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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10252号 判決 2011年4月26日

原告

タッチパネル・システムズ株式会社

訴訟代理人弁護士

辻居幸一

弁理士

須田洋之

弁護士

水沼淳

被告

特許庁長官

指定代理人

中野裕二

大野克人

近藤聡

田部元史

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2007-32060号事件について平成22年6月22日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,拒絶査定を不服とする審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。

争点は,発明の詳細な説明は本願の請求項1~11に係る本願発明につき旧通商産業省令で定めるところによる記載がなされているか,本願発明は発明の詳細な説明に記載されているか,発明の詳細な説明は本願発明を当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載しているかである。

1  特許庁における手続の経緯

ダイセル化学工業株式会社は,平成10年5月14日名称を「音響波方式タッチパネル」とする発明について特許出願(特願平10-132325号,公開公報は特開平11-327785〔甲17〕)をした。同出願に基づく特許を受ける権利は平成12年6月2日付けで原告に譲渡され,同年6月22日付け出願人名義変更届により出願人の名義が原告に変更された。原告は,平成19年9月7日付けで特許請求の範囲の変更等を内容とする補正(請求項の数11。甲6)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判請求をした。

特許庁は,上記請求を不服2007-32060号事件として審理した上,平成22年6月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成22年7月8日原告に送達された。

2  本願発明の要旨(請求項1~11の記載)

【請求項1】

「音響波の伝搬媒体としてのガラス基板を備え,接触位置に関する座標データを検知するためのタッチパネルであって,前記ガラス基板が,主成分としてのSiO2と追加の成分とで構成され,追加の成分が,

BaOの含有量が1.5重量%以下であり,

ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含む

ことを特徴とする,前記タッチパネル。」

【請求項2】

「前記追加の成分B2O3の含有量が1.5重量%以下である,請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項3】

「前記追加の成分Al2O3とZrO2との合計含有量が3~20重量%である請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項4】

「前記追加の成分のAl2O3とZrO2との割合が,ZrO2/(Al2O3+ZrO2)=40~90重量%であり,Al2O3とZrO2との合計含有量が8~20重量%である請求項1記載のタッチパネル」

【請求項5】

「ガラス基板中のK2Oの含有量が5~10重量%である請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項6】

「ガラス基板中のNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%である請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項7】

「音響波が伝播可能な基板と,前記音響波を基板中に導入するための手段とで構成されるタッチパネルであって,基板が,化学的又は熱的に強化可能なガラスで形成されている請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項8】

「ガラス基板が熱強化されており,強化前に,約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有する請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項9】

「ガラス基板の密度が2.6~3.0g/cm3である請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項10】

「ガラス基板の軟化点が,800~900℃である請求項1記載のタッチパネル。」

【請求項11】

「音響波がレイリー波,水平偏波横波,高次の水平偏波横波,零次の水平偏波横波又はラブ波である請求項1記載のタッチパネル。」

3  審決の理由の要点

発明の詳細な説明において,請求項1に係る発明及び請求項1を引用する請求項2~11に係る発明の技術上の意義が明らかでないから,本件出願の発明の詳細な説明は,請求項1~11に係る発明について,平成11年法律160号による改正前の特許法36条4項(以下「旧特許法36条4項」という。)の経済産業省令(平成12年通商産業省令357号による改正前の特許法施行規則24条の2〔以下「旧特許法施行規則24条の2」という。〕)で定めるところによる記載がされておらず(委任省令違反),請求項1~6,8~10に係る発明及び請求項1を引用する請求項7,11に係る発明は,発明の詳細な説明に記載したものでなく(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号〔以下「旧特許法36条6項1号」という。〕〔サポート要件〕違反),本件出願の発明の詳細な説明は,当業者が請求項1~6,8~10に係る発明及び請求項1を引用する請求項7,11に係る発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものでない(旧特許法36条4項〔実施可能要件〕違反)。

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(委任省令違反についての取消事由)

(1)  特許法が,旧特許法36条4項において,「通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであること」(いわゆる実施可能要件)を規定したのは,通常の知識を有する者(当業者)がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したといえない発明に対して,独占権を付与することになるならば,発明を公開したことの代償として独占権を付与するという特許制度の趣旨に反する結果を生ずるからであるところ,特許法施行規則24条の2が,明細書には「発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきとしたのは,特許法が実施可能要件を設けた趣旨の実効性を実質的に確保するためである。そのような趣旨に照らすと,そこに規定した「技術上の意義を理解するために必要な事項」は,実施可能要件の有無を判断するに当たっての間接的な判断要素として活用されるよう解釈適用されるべきであって,実施可能要件と別個の独立した要件として,形式的に解釈適用されるべきではない。

しかるに審決は,「技術上の意義を理解するために必要な事項」を独立した要件として判断しており,この点において審決には誤りがある。

(2)  BaOの含有量について

審決は,「本願の請求項1に係る発明は,BaOの含有量が取り得る範囲を1.5重量%以下としているが,その最大値である『1.5重量%』という数値を導き出した根拠が発明の詳細な説明に記載されているとは言えない。」とした(審決21頁20行~23行)。

しかし,本願明細書の段落【0009】,【0026】,【0030】の記載により,当業者はBaOを実質的に含まないことの技術的意義を理解することができる。

また,本願発明は,例えばBaOを2重量%含有する参考例1との比較に基づき,BaOを実質的に含まない数値範囲として,BaOの含有量を1.5重量%以下として規定したものである。

さらに,特開平9-301733号公報(甲13)の段落【0013】に記載されているとおり,「BaOは必須成分でない」ガラス基板においても,2重量%程度のBaOが添加されることがある。このため,甲13文献の段落【0013】には,「好ましくは2%以下,特に好ましくは1%以下」と記載されているものであり,本願発明において,BaOを実質的に含まない数値として,「1.5重量%以下」という限定が加えられたのである。

なお,被告は,甲13文献のガラス基板はプラズマディスプレイに用いられるものであるから,本願発明のガラス基板と同じ技術分野に属するものではないと主張するが,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板も,ディスプレイ基板に用いられるガラス基板の一種であり,両者は,電磁気的要求がなく,光学的に透明で,機械的に一定の強度を有するという点で共通するのであって,両者の技術分野が異なるものではない。

(3)  ZrO2,SrOの含有量について

審決は,「本願の請求項1に係る発明は,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の含有量が取り得る範囲を1重量%以上としているが,その最小値である『1重量%』という数値を導き出した根拠が発明の詳細な説明に記載されているとは言えない。」とした(22頁10行~14行)。

しかし,本願明細書の段落【0029】~【0031】の記載により,当業者は,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方を1重量%以上含むことの技術的意義を理解することができる。

また,ZrO2又はSrOの含有量の最小値である「1重量%」がBaOを実質的に含まないとする「1.5重量%」よりも小さい数値になっているが,対象物質が異なれば,当然「実質的に含むか否か」の判断基準は異なるものである。

さらに,ZrO2とSrOについては,特開平4-325436号公報(甲15)の段落【0025】,【表1】の実施例1~11に記載されているとおり,従来のガラス基板においては,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方が1モル%以上含まれていたものであり,本願発明のガラス基板においても,ZrO2およびSrOを実質的に含む値として,1.0重量%を規定したものである。

なお,被告は,甲15文献のガラス基板はディスプレイに用いられるものであるから,本願発明のガラス基板と同じ技術分野に属するものではないと主張するが,両者の技術分野が異なるものではないことは前記のとおりである。

(4)  減衰係数の測定について

審決は,本願明細書の段落【0026】に記載された減衰係数の測定に関し,「発明の詳細な説明において,5つのガラス基板を用いた減衰係数の測定から,どのガラス基板を,音響波減衰を低減できない不合格品として扱い,どのガラス基板を,音響波減衰を低減できる合格品として扱うのか不明であると言わざるを得ない。」とした(22頁27行~30行)。

しかし,本願明細書の段落【0025】には「5.53MHzのレイリー波につき,基板表面で,レイリー波の伝搬を支持するのに十分な厚さを有する試験対象ガラスサンプルに対向する一対の0.5インチ幅のウェッジトランスデューサを装着し,信号について振幅対距離のプロットの傾きによって測定したところ,減衰係数(音響波損失)が約0.25dB/cm以下のガラス。」と「低音響波損ガラス」の定義が記載されており,この定義に照らせば,減衰係数が約0.25dB/cm以下のガラスが合格品として取り扱われることは明白である。そして,これを本願明細書に記載された比較例1,比較例2,参考例1,参考例2,実施例1についてみると,参考例1,参考例2,実施例1の減衰係数が段落【0025】に記載された基準を満たしているが,参考例1及び2は,本願発明に規定されたガラス基板とはそもそも組成が異なるものであるから,合格品か否かの判断の対象とならない。

したがって,実施例1のみが本件出願に係る発明の技術的範囲に属する「合格品」のガラス基板であり,どのガラス基板を音響波減衰を低減できない不合格品として扱い,どのガラス基板を合格品として扱うのか不明であるとの審決の指摘は誤りである。

(5)  減衰係数を低減させるメカニズムについて

審決は,BaOの含有量とZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の含有量が減衰係数を低減させるメカニズムに関し,「審判請求人は,そのメカニズムは必要でないとし,その説明を回避したから,当業者が技術常識をもってしても,発明の技術上の意義を理解することは困難である。」とした(23頁9行~11行)。

しかし,特許法施行規則24条の2の求める事項は,発明の詳細な説明中の「課題及びその解決手段」に記載される必要はなく,当業者が発明の技術上の意義を当然に理解できれば足り,明示的な記載は必要ないのであって,本願発明においても,発明の詳細な説明において,「BaOの含有量と,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の含有量が減衰係数を低減させるメカニズム」なるものの記載が必要なものではない。

また,前記のとおり,本願明細書の記載から,当業者は,BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及びZrO2およびSrOのうち少なくとも一方を1.0重量%以上含むことの技術的意義を当然に理解することができる。

したがって,審決が指摘する点を本願明細書に記載する必要はない。

2  取消事由2(サポート要件違反についての取消事由)

(1)  実施例により特許請求の範囲全てをサポートする必要はない

審決は,本願明細書に記載された実施例1から本願発明の各数値範囲まで数値を拡張することはできないとした。

しかし,明細書における実施例は,発明の構成をどのように具体化したかを示すものであり,特許請求の範囲に含まれる事項の全てについて,実施例によるサポートが必要であると解することはできない。

(2)  本願明細書には本願発明をサポートする十分な記載がある

本願明細書には,実施例1の記載のほか,以下のとおり,その数値範囲及び技術的意義に関する記載があり,そもそもサポート要件違反はない。また,これらの記載と技術常識とを考え併せれば,実施例において確認された効果が各請求項の発明の範囲で得られることが当業者には理解されるものであって,これらの記載は本願各発明のサポートとして必要かつ十分である。

