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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10328号 判決 2011年7月07日

原告

ベクトン・ディキンソン・アンド・カンパニー

同訴訟代理人弁理士

谷義一

阿部和夫

佐藤久容

梅田幸秀

新開正史

被告

特許庁長官

同指定代理人

関谷一夫

高木彰

黒瀬雅一

板谷玲子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2008-13571号事件について,平成22年6月7日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,発明の名称を「安全シールドアセンブリ」とする発明について,平成11年8月30日特許出願(特願平11-243944号。パリ条約による優先権主張日:平成10年8月28日,米国)したが,平成20年2月25日付けの拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求するとともに,同年6月26日,手続補正書(以下,この補正書による補正を「本件補正」という。)を提出した(甲4,8~11)。

(2)  特許庁は,上記請求を不服2008-13571号事件として審理し,平成22年6月7日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同月18日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本件審決が対象とした,特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所である。以下,本件補正前の請求項1に記載された発明を「本願発明」,本件補正後の請求項1に記載された発明を「本件補正発明」という。また,本件出願に係る本件補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲11,その余につき甲4,7)を「本願明細書」という。

(1)  本願発明

安全シールドアセンブリであって,/穿刺部分を含むニードルアセンブリを備えた流体取扱装置と,/前記流体取扱装置に接続されたカラーと,/前記カラーに接続されたシールドであって,前記シールドは,前記穿刺部分が曝される位置と,前記穿刺部分がシールドによってカバーされる位置との間で,前記ニードルアセンブリに対して回転可能な前記シールドと,/前記穿刺部分を覆うシールドを固定する手段と,を備え,/前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されることを特徴とする安全シールドアセンブリ

(2)  本件補正発明(ただし,下線部分は本件補正による補正箇所である。)

安全シールドアセンブリであって,/穿刺部分を含むニードルアセンブリを備えた流体取扱装置と,/前記流体取扱装置に接続されるカラーと,/前記カラーに接続されるシールドであって,前記シールドは,前記穿刺部分が曝される位置と,前記穿刺部分がシールドによってカバーされる位置との間で,前記ニードルアセンブリに対して回転可能な前記シールドと,/前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し,/前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されることを特徴とする安全シールドアセンブリ

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件補正発明は,下記ア,イの引用例1,2に記載された発明(以下「引用発明1」「引用発明2」という。)及び下記ウの周知例に記載された技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「法」という。)17条の2第5項において準用する法126条5項の規定に違反するものであるとして,法159条1項の規定において準用する法53条1項の規定により本件補正を却下すべきものであり,また,本願発明も,引用発明1,2並びに周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例1:特開平10-80486号公報(甲1)

イ 引用例2:特開平8-107933号公報(甲2)

ウ 周知例:実願平5-68304号(実開平7-40493号)のCD-ROM(甲3)

(2)  本件審決は,その判断の前提として,引用発明1並びに本件補正発明と引用発明1との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。

ア 引用発明1:針保護装置であって,針カニューレを含む針部材を備えた流体供給手段と,前記流体供給手段に接続されるカラーと,前記カラーに接続される針シールドであって,前記針シールドは,針カニューレが曝される位置と,前記針カニューレが針シールドによってカバーされる位置との間で,針部材に対して回転可能な針シールドと,前記針カニューレを覆う針シールドを固定するアームと,を備え,前記アームは部分的に針シールド上に配置され,アームは,針カニューレに協働し,前記カラーと前記針シールドは,生きヒンジによって接続される針保護装置

イ 一致点:安全シールドアセンブリであって,穿刺部分を含むニードルアセンブリを備えた流体取扱装置と,前記流体取扱装置に接続されるカラーと,前記カラーに接続されるシールドであって,前記シールドは,前記穿刺部分が曝される位置と,前記穿刺部分がシールドによってカバーされる位置との間で,前記ニードルアセンブリに対して回転可能な前記シールドと,前記穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段と,を備え,前記固定手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記固定手段は,穿刺部分に協働し,前記カラーと前記シールドは,生きヒンジによって接続される安全シールドアセンブリ

ウ 相違点1:穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段について,本件補正発明は第1及び第2の手段からなり,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働するものであるのに対し,引用発明1の固定手段は穿刺部分に協働する第1の手段としてのアームのみであって,穿刺部分と独立してカラーに協働する第2の手段を有していない点

エ 相違点2:カラーとシールドとの接続について,本件補正発明は,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されるのに対し,引用発明1は生きヒンジによって接続される点

4  取消事由

(1)  本件補正発明の進歩性判断の誤り(取消事由1)

ア 一致点及び相違点1の認定の誤り

イ 相違点2についての判断の誤り

ウ 相違点1についての判断の誤り

エ 本件補正発明の顕著な作用効果の看過

(2)  本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(本件補正発明の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 一致点及び相違点1の認定の誤り

ア 一致点の認定誤り

本件審決は,本件補正発明の「第1及び第2の手段」と引用発明1の「アーム」とが,「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段」という,一般化された上位の概念の「固定手段」で共通すると認定しておきながら,本件補正発明の「第1の手段」と引用発明1の「アーム」とが,「少なくとも部分的にシールド上に配置され」「穿刺部分に協働する」「固定手段」という,具体化された下位の概念の「固定手段」で共通すると認定したもので,一致点の認定を誤っている。

正しくは,本件補正発明と引用発明とは,「穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段」を備える点で一致すると認定されるべきである。

イ 相違点1の認定の誤り

引用例1には,アーム以外の固定手段を設けることは記載も示唆もされていないから,固定手段について,「第1」,「第2」という概念が生じることはあり得ない。本件審決は,本件補正発明の「第1の手段と第2の手段」について技術的検討をすることなく分断し,引用発明1の固定手段が「第1」と「第2」の固定手段を備え得るとの予断をもって,相違点1を認定している。

正しくは,相違点1については,「穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段について,本件補正発明は第1及び第2の手段を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働するものであるのに対し,引用発明1の固定手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,穿刺部分に協働するアームである点」で相違すると認定されるべきである。

