知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10224号 判決 2011年5月12日
原告
エナーテック株式会社
同訴訟代理人弁護士
柿崎喜世樹
被告
X
同訴訟代理人弁理士
中川邦雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2009-800158号事件について平成22年6月9日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告の下記2の訂正後の請求項1の発明に係る特許に対する被告の無効審判請求について,特許庁が当該特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成16年4月19日,発明の名称を「蓄熱式暖房装置の通電制御システム」とする特許出願をし,平成19年5月25日,設定の登録(甲13。特許第3962032号。請求項の数は,後記訂正の前後を通じ,全1項である。)を受けた。以下,この特許を「本件特許」という。
(2) 被告は,平成21年7月21日,本件特許について,特許無効審判を請求し,特許庁に無効2009-800158号事件として係属した。
原告は,同手続中で,平成22年4月12日,本件特許につき,特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。以下,本件訂正に係る明細書(甲17。図面につき甲13)を「本件明細書」という。
(3) 特許庁は,平成22年6月9日,「訂正を認める。特許第3962032号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」との本件審決をし,同月18日,その謄本を原告に送達した。
2 本件発明の要旨
本件発明の要旨は,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。以下「本件発明」という。
夜間電力を使用して蓄熱体に埋設された発熱体に通電することで夜間に蓄熱を行い,昼間にその熱を放熱することで暖房を行う蓄熱式床暖房装置及び床下暖房装置において,夜間電力開始時に算出する予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度Tscを,当日の所定時刻から夜間電力開始時刻までの蓄熱体の単位時間当たりの平均下降温度若しくは過去の温度データから算出した蓄熱体の単位時間当たりの平均下降温度をKd,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間をTnとし,夜間電力開始時刻の蓄熱体の温度をT23とした場合に,Tsc=T23-(Tn×Kd)とし,次に,夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間Tn,夜間電力開始時刻から蓄熱体が目標設定温度Tmaxに到達する目標時刻までの時間S,前日の通電時間における蓄熱体の単位時間当たりの平均上昇温度若しくは過去の温度データから算出した蓄熱体の単位時間当たりの平均上昇温度をKpとした場合に,Td(t)=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpとし,Tnに所定時間の単位で数値を代入していき,Td(t)=0又はTd(t)が初めて0以下になった時のTn値から夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出するとともに,夜間電力開始後所定時間ごとに補正によって算出される通電開始時刻を,夜間電力開始時刻から補正演算時刻までの経過時間をt,演算時の蓄熱体の温度をTcurとした場合,次の式Ts(t)=S-t-(Tmax-Tcur)/Kpにおいて,tに所定時間の単位で数値を代入していき,Ts(t)=0又はTs(t)が初めて0以下になった時のt値から算出することで,夜間電力開始時刻に,前日若しくは過去の蓄熱体の温度データと演算時の蓄熱体の温度から,蓄熱体が目標時刻に目標設定温度に到達して通電が終了するように発熱体への通電開始時刻を予測し,その後所定時間経過ごとに補正計算を行って通電開始時刻を算出し,その結果に従い発熱体への通電を制御することを特徴とする蓄熱式暖房装置の通電制御システム
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記アないしウの引用例1ないし3に記載された発明(以下,順に「引用発明1」ないし「引用発明3」といい,総称して,「引用発明」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の規定により無効にすべきものである,というものである。
ア 引用例1:特開平10-54573号公報(甲5)
イ 引用例2:特開2002(平14)-13823号公報(甲2)
ウ 引用例3:Automatic Power Supply Time Controller for Thermal Storage-type Heating Appliances.(蓄熱式暖房機器の深夜電力供給時間自動制御装置開発。韓国電力電子学術大会論文集921~924頁。平成15年7月14日発行。甲1)
(2) なお,本件審決が認定した引用発明1並びに本件発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明1:深夜電力を使用して蓄熱材に埋設された電気ヒータに通電して夜間に蓄熱を行い,昼間に蓄熱材からの放熱によって暖房を行う蓄熱材を用いた床暖房システムにおいて,暖房利用時間帯中のFB制御用温度測定時刻T1に蓄熱材の温度を測定し,この測定温度Q1と前日の通電時間補正値Δtfb′を用いて当日の通電時間補正値tfbを算出し,深夜電力開始時刻Tsに蓄熱材の温度を測定し,この測定温度Q2から予測通電時間tffを算出し,予測通電時間tffに通電時間補正値Δtfbを加算して最終的な通電時間tを決定し,深夜電力終了時刻Teからt時間分を逆算することにより通電開始時刻Tonを算出するとともに,複数の測定時刻(T2,T3,…)を設定し,これらの測定時刻における蓄熱材温度から求めた通電開始時刻Tonがその測定時刻にほぼ等しくなるまで,時系列に沿って各測定時刻に温度測定を行い,その都度,通電開始時刻を算出し直し,より適切な通電開始時刻に通電を開始する床暖房システムの蓄熱制御装置
イ 一致点:夜間電力を使用して蓄熱体に埋設された発熱体に通電することで夜間に蓄熱を行い,昼間にその熱を放熱することで暖房を行う蓄熱式床暖房装置及び床下暖房装置において,夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出するとともに,夜間電力開始後所定時間ごとに補正によって算出される通電開始時刻を算出することで,夜間電力開始時刻に,前日若しくは過去の蓄熱体の温度データと演算時の蓄熱体の温度から,蓄熱体が目標時刻に目標設定温度に到達して通電が終了するように発熱体への通電開始時刻を予測し,その後所定時間経過ごとに補正計算を行って通電開始時刻を修正し,その結果に従い発熱体への通電を制御する蓄熱式暖房装置の通電制御システム
