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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10349号 判決 2011年8月25日

原告

ザ プロクター アンド ギャンブル カンパニー

同訴訟代理人弁護士

吉武賢次

宮嶋学

髙田泰彦

柏延之

同弁理士

勝沼宏仁

磯貝克臣

加島広基

被告

特許庁長官

同指定代理人

野村亨

所村美和

新海岳

藤井眞吾

板谷玲子

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-15324号事件について平成22年7月2日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  出願手続及び拒絶査定

発明の名称:シート材料を引き裂くためのカッター刃

出願番号:特願平10-532096号

出願日:平成10年1月20日

パリ条約に基づく優先権主張日:平成9年(1997年)1月27日(米国)手続補正日:平成20年1月9日(甲5,以下「本件補正」という。)

拒絶査定:平成21年4月7日

(2)  審判手続及び本件審決

審判請求日:平成21年8月21日(不服2009-15324号)

審決日:平成22年7月2日

審決の結論:本件審判の請求は,成り立たない。

審決謄本送達日:平成22年7月16日

2  本願発明の要旨

本件審決が判断の対象とした本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所である。以下,本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,本願発明に係る明細書(甲4,5)を「本願明細書」という。

シート材料を切断するためのブレードであって,前記ブレードは,ブレード本体と前記ブレード本体から外方に向かって突出する複数の別々の歯を備え,/前記別々の歯は,それぞれ,限定された歯半径と,/約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0,006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータを有する点を特徴とするブレード

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記アの引用例に記載された2つの発明と実質的に相違しないから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができず,仮に,相違するとしても,引用例に記載された各発明に下記イ及びウの各周知例に記載された事項を適用すると,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

ア 引用例:特開平8-318935号公報(甲1)

イ 周知例1:特開平6-171644号公報(甲2)

ウ 周知例2:特開平5-112355号公報(甲3)

(2)  なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明を以下の引用発明1及び引用発明2と認定し,また,本願発明と引用発明1又は引用発明2との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 引用発明1:ラップフイルムを切断するための鋸刃であって,上記鋸刃は,板状の部分及び板状の部分から連続している複数の別々の歯山を備え,前記別々の歯山は,それぞれ,0.06mm以下の歯山先端の半径R,1.08mmの歯山のピッチ,及び0.25から0.15mm程度の歯山の厚さを有している鋸刃

イ 本願発明と引用発明1との一致点:シート材料を切断するためのブレードであって,前記ブレードは,ブレード本体と前記ブレード本体から外方に向かって突出する複数の別々の歯を備え,前記別々の歯は,それぞれ,限定された歯半径と,約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチからなる歯のパラメータを有するブレード

ウ 本願発明と引用発明1との相違点:歯のパラメータに関して,本願発明では,「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0,006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータ」と特定しているのに対して,引用発明1では,歯に相当する歯山の先端の半径Rが0.00236インチ以下,歯山のピッチが0.0425インチ,歯山の厚さが0.00984~0.00591インチ程度である点(以下「相違点1」という。)

エ 引用発明2:ラップフイルムを切断するための鋸刃であって,上記鋸刃は,板状の部分及び板状の部分から連続している複数の別々の歯山を備え,前記別々の歯山は,それぞれ,0.10mmの歯山先端の半径R,及び1.16mmの歯山のピッチを有している鋸刃

オ 本願発明と引用発明2との一致点:シート材料を切断するためのブレードであって,前記ブレードは,ブレード本体と前記ブレード本体から外方に向かって突出する複数の別々の歯を備え,前記別々の歯は,それぞれ,限定された歯半径と,約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチからなる歯のパラメータを有するブレード

カ 本願発明と引用発明2との相違点:歯のパラメータに関して,本願発明では,「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0,006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータ」と特定しているのに対して,引用発明2では,歯に相当する歯山の先端の半径Rが0.00394インチ,歯山のピッチが0.0457インチである点(以下「相違点2」という。)

