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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10226号 判決 2010年11月30日

原告

訴訟代理人弁理士

伊藤捷雄

訴訟復代理人弁理士

田中正平

被告

朝霧ヨーグル豚販売協同組合

訴訟代理人弁理士

大津洋夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-890127号事件について,平成22年6月7日にした審決(審判請求は成り立たないとした部分を除く。)を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯等

原告は,商標登録第5074465号(平成18年12月20日出願,平成19年8月31日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。本件商標は,別紙本件商標のとおりの構成からなり,指定商品は別紙指定商品目録1のとおりである。

被告は,本件商標は,本件商標の登録を無効にすることを求めて無効審判(無効2009-890127号。以下「本件無効審判」という。)の請求をした。すなわち,①本件商標は,登録商標第4722030号(以下「引用商標」という。引用商標は,平成14年10月10日登録出願,平成15年10月31日設定登録され,「ヨーグルトン」の片仮名を標準文字で表記し,その指定商品は,別紙指定商品目録2のとおりである。)と,商標において類似し,かつ,指定商品(本件商標中の「食用油脂,乳製品」を除く。)について類似するので,商標法4条1項11号に該当する無効理由がある,②指定商品中「食肉,肉製品」を除くものについて,商標法4条1項16号に該当する無効理由があると主張した。

特許庁は,平成22年6月7日,「商標登録第5074465号の指定商品中「食肉,卵,食用魚介類(生きているものを除く。),冷凍野菜,冷凍果実,肉製品,加工水産物,加工野菜及び加工果実,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,加工卵,カレー・シチュー又はスープのもと,お茶漬けのり,ふりかけ,なめ物,豆,食用たんぱく」についての登録を無効とする。その余の指定商品についての審判請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年6月17日,原告に送達された。

2  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,①本件商標の登録は,指定商品中「食用油脂,乳製品」を除くものについて,商標法4条1項11号に該当するものについてされたものである,②指定商品中「豚肉以外の食肉,豚肉以外の肉を使用した肉製品」について,商標法4条1項16号に該当するものについてされたものである,③したがって,その指定商品中「食肉,卵,食用魚介類(生きているものを除く。),冷凍野菜,冷凍果実,肉製品,加工水産物,加工野菜及び加工果実,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,加工卵,カレー・シチュー又はスープのもと,お茶漬けのり,ふりかけ,なめ物,豆,食用たんぱく」について,商標法46条1項の規定により無効とし,その余の商品については,商標法4条1項16号に該当しないから,その登録を無効とすることはできない,というものである。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

(1)  商標法4条1項11号該当性判断の誤り(取消事由1)

ア 審決は,商標法4条1項11号該当性につき,次のとおり判断した。

(ア) 本件商標について

本件商標は,その構成中に,「HerbYogurTon」の欧文字,「ハーブヨーグルトン」の片仮名文字,「井田さん家の豚」の文字(以下,それぞれ「第1文字部分」,「第2文字部分」,「第3文字部分」という場合がある。)及び豚のシルエット図形(以下,「図形部分」という場合がある。)からなる。

「HerbYogurTon」,「ハーブヨーグルトン」の各文字は自他商品の識別標識としての機能を有する。第1文字部分及び第2文字部分の「Herb」及び「ハーブ」は,自他商品識別力がないか極めて弱いと認められ,「YogurTon」及び「ヨーグルトン」の文字が自他商品識別力を有し,特定の意味を有しない造語と認められる。本件商標は,各構成部分がそれらを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているとの被請求人(原告)の主張は認められない。

本件商標中の第1文字部分及び第2文字部分の文字に相応して,「ヨーグルトン」の称呼を生ずるが,観念を有しない。本件商標中の第3文字部分の文字から「イダサンチノブタ」の称呼及び「井田さん家の豚」の観念を生ずる。

(イ) 引用商標について

引用商標は,「ヨーグルトン」の片仮名を標準文字で表記したものであり,意味を有しない造語よりなるから,その文字に相応して「ヨーグルトン」の称呼を生ずるが,特定の観念を有しない。

