知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10380号 判決 2011年9月28日
原告
日本電動式遊技機特許株式会社
訴訟代理人弁護士
川下清
同
今田晋一
同
梁沙織
同
小林悠紀
同
高橋幸平
同
古賀健介
同
中村昭喜
同
笹山将弘
同
池垣彰彦
訴訟代理人弁理士
梁瀬右司
同
振角正一
被告
株式会社三共
訴訟代理人弁護士
谷口由記
訴訟代理人弁理士
深見久郎
同
森田俊雄
同
塚本豊
同
中田雅彦
同
白井宏紀
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2009-800144号事件について平成22年10月29日にした審決を取り消す。
第2当事者に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,平成18年9月15日,名称を「スロットマシン」とする発明につき特許出願をし(特願2006-251320号),平成19年12月28日,設定登録を受けた(特許第4060340号。以下「本件特許」という。甲17)。なお,本件特許出願は,平成5年5月28日にした特許出願を数次にわたってした分割出願である。
原告は,平成21年7月1日,本件特許の請求項1につき無効審判(無効2009-800144号事件)を請求した。被告は,審判手続の過程で,平成21年10月9日付けで訂正請求をした(以下「本件訂正」という。甲24の1,2,甲25)。特許庁は,平成22年10月29日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は同年11月9日原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件訂正後の本件特許の明細書の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,次のとおりである(以下「本件特許発明」という。下線部分が本件訂正部分である。)。
「【請求項1】
遊技者所有の有価価値を賭数として使用して遊技が可能となり,ビッグボーナス識別情報を含む複数種類の識別情報を可変表示可能な複数の可変表示部を備えた可変表示装置を含み,該複数の可変表示部が可変開始した後停止することにより1ゲームが終了するスロットマシンであって,
前記複数の可変表示部は,賭数の入力によって有効な当りラインが設定される,左可変表示部と中可変表示部と右可変表示部とから成り,
通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記ビッグボーナス識別情報によりビッグボーナス役の表示態様となったときに,ビッグボーナスに移行させ,通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記複数種類の識別情報のうちの小役識別情報により小役の表示態様となったときに,前記ビッグボーナスには移行させない小役入賞を発生させ,通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記複数種類の識別情報のうちの再ゲーム識別情報により再ゲーム役の表示態様となったときに,前記遊技者所有の有価価値を賭数として使用することなくゲームが可能となる再ゲームを発生させる遊技制御手段と,
前記ビッグボーナス役と前記小役と前記再ゲーム役とを含む複数種類の役別に,当選しているか否かを前記複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段と,
該判定手段により当選と判定された役に対応する当選フラグをセットするセット手段と,
前記可変表示部を停止操作するための停止操作手段と,
該停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした所定の停止可能範囲内に位置する識別情報のうちのいずれかの識別情報を,前記セット手段によりセットされている当選フラグに基づいて前記所定位置に停止させる制御を行なう可変表示制御手段と,
前記セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときに,前記ビッグボーナス役が当選していることを報知する報知手段とを含み,該報知手段は,前記ビッグボーナス役が当選していることを表示する表示手段と,前記ビッグボーナス役が当選していることを音で報知する音報知手段とを含み,
前記遊技制御手段は,前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記セット手段によりセットされている当選フラグに対応した役の表示態様ではないときに,前記セット手段により小役当選フラグがセットされているときには当該小役当選フラグを消去し,当該セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときには当該ビッグボーナス当選フラグを消去せずに次回のゲームに持越し,
前記判定手段は,既に前記ビッグボーナス当選フラグがセットされているときには,前記ビッグボーナス役が当選しているか否かを判定せず,また,前記通常ゲームにおいては前記再ゲーム役が当選しているか否かを判定し,前記ビッグボーナス中においては前記再ゲーム役が当選しているか否かを判定せず,
前記複数の可変表示部の識別情報の配列は,前記停止可能範囲内に必ず前記再ゲーム識別情報が存在する配列構成となっており,
前記可変表示制御手段は,
再ゲーム当選フラグのみがセットされているとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させ,前記セット手段によりセットされた前記ビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいて前記セット手段が前記再ゲーム当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記再ゲーム当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させ,
前記ビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいて前記セット手段が前記小役当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記小役当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する識別情報の中に前記ビッグボーナス識別情報が存在するときには当該ビッグボーナス識別情報を前記所定位置に停止させる制御を行なうことを特徴とする,スロットマシン。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は本件訂正を認めた上で,
① 本件特許発明は,特開平02-232084号公報記載の発明(甲1。以下「甲1発明」という。)との相違点3及び5に係る構成について,甲2ないし甲9,甲11ないし甲15に記載された技術事項,甲20及び甲21に記載された周知技術に基づいて当業者が容易に想到できたものとすることはできず,本件特許発明の本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものでないから,本件特許発明を無効にすることはできない(なお,審決は,本件特許発明の相違点1,2,4,6ないし9に係る構成は,容易に想到することができるとした。),
② 本件特許発明は,同一出願人(被告)によって,同日に出願された特許第4058084号(以下「特許第4058084号発明」という)とは,同一の発明ではなく,本件特許は,特許法39条2項の規定に違反してされたものではないから,本件特許発明を無効とすることはできない,
と判断した。
(2) 上記①の判断に際し,審決が認定した甲1発明の内容並びに本件特許発明と甲1発明との一致点及び相違点1ないし9は,以下のとおりである。
ア 甲1発明の内容
「遊技者が1~3個のメダルを投入して,スタートレバー26を操作すると本体10内で3個のリールが一斉に回転し,リールごとに設けられたストップボタン25を押すと,対応するリールが停止されるスロットマシンであって,
全てのリールを停止させた結果,窓21から観察されるシンボルマークSの組み合わせには,15枚のメダル配当後にボーナスゲームができる大ヒットと,2~5枚のメダル配当が行われる小ヒットとを少なくとも含み,
前記3個のリールは,投入されたメダルの枚数によって有効化される入賞判定ライン1,2A,2B,3A,3Bが設定され,
1ゲーム終了時の前記3個のリールの前記入賞判定ライン上の停止結果が前記大ヒットの表示態様となったときに,メダル配当後にボーナスに移行させ,1ゲーム終了時の前記3個のリールの前記入賞判定ライン上の停止結果が小ヒットの表示態様となったときに,小役入賞を発生させ,
前記大ヒットと前記小ヒットとを含む複数種類のヒット別に,入賞しているか否かを前記複数種類のヒット別に予め定めた入賞発生の確率を決定する入賞確率テーブルを有し,スタートレバー操作後の所定のタイミング信号により,その時点で乱数値RAM80に設定された乱数値をそのゲームの乱数値として決定し,該決定された乱数値は前記入賞確率テーブルと照合され,前記決定された乱数値が入賞に該当するものであると,入賞の種類に応じたヒットリクエストが発生し,
ヒットリクエストが発生すると,種類別にヒットリクエストをカウントするリクエストカウンタが「+1」され,RAM上にストアされ,
前記ストップボタン25が押されると,前記ストップボタン25が操作された時点での前記入賞判定ライン1上のシンボルナンバーに基づき,シンボルマーク4コマ分の範囲でシンボルマークのチェックを行い,この範囲内にヒットを構成するシンボルマークがあるときには,それが窓に現れるようにモータに供給する駆動パルスの数を決めてリールを停止させる制御を各リールごとに行い,
ヒットリクエストが発生されたにもかかわらず入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越され,再びこのヒットリクエストを用いてリールの停止制御が実行されるスロットマシン。」
イ 一致点
「遊技者所有の有価価値を賭数として使用して遊技が可能となり,ビッグボーナス識別情報を含む複数種類の識別情報を可変表示可能な複数の可変表示部を備えた可変表示装置を含み,該複数の可変表示部が可変開始した後停止することにより1ゲームが終了するスロットマシンであって,
