知財高等裁判所 平成22年(行ケ)10400号 判決 2011年7月27日
原告
株式会社カナツー
訴訟代理人弁護士
高橋早百合
訴訟代理人弁理士
小倉正明
同
戸村哲郎
被告
株式会社ナンシン
訴訟代理人弁護士
谷眞人
同
向山文俊
訴訟代理人弁理士
西良久
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2010-800002号事件について平成22年11月24日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,発明の名称を「手押し台車のハンドル取付部構造」とする特許第3906218号(平成16年9月9日出願,平成19年1月19日設定登録。請求項数は7。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成21年12月28日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明についての特許無効審判請求(無効2010-800002号事件)をし,特許庁は,平成22年11月24日,「特許第3906218号の請求項1~4に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は被請求人の負担とする。」との審決(以下「審決」という。)をして,その謄本は,同年12月2日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
本件特許における特許請求の範囲の請求項1ないし4の記載は,次のとおりである(以下,請求項1ないし4記載の発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明4」,これらを総称して「本件各発明」ということがある。別紙1の各図面は,本件各発明におけるブラケット及びハンドル取付部の状況を示すものである。ただし,【図8】は,ブラケットの取付位置(20)を示すための参考図である。(甲1))。
「【請求項1】
裏面に取り付けた車輪により走行可能に構成された荷台の上面にブラケットを取り付け,ハンドルの下端部を前記ブラケットに軸支して,前記ハンドルを前記荷台上に倒した収納位置と,前記荷台上に起立させた起立位置間で回動可能と成すと共に,前記起立位置においてハンドルを固定可能とした手押し台車において,
前記ブラケットは,前記荷台上に載置される底板と,該底板より垂直方向に立設されて平行を成す2枚の軸受板と,前記軸受板間を垂直方向に連結する係止板とを備え,
前記ブラケットは,所定形状に裁断されて矩形状に形成された前記底板に対応する底板部と,該底板部の対向する二辺にそれぞれ連続して形成された前記2枚の軸受板に対応する軸受板部と,該各軸受板部が前記軸受板となったときに該軸受板の高さ方向を成す一辺に形成された,前記係止板に対応する係止板部とを有する1枚の金属板を曲折することにより形成されており,
前記底板部と前記軸受板部との境界を同一方向に折り曲げて,前記底板と前記二枚の軸受板とが形成されると共に,前記各軸受板部と前記係止板部との境界部分を同一方向に折り曲げて前記二枚の係止板部を重合することにより,前記係止板が形成され,かつ,
前記軸受板間に前記ハンドルの下端部を軸支して該ハンドルを回動可能と成すと共に,
前記ブラケットの前記係止板を,前記ハンドルを前記収納位置から起立位置に向けて回動させたときに前記ハンドルの起立位置において該ハンドルの下端部に当接して前記ハンドルの回動を規制する位置に設け,かつ,
前記係止板の前記ハンドル下端部と当接する部分を,前記ハンドル下端部の外形形状に対応して湾曲させたことを特徴とする手押し台車のハンドル取付部構造。
【請求項2】
前記ブラケットの前記係止板が,重合溶接された金属板によって構成されていることを特徴とする請求項1記載の手押し台車におけるハンドル取付部構造。
【請求項3】
前記ブラケットの前記底板が,重合された金属板によって構成されていることを特徴とする請求項1記載の手押し台車におけるハンドル取付部構造。
【請求項4】
前記ブラケットの前記底板に,補強用の凹凸形状を形成したことを特徴とする請求項1~3いずれか1項記載の手押し台車のハンドル取付部構造。」
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1及び2は,本件特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明であるから,本件発明1及び2についての特許は,特許法29条1項2号に該当するものに対してされたものであり,同法123条1項2号により無効とすべきである,本件発明3及び4は,本件特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明及び周知の技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明3及び4についての特許は,同法29条2項に違反してされたものであり,同法123条1項2号により無効とすべきであると判断したものである。その理由の概要は以下のとおりである。
