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知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10396号 判決 2011年6月29日

原告

ネルコ ケミカル カンパニー

訴訟代理人弁理士

吉田研二

石田純

志賀明夫

堀江哲弘

被告

特許庁長官

指定代理人

後藤時男

石川太郎

田部元史

小林和男

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-3440号事件について平成22年8月9日にした審決を取り消す。

第2争いのない事実等

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成10年6月9日,発明の名称を「半導体蛍光光度計およびその使用方法」とする発明について特許出願をした(国際出願番号 PCT/US98/12054,出願番号 平成11年特許願第503168号。優先権主張 平成9年6月11日 米国 優先権主張番号08/873,046;平成9年6月17日 米国 優先権主張番号08/877,452。以下「本願」という。)(甲3)。

原告は平成11年12月17日付けで手続補正書を提出し,平成20年11月7日付けで拒絶査定がなされ,これに対し,平成21年2月16日,拒絶査定不服審判(不服2009-3440号事件)を請求すると共に,手続補正書を提出した(以下「本件補正」という。)。

特許庁は,平成22年8月9日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同月24日に原告に送達された。

2  特許請求の範囲

(1)  本件補正による補正前の明細書(平成11年12月17日付け手続補正後の明細書。以下「本願明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1は次のとおりである(以下,上記請求項1に係る発明を「本願発明」という。)(甲4)。

【請求項1】

「工業用水系システム,工業用非水系システム,もしくは工業用水系システムおよび工業用非水系システムの混合系からの試料中の非蛍光性化学処理剤もしくは他の添加剤の濃度をモニターするための方法であって,前記方法が,

I) 半導体蛍光光度計であって,

a) ダイオードレーザおよび発光ダイオードからなる群から選択される励起光源を有する半導体励起光源,

b) 電源,

c) 試料の励起による散乱光を取り除くために,試料と検出器との間に構成され配置されたフィルター,

d) 前記試料の励起による蛍光を受光し,検出器上で受光される蛍光量に比例する出力信号を発生させるフォトダイオード検出器,

e) 増幅器もしくは積算器からなる群から選択される素子であって,前記フォトダイオード検出器の前記出力信号を処理することが可能であり,かつ前記出力信号を有用な信号に変換できる素子,および

f) 必要な場合,検出器上に試料から励起された蛍光を映し出すために,前記試料と前記検出器の間に配置され構成されたレンズ

とを有し,

前記蛍光が,工業用水系システム,工業用非水系システム,工業用水系システムおよび工業用非水系システムの混合系,スラリー,もしくは粉末からの試料を選択することによりモニターされ,

前記試料が,

i) 非蛍光性化学処理剤もしくは他の添加剤,および

ii) 蛍光トレーサ分子

を含み,

光が蛍光を発する前記蛍光トレーサ分子を励起するように,前記試料へ前記励起光源からの光を向け,前記蛍光が前記フォトダイオード検出器により受光され,前記試料中の蛍光を検出する半導体蛍光光度計を用いる工程,

II) 前記試料中に存在する前記非蛍光性化学処理剤もしくは他の添加剤の濃度を測定するために,工程Iにおいて検出される蛍光を用いる工程

を含む方法。」

(2)  本件補正による補正後の明細書の特許請求の範囲の請求項1は次のとおりである(下線は補正された箇所である。)。

【請求項1】

「a)  半導体蛍光光度計を設ける工程であって,前記半導体蛍光光度計は,

i) 370nmから500nmの波長を有する光を発する発光ダイオード,または,フォトダイオードを有し,そして,635nmから1600nmの波長を有する光を発する半導体ダイオードレーザからなり,特定された方向に光を向けるために半導体励起光源と,