前記複数の可変表示部は,賭数の入力によって有効な当りラインが設定される,左可変表示部と中可変表示部と右可変表示部とから成り,
通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記ビッグボーナス識別情報によりビッグボーナス役の表示態様となったときに,ビッグボーナスに移行させ,通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記複数種類の識別情報のうちの小役識別情報により小役の表示態様となったときに,前記ビッグボーナスには移行させない小役入賞を発生させる遊技制御手段と,
前記ビッグボーナス役と前記小役とを含む複数種類の役別に,当選しているか否かを前記複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段と,
該判定手段により当選と判定された役に対応する当選フラグをセットするセット手段と,
前記可変表示部を停止操作するための停止操作手段と,
該停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした所定の停止可能範囲内に位置する識別情報のうちのいずれかの識別情報を,前記セット手段によりセットされている当選フラグに基づいて前記所定位置に停止させる制御を行なう可変表示制御手段と,を有するスロットマシン。」の点。
ウ 相違点1
本件特許発明においては,遊技制御手段が通常ゲーム終了時の複数の可変表示部の当りライン上の停止結果が複数種類の識別情報のうちの再ゲーム識別情報により再ゲーム役の表示態様となったときに遊技者所有の有価価値を賭数として使用することなくゲームが可能となる再ゲームを発生させるのに対して,甲1発明では,そのような構成でない点。
エ 相違点2
複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段に関して,本件特許発明においては,その複数種類の役に再ゲーム役を含むものであるが,甲1発明においては,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段を有するものの,再ゲーム役が存在しないため,複数種類の役に再ゲーム役が含まれていない点。
オ 相違点3
「再ゲーム」に関して,判定手段は,本件特許発明においては,通常ゲームにおいては再ゲーム役が当選しているか否かを判定し,ビッグボーナス中においては再ゲーム役が当選しているか否かを判定しないのに対して,甲1発明には,再ゲーム役が存在せず,上記のような判定を行わない点。
カ 相違点4
「再ゲーム」に関して,本件特許発明においては,停止可能範囲内に必ず再ゲーム識別情報が存在するように複数の可変表示部の識別情報の配列が構成されているのに対して,甲1発明には,再ゲーム役が存在しないため,上記のような識別情報の配列となっていない点。
キ 相違点5
「再ゲーム」に関して,本件特許発明においては,再ゲーム当選フラグのみがセットされているとき,当該ゲームでは,停止操作手段が操作されたときに可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させ,セット手段によりセットされたビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいて前記セット手段が前記再ゲーム当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記再ゲーム当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させる制御を行っているのに対して,甲1発明には,再ゲーム役が存在しないため,上記の制御を行なっていない点。
ク 相違点6
本件特許発明においては,セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときに,前記ビッグボーナス役が当選していることを表示する表示手段と,前記ビッグボーナス役が当選していることを音で報知する音報知手段とを含む報知手段を備えているのに対して,甲1発明には報知手段が備えられていない点。
ケ 相違点7
本件特許発明においては,遊技制御手段は,複数の可変表示部の有効な当りライン上の停止結果がセット手段によりセットされている当選フラグに対応した役の表示態様ではないときに,前記セット手段により小役当選フラグがセットされているときには当該小役当選フラグを消去し,当該セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときには当該ビッグボーナス当選フラグを消去せずに次回のゲームに持越すように,当選フラグの種類に応じた持ち越し制御を行っているのに対して,甲1発明では,ヒットリクエストが発生されながらも入賞なしとなった場合には,そのヒットリクエストが次回のゲームに持ち越されることは記載されているものの,例えば本件特許発明のビッグボーナス当選フラグに相当する大ヒットリクエストは「持越す」が,本件特許発明の小役当選フラグに相当する小ヒットリクエストは「持越さない」というような,ヒットリクエストの種類に応じた持ち越し制御を行っていない点。
コ 相違点8
本件特許発明において,判定手段は既にビッグボーナス当選フラグがセットされているときには,ビッグボーナス役が当選しているか否かを判定しない,つまりビッグボーナスを重複して当選することのないように制御しているのに対して,甲1発明には,上記のようなビッグボーナスを重複して当選することのないように制御しているか不明な点。
サ 相違点9
本件特許発明においては,ビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいてセット手段が小役当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記小役当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する識別情報の中に前記ビッグボーナス識別情報が存在するときには当該ビッグボーナス識別情報を前記所定位置に停止させる制御を行なうのに対して,甲1発明には,上記のような停止制御を行っていない点。
(3) 上記②の判断に際し,審決が認定した特許第4058084号発明の内容及び本件特許発明と特許第4058084号発明との相違点は,以下のとおりである。
ア 特許第4058084号発明の内容
「【請求項1】
遊技者所有の有価価値を賭数として使用して遊技が可能となり,ビッグボーナス識別情報を含む複数種類の識別情報を可変表示可能な複数の可変表示部を備えた可変表示装置を含み,該複数の可変表示部が可変開始した後停止することにより1ゲームが終了するスロットマシンであって,
前記複数の可変表示部は,賭数の入力によって有効な当りラインが設定される,左可変表示部と中可変表示部と右可変表示部とから成り,
通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記ビッグボーナス識別情報によりビッグボーナス役の表示態様となったときに,ビッグボーナスに移行させ,通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記複数種類の識別情報のうちの小役識別情報により小役の表示態様となったときに,前記ビッグボーナスには移行させない小役入賞を発生させ,通常ゲーム終了時の前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記複数種類の識別情報のうちの再ゲーム識別情報により再ゲーム役の表示態様となったときに,前記遊技者所有の有価価値を賭数として使用することなくゲームが可能となる再ゲームを発生させる遊技制御手段と,
前記ビッグボーナス役と前記小役と前記再ゲーム役とを含む複数種類の役別に,当選しているか否かを前記複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段と,
該判定手段により当選と判定された役に対応する当選フラグをセットするセット手段と,
前記可変表示部を停止操作するための停止操作手段と,
該停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした所定の停止可能範囲内に位置する識別情報のうちのいずれかの識別情報を,前記セット手段によりセットされている当選フラグに基づいて前記所定位置に停止させる制御を行なう可変表示制御手段とを含み,
前記遊技制御手段は,前記複数の可変表示部の前記有効な当りライン上の停止結果が前記セット手段によりセットされている当選フラグに対応した役の表示態様ではないときに,前記セット手段により小役当選フラグがセットされているときには当該小役当選フラグを消去し,当該セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときには当該ビッグボーナス当選フラグを消去せずに次回のゲームに持越し,
前記判定手段は,既に前記ビッグボーナス当選フラグがセットされているときには,前記ビッグボーナス役が当選しているか否かを判定せず,また,前記通常ゲームにおいては前記再ゲーム役が当選しているか否かを判定し,前記ビッグボーナス中においては前記再ゲーム役が当選しているか否かを判定せず,
前記複数の可変表示部の識別情報の配列は,前記停止可能範囲内に必ず前記再ゲーム識別情報が存在する配列構成となっており,
前記可変表示制御手段は,
再ゲーム当選フラグのみがセットされているとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させ,前記セット手段によりセットされた前記ビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいて前記セット手段が前記再ゲーム当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記再ゲーム当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する前記再ゲーム識別情報を前記所定位置に停止させ,