ウ なお,本件審決は,本件補正発明と引用発明1とは,「前記カラーと前記シールドは,生きヒンジによって接続される」点で一致すると認定したが,本件補正発明は,「生きヒンジ」を有していないから,上記認定は誤りである。

(2) 相違点2についての判断の誤り

ア 引用発明1の技術的意義

引用例1記載の針シールドアセンブリにおいて,針シールドを閉塞された針保護位置に自動的に係止させるのは,使用済みの皮下注射器による偶然の針穿刺は病気を伝染させることがあるためであり(【0022】),それゆえに,いったん,針シールドが針保護位置に係止された後は,針カニューレが再び露出することが回避される必要がある。

針シールドに加わる力が針シールドを逆方向に枢動させるものに限られるという保証はなく,針カニューレに沿ってカラーとは反対の方向に外力が加えられることは十分に想定される。仮に,針カニューレに沿ってカラーとは反対の方向に外力が加わり,生きヒンジが破断されるようなことがあると,針シールドは針保護位置から針の先端側に外れてしまうことになり,引用例1に記載された「針シールドを閉塞された針保護位置に保持する手段」によっては,針カニューレの再露出は免れないことになってしまうことになる。

よって,引用発明1の針シールドアセンブリにおいては,生きヒンジに外力が加わったとしても,カラーと針シールドとを分離させることなく接続していることが当然の前提となっていることは明らかである。

イ 阻害要因の存在

(ア) 引用発明1の針シールドアセンブリにおいては,生きヒンジがカラーと針シールドとを分離させることなく接続していることが当然の前提となっているため,仮に,生きヒンジを他の機械的ヒンジに変更するとしても,当業者は,カラーと針シールドが分離する可能性があるような機械的ヒンジを採用することを試みるはずはない。

なお,引用例1はカラーと針シールドが分離しないことを前提にしているから,引用例1の記載(【0012】)が,カラーと針シールドとが分離する可能性があるような機械的ヒンジの採用を試みることまで示唆しているということはできない。

引用例2に「フック部材とハンガーバーとの協働による構造」が記載されているわけではなく,外力によって機械的な蝶番部が外れてしまうと針が露出する可能性があることから,外れる可能性のあるような機械的な蝶番部を用いることまでが示唆されているとはいえない。

よって,相違点2が容易に想到できるとした本件審決の判断は,誤りである。

(イ) 周知例(甲3)では,「フック部材とハンガーバーとの協働による構造」は,外力によりフック部がヒンジ軸から離脱してしまう可能性があるとされていたものであり,カラーと針シールドが分離しないことが前提とされている引用発明1の生きヒンジに換え,「フック部材とハンガーバーとの協働による構造」を採用することを示唆していない。

引用発明1の針シールドアセンブリにおいて,当業者が,生きヒンジを他の機械的ヒンジに変更することを試みるとしても,カラーと針シールドが容易に分離してしまうような機械的ヒンジを採用することを試みるはずはないから,外力により,フック部がヒンジ軸から離脱してしまう可能性のあるヒンジの使用を考慮することはあり得ず,生きヒンジによる接続に換えて,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されることを採用することには,阻害要因が存在する。

ウ 被告の主張に対する反論

(ア) 本件審決も被告の主張も,まず,引用発明1において,ピンを用いた機械的ヒンジを用いることは,引用例2の適用により容易に想到できるとし,その上で,それによりなお埋まらない部分である,ピンを用いた機械的ヒンジの具体例については,安全シールドアセンブリとは技術分野を全く異にするヒンジ式蓋装置(甲3)における,フック部材とハンガーバーから容易に想到できるとするもので,二段階に容易想到性を判断するものである。また,ピンを用いた機械的ヒンジの例を,安全シールドアセンブリとは技術分野を全く異にするヒンジ式蓋装置の技術分野に求めるものであって,相違点2の容易想到性の判断構造として適切さを欠いたものである。かかる判断構造を用いなければならないことこそが,相違点2が容易に想到できないことを物語っている。したがって,フック部材とハンガーバーとの協働による接続を用いるはずであるとはいえず,相違点2が容易に想到できるとはいえない。

(イ) そもそも,安全シールドアセンブリにおいて,針シールドを設ける意味は,「血液を媒介とした病原菌に対する曝しを最小限に抑える」ようにするためである(本願明細書【0003】)。引用発明1も,同じ目的を有するものであり,生きヒンジは,開放されたり破壊されたりしないような構造のものとして形成されていると解される。そうであれば,安全シールドアセンブリの技術分野における当業者は,生きヒンジから別のヒンジへの変更を検討するに当たって,生きヒンジ以上に開放されたり破壊されたりしないものを検討の対象とするはずで,針シールドが外れるかもしれないものを検討の対象にするはずはない。周知例(甲3)の「開放された蓋に過大な力が加わった場合は,フック部が弾性変形してヒンジ軸から離脱し」の記載は,当業者に,フック部材とハンガーバーとからなるヒンジを検討対象とすることを躊躇させるに十分である。したがって,当業者が,フック部材とハンガーバーとからなるヒンジの採用を検討することは,引用発明1の課題解決の方向性からしてあり得ないことであり,生きヒンジに換え,フック部材とハンガーバーとの協働による接続構造を採用することには阻害要因が存在する。

(3) 相違点1についての判断の誤り

ア 引用発明1及び2の組合せについての動機付けの不存在

そもそも,引用例1及び2には,相違点1に係る構成について何ら記載も示唆もなく,「穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段」を複数個設けることについてさえ何ら記載も示唆もされていない。すなわち,引用発明1及び2においては,いったん針カニューレが横方向突出部分を通り過ぎると,針カニューレは針シールドの凹部内に保持され露出することはないとされているのであるから,さらに,別の固定手段を加える必然性を欠き,また,その動機付けもない。