ⅱ) シリコンフォトダイオードであって,試料の励起による蛍光を受光し,そして,検出器上で受光される蛍光量に比例する出力信号を発生させるところの検出器と,

ⅲ) セルであって,入口が種選択膜によって覆われていないところの試料チャンバとからなっているところの工程と,

b) 工業用水系を設ける工程であって,前記工業用水系には,化学処理剤または添加剤が添加されており,前記化学処理剤または添加剤中には,蛍光トレーサが,前記化学処理剤または添加剤に対して既知の比率で存在するところの工程と,

c) 前記半導体蛍光光度計を用いて,前記工業用水系中における前記蛍光トレーサの蛍光を検出する工程と,

d) 前記半導体蛍光光度計をプログラミングして,検出された前記蛍光に比例する出力信号を発生させる工程と,

e) 前記半導体蛍光光度計によって検出された蛍光の濃度に基づいて,化学処理剤または添加剤の前記工業用水系への供給量を制御する工程とを含む,工業用水系における化学物質の濃度をモニターするための方法。」

3  本件審決の理由

本件審決の内容は,別紙審決書のとおりであり,その概要は次のとおりである。

(1)  本件補正の適否について

本件補正のうち,補正前の請求項1中の「c)試料の励起による散乱光を取り除くために,試料と検出器との間に構成され配置されたフィルター」の構成を削除する補正は,「半導体蛍光光度計」の構成を限定しているとはいえないため,特許請求の範囲の減縮には該当せず,また,本件補正は請求項の削除,誤記の訂正,あるいは明りょうでない記載の釈明のいずれを目的とするものにも該当しないので,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第4項の規定違反により,本件補正を却下すべきである。

(2)  進歩性について

ア 本願発明は,本願の優先権主張日の前に頒布された刊行物である特開平5-203561号公報(甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない。

イ 上記判断に際し,本件審決が認定した引用発明の内容並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

(ア) 引用発明の内容

「工業用流体システムからの流体中の非蛍光性化学処理剤の濃度をモニターするための方法であって,前記方法が,

光学測光装置であって,

パルスダイオードレーザー及びパルス発光ダイオードから特定の型の測光分析への適性を考慮して選択される光源,

ファイバープローブ12に光学的に結合した光ファイバケーブル24と光検出器との間に配置されたフィルタ手段30,

ファイバープローブ12からの光を検出する,光ファイバケーブル24によりPINフォトダイオードである光検出器,

光検出器からの信号が入力される加算入力増幅器42,プローブ信号積分器52を有する分析計器

とを有し,

前記蛍光が工業用流体システムからの流体中の非蛍光性化学処理剤の濃度をモニターされ,

非蛍光性化学処理剤が,蛍光トレーサを添加され,

ファイバープローブ12に光学的に結合した光ファイバケーブル24により,フローパイプ14に取り付けられたフローパイプに光源の光を向け,フローパイプからの光が光検出器で検出される,光学測光装置を用いる工程,

蛍光トレーサからの光を光学測光装置を用いて非蛍光性化学処理剤の濃度を間接的に測定する工程

を含む方法」

(イ) 一致点

「工業用水系システム,工業用非水系システムからの試料中の非蛍光性化学処理剤の濃度をモニターするための方法であって,前記方法が,

I) 半導体蛍光光度計であって,

ダイオードレーザおよび発光ダイオードからなる群から選択される励起光源を有する半導体励起光源,

試料と検出器との間に構成され配置されたフィルター,

前記試料の励起による蛍光を受光し,検出器上で受光される蛍光量に比例する出力信号を発生させるフォトダイオード検出器,

増幅器もしくは積算器からなる群から選択される素子であって,前記フォトダイオード検出器の前記出力信号を処理することが可能であり,かつ前記出力信号を有用な信号に変換できる素子,および

必要な場合,検出器上に試料から励起された蛍光を映し出すために,前記試料と前記検出器の間に配置され構成されたレンズ

とを有し,

前記蛍光が,工業用水系システム,工業用非水系システムからの試料を選択することによりモニターされ,

前記試料が,

非蛍光性化学処理剤もしくは他の添加剤,および

蛍光トレーサ分子

を含み,

光が蛍光を発する前記蛍光トレーサ分子を励起するように,前記試料へ前記励起光源からの光を向け,前記蛍光が前記フォトダイオード検出器により受光され,

前記試料中の蛍光を検出する半導体蛍光光度計を用いる工程,

II) 前記試料中に存在する前記非蛍光性化学処理剤の濃度を測定するために,工程Iにおいて検出される蛍光を用いる工程

を含む方法。」

(ウ) 相違点

a 相違点1

半導体蛍光光度計が,本願発明では,「光源」を有するものであるのに対し,引用発明では「光源」が不明な点。

b 相違点2

試料と検出器との間に構成され配置されたフィルターが,本願発明では,「試料の励起による散乱光を取り除くため」のものであるのに対し,引用発明のフィルタ手段30には,そのような機能が不明な点。