4  取消事由

本願発明に関する新規性及び進歩性に係る判断の誤り

(1)  引用発明1の認定の誤り(取消事由1)

(2)  相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

(3)  相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

第3当事者の主張

1  取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,引用例に記載された発明の1つについて,歯山先端の半径Rが0.06mm以下であると認定しているが,引用例の表1には,単に歯山先端の半径Rが0.06mmであることしか記載されていない。

(2) また,被告は,引用例記載の前記発明の歯山先端の半径Rは,0.06mmと0.04mmの間に入るものであることは明らかであるとして,本件審決が当該発明の歯山先端の半径Rを0.06mm以下と認定したことに誤りはないと主張するが,当該発明の歯山先端の半径Rが0.06mmと0.04mmの間に入るものであれば,「0.06mm以下」ではなく,「0.04mmから0.06mm」と認定すべきである。つまり,当該発明の歯山先端の半径Rは,「0.04mmから0.06mm」という具体的なものであり,その具体的な構成を離れて,「0.06mm以下」という抽象的な意味を有するようなものではない。

(3) したがって,当該発明の歯山先端の半径Rについて,0.06mm以下であるとし,これを引用発明1とした本件審決の認定は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 引用例の特許請求の範囲の請求項1には,「〔金属製鋸刃の条件〕e. 歯山の先端形状:鋸刃の長手方向両端部に位置する歯山と長手方向中央部に位置する歯山とは異なる円弧状に形成されており,その円弧状は歯山の傾斜角を二等分する仮想線上を中心に歯山の両稜線に接して描ける円の円弧で示すとき,長手方向の両端部に位置する歯山は0.02mm以上0.05mm以下の半径の円の円弧,長手方向の中央部に位置する歯山は0.05mmを超え0.08mm以下の半径の円の円弧である。」との記載があり,発明の詳細の説明の【0014】及び【0021】にも同様の記載がある。

(2) 以上のとおり,引用例に記載された発明は,鋸刃の長手方向中央の歯山の半径を長手方向両端部の歯山の半径に比べて大きなものとしている。このような前提をもとに引用例の表1をみると,同表に記載された鋸刃の歯山先端の半径Rは,中央部で0.06mmと記載され,両端部で0.04mmと記載されているから,同表には,歯山先端の半径Rが0.06mmから0.04mmである鋸刃の発明が記載されているということができる。

(3) したがって,本件審決が,引用例に記載された当該発明の歯山先端の半径Rが0.06mm以下であるとし,これを引用発明1と認定したことに誤りはない。

2  取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本願発明の解釈について

本願発明は,歯のパラメータに関し,「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0.006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータ」と特定しているところ,後記(2)のとおり,「約0.005インチ以下の歯の半径」,「約0.050インチ以下の歯のピッチ」及び「0.006インチ以下の歯の厚さ」という3つのパラメータの全てを満たすことにより顕著な作用効果を奏するものであるから,本願発明は,これら3つのパラメータの全てを満たすものであるとするのが当業者にとって自然な解釈である。

(2) 本願発明の作用効果について

本願発明の歯の半径は,現在の一般的に入手可能な刃における歯の半径より実際には極めて小さいため,刃の効力を増加させるものの,歯の半径の条件を規定するだけでは,半径の小さい歯により使用者が怪我をするおそれがあり,安全性に問題がある。そこで,歯の半径の条件に歯のピッチの条件を加え,歯のピッチを約0.050インチ以下として歯の数密度(単位長さあたりの歯の数)を増加させることにより,刃に対して本体部分によって負荷された力がより大きな数の歯の上に分配されて貫通圧力(単位面積あたりの力)が減少されるため,歯の半径が小さい場合でも,不注意な接触が生じたときの怪我の可能性を減少させることができる。