すなわち,引用例1の針シールドアセンブリにおいては,針カニューレの露出を防ぐことができており,さらに,針カニューレの露出を防止すべき技術的課題が存在しないのであるから,「穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段」として,針シールドと針カニューレの協働による固定手段の外に,これとは異なる別の固定手段を追加する技術的必然性に欠ける。また,引用例2においても,針の露出を防ぐことができているのであるから,既に設けられているシールドと取付け部とによる固定手段に加えて,針とシールドとによる固定手段を新たに設けることは全く意図されていない。

以上のとおり,引用例1及び2においては,既に,針カニューレの露出を防ぐことができているのであり,それ以上にシールドの固定手段を設ける動機付けに欠けるから,そもそも,両者を組み合わせるという発想は生じ得ない。よって,動機付けがないから,相違点1についての本件審決の判断は誤っている。

なお,引用例2の係止端とディテント部は反復して着脱固定自在なシールドを実現するためのものであって,更にもう一つの安全手段を付加するものではない。

イ 組合せの困難性

引用例1及び2のいずれにも,同様な目的の機能の手段を複数併用したはずであるという程度の示唆等が存在しているとはいうことができず,たとえ,一般的な併用技術が広く知られているとしても,引用発明1及び2に基づいて当業者が本件補正発明に容易に想到できたことの論理付けはできない。

引用発明1の固定手段は,シールドの回動に針カニューレの曲がりを追随させて針カニューレの露出を防いでいるのに対し,引用発明2の固定手段は,シールドの逆回動自体を阻止することにより針カニューレの露出を防止しており,両者の固定手段はその機能を異にしているから,本件審決が認定する,同様な目的の機能の手段を複数併用することには当たらない。なお,引用発明1においては,針カニューレと針シールドの横方向突出部分との係合によって,針カニューレの再露出を防止しているのであり,針シールド自体が枢動できないように固定されているわけではないから,本件補正発明と相違する。

ウ 具体的構造等からみた組合せ阻害要因

まして,引用例1の記載(【0010】)からすると,針シールドが,針カニューレを覆う位置に枢動した状態において,シールドとカラーとの間にはハブの隆起した部分が位置することになるから,針シールドとカラーとを協働させるにふさわしい構造であるとはいえないこと,また,図4の記載からすると,針シールドが,針カニューレを覆った状態において,生きヒンジにより接続している部分を除いて,針シールドとカラーとは接触しない構造となっており,シールドとカラーとを協働させるにふさわしい構造であるとはいえないことからすると,引用例1において,針シールドとカラーを協働させることには,阻害要因が存在する。

また,引用例2の記載(【0049】【0062】)から,シールドは,針を着脱自在に覆うことが理解されるところ(図14~図20),仮に,針とシールドとの協働によりシールドを固定するための固定手段を設けるとすると,シールドを針から着脱自在にすることはできない(図24,図26)。よって,引用例2においては,針とシールドとの協働によりシールドを固定するための固定手段は,むしろ設けられないと解するのが自然であり,そのシールドを固定するためにシールドと針とを協働させることには,阻害要因が存在する。

エ 単純組合せの不成立

仮に,引用例1記載の固定手段に引用例2記載の固定手段を組み合わせたとしても,相違点1に係る第2の固定手段を少なくとも部分的にシールド上に配置し,カラーと協働させる構成には至らない。

すなわち,引用例2(【0056】)では,係止端が形成されている固定フックはシールドと蝶番部を接続するアーム部に配置されているのであるから,「針を保護する針アセンブリィにおいて,針を覆うシールドを固定する手段として,取付け部のディテント部に協働する係止端を,シールド上に部分的に配置すること」が記載されているとした本件審決は,誤りである。

オ 容易想到性

以上のとおり,引用例1及び2のいずれにも,相違点1に係る本件補正発明の構成は記載も示唆もされていない。よって,「カラーに協働する手段をシールド上に部分的に配置すること」が引用例2に記載されているとしても,引用発明1の「少なくとも部分的にシールド上に配置され,穿刺部分に協働するアーム」を,本件補正発明に係る構成に置換することは,当業者が容易に想到できるとはいえない。

(4) 本件補正発明の顕著な作用効果の看過

ア 本件補正発明は,「カラーとシールドとの接続について,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」ことにより,任意の位置で静止状態を保つことができる。

イ 本件補正発明は,カラーとシールドとが「フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」ことにより,容易に製造される。

ウ 本件補正発明の「フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」及び「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し」の発明特定事項により,シールドに対して針先端に向かう強い外力が作用するような場合でも,この外力の作用を第2の固定手段とカラーとの協働も分担することになり,外力によりフック部材とハンガーバーとの係合が外れたりフック部材が壊れたりすることを防止でき,また,仮に,係合が外れたりフック部材が壊れたりしてしまった場合でも,第2の固定手段とカラーとの協働が,針の露出を可及的に防止できる。

エ また,本件補正発明では,使用前に誤ってシールドを閉鎖位置に回動させたとしても,いったんフック部材とハンガーバーとの接続を解いてシールドを外し,再度組み付けることによって,使用前の状態に戻すことができる。

オ さらに,本件補正発明では,ニードルホルダと組み合わせて用いた安全シールドアセンブリの廃棄時において,ニードルホルダを取り外す際,フック部材とハンガーバーとの協働,第2の手段とカラーとの協働により,シールドとカラーとの一体性が確保されてシールドに対する捻り力に対抗できるため,穿刺部分が露出することがない。

なお,シールドが閉鎖位置にあるとき,第2の固定手段とカラーとが協働しており,シールドの基端においてシールドの側壁間にはカラーが位置することになって捻り力に対抗できることは明らかである。

カ 以上のとおり,本件補正発明は,引用発明1及び2によっては得られない作用効果を奏する。

〔被告の主張〕

(1) 一致点及び相違点1の認定の誤りについて

ア 一致点の認定

原告も認めるとおり,引用発明1の針カニューレ,針シールドは,文言の意味,用途,機能からみて,それぞれ本件補正発明の「穿刺部分」,「シールド」に相当するものであるから,引用例1の記載を言い換えると,「前記穿刺部分を覆うシールドを固定するアームと,を備え,前記アームは部分的にシールド上に配置され,アームは,穿刺部分に協働し」ということになる。