ウ 相違点1:夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻の算出について,本件発明では「夜間電力開始時に算出する予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度Tscを,当日の所定時刻から夜間電力開始時刻までの蓄熱体の単位時間当たりの平均下降温度若しくは過去の温度データから算出した蓄熱体の単位時間当たりの平均下降温度をKd,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間をTnとし,夜間電力開始時刻の蓄熱体の温度をT23とした場合に,Tsc=T23-(Tn×Kd)とし,次に,夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間Tn,夜間電力開始時刻から蓄熱体が目標設定温度Tmaxに到達する目標時刻までの時間S,前日の通電時間における蓄熱体の単位時間当たりの平均上昇温度若しくは過去の温度データから算出した蓄熱体の単位時間当たりの平均上昇温度をKpとした場合に,Td(t)=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpとし,Tnに所定の単位時間で数値を代入していき,Td(t)=0又はTd(t)が初めて0以下になった時のTn値から夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出する」ものであるのに対して,引用発明1では「暖房利用時間帯中のFB制御用温度測定時刻T1に蓄熱材の温度を測定し,この測定温度Q1と前日の通電時間補正値Δtfb′を用いて当日の通電時間補正値tfbを算出し,深夜電力開始時刻Tsに蓄熱材の温度を測定し,この測定温度Q2から予測通電時間tffを算出し,予測通電時間tffに通電時間補正値Δtfbを加算して最終的な通電時間tを決定し,深夜電力終了時刻Teからt時間分を逆算することにより通電開始時刻Tonを算出」するものである点
エ 相違点2:補正によって算出される通電開始時刻の算出について,本件発明では「予測通電開始時刻Ts(t)を,夜間電力開始時刻から補正演算時刻までの経過時間をt,演算時の蓄熱体の温度をTcurとした場合,次の式Ts(t)=S-t-(Tmax-Tcur)/Kpにおいて,tに所定の単位時間で数値を代入していき,Ts(t)=0又はTs(t)が初めて0以下になった時のt値から算出する」のに対して,引用発明1では「複数の測定時刻(T2,T3,…)を設定し,これらの測定時刻における蓄熱材温度から求めた通電開始時刻Tonがその測定時刻にほぼ等しくなるまで,時系列に沿って各測定時刻に温度測定を行い,その都度,通電開始時刻を算出」するものである点
4 取消事由
(1) 相違点1についての判断の誤り(取消事由1)
(2) 相違点2についての判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 引用例2記載の方程式について
ア 本件審決について
本件審決は,引用例2記載の以下の方程式の解を算出することは,実質的にTd(t)=0の時のTnを求めていることにほかならず,本件発明の計算式のように計算することは,計算機で計算する際,当業者が行う変形にすぎないとする。
しかしながら,後に公開された計算式からそれより先に公開された計算式を得ることは容易であるから,引用例2記載の方程式y=ax+b(以下「蓄熱曲線計算式」という。)及び方程式y=cx+d(以下「放熱曲線計算式」といい,各式を総称して,「引用例2計算式」という。)から,本件発明の請求項に記載された計算式のうち,夜間電力開始後所定時間経過ごとに補正によって予測通電開始時刻をを算出するための計算式Ts(t)=S-t-(Tmax-Tcur)/Kp(以下「本件計算式」という。なお,本件発明の請求項には,夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出するための計算式Td(t)=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpが記載されているが,Tcurが補正に係る計算時の蓄熱体の温度,Tscが夜間電力開始時刻の蓄熱体の温度を意味する点が異なるのみで,本件計算式と実質的には同一である。)に変形できるかについては,このような観点から検討すべきである。
イ 引用例2計算式の変形について
(ア) 引用例2計算式から本件計算式を得るためには,「両辺をKpで割る」必要があるが,このような変形をすることに,何らかの意義や利便性を見いだすことはできないから,不明確な定義付けを行ったものというほかなく,本件計算式には,引用例2計算式にはない構成における実質的な差異がある。
また,本件計算式と引用例2計算式とにおいて,求める対象(通電開始時刻,x座標)が同じであっても,既存の技術から技術思想を発展させて得られた本件発明においては,数式が拡張されることによって用いる条件が異なっており,このような改良は,当業者が選択可能な設計的事項ということはできないものである。
(イ) 仮に,引用例2計算式の2直線のy値の差をT(t)と想定して本件計算式への変形を試みた場合,Ts(t)=T(t)/Kpという,意図が不明確な定義が必要となる。
(ウ) このように,引用例2計算式を変形し,本件計算式を得ること自体は可能であるものの,そのためには,論理の飛躍,不明確な定義付け及び非論理的な変形が不可欠であって,当業者が引用例2計算式から本件計算式を得ることは容易であるということはできない。
(2) 小括
以上からすると,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 引用例2記載の方程式について
ア 引用例2計算式も,本件計算式も,いずれも計算式である以上,一方から他方へと数学的に正しく変形することが可能であるならば,その逆も可能であるというべきであって,計算式の変形の可否を検討する意味はない。
また,式の構成をどのように称するかは設計的事項にすぎず,式の構成自体が実質的に同一であるならば,一致するものとして扱うことが可能であるから,その呼称を不明確な定義であるということはできない。
各計算式で求める対象(通電開始時刻,x座標)が同一で,そのために用いる条件も同一である引用発明2と本件発明とにおいては,どのような形態の式を用いるかは設計的事項にすぎない。本件計算式と引用例2計算式との相違は形式的なものにすぎず,実質的に異なるものではない。計算式の形式的な相違は,引用例3に示されている「計算上の変形」にすぎない。
本件審決も,引用例2計算式と本件計算式とは,いずれも深夜電力開始時に予測通電開始時刻を算出する点において,技術思想に差異はないとするものであって,技術的意義に実質的な差異がなければ,同一の構成を開示するものというべきである。式の変更の可否及びその難易と進歩性の問題は別であって,式の変更の可否に関する原告主張は失当である。
イ 引用例3には,通電開始時間を求める式の変形について示唆する旨の記載があるから,式の変形について動機付けを有するものということができる。
また,本件発明のx座標を求める式が,発明の作用,効果において,引用発明2よりも優れた効果を発揮しない以上,単なる設計的事項にすぎないものというべきである。
(2) 小括
以上からすると,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1) 本件発明の技術思想について
ア 本件発明では,計算式に目標設定温度(Tmax)を盛り込んでいるため,目標設定温度が変更されても補正計算により通電開始時刻が前後し,変更後の目標設定温度に高い精度で到達することが可能である。
すなわち,本件発明は,使用者が設定温度を変更した場合,蓄熱不足や必要以上の通電が発生するという問題点を,計算式に使用者が任意に変更可能な目標設定温度を盛り込むことによって解決するものであり,引用発明とは異なり,使用者が任意に変更する目標設定温度に対して高い応答性を示す点で,進歩性を有しているものというべきである。