(3)  BaOの含有量について(請求項1に係る発明)

本願明細書の段落【0009】,【0026】,【0030】の記載に,従来のバリウム含有ガラス基板においてはBaOが2重量%程度含有されていたことを考え併せれば,実質的にバリウムを含有しないと評価するためにはBaOの含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。

なお,従来のバリウム含有ガラス基板においてBaOが2重量%程度含有されていたことについては,甲13文献の段落【0013】等に記載がある。

(4)  ZrO2またはSrOのいずれか一方の含有量について(請求項1に係る発明)

本願明細書の段落【0029】~【0031】の記載に,従来のガラス基板において,ZrO2またはSrOが1%含有されていたことを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。

(5)  B2O3の含有量について(請求項2に係る発明)

本願明細書の段落【0009】,【0010】,【0026】,【0033】の記載に,従来のホウケイ酸ガラス基板においてはB2O3が2重量%程度含有されていたことを考え併せれば,実質的にホウケイ酸を含有しないと評価するためにはB2O3の含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項2に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。

なお,従来のホウケイ酸ガラス基板においてB2O3が2重量%程度含有されていたことについては,特開昭61-295256号公報(甲14)の4頁「表-1」に記載がある。すなわち,「表-1」においては,「No.1」から「No.12」として,「B2O3」が2.0~6.0重量%含有されたガラス基板が開示されており(No.11及びNo.5参照),従来のガラス基板においてはB2O3が2重量%程度含有されていたことが認められる。

また,被告は,甲14文献のガラス基板はプラズマディスプレイに用いられるものであるから,本願発明のガラス基板と同じ技術分野に属するものではないと主張するが,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板も,ディスプレイ基板に用いられるガラス基板の一種であり,両者は,電磁気的要求がなく,光学的に透明で,機械的に一定の強度を有するという点で共通するのであって,両者の技術分野が異なるものではない。

(6)  Al2O3とZrO2との合計含有量について(請求項3に係る発明)

本願明細書の段落【0032】,【0038】の記載に,Al2O3とZrO2とがガラスの耐熱性向上という点で類似の性質を有しており,かつ,その合計量が一般的には3~20重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項3に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。すなわち,請求項3に係る発明は,請求項1における発明を,ガラス基板に一般的に含まれ,かつ類似の性質を示すAl2O3とZrO2の合計含有量によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

なお,甲15文献の段落【0013】,【0021】の記載によれば,Al2O3とZrO2がガラスの耐熱性向上という点で類似の性質を有していることが明らかであると共に,甲13文献の段落【0033】,【表1】に記載された表には,Al2O3とZrO2の合計含有量が1.0~17.2重量%であることが開示され(例13及び例17参照),甲14文献の発明には,Al2O3とZrO2の合計含有量が10~24.5重量%であることが開示されている(2頁左欄28行~39行)。

(7)  Al2O3に対するZrO2の含有量の割合について(請求項4に係る発明)

本願明細書の段落【0037】,【0038】の記載に,Al2O3とのZrO2との割合が一般的には40~90重量%程度であること及び前記のAl2O3とのZrO2との合計含有量を考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項4に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。すなわち,請求項4に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板におけるAl2O3とのZrO2との一般的な割合,及びガラス基板に一般的に含まれるAl2O3とZrO2の合計含有量のうち8~20%の範囲に限って限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(8)  K2Oの含有量について(請求項5に係る発明)

本願明細書の段落【0010】,【0039】の記載に,ガラス基板においてK2Oの含有量が5~10重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項5に係る本願発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。

なお,ガラス基板においてK2Oの含有量が5~10重量%程度であることについては,特開平8-290939号公報(以下「甲16文献」という。甲16)に記載された発明においてK2Oの含有量が2~10重量%と規定され(1頁,【構成】の欄5行~6行参照),また,段落【0027】,【表1】に示された実施例においてK2Oの含有量が5.0~7.0重量%であることが開示されている。すなわち,請求項5に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板に一般的に含まれるK2Oの含有量によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(9)  Na2O,CaO及びMgOの合計含有量について(請求項6に係る発明)

本願明細書の段落【0010】,【0040】の記載に,ガラス基板において,Na2O,CaOおよびMgOの含有量が7~20重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項6に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。

なお,甲13文献の段落【0033】,【表1】に示された実施例において,Na2O,CaOおよびMgOの含有量(表において,「Na2O」の含有量の数値に「MgO+CaO+SrO+BaO」の含有量の数値を加え,「SrO」の含有量及び「BaO」の含有量を除いた数値。)が9.5~26.0重量%であることが開示されている(例9及び例13参照)。すなわち,請求項6に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板に一般的に含まれるNa2O,CaOおよびMgOの含有量によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(10)  ガラス基板の熱強化前の熱膨張係数について(請求項8に係る発明)

本願明細書の段落【0010】,【0058】,【0059】,【0064】の記載に,ガラス基板において熱強化可能な熱膨張係数は一般的に約6×10-6/K~約12×10-6/Kであることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項8に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。すなわち,請求項8に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板において熱強化可能な一般的な熱膨張係数によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(11)  ガラス基板の密度について(請求項9に係る発明)

本願明細書の段落【0042】の記載に,ガラス基板における一般的な密度が2.6~3.0g/cm3であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項9に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。すなわち,請求項9に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板における一般的な密度によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(12)  ガラス基板の軟化点について(請求項10に係る発明)

本願明細書の段落【0042】の記載に,ガラス基板における一般的な軟化点が800~900℃であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項10に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解される。すなわち,請求項10に係る発明は,請求項1における発明に,ガラス基板における一般的な軟化点によって限定を加えたものであって,当業者は特許請求の範囲に記載された範囲についての意義を認識することができる。

(13)  まとめ

以上のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明においては,実施例1の記載のほか,各請求項に記載された発明の数値範囲及び技術的意義に関する記載がある。これらの記載と技術常識とを考え併せれば,実施例において確認された効果が各請求項の発明の範囲で得られることが,当業者には理解されるものである。

したがって,審決は,サポート要件を満たしていないとした点で誤っており,この誤りは,審決の結論に影響を与えるものである。

3  取消事由3(実施可能要件違反についての取消事由1)

審決は,サポート要件違反と同様の理由によって実施可能要件違反を認定している。

しかし,審決のサポート要件違反との判断が誤りであることは前記のとおりであり,これと同様の理由から実施可能要件違反と判断したことも誤りである。

4  取消事由4(実施可能要件違反についての取消事由2)

上記のとおり,審決は,サポート要件違反の理由と同じ理由から実施可能要件違反を認定し,実施可能要件違反の点については何ら実質的理由を示していない。しかし,サポート要件違反と実施可能要件違反とは別個の要件であるから,サポート要件違反と同じ理由で実施可能要件違反を認定した点で審決には誤りがある。

第4被告の反論

1  取消事由1に対し

(1)  BaOの含有量につき

原告は,本願明細書の段落【0009】,【0026】,【0030】の記載を示して,BaOを実質的に含まないことの技術的意義が記載されている旨を主張するが,BaOの含有量が取り得る範囲の最大値である「1.5重量%」という数値を導き出した根拠については,上記各段落に記載も示唆もなく自明な事項として理解できるものでもない。

また,原告は,本願発明においては,例えば,BaOを2重量%含有する参考例1との比較に基づき,BaOを実質的に含まない数値範囲として,BaOの含有量を1.5重量%以下として規定した旨主張するが,この参考例1の減衰係数は0.24dB/cmであるところ,減衰係数が0.25dB/cm以下という「低音響波損ガラス」の基準(本願明細書の段落【0025】)を満たしているから,BaOの含有量についてわざわざ2重量%より低くする理由はない。したがって,参考例1は,BaOの含有量が取り得る範囲を2重量%より低い1.5重量%以下とする根拠にはならない。

さらに,原告は,本願発明において,BaOを実質的に含まない数値として「1.5重量%以下」という限定が加えられたことについて,甲13文献の段落【0013】の記載事項を摘示している。しかし,甲13文献の段落【0013】には,「BaOは必須成分ではないが,ガラスの熔解時の粘性を下げ,熔解を促進する効果があるので添加できる。他方,3%超では傷つきやすくなるおそれがある。好ましくは2%以下,特に好ましくは1%以下である。」と記載されており,当該記載からは,BaOは必ずしも必要な成分ではないが,BaOはガラスの熔解時の粘性を下げ,熔解を促進する効果があるので添加することができ,好ましくは2重量%以下,特に好ましくは1重量%以下を添加することが把握されるだけであって,請求項1に係る発明において,BaOを実質的に含まない数値を1.5重量%以下とすることと何ら関係のない事項である。また,甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】,【0005】,【0006】及び【0036】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,各請求項に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。したがって,甲13文献は,BaOを実質的に含まない数値として,1.5重量%以下とする根拠にはならない。

よって,本願の各請求項に係る発明は,BaOの含有量が取り得る範囲を1.5重量%以下としているが,本願明細書の発明の詳細な説明には,その最大値である「1.5重量%」という数値を導き出した根拠について記載も示唆もされているとはいえない。

また,本願明細書の発明の詳細な説明(段落【0088】)において,実施例1のBaOの含有量は,0.2重量%であるところ,請求項1に記載されたBaOの含有量を特定する「1.5重量%」なる数値は,実施例1の含有量の7.5倍に相当し,BaOを実質的に含まないことを意図している数値としては過大な値である。

さらに,BaOの含有量と減衰係数との関係についても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかではない。

以上より,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,BaOの含有量として取り得る範囲を1.5重量%以下とした技術的意義を当業者は理解することができないというべきである。

(2)  ZrO2,SrOの含有量につき

原告は,本願明細書の段落【0029】~【0031】の記載を摘示して,その記載より,当業者は,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方を1重量%以上含むことの技術的意義を理解することはできる旨を主張する。

しかし,本願明細書の段落【0029】~【0031】には,ZrO2の含有量は例えば1重量%以上である旨(段落【0030】),SrOの含有量は例えば1重量%以上である旨(段落【0031】)がそれぞれ個別に記載されているが,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量の最小値として「1重量%」という数値を導き出した根拠については,本願明細書の段落【0029】~【0031】に記載も示唆もない。

したがって,各請求項に係る本願発明は,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量が取り得る範囲を1重量%以上としているが,その最小値である「1重量%」という数値を導き出した根拠が,発明の詳細な説明に記載されているとはいえない。

また,原告は,甲15文献の段落【0025】の【表1】の実施例1~11の記載から,従来のガラス基板においてはZrO2およびSrOのうち少なくとも一方が1モル%以上含まれていたことを摘示して,本願発明のガラス基板においても,ZrO2およびSrOを実質的に含む値として1.0重量%を規定したものである旨を主張する。

