知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10298号 判決 2011年10月04日
原告
海尓集団公司
原告
海尓電器国際股份有限公司
原告ら訴訟代理人弁理士
池内寛幸
乕丘圭司
被告
特許庁長官
指定代理人
所村美和
千葉成就
長屋陽二郎
黒瀬雅一
田村正明
主文
特許庁が不服2008-21115号事件について平成22年5月10日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告らの求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,補正却下決定の際に拒絶理由通知をしなかったことの違法の有無及び独立特許要件である。なお,以下において「原告」というときは,原告両名を指すものとする。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「逆転洗濯方法および伝動機」とする発明について,平成14年6月12日(パリ条約による優先権主張平成13年10月18日,中華人民共和国)を国際出願日とする特許出願をした(特願2003-536518号,平成15年4月24日国際公開,平成17年2月24日国内公表,特表2005-505393号)が,平成20年5月15日付けで拒絶査定を受けたので,同年8月18日,これに対する不服の審判を請求するとともに,同年9月8日付けで明細書を対象とする本件補正を行った。
特許庁は,上記審判請求を不服2008-21115号事件として審理し,平成21年10月20日付けで審尋がなされ,原告が平成22年4月9日付けで回答書を提出したが,同年5月10日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年5月20日原告に送達された(出訴期間90日附加)。
2 本願発明の要旨
本件補正により補正される前後の特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。
(1) 補正前
「双方向駆動を生じさせるための洗濯機での使用に適した伝動機構(8)であって,駆動力入力端と2つの駆動力出力端とを含み,前記駆動力出力端の一方が,攪拌器軸(10)に接続されており,前記攪拌器軸をある方向に回転させ,前記駆動力出力端の他方が,内槽軸(11)に接続されており,前記中空の内槽軸を別の方向に回転させ,前記機構が,駆動力入力を2つの駆動力出力に変換可能な歯車箱をさらに含み,前記中空の内槽軸が,前記歯車箱(13)の上壁に設けられた軸孔を通って延在し,かつ,前記歯車箱内に設置されており,前記中空の内槽軸が前記軸孔内で回転可能であることを特徴とする伝動機構。」(以下「補正前発明」という。)
(2) 補正後
「駆動力入力端と2つの駆動力出力端とを含み,前記駆動力出力端の一方が,攪拌器軸(10)に接続されており,前記攪拌器軸をある方向に回転させ,前記駆動力出力端の他方が,中空の内槽軸(11)に接続されており,前記中空の内槽軸を別の方向に回転させ,駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車箱(13)を含む,双方向駆動を生じさせるための洗濯機での使用に適した伝動機構であって,前記歯車箱が,その上端壁および下端壁にそれぞれ軸孔を備えており,前記中空の内槽軸が,前記上端壁に設けられた前記軸孔を通って延在し,かつ,前記歯車箱内に回転可能に設置されており,二対の歯車軸(29,16)が,前記歯車箱の前記上端壁と下端壁にそれぞれ形成された歯車軸孔に設置されており,二対の歯車部(15,28)が,前記二対の歯車軸にそれぞれ設置されており,かつ,互いにかみ合っており,前記攪拌器軸が,前記中空の内槽軸の内側に中心を共有して設置され,かつ,その中で回転し,前記攪拌器軸の下端が,前記中空の内槽軸の下端を超えて延在しており,前記攪拌器軸(10)の前記下端に設置された外歯車(30)が,前記二対の歯車部の一方(15)とかみ合っており,前記中空の内槽軸(11)の前記下端に設置された外歯車(12)が,前記二対の歯車部の他方(28)とかみ合っており,主駆動軸(20)が,前記歯車箱の内側に設置されており,その下端が,前記歯車箱の前記下端壁の前記軸孔を貫通し,かつ,下方および外側へ延在しており,前記主駆動軸(20)の上端に設置された外歯車(24)が,前記二対の歯車部の前記一方(15)とかみ合っていることを特徴とする伝動機構。」(以下「補正発明」という。)
3 審決の理由の要点
(1) 補正発明は,平成14年法律第24号改正附則3条1項(審決では平成18年法律第55号改正附則3条1項と記載)により従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するが,刊行物1(特開昭59-171588号公報,甲1)に記載された刊行物1発明及び刊行物2(実願昭61-179182号(実開昭63-85495号)のマイクロフィルム,甲2)に記載された刊行物2発明並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,出願の際独立して特許を受けることができない。したがって,本件補正は,上記改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に適合しないものであり,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により,却下すべきである。
