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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10292号 判決 2012年1月31日

原告

株式会社巴川製紙所

訴訟代理人弁護士

竹田稔

木村耕太郎

片山英二

服部誠

訴訟代理人弁理士

加藤志麻子

田村恭子

末成幹生

被告

大日本印刷株式会社

訴訟代理人弁護士

櫻井彰人

訴訟代理人弁理士

結田純次

竹林則幸

金山聡

後藤直樹

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800245号事件について平成22年8月2日にした審決を取り消す。

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「防眩材料及びそれを用いた偏光フィルム」とする特許第4017273号(出願日:平成10年12月25日,登録日:平成19年9月28日)に係る特許(以下「本件特許」という。)の特許権者である。

被告は,平成21年12月10日,本件特許について無効審判(無効2009-800245号事件)の請求をした。

特許庁は,平成22年8月2日,「特許第4017273号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月12日,原告に送達された。

なお,原告は,平成22年11月26日付けで特許庁に対して,本件特許に係る訂正審判の請求を行ったが,特許庁は,同請求が成り立たない旨の審決をした(同審決は,未確定である。甲42の1,2)。原告は,本訴訟において,同訂正請求に係る特許請求の範囲等の記載を前提とした取消事由も主張しているが,同主張は,主張自体失当であり,本判決での事実摘示を省いた。

2  特許請求の範囲

本件特許の明細書(以下,図面と併せ「本件明細書」という。甲41)の特許請求の範囲(請求項の数2)の記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」のようにいい,本件特許発明1及び2を併せて「本件特許発明」という。)。

【請求項1】

透明基体の片面もしくは両面に,直接或いは他の層を介して,少なくとも樹脂マトリックス中にフィラーが分散されてなる粗面化層を有し,該フィラーの粒子径Dの粒度分布が,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下,かつ,該樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下であることを特徴とする防眩材料。

【請求項2】

透明基体の片面に,直接或いは他の層を介して,少なくとも樹脂マトリックス中にフィラーが分散されてなる粗面化層が設けられ,該フィラーの粒子径Dの粒度分布が,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下であり,該透明基体の粗面化層とは反対面に,偏光基体を介して保護材を積層してなる構成を有し,前記樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下であることを特徴とする偏光フィルム。

3  審決の内容

審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は,本件特許発明について,甲1(特開平10-264284号公報)記載の発明(以下「甲1発明」という。),甲3(特開平6-18706号公報)及び甲5(特開平10-264322号公報)に記載された技術的事項に基いて,当業者が容易に発明することができたと判断した。

審決が判断の前提とした,本件特許発明1と甲1発明との一致点,相違点を以下のとおり認定した。

ア  一致点

「透明基体の片面もしくは両面に,直接,少なくとも樹脂マトリックス中にフィラーが分散されてなる粗面化層を有し,該フィラーの粒子径Dの粒度分布が,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,である防眩材料。」(審決書19頁下から3行~20頁1行)

イ  相違点

(ア) 相違点a

フィラーの粒子径Dの粒度分布について,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上であるという要件に加えて,本件特許発明1は,「6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下」としているのに対し,甲1発明は「6.0μmより大きい粒子が20重量%未満」としている点。(審決書20頁3行~8行)

(イ) 相違点b

樹脂マトリックスとフィラーの屈折率について,本件特許発明1は,「樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下」としているのに対し,甲1発明は屈折率について言及していない点。(審決書20頁10行~12行)

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

審決には,以下のとおり,(1)相違点aに関する容易想到性判断の誤り(取消事由1),(2)相違点bに関する容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3)相違点a及びbに係る構成により生じる相乗効果に関する判断の誤り(取消事由3),(4)本件特許発明2についての容易想到性判断の誤り(取消事由4)がある。

(1)  相違点aに関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)

審決は,相違点aに係る構成の容易想到性について,①D>6.0の範囲のものが20重量%未満である範囲においては,相違点aは相違点とはならない(審決書26頁17~19行),②本件明細書には,粒度分布を規定する際の境界値として,10.0μm,あるいは,15.0μmを選択したことによる有利な作用効果や技術的意義について何ら記載されていないから,甲1発明の「粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満」の粒度分布の要件に代えて,「6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下」と規定することに格別の創意を見出すことはできない(審決書26頁20~34行),③本件特許発明1において3つに区分されたそれぞれの粒子径範囲内のフィラーを必須とすべき合理的な根拠も見いだせず,また,本件特許発明1と甲1発明とでは,解決すべき課題に何ら差異はないから,甲1発明において,解決すべき課題やその他の要求される性能を勘案して,相違点aの事項を得ることは,当業者が容易に想到し得ると判断した(審決書26頁35行~27頁7行)。

しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,誤りがある。

ア 本件特許発明1における,フィラーの粒子径の粒度分布の意義について

本件特許発明におけるフィラーの粒子径の粒度分布の規定は,屈折率差の要件(相違点b)との組み合わせで,本件特許発明1の解決すべき課題であるギラツキ及びモアレを解消するための発明特定事項として一体的に理解されるべきである。すなわち,上述のとおり,本件特許発明1は,フィラーの粒子径の粒度分布(要件a)と屈折率差の要件(要件b)を組み合わせることによって,課題の解決を図るものであるから,要件aから見れば,要件bとしてどのような値を選択するかによって,好適な値は変化するという関係にある。すなわち,屈折率差によっては,6.0<D≦10.0μm,および,10<D≦15.0μmの範囲の粒子を含ませるほうが好適である場合もあるし,逆に,屈折率差によっては,これらの粒子を必ずしも含ませなくても課題の解決を図れる場合がある。このような点を考慮するならば,本件特許発明の課題の解決を図ることのできるフィラーの粒子径の粒度分布は,6.0<D≦10.0μmの範囲,及び10<D≦15.0μmの範囲のものが必須であると理解すべきである。

審決は,本件特許発明1におけるフィラーの粒子径Dの粒度分布に係る構成を分断して,その一部についてのみ着目して,D>6.0の範囲のものが20重量%未満である範囲においては,相違点aが相違点でないと判断している点で,審決の①,②の判断には誤りがある。また,審決は,(a)本件特許発明1において3つに区分されたそれぞれの粒子径範囲内のフィラーを必須とすべき合理的な根拠が見いだせない,(b)本件特許発明1と甲1発明とでは,解決すべき課題に差異がない,という2つの前提に立つと,甲1発明において,解決すべき課題やその他の要求される性能を勘案して,相違点aの事項を得ることは,当業者が容易に想到し得ると判断したが,上記(a),(b)が誤りであることは上記のとおりであるから,上記③の判断も誤りである。

イ 本件特許発明1の解決課題,作用効果について

また,審決は,「フィラーの粒径Dの粒度分布が,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上という必須要件を課しつつ,それ以外の残部のフィラーの粒子径を如何に配合するかは,解決すべき課題やその他の要求される性能を勘案しつつ,当業者が実験的に適宜選定しうる」(審決書26頁27~30行)と判断する。

しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りがある。すなわち,本件特許発明1の解決すべき課題は,下記のとおり,ギラツキに加えてモアレを防止することである。

これに対し,甲1発明においては,上記課題は,何ら認識されていないから,甲1発明から,本件特許発明1のフィラーの粒子径の粒度分布の構成に到達することはない。甲1発明においては,ギラツキを防止するために,「粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満」の粒度分布を選択しており,当該選択をすることによって,ギラツキ防止の課題は解決されているのであるから,甲1発明を起点として,本件特許発明1に至る動機付けはない。

(ア) 本件特許発明1の解決課題について

本件特許発明1の解決課題は,「ギラツキ」のみならず「モアレ」の解消である。

本件明細書の段落【0002】には,ディスプレイ表面において「外光の映り込みを防止」するための基礎的技術に関する事項が述べられ,段落【0003】には「ギラツキ」の問題とその解決策が述べられ,段落【0004】には,前段で「UV硬化型樹脂とシリカ顔料」を用いた場合の問題点である凝集(オレンジピール)の発生に基づくギラツキの顕著化の問題が述べられ,後段で,いわゆるモアレの問題が述べられている。「しかも,UV樹脂とシリカからなる粗面化層の表面ではシリカの凸の部分と樹脂の凹の部分で光の干渉が起きやすく,干渉縞の発生という問題を有するものであった。」と記載されているのは,段落【0003】で説明されている従来技術のように,ディスプレイ表面において凹凸が面全体で均一に形成されていると,その凸部と凹部とによる模様(ピッチ)と,画素による模様(ピッチ)が重なり合い,干渉縞(モアレ)が生じることを意味している。ここでいう「干渉縞(モアレ)」は,光の位相の重なりとは無関係であるから,光学的な意味での「光の干渉」による「干渉縞」とは異なる。

