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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10277号 判決 2011年4月26日

原告

株式会社フジ医療器

訴訟代理人弁護士

畑郁夫

重冨貴光

古庄俊哉

髙田真司

黒田佑輝

辻本希世士

辻本良知

笠鳥智敬

松田さとみ

弁理士

辻本一義

森田拓生

神吉出

上野康成

大本久美

丸山英之

坂元孝之

被告

ファミリー株式会社

訴訟代理人弁護士

三山峻司

井上周一

木村広行

弁理士

角田嘉宏

古川安航

浦利之

下村裕昭

山田久就

高田聰

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告が求めた判決

特許庁が無効2009-800218号事件について平成22年7月23日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,被告の特許権について原告からの無効審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性(容易想到性)の有無並びに分割要件違反,補正要件違反及び記載要件違反の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

被告は,平成9年4月25日,名称を「椅子型マッサージ機」とする発明につき,特許出願をし(特願平9-109692号),平成16年1月26日,分割出願して本件の特許出願とし(特願2004-17579号),平成16年8月27日,特許登録を受けた(特許第3590629号,請求項の数は4)。

これに対し,原告は,平成21年10月19日,請求項1ないし4につき無効審判請求をしたところ,特許庁は,これを無効2009-800218号事件として審理した上で,平成22年7月23日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成22年8月2日に原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件発明は,椅子型のマッサージ機に関する発明で,請求項の数は前記のとおり4であり,請求項1ないし4の特許請求の範囲は以下のとおりである。

【請求項1(本件発明1)】

「座面部の前部にフットレストを備えた椅子型マッサージ機であって,

前記フットレストは,

脚の背面が対向する内底面と,

前記内底面の左右両側にあって脚の左右外側面が対向するよう立設された対向内側面と,

左右両側の対向内側面の間にあって脚の左右内側面が対向するよう立設された分離丘と,

前記内側面の足先側にあって足裏が対向するよう立設された足裏支持ステップと,

を有し,

前記フットレストは,ふくらはぎに対するマッサージ動作を行うふくらはぎ用マッサージ駆動部を備えているとともに,当該フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となるように前記座面部の前部に揺動可能に取り付けられ,

前記足裏支持ステップは,前記分離丘によって左右に区切られ,

前記分離丘によって左右に区切られた前記足裏支持ステップの左右のそれぞれの領域には,内部に空気が供給されることで伸長して足裏を指圧するマッサージ駆動部としてのエアセルが設けられ,

前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されていることを特徴とする椅子型マッサージ機。」

【請求項2(本件発明2)】

「前記座面部内部には,マッサージ駆動部が設けられていることを特徴とする請求項1記載の椅子型マッサージ機。」

【請求項3(本件発明3)】

「左右の対向内側面と,分離丘の左右の側面に設けられ,内部に空気が供給されることで伸長して左右の脚の両側を挟持状に指圧するエアセルを備えていることを特徴とする請求項1又は2記載の椅子型マッサージ機。」

【請求項4(本件発明4)】

「前記足裏支持ステップは,ステップ裏底側に機械収納部が形成され,

前記機械収納部には,足裏を指圧するためのエアセルの配管機器が収納されていることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の椅子型マッサージ機。」

3  審判請求における原告主張の無効理由

(1)  無効理由1

本件各発明は,その出願日当時,甲第1号証に記載された発明に甲第2,第3号証に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることに基づいて,又は甲第3号証に記載された発明に甲第1,第2号証に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることに基づいて,当業者において容易に想到することができたものであるから,進歩性を欠く(特許法29条2項)。

【甲第1号証】 特開平8-89540号公報

【甲第2号証】 実願昭63-133472号(実開平2-54447号)のマイクロフィルム

【甲第3号証】 特開昭53-104359号公報

(2)  無効理由2

本件特許は,分割要件(特許法44条1項)を満たさないのにこれを看過して付与されたものであり,出願日の遡及が認められない(同条2項)。そうすると,本件各発明は,その分割出願日当時,原出願に係る公開特許公報(甲11)に記載された発明に甲第1号証ないし甲第3号証に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることに基づいて,当業者において容易に想到することができたものであるから,進歩性を欠く(同法29条2項)。

(3)  無効理由3

本件分割出願に係る当初明細書(甲4)に記載されていない新規事項が補正により追加されており,補正要件(特許法17条の2第3項)を欠く。

(4)  無効理由4

本件各発明の特許請求の範囲の記載は明確でなく(特許法36条6項2号),本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない(同項1号)。本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていない(同条4項1号)。

4  審決の理由の要点

(1)  無効理由1について

本件各発明は,その出願日当時,甲第1号証発明に甲第2,第3号証等に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることに基づくことによっても,甲第3号証発明に甲第1,第2号証等に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることに基づくことによっても,当業者において容易に想到できたものではない。

(2)  無効理由2について

本件分割出願には分割要件違反はなく,本件各発明は進歩性を欠くものではない。

(3)  無効理由3について

本件出願には補正要件違反はない。

(4)  無効理由4について

本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が実施できる程度に明確かつ十分なものである(特許法36条4項1号)。また,特許請求の範囲の記載は明確であり(同条6項2号),本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものである(同項1号)。

なお,審決が認定した甲第1号証発明,本件発明1と甲第1号証発明の一致点及び相違点,甲第3号証発明はそれぞれ下記のとおりであり,相違点についての審決の判断は,必要な都度,後に摘記する。

【甲第1号証発明】

「座部22の前端部に脚載置部32を連結した椅子式エアーマッサージ機であって,

前記脚載置部32は,

下肢の裏側が対向する底面と,

前記底面の左右両側にあって下肢の左右外側面が対向するよう立設された側壁32aの内側側面と側壁32bの内側側面と,

側壁32aの内側側面と側壁32bの内側側面との間にあって下肢の左右内側面が対向するよう立設された中間壁32cと,

を有し,

前記脚載置部32は,ふくらはぎに対するマッサージ動作を行う脚用第2空気袋37a,37bを備えているとともに,垂下させて前記座部22の前端部に揺動可能に取り付けられている椅子式エアーマッサージ機。」

【本件発明1と甲第1号証発明の一致点】

「座面部の前部にフットレストを備えた椅子型マッサージ機であって,

前記フットレストは,

脚の背面が対向する内底面と,

前記内底面の左右両側にあって脚の左右外側面が対向するよう立設された対向内側面と,

左右両側の対向内側面の間にあって脚の左右内側面が対向するよう立設された分離丘と,

を有し,

前記フットレストは,ふくらはぎに対するマッサージ動作を行うふくらはぎ用マッサージ駆動部を備えているとともに,前記座面部の前部に揺動可能に取り付けられている椅子型マッサージ機」である点。

【本件発明1と甲第1号証発明の相違点】

・ 相違点1

「フットレストについて,本件発明1は『(前記)内底面の足先側にあって足裏が対向するよう立設された足裏支持ステップ』を有する構成であるのに対し,甲第1号証発明は本件発明1に係る上記構成を有していない点。」

・ 相違点2

「足裏支持ステップについて,本件発明1は『(当該)フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となるように』され,また『前記足裏支持ステップは,(前記)分離丘によって左右に区切られ,前記分離丘によって左右に区切られた前記足裏支持ステップの左右のそれぞれの領域には,内部に空気が供給されることで伸長して足裏を指圧するマッサージ駆動部としてのエアセルが設けられ』る構成を有しているのに対し,甲第1号証発明は本件発明1に係る上記構成を有していない点。」

・ 相違点3

「本件発明1は,『(前記)フットレストを垂下させて(前記)足裏支持ステップが水平となっている状態で,(前記)座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を乗せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において(前記)対向内側面と(前記)分離丘との間に脚が位置して,(前記)ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行える』ように構成されているのに対し,甲第1号証発明は本件発明1に係る上記構成を有していない点。」