(ウ) 本件商標と引用商標の類否について

本件商標と引用商標は,「ヨーグルトン」の称呼を共通にし,観念において比較することができず,外観は,構成上の差異はあるものの,取引者,需要者の注意をひく「ヨーグルトン」の部分は共通しており,商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すると,本件商標と引用商標は類似する。

本件商標の指定商品中,「食用油脂,乳製品」において引用商標の指定商品とは非類似であるが,上記以外の指定商品は引用商標の指定商品と同一又は類似であるから,本件商標の登録は,その指定商品中,「食用油脂,乳製品」を除くものについて,商標法4条1項11号に該当する。

イ しかし,審決の判断には誤りがある。すなわち,

(ア) 本件商標の一体不可分性

本件商標は,図形部分と各文字部分の全体が囲み線で囲われ,図形部分と第2文字部分の「ハーブヨーグルトン」が互いに重なりあっていること,図形部分の豚のシルエットと「ハーブヨーグルトン」の「トン」及び第3文字部分の「井田さん家の豚」により,この商標のラベルを包装用紙に貼付して販売される豚肉が,井田さん家で飼育した豚肉であるという共通の観念が生じることから,図形部分と各文字部分は一体不可分というべきであり,分離して観察しなくてはならない必要性はない。

また,第2文字部分について,「ハーブ」にも自他商品識別力があると解すべきであり,図形部分及び第3文字部分の「井田さん家の豚」から,「井田さん家で飼育した豚肉」であると認識されるから,自他商品識別力を有する。

したがって,審決が,本件商標において,第2文字部分の「ハーブヨーグルトン」を抽出し,さらに「ハーブ」と「ヨーグルトン」に分離して判断することは,取引通念に反する不自然な理解である。

(イ) 本件商標と引用商標の類否

a 本件商標の外観,観念,称呼

本件商標は,紺色の囲み線で囲まれた白地の中に,やや上側に位置して描かれた青色の環状帯線と,同環状帯線の内周側と外周側に点線で表示されたリング状の点線と,この2本の点線の間に小さく半円形状に記載された白抜きの「HerbYogurTon」の文字部分(第1文字部分)と,環状帯線の外側を囲むようにしてリング状に描かれた緑色の双葉模様と,リング部の内側に設けた濃紺の下地に白抜きで描かれた豚のシルエットとからなる図形(図形部分)と,図形部分の下側約3分の2に重なり合って表示された紫色の下地に白く縁取りをした湾曲形状のリボンに白抜きの文字で同書,同大,同間隔に,結合状体よく表記された「ハーブヨーグルトン」の文字部分(第2文字部分)と,第2文字部分の下側に同一曲線で湾曲形状に表示された紺色の下地に白抜きの文字で同大,同間隔に表記された「井田さん家の豚」の文字部分(第3文字部分)とで構成されている。図形と文字部分の両方を囲んだ囲み線が設けられ,図形部分と第2文字部分の表示部分が互いに重なり合って一体化され,また,図形部分と第2文字部分と第3文字部分がまとまり良く上下方向へ配置されている。

第2文字部分の「ハーブヨーグルトン」の語は,特に意味のない造語であるが,仮に,「ハーブヨーグルトン」を,「ハーブ」と「ヨーグルトン」との結合商標であると解したとしても,指定商品との関係から,「ハーブ」と「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の飼料で育てた豚」という,まとまった観念を生じさせる。また,本件商標の図形部分,第2文字部分及び第3文字部分から,「井田さん家で飼育した豚肉」という観念を生じさせる。

第2文字部分の「ハーブヨーグルトン」は,一挙によどみなく称呼でき,つかえることはないから,「ハーブヨーグルトン」の称呼のみが生じるというべきである。

第2文字部分中の「ヨーグルトン」部分は,多くの人が「ヨーグルト」を連想し,「トン」は「豚」の音読みであるから,「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の発酵飼料を用いて育成した豚」という観念を生じさせるものであり,意味のない造語ではない。リキッドフィーディング,発酵リキッドフィーディングは,ヨーロッパで以前から知られた豚の給餌方法であり,日本でも,養豚業者や飼料会社のような一般取引者の間で良く知られ,引用商標出願時に,一般取引業者の間において,このような豚の飼育方法があることは周知であった。

b 引用商標の外観,観念,称呼

「ヨーグルトン」は,片仮名で同書,同大,同間隔に表記され,「ヨーグルトン」の称呼のみを生じる。

また,「ヨーグルトン」は,上記aのとおり,「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の発酵飼料を用いて育成した豚」という意味合いを持ち,品質を表示するものであるから,自他商品識別力がない。