また,段落【0025】には,フィラーと透明マトリックスとの屈折率差を特定の範囲に限定するという構成を採用したことにより,粗面化層がどのような性質を発揮(あるいは改善)できるかという技術的意味について,「ギラツキ(モアレ)」と記載されているところ,モアレは縞状の模様であり,他方,「ギラツキ」を「縞」と表現することはないから,「ギラツキ(モアレ)」との記載は「モアレ」を意味するものであって,「ギラツキ」と「モアレ」が同義語であることを意味するものではない。

さらに,段落【0052】には,「前記防眩材料10を図3に示されるガラス基板33の上に粗面化層が上になるように重ね,防眩材料をゆっくり時計方向に360回転させる。ギラツキ(モアレ)がある場合,画面上に光のスジが発生するので,このスジの有無や程度を目視により評価した。ギラツキ(モアレ)が全くない場合を○,ギラツキがあるものを×とした。」と記載されており,評価方法の条件として防眩材料を回転させていること,及び,光のスジの有無や程度を観察していることに照らすならば,解決課題とされている「ディスプレイの視認性の欠陥」の対象は,「ギラツキ」ではなく「モアレ」である。

(イ) 本件特許発明1の作用効果について

本件明細書の段落【0028】には,フィラーの粒度分布に関して,「フィラーの粒子径D(JIS B9921)としては15.0μm以下が望ましく,粒度分布としては,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,更に,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下である。特に0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが80重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが10重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものは全く含まないことが好ましい。0.5≦D≦6.0μmの範囲にあるフィラーの重量%が60%未満の場合は,0.5μm未満の粒子が多くなるとディスプレイの防眩効果が悪くなり,逆に15μm以上のものが多くなるとギラツキを生じるおそれがある。また,6.0<D≦10.0μmの範囲にあるフィラーが30重量%以上もしくは,10<D≦15.0μmの範囲にあるフィラーが30重量%以上もしくは10<D≦15.0μmの範囲にあるフィラーが5重量%以上の場合は,ディスプレイの画像にギラツキが発生し易くなる。」と記載されている。

ここでは,いわゆる「ギラツキ」を解決するための手段としての説明がされているが,フィラーの粒度分布は,モアレ発生の防止にも関連している。モアレの発生は,凹凸を緻密化し,かつ凹凸が面全体で均一になるようにしたことに起因して生じる問題であるから,本件特許発明1においては,凹凸ピッチの規則性を壊す観点から,フィラーの粒度分布を敢えて「0.5≦D≦6.0μm」,「6.0<D≦10.0μm」,「10<D≦15.0μm」の3段階に設定し,粒子径が「0.5≦D≦6.0μm」の範囲にあるものばかりでなく,粒子径が「6.0<D≦10.0μm」,「10<D≦15.0μm」のものを含有させて,モアレの発生を防止すべく,凹凸が均一にならないような手段を講じていることがわかる。

なお,粒子径が「6.0<D≦10.0μm」,「10<D≦15.0μm」の粒子に関しては,それぞれ含有量を「30重量%未満」,「5重量%以下」としており,これらを含まない場合であってもよいとしている。これは,粒子径「0.5≦D≦6.0μm」のもののみを選択した場合であっても,ある程度粒子径のばらつきがあれば,モアレの原因の1つである,凹凸ピッチの規則性を壊すことが可能であるからである。ただし,この場合には,モアレ解消のための,他の要件である,「フィラーと樹脂マトリックスとの屈折率差」の条件をより厳しく調整する(より小さくする)ことにより,モアレを発生しにくくしている。

以上によれば,本件特許発明1は,ディスプレイの視認性の問題としてギラツキに加えてモアレを解消すると共に,高コントラストで,耐薬品性,耐摩耗性を有する防眩フィルムを得ることができるという作用効果を奏する。

ウ 小括

以上のとおり,相違点aに係る構成が容易想到であるとした審決の判断には誤りがある。

(2)  相違点bに関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)

審決は,相違点bに係る本件特許発明の構成について,①本件特許発明1の解決すべき課題と甲1発明の解決すべき課題とには差異がない,②防眩材料において,透明性の配慮を行うことは当業者が当然に行う事項であるから,甲1発明と,甲3及び甲5に記載された事項を組み合わせることができる,③屈折率差をどのような値とするかは,解決すべき課題やその他の要求される性能を勘案しつつ,当業者が,実験的に,また,甲1等の公知文献に記載された実施例について,当業者の認識できる範囲での追試結果(甲8)を参考にしつつ適宜選定し得ると判断した(審決書27頁9行~29頁4行)。

しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,誤りがある。

ア 甲3記載の技術を適用することについて

甲3に記載されている技術的事項は,無機粒子ではないビーズを用いる場合に,電離放射線硬化型樹脂の屈折率とできるだけ近い屈折率である,「屈折率1.40~1.60」を選択することを超えるものではない。また,甲3には,モアレ解消のために,特定の粒度分布を選択した上で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差を0.10以下にすることについては何ら記載されておらず,ギラツキ防止の課題も何ら認識されていない。以上に照らすならば,甲3に記載されている開示内容は,防眩フィルムにおける「防眩性」と「透明性」との両立を図ることができる技術についてであり,防眩フィルムを設けたディスプレイにおける,ギラツキ防止や,モアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択するべきかに関する技術についての示唆はない。

イ 甲5記載の技術を適用することについて

甲5記載の技術は,平均二次粒子径が1.5μm~2μmであると共に平均二次粒子径の標準偏差が0.2~0.7の微粒子及び電離放射線硬化型樹脂からなる硬化被膜層を有することを特徴とするハードコートフィルムに関する技術である(請求項1)。甲5には,「上記微粒子としては,例えば,シリカ,アルミナ,ジルコニア等の無機微粒子の他,電離放射線硬化樹脂の透明性を損なわないように,電離放射線硬化型樹脂の屈折率に近い,例えば,アクリル樹脂,ポリスチレン樹脂,ポリ塩化ビニル樹脂,ポリカーボネート樹脂,PMMA樹脂等のポリマービーズも使用されるが,防眩性や解像性等の点からシリカ粒子が好ましい。」(段落【0006】)との記載はあるものの,どの程度屈折率の近いものを用いるのかについての記載はない。甲5には,従来技術の課題としてギラツキの問題があったと記載されているが(段落【0003】),甲5発明において,ギラツキを解決する手段は,上記の極めて微細な粒子を用いることであり,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差を調節することにより,ギラツキ防止を図ることについては,記載も示唆もされていない。さらに,甲5には,モアレ解消のために,特定の粒度分布を選択した上で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差を0.10以下にすることについては何ら記載されていない。以上に照らすならば,甲5記載の技術は,防眩フィルムを設けたディスプレイの視認性に関して,ギラツキ防止や,モアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択すべきかについての示唆を与えるものではない。

ウ 小括

前記のとおり,本件特許発明1の解決すべき課題は,ギラツキの防止に加えて,モアレを解消することである。これに対し,甲1発明は,ディスプレイの視認性の問題として,ギラツキの防止のみを目的とするものであり,発明の解決すべき課題が異なる。また,本件特許発明1は,樹脂マトリックスとフィラーの特許請求の範囲記載の屈折率の差(以下「屈折率差」という。)を必須の構成とすることにより,上記課題の解決を実現している。甲1発明においては,モアレの発生の問題を解決するべく,「樹脂マトリックスとフィラーとの屈折率の差を0.10以下にする」という構成を採用すべき動機付けがなく,甲1発明においては,相違点bに係る本件特許発明の構成を組み合わせるべき理由がない。

そして,甲3及び甲5には,ギラツキに加えて,モアレを解消するために,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択するべきか,との点に関しての何らの記載も示唆もないから,甲1に甲3又は甲5を組み合わせたとしても,相違点bに係る本件特許発明の構成を容易に想到することはない。

(3)  相違点a及びbに係る構成により生じる相乗効果に関する判断の誤り(取消事由3)