【甲第3号証に記載された発明(甲第3号証発明)】

「座部材7の前端に脚掛部材8を設けた,背中をマッサージする電動マッサージ器23を有する枢動式安楽椅子であって,

前記脚掛部材8は,

平坦な表面の脚部14と,

前記脚部14の下端に設けられた足台15と,

を有し,

前記脚掛部材8は,当該脚掛部材8を垂下させて前記足台15が水平となるように前記座部材7の前端に回動自在に取り付けられている背中をマッサージする電動マッサージ器23を有する枢動式安楽椅子。」

第3原告主張の審決取消事由

1  甲第1号証を主引用例とする本件各発明の容易想到性の判断の誤り(無効理由1,取消事由1)

(1)ア  審決は,相違点1に係る構成の容易想到性について,次のとおり説示する。

「第1実施例と第2実施例のエアーマッサージ機は,いずれもブーツタイプのエアーマッサージ機の汎用性に欠け,また,取り扱いが面倒であるという問題を解決するためのものであり,構成として『上面および前後両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する本体』を有するものである。なお,第2実施例のエアーマッサージ機は,図3の状態では,脚載置部32が座部22の前端部に垂下して連結されているから『上面および前後両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する本体』に代わって『椅子前方および上下両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する脚載置部32』となるものである。

ところで,仮に,図3の状態の第2実施例のエアーマッサージ機について,脚載置部32の下部に本件発明1のごとき足裏支持ステップを配置するとすれば,当該脚載置部32の施療凹部下端が開放されないものとなるから,『椅子前方および上下両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する』との構成を満足しないものとなってしまうことは明らかである。

したがって,第2実施例のエアーマッサージ機について,脚載置部32を『椅子前方および上下両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する』ものとしつつ足裏支持ステップを設けるのであれば,その点について記載が当然必要であると考えられるところ,甲第1号証には何らの記載も示唆も見当たらない。

そして,甲第1号証発明は第2実施例に係るものである。

以上のとおりであるから,甲第1号証には,甲第1号証発明のフットレスト(脚載置部32)に,足裏支持ステップを設けることに関し記載も示唆もない。」(17頁)

「請求人(原告)の提出したいずれの証拠にも,『フットレストの内底面の足先側にあって足裏が対向するよう立設された足裏支持ステップ』について記載も示唆もあるとすることはできない。」(17~19頁)

「c 以上のとおり,甲第1号証には,甲第1号証発明のフットレスト(脚載置部32)に,本件発明1に係る足裏支持ステップを設けることに関し記載も示唆もあるとすることはできず,また,請求人(原告)の提出したいずれの証拠にも,『フットレストの内底面の足先側にあって足裏が対向するよう立設された足裏支持ステップ』について記載あるいは示唆があるとすることもできない。」(19頁)

「d 以上のとおりであるから,甲第1号証発明のフットレストを,その内底面の足先側にあって足裏が対向するよう立設された足裏支持ステップを有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。」(21頁)

イ  本件各発明の課題を適切に把握すれば,相違点1は本件各発明の進歩性を裏付ける特徴的な構成ではないことが明らかである。

すなわち,本件各発明は図面に基づく補正を経て特許として成立したものであるが,明細書(甲5)には解決すべき技術的課題について明確な記載がない。

被告は,拒絶理由通知書(甲8)による脚の背面をフットレストに載せた状態で足裏にマッサージを行う先行技術や,同状態で足裏を支持可能なステップを備える先行技術(甲2,32,33)の指摘に対し,意見書(甲9)において,「本願発明1は,従来の常識に反して,フットレストを垂下させた状態を基準として足裏及びふくらはぎへの確実なマッサージを得ようとするものです。」(8頁)としているから,本件各発明の技術的課題は,「フットレストを垂下させた状態を基準として足裏及びふくらはぎへの確実なマッサージを得ようとする」という点にある。したがって,足裏支持ステップの存在や具体的形状は本件各発明の特徴的な相違点ではあり得ない。

他方,甲第1号証の第2実施例では,使用者が脚載置部32に左右の脚を振り分けて載置した状態で着座し,脚載置部32を垂下させた状態で,脚用第1空気袋35a・35bや脚用第2空気袋37a・37bにより使用者のふくらはぎをマッサージする技術的思想が明確に開示されているから(【0031】,【0037】~【0045】,図3等),甲第1号証でも上記「フットレストを垂下させた状態を基準として足裏及びふくらはぎへの確実なマッサージを得ようとする」との技術的課題が開示されている。そうすると,当業者であれば,技術的課題が共通の甲第1号証の第2実施例の構成や周知技術の構成を参酌して容易に相違点1に係る構成に想到することができる。

ウ(ア)  甲第1号証の第2実施例は,甲第1号証発明の実施例として記載されているもので,上記第2実施例で開示されている技術的思想も,甲第1号証の記載全体から把握する必要がある。しかるに,甲第1号証発明は,エアセルによって足裏及びふくらはぎをマッサージするブーツタイプのマッサージ機を従来技術とし,「筒状をなす本体1に対して脚を出し入れしなければならないから,取扱いが面倒であるという問題」(段落【0006】)を解決するために,施療凹部の本体を上面及び前後両端を開放した形状にしたものであって,従来技術の構成とは異なる構成で容易に足裏及びふくらはぎをマッサージできるようにすることは,甲第1号証発明の本質的部分であり,足裏マッサージを行うこと自体は何ら否定されるものではない。マッサージ機の取扱いを容易にするという甲第1号証発明の目的を積極的に阻害するものでない限り,第2実施例の技術的思想に足裏及びふきらはぎにマッサージする技術的思想を付加することは全く問題がなく,むしろ当業者であれば付加するのが自然であるところ,上記目的を積極的に阻害する事情は存しない。すなわち,第2実施例に足裏支持ステップを設けることで仮に下端が閉塞されたとしても,施療凹部の椅子の前方部分及び上端部分は開放された状態にさえあれば脚の出し入れが困難になることはなく,上記目的を積極的に阻害することにはならないのであって,第2実施例には,足裏マッサージを行うための足裏支持ステップやエアセルを付加する記載及び示唆が当然に存在するというべきである。

(イ)  甲第1号証からは,ブーツタイプのマッサージ機の左右を一体化したうえで,マッサージ機の取扱いの容易化という目的を達するに必要な範囲で前方又は上下両端を開放した形状とするプロセスを明確に読み取ることができ,甲第1号証の第2実施例のフットレストに代えて,足裏支持ステップ相当部分を残したものを配置することは容易想到である。また,第2実施例はフットレストに相当する脚載置部32を備え,第1実施例は足裏マッサージを行うための足裏支持ステップや施療子に関する構成が把握できる公知例としての意義を有するから,第1実施例のマッサージ機にフットレストがないからといって,第2実施例のマッサージ機に第1実施例の構成を適用できないとするのは誤りである。

(ウ)  甲第2号証の脚載せ台2は文字通り脚を載置する台であってフットレストに相当することは明らかであり,甲第2号証に記載された事項を甲第1号証発明に適用できないものではない。甲第3号証の脚部14も脚を載置するものであって,その具体的形状が甲第1号証の第2実施例や本件各発明のものと異なるからといって,甲第1号証発明のマッサージ機に適用できないものではない。

また,甲第13ないし15号証のとおり,フットレストを垂下させた状態で,足裏及びふくらはぎへのマッサージを行う装置を使用することは,本件出願日当時における技術常識であった。そして,甲第16号証のとおり,足裏を指圧するための配管機器の収納位置は公知であったし,甲第17号証は足裏及びふくらはぎをマッサージする技術的思想を開示しているし,甲第17ないし19号証のとおり,足裏に当接する部分に足裏をマッサージするエアセルを設けることは,本件出願日当時の技術常識であった。

エ  したがって,相違点1に係る構成の容易想到性についての審決の判断には誤りがある。

(2)ア  審決は,相違点2に係る構成の容易想到性について,次のとおり説示する。

「a 相違点2は,甲第1号証発明が足裏支持ステップを有することを前提とするものであるところ,上記(相違点1について)において記載したとおり,甲第1号証発明のフットレストを足裏支持ステップを有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。