そうすると,本件補正発明の「第1及び第2の手段」と引用発明1の「アーム」とは,「穿刺部分を覆うシールドを固定する」点,「部分的にシールド上に配置され」る点及び「穿刺部分に協働し」とする点において一致する。よって,両者は「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段」であり,本件審決の一致点の認定に誤りはない。

イ 相違点1の認定

本件補正発明は,「第1の手段」及び「第2の手段」という2つの固定手段を有しているが,引用発明1は,「アーム」という1つの固定手段を有するのみであるから,本件審決は,引用発明1の「アーム」を,本件補正発明の「第1の手段」及び「第2の手段」のうちの一方であるという意味で便宜的に「第1の手段」と表現し,他方を「第2の手段」と表現したにすぎない。そして,本件審決において,引用発明1に「アーム」以外の固定手段を設けることの示唆があるとの認定も判断もしておらず,このことからも,「第1」,「第2」の固定手段を備え得るとの予断をもって相違点1を認定したわけではない。

ウ なお,本件審決は,相違点2として挙げられた「生きヒンジ」について進歩性の判断を行っていることから,一致点における「前記カラーと前記シールドは,生きヒンジによって接続される」との記載は,「前記カラーと前記シールドは,接続される」の誤記であることは明らかである。

(2) 相違点2についての判断の誤りについて

ア 容易想到性

引用例1(【0012】)には,カラーとシールドとの接続に生きヒンジに換えて機械的ヒンジを用いることが示唆されている。また,引用発明1及び2は,安全シ-ルドアセンブリという本件補正発明とも共通する同一の技術分野に属している。加えて,引用例2には,カラーとシールドとの接続として,ピンを用いる機械的ヒンジが記載されていることから,引用発明1及び2は,ヒンジ機能という共通する機能を有する。

そうすると,引用発明1に引用発明2を適用することにより,生きヒンジによる接続に換えて,ピンを用いる機械的ヒンジとすることは当業者が容易に想到し得ることである。

そして,一般的にピンを用いる機械的ヒンジの一形式として,フック部材とハンガーバーとの協働による構造は,周知の構造である(甲3)。

上記周知の構造と引用発明1及び2がヒンジ機能という共通する機能を有していること並びに引用例1の上記記載に照らせば,引用発明1に引用発明2を適用することは,当業者であれば,適宜なし得る程度の事項にすぎない。

イ 原告の主張について

引用例1に記載されている機械的ヒンジを採用する場合においても,一般の針シールドアセンブリと同様,当然,通常想定される外力によって,使用済みの針シールドアセンブリの針シールドが閉塞位置から開放されたり破壊されたりして,針カニューレが再露出しないように針シールドアセンブリが設計されていることは明らかである。引用例2に示されているピンを用いる機械的ヒンジについても同様である。

また,周知例(甲3)のヒンジ軸とフック部とからなる機械的ヒンジは,通常想定される外力の範囲内であれば,離脱することはない。そして,フック部材とハンガーバーとの協働による接続は,断面がC字状であるフック部材のC字状の開孔部の方向と外力の方向とが一致する場合に限って,フック部材とハンガーバーが離脱するものであり,一致しない場合は離脱するものではないから,引用発明1において,フック部材とハンガーバーとの協働による接続を採用しても,本願明細書の図2に記載にされているフック部材のようにC字状の開孔部をフック部材の後方環状スカート部の方向に形成すれば,カラーとは反対の方向の外力が加わっても,フック部材とハンガーバーが離脱することはない。したがって,周知のピンを用いる機械的ヒンジであるフック部材とハンガーバーとの協働による構造において,フック部材がハンガーバーから離脱する可能性はない。

(3) 相違点1についての判断の誤りについて

ア 引用例1及び2の組合せについての動機付けの不存在について

引用発明1の針シールドアセンブリは,使用済みの皮下注射器による針穿刺を防止するために,針シールドにより針カニューレが閉塞され露出しないように厳重に固定されていなければならないという課題を有している(【0002】【0018】)。

また,一般に,目的の達成をより確実にするために同様な目的の機能の手段を複数併用することは広く知られており,ことに,安全を目的とするものについては,厳重に二重,三重の対策を講じることは技術常識である。

そして,引用例2には,使用済みの針穿刺を防止するためにシールドにより針が閉塞され露出しないように厳重に固定されてなければならないという課題を有し,この課題を解決するために2つの固定手段を設けた針アセンブリも記載されている(【0015】【0061】【0062】【0064】)。

このように,引用発明1及び2は,使用済みの針穿刺を防止するために,シールドにより針刺部分が閉塞され露出しないように厳重に固定されてなければならないという共通の課題を有し,上記の技術常識が一般的に広く知られており,しかも引用例2には,当該課題と解決するために2つの固定手段を設けたものが示されていることに照らせば,引用発明1の穿刺部分を覆うシールドの固定をより確実にするために,引用発明1の固定手段について,引用例2に記載された技術事項を適用し,本件補正発明の構成に至ることは,当業者が容易になし得る程度の事項にすぎない。

イ 組合せの困難性について

引用発明1の針シールドに過剰な力がかけられると,針カニューレの曲がりを追随させて,針カニューレの露出を防いでいるものであって,適正な廃棄中に遭遇する通常の力が加わる場合は,引用発明1の固定手段は,通常引用例2に記載された固定手段と同様に,針シールドの逆回動自体を阻止することにより針カニューレの露出を防止しているものであり,その機能を異にしていることにはならない。

ウ 具体的構造等からみた組合せ阻害要因について

原告が主張しているような引用例1や2のシールド,カラー,第1の手段及び第2の手段の具体的な構造や関係について,本件補正発明には何ら特定されていないから,原告の主張は,本件補正発明に基づくものではない。