審決は,本件明細書において,相違点a及びbによる相乗的作用効果が検証されていないとして,相違点a及びbによる相乗的効果を前提として,本件特許発明1の容易想到性を判断しなかった点で誤りがある。すなわち,本件明細書によれば,比較例1~3と実施例1,3との対比から,相違点a及びbの双方が関与することによって,本件特許発明1の効果が得られていることが記載されているから,審決の判断は,前提において,誤りがある。

(4)  本件特許発明2についての容易想到性判断の誤り(取消事由4)

審決は,本件特許発明2についても,甲1発明,甲3及び甲5に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易になし得ると判断した。

しかし,本件特許発明2についても,甲1発明,甲3及び甲5に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易になし得るものではないことは,前記(1)ないし(3)記載のとおりである。

2  被告の反論

(1)  相違点aに関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)に対し

ア 本件特許発明1における,フィラーの粒子径の粒度分布の意義について

原告は,本件特許発明1のフィラーの粒度分布について,「6.0<D≦10.0μmの範囲,及び,10<D≦15.0μm」の範囲のものが必須であると解すべきであると主張する。

しかし,原告の上記主張は,誤りである。すなわち,本件明細書には,屈折率差に対応して粒度分布を限定解釈するような記載や示唆は一切ないから,本件特許発明1のフィラーの粒度分布は,特許請求の範囲に,「6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下」と記載されている以上,同記載のとおり,「6.0<D≦10.0μm及び10<D≦15.0μmの範囲のもの」は,0%を含む任意的なものであると解釈すべきである。

また,フィラーの粒度分布に関し,本件明細書の段落【0028】には,「特に0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが80重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが10重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものは全く含まないことが好ましい。」と記載され,6.0<D≦10.0μmの範囲のものは,少ない方が好ましく,10<D≦15.0μmの範囲のものはない方が好ましいことが示されている。屈折率差によって6.0<D≦10.0μm及び6.0<D≦10.0μmの範囲のものが必須であると理解することは,本件明細書の記載に反する。

したがって,「6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下」は,各範囲のものを30重量%未満,5重量%以下の任意の含有量で選択的に含み得ることを規定したにすぎないものとし,相違点aは実質的な相違点にならないとした審決の判断に誤りはない。

イ 本件特許発明1の解決課題,作用効果について

原告は,本件特許発明1の解決課題と甲1発明の解決すべき課題に差異がないとした審決の認定,判断には,誤りがある旨を主張している。

しかし,本件特許発明の解決すべき課題は,以下に述べるとおり,「凹凸の間隔が画素ピッチより大きい場合に発生する干渉によるギラツキ」あるいは「干渉による縞状のギラツキパターン」の解消であり,原告が主張する本件特許発明1の解決課題は,本件明細書に何ら記載されていない事項に基づくもので,その主張内容自体も技術的に誤ったものである。

(ア) 本件特許発明の解決課題について

原告は,本件明細書段落【0003】の「干渉によるギラツキ」について,ギラツキが生じる直接的な原因は,「光の集光」であって,「光の干渉」のような光学的な意味を有しないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり誤りである。すなわち,段落【0003】では「干渉によるギラツキ」と記載されているにもかかわらず,これを「光の集光」による「ギラツキ」であると理解し,光の「干渉」による「ギラツキ」でないと理解することは,本件明細書の記載に基づかないものである。また,液晶ディスプレイにおいて,バックライトからの光はカラーフィルタを透過して防眩フィルムの裏面に均一に当たり凸部で集光されるが,これは凹凸ピッチと画素ピッチとの大小とは無関係であり,「凸部に画素を通過した光が集光」することは,凹凸ピッチが画素ピッチより大きい場合だけに生ずる現象ではない。原告の解釈は,本件明細書の記載に反するのみならず技術的な観点からも成り立たない。

原告は,本件明細書の段落【0004】の記載について,凝集の発生に基づくギラツキの顕著化と,モアレの問題と解釈するが,「モアレの問題」は記載も示唆もされておらず,原告の解釈は,本件明細書の記載に反する。

以上のとおり,本件特許発明の解決課題は,「ギラツキ」の解消であって,「モアレ」の解消を含まない。

(イ) 本件特許発明の作用効果について

原告は,本件特許発明の特徴は,(a)該フィラーの粒子径Dの粒度分布が,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下という要件と,(b)該樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下という要件の2つを組み合わせたことにより,本件特許発明の解決すべき課題,すなわち従来の課題であるギラツキに加えてモアレを防止することにあると主張する。

しかし,本件特許発明の解決すべき課題は,「凹凸の間隔が画素ピッチより大きい場合に発生する干渉によるギラツキ」あるいは「干渉による縞状のギラツキパターン」であり,本件特許発明には,「モアレ」の防止という課題は存在しないから,原告の主張は,その主張自体失当である。

ウ 小括

以上のとおり,審決の相違点aに係る構成が容易想到であるとした判断に誤りはない。

(2)  相違点bに関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対し

ア 甲3記載の技術を適用することについて

原告は,甲3には,モアレ解消のために,特定の粒度分布を選択した上で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差を0.10以下にすることについて何ら記載されておらず,ギラツキ防止の課題も何ら認識されていないから,甲3は,防眩フィルムを設けたディスプレイの視認性のさらなる問題である,ギラツキ防止や,モアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択すべきか,という点に関して何らの技術的示唆を与えるものではないと主張する。

しかし,本件特許発明1に「モアレの解消」という課題は存在しないので,原告の主張は,主張自体失当である。

本件特許発明1に係る相違点bに係る「樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下」との構成は,フィラーの粒度分布いかんによらず,防眩材料の透明性を損なわないようにするために採用されたものである。

そして,甲1には,「本発明の目的は・・・ギラツキ等のない鮮明な画像・・・を得ることができ」(段落【0010】),「これらの透明基体は,透明性の高いものほど好適である」(段落【0015】),「本発明における紫外線硬化型樹脂の透明性は高いほど好ましく」(段落【0024】)と記載され,甲1発明の防眩材料は「透明性を損なわないようにする」ことを前提としているといえる。

したがって,甲3に,防眩材料の透明性に関する事項が記載されている以上,相違点bに係る構成は,容易想到といえる。

イ 甲5記載の技術を適用することについて

原告は,甲5には,モアレ解消のために,特定の粒度分布を選択した上で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差を0.10以下にすることについて何ら記載されておらず,ギラツキとの関係は何ら認識されていないから,甲5も,防眩フィルムを設けたディスプレイの視認性のさらなる問題である,ギラツキ防止や,モアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択すべきか,という点に関して何らの技術的示唆を与えるものではないと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件特許発明1には,「モアレの解消」という課題は存在せず,相違点bに係る「樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下」との構成は,フィラーの粒度分布いかんによらず,防眩材料の透明性を損なわないようにするために採用されたものである。そして,甲1発明の防眩材料は「透明性を損なわないようにする」ことを前提としている。

したがって,甲5に,防眩材料の透明性に関する事項が記載されている以上,相違点bに係る構成は,容易想到といえる。

ウ 小括

以上のとおり,甲1発明に甲3及び甲5の技術的事項を適用することは容易である。

(3)  相違点a及びbに係る構成により生じる相乗効果に関する判断の誤り(取消事由3)に対し

上記(1),(2)で主張したとおりであり,原告の主張は,失当である。

(4)  本件特許発明2についての容易想到性判断の誤り(取消事由4)に対し

上記のとおり,本件特許発明1について審決の相違点a及びbの容易想到性の有無に関する判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由1ないし取消事由3は失当である。したがって,審決が,本件特許発明2についても,本件特許発明1と同様に,甲1発明,甲3及び甲5記載の技術的事項に基いて,当業者が容易に発明することができたとした点に誤りはない。

第4当裁判所の判断

当裁判所は,審決が,本件特許発明に係る相違点a及びbの構成は,容易想到でないとの原告の主張(相違点a及び相違点bの相乗効果を評価すべきである旨の主張を含む。)は,いずれも理由がないものと判断する。

事案にかんがみ,原告が,前提として主張する,本件特許発明の解決課題について,先に判断する(なお,取消事由1ないし3についての理由は,本件特許発明1及び2を併せた判断である。)。

1  本件特許発明の解決課題について

原告は,本件特許発明の主たる解決すべき課題は,ギラツキに加えて,「モアレ」の解消であることを前提として,審決には,取消事由1ないし4に係る誤りがあると主張する。しかし,本件明細書の記載から,ギラツキに加えて,「モアレ」の解消も,本件特許発明の解決すべき課題であると認めることはできない。その理由は,以下のとおりである。