したがって,甲第1号証発明において相違点2に係る本件発明1の構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。」(22頁)

「事案に鑑み,仮に甲第1号証発明のフットレストが足裏支持ステップを有するものとした場合,甲第1号証発明において相違点2に係る本件発明1の構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるかどうかについて,進んで判断する。

・・・相違点2のうち,甲第1号証発明において『前記足裏支持ステップは,前記分離丘によって左右に区切られ,』とすることを当業者が容易になし得るものであるかどうかについて検討する。

甲第1号証発明は第2実施例に係るものであるところ,上記(相違点1について)aに記載したとおり,第2実施例に係るエアーマッサージ機は『椅子前方および上下両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する脚載置部32』であることを要するものである。

一方,甲第1号証発明のフットレスト下端に足裏支持ステップを設けたものにおいて,当該足裏支持ステップが分離丘(中間壁32c)により左右に区切られたものとすると,そのフットレストは下端が開放されたものとならなくなってしまうことは明らかである。

したがって,甲第1号証発明が足裏支持ステップを有するものとしても,『前記足裏支持ステップは,前記分離丘によって左右に区切られ,』とすることはできない。

・・・

c 以上のとおりであるから,その余の相違部分についての検討をするまでもなく,甲第1号証発明は足裏支持ステップを有するものとしても,甲第1号証発明において『(当該)フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となるように』され,また『前記足裏支持ステップは,前記分離丘によって左右に区切られ,前記分離丘によって左右に区切られた前記足裏支持ステップの左右のそれぞれの領域には,内部に空気が供給されることで伸長して足裏を指圧するマッサージ駆動部としてのエアセルが設けられ』る構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。」(22,23頁)

イ  しかしながら,本件各発明によって解決すべき技術的課題を適切に把握すれば,相違点2も,相違点1と同様に,本件各発明の進歩性を裏付ける特徴的な構成ではないことが明らかである。

したがって,主引用例たる甲第1号証の第2実施例に相違点2に対応する記載や示唆が開示されている必要はないし,仮にかかる必要があるとしても,前記のとおり,第2実施例に足裏支持ステップを設けることで仮に下端が閉塞されても,施療凹部の椅子の前方部分及び上端部分は開放された状態にさえあれば脚の出し入れが困難になることはなく,甲第1号証発明の目的(マッサージ機の取扱いの容易化)を積極的に阻害することにはならないのであって,第2実施例には,足裏マッサージを行うための足裏支持ステップやエアセルを付加する記載及び示唆が当然に存在するというべきである。

なお,甲第1号証の第2実施例のマッサージ機に足裏支持ステップを設けるとすれば,当然に足裏支持ステップを中間壁32c又は中間壁15で左右に区切ることになる(分離丘の作用効果は左右の領域に足裏を位置決め保持することにほぼ尽きており,中間壁32cや中間壁15は,左右の脚を振り分けて保持するものであることが明らかである。)。

ウ  人がリラックスして着座した場合,ふくらはぎから足裏にかけて略L字状の形状をなすから,フットレストに足裏支持ステップを立設する場合には,公知例(甲3,15,33)からも明らかなとおり,人体の形状に合わせて,足裏支持ステップをフットレストに略垂直に設置するほかない。

したがって,本件出願日当時,当業者において,甲第1号証発明のマッサージ機のフットレストに,相違点2の構成に係る足裏支持ステップを立設し,相違点2を解消することは,容易になし得た程度の事柄である。

エ  したがって,相違点2に係る構成の容易想到性についての審決の判断には誤りがある。

(3)ア  審決は,相違点3に係る構成の容易想到性につき,次のとおり判断する。

「相違点3は,甲第1号証発明が足裏支持ステップを有するものであることを前提とするものであるところ,上記(相違点1について)において記載したとおり,甲第1号証発明のフットレストを足裏支持ステップを有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。

したがって,甲第1号証発明において相違点3に係る本件発明1の構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。」(23頁)

「しかしながら,事案に鑑み,仮に甲第1号証発明のフットレストが足裏支持ステップを有するものとした場合,甲第1号証発明において相違点3に係る本件発明1の構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるかどうかについて,進んで判断する。

・・・

甲第1号証には,上記1(1)に記載したとおり,甲第1号証発明のほかに『技術事項1-1』及び『技術事項1-2』が記載されている。

甲第2号証には,上記1(2)に記載したとおり,『技術事項2』が記載されている。

しかし,・・・(甲第1号証に記載の技術事項1-1,1-2,甲第2号証に記載の技術事項2は),いずれの技術事項もフットレストを有するマッサージ機についてのものではない。

したがって,甲第1号証及び甲第2号証に相違点3に係る構成についての記載も示唆もあるとすることはできない。

甲第3号証には,・・・『甲第3号証発明』が記載されている。そして,当該発明は,脚部14と,当該脚部14の下端に設けられた足台15とを有している。

しかし,・・・甲第3号証発明の脚部14は甲第1号証発明のフットレストにも本件発明1のフットレストにも対応しない。

したがって,甲第3号証に相違点3に係る構成についての記載も示唆もあるとすることはできない。

・・・

以上のとおり,いずれの証拠にも,相違点3に係る構成についての記載も示唆も見あたらない。

・・・

c 以上のとおりであるから,甲第1号証発明は足裏支持ステップを有するものとしても,甲第1号証発明において『前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行える』構成を有するものとすることは当業者が容易になし得る程度の事項であるとはいえない。」(23~25頁)

イ  しかしながら,本件各発明によって解決すべき技術的課題を適切に把握すれば,相違点3も,相違点1,2と同様に,本件各発明の進歩性を裏付ける特徴的な構成ではないことが明らかである。

また,甲第1号証の第2実施例には,フットレストを垂下させた状態で,お尻から太ももを接触させたままで,ふくらはぎへのマッサージを行う技術的思想が開示されているし,そもそも,ふくらはぎと足裏にマッサージを施す椅子式マッサージ機において,ふくらはぎと足裏にエアセルが当接するように寸法設計するのは当然のことである。足裏支持ステップを設けることは甲第3,第15,第33号証のとおり周知技術であるし,足裏をエアセルでマッサージすることも甲第2,第17ないし19号証のとおり周知技術であるから,甲第1号証発明のマッサージ機にかかる周知技術を組み合わせて相違点3に係る構成とすることは,本件出願日当時,当業者において容易に想到できたものである。

ウ  したがって,相違点3に係る構成の容易想到性についての審決の判断には誤りがある。

2  甲第3号証を主引用例とする本件各発明の容易想到性の判断の誤り(無効理由1,取消事由2)

(1)  審決は,甲第3号証発明を主引用例発明とする本件各発明の容易想到性につき,次のとおり判断する。

「本件発明1と甲第3号証発明とを対比すると本件発明1のフットレストと甲第3号証発明の脚部14とは,脚の背面が対向する部分を有する部材である点で一応共通している。

しかしながら,・・・甲第3号証発明の脚部14は本件発明1のフットレストに対応するものではない。

したがって,甲第3号証発明は座面部の前部にフットレストを備えた椅子型マッサージ機であるとはいえない。

しかも,本件発明1は,当該フットレストを『前記内底面の左右両側にあって脚の左右外側面が対向するよう立設された対向内側面と,左右両側の対向内側面の間にあって脚の左右内側面が対向するよう立設された分離丘と,』を有するものとし,『ふくらはぎに対するマッサージ動作を行うふくらはぎ用マッサージ駆動部を備えている』ものとし,その上で『前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている』ものである。

したがって,フットレストを有していない甲第3号証発明をフットレストを有するものとし,さらに当該フットレストを本件発明1に係る構成のフットレストを有するものとすることが容易になし得る程度の事項であるといえないことは明らかであるから,甲第3号証発明を主引用例とすることにより,本件発明1は甲第1号証~甲第3号証に記載された発明ないし周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるとすることはできない。」(25,26頁)

(2)  しかしながら,甲第3号証のマッサージ機の脚部14は脚を載せる部分であって,フットレストに当たることは明らかであり,甲第3号証のマッサージ機にフットレストが欠けるということはできない。