また,引用例1の針シールドとカラーとの間にハブの隆起した部分は,シールド側からみて,カラーの全ての部分を覆うように位置するとは記載されていないし,図12には,カラーが環状フランジが形成されたベース部材を含むハブの外面を覆うように係合されている構造が示されているから,針シールドとカラーとを協働させることは可能である。

また,引用例2には,シールドと取付け部とを協働させているものが示されており(図14~26),引用例1において,針シールドが,針カニューレを覆った状態において,生きヒンジにより接続している部分を除いて,針シールドとカラーとは接触しない構造となっていることが,針シールドとカラーとを協働させることの阻害要因になることはない。しかも,引用例2において,シールドは,針が露出可能な位置(着脱自在な中間位置)と針の露出が不可能な位置との2つの位置をとることができ,針の露出可能な位置においてシールドは針を覆っているが,針の露出不可能な位置においてはシールドは針の露出可能な位置よりも針をさらに深く覆っていることから(図24,26),針の露出不可能な位置までシールドがさらに深く覆った場合にのみ,針とシールドとの協働によりシールドを固定する固定手段が針と係合するように配置すれば,シールドを針から着脱自在にすることは技術的に可能である。よって,引用例2におけるシールドを固定するためにシールドと針とを協働させることに,阻害要因は存在しない。

エ 単純組合せの不成立について

引用例2(【0054】)には,アーム部がシールドを構成する部材であることが示され,図16,17の記載からアーム部とシールドとは一体に形成されて取付け部と接続され一体に回動するものであって,仮にアーム部をシールドを構成する一部とみなしても,アーム部の技術的意義やその機能に変更はないから,アーム部をシールドを構成する一部とみなすことができる。よって,引用例2に記載されたシールドを,アーム部を含めてシールドとした本件審決の認定に誤りはない。

なお,引用例2の図6,7の固定手段(突起),図29の固定手段(リブ要素)及び図32の固定手段(リブ)は,少なくとも部分的にシールド上に配置されているものである。

(4) 本件補正発明の顕著な作用効果の看過について

原告主張の作用効果は,本願明細書及び図面に何ら記載されておらず,後付けの作用効果であったり,本件補正発明に基づいた作用効果ではない。

また,上記の作用効果は,いずれも引用発明1及び2並びに周知技術から当業者が予測し得る範囲のものである。

よって,本件審決は,本件補正発明の作用効果を看過してはいない。

2  取消事由2(本願発明の進歩性判断の誤り)について

〔原告の主張〕

前記1のとおり,本件補正は却下されるべきものではないから,本件審決の本願発明の認定は誤っていることは,明らかである。

本願発明と引用発明1とには,相違点1が存在し,相違点1に係る構成が容易に想到できないことは前記1のとおりであるから,本件審決は,本願発明の進歩性の判断も誤っていることになる。

以上のとおり,本件審決は,本願発明の要旨を誤って認定して,本願発明が進歩性を欠くと判断したのであるから,進歩性判断が誤っていることは明らかである。

〔被告の主張〕

本件審決の補正却下決定の判断に誤りはなく,また,本願発明の進歩性の判断についても,同様に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(本件補正発明の進歩性判断の誤り)について

(1)  一致点及び相違点1の認定の誤りについて

ア 一致点について

本件補正発明においては,特許請求の範囲に,固定手段は「穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し」と記載されているから,第1手段は穿刺部分に,第2手段はカラーに,協働するものであることは明らかである。一方,引用例1の記載(【0019】)によれば,引用発明1の固定手段は,穿刺部分に協働するものである。

また,引用例1には,「針カニューレ係止手段は,針シールドの内側面から突出しているアームを含んでいる」と記載され(【0019】),図4においてアームは針シールドに設けられていることから,穿刺部分である針カニューレを固定する手段であるアームが,シールドである針シールドの内側面に設けられていることが認められる。本件補正発明の穿刺部分に協働する第1の固定手段であるアームは,シールドの側壁に配置されており(甲4【0037】),これをもって,固定手段は「シールド上に配置され」と表現しているところ,引用発明1においても,アームはシールドの内側面に設けられていることを,本件補正発明と同様に「シールド上に配置され」と表現することができる。

そして,本件補正発明も引用発明1も,ともに,穿刺部分を固定する手段を備えていることから,本件審決が,両者の一致点として「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段と,を備え,前記固定手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記固定手段は,穿刺部分に協働し」と認定した点に,誤りはない。

イ 相違点1について

原告は,引用発明1には,固定手段について「第1」,「第2」という概念が生じることはあり得ないと主張する。

しかし,本件審決は,第1手段,第2手段といった2つの固定手段を前提とするものではなく,原告の主張は,本件審決を正解しないものである。

また,本件補正発明では「第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して」と特定され,本件補正発明においては,第1の手段と第2の手段は独立して設けられている。したがって,本件補正発明の「第1及び第2の手段」が「独立」していることを,何らの技術的考察を加えずに「第1の手段」と「第2の手段」とに分断して把握しているとの原告の主張は,その前提において誤りである。

ウ なお,本件審決は,一致点について,「前記カラーと前記シールドは,生きヒンジによって接続される」と記載したが,この点は,相違点2として認定判断しているから,「前記カラーと前記シールドは,接続される」の誤記であることは明らかである。上記一致点の誤記は,結論に影響を与えるものではない。

(2)  相違点2についての判断の誤りについて

ア 本件補正発明と引用発明1とは,カラーとシールドとの接続について,本件補正発明では,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されるのに対し,引用発明1では,生きヒンジによって接続される点(相違点2)が相違している。

引用発明1のカラーとシールドとの接続は,生きヒンジによるものであるが,それとともに,引用例1には,好ましい実施形態として,「針シールドは,生きヒンジによってカラーにヒンジ結合されている。シールドをカラーにヒンジ結合するための構造を含んで針シールドがカラーに対して枢動できるようにすることは本発明の範囲に含まれる。これらの構造は,公知の機械的ヒンジ及び種々の連結機構との組合せを含んでいる」ことが記載され(【0012】),そこには機械的ヒンジによるカラーとシールドとの接続について明記されている。