(ウ) 類否判断

本件商標の図形部分及び各文字部分を一体不可分として見た場合,本件商標と引用商標は,外観,観念,称呼において非類似である。

ウ 小括

本件商標と引用商標とは類似せず,本件商標は,商標法4条1項11号に該当しないものであるから,審決の判断は誤りである。

(2)  商標法4条1項16号該当性判断の誤り(取消事由2)

審決は,本件商標の指定商品中,「食肉,肉製品」以外のものについては品質誤認が生じず,「食肉,肉製品」についても「豚肉,豚肉を使用した肉製品」とすれば品質誤認が生じないとしながら,結論として,上記で品質誤認が生じないとしたものを含む,「食肉,卵,食用魚介類(生きているものを除く。),冷凍野菜,冷凍果実,肉製品,加工水産物,加工野菜及び加工果実,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,加工卵,カレー・シチュー又はスープのもと,お茶漬けのり,ふりかけ,なめ物,豆,食用たんぱく」について,商標法4条1項16号に該当する判断している。

審決は,論旨に整合性がなく,取り消されるべきである。

(3)  本件無効審判請求の不当性(取消事由3)

「ヨーグルトン」は,無効理由のあった商標で,現在使用していない商標であるから,被告が,これを引用商標として,無効審判請求に及ぶことは権利の濫用として許されない。

まず,引用商標は,商標法3条1項3号にいう品質を表示する標章に当たるものである。すなわち,引用商標の「ヨーグルトン」という名前の由来は,ヨーグルト状の飼料を食べさせて育てた豚(トン)であるが,ヨーグルト状の飼料を与えて豚を飼育する「リキッドフィーディング」は,引用商標の出願以前に,養豚業者や食肉の卸売業者には広く知られた豚の飼育方法であり,引用商標に接した養豚業者や食肉の卸売業者などの一般取引者は,直ちにヨーグルト状の飼料を与えて育てた豚,或いは豚肉であると理解する。

また,引用商標の出願前である昭和44年に設立された株式会社ヨーグルトン乳業という会社が存在し(甲55の1ないし6),同社は,設立当初から「ヨーグルトン」の商標を用いて「乳製品」の製造販売を行っている。乳製品は引用商標の出願時に第29類に分類されていたから引用商標と同一分類になる。すなわち,「ヨーグルトン」は,株式会社ヨーグルトン乳業の設立当初から,引用商標の出願日である平成14年10月10日まで,28年間の使用実績があり,周知性を取得していたものと考えられる。

さらに,被告は,引用商標を現在使用していない。

したがって,被告が,「ヨーグルトン」を引用商標として,無効審判請求に及ぶことは権利の濫用として許されない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1(商標法4条1項11号該当性判断の誤り)に対し

本件商標が,商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。すなわち,

ア 原告は,①本件商標について,本件商標の図形部分と各文字部分とが,一体不可分のものとして理解されるべきものである,②本件商標における第2文字部分の「ハーブヨーグルトン」のみを抽出し,さらに「ハーブ」と「ヨーグルトン」に分離して判断することは,取引通念に反する不自然な理解であると主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

本件商標は,複数の文字部分と図形が組み合わされた結合商標である。図形部分は,円形,リボン,環状帯体,湾曲帯体などのレイアウト素材とリング状の双葉模様と全体を囲む外縁などの基本図形を背景として,上記円形部分には豚のシルエットが白抜きで表示され,上記リボン部分には「ハーブヨーグルトン」の文字が白字で記載され,上記環状帯体部分には「HerbYogurTon」の文字が記載され,その外側に上記双葉模様が配置されている。これらの商標構成要素は,全体を囲む外縁内に配置されているが,各レイアウト用素材はいずれも一般に慣用されている図形からなり,色,形において統一性がない。このような統一性,結合性のないレイアウト素材からは,固有の観念,称呼は生じない。したがって,本件商標における,レイアウト用素材上に表示された各文字部分は,字体も大きさも異なっているから,各文字部分は,その背景となっている各レイアウト用素材と統一的に認識することはなく,各構成部分ごとに分離して認識するのが自然である。円形部分の中には豚のシルエット図形が描かれているが,この構成部分についても分離して認識するのが自然である。

