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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10225号 判決 2011年9月07日

原告

佐藤食品工業株式会社

訴訟代理人弁護士

島田康男

訴訟代理人弁理士

牛木護

吉田正義

高橋知之

被告

越後製菓株式会社

訴訟代理人弁護士

高橋元弘

末吉亙

訴訟代理人弁理士

中島淳

清武史郎

坂手英博

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800168号事件について平成22年6月8日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

(1)  被告は,平成14年10月31日,発明の名称を「餅」とする発明について,特許出願をした(特願2002-318601号。甲22の1)。被告は,平成17年5月27日付けで拒絶理由通知(甲23)を受け,同年8月1日付けで,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「当初明細書」といい,同図面を「当初図面」という場合がある。甲22の2,3)記載の特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲24の2)を提出するとともに,同日付け意見書(甲24の1)及び手続補足書(甲24の3)を提出した。被告は,平成17年9月21日付けで拒絶理由通知(甲25)を受け,同年11月25日付けで,特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲26の2)を提出するとともに,同日付け意見書(甲26の1)及び手続補足書(甲26の3)を提出した。特許庁は,平成18年1月24日付けで拒絶査定(甲27)をした。

被告は,平成18年2月27日付けで,上記拒絶査定に対する不服審判請求を行い,同年3月29日付けで,審判請求書の請求の理由を変更する手続補正書(甲28の1)及び特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲28の2)を提出し,更に同月31日付け手続補足書(甲28の3),平成19年1月4日付け回答書(甲32)を提出した。被告は,平成20年2月19日付けで,拒絶理由通知(甲33)を受け,同月29日付けで,特許請求の範囲等の補正をする手続補正書(甲34の2。以下,同手続補正書による補正後の明細書を図面を含めて「本件明細書」という。)を提出するとともに,同日付け意見書(甲34の1)を提出した。

特許庁は,上記不服審判請求(不服2006-3586号事件)について,平成20年3月24日,「原査定を取り消す。本願の発明は,特許すべきものとする。」との審決をした(甲35)。被告は,平成20年4月18日,特許権の設定登録を受けた(特許第4111382号。請求項の数2。以下「本件特許」という。甲51)。

(2)  原告は,平成21年7月31日,本件特許の無効審判を請求した(無効2009-800168号)。特許庁は,平成22年6月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下,単に「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同月17日原告に送達された。

2  本件明細書の記載

本件明細書の特許請求の範囲の請求項1及び2(以下,これらの請求項に係る発明を項番号に対応して,「本件発明1」,「本件発明2」といい,これらを併せて「本件発明」という。)は,次のとおりである(甲51。なお,構成要件の各分説及びその符号は,審判におけるものである。また,本件明細書の図1ないし3は,別紙図面1ないし3のとおりである。)

【請求項1】

A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の

B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け,

C この切り込み部又は溝部は,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として,

D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した

E ことを特徴とする餅。

【請求項2】

F 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の

G 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状の切り込み部又は溝部を設けた

H ことを特徴とする請求項1記載の餅。

3  審決の理由

審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。審決の判断の概要は,以下のとおりである。すなわち,

(1)  本件明細書の記載からみて,本件発明の構成要件B及びGの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず,上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設けることを意味することは明らかであるから,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」の記載は明確である。また,本件明細書の段落【0017】,【0018】によれば,切餅を焼き上げる方法(均等加熱か否か)によって,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,又は,焼はまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような焼き上がり形状のいずれかの形状となることが明らかであり,そのいずれの態様も本件発明に包含されるから,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」との記載が不明確であるとはいえない。したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載が,特許法36条6項2号(明確性要件)に違反するとはいえない。

(2)  上記のとおり,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず,上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設けることを意味することは明らかであるから,載置底面又は平坦上面に切り込みが設けられる構成が発明の詳細な説明に記載されていないからといって,特許請求の範囲に,発明の詳細な説明に記載されていない発明を記載したとはいえない。また,本件明細書の段落【0017】,【0018】,【0027】によれば,切餅を焼き上げる方法(均等加熱か否か)によって,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,又は,焼はまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような焼き上がり形状のいずれかの形状となることが明らかであり,側周表面に,切り込み部又は溝部を設けるという具体的な構成により,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するとの具体的方法が記載されている。したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項1号(サポート要件)に違反するということはできない。

(3)  上記のとおり,本件発明1の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず,上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設けることを意味することは明らかであるから,載置底面又は平坦上面に切り込みが設けられる構成の場合に,焼き上がった後その切り込み部位が人肌での傷跡のような焼き上がりとなることがない,との目的,効果を当業者が達することができないとはいえない。また,本件明細書の段落【0027】,【0028】の記載及び図2,3によれば,切り込み部又は溝部の周方向の長さ及び切り込みの深さが明らかにされていなくても当業者であれば,過度な試行錯誤を経ずに容易に切り込み部を設定することができる。さらに,本件発明1において,切り込み部又は溝部の上側が下側に対して均等に膨化すれば,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態の焼き上がり形状になり,不均衡に膨化すれば,焼はまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような焼き上がり形状になるから,具体的な構成,手段が「発明の詳細な説明」に記載されていないとはいえない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものであり,特許法36条4項1号(実施可能要件)に違反しない。

(4)  東京法務局所属A公証人(以下「A公証人」という。)が,平成21年6月30日に作成した,事実実験公正証書(甲1。以下「本件公正証書」という。)に記載された発明には,本件発明1における「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」ることは記載されておらず,本件発明1は,その出願日の前に日本国内において公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえない。

(5)  上記のとおり,本件発明1における「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」ることは,本件公正証書に記載も示唆もされておらず,本件発明1は当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。

(6)  審決は,上記結論を導くに当たり,本件公正証書において,事実実験の対象とされた切餅(以下,この切餅を「本件餅」といい,そこから導き出せる発明を「甲1発明」という場合がある。なお,審決は,「甲第1号証に記載された発明」と表記していることに照らすならば,本件公正証書(甲1)に記載された発明を対象として事実認定をしているかのように,形式的には読み取れる。しかし,審決は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明と原告が主張する「本件餅」を対象として,事実認定をしたものと合理的に理解できる。)の構成,甲1発明と本件発明1との一致点及び相違点を次のとおり認定した。

ア 本件餅の構成

(a) 輪郭形状が方形の小片餅体である切り餅の

(b) 切り餅の上面及び下面に十字状の切れ込みが施され,切り餅の上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部に一の切り込みが施されており,

(c) この切り込みは,この側周表面の対向する長辺部の全長にわたり形成した切り込みである,

(e) ことを特徴とする餅。

〔判決注 符号は,審決の表記に合わせた。〕

イ 一致点

(a) 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の

(b) 小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一の切り込み部を設け,

(c) この切り込み部は,この立直側面に沿う方向を周方向として前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部である,

