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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10313号 判決 2011年3月23日

原告

株式会社福盛ドゥ

訴訟代理人弁理士

尾崎雄三

梶崎弘一

光吉利之

福井賢一

被告

全国穀類工業協同組合

訴訟代理人弁理士

亀川義示

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2009-800253号事件について平成22年8月27日にした審決中,特許第4324237号の請求項1に係る発明についての特許を無効とするとした部分を取り消す。

第2争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成15年6月17日(優先権主張 平成14年7月12日,同月31日,同年10月25日及び平成15年1月16日),発明の名称を「パン・菓子用米粉組成物,米粉パン・菓子およびその製造方法」とする特許出願(特願2003-171692号)をし,平成20年11月4日,これを分割してその一部につき,発明の名称を「パン又は菓子用米粉」とする新たな特許出願(特願2008-283623号)をし,平成21年6月12日,特許第4324237号として設定登録を受けた(以下「本件特許」という。設定登録時の請求項の数は2であった。甲30)。

被告は,平成21年12月24日,本件特許(請求項1及び2)について無効審判を請求し(甲32),原告は,平成22年3月19日付け訂正請求書(甲31)により,明細書の発明の詳細な説明について,誤記の訂正,明りようでない記載の釈明を目的とする訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,本件訂正後の明細書を「訂正明細書」という。)。

特許庁は,平成22年8月27日,「訂正を認める。特許第4324237号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年9月4日,原告に送達された。

原告は,上記審決中,請求項1に係る発明についての特許を無効とした部分の取消しを求めて本訴を提起した。

2  特許請求の範囲

本件訂正後の特許請求の範囲の請求項の記載は次のとおりである。

【請求項1】

胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないパン用の米粉。(以下「本件発明1」という。)

【請求項2】

胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないケーキ,パイ,スコーン,マフィン又はシュークリーム用の米粉。(以下「本件発明2」という。)

3  審決の理由

別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1は,甲1(新潟県食品研究所,研究報告第27号,21ないし28頁,平成4年8月発行)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)であり,本件発明2は,乙20(審判の甲2。新潟県農業総合研究所食品研究センター,研究報告第32号,1ないし5頁,平成10年3月発行)に記載された発明であるから,いずれも特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができないとするものである。

第3取消事由に関する原告の主張

審決中,請求項1に係る発明(本件発明1)についての特許を無効とした部分は,新規性の判断に誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。その理由は,以下のとおりである。

出願前に公知である物質については,新たな用途の使用に適することが見いだされない限り,新規性は認められない。そして,用途発明の新規性を判断する上で,これと対比する発明(引用発明)も,用途発明でなければならず,かつ発明として完成していることが必要である。引用発明が用途発明として完成しているというためには,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されていることが必要である。逆に,引用発明によって得られる効果が従来技術に比べて劣悪な場合には,新たな用途の使用に適することは未だ見いだされていないといわざるを得ず,引用発明としての適格性を欠くというべきである。

上記の観点から検討すると,以下のとおり,甲1発明は,引用発明としての適格を欠く。

1  本件発明1と甲1発明との対比及び甲1発明の引用発明としての適格性

(1)  本件発明1の内容

本件発明1は,特定の粒度分布を有する米粉(酵素処理したものを除く)を,小麦粉を使用しないパン用の米粉として用いるものであり,いわゆる用途発明である。訂正明細書(【0003】ないし【0006】,【0007】,【0008】,【0013】)には,本件発明1に特定された粒度分布の米粉(酵素処理したものを除く)を,小麦粉を使用しないパン用の米粉として用いると,小麦粉パンと同等の外観,内相,食味を備え,日持ちに優れたパンを製造できること,及び,そのような米粉を,小麦粉を使用しないパン用の米粉という用途に使用することにより優れた効果を奏することが記載されている。

(2)  甲1の記載内容

甲1には,次のとおりの記載がある。

「その結果,小麦澱粉によるパンと比較し,米粉により試作したパンは,製粉方式を問わずその品質は劣っていた。ロール方式の米粉で米パンを試作した場合,ミキシング時の生地形成が極端に劣り,その結果としていわゆるナシ肌となり,ガス包蔵性が悪く発酵時の生地体積の増加が見られなかった。胴つき方式の米粉の場合はロール方式のものよりミキシング時は良好だったが,加水量が多くなり発酵時の体積増加は見られなかった。そのため,両者とも焼成後の内相がダンゴ状となり,食味が低下した。」(22頁右欄38ないし47行)