前記ビッグボーナス当選フラグが消去されずに進行した次回のゲームにおいて前記セット手段が前記小役当選フラグをセットすることにより前記ビッグボーナス当選フラグに加えて前記小役当選フラグがセットされた状態となったとき,当該ゲームでは,前記停止操作手段が操作されたときに前記可変表示部の前記有効な当りライン上の所定位置に表示されている識別情報を基準とした前記所定の停止可能範囲内に位置する識別情報の中に前記ビッグボーナス識別情報が存在するときには当該ビッグボーナス識別情報を前記所定位置に停止させる制御を行なうことを特徴とする,スロットマシン。」
イ 本件特許発明と特許第4058084号発明との相違点
「セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときに,前記ビッグボーナス役が当選していることを報知する報知手段とを含み,該報知手段は,前記ビッグボーナス役が当選していることを表示する表示手段と,前記ビッグボーナス役が当選していることを音で報知する音報知手段」なる構成が,本件特許発明には限定されているが,特許第4058084号発明には限定されていない点
4 スロットマシンに関する法的規制の概要
(1) 再遊技及び内部当たりの報知に関する規制
我が国において,スロットマシンは,法令上「回胴式遊技機」と呼ばれ,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営適正化法」という。),同施行規則,遊技機の認定及び型式の検定等に関する規則(以下「遊技機規則」という。)の別表第5回胴式遊技機に係る技術上の規格(以下「技術上の規格」という。)等に基づいた規制がされている。技術上の規格は,平成2年8月31日に改正(同年10月1日施行。以下「平成2年改正」という。)がされた。平成2年改正による新しい規格に適合する回胴式遊技機(以下「4号機」という場合がある。)。再遊技及び内部当たりの報知は,この4号機規制によって,新たに認められた機能である。
(2) 4号機規制の内容等
平成2年改正以前の技術上の規格においては,(1)性能に関する規格のイ(ロ)に「遊技の結果を得るための回胴の回転は,規定枚数の遊技メダルを投入した後において,回胴回転装置(中略)を作動させることにより,行われるものであること。」と規定されており,遊技メダルを投入しないで回胴回転装置を作動させることが認められていなかった。
平成2年改正によって,この規定は「遊技の結果を得るための回胴の回転は,規定枚数の遊技メダルを投入し,又は再遊技を行うことができることとなる回胴の上の図柄の組合せが表示された後において,回胴回転装置を作動させることにより,行われるものであること。」と改正され,新たに備考に「(7)『再遊技』とは,一回の遊技の結果として特定の図柄の組合せ(入賞に係る図柄の組合せを除く。)が表示された場合における次回の遊技で,遊技メダルを投入することによらずに行うことができるものをいう。」と定められた。
以上のとおり,平成2年改正によって,当選ライン上に回胴上の特定の図柄の組合せが揃った場合に,新たな遊技メダルの投入なしに回胴回転装置を作動させる再遊技が認められた。本件特許発明における「再ゲーム役」と呼称する役は,上記再遊技と同一である。
第3取消事由に関する原告の主張
審決には,以下のとおり,①相違点3及び相違点5について容易想到でないとした判断の誤りがあり(取消事由1),②本件特許発明と特許第4058084号発明は,同一の発明でないとした認定の誤りがある(取消事由2)。
1 相違点3及び相違点5に係る容易想到性判断の誤り(取消事由1)
(1) 相違点3に係る容易想到性判断の誤り
審決は,相違点3について,甲12(甲47と同一。以下同じ)の7頁3列「3つの働き CHANCE絵柄」と題する囲み記事の「リプレイ絵柄として知られる『CHANCE』には,他にも2つの役割がある。ひとつは,ビッグボーナス時に小役ゲームからボーナスゲームに移行するときに揃う役割。もうひとつは,ボーナスゲーム中のJACマークとしての役割だ。」との記載,及び,同11頁5列10~15行の「表では抽選の種類がいくつもあるように見えるけど,実際には,ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)と平常時の区別しかない。」との記載から,「甲第12号証には,『通常ゲーム』においては『再ゲーム識別情報』による再ゲーム役が当選しているか否かを判定し,『ビッグボーナス中』には『再ゲーム識別情報』が揃ったとしても再ゲーム役の当選とはしないということは記載されているが,『ビッグボーナス中』に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しないとは記載されていない。また,甲12の他の記載及び他の甲号各証から,それが示唆されているものでもない。」と判断した。
しかし,上記審決の判断は,以下のとおり,誤りである。
ア 「CHANCE」図柄の役割と意味
ビッグボーナス中に再ゲームの抽選をしないことは,甲12の「ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)」(甲12の11頁5列12~14行)との部分に記載されている。上記記事は,「ビッグチャンス」すなわちビッグボーナス中,「再ゲームの代わりに」,すなわち再ゲームの抽選をしないで,ボーナスゲームの抽選をするとの意味である。抽選をしないということは,当選しているか否かを判定しないことと同義である。したがって,甲12には,ビッグボーナス中に再ゲームの当選判定をしないことが記載されている。
4号機規制により,ビッグボーナスから次回のビッグボーナスまでの間に(通常遊技中),7.3回に1回の出現率で再遊技が出現するよう設計することが義務づけられたが,ビッグボーナス中は,再ゲームの出現を義務づけられなかった。また,ビッグボーナス中には再ゲームを出現させなくてもよいということから,7種類に制限されている図柄を有効に用いる方法として考えられたのが,「1種類の図柄で一般遊技中は再遊技の図柄とし,役物作動中は役物の当たりに係わる図柄として用い」る方法であり,平成3年2月5日付日電協内規に記載されて周知されていた。したがって,本件特許出願以前,再ゲーム役を採用し,回胴上の7種類の図柄のうちの1つを,通常遊技中は再ゲームの識別情報として用い,これが揃ったときは再ゲームを出現させ,ビッグボーナス中は,再ゲームを出現させないで,当該図柄をボーナスゲーム入賞の識別情報として用いる回胴式遊技機が周知されていた(以下「周知回胴式遊技機A」という。)。
以上は,4号機開発における技術常識であったから,当業者が,甲12の6頁左下隅の「CHERRY BAR払い出し表」及び同7頁3列「3つの働き CHANCE絵柄」という囲み記事を見れば,「CHANCE」図柄は,「1種類の図柄で一般遊技中は再遊技の図柄とし,役物作動中は役物の当たりに係わる図柄として用い」るものとして使用されていること,すなわち,通常遊技中は再ゲームの識別情報として,ビッグボーナス中は,「JAC GAME」すなわちボーナスゲーム入賞の識別情報としてそれぞれ使用されていることが理解できる。すなわち,「チェリーバー」が周知回胴式遊技機Aであることが容易に理解できる。また,「REPLAY」と記されているのは「CHANCE」図柄のみであることから,「CHANCE」図柄以外に「再ゲーム識別情報」として用いられる図柄が存在しないことも容易に理解できる。
審決においても,回胴式遊技機の制御に関し,「リールの停止制御はセットされた当選フラグに基づいて行われること」,「4コマの範囲で引き込み制御を行うこと」,「セットされた当選フラグに対応しない役を構成する図柄が停止することを防止するため,該図柄が停止表示されないように,いわゆる蹴飛ばし制御が行われること」について,本件特許出願時点で周知技術であったことを認定している。また,回胴式遊技機が「周知の『再ゲーム役』を当選判定の対象役として採用した場合,『再ゲーム役』を採用した段階で,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段が,該複数種類の役の一として再ゲーム役も含めて当該判定の対象とすることは自明」であるとしている。
これらの技術は,回胴式遊技機において,回胴の停止前に抽選を行い,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段が,該複数種類の役について当選判定を行っていることを前提としている。このような事前の抽選・当選判定がなければ引き込み制御や蹴飛ばし制御ができないのである。これもまた,当時の周知慣用技術であり,当業者の技術常識である。
以上の技術常識に基づいて,上記記載と「ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)」の記事を合わせて読めば,ビッグボーナス中に再ゲームを出現させない方法として,ビッグボーナス中は,再ゲームの抽選に代えて,すなわち,再ゲームの抽選をしないでボーナスゲームの抽選をすることによって,再ゲームを出現させないものであることが理解できる。したがって,甲12の記事のうち審決が引用した部分だけ見ても,「チェリーバー」において,ビッグボーナス中は,再ゲームの当選判定を行っていないことが記載されていることは容易に理解できる。
イ 甲12の「ビッグ・集中・小役の判定の流れ」
審決が認定した回胴式遊技機における周知慣用技術は,回胴式遊技機において,回胴の停止前に抽選を行い,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段が,該複数種類の役について当選判定を行っていることを前提としている。この抽選・当選判定に関し,上記留意事項通知に,「④再ゲームの抽選データは,一般のフルーツの抽選データテーブルに含める。」と記載されている。これは,再ゲームの抽選に関するデータを「一般のフルーツ」すなわち小役のデータと同一のテーブルに格納することを義務づけたものである(回胴上の図柄において,一般に小役には果物の図柄が用いられることが多いので,小役は「フルーツ」とも呼ばれる。)。以上のとおり,回胴式遊技機における抽選・当選判定は,回胴停止までの間に行われ,その抽選データは抽選データテーブルに含まれているが,4号機において,再ゲームの抽選データは,小役の抽選データと同じ抽選データテーブルに含まれていることが周知されていた。