また,第1文字部分及び第2文字部分における,「Herb」,「ハーブ」の部分は自他商品の識別力がないか極めて弱い部分と認められる。

以上のとおり,本件商標について各構成部分は,不可分的に結合しているものとは認められない。

イ 原告は,本件商標の第2文字部分である「ハーブヨーグルトン」については,特に意味のない造語であるとするのに対し,引用商標「ヨーグルトン」については,多くの人が「ヨーグルト」を連想し,「トン」は「豚」の音読みであるから,「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の発酵飼料を用いて育成した豚」という観念を生じさせるものであって,造語ではないから識別力が弱いと主張する。原告の同主張は,整合性を欠き,失当である。

また,原告は,本件商標の第2文字部分については,「ハーブ」と「ヨーグルトンの文字部分に識別力の差はなく,「ハーブ」にも自他商品識別力があるとするのに対し,引用商標については,「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の発酵飼料を用いて育成した豚」という意味を有し,品質を表示するものであるから,自他商品の識別力がない商標であると主張する。原告の同主張は,整合性を欠き,失当である。

ウ 本件商標と引用商標の類否について

本件商標と引用商標は,「ヨーグルトン」の称呼を共通にし,観念において比較することができず,外観は,構成上の差異はあるものの,取引者,需要者の注意をひく「ヨーグルトン」の部分は共通しており,商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すると,本件商標と引用商標は類似するといえる。

(2)  取消事由2(商標法4条1項16号該当性判断の誤り)に対し

原告の主張は失当である。

(3)  取消事由3(本件無効審判請求の不当性)に対し

原告は,本件無効審判で判断されなかった無効理由について取消事由を主張するが,このような取消事由は本件訴訟の審理の対象とならないから,原告の主張は失当である。また,引用商標は,有効に存続しており,原告の主張は失当である。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  取消事由1(商標法4条1項11号該当性判断の誤り)について

(1)  本件商標と引用商標の類否について

ア 事実認定

(ア) 本件商標の外観,称呼及び観念

a 外観

本件商標は,次の構成からなるものであり,以下に表記したとおりの外観を呈する。すなわち,①全体が丸みを帯びた紺色の曲線で囲まれている,②その白地の中には,やや上側に位置して描かれた青色の環状帯線と,同環状帯線の内周側と外周側に点線で表示されたリング状の点線と,環状帯線の外側を囲むようにしてリング状に描かれた緑色の双葉模様と,リング部の内側に設けた濃紺の下地に白抜きで描かれた右に向いた豚のシルエットとからなる図形(図形部分)と,図形部分の下側約3分の2に重なり合って表示された紫色の下地に白く縁取りをした湾曲形状のリボンが描かれ,さらに,上方に湾曲した紺色で曲線形状に表示された帯状の図形が描かれている,③リング状の2本の点線で挟まれた部分には,半円形状に,白抜きの文字により,左から小さく「HerbYogurTon」の文字(第1文字部分)が表記され,また,湾曲形状のリボンの中には,白抜きの文字により,同一の書体,同一の大きさ,同一の間隔で,太く大きく「ハーブヨーグルトン」の文字(第2文字部分)が表記され,さらに,第2文字部分の下側の湾曲形状に表示された紺色の帯状図形の中には,白抜きの文字により,同一の書体,同一の大きさ,同一の間隔で,やや小さく「井田さん家の豚」の文字(第3文字部分)が表記されている。