そして,補正前発明は,刊行物1発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2) 刊行物1発明及び刊行物2発明の認定,補正発明と刊行物1発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点についての判断は,次のとおりである。
【刊行物1発明】
「モータの回転子39の回転が伝達されるインターナルギア部31と2つの駆動力出力端とを含み,前記駆動力出力端の一方が,攪拌体の軸32に接続されており,前記攪拌体の軸32をある方向に回転させ,前記駆動力出力端の他方が,中空の洗濯兼脱水槽6の軸30に接続されており,前記中空の洗濯兼脱水槽6の軸30を別の方向に回転させ,モータの回転子39の回転を2つの駆動力出力に変換する遊星ギア機構を含む,双方向駆動を生じさせるための洗濯機の駆動機構部29であって,前記攪拌体の軸32が,前記中空の洗濯兼脱水槽6の軸30の内側に中心を共有して設置され,かつ,その中で回転し,前記攪拌体の軸32の下端が,前記中空の洗濯兼脱水槽6の軸30の下端を超えて延在している駆動機構部29。」
【刊行物2発明】
「ディーゼル主機関1の回転が,入力軸2aの入力歯車3-1から,外軸用大歯車3-7及び中空の外軸5を経て,前方プロペラ6が一方向へ回転する一方,入力歯車3-1から,第1の小歯車3-2,たわみ軸3-3,第2の小歯車3-4,内軸用大歯車3-5及び内軸4を経て,後方プロペラ7が他方向へ回転する二重反転プロペラのための反転装置。」
【補正発明と刊行物1発明との一致点】
「駆動力入力部と2つの駆動力出力端とを含み,前記駆動力出力端の一方が,攪拌器軸に接続されており,前記攪拌器軸をある方向に回転させ,前記駆動力出力端の他方が,中空の内槽軸に接続されており,前記中空の内槽軸を別の方向に回転させ,駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車機構部を含む,双方向駆動を生じさせるための洗濯機での使用に適した伝動機構であって,前記攪拌器軸が,前記中空の内槽軸の内側に中心を共有して設置され,かつ,その中で回転し,前記攪拌器軸の下端が,前記中空の内槽軸の下端を超えて延在している伝動機構。」
【補正発明と刊行物1発明との相違点】
(相違点1)
伝動機構の「駆動力入力部」の全体構成について,補正発明は,「駆動力入力端」を含む「歯車箱」であるが,刊行物1発明は,「モータの回転子39の回転が伝達されるインターナルギア部31」であり「歯車箱」ではない点。
(相違点2)
伝動機構の「歯車機構部」について,補正発明は,「歯車箱が,その上端壁および下端壁にそれぞれ軸孔を備えており,前記中空の内槽軸が,前記上端壁に設けられた前記軸孔を通って延在し,かつ,前記歯車箱内に回転可能に設置されており,二対の歯車軸(29,16)が,前記歯車箱の前記上端壁と下端壁にそれぞれ形成された歯車軸孔に設置されており,二対の歯車部(15,28)が,前記二対の歯車軸にそれぞれ設置されており,かつ,互いにかみ合っており,前記攪拌器軸(10)の前記下端に設置された外歯車(30)が,前記二対の歯車部の一方(15)とかみ合っており,前記中空の内槽軸(11)の前記下端に設置された外歯車(12)が,前記二対の歯車部の他方(28)とかみ合っており,主駆動軸(20)が,前記歯車箱の内側に設置されており,その下端が,前記歯車箱の前記下端壁の前記軸孔を貫通し,かつ,下方および外側へ延在しており,前記主駆動軸(20)の上端に設置された外歯車(24)が,前記二対の歯車部の前記一方(15)とかみ合っている」ものであるが,刊行物1発明は,「遊星ギア機構」である点。
【相違点についての審決判断】
(相違点1について)
機械要素をユニット構造とすることは,必要に応じてなし得る事項であるから,刊行物1発明に,この周知技術を適用し,相違点1に係るものとすることに困難性は認められない。
(相違点2について)
刊行物1発明の「遊星ギア機構」を,費用,工数等を踏まえ,刊行物2発明とすることを試みることは,設計的事項にすぎない。
刊行物2発明の適用に当たり,相違点1を踏まえると,刊行物2発明の機構を「歯車箱」に配することとなるから,入力軸,出力軸である「入力軸2a(主駆動軸)」,「内軸4(攪拌器軸)」,「外軸5(内槽軸)」は,おのずと「歯車箱」の「壁」の「軸孔」を通って延在することとなり,対の歯車軸は「歯車箱」の「壁」の「軸孔」に設けることが自然である。
また,歯車による動力伝達においては,設計上の要請から,構成要素の設置位置の変更,これに伴う歯車の増減は,珍しくないから,刊行物2発明の「入力軸2a」,及び「入力歯車3-1」の機能を分け,2部材とし,「主駆動軸(20)」と「対の歯車軸(29,16)」のうちの1つ(29),及び「外歯車(24)」と「対の歯車部(15,28)」のうちの1つ(15)とすることに困難性は認められない。
対の歯車軸,対の歯車部を「二対」とする点については,伝達バランスを考慮して対称構造とすることは,特開平5-234911号公報(甲5)の段落【0011】にみられるごとく周知であり,適宜なし得る事項にすぎない。
したがって,相違点2は格別なものではない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(審判手続の法令違背)
審査段階では,平成19年10月23日付けの拒絶理由通知書において,刊行物1を引用文献1とし,特開昭53-25072号公報(甲3)を引用文献2とし,特表平9-500709号公報(甲4)を引用文献3とし,実願平4-27639号(実開平5-87352号)のマイクロフィルムを引用文献4として引用して,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知があり,その理由による拒絶査定があった。