また,審決が説示する本件各発明と甲第3号証発明の相違点のうちフットレストを分離丘で左右に区切る形状及びふくらはぎ用マッサージ駆動部の構成は,甲第1号証の第2実施例,甲第16,第32号証に記載された周知技術である。

そうすると,甲第1号証発明を主引用例発明とする本件各発明の容易想到性と同様に,相違点1ないし3に係る構成は本件出願日当時に当業者において容易に想到し得たものにすぎず,これに反する審決の判断には誤りがある。

3  分割要件違反等(無効理由2,取消事由3)

(1)  本件分割出願が分割要件を充たすか否かにつき,審決は次のとおり判断する。

「本件特許に係る出願のもとの特許出願とされる特願平9-109692号に添付された原明細書及び図面(甲第11号証)をみると,つぎのとおり記載されている。

『【0031】

・・・図8及び図9は,本発明に係る椅子型マッサージ機の第2実施形態を示している。この第2実施形態が上記第1実施形態と最も異なるところは,脚載せ部12に対して,脚11の足裏を支持可能なステップ45が設けられており,このステップ45における裏底側に機械収納部25が形成されている点にある。

【0032】

従って,この機械収納部25内に,マッサージ駆動部13の配管機器や配線機器等(図示略)を収納することができる。また,マッサージ駆動部13として,ステップ45に,足裏に対するマッサージ動作を行う第4指圧部46を設けることが可能になる。』

図8の記載から,フットレスト1を垂下させて前記足裏支持ステップ45が水平となっている状態で,足裏支持ステップに設けられた第4指圧部46に足裏を載せていることが窺える。

以上の記載からみて,フットレスト1を垂下させて前記足裏支持ステップ45が水平となっている状態で,足裏支持ステップに設けられた第4指圧部46に足裏を載せれば脚の膝下の重量が足裏に作用し,足裏が第4指圧部46を押圧する状態となるといえるから,原明細書等の記載から脚の重量により足の逃げを防止できるとの作用を奏することは十分に読み取ることができる。」(27頁)

「以上のとおりであるから,『脚の重量による足の逃げ防止効果』は原明細書等に記載されているものであり,本件特許に係る出願は分割出願についての要件を満たすものである。」(28頁)

(2)  しかしながら,原明細書の段落【0031】,【0032】には,単に,脚載せ部12,足裏を支持するステップ45,機械収納部25及び足裏に対するマッサージを行う第4指圧部46を設けることが記載されているにすぎず,脚の重量による足逃げ防止効果については記載も示唆もされていない。

原明細書(甲11)記載の発明は,座面部の前部に起伏自在にフットレストを備えたもので(段落【0007】),脚の重量による足逃げ防止効果とは全く無関係の技術的思想を開示するものである。また,図8は原出願(甲11)の第2実施例の椅子型マッサージ機を示す概略側面図にすぎず,フットレストの角度は図8で説明されている事項とは無関係であって,脚の重量による足逃げ防止効果を説明するものではあり得ない。図8には,脚の膝下部分の重量による重力が下方に作用する状態や,足裏をマッサージするためのエアセルの伸長方向は,一切記載されていない。

(3)  したがって,本件分割出願の分割要件の充足の有無に関する審決の判断には誤りがあり,この判断を前提とする本件各発明の進歩性判断にも誤りがある。

4  補正要件違反(無効理由3,取消事由4)

(1)  審決は,本件特許出願の補正要件充足の有無につき,次のとおり説示する。

「当初明細書等をみるとつぎのとおり記載されている。

『【0033】

・・・図8及び図9は,本発明に係る椅子型マッサージ機の第2実施形態を示している。この第2実施形態が上記第1実施形態と最も異なるところは,脚載せ部12に対して,脚11の足裏を支持可能なステップ45が設けられており,このステップ45における裏底側に機械収納部25が形成されている点にある。

【0034】

従って,この機械収納部25内に,マッサージ駆動部13の配管機器や配線機器等(図示略)を収納することができる。また,マッサージ駆動部13として,ステップ45に,足裏に対するマッサージ動作を行う第4指圧部46を設けることが可能になる。』

図8の記載から,フットレスト1を垂下させて前記足裏支持ステップ45が水平となっている状態で,足裏支持ステップに設けられた第4指圧部46に足裏を載せていることが窺える。

また,図3の記載から,左右のエアセル29が脚から離れて待避している状態が窺え,また,図4の記載から,エアセル35により駆動される指圧片36が脚から離れて待避している状態が窺える。

さらに,技術常識に照らしてみて,フットレストにおいて脚をエアセルにより挟持するマッサージは必ず当該エアセルにより脚を両側面から挟持して動かないように固定された状態にしてしまうものとも認められない。

以上から,フットレスト1を垂下させて前記足裏支持ステップ45が水平となっている状態で,足裏支持ステップに設けられた第4指圧部46に足裏を載せれば脚の膝下の重量が足裏に作用し,足裏が第4指圧部46を押圧する状態となるといえるから,当初明細書等の記載から脚の重量により足の逃げを防止できるとの作用を奏することは十分に読み取ることができる。

したがって,脚の重量により足の逃げを防止できる椅子型マッサージ機は当初明細書等に記載されているものである。」(28,29頁)

(2)  しかしながら,前記3と同様,本件(分割)出願前の当初明細書(甲4)には脚の重量による足逃げ防止効果については記載されていないから,補正によって当初明細書にない事項が追加されたものであって,本件特許には補正要件違反がある。したがって,これに反する審決の補正要件に係る判断には誤りがある。

5  記載要件違反(無効理由4,取消事由5)

(1)ア  審決は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が特許法36条4項1号の実施可能要件を充足するか否かにつき,段落【0036】の記載を引用するほか,次のとおり説示する。

「図8をみると,フットレストを垂下させて足裏支持ステップが水平となっている状態で,座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されていることが窺える。

そして,これらの記載から把握される技術事項に関しては,使用者がどのような体形の人間であるか特定される必要がないものである。

以上から,発明の詳細な説明の記載は,本件発明1の『前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている』との構成について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているものであるといえるから,本件明細書は特許法36条4項1号の要件を満たすものであり,請求人(原告)の当該主張は理由がない。」(30頁)

イ  しかしながら,本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成は,フットレストを垂下させて足裏支持ステップが水平になっている状態で,お尻から太ももの範囲を座面部に接触させたまま,膝を曲げて足裏支持ステップに足裏を載せたとき,分離丘により左右に区切られた領域に脚が左右に位置して,ふくらはぎへのマッサージが行えるようにするというものであり,要するにマッサージ機における座面部,フットレスト及び足裏支持ステップの寸法を使用者の太ももから足裏の寸法に合うように設計することを意味している。

この構成を実現するためには,座面部,フットレスト及び足裏支持ステップを,使用者の太ももの裏側から膝下及び足裏に至るまでの長さや太さ等に合わせて寸法設計する必要があり,使用者の体形を無視して上記構成の実施可能性を論じることはおよそ不可能である。使用者の体格はさまざまであり,膝下から足裏までの長さには大きな差がある。大柄な使用者に合わせて座面部,フットレスト及び足裏支持ステップの寸法を設定すると,小柄な使用者が着座した場合に,足裏が足裏支持ステップに届かないことになる。

さまざまな体格の使用者に対しても上記構成を満たすための具体的構造が開示されていない限り,当業者は上記構成を実施できないところ,本件明細書(甲5)にかかる事項は記載されておらず,図8にも,どのような体形か全く不明な使用者が着座している様子が図示されているにすぎない。

したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載,とりわけ上記構成に係る記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものではなく,これに反する審決の判断には誤りがある。

(2)ア  審決は,本件各発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否か(特許法36条6項1号)につき,次のとおり説示する。

「本件発明1~4における使用者は,請求項1の『前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている』の記載から明らかなとおり,どのような体形の人間なのかまで特定されているものではない。