しかし,甲15文献の記載と,本願発明のガラス基板においてZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量が取り得る範囲を1重量%以上と規定したこととがどのように関係するのか,原告の主張の意図は明らかではないが,モル%と重量%は異なる単位であって,甲15文献の記載が,本願発明のガラス基板において,ZrO2及びSrOを実質的に含む値として1重量%以上と規定したことについての根拠となるものではない。

さらに,甲15文献に記載された基板用ガラスは,ディスプレイ基板,フォトマスク基板に用いられる無アルカリガラスであり(段落【0001】,【0002】,【0008】及び【0031】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,各請求項に係る本願発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではない上,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。

以上より,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量が取り得る範囲を1重量%以上とした技術的意義を当業者は理解することができないというべきである。

(3)  減衰係数の測定につき

原告は,参考例1,参考例2,実施例1の減衰係数が本願明細書の段落【0025】に記載された基準(「低音響波損ガラス」の定義)を満たしているが,参考例1及び参考例2は本願発明に規定されたガラス基板とはそもそも組成が異なるものであるから,合格品か否かの判断の対象とならず,実施例1のみが合格品である旨を主張する。

しかし,段落【0025】に記載された「低音響波損ガラス」の定義に照らせば,減衰係数が約0.25dB/cm以下のガラスが合格品といえるものであるから,ガラス基板の減衰係数がそれぞれ「0.24」,「0.21」及び「0.18」である参考例1,参考例2及び実施例1が合格品となることは明らかである。原告は,合格品か否かの判断をガラス基板の組成が異なることに求めているが,段落【0025】に記載された「低音響波損ガラス」の定義に照らせば,当を得ない主張である。

したがって,審決が,本願明細書の発明の詳細な説明において,5つのガラス基板を用いた減衰係数の測定から,どのガラス基板を音響波減衰を低減できない不合格品として扱い,どのガラス基板を音響波減衰を低減できる合格品として扱うのか依然として不明であると判断したことに誤りはない。

(4)  減衰係数を低減させるメカニズムにつき

上記(2)及び(3)のとおり,本願明細書,甲13文献及び甲15文献の記載を参酌しても,当業者は,BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及び,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことの技術的意義を理解することができない。

また,発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例は,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1であり(段落【0074】,【0076】,【0079】,【0080】,【0082】,【0083】,【0086】,【0087】,【0088】,【0089】),これらの具体例においてBaO,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数に着目し,それぞれを順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0重量%,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,0重量%,0重量%,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,2重量%,0重量%,0重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,7重量%,2.7重量%,6.3重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,0.2重量%,7.5重量%,8重量%,0.18dB/cm

まず,BaOの含有量と減衰係数との関係について,比較例1及び比較例2はBaOの含有量が1.5重量%以下の0重量%であり,減衰係数は大きく,他方,参考例1及び参考例2は,BaOの含有量が1.5重量%以上の2重量%及び7重量%であり,減衰係数は小さい。そして,実施例1のみが,BaOの含有量が1.5重量%以下の0.2重量%であり,かつ減衰係数が小さい。したがって,BaOの含有量と減衰係数の関係については不明である。特に,比較例1,比較例2,参考例1及び参考例2のみでは,BaOの含有量が大きいほど,減衰係数が小さくなっているといえるところ,実施例1のようにBaOを実質的に含んでいないといえる場合に減衰係数が小さくなることとは相矛盾している。

次に,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数との関係については,確かに,ZrO2及びSrOの含有量が増えれば減衰係数が小さくなっているといえるが,このような含有量の比較はその他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数との関係が正確に導出されているのか不明である。また,ZrO2及びSrOのうち一方のみが含まれた具体例も本願明細書には示されていないから,ZrO2の含有量と減衰係数との関係及びSrOの含有量と減衰係数との関係も不明である。

そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明には,どのようなメカニズムでBaOの含有量が減衰係数を低減させるのかについての記載または示唆がなく不明であり,BaOの含有量と減衰係数との関係は理解できない。どのようなメカニズムで,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量が減衰係数を低減させるのかについての記載又は示唆もなく不明であり,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量と減衰係数との関係も理解できない。

よって,本願明細書の記載から,当業者は,BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及び,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことの技術的意義を理解することができない。

(5)  小括

以上のとおり,旧特許法36条4項(委任省令要件)についての審決の判断に誤りはないから,原告が主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由2に対し

(1)  BaOの含有量につき(請求項1に係る発明)

ア 甲13文献の段落【0013】の記載は,技術事項として,ガラス熔解促進のためにBaOを添加することを説明したものであるから,この記載は,請求項1において,BaOを実質的に含まない数値を1.5重量%以下とすることと何ら関係のない事項である。また,甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】,【0005】,【0006】及び【0036】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項1に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。そうすると,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが,請求項1に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

なお,仮に,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが,請求項1に係る発明に関する出願時の技術常識であったとしても,原告が摘示した本願明細書の段落【0009】,【0026】及び【0030】には具体例の開示がなく,BaOの含有量が1.5重量%以下であることと音響波減衰を低減できるという効果との関係の技術的意味が当業者に理解できる程度に記載されているともいえないから,BaOの含有量が0.2重量%である実施例1のみにおいて確認された効果がBaOの含有量が1.5重量%以下という範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例及び各具体例におけるBaOの含有量と減衰係数は,前記のとおりである。

前記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2はBaOの含有量が1.5重量%以下の0重量%であり減衰係数は大きいが,参考例1及び参考例2はBaOの含有量が1.5重量%以上の2重量%及び7重量%であり,減衰係数は小さいことから,比較例1,比較例2,参考例1及び参考例2によれば,BaOの含有量が大きいほど減衰係数が小さくなっているといえるところ,実施例1のみが,BaOの含有量が1.5重量%以下の0.2重量%であるにもかかわらず,減衰係数は小さい。そうすると,BaOの含有量と減衰係数の関係については不明である。また,このような含有量の比較においては,その他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,BaOの含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのかも不明である。

よって,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという効果が得られる範囲として,BaOの含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のように何ら示されていない。

なお,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが技術常識であったとはいえないことは前記のとおりであるが,仮にそうであったとしても,BaOの含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることが当業者が認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,BaOの含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(2)  ZrO2又はSrOのいずれか一方の含有量につき(請求項1に係る発明)

ア 原告主張の「従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1%含有されていたこと」が,請求項1に係る発明に関する出願時の技術常識であることについては何ら立証されていない。また,甲15文献には,段落【0025】,【表1】の実施例1~11のガラス基板において,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方が1モル%以上含まれていたことを示す記載はあるが,これらの記載と請求項1に係る発明のガラス基板においてZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量が取り得る範囲を1重量%以上と規定したこととがどのように関係するのか明らかではない。そして,モル%と重量%は全く異なる単位であって,上記記載から,本願発明のガラス基板において,ZrO2及びSrOを実質的に含む値として1重量%以上と規定したことを根拠づけることはできない。さらに,甲15文献に記載された基板用ガラスは,ディスプレイ基板,フォトマスク基板に用いられる無アルカリガラスであるところ(段落【0001】,【0002】,【0008】及び【0031】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項1に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,当該ガラスが音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。そうすると,従来のガラス基板においては,ZrO2又はSrOが1重量%含有されていたことが,請求項1に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

なお,仮に,従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1重量%含有されていたことが請求項1に係る発明に関する出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の段落【0029】~【0031】には具体例の開示がなく,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことと音響波減衰を低減できるという効果との関係の技術的意味が当業者に理解できる程度に記載されているともいえないから,請求項1に係る発明の唯一の実施例として示されたZrO2及びSrOの含有量がそれぞれ7.5重量%及び8重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むという範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例及び各具体例におけるZrO2及びSrOの含有量と減衰係数は,前記のとおりである。

前記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1,比較例2及び参考例1は,ZrO2及びSrOの含有量が共に0重量%であり,他方,参考例2は,ZrO2及びSrOの含有量がそれぞれ2.7重量%及び6.3重量%であり,実施例1は,ZrO2及びSrOの含有量がそれぞれ7.5重量%及び8重量%である。そして,原告の主張によれば,合格品は実施例1のみである。そうすると,ZrO2及びSrOの含有量は,それぞれ2.7重量%~7.5重量%及び6.3重量%~8重量%の範囲内に最小値の境界があると考えるのが自然である。また,ZrO2及びSrOのうちの一方の成分のみが含まれた具体例は,本願明細書には示されていない。さらに,このような含有量の比較においては,その他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明である。

よって,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという効果が得られる範囲として,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり,何ら示されていない。仮に,従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1重量%含有されていたことが技術常識であったとしても,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むのであれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることは,当業者が認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むのであれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(3)  B2O3の含有量につき(請求項2に係る発明)

ア 甲14文献に記載された基板用ガラスは,ELや液晶等のディスプレイ,太陽電池及びフォトマスクに用いられるものであるところ(1頁右下欄6~8行参照),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項2に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。そうすると,従来のホウケイ酸ガラス基板においてはB2O3が2重量%程度含有されていたことが,請求項2に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

なお,仮に,従来のホウケイ酸ガラス基板においては,B2O3が2重量%程度含有されていたことが,請求項2に係る発明に関する出願時の技術常識であったとしても,原告が摘示した本願明細書の段落【0009】,【0010】,【0026】及び【0030】には具体例の開示がなく,B2O3の含有量が1.5重量%以下であることと音響波減衰を低減できるという効果との関係の技術的意味が当業者に理解できる程度に記載されているともいえないから,B2O3の含有量が0重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,B2O3の含有量が1.5重量%以下という範囲においても得られることは当業者が理解できる事項とはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例は前記のとおりであり,これらの具体例にB2O3の含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,13重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,2重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,0重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,0重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,参考例2及び実施例1は,B2O3の含有量が共に0重量%であり,減衰係数が低いが,比較例1は,同じくB2O3の含有量が0重量%であるにもかかわらず,減衰係数が高い。してみると,B2O3の含有量と減衰係数の関係については不明であるというべきである。また,このような含有量の比較においては,その他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,B2O3の含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明であうる。

よって,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという効果が得られる範囲として,B2O3の含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のように何ら示されていない。仮に,従来のホウケイ酸ガラス基板においてはB2O3が2重量%程度含有されていたことが技術常識であったとしても,B2O3の含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることは,当業者が認識できる事項とはいえない。

したがって,発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,B2O3の含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(4)  Al2O3とZrO2との合計含有量につき(請求項3に係る発明)

ア 甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】,【0005】,【0006】及び【0036】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項3に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。そして,甲13文献の段落【0033】の【表1】~段落【0035】の【表3】に記載された表には,Al2O3とZrO2の合計含有量が1.0重量%(【表3】の例13)~17.2重量%(【表3】の例17)であることが開示されているのであって,請求項3で特定される3~20重量%が開示されているとはいえない。