ところが,審決では,上記引用文献1(刊行物1)及び前記審決の理由の要点記載の刊行物2(甲2)に,周知技術としての甲5を引用して,補正発明は特許法29条2項の規定により独立特許要件を具備しないと判断した。刊行物2及び甲5(特開平5-234911号公報)は,上記拒絶理由通知及び拒絶査定には記載されておらず,審判手続中の平成21年10月20日付けの審尋で公知文献として初めて挙示されたものである。審尋に対しては,補正することができず,反論するには限度がある。甲5に至っては,審決において初めて挙示されたものである。
以上のとおり,審決は,拒絶査定における引用文献と異なる引用文献を用いて補正発明の進歩性を否定したものであり,原告には,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由について意見書を提出する機会が与えられなかったから,審判手続には特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する瑕疵がある。そして,当該瑕疵は審決の結論に影響を及ぼす違法なものである。
なお,特許法159条2項により読み替えて準用する同法50条ただし書の規定の趣旨は,拒絶査定不服審判請求時の補正が新規事項を追加するものである場合に,同法第50条に基づいて拒絶理由を通知すると,審判請求人に再度の補正の機会が与えられることになって審判の審理の迅速性が損なわれるのを回避することにあるところ,本件補正による補正発明は,新規事項を追加するものではない(審決3頁23行~27行)。それにもかかわらず,審決は,補正発明の進歩性を否定し,いわゆる独立特許要件を具備しないことを理由に,本件補正を却下した。この審決の判断は,出願人の抗弁権を封ずるものであり,行政として許されず,上述した特許法50条ただし書の規定の趣旨に反する。
2 取消事由2(刊行物1発明の認定の誤り=相違点の看過)
(1) 審決は,「刊行物1記載のものは,・・・モータの回転子39の回転を2つの駆動力出力に変換する「遊星ギア機構」を有すると言える。」(4頁28行~30行),刊行物1には,「モータの回転子39の回転を2つの駆動力出力に変換する遊星ギア機構」(5頁5行~6行)が記載されている,補正発明と刊行物1発明とは,「駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車機構部を含む」(6頁30行~31行)点で一致すると,それぞれ認定した。
しかし,刊行物1には,「モータの回転子39の回転を2つの駆動力出力に変換する遊星ギア機構」は記載されていないし,刊行物1発明は,「駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車機構部を含む」点で補正発明と相違する。
(2) すなわち,刊行物1発明の駆動機構部は,モータの回転子39が回転すると,洗濯兼脱水槽6の軸30は,遊星ギア機構を介することなく回転子39と同方向に回転し,一方,攪拌体20の軸32は,遊星ギア機構を介して回転子39とは逆方向に回転する。つまり,刊行物1発明の駆動機構部は,洗濯兼脱水槽6の軸30がモータの回転子39と実質的に直結されており,攪拌体20の軸32を軸30と逆方向に回転させるために,回転子39と軸32との間に遊星ギア機構を介在させているにすぎない。
したがって,刊行物1発明の遊星ギア機構は,モータの回転子39の回転を,これと逆方向に回転する1つの駆動力出力に変換するものであって,審決が認定したような「モータの回転子39の回転を2つの駆動力出力に変換する」ものではなく,補正発明とは「駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車機構部を含む」点でも相違するものである。
3 取消事由3(相違点1についての進歩性判断の誤り)
(1) 審決は,相違点1に関して,「「駆動力入力端」を含む「歯車箱」は,審査において引用された特開昭53-25072号公報(甲3)のFig.9の中空伝動入力軸116,ハウジング113,同じく特表平9-500709号公報(甲4)の図1のハウジング101の軸受103部分にみられるごとく周知である。機械要素をユニット構造とすることは必要に応じてなしうる事項であるから,刊行物1発明に,かかる周知技術を適用し,相違点1に係るものとすることに困難性は認められない。」(7頁24行~30行)と認定したが,これは以下に述べるとおり,誤りである。
(2) すなわち,甲3のハウジング113は,中空伝動入力軸116と一体的に回転し,バスケット111を回転させるための駆動力を伝達する部材として機能する。これに対して,補正発明では,中空の内槽軸11は,歯車箱13の上端壁に設けられた軸孔を通って延在し,かつ,歯車箱13内で回転可能であって(構成B),内槽を回転させるために,内槽軸11は回転するが,歯車箱13は回転しない。
したがって,刊行物1発明に,バスケット111を回転させるために,ハウジング113自身が回転して駆動力を伝達する,甲3に記載された脱水工程での駆動力伝達機構を適用したとしても,上記相違点1に係る補正発明の歯車箱を導き出すことはできない。
