にするための物である。」(段落【0001】)
・ 「【背景技術】
従来は,太陽エネルギーを利用した家庭用発電器を格納するソケット型の台のついた携帯用の物はなかった。」(段落【0002】)
・ 「【発明が解決しようとする課題】
冬の寒い時期など,緊急時(災害時)に長時間,暖を取れないで野外にいると死にもいたる事がある。また,臨時の情報や生活(仮説)を素早くサポートする機器がなかった。精神的にもつらい難点があった。本発明は,この課題を解消するためになされたものである。」(段落【0004】)
・ 「【発明の効果】
寒い時期でも高品質なバッテリー3などの太陽電池を発電器本体1の中に入れておく事で,充電の幅ができ,少しでも長く利用できるようになった。しかも,発電器本体1の底にソケット型の台6を設ける事で格納しやすく持ち運びが便利になり,また,ソーラーパネル2などの保護具が邪魔にならず使いやすい。小型発電機の多目的活用な幅が広くなった。環境にも良い。」(段落【0006】)
・ 【図1】
file_2.jpg| ReBAAK qave-9- oS 0 KFT (27220 20 249-1 (BFR, THE, even)イ 上記記載によると,本願発明は,従来,太陽エネルギーを利用した家庭用発電器を格納するソケット型の台のついた携帯用のものがなかったため,冬の寒い時期など,緊急時(災害時)に長時間野外で暖を取れない不便さ,及び臨時の情報や仮設での生活を素早くサポートする機器がなかったことにかんがみ,こうした課題を解消することを目的としたものであって,発電器本体1の底にソケット型の台6を設けることで格納しやすく持ち運びが便利になること,発電器の多目的活用の幅が広くなること,及び環境にも良いという効果をねらった発明であると認めることができる。
なお,本願発明はバッテリー3や別途のソーラーパネル2を備えるものではないので,それらに関する効果は本願発明が奏する効果ではなく,好適な実施例における効果にすぎない。
(2) 引用発明の意義
ア 引用例(乙2)には,次の記載がある。
(ア) 実用新案登録請求の範囲
「前面及び背面の開放した収納部をもち,収納部の下部には充電器が組み込まれている充電ケースと,この充電ケースの収納部に取外し可能に装着できる,全体が箱形に形成された扇風機と,この扇風機と同様に前記充電ケースの収納部に取外し可能に装着できる盤状の太陽電池とからなり,前記扇風機は,前記充電ケースの収納部への装着によって充電器と自動的に接続して運転可能態となり,前記太陽電池は,前記充電ケース収納部への装着によって該充電ケースの充電器と自動的に接続して充電可能態となる構成であることを特徴とする携帯用扇風機。」(1頁5~16行)
(イ) 考案の詳細な説明
・ 「この考案は,電源設備のない野外等での使用を可能とする携帯用扇風機に関するものである。」(1頁18~19行)
・ 「図面に示す本考案の適用例としての携帯用扇風機は,充電器(1)を組込んだ枠構造の充電ケース(2)と,電源の供給を受ければ送風運転が可能となる完結形態の扇風機(3)と,太陽日射を電気エネルギに変換し起電力を生ずる太陽電池(4)とからなり,これらを箱形のケース(C)に組合せて収め容易に持ち運びうるようにしたものである。充電ケース(2)は,充電器(1)のケースであるが,その上部には底部(5)と左右の側枠部(6)とで囲まれた,上方及び前面と背面の開放した収納部(S)を備えている。左右の側枠部(6)の外側の面の上部寄りには,収納部(S)の上方をまたぎうるホルダを兼ねる門形の把手(7)の各端部が枢着されている。また左右の側枠部(6)の内側の面にはその中央に縦に延びる摺動案内溝(8)が形成されている。収納部(S)の底面に形成している底部(5)の上面には,その下に組込まれている充電器(1)と接続している二個のプラグ(9),(10)が突き出している。二個のプラグ(9),(10)のうちの一つは,充電器(1)を充電するための端子である,他の一つは充電器(1)の放電のための端子である。」(2頁13行~3頁13行)
・ 「以上,実施例による説明からも明らかなように本考案の携帯用扇風機は,扇風機と,充電器を備えた充電ケースと,太陽電池とからなり,充電ケースに形成した収納部に扇風機を装着することによって,充電器と扇風機とが電気的な接続関係となり,扇風機を運転可能態とし,収納部に太陽電池を装着することによって,充電器と太陽電池とが電気的な接続関係となり,充電可能態とするものであるから,コードによる接続操作が不要で扱いやすく,電源設備のない野外等において手軽に送風による涼感を享受しうる。」(5頁16行~6頁7行)
・ 第2図(送風運転に対する準備としての充電時の形態で示す斜視図),第5図(全体をケースに収めた態様を示す断面図)
file_3.jpgee B28イ 上記記載によれば,第2図には,太陽電池(4)が充電ケース(2)の収納部に差し込まれて収納されるとともに,充電ケース(2)が太陽電池(4)を支持する台となっている様子をみてとることができ,また,第5図には,充電ケース(2)と扇風機(3)と太陽電池(4)が箱形のケース(C)に収められ,把手(7)により持運びができる様子がみてとることができる。そうすると,引用発明は,前記第3,1(3) イ記載のとおり「収納部の下部に充電器が組み込まれている充電ケースの収納部に取外し可能に装着できる盤状の太陽電池であって,この太陽電池は,太陽日射を電気エネルギに変換し起電力を生ずるものであり,充電ケースの収納部への差し込み装着によって充電ケースの充電器と電気的な接続関係となるとともに充電ケースで支持されるものであり,また,箱形のケースに充電ケースとともに収められ容易に持ち運べるようになっている太陽電池。」であると認めることができる。