また,機械的ヒンジの一形式として,フック部材とハンガーバーとの協働による構造は,周知の構造である(甲3)。

そうすると,引用発明1のカラーとシールドとの接続について,生きヒンジによる接続に換えて,機械的ヒンジの一形式として周知のフック部材とハンガーバーとの協働による構造を採用することは,機械的ヒンジにおいて周知の機械的ヒンジの中から具体的にどのような構造を選択するかという点に何らの困難性も認められないから,当業者が適宜になし得る事項というべきである。

イ 原告は,引用例1(【0012】)の記載は,生きヒンジ以外の機械的ヒンジの使用を示唆しているものであるが,カラーと針シールドとが分離する可能性のあるような機械的ヒンジの採用を試みることまで示唆しているということはできないし,針シールドアセンブリにおいて,外力によりフック部がヒンジ軸から離脱してしまう可能性のあるヒンジの使用を考慮することはあり得ないと主張する。

しかしながら,一般的にピンを用いる機械的ヒンジの一形式として,フック部材とハンガーバーとの協働による構造は,周知の構造であって(甲3),当該周知の構造,引用発明1及び本件補正発明は,いずれも,ヒンジ機能という共通する機能を有している。

また,引用例1の「これらの構造は,公知の機械的ヒンジ及び種々の連結機構との組合せを含んでいる」(【0012】)との記載に照らせば,引用発明1は,機械的ヒンジによるカラーとシールドの接続を予定しており,生きヒンジによる接続に換えて,ピンを用いる機械的ヒンジとする際に,上記周知の機械的ヒンジとして,フック部材とハンガーバーとの協働による接続構造とすることは,当業者であれば,当然に想起するものであって,当業者が適宜なし得る程度の事項にすぎない。

そして,使用済みの皮下注射器による針穿刺を防止するために,針シールドにより針カニューレが閉塞され露出しないように固定されなければならず,通常想定される外力によって,使用済みの針シールドアセンブリの針シールドが閉塞位置から開放されたり破壊されたりして,針カニューレが再露出しないように針シールドアセンブリが設計されることは,技術的にみて当然である。本件補正発明においては,フック部材とハンガーバーを用いたヒンジを採用しているところ,その際,所望の強度が発揮されるよう,引用発明1の生きヒンジの設計と同様に,通常想定される外力によって,使用済みの針シールドアセンブリの針シールドが閉塞位置から開放されたり破壊されたりして,針カニューレが再露出しないように針シールドアセンブリが設計されることも,当然に必要な事項であって,そこに阻害要因があるとは認められない。

なお,フック部材とハンガーバーの部材や厚み,生きヒンジの部材や厚みによって,それらで構成するヒンジの強度は当然に変わることから,フック部材とハンガーバーとからなるヒンジが,引用発明1の生きヒンジに比較して,必然的に針シールドが外れやすいということはできないから,原告の上記主張は,前提においても誤っている。

ウ 原告は,周知例(甲3)の「フック部材とハンガーバーとの協働による構造」は,外力により,フック部がヒンジ軸から離脱してしまう可能性があるとされていたものと認められると主張する。

しかしながら,甲3には,「通常の蓋開閉時にはヒンジ軸からフック部が離脱することはない」(【0002】),「一方,開放された蓋に過大な力が加わった場合は,フック部が弾性変形してヒンジ軸から離脱し,蓋が筐体から分離される」(【0003】)と記載されている。このように,通常の使用時には,ヒンジ軸(本件補正発明の「ハンガーバー」に相当する。)からフック部(本件補正発明の「フック部材」に相当する。)が離脱することはなく,開放された蓋に過大な力が加わった場合にのみ,ヒンジ軸からフック部が離脱するものである。また,一般にどのようなヒンジ構造であっても,通常想定される外力を越える外力が加われば,閉塞位置から開放されたり破壊されたりするのは当然である。原告の上記主張は,甲3のヒンジ構造において蓋が開放された場合の従来の技術を前提としたものであって,同列に扱うことはできない。

エ 原告は,本件審決が相違点2について二段階に容易想到性を判断していると主張する。

本件審決は,引用発明1のカラーとシールドとの生きヒンジによる接続に換えて,引用発明2を適用することにより機械的ヒンジとすることは,当業者が容易になし得る程度の事項にすぎないとし,その際に機械的ヒンジとして,フック部材とハンガーバーとの協働による周知の機械的ヒンジ(甲3)とすることは,当業者が適宜なし得る程度の事項にすぎないと判断したものであるが,引用例1には,そもそも機械的ヒンジによるカラーとシールドとの接続についても明記されており,機械的ヒンジの一形式としてフック部材とハンガーバーとの協働による構造は周知であるから(甲3),引用例1に明記されている機械的ヒンジとして甲3の構造に係るヒンジを用いることは容易になし得ることである。よって,本件審決の上記判断に措辞不適切な部分があるとしても,結論として上記アと同旨を述べるものと解され,これを取り消すべき違法があるとはいえない。

また,原告は,本件審決は,ピンを用いた機械的ヒンジの例を,安全シールドアセンブリとは技術分野を全く異にする,ヒンジ式蓋装置の技術分野(甲3)に求めるものであって,相違点2の容易想到性の判断構造として適切さを欠いたものである旨を主張する。

しかしながら,機械的ヒンジにおいて技術分野を問わず周知の機械的ヒンジの中から,具体的にどのようなヒンジ構造を選択するかという点には,何らの困難性も認められない。よって,引用発明1のカラーとシールドとの接続について,生きヒンジによる接続に換えて,機械的ヒンジの一形式として周知のフック部材とハンガーバーとの協働による構造を採用することは,当業者が適宜になし得る事項というべきであり,原告の上記主張は理由がない。

