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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10329号 判決 2011年10月04日

原告

株式会社コムラテック

訴訟代理人弁理士

西藤征彦

井﨑愛佳

被告

特許庁長官

指定代理人

星野浩一

長島和子

新海岳

田村正明

主文

特許庁が不服2009-5549号事件について平成22年8月31日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

主文同旨

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,審判の手続違背及び手続補正後の本願発明の進歩性の有無(補正却下決定の適否)である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,発明の名称を「樹脂凸版」とする発明について,平成18年11月30日に特許出願をした(特願2006-324032号,平成20年6月19日出願公開,特開2008-137209号)が,平成21年1月29日付けで拒絶査定を受けたので,同年3月12日,これに対する不服の審判を請求するとともに,同年4月13日付けで本件補正を行った。

特許庁は,上記審判請求を不服2009-5549号事件として審理をし,平成22年4月2日付けで審尋がなされ,原告が同年6月10日付けで回答書を提出したが,同年8月31日,本件補正を却下するとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月21日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

本件補正により補正される前後の特許請求の範囲の請求項3に係る本願発明は,以下のとおりである。

(1)  補正前の【請求項3】「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と,この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと,このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版であって,上記合成樹脂板にバーコードが,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されていることを特徴とする樹脂凸版。」(以下「補正前発明」という。)

(2)  補正後の【請求項3】「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と,この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと,このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版であって,上記合成樹脂板の裏面にバーコードが,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されていることを特徴とする樹脂凸版。」(補正部分に下線を付した。以下「補正発明」という。)

3  審決の理由の要点

(1)  補正発明は,平成18年法律第55号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)17条の2第4項2号の特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当するが,引用例(特開平10-230581号公報,甲1)に記載された引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,出願の際独立して特許を受けることができない。したがって,本件補正は,改正前特許法17条の2第5項で準用する同法126条5項の規定に適合しないものであり,同法159条1項で読み替えて準用する同法53条1項の規定により,却下すべきである。

そして,補正前発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)  引用発明の内容,補正発明と引用発明との一致点及び相違点並びに相違点についての判断は,次のとおりである。

【引用発明】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された樹脂凸版本体,ベースフィルム層,感圧型接着剤層,透明な合成樹脂板の順に積層されてなり,版胴に設けられた位置合わせマークの見える,低カッピング性樹脂凸版。」

【補正発明と引用発明との一致点】

「印刷部の表面に多数の凸部が形成された透明な凸版本体と,この凸版本体の裏面に接合され裏打ちされた透明なベースフィルムと,このベースフィルムの裏面に透明な接着剤層を介して積層された透明な合成樹脂板とを備えた樹脂凸版。」

【補正発明と引用発明との相違点】

透明な合成樹脂板に関し,補正発明が「合成樹脂板の裏面にバーコードが,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されている」と特定されるのに対して,引用発明では上記特定を有していない点。

【相違点についての判断】

刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理することは,本願の出願前に周知である(例えば,特開2005-31117号公報(甲2-1),特開平10-128955号公報(甲2-2),特開平4-166948号公報(甲2-3)を参照。以下「周知技術1」という。)。また,透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることは,本願の出願前に周知である(例えば,特開2002-150478号公報(甲3-1),特開2002-40960号公報(甲3-2),特開2000-123106号公報(甲3-3),特開平10-264934号公報(甲3-4),特開平4-77715号公報(甲3-5),実願平4-44150号(実開平6-21000号)のCD-ROM(甲3-6)を参照。以下「周知技術2」という。)。

そうすると,引用発明の「樹脂凸版」を管理するため,樹脂凸版の一方の面(合成樹脂板側の表面)にバーコードを設けるとともに,他方の面(樹脂凸版本体側の表面)からバーコードを読み取るようにすることは,当業者が容易に着想し得たことである。

さらに,合成樹脂板側の表面にバーコードを設ける際に,凸版本体の印刷部と重ならない位置を選択することは,適宜なし得る設計事項である。

以上のことから,引用発明において,上記相違点に係る補正発明の構成を採用することは,当業者が,周知技術1及び周知技術2に基づいて,容易になし得たことである。

第3原告主張の審決取消事由

(原告主張の取消事由の項目立てを,その内容に即して以下のとおり整理する。)