また,甲4の図1は,支持アーム102に入力された回転駆動入力を受け,4つの出力軸106,112,124,123に回転駆動出力を出力する,四輪車等に使用可能な差動装置に関するものである。この差動装置は,支持アーム102に入力された回転トルクを,4つの出力軸106,112,124,123に,これらの間に回転数差が生じることを許容しながら伝達するから,補正発明や刊行物1発明とは異なり,4つの出力軸106,112,124,123が互いに逆方向に回転することを意図していない。
したがって,刊行物1発明に,利用分野や機能が全く異なる甲4に記載された発明を適用することなど,当業者といえども想到し得ない。
(3) さらに,審決は,刊行物1発明の駆動機構部のどの部分に,甲3及び甲4に記載された発明のどの部分をどのように適用すれば相違点1に係るものとすることができるのかについて何らの言及もしておらず,被告の指摘は事後分析的かつ非論理的であるといわざるを得ない。
4 取消事由4(相違点2についての進歩性判断の誤り)
(1) 審決は,刊行物2及び「特開平5-234911号公報」(甲5)を引用した上で,「したがって,相違点2は格別なものではない。」(8頁36行)と判断した。
しかし,刊行物2の反転装置3は,外軸5には前方プロペラが取り付けられ,内軸4には後方プロペラが取り付けられて,「主として船舶に用いられる」(1頁16行)ものであるところ,船舶のプロペラに関する技術は,極めて専門的であるのに対して,補正発明の伝動機構が使用される洗濯機は,一般になじみが深い家庭電化製品の一種である。また,船舶のプロペラの駆動機構は非常に大型であるのに対して,洗濯機の駆動機構は相対的に小型であり,両者間には設計に関して大きな相違が存在する。
このように,刊行物2発明は,洗濯機に関する補正発明と技術分野が明らかに異なる。したがって,「洗濯機での使用に適した伝動機構」(構成A)に関する補正発明をなすに当たって,洗濯機に関する刊行物1発明に,これらと技術分野が異なる刊行物2発明を適用することはできない。
また,甲5は,「化合物半導体エピタキシャル結晶を成長させる有機金属化学相成長装置に関するもの」であって,「対の歯車軸,対の歯車部を「二対」とする点については,伝達バランスを考慮して対称構造とすること」など記載も示唆もされていない。
(2) 仮に,刊行物1発明に刊行物2発明を適用しても,相違点2に関する補正発明の構成を導き出すことはできない。
すなわち,審決は,「刊行物2事項の「入力軸2a」は補正発明の「主駆動軸(20)」と「対の歯車軸(29,16)」のうちの1つ(29)とを兼ね,同じく「入力歯車3-1」は「外歯車(24)」と「対の歯車部(15,28)」のうちの1つ(15)と兼ねたものと言える。」(8頁4行~7行)と記載しているが,なぜ刊行物2の1つの部材が補正発明の2つの部材を兼ねていると判断できるのかについて,何らの説明もしておらず,論理の飛躍というべきである。補正発明の構成に基づけば,上述したように,刊行物2の「入力軸2a」及び「入力歯車3-1」は,補正発明の「主駆動軸(20)」及び「外歯車(24)」に順に対応させるべきである。
以上のように,審決は,相違点2に関して,刊行物2を補正発明に事後分析的に強引に対応させており,まさに後知恵そのものである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 特許法50条には,「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,・・・拒絶の理由を通知し,・・・意見書を提出する機会を与えなければならない。ただし,第17条の2第1項第1号又は第3号に掲げる場合・・・において,第53条第1項の規定による却下の決定をするときは,この限りでない。」と規定され,また,同法159条2項には,「第50条・・・の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。この場合において,第50条ただし書中「第17条の2第1項第1号又は第3号に掲げる場合(・・・)」とあるのは,「第17条の2第1項第1号・・・・又は第4号に掲げる場合」と読み替えるものとする。」と規定され,同法17条の2第1項4号には,「拒絶査定不服審判を請求する場合において,その審判の請求と同時にするとき。」と規定されている。
よって,拒絶査定不服審判における補正発明について,査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に,特許法53条1項の規定による却下の決定を行うに当たっては,同法159条2項により読み替えて準用する同法50条ただし書の規定により,拒絶の理由を通知する必要はないから,審決に違法はない。
(2) 原告は,本件補正が新規事項を追加するものではないにもかかわらず,審決は,補正発明が独立特許要件を具備しないことを理由に,本件補正を却下した旨主張するが,本件補正は,審判請求日から30日以内に,特許請求の範囲の減縮を目的としてされたものであり,かかる補正について,特許法17条の2第3項ないし5項に規定されているように,適法性の要件が,「新規事項」のみであるとする特許法上の規定はない。
(3) 補正の制限に関する規定は,平成5年法律第26号により新たに導入され,その後一部改正されているところ,その規定の趣旨は,以下のとおりである。
すなわち,昭和63年法改正で多項制を採用したことにより,必要な権利が取得できる環境が整ったにもかかわらず,出願当初から多項制を活用し,補正をあまり行わない出願と,出願当初に十分な検討を行わず,過度の補正を行う出願とがあり,後者の出願は,補正の度に,新たに審査・審理がし直されることとなって,迅速性に支障が生じるとともに,前者の出願との不公平が生じていた。