一方,・・・発明の詳細な説明には,どのような体形の人間なのかが特定されない使用者についての技術事項が記載されている。

したがって,本件発明1~4は発明の詳細な説明に記載したものであって,特許法36条6項1号の要件を満たすものであり,請求人(原告)の当該主張は理由がない。」(30,31頁)

イ  しかしながら,前記(1)のとおり,使用者の体形を限定しない限り,当業者において本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成を把握することはできないのであって,審決の上記判断には誤りがある。

(3)ア  審決は,本件各発明の特許請求の範囲の記載が明確か否か(特許法36条6項2号)であるか否かにつき,次のとおり説示する。

「本件発明1~4についての『前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている』との構成は,請求項1にそれ自体が記載されており,しかも当該記載は明確である。

一方,・・・本件発明1に関する上記構成を特定するにあたり,使用者に関して,どのような体形の人間なのか特定される必要がないことも明らかである。

したがって,特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の要件を満たすものであり,請求人(原告)の当該主張は理由がない。」(31頁)

イ  しかしながら,審決は請求項1の記載が明確であることの根拠を示しておらず,理由になっていない。また,前記(1)のとおり,使用者の体形を限定しない限り,当業者において本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成を把握することはできないのであって,結局,どのような体形の者に対し上記構成を充たすマッサージ機となるのか,技術的範囲が明らかでない。したがって,請求項1の記載は不明確であって,審決の上記判断には誤りがある。

第4取消事由に関する被告の反論

1  取消事由1に対し

(1)ア  原告が特許庁に対して提出した意見書(甲9)では,本件各発明によって解決すべき技術的課題として,①「伸長動作を生じるエアセルによって足裏をマッサージしても,エアセルの伸長の際に足裏が左右に逃げずに,確実かつ効果的な足裏マッサージを行えるようにする」こと,②「重力によって足の逃げを防止して,確実かつ効果的な足裏マッサージを行えるようにする」こと,③「確実な足裏マッサージが可能であってリラックスできる着座姿勢を得ても,ふくらはぎへのマッサージを確実に行えるようにする」ことの3つが挙げられており(2頁),原告主張の「従来の常識に反して,フットレストを垂下させた状態を基準として足裏及びふくらはぎへ確実なマッサージを得」ることのみが本件各発明によって解決すべき技術的課題であったわけではない。したがって,本件発明1と甲第1号証発明の相違点1,すなわち足裏支持ステップの存在や具体的形状等が本件発明1を特徴付ける相違点であることで誤りはない。

甲第1号証の第2実施例,甲第17ないし19号証には,「フットレストを垂下させた状態を基準として足裏及びふくらはぎへの確実なマッサージを得」るとの技術的課題はまったく記載されておらず,当業者が甲第1号証の第2実施例等から上記技術的課題を認識し,相違点1に係る構成に想到することは容易ではない。

イ(ア)  主引用例たる甲第1号証(第2実施例)に記載されている発明の目的を阻害しないからといって,当業者が甲第1号証発明に副引用例に記載の事項を組み合わせる動機付けを得ることができるものではない。

甲第1号証発明は,「従来のものはブーツタイプであるために,脚以外に例えば腕をマッサージすることはできず,汎用性に欠け・・・また,従来のものは,筒状をなす本体1に対して脚を出し入れしなければならないから,取扱いが面倒であるという問題がある」(段落【0005】,【0006】)ことを課題とし,これを解決するために,「上面および前後両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する本体と,前記凹部の底面から立ち上がって相対向する凹部側面の少なくとも一方に取付けられた空気袋と,この空気袋に連通して設けられ前記空気袋に対してエアーを給排気するエアー給排気装置とを具備したエアーマッサージ機。」(請求項1,本件発明1)を提供するものである。本件発明1の作用は,「前記請求項1の構成において,施療凹部はその上面および前後両端が開放されているから,脚の足等の被施療部を施療凹部に配置する際に本体が邪魔になる部分を備えず,本体の上方から被施療部を施療凹部に収容配置できる。そのため,脚の足,下腿,大腿,または腕の上腕,前腕等の被施療部を,施療凹部に容易に収容できるとともに,同様の理由から施療凹部より被施療部を容易に出すことができる。」ことにあり(段落【0013】),甲第1号証に接した当業者が「,上面および前後両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する本体」を備える構成が甲第1号証に記載の各実施例に必要不可欠であると認識することは明らかである。仮に甲第1号証の第2実施例の脚載置台に足裏支持ステップを設ければ,「大腿,または腕の上腕,前腕等の被施療部を,施療凹部に容易に収容」(段落【0013】)できず,甲第1号証の「脚以外に例えば腕をマッサージすることはできず,汎用性に欠け」(段落【0005】)ることは明らかで,技術的課題の解決や作用を奏することができなくなる。

したがって,甲第1号証の第2実施例のマッサージ機に足裏マッサージを行うための足裏支持ステップやエアセルを追加する構成が開示も示唆もされていないことは明らかである。

(イ)  ブーツタイプのマッサージ機は,そもそも左右の各ブーツを独立して左右の脚に装着し,各別に使用者の姿勢に応じて使用するためのものであり,左右の各ブーツを一体化させたり,椅子の座部前側に一体化させたりする動機づけが存在しない。仮に甲第1号証の第2実施例の脚載置台に足裏支持ステップを設ければ,「大腿,または腕の上腕,前腕等の被施療部を,施療凹部に容易に収容」(段落【0013】)できず,「脚以外に例えば腕をマッサージすることはできず,汎用性に欠け」(段落【0005】)るという技術的課題も解決できない。

また,ブーツタイプのマッサージ機の左右の各足用の部分を一体化し,さらに,その上面及び前後両側の部分を開放するよう変更し,さらに,変更後のものを椅子の座部前側に一体化させ,さらに,椅子型マッサージ機のフットレストとして機能するように脚を支持してマッサージし得る材質・構造等に変更することは,もはや当業者の通常の創作能力の範囲を超えている。

したがって,甲第1号証の第2実施例のマッサージ機のフットレストに代えて,足裏支持ステップ相当部分を残したフットレストを採用することは,当業者にとって必ずしも容易でない。

甲第1号証の第1実施例も,脚や腕の各部を収容してマッサージできるよう適所に置いて単独で使用するマッサージ機に関するものであって,これからフットレストの足裏支持ステップに関する構成が把握できるものではない。

(ウ)  甲第2号証のマッサージ機には脚を「マッサージ」するエアセルが存在せず,本件各発明の技術的課題の解決のための構成とはなり得ない。甲第2号証の脚乗せ部22,23で採用されている構成は,足側から突起27に加えた力の反力が押圧力となるものにすぎず,エアセルのようにそれ自体が伸長して能動的に足裏を押圧するものではない。単なる突起からの反力による押圧と,エアセルによる足裏マッサージとでは,それにより生じる技術的課題や作用効果が異なる。

また,本件各発明の「足裏支持ステップ」は,「フットレスト」の内底面の足先側にあって足裏が対向するよう立設されたものであり,フットレストを垂下させて水平として使用するものであるが,甲第2号証の脚載せ台は,単に水平に伸ばした脚の踵部分を置くためのものであり,足裏を載せるためのものではないし,椅子式マッサージ機の座面前部に揺動して揺動可能に取り付けられたフットレストでもない。

そして,甲第1号証発明に組み合わせて相違点1に係る構成とするためには,単に脚を載せることができればよいものではないところ,甲第3号証には脚をマッサージする器具の構成が記載されておらず,本件各発明の技術的課題の解決のための構成となり得ない。また,当業者は,「上面および前後両端を開放して凹状をなした施療凹部を有する本体」を備える構成が甲第1号証発明に必要不可欠であると把握するから,甲第3号証に記載の発明がかかる構成を有していなければならないところ,甲第3号証にはかかる構成が記載されていない。仮に,甲第1号証の第2実施例の装置に甲第3号証の構成を適用したところで,本件各発明の「足裏を指圧するマッサージ駆動部としてのエアセル」は得られないし,そもそも甲第1号証には,第2実施例の装置に足裏ステップを適用することを示唆する記載が一切存しない。