本件審決は,一度の通電により,深夜電力の終了時刻に蓄熱体の温度が設定温度に達するように通電開始時刻を算出することは,引用発明1においても補正計算により行われているとする。
しかしながら,引用発明1の算出思想及び数式は,深夜電力の終了時刻までに機器の設定温度へ到達させることにより一律の暖房環境を達成するという内容にすぎず,過通電も多々生じ得るものであるの対し,本件発明の算出思想は,毎日のように変わる使用者の暖房感を次回の通電開始まで満足させつつ,通電開始時刻を厳密に制御することにより過通電を限りなく減らすことにより,エネルギーを無駄にしないというものである。
引用発明1において,設定される温度FB,基準温度Qfb及びFF基準温度Qffは,使用者が任意に設定する温度ではなく,むしろ納入時点で固定される温度にすぎないが,本件発明は,使用者が任意に変更する目標設定温度に連動して通電開始時刻を算出するための数式という技術手法を蓄熱暖房に盛り込んで制御し,その作用として,深夜電力の終了時刻の温度Tcurが任意に設定された目標温度Tmaxとほぼ等しくなるものである。
さらに,引用例2計算式には,目標設定温度が盛り込まれていないため,目標設定温度変更後,補正計算を行っても,通電開始時刻の変更という反映を得ることができないから,蓄熱温度不足や必要以上の電力消費が発生するおそれがある。
エネルギーの効率的な使用により,一度の通電により深夜電力の終了時刻に蓄熱体の温度が設定温度に達し,かつ使用者が求める暖房感に近い暖房環境を達成するという本件発明の効果は,引用発明によっては得ることができないものである。
イ 被告は,本件発明において,Tmax(目標設定温度)は,使用者が任意に設定し得るものではないなどと主張するが,本件明細書【0022】には,「使用者が設定した蓄熱体の目標温度をTmax」とする旨の記載があり,「任意に」との記載はないものの,「使用者が設定する」以上,温度設定用のコントローラによって蓄熱体の温度を使用者が任意に設定できると解するのが自然である。
また,被告が例示するエアコン等の暖房器具は,使用時における最大出力に対する出力割合を調節することにより暖房を行う技術分野であるところ,本件発明における蓄熱暖房の技術分野においては,ヒータ出力が変更されず,限られた深夜電力だけを利用して蓄熱するなどという制約があり,技術思想が明らかに異なるものである。
さらに,被告が指摘する電気蓄熱床/床下暖房システム技術資料(乙16)における温度コントローラのつまみの表示は,蓄熱体の目標温度を意味するものではない。
(2) 補正計算について
本件審決は,引用発明2では,深夜電力時間帯において熱負荷がかかった際,熱負荷がなくなった時点で行う蓄熱開始時刻を決定するための算出は,夜間電力開始後の算出であるから,本件発明の補正計算に相当するとし,さらに,引用発明2における計算は,本件発明の夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻の算出と異ならないとする。
しかしながら,引用発明2における計算では,夜間電力の終了時刻に,蓄熱体の温度が目標設定温度に到達しない場合や,必要以上に通電を行っている場合が生じ得るが,本件計算式には,目標設定温度が盛り込まれているため,そのような問題は生じない。
すなわち,本件計算式のTs(t)=(S-t)+(Tmax-Tcur)/Kpにおいて,夜間電力開始後に初めてTs(t)≦0となった時刻に通電を開始すると,通電中はTs(t)≒0を維持しながら蓄熱体の温度が上昇していくから,経過時間tが夜間電力終了時刻である時間Sまで経過しても,limt→sTs(t)≒0の状態を維持するため,S-S-(Tmax-Tcur)/Kp≒0となり,夜間電力終了時刻の温度Tcur≒Tmaxが得られるものである。
したがって,本件発明の補正計算では,1度の通電により夜間電力開始時刻から時間Sが経過した夜間電力の終了時刻に蓄熱体の温度Tcurが設定温度Tmaxに到達することが可能となるのみならず,当日の夜間電力時間中に蓄熱体の目標設定温度Tmaxを任意に変更しても,当該温度を目標に通電を制御することが可能となる。
(3) 引用例3について
引用例3に記載された計算式tΔ(t)=510-td(t)-(Tmax-Tcur)/Kp(以下「引用例3計算式」という。)におけるTmaxは,前日に電気ヒータへの電力供給が初めて遮断された瞬間の蓄熱体の温度(前日に保存された蓄熱体の最高温度)を意味するところ,本件発明におけるTmaxは,使用者が任意に設定した目標設定温度である。
したがって,本件計算式と引用例3計算式とは,形こそ似通っているものの,本件発明が所定時刻までに使用者が設定した蓄熱体の目標温度に到達するように通電開始時刻を算出して制御するのに対し,引用発明3では,前日の蓄熱体の最高温度を目標温度としている点で相違するものである。
しかも,引用例3には,使用者において,蓄熱体の目標温度を設定することに関する示唆や記載はないのみならず,かえって,消費者の任意操作等,現場の様々な条件を満足させる制御装置の開発が実際の商品化を目的とする場合に考慮されなければならない旨が明記されているのである。
また,本件発明は,深夜電力開始時刻に,通電開始時刻における蓄熱体の予測温度に基づいて予測通電開始時刻を算出するのに対し,引用発明3では,予測通電開始時刻を求めることなく,深夜電力開始時刻からその都度(1分ごとに)式td(t)の計算を行い,td(t)=0となる時に深夜電力供給を開始する構成を有する点において,本件発明とは相違するものである。
(4) 小括
以上からすると,相違点2に係る本件発明2の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
(1) 本件発明の技術思想について
ア 本件発明の請求項において,「Tmax(目標設定温度)」について,「使用者が任意に変更する」ことを定めているものではないから,「目標設定温度」とは,通電終了時の蓄熱体の「目標として設定された温度」であることは当業者にとって明白である。原告は,夜間電力時間帯の途中で「目標温度設定」を変更することを前提とするかのような主張をするが,本件明細書には,そのような記載はない。
イ 仮に,本件発明において,「目標設定温度」を「使用者が任意に変更する目標設定温度」と解するとしても,コントローラを利用して,使用者が暖房の目標温度を任意に設定,変更することは,暖房技術分野における慣用技術にすぎない(乙1,3~5,16~18)。
また,設定温度の変更が通電前に行われたのであれば,本件発明と引用発明3のいずれも,深夜電力通電終了時に蓄熱体は設定温度まで到達するものの,蓄熱体への通電時の外部環境の急激な変化(放熱状況の変化)が生じると,過通電,蓄熱不足は生じ得るし,通電中に目標設定温度が変更された場合,深夜電力通電終了時において,目標設定温度に蓄熱体温度を到達できないことも生じ得る。
したがって,本件発明の効果は,引用例3の効果と同等のものにすぎず,それ以上の新たな効果を奏するものではないし,通電中に目標設定温度を任意に変更することが可能であるとする原告主張は明らかに誤りである。
以上からすると,通電終了時の蓄熱体の温度を任意に設定することは慣用技術にすぎず,仮に,「目標設定温度」が「使用者が任意に変更する目標設定温度」であるとしても,通電中に目標設定温度を任意に変更し得るという意味でない以上,引用発明や周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得るものである。
(2) 補正計算について
本件発明における通電開始時刻は,「当日の平均下降温度若しくは過去の温度データ」「前日の平均上昇温度若しくは過去の温度データ」を用いて算出される以上,それらと当日の蓄熱体の放熱・蓄熱条件が一致した場合に,「通電中はTs(t)≒0を維持して蓄熱する」ことになる。