そこで,当初明細書の範囲内で自由に補正ができるのは,原則1回とし,2回目以降の補正(審判請求時の補正を含む。)については,厳しく制限することとし,最後の拒絶理由通知を受けた後になされた補正や拒絶査定不服審判を請求する際の補正が不適法である場合,当該補正を却下することにより,審査や審理が繰り返し行われることを回避して,審査や審理の迅速性が十分に確保されることとしたものである。
よって,審判請求の際における特許請求の範囲を減縮する補正が,例えば,進歩性が欠如する場合には,拒絶の理由を通知することなく,直ちに補正を却下するという制度設計がなされたものである。
(4) しかも,被告は,平成21年10月20日付け審尋(甲15)において,審査官による審査(前置審査)の結果による前置報告書の内容を示して意見があれば回答をするよう求め,具体的に刊行物2を提示してその内容に基づいて補正後発明が進歩性を欠く旨を述べている。これに対して,原告は,平成22年4月9日付け回答書(甲16)を提出して,刊行物2及びその他の引用文献について詳細に反論し,補正発明が進歩性を有する旨を主張しているのであるから,この点について弁明済みであるといえ,意見を述べる機会が与えられなかったということはできない。
2 取消事由2に対し
刊行物1の記載(2頁右上欄7行~左下欄18行)及び第3図によれば,インターナルギア部31が,インターナルギアそのものとインターナルギアを取り付けている部材(以下,「カバー部材」という。)とから構成され,カバー部材の上端部は,軸30の下端部と固定され,カバー部材の下端部は,回転子39と固定されていることが示されており,モータの回転子39と洗濯兼脱水槽6の軸30とは,インターナルギア部31のカバー部材を介して連結されている。そして,インターナルギア部31は,遊星ギア機構を構成する部材であることは明らかである。
そうすると,刊行物1発明の駆動機構部では,モータの回転子39が回転すると,洗濯兼脱水槽6の軸30は,インターナルギア部31という遊星ギア機構を介して,回転子39と同方向に回転し,一方,撹拌体20の軸32も,遊星ギア機構を介して,回転子39とは逆方向に回転していることになるから,同発明の駆動機構部は,モータの回転子39の回転によって入力された駆動力を2つの駆動力出力に変換するものであり,補正発明と刊行物1発明とは,「駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車機構部を含む」点で一致するものである。
3 取消事由3に対し
(1) 甲3には,回転伝動入力軸122,ハウジング113が開示され,歯車123,124,126,127,130等を含む伝動装置114が,ハウジング113内に収納され,伝動装置114への駆動力の入力部として,回転伝動入力軸122がハウジング113に形成された軸孔を介して伝動装置114に接続されている,すなわち,駆動力入力端を備える構成が開示されている。
してみると,「駆動力入力端」を含むハウジング113(補正発明の「歯車箱」に相当する。)が示されていることになるから,甲3を周知の技術事項の周知例としたことに誤りはない。
また,甲3には,「作動において,洗濯サイクルの撹拌段階中管状軸116及び伝動装置ハウジング113が静止状態にあるとき」と記載されているように,ハウジング113は,少なくとも洗濯サイクルにおいては静止しているのであって,伝動装置114を収納する歯車箱として機能するものであり,洗濯液抽出段階において,ハウジング113が回転していても,伝動装置114を収納していることには洗濯サイクルと変わることはないから,歯車箱として機能しているものである。
(2) 甲4には,ハウジング101,ハウジング101の軸受103に軸受されている支持アーム102が開示され,太陽歯車(105,111),遊星歯車(104a,104b,110a,110b),リング歯車(107,113)等を含む歯車機構が,ハウジング101内に収納され,上記歯車機構への駆動力の入力部として,支持アーム102がハウジング101の軸受103に支持されて,上記歯車機構の遊星歯車(104a,104b)に接続されている,すなわち,駆動力入力端を備える構成が開示されている。
してみると,「駆動力入力端」を含むハウジング101(補正発明の「歯車箱」に相当する。)が示されていることになるから,甲4を周知の技術事項の周知例としたことに誤りはない。
なお,甲4は,「駆動力入力端」を含む「歯車箱」を設けることが周知の技術事項であることを裏付ける周知例であって,出力軸の回転方向を示すものではないから,原告の前記主張は,その前提において誤りがある。
(3) 一般に「歯車箱」は,埃等からの伝動機構の保護を行うためや,伝動機構を収納してユニット化し取扱性を向上させるために設けるものであること,また,上記周知の「駆動力入力端」を含む「歯車箱」は,伝動機構を構成する部材であり,「歯車箱」内には,上記各周知例に示したように,歯車機構が配置されており,この「駆動力入力端」を含む「歯車箱」及び,歯車箱内に収納されている歯車機構と,刊行物1発明の駆動機構部29(補正発明の「伝動機構」に相当する。)とは,同じ技術分野に属し,しかも,入力部から入力された動力を,出力部に対して伝達するという共通した機能を有するものであることから,刊行物1発明の歯車機構部に,上記周知の技術事項を適用して,上記歯車機構部を,駆動力入力端を含む歯車箱に収納された形態とすることは当業者が容易に想到し得たものである。
なお,甲3及び甲4の周知例に加えて,乙1及び乙2にも同様の周知技術が示されている。
4 取消事由4に対し