また,減少された歯の半径と,減少された歯の厚さを組み合わせることにより,歯の先端部分の表面積が減少され,シート材料上に単位面積当たりの増加された貫通圧力を与えることができるようになる。これにより,引裂き工程のより容易な開始とより予想可能な引裂き開始能力を確実にすることができる。

このように,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さの3つのパラメータは互いに密接に関連するものであり,これらの3つのパラメータが所定の範囲内の値に規定されることにより,歯の単位面積あたりの貫通圧力の増加と使用者に対する安全性の向上を同時に図ることができるという顕著な作用効果が奏されるようになる。

(3) 相違点1について

他方,引用例記載の発明のうち,本件審決が引用発明1として認定する発明については,本件審決の認定に誤りがないとしても,単に,歯に相当する歯山先端の半径Rが0.06mm,歯山のピッチが1.08mm,歯山の厚さが0.25から0.15mm程度であることしか記載されていないため,同発明からは,本願発明のように歯の半径,歯のピッチ,歯の厚さという3つのパラメータ及びこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータを用いるという思想を導き出すことはできない。とりわけ,歯の厚さについては,本願発明では0.006インチ以下であると規定されているのに対し,引用発明1では0.25から0.15mm(0.0984から0.00591インチ)程度であると規定されており,形式的には引用発明1の歯山の厚さの下限値は本願発明の歯の厚さの範囲に含まれるものの,実質的には引用発明1の歯山の厚さの下限値は本願発明の歯の厚さの上限値とほぼ同じ値であり,引用発明1の歯山の厚さの記載をもって,本願発明のような0.006インチ以下の歯の厚さを想到することは到底できない。さらに,本件審決では,引用発明1に対して,周知例1や周知例2に記載された歯の厚さのパラメータを援用しているが,引用発明1や上記各引用例に記載された刃は,それぞれ互いに独立したものであり,引用発明1に係る刃について,他の文献の歯の厚さのパラメータのみを援用して本願発明を想到することはできない。

(4) 小括

以上のとおり,本願発明は,引用発明1と構成が相違するものであり,引用発明1から本願発明を当業者が容易に想到することはできないものである。

〔被告の主張〕

(1) 本願発明の解釈について

本願発明は,「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0,006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータを有する」と特定されているから,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さという3つのパラメータのうち,1つのパラメータにだけ該当するものを含むものである。

したがって,本願発明はこれら3つのパラメータを全て満たすものであるという原告の主張は失当である。

(2) 本願発明の作用効果について

原告は,本願発明では,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さの3つのパラメータを全て満たすことにより,不注意な接触が生じたときの怪我の可能性を減少させることができ,また,歯の先端部分の表面積が減少され,シート材料上に単位面積当たりの増加された貫通圧力を与えることができるようになる結果,引裂き工程の容易な開始とより予想可能な引裂き開始能力を確実にすることがきると主張している。

しかしながら,前記のとおり,本願発明は,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さという3つのパラメータのうち,1つのパラメータにだけ該当するものを含むものであるから,これらのパラメータがすべて満たされることにより奏する作用効果は,特許請求の範囲の記載に基づく作用効果ではない。

また,歯の単位面積あたりの貫通圧力の増加は,歯の半径と歯の厚さを小さくしたことの効果であり,使用者に対する安全性の向上は,歯のピッチを小さくしたことの効果であるから,原告が主張する本願発明の作用効果は,3つのパラメータの相乗効果といえるものではないし,各効果は当業者が技術常識に照らして予測できる程度のものにすぎない。さらに,引用例においても,指等を傷付けず,高度な切断性能の確保を目的としており(【0008】,【0013】),発明の作用効果として本願発明と異なるところはない。

(3) 相違点1について

ア 引用発明1は,歯山先端の半径Rは0.06mm以下(0.00236インチ以下),歯山のピッチは1.08mm(0.0425インチ),厚さは0.25から0.15mm(0.00984から0.00591インチ)であるから,本願発明で規定する「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0.006インチ以下の歯の厚さ」の3つのパラメータのうち,歯の半径と歯のピッチの2つのパラメータに該当しているし,歯の厚さについても,本願発明で規定する0.006インチ以下のものを含んでいるものである。