当業者がこのような技術常識に基づいて「判定の流れ」を見れば,「判定の流れ」には,「チェリーバー」において,判定手段が複数種類の役別に当選判定する作業の流れが記載されていること,集中役については,単独で抽選が行われること,チャート図の流れに従って,抽選データテーブルに記載されたA~Gの各抽選データを使用して判定されるものであること,各遊技状態・各段階毎に記載された「→」の右側に記載されたA~GまたはA~Eの各抽選データに基づいて「→」の順序で当選判定が行われること,A~Gの各抽選データと各役との対応関係は,「A チェリー,B ベル,C プラム,D スイカ,E CHANCE,F シングル,G ビッグ」であり,A~Dが上記の各小役に固定して対応し,Eが「CHANCE」図柄に対応する役に,Fが「シングルボーナス」役に,Gが「ビッグボーナス」役に各対応することが,容易に理解できる。
「判定の流れ」の上記記載及び甲12の他の記事,とくに,その説明記事の中の「ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)」(甲12の11頁5列12~14行)との記事を合わせて読めば,これが「判定の流れ」の「ビッグボーナス中の小役ゲーム残り回数」が「0以外」のときの「A→B→C→D→Eの抽選 (ビッグ中の小役の抽選)」の中の「E」についての説明であり,「E」は,「CHANCE」図柄に対応する役についての抽選であるが,「再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする」ことが記載されていると理解できる。すなわち,ビッグボーナス中は,「E」の抽選は再ゲームではなく,ボーナスゲームの抽選であることが理解できる。以上のとおり,甲12には,「ビッグボーナス中には,再ゲーム役が当選しているか否かを判定をしない」ことが記載されている。
審決は,上記記載を無視し,「チェリーバー」において,「複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段」が事前に当選判定を行っていないとの誤った認定をして,本件特許発明の相違点3に係る構成を容易想到であるとはいえないと判断した。以上のとおり,審決の上記判断には誤りがある。
(2) 相違点5に係る容易想到性判断の誤り
審決は,本件特許発明の相違点5に係る構成を2つに分けて検討し,そのうちの「ビッグボーナス当選フラグが持ち越し中で,さらに再ゲーム当選フラグがセットされ,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグがセットされた場合」について検討し,甲6の「バニーガールシリーズはフラグの成立した絵柄を上下段に揃えるという制御があるからなんだ(ボーナスと小役が重複した場合は,ボーナスを優先する)。」という記載は,「スロットマシンの技術常識を踏まえて解釈すると,『ボーナス当選フラグが持ち越し中で,さらに小役当選フラグがセットされ,ボーナス当選フラグと小役当選フラグがセットされた場合は,ボーナスを優先して引き込み制御を行う』ということ」であるが,これは「ボーナス当選フラグと再ゲーム役当選フラグが同時にセットされた場合の記載ではない」と認定して,本件特許発明の相違点5に係る構成は,甲6を適用することによって,容易に想到することはできないと判断した。
しかし,審決の認定,判断には,以下のとおり,誤りがある。
ア 甲6記載の技術を適用することの容易想到性について
審決は,本件特許出願当時,再ゲーム役が回胴式遊技機において周知技術であったことを認め,「周知の『再ゲーム役』を当選判定の対象役として採用した場合,『再ゲーム役』を採用した段階で,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段が,該複数種類の役の一として再ゲーム役も含めて当該判定の対象とすることは自明」であると認定している。
しかし,「再ゲーム役」を採用した場合に生じる事態は,これにとどまるものではない。再ゲーム役を採用した場合,再ゲーム役も含めて当該判定の対象とし,その結果,再ゲーム役に当選したときは,再ゲーム当選フラグをセットし,これに基づき,再ゲーム識別情報を引き込み制御の対象とすることは自明である。また,4号機規制において,再ゲームが7.3回に1回の割合で出現することが義務づけられているのは,ビッグボーナスに当選し,ビッグボーナス当選フラグがセットされたが消去されずに持ち越された場合の次回以降のゲームをも含めてであるから,特に特殊な制御をしない限り,当該ゲームにおいて,再ゲームに当選して再ゲーム当選フラグがセットされ,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグが同時にセットされる場合が生じることも当時の技術常識からして自明であった。
したがって,再ゲームを採用する以上,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグが同時にセットされる場合の引き込み制御の方法を決定しなければならないことも自明であった。
本件特許出願当時,ボーナス当選フラグが持ち越されて,ボーナス当選フラグと小役当選フラグが同時にセットされる場合が生じた場合の引き込み制御の技術として,甲6の技術が知られていたのであるから,再ゲーム役を採用するに際しては,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム役当選フラグがセットされた場合に,甲6記載の技術を適用して,どちらかの当選フラグを優先して引き込み制御の対象とすることは,当業者が容易に想到できたものである。
イ 本件特許発明に顕著な効果がないことについて
審決は,「本件特許発明においては,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグがセットされた場合,再ゲーム当選フラグを優先することによって,ビッグボーナス発生前のゲームに再ゲームが割り込むことでビッグボーナス発生前の消化ゲームが追加されることで単位時間当たりの払出しを少なくでき,遊技者の投資額も少なくでき,射倖性の適正化が図れる等の顕著な効果が認められる。」と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア) 4号機規制の効果
前記のとおり,4号機規制によって,通常遊技中,7.3回に1回の割合で再遊技を出現させることが義務づけられた。この規制に従い,通常遊技中7.3回に1回の割合で再ゲームを出現させる回胴式遊技機(以下「周知回胴式遊技機B」という場合がある。)は,周知であった。周知回胴式遊技機Bは,以下のとおり,通常遊技中7.3回に1回の割合で再ゲームを出現させることによって,「遊技者の投資額も少なくでき,射倖性の適正化が図れる等の顕著な効果」を持つ遊技機である。換言すれば,通常遊技中,一定の割合で再ゲームを出現させることにより,「遊技者の投資額も少なくでき,射倖性の適正化が図れる等の顕著な効果」をもたらす技術は当業者に周知されていた。
再ゲーム役を採用すると,遊技者の単位時間当たりの投資額は,再ゲームによりメダル投入なしに遊技可能となったゲーム回数分だけ減少するが,再ゲームが出現しても,再ゲーム以外の入賞役等の当選確率が同じであれば,再ゲームなしの場合と同じ確率で入賞して払出しが行われるから,再ゲームの採用には,単位時間当たりの払出しを少なくする効果はない。したがって,本件特許発明における相違点5に係る構成の顕著な効果とされたもののうち,払出しの減少以外は,再ゲームを採用したことそのものによる効果であって,「ビッグボーナス発生前の消化ゲームが追加されること」による効果ではない。
(イ) 再ゲーム当選フラグ優先の効果
審決が判断するとおり,「再ゲーム当選フラグを優先することによって,ビッグボーナス発生前のゲームに再ゲームが割り込むことでビッグボーナス発生前の消化ゲームが追加される」場合があることは確かである。しかし,再ゲーム当選フラグ優先の効果であるといえるのは,ビッグボーナス当選フラグがセットされたゲームで,ビッグボーナス入賞図柄の引き込みに失敗して,ビッグボーナス当選フラグが持ち越された次回以降のゲームにおいて,再ゲームに当選して,次回に再ゲームが行われる場合のうち,当該ゲームにおいては,ビッグボーナス入賞図柄を引き込むことができるタイミングで停止操作が行われたにもかかわらず,再ゲーム当選フラグ優先によって再ゲーム図柄が引き込まれた場合だけである。その発生頻度は僅少であり,しかも遊技者の停止操作技術に大きく左右され,一般的に,数値的・確率的に論じることができない。
再ゲーム当選フラグを優先すると,ビッグボーナス発生前の消化ゲームが追加される場合があり,その場合ビッグボーナスの発生が遅れる。しかし,遅れるだけで,セットされたビッグボーナス当選フラグが消去されるわけではない。ビッグボーナス当選フラグが一旦セットされた以上,ビッグボーナスは遅れても必ず発生し,払出しが行われる。したがって,単位時間当たりの払出額には影響しない。
ビッグボーナス当選フラグを優先すると,再ゲームに当選しながら出現しない場合が生じる。しかし,投資額を減少させる効果の大小は,実際に出現した再ゲームの回数による。したがって,再ゲームの出現率が同じであれば,遊技者の投資額が減少する効果は,いずれの当選フラグを優先しても変わりはない。逆に,ビッグボーナス当選フラグを優先しても,当該ゲーム終了後に再ゲーム当選フラグを消去せず,次回以降のゲームに持ち越す構成であれば(技術上の規格には適合しないが,技術的には可能である),再ゲームの出現率は変わらず,投資額減少効果も変わらない。また,ビッグボーナス当選フラグセット中の再ゲーム当選確率を向上させるなどの方法により,再ゲームの出現率を確保しても同じである。
出現率が確保されていれば,いつ出現しても,発生時期に無関係に,その出現分だけ投資額が減少する。被告が再ゲーム当選フラグ優先の効果と主張し,審決が認めた効果は,再ゲーム当選フラグ優先の効果ではなく,再ゲーム役採用の効果である。また,仮に何らかの効果があるとしても,周知回胴式遊技機Bにおいて生じる顕著な効果と比較すると,「顕著な効果」とは到底言えない程度のものである。
ウ 甲12の記載について