1  取消事由1(審判の手続違背)

審決は,引用例及び審決で新たに採用した周知技術1(甲2-2を審決で新たに引用)及び周知技術2(甲3-1~甲3-6を審決で新たに引用)に基づいて補正発明の進歩性を否定した。しかし,周知技術1を裏付けるための公知技術である甲2-1及び甲2-3は,拒絶理由通知において引用文献4及び引用文献5として引用されており,公知技術としての位置付けが審決と相違する。また,甲2-2及び甲3-1~甲3-6は,審決において新たに周知技術を裏付ける公知文献として採用されたものである。

確かに,審判手続において拒絶理由通知に示されていない周知技術を加えて進歩性がないとする審決をしたとしても,原則的には新たな拒絶理由には当たらない。

しかし,相違点に係る補正発明の構成は,技術的・機能的に密接に絡み合った構成であり,補正発明の重要な特徴的構成でもあることから,本来2つに分けることができない構成である。審決では,この分けることができない特徴的構成を2つの構成に分け,それぞれの構成を2つの周知技術(周知技術1及び周知技術2)により,上記相違点を補うよう論理を構築するという強引な手法が取られている。しかも,相違点に係る構成を,審査手続では実質的に示されていない周知技術に基づいて認定し,当該周知技術は,補正発明の技術分野において普遍的な原理や当業者にとって極めて常識的・基礎的な事項のように周知性の高いものであるとも認められない。

このような場合には,拒絶査定不服審判において拒絶査定の理由と異なる理由を発見した場合に当たるということができ,拒絶理由通知制度が要請する手続的適正の保障の観点からも,新たな拒絶理由通知を発し,出願人たる原告に意見を述べる機会及び補正の機会を与えることが必要であったというべきである(特許法159条2項,同法50条)。そして,審決は,相違点の判断の基礎として上記周知技術を用いているのであるから,この手続の瑕疵が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2  取消事由2(引用発明の認定の誤り)

審決は,引用例の段落〔0012〕に「金属板や合成樹脂板が不透明なものである場合には,所定の位置に透孔を設けておくのが好ましい」等の記載があることを根拠に,引用例に「透明な」合成樹脂板が開示されているかのように認定した(4頁「(オ)」等)。

しかし,引用例には,引用発明の樹脂凸版本体,ベースフィルム層,金属板又は合成樹脂板のいずれにも,透明性を有する記載及び透明性を必要とする記載はない。むしろ,「金属板や合成樹脂板」が不透明である場合を想定して,位置合わせの際トンボが見えるように,透孔を設けるようにしておくことが好ましいとの記載(段落〔0012〕)があるのみである。「金属板」は不透明であることが通常なのであり,引用例は「金属板や合成樹脂板」が不透明であることを前提として記載されているといえる。また,引用発明の課題は,凸部の周辺の厚さが凸部の中央部に比して厚くなるというカッピング現象の発生を低減することにあり(段落〔0005〕~〔0006〕),合成樹脂板等が透明であるか否かはその課題とも全く関係しない。

したがって,当業者の通常の理解としては,引用例には「合成樹脂板を採用した低カッピング性樹脂凸版」が開示されているにすぎず,「透明な」合成樹脂板を採用した低カッピング性樹脂凸版は開示されていないというべきである。

そして,上記のように,引用例に「透明な合成樹脂板」の発明が記載されているとした認定は誤りであることから,補正発明と引用発明との一致点につき,「透明な」と記載した認定も誤りである。

3  取消事由3(相違点についての認定の誤り)

相違点に係る補正発明の構成は,合成樹脂板の裏面にバーコードが設けられた後に,刷版が印刷ロールに取り付けられ,凸版本体の印刷部とは別の箇所の表面(透明刷版の表面)側から透明刷版裏面に設けられたバーコードを透して読み取るという,技術的に密接に絡み合った構成である。これらは,補正発明の特徴的構成でもあることから,本来分けることができない構成である。

審決では,この分けることができない構成を,「刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理すること」及び「透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」という2つの構成に分け,それぞれの構成をそれぞれの周知技術により上記相違点を補うよう論理を構築しているが,この相違点の認定は,極めて恣意的で不適切な技術理解に基づくものであって,不合理であることが明らかである。

4  取消事由4(周知技術1についての認定の誤り)