「この結果から,篩分によって微細なものを得ようとすると,必然的に吸水量が多くなることが分かった。さらに,胴つき方式のように細かい粒子の画分比率が多く,効率的に分級が可能と思われる米粉では吸水率が大きかった。したがって,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われた。」(23頁右欄16ないし22行)

「このように粒子が小さいものは,損傷した澱粉粒から溶出してくるアミロース量が増加しており,損傷の程度も大きいと考えられる。したがって,損傷の点からも市販の米粉を篩別したものは製パン適性が低いと考えられた。」(24頁左欄8行ないし右欄3行)

「表4のようにペクチナーゼ製剤濃度の増加とともに粒度,ぬれ特性は大きくなり,安息角は小さくなった。それだけでなくアミログラム特性にも変化が見られた。製粉方式を変えた場合も,表5のようにペクチナーゼ製剤処理により,その粉体特性は製パンに適する特性に変化していた。」(26頁左欄24ないし29行)

「これらの結果から,ペクチナーゼ処理を行い,気流粉砕方式製粉,衝撃方式製粉することにより,製パンに適した特性を有する米粉が得られることが分かった。」(26頁右欄(表4を除く)4行ないし27頁左欄1行)

「3.市販の米粉から篩別により微細な画分を得る方法は,製パン時の加水率の増大を招くため,不適と考えられた。また,損傷が多い画分が増えることからも,篩別による方法は採用困難であると考えられた。」(27頁右欄(図6を除く)8ないし11行)

「4.ペクチナーゼ処理により米粒硬度が低減した。この処理により米粉の製粉性は向上した。さらに,得られた米粉の粒度,安息角,ぬれ特性,加水率及び糊化開始温度は製パンに適する範囲にあるものと思われた。」(27頁右欄(図6を除く)12ないし15行)

(3)  甲1発明の引用発明としての適格性について

ア 前記(2)のとおり,甲1においては,酵素処理を行っていない米粉と酵素処理を行った米粉の両者を用いて米粉パンの作製を試みたところ,酵素処理を行った米粉は製パン性の向上がみられたものの,酵素処理を行っていない米粉は焼成後の内相がダンゴ状となって食味が低下し,製パンには不適であると結論付けられ,甲1の24頁の図3の左側のグラフに記載された酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,パン用の米粉として不適であると結論付けられた。

このように,甲1においては,酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」が,製パンの用途に適する旨の記載が存在しないのみならず,かえって当該米粉が製パンに不適である旨が明記されている。したがって,甲1における酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,パン用の米粉としては,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができることを開示しているとはいえず,甲1発明は,パン用の米粉の発明としては未完成である。

上記原告の主張は,甲29(審判乙9)の判決(東京高等裁判所平成13年4月25日,平成10年(行ケ)第410号)の判断と整合する。したがって,審決が,本件は甲29の判決と前提を異にしており,甲1発明が用途発明として未完成であったとはいえないとした判断は誤りである。

イ 甲33,34によれば,甲1発行前に既に良質の米粉100%の米粉パンが開発されていたから,甲1の酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができるものとはいえず,その点からしても,甲1発明は,パン用の米粉の発明として未完成である。

2  結論

以上のとおり,本件発明1の新規性を判断する上で対比されるべき引用発明は,用途発明でありかつ発明として完成していることが必要であるにもかかわらず,甲1発明は用途についての開示がないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠く。そうすると,本件発明1は,甲1発明と同一であることにより新規性を欠くとはいえない。

第4被告の反論

本件発明1は,甲1発明と同一であるから新規性を欠き,特許を受けることができないとした審決の判断に,誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