また,甲14文献に記載された基板用ガラスは,ELや液晶等のディスプレイ,太陽電池及びフォトマスクに用いられるものであり(1頁右下欄6~8行参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項3に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。また,甲14文献の2頁左欄28行~39行には,Al2O3とZrO2の合計含有量が10~24.5重量%であることが開示されているのであって,請求項3で特定される3~20重量%が開示されているとはいえない。

そうすると,Al2O3とZrO2の合計含有量が一般的には3~20重量%程度であることが,請求項3に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

なお,仮に,Al2O3とZrO2の合計含有量が一般的には3~20重量%程度であることが,請求項3に係る発明に関する出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の段落【0032】及び【0038】には具体例の開示がなく,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であることと音響波減衰を低減できるという効果との関係の技術的意味が当業者に理解できる程度に記載されているともいえないから,Al2O3とZrO2の合計含有量が11.5重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%という範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例は前記のとおりであり,これらの具体例において,Al2O3とZrO2の合計含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,2重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,2重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,0重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,10.7重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,11.5重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1,比較例2及び参考例1は,Al2O3とZrO2の合計含有量が2重量%,2重量%及び0重量%であり,参考例2及び実施例1は,Al2O3とZrO2の合計含有量が10.7重量%及び11.5重量%である。そして,原告の主張によれば,合格品は実施例1のみである。そうすると,ZrO2及びSrOの合成含有量は,10.7~11.5重量%に最小値の境界があると考えるのが自然である。また,最高値の境界を20重量%とすべき具体例の記載はない。さらに,このような含有量の比較においては,その他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,Al2O3とZrO2の合計含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明である。

よって,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという効果が得られる範囲として,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり何ら示されていない。なお,仮に,Al2O3とZrO2の合計含有量が一般的には3~20重量%程度であることが技術常識であったとしても,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることは,当業者が認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(5)  Al2O3に対するZrO2の含有量の割合につき(請求項4に係る発明)

ア 原告主張の「Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が一般的には40~90重量%程度であること」が,請求項4に係る発明に関する出願時の技術常識であることについては何ら立証されていない。

なお,仮に,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が一般的には40~90重量%程度であることが,請求項4に係る発明に関する出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の段落【0037】及び【0038】には具体例の開示がなく,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であることと音響波減衰を低減できるという効果との関係の技術的意味が当業者が理解できる程度に記載されているともいえないから,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が約65重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%という範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,音響波減衰を低減できるという効果を示すための具体例は前記のとおりであり,これらの具体例において,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,計算不能,0.24dB/cm

・ 参考例2は,約25重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,約65重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が高いほど,減衰係数が低くなっている。しかし,このような含有量の比較においては,その他の成分の影響をできるだけ排除した形で行うことが技術常識であるが,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明である。

よって,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという効果が得られる範囲として,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり何ら示されていない。なお,仮に,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が一般的には40~90重量%程度であることが技術常識であったとしても,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であれば,音響波減衰を低減できるという効果が得られることは,当業者が認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であれば,音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(6)  K2Oの含有量について(請求項5に係る発明)

ア 甲16文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】及び【0002】参照),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項5に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。また,甲16文献には,実際のK2Oの含有量について,1頁【構成】の欄5~6行において2~10重量%であること,段落【0027】の【表1】に示された実施例において5~7重量%であることが開示されているのであって,請求項5で特定される5~10重量%が開示されているとはいえない。そうすると,ガラス基板においてK2Oの含有量が5~10重量%程度であることが,請求項5に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,具体例として比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1が記載されているが,これらは音響波減衰を低減できるという効果を示すためのものであり,化学的強化(硬化)という効果については何ら記載も示唆もない。

よって,このような5つの具体例から,化学的強化(硬化)という効果が得られる範囲として,K2Oの含有量が5~10重量%であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり何ら示されていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,K2Oの含有量が5~10重量%であれば化学的強化(硬化)という効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(7)  Na2O,CaO及びMgOの合計含有量につき(請求項6に係る発明)

ア 甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】,【0005】,【0006】及び【0036】参照),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,請求項6に係る発明と同じ技術分野のガラス基板に該当するものではなく,音響波方式タッチパネルに転用できるとする記載も示唆も見当たらない。そして,甲13文献の段落【0033】の【表1】~段落【0035】の【表3】に記載された表には,Na2O,CaO及びMgOの含有量が9.5重量%(【表2】の例9)~26.0重量%(【表3】の例13)であることが開示されているのであって,請求項6で特定される7~20重量%が開示されているとはいえない。そうすると,ガラス基板においてNa2O,CaO及びMgOの含有量が7~20重量%程度であることが,請求項6に係る発明に関する出願時の技術常識であったとはいえない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,具体例として比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1が記載されているが,これらは,音響波減衰を低減できるという効果を示すためのものであり,化学的強化(硬化)という効果については何ら記載も示唆もない。

よって,このような5つの具体例から,化学的強化(硬化)という効果が得られる範囲として,Na2O,CaO及びMgOの含有量が7~20重量%であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり何ら示されていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,Na2O,CaO及びMgOの含有量が7~20重量%であれば化学的強化(硬化)という効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(8)  ガラス基板の熱強化前の熱膨張係数につき(請求項8に係る発明)

ア 原告主張の「ガラス基板において熱強化可能な熱膨張係数は一般的に約6×10-6/K~約12×10-6/Kであること」が,請求項8に係る発明に関する出願時の技術常識であることについては何ら立証されていない。

また,原告主張の「実施例において確認された効果」は,強化前に約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有することによる熱強化という効果を意味している(本願明細書段落【0010】,【0058】,【0059】及び【0064】参照)と思われるが,熱強化という効果については,本願明細書の発明の詳細な説明において何ら具体例をもって確認されていない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,具体例として比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1が記載されているが,これらは,音響波減衰を低減できるという効果を示すためのものであり,熱強化という効果については何ら記載も示唆もない。

よって,このような5つの具体例から,熱強化という効果が得られる範囲として,強化前に約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有することが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり何ら示されていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,強化前に約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有すれば,熱強化という効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(9)  ガラス基板の密度につき(請求項9に係る発明)

ア 原告主張の「ガラス基板における一般的な密度が2.6~3.0g/cm3であること」が,請求項9に係る発明に関する出願時の技術常識であることについては何ら立証されていない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,具体例として比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1が記載されているが,これらは,音響波減衰を低減できるという効果を示すためのものであり,密度に関する効果については何ら記載も示唆もない。

よって,このような5つの具体例から,密度に関する効果が得られる範囲として,ガラス基板の密度が2.6~3.0g/cm3であることが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のように何ら示されていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,ガラス基板の密度が2.6~3.0g/cm3であれば密度に関する効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(10)  ガラス基板の軟化点につき(請求項10に係る発明)

ア 原告主張の「ガラス基板における一般的な軟化点が800~900℃であること」が,請求項10に係る発明に関する出願時の技術常識であることについては何ら立証されていない。

イ 本願明細書の発明の詳細な説明において,具体例として比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1が記載されているが,これらは音響波減衰を低減できるという効果を示すためのものであり,軟化点に関する効果については何ら記載も示唆もない。

よって,このような5つの具体例から,軟化点に関する効果が得られる範囲として,ガラス基板の軟化点が800~900℃であるこが裏付けられているとはいえない。他方,出願時の技術常識については,上記のとおり,何ら示されていない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,ガラス基板の軟化点が800~900℃であれば軟化点に関する効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

(11)  まとめ

したがって,審決の旧特許法36条6項1号(サポート要件)違反についての判断に誤りはないから,原告が主張する取消事由2は理由がない。

3  取消事由3に対し

前記のとおり,審決の旧特許法36条6項1号(サポート要件)違反についての判断に誤りはない。

また,審決の旧特許法36条4項(実施可能要件)違反の判断は,本件出願の各請求項に係る発明の数値範囲に含まれる実施例以外の他の部分をどのようにして実施するのか不明である点を理由とし,一方,審決の旧特許法36条6項1号(サポート要件)違反は,本願明細書の発明の詳細な説明において,各請求項に係る本願発明の数値範囲は裏付けられていない点を理由としているから,両者の理由付けは異なるものである。

したがって,原告が主張する取消事由3は理由がない。

4  取消事由4に対し

審決の旧特許法36条4項(実施可能要件)違反に関する判断は,各請求項に係る本願発明の数値範囲に含まれる実施例以外の他の部分をどのようにして実施するのか不明である点を理由としているから,実質的な理由を述べているものであり,それについての判断にも誤りはない。

また,審決の旧特許法36条6項1号(サポート要件)違反に関する判断は,発明の詳細な説明において,本願出願の各請求項に係る発明の数値範囲は裏付けられていない点を理由としているから,旧特許法36条4項(実施可能要件)違反に関する判断とは明らかに異なるものである。

したがって,原告が主張する取消事由4は理由がない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,取消事由2(サポート要件違反についての取消事由)についての審決の判断に誤りがなく,この点において本件出願を拒絶すべきものとした審決に誤りはないと判断する。その理由は次のとおりである。

1  本願発明

本願明細書(甲1,6)の記載によれば,本願発明は,音響波式タッチパネルに関する発明であるところ,大型音響波式タッチパネルでは入力位置を確定するのに十分なSN(信号/雑音)比を与えることができないことがあるため,音響波式タッチパネルのSN比を高める手段が必要となること,音響波損が少ないタッチパネルとしてホウケイ酸ガラス及びバリウム含有ガラスを用いたタッチパネルが知られているが,ホウケイ酸ガラスを適用すると,伝播速度がソーダライムガラスと異なるため従来のタッチパネルを再度設計しなければならず経済的でない上に,化学的強化又は熱的強化が難しく,大型ディスプレイ製品などの要望を考えるとホウケイ酸ガラス及びバリウム含有ガラスの減衰係数は未だ大きいこと等の従来技術の問題意識に基づいて,ガラス基板の音響波減衰を抑制し,伝送信号の強度を高めることができる音響波式タッチパネル及びそのためのガラス基板を提供することを主たる課題とし,その他,高い信頼性で動作できる丈夫な音響波式タッチパネル及びそのためのガラス基板の提供,信号変換効率の低いトランスデューサを用いたり音響波式吸収が生じるシーリング材などを備えていても使用可能な音響波式タッチパネル及びそのためのガラス基板の提供,熱的に強化又は科学的に硬化できる大型で強化された音響波式タッチパネル及びそのためのガラス基板の提供を課題としている。

そして,その課題を解決する手段として請求項に記載された構成を採用し,そのガラス基板は,次の①及び②のうち少なくとも一つの特性を有し,減衰係数は0.25dB/cm以下となることが認められる。