① 安華物流系統有限公司(以下「安華物流」という。)で製造の運搬車であるDSK-101(甲3の1,2,甲4の1ないし11の金型製作図及び甲32の2ないし7の図面に記載されたもの。以下「引用発明」という。別紙2の(1)は,甲32の5に記載された図面の一部,同(2)は,甲32の2に記載された図面の一部である。)は,本件特許出願前に日本国内に輸入され,販売されたものと認められるから,引用発明は,本件特許出願前に日本国内において公然実施をされた発明である。
② 本件発明1と引用発明の相違点は後記(2)イ(イ)のとおりであるが,相違点に係る構成は,甲32の5のハンドル折りたたみ金具の図面に実質的に記載されているといえるから,引用発明は本件発明1の全ての構成要件を備えている。
③ 本件発明2は,本件発明1の構成要件に,「前記ブラケットの前記係止板が,重合溶接された金属板によって構成されている」点を付加したものであり,甲32の5のハンドル折りたたみ金具の図面には,「ブラケットの係止板が,重合溶接された金属板によって構成」することが記載されているといえるから,引用発明は本件発明2の全ての構成要件を備えている。
④ 本件発明3と引用発明との相違点は後記(2)ウのとおりであるが,周知の技術を参照して,引用発明において,相違点に係る構成とすることは,当業者にとって格別困難なことではない。
⑤ 本件発明4と引用発明との相違点は後記(2)エのとおりであるが,周知の技術を参照して,引用発明において,相違点に係る構成とすることは,当業者にとって格別困難なことではない。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した引用発明の内容,本件各発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。
ア 引用発明の内容
「裏面に取り付けた車輪(21,22)により走行可能に構成された天板(1)の上面にハンドル折畳金具(7)を取り付け,ハンドル(4)の下端部を前記ハンドル折畳金具(7)に軸支して,前記ハンドル(4)を前記天板(1)上に倒した収納位置と,前記天板(1)上に起立させた起立位置間で回動可能と成すと共に,前記起立位置においてハンドル(4)を固定可能とした手押し台車において,
前記ハンドル折畳金具(7)は,前記天板(1)上に載置される底板と,該底板より垂直方向に立設されて平行を成す2枚の軸受板と,前記軸受板間を垂直方向に連結する係止板とを備え,
前記ハンドル折畳金具(7)は,所定形状に裁断されて矩形状に形成された前記底板に対応する底板部と,該底板部の対向する二辺にそれぞれ連続して形成された前記2枚の軸受板に対応する軸受板部と,該各軸受板部が前記軸受板となったときに該軸受板の高さ方向を成す一辺に形成された,前記係止板に対応する係止板部とを有する,
前記軸受板間に前記ハンドル(4)の下端部を軸支して該ハンドル(4)を回動可能と成すと共に,
前記ハンドル折畳金具(7)の前記係止板を,前記ハンドル(4)を前記収納位置から起立位置に向けて回動させたときに前記ハンドル(4)の起立位置において該ハンドル(4)の下端部に当接して前記ハンドル(4)の回動を規制する位置に設け,かつ,
前記係止板の前記ハンドル(4)下端部と当接する部分を,前記ハンドル(4)下端部の外形形状に対応して湾曲させた手押し台車のハンドル取付部構造。」(符号は甲32の2のDSK-101構造図に記載の各部品に付された記号である。)
イ 本件発明1と引用発明
(ア) 一致点
「裏面に取り付けた車輪により走行可能に構成された荷台の上面にブラケットを取り付け,ハンドルの下端部を前記ブラケットに軸支して,前記ハンドルを前記荷台上に倒した収納位置と,前記荷台上に起立させた起立位置間で回動可能と成すと共に,前記起立位置においてハンドルを固定可能とした手押し台車において,
前記ブラケットは,前記荷台上に載置される底板と,該底板より垂直方向に立設されて平行を成す2枚の軸受板と,前記軸受板間を垂直方向に連結する係止板とを備え,
前記ブラケットは,所定形状に裁断されて矩形状に形成された前記底板に対応する底板部と,該底板部の対向する二辺にそれぞれ連続して形成された前記2枚の軸受板に対応する軸受板部と,該各軸受板部が前記軸受板となったときに該軸受板の高さ方向を成す一辺に形成された,前記係止板に対応する係止板部とを有する,
前記軸受板間に前記ハンドルの下端部を軸支して該ハンドルを回動可能と成すと共に,
前記ブラケットの前記係止板を,前記ハンドルを前記収納位置から起立位置に向けて回動させたときに前記ハンドルの起立位置において該ハンドルの下端部に当接して前記ハンドルの回動を規制する位置に設け,かつ,
前記係止板の前記ハンドル下端部と当接する部分を,前記ハンドル下端部の外形形状に対応して湾曲させたことを特徴とする手押し台車のハンドル取付部構造。」である点。
(イ) 相違点
ブラケットに関し,本件発明1では,「1枚の金属板を曲折することにより形成されており,前記底板部と前記軸受板部との境界を同一方向に折り曲げて,前記底板と前記二枚の軸受板とが形成されると共に,前記各軸受板部と前記係止板部との境界部分を同一方向に折り曲げて前記二枚の係止板部を重合することにより,前記係止板が形成され」ているのに対して,引用発明では上記のように形成されているか否か明らかでない点。