(1)  本件明細書の記載

本件明細書(甲41)には,以下の記載がある。

【0001】

【発明の属する技術分野】

本発明は液晶ディスプレイ(LCD),プラズマディスプレイ(PDP),CRT,EL等の画像表示体等に好適に用いられ,特に,画像のギラツキ防止,コントラストの向上等の優れた防眩性を有し,かつ,耐薬品性,耐磨耗性に優れた防眩材料及びそれを使用した偏光フィルムに関するものである。

・・・・・・

【0003】

ところで,表面に凹凸を形成したディスプレイ表面は,ディスプレイの高精細化,高画質化に伴い,上記粗面化層の凹凸ピッチとの関係で画像がぎらつくという問題を有する。このディスプレイの高精細化は,画素の高集積化によるが,前記凹凸の間隔がこの画素ピッチより大きい場合,干渉によるギラツキを発生させる。ギラツキを防止するためには,上記粗面化層の凹凸の高さや間隔を緻密化し,更に,凹凸が面全体で均一になるようにコントロールしなければならない。このような均一な粗面化層を形成するためには,前記の粗面化の方法のうちフィラーを含有させた塗工層を設ける方法に着目して,該フィラーの粒径及び含有量をコントロールする方法が提案されている。かかる塗工剤に使用する樹脂としては,透過性,耐熱性,耐磨耗性,耐薬品性等に優れたものが望ましいが,基材が耐熱性に乏しい高透明なプラスチックフィルムである場合が多いことから,樹脂としてはUV硬化型樹脂が好んで使用されている。その例として,UV硬化型樹脂とシリカ顔料を構成要素とする特開平1-105738号や特開平5-162261号などが報告されている。

【0004】

しかしながら,UV硬化型樹脂とシリカ顔料からなる粗面化層は,塗料を基材に塗布してからUVを照射するまでの間,低粘度の液状態を呈しているため,粗面化層中のフィラー同士がくっつき合い,凝集(オレンジピール)するという問題を有していた。粗面化層表面の凹凸を緻密化するようフィラーの含有量を増加させたり,粗面化層の厚さをコントロールするために粗面化層の塗料を溶剤等で希釈する場合,特に顕著で,ディスプレイの高精細化と相まって,ギラツキも著しいものとなっていた。しかも,UV樹脂とシリカからなる粗面化層の表面ではシリカの凸の部分と樹脂の凹の部分で光の干渉が起きやすく,干渉縞の発生という問題を有するものであった。更に,携帯端末用ディスプレイとしては,軽量,コンパクト,汎用性等の特徴を有するLCDが市場を独占するものと考えられているが,これらの携帯端末にはタッチパネルを搭載し,プラスチックのペンや指で直接触れ操作するものが主流となってきている。そのため,上述の反射防止性に加えてディスプレイ表面への耐磨耗性,耐薬品性に対する要求が高まっている。

【0005】

【発明が解決しようとする課題】

本発明は,従来技術における上記した実情に鑑みてなされたもので,即ち,本発明の目的はディスプレイへの太陽光及び蛍光灯等の外部光の映り込みを防止した,優れた反射防止性や画像コントラストを低下させることなく,ギラツキ等のない鮮明な画像を得ることができる優れた防眩性を有し,かつ,優れた耐磨耗性,耐薬品性を示す,ディスプレイ,特に,フルカラー液晶ディスプレイに好適な防眩材料を提供することにある。また,本発明の他の目的は,上記防眩材料を使用した偏光フィルムを提供することにある。

・・・・・・

【0025】

本発明においては上記の樹脂マトリックス中にかかる樹脂マトリックスと屈折率の差が小さいフィラーを含有させることで,表面を粗面化し,優れた防眩効果を持たせることができる。すなわちフィラーの屈折率と樹脂マトリックの屈折率は,どちらが大きくても良いが近いほど望ましい。そして,フィラーと透明マトリックスとの屈折率の差は0.10以下であることが必要であり,好ましくは0.05以下が良い。屈折率の差が0.10を越える場合は,内部散乱が大きくなり,透明性が損なわれ,ギラツキ(モアレ)も非常に目立ってくる。樹脂マトリックスとフィラーの屈折率は,上記の如くその差が0.10以下であれば特に限定されるものではないが,樹脂マトリックス及びフィラーの屈折率としては,1.40~1.60のものが透明基体の屈折率との関係から,防眩性,反射防止性等の光学特性上好ましく,特にこれら材料の屈折率が1.45~1.53の範囲のものが光学特性に優れており好適である。なお,樹脂マトリックス及びフィラーの屈折率はJIS K-7142により測定される。

・・・・・・

【0028】

また,フィラーの粒径及び粒度分布は,粗面化層表面の凹凸を緻密にコントロールする上で重要である。フィラーの粒子径D(JIS B9921)としては15.0μm以下が望ましく,粒度分布としては,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,更に,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下である。特に0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが80重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが10重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものは全く含まないことが好ましい。0.5≦D≦6.0μmの範囲にあるフィラーの重量%が60%未満の場合は,0.5μm未満の粒子が多くなるとディスプレイの防眩効果が悪くなり,逆に15μm以上のものが多くなるとギラツキを生じるおそれがある。また,6.0<D≦10.0μmの範囲にあるフィラーが30重量%以上もしくは,10<D≦15.0μmの範囲にあるフィラーが30重量%以上もしくは10<D≦15.0μmの範囲にあるフィラーが5重量%以上の場合は,ディスプレイの画像にギラツキが発生し易くなる。フィラーの配合量については,粗面化層における全固形分比で,0.5~30重量%の範囲が良い。特に1~15重量%の範囲が好ましい。配合量が0.5重量%未満では,防眩効果が不十分となり,30重量%を超えると,耐磨耗性や耐環境性等の耐久性が悪くなる。

・・・・・・

【0030】

本発明においては,粗面化層中のフィラーの粒径及び粒度分布と,粗面化層の厚さなどの形成条件をコントロールすることで,粗面化層のより優れた光学特性が得られる表面形態とすることが可能である。粗面化層の厚さとしては,0.5~10μmの範囲が,好ましくは1~5μmの範囲が良い。粗面化層が0.5μmより薄い場合は,粗面化層の耐磨耗性が悪くなったり,紫外線硬化型樹脂を使用した場合など,酸素阻害により,硬化不良を起こす。10μより厚い場合は樹脂の硬化収縮により,カールが発生したり,粗面化層にマイクロクラックが発生したり,更に,透明基材との密着性が低下したりする。粗面化層の表面粗さ(JIS B0601)は,Ra(中心線平均粗さ)0.03≦Ra≦0.30,2≦Sm≦50(凹凸の平均間隔)の範囲にあることが望ましい。Ra及びSmがこの範囲を外れると,防眩性が悪くなったり,画像のギラツキが発生し易くなる。

・・・・・・

【0051】

実施例1~3,比較例1~3で得られた防眩材料10を用い,防眩性,画像ギラツキ,耐磨耗性,耐薬品性,画像コントラストについて評価した。

なお,画像コントラストに関しては,前記防眩材料10を用い,図2に示される構成の偏光フィルム20を作製し,該偏光フィルム20を図3に示されるようにガラス基盤33に貼り付け,液晶表示体30を得た。尚,液晶表示体30の画像サイズは例えば10.4インチとし,解像度は例えば800ドット×600ドットとして評価した。

なお,評価方法は下記のとおりである。

<防眩性>

スガ試験機(株)社製の写像性測定器ICM-1DP(JIS K7105)を使用,透過モードで,光学くし幅2mmで測定した。測定値が小さいほど防眩性が高い。ここでは,50%未満を○,50%以上,70%未満を△,70以上を×として評価した。

【0052】

<画像ギラツキ>

前記防眩材料10を図3に示されるガラス基板33の上に粗面化層が上になるように重ね,防眩材料をゆっくり時計方向に360回転させる。ギラツキ(モアレ)がある場合,画面上に光のスジが発生するので,このスジの有無や程度を目視により評価した。ギラツキ(モアレ)が全くない場合を○,ギラツキがあるものを×とした。