イ また,仮に,原告が主張するとおり,本願発明は上記3つのパラメータの全てを満たすものであるとしても,歯の厚さについては,0.1mm(0.00394インチ)のものを用いることが周知例1(【0027】)に記載され,0.15mm(0.00591インチ)のものを用いることが周知例2(【0030】)に記載されているように,歯の厚さとして0.006インチ以下のものが本件出願の優先権主張日前に周知の事項であったこと,引用例には,歯を規定する「歯の半径」,「歯のピッチ」及び「歯の厚さ」という3つのパラメータが示され,しかも,これら3つのパラメータのうち,引用発明1は,歯の半径及びピッチに係るパラメータに該当し,また,「歯の厚さ」についても,本願発明に含まれる0.006インチ以下を含んでいるのであるから,パラメータの1つである「歯の厚さ」について,各周知例に示されるような周知のパラメータを参酌することに困難性はないこと,歯の厚さについて,特に「0.006インチ以下」と特定することの臨界的意義も格別見当たらないことからすると,引用発明1において,歯の厚さを0.006インチ以下と特定することは当業者にとって容易であるとした本件審決の判断に誤りはない。

(4) 小括

よって,原告の取消事由2には理由がない。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本願発明の解釈について

前記のとおり,本願発明は,「約0.005インチ以下の歯の半径」,「約0.050インチ以下の歯のピッチ」及び「0.006インチ以下の歯の厚さ」という3つのパラメータの全てを満たすものであるとするのが当業者にとって自然な解釈である。

(2) 相違点2について

他方,引用発明2は,単に,歯に相当する歯山の先端の半径Rが0.10mm,歯山のピッチが1.16mmであることしか記載されていない。すなわち,本願発明は,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さという3つのパラメータを挙げ,これらのパラメータ及びこれらの組合せからなるグループから選択しているのに対し,引用発明2は,歯の半径及び歯のピッチの2つのパラメータのみについてそれぞれ特定の値が規定されたものしか挙げられていない。そのため,引用発明2からは,本願発明のような,上記3つのパラメータ及びこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つのパラメータを用いるという思想を導き出すことはできない。とりわけ,歯の厚さについて,本願発明では0.006インチ以下であると規定されているのに対し,引用発明2では歯の厚さについては何ら規定されていない。このため,引用発明2の記載に基づいて,本願発明のような0.006インチ以下の歯の厚さを想到することは到底できない。さらに,本件審決では,引用発明2に対して,引用発明1,周知例1及び周知例2に記載された歯の厚さのパラメータを援用しているが,各引用発明や周知例に記載された刃は,それぞれ互いに独立したものであり,引用発明2に係る刃について,他の文献の歯の厚さのパラメータのみを援用して本願発明を想到することはできない。

(3) 小括

以上のとおり,本願発明は,引用発明2と構成が相違するものであり,引用発明2から本願発明を当業者が容易に想到することはできないものである。

〔被告の主張〕

(1) 本願発明の解釈について

前記のとおり,本願発明は,歯の半径,歯のピッチ及び歯の厚さという3つのパラメータのうち,1つのパラメータにだけ該当するものを含むものである。

(2) 相違点2について

ア 引用発明2は,歯山先端の半径Rは0.10mm(0.00394インチ),歯山のピッチは1.16mm(0.0457インチ)であり,本願発明で規定する「約0.005インチ以下の歯の半径」「約0.050インチ以下の歯のピッチ」「0.006インチ以下の歯の厚さ」の3つのパラメータのうち,歯の半径とピッチに係る2つのパラメータに該当している。