しかしながら,蓄熱体の放熱・蓄熱条件が完全に一致することは困難であるから,各条件が一致しない場合,「通電中はTs(t)≒0を維持して蓄熱」することはない。
しかも,通電中に外気温が急激に低下した場合(放熱の傾き(Kd)と一致しない場合)には,深夜電力終了時には蓄熱体は目標設定温度より低くなって蓄熱不足が発生し,通電中に外気温が急激に上昇した場合(蓄熱の傾き(Kp)と一致しない場合)には,深夜電力終了時には,蓄熱体は目標設定温度より高くなって過加熱が発生するから,「使用者が任意に変更する目標設定温度に対して高い応答性を示す」効果を発揮することも実現困難であって,本件発明がこのような効果を有するものということはできない。
(3) 引用例3について
ア 引用例3計算式〔tΔ(t)=510-td(t)-(Tmax-Tcur)/Kp〕を変形すると,td(t)=510-tΔ(t)-(Tmax-Tcur)/Kpとなる。
そして,本件計算式における「S」は,「夜間電力開始時刻から蓄熱体が目標設定温度Tmaxに達する目標時刻までの時間」であるところ,引用例3の「510」は,深夜電力開始時刻から翌日の蓄熱終了時刻までの経過時間である510分を意味するから,本件発明のS=510となり得るので,両者は一致する。
また,本件計算式の「t」「Tmax」「Tcur」「Kp」と引用例3計算式の「tΔ(t)」「Tmax」「Tcur」「Kp」とは,いずれも一致するものである。
さらに,本件発明は,「Ts(t)」が0又は0以下の数値の時,通電開始時刻を算出するが,引用例3のtd(t)が0の時,深夜電力供給の開始時間(蓄熱の開始時間)となるものである。
したがって,本件計算式と引用例3計算式とは,「S」が「510」の上位概念である以上,実質的に同一であるということができる。
イ 引用例3計算式と本件計算式とは,①夜間電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出するか否か,②Tmaxが「前日の最高温度」か「目標設定温度」かにおいて異なるのみであるから,引用発明3において,「蓄熱層の目標温度を使用者が設定する」構成を採用すれば,同一の構成,作用,効果を得ることができるものである。
(4) 小括
以上からすると,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1) 本件発明1について
ア 本件明細書の記載
本件明細書(甲13,17)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア) 本件発明は,電気料金が安価である夜間電力の時間帯に蓄熱体に埋設した発熱体に通電することで発生する熱を蓄熱し,昼間に放熱させて暖房を行う蓄熱式暖房装置の通電制御システムに関するものであり,このような暖房システムは,ランニングコストが非常に安価で,快適な暖房が得られるものである。
しかしながら,夜間電力時間帯に常に通電したままだと,必要以上の電力を消費してしまい,不経済であることから,夜間電力開始後に通電を開始し,蓄熱体や床面が目標設定温度に到達したら通電を終了するように通電を制御するのが一般的であるが,このような従来方法では,夜間電力開始後に電力消費が同時に行われるというピーク現象を生じる問題があった。
また,最近,外気温,蓄熱体の温度,前日の通電時間等のデータから通電開始時間を予測し,通電を制御するシステムがいくつか提案されているが,正確に予測して通電制御するのは非常に困難であった。
本件発明は,夜間電力時間帯において,蓄熱体が所定時刻に目標設定温度に到達するように通電開始時刻をより正確に予測設定して通電を制御しようとするものである(以上,【0001】~【0007】)。
(イ) 本件発明は,まず,夜間電力開始時刻に前日若しくは過去の蓄熱体の温度データから予測通電開始時刻を算出し,その結果に従って発熱体への通電を制御することによって,目標時刻に蓄熱体の温度が目標設定温度に到達して通電が終了するようにしようとするものである。
しかしながら,夜間電力開始時刻に予測通電開始時刻を算出し,その結果に従って通電を制御するだけでは,外気温の影響などで通電開始時刻と蓄熱体の温度との関係に多少の誤差が生じてしまうことがある。そこで,夜間電力開始時刻に予測通電開始時刻を算出後,所定時間経過ごとに補正計算をして予測通電開始時刻を修正する。これらの計算には前日若しくは過去の蓄熱体の温度データを利用する(以上,【0008】~【0010】)。
(ウ) 夜間電力開始時に求める予測通電開始時刻は,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間をTn(分),夜間電力開始時刻から蓄熱体が目標設定温度Tmaxに到達する目標時刻までの時間をS(分),予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度Tsc,前日若しくは過去の通電時間における蓄熱体の平均上昇温度をKpとした場合,計算式Td(t)=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpにおいて,Tnに所定時間の単位で数値を代入し,Td(t)=0,又はTd(t)が初めて0以下になった時のTn値を算出することで求める。
夜間電力開始後所定時間経過ごとに補正によって算出される予測通電開始時刻は,夜間電力開始時刻から補正計算時刻までの経過時間をt(分),計算時の蓄熱体の温度をTcurとした場合,計算式Ts(t)=S-t-(Tmax-Tcur)/Kpにおいて,tに所定時間の単位で数値を代入していき,Ts(t)=0又はTd(t)が初めて0以下になった時のt値を算出することで求める。
なお,夜間電力開始時に算出する予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度Tscは,当日若しくは過去における所定時刻から夜間電力開始時刻までの蓄熱体の平均下降温度をKdとし,夜間電力開始時刻の蓄熱体の温度をT23とした場合,計算式Tsc=T23-(Tn×Kd)から算出する(以上,【0011】~【0013】)。
(エ) 本件発明によると,前日の通電時における蓄熱体の上昇温度データや計算時の蓄熱体の温度データ等から蓄熱体の目標設定温度に必要な電気量の通電時間を制御することにより,蓄熱体に必要な熱量だけを蓄熱することができるので,消費電力及び電気料金を著しく低減することができる。
また,通電開始時刻をなるべく電力消費の少ない早朝とし,夜間電力終了時刻の一定時間前には蓄熱体が目標設定温度に到達して通電が終了するので,電力消費を平均化することができる。
さらに,各種データに基づいて,まず,夜間電力開始時刻に予測通電時刻を算出し,その後所定時間経過ごとに予測通電時刻を修正し,その結果に従って通電を制御するので,より精度の高い通電制御が可能となる(以上,【0014】~【0017】)。
(オ) 本件発明の実施例の説明においては,夜間電力時間帯は一般的な午後11時から午前7時まで,通電終了の目標時刻を午前6時30分として,夜間電力時間を午後11時から午前6時30分までの450分間として説明する。
まず,夜間電力開始時刻である午後11時に第1の予測通電開始時刻を算出する。夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間をTn(分),使用者が設定した蓄熱体の目標設定温度をTmax,予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度をTsc,前日若しくは過去の通電時間における蓄熱体の1分当たりの平均上昇温度をKpとして,午後11時から蓄熱体が目標設定温度Tmaxに到達する午前6時30分までの時間は450(分)であるから,計算式Td(t)=450-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpにより,Tnに1分単位で代入していき,Td=0又はTd(t)が初めて0以下になった時のTn値を求めることにより予測通電開始時刻を算出する。