(1) 刊行物2発明の反転装置は,ディーゼル主機関1から入力される回転を,反転装置を介して,プロペラ6,7へと伝達して,プロペラ6の回転方向とプロペラ7の回転方向とを逆方向に回転させるものである。つまり,上記反転装置は,ディーゼル主機関1の回転を前方プロペラ6及び後方プロペラ7に伝達する伝動機構といえる。よって,刊行物1発明と刊行物2発明とは,伝動機構である点で同じ技術分野に属するものであり,また,1つの駆動力入力を2つの駆動力出力へと変換する,動力を伝達するという共通した作用,機能を有する。
また,刊行物2に「主として船舶に用いられる」との記載があるように,この記載は例示にすぎず,その構造上,歯車機構を用いた反転装置自体に,船舶以外の用途に用いることを可能とする汎用性があることは明らかである。補正発明においても,「洗濯機での使用に適した伝動機構」と特定されているように,伝動機構は,洗濯機での使用に適したものであって,洗濯機専用の伝動機構ではなく,その他の装置での使用を除外していない。
したがって,相違点2において,刊行物1発明に刊行物2発明を適用することは,当業者が容易に想到し得たものである。
(2) 一般に,歯車を用いた伝動機構の技術分野において,1つの歯車に複数の機能を持たせることや,その軸数及び歯車数を任意のものとすることは,技術常識である(乙1~5)。
そして,刊行物2発明の「入力軸2a」と補正発明の「主駆動軸(20)」とは,駆動力源からの駆動力を伝達する点で共通することから,両者は対応し,刊行物2発明の「入力軸2a」と補正発明の「歯車軸(29)」とは,駆動力源からの駆動力を出力する出力軸(補正発明における「撹拌器軸10」,刊行物2発明の「内軸4」)に駆動力源からの駆動力を伝達する点で共通すること,及び上記の歯車を用いた伝動機構における1つの歯車に複数の機能を持たせるという技術常識から,両者は対応するものである。そして,刊行物2発明の「入力歯車3-1」が,補正発明の「外歯車(24)」と「歯車部(15)」とに対応することも上記と同様である。
(3) 対の歯車軸,対の歯車部を「二対」とする点について,伝達バランス等を考慮して対称構造とすることは,周知の技術事項である(乙2,6)。なお,審決において上記周知の技術事項を例示した甲5(特開平5-234911号公報)は,乙2(特開平5-237911号公報)の誤記である。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(審判手続の法令違背)について
(1) 原告は,審決が,拒絶査定における引用文献と異なる引用文献を用いて補正発明の進歩性を否定したものであり,原告には,拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由について意見書を提出する機会が与えられなかったから,審判手続には特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する瑕疵があり,当該瑕疵は審決の結論に影響を及ぼす違法なものであると主張する。
(2) まず,審決に至るまでに審査官及び審判官が示した文献に焦点を当てて本件の経過をみるに,審査での拒絶査定(甲11)で示されたのは,刊行物1(特開昭59-171588号公報)及び特開昭53-25072号公報(甲3)の公知文献のほか,特表平9-500709号公報及び実願平4-27639号(実開平5-87352号)のマイクロフィルムであったのに対し,原告が審判請求とともにした本件補正後に審判で示された審尋書(甲15)で,刊行物1のほか,新たに刊行物2(実願昭61-179182号(実開昭63-85495号)のマイクロフィルム)と実願昭63-111582号(実開平2-32822号)のマイクロフィルムを提示して拒絶すべきものとする前置報告書の内容が原告に示され,改めて拒絶理由が通知されない限り特許法17条の2所定の補正はできないが,審尋に回答するよう求め,原告はこれに対して,本件補正は独立特許要件を充足すること,また,補正案を示して更に請求項1を補正する機会を与えてほしいことなどを内容とする回答書(甲16)を提出したが,そのまま審決に至ったというにある。
(3) 本件出願に関して争点となっている法条については,平成5年法律第26号により改正された特許法17条の2及び50条が適用されるところ,本件補正は,平成6年法17条の2第1項3号に該当する拒絶査定不服審判請求日から30日以内に行う補正であるから,同条の2第3項ないし5項に規定される要件を満たす必要があり,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正について同条の2第5項により準用される同法126条4項は,「発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない」と規定するから,本件補正は,いわゆる「独立特許要件」を充足する必要がある。
一方,同法53条は,同法17条の2第1項2号に係る補正が,同条3項から第5項までの規定に違反している場合には,決定をもってその補正を却下すべきものとし,同条は,同法159条1項で読み替えて拒絶査定不服審判に準用される。また,同法50条ただし書は,拒絶査定をする場合であっても,補正の却下をするときは,拒絶理由を通知する必要はないものとし,同条ただし書は,同法159条2項で読み替えて拒絶査定不服審判に準用される。したがって,拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については,いわゆる新規事項の追加に該当する場合や補正の目的に反する場合だけでなく,新規性,進歩性等の独立特許要件を欠く場合であっても,これを却下すべきこととされ,その場合,拒絶理由を通知することは必要とされていない。