イ また,仮に,原告が主張するとおり,本願発明は上記3つのパラメータの全てを満たすものであるとしても,歯の厚さについては,0.15mm(0.00591インチ)程度のものを用いることが引用例(【0037】)に記載され,0.1mm(0.00394インチ)のものを用いることが周知例1(【0027】)に記載され,0.15mm(0.00591インチ)のものを用いることが周知例2(【0030】)に記載されているように,歯の厚さとして0.006インチ以下のものが本件出願の優先権主張日前に周知の事項であったこと,引用例には,歯を規定する「歯の半径」,「歯のピッチ」及び「歯の厚さ」という3つのパラメータが示され,しかも,これら3つのパラメータのうち,引用発明2は,歯の半径及びピッチに係る2つのパラメータに該当するのであるから,パラメータの1つである「歯の厚さ」について,引用例や各周知例に示されるような周知のパラメータを参酌することに困難性はないこと,歯の厚さについて,特に「0.006インチ以下」と特定することの臨界的意義も格別見当たらないことからすると,引用発明2において,歯の厚さを0.006インチ以下と特定することは当業者にとって容易であるとした本件審決の判断に誤りはない。

(3) 小括

よって,原告の取消事由3には理由がない。

第4当裁判所の判断

1  取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について

引用例には,長手方向両端部での歯山先端の半径Rが0.04mm,長手方向中央部での歯山先端の半径Rが0.06mmの鋸刃が記載されている(【0018】,表1)。

本件審決は,上記鋸刃に基づき,歯山先端の半径Rを0.06mm以下とする引用発明1を認定したものであるところ,上記鋸刃の歯山先端の半径Rとして明示されているのは0.04mmと0.06mmであるが,引用例の請求項1や発明の詳細な説明(【0014】【0021】)には,歯山の先端形状として,「長手方向の両端部に位置する歯山は0.02mm以上0.05mm以下の半径の円の円弧,長手方向の中央部に位置する歯山は0.05mmを超え0.08mm以下の半径の円の円弧である。」と歯山先端の半径Rについて一定の幅を許容する記載がされていることからすると,鋸刃の歯山先端の半径Rとして,引用例の上記記載において明示されている0.04mmと0.06mmの中間値が殊更排除されているとはうかがわれないから,引用例には,歯山先端の半径Rを0.04mm又は0.06mmとする鋸刃だけでなく,歯山先端の半径Rを0.04mmから0.06mmとする鋸刃についても記載されているものと認定することができる。

しかるに,引用例には,歯山先端の半径Rを0.04mm未満とする鋸刃は記載されていないから,本件審決は,引用発明1としては,当該発明の歯山先端の半径Rについて,厳密には,「0.06mm以下」ではなく,「0.04mmから0.06mm」と認定すべきであったといえる。

したがって,本件審決の引用発明1の認定は正確性に欠けるといわなければならないが,「0.06mm以下」という数値限定は,「0.04mmから0.06mm」を含むものである上,後記2のとおり,「0.06mm(0.00236インチ)以下」であっても,「0.04mmから0.06mm(0.00158インチから0.00236インチ)」であっても,本願発明の歯の半径に係るパラメータである「約0.005インチ以下」に該当するものであるから,本件審決における上記認定は,相違点1及び相違点2の判断に影響を及ぼすものではなく,この認定に関し,本件審決を取り消すべき違法があるとまではいうことはできない。

以下,当裁判所も,引用例に記載された前記発明については,本件審決の認定に問題があることを前提に,便宜,引用発明1という。

2  取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について

(1)  本願発明の解釈について

ア 前記のとおり,本件出願の請求項1は,「シート材料を切断するためのブレードであって,前記ブレードは,ブレード本体と前記ブレード本体から外方に向かって突出する複数の別々の歯を備え,前記別々の歯は,それぞれ,限定された歯半径と,約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0.006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータを有する点を特徴とするブレード」というものであり,ブレード本体から外方に向って突出する歯について,「約0.005インチ以下の歯の半径,約0.050インチ以下の歯のピッチ,0,006インチ以下の歯の厚さ,およびこれらの組合せからなるグループから選択された少なくとも1つの歯のパラメータを有する」ものと特定している。