ウ 本件発明3と引用発明の相違点
本件発明3では,「ブラケットの底板が,重合された金属板によって構成されている」のに対して,引用発明では,ハンドル折りたたみ金具(ブラケットに相当。)の底板は重合されていない点。
エ 本件発明4と引用発明の相違点
本件発明4では,「ブラケットの底板に,補強用の凹凸形状を形成」しているのに対して,引用発明では,ハンドル折りたたみ金具(ブラケットに相当。)の底板に補強用の凹凸形状は形成されていない点。
第3当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
審決には,(1)引用発明の認定の誤り(取消事由1),(2)引用発明が公然実施されたとする認定の誤り(取消事由2)(3)特許法153条2項に規定する手続違反(取消事由3),(4)特許法131条の2第2項2号に規定する手続違反(取消事由4),(5)特許法施行規則61条の5第1項に規定する原本照合の懈怠(取消事由5)があり,これらは,結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。すなわち,
(1) 引用発明の認定の誤り(取消事由1)
審決は,甲3の1,2,甲4の1ないし11の金型製作図及び甲32の2ないし7の図面から,上記第2の3(2)アのとおり,引用発明の内容を認定した。
しかし,審決の認定は,以下のとおり誤りである。
ア 甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面,並びに,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面の記載は,以下の事情により,真実であるとはいえず,審決が,甲3の1,2,甲4の1ないし11の金型製作図及び甲32の2ないし7の図面に基づいてした引用発明の認定は誤りである。
(ア) 被告は,台車「DSK-101」の構造を甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の図面に基づいて製造したものであるとするが,株式会社アサヒ,株式会社神戸車輌製作所,株式会社丸〆及び大丸工業株式会社の各「DSK-101」の購入の証明書(甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8)に添付された構造図(図番MH210040)及び部品図(図番MH410164)に記載される運搬車の構造は,甲2の構造図(図番MH210040)及び甲3の1の部品図(図番MH410164)に記載される構造とは異なっており(例えば,前者の全高が800mmであるのに対し,後者の全高は845mmである,前者のハンドルワッシャー14が「図番MH410166」の構造であるのに対し,後者のそれは「図番MH410168」の構造である,前者のハンドル折畳金具が無メッキであるのに対し,後者のそれはメッキが施されている。),各図面間の整合性もないから,これらの図面の記載内容を真実ということはできない。
また,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の各証明書は,書面作成者が記憶に基づいて記載したのではなく,被告から求められるままに記載したものであるから,その記載内容を真実ということはできない。
(イ) 甲32の1の「出図書」には,「安華/2004.7.13/A」との受領印が押されているものの,このようなゴム印は,被告が日本国内で容易に作成し,押捺し得るものであるから,被告が受領印をねつ造した疑いがある。また,甲32の2ないし7の図面は,甲32の1と一体のものであるから,これらが安華物流に出図された図面であるということはできない。
イ 審決は,本件発明1と引用発明との一致点として,「前記ブラケットは,所定形状に裁断されて矩形状に形成された前記底板に対応する底板部と,該底板部の対向する二辺にそれぞれ連続して形成された前記2枚の軸受板に対応する軸受板部と,該各軸受板部が前記軸受板となったときに該軸受板の高さ方向を成す一辺に形成された,前記係止板に対応する係止板部とを有する」点を認定し,引用発明について,本件発明1と同様,「1枚の金属板」を所定形状に裁断し,この1枚の金属板に,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されていることを,その前提として認定する。
しかし,引用発明のハンドル折畳金具は,軸受板とは別部材として設けられた底板を,軸受板に貼り合わせることにより設けられたものであり,底板部が矩形状に裁断されたものであって,本件発明1のブラケットとは構造が異なる。
したがって,引用発明について,「1枚の金属板」を所定形状に裁断し,これに,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されていることを前提として認定した審決は誤りである。