ところで,平成6年法50条本文は,拒絶査定をしようとする場合は,出願人に対し拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,同法17条の2第1項1号に基づき,出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ,これらの規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。審査段階と異なり,審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。),拒絶査定を受けたときとは異なり拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決(拒絶審決)を受けたときにはもはや再補正の機会はないので,この点において出願人である審判請求人にとって過酷である。特許法の前記規定によれば,補正が独立特許要件を欠く場合にも,拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが,出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることにかんがみれば,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして,審判手続を含む特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。
(4) 本件においてされた補正却下に関する事情として,① 本件補正の内容となる構成が補正前の構成に比して大きく限定され,すなわち,補正前発明が,駆動力入力端と2つの駆動力出力端とを含み双方向駆動を生じさせるための洗濯機において,駆動力伝達のための機構が,「駆動力入力を2つの駆動力出力に変換可能な歯車箱」と一般的に記載されていたのを,本件補正は,図面等に示された実施例の内容に即して,歯車箱内の歯車を二対の歯車部(15,28)を中心に具体的構成を特定するものであって,補正発明の構成に係るものであるが,この新たな限定につき現に新たな公知文献を加えてその容易想到性を判断する必要のあるものであったこと,② 審尋で提示された公知文献はそれまでの拒絶理由通知では提示されていなかったものであること,③ 審尋の結果,原告は具体的に再補正案を示して改めて拒絶理由を通知してほしい旨の意見書を提出したこと,④ 後記2で判断するとおり,新たに提示された刊行物2の記載事項を適用することは是認できないこと,などの事実関係がある。本件のこのような事情にかんがみると,拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき,拒絶理由を通知することなく,審決で,従前引用された文献や周知技術とは異なる刊行物2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては,特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。本件においては,審判においても,減縮的に補正された歯車の具体的構成に対し,その構成を示す新たな公知技術に基づいて進歩性を否定するについては,この新たな公知技術を根拠に含めて提示する拒絶理由を通知して更なる補正及び意見書の提出の機会を与えるべきであったというべく,この手続を経ることなく行われた審決には瑕疵があり,当該手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすべき違法なものであるから,原告主張の取消事由1には理由がある。
(5) 被告は,平成5年法改正が,出願当初から多項制を活用して補正をあまり行わない出願と過度の補正を行う出願との不公平を是正し,審査・審判の迅速性を確保するために行われたものであり,最後の拒絶理由通知を受けた後になされた補正や拒絶査定不服審判を請求する際の補正が不適法である場合,直ちに当該補正を却下するという制度設計がなされたものであると主張する。
確かに,平成5年法改正は,被告主張のように,補正の目的を制限すること等により審査・審判の迅速性を確保することをその趣旨としたものということができる。しかし,平成5年法改正がこのような趣旨であり,補正が繰り返されるのは好ましくないとしても,それまでに示されなかった拒絶理由の枠組みに対する適切な手続保障が失われてはならず,過度の補正が行われた出願については別途の考慮を要するとして,本件の前記事実関係の下に,新たな公知技術が拒絶理由で示されないまま審決で補正発明につき独立特許要件欠如として容易想到の結論に至ることが許されないことに変わりはない。
被告は,審尋において,前置報告書の内容を示して意見があれば回答をするよう求め,具体的に刊行物2を示してその内容に基づいて補正発明が進歩性を欠く旨を述べ,これに対し原告は,平成22年4月9日付け回答書を提出して,刊行物2及びその他の引用文献について詳細に反論し,補正発明が進歩性を有する旨を主張しているのであるから,この点について意見を述べる機会が与えられなかったとはいえないと主張する。
しかし,上記の手続は,審尋において刊行物2を示しただけであり,拒絶理由を通知して意見書の提出を求めたものではないから,補正案を示して補正の機会を与えるよう要望し,新たに示された刊行物2に対応した補正を予定していた原告の手続保障に欠けるものであって,前示のような適正な審判の実現と発明の保護を図るという観点を欠くものである。