1  本件発明1と甲1発明との対比及び甲1発明の引用発明としての適格性に対し

(1)  本件発明1の内容

訂正明細書(【0003】ないし【0006】,【0007】,【0008】,【0013】)に,本件発明1に特定された粒度分布の米粉(酵素処理したものを除く)を,小麦粉を使用しないパン用の米粉として用いると,小麦粉パンと同等の外観,内相,食味を備え,日持ちに優れたパンを製造できること等の記載があることは認める。

(2)  甲1の記載内容及び甲1発明の引用発明としての適格性について

ア 甲1の記載内容

甲1には,次のとおりの記載がある。

「そこで,本報ではまず,米粉を利用した新食品として小麦の用途のなかで重要なパンを研究対象に選択した。このとき,小麦粉に米粉を添加したものではなく,米粉を主体としたパン様の食品(以下米パンと略記)の製造を目的に試験を行って,以下の結果を得たの(判決注 「得たので」の誤記と認められる。)報告する。」(21頁左欄11ないし15行)22頁左欄の表1には,米粉によるパンの基本配合として,米粉(水分13.5%)85%,バイタルグルテン15%,塩2%,酵母2%,砂糖6%,ショートニング6%,水適量との配合割合が記載されている。

また,甲1には,本件発明1と同じ粒度分布の米粉が,「胴搗方式製粉による米粉」(24頁の図3の左側のグラフ)として記載されており「胴搗方式製粉による米粉」によりパンを製造することが記載されている。

イ 甲1発明の引用発明としての適格性について

上記アによれば,甲1には,パンを研究対象として選択し,米粉を主体とした米パンの製造を目的に試験を行った結果が記載されており,米粉の製パンとしての用途に関する発明が記載されている。

もっとも,甲1には,「酵素処理(ペクチナーゼ処理)を行った米粉」は,それにより試作したパンは食味が良好で,製パン用の米粉として好適であることが記載されているのに対して,酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,それにより試作したパンは食味が低下し,製パンの米粉として不適であることが記載されている。しかし,本件発明1及び甲1における製パン特性についての評価は,温度,圧力,時間のような絶対的,客観的な数値とは異なり,相対的なものでしかなく,しかも,甲1の評価の基準は本件発明1の評価の基準と同じではないから,甲1において評価が高いとの記載がないとしても,甲1発明が引用例としての適格性を欠くとはいえない。

原告が挙げる甲29(審判乙9)の判決(東京高等裁判所平成13年4月25日,平成10年(行ケ)第410号)は,本件とは事案を異にするものであるから,その判断は,本件にそのまま当てはまるものではない。

2  結論

以上のとおり,甲1発明は,本件発明1の新規性を判断する上での引用発明としての適格性を有するから,審決が,本件発明1は,甲1発明と同一であるから新規性を欠き,特許を受けることができないとした判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

本件発明1は,甲1発明と同一であるから新規性を欠き,特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはない。その理由は,以下のとおりである。

1  本件発明1の内容

第2の2のとおり,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,「胴搗き製粉,ロール製粉,石臼製粉,気流粉砕製粉又は高速回転打撃製粉により得られたものであり,粒度が,米粉(酵素処理したものを除く)を100メッシュの篩にかけ,100メッシュの篩を通過した区分を140メッシュの篩と200メッシュの篩に順次かけ,各篩上に残った米粉の重量を測定し,前記米粉100重量%中140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分とを合計して20~40重量%含み,200メッシュを通過した区分が53.12重量%以上である,小麦粉を使用しないパン用の米粉。」とするものであり,同構成を充足する米粉は,小麦粉パンと同等の外観,内相,食味を備え,日持ちに優れたパンを製造できるとするものである。

2  甲1の記載

甲1には,以下の記載がある。

(1)  前文の記載

前文には,次のとおりの記載がある。

「そこで,本報ではまず,米粉を利用した新食品として小麦の用途のなかで重要なパンを研究対象に選択した。このとき,小麦粉に米粉を添加したものではなく,米粉を主体としたパン様の食品(以下米パンと略記)の製造を目的に試験を行って,以下の結果を得たの(判決注 「得たので」の誤記と認められる。)報告する。」(21頁左欄11ないし15行)

(2)  「試料及び実験方法」欄

ア 「1.試料及び原料」(21頁左欄17行)の「(7)米粉」(21頁右欄1行)には,次のとおりの記載がある。

「製粉方式が異なる以下の米粉を用いた。

胴つき方式製粉による米粉((株)高井製粉所製)