なお,予測通電開始時刻における蓄熱体の予測温度Tsc値は,計算式Tsc=T23-(Tn×Kd)により算出される。T23は午後11時における蓄熱体の温度,Kdは午後8時から午後11時までの蓄熱体の1分当たりの平均下降温度であり,午後8時の蓄熱体の温度をT20とすると,計算式Kd=(T20-T23)/180から算出される。
例えば,午後8時の蓄熱体の温度28℃,午後11時の蓄熱体の温度27℃,蓄熱体の目標設定温度35℃,前日の通電開始時の蓄熱体温度22℃,前日の通電時間午後11時から午前4時33分までの333分とした場合,前日における蓄熱体の1分当たりの平均上昇温度Kp=0.039,当日の午後8時から午後11時までの蓄熱体の1分当たりの平均下降温度Kd=0.005であり,Tnに1分単位で代入していくと,Td(t)が最初に0以下になった時のTn値が218であるから,午後11時から218分後,すなわち午前2時38分が予測通電開始時刻となる(以上,【0021】~【0024】)。
(カ) 午後11時以降は1分ごとに計算式Ts(t)=450-t-(Tmax-Tcur)/Kpにより予測通電開始時刻を補正する。tは午後11時から補正計算時刻までの経過時間,Tmaxは使用者が設定した蓄熱体の目標設定温度,Tcurは補正計算時刻における蓄熱体の温度,Kpは前日若しくは過去の通電時間における蓄熱体の1分当たりの平均上昇温度であり,tに1分単位で代入していき,Ts(t)=0又はTs(t)が最初に0以下になった時のt値を求めることにより予測通電開始時刻を補正する。つまり,午後11時からt分後の時刻が補正された通電開始時刻である。
補正された通電開始時刻と実際の時刻が一致した場合,発熱体への通電が開始され,蓄熱体は午前6時30分前後に目標設定温度に到達して通電が終了し,その約30分後の午前7時には夜間電力が終了する。通電中は蓄熱体の温度はマイクロコンピュータに記憶され,この日の通電時間における蓄熱体の温度データが翌日の通電開始時間の予測に用いられる。
通電終了後,蓄熱体による放熱によって暖房が行われる。放熱中も蓄熱体の温度はマイクロコンピュータに記憶され,所定時間から夜間電力開始時刻までの蓄熱体の1分当たりの平均下降温度データ,一定時刻における蓄熱体の1分当たりの平均上昇温度データが翌日以降の通電開始時刻の予測に利用される(以上,【0026】~【0029】)。
イ 本件発明の技術内容
(ア) 前記1(1)ア(ア)及び(イ)によると,本件発明は,蓄熱式暖房装置において,夜間電力開始時刻に前日若しくは過去の蓄熱体の温度データから予測通電開始時刻を算出するのみならず,同様の温度データを利用して所定時間経過ごとに補正計算をして予測通電開始時刻を修正した結果に基づいて発熱体への通電を制御することによって,目標時刻に蓄熱体の温度が目標設定温度に到達して通電が終了するようにしようとするものである。
(イ) 前記1(1)ア(オ)及び(カ)によると,本件発明は,具体的には,夜間電力開始時(午後11時)の蓄熱体の温度はT23であって,その後Kdの傾きで下降を始めることが前提となる。
また,夜間電力終了時刻(午前7時)の30分前とした通電終了時刻(午前6時30分)に目標設定温度Tmaxにまで蓄熱体の温度がKpの傾きで上昇するように,予測通電開始時刻を算出するものである。
そして,本件発明の予測通電開始時刻は,Td(t)=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpの式において,Td(t)=0の時のTnを求めるものであるから,0=S-Tn-(Tmax-Tsc)/Kpとなる。
ここで,Td(t)=0の時のTnに通電を開始するものあるから,S-Tnは蓄熱体への通電時間となり,その間にTscまで温度が下降した蓄熱体をTmaxまで,温度上昇(Tmax-Tsc)させるものである。
通電が開始されると,Kpの傾きで蓄熱体の温度が上昇するから,Tmax-Tscの温度上昇には,(Tmax-Tsc)/Kpの時間が必要となり,蓄熱体が目標設定温度まで上昇するのに要する時間((Tmax-Tsc)/Kp)と,蓄熱体への通電時間であるS-Tnが一致する時のTnが通電開始時間,すなわち,夜間電力開始時刻から予測通電開始時刻までの時間を意味するものである。
したがって,本件発明においても,夜間電力開始時(午後11時)の蓄熱体の温度(T23)から,Kdの傾きで下降する蓄熱体の温度下降をグラフに表示した直線と,予測通電時刻における蓄熱体の温度(Tsc)から,Kpの傾きで上昇する蓄熱体の温度上昇をグラフに表示した直線との交点が,予測通電開始時刻を意味するものということができる。
(2) 引用発明2について
ア 引用例2の記載
引用例2(甲2)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア) 引用発明2の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
【請求項1】 蓄熱材を加熱する加熱手段と,蓄熱材の温度を検出する温度検出手段と,前記温度検出手段が検出した温度に基づいて前記加熱手段への通電を制御する制御手段とを備えた蓄熱制御装置において,前記制御手段は,あらかじめ設定された蓄熱時間帯の開始時刻になったとき,前記温度検出手段にて検出されたその時の蓄熱材の温度と,目標蓄熱温度と,目標蓄熱完了時刻とから蓄熱開始時刻を計算決定し,この蓄熱開始時刻から前記加熱手段を通電発熱させるようにした蓄熱制御装置
【請求項2】 前記制御手段の記憶部には,所定の周囲温度下にて蓄熱時間と蓄熱温度との関係を示す蓄熱特性データと,同じく所定の周囲温度下にて放熱時間と蓄熱温度との関係を示す放熱特性データがあらかじめ格納されており,前記制御手段は,あらかじめ設定された蓄熱時間帯の開始時刻になったとき,前記温度検出手段にて検出されたその時の蓄熱材の温度と前記両特性データとから,蓄熱特性曲線及び放熱特性曲線の方程式をそれぞれ求めるとともに,両方程式の解を算出し,この算出された時間後を蓄熱開始時刻とするようにした請求項1に記載の蓄熱制御装置
(イ) 引用発明2は,比熱の大きな物質に熱を蓄えた後,顕熱を利用する蓄熱制御装置に関する発明である。
従来,深夜電力を利用した蓄熱制御装置においては,通常,深夜電力時間帯の開始時刻に蓄熱を開始し,蓄熱温度が目標蓄熱温度(蓄熱上限温度500℃)に達すると,深夜電力時間帯の終了時刻までの間,ヒータをON/OFF制御することにより,蓄熱温度500℃を保持していた。
もっとも,このような蓄熱制御装置では,昼間の運転時間が短く,深夜電力時間帯の開始時刻において蓄熱槽の蓄熱残留温度が例えば400℃程度の場合,深夜電力で蓄熱を開始しても,僅かな時間で蓄熱上限温度500℃に達するため,保温によって電気エネルギーが無駄になるという問題があった。
引用発明2は,蓄熱材の温度が目標蓄熱温度に達した後の保温時間を短縮することを目的とするものである(以上,【0001】~【0004】)。
(ウ) 請求項1の発明は,あらかじめ設定された蓄熱時間帯の開始時刻になると,温度検出手段により検出された蓄熱材の温度と,目標蓄熱温度と,目標蓄熱完了時刻とから蓄熱開始時刻が計算決定され,この蓄熱開始時刻から加熱手段が通電発熱される。そして,蓄熱材の温度は目標蓄熱完了時刻近傍に目標蓄熱温度に到達するため,蓄熱材の温度が目標蓄熱温度に到達した後から目標蓄熱完了時刻までの保温時間が短縮される。