<耐磨耗性>

日本スチールウール性のスチールウール#0000を板紙耐摩耗試験機(熊谷理機工業社製)に取り付け,防眩材料の粗面化層面を荷重200g/cm²にて50回往復させる。その後,その部分のHAZE値を東洋精機製HAZEメーターで測定し,HAZE値変化δHを求めた。耐磨耗性は下記計算に基づくδHが1以下で良好で,5を越えると傷が多くなり,実用上問題となる。HAZE値の測定は反射防止材料単体で行った。HAZE値変化δH=試験後のHAZE値-試験前のHAZE値

・・・・・・

【0054】

以上の評価結果を表1に示す。

【表1】

サンプル

屈折率

HAZE値

防眩性

ギラツキ

樹脂マトリックス

フィラー

屈折率の差

実施例1

1.50

1.45

0.05

10.5

実施例2

1.51

1.50

0.01

22.0

実施例3

1.49

1.45

0.04

17.0

比較例1

1.56

1.40

0.16

15.0

×

比較例2

1.60

1.40

0.20

35.0

×

比較例3

1.53

1.40

0.13

1.5

×

×

耐摩耗性

耐薬品性

画像コントラスト

実施例1

0.3

実施例2

0.5

実施例3

0.9

比較例1

4.5

比較例2

15.0

×

×

比較例3

0.8

【0055】

表1の結果から明らかなように本発明の防眩材料はいずれも良好な特性が得られたのに対し,粗面化層の樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が大きい比較例はいずれも画像のギラツキの問題を有するものであった。

【0056】

【発明の効果】

本発明の防眩材料は透明基体の片面もしくは両面に,直接或は他の層を介して,樹脂マトリックス中にフィラーが分散されてなる粗面化層を設けた構成において,前記樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差が0.10以下であることから,CRTやLCD等の画像表示体,特に高精細な画像表示体へ適用した場合は,ギラツキがなく,高コントラストで,かつ鮮明な画像を得ることが可能となる。

更に,該粗面化層に紫外線,電子線及び/または熱で硬化する樹脂を,それに特定の粒度分布を有するフィラーを選択することで,優れた耐薬品性,耐磨耗性,防眩性を発現することができる。本発明の防眩材料を使用した偏光フィルムは,優れた防眩性を有し,ギラツキがなく,良好な画像コントラストを得ることができることから,液晶パネル等の画像表示体として有用である。更に,また,粗面化層上に反射防止膜を設けることにより,ディスプレイの画質を一層向上させることができる。

(2)  判断

ア 本件明細書の段落【0003】,【0004】によれば,本件特許発明における画像のギラツキの原因は,粗面化層の凹凸の間隔が画素ピッチより大きいことによる干渉,又は,フィラーの凝集(オレンジピール)である旨が記載されている。他方,モアレの原因については,本件明細書には何ら記載されていない。甲14によれば,モアレとは,「格子,スクリーンや規則的間隔のものなど,一般に類似した周期的パタンの重なりにより生じる干渉で現れる縞状の模様の総称」であることに照らすならば,「ギラツキ」と「モアレ」は,異なる原因によって発生する,異なる現象であると認められる。

また,本件明細書における「ギラツキ」及び「モアレ」の語がどのように使用されているかをみると,「ギラツキ」の語は,「ぎらつく」も含めて,合計15箇所,単独で使用されている(【0001】,【0003】,【0004】,【0005】,【0028】,【0030】,【0051】,【0052】,【0054】の【表1】,【0055】,【0056】)。これに対して,「モアレ」の語が単独で用いられている例はなく,わずかに「ギラツキ(モアレ)」が3箇所用いられるにとどまる(【0025】,【0052】)。

そして,本件明細書における防眩材料の評価をみると,段落【0052】の冒頭に「<画像ギラツキ>」と記載され,評価の対象が,画像ギラツキであることは明らかであり,これに続いて,「ギラツキ(モアレ)がある場合,画面上に光のスジが発生するので,このスジの有無や程度を目視により評価した。ギラツキ(モアレ)が全くない場合を○,ギラツキがあるものを×とした。」と記載されていることに照らすと,「モアレ」をギラツキと別個に評価していると解することはできない。

また,本件明細書には,「類似した周期的パタン」や「類似した周期的パタンの重なりにより生じる干渉で現れる縞状の模様」については,何らの記載もない。

以上によれば,本件明細書の段落【0025】,段落【0052】に記載されている「ギラツキ(モアレ)」は,「モアレ」を指すものと理解することはできず,本件特許発明は,解決課題の目的が「ギラツキ」のみならず「モアレ」であるとはいえず,また,本件特許発明により,「モアレの解消」との課題が解決したと理解することもできない。

イ これに対して,原告は,以下のとおり主張する。しかし,原告の主張は,いずれも,失当である。

まず,原告は,段落【0004】では,「画素による模様(ピッチ)」との関係で干渉縞(モアレ)が生じると明記されてはいないものの,モアレが規則正しい模様同士を重ねた時に生じるものであることは,当業者の技術常識であり,また,当業者が,ディスプレイの視認性の問題として「干渉縞」から想起するのは,「モアレ」しかないから,「干渉縞の発生という問題」とは,「ギラツキ」とは異なる「モアレ」の問題を意味するなどと主張する。

しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件明細書(甲41)の段落【0004】には,「しかも,UV樹脂とシリカからなる粗面化層の表面ではシリカの凸の部分と樹脂の凹の部分で光の干渉が起きやすく,干渉縞の発生という問題を有するものであった。」と記載されており,ここでの「干渉縞」は,文字どおりシリカの凸の部分と樹脂の凹の部分での光の干渉によって発生するものと解され,この記載からは,シリカの凸の部分と樹脂の凹の部分とによって規則正しい模様が形成されることや,この規則正しい模様(ピッチ)と,画素による模様(ピッチ)が重なり合うことによってモアレ縞が発生することは読み取ることはできない。したがって,本件明細書の段落【0004】記載の「シリカの凸の部分と樹脂の凹の部分」によって生じる干渉縞が,モアレを意味するとの原告の主張は,採用の限りでない。

また,原告は,フィラー等の微粒子を含有させた塗工方法に関する技術常識(甲29,甲32)によれば,何ら格別の操作を施さなくても,粗面化層中のフィラーが規則配列し,これがモアレの原因となることは明らかであると主張する。

しかし,原告の上記主張も失当である。すなわち,甲29,甲32に記載されている塗工方法は,いずれもロール塗工法であると認められ,粗面化層の形成方法としては,本件明細書(甲41)の段落【0029】に,「本発明の粗面化層を形成する方法としては,・・・エアドクターコーティング,ブレードコーティング,ナイフコーティング,リバースコーティング,トランスファロールコーティング,グラビアロールコーティング,キスコーティング,キャストコーティング,スプレーコーティング,スロットオリフィスコーティング,カレンダーコーティング,電着コーティング,ディップコーティング,ダイコーティング等のコーティングや,フレキソ印刷等の凸版印刷,ダイレクトグラビア印刷,オフセットグラビア印刷等の凹版印刷,オフセット印刷等の平版印刷,スクリーン印刷等の孔版印刷等の印刷により透明基材の片面もしくは両面上に,直接或いは他の層を介し,単層もしくは多層に分けて設け・・・」と記載されているように,ロール塗工法のみならず,様々な塗工方法が知られており,甲29,甲32からは,これら任意の塗工方法によって粗面化層中のフィラーが規則配列するとはいえない。そうすると,任意の塗工方法によって形成された粗面化層中のフィラーが規則配列することが技術常識であるとはいえない。

したがって,原告の上記主張も採用の限りでない。

(3)  小括

以上によれば,本件特許発明の解決すべき課題が,ギラツキに加えて「モアレ」の解消であるということはできない。したがって,この点についての原告の主張には理由がなく,本件特許発明の解決すべき課題がギラツキに加えて「モアレ」の解消であることを根拠とする原告の主張は,いずれも理由がない。

2  相違点aに関する容易想到性判断の誤り(取消事由1)について

(1)  甲1の記載内容

甲1には以下の記載がある。

【請求項1】 透明基体の片面又は両面に粗面化層を設けた防眩材料において,HAZE値(JIS K7105)が3~30の範囲にあり,前記粗面化層が,少なくともエポキシ系化合物および光カチオン重合開始剤を含む紫外線硬化型樹脂と架橋アクリル樹脂ビーズとから形成されてなり,前記架橋アクリル樹脂ビーズが,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満の粒度分布を有することを特徴とする防眩材料。