(e) ことを特徴とする餅。

〔判決注 符号は,審決の表記に合わせた。〕

ウ 相違点

a 相違点1

本件発明1では,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け」と特定されているのに対し,甲1発明では,「載置底面及び平坦上面に十字状の切れ込みが施され」ている点。

b 相違点2

本件発明1では,「焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」と特定されているのに対し,甲1発明では,このような特定はされていない点。

第3取消事由に関する原告の主張

審決には,以下のとおり,特許法36条6項2号違反(取消事由1),特許法36条6項1号違反(取消事由2)及び特許法36条4項1号違反(取消事由3,4)に関する判断の誤り,並びに新規性判断(取消事由5)及び容易想到性判断(取消事由6)の誤りがあるから,取り消されるべきである。

1  取消事由1(特許法36条6項2号違反-構成要件D)

本件発明1の構成要件Dのうち,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」との記載の意義,内容は不明確である。すなわち,本件明細書の記載(段落【0018】,【0019】,【0035】等)によれば,構成要件AないしCを充足する切餅を焼き上げると,焼き上がりは自動的に①「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,あるいは,②「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状となる旨記載されている。そうすると,構成要件Dにおいては,上記①,②の形状を区別する基準(要素)が明らかにされるとともに,上記①の形状となる構成が明らかにされなければならない。しかし,構成要件Dには,上記区別の基準(要素)が記載されておらず,上記①の形状となる具体的方法も記載されていない。本件明細書の段落【0027】には,「・・・前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,・・・」との記載があるが,上記②が①に包含されるという趣旨ではなく,最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態は厳密に上下の焼板状部が平行である場合に限定されず,上部の焼板状部が幾らか傾きがある場合も含まれるという趣旨にすぎない。以上のとおり,上記①の形状と上記②の形状は,文言上明らかに相違し,構成要件Dは,上記①の形状となる構成を構成要件としたものであるから,上記①,②いずれの態様も,本件発明1に含まれると解することはできない。

したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2の記載は明確性を欠き,特許法36条6項2号に違反する。

2  取消事由2(特許法36条6項1号違反-構成要件D)

本件明細書には,上記のとおり,構成要件AないしCを充足する餅を焼き上げると,上記①,②の形状となることが記載されている(段落【0018】,【0019】,【0035】等)。本件発明1のうち,構成要件Dは,焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように,上記②の形状ではなく,上記①の形状に膨化変形することを構成要件としたものと解されるが,上記①の形状に膨化変形するための具体的方法,手段は,発明の詳細な説明に記載されておらず,このような構成が自明なことともいえない。また,上記のとおり,上記①の形状と上記②の形状は,明らかに相違し,上記②の形状は,上記①の形状の一態様であるとはいえない。

したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,発明の詳細な説明に記載されていない発明について,特許請求の範囲に記載して特許発明としたものであって,特許法36条6項1号に違反する。

3  取消事由3(特許法36条4項1号違反-構成要件B,C)

本件発明1のうち,構成要件B,Cには,切り込み部(溝部)について,①周方向に一周連続させて角環状とした切り込み部(溝部)と,②側周表面の対向二側面に形成した,周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部(溝部)との構成が開示されている。しかし,上記②の構成については,本件明細書の発明の詳細な説明において,周方向の長さ及び切り込み部(溝部)の深さが明らかにされておらず,当業者といえども当該切り込み部(溝部)を設けることにより,「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」構成を実施できない。また,切り込み部(溝部)の周方向の長さ及び切り込み部(溝部)の深さにかかわらず,「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」構成は,本件明細書の発明の詳細な説明において開示されていない。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,特許法36条4項1号に違反する。

4  取消事由4(特許法36条4項1号違反-構成要件D)

本件発明1のうち,構成要件Dには,「焼きはまぐりができあがったような状態」ではなく,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に膨化変形するための具体的方法,手段が記載されていないので,当業者であっても実施できない。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1及びこれを引用する本件発明2の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,特許法36条4項1号に違反する。

5  取消事由5(新規性判断の誤り)

(1)  原告は,平成14年10月21日以降,本件発明1と同一の構成を有する餅(「こんがりうまカット」)を日本国内において製造及び販売していた。本件発明は,特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であり,特許法29条1項2号又は1号に該当する。本件餅は,平成14年10月18日に製造され,同月21日以降,イトーヨーカ堂において販売されていた「こんがりうまカット」と同一である。

この点,審決は,甲1発明が本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であることを前提にしながら,載置底面及び平坦上面に十字状の切れ込みが施されているか否かを,本件発明1と甲1発明との相違点としている。しかし,甲1発明のように,側周表面に切り込みを入れるほかに,上面及び下面(載置底面及び平坦上面)に十字状の切り込み(スリット)を施して,十字状の切り込み(スリット)の交差部が焼き上がると若干盛り上がる形状にするか,本件発明1のように側周表面にスリット(切り込み部又は溝部)を施し,人肌での傷跡のような焼き上がりを回避するために上面及び下面(平坦上面及び載置底面)にスリット(切り込み又は溝部)を施さないかは,消費者の好みに合わせて行う,製造者の設計事項にすぎず,実質的な相違点ではない。

したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,いずれも甲1発明と同一のものであり,本件発明は,特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であり,新規性を充足しない。

(2)  これに対し,被告は,甲1発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明ではないと主張する。しかし,被告の主張は,以下に述べるとおり,理由がない。

ア 被告は,本件餅の外袋や個包装に印刷された切餅の側周表面に切り込みがないことを根拠として,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかったと主張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。

平成14年10月21日にイトーヨーカ堂の各店舗において販売され,甲1において事実実験の対象となった「こんがりうまカット」の外袋等の印刷内容と中身の構成が異なっているのは,以下の経緯による。すなわち,原告社内では,平成14年7月時点で,切餅の上下面に十字スリットを設けるとともに側周表面に切り込み(サイドスリット)を入れることが稟議されていた。そして,同年9月30日に設備が導入され,同年10月に入ってから加工技術が確立された。しかし,一方で,原告は,平成14年10月21日にイトーヨーカ堂での発売を予定していた「こんがりうまカット」の包装フィルムについて,納期の関係から側周表面に切り込み(サイドスリット)が入っていない仕様(上下面に十字スリットを設ける仕様)を先行して手配してしまった。その結果,原告は,上記切餅を上記包装フィルム(外袋,個包装)に入れて販売したため,外袋等の印刷内容と中身の構成とが異なることとなった。したがって,本件餅の構成と外袋等の印刷内容等が齟齬していたとしても,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなかったとはいえない。

イ 被告は,多数の新聞記事等が原告代表者や常務取締役の発言として「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがないことを報じていたとして,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかったと主張する。

しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。上記新聞記事等は,原告の営業部門又は技術部門が,NB商品(一般的に量販店向けに販売される商品)である「パリッとスリット」(上下面に十字状に切り込み部(スリット)を設けるとともに側周表面(長辺側面部)に2本の切り込み部(サイドスリット)が設けられた商品)の販売促進活動の一環として,「側周表面に2本の切り込み部が設けられている」ことを強調したことによるものにすぎず,これをもって,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなかったとはいえない。

ウ 被告は,「こんがりうまカット」の仕入を担当していた元イトーヨーカ堂社員であるB(以下「B」という。)が,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかった旨,別訴(東京地方裁判所平成21年(ワ)第7718号事件。以下「本件別訴」という。)において証言していると主張する。

しかし,この点の被告の主張も,失当である。B証言は,信用性が乏しい上,その証言内容は,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みが入っているか否かについて,記憶にない,確認していない,というものにすぎない。

B証言をもって,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなかったとはいえない。

エ 被告は,原告の特許出願の経緯に照らすと,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなかったことは明らかであると主張する。

しかし,この点の被告の主張も,失当である。如何なる内容の特許出願をするかと,現実の商品がいかなる構成を有していたかとは,直接の関係はない。なお,原告の平成14年9月6日の特許出願に係る請求項1は,「・・・前記切り餅の上下面から切り込みを入れたことを特徴とする切り餅」であって,上下面にのみ切り込みを入れたと記載されているわけではない。

原告の特許出願の経緯をもって,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みがなかったとはいえない。

(3)  以上のとおり,本件発明は,特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であり,新規性を充足しない。

6  取消事由6(容易想到性判断の誤り)

本件発明は,特許出願前に日本国内において公然知られた発明又は公然実施をされた発明である甲1発明に基づいて,容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項に当たる。

この点,審決は,甲1発明が本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であることを前提にしながら,載置底面及び平坦上面に十字状の切れ込みが施されているか否かを,甲1発明と本件発明1との相違点とし,本件発明1は,甲1発明から容易に想到できたとはいえないと認定している。しかし,甲1発明のように,切餅の側面に切り込みを入れるほか,上面及び下面(載置底面及び平坦上面)に十字状の切り込み(スリット)を施して,十字状の切り込み(スリット)の交差部が焼き上がると若干盛り上がる形状にするか,本件発明1のように側周表面にスリット(切り込み部又は溝部)を施し,人肌での傷跡のような焼き上がりを回避するために上面及び下面(平坦上面及び載置底面)にスリット(切り込み又は溝部)を施さないかは,消費者の好みに合わせて行う,製造者の設計事項にすぎず,実質的な相違点ではない。なお,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面に切り込みが存在したことは,上記5(2)のとおりである。

したがって,本件発明は,甲1発明から容易に想到できたものである。

第4被告の反論

1  取消事由1(特許法36条6項2号違反-構成要件D)に対し

本件明細書の段落【0017】,【0018】によれば,切餅を焼き上げる方法(均等加熱か否か)によって,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,又は,「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状のいずれかの形状となることが明らかであり,そのいずれの態様も本件発明に含まれる。そうすると,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)中の「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した」との記載は,不明確でない。

これに対し,原告は,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状と,「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状とは,文言上異なると主張する。しかし,本件明細書の段落【0027】には,「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)」と記載されているとおり,最中やサンドウイッチのような状態に,やや片持ち状態に持ち上がる状態を包含している。また,上記「やや片持ち状態に持ち上がる場合」と,「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状は,同一の状態を示している。

したがって,本件発明の記載は,明確性を欠くとはいえない。

2  取消事由2(特許法36条6項1号違反-構成要件D)に対し

本件明細書の段落【0017】,【0018】,【0027】によれば,切餅を焼き上げる方法(均等加熱か否か)によって,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,又は,「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状の,いずれかの形状となることが明らかであり,「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような形状」は,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形すること」の一態様といえる。

したがって,切餅の側周表面に,切り込み部又は溝部を設けるという具体的な構成により,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する」のであるから,発明の詳細な説明に具体的方法が記載されている。

3  取消事由3(特許法36条4項1号違反-構成要件B,C)に対し

本件明細書には,実施例として,「即ち,立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」(段落【0027】),「従って,例えば図3に示すように対向二側面の側周表面2Aに刃板5によって切り込み3を形成することで,(前後に切り込み3を殆ど形成せず環状に切り込み3を形成しないが)四面に全てに連続させて形成して四角環状とする場合に比して十分ではないが持ち上がり現象は生じ,前記作用・効果は十分に発揮される。」(段落【0028】)との記載があり,また,図2及び図3には,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態の焼き上がり状態の図,及び,対向二側面の側周表面2Aに刃板5によって切り込み3を形成する図が記載されている。そうすると,上記明細書の記載及び図2,3を参酌すれば,切り込み部又は溝部の周方向の長さ及び切り込みの深さが明らかにされていなくても,当業者であれば,過度な試行錯誤を経ずに容易に切り込み部を設定し得るものである。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明における構成要件B,Cに関する記載について,特許法36条4項1号違反はない。

4  取消事由4(特許法36条4項1号違反-構成要件D)に対し

本件明細書の段落【0027】,【0028】及び図2,3によれば,切り込み部又は溝部の周方向の長さ及び切り込みの深さが明らかにされていなくても,当業者であれば,過度な試行錯誤を経ずに容易に切り込み部を設定し得る。また,本件発明は,「一若しくは複数の切り込み部又は溝部」を設けることにより,焼き上げるに際して切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制する。そうすると,切り込み部又は溝部の上側が下側に対して,均等に膨化すれば,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態の焼き上がり形状になり,不均等に膨化すれば,焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような焼き上がり形状になる。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明における構成要件Dに関する記載について,特許法36条4項1号違反はない。

5  取消事由5(新規性判断の誤り)に対し

(1)  「こんがりうまカット」の側周表面の切り込みの有無について

本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」は,以下のとおり,載置底面及び平坦上面にのみ十字の切り込みがあり,切餅の上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部に切り込みはなかった。本件餅は,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」と同一のものではない。原告が,側周表面に切り込みを入れた切餅を初めて発売したのは,平成15年9月である。

ア 本件餅の包装等

本件餅の外袋の写真や個包装の図柄の側周表面に切り込みはない。すなわち,本件餅の外袋に表示された写真及び個包装の袋に表示された図柄をみると,切餅の載置底面及び平坦上面には切り込みが認められるが,側周表面には切り込みが認められない。商品包装の写真及び図柄は,一般消費者に商品の内容を伝達する機能を有するものであり,これと中身の切餅の構成が異なることは,到底考え難い。

イ 新聞記事等

多数の新聞記事等が,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかったことを報じており,これらの記事等は,原告代表者や常務取締役の発言を記事としたものである。上記新聞記事等によれば,原告が側周表面に切り込みを入れた切餅を初めて発売したのは,平成15年9月である。