c 相違点3

半導体蛍光光度計が,本願発明では,「必要な場合,検出器上に試料から励起された蛍光を映し出すために,前記試料と前記検出器の間に配置され構成されたレンズ」を有するものであるのに対し,引用発明ではそのような「レンズ」が不明な点。

第3当事者の主張

1  取消事由に係る原告の主張

本件審決は,相違点2についての容易想到性判断の誤りがあり,本件審決の結論に影響を及ぼすから,本件審決は違法であるとして取り消されるべきである。

本件審決では,半導体蛍光光度計において,光検出器と試料との間に配置するフィルターとして試料の励起による散乱光を取り除く機能を有するフィルターは,一例として特開平8-285775号公報(甲2)に,「第二光学フィルター16は,光電子センサー13に当たる放射光の波長(類)を選択又は制限するために役立つ。」などと記載されているように,本願の優先権主張日より前に周知のものであり,引用発明のフィルター手段として散乱光を取り除く機能を有するものを採用し,本願発明のような構成とすることは,当業者としては容易になし得たことであると判断した。

しかし,引用発明のフィルタ手段30として,甲2に記載されているような,散乱光を取り除く機能を有するものを採用することは,引用発明の本来の機能と相容れないものであるから,認められないというべきである。

本願発明では,計測対象となる試料にはスラリーや粉末が含まれるところ,透明なスラリーあるいは低い濁り度のスラリーの場合は,励起光源から試料へ,試料から検出器へ線を引くことにより形成される角度が約78°から約110°となるように,それ以外のスラリーもしくは固体の場合は,励起光源から試料へ,試料から検出器へ線を引くことにより形成される角度が約20°から約77°となるように,励起光源とフォトダイオード検出が配置される。そして,励起光源と検出器が約20°から約77°の角度により分離された場合に,散乱光を取り除くためのフィルタが必要になるのである。

これに対し,引用発明は,同一のプローブで光を試料に照射し,かつ,試料からの光を感知する構成であり,励起光源から試料へ,試料から検出器へ線を引くことにより形成される角度が0°となる構成であるから,プローブ12で検出される光には,試料からの蛍光の他に,試料に含まれるターゲット分子以外の分子による蛍光,あるいは入射方向にそのまま反射した光が考えられるにすぎず,試料の散乱光,特に試料中に多数の粒子が存在する場合に生じる多重散乱による散乱光は皆無ないしほとんど含まれない。加えて,引用発明では試料からの光はプローブ12の発光用ファイバで検出するのであり,極めて限定された発光用ファイバの開口端部に入射した光のみを検出するのであるから,仮に散乱光ないし多重散乱光が存在していたとしても,その割合は極めて低い。したがって,引用発明におけるフィルタ手段30は,試料の励起による散乱光を取り除く機能は有しない。

甲2には,望ましくない散乱光の強度を減じるための第二光学フィルタ16が記載されているが,甲2に記載された光学検出器は励起光源と検出器が略45°の角度をなすものであり,引用発明とは基本的な構成,すなわち励起光源と試料と検出器の位置関係が本質的に異なっており,励起光源と試料と検出器との位置関係からフィルタが有すべき機能が必然的に決定されることにかんがみると,甲2に散乱光を取り除くフィルタが記載されているからといって,そのままそのフィルタの機能を引用発明に適用することは到底できないというべきである。

以上のとおり,本件審決は,引用発明のフィルタ手段30の機能の認定を誤り,引用発明のフィルタ手段として散乱光を取り除く機能を採用することは当業者にとり容易であると,誤った判断をしており,違法である。