甲12の12頁2~3列右の見出しには「再ゲーム確率は,規定ギリギリに設定されていた!!」とあり,同頁最下列の「チェリーバー小役確率表」に「平常時」における「CHANCE」の確率が「1/7.3」と記載されている。「4号機規制」においては,留意事項通知において,「1/7.3」の確率で再遊技を出現させることが義務づけられており,上記記事は,これらが,本件特許出願当時,当業者のみならず,一般にも周知されていたことを示している。以上のような当業者の当時の技術常識を前提に,甲12の「チェリーバー小役確率表」に「平常時」における「CHANCE」すなわち再遊技の当選確率が「1/7.3」であるとの記事と,これが「規定ギリギリに設定されてい」るという記事を見た場合,「チェリーバー」においては,「平常時」すなわち通常遊技時に(ビッグボーナス当選フラグがセットされている場合もそうでない場合も含めて),設計上の引き込み率を100%とすることによって,「4号機」の技術上の規格に適合させたことが容易に理解できる。甲6に記載された「ビッグボーナス当選フラグが持ち越し中で,さらに小役当選フラグがセットされ,ビッグボーナス当選フラグと小役当選フラグがセットされた場合は,ボーナスを優先して引き込む制御を行う」技術は当業者に知られていたから,通常遊技状態における再ゲームの引き込み率を100%にするためには,この技術の小役当選フラグを再ゲーム当選フラグに置き換え,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグが同時にセットされた場合に再ゲーム当選フラグを優先させ,再ゲーム識別情報を停止させる方法を容易に想到できる。したがって,相違点5は,甲1発明に,甲6と甲12を組み合わせることによって,当業者にとって容易想到であった。
2 本件特許発明と特許第4058084号発明との同一性の誤り(取消事由2)
審決は,本件特許発明と特許第4058084号発明とは,「本件特許発明では『セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときに,前記ビッグボーナス役が当選していることを報知する報知手段とを含み,該報知手段は,前記ビッグボーナス役が当選していることを表示する表示手段と,前記ビッグボーナス役が当選していることを音で報知する音報知手段』なる構成が,本件特許発明には限定されているが,特許第4058084号発明には限定されていない」点において相違があると認定し,同相違点に係る構成は,①甲18,甲19,甲20は,弾球遊技機つまりパチンコ遊技機に係る発明であり,特許第4058084号発明のスロットマシンの技術分野とは異なること,②甲9と甲21は,出願人が同一であることからすれば,周知技術とはいえないとして,本件特許発明と特許第4058084号発明とは同一の発明ではないと判断した。しかし,以下のとおり,スロットマシンの分野において音と光の報知は周知技術であるから,審決の上記判断は,誤りである。
(1) 「音と光の報知は周知技術であること」について
甲43には,「抽選当たり表示ランプ8は,有効ライン上に前記2倍配当図柄10が停止して抽選当たりとなったときに点滅動作を開始する」,「前記抽選当たり表示ランプ8に代えて,抽選当たり表示管31が設けてある。この抽選当たり表示管31は,後記する抽選動作の結果,抽選が当たったとき,その旨を文字で表示して遊技者に報知するためのものであり,この報知手段としては,表示管以外の表示手段を用いてもよく,また音声によるものを用いてもよい。」との記載があり,抽選が当たった時の報知(内部当たり報知)として,「抽選当たり表示ランプ」「文字で表示」「表示管以外の表示手段」との光による報知手段と,「音声によるもの」という音の報知手段が記載されている。また,甲44には,「配当パネル15内に設けられた表示ランプ16が点灯動作してリクエスト信号の発生,すなわちボーナスゲームとなるシンボルの組み合わせが得やすいように,リール4~6が停止制御される状態になっていることを表示する。」,「リクエスト信号が発生されたことを表示するために,前記表示ランプ16に代えて発音表示装置を使用してもよい。」との記載があり,リクエスト信号が発生した場合に,「表示ランプ」という光で報知をすることが記載され,「発音表示装置」で音により報知することが記載されている。これに,甲8,甲9及び甲20の記載を総合すると,スロットマシンの分野において光と音によって報知することは,周知技術であるといえる。
(2) 「出願人が同一であること」について
審決は,「甲第9号証及び甲第21号証は,スロットマシンにおける内部当たり時に音と光で報知する点が記載された公知文献であるが,両者とも同じ出願人による公開公報であって」と判示し,同一出願人であることを重視する。また,甲43も同一の出願人による発明である。しかし,これらの3つの公報に記載された技術の周知性を判断するに際して,出願人が同一である点は,影響を及ぼさない。
本件では,甲9,甲21及び甲43の出願人は「高砂電器産業株式会社」であるが,発明者や考案者は異なる。すなわち,3人の発明者・考案者らが音と光によって報知する技術に論及していることから,審決の判断は誤りである。
(3) 公開日
甲44の公開日は昭和61年11月28日,甲9の公開日は昭和62年6月9日,甲43の公開日は平成元年11月6日であり,本件特許の原出願日(平成5年5月28日)と比較すると相当な時間が経過しており,この点からも,上記技術は,周知であるといえる。
(4) 法的規制について
内部当たりの報知(フラグ告知)の例が少なかったのは,法的に規制されていたためである。すなわち,4号機規制に適合する機種として,本件特許出願前に発売された「チェリーバー」,「ベガスガール」には,フラグ告知ランプが搭載されている。また,4号機規制以前からフラグ告知機能が備わっていた機種(いわゆる沖縄機)も存在していた。このように内部当たりの報知(フラグ告知)は,本件特許出願当時に周知技術であったし,実機として沖縄には多数存在した。甲45や甲46は,光や音を使用して,遊技者に報知している点で,本件特許発明と変わりない。本件特許発明とは,報知の時期が異なるにすぎず,報知の時期を変えることには技術的な困難性はない。内部当たりを光と音で報知する技術は,周知技術である。
(5) パチンコ機とパチスロ機の関係について
審決は,「スロットマシンでは,(中略)図柄の停止に際して遊技者の技術介入性を必要とする,つまり遊技者は報知があるとビッグボーナス識別情報を揃えるべく努力をする」として,パチンコとスロットマシンを異なるものと扱っている。
しかし,上記の点は,内部当たりの報知一般について妥当することであって,音だけでも,光だけでも,報知があれば,遊技者は同様の努力をする。内部当たりの報知として光と音で報知する技術に特有の効果ではない。光による報知がスロットマシンにおける周知技術であること,スロットマシンにおいて内部当たりを光によって報知することによって,上記の効果があることが認定されるならば,パチンコにおいて音と光による報知が周知技術であることを示す文献をもって,スロットマシンにおける周知技術と認定されるべきである。甲18ないし甲20はいずれも「複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示装置」に関する技術であるから,スロットマシンと共通する。甲20には,産業上の利用分野について「この発明は,パチンコ遊技機やスロットマシンなどで代表される遊技機に関し,特に複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表示装置の表示結果に基づいて所定の遊技価値を付与する遊技機」と記載されており,パチンコ機とスロットマシンとを区別することなく,スロットマシンに積極的に適用されることが記載されている。以上のとおり,甲20をパチンコの技術であって,スロットマシンの技術ではないとした審決の判断には,誤りがある。
第4被告の反論
1 相違点3及び相違点5に係る容易想到性判断の誤り(取消事由1)に対し
(1) 相違点3に係る容易想到性判断の誤りに対し
ア 「CHANCE」図柄の役割と意味
原告は,甲12の「ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)」との記事について,「『ビッグチャンス』すなわちビッグボーナス中,『再ゲームの代わりに』,すなわち再ゲームの抽選をしないで,ボーナスゲームの抽選をするとの意味である。」と主張する。しかし,「抽選(当選判定)」は,絵柄が揃う前に乱数を用いて行なわれるものであり,どの絵柄が揃うかは抽選結果(当選結果)次第であり,ある絵柄が揃えば,結果的にその絵柄の入賞役が抽選に当選していたことを意味する。しかし,「CHANCE」とは絵柄であるから,「CHANCEで・・・抽選をする」という記載は,「絵柄で抽選する」という,意味不明の記載である。審決が引用した甲12の第7頁第3列囲み記事の記載を参酌すれば,「リプレイ図柄として知られる『CHANCE』には,他にも2つの役割がある。一つはビッグボーナス時に小役ゲームからボーナスゲームに移行するときに揃う役割。もう一つは,ボーナスゲーム中のJACマークとしての役割だ。」と記載されているので,甲12は,「CHANCE」を入賞役の意味としても用いているものと理解される。このような理解を前提にすると,甲12の「CHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする」との記載は,「CHANCE絵柄は通常ゲームでは再ゲーム役の絵柄であるが,ビッグボーナス中は,CHANCE絵柄の役がボーナス役として機能して抽選され,それゆえ,CHANCE絵柄が揃っても再ゲーム役が当選していたことにならず,ボーナス役が当選していたことになる」との意味に解釈するのが自然である。そのように解釈した場合でも,甲12の記載から,「ビッグボーナス中に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しないこと」と理解することはできない。以上のとおり,甲12の「ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)」との記載から,「ビッグボーナス中に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しない」と理解することはできない。
原告は,本件特許出願以前,「周知回胴式遊技機A」が周知されていたことを前提とする技術常識に基づいて,審決が引用した甲12の記事から,ビッグボーナス中は,再ゲームの当選判定を行っていないことが記載されていることは容易に理解できる,と主張する。しかし,「周知回胴式遊技機A」が周知であることを示す証拠はない。内規等の記載を考慮したとしても,甲12に「ビッグボーナス中に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しない」ことが記載されているとはいえない。