ウ イトーヨーカ堂において,「こんがりうまカット」の仕入を担当していたBは,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかったと本件別訴において証言している。

エ 原告は,①「こんがりうまカット」の発売直前である,平成14年9月6日,原告社員であるC(以下「C」という。)を発明者として,上下面にのみ切り込みのある切餅を内容とする特許を出願し,②平成15年7月17日,Cを発明者として,上下面及び側周表面に切り込みのある切餅を発明内容とする特許を出願し,③同年9月に上下面及び側周表面に切り込みのある切餅「パリッとスリット」を発売した。また,原告は,上記②の特許出願に係る平成16年6月8日提出の早期審査に関する事情説明書において,「請求項1に記載されているように,上面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴とする切餅を平成15年9月1日より発売開始している実施関連特許である。」と説明している。

このような原告による特許出願の経緯に照らすと,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の構成は,平成14年9月6日に出願された特許発明の内容と同一,すなわち,上下面のみに十字の切り込みのある切餅と同一であると考えるのが自然である。そうでなければ,平成15年7月17日に出願された特許発明は,その出願前に販売されていた「こんがりうまカット」の存在により,新規性が欠如するという不都合が生じることとなる。

オ 以上によれば,「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなかったことは明らかであり,「本件餅」は,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」とは異なるものである。そうすると,本件発明は,特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえない。

なお,原告は,甲1発明が,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明であるとの審決の認定判断について,本訴において,取消事由とはしていないと主張する。しかし,無効不成立審決に係る審決取消訴訟において,無効審判請求の相手方(特許権者)である被告が,甲1発明が,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明でなかった旨の指摘をして,無効不成立とした審決の結論が維持されるべきである旨の反論をすることは許される。

上記のとおり,甲1発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明に当たらないから,本件発明は新規性を有するとした審決には,誤りがない。

(2)  被告の補足的反論

審決は,甲1発明が本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明に当たることを前提に,本件発明1の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず,上側表面部の立直側面である側周表面に,切り込み部又は溝部を設けることを意味するとして,甲1発明と本件発明は同一でない,との結論を導いている。

しかし,本件発明1の構成要件Bは,以下のとおり,文言解釈,作用効果,出願経過,いずれからみても,載置底面又は平坦上面に切り込み部を入れたものを除外するものではなく,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよいと解すべきである点について,念のため補足的に反論する。

ア 文言解釈

本件発明1の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」るとの文言のうち,「載置底面又は平坦上面ではなく」という記載は「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面」を特定するための文言であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部を設けても設けなくてもよい。

イ 作用効果

本件明細書には,次の記載がある。すなわち,

(ア) 周方向に切り込み部等を形成したこと(平坦頂面に形成する場合を含む)により,①膨化による噴き出しを防止する,②切り込み部によって美感を損なわない,③画期的な焼き上がり形状となる,④焼き餅を容易に均一に焼くことができる,との効果を奏すること,

(イ) 周方向の切り込み部等を側周表面に形成することにより,⑤切り込み部位が忌避すべき焼き形状とならない,⑥膨化によってこの切り込みの上側が下側に対して持ち上がり,この切り込み部位はこの持ち上がりによって忌避すべき焼き上がり状態とならない,との効果を奏することが記載され,

(ウ) 側周表面に周方向の切り込み部等を設けることにより,⑦膨化によって流れ落ちるほど噴き出すことなく切り込み部等の上側(上半分)が持ち上がり,⑧完全に側面に切り込みが位置することにより,忌避すべき形状とならず,⑨最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている等の状態になり非常に食べやすいなどの焼き上がり形状となる,との効果を奏することが記載されている。

他方,本件明細書には,載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設けないことの作用効果の記載はされていない。

以上のとおり,本件発明は,載置底面又は平坦上面の切り込み部等の有無にかかわらず,切餅の側周表面に周方向に切り込み部等を設ける構成により,上記①ないし⑨の作用効果を奏することに技術的意義がある。

ウ 出願経過

被告は,平成17年8月1日付け手続補正書(甲24の2)において,切り込み部が設けられるのは側周表面のみであり,載置底面や平坦上面には切り込み部を形成しないとの補正を行った。しかし,審査官は,上記補正は,当初明細書等に記載されておらず,自明な事項であるとも認められないとして,補正違反を理由とする拒絶理由通知をした(甲25)。これを受けて,被告は,載置底面又は平坦上面に切り込みがあるか否かにかかわらず,側周表面に切り込みがあることで,切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって,噴きこぼれが抑制されるだけでなく,見た目よく,均一に焼き上がり,食べ易い切餅が簡単にできるという,載置底面や平坦上面に形成した切り込み部にはない,側周表面の切り込みの特有の作用効果を述べて,本件特許は登録された。

エ 上記のとおり,文言解釈,作用効果,出願経過,いずれからみても,本件発明の構成要件Bの「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・切り込み部又は溝部を設け」との文言は,切り込み部等を設ける切餅の部位が,上側表面部の立直側面である側周表面であることを特定することのみを意味し,切餅の載置底面又は平坦上面に切り込み部等を設ける構成を排除するものではない。

(3)  小括

以上のとおり,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」の側周表面には切り込みがなく,本件発明1とは,焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅(構成要件A)である点で一致し,その他の構成要件(構成要件BないしE)において相違するから,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明に当たらず,新規性を充足する。

6  取消事由6(容易想到性判断の誤り)に対し

上記のとおり,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」と本件発明1は,焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅(構成要件A)である点で一致し,その他の構成要件(構成要件BないしE)において相違する。また,本件特許出願前に,側周表面に切り込み部のある切餅は存在していないから,本件発明1の構成要件BないしEに対応する公知技術は存在しない。

したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,容易に想到できたとはいえない。

第5当裁判所の判断

当裁判所は,審決には結論に影響を及ぼす誤りはなく,原告が主張する取消事由には理由がないから,原告の請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以下のとおりであるが,事案にかんがみ,まず,取消事由5,6について検討し,その後,取消事由1ないし4について検討することとする。

1  取消事由5(新規性判断の誤り)及び取消事由6(容易想到性判断の誤り)について

当裁判所は,本件餅(甲1発明)は,本件特許出願前に販売された「こんがりうまカット」と同一のものではなく,本件発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえず,また,容易に想到できたともいえないと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1)  認定事実

ア 本件公正証書の記載等

本件公正証書は,東京法務局所属A公証人が,平成21年6月30日に作成した,事実実験公正証書である。本件公正証書には,写真30枚,図面1枚が添付されており,その記載内容,写真及び図面に照らすと,以下の事実が認められる。