衝撃方式製粉による米粉((株)高井製粉所製)

ロール方式製粉による米粉((株)高井製粉所製)」(21頁右欄1ないし5行)

イ 「2.実験方法」(21頁右欄6行)の「(3)製粉方法」(22頁左欄(表1を除く)6行)には,次のとおりの記載がある。

「原料米を水洗後,一晩浸漬し遠心脱水,一定に水分調整後,製粉を行った。」(22頁左欄(表1を除く)7ないし8行)

(3)  「結果及び考察」欄

ア 表2(23頁左欄下方)は,「市販米粉の性状及び製パン性」という表題であり,小麦澱粉,ロール製粉の米粉及び胴つき製粉の米粉について,平均粒度,安息角,ぬれ特性,適性加水率,生地発酵量,外観,食味を示したものであり,平均粒度は,胴つき製粉の米粉が243.2メッシュであり,外観及び食味は,小麦澱粉が「+++」,ロール製粉の米粉が「― ―」,胴つきの米粉が「+」とされている。

イ 「3.米粒の粒度構成と吸水率」(23頁右欄(図1を除く)5行)には,次のとおりの記載がある。

「米粉製品を調整する場合に,比較的簡単な工程で変えられる物理的特性として粒度があげられる。そこで各製粉方式で得た米粉を分級することにより,微細な米粉を得た場合に前項で製パンの要因になると思われた吸水率を検討し結果を図2に示し,米粉の粒度構成を図3に示した。

いかなる製粉方式による微細な画分も吸水量は大きくなっていた。その上,細かい粒子の画分の多い胴つき粉では,他の製粉方式のものと比較して,同じ粒度の画分でも吸水率が大きくなっていた。

この結果から,篩分によって微細なものを得ようとすると,必然的に吸水量が多くなることが分かった。さらに,胴つき方式のように細かい粒子の画分比率が多く,効率的に分級が可能と思われる米粉では吸水率が大きかった。したがって,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われた。」(23頁右欄6ないし22行)

ウ 図3は,「製粉方式の異なる米粉の粒度分布」(24頁下方)という表題であり,胴搗方式製粉による米粉(平均粒度243.2メッシュ),ロール方式製粉による米粉(平均粒度132.4メッシュ),衝撃方式製粉による米粉(平均粒度170.5メッシュ)のそれぞれについて,粒度分布がグラフにより示されている。

エ 「4.粒度構成と損傷の関係」(23頁右欄23行)には,次のとおりの記載がある。

「このように粒子が小さいものは,損傷した澱粉粒から溶出してくるアミロース量が増加しており,損傷の程度も大きいと考えられる。したがって,損傷の点からも市販の米粉を篩別したものは製パン適性が低いと考えられた。」(24頁左欄8行ないし右欄3行)

オ 「7.ペクチナーゼ製剤処理による微細米粉の特性」(26頁左欄18行)には,次のとおりの記載がある。

「表4のようにペクチナーゼ製剤濃度の増加とともに粒度,ぬれ特性は大きくなり,安息角は小さくなった。それだけでなくアミログラム特性にも変化が見られた。製粉方式を変えた場合も,表5のようにペクチナーゼ製剤処理により,その粉体特性は製パンに適する特性に変化していた。」(26頁左欄24ないし29行)

「これらの結果から,ペクチナーゼ処理を行い,気流粉砕方式製粉・衝撃方式製粉することにより,製パンに適した特性を有する米粉が得られることが分かった。」(26頁右欄(表4,5を除く)4行ないし27頁左欄1行)

カ 「9.米パンの品質評価」(27頁左欄(表6を除く)18行)には,次のとおりの記載がある。

「前項で示した米パンは,小麦粉によるパンと比較して内相がしっとりしていた。この特徴はパネラーにより不良と感じるものと,そうでないものの差がはっきり分かれる点であった。また,小麦粉によるものと比較して製品の体積が小くなった。しかし,トースト等の加工においては小麦粉によるものよりも優れた評価が多かった。以上のことから,ペクチナーゼ製剤処理により,特徴のある米パン製造用の米粉の製造が可能であると考えられた。」(27頁左欄(表6を除く)19ないし27行)