・・・・・・

【請求項5】 偏光基体の一面に,少なくともエポキシ系化合物および光カチオン重合開始剤を含む紫外線硬化型樹脂と,架橋アクリル樹脂ビーズとから形成された粗面化層を透明基体の片面に設けた第1の保護材を,その非粗面化面が偏光基体に接するように積層し,偏光基体の他面に第2の保護材を積層してなり,前記架橋アクリル樹脂ビーズが,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満の粒度分布を有し,かつ第1の保護材のHAZE値(JIS K7105)が3~30の範囲にあることを特徴とする偏光フィルム。

・・・・・・

【0001】

【発明の属する技術分野】 本発明は,LCD(Liquid Crystal Display)およびCRT(Cathode-Ray Tube)等の画像表示体等に好適に用いられ,特に,画像部の防眩,耐薬品性,耐磨耗性,更に,指紋等による耐汚染性に優れた防眩材料及びそれを使用した偏光フィルムに関するものである。

・・・・・・

【0005】 防眩性に関しては,従来,この種の防眩を実現するために,磨きガラスのように,光を散乱または拡散させて像をぼかす手法が一般的に行われている。通常,光を散乱または拡散させるためには,光の入射する基体面を粗面化させることが基本となっており,粗面化処理としては,サンドブラスト法やエンボス法等により基体表面を直接粗面化する方法,基体表面にフィラーを含有させた塗工層を設ける方法,および基体表面に海島構造による多孔質膜を形成する方法等が採用されている。

【0006】

【発明が解決しようとする課題】 ディスプレイの解像度が向上するに伴い,粗面の凹凸の高さや間隔にも緻密化が要求されるようになってきた。画像の高精細化は,主に画像ドットの高密度化により達成されるが,上記凹凸の間隔が画像ドットのピッチより小さい場合には問題は生じないが,大きい場合には干渉によるギラツキが発生するという問題がある。防眩性が良好であり,ギラツキのない鮮明な画像を得るためには,上記凹凸の高さ及び間隔を小さくすると共に,バラツキがないようにコントロールしなければならない。

【0007】 現在,基体表面にフィラーを含有させた塗工層を設ける方法は,フィラーの粒径により粗面の凹凸の大きさを比較的容易にコントロールできること,及び製造が容易であること等の利点があることから,好適に用いられている。塗工剤に使用する樹脂としては,透過性,耐熱性,耐磨耗性,耐薬品性等の諸性質に優れてたものが望ましいが,基体として耐熱性に乏しい高透明なプラスチックフィルムを用いる場合が多いため,紫外線硬化型樹脂が好んで使用されている。その例として,紫外線硬化型樹脂及びシリカ顔料を用いる方法が,特開平1-105738号公報および特開平5-162261号公報等に提案されている。

【0008】 しかしながら,上記公報等に提案されている紫外線硬化型樹脂とシリカ顔料からなる粗面化層において,シリカ顔料の分散性は必ずしも十分とはいえない上に,紫外線硬化を行うまでの塗工層は,低粘度の液状態を呈しているため,塗布液を基体に塗布してから紫外線を照射するまでの間に,塗工層中のフィラーがお互いにくっつき,凝集(オレンジピール)するという問題を有していた。特に,塗工層表面に凹凸を緻密化させる目的でフィラーの含有量を増加させたり,フィラーを塗工層面から突出させる目的で溶剤等を用いて希釈する場合には,この現象が特に顕著であった。

【0009】 また,これらの提案は,顔料として給油性が高いシリカ顔料を使用していることから,粗面化層は指紋等の油分を吸収しやすいために,汚れやすいという欠点を有していた。更に,この汚れはアルコール等の溶媒を染み込ませた布で拭いても取れにくい上に,拭き取った部分に布の繊維が付着したり,顔料が削れたりして,白くなるため,ディスプレイ用途では画像のコントラストが低下するという問題も有していた。

【0010】 本発明は,従来技術における上記した実情に鑑みてなれたものである。すなわち,本発明の目的は,ディスプレイへの太陽光及び蛍光灯等の外部光の映り込みを防止することにより,優れた防眩特性を発揮し,かつ,ギラツキ等のない鮮明な画像及び高精細画像を得ることができ,更に優れた耐磨耗性,耐薬品性,耐汚染性を示す,ディスプレイ,特に,フルカラー液晶ディスプレイに好適な防眩材料を提供することにある。また,本発明の他の目的は,上記防眩材料を使用した良好な防眩性を有する偏光フィルムを提供することにある。

【0011】

【課題を解決するための手段】 本発明の防眩材料は,透明基体の片面又は両面に粗面化層を設けた防眩材料において,HAZE値(JIS K7105)が3~30の範囲にあり,前記粗面化層が,少なくともエポキシ系化合物および光カチオン重合開始剤を含む紫外線硬化型樹脂と架橋アクリル樹脂ビーズとから形成されてなり,前記架橋アクリル樹脂ビーズが,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満の粒度分布を有することを特徴とする。

・・・・・・

【0024】 また,本発明における紫外線硬化型樹脂の透明性は高いほど好ましく,光線透過率(JIS C-6714)として,透明基体の場合と同様,80%以上,好ましくは90%以上のものが使用される。なお,防眩材料の透明性は,紫外線硬化型樹脂の屈折率にも影響されるが,本発明における紫外線硬化型樹脂の屈折率は,透明基体の屈折率以下であることが好ましい。

・・・・・・

【0026】 本発明において使用する架橋アクリル樹脂ビーズは,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満の粒度分布を有することが必要である。特に,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が80重量%以上で,6.0μmより大きい粒子が10重量%未満の粒度分布を有するものが好ましい。粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%未満であったり,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%以上である場合には,ディスプレイのギラツキが発生する。また,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%未満で,かつ,粒子径6.0μmを越える粒子が20重量%未満である場合には,ギラツキが発生すると共に,ディスプレイの防眩性が悪くなる。

・・・・・・

【0041】

【実施例】 本発明を実施例によって具体的に説明する。なお,「部」は,すべて「重量部」を意味する。

実施例1

まず,架橋アクリル樹脂ビーズとトルエンの混合物をサンドミルにて30分間分散することによって得られた下記配合の分散液と,下記配合からなるベース塗料をディスパーにて15分間撹拌,混合して塗布液を得た。この塗布液を,膜厚80μm,透過率92%のトリアセチルセルロースからなる透明基体の片面上に,リバースコーティング方式によって塗布し,100℃で2分間乾燥した後,120W/cm集光型高圧水銀灯1灯を用いて,照射距離(ランプ中心から塗工面間での距離)10cm,処理速度(塗工面基体側の紫外線ランプに対する速度)5m/分で紫外線照射を行い,塗工膜を硬化させた。それにより,厚さ2.5μmの粗面化層を有するHAZE値16.5の防眩材料を得た。

【0042】

[分散液の配合]

・ 架橋アクリル樹脂ビーズ  9部

(商品名:MX150(架橋ポリメチルメタクリレート),

粒子径1.5±0.5μm,綜研化学社製,

粒子径0.5~6.0μmの範囲が99重量%,

粒子径6.0μmより大きいものが1重量%未満)

・ トルエン  210部

[ベース塗料の配合]

・ アクリル系化合物  45部

(ジペンタエリスリトールトリアクリレート)

・ エポキシ系化合物  45部

(商品名:セロキサイト2021,ダイセル化学工業社製)

・ 光カチオン重合開始剤  2部

【化3】

file_2.jpg・ イソプロピルアルコール  5部

【0043】 実施例2

粗面化層を下記の分散液およびベース塗料を用いて形成した以外は,実施例1と同様にして,厚さ3.6μmの粗面化層を有するHAZE値22.0の防眩材料を得た。

[分散液の配合]

・ 架橋アクリル樹脂ビーズ  14部

(商品名:MX300(架橋ポリメチルメタクリレート),

粒子径3.0±0.5μm,綜研化学社製,

粒子径0.5~6.0μmの範囲が99重量%,

粒子径6.0μmより大きいものが1重量%未満)

・ トルエン  205部

[ベース塗料の配合]

・ アクリル系化合物  45部

(トリペンタエリスリトールポリアクリレート)

・ エポキシ系化合物  45部

(商品名:サイラキュアUVR-6110,ユニオンカーバイド社製)

・ 光カチオン重合開始剤  2部

(商品名:サイラキュアUVI-6990,ユニオンカーバイド社製)