(1)  審決が,補正発明の技術分野において,刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理することが本件出願前に周知である(周知技術1)とした点は,以下に述べるように誤りである。

(2)  審決が,周知技術1を認定するに際し,裏付けとして列挙した文献のうち,まず甲2-2は,刷版の誤装着等を防ぐ「装着方法」に関する発明であって,作業者が刷版裏面のインキで印刷された表示を見て刷版を版胴に装着することにより誤装着をなくすというものである。したがって,甲2-2の発明は,刷版と版胴との組合せ(装着)を管理するためのものであって,刷版を版胴に装着した後は,何も用をなさず刷版を管理するものではない。

これに対し,補正発明は,刷版を版胴(印刷ロール)に装着し,印刷に使用した後に刷版の使用頻度等を管理することが前提にある。すなわち,補正発明は,凸版本体を版胴に装着し,かつ,それを印刷に使用しながら使用管理するからこそ,表から裏面を読み取ることができるよう,凸版本体等が透明であり,また,凸版本体の印刷部とは別の箇所の表面側からバーコードを読み取るという構成をとっている。このことからすると,周知技術1は,刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて,「版胴に装着し印刷に使用した」刷版を管理するものでなければならない。

したがって,版胴に装着した後に何ら刷版を管理することはない甲2-2の発明は,周知技術1の裏付け文献として不適切である。

(3)  また,甲2-1及び甲2-3についても,ともに平面性が要求される平版印刷方式であり,凸版印刷方式で用いられる樹脂凸版とは技術分野が異なる。

すなわち,「(印刷用)平版」と「(印刷用)凸版」との違いについて,平版とは,「印刷版の一。版面はほとんど平らで,画線部は親油性,非画線部は親水性になっている。版面を水で湿してからインクを与え,画線部だけにインクを付着させ,印刷する。オフセット方式の印刷機を用いるのが普通。」(広辞苑第4版,甲15)と説明され,凸版とは,「印刷版式の一。版面の凸起した文字・線画・網点にインクをつけて印刷する印刷版の総称。」(同)と説明されており,平版は平面性が必要であるのに対し,凸版は凸部が必要であることから構造が異なり,また,平版は親水性・親油性という化学的性質を利用して印刷するのに対し,凸版は凸部にインクを付けて印刷することから印刷方法も異なっている。

このように全く異なる印刷方法をとる印刷用平版の公知文献2件をもって,補正発明の樹脂凸版の技術分野における周知技術と認定することは,「周知技術」の意義からして,明らかに不適切である。

5  取消事由5(周知技術2についての認定の誤り)

(1)  審決は,補正発明の技術分野において,透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが本件出願前に周知である(周知技術2)と認定したが,当該認定をするに際して列挙した文献である甲3-1~甲3-6は,いずれも補正発明の樹脂凸版の技術分野とは全く異なる発明である。

(2)  補正発明は,凸版印刷方式の印刷用凸版の技術分野における発明であるところ,補正発明の樹脂凸版は透明であるが,そもそも樹脂凸版は印刷ロールに取り付けて印刷に供する印刷版にすぎないため,本来,透明性の概念は不要である。また,樹脂凸版の凸部にインク等を載せ印刷に用いるため,通常であれば,凸版表面にはインクがついており,樹脂凸版表面から裏面にあるバーコードを読み取ることは想定しないものである。さらに,樹脂凸版は印刷ロール等のドラム曲面部分に取り付けて印刷に供するものであるため,樹脂凸版自体の柔軟性が要求される。

これに対し,甲3-1の発明は,車両情報を認識するシステムであって,バーコードを貼る透明板は,車両のフロントガラスである。フロントガラスは硬質なものであり,もともと透明であるため透明性について何の疑問も生じないものである。

甲3-2の発明は,薄膜トランジスタを形成したTFTアレイ基板などの薄膜装置等であって,バーコードを貼る透明板は,薄膜トランジスタ用の石英ガラスと絶縁膜と半導体膜の積層体である。この積層体も,甲第3-1と同様,硬質なものであり,もともと透明であるため透明性については何の疑問も生じない。

甲3-3の発明は,コード読み取り装置であって,バーコードを貼る透明板は,レクチル,ウエハ等の透明板状物に代表される基板である。この基板も,上記発明と同様,硬質なものであり,もともと透明であるため透明性については何の疑問も生じない。