ウ  以上のとおり,甲第1号証を主引用例とする相違点1の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。

(2)  相違点1と同様に,本件発明1と甲第1号証発明の相違点2が本件発明1を特徴付ける相違点であることに誤りはない。

相違点2に係る構成は,フットレストの足裏支持ステップにエアセルを設けるというものであって,ブーツタイプのマッサージ機のように,単に足裏をマッサージすれば足りるというものではないから,仮に足裏をエアセルでマッサージすることが周知技術であったとしても,フットレストの足裏支持ステップにエアセルを設ける構成が周知技術になるものではない。

また,甲第1号証の第2実施例に足裏支持ステップを設けたとしても,甲第1号証発明の目的を阻害しないよう,施療凹部の上面及び前後両端を開放された形状にしようとすると,施療凹部の足先側開口部を閉塞しないようにするために,足裏支持ステップは中間壁32cで左右に区切られないものとなってしまい,相違点2に係る構成に想到することができない。

そして,甲第3,第15,第33号証に記載の事項は,そもそも本件各発明の「フットレスト」に関するものではなく,甲第3号証の脚掛部材8及び足台15ではマッサージを行うことが全く開示されていない。甲第15号証では,足掛け部5が下方に位置する図面が記載されているだけで,この状態で脚にマッサージを行うことは全く開示されておらず,係止部10にマット主体(25)は配置されず,係止部10に足裏を指圧するマッサージ駆動部を設けることが全く開示されていない。甲第33号証でも,マッサージを行うことは全く開示されていないし,支持部が水平になっていない。したがって,甲第1号証の第2実施例に甲第3,第15,第33号証に記載の事項を組み合わせても,当業者において相違点2に係る構成に容易に想到することができない。

甲第1号証を主引用例とする相違点2の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。

(3)  相違点1と同様に,本件発明1と甲第1号証発明の相違点3が本件発明1を特徴付ける相違点であることに誤りはない。

甲第1号証の段落【0038】には,フットレストを垂下させた状態でマッサージを行う構成は記載されておらず,かえって,フットレストを垂下させた状態が収納状態であって,垂下させた状態ではマッサージ機を使用しないことが記載されている。したがって,原告主張のように,甲第1号証の第2実施例において,「使用者が脚載置部32を垂下させた状態で,脚用第1空気袋35a,35bや脚用第2空気袋37a,37bにより使用者のふくらはぎをマッサージする技術的思想が明確に開示されている」とはいえない。

また,前記(1),(2)のとおり,「足裏支持ステップを設けること」や,甲第1号証発明や本件各発明のようなマッサージ機において「,足裏をエアセルでマッサージすること」は,本件分割出願の出願日当時の周知技術ではなかった。

甲第1号証を主引用例とする相違点3の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。

(4)  以上のとおり,甲第1号証を主引用例とする相違点の構成の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。

2  取消事由2に対し

本件各発明のマッサージ機は,ふくらはぎに対するマッサージ動作を行うための内底面,2つの対向内側面及び分離丘を備えるものであって,単に脚を載せるための台を備えているのにとどまるものではない。甲第3号証の脚部14には脚をマッサージするエアセルは設けられておらず,本件各発明の「フットレスト」とは構成が異なり,本件各発明の課題を解決する構成となり得るものではない。

したがって,甲第3号証発明には本件各発明にいう「フットレスト」が欠けるとした審決の判断に誤りはなく,甲第3号証を主引用例とする相違点の構成の容易想到性に係る審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3に対し

そもそも,分割出願に際して新規事項を追加したか否かの判断は,特許請求の範囲に記載された発明の構成が当初明細書及び図面の全部からみて新たな技術的事項を導入したかどうかによって判断されるものであって,単に当該発明の作用効果のみを取り上げても無意味である。

本件各発明の特許請求の範囲には,当初明細書及び図面の記載から導かれる技術的事項との関係では新たな技術的事項を導入しない構成が記載されていることは明らかであり,作用効果の相違はこの結論を左右するものではない。

なお,原出願明細書(甲11)の段落【0021】,【0027】の記載は,単に脚が脚載せ部12から重力方向に直交する方向に追い出される事態を防止することを示すものにすぎず,フットレストが垂下された状態で脚の重量が下方に加わらないことまで示すものではない。

したがって,本件分割出願の分割要件違反等に係る審決の判断に誤りはない。

4  取消事由4に対し

前記3と同様に,本件分割出願後の補正は新規事項を追加するものではなく,本件特許には補正要件違反は存しない。したがって,この旨をいう審決の判断に誤りはない。

5  取消事由5に対し

(1)  本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が実施可能な程度に明確かつ十分な記載がされており,実施可能要件(特許法36条4項1号)違反は存しない。

本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成に関して,いかなる体形の使用者についても上記構成を充足できるように,発明の詳細な説明に詳細な記載がされなければならないものではない。

(2)  本件各発明の特許請求の範囲の記載につき,サポート要件(同条6項1号)違反は存しない。

前記(1)のとおり,「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成に関して,いかなる体形の使用者についても上記構成を充足できるように,発明の詳細な説明に詳細な記載がされなければならないものではない。

(3)  本件各発明の特許請求の範囲の記載につき,明確性要件(同条6項2号)違反は存しない。

本件各発明の特許請求の範囲の記載,とりわけ本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成に係る記載は,使用者の体形を特定しなくても,構成上極めて明確であることが明らかである。

(4)  以上のとおり,本件特許の記載要件違反に係る審決の判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(甲第1号証を主引用例とする本件各発明の容易想到性の判断の誤り(無効理由1))について

(1)ア  審決は,甲第1号証等には,フットレストに足裏支持ステップを設けることにつき記載も示唆もされていないから,相違点1に係る構成を当業者において容易に想到することはできないと判断したが,原告は,足裏支持ステップの存在や具体的形状は本件各発明の特徴的な相違点ではあり得ず,当業者であれば,技術的課題が共通の甲第1号証の第2実施例の記載等から容易に相違点1に係る構成に想到することができる旨主張する。

イ  この点,本件明細書(甲5)の図8には,背凭れ部が背後方向に,脚載せ部が上方に揺動し,使用者(被施療者)がマッサージ機の上で仰向けになる様子や,背凭れ部が前方に揺動して概ね直立し,脚載せ部が下方に揺動して,使用者が膝を曲げた状態で椅子に着座する姿勢を取る様子が図示されているし,上記図から,後者においては足裏支持ステップ45が床面に対して水平になっていることが明らかである。そうすると,甲第2号証等の本件各発明の出願日以前に既に公知になったマッサージ機の構成と対照しても,本件各発明の課題の一つは,使用者が椅子に着座する姿勢をとったときでも,ふくらはぎと足裏をマッサージすることができるようにする点にあるということができる。

また,本件明細書には,発明の実施形態に係る部分ではあるものの,「足裏支持ステップは,分離丘17によって左右に区切られ,分離丘17の両側で,左右の脚11を振り分けて保持できるようになっている。」(段落【0034】)との記載があるから,図9の記載にも照らせば,本件各発明の課題の一つは,被告が主張するとおりの,「足裏支持ステップ45が分離丘17によって左右の領域に区切られ,左右のそれぞれの領域に,伸長動作を生じるエアセルが設けられているため,左右の足裏が各領域に位置決め保持されるから,伸長動作を生じるエアセルによって足裏をマッサージしても,エアセルの伸長の際に足裏が左右に逃げにくく,確実かつ効果的な足裏マッサージが行える。」という点にもあるということができる。

そして,使用者が椅子に着座する姿勢を取ったときに足に重力が作用することにより,足裏をマッサージするエアセルが伸長しても足が足裏支持ステップから逃げないという効果は,着座する姿勢を取ったときにエアセルを下方から動作させるという構成を採る以上,当然に奏される自明な作用効果であるということができる。