したがって,甲12には,CHANCE絵柄が通常ゲームとビッグボーナスとで役割が変化することが記載されているに留まり,審決の「ビッグボーナス中に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しないとは記載されていない。」との判断に誤りはない。
イ 甲12の「ビッグ・集中・小役の判定の流れ」について
原告は,甲12の第11頁に記載された記事について,甲12の他の記事を合わせて読めば,ビッグボーナス中は,「E」の抽選は再ゲームではなく,ボーナスゲームの抽選であることが理解できる,と主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,留意事項通知(甲38)は,技術常識を立証する証拠として妥当を欠く。また,原告の「判定の流れ」の解釈は,「CHANCE絵柄は通常ゲームでは再ゲーム役の絵柄であるが,ビッグボーナス中は,CHANCE絵柄の役がボーナス役として機能して抽選され,それゆえ,CHANCE絵柄が揃っても再ゲーム役が当選していたことにならず,ボーナス役が当選していたことになる」との解釈と変わるところがない。したがって,留意事項通知の記載から,「ビッグボーナス中に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しない」との技術を理解することはできない。
以上のとおり,審決の「甲第12号証には,『通常ゲーム』においては『再ゲーム識別情報』による再ゲーム役が当選しているか否かを判定し,『ビッグボーナス中』には『再ゲーム識別情報』が揃ったとしても再ゲーム役の当選とはしないということは記載されているが,『ビッグボーナス中』に再ゲーム役が当選しているか否かを判定しないとは記載されていない。また,甲12の他の記載及び他の甲号各証から,それが示唆されているものでもない。」として,本件特許発明の相違点3に係る構成の容易想到性を否定した審決の判断に誤りはない。
(2) 相違点5に係る容易想到性判断の誤りに対し
ア 甲6記載の技術を適用することの容易想到性について
原告は,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグが同時にセットされる場合が生じることも当時の技術常識からして自明であること,したがって,再ゲームを採用する以上,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグが同時にセットされる場合の引き込み制御の方法を決定しなければならないことも自明であることから,審決の認定,判断は誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,まず,原告が前提とする「技術常識」は,甲36ないし38の記載に基づくものであるが,甲36ないし38は日電協内部の組合員資料にすぎず,これをもって,技術常識であるとはいえない。また,「4号機規制において,再ゲームが7.3回に1回の割合で出現することが義務づけられているのは,ビッグボーナスに当選し,ビッグボーナス当選フラグがセットされたが消去されずに持ち越された場合の次回のゲームをも含めてである」との原告の主張は,甲36ないし38に記載がない。さらに,甲6には,「ボーナス当選フラグと小役当選フラグがセットされた場合は,ボーナスを優先して引き込み制御を行う」という程度の記載しかない。
したがって,甲6の「バニーガールシリーズはフラグの成立した絵柄を上下段に揃えるという制御があるからなんだ(ボーナスと小役とが重複した場合は,ボーナスを優先する)。」との記載から,本件特許発明の相違点5に係る構成を容易に想到することができるとはいえないとした審決の認定,判断に誤りはない。
イ 本件特許発明の顕著な効果について
(ア) 4号機規制の効果について
本件特許発明は,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグとの双方がセットされた状態において,ビッグボーナスという大きな価値の発生を先に延ばすことの代償として再ゲームを発生させ,次回のゲームで賭数設定のための投資をする必要がないようにして遊技者の投資負担を軽減するという技術的意義がある。すなわち,本件特許発明では,再ゲームを優先させて,ビッグボーナスを後ろに控えた状態で再ゲームを発生させることに,ビッグボーナスの発生を先送りすることの代償として遊技者の投資負担を軽減する点において,「顕著な効果」がある。
これに対して,「周知回胴式遊技機B」は,通常遊技中,7.3回に1回の割合で再ゲームを出現させるという技術にすぎず,ビッグボーナスを先送りすることの代償として,遊技者の投資負担を軽減するとの技術的意義は存在しない。のみならず,「周知回胴式遊技機B」が周知であることを示す証拠はない。甲36ないし38は,内規等を記載したものであり,日電協内部の組合員向けの外部公表禁止の資料である。
なお,原告は,「審決が前提とした効果は,再ゲーム当選フラグ優先の効果ではなく,再ゲーム役採用の効果である。」とも主張する。しかし,審決が前提とした効果は,「ビッグボーナス当選フラグに加えて再ゲーム当選フラグがセットされた状態」で奏される効果であるから,ビッグボーナス当選フラグに対する再ゲーム当選フラグ優先の効果であり,原告の主張は,その主張の前提において,誤りがある。
(イ) 再ゲーム当選フラグ優先の効果について
原告の主張に係る「周知回胴式遊技機B」記載の技術は,「通常遊技中,7.3回に1回の割合で再ゲームを出現させる回胴式遊技機」にとどまる。また,いずれの証拠にも,「ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグがセットされている場合」,及び「ビッグボーナス当選フラグを優先させるものと再ゲーム当選フラグを優先させるものの2種類」についての記載はない。
ウ 甲12の記載について
原告は,本件特許発明に係る相違点5は,甲6と甲12を組み合せることによって,当業者にとって容易想到であったと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,原告の主張に係る甲12の「再ゲーム確率は,規定ギリギリに設定されていた!!」という記載,及び「CHANCE」の確率が「1/7.3」とされたチェリーバー小役確率表のいずれも,「当選フラグの優先順に関する相違点5を示唆する記載」とはいえない。また,甲12には,再遊技の引き込み率を100%にすることの記載は存在しない。したがって,原告が摘記した甲12の記載を考慮したとしても,相違点5に関する上記審決の判断に誤りはない。原告の主張は,実質的には,相違点5に係る本件特許発明の構成が容易想到であるとの新たな主張をするものであって,その主張自体失当である。また,「4号機規制」が周知であったとしても,原告主張に係る技術が,当業者の技術常識であるとはいえない。
2 本件特許発明と特許第4058084号発明との同一性の誤り(取消事由2)に対し
(1) 「音と光の報知は周知技術であること」に対し
ア 「技術介入性」とは,複数の図柄を回転させるリールの停止結果が,遊技者の操作次第で変化し得る性質のことをいう。パチンコ遊技機の場合,リールが回転を開始した段階で既にゲームの結果(当たり/外れ)が確定しており,やがてリールの回転が停止し,事前決定されたとおりの結果が常に導出されるから,技術介入性がない。また,ラスベガスなどに設置されたカジノ系のスロットマシンでは,リールの回転を開始させるレバーがあるが,リールの回転を停止させるための停止操作ボタンが設けられておらず,パチンコ機と同じく,常に事前決定されたとおりにリールが停止するため,技術介入性がない。これに対して,技術介入性のあるスロットマシンの場合,たとえば,ビッグボーナス役が当選しているときに,回転中のリールにビッグボーナス役に対応する図柄が表示されたタイミングを見計らってリールを停止させる操作(俗に“目押し操作”と称される)に成功すれば,ビッグボーナス役の図柄が停止してビッグボーナス入賞が発生するが,タイミングを外して目押し操作に失敗すれば,ビッグボーナス役が当選していてもビッグボーナス役の図柄が停止せず,ビッグボーナス入賞が発生しない。本件特許発明のような技術介入性を有するスロットマシンは,ラスベガスなどに設置された目押し操作不要のカジノ系のスロットマシンと区別して,特に,“パチスロ”と称される。審決は,「パチンコ遊技機ではパチンコ遊技機自体が所定時間後に自動的に事前に決定された当選フラグ役に対応した図柄で停止させるのに対して,スロットマシンでは,上述したように図柄の停止に際して遊技者の技術介入性を必要とする,つまり遊技者は報知があるビッグボーナス識別情報を揃えるべく努力をする」としているが,ここにいう「パチンコ遊技機」とは上記のパチンコ遊技機のことであり,また,「技術介入性を必要とするスロットマシン」とは,本件特許発明のようなスロットマシンを意味するものであり,審決は,「技術介入性」の有無による相違について,正当な前提に立って,認定,判断をしている。
イ 原告が提出した証拠(取消訴訟において提出したものを含む。)のうち,「ビッグボーナス当選報知(音・表示)」の構成を記載したものは,同一出願人による公開公報である甲9及び甲21のみであり,他に「ビッグボーナス当選報知(音・表示)」の構成が周知であることを示すものは存在しない。
以上のとおりであるから,審決が,本件特許発明と特許第4058084号発明との相違点に係る構成について,本件特許の出願時点で,周知技術であったとは認められず,両者は実質的に同一とはいえないとした判断に誤りはない。
これに対し,原告は,光による報知との構成と音による報知との構成のそれぞれが周知技術であれば,2つの発明が実質的に同一と解すべきである旨を主張する。しかし,法的規制があったからといって,ビッグボーナス当選報知について,音による報知手段が周知であることの根拠とはならないから,原告の主張は失当である。また,原告が主張する法的規制を参照しても,“ビッグボーナス当選報知(音・表示)の構成”を記載した部分はない。
仮に,内部当たりを光報知するスロットマシンが周知であったとしても,パチンコ遊技機は技術介入性のない遊技機である以上,内部当たりを光報知するスロットマシンに,パチンコ遊技機の音と光による報知を組み入れて,内部当たりを音と光により報知するスロットマシンが周知であるとすることはできない。
(2) 出願人が同一であることについて