請求項2の発明は,請求項1の発明の作用に加えて,あらかじめ設定された蓄熱可能時刻になると,温度検出手段により検出された蓄熱材の温度と蓄熱及び放熱特性データから,蓄熱特性曲線及び放熱特性曲線がそれぞれ求められる。そして,引用例2計算式の解が算出され,この算出された時間後が蓄熱開始時刻とされるため,蓄熱温度を常時監視する必要がない(以上,【0007】【0008】)。
(エ) 蓄熱特性データは,ヒータを通電発熱させてからの時間経過と蓄熱温度上昇との関係を示した昇温パターンであり,周囲温度(外気温)ごとに複数の昇温パターンがROMに格納されている。いずれの昇温パターンにおいても,蓄熱温度はほぼ直線状に上昇するという特性を有するから、蓄熱温度を所定温度だけ上昇させるにはどの程度の時間がかかるのかについては,この蓄熱特性データから割り出し可能である。
放熱特性データは,ヒータへの通電を停止させてからの時間経過と蓄熱温度下降との関係を示した放熱パターンであり,周囲温度(外気温)ごとに複数の放熱パターンがROMに格納されている。いずれの放熱パターンにおいても,蓄熱温度はほぼ直線状に下降するという特性を有するから,蓄熱温度が所定時間後には何度になっているのかを,この放熱特性データから割り出し可能である(以上,【0017】【0018】)。
(オ) 深夜電力時間帯に放熱運転されない通常の蓄熱時の作用について,目標蓄熱温度としての蓄熱上限温度500℃,蓄熱制御装置の周囲温度は20℃,深夜電力時間帯は午後10時から午前8時までの10時間として説明する。
深夜電力時間帯の開始時刻になると,制御部は蓄熱温度T1を温度検出センサにより検出する(以下,T1=400℃として説明する。)。
次に,制御部はROMに記憶された蓄熱及び放熱特性データから周囲温度20℃における蓄熱特性曲線及び放熱特性曲線を求める。すなわち,制御部は引用例2計算式(蓄熱曲線計算式 y=ax+b,放熱曲線計算式 y=cx+d)により表される蓄熱曲線計算式及び放熱曲線計算式におけるa,b,c,dの値を算出する。ただし,蓄熱及び放熱特性曲線の傾きであるa,cは一定であり,b,dは深夜電力時間帯開始時の蓄熱温度(℃),xは時間(h),yは蓄熱温度(℃)である。
まず,周囲温度20℃,蓄熱開始時の温度が100℃であれば,10時間後に蓄熱温度500℃となることから,蓄熱曲線計算式に,b=100,x=10,y=500を代入することにより,a=40が算出される。したがって,蓄熱曲線計算式は,y=40x+100となる。
放熱特性データから,蓄熱温度は10時間で300℃下降することから,深夜電力時間帯の開始時に蓄熱温度400℃であったとしても,10時間後の深夜電力時間帯終了時まで放置しておけば,蓄熱温度は100℃まで下降する。放熱曲線計算式に,d=400,x=10,y=100を代入すると,c=-30が算出される。したがって,放熱曲線計算式は,y=-30x+400となる。
制御部は,蓄熱曲線計算式y=40x+100と放熱曲線計算式y=-30x+400との交点を算出(x=約4.3(h),y=約272(℃))し,蓄熱開始時刻tsを確定する。この算出結果によると,深夜電力時間帯の開始時刻(午後10時)から約4.3時間後(午前2時18分ころ)に蓄熱を開始すれば,目標蓄熱完了時刻としての翌日の深夜電力時間帯終了時刻(午前8時)又はその直前に蓄熱温度は500℃に達することになる。蓄熱開始時刻ts(午前2時18分ころ)になると,制御部はヒータを通電発熱させ,深夜電力時間帯の終了時刻又はその直前ころ,温度検出センサによって検出された蓄熱温度があらかじめ設定された蓄熱上限温度500℃に達すると,制御部はヒータへの電力供給を遮断する(以上,【0023】~【0031】)。
(カ) 引用発明2によると,深夜電力時間帯には装置の運転がされないことを前提として,深夜電力時間帯の開始時に,ヒータのON時刻を算出することができ,蓄熱材の温度は,深夜電力時間帯の終了時刻ころに蓄熱上限温度に達するから,蓄熱材の温度が蓄熱上限温度に達した後から深夜電力時間帯の終了時刻までの保温時間を短縮することができ,蓄熱温度を常時監視する必要がない。
深夜電力時間帯において放熱運転されたときは,運転停止された時点での深夜電力時間帯の開始時刻からの経過時間と,現在の蓄熱材の温度とから,その時点以降の蓄熱特性曲線と放熱特性曲線との方程式(引用例2計算式)をそれぞれ求め,その交点を計算することにより,蓄熱開始時刻を決定するため,最適なヒータON時刻を求めることができる(以上,【0038】~【0040】)。
イ 引用発明2の技術内容
(ア) 前記1(2)ア(ウ)及び(エ)によると,引用発明2は,蓄熱制御装置において,蓄熱材の温度が目標蓄熱温度に到達後の保温時間を短縮するため,深夜電力時間帯の開始時刻に温度検出センサで検出された蓄熱材の温度,蓄熱上限温度,深夜電力時間帯の終了時刻から,あらかじめ記憶された蓄熱及び放熱特性データを用いて蓄熱特性曲線及び放熱特性曲線の方程式をそれぞれ求めるとともに,両方程式の解を算出し,この算出された時間後を蓄熱開始時刻として蓄熱を開始し,深夜電力時間帯の終了時刻ころに蓄熱上限温度に到達するものである。
(イ) また,前記1(2)ア(オ)によると,具体的には,深夜電力開始(実施例においては午後10時)から蓄熱槽の温度(実施例においては400℃)から直線的に下降を始めることを前提に,深夜電力終了時(実施例では午前8時)に蓄熱槽が所定の温度(実施例では500℃)になる時刻を,蓄熱特性曲線と放熱特性曲線との交点として算出し,蓄熱開始時刻を深夜電力開始から約4.3時間後の午前2時18分として算出するものである。
すなわち,引用発明2は,深夜電力開始後,蓄熱槽の温度は放熱曲線計算式のとおり下降するが,蓄熱曲線計算式との交点である午前2時18分に蓄熱を開始すれば,蓄熱槽は蓄熱曲線計算式のとおり上昇し,午前8時には蓄熱槽が所定の温度になるものである。
(3) 相違点1の容易想到性について
ア 前記1(1)及び(2)の本件発明及び引用発明2の技術内容によると,各発明は,いずれも,夜間電力(深夜電力)開始後(本件発明は午後11時,引用発明2は午後10時),蓄熱体(蓄熱槽)の温度が一定の割合で下降を始め,その後,発熱体(ヒータ)への通電を開始することになるが,通電開始時刻は,通電すると蓄熱体(蓄熱槽)の温度が一定の割合で上昇し,通電終了時(本件発明は午前6時30分,引用発明2は午前8時)に蓄熱体(蓄熱槽)が所定の温度になるように,発熱体(ヒータ)への通電時刻を定めるものである(本件発明は午後11時からTn時間後,引用発明2は午後10時からx時間後)。
また,本件発明及び引用発明2は,いずれも,夜間電力(深夜電力)開始後に蓄熱体(蓄熱槽)の温度が下降する直線と,通電後に蓄熱体(蓄熱槽)の温度が上昇して通電終了時に所定の温度になる直線とが交わる点の座標が,夜間電力(深夜電力)開始後から通電開始までの時間を意味するものである。
イ 本件発明と引用発明2においては,蓄熱体の温度が下降する直線と,通電後に蓄熱体の温度が上昇する直線の傾きについて,本件発明が前日(当日)若しくは過去における平均値から算出するのに対し,引用発明2においては,あらかじめ記憶された過去のデータに基づいて定めるという点が異なるものにすぎず,いずれも実際のデータに基づいて平均を算出する点については,異なるものではない。
したがって,本件発明が,前日若しくは過去の通電時間における蓄熱体の平均上昇温度及び当日若しくは過去における所定時刻から夜間電力開始時刻までの蓄熱体の平均下降温度に基づいて,電力開始時刻における予測通電開始時刻を算出する構成は,引用発明2におけるあらかじめ記憶された蓄熱及び放熱特性データを用いて蓄熱特性曲線及び放熱特性曲線をそれぞれ求めるとともに,引用例2計算式の解を算出し,この算出された時間後を蓄熱開始時刻として蓄熱を開始する構成に基づいて,当事者が容易に想到し得るものということができる。