・ イソプロピルアルコール  5部

・・・・・・

【0058】

【発明の効果】 本発明の防眩材料は,透明基体の片面または両面に,少なくともエポキシ系化合物および光カチオン重合剤を含む紫外線(UV)硬化型樹脂と,所定の粒度分布を有する架橋アクリル樹脂ビーズとから形成された粗面化層を設けた層構成を有し,所定のHAZE値を有するから,良好な防眩性を示すと共に,CRTやLCD等の画像表示体に用いた場合,ギラツキがなく,鮮明で高精細な画像コントラストを発現することができる。また,本発明の防眩材料を使用して作製された偏光フィルムは,良好な防眩性を有し,ギラツキのない,優れた画像コントラストを示し,したがって,液晶パネル等の画像表示体として有用なものである。

(2)  判断

ア 上記甲1の記載によれば,甲1発明は,画像表示体等に好適に用いられる防眩材料及びそれを使用した偏光フィルムに関するものであること(段落【0001】),従来,画像の高精細化は,主に画像ドットの高密度化により達成されるが,光の入射する基体面の粗面の凹凸の間隔が画像ドットのピッチより大きい場合には干渉によるギラツキが発生するという問題があり(段落【0005】~【0006】),また,紫外線硬化型樹脂とシリカ顔料からなる粗面化層において,シリカ顔料の分散性は必ずしも十分とはいえない上に,紫外線硬化を行うまでの塗工層は,低粘度の液状態を呈しているため,塗布液を基体に塗布してから紫外線を照射するまでの間に,塗工層中のフィラーがお互いにくっつき,凝集(オレンジピール)するという問題を有している(段落【0008】)ことに加えて,顔料として給油性が高いシリカ顔料を使用していることから,粗面化層は指紋等の油分を吸収しやすいために,汚れやすいという欠点を有しており,更に,この汚れはアルコール等の溶媒を染み込ませた布で拭いても取れにくい上に,拭き取った部分に布の繊維が付着したり,顔料が削れたりして,白くなるため,ディスプレイ用途では画像のコントラストが低下するという問題も有していたこと(段落【0009】),そこで,甲1発明では,ディスプレイへの太陽光及び蛍光灯等の外部光の映り込みを防止することにより,優れた防眩特性を発揮し,かつ,ギラツキ等のない鮮明な画像及び高精細画像を得ることができ,更に優れた耐磨耗性,耐薬品性,耐汚染性を示す,ディスプレイに好適な防眩材料及びそれを使用した良好な防眩性を有する偏光フィルムを提供することを目的とし(段落【0010】),粗面化層を設けた防眩材料として,HAZE値(JIS K7105)が3~30の範囲とし,前記粗面化層を,少なくともエポキシ系化合物および光カチオン重合開始剤を含む紫外線硬化型樹脂と架橋アクリル樹脂ビーズとから形成し,前記架橋アクリル樹脂ビーズを,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子が60重量%以上,粒子径6.0μmより大きい粒子が20重量%未満の粒度分布とすることによって(請求項1),良好な防眩性を示すと共に,ギラツキがなく,鮮明で高精細な画像コントラストを発現するという効果が得られるものであること(段落【0058】)が認められる。

他方,本件特許発明の特許請求の範囲には,フィラーの粒子径Dの粒度分布について,「0.5≦D≦6.0μmの範囲のものが60重量%以上,6.0<D≦10.0μmの範囲のものが30重量%未満,10<D≦15.0μmの範囲のものが5重量%以下」と記載されている。

特許請求の範囲の上記記載によれば,本件特許発明のフィラーの粒子径Dの粒度分布は,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものを60重量%以上含むことを必須の構成とするが,6.0<D≦10.0μm及び10<D≦15.0μmの範囲については,0重量%が排除されていない以上,その含有割合(重量%)は,上限のみを規定したものであり,下限は,何らの規定もされていないと解すべきである。なお,本件明細書(甲41)の実施例2においても,粒子径「0.5≦D≦6.0μm」のフィラーのみ(100%)の例が示されている。

本件特許発明のフィラーの粒子径Dの粒度分布は,上記のとおり,0.5≦D≦6.0μmの範囲のものを60重量%以上含むことを必須の構成とし,6.0<D≦10.0μm及び10<D≦15.0μmの範囲のものは,0重量%を含む任意のものであるところ,甲1発明の架橋アクリル樹脂ビーズ(本件特許発明の「フィラー」に相当)の粒度分布は,粒子径0.5~6.0μmの範囲の粒子を60重量%以上含んでいるから,この点で両発明は一致しているといえる。

したがって,相違点aは,実質的な相違点ではないとした審決の認定,判断に誤りはない。

イ これに対して,原告は,以下のとおり主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり,いずれも失当である。すなわち,

原告は,「本件特許発明1における粒度分布の規定は,屈折率差の要件との組み合わせで,解決すべき課題であるギラツキ及びモアレを解消するための必須の構成として,一体的に理解されるべきである。本件特許発明1は,フィラーの粒子径の粒度分布と屈折率差の要件を組み合わせることによって課題の解決を図るものであり,屈折率差によっては6.0<D≦10.0μm,および,10<D≦15.0μmの範囲の粒子を含ませるほうが好適である場合もあるし,逆の場合もある。」と主張する。

しかし,本件特許発明の解決課題に,「モアレ」の解消という課題がないことは,前記のとおりであるから,原告の主張は,主張の前提において,採用できない。また,本件特許発明において,6.0<D≦10.0μm及び10<D≦15.0μmの範囲のフィラーが0重量%を含む任意のものであることは,上記ア記載のとおりであり,また,本件明細書(甲41)には,本件特許発明が,フィラーの粒子径の粒度分布と屈折率差の要件を組み合わせることによって課題の解決を図るものであることや,屈折率差の要件によって,フィラーの粒径の粒度分布を変更させることは何ら記載されていない。

したがって,本件特許発明は,フィラーの粒子径の粒度分布と屈折率差の要件を組み合わせることによって課題の解決を図るものではないから,両要件を課題解決のための必須の構成であると理解する根拠はない。

ウ 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由1には理由がない。

3  相違点bに関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)について

当裁判所は,本件特許発明の相違点bに係る構成は,甲3及び甲5記載の技術を適用することにより,容易に想到することができるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

(1)  甲3及び甲5の記載内容

ア 甲3には,以下の記載がある。

【請求項1】 透明基板上に,屈折率1.40~1.60の樹脂ビーズと電離放射線硬化型樹脂組成物から本質的に構成される防眩層が形成されていることを特徴とする耐擦傷性防眩フィルム。

・・・・・・

【0001】

【産業上の利用分野】 本発明は,ワープロ,コンピュータ,テレビ等の各種ディスプレイ等,特に液晶ディスプレイの表面に用いられる耐擦傷性防眩フィルム,偏光板,及びその製造方法に関する。

・・・・・・

【0025】 また電離放射線としては,紫外線,可視光線等の電磁波,電子線等の粒子線が用いられる。

樹脂ビーズ:前記電離放射線硬化型樹脂組成物には,防眩性を付与するために屈折率1.40~1.60の樹脂ビーズが混合される。樹脂ビーズの屈折率をこのような値に限定する理由は,電離放射線硬化型樹脂,特にアクリレート又はメタアクリレート系樹脂の屈折率は通常1.40~1.50であることから,電離放射線硬化型樹脂の屈折率にできるだけ近い屈折率を持つ樹脂ビーズを選択すると,塗膜の透明性が損なわれずに,しかも,防眩性を増すことができるからである。ところで,電離放射線硬化型樹脂の屈折率に近い屈折率を持つ樹脂ビーズを次の表1に示す。

【0026】

【表1】

樹脂ビーズ名

屈折率

MMA(ポリメタクリル酸メチルアクリレート)ビーズ

1.49

ポリカーボネートビーズ

1.58

ポリスチレンビーズ

1.50

ポリアクリルスチレンビーズ

1.57

ポリ塩化ビニルビーズ

1.54

【0027】 これらの樹脂ビーズの粒径は,3~8μmのものが好適に用いられ,樹脂100重量部に対して2~10重量部,通常4重量部程度用いられる。この塗料にこのような樹脂ビーズを混入させると,塗料使用時には容器の底に沈澱した樹脂ビーズを攪拌して良く分散させる必要がある。・・・

・・・・・・

【0088】

【発明の効果】 本発明は前記した構成を採用することにより,防眩性に優れると同時に透明性に優れ,さらに,解像度,コントラストが優れ,かつ表面硬度,耐溶剤性が良好で帯電防止された透明保護基板の製造方法,その製造方法で得られた透明保護基板,及びこの透明保護基板を用いた偏光板を提供することができる。