(3)  相違点1についての判断の誤りについて

ア 本件補正発明と引用発明1とは,穿刺部分を覆うシールドを固定する固定手段について,本件補正発明は第1及び第2の手段からなり,これら第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働するものであるのに対し,引用発明1の固定手段は穿刺部分に協働する第1の手段としてのアームのみであって,穿刺部分と独立してカラーに協働する第2の手段を有していない点(相違点1)が相違している。

しかしながら,引用例2には,針を覆うシールドを固定する手段として,取付け部のディテント部に協働する係止端をシールド上に部分的に配置することが記載されている。

また,一般に,目的の達成をより確実にするために,同様な目的のための手段を複数併用し,多重に設けることは広く知られており,固定手段を設ける場合にも,固定をより確実にするために,固定手段を多重に設けることも同様である。

したがって,固定手段について,引用発明1の既存の固定手段に加えて,穿刺部分を覆うシールドの固定をより確実にするために,更に,取付け部のディテント部に協働する係止端を,シールド上に部分的に配置するという引用発明2に記載された固定手段を適用することで,穿刺部分とカラーとに独立して協働するように二重の固定手段を構成することは,当業者が容易になし得る程度の事項にすぎない。

イ 原告は,引用発明1及び2の組合せについて,両者とも,既に針カニューレの露出を防ぐことができており,それ以上にシールドの固定手段を設ける動機付けに欠けると主張する。

引用発明1及び2において,既に針カニューレの露出を防ぐことができているとしても,上記のとおり,「固定」という同様の共通する目的の機能の手段を二重に併用することは,広く知られていることである。よって,動機付けに欠けるとの原告の上記主張は採用することができない。

また,原告は,引用例2の係止端とディテント部は反復して着脱固定自在なシールドを実現するためのものであって,更にもう一つの安全手段を付加するものではないとも主張する。

しかし,仮に引用発明2の固定装置が着脱を前提にするものであるとしても,固定した場合には,固定手段として機能するものであるから,二重の固定手段の一つをなすものであり,原告の主張は失当である。

ウ 原告は,引用発明1の固定手段は,シールドの回動に針カニューレの曲がりを追随させて針カニューレの露出を防いでいるのに対し,引用発明2の固定手段は,シールドの逆回動自体を阻止することにより針カニューレの露出を防止しており,両者の固定手段はその機能を異にしているから,本件審決が認定する,同様な目的の機能の手段を複数併用することには当たらないと主張する。

しかし,引用発明1の固定手段は,シールドの回動に,針カニューレの曲がりを追随させて,針カニューレの露出を防いでおり(【0018】),引用発明2の固定手段は,シールドの逆回動自体を阻止することにより針カニューレの露出を防止している(【0056】)。引用発明1のようにシールドの曲がりに針カニューレを追従するようにする手段と,引用発明2のようにシールドが外れる方向の回動自体を防止する手段を併用することは,固定をより確実にするための手段としては,同様な目的の機能の手段を複数併用するものということができる。そして,両者の固定手段の目的は,いずれも針カニューレの露出を確実に防止するという同様のものであることから,両者を併用することについて困難であるとはいえない。

なお,原告は,この点について,引用発明1においては,針カニューレと針シールドの横方向突出部分との係合によって,針カニューレの再露出を防止しているのであり,針シールド自体が枢動できないように固定されているわけではないから,本件補正発明と相違するとも主張する。

しかし,上記主張は,本件補正発明の請求項に基づかない主張であって,両発明はともに針カニューレの露出を防止するものである。

エ 原告は,引用発明1の具体的構造からみても,針シールドとカラーとを協働させるにふさわしい構造であるとはいえないし,引用発明2に針とシールドとの協働によってシールドを固定する手段を設けるとすると,シールドを針から着脱自在にすることはできなくなるから,上記のような固定手段を設けるのに阻害要因が存在するなどと主張する。

しかしながら,本件補正発明においては,「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し,前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」とのみ特定されているのであって,引用例1や引用例2のシールド,カラー,第1の手段及び第2の手段の具体的な構造や関係について,本件補正発明には何ら特定されていない。そうすると,原告が主張する具体的構造からみた組合せ阻害要因は,そもそも,本件補正発明に基づくものではない。

また,引用例1には,針シールドとカラーとの間にハブの隆起した部分が位置することが記載されているが(【0010】),当該ハブの隆起した部分が,シールド側からみて,カラーの全ての部分を覆うように位置するとは記載されていない。また,図12には,カラーが,環状フランジが形成されたベース部材を含むハブの外面を覆うように係合されている構造が示されている。そうすると,針シールドとカラーとを協働させることに阻害要因はない。なお,針シールドがカラーを覆うものでないとしても,適宜固定手段を針シールドとカラーに設けることで,針シールドとカラーとを協働させることに困難性があるとは認められない。

また,引用例2では,シールドが,針を覆った状態において,ヒンジにより接続している部分を除いて,シールドと取付け部とは,引用発明1と同様に,接触しない構造となっているが,シールドと取付け部とを協働させているものが示されている(図14~26)。さらに,引用例2において,シールドは,針が露出可能な位置(着脱自在な中間位置)と針の露出が不可能な位置との2つの位置をとることができる。図24,図26を参照すると,針の露出可能な位置においてシールドは針を覆っているが,針の露出不可能な位置においてはシールドは針の露出可能な位置よりも針をさらに深く覆っていることから,針の露出不可能な位置までシールドがさらに深く覆った場合にのみ,針とシールドとの協働によりシールドを固定する固定手段が針と係合するように配置すれば,シールドを針から着脱自在にすることができる。そうすると,引用発明2におけるシールドを固定するために,シールドと針とを協働させることに,阻害要因は存在しない。

オ 原告は,引用例2では,係止端が形成されている固定フックはシールドと蝶番部を接続するアーム部に配置されているのであるから,「針を保護する針アセンブリィにおいて,針を覆うシールドを固定する手段として,取付け部のディテント部に協働する係止端を,シールド上に部分的に配置すること」が記載されているとした本件審決は,誤りであり,引用例1記載の固定手段に引用例2記載の固定手段を単純に組み合わせても,本件補正発明には至らないと主張する。