この点,被告は,散乱光を除去するためのフィルタは技術常識であると主張する。しかし,引用発明では,フローパイプ内に光ファイバプローブを挿入する構成であるが故に,流体中の光路長変化やフローパイプの壁からの光の反射の影響によって多くの干渉光が存在するため,これらを排除するため干渉フィルタが用いられていると解釈すべきであり,引用例における干渉フィルタは,上記干渉光を除去するためのフィルタであって,試料からの散乱光を取り除くためのフィルタではないから,被告の主張は失当である。

なお,本件審決は,本願発明の奏する効果は,引用発明及び周知技術に基づいて,当事者が容易に発明をすることができたものであると認定するが,上記のとおり,引用発明のフィルタ手段30は,散乱光を取り除く機能を有するものではないから,当業者が,本願発明の奏する効果について,引用発明及び周知技術に基づいて,予測することはできない。

2  被告の反論

(1)  原告は,本願発明では,励起光源と検出器が約20°から約77°の角度により分離された場合に,散乱光を取り除くためのフィルタが必要になると主張する。

しかし,原告主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本願発明の特許請求の範囲には,励起光源と検出器との角度について,約20°から約77°とする記載はなく,また,本件明細書又は図面にも,励起光源と検出器が約20°から約77°の角度により分離された場合にだけ散乱光を取り除くためのフィルタが必要になり,他の角度では散乱光を取り除くためのフィルタが不要である旨の説明はなく,原告の主張は,本願発明の特許請求の範囲及び本願明細書又は図面に基づかない主張であり,その主張自体失当である。

(2)  原告は,引用発明では,励起光源と検出器との角度が0°となる構成を前提としているから,プローブ12で検出される光には,試料の散乱光は皆無ないしほとんど含まれず,加えて,引用発明では試料からの光はプローブ12の発光用ファイバで検出することから,仮に散乱光ないし多重散乱光が存在していたとしても,その割合は極めて低く,引用発明におけるフィルタ手段30は散乱光を取り除く機能を有しないと主張する。

しかし,原告の上記主張も,以下のとおり失当である。すなわち,本願発明の特許請求の範囲には,励起光源と検出器との角度についての記載はないことから,引用発明における励起光源と検出器の角度が0°のものも含まれる。他方,引用例の【0026】ないし【0028】に記載されている,フィルタ手段30の具体例である当該電子増倍管の前方の干渉フィルタは,励起光源から試料に照射され,散乱光として再びプローブを介して光電子増倍管に向かう光を取り除くために,試料と検出器との間に構成され配置されたフィルタであると理解される。また,分析化学ハンドブック(乙1),特開平4-69546号公報(乙2),光学的測定ハンドブック(乙3)の記載によれば,励起光源と検出部との角度が0°の場合において,散乱光が検知部に入ることを避けるためのフィルタを検出部の前に配置すべきことが認められる。そうすると,引用発明のように励起光源と検出器との角度が0°の場合であっても,励起光源と検出器との角度が0°と異なる所定の角度を有する場合と同様に,試料から蛍光の他に発生する散乱光を排除すべきことは技術常識といえる。

さらに,上記のとおり,励起光源と検出器との角度が0°の場合においても,試料から散乱光が蛍光と共に検出器に入射するが,引用発明のように,フローパイプ内に光を入射させて蛍光を測定する場合においては,ファイバープローブの入射面に向かう光の量は入射面積で制限され,散乱光だけでなく,蛍光も同じ光の入射面積で同じように制限されるから,蛍光に対する散乱光の割合が,極めて低くなるわけではない。

以上のとおり,上記原告の主張は失当である。

(3)  原告は,引用発明と甲2に記載された発明とは,励起光源と試料と検出器の位置関係が異なっており,甲2に散乱光を取り除くフィルタが記載されているからといって,そのようなフィルタの機能を引用発明に適用することはできないと主張する。

しかし,上記のとおり,励起光源と検出器との角度が0°の場合であっても,これと異なる所定角度を有する場合と同様に,試料から蛍光のほかに除去すべき散乱光が発生することは技術常識である。引用例に記載されたフィルタ手段の具体例である干渉フィルタは,励起光源の光をカットする以上,干渉フィルタが,散乱光を取り除く機能を有することは,当業者に明らかといえる。したがって,原告の上記主張は失当である。