(ア) A公証人は,平成21年6月17日,浅草公証役場において,原告の嘱託により,原告代理人弁護士島田康男から,合成樹脂の外袋に封入された状態の個包装された提出物を受け,外袋に印刷された事項や内容物の形状等について,目撃,実験した事実を記録して,本件公正証書を作成した。

(イ) A公証人が提出を受けた上記袋は,その4辺がシールされて形成された合成樹脂製の透明な外袋で,個包装された内容物が20個入っていた。上記シール部は全て密着された状態であり,シール部が開封されたことやシール部以外の部分が破られたことを疑わせる痕跡はなかった。

(ウ) 外袋の表側には,「サトウの切り餅」,「こんがりうまカット」,「焼いてきれい。割って便利。煮てもおいしい。切り込みが入ってふっくら焼きやすく,食べやすく便利になりました。」等の文字のほか,切餅の上面がこんがりと焼け膨らんで十文字状の割れ目ができた状態の焼き餅の写真が印刷されていた。また,外袋の裏側には,「品名 切り餅,原材料名 水稲もち米(国内産100%)」,「賞味期限 この面枠外下部に記載」,「製造者 佐藤食品工業株式会社」等の文字が印刷され,外袋裏側下端のシール部のほぼ中央部には「賞味期限2003.10.17」との印刷がされていた。

(エ) 外袋に封入されていた個包装された内容物20個は,切餅であった。個包装も合成樹脂製の透明な袋で,そこには「この餅には切り込みが入っています。」という文字のほか,切餅の上面(直方体における最も広い面で上側に位置する面)に十文字の切り込み線が入った図が印刷されていた(なお,上記直方体の側面には,上記十文字の切り込み線の深さを表す線が記載されていた。また,側面の下部には,下面にも同様の切り込みがあることをうかがわせる短い線が記載されていた。)。

(オ) 内容物である切餅は,いずれも,切餅の上面及び下面(直方体における最も広い面で上側ないし下側に位置する面)に十文字の切り込みが施されているほか,上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部の上下方向のほぼ中央あたりに,長辺部の全長にわたり切り込みが施されていた。上記切り込みの深さは,いずれも約2mm~3mm程度であった。

イ 原告の特許出願の経緯等

(ア) 原告は,平成14年1月ころ,イトーヨーカ堂において,切餅をひとつひとつ個包装パックにした商品である「シングルパック」が取り扱い中止とされたことから,取引再開を図るべく,新製品の開発を行っていた(甲4,48,乙1)。

(イ) 原告は,平成14年9月6日,発明の名称を「切餅及び丸餅」とする発明について,発明者を「C」として,特許出願をした(特願2002-261947。

請求項の数2。以下「原告特許①」という。甲36)。原告特許①の明細書には,次の記載がある。

【請求項1】

「無菌包装された切餅であって,前記切餅の厚みの40~60%を残すように前記切餅の上下面から切込みを入れたことを特徴とする切餅。」

【請求項2】

「無菌包装された丸餅であって,前記丸餅の厚みの40~60%を残すように前記丸餅の上下面から切込みを入れたことを特徴とする切餅。」

【0009】

「【課題を解決するための手段】

本発明の請求項1記載の切餅によれば,無菌包装された切餅であって,前記切餅の厚みの40~60%を残すように前記切餅の上下面から切込みを入れたので,1個ずつ新鮮な状態で消費することができるとともに,流通時に割れる虞のない,切込みの入った切餅を提供することができる。」

【0017】

「本実施例の切餅は,焼き調理時に極めて優れた効果を奏する。はじめに,比較のために,従来の切餅の焼き調理時の様子を・・・説明する。従来の切餅をオーブントースター等を用いて焼き調理すると,内部の蒸気の抜け場がなく,凝集して不特定の場所から一気に膨らみ,局部的に盛り上がり,・・・立方体の形が崩れてしまう。そして,局部的に盛り上がった部分だけが先に焦げてしまい,一部だけが極端に焦げた状態になってしまう。」

【0018】

「これに対し,本実施例の切餅1では,切込み3から断続的に内部の蒸気が抜けやすいので,・・・ほぼ立方体の形に保持されたまま膨れる。そして,切餅1の上面をほぼ水平に保ったまま膨れるので,全面にわたって均等に焦げ目が付く。このように,本実施例の切餅1は,焼き調理した場合,形状,焦げ目などの外観が非常に優れた状態に仕上げることができる。」

(ウ) 原告は,イトーヨーカ堂留め型商品(イトーヨーカ堂が一定期間独占的に販売できる商品のことを示す)として,「サトウの切り餅 こんがりうまカット」を開発し,平成14年10月16日ころから製造を開始し,同月21日以降,イトーヨーカ堂各店舗において販売した(甲4,5,10,47,48,乙1)。

(エ) 被告は,平成14年10月31日,本件特許を出願した(甲51)。

(オ) 原告は,平成15年7月17日,以下のような発明について,発明者を「C」として,特許出願をした(特願2003-275876。請求項の数3。以下「原告特許②」という。甲44の1,2)。

【請求項1】

「上面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅。」

【請求項2】

「前記上面と下面には十字の切り込みを入れ,前記側面には横方向の切り込みを入れたことを特徴とする請求項1記載の切り餅。」

【請求項3】

「前記十字の切り込みは,切り餅の長辺と略平行な切り込みと,切り餅の短辺と略平行な切り込みからなり,前記長辺と略平行な切り込みの深さを切り餅の厚さの30~40%とし,前記短辺と略平行な切り込みの深さを切り餅の厚さの20~30%としたことを特徴とする請求項2記載の切り餅。」

なお,原告は,原告特許②に係る平成16年6月8日付けの「早期審査に関する事情説明書」において,事情として,「請求項1に記載されているように,上面,下面,および側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅を平成15年9月1日より販売開始している実施関連出願である。」と述べている(甲45)。

(カ) 被告は,平成15年8月20日,切り餅又は丸もちの側面全周に深さ7mmの切り込みを1本入れた新製品「越後ふっくら名人 切餅」及び「越後ふっくら名人まる餅」を発売した(甲37,42)。

(キ) 原告は,平成15年9月1日,切り餅の上下面に十文字の切り込みを入れ,長辺側の側面に2本線の切り込みを入れた新製品「サトウの切り餅 パリッとスリット」を発売した(甲37~42)。