原告は,審決が甲9及び甲21が,両者とも同じ出願人による公開公報とした点について,問題があると主張する。しかし,同じ出願人であるか否かにかかわらず,甲9及び甲21の2件の公開公報の他,周知であることを示す例は存在しない以上,スロットマシンの技術分野における本件特許の出願時点において,相違点に係る技術が周知であったとすることはできないとした審決の判断が正当であることを左右しない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,審決が,①相違点5について容易想到でないとした点,及び②本件特許発明は,同日に出願された特許第4058084号発明とは,同一の発明でないから,特許法39条2項に違反しないとした点に,誤りはないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
以下,順に判断する。
1 取消事由1(相違点3及び相違点5に係る容易想到性判断の誤り)について
原告は,「再ゲーム役を採用するに際して,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム役当選フラグがセットされた場合に,どちらかの当選フラグを優先して引き込み制御の対象とすること」は,ボーナス当選フラグが持ち越されてボーナス当選フラグと小役当選フラグが同時にセットされる場合の引き込み制御に関する甲6記載の技術等を適用することが当業者において容易想到であると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(1) 争いない事実及び認定事実
ア 本件特許発明に係る「再ゲーム」について
(ア) 「再ゲーム」の採用の経緯
前記のとおり,本件特許発明に係る「再ゲーム」とは,遊技機規則別表第5,備考(7)にいう「再遊技」をいう。同規則にいう「再遊技」とは,1回の遊技の結果として特定の図柄の組合せ(入賞に係る図柄の組合せを除く。)が表示された場合における次回の遊技で,遊技メダルを投入することによらずに行うことができるものをいい,「平成2年改正」により設けられた。風営適正化法,同施行令,同施行規則及び遊技機規則によれば,設備を設けて客に射幸心をそそるおそれのある遊技をさせる営業において設置する回胴式遊技機は,遊技機規則別表第5に定める技術上の規格に適合する必要があり,回胴式遊技機を製造しようとする者は,同規格の内容を熟知してこれに適合する回胴式遊技機を製造することになる。本件特許の親出願時である平成5年5月28日の時点において,同規格に定められた,回胴式遊技機で再ゲームを採用することは,当業者に周知であった。
(イ) 再ゲームについての内部抽選の存在
回胴式遊技機においては,入賞に先立って内部抽選が行われる。内部抽選の仕組みは,①複数種類の役のそれぞれについての当選確率を予め定めておき,②ゲーム毎に生成された乱数を役別の当選確率と比較することによって,複数種類の役のいずれかに当選しているか否かを判定し,③いずれかの役に当選している場合には,その役が当選していることを示す当選フラグをセットし,④この当選フラグに基づいて,回胴上における当選役の識別情報(図柄)の引き込み制御を行うものである(遊技機規則,甲1ないし15,弁論の全趣旨)。
再ゲームを当選判定の対象役の一つとして採用した場合,再ゲームを含む複数種類の役のそれぞれについて,予め個別に定められた当選確率に基づいて,内部抽選をすることになり,①複数種類の役の一つとして追加された再ゲームの当選確率を定め,②乱数との比較によって,再ゲームの当選も含めて,複数種類の役のいずれかに当選しているかを判定し,③再ゲームに当選している場合には,再ゲームが当選していることを示す再ゲーム当選フラグをセットし,④再ゲーム当選フラグに基づいて,回胴上における再ゲーム識別情報の引き込み制御が行われることになる。したがって,複数種類の役別に当選しているか否かを複数種類の役別に予め定めた当選確率に基づいて判定する判定手段が,該複数種類の役の一つとして再ゲーム役を含めて当該判定の対象とすることになる。
(ウ) ビッグボーナス及び再ゲームのフラグ同時セット
内部抽選は1ゲーム毎に行われるが,ビッグボーナスに関して小役と異なる取り扱いがされることは4号機以前から広く知られている技術常識である。すなわち,あるゲームにおいて,ビッグボーナス当選フラグがセットされたが,ビッグボーナス図柄を引き込むことができず入賞しなかった場合(いわゆるハズレ),ビッグボーナス当選フラグは消去(リセット)されることなく,次ゲームに持ち越される。そして,所定の条件が成立するまで,ビッグボーナス当選フラグがセットされた状態が複数回のゲームにわたって継続する。ビッグボーナス当選フラグが持ち越された次ゲームでも内部抽選が行われるので,この内部抽選で小役が当選すれば,既にセットされているビッグボーナス当選フラグに加えて,今回当選した小役の当選フラグもセットされる(甲1ないし15,弁論の全趣旨)。
複数種類の役の一つとして再ゲームを採用する場合,上記ケースと同様の事態が生じることは自明といえる。すなわち,ビッグボーナス当選フラグが持ち越された次ゲームにおいて,内部抽選で再ゲームが当選すれば,既にセットされているビッグボーナス当選フラグに加えて,今回当選した再ゲーム当選フラグがセットされることになる。ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグとが同時にセットされた場合,遊技者が回胴の停止ボタンを押すタイミングに起因した引き込み範囲との関係で,①ビッグボーナス及び再ゲーム共に引き込むことができない場合,②ビッグボーナスのみ引き込むことができる場合,③再ゲームのみ引き込むことができる場合,④ビッグボーナス及び再ゲーム共に引き込むことができる場合の4種類の状態となりうる。そして,④の場合に対応するためには,ビッグボーナスの引き込み及び再ゲームの引き込みのどちらを優先するのかを,システム上,予め設定しておく必要がある。したがって,ビッグボーナス当選フラグは持ち越し可能というルールの下において再ゲームを採用するに当たっては,上記のような引き込みの優先順位を決定しておくことが必要となる。
イ 甲6の記載内容
甲6は,「パチスロ攻略マガジン5月号1993年」であるが,昭和63年にオリンピアが開発,販売した「バニーガール」という回胴式遊技機(いわゆるパチスロ機)について,「バニーガールシリーズはフラグの成立した絵柄を上下段に揃えるという制御があるからなんだ(ボーナスと小役が重複した場合は,ボーナスを優先する)。」との記載がある(113頁2列22~26行)。
ウ 甲12の記載内容
甲12には,「チェリーバー」という回胴式遊技機について,「再ゲーム確率は,規定ギリギリに設定されていた!!」(12頁2~3列右の見出し),「リプレイ絵柄として知られる『CHANCE』には,他にも2つの役割がある。ひとつは,ビッグボーナス時に小役ゲームからボーナスゲームに移行するときに揃う役割。もうひとつは,ボーナスゲーム中のJACマークとしての役割だ。」(7頁3列「3つの働き CHANCE絵柄」と題する囲み記事),「表では抽選の種類がいくつもあるように見えるけど,実際には,ビッグチャンスの中(この時はCHANCEで再ゲームの代わりにボーナスゲームの抽選をする)と平常時の区別しかない。」(11頁5列10~15行)との記載がある。
また,甲12には,「チェリーバー小役確率表」における「平常時」の「CHANCE」の確率が「1/7.3」である旨が記載されている(12頁最下欄)。
エ 甲46の記載内容
甲46には,以下の記載がある。
「[従来の技術]
スロットマシンには絵柄を配列したリールを回転させるリール回転型のものと,ブラウン管に絵柄を移動表示させるビデオタイプのものとがあるが,ストップボタン付きのものでは,遊技者がストップボタンを操作したときに絵柄列の移動表示を停止させ,表示窓に停止表示されている絵柄の組み合わせによって入賞の有無及び入賞の種類が決められる。」(155頁右欄5~13行)
「遊技者は表示部2における表示状態を観察し,任意のタイミングで操作部3を操作する。操作部3が遊技者によって操作され,その操作信号が制御部1に入力されると,表示部2の表示動作が停止し特定の表示状態となる。このときの表示状態が予め定められた表示状態に合致していると入賞が得られる。
表示部2が表示動作されている期間中には,制御部1からタイミング表示部4に信号が送られる。このタイミング表示部4は,入賞が得やすい操作部3の操作時期を遊技者に報知し,また,入賞が得やすい操作部3の操作時期が過ぎてしまうとその報知がなくなる。」(156頁右欄8~20行)
「また,各リールごとに指示用ランプ24,25,26が設けられている。これらの指示用ランプ24,25,26は,リール13,14,15が回転しているときに,入賞が得やすいストップスイッチ19,20,21の操作時期,すなわち優勢にゲームを行うことができるストップスイッチの操作時期を表示する。」(156頁右欄40行~157頁左欄3行)
「指示用ランプ24は,リール13に配列されている絵柄のうち,入賞を与える絵柄が窓16に停止されるタイミングに合わせて点灯される。」(157頁左欄10~13行)
「なお,最初に停止させるリール13の絵柄の全てが,他のリール14,15の絵柄との組み合わせ如何によって入賞を与え得るものである場合には,特に配当が大きい絵柄が窓16に停止されるタイミングで指示用ランプ24を点灯させるようにしてもよい。」(157頁左欄17~22行)
「スロットマシンで最終的に入賞が得られるか否かは,前述した複数のリール13~15の全てが停止したときに決定される。」(157頁右欄33~35行)
「上記によれば,ストップスイッチ19を操作してリール13を停止させたとき,窓16に第1リール13の絵柄『7』が表示されている場合には,リール14,15の絵柄のうち『7』を窓17,18で停止させ得るストップスイッチ20,21の操作時期を各々の指示用ランプ25,26で表示することができるようになる。すなわち,窓16~18に同じ絵柄が揃って停止していることで入賞が得られる場合には,すでに停止したリール13によって窓16に表示されている絵柄と同じ絵柄が窓17,18に移動してきたときに指示用ランプ25,26が点灯される。
なお,リール13,14を停止させたときに,窓16,17に同じ絵柄が揃っていないときには,リール15の停止位置にかかわらず既に入賞を得ることができない状態であるから,指示用ランプ26は点灯されない。」(158頁左欄6~22行)
(2) 相違点5の容易想到性に関する判断