(4)  原告は,引用発明のフィルタ手段は,散乱光を取り除く機能を有するとはいえず,本願発明のような効果を予測することができないと主張するが,上記(3)で反論したとおり,引用発明のフィルタ手段も,フィルタが散乱光を取り除く機能を有することは,当事者に明らかであるから,原告の上記主張は失当である。

第4当裁判所の判断

1  相違点2についての容易想到性判断の誤り等について

原告は,本件審決には,引用発明のフィルタ手段の機能の認定を誤り,引用発明のフィルタ手段として散乱光を取り除く機能を採用することは容易であると判断した点に誤りがあると主張する。しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。

なお,本件補正は却下され,却下の適法性について,当事者間に争いはない。したがって,本件審決の適法性は,本件補正による補正前の本願明細書の記載に基づいて判断することになる。

(1)  事実認定

本願明細書における特許請求の範囲の請求項1は,第2の2(1)記載のとおりであり,別紙図1はダイオードレーザを励起光源として用いた蛍光光度計の実施態様の概略図である。また,引用発明の内容は第2の3(2)イ(ア)記載のとおりであり,本願発明と引用発明との相違点2は同イ(ウ)記載のとおりである。

ア 引用例には次のような記載がある(甲1)。

「【実施例】 本発明の光学測光装置10は周知のように光ファイバプローブ12に結合しており,プローブ12は周知のようにフローパイプ14の中へ突出する状態で取り付けられている。・・・コンピュータモジュール18の一部を成すマイクロプロセッサ16は,瞬時光パルスを発生する公知の手段である第1の光源モジュール,すなわち,励起光源モジュール20に接続している。光源モジュール20の出力はフィルタ手段22を通過して,光ファイバケーブル24に光学的に結合する。ケーブル24の他端はプローブ12に光学的に結合している。ここでは,光ファイバケーブル24をフィルタ手段22に結合する第1の分岐部分26と,フィルタ手段30に光学的に結合する第2の分岐部分28とを有する二又ケーブルとして示してあるが,それ以外の構造のケーブルも使用できるであろう。フローパイプ14の内部にある物質によって波長及び/又は強さを変調された光はプローブ12で受け取られ,光ファイバケーブル24を通ってフィルタ手段30,さらには光検出器32に達する。」(【0009】)

「実験室においてプローブ(先に説明した通り)を水道水に腐食抑制剤を溶解させた標準溶液の中に浸すことにより,蛍光校正曲線と吸収校正曲線を作成した。蛍光測定の場合,分析チャネルランプハウジングの中に干渉フィルタを配置することにより,340nmの励起波長を分離させた。また,光電子増倍管の前方に干渉フィルタを配置することにより,430nmの発光波長を分離させた。2つのフィルタは10nmの帯域を有していた。」(【0026】)

「先に説明した通り,この例の計器は蛍光測定に合わせて構成され(340nmで励起,430nmで発光),油田給水系統のバイパスループの中に設置されている。」(【0027】)

なお,別紙図2は,引用発明による光学測光装置のブロック図である。

イ 本願の優先権主張日より前に頒布された次の刊行物には,以下のような記載がある。

(ア) 特開平8-285775号公報(甲2)

「励起光ガイド11は更に,本発明の第一実施例においては,光学フィルター15(これは,好ましくは干渉フィルターである)を含む。光学フィルター15により,蛍光変換体4に当たる励起光の波長(類)を選択又は制限することが可能である。放射光ガイド12は,第二光学フィルター16(これは,好ましくは干渉フィルターである)を含む。第二光学フィルター16は,光電子センサー13に当たる放射光の波長(類)を選択又は制限するために役立つ。蛍光として,放射光は通常,蛍光を生じさせる励起光とは異なる波長を有するので,望ましくない散乱光の強度は,第二光学フィルター16により更に減少され得,この事は,信号対ノイズ比に関して都合が良い効果を有する。」(【0033】)

(イ) 分析化学ハンドブック(1992年11月30日初版第1刷)(乙1)