イ また,本願明細書を参酌すると,同明細書には,「本発明に従った刃は,優れた切断能力を提供するために選択及び最適化されている刃の設計要因を使用している。歯の要因P(歯のピッチ),R(歯の半径)及びT(歯の厚さ)は,優れた切断能力を発揮するための成功する歯と刃の設計を決定することにおいて重要であることが現在信じられている。従って,本発明に従った刃は,ここに明示されている原理に従って設計された歯を含み,そして少なくとも1つ,より好ましくは少なくとも2つ,及び最も好ましくは3つの最適化された歯の要因P,R及びTを組み込んでいる。」と記載されている。

ウ 請求項1の上記文言や本願明細書の上記記載内容からすると,本願発明は,ブレードの歯に関する「約0.005インチ以下の歯の半径」,「約0.050インチ以下の歯のピッチ」及び「0.006インチ以下の歯の厚さ」という3つのパラメータのうち,1つのパラメータにだけ該当するブレード(刃)を含むものであると認めるのが相当である。

エ この点に関し,原告は,本願発明は上記パラメータの全てを満たすことを内容としたものであり,これらのパラメータが所定の範囲内の値に規定されることにより,歯の単位面積あたりの貫通圧力の増加と使用者に対する安全性の向上を同時に図ることができるという顕著な作用効果も奏されるものであるなどと主張する。

しかしながら,原告の主張は,請求項1の上記文言や本願明細書の上記記載内容に明らかに反するものであり,これを採用することはできない。

(2)  相違点1について

前記のとおり,本願発明は,ブレードの歯に関する「約0.005インチ以下の歯の半径」,「約0.050インチ以下の歯のピッチ」及び「0.006インチ以下の歯の厚さ」という3つのパラメータのうち,1つのパラメータのみに該当するブレード(刃)を含むものと認められるところ,引用発明1の歯山のピッチは,1.08mm(0.0425インチ)であり,歯山の厚さは0.25から0.15mm(0.00984から0.00591インチ)であるから,歯山のピッチは,本願発明の歯のピッチに係るパラメータに該当し,また,歯山の厚さは,本願発明の歯の厚さに係るパラメータに該当する数値を含むものであるといえる。さらに,引用発明1の歯山先端の半径Rについてみると,本件審決が認定した「0.06mm(0.00236インチ)以下」であっても,上記1で認定した「0.04mmから0.06mm(0.00158インチから0.00236インチ)」であっても,いずれにしても本願発明の歯の半径に係るパラメータに該当することは明らかである。

したがって,引用発明1は,本願発明の上記3つのパラメータのうち,1つ以上のパラメータに該当するものであるから,結局,本願発明と引用発明1は相違しないものと認められる。

(3)  以上からすると,本願発明は,引用発明1と実質的に相違しないとした本件審決の判断に誤りはなく,取消事由2には理由がない。

3  取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について

(1)  本願発明の解釈について

この点については,前記2(1)のとおりである。

(2)  相違点2について

前記のとおり,本願発明は,ブレードの歯に関する「約0.005インチ以下の歯の半径」,「約0.050インチ以下の歯のピッチ」及び「0.006インチ以下の歯の厚さ」という3つのパラメータのうち,1つのパラメータのみに該当するブレード(刃)を含むものであるところ,引用発明2の歯山先端の半径Rは0.10mm(0.00394インチ)であり,歯山のピッチは1.16mm(0.0457インチ)であるから,いずれも本願発明の上記パラメータに該当するものである。

したがって,引用発明2は,本願発明の上記3つのパラメータのうち,1つ以上のパラメータに該当するものであるから,結局,本願発明と引用発明2は相違しないものと認められる。

(3)  以上からすると,本願発明は,引用発明2と実質的に相違しないとした本件審決の判断に誤りはなく,取消事由3には理由がない。

4  結論

以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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