(ア) 前記認定のとおり,甲6(113頁2列22~26行)には,1988年にオリンピアが開発・販売した「バニーガール」という回胴式遊技機に関して,「バニーガールシリーズはフラグの成立した絵柄を上下段に揃えるという制御があるからなんだ(ボーナスと小役が重複した場合は,ボーナスを優先する)。」との記載があり,これによれば,「バニーガール」において,ボーナス(上記ビッグボーナスに相当)及びボーナス以外の役(小役)の双方の当選フラグが重複してセットされた場合,ボーナス以外の役(小役)の当選フラグではなく,ボーナス当選フラグを優先した引き込み制御を行う技術が開示されているといえる。
ところで,再ゲームを当選判定の対象役の一つとして採用した場合,「再ゲーム」は,ビッグボーナス以外の役であるから,同じくビッグボーナス以外の役である小役と同様であると把握される。そうすると,甲1発明に甲6の記載事項を適用することによって得られる構成の技術的内容は,ビッグボーナス及びビッグボーナス以外の役(再ゲーム)の双方の当選フラグが重複してセットされた場合,ビッグボーナス以外の役(再ゲーム)の当選フラグではなく,ビッグボーナス当選フラグを優先した引き込み制御を行うということになるから,ビッグボーナス以外の役(再ゲーム)の当選フラグを優先した引き込み制御を行うという相違点5に係る構成に至ることはない。
また,甲6の記載によれば,ビッグボーナス及びビッグボーナス以外の役の双方の当選フラグが重複してセットされた状態において,ビッグボーナス当選フラグを優先した引き込み制御を行い,遊技者にとって大きな価値を有するビッグボーナスの発生を,いわば「前倒し」する技術が開示されていると理解できる。これに対して,本件特許発明は,ビッグボーナス及び再ゲームの双方の当選フラグが重複してセットされた状態において,再ゲーム当選フラグを優先した引き込み制御を行い,ビッグボーナスの発生を,いわば「先送り」する技術に係るものである。したがって,甲6は,本件特許発明とは逆の技術的思想に基づくものというべきであり,他の記載事項を参照しても,甲6には本件特許発明のようなビッグボーナスの「先送り」についての記載ないし示唆はない。
そうすると,甲1発明に甲6の記載事項を適用して,本件特許発明の相違点5に係る構成に到達することが容易想到とはいえない。
(イ) この点につき,原告は,甲12の,「再ゲーム確率は,規定ギリギリに設定されていた!!」(12頁2~3列右の見出し)との記載,及び,「チェリーバー小役確率表」における「平常時」の「CHANCE」の確率が「1/7.3」(12頁最下欄)との記載を根拠に,平常時における再ゲームの当選確率が「1/7.3」で,規定ギリギリの設定である点に照らせば,「チェリーバー」においては,設計上の引込率を100%として「4号機」の技術上の規格に適合させたことは容易に理解できるとし,相違点5は,甲1発明に甲6及び甲12の記載事項を組み合わせることによって容易想到であると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり採用できない。すなわち,再ゲーム当選フラグを優先した引き込み制御を行い,ビッグボーナスという大きな価値の発生を「前倒し」する甲6の記載事項には,ビッグボーナスを「先送り」して再ゲームを優先するという発想を組み合わせることに阻害要因があるから,甲6に甲12を組み合わせても,相違点5は甲1発明から容易想到ということはできない。
(ウ) また,原告は,再ゲームの採用には,単位時間当たりの払出しを少なくする効果はないから,審決が本件特許発明における相違点5に係る構成の顕著な効果としたもののうち,「払出しの減少」効果以外は,再ゲームを採用したことそのものによる効果であって,ビッグボーナス発生前の消化ゲームが追加されることによる効果ではなく,顕著な効果ではないと主張する。
しかし,原告のこの点の主張も,以下のとおり採用できない。すなわち,ビッグボーナス中には払出しが多くなり,それを期待する遊技者は多くの投資を行うことが予測されるのに対し,再ゲームとなった場合は,そのゲームにおける支払いはなく,次のゲームにおける投資もなく,時間だけが経過することになるから,再ゲームが多く出現するほど,遊技者の単位時間当たりの投資額は少なく,単位時間当たりの払出しも少なくなる。したがって,ビッグボーナス当選フラグが持ち越し中にさらに再ゲーム当選フラグがセットされた場合に,ビッグボーナス当選フラグを優先するとした場合と,再ゲーム当選フラグを優先するとした場合とでは,後者の方が,遊技者の単位時間当たりの投資額は少なく,単位時間当たりの払出しも少なくなる。遊技機において,単位時間当たりの投資額と払出しが大きいことをもって「射倖性が高い」ということができるところ,遊技機規則の平成2年改正は,射倖性を抑制するために,単位時間当たりの投資額及び払出しの双方を減少させる効果のある再遊技を導入したものと解されるから,ビッグボーナス当選フラグと再ゲーム当選フラグのいずれを優先するかは,それによって遊技の射倖性に差異が生じる。原告の主張は,採用の限りでない。
(エ) さらに,原告は,4号機で義務付けられた再ゲーム確率は,ビッグボーナス当選フラグがセットされたが消去されずに持ち越された場合の次回以降のゲームも含めてであるから,特に特殊な制御をしない限り,次回以降のゲームにおいてビッグボーナス及び再ゲームの双方の当選フラグが同時にセットされる事態の発生は,技術常識からして自明であると主張する。
しかし,原告のこの点の主張も採用できない。すなわち,甲36ないし甲38のいずれにも,ビッグボーナス当選フラグがセットされたが消去されずに持ち越された場合の次回以降のゲームにおいて,再ゲーム確率をどのようにするかについては明示されていない。また,原告主張に係る事項が自明であったとしても,甲6は,再ゲーム当選フラグを優先した引き込み制御を行い,ビッグボーナスという大きな価値の発生を「前倒し」する技術であるから,これに,ビッグボーナスを「先送り」して再ゲームを優先するという技術を組み合わせることには,阻害要因があるというべきである。したがって,4号機規制の内容を考慮したとしても,甲1発明から相違点5に到る構成が容易想到であるとはいえない。
他に甲1発明から相違点5に到る構成が容易想到と認めるに足りる証拠はない。
(3) 小括
以上によれば,甲1発明に甲6その他の甲号証記載の技術を適用しても相違点5に係る構成を容易想到ということはできない。そうすると,相違点3に係る構成の容易想到性を判断するまでもなく,本件特許発明は甲1発明に基づいて容易想到とはいえず,審決に特許法29条2項該当性判断の誤りがあるとは認められない。
2 取消事由2(本件特許発明と特許第4058084号発明との同一性の誤り)について
当裁判所は,以下の理由により,本件特許発明は,同一出願人(被告)によって,同日に出願された特許第4058084号発明とは,同一の発明とはいえず,本件特許は,特許法39条2項の規定に違反しないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
(1) 事実
本件特許発明と特許第4058084号発明との相違点,すなわち「セット手段によりビッグボーナス当選フラグがセットされているときに,前記ビッグボーナス役が当選していることを報知する報知手段とを含み,該報知手段は,前記ビッグボーナス役が当選していることを表示する表示手段と,前記ビッグボーナス役が当選していることを音で報知する音報知手段」なる構成が,本件特許発明には限定されているが,特許第4058084号発明には限定されていない」ことについて,審決のした認定に誤りがない点については,当事者間に争いはない。
(2) 同一性に関する判断
特許法39条2項所定の「同一の発明」について,複数の発明相互の構成において,相違部分がある場合に,その相違点に係る構成が,解決課題に対して,技術的な観点から何ら寄与しないと評価される場合には,複数の発明は,同一の発明と解すべきであるが,相違点に係る構成が,そのように評価されない場合には,特許法39条2項所定の同一の発明とはいえない。
そこで,上記観点から検討する。
甲18ないし甲20には,ぱちんこ遊技機において,当たりを表示と音で報知することが記載されている。ぱちんこ遊技機では,ぱちんこ遊技機自体が所定時間後に自動的に事前に決定された当選フラグ役に対応した図柄で停止させる。これに対し,回胴式遊技機(スロットマシン)では,遊技者が停止ボタンを押して図柄を停止させる必要があり,停止ボタンを押すタイミングによって停止時の図柄が変化し得るから,遊技者はビッグボーナス当選の報知があるとビッグボーナス識別情報を揃えようと努力をするため,当該報知を行うことによる効果において,相違があると認められる。以上の事実に照らすならば,甲18ないし甲20の記載を考慮したとしても,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの技術が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価されるような構成であると認めることができない。
甲46には,スロットマシンの技術分野において,入賞が得やすい停止ボタンの操作時期を音と光で報知する技術が記載されている。しかし,甲46には内部抽選に関する記載がないことからすると,甲46のスロットマシンは内部抽選と引き込み制御を有するパチスロではなく,甲46にいう入賞が得やすいストップスイッチの操作時期とは,入賞を与える絵柄が揃うタイミングを意味し,ビッグボーナス役が内部当選しているという状態とは異なると認められる。したがって,甲46の記載があったとしても,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの技術が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない。
甲9及び甲21の記載があったとしても,同様に,ビッグボーナス役が内部当選していることを音で報知するとの構成が,スロットマシンの技術分野において,解決課題に対して,技術的な観点から何らの寄与をしないと評価される構成であると認めることができない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,採用の限りでない。本件特許発明と特許第4058084号発明とは,特許法39条2項所定の同一の発明であるとはいえず,審決は同項に違反しない。
3 結論
以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の主張には理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)