ウ 新聞記事等

上記「サトウの切り餅 パリッとスリット」及び「越後ふっくら名人」について,以下のとおり,新聞記事等が掲載されている。

(ア) フード・ウイークリー 第1635号 平成15年9月22日発行

「1983年(S53)(判決注・「S58」の誤記)に現在の包装もちのスタイルでもある,もちをひとつひとつ個包装パックにした『シングルパック』を世に送り出した佐藤食品工業・・・が,より進化した包装もちのスタイルとして,新製品を投入した。商品名は『サトウの切り餅パリッとスリット』・・・で,9月から出荷を始めている。」,「今回発売された『サトウの切り餅パリッとスリット』は,・・・もちの上下面に十文字の切れ目と,側面にも2本線の切れ目の加工を施すことで,オーブントースターで焼く時に,こんがり且つふっくら焼きあがり,しかももち本来の食感が増す。」,「9月9日に開かれた専門紙向け発表会で,D社長はこの新製品について『次世代のスタンダードを狙っている。早ければ3年後には,市場ではこのスタイルが一般化するだろう』と大きな期待を語った。また,この切れ込みを入れた切り餅は,昨年イトーヨーカ堂でテスト販売された『こんがりうまカット』として市場では顔見せされているが,今回のパリッとスリットはもちの側面にも2本の切れ込みを入れることで,一層焼きあがりがよくなる加工を施している違いがある。」「一方,業界で最大のライバルでもある越後製菓も,・・・切りもち・丸もちの新製品『越後ふっくら名人 切餅』・・・『同まる餅』・・・を8月20日から発売している。このふっくら名人の特徴は,もちの側面に切れ込み加工を施すことで,オーブントースター調理の際に,より一層もちを見栄え良く焼くことが出来るというもの。」(甲37。なお,甲38,39にも概ね同様の記載がある。)

(イ) フード・ウイークリー 第1636号 平成15年9月29日発行

「もちに切れ込みを入れて,焼き上がりと食感をよくする技術を施した製品が佐藤食品と越後製菓から発売された。こうした発想は,各社ともテスト段階では構想にあったものの,実用化に踏み切ったのは,佐藤食品がイトーヨーカ堂向けに発売していた商品が最初。それはもちの上下面に十字の切れ込みを施したもので,今年はそれに側面にも2本の切れ込みを施した製品で全国展開する。また,越後製菓は,もちの側面に切れ込みを入れた商品を発売し,CMを投入して積極的な展開をする。D社長は『次世代のスタンダードになるだろう』と抱負を語るだけに・・・」(甲40)

(ウ) 商経アドバイス 平成15年9月16日発行

「サトウの切り餅パリッとスリットについてE常務取締役が次の通り説明した。」,「・・・昨年,パリッとスリットをイトーヨーカ堂(商品名=こんがりうまカット)に提案したところ好調だった。今回のパリッとスリットでは,昨年の上下に十文字のスリットに加え,サイドに2本入れた点が異なる。」(甲41)

(エ) 新潟日報 平成15年9月24日発行

「佐藤食品工業は『パリッとスリット』を九月から発売。・・・上下面に深さ六ミリの切れ込みを十字に入れ,長い方の側面にも深さ四ミリの二本の直線を平行に入れた。・・・同社は昨年秋から,上下面だけ切れ込みを入れた商品を試験販売していたが改良。・・・E・常務は『個包装商品発売から約二十年もしてこなかった,新しい切りもちの提案をしたかった』と話し,初年度売上げ二十億円を目指す。越後製菓も,側面全周に深さ七ミリの切れ込みを一本入れた『ふっくら名人』を開発し,切りもちと丸もちの二タイプで八月下旬に発売。」(甲42)

(2)  判断

ア A公証人に提出された本件餅と「こんがりうまカット」の同一性

上記認定事実によれば,原告からA公証人に提出された本件餅には,上面及び下面(直方体における最も広い面で上側ないし下側に位置する面)に十文字の切り込みが施されているほか,上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部の上下方向のほぼ中央あたりに,長辺部の全長にわたり切り込みが施されていたこと,本件餅20個はすべて個包装され,更に4辺がシールされた外袋に封入されていたこと,外袋裏側下端のシール部のほぼ中央部には,「賞味期限2003.10.17」と印刷されていたこと,が認められる。そして,原告は,本件餅は,平成14年10月18日に製造され,同月21日以降,イトーヨーカ堂において販売されたものであると主張し,当時原告広域流通部広域量販課係長(現・原告営業本部名古屋支店営業課勤務)であったF(以下「F」という。)が,これに沿う陳述(甲2)及び本件別訴における証言(乙2)をしている(以下,これらを併せて「F証言等」という。)。すなわち,F証言等は,本件餅が保管されていた状況について,①本件餅は,原告開発部のG(以下「G」という。)が,平成14年10月21日,イトーヨーカ堂新潟木戸店において購入したものと聞いている,②原告では,後々のクレーム対応のため,製品を一定期間(「半年なり,1年,2年」)保管している,③しかし,本件餅は,上記クレーム対応のためでなく,営業と開発部が共同するという新たな開発スタイルであったという,原告の歴史という部分を踏まえて長期間保管していた,などと述べる。

これに対し,平成14年当時,イトーヨーカ堂食品事業部加工食品担当バイヤーであったBは,平成14年にイトーヨーカ堂において販売した「こんがりうまカット」は,上面及び下面にのみ切り込みがあり,側面には切り込みがなかった,平成15年に原告から「こんがりうまカット」の特徴である切り餅の上下面に十字の切り込みを入れることに加え,側面にも切り込みを入れた「パリッとスリット」の販売を他社店舗で始めたいとの申出を受けたなどと,F証言等と相反する陳述(甲47,48)及び上記別訴における証言をしている(以下,これらを併せて「B証言等」という。)。

この点,上記F証言等は,Gが購入したとされる餅(甲7)と本件餅との同一性について裏付けとなる証拠がなく(むしろ,甲7には,「試食サンプル商品購入代金」と記載されており,F証言等において説明されている購入目的とは齟齬がある。),原告における製品等の保管状況も判然としない。また,本件餅を長期間保存していたという目的自体,「原告の歴史という部分を踏まえ」などという,極めて不自然なものである。

さらに,上記認定事実によれば,本件餅は,上面及び下面(直方体における最も広い面で上側ないし下側に位置する面)に十文字の切り込みが施されているほか,上面及び下面に挟まれた側周表面の対向する長辺部の上下方向のほぼ中央あたりに,長辺部の全長にわたり切り込みが施されているのに対し,外袋の写真及び個包装の図においては,切餅の上面に十文字の切り込みがされているものの(個包装の図によれば,下面にも十文字の切り込みがあることが合理的に推測される。),上記側周表面の切り込みが記載されておらず,包装等に表示されている図柄と内容物が齟齬している。

この点に関してF証言等は,平成14年7月ころ,「こんがりうまカット」の上下面に十字状の切り込みを設けることは決まっていたが,側面に切り込みを入れることは決まっていなかったため,外袋及び個包装は,上下面に十字状の切り込みのみを入れる仕様で発注し,同年9月ころデザインを確定した,その後,同年10月ころ,「こんがりうまカット」の側面にも切り込みを入れることになったが,上記外袋及び個包装はそのままのものを使用した,時期は判然としないが,側面にも切り込みを入れることについて,口頭でBの了解をもらったが,外袋及び個包装と齟齬することについては伝えていない,その後,側面の切り込みについて,工場から安全面,衛生面で問題が発生する可能性があるとの連絡を受けたため,同年11月23日からは,側面の切り込みがない「こんがりうまカット」を製造,販売するようになった,この点についても,口頭でBの了解をもらった,などというものである。