甲第3-4の発明は,ディスク等の物品貸出装置等に関するものであり,貸出物品にバーコードを付設し,透明な収納ケースに入れ,そのケースから取り出すことなく,ケースの外側からバーコードを読み取るという技術に関するものである。また,バーコードの貼付先が硬質であるという点も上記と同様である。

甲3-5の発明は,ガラス基板上に認識マーク(バーコード含む。)が設けられた液晶表示素子に関するものである。この液晶表示素子も,もともと透明性が必要とされ,また基材が硬質なものである。

甲3-6の発明は,容器本体のバルブの肩部に所望の情報を記録した表示片を取り付けるためのガス容器用表示装置に関するものである。この技術は,ガス容器の特殊性に対応した表示装置であって,バーコードを含む表示装置自体は,ガス容器にワンタッチで取り付けられるドーナツ状である。

以上のとおり,甲3-1~甲3-6は,補正発明の技術分野とは明らかに異なる技術である。

6  取消事由6(引用発明と周知技術との組合せの非容易性)

仮に,審決のいう周知技術1及び周知技術2が「周知技術」であるとしても,審決は,引用発明とそれら周知技術との組合せの容易性について何ら検討を行うことなく,漫然と引用発明と周知技術1及び周知技術2との組合せが「当業者が容易に着想し得たことである」と述べており(6頁「(4)エ」),この点に審理不尽の違法がある。しかも,引用発明と周知技術1及び周知技術2との組合せは極めて困難であるから,これを容易とした審決の判断は誤りである。

すなわち,引用発明は,低カッピング性樹脂凸版であるのに対し,周知技術1として挙げられる甲2-1は水なし平版印刷版であり,甲2-2は刷版の誤装着等を防ぐ装着方法であり,甲2-3は感光性平版印刷版の処理方法である。したがって,引用発明と周知技術1とは,いずれも技術分野の関連性は乏しく,課題の共通性もなく,作用・機能の共通性もないことが明らかである。

また,周知技術2として挙げられる甲3-1~甲3-6は,前記5記載のとおりの技術に関するものであり,引用発明と周知技術2とは,いずれも技術分野の関連性は乏しく,課題の共通性もなく,作用・機能の共通性もないことが明らかである。

さらに,引用発明に周知技術2を適用することについては,透明板の材質面又は構造面の点から,適用を阻害する要因がある。すなわち,甲3-1~甲3-5の透明板はいずれも硬質なものであることから,引用発明の樹脂凸版のように,樹脂凸版を曲げて印刷ロールの曲面に取り付けることは材質的に不可能である。甲3-6の透明板は,柔軟性樹脂からなるが,その特殊形状から構造的に印刷用凸版と関係付けることは不可能である。

第4被告の反論

1  取消事由1に対し

(1)  審決で引用した甲2-2は,バーコードを設ける位置が「合成樹脂板の裏面に」限定されたことに伴い,先の拒絶理由通知において,刷版にバーコード等の識別情報を付設することが周知技術であることを示すために提示された引用文献の中から,刷版の裏面にバーコードを設けることが明記された甲2-1及び甲2-3とともに,バーコードを設ける位置を刷版の裏面とすることも周知であることを示すために追加して提示したにすぎず,原告の「公知技術としての位置づけが審決と相違する」との主張は失当である。

(2)  また,甲2-1~甲2-3及び甲3-1~甲3-6は,本件補正によりバーコードを設ける位置が「合成樹脂板の裏面に」限定されたことに伴い,独立特許要件を判断することが必要になったために提示したものである。

そして,原告の指摘する特許法50条のただし書には,「第53条第1項の規定により却下の決定をするときは,この限りでない。」と規定され,独立特許要件の判断に際して,出願人に意見を述べる機会や補正の機会を与えなければならない旨は規定されていない。

しかも,周知技術1及び周知技術2は,当業者にとってよく知られている技術であり,当業者が出願当時,当然認識している事項であるから,この点からも,周知技術1及び周知技術2につき,改めて反論する機会を与える必要はない。