①  伝播速度がソーダライムガラスの伝播速度と実質的に同じである。

②  追加の成分がBaO及び/又はB2O3を実質的に含まない。主成分としてのSiO2と追加の成分とで構成されている。追加の成分は,下記(A)~(D)から選択された少なくともいずれか一つの特性を有している。

(A) BaOを実質的に含まず,ZrO2及びSrOのうち少なくともいずれかの成分を含む。

(B) BaO及びB2O3を実質的に含まず,Al2O3,ZrO2及びSrOのうち少なくとも1つの成分を含む。

(C) ZrO2およびSrOのうち少なくともいずれかの成分を含み,ZrO2の含有量が3重量%以上であり,SrOの含有量が6.5重量%以上である。

(D) ZrO2とAl2O3とを含み,Al2O3とZrO2との割合がZrO2/(Al2O3+ZrO2)=30~100重量%である。

2  サポート要件の判断基準

特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである(知財高裁大合議部判決平成17年11月11日〔平成17年(行ケ)10042号〕参照)。

本願発明は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板の成分の含有量の数値範囲を特定している発明であるから,本願発明において,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲に記載された当該成分の含有量の数値範囲が,発明の詳細な説明に記載されており,当該成分の含有量の数値範囲により,発明の詳細な説明の記載に基づいて当業者が音響波減衰等の抑制等の課題を解決できると認識できるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし音響波減衰の抑制等の課題を解決できると認識できるか否かを検討して判断すべきと解される。

3  発明の詳細な説明において記載された具体例

発明の詳細な説明において,本願発明の効果を示すための具体例は,次のとおり,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1である。

(1)  比較例1は,セントラルガラス社製の平坦なソーダライムガラス基板である。その組成は,SiO2(71重量%),Na2O(13重量%),K2O(1重量%),CaO(11重量%),MgO(2重量%),Al2O3(2重量%),B2O3(0重量%),SrO(0重量%),ZrO2(0重量%),BaO(0重量%)であって,Na2O,CaO及びMgOの合計含有量は26重量%であり(段落【0074】),このガラス基板を用いて超音波式タッチパネルを製作したときの減衰係数は0.57dB/cmである(段落【0076】)。

(2)  比較例2は,ショット社製の平坦なホウケイ酸ガラス基板(商品名「テンパックス」)である。その組成は,SiO2(81重量%),Na2O(3重量%),K2O(1重量%),B2O3(13重量%)及びAl2O3(2重量%)からなっており,Na2O,CaO及びMgOの合計含量は3重量%であり(段落【0079】),このガラス基板の減衰係数は,0.30dB/cmである(段落【0080】)。また,比較例2において,BaO,ZrO2,SrOの組成は,明記されていないが,上記の,SiO2,Na2O,K2O,B2O3及びAl2O3の各成分の合計が100重量%になることから,それぞれ共に,0重量%であると考えられる。

(3)  参考例1は,ショット社製の平坦なガラス基板(商品名「B270」)又はデサグ社製の平坦なガラス基板(商品名「スーパーワイト」)である。その組成は,SiO2(69重量%),Na2O(8重量%),K2O(8重量%),CaO(7重量%),BaO(2重量%),ZnO(4重量%),TiO2(1重量%),Sb2O3(1重量%),B2O3(2重量%),Al2O3(0重量%),SrO(0重量%),ZrO2(0重量%)であって,Na2O,CaO及びMgOの合計含有量は15重量%であり(段落【0082】),このガラス基板の減衰係数は,0.24dB/cmである(段落【0083】)。

(4)  参考例2は,旭硝子株式会社製のガラス基板(商品名「PD-200」)である。その組成は,SiO2(60重量%),Na2O(3重量%),K2O(7重量%),CaO(3重量%),BaO(7重量%),B2O3(0重量%),Al2O3(8重量%),SrO(6.3重量%),ZrO2(2.7重量%),Na2O,CaO及びMgOの合計含有量は8重量%であり(段落【0086】),このガラス基板の減衰係数は,0.21dB/cmである(段落【0087】)。

(5)  実施例1は,サン-ゴバン(Saint-gobain)社のガラス基板(商品名「CS25」)である。その組成は,SiO2(59重量%),Na2O(5重量%),K2O(9重量%),CaO(6重量%),BaO(0.2重量%),B2O3(0重量%),Al2O3(4重量%),SrO(8重量%),ZrO2(7.5重量%),Na2O,CaO及びMgOの合計含有量は12重量%であり(段落【0088】),このガラス基板の減衰係数は,0.18dB/cmである(段落【0089】)。

4  BaOの含有量について

(1)  原告は,本願明細書の段落【0030】,【0009】及び【0026】の記載に,従来のバリウム含有ガラス基板においてはBaOが2重量%程度含有されていたことを考え合わせれば,実質的にバリウムを含有しないと評価するためにはBaOの含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0030】には「BaOを実質的に含まないとは,不可避的又は意図的であるか否かを問わず,ガラス基板中のBaOの含有量が,例えば,0~1.5重量%程度,好ましくは0~1.0重量%程度,さらに好ましくは0~0.5重量%程度であることを意味する。」との記載があるが,BaOの含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰等との具体的な相関関係は開示されておらず,実質的にバリウムを含有しない含有量としての「1.5重量%以下」の数値範囲と得られる効果(音響波減衰の抑制等)との関係の技術的な意味が当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  段落【0008】には「音響波損の少ないタッチパネルとして,例えば,WO96/23929には,ソーダライムガラスよりも音響波損が少ないバリウム含有ガラスを用いたタッチパネルが開示されている。・・・」との記載があるが,かかる記載からすると,むしろバリウムを含有している方が音響波損が少なくなることが従来技術において開示されていたことが理解でき,実質的にバリウムを含有しない含有量としての「1.5重量%以下」の数値範囲と得られる効果(音響波減衰の抑制)との関係の技術的な意味が記載されているということはできない。

(4)  原告は,従来のバリウム含有ガラス基板のBaO含有量について,甲13文献の段落【0013】の記載事項を指摘する。

しかし,甲13文献の段落【0013】には,「BaOは必須成分ではないが,ガラスの熔解時の粘性を下げ,熔解を促進する効果があるので添加できる。他方,3%超では傷つきやすくなるおそれがある。好ましくは2%以下,特に好ましくは1%以下である。」と記載されているのであって,その技術事項として,ガラス熔解促進のためにBaOを添加することを説明したものであるから,本願発明の課題であるガラス基板の音響波減衰の抑制等とBaOの含有量の関係を何ら開示するものではない。

また,甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであって(段落【0001】,【0036】参照),音響波方式タッチパネルに用いられるものではない。この点について,原告は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板も,ディスプレイ基板に用いられるガラス基板の一種であり,両者は,電磁気的要求がなく,光学的に透明で,機械的に一定の強度を有するという点で共通し,両者の技術分野が異なるものではない旨主張するが,電磁気的要求や光学的特性等は,音響波の減衰係数とは無関係の事項であるから,甲13文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられる従来のガラス基板のBaOの含有量を認定することはできない。

したがって,BaOを実質的に含まない数値を1.5重量%以下とすることにより,本願発明における課題を解決できると当業者が認識しうる根拠として甲13文献を採用することはできない。

(5)  段落【0026】を含め,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,BaOの含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,2重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,7重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,0.2重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0重量%であるが減衰係数は大きい上,BaOの含有量(0重量%)が等しいにもかかわらず,その減衰係数の値はかなり異なっている。また,参考例1及び参考例2は,BaOの含有量が1.5重量%以上の2重量%及び7重量%であるが,減衰係数は小さく,本願明細書に記載の「低音響波損ガラス」である「0.25dB/cm以下」(段落【0025】)の条件を満足するものである。そして,比較例1,比較例2,参考例1及び参考例2によれば,BaOの含有量が大きいほど減衰係数が小さくなる傾向が見て取れる一方,実施例1は,BaOの含有量が1.5重量%以下の0.2重量%であるにもかかわらず,減衰係数は最も小さい。そうすると,BaOの含有量と減衰係数の関係については不明といわざるを得ない。さらに,この5つの具体例では,BaO以外の成分が異なることから,BaO以外の成分による影響が生じている可能性があり,BaOの含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明といわざるを得ず,むしろ,BaOの含有量のみから音響波減衰への作用・効果を予測することは困難であって,BaOの含有量が請求項1で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,仮に,従来のバリウム含有ガラス基板において,BaOが2重量%程度含有されていたことが出願時の技術常識であったとしても,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという本願発明の効果が得られる範囲として,BaOの含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない。

(6)  そうすると,発明の詳細な説明の記載により,BaOの含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることを当業者が認識できるということはできない。

5  ZrO2又はSrOの含有量について

(1)  原告は,本願明細書の段落【0029】~【0031】の記載に,従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1%含有されていたことを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項1に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,ZrO2,SrOに関して,段落【0029】には,「態様(A)において,追加の成分は,BaOを実質的に含まず,ZrO2及びSrOの少なくとも一方の成分を含んでいる。このようなガラス基板は,BaOを実質的に含んでいなくても,減衰係数が小さい。さらに減衰係数を低減させるには,ZrO2,SrOの双方の成分を含むのが好ましい。」との記載があるが,この記載からは,ZrO2,SrOの双方又は少なくとも一方の成分を含むガラス基板は,減衰係数が小さいことが理解できるとしても,その含有量に関しては何ら具体的に開示されていない。

また,段落【0030】に「ガラス基板中のZrO2の含有量は,例えば,1重量%以上(例えば,1~20重量%程度),好ましくは3重量%以上(例えば,5~15重量%程度),さらに好ましくは7重量%以上(例えば,7~15重量%程度)である。」,段落【0031】に「SrOの含有量は,例えば,1重量%以上(例えば,1~20重量%程度),好ましくは3重量%以上(例えば,3~15重量%程度),好ましくは5重量%以上(例えば,5~15重量%程度),さらに好ましくは6.5重量%以上(例えば,6.5~15重量%程度)である。」との記載があるが,ZrO2,SrOの含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰との具体的な相関関係は開示されていないし,段落【0030】【0031】は,ZrO2,SrOの含有量をそれぞれ個別に記載したものであって,ガラス基板がZrO2,SrOの双方の成分を含む場合において,それらの含有量の好適な数値範囲がどの程度になるかについては言及されていない。

よって,上記各段落には,ZrO2及びSrOの少なくとも一方の含有量としての「1重量%以上」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  原告は,従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1重量%含有されていた点に関し,甲15文献の段落【0025】,【表1】の実施例1~11の記載を指摘する。