しかし,上記F証言等は,以下のとおりの理由から,到底採用することはできない。すなわち,①Bは,上記2回にわたる口頭での了解について強く否定していること(乙2),②食品業界大手である原告が,外袋及び個包装に示された商品の図柄と商品の内容とが齟齬する点について,全く配慮を欠いたまま,市場に置いているのは不自然であること,③側面に切り込みを入れるか否かという,切餅としての重要な特徴的構成を突然変更したにもかかわらず,いずれもBとの間の口頭でのやりとりのみで処理することは不自然であること,④一度,販売を開始した商品について,安全面,衛生面で問題が発生する可能性があるという事情によって,その特徴的な構成を変更したにもかかわらず,その経緯を示す記録が何ら残されておらず,公表もしていないのは不自然であること,⑤特徴的な構成である側面の切り込みを短期間で変更せざるを得ない,他の合理的な理由及び説明は何らされていないことなどの諸事情を総合すると,上記F証言等の内容は,到底採用することはできない。

以上のとおりの経緯に照らすと,本件餅が平成14年10月18日に製造され,同月21日以降,イトーヨーカ堂において販売された「こんがりうまカット」であるとの事実を認めることはできない。

イ 原告特許の出願経緯等

上記認定事実によれば,原告は,平成14年9月6日,切餅及び丸餅の「上下面から切り込みを入れたこと」との構成が特許請求の範囲に記載された特許出願(原告特許①)をして,次いで同年10月21日,「こんがりうまカット」を販売したこと,また,その翌年である平成15年7月17日,「上面,下面,及び側面に切り込みを入れたことを特徴とする切り餅」との構成が特許請求の範囲に記載された特許出願(原告特許②)をして,次いで,同年9月1日,切餅の上下面及び側面の長辺部に2本の切り込みをいれた「パリッとスリット」を販売したことが認められる。しかるに,原告特許①に係る明細書(甲36)においては,切餅の側面の切り込みについては,何らの説明もない。仮に,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」に,上下面のみならず側面にも切り込みが施されていたならば,原告は,原告特許②に係る発明について,特許出願前に自ら公然実施をしていながら,その事実を秘匿して特許出願に至ったということになる。むしろ,上記出願に係る事実経緯を総合するならば,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」には,上下面に切り込みが施されていたものの,側面には切り込みが施されていなかったと推認される。

ウ 新聞記事等

上記認定事実によれば,原告が平成15年9月1日に発売した「パリッとスリット」について,複数の新聞記事等が掲載されている。これらの新聞記事等は,原告のD代表取締役やE常務取締役(現・原告代表取締役)の発言とともに「パリッとスリット」が紹介されているが,同記事等は,原告に対する取材を基にした記事と考えられる。この中で,再三,「パリッとスリット」の特徴として,前年に販売した「こんがりうまカット」と対比して,切餅の側面にも2本の切り込みを入れたことが強調されている。この点に関し,Fは,本件別訴において,D代表取締役が,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」の側面に切り込みが入っていることを,発売当時から認識していたと証言するが(乙2【19頁】),同証言は,上記新聞記事等からうかがえる原告代表者らの認識と齟齬することとなる。上記新聞記事等に照らすならば,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」には,上下面にのみ切り込みが施され,側面には切り込みが施されていない商品であったと認めるのが相当である。

エ 上記のとおり,本件餅の保管目的,保管状況等一切の事情が判然としない上,本件餅の外袋の写真及び個包装の図と内容物が齟齬すること,原告が自らの主張と整合しない特許出願を行っていること,「パリッとスリット」において初めて切餅の側面に切り込みが入ったとの新聞報道がされていること,などに照らすと,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」は,上下面に切り込みが施されていたものの,側面には切り込みが施されていない商品であったと認めるのが合理的である。これに反するF証言等は,不自然な点が多く,B証言等とも相反しており,採用することができない。

なお,原告は,平成14年7月ころ,株式会社山由製作所に対し,「サイドスリットカッター」との名称の付された装置を10台発注し,同年9月30日に納品されたとする取引書類等(甲16ないし19)を提出する。しかし,これらの装置がいつ如何なる用途に使用されたものかは判然としない上,このような取引書類等から直ちに,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」の側面に切り込みが施されていたと認めることはできない。また,甲20は社内資料にすぎず,その作成及び保管の状況も判然としないから,これをもって,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」には,上下面のみならず,側面にも切り込みが施されていたと認めることは困難である。その他,本件全証拠によるも,上記推認を覆すに足りる証拠は存在しない。

(3)  小括

以上によれば,平成14年10月21日に発売された「こんがりうまカット」に,上下面のみならず側面にも切り込みが施されていたと認めるに足りる証拠はなく,本件餅(甲1発明)は,上記「こんがりうまカット」と同一のものとは認められない。また,本件餅(甲1発明)自体,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明と認めるに足りる証拠は存在しない。

そうだとすると,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明と認められるのは,原告が平成14年10月21日以降,イトーヨーカ堂各店舗において発売した「こんがりうまカット」,すなわち切餅の載置底面又は平坦上面に十文字の切り込みが施された発明であって,本件発明1の構成要件Aにおいて,本件発明1と一致するが,切餅の側周表面に,周方向に一周連続させて角環状とした若しくは対向二側面に切り込み等を設け,焼き上げるに際して上記切り込み部等の上側が下側に対して持ち上がり,最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成したことを特徴とする餅との点,すなわち,構成要件BないしEにおいて,本件発明1と相違する。

したがって,本件発明は,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明とはいえず,また,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明(上記「こんがりうまカット」)に基づき容易に想到できたともいえない。

なお,前記第2の3のとおり,審決は,本件餅(甲1発明)が,本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明に当たるか否かについて,明確に判断しないまま,本件発明1の構成要件Bについて,「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に,・・・・切り込み部又は溝部を設け」るとは,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けず,上側表面部の立直側面である側周表面に切り込み部又は溝部を設けるものであるとして,本件発明1は,甲1発明と同一でない,また,甲1発明に基づいて容易に想到できたとはいえないと判断した。審決の上記判断は,本件餅(甲1発明)が本件特許出願前に公然実施をされた発明又は公然知られた発明か否かという点について,明確に認定判断をしなかった点において妥当を欠くものの,本件発明の新規性を肯定し,容易想到性を否定した結論において誤りはなく,審決を取り消すべき違法はない。