そして,引用発明の「太陽電池」は,「太陽日射を電気エネルギに変換し起電力を生ずる」(2頁16~17行)ものであるから「太陽エネルギーを利用した発電器」である。次に,引用発明は携帯用扇風機を運転するためのもので「家庭用」であるといえるから,引用発明は「太陽エネルギーを利用した家庭用発電器」である。次に,「ソケット」とは,広辞苑第六版によれば,「電気器具の一種。電線の先端に取り付け,それに電球などを差しこんで電流を導く。」と記載されていることから,「ソケット型の台」とは,電気部品が差し込まれることにより電気部品との間で電気的導通を行うとともに電気部品を支持する台のようなものを意味すると考えられるところ,引用発明の「充電ケース」は,太陽電池の差し込み装着によって太陽電池と電気的な接続関係となるとともに太陽電池を支持するものであるから,「ソケット型の台」ということができる。また,引用発明の「太陽電池」は,「箱形のケースに充電ケースとともに収められ容易に持ち運べるようになっている」から,「携帯用」ということができる。
したがって,引用発明の「太陽電池」は,「太陽エネルギーを利用した携帯用のソケット型の台が付いた家庭用発電器」であると認められるから,本願発明と引用発明は実質的に相違するところがなく,本願発明が引用例に記載された発明であるとした審決の判断に誤りはない。
(3) 原告の主張に対する判断
ア 原告は,引用発明は本願発明とは持ち運びはもちろん,商品化しての利用価値,目的の趣旨,扇風機(単品)と充電器(複合機)という点で大きく相違すると主張する。
しかし,本願発明は,請求項1に記載のとおり「太陽エネルギーを利用した携帯用のソケット型の台が付いた家庭用発電器」であって,請求項1には「充電器」あるいは「複合機」という記載はないから,本願発明が「充電器」を備える,又は「充電器(複合機)」であるとはいえない。原告の主張は,請求項1の記載に基づかない主張であって,採用することができない。
仮に,本願発明が「充電器」を備えるものであるとしても,引用発明も充電ケース内に充電器が組み込まれたものであるから,この点においても両者は相違するものではない。
イ 次に,原告は,本願発明は多目的活用を可能にすることで,災害時にも役に立つよう配慮した新商品であり,扇風機の台の中に太陽電池を付けただけの単品である引用発明とは全く新規性の意味が異なる旨主張する。
なるほど,引用発明は,引用例(乙1)記載の「携帯用扇風機」における,太陽光発電及び充電時の一態様であって,一義的には当該扇風機の駆動に供するものであるといえる。
しかし,引用発明が開示する太陽光発電,充電時の開示された構造及びその機序は扇風機の駆動と直接関係しているものではなく,それ自体が技術的に独立し,技術的に扇風機の駆動と分離して論ずることができるものであることは明らかである。したがって,引用例(乙1)におけるこのような記載事項に接した当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は,引用例(乙1)に記載された事項を総合的にみて,独立した技術思想として,多目的活用可能な太陽電池である引用発明を読み取ることができると認めるのが相当である。
そうすると,仮に,本願発明を多目的活用が可能な発電器であると解しても,その点に関し本願発明と引用発明は相違しない。
したがって,この点に関する原告の主張も採用することができない。
ウ 次に,原告は,本願発明は太陽電池(高品質)を箱型の本体の中に組み込むことで台の取外しを容易にし,かつロック機能,防水加工,USB端子や軽量化,パワーアップ等,将来性(進化)にも優れ,野外や窓際での太陽からの直接の充電時にも利便性を高めることができ,「多目的活用」を目的としてのソケット型(固定型,移動型)の台をオプション(安全装置)とすることができること,さらには,扇風機にコンセントを取り付けることで予備のバッテリーとしてもサポートできるものであるから,引用例の扇風機とは明らかに異なるものであると主張する。
しかし,本願の請求項1には,単に「ソケット型の台が付いた」と記載されるだけであって,台の取外しはともかく,原告が主張するような,ロック機能,防水加工,USB端子,軽量化,パワーアップ及び予備のバッテリーに係る技術的事項を備えることについては何ら記載されていないのであるから,本願発明がこれらに係る技術的事項を備えるものとはいえない。
また,野外や窓際での太陽から直接の充電時にも利便性を高めるという点については,本願発明は充電器を備えるものとは認められないから,原告の上記主張は請求項1の記載に基づかない主張であって,採用することができない。仮に本願発明が充電器を備えるものであるとしても,引用発明も充電ケース内に充電器が組み込まれたものであるから,この点で相違しないことも前記認定のとおりである。
3 結論
以上のとおりであるから,本願発明と引用発明とが実質的に同一であるとした審決の結論に誤りはない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)
file_4.jpg別紙