2  取消事由2に対し

引用例の段落【0012】の「金属板や合成樹脂板が不透明なものである場合には,・・・版胴のトンボに対応する金属板や合成樹脂板の所定の位置に透孔を設けて,トンボが見えるようにしておくのが好ましいのである。」とは,合成樹脂板としてポリエステルフィルム等の透明フィルムを採用した樹脂凸版では,樹脂凸版の表面から刷版を通して位置合わせマークを見ながら取付け作業が行えることを前提として,金属板や合成樹脂板として不透明なものを採用した場合には,位置合わせマークを見ながらの刷版の取付け作業が行えなくなることから,位置合わせマークが見えるように,不透明な金属板や合成樹脂板に透孔を設けて位置合わせマークが見えるようにすることが好ましいという趣旨であることは,引用例の文脈からして明らかである。

また,引用例の段落【0009】及び【0020】の記載からみても,「樹脂凸版本体」,「ベースフィルム層」及び「感圧型接着剤」を透明とした樹脂凸版を把握できる。

したがって,引用例には,凸版本体,ベースフィルム,接着剤層,合成樹脂板のいずれもが「透明」であることが開示されており,審決の一致点において「透明な」と記載した認定に誤りはない。

3  取消事由3に対し

補正発明は,「樹脂凸版」という物に関する発明であり,相違点に係る補正発明の構成は「合成樹脂板の裏面にバーコードが,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されている」である。原告の主張する「合成樹脂板の裏面にバーコードが設けられた後に,刷版が印刷ロールに取り付けられ,凸版本体の印刷部とは別の箇所の表面(透明刷版の表面)側から透明刷版裏面に設けられたバーコードを透して読み取る」は,相違点に係る補正発明の構成ではなく,また,本願明細書にも一切記載されていない事項であるから,原告の主張は前提において誤りである。

しかも,審決は,相違点に係る補正発明の構成を「合成樹脂板の裏面にバーコードが,上記凸版本体の印刷部とは別の個所の表面側から読み取り可能な状態で形成されている」(6頁1行~4行)と一体的に把握している。審決では,この構成の進歩性を否定する周知技術として,「刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理すること」及び「透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」を提示したのであって,相違点に係る補正発明の構成を恣意的に2つに分けて検討したわけではない。

4  取消事由4に対し

甲2-1~甲2-3は,補正発明の技術分野に属する文献であって,「刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて刷版を管理すること」(周知技術1)が開示されている。具体的には,補正発明は,バーコードを採用することで,パソコンへの入力作業の手間を省くことを目的とするものであり,バーコードの情報が特定の情報に限定されるものではないから,「周知技術1は,刷版の裏面にバーコード等の識別情報を設けて,版胴に装着し印刷に使用した刷版を管理するものでなければならない」旨の原告の主張は理由がない。

また,補正発明のバーコードの情報として甲2-2に記載の「装着胴位置情報」が排除されているかのような原告の主張も,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であり,妥当でない。

さらに,原告は,甲2-1~甲2-3について,印刷方式が異なることを理由に周知技術と認定することは不適切である旨主張するが,印刷作業に際しては,印刷方式に関係なく多数の刷版を取り扱うことになることから,刻印等の識別情報を刷版に持たせて刷版を区別しなければならないという点では共通しており,「平版」において,識別情報を簡単にパソコンに入力できる手法を,同じ刷版である「凸版」において採用できないとする原告の主張には理由がない。

5  取消事由5に対し

原告は,補正発明の樹脂凸版は透明であることを主張するが,前記2のとおり,補正発明と引用発明とは,光硬化性樹脂により製造された「透明な樹脂凸版」である点で一致し,相違点ではない。

また,原告は,凸版表面にインキが付くことを理由に,樹脂凸版表面から裏面にあるバーコードを読み取ることは通常想定していない旨主張するが,甲6-1に,凸版に設けた「版データ7」(バーコードデータ)を凸版の表面側に位置する「読取センサ6」で読み取ることが開示されているように,凸版の表面側からバーコードを読み取ることは,普通になされていることである。さらに,刷版の表面側に設けるバーコードの位置を,インキの付着しない領域とすることも,甲2-3及び甲6-3に記載されていように,通常なされていることである。一方,刷版の裏面にバーコードを設けることは,周知であり,裏面に設けることにより,バーコードへのインキの付着を避けられることは明らかである。そして,バーコードを読み取る際に,透明基材を通してバーコードを読み取ることも,印刷技術に携わる当業者であれば,周知技術として十分に認識していたことである。