しかし,甲15文献には,段落【0021】に「ZrO2は化学的耐久性と耐熱性を向上させる効果がある。ただし,ガラス中の含有量が増大するとガラスの溶解が困難になること,ガラスの失透温度を上昇させることなどから4%を上限とする。」との記載があり,段落【0018】に「SrOとBaOは分相を抑制する効果がある。ただし,その効果はBaOの方が大きく,しかもSrOは高価である。従ってSrOは3%以下とする。」と記載されているが,甲15文献のZrO2及びSrOを含有させる理由は,本願発明の課題であるガラス基板の音響波減衰の抑制とは無関係の事項であり,また,その含有量の範囲についても,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分の含有量を1重量%以上とすることを開示するものではなく,段落【0025】,【表1】の実施例の数値をモル%から重量%に換算した数値を参酌したとしても,原告の主張するZrO2については1.7重量%(実施例3),SrOについては1.5重量%(実施例5)との数値から,直ちに,少なくとも一方を「1重量%以上」とすることにより本願発明の所望の効果が得られることを,当業者が理解しうるものではない。

また,甲15文献に記載された基板用ガラスは,ディスプレイ基板,フォトマスク基板等に用いられる無アルカリガラスであり(段落【0001】,【0002】,及び【0031】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではない。この点について,原告は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板も,ディスプレイ基板に用いられるガラス基板の一種であり,両者は,電磁気的要求がなく,光学的に透明で,機械的に一定の強度を有するという点で共通し,両者の技術分野が異なるものではない旨主張するが,電磁気的要求や光学的特性等は,音響波の減衰係数とは無関係の事項であるから,甲15文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられる従来のガラス基板のZrO2及びSrOの含有量を認定することはできない。

したがって,甲15文献は,ZrO2及びSrOの少なくとも一方の成分の含有量として1重量%以上とすることにより,本願発明が課題を解決できると当業者が認識しうる根拠とすることはできない。

(4)  仮に,従来のガラス基板において,ZrO2又はSrOが1重量%程度含有されていたことが出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分の含有量と音響波の減衰係数との具体的な相関関係が明確には記載されていないから,請求項1に係る発明の唯一の実施例として示されたZrO2及びSrOの含有量がそれぞれ7.5重量%及び8重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むという範囲においても得られることが当業者が理解できる事項とはいえない。

(5)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,0重量%,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,0重量%,0重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,2.7重量%,6.3重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,7.5重量%,8重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,ZrO2及びSrOの含有量が増えるほど減衰係数が小さくなる傾向が認められるものの,比較例1,比較例2及び参考例1は,いずれもZrO2及びSrOの含有量が共に0重量%であるが,減衰係数は様々な異なる値となっている上,参考例1はZrO2及びSrOの含有量が共に0重量%であるにもかかわらず,「低音響波損ガラス」である「0.25dB/cm以下」の条件を充たしている。また,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,ZrO2及びSrO以外の成分による影響が生じている可能性があり,ZrO2及びSrOの含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明といわざるを得ない。むしろ,上記具体例からは,ZrO2及びSrOの含有量のみから音響波減衰への作用・効果を予測することは困難であって,ZrO2及びSrOの含有量が請求項1で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,原告が主張する出願時の技術常識を参酌したとしても,上記の5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという本願発明の効果が得られる範囲として,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことが裏付けられているとはいえない。

(6)  そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌したとしても,ZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むのであれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載されたものではない。

5  請求項1に特定された含有量の関係について

(1)  請求項1に係る本願発明においては,BaOの含有量とZrO2及びSrOの含有量の両者の範囲を共に特定していることから,これらの組み合わせについて検討する。

(2)  前記(3)(4)で検討したとおり,本願明細書にはBaO,ZrO2及びSrOの各含有量と減衰係数の具体的な相関関係は記載されていないし,本願明細書記載の所望の効果を奏するガラス基板(少なくとも,0.25dB/cm以下の低音響波損ガラス〔段落【0025】〕の条件を満足するもの)が,BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及び,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むことを臨界値として画されるということが,出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できるものであったことを認めるに足りる証拠はない。

(3)  本願明細書の発明の詳細な説明には,請求項1に記載された構成を採用することにより,本願発明の音響波式タッチパネルは,ガラス基板の音響波減衰を低減でき,信号の強度を高くすることができる旨が記載されているが(段落【0072】),その構成を採用することの有効性を示すための具体例は,前記のとおり,実施例が1つと比較例及び参考例が合わせて4つ記載されているところ,これらの比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,BaO,ZrO2及びSrOの各含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1:0重量%,0重量%,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2:0重量%,0重量%,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1:2重量%,0重量%,0重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2:7重量%,2.7重量%,6.3重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1:0.2重量%,7.5重量%,8重量%,0.18dB/cm

そして,参考例1及び2は請求項1の要件(BaOの含有量を1.5重量%以下とすること,及び,ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上含むこと)を充たしていないにもかかわらず,減衰係数は0.25dB/cm以下であって,本願明細書にいう「低音響波損ガラス」の要件を満たしていることに照らすと,BaOの含有量及びZrO2及びSrOのうち少なくとも一方の含有量のみによって,所望の効果(性能)が得られるか否かが区別され得ることが当業者に理解できる程度に記載されているということはできないし,請求項1の数値をもって本願発明の課題・目的である「低音響波損ガラス」の臨界値として画されることが当業者に理解できるものであったということもできない。

(4)  そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明に記載された事項及び出願時の技術常識から,ガラス基板の音響波減衰を抑制し,所望の効果を有する音響波式タッチパネルを得るためのガラス基板として,ガラス基板の追加の成分が2つの含有量の臨界値(「BaOの含有量が1.5重量%以下」,及び,「ZrO2およびSrOのうち少なくとも一方の成分を1重量%以上」)で画定することが可能であることを当業者において認識することはできないから,上記発明の詳細な説明に,追加の成分が上記2つの含有量の臨界値で示される範囲にあるガラス基板及びそれを用いたタッチパネルの発明が記載されているということはできない。

他方,請求項1には,ガラス基板の追加の成分が,上記2つの含有量の臨界値で示される範囲にあるガラス基板を備えたタッチパネルの発明が記載されていることから,請求項1に係る本願発明の特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明に記載された発明の範囲を超えるものであるといえる。

6  B2O3の含有量について

(1)  原告は,段落【0033】,【0009】,【0010】及び【0026】の記載に,従来のホウケイ酸ガラス基板においてはB2O3が2重量%程度含有されていたことを考え併せれば,実質的にホウケイ酸を含有しないと評価するためにはB2O3の含有量が1.5重量%以下である必要があり,実施例において確認された効果が請求項2に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0033】には「B2O3を実質的に含まないとは,B2O3の含有量が,例えば,0~4重量%程度,好ましくは0~2重量%程度,さらに好ましくは0~1重量%程度(例えば,0~0.5重量%程度)であることを意味する。」との記載があるが,B2O3の含有量と本願発明の技術課題である減衰係数や伝播速度等との具体的な相関関係は開示されておらず,上記段落に実質的にB2O3を含有しない含有量としての「1.5重量%以下」の数値範囲と得られる効果との関係が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,段落【0009】,【0010】及び【0026】には,ホウケイ酸ガラスは,減衰係数がソーダライムガラスより小さいものの製品の要望からは未だ大きいこと,伝播速度がソーダライムガラスと異なること,及び化学的強化又は熱的強化が難しいこと等が記載されており,これらの記載から,音響波方式タッチパネルではB2O3を含むガラスを避けることが望ましいことは推測されるものの,上記各段落に,ホウケイ酸ガラスにおけるB2O3の含有量に関する具体的な記載はない。

(4)  原告は,従来のホウケイ酸ガラス基板においてB2O3が2重量%程度含有されていたことについては,甲14文献の表-1に記載がある旨指摘するが,甲14文献には「B2O3成分の量は,ガラスの化学的耐久性と転移温度を劣化させることなく溶融性を向上させるため,0.5~10%の範囲とする。」(2頁右下欄6行~9行)と記載され,甲14文献のガラスは,溶融性向上のためにB2O3を添加するものであって,ガラス基板の音響波減衰の抑制や伝播速度の調整等とは無関係のものであるから,請求項2に係る本願発明の技術課題とB2O3の含有量との関係を何ら開示するものではない。

また,甲14文献に記載された基板用ガラスは,ELや液晶等のディスプレイ,太陽電池及びフォトマスク等に用いられるものであって(1頁右下欄6行~8行),音響波方式タッチパネルに用いられるものではない。この点について,原告は,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板も,ディスプレイ基板に用いられるガラス基板の一種であり,両者は,電磁気的要求がなく,光学的に透明で,機械的に一定の強度を有するという点で共通し,両者の技術分野が異なるものではない旨主張するが,電磁気的要求や光学的特性等は,音響波の減衰係数とは無関係の事項であるから,甲14文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられる従来のガラス基板のB2O3の含有量を認定することはできない。

したがって,甲14文献は,B2O3を実質的に含まない数値として,1.5重量%以下とすることにより,請求項2に係る本願発明の課題を解決できると当業者が認識しうる根拠とすることはできない。

(5)  なお,仮に,従来のホウケイ酸ガラス基板においては,B2O3が2重量%程度含有されていたことが出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,B2O3の含有量と音響波の減衰係数や伝播速度との具体的な相関関係は明確に記載されていないから,従来のB2O3の含有量である2重量%から,直ちに,実質的にB2O3を含まない数値として「1.5重量%以下」の数値範囲を導くことはできず,B2O3の含有量が0重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,B2O3の含有量が1.5重量%以下という範囲においても得られることが,当業者が理解できる事項とはいえない。

(6)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,B2O3の含有量と減衰係数と伝播速度に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0.57dB/cm 125000インチ/秒

・ 比較例2は,13重量%,0.30dB/cm 122288インチ/秒

・ 参考例1は,2重量%,0.24dB/cm 121609インチ/秒

・ 参考例2は,0重量%,0.21dB/cm 118518インチ/秒

・ 実施例1は,0重量%,0.18dB/cm 124700インチ/秒

上記5つの具体例を照らし合わせると,参考例2及び実施例1は,B2O3の含有量が共に0重量%であり,減衰係数が小さいが,比較例1は,同じくB2O3の含有量が0重量%であるにもかかわらず,減衰係数が大きく,比較例1の減衰係数は,B2O3の含有量が13重量%の比較例2や,2重量%の参考例1の減衰係数よりも大きくなっていることが見て取れるから,B2O3の含有量と減衰係数の関係については不明といわざるを得ない。また,比較例1と実施例1はB2O3含有量が共に0重量%であり,伝播速度が速いが,参考例2は同じくB2O3のの含有量が0重量%であるにもかかわらず,伝播速度がもっとも遅いことが見て取れるから,B2O3の含有量と伝播速度との関係についても不明といわざるを得ない。さらに,この5つの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,B2O3以外の成分による影響が生じている可能性があり,B2O3の含有量と減衰係数及び伝播速度の関係が正確に導出されているのか不明といわざるを得ず,むしろ,B2O3の含有量のみから音響波減衰及び伝播速度への作用・効果を予測することは困難であって,B2O3の含有量が請求項2で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数や伝播速度等との関係について,このような5つの具体例から,音響波減衰の低減等の請求項2に係る発明の効果が得られる範囲として,B2O3の含有量が1.5重量%以下であることが裏付けられているとはいえない。