(4)  「要約」欄

「要約」(27頁左欄(表6を除く)33行)の項目には,次のとおりの記載がある。

「米粉によるパンの製造のための米粉の改質条件について検討し以下の結果を得た。」(27頁左欄34行ないし右欄1行)

「3.市販の米粉から篩別により微細な画分を得る方法は,製パン時の加水率の増大を招くため,不適と考えられた。また,損傷が多い画分が増えることからも,篩別による方法は採用困難であると考えられた。

4.ペクチナーゼ処理により米粒硬度が低減した。この処理により米粉の製粉性は向上した。さらに,得られた米粉の粒度,安息角,ぬれ特性,加水率及び糊化開始温度は製パンに適する範囲にあるものと思われた。

5.製パン試験においても,ペクチナーゼ処理で得た米は粉製パン性の向上が認められた。その中でも気流粉砕方式・衝撃方式の米粉が製パンには良好であった。

6.米粉の熱処理によっても改質が行われるが,ペクチナーゼ法との併用が必要であった。」(27頁右欄(図6を除く)8ないし20行)

2  本件発明1と甲1発明との対比

前記1の甲1の記載によれば,甲1には,胴搗方式等の製粉方法により得た米粉のみを用いてパンを製造することが記載されている。また,甲1の24頁の図3の左側グラフには,パンの製造に用いられた胴搗方式製粉による米粉(平均粒度243.2メッシュ)として,本件発明1の数値範囲に属する粒度の米粉が記載されている。すなわち,図3のグラフの縦軸は粒度分布(重量%)であり,横軸は,100メッシュ,150メッシュ,200メッシュ,250メッシュの篩に順次かけたときにそれぞれの篩上に残る量と,250メッシュの篩を通過した量が示されているものと認められる。他方,本件発明1には,米粉を100メッシュ,140メッシュ,200メッシュの篩に順次かけて各篩上に残った米粉の重量%が記載されている。

本件発明1における140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分の合計は,100メッシュの篩を通り抜けるが200メッシュの篩上に残る粒度の米粉の量であるから,図3の左側のグラフの150メッシュと200メッシュの量の合計に相当する。そして,図3の左側のグラフの150メッシュと200メッシュの量の合計は,グラフに基づいて読み取ると,25ないし28重量%程度になるものと認められる。他方,本件発明1において,140メッシュの篩上に残る区分と200メッシュの篩上に残る区分の合計は,20ないし40重量%とされており,上記の25ないし28重量%程度との数値は,本件発明1の20ないし40重量%という数値範囲に属する。

また,本件発明1における200メッシュを通過した区分は,図3の左側のグラフの250メッシュと250メッシュ以上の量の合計に相当する。そして,図3の左側のグラフの250メッシュと250メッシュ以上の量の合計は,グラフに基づいて読み取ると,59ないし62重量%程度になるものと認められる。他方,本件発明1において,200メッシュを通過した区分は53.12重量%以上とされており,上記の59ないし62重量%程度との数値は,本件発明1の53.12重量%以上という数値範囲に属する。

そうすると,甲1には,本件発明1と同一の発明が記載されているものと認められる。

3  原告の主張に対し

原告は,新規性を判断する引用発明は,完成した発明でなければならないところ,引用発明は,用途発明として完成しているとはいえないから,新規性を判断する上で対比されるべき引用発明としての適格性を欠くと主張する。

しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することができない。

すなわち,特許制度は,発明を公開した代償として,一定の期間の独占権を付与することによって,産業の発展を促すものであるから,既知の技術を公開したことに対して,独占権を付与する必要性はないばかりでなく,仮に,そのような技術に独占権を付与することがあるとするならば,第三者から,既知の技術を実施し,活用する手段を奪い,産業の発達を阻害することになる。特許制度の上記趣旨に照らすならば,出願に係る発明が,既に公知となっている技術(引用発明)と同一の構成からなる場合は,当該出願に係る発明は,新規性を欠くものとして,特許が拒絶されるというべきである。原告が主張する引用発明の完成とは,引用発明が従前の技術以上の作用効果を有することを意味するものと解されるが,新規性の有無を判断するに当たって,引用発明として示された既知の技術それ自体が,従前の技術以上の作用効果を有することは要件とすべきではない。