そうすると,「刷版の裏面に設けたバーコード」の読み取りを,「刷版の表面側に設けたバーコード」を読み取るのと同様に,インキの付着しない領域において行うことは,当業者が適宜なし得たことである。

さらに,原告は,甲3-1~甲3-6の適用性について縷々主張しているが,審決は,上記各甲号証を「透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が,様々な技術分野で広く知られていることを示す周知例として提示しているのであり,これらに基づいて周知技術2を認定した点に誤りはない。また,引用発明の「透明な合成樹脂板」に代えて,甲3-1~甲3-6の「透明板」を採用することの容易想到性を判断したわけではないから,この点に関する原告の主張も失当である。

なお,透明な材質に設けられたバーコードは,「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」である(乙9~乙13,甲3-5)。また,バーコードを読み取る際に,「透明基材を通してバーコードを読み取る」ことは,様々な技術分野で広く知られていることであるが,それは印刷の技術分野においても当てはまる技術的事項である(乙17~24)。

6  取消事由6に対し

引用発明において,相違点に係る構成を採用することは,当業者が周知技術1及び周知技術2に基づいて容易になし得たことであり,その旨の審決の判断に誤りはない。

また,審決は,引用発明の「透明な合成樹脂板」に代えて,甲3-1~甲3-6の「透明板」を採用することの容易想到性を判断したわけではないから,この点に関する原告の主張も失当である。

第5当裁判所の判断

1  まず,取消事由5(周知技術2についての認定の誤り)について判断する。

原告は,審決が,甲3-1~甲3-6を例示して,補正発明の技術分野において,透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが本件出願前に周知である(周知技術2)と認定した点が誤りであると主張する。

そこで検討するに,補正発明は,印刷に用いる樹脂凸版に関するものであるから,いわゆる「刷版」の技術分野に属するものと認められる(当事者間に争いがない。)

また,甲3-1(段落【0019】,【0020】,【0024】及び図1参照)には,車両フロントガラスに貼り付ける車検ステッカーの接着面側に,発光物質がバーコード状又はブロックコード(2次元バーコード)状に塗布されることと,蛍光観察用カメラによって車外から車検ステッカーに塗布されたバーコードを撮像し,バーコードの情報を読み取ることが記載されているところ,車検ステッカーは,通常,車内からフロントガラスに貼り付けるものであるから,フロントガラス(透明基板)の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-1は,車両の車番等の車両情報を認識するシステムに関するものであって(段落【0001】参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-2(段落【0013】)には,「二次元コードは,透明基板の表面側に形成されているので,透明基板の裏面側から読み取ることができる」と記載されているから,透明基板の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-2は,基板上に形成した半導体膜から薄膜トランジスタを形成したTFTアレイ基板などの薄膜装置に関するものであって(段落【0001】参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-3(段落【0008】,【0009】,【0015】~【0017】及び図2参照)には,レチクル1周縁部の一方の面にパターン部とガラス部からなるバーコード2が刻印され,レチクル1周縁部の他方の面からバーコード2に照射された照明光は,パターン部では一旦パターンを透過してからミラー部で反射し,再度パターン部を透過したものがバーコードリーダー3に内蔵された検出部に受光されることが記載されているから,ガラス部を有するレチクル(透明基板)の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-3は,フォトマスク,レチクル,ウエハ,ガラスプレート等の基板に刻印されたコードを読み取るコード読取り装置に関するものであって(段落【0001】参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-4(段落【0045】~【0047】,図17及び18参照)には,バーコードMが表裏両面に印刷されているドーナツ形のラベルM1を,ディスク本体P1の回転中心Xと同芯状に透明板部P4の一側面に張り付けて,バーコードリーダ101でディスク本体P1の表裏いずれからでも読み取れるように付設することが記載されているから,透明板(透明基板)の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-4は,貸出を管理するための情報を読み取り可能に表示する情報表示部が物品本体に付設されている貸出用物品に関するものであって(段落【0001】参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-5(3頁左下欄11行~4頁左上欄6行,4頁左上欄18行~同頁右上欄11行,4頁左下欄17行~同頁右下欄5行及び第1~4図参照)には,ガラス基板1上に文字列6を形成し裏面又は表面から直視することと,人間目視用の文字列6だけでなく,センサ機器としてバーコードリーダを用いるためにバーコード16を設けることが記載されており,文字列6と同様にバーコードリーダ16も裏面又は表面から読み取れると解するのが相当であるから,ガラス基板(透明基板)の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-5は,液晶表示素子に利用される認識マークに関するものであって(1頁右下欄7~10行参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