(7)  以上,B2O3の含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰を低減できる等の効果が得られることは,当業者が認識できる事項とはいえない。そうすると,発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌しても,B2O3の含有量が1.5重量%以下であれば音響波減衰の抑制等の請求項2に係る発明の効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

7  Al2O3とZrO2との合計含有量について

(1)  原告は,段落【0032】及び【0038】の記載に,Al2O3とZrO2とがガラスの耐熱性向上という点で類似の性質を有しており,かつ,その合計量が一般的には3~20重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項3に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0032】には,「態様(B)においては,BaO及びB2O3を実質的に含まなくても,前記追加の成分を,Al2O3,ZrO2,およびSrOから選択された少なくとも1つの成分で構成することにより,減衰係数を低減できる。前記成分の組み合わせは,適当に選択でき,・・・二成分(SrOとAl2O3との組み合わせ,ZrO2とAl2O3との組み合わせ,SrOとZrO2との組み合わせ),又は三成分(SrOとZrO2とAl2O3との組み合わせ)などであってもよく,二成分(SrOとZrOとの双方)を含有したり,三成分を含有してもよい。」と記載されているが,この記載からは,Al2O3とZrO2との二成分が減衰係数を低減できる成分の組み合わせであることは記載されているとしても,その含有量については,具体的に開示されていない。

また,段落【0038】には,「ガラス基板がAl2O3とZrO2とを含む場合,Al2O3とZrO2との合計含有量は,例えば,3~20重量%程度,好ましくは8~20重量%程度,さらに好ましくは10~20重量%程度(例えば11~20重量%程度)程度である。」との記載はあるが,Al2O3とZrO2との合計含有量と請求項3に係る発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰との具体的な相関関係は開示されておらず,上記各段落には,Al2O3とZrO2との合計含有量として,「3~20重量%」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,原告は,Al2O3とZrO2との合計含有量について,甲13文献ないし甲15文献の記載事項を指摘する。

しかし,甲15文献の段落【0013】には,「Al2O3はガラスの耐熱性を向上させ,分相を抑制する効果がある。Al2O3が5%未満ではガラスが分相する。Al2O3が13%を越えるとガラスの耐酸性が低下し,また溶解が困難になる。」と記載され,段落【0021】には「ZrO2は化学的耐久性と耐熱性を向上させる効果がある。ただし,ガラス中の含有量が増大するとガラスの溶解が困難になること,ガラスの失透温度を上昇させることなどから4%を上限とする。」と記載されているから,甲15文献においてAl2O3及びZrO2を含有させる理由は耐熱性向上等であって,本願発明の課題であるガラス基板の音響波減衰の抑制とは無関係の事項である。また,甲15文献において開示されたAl2O3とZrO2の各含有量の和は5~17%であり,甲13文献の表には,Al2O3とZrO2の合計含有量が1.0~17.2重量%であることが開示され(例13及び例17参照),甲14文献の発明(請求項)には,Al2O3とZrO2の合計含有量が10~24.5重量%であることが開示されているとしても,これらは,Al2O3とZrO2との合計含有量の範囲を3~20重量%とすることを直ちに示唆するものではない。

また,甲13文献ないし甲15文献に記載された基板用ガラスは,いずれもディスプレイ基板等に用いられるものであって,音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,甲13文献ないし甲15文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられる従来のガラス基板のAl2O3とZrO2との合計含有量を認定することはできない。

したがって,甲13文献ないし甲15文献は,Al2O3とZrO2との合計含有量を3~20重量%とすることにより,請求項3に係る本願発明の課題を解決できると当業者が認識しうる根拠とすることはできない。

(4)  仮に,Al2O3とZrO2の合計含有量が一般的に3~20重量%程度であることが,出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,ガラス基板のAl2O3とZrO2の合計含有量と音響波の減衰係数との具体的な相関関係は明確に記載されていないから,Al2O3とZrO2の合計含有量が11.5重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%という範囲においても得られることが当業者に理解できる事項とはいえない。

(5)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,Al2O3とZrO2の合計含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,2重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,2重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,0重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,10.7重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,11.5重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1,比較例2及び参考例1は,Al2O3とZrO2の合計含有量が3重量%以下であって,減衰係数が比較的大きく,他方,参考例2及び実施例1は,Al2O3とZrO2の合計含有量が10.7重量%及び11.5重量%であり,減衰係数が小さいことが見て取れる。しかしながら,合計含有量の最大値の境界を20重量%とすべき具体例の記載はない。さらに,比較例1と比較例2はAl2O3とZrO2の合計含有量が共に2重量%でありながら,その減衰係数は大きく異なっている上,比較例2と参考例1とを比較すると,Al2O3とZrO2の合計含有量が0重量%である参考例1の方が減衰係数が小さいことから,Al2O3とZrO2の合計含有量と減衰係数との関係については不明といわざるを得ない。また,この5つの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,Al2O3とZrO2以外の成分による影響が生じている可能性があり,Al2O3とZrO2の合計含有量と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明といわざるを得ず,むしろ,Al2O3とZrO2の合計含有量のみから音響波減衰への作用・効果を予測することは困難であって,Al2O3とZrO2の合計含有量が請求項3で特定される所定の範囲であっても,他の成分等により所定の効果(音響波減衰の低減)を得られない場合があることを示唆する結果であるといえる。

ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,出願時の技術常識は明らかではなく,このような5つの具体例から,音響波減衰の抑制等の請求項3に係る発明の効果が得られる範囲として,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であることが裏付けられているとはいえない。

(6)  以上のとおり,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られることは当業者に認識できる事項とはいえない。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌しても,Al2O3とZrO2の合計含有量が3~20重量%であれば音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載したものではない。

8  Al2O3に対するZrO2の含有量の割合について

(1)  原告は,段落【0037】及び【0038】の記載に,Al2O3とZrO2との割合が一般的には40~90重量%程度であること及び前記のAl2O3とZrO2との合計含有量を考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項4に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0038】には,Al2O3とZrO2との合計含有量の記載はあるものの,Al2O3とZrO2との割合については記載されていない。段落【0037】に「態様(D)では,ZrO2とAl2O3とを所定の割合で含有させることにより,低音響波損のガラス基板とすることができる。ZrO2とAl2O3との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))は,例えば,30~100重量%程度,好ましくは40~90重量%程度,さらに好ましくは50~80重量%程度である。」と記載されているが,ZrO2とAl2O3との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と請求項4に係る本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰との具体的な相関関係は開示されておらず,上記各段落には,技術常識を参酌しても,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))としての「40~90重量%」の数値範囲(加えて,Al2O3とZrO2との合計含有量としての「8~20重量%」の数値範囲)と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,原告が主張する「Al2O3とZrO2との割合が一般的には40~90重量%程度であること」が,出願時の技術常識であることについては,これを認めるに足りる証拠がない。

なお,仮に,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が一般的には40~90重量%程度であることが,出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と音響波の減衰係数との具体的な相関関係やその技術的意味が記載されていないから,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が約65重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%という範囲においても得られることが,当業者に理解できる事項とはいえない。

(4)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,0重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,0重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,計算不能,0.24dB/cm

・ 参考例2は,約25重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,約65重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が高いほど,減衰係数が低くなる傾向が見て取れるが,Al2O3とZrO2との割合の最大値の境界を「90重量%」とすべき具体例の記載はない。また,それぞれの具体例では,その他の成分についても変更されていることから,Al2O3とZrO2以外の成分による影響が生じている可能性もあり,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))と減衰係数の関係が正確に導出されているのか不明といわざるを得ない。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数との関係について,このような5つの具体例から,音響波減衰を低減できるという本願発明の効果が得られる範囲として,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であることが裏付けられているとはいえない。

(5)  以上のとおり,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であれば,音響波減衰を低減できるという効果が得られることが当業者に認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌ししても,Al2O3とZrO2との割合(ZrO2/(Al2O3+ZrO2))が40~90重量%であれば,音響波減衰を低減できるという効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

9  K2Oの含有量について

(1)  原告は,段落【0010】及び【0039】の記載に,ガラス基板においてK2Oの含有量が5~10重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項5に係る本願発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0010】には,「ホウケイ酸ガラスは,一般に,カリウムイオンで置換できるナトリウムイオンの含有率が低いか,又はナトリウムイオンを全く含有していないため,化学的強化(硬化)できる程度は限られている。」と記載されているが,これは,ナトリウムイオンの含有率が低いホウケイ酸ガラスに関する記述であって,K2Oの含有量を示唆するものではない。

また,段落【0039】には「ガラス基板中のK2Oの含有量は,例えば,5~10重量%程度,好ましくは6~10重量%程度である。」と記載されているが,K2Oの含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰や化学的強化(硬化)との具体的な相関関係は開示されておらず,そもそも,発明の詳細な説明には,請求項5に係る発明において,K2Oを含有させる理由について明記されていない。よって,上記各段落には,技術常識を参酌しても,K2Oの含有量としての「5~10重量%」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  原告は,ガラス基板のK2Oの含有量について,甲16文献の記載事項を指摘する。

しかし,甲16文献の段落【0020】には,「K2Oの含有量は,2~10%,好ましくは3~9%である。2%より少ないと,熱膨張係数が小さくなりすぎ,一方,10%より多いと,歪点が低くなりすぎる。」と記載されており,その技術事項として,熱膨張係数や歪点を考慮してK2Oの含有量を定めることを説明したものであるから,本願発明の課題であるガラス基板の音響波減衰の抑制等と,K2Oの含有量の関係を何ら示唆するものではなく,その実施例にK2Oの含有量を5~7重量%としたものが記載されているとしても,請求項5で特定されるK2Oの含有量である「5~10重量%」を開示するものではない。

また,甲16文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】及び【0002】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,甲16文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板のK2Oの含有量を認定することはできない。

したがって,甲16文献は,K2Oの含有量として「5~10重量%」とすることにより本願発明が課題を解決できると当業者が認識しうる根拠とすることはできない。

(4)  また,仮に,ガラス基板においてK2Oの含有量が5~10重量%程度であることが出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,ガラス基板のK2Oの含有量と,音響波の減衰係数や化学的強化との具体的な相関関係は明確に記載されていないから,K2Oの含有量が9重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,K2Oの含有量が5~10重量%という範囲においても得られることは,当業者に理解できる事項とはいえない。

(5)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するが,前記のとおり,発明の詳細な説明には,請求項5に係る本願発明においてK2Oを含有させる理由について明記されていないから,本願発明の主たる課題である音響波減衰の抑制と段落【0010】に示唆のある化学的強化(硬化)について,以下,検討する。