ウ この点について,原告は,引用例2計算式から本件計算式を得ること自体は可能であるものの,論理の飛躍,不明確な定義付け及び非論理的な変形が不可欠であって,当業者が引用例2計算式から本件計算式を得ることは容易であるということはできない,本件計算式には,引用例2計算式にはない構成の実質的な差異があるなどと主張する。
しかしながら,先に述べたとおり,本件発明と引用発明2においては,いずれも過去のデータに基づいて,夜間電力開始後に蓄熱体の温度が下降する直線と,通電後に蓄熱体の温度が上昇して通電終了時に所定の温度になる直線との交点の座標が,夜間電力開始後から通電開始までの時間を意味するという同一の技術思想を有するものである。本件計算式と引用例2計算式とは,表現は異なるものの,いずれもこのような技術思想を前提とするものである。本件審決も,引用例2計算式と本件計算式とを対比し,引用例2計算式の構成を本件計算式に対応する構成(用語)に置き換えた上で,各計算式の技術的意義を比較して,両式の表現は異なるものの,いずれも同一の解を算出するものであるとするものであって,式の変形が容易であることそれ自体をその根拠とするものではない。
また,本件発明と引用発明2とは,いずれも同一の技術思想を有するものであり,このような技術思想を前提として,夜間電力開始後から通電開始までの時間という同一の解を算出する本件計算式と引用例2計算式を開示するものであるから,本件計算式と引用例2計算式との間に実質的な差異があるということはできない。原告の主張は採用できない。
エ 以上からすると,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) 小括
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1) 本件発明における補正計算について
ア 前記1(1)ア(ア)及び(イ)によると,本件発明は,夜間電力開始時刻において,予測通電開始時刻を算出するのみならず,同様の温度データを利用して所定時間経過ごとに補正計算をして,予測通電開始時刻を修正した結果に基づいて発熱体への通電を制御することによって,目標時刻に蓄熱体の温度が目標設定温度に到達して通電が終了するものである。
そして,蓄熱体の目標設定温度(Tmax)は,本件明細書【0022】によると,「使用者が設定した」ものであり,夜間電力が終了する直前に蓄熱体の温度が到達することを目標とする温度であるが,本件発明の特許請求の範囲にも,本件明細書にも,いずれも夜間電力開始時刻後から夜間電力が終了するまでの間に,目標設定温度が変更される旨の記載はない。
また,本件発明において,通電開始後,蓄熱体の温度上昇の傾き(温度上昇の速度)Kpは一定であり,通電中に変更されるものではないから,仮に,通電中に目標設定温度を変更したとしても,温度上昇の速度は変更前の目標設定温度を前提として設定されたKpを前提とせざるを得ないものである。
したがって,そのようなKpの変更が予定されていない本件発明において,夜間電力開始時刻後から夜間電力が終了するまでの間に目標設定温度を変更したとすれば,蓄熱不足や必要以上の通電が生じ得ることが避けられないのであって,そのような事態は本件発明が予定したものではないことは明らかである。
イ 以上からすると,本件発明における目標設定温度(Tmax)というのは,そもそも夜間電力開始時刻前にあらかじめ設定されることを前提としているものというべきである。
また,夜間電力開始時刻後における補正計算というのも,本件明細書によっても明らかなとおり,外気温の影響などで通電開始時刻と蓄熱体の温度の関係に多少の誤差が生じてしまうことを防止するために行われるにすぎないものであるから,原告の主張するように夜間電力開始時刻後における目標設定温度の変更を前提としているものではなく,かえって,夜間電力通電開始後にその開始前にあらかじめ設定した目標設定温度を変更することは,通電終了時刻を変更する結果を生じ得るものであるから,そのような変更は本件発明では予定されていないものといわざるを得ない。
(2) 引用発明1における補正計算について
ア 引用例1の記載
引用例1(甲5)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア) 引用発明1の特許請求の範囲は,以下のとおりである。
【請求項1】 所定の時間帯中に蓄熱材に蓄熱された温熱又は冷熱が前記時間帯の経過後に放熱されることによって室内の温度調節を行う温度調節システム用の蓄熱制御装置であって,前記蓄熱材の温度又は前記蓄熱材の温度に依存して温度が変化する熱媒体の当該温度を所定の時刻に測定し,この測定温度に基づいて求めた時刻に前記蓄熱材への蓄熱を開始させることを特徴とする蓄熱制御装置
【請求項2】 前記測定温度に基づいて前回の蓄熱時の蓄熱開始時刻を補正し,この補正後の時刻に次回の蓄熱を開始させることを特徴とする請求項1記載の蓄熱制御装置
【請求項3】 前記測定温度に基づいて前記蓄熱材への蓄熱に必要な蓄熱時間を予測し,この予測蓄熱時間分を前記時間帯の終了時刻から逆算した時刻に蓄熱を開始させることを特徴とする請求項1記載の蓄熱制御装置
(イ) 引用発明1は,蓄熱材を用いて室内の暖房や冷房を行う技術に関するものであり,特に,蓄熱材への蓄熱課程を制御する技術に関する発明であって,蓄熱材への蓄熱時間を制御して不要なエネルギー消費を削減することを可能とする蓄熱制御装置を提供するものである。
引用発明1によると,蓄熱材又は蓄熱材の温度に依存して温度が変化する熱媒体の温度を測定することで,所望の暖房を行うために適切な蓄熱開始時刻を判断することができるので,最低限必要な時間だけ蓄熱材への蓄熱が可能となり,蓄熱に要するエネルギーを従来よりも削減することができる(以上,【0001】【0005】【0080】)。
(ウ) 引用発明1は,所定の時間帯中に蓄熱材に蓄熱された温熱が時間帯の経過後に放熱されることによって室内の温度調節を行う温度調節システム用の蓄熱制御装置であり,蓄熱材の温度又は蓄熱材の温度に依存して温度が変化する熱媒体の当該温度を所定の時刻に測定し,この測定温度に基づいて求めた時刻に蓄熱材への蓄熱を開始させるようになっていることを特徴とする。
また,引用発明1は,時間帯中の複数の時刻が蓄熱材又は熱媒体の温度測定時刻としてあらかじめ設定されており,1つの温度測定時刻に蓄熱材又は熱媒体の温度を測定するステップと,この測定温度に基づいて蓄熱材の蓄熱に必要な蓄熱時間を予測するステップと,この予測蓄熱時間分を時間帯の終了時刻から逆算して蓄熱開始候補時刻を求めるステップと,この蓄熱開始候補時刻と温度測定時刻とを比較し,両時刻の差が所定の許容値以内の場合,又は蓄熱開始候補時刻が温度測定時刻よりも前の時刻である場合に蓄熱材の蓄熱を開始させるステップとを含む処理を行うとともに,両時刻の差が所定の許容値を上回る場合であって蓄熱開始候補時刻が温度測定時刻よりも後の時刻である場合には次の温度測定時刻に処理を行うようになっていてもよい。単一の測定時刻にしか温度を測定しない場合,通常と異なった天候,外気温,風速の変化などによる蓄熱時間の予測誤差が大きくなり得るが,このような構成を採用すれば,複数の温度測定時刻が設定されており,温度測定時刻と蓄熱開始候補時刻との差が大きい場合,次の温度測定時刻における蓄熱材又は熱媒体の温度に基づいて蓄熱開始候補時刻を求め直すことを繰り返すことで予測誤差が小さくなる。