b 称呼

本件商標からは,次のとおり,「ハーブヨーグルトン」との称呼が生じる。すなわち,本件商標は,「ハーブヨーグルトン」の片仮名文字が,中段よりやや下方に,丸みを帯びた輪郭線を左右に突き出すように,濃い紫色の下地に白く縁取りをした湾曲形状のリボンに白抜きで,他の文字部分より太く,大きく,強いコントラストを強調するように表記されている。また,リボンの左右両端が後方に巻き込まれるような形状に描かれているため,第2文字部分「ハーブヨーグルトン」が,前方に飛び出して記載されたような視覚効果を与え,看る者に対して,強い印象を与える。また,その上方には,「HerbYogurTon」の文字(第1文字部分)が,薄い青色の下地に白抜きで小さく表記され,同部分からも「ハーブヨーグルトン」との称呼が生じることも併せて考慮すると,本件商標からは,専ら「ハーブヨーグルトン」との称呼が生じると解すべきである。確かに,本件商標には,第3文字部分「井田さん家の豚」とも表記されているが,同表記は,特定の人名と商品とを組み合わせて,商品の出所を説明的に表示したものと解されることに照らすと,本件商標の識別力のある部分として,「イダサンチノブタ」との称呼が生じると解することは困難である。もとより,「ハーブヨーグルトンイダサンチノブタ」との称呼が生じることもない。

c 観念

本件商標の第2文字部分「ハーブヨーグルトン」中には「ハーブ」の文字が含まれ,同部分は,草,香味料,薬草そのもの,及び健康食品,料理に用いられる香草等を指す語と理解される。また,本件商標の図形中には,環状帯線の外側を囲むようにしてリング状に描かれた緑色の双葉模様が描かれている。したがって,本件商標の第2文字部分中の「ハーブ」部分等から,「香草等を用いた」,「香草等に関係のある」との観念を生じ得る(甲4,5,乙28ないし30,39)。

本件商標の第2文字部分「ハーブヨーグルトン」中の「ヨーグルトン」部分は,それ自体に固有の意味を有することのない造語であると理解される。「ヨーグルト」部分に着目するならば,牛乳等に乳酸菌を加えて発酵させた食品である「ヨーグルト」を連想させ,「トン」部分に着目するならば,「豚」を連想させる。豚の図柄や「井田さん家の豚」と表記があることから,看者に対して,豚を連想させることが多いといえようが,そうすると,2つの語で重複する「ト」が単一の文字(音)となって用いられることになり,「ハーブヨーグル」ないし「ヨーグル」が全く意味を有しないことになる等の点に照らすならば,「ヨーグルトン」は,格別の観念を生じることのない造語であると理解するのが合理的である。

(イ) 引用商標の称呼,観念及び外観

引用商標は,「ヨーグルトン」の文字を,同一の大きさ,同一の間隔で,標準文字(片仮名)により,一連に表記した商標である。

引用商標からは,「ヨーグルトン」の称呼及び外観が生じる。

引用商標からは,以下のとおり,格別の観念は生じない。「ヨーグルトン」は,それ自体に固有の意味を有することのない造語であると理解される。「ヨーグルト」部分に着目するならば,牛乳等に乳酸菌を加えて発酵させた食品である「ヨーグルト」を連想させ,「トン」部分に着目するならば,「豚」や重さの単位である「トン」を連想させるが,一般的には,相互に関連のない語の組み合わせであること,2つの語で重複する「ト」が単一の文字(音)となって用いられ,いずれか一方の意味に関連するように理解した場合には,他の部分が全く意味を有しないことになる等の点に照らすならば,「ヨーグルトン」は,格別の観念を生じることのない造語であると理解するのが合理的である。したがって,「ヨーグルトン」の語の出所としての識別力は,決して弱いものとはいえず,むしろ強く保護されてしかるべきである。