イ 甲5には,以下の記載がある。

【請求項1】 透明プラスチックフィルムの少なくとも一方の面に,平均二次粒子径が1.5μm~2μmであると共に平均二次粒子径の標準偏差が0.2~0.7の微粒子及び電離放射線硬化型樹脂からなる組成物に電離放射線を照射し硬化させた硬化被膜層を設けてなることを特徴とするハードコートフィルム。

・・・・・・

【0001】

【発明が属する技術分野】 本発明は,ハードコートフィルムに関し,特にCRTディスプレイやフラットパネルディスプレイ(液晶表示体,プラズマディスプレイ,ELディスプレイ等)の表面に用いる防眩フィルムとして適したハードコートフィルムに関する。

・・・・・・

【0003】

【発明が解決しようとする課題】 そこで,本発明者等は,微粒子を用いたハードコートフィルムの視認性に関して鋭意検討を行った結果,ハードコートフィルムを通して表示を見た場合,バックライトの光等が,該フィルム内の大きな粒子で大きく散乱したり,後方散乱する光の割合が増加するためにギラツキが発生し,これが視認性を悪化させるので,従来の如き,粒度分布に対して全く配慮していない通常のフィラー配合方式では,必然的に含有される大きな粒径の粒子によって視認性が悪化すること,及び,特に特定の透過鮮明度及び反射鮮明度を具備させることにより視認性を改善することができることを見出し,本発明に到達した。従って本発明の目的は,防眩性のみならず視認性にも優れたハードコートフィルムを提供することにある。

・・・・・・

【0006】 本発明で使用する微粒子は,平均二次粒子径が1.5μm~2μm,かつ平均二次粒子径の標準偏差が0.2~7であって,電離放射線硬化型樹脂に分散させることが出来るものであれば特に限定されるものではない。上記微粒子としては,例えば,シリカ,アルミナ,ジルコニア等の無機微粒子の他,電離放射線硬化樹脂の透明性を損なわないように,電離放射線硬化型樹脂の屈折率に近い,例えば,アクリル樹脂,ポリスチレン樹脂,ポリ塩化ビニル樹脂,ポリカーボネート樹脂,PMMA樹脂等のポリマービーズも使用されるが,防眩性や解像性等の点からシリカ粒子が好ましい。上記微粒子は,公知の方法によって被膜層塗布液に混合・分散させることにより,容易に硬化被膜層に含有させることが出来る。

(2)  判断

ア 本件特許発明において,相違点bに係る構成(「樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差を0.10以下」との構成)を採用したことの技術的意義について検討する。

本件明細書(甲41)には,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率の差について,「本発明においては上記の樹脂マトリックス中にかかる樹脂マトリックスと屈折率の差が小さいフィラーを含有させることで,表面を粗面化し,優れた防眩効果を持たせることができる。すなわちフィラーの屈折率と樹脂マトリックの屈折率は,どちらが大きくても良いが近いほど望ましい。そして,フィラーと透明マトリックスとの屈折率の差は0.10以下であることが必要であり,好ましくは0.05以下が良い。屈折率の差が0.10を越える場合は,内部散乱が大きくなり,透明性が損なわれ,ギラツキ(モアレ)も非常に目立ってくる。」(段落【0025】)と記載されており,屈折率の差が0.10を超えると,内部散乱が大きくなり,透明性が損なわれ,ギラツキも非常に目立ってくることが一応説明されている。しかし,本件明細書(甲41)の【実施例】(段落【0054】の【表1】)において,屈折率の差が0.04の時(実施例3)のHAZE値は17.0,屈折率の差が0.16の時(比較例1)のHAZE値は15.0となっており,屈折率の差が0.04の時より0.16の時の方がHAZE値が小さく,すなわち,透明性が高くなっているから,屈折率の差が0.10を越える場合に必ず透明性が損なわれるとはいえない。また,本件明細書(甲41)の【実施例】の欄には,屈折率の差が0.10や,その近辺の実施例は記載されていない。

以上によれば,0.10なる数値には,臨界的な意義があるとはいえないし,また,フィラーと樹脂マトリックスの屈折率の差を0.10以下とすることに技術的な意義があるとはいえない。

そして,上記認定のとおり,甲3には,耐擦傷性防眩フィルムにおいて,電離放射線硬化型樹脂の屈折率にできるだけ近い屈折率を持つ樹脂ビーズを選択すると,塗膜の透明性が損なわれずに,しかも,防眩性を増すことができるという技術的事項が記載されている。また,上記認定のとおり,甲5には,防眩フィルムにおいて,電離放射線硬化樹脂の透明性を損なわないように,電離放射線硬化型樹脂の屈折率に近い微粒子を用いるという技術的事項が記載されている。

したがって,審決が,相違点bに係る本件特許発明の構成について,①本件特許発明の解決すべき課題と甲1発明の解決すべき課題とには差異がない,②防眩材料において,透明性の配慮を行うことは当業者が当然に行う事項であるから,甲1発明と,甲3及び甲5に記載された事項を組み合わせることができるなどとした判断に誤りはない。

イ これに対して,原告は,以下のとおり主張する。しかし,原告の主張は,いずれも,失当である。すなわち,

原告は,①甲3には,モアレ解消のために,特定の粒度分布を選択した上で,樹脂マトリックスとフィラーとの屈折率差を0.10以下にすることについては何ら記載されておらず,ギラツキ防止の課題の認識もなく,また,甲3は,ギラツキ防止やモアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択するべきかについて,何らの技術的示唆を与えていない,②甲5は,ギラツキ防止や,モアレ解消の観点から,フィラーの粒度分布との関係で,樹脂マトリックスとフィラーの屈折率差としてどのような値を選択するべきかという点に関しての何らの技術的示唆を与えるものはないなどと主張する。

しかし,上記のとおり,本件特許発明の解決課題はモアレの解消ではなく,本件特許発明は,粒度分布の規定と屈折率差の要件との組み合わせによって,課題を解決するものとはいえないから,原告の主張は,その前提において誤りがあり,いずれも採用できない。

上記のとおり,甲3には,耐擦傷性防眩フィルムにおいて,電離放射線硬化型樹脂の屈折率にできるだけ近い屈折率を持つ樹脂ビーズを選択すると,塗膜の透明性が損なわれずに,しかも,防眩性を増すことができるという技術的事項が記載されており,また,甲5には,防眩フィルムにおいて,電離放射線硬化樹脂の透明性を損なわないように,電離放射線硬化型樹脂の屈折率に近い微粒子を用いるという技術的事項が記載されていることからすると,甲1発明と甲3及び甲5は,粗面化層の透明性を損なわないようにするという点で共通しているから,甲1発明に甲3及び甲5に記載されている技術的事項を組み合わせることに阻害要因はない。

ウ 小括

以上のとおり,原告主張の取消事由2には理由がない。

4  相違点a及びbに係る構成により生じる相乗効果に関する判断の誤り(取消事由3)について

原告は,本件明細書(甲41)の段落【0025】,【0028】の記載等からすれば,相違点a及びbの双方の関与により本件特許発明の効果が得られていること,すなわち,相違点a,bによる相乗効果は明らかであるから,審決の判断は誤りであると主張する。

しかし,本件明細書(甲41)の段落【0025】には,屈折率差についての記載はあるものの,フィラーの粒子径の粒度分布についての記載はなく,一方,同段落【0028】には,フィラーの粒子径の粒度分布についての記載はあるものの,屈折率差についての記載はないから,これらの記載から,フィラーの粒子径の粒度分布についての相違点a及び屈折率差についての相違点bの双方の関与により本件特許発明の効果が得られるとはいえない。

したがって,原告主張の取消事由3には理由がない。

5  本件特許発明2についての容易想到性判断の誤り(取消事由4)について

原告は,本件特許発明1が,甲1発明,甲3及び甲5に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易になしうるものでないことと同様の理由により,本件特許発明2についての判断は誤りであると主張する。

しかし,上記のとおり,本件特許発明1は,甲1発明,甲3及び甲5に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易になし得たものであるから,同様の理由により,本件特許発明2は,甲1発明,甲3及び甲5に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易になし得たものである。

したがって,審決における本件特許発明2についての判断は誤りであるとはいえず,原告主張の取消事由4には理由がない。

第5結論

以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告は縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)

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