そうすると,本件各発明によって解決すべき技術的課題は,伸長動作を生じるエアセルによって足裏をマッサージしても,エアセルの伸長の際に足裏が左右に逃げずに,確実かつ効果的な足裏マッサージを行えるようにすること,使用者がリラックスできる着座姿勢を取っても,足裏やふくらはぎへのマッサージを確実に行えるようにすること,足裏をマッサージするときにも被施療者の足が足裏支持ステップから逃げ出さないようにして,足裏へのマッサージを確実に行えるようにすることにあって,足裏支持ステップをフットレストに設けることやその具体的形状が本件各発明の特徴点であることは明らかである。

他方,甲第1号証中には,解決すべき技術的課題につき,

「従来のものは,ブーツタイプであるために,脚以外に例えば腕をマッサージすることはできず,汎用性に欠けるという問題がある。」(段落【0005】)

「また,従来のものは,筒状をなす本体1に対して脚を出し入れしなければならないから,取扱いが面倒であるという問題がある。特に,足Aをマッサージするのに,第1空気袋2で押される足Aを本体1の足収納部1aの上側の壁で支持し,それにより第1空気袋2でのマッサージを可能としているので,・・・本体1への足Aの出し入れが面倒であるという問題がある。」(段落【0006】)

「本発明の第1の目的は,汎用性を高めることができるとともに,容易に取扱うことができるエアーマッサージ機を得ることにある。」(段落【0007】)

「本発明の第2の目的は,前記第1の目的に加えて,マッサージ効果を向上できるエアーマッサージ機を得ることにある。」(段落【0008】)

「本発明の第3の目的は,前記第1の目的に加えて,より多くの方向からマッサージができるエアーマッサージ機を得ることにある。」(段落【0009】)

との記載があるから,甲第1号証発明によって解決すべき技術的課題は,従前の袋状をなすブーツタイプのマッサージ機の問題点であった,脚以外の部位にも使用可能な汎用性があり,例えば脚に使用するとしても,脚の出し入れが容易で,取扱いの容易性を高め,かつマッサージ効果を高めるという諸点にあって,甲第1号証発明は,これらの点を両立するために,上側の面及び前後の2側面を設けず,断面形状を概ねU字型とすることで,脚等の出し入れを容易にした形状を採用したものである(下記図1参照。図1ではU字型のマッサージ機が2つ連結されている。)。

【図1】

file_2.jpgそして,甲第1号証の図3等から明らかなように,甲第1号証発明においては,椅子状の機器に足(くるぶしより下の部位)を載せるいわゆるフットレストを設ける構成が考慮されていない。

【図3】

file_3.jpgなお,くるぶしより下の足をマッサージする構成についてみても(第1実施例),後記のとおり,足裏をマッサージする部位は,脚の重量を利用して受動的にマッサージを行う施療突起17のみであって,圧縮空気で駆動するエアセルを設けて足裏を能動的にマッサージする本件発明1の構成とは大きく異なる。

そうすると,本件各発明と甲第1号証発明とは解決すべき技術的課題が異なり,甲第1号証にはフットレストに足裏支持ステップを設けることにつき記載も示唆もされていないとした審決の認定判断に誤りがあるとはいえない。

ここで,甲第1号証の図1のマッサージ機のU字型の部分にくるぶしより下の部位を載せ,足裏をマッサージするようにすることが構造的に可能であるとしても,また上記マッサージ機を足裏のマッサージに用いることが甲第1号証にいうマッサージ機の取扱いの容易化という目的を積極的に阻害するものではないとしても,これらの事由により甲第1号証においてフットレストに足裏支持ステップを設けることにつき示唆があることにはならない。

ウ  そうすると,甲第1号証発明の椅子型マッサージ機に足裏支持ステップが設けられたフットレストを追加する構成が記載も示唆もされていない以上,本件出願日当時,当業者において相違点1に係る本件発明1の構成に容易に想到することができなかったというべきであって,この旨をいう審決の判断に誤りがあるとはいえない。

(2)ア  前記(1)のとおり,足裏支持ステップをフットレストに設けることやその具体的形状が特徴的な点であり,相違点2も本件各発明の特徴的な部分に関するものであることは明らかである。

また,前記のとおり,甲第1号証発明によって解決すべき技術的課題は,汎用性の獲得,取扱いの容易性の改善等にあり,甲第1号証発明は,これらの点を両立するために,上側の面及び前後の2側面を設けず,断面形状を概ねU字型とすることで,脚等の出し入れを容易にした形状を採用したものである。しかるに,甲第1号証の第2実施例のマッサージ機の脚載置部32の下部にフットレストを設けるときは,脚載置部32の下面(下端)が閉塞された形状(あるいは,下面が設けられるが,側面又は背面のいずれか一方に切れ込みが入った形状)になってしまうから,甲第1号証発明のマッサージ機よりも,脚ないしくるぶしより下の足を出し入れする際の利便性が低下し,したがって甲第1号証発明によって解決すべき技術的課題のうち取扱いの容易性の改善の点を相当程度阻害することになる。

そうすると,甲第1号証発明が特定の身体部位に限らずに使用できる汎用性のあるマッサージ機の実現を目指したものであるとしても,甲第1号証の第2実施例の椅子型マッサージ機にフットレストを設ける動機付けに欠けるというべきであって,甲第1号証中でかかる構成が示唆されているとするのは困難である。

そして,上記判断は,フットレストの構造をより複雑にして,相違点2に係る,分離丘によって左右に区切られ,左右にマッサージ用のエアセルを設けた足裏支持ステップを設ける構成が示唆されていることを困難とする点においても同様である。

イ(ア)  ところで,相違点2のとおり,本件発明1の足裏支持ステップは,被施療者のくるぶしより下の部分を載置できれば足りるものではなく,その上面に圧縮空気で動作する足裏マッサージ用のエアセルが設けられている必要があるところ,甲第2号証には,椅子に脚載せ台2を設け,脚載せ台2の上面にマッサージ用の突起27を,突起27の下部にバネ28をそれぞれ設けて,足裏をマッサージすることができるようにする構成が記載されているが,これは単に椅子に座った使用者が自らの力ないし脚の重量で突起27を押し下げ,突起27の反発力で足裏をマッサージするにすぎない受動的なものであって,空気等で駆動するエアセルを設けて足裏を能動的にマッサージする構成とは大きく異なる。そうすると,仮に甲第2号証に記載された事項を甲第1号証発明に組み合わせたとしても,相違点2に係る構成に容易に想到できるものではない。

(イ)  特開昭53-104359号公報(甲3)にも,足台15が設けられた椅子に係る構成が記載されているが,これは単に使用者の足(くるぶしから下の部分)を載せる部位に関するものにすぎず,足台15にマッサージに用いる部位を設ける構成につき記載も示唆もされていないというべきである。

また,特開平9-56766号公報(甲13),特開平8-112325号公報(甲14)の椅子にはフットレストが設けられていないし,特開平7-124220号公報(甲15)の係止部10にマッサージに用いる部位が設けられるかは不明であるし,特開平7-124213号公報(甲16)の空気袋a11も下腿をマッサージすると記載されているのみで,これが足裏もマッサージするものとみるのは困難であるし,実願平5-67498号(実開平7-37160号)のCD-ROM(甲17),特開平8-38562号公報(甲18),特開昭60-75059号公報(甲19)には,フットレストとは無関係に脚を袋ないしブーツ状のエアーマッサージ装置で包む構成が記載されているにすぎないから,甲第13ないし19号証には,足裏支持ステップに足裏マッサージ用のエアセルを設ける点,あるいはそもそも椅子型マッサージ機にフットレストを設ける点について,記載も示唆もされていないというべきである。

したがって,甲第1号証発明に甲第3,第13ないし19号証を組み合わせても,相違点2に係る構成に想到する動機付けに欠けるから,当業者において,甲第1号証発明に基づいて相違点2に係る構成に容易に想到できるものではない。

ウ  結局,本件出願日当時,当業者において相違点2に係る構成に容易に想到できないとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。