2  取消事由1(特許法36条6項2号違反-構成要件D)について

原告は,本件明細書には,構成要件AないしCを充足する切餅を焼き上げると,焼き上がりは自動的に,①「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態」の焼き上がり形状,あるいは,②「焼きはまぐりができあがったようなやや片持ち状態に開いた貝のような」焼き上がり形状となる旨記載されているから,構成要件Dにおいて,これらの形状を区別する基準及び上記①の形状となる構成が明らかにされなければならないにもかかわらず,この点が明らかにされていないので,本件発明の特許請求の範囲の記載は明確性を欠く,と主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。

まず,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件Dの記載部分中に,当業者が,本件発明の技術的範囲を理解することができないような不明確な点はない。

のみならず,以下の経緯に照らしても,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の構成要件Dの記載部分中に,不明確な点はなく,原告の主張は,理由がない。すなわち,当初明細書(甲22の2)の特許請求の範囲には,「【請求項1】 角形の切餅や丸形の丸餅などの小片餅体の載置底面ではなく上側表面部に,周方向に長さを有する若しくは周方向に配置された一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設けたことを特徴とする餅。」との記載があり,当初図面3,5(甲22の3。順に別紙図4,2のとおり)には,丸餅や切餅の切り込み部の上側がやや片持ち状態に持ち上がった図が示され,また,本件明細書の段落【0027】には,「即ち,立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」との記載がある。当初明細書においては,特許請求の範囲に,角形の切餅と丸形の丸餅が共に記載されていたこともあり,発明の詳細な説明において,焼き上げるに際して膨化した状態を表現するため,焼きはまぐり,サンドウイッチ又は最中との語を用いて説明していた。このような経緯を考慮すると,本件発明の特許請求の範囲の請求項1の構成要件Dの記載部分は,角形の切餅に関し,焼き上げるに際して,均等膨化したもの,及び,不均一に膨化したものの両者を含むものとして特定しているものと理解することができ,この点について,不明確な点はないといえる。また,構成要件B,Cにおいて,切り込み部等の場所は,明確に特定されている。

したがって,本件発明1の特許請求の範囲の構成要件D及びこれを引用する本件発明2の特許請求の範囲の記載は明確であって,原告の上記主張は採用することができない。

3  取消事由2(特許法36条6項1号違反-構成要件D)について

原告は,構成要件Dは,焼き餅をほぼ均一に焼き上げることが可能となるように,上記②の形状ではなく,上記①の形状に膨化変形することを構成要件としたものであるが,上記①の形状に膨化変形するための具体的方法,手段は,発明の詳細な説明に記載されておらず,このような構成が自明なことともいえず,本件発明は,発明の詳細な説明に記載されていない発明について,特許請求の範囲に記載して特許発明としたものである,と主張する。

しかし,上記2のとおり,構成要件Dには,角形の切餅に関して,焼き上げるに際して,均等膨化したもののほか,不均一に膨化したものも含んだものとして特定しているものと理解することができ,均等膨化のためには,切り込み部を長く形成することや均等に形成することが有利であることは,技術常識といえる。

したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,発明の詳細な説明に記載されていない発明について,特許請求の範囲に記載したものとはいえず,原告の上記主張は採用することができない。

4  取消事由3(特許法36条4項1号違反-構成要件B,C)について

原告は,発明の詳細な説明には,構成要件B,Cに関連して,「側周表面の対向二側面に形成した,周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部(溝部)」について,その周方向の長さ及び切り込みの深さが明らかにされていないから,当業者は,「最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部で膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形する」構成を実施することができない,と主張する。

しかし,本件明細書の記載によれば,本件発明の解決課題及び課題解決方法は,立直側面に切り込み等を設けることにより,焼き上げるに際して,上側が下側に対して持ち上がり,膨化による外部への噴き出しを抑制できる点にあるものと認められる。そして,本件明細書には,「即ち,立直側面たる側周表面2Aに切り込み3をこの立直側面に沿って形成することで,図2に示すように,この切り込み3に対して上側が膨化によって流れ落ちる程噴き出すことなく持ち上がり,前述のように最中やサンドウイッチのような上下の焼板状部間に膨化した中身がサンドされている状態(やや片持ち状態に持ち上がる場合も多い)となり,自動的に従来にない非常に食べ易く,また食欲をそそり,また美味しく食することができる焼き上がり形状となる。」(段落【0027】),「従って,例えば図3に示すように対向二側面の側周表面2Aに刃板5によって切り込み3を形成することで,(前後に切り込み3を殆ど形成せず環状に切り込み3を形成しないが)四面に全てに連続させて形成して四角環状とする場合に比して十分ではないが持ち上がり現象は生じ,前記作用・効果は十分に発揮される。」(段落【0028】),「即ち,刃板5に対して小片餅体1を相対移動するだけで小片餅体1の両側の側周表面2Aに周方向に十分な長さを有する切り込み3を簡単に形成でき,前記作用・効果が十分に発揮されると共に,量産性に一層秀れる。」(段落【0029】)と記載されている。上記記載に照らすと,本件発明における最中やサンドウイッチのような状態とは,やや片持ち状態を含むものであり,部分的に切り込みを入れる態様でも持ち上がり現象は生じ,上記作用・効果は十分に発揮されるとともに,量産性に優れた切り込み形成が可能となることが開示されている。また,上記のとおり,本件発明は,切餅について,均等膨化のみならず,不均一に膨化したものも含んだものとして特定されており,完全な均等膨化を実施するための記載を要するものとは解されない。さらに,切り込み等が均等に設けられ,その周方向の長さが長いほど,切り込み等を全周に設けたものに近づくことも明らかであるから,片持ちの程度を抑えるように切り込み等を調整することも,当業者であれば容易といえる。

したがって,発明の詳細な説明の記載には,当業者において,構成要件B,Cに関連する事項を認識して,本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分な記載がされているといえ,原告の上記主張は採用することができない。

5  取消事由4(特許法36条4項1号違反-構成要件D)について

原告は,発明の詳細な説明には,構成要件Dに関連して,「焼きはまぐりができあがったような状態」ではなく,「最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態」に膨化変形するための具体的方法,手段が記載されていないから,本件発明1及びこれを引用する本件発明2は,当業者が,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえない,と主張する。

しかし,上記のとおり,構成要件Dにおける,最中やサンドウイッチのような状態とは,やや片持ち状態を含むものであり,完全な均等膨化は,本件発明において発明特定事項となっていないから,原告の主張は,採用の限りでない。

したがって,発明の詳細な説明の記載には,当業者において,構成要件Dに関連する事項を認識して,本件発明を実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がされているといえ,原告の上記主張は採用することができない。

なお,取消事由1ないし4に関連して,審決が,本件発明に記載要件不備はなかったとした根拠については,その理由付けに妥当を欠く部分があるものの,結論において誤りはなく,審決を取り消す違法はない。

6  結論

以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明)

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