しかし,引用例2には,「固定ピンは,シールドのアーム部に与えられ」(【0054】)と記載され,アーム部がシールドを構成する部材であることが示されている。また,図16,17の記載からアーム部とシールドとは一体に形成されて取付け部と接続され一体に回動するものであって,仮にアーム部をシールドを構成する一部とみなしても,アーム部の技術的意義やその機能に変更はないから,アーム部をシールドを構成する一部とみなすことができる。よって,本件審決が,引用例2に記載されたシールドを,アーム部を含めてシールドとしたことに誤りはない。

(4)  本件補正発明の顕著な作用効果の看過について

ア 原告は,当業者が予測し得ない格別の効果として,本件補正発明は,「カラーとシールドとの接続について,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」ことにより,任意の位置で静止状態を保つことができると主張する。

しかし,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される点により,任意の位置で静止状態を保つためには,フック部材とハンガーバーとの間に,静止状態を保つために十分な摩擦が必要であるが,本件補正発明において,フック部材とハンガーバーとは,「前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」とのみ特定されているのであって,上記のようなフック部材とハンガーバーとの間に,静止状態を保つための手段は何ら特定されていないから,上記の作用効果は,本件補正発明に基づいた作用効果とはいえない。

イ 原告は,当業者が予測し得ない格別の効果として,本件補正発明は,カラーとシールドとが,「フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」ことにより,容易に製造されると主張する。

しかし,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続されるヒンジ構造は,周知の構造であり,当該周知のヒンジ構造を採用した物品のヒンジ構造の組立てが容易であることも技術常識から明らかである。そうすると,引用発明1の接続を周知の機械的ヒンジの構造とすれば,本件補正発明と同様の「カラーとシールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」ことになるから,上記の作用効果は,上記の発明から当業者が予測し得る範囲のものといえる。

ウ 原告は,当業者が予測し得ない格別の効果として,本件補正発明の「フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」こと及び「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し」の発明特定事項により,シールドに対して針先端に向かう強い外力が作用するような場合でも,この外力の作用を第2の固定手段とカラーとの協働も分担することになり,外力によりフック部材とハンガーバーとの係合が外れたり,フック部材が壊れたりすることを防止でき,また,仮に,係合が外れたり,フック部材が壊れたりしてしまった場合でも,第2の固定手段とカラーとの協働が,針の露出を可及的に防止できると主張する。

しかし,原告の主張する上記作用効果は,本願明細書及び図面に何ら記載されていない。

また,原告の主張が,第1の固定手段と第2の固定手段によって,単一の固定手段に比較して,より強固に外力によりフック部材とハンガーバーとの係合が外れたり,フック部材が壊れたりすることを防止することができるものであるとの主張であるとしても,その作用効果は,引用発明1及び2並びに周知技術から,当業者が予測し得る範囲のものといえる。

エ 原告は,当業者が予測し得ない格別の効果として,使用前に,誤って,シールドを閉鎖位置に回動させたとしても,いったんフック部材とハンガーバーとの接続を解いてシールドを外し,再度組み付けることによって,使用前の状態に戻すことができると主張する。

しかし,上記の作用効果は,本願明細書及び図面に何ら記載されていない。

また,上記の作用効果を奏するためには,シールドが閉鎖位置に回動させた状態で,つまり,第1の手段と第2の手段が穿刺部分とカラーとに独立して協働した状態で,フック部材とハンガーバーとの協働による接続を解くことができなければならないが,本件補正発明において,フック部材とハンガーバー,第1の手段,及び第2の手段は,「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し,前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」とのみ特定されているだけであって,第1の手段と第2の手段が穿刺部分とカラーとに独立して協働した状態で,フック部材とハンガーバーとの協働による接続を解くことができることについては何ら特定されていない。よって,上記の作用効果は,本件補正発明に基づいた作用効果とはいえない。

オ 原告は,当業者が予測し得ない格別の効果として,ニードルホルダと組み合わせて用いた安全シールドアセンブリの廃棄時において,ニードルホルダを取り外す際,フック部材とハンガーバーとの協働,第2の手段とカラーとの協働により,シールドとカラーとの一体性が確保されてシールドに対する捻り力に対抗できるため,穿刺部分が露出することがないと主張する。

しかしながら,上記の作用効果も,本願明細書及び図面に何ら記載されていない。

また,本件補正発明において,フック部材とハンガーバー及び第2の固定手段とカラーは,「前記穿刺部分を覆うシールドを固定する第1及び第2の手段と,を備え,前記各手段は少なくとも部分的にシールド上に配置され,前記第1の手段と第2の手段は,穿刺部分とカラーとに独立して協働し,前記カラーと前記シールドは,フック部材とハンガーバーとの協働によって接続される」と特定されているのみである。すなわち,フック部材のC字状の開孔部の方向や第2の固定手段とカラーとが協働(接続)される構造や位置等について何ら特定されておらず,ニードルホルダと組み合わせて用いた安全シールドアセンブリの廃棄時におけるニードルホルダを取り外す際のシールドに対する捻り力に対抗するための手段は,何ら特定されていないから,上記の作用効果は,本件補正発明に基づいた作用効果とはいえない。

なお,この点について,原告は,シールドが閉鎖位置にあるとき,第2の固定手段とカラーとが協働しており,シールドの基端においてシールドの側壁間にはカラーが位置することになって捻り力に対抗できることは明らかであると主張する。しかし,引用例2においても,シールドを固定する固定手段としてカラーに協働する手段をシールドに設けていることから,同様の効果を奏しているものである。

(5)  小括

以上のとおり,本件補正発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りはない。よって,取消事由1は,理由がない。

2  取消理由2(本願発明の進歩性判断の誤り)について

(1)  前記1のように,本件補正発明について進歩性がないことを理由に,独立特許要件を欠くとして本件補正を却下した判断に,誤りはない。よって,本願発明の認定及び進歩性の判断にも誤りはない。

(2)  小括

以上によれば,取消事由2は,理由がない。

3  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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