2 取消事由4(相違点2についての進歩性判断の誤り)について
(1) 原告は,刊行物2の反転装置3が,外軸5には前方プロペラが取り付けられ,内軸4には後方プロペラが取り付けられて,「主として船舶に用いられる」ものであるところ,船舶のプロペラに関する技術は,極めて専門的であるのに対して,補正発明の伝動機構が使用される洗濯機は,一般になじみが深い家庭電化製品の一種であり,また,船舶のプロペラの駆動機構は非常に大型であるのに対して,洗濯機の駆動機構は相対的に小型であり,両者間には設計に関して大きな相違が存在するから,洗濯機に関する刊行物1発明に,これらと技術分野が異なる刊行物2発明を適用することはできないと主張する。
(2) そこで検討するに,補正発明は,「洗濯機での使用に適した伝動機構」に関するものであり,刊行物1発明は,「洗濯兼脱水槽を備えたいわゆる一槽式脱水洗濯機」に関するものであって,いずれも一般家庭で利用される電化製品に搭載される比較的小型な動力伝達機構に関するものである。これに対して,刊行物2発明は,「主として船舶に用いられる二重反転プロペラのための反転装置」,すなわち,船舶等のプロペラ駆動用途で使用される非常に大型の動力伝達機構に関するものである。このように軽量な衣類を洗濯するための動力伝達機構と,重量のある船舶を推進させるための動力伝達機構とでは,設計思想に大きな相違が存在することが技術上明らかであるから,補正発明及び刊行物1発明と刊行物2発明とは,技術分野が異なるものと認められる。
また,刊行物1発明は,刊行物1によれば,従来の洗濯機における「洗濯兼脱水槽自身による回転運動がなく,撹拌体の回転運動のみにより洗浄を行うため,布の損傷,洗いむらが多い」という課題を前提として,「布の損傷,洗いむらを少なくし,洗浄性能の優れた一槽式脱水洗濯機を提供すること」,すなわち,衣類の洗浄力の向上を解決課題とするものと認められる。これに対し,刊行物2発明は,刊行物2によれば,「面間寸法を小さくできるようにするとともに,小歯車とたわみ軸とによるトルク伝達量を従来の場合よりも小さくできるようにして,配置上の利便と構造上の小型軽量化とをはかれるようにした,二重反転プロペラ用反転装置を提供すること」を解決課題とするものと認められる。ここにいう二重反転プロペラとは,主プロペラの回転により生じる反トルクを打ち消すために,主プロペラとは逆方向に回転する副プロペラを設けた機構をいい,技術上,以下の理由により,主に飛行機や船舶等で用いられるものと認められる。すなわち,空中や水上を走行する飛行体や船舶は,地上に配置された物体や地上を走行する走行体と比較して姿勢が安定しないため,推進用の主プロペラを高速で回転させるほど,これとは逆方向に姿勢が傾く傾向が大きくなることから,副プロペラを設けて,これを主プロペラとは逆方向に回転させることによって,主プロペラの回転に起因した姿勢の傾きを抑制する必要があるのである。
そうすると,刊行物1発明は,衣類の洗浄力の向上を課題とした技術であるのに対して,刊行物2発明は,船舶等の姿勢の安定化を本来的な課題とした船舶等に固有の技術である点で,両者の解決課題は大きく隔たっている。
(3) 以上のとおり,刊行物1発明の洗濯機の動力伝達機構と,刊行物2発明の船舶等の二重反転プロペラの動力伝達機構とは,技術分野が相違し,その設計思想も大きく異なることから,洗濯機の技術分野に関する当業者が,船舶の技術に精通しているとはいえず,洗濯機の動力伝達機構を開発・改良する際に,船舶等の分野における固有の技術である二重反転プロペラに類似の技術を求めることは,困難であるというべきである。また,洗濯機は,通常,床面上に設置して安定な状態で使用されるから,撹拌機や内槽の回転によって生じる反トルクの問題を考慮する必要がないことが一般的であると解される。
したがって,当業者が,洗濯機の分野では本来的に要求されない二重反転プロペラに関する刊行物2の記載事項を,刊行物1発明に適用することは困難であり,この点を主張する取消事由4には理由がある。
(4) 以上の点について被告は,刊行物1発明と刊行物2発明とは,伝動機構である点で同じ技術分野に属するものであり,また,1つの駆動力入力を2つの駆動力出力へと変換する,動力を伝達するという共通した作用,機能を有すると主張する。
しかし,解決課題が大きく隔たっている公知技術を組み合わせるに当たって,両者が動力伝達機構という汎用性の高い一般的技術分野に属するとしてその容易性の有無を判断することは慎重でなければならず,被告の主張を採用することはできない。
被告は,刊行物2に「主として船舶に用いられる」との記載があるように,この記載は例示にすぎず,その構造上,歯車機構を用いた反転装置自体に,船舶以外の用途に用いることを可能とする汎用性があることは明らかであるとも主張する。
しかし,明細書において当該発明を適用する技術分野が例示であると記載されているからといって,すべての技術分野の他の技術が適用容易となるものでないことは明らかであり,本件のように複数の発明を組み合わせて出願された発明の進歩性を否定しようとする場合には,それぞれの発明の技術分野,解決課題,組合せの動機付け等を具体的に検討しなければならない。刊行物1発明と刊行物2発明とは,前記のとおり,技術分野が異なるだけでなく,その解決課題も大きく隔たり,組合せの動機付けも明確でないから,被告の主張は採用することができない。
第6結論
以上のとおり,原告主張の取消事由1及び4には理由がある。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)