(ウ) 取引の実情

原告は,昭和51年ころから,埼玉県深谷市において,井田ファームと称して養豚業を営み,平成15年1月ころから,食品残渣を利用して豚にヨーグルト状の飼料を与える「発酵リキッドフィーディングシステム」を用いた養豚を始めた。原告は,発酵リキッドの各原料の発酵時に穀物配合飼料の発酵タンクへ,ハーブの一種であるオレガノを含む液を混入させることにより,乳酸菌の多い液体ヨーグルト状を呈した,異臭を発しない,発酵リキッドを飼料として用いた。原告は,本件商標の設定登録を得た平成19年8月31日に先立つ,平成17年1月ころから,埼玉県に本社のある株式会社小林畜産を通じて,ハーブ入り発酵リキッド飼料を用いた豚肉を「ハーブヨーグルトン」の名称で販売してきた。ところで,豚にヨーグルト状の飼料を与えて豚を育成させる給餌方法(リキッドフィーディング,発酵リキッドフィーディング)は,豚の成育に好影響を与え,疾病を減少させ,飼料のコストを抑制させるなどの利点があるとして,ヨーロッパでは以前から行われ,日本でも,平成13年の食品リサイクル法の施行,平成15年の農林水産省食品リサイクルモデル緊急整備事業等に伴い,全国の養豚業者や給餌機器の製造販売業者等の間に周知されるようになっている。

一方,被告は,平成15年2月に,乳酸菌発酵飼料を用いた豚の共同購入,共同加工,販売などを行なう目的で設立された協同組合である。富士宮市,富士市,沼津市の食肉卸業者5社及び養豚事業者が,乳酸菌発酵飼料を用いた豚の普及を図るため,試食会などを開催したり,大学と連携して安全性や品質を保証するためのシステムの導入を進める等の活動を行っている。被告の販売に係る豚を取り扱う店は,富士宮市,富士市,沼津市及びその近郊に所在するスーパーを含む10数店舗であり,豚肉,ハム,ソーセージ等が販売されている。被告は,引用商標のほか,「朝霧ヨーグル豚」,「ヨーグル豚」の商標を登録しており,豚肉,肉製品の販売,宣伝,広告等に使用している。商品の包装容器に貼付するラベルには「朝霧ヨーグル豚」が使用されることが多いが,ホームページの広告記事等には引用商標や「ヨーグル豚」も用いられている。(以上,甲26,35の1ないし6,36,38,42,50の1ないし5,57の1ないし10,58の1,2及び弁論の全趣旨)

イ 判断

以上認定した事実を基礎に,本件商標と引用商標との類否を判断する。

(ア) 称呼の類似性

本件商標は,前記のとおり,第2文字部分「ハーブヨーグルトン」が,中央に大きく記載され,前方に飛び出すような視覚効果を与え,看る者に対して,強い印象を与えることから,「ハーブヨーグルトン」の称呼を生じる(第1文字部分「HerbYogurTon」からも上記と同一の称呼を生じる。)。他方,引用商標からは,「ヨーグルトン」との称呼を生じる。本件商標と引用商標を対比すると,本件商標を構成する9文字中の6文字からなる「ヨーグルトン」部分において共通する。そして,引用商標「ヨーグルトン」は,前記のとおり造語であることから,指定商品の取引にあたっては,強く認識され,記憶される称呼というべきである。したがって,引用商標は,称呼の観点からも,出所識別力は強い。これに対し,本件商標中の第2文字部分の「ハーブ」は,9文字中3文字であり,緑色の双葉図形が描かれていることをも考慮するならば,ヨーグルトンと称される商品の中で,ハーブに関係する特徴を備えたものという付加的な称呼と理解されるにすぎず,さほど重視されることはないというべきであるから,両商標は,称呼において類似する。

(イ) 観念及び外観

本件商標は,前記のとおり,全体を囲む曲線,緑色の双葉模様,右に向いた豚等の図形,及び「HerbYogurTon」,「井田さん家の豚」との文字が,描かれている。しかし,同図形は,いずれも,格別特徴のある図形でなく,付加的,補充的な印象を与えるものにすぎず,出所識別力を有するものと解することはできず,また,「井田さん家の豚」との文字部分は,特定の人名と商品とを組み合わせて,商品の出所を説明したものにすぎないと解されることに照らすと,商標としての機能を有するものではない。本件商標の図形及び「井田さん家の豚」との文字からは,識別機能を有する観念及び外観を生じない。