また,出願に係る発明は,特定の用途を明示しているのに対して,引用発明は,出願に係る発明と同一の構成からなるにもかかわらず,当該用途に係る記載・開示がないような場合においては,出願に係る発明の新規性が肯定される余地はある。

しかし,そのような場合であっても,出願に係る発明と対比するために認定された引用発明自体に,従前の技術以上の作用効果があることは,要件とされるものではない。

以上の観点から,以下,本件発明1と甲1発明とを対比する。

(1)  本件発明1は,上記のとおり,米粉の粒度を特定し,粗い粉を一定量含有させたことに特徴がある発明であり,「パン用」という用途の特定はあるものの,用途そのものに格別の特徴を有する発明とまではいえない。

他方,甲1には,前記認定のとおり,米粉により作製したパンは小麦粉により作製したパンに比べて品質が劣ること,従来の方式で製粉された米粉を分級する方式で,パン用として使用することは困難であると思われること,ペクチナーゼ処理をした米の米粉は製パンに適した特性を有するのに対し,篩分によって得た米粉は製パンの適性が低いことなどが記載されている。

また,甲1には,ペクチナーゼ処理をせず篩分により得た微細な米粉はパン用に適さないこと,甲1の特定の条件の下では,小麦粉や,ペクチナーゼ処理をした米の粉により作製されたパンと比較して,篩分によって得た米粉により作製されたパンの方が,外観や食味において劣っていたこと等の記載がある。しかし,甲1は,ペクチナーゼ処理をした米を製粉して得られる米粉がパンの作製に適するとの結論を導くために記述された論文であって,篩分によって得た米粉はパン用に適さないとの上記の記述は,ペクチナーゼ処理により製パン性が向上すること等の結果を示す文脈において,ペクチナーゼ処理をした場合との比較を示した記述といえる。

むしろ,甲1の表2によれば,作製されたパンの外観及び食味について,小麦澱粉が「+++」,ロール製粉の米粉が「― ―」であるのに対し,胴つきの米粉は「+」とされている。また,甲1の研究において使用された米粉は特定されているから,表2の「胴つき製粉」の米粉,「ロール製粉」の米粉は,図3の「胴搗方式製粉による米粉」,「ロール方式製粉による米粉」と同様のものであり,それぞれ図3に示されたのと同様の粒度分布を有するものと推認される。そうすると,図3と表2によれば,本件発明1の数値範囲に含まれる粒度の米粉(「胴つき製粉」の米粉)によって,本件発明1とは異なる粒度の米粉(「ロール製粉」の米粉)よりも外観,食味において優れたパンが製造されたことが示されていると認定できる。

以上によれば,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度の米粉を用いてパンを製造する用途が明示的に記載されており,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉の発明が記載されているといえる。したがって,甲1発明は,本件発明1の新規性を判断する上で,引用発明としての適格性を欠くと解する余地はない。

(2)  また,原告は,甲33,34によれば,甲1発行前にすでに良質の米粉100%の米粉パンが開発されていたから,甲1の酵素処理を行っていない「胴搗方式製粉による米粉」は,当業者が反復実施して従来技術以上の優れた効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されているとはいえず,パン用の米粉の発明として未完成であると主張する。

しかし,甲33,34は,その評価の基準が必ずしも甲1と同一ではなく,甲33,34に,米粉によって良質なパンができたことが記載されていたとしても,そのことを理由として,甲1発明が,本件発明1の新規性の有無を判断する前提としての適格性を欠くということはできない。

したがって,甲1には,本件発明1に定められた数値範囲内の粒度のパン用の米粉に係る発明(甲1発明)が用途とともに記載されているから,本件発明1は,甲1発明と同一であり,新規性を欠くというべきである。

4  結論

本件発明1は,甲1発明と同一であることにより新規性を欠き,特許法29条1項3号の規定に該当し,特許を受けることができないというべきであり,同旨の審決の判断に誤りはない。

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。

よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 中平健 裁判官 知野明)

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