例えば,測定開始時刻Tonが測定時刻よりも非常に遅い時刻である場合,通電開始時刻Tonまでに生じる通常と異なる天候,外気温,風速などにより通電開始時刻Tonという予測が精度の悪いものとなる可能性があるが,上記構成によると,複数の測定時刻(T2,T3,…)を設定し,これらの測定時刻における蓄熱材温度から,その都度,通電開始時刻を算出し直すので,より適切な通電開始時刻に通電を開始して好適な蓄熱を行うことができる(以上,【0006】【0017】【0018】【0068】)。
イ 引用発明1における補正計算に関する技術内容
前記2(2)ア(ウ)によると,引用発明1は,蓄熱制御装置において,温度測定時刻における蓄熱体の温度を前提に,通電開始時刻を設定後,複数の測定時刻において蓄熱材の温度を測定し,算出し直すことによって,より適切な通電開始時刻を設定するというものである。
(3) 引用発明2における補正計算について
前記1(2)ア(カ)によると,引用発明2において,深夜電力時間帯に放熱運転されたときは,運転停止された時点での深夜電力時間帯の開始時刻からの経過時間と現在の蓄熱材の温度とから,その時点以降の蓄熱特性曲線と放熱特性曲線との方程式をそれぞれ求め,両方程式の交点を計算することにより,蓄熱開始時刻を決定するため,最適なヒータON時刻を求めることができるとされているのであるから,深夜電力時間帯の開始時刻以降,補正計算が必要となった場合には,再度蓄熱開始時刻を決定するという技術思想を有するものということができる。
(4) 引用発明3における補正計算について
ア 引用例3の記載
引用例3(甲1)の記載を要約すると,以下のとおりとなる。
(ア) 引用発明3は,深夜電力の需要急増による対策の一環として,蓄熱式深夜暖房機器に使用する深夜電力の供給時間自動制御装置に関するものである。蓄熱の残熱量を測定し,剰余量だけ深夜電力の供給を遅延させ,深夜電力の供給初期に集中される深夜電力機器の稼働を抑え,深夜負荷を分散させることができるものである。
(イ) 深夜電力料金制度は,午後10時から供給が始まり,翌日の午前8時に自動的に電力供給が遮断される。
引用発明3は,現在の蓄熱槽の熱量から深夜電力機器の既存の温度調節器によって調整される目標熱量(温度)までの平均熱量(温度)の上昇率と目標値への到達時間を予測して,深夜電力の終了時間に目標熱量(温度)に到達するように深夜電力機器の動作を制御するものである。
(ウ) 蓄熱が始まる時間と温度をtmin,Tminと,蓄熱が終了する時間と温度をtmax,Tmaxとしたとき,蓄熱槽の温度上昇のための傾きKpは次の計算式となる。
Kp=(Tmax-Tmin)/(tmax-tmin)
(エ) KpとTmaxは,翌日の蓄熱時間を予測するために保存される。翌日に深夜電力の時間帯となった瞬間から,自動装置は現在の時間と温度を1分単位で測定しながら,同時に次の日の蓄熱のためには何時に蓄熱を開始すべきかを計算する。
この計算は,深夜電力供給終了時間である午前8時から1時間30分の余裕率を考えて,蓄熱終了時間を午前6時30分と設定し,同時刻に蓄熱槽の温度が前日の最高値であるTmaxに到達するように設定する。そして,Tmaxに到達するための傾きKpを決定し,現在時刻tと温度Tcurがこの直線状にあるかを計算する。この計算は,深夜電力の時間帯に入ってから現在までの時間をtΔ(t),現在の時刻から翌日の蓄熱予測直線上の同じ温度(Tcur)である点までの時間をtd(t)とすると,以下の計算式(引用例3計算式)により算出される。
tΔ(t)=510-td(t)-(Tmax-Tcur)/Kp)
(オ) 引用例3計算式は,tΔ(t),td(t),(Tmax-Tcur)/Kpを全て足すと,現在の時点とは無関係に,深夜開始時刻から翌日の蓄熱終了時刻までの経過時間が510分となることに基づくものである。蓄熱に係る全体のプロセスは,以下のとおりである。
a 1分間隔で前の日の蓄熱曲線を測定
b 傾き(Kp)及び最高温度(Tmax)とを更新
c 次の日の蓄熱プロセス確定
d 現在の温度(Tcur)と時間(t)とでtd(t)を反復計算
e td(t)=0になると深夜電力供給開始
イ 引用発明3における補正計算に関する技術内容
前記2(4)ア(エ)によると,引用発明3は,蓄熱式暖房装置において,蓄熱体の温度から,目標温度までの平均温度の上昇率と目標値への到達時間を予測して,深夜電力の終了時間に目標温度に到達するように深夜電力機器の動作を制御する装置において,深夜電力の供給開始後,1分ごとに蓄熱体の温度を測定し,蓄熱体への通電開始時刻を補正計算するものである。
(5) 相違点2の容易想到性について
ア 本件発明の補正計算は,所定時刻ごと(実施例においては,1分ごと)に計算式Ts(t)=S(実施例においては,450分)-t-(Tmax-Tcur)/Kpにより予測通電開始時刻を補正するものである。
これに対し,引用発明1の補正計算は,複数の測定時刻を設定し,設定時刻ごとに温度測定を行い,補正計算をするものである。
したがって,引用発明1の複数の測定時刻を所定時間ごとに設定すれば,本件発明と同様,単位時間ごとにおいて補正計算を実施するものと同様の構成となるものである。
イ 引用例2においても,放熱運転がされた場合における補正計算に関する記載があるから,外気の変化などの原因によって蓄熱開始時刻を再度決定する必要が生じた場合,補正計算を行うことについて,示唆を有するものということができる。
ウ 引用例3においても,深夜電力の供給開始後,1分ごとに蓄熱体の温度を測定し,蓄熱体への通電開始時刻を補正計算するものである。
エ 以上からすると,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明1ないし3に基づいて,当業者が容易に想到し得るものということができる。
この点について,原告は,本件発明は,使用者が設定温度を変更した場合,蓄熱不足や必要以上の通電が発生するという問題点を,計算式に使用者が任意に変更可能な設定温度を盛り込むことによって解決するものであり,引用発明とは異なり,使用者が任意に変更する目標設定温度に対して高い応答性を示す点で,進歩性を有しているものというべきであって,引用発明は,目標設定温度を任意に変更するという技術思想を有しないなどと主張する。
しかしながら,本件発明は使用者が設定温度を任意に変更することを前提としている旨の原告主張は,本件発明の特許請求の範囲の記載に基づかない主張であるばかりでなく,その変更が夜間電力通電開始後の変更をいうとすれば,そのような変更は本件発明では予定されていないことは,先に述べたとおりである。
また,本件発明において,温度上昇の速度であるKpは一定であるから,通電開始後に設定温度が変更された場合,蓄熱不足や必要以上の通電が発生するという問題点を解決することができるものではない。本件発明並びに引用発明1及び2は,いずれも深夜電力の終了時刻までに蓄熱体の温度が目標設定温度に達するように通電開始時刻を算出することにより,エネルギーの効率利用を実現することを目的とするものであって,通電開始後に目標設定温度が変更された場合に対応するものではない点において,共通するものである。
また,引用発明3では,前日の蓄熱体の最高温度を目標温度とするものであるが,目標温度を任意に設定することを可能とすること自体は,当業者が容易になし得る設計的事項であることは明らかである。原告の主張はいずれも採用できない。
オ 以上からすると,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用例1に引用例2及び3を適用することによって,当業者が容易に想到し得るものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
(6) 小括
したがって,原告主張の取消事由2も理由がない。
3 結論
以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)