したがって,本件商標と引用商標とは,称呼の類似性を否定するに足りる特徴的な外観,観念上の相違はないと解すべきである。

(ウ) 原告の主張に対し

この点,原告は,我が国で,養豚業者や飼料会社のような一般取引業者の間において,リキッドフィーディング,発酵リキッドフィーディングによる豚の飼育方法があることは周知であったことに照らすと,「ヨーグルトン」の語は,「ヨーグルト,或いは,ヨーグルト状の発酵飼料を用いて育成した豚」という観念を生じさせ,「ヨーグルトン」部分の識別力は弱いと主張する。

しかし,本件全証拠によるも,出願時及び査定時において,本件商標又は引用商標に接する食肉,肉製品の需要者の間において,発酵リキッドフィーディングに関する知識を有していたこと,及び「ヨーグルトン」の語について,発酵リキッドフィーディングを用いて飼育した豚であると広く理解されていたことを認めることはできない。したがって,本件商標の「ヨーグルトン」部分は,発酵リキッドフィーディングを用いて飼育した豚を指す普通名詞であるから,特徴的な部分ではなく,本件商標の「ハーブ」部分のみが特徴的な部分であるとする原告の主張は,採用できない。

(2)  小括

以上のとおりであり,本件商標は,その指定商品中の「食用油脂,乳製品」について,引用商標の指定商品とは非類似であるが,前記以外の指定商品については,引用商標の指定商品と同一又は類似であるから,本件商標の登録は,その指定商品中,「食用油脂,乳製品」を除くものについて,商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断に誤りはなく,原告の主張は採用できない。

2  取消事由2(商標法4条1項16号該当性判断の誤り)について

原告は,審決は,本件商標の指定商品中,「食肉,肉製品」以外のものについては品質誤認が生じず,「食肉,肉製品」についても「豚肉,豚肉を使用した肉製品」とすれば品質誤認が生じないとしながら,結論として,上記で品質誤認が生じないとしたものを含む,「食肉,卵,食用魚介類(生きているものを除く。),冷凍野菜,冷凍果実,肉製品,加工水産物,加工野菜及び加工果実,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,加工卵,カレー・シチュー又はスープのもと,お茶漬けのり,ふりかけ,なめ物,豆,食用たんぱく」について,商標法4条1項16号の規定に該当すると判断したが,審決の論理には整合性がなく,取り消されるべきである,と主張する。

審決には,原告主張のとおりの不整合が認められるが,上記1のとおり,本件商標の登録は,その指定商品中,「食用油脂,乳製品」を除くものについて,商標法4条1項11号に該当するとした判断には誤りがないから,上記の不整合は,審決の結論に影響を及ぼさない。

したがって,結論として,審決には取り消すべき違法はなく,原告の主張は採用できない。

3  取消事由3(本件無効審判請求の不当性)について

原告は,引用商標は,商標法3条1項3号にいう品質を表示する標章に該当する商標であること,出願時の周知商標と同一の商標であり,商標法4条1項10号に該当すること,現在使用していない商標であること等を理由として,被告が,これを引用商標として無効審判請求に及ぶことは権利の濫用として許されないと主張する。

上記主張は,本件無効審判の手続において審理の対象とされなかった事項であり,特段の事情のない限り,本件訴訟において,審決の固有の取消事由として主張することができないというべきであり,本件において,取消訴訟において,そのような主張を判断することが正当であるとする特段の事情はない。

のみならず,原告の主張は,①引用商標の「ヨーグルトン」は,上記1のとおり,格別の観念を生じない造語であるから,品質を表示する標章であるとはいえず,また,②無効審判請求の除斥期間が経過した後に,自己の有する登録商標を引用商標として,商標法4条1項11号所定の無効審判請求を行うことが不当であり,本件無効審判請求をすることが権利の濫用に当たるとする根拠はない。

よって,原告の主張は採用できない。

4  小括

以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他縷々主張するが,いずれも採用の限りでない。

なお,原告は,平成22年9月30日に本件商標登録の指定商品の一部を放棄したとして商標権の一部抹消登録申請書を提出したが,そのことは審決の結論に影響を与えないと解されることから,上記の判断は左右されない。

第5結論

よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 齊木教朗 裁判官 武宮英子)

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