(3)  前記(1)のとおり,足裏支持ステップをフットレストに設けることやその具体的形状が特徴的な点であり,相違点3に係る構成も本件各発明の特徴的な部分であることは明らかである。

また,相違点1と同様に,甲第1号証の第2実施例の椅子型マッサージ機に足裏支持ステップを設ける構成が示唆されているとみるのは困難であり,甲第2,第3,第13ないし19号証では,相違点3に係る「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者がお尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行える」形状のふくらはぎ用のマッサージ部及び「足裏支持ステップ」につき記載も示唆もされていない。

そうすると,本件出願日当時,甲第1号証発明に甲第2号証に記載された事項を組み合わせても,あるいはさらに甲第3,第13ないし19号証に記載された周知技術を組み合わせても,足裏支持ステップに被施療者の両足を載せて使用することを前提とする相違点3に係る構成に想到する動機付けに欠けるから,当業者において,甲第1号証発明に基づいて相違点3に係る構成に容易に想到できるものではない。したがって,当業者において相違点3に係る構成に容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。

(4)  結局,本件出願日当時,甲第1号証発明に甲第2号証に記載された事項を組み合わせても,あるいはさらに甲第3,第13ないし19号証に記載された周知技術を組み合わせても,当業者において,甲第1号証発明との相違点に係る本件発明1の構成に容易に想到することができないとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。

(5)  本件発明2は,本件発明1の構成に「前記座面部内部には,マッサージ駆動部が設けられていることを特徴とする」との限定を加えたもの,本件発明3は,本件発明1又は2の構成に「左右の対向内側面と,分離丘の左右の側面に設けられ,内部に空気が供給されることで伸長して左右の脚の両側を挟持状に指圧するエアセルを備えていることを特徴とする」との限定を加えたもの,本件発明4は,本件発明1ないし3のいずれかの構成に「前記足裏支持ステップは,ステップ裏底側に機械収納部が形成され,前記機械収納部には,足裏を指圧するためのエアセルの配管機器が収納されていることを特徴とする」との限定を加えたものである。したがって,本件発明2ないし4と甲第1号証発明の一致点は本件発明1と甲第1号証発明の一致点と同様であり,本件発明2ないし4と甲第1号証発明の相違点は本件発明1と甲第1号証発明の相違点1ないし3を含むものである。

本件発明1と同様に,甲第1号証を主引用例とする本件発明2ないし4の容易想到性に係る審決の判断にも誤りがあるとはいえない。

2  取消事由2(甲第3号証を主引用例とする本件各発明の容易想到性の判断の誤り(無効理由1))について

前記1と同様に,甲第3号証(特開昭53-104359号公報)には,足台15にマッサージに用いる部位を設ける構成は記載も示唆もされていないし,甲第13ないし19号証にも,椅子状のマッサージ機にフットレストを設け,かつくるぶしより下の足の部分を載せたときに,エアセル等の部位により足裏を能動的にマッサージする構成が記載又は示唆されているということはできない。

また,前記1と同様に,甲第1号証の第2実施例に係る記載からも,椅子状のマッサージ機にフットレストを設け,かつくるぶしより下の足の部分を載せたときに,エアセル等の部位により足裏を能動的にマッサージする構成が記載又は示唆されているということはできない。

したがって,本件出願日当時,甲第3号証発明に甲第1,第2号証に記載された事項ないし周知技術を組み合わせることによっても,あるいは更に甲第13ないし19号証に記載された周知技術を考慮しても,甲第3号証発明との相違点に係る本件発明1の構成に想到する動機付けに欠けるから,当業者において,上記相違点に係る構成に容易に想到することはできたということはできず,この旨をいう審決の判断に誤りがあるとはいえない。

また,本件発明1と同様に,甲第3号証を主引用例とする本件発明2ないし4の容易想到性に係る審決の判断にも誤りがあるとはいえない。

3  取消事由3(分割要件違反,無効理由2)について

本件分割出願のもととなる特許出願(特願平9-109692号)において提出された原明細書及び図面(甲11)の段落【0031】,【0032】及び図8,9には,椅子状のマッサージ機の両足(脚)の膝から下の部分を載せる部分である脚載せ部12に,くるぶしより下の足の部分を載せるステップ45を,上記脚載せ部12の下面を閉塞するように設け,かつこのステップ45の上面に足裏をマッサージする第4指圧部46を設けることが記載されている。

また,上記図8,9においては,脚載せ部12が,右脚用の部分と左脚用の部分が板状の部材で分かれている構造をしており,側面とこの板状の部材(内側面に相当する)の双方にマッサージ用の部位(エアセル)が設けられている構造が記載されている。そして,上記図8では,概ね使用者の膝裏に相当する,脚載せ部12が座面部3と接続された部位を支点(回転中心)として,上下に揺動可能な様子が図示されており,脚載せ部12が下方に位置するときは,ステップ45が床面に対して水平になるものである。

そうすると,本件各発明の主要な点が原明細書の図面に記載されていることは明らかであって,本件分割出願は原明細書及び図面に記載された事項の範囲でされたということができる。

そして,原図面の図8,9に照らせば,脚載せ部12が下方に位置する状態のときに,脚の自重でくるぶしより下の部分がステップ45に向かって押し付けられて安定し,エアセルの動作時に同部分がマッサージ機の外に放出されないことは明らかであって,審決が説示するとおり,原告が主張する「脚の重量による足の逃げ防止効果」は,原明細書及び図面に記載された事項から自明な事項(作用効果)であるということができる。

したがって,本件分割出願には分割要件違反はないとした審決の判断に誤りがあるとはいえず,原告が主張する取消事由3は理由がない。

4  取消事由4(補正要件違反,無効理由3)について

前記3と同様に,本件分割出願時の明細書(甲4)の段落【0033】,【0034】の記載及び図面8,9には,本件各発明の主要な点が上記明細書等に記載されていることは明らかであって,被告が平成16年6月14日にした補正(甲9,10)は少なくとも上記明細書等に記載された事項又は同事項から自明な事項の範囲でされたものである。そして,上記図8,9の記載内容に照らせば,審決が説示するとおり,原告が主張する「脚の重量による足の逃げ防止効果」は原明細書等に記載されている事項から自明な事項(作用効果)である。

したがって,上記補正に補正要件違反の点は存せず,この旨をいう審決の判断に誤りがあるとはいえない。よって,原告が主張する取消事由4は理由がない。

5  取消事由5(記載要件違反(無効理由4))について

(1)  実施可能要件について

本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には,「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との本件発明1の構成が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていることは明らかである。

したがって,本件発明1に関し実施可能要件(特許法36条4項1号)違反は存せず,本件発明2ないし4に関しても同様である。

原告は,本件発明1の「前記フットレストを垂下させて前記足裏支持ステップが水平となっている状態で,前記座面部に座っている使用者が,お尻から太ももの範囲を前記座面部に接触させたまま,膝を曲げて前記足裏支持ステップに足裏を載せたときに,当該フットレストの前記座面部よりの端部において前記対向内側面と前記分離丘との間に脚が位置して,前記ふくらはぎ用マッサージ駆動部によってふくらはぎへのマッサージが行えるように構成されている」との構成を実現するためには,座面部等の寸法を使用者の身体の大きさに合わせる必要があり,さまざまな体形の使用者に対しても上記構成を満たすための具体的構造が開示されていない限り,当業者は同構成を含む発明を実施できない等と主張する。

しかしながら,この主張は,単に発明の構成を実施品に適用する場合の,例えば採算上の問題についてのものにすぎず,技術上実施が可能でないことについてのものではないから,理由がない。

(2)  サポート要件について

本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0036】等には本件各発明の特許請求の範囲の記載に対応した記載があるから,原告のサポート要件(特許法36条6項1号)違反の主張は失当である。

(3)  明確性要件について

本件各発明の特許請求の範囲の記載は明確であるから,原告の明確性要件(特許法36条6項2号)違反の主張は失当である。

(4)  小括

以上のとおり,原告が主張する取消事由5(記載要件違反)は理由がない。

第6結論

以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がないから,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

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