比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,K2Oの含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,1重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,1重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,8重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,7重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,9重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2は,K2Oの含有量が1重量%であって,減衰係数が比較的大きく,他方,参考例1,参考例2及び実施例1は,K2Oの含有量がいずれも5重量%以上であり,減衰係数が小さいことが見て取れる。しかしながら,含有量の最大値の境界を10重量%とすべき具体例の記載はない。

また,K2Oの含有量と化学的強化(硬化)との関係についてみると,比較例2に相当する「テンパックス」について,熱強化又は化学的強化ができないこと(段落【0081】),実施例1について熱強化又は化学的硬化可能なガラスであること(段落【0092】)が記載されているが,他の具体例については熱強化又は化学的強化について,具体的に記載されていない。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数や化学的強化等との関係について,このような5つの具体例から,請求項5に係る発明の効果が得られる範囲として,K2Oの含有量が5~10重量%であることが裏付けられているとはいえない。

(6)  以上のとおり,K2Oの含有量が5~10重量%であれば音響波減衰を低減でき,化学的強化が可能であるという効果が得られることが当業者に認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌しても,K2Oの含有量が5~10重量%であれば請求項5に係る発明の効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

10  Na2O,CaO及びMgOの合計含有量について

(1)  原告は,段落【0010】,【0040】の記載に,ガラス基板において,Na2O,CaO及びMgOの含有量が7~20重量%程度であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項6に係る本願発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0010】には,「ホウケイ酸ガラスは,一般に,カリウムイオンで置換できるナトリウムイオンの含有率が低いか,又はナトリウムイオンを全く含有していないため,化学的強化(硬化)できる程度は限られている。」と記載されているが,これは,ナトリウムイオンの含有率に関する記述にすぎず,Na2O,CaO及びMgOの合計含有量を示唆するものではない。

また,段落【0040】には,「ガラス基板中のNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量は,例えば,7~20重量%程度,好ましくは10~20重量%程度(例えば,11~20重量%程度)である。」と記載されているが,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量と本願発明の技術課題であるガラス基板の音響波減衰や化学的強化(硬化)との具体的な相関関係は開示されておらず,そもそも,発明の詳細な説明には,請求項6に係る発明において,Na2O,CaOおよびMgOを含有させる理由について明記されていない。よって,上記各段落には,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量としての「7~20重量%」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  原告は,ガラス基板のNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量について,甲13文献の記載事項を指摘する。

しかし,甲13文献の段落【0014】及び【0015】を参照すると,Na2OやMgO,CaO,SrO,BaOの合量は,ガラスの溶解時の粘性を下げ,溶解を促進する観点から定めること旨が説明されており,本願発明の課題であるガラス基板の音響波減衰の抑制や化学的強化とNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量の関係を何ら示唆するものではなく,その実施例にNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量を9.5~26.0重量%としたものが記載されているとしても,請求項6で特定される合計含有量としての「7~20重量%」を開示するものではない。

また,甲13文献に記載された基板用ガラスは,プラズマディスプレイパネルに用いられるものであり(段落【0001】参照。),音響波方式タッチパネルに用いられるものではないから,甲13文献に基づいて,音響波方式タッチパネルに用いられるガラス基板のNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量を認定することはできない。

したがって,甲13文献は,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量として「7~20重量%」とすることにより,本願発明が課題を解決できると当業者が認識しうる根拠とすることはできない。

(4)  仮に,ガラス基板においてNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%程度であることが出願時の技術常識であったとしても,本願明細書の発明の詳細な説明には,ガラス基板のNa2O,CaOおよびMgOの合計含有量と,音響波の減衰係数や化学的強化との具体的な相関関係は明確に記載されていないから,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が12重量%である実施例1のみにおいて確認された効果が,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%という範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

(5)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するが,前記のとおり,発明の詳細な説明には,請求項6に係る発明において,Na2O,CaOおよびMgOを含有させる理由について明記されていないから,本願発明の主たる課題である音響波減衰の抑制と,段落【0010】に示唆のある化学的強化(硬化)について,以下,検討する。

比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1において,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量と減衰係数に着目し,それぞれ順に列挙すると以下のとおりとなる。

・ 比較例1は,26重量%,0.57dB/cm

・ 比較例2は,3重量%,0.30dB/cm

・ 参考例1は,15重量%,0.24dB/cm

・ 参考例2は,8重量%,0.21dB/cm

・ 実施例1は,12重量%,0.18dB/cm

上記5つの具体例を照らし合わせると,比較例1及び比較例2のごとく,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が大くても少なくても,減衰係数が比較的大きく,他方,参考例1,参考例2及び実施例1は,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量がいずれも7~20重量%であり,減衰係数が小さいことが見て取れる。しかしながら,原告の主張によれば,合格品は実施例1のみであって,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量の,最小値の境界を7%とし,最大値の境界を20重量%とすべき根拠となる具体例の記載はない。

また,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量と化学的強化(硬化)との関係についてみると,比較例2に相当する「テンパックス」について,熱強化又は化学的強化ができないこと(段落【0081】),実施例1について熱強化又は化学的硬化可能なガラスであること(段落【0092】)が記載されているが,他の具体例については熱強化又は化学的強化について,具体的に記載されていない。

よって,ガラスの成分と音響波減衰係数や化学的強化等との関係について,このような5つの具体例から,請求項6に係る発明の効果が得られる範囲として,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%であることが裏付けられているとはいえない。

(6)  以上のとおり,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%であれば音響波減衰を低減でき,化学的強化が可能であるという効果が得られることが当業者に認識できる事項とはいえない。

したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌しても,Na2O,CaOおよびMgOの合計含有量が7~20重量%であれば請求項6に係る発明の効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

11  ガラス基板の熱強化前の熱膨張係数について

(1)  原告は,段落【0010】【0058】【0059】【0064】の記載に,ガラス基板において熱強化可能な熱膨張係数は一般的に約6×10-6/K~約12×10-6/Kであることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項8に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0058】に,「本発明の基板を構成するガラスは,慣用の方法により,熱的又は化学的に強化可能である。・・・ガラスは,十分に大きい熱膨張係数,すなわち強化前に約6×10-6/K以上の熱膨張係数を有するときにのみ,熱強化可能である。」との記載があり,また,段落【0059】に好ましい熱膨張係数についての記載があるが,強化前の熱膨張係数と熱強化の結果としての強度との具体的な相関関係は開示されていない。段落【0010】,【0064】を併せ考慮しても,強化前の熱膨張係数としての「約6×10-6/K~約12×10-6/K」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,「ガラス基板において熱強化可能な熱膨張係数は一般的に約6×10-6/K~約12×10-6/Kであること」が,出願前の技術常識であると認めるに足りる証拠はない。

(4)  仮に,ガラス基板において熱強化可能な熱膨張係数は一般的に約6×10-6/K~約12×10-6/Kであることが出願時の技術常識であったとしても,熱膨張係数が約8.3×10-6/Kである実施例1のみにおいて確認された効果が,強化前に,約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数の範囲においても得られることは,当業者が理解できる事項とはいえない。

(5)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1について,各ガラスの熱膨張係数は記載されているものの,熱膨張係数と熱強化との関係についてみると,比較例2に相当する「テンパックス」について,熱強化又は化学的強化ができないこと(段落【0081】),実施例1について熱強化又は化学的硬化可能なガラスであること(段落【0092】)が記載されているが,他の具体例については熱強化について,具体的に記載されていない。

よって,このような5つの具体例から,請求項8に係る発明の効果が得られる範囲として,強化前に,約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有することが裏付けられているとはいえない。

(6)  以上のとおり,強化前に,約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有するものあれば,熱強化が可能であるという効果が得られることは,当業者に認識できる事項とはいえない。したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌しても,強化前に,約6×10-6/K~約12×10-6/Kの熱膨張係数を有するものであれば請求項6に係る発明の効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

12  ガラス基板の密度について

(1)  原告は,段落【0042】の記載に,ガラス基板における一般的な密度が2.6~3.0g/cm3であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項9に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0042】には「ガラス基板の密度は,例えば,2.6~3.0g/cm3程度,好ましくは2.7~3.0g/cm3程度(特に,2.75~3.0g/cm3程度)である。」との記載はあるが,本願明細書には,ガラス基板の密度と本願発明の作用・効果との関係は具体的に記載されていない。

よって,技術常識を参酌しても,ガラス基板の密度としての「2.6~3.0g/cm3」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,原告主張の「ガラス基板における一般的な密度が2.6~3.0g/cm3であること」が,出願時の技術常識であることについては,これを認めるに足りる証拠はない。

よって,原告の主張は採用することができない。

(4)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1について,各ガラスの密度は記載されているものの(表1),密度に関する効果について,具体的に記載されていない。

よって,このような5つの具体例から,密度に関する効果が得られる範囲として,ガラス基板の密度が2.6~3.0g/cm3であることが裏付けられているとはいえない。

(5)  したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,ガラス基板の密度が2.6~3.0g/cm3であれば密度に関する効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

13  ガラス基板の軟化点について

(1)  原告は,段落【0042】の記載に,ガラス基板における一般的な軟化点が800~900℃であることを考え併せれば,実施例において確認された効果が請求項10に係る発明の範囲で得られることが,当業者には理解されると主張する。

(2)  しかし,段落【0042】には,「ガラス基板の軟化点(107.6poise)は,例えば,800~900℃程度,好ましくは830~860℃程度である。」との記載はあるが,本願明細書には,ガラス基板の軟化点と本願発明の作用・効果との関係は具体的に明示されていない。

よって,技術常識を参酌しても,ガラス基板の軟化点としての「800~900℃」の数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,当業者に理解できる程度に記載されているということはできない。

(3)  また,ガラス基板における一般的な軟化点が800~900℃であることが出願時の技術常識であることについては,これを認めるに足りる証拠はない。

(4)  本願明細書の発明の詳細な説明に記載された具体例について検討するに,比較例1,比較例2,参考例1,参考例2及び実施例1について,各ガラスの軟化点は記載されているものの,軟化点に関する効果については具体的に記載されていない。

よって,このような5つの具体例から,軟化点に関する効果が得られる範囲として,ガラス基板の軟化点が,800~900℃であることが裏付けられているとはいえない。

(5)  したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,出願時の技術常識を参酌して,ガラス基板の軟化点が800~900℃であれば軟化点に関する効果が得られると,当業者において認識できる程度に,具体例を開示して記載したものではない。

14  小括

以上より,原告が主張する取消事由2は理由がなく,審決のサポート要件違反についての判断に誤りはない。

第5結論

本願発明は発明の詳細な説明に記載したものではなく,旧特許法36条6項1号の要件(サポート要件)を満たさないものであるから,その余の点を判断するまでもなく,本件出願を拒絶すべきものであるとした審決の結論に誤りはない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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