「(1) 透過型蛍光顕微鏡鏡・・・次に励起フィルターによって蛍光に必要な波長のみの光となって反射鏡で反射し,暗視野コンデンサーによって標本に集光される。・・・回折や散乱によるわずかな励起をバリヤーフィルターで吸収し,被検体のみからの蛍光像だけで結像させて,コントラストのよい像として観測する。・・・

(2)  落射型蛍光顕微鏡・・・45°に設置されたダイクロイックミラーに励起が入射すると,励起光だけが対物レンズに向かって反射される。一方標本から発光した蛍光の波長は,Stoke’s shiftによって励起光より長波長側にシフトしているので,ダイクロイックミラーでは透過して接眼レンズに達する。励起フィルターとバリヤーフィルターを併用するのは透過型と同じ理由による。」(563頁8行目~564頁末行から10行目)

(ウ) 特開平4-69546号公報(乙2)

「ネオディウム・ヤグ・レーザ光発振装置は,1064nmの基本波から532nmの光を発生させるための第2高調波発生装置が組み込まれている。この532nmの光は海水中の透過率が良く,また植物プランクトンに作用して685nmの蛍光を発光させることができる。

レーザ光源1から発射されたレーザ光は,・・・ミラー4,5,6により光路が変更され,受光望遠鏡7の光軸と同一の光軸から海面8に対して垂直に照射する。海面8からはレーザ反射光9が発生し,海水中の懸濁物10により散乱光11が発生し,海水中の植物プランクトン12から蛍光13が発生し,それぞれ受光望遠鏡7により集光される。

受光望遠鏡7により集光された光は,視野絞り14を通して,コリメートレンズ15により平行化され,ビームスプリッタ16により70%の光17と30%の光18に分割される。・・・70%の光17は,蛍光計測のための685nmの光を透過する金属干渉フィルタ19を通して,コリメートレンズ20により集光され,・・・光電子増倍管21により深度方向の蛍光強度として計測される。」(3頁左上欄6行~右上欄第14行)

(エ) 光学的測定ハンドブック(1990年7月15日初版第6刷)(乙3)

「けい光を測定するには普通分光けい光光度計が用いられる。・・・分光器は測定目的にもよるが,f数が 5.6 以下のなるべく明るいものを選ぶ.ただし,迷光(散乱光)にも注意を要する.・・・試料より発するけい光を取り出す方向は,励起光の入射方向に対し,90°以下,90°および180°の3種類に分かれるが,普通90°方向が用いられる。フィルターなどを用いて,励起光が散乱光として検知器に入ることをできるだけ避けるくふうが必要である。・・・固体粉末などは試料セルに入れて90°以下の角度でけい光を取り出す。」(509頁6行目~20行目)

(2)  判断

上記引用例の記載によると,引用発明の実施例では,「励起光源モジュール20」から照射された光は,10nmの帯域を有する「フィルタ手段22」を通過し,「光ファイバケーブル24」を通り,「フローパイプ14」の中に突出する状態で取り付けられた「光ファイバープローブ12」を通じて,波長340nmの励起光として「フローパイプ14」の内部にある物質に照射され,「フローパイプ14」の内部にある物質の蛍光は,「プローブ12」で受け取られ,「光ファイバーケーブル24」を通り,「光検出器32」の前方に配置された10nmの帯域を有する「フィルタ手段30」で波長430nmの発光が分離され,「光検出器32」で検出されていると認められる。

また,上記イ摘示の刊行物の記載によると,試料に励起光を照射し,この試料からの蛍光を測定する際に,励起光の散乱光が発生すること,及び,上記蛍光の測定に際しては,フィルタを用いて上記散乱光を取り除く必要があることは,本願の優先権主張日より前に,当該技術分野では周知の技術的事項であったと認められる。

したがって,引用発明において,「フローパイプ14」の内側にある物質に照射された励起光の散乱光が,「プローブ12」で受け取られ,「光ファイバーケーブル24」を通って「フィルタ手段30」に到達することは,上記周知の技術的事項から,当業者には明らかであるといえる。そして,上記引用発明の実施例では,波長340nmの励起光が「フローパイプ14」の内部にある物質に照射され,「プローブ12」で受け取られた発光は,「光ファイバーケーブル24」を通って,「光検出器32」の前方に配置された10nmの帯域を有する「フィルタ手段30」に達し,そこで波長430nmの発光が分離されて「光検出器32」で検出されることから,波長340nmの励起光の散乱光が「フィルタ手段30」で取り除かれることは,上記周知の技術的事項から当業者が容易に予測し得たものである。