甲3-6(段落【0011】,【0012】,図3~図5参照)には,基盤5の裏面に,記録手段としてバーコードが付されている表示片3を貼付し,その表示片3を外面から透視することが記載されており,基盤5の外面から表示片3を透視している以上,基盤が透明な部材であって,その外面からバーコードを読み取っていることは明らかであるから,透明基板の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが記載されているといえる。

しかし,甲3-6は,容器本体のバルブが取り付けられた肩部に所望の情報を記録した表示片を取り付けるためのガス容器用表示装置に関するものであって(段落【0001】参照),刷版に関するものではないから,補正発明とは技術分野が異なるものである。

以上によれば,甲3-1~甲3-6には,「透明基板の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が記載されているものの,いずれの証拠も刷版に関するものではなく,補正発明の技術分野とは異なる技術分野に関するものであるから,これらの証拠からから,「透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすること」が,補正発明の技術分野において一般的に知られている技術であるということはできない。

2  被告は,本訴において,乙9~乙13(及び甲3-5)を提示し,透明な材質に設けられたバーコードは,「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」である旨主張する。

そこで検討するに,乙9(2頁1~5行,78頁9行~79頁3行,236頁13~27行及び図3.6-8参照)には,ガラスなどの透明な材質に印字された2次元シンボルが,表からも裏からでも2次元シンボルリーダで読み取れることが記載されており,乙12(段落【0024】~【0030】参照)には,光情報記録媒体の透明な領域の片面に形成されたバーコードが,両面から読み取り可能であることが記載されており,乙13(段落【0013】,【0014】及び図2参照)には,透明なプレート(8)に埋め込まれたバーコード(7)が,裏表両側から読み込み可能であることが記載されており,甲3-5(4頁左下欄1行~同頁右下欄17行)には,ガラス基板1に設けたバーコード16が,表面及び裏面から読み取れることが記載されている。

そうすると,審決では示されていないものの,透明な材質に設けられたバーコード自体は,「シンボルの方向に関係なく両面から機械読み取り可能な情報担体」であると解されるが,そのような一般的技術が認められるとしても,「透明基材の一方の面にバーコードを設けて,他方の面からバーコードを読み取るようにする」ことが,補正発明の属する刷版の技術分野において周知の技術であるとはいえない(なお,乙10(30頁2~6行,31頁12行~32頁3行及び図3・1参照)及び乙11(202頁13~16行参照)には,バーコードを裏面から読み取ることが記載されているとは認められない。)。

また,被告は,乙17~乙24を提示し,バーコードを読み取る際に,「透明基材を通してバーコードを読み取る」ことは,印刷の技術分野においても広く知られている旨主張する。

しかし,乙17,乙19~乙22,乙24は,いわゆる複写機やプリンタ,ファクシミリなどの電子写真方式による印刷技術に関するものであり,乙23は,画像プリンタ用インクリボンを用いた印刷技術に関するものであるから,印刷という点では補正発明の技術分野と関連性はないとはいえないが,いずれの証拠も刷版を用いた印刷技術に関するものではなく,機能・原理・使用される機械等が全く異なるから,補正発明の技術分野と同じ技術分野に関するものであるとは認められない。また,乙18は,バーコード付き包装体に関するものであって,補正発明の技術分野とは明らかに異なる技術分野のものである。

したがって,バーコードを読み取る際に,「透明基材を通してバーコードを読み取る」ことが,補正発明の技術分野において周知とはいえないから,被告の主張は採用できない。

3  以上のとおり,審決が,補正発明の技術分野において,透明基材の一方の面にバーコードを設け,他方の面からバーコードを読み取るようにすることが本件出願前に周知であると認定した点は誤りであるから,この周知技術を前提として補正発明の進歩性を否定した審決の判断も,誤りというべきである。

第6結論

以上のとおり,原告主張の取消事由5には理由がある。

よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)

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