そうすると,引用発明において,「フィルタ手段30」が「フローパイプ14」の内部にある物質の蛍光を取り出すことに加え,「試料の励起による散乱光を取り除く」機能を有することは,上記周知の技術的事項から当業者が容易に予測し得たものである。

(3)  原告の個別の主張に対して

ア 原告は,本願発明では,励起光源から試料へ,試料から検出器へ線を引くことにより形成される角度が約20°から約77°になるように励起光源と検出器が配置された場合に,散乱光を取り除くためのフィルタが必要になるのであって,引用発明は,同一のプローブで光を試料に照射し,かつ,試料からの光を感知する構成であり,励起光源から試料へ,試料から検出器へ線を引くことにより形成される角度が0°となる構成であるから,プローブで検出される光には試料の散乱光は皆無ないしほとんど含まれず,加えて,引用発明では,極めて限定された発光用ファイバ(プローブ)の開口端部に入射した光のみを検出するため,仮にプローブで検出される光に散乱光ないし多重散乱光が含まれていたとしても,その割合は極めて低く,以上の理由から,引用発明におけるフィルタ手段は,試料の励起による散乱光を取り除く機能は有しないと主張する。

しかし,原告の上記主張は,理由がない。すなわち,本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,「c)試料の励起による散乱光を取り除くために,試料と検出器との間に構成され配置されたフィルター」と記載され,「フィルター」は,「試料の励起による散乱光を取り除くために,試料と検出器との間に構成され配置され」と記載されているが,「フィルター」について,励起光源と検出器の配置角度に関する記載は一切ないので,励起光源と検出器が配置される角度は任意であると解される。したがって,原告主張のように,本願発明では,励起光源と検出器が約20°から約77°の角度になるように配置された場合だけ,散乱光を取り除くためのフィルタを要するという根拠はなく,本願発明と引用発明との間に,励起光源と検出器との角度に関する相違があるとはいえない。

また,前記の乙1の落射型蛍光顕微鏡に関する記載及び乙2の記載によると,励起光を試料に照射し,この試料からの蛍光を測定する際,励起光源と検出器との角度が0°をなす構成でも,上記励起光の散乱光が発生することは,本願の優先権主張日より前に,当該技術分野では周知の技術的事項であったといえ,引用発明におけるフィルタ手段が試料の励起による散乱光を取り除く機能を有しないとはいえない。

イ 原告は,引用発明では,フローパイプ内に光ファイバプローブを挿入する構成であることに起因する固有の干渉が存在し,引用発明のフィルタ手段はこの干渉光を除去するためのものであって,試料からの散乱光を取り除くためのフィルタではないと主張する。

しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,引用例には,フローパイプ内に光ファイバプローブを挿入する構成であるが故に,流体中の光路長変化やフローパイプの壁からの光の反射の影響によって多くの干渉光が存在するため,これらを排除する必要があるということや,フィルタ手段が,上記干渉光を除去するために設けられたということについては,記載も示唆もされていない。また,仮に,引用発明では,フローパイプ内に光ファイバプローブを挿入する構成が採用されていることから,フィルタ手段が上記干渉光を排除していると解することができたとしても,前記のとおり,乙1及び2の記載によると,引用発明においては励起光の散乱光が発生しているといえ,フィルタ手段はこの散乱光も排除していることは明らかである。

したがって,引用発明のフィルタ手段が,上記干渉光を除去するためのものであって,試料からの散乱光を取り除くためのものではないとの原告の主張は採用できない。

(4)  小括

以上によると,引用発明において,試料と検出器との間に構成され配置されたフィルタ手段が「試料の励起による散乱光を取り除くため」との機能を有するものであるということは,甲2及び乙1ないし3から認められる周知の技術的事項に基づいて,当業者が容易に想到し得たものである。

2  結論

以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するがいずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明)

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