ウ 審決は,引用発明に関し,「例えば甲32の5のDSK-101のハンドル折りたたみ金具の図面(図番MH410164)において,底面図では,外側の係止板と軸受板部との境界部分及び内側の係止板と軸受け板部との境界部分は,いずれも折り曲げられているから,『各軸受板部と係止板部との境界部分を同一方向に折り曲げて前記二枚の係止板部を重合』に相当する構造が記載されているといえる。また,正面図又は側面図では,軸受板部と底板部との境界部分が折り曲げられているから,『底板部と軸受板部との境界を同一方向に折り曲げて,前記底板と前記二枚の軸受板とが形成』に相当する構造が記載されているといえる。」とし,甲32の1,2の「各図面に係止板,軸受板部及び底板が別部材であることを示す記載があるものではなく,また,軸受板と底板とが貼り合わせて形成されていることを示す記載があるものでもない。また,甲3の2の『ハンドル折畳ASSY』の図面は,ハンドル,ハンドル折畳金具,ブッシュナット,ボルト,ペダルバネ等を組み立てた状態を示す図面であって,ハンドル折畳金具の詳細を示すものではない。」と認定し,甲32の5のハンドル折りたたみ金具の図面には,相違点に係る構成が実質的に記載されているといえるから,引用発明は本件発明1の全ての構成要件を備えていると認めた(審決11頁28行ないし12頁17行)。
しかし,審決の認定は誤りである。すなわち,甲32の5の図面(図番410164)には,係止板と軸受板の境界部分が「折り曲げられている」ことの記載はない。また,甲3の1の底面図(甲32の5も同じ。)において,底板と軸受板との境界には実線が記載され,甲3の2の平面図において,軸受板と係止板との間に実線が記載されているところ,実線の存在は,これらの各部が別部材であることを窺わせるものである。さらに,甲3の2の図面中には,ハンドル折畳金具について記載があることは明らかである。
したがって,甲3の1,2,甲32の5に基づく,引用発明に関する審決の認定は誤りである。
(2) 引用発明が公然実施されたとする認定の誤り(取消事由2)
審決は,①安華物流で製造の引用発明に係る運搬車が,被告の型番「DSK-101」として,平成16年9月28日よりも前に被告に到着していたこと,②被告の型番「DSK-101」の運搬車が,本件特許出願日より前に,日本国内において販売されたと認められること,③甲9,甲13に添付された写真画像の「DSK-101」の運搬車は,平成16年8月23日に株式会社丸〆が被告から購入したものであると認められることから,安華物流で製造の引用発明に係る運搬車は,本件特許出願日よりも前に,日本国内に輸入され,販売されたものであるとして,引用発明が本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明であると認定した。
しかし,審決の認定は,以下のとおり誤りである。
ア 審決は,上記①の事実を,甲10,甲12,甲32の1,2,5から認定している。
しかし,上記認定は,以下のとおり誤りである。すなわち,上記(1)ア(イ)のとおり,被告が甲32の1の受領印をねつ造した疑いがあり,安華物流に出図された図面であるということはできず,甲32の2ないし7の図面に基づく「DSK-101」が日本国内に輸入されたとは認められない。甲12は,平成16年当時,総経理(社長)でなかった「A」氏が総経理として記載されていること,安華物流において存在の確認できない「合同専用章」(契約印)が押印されていることから,成立の真正及び内容の信ぴょう性に疑義がある。甲10は,安華物流が他法人である上海久茂対外貿易有限公司に対する入金を証明する立場にはなく,被告の下請けである安華物流が国外からの入金の証明書を作成していることには疑義があり,作成者とされる「B」氏が日本語の知識を有するかも不明であるから,実質的証拠力はない。
また,甲10,甲12には,安華物流が製造した台車の仕向地が日本であることは記載されていないから,これらの書証から台車を被告が輸入し,所持したことは推認できない。
したがって,上記①の事実の認定には誤りがある。
イ 審決は,上記②の事実を,甲5の1,2,甲6の1,2,甲7の1,2,甲8,甲14ないし甲19,甲28,甲30及び甲31から認定している。
しかし,上記認定は,以下のとおり誤りである。すなわち,甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8の各証明書にそれぞれ添付された図面は,被告の販売に係る台車の構造とは一致しない上,これらの証明書は,株式会社アサヒ,株式会社神戸車輌製作所,株式会社丸〆及び大丸工業株式会社の取締役ないし代表者が自己の認識や記憶に基づかずに作成したものであるから,これらの書証の内容には信ぴょう性がない。甲30の証明書は,株式会社丸〆の代表者が自己の認識や記憶に基づかずに作成したものであり,その記載によっても,被告が平成16年8月23日に販売したとする手押台車が,本件特許に係るハンドル取付部の構成を備えているか否かは不明である。甲31の証明書は,アスクル株式会社の統括部長が作成したものであるが,その記載によっても,同月31日に同社が被告から購入した19台の台車と,本件特許に係るハンドル取付部の構成を備えているか否かは不明である。
また,甲5の2,甲6の2,甲7の2,甲14の各請求明細書(控)及び甲15ないし甲18,甲28の各売掛金元帳に記載される取引が現実に行われたのであれば,被告は,取引先各社との取引関係書類等や台車「DSK-101」の販売を通知するカタログやパンフレットを保有しているはずであるが,それらは提出されていないから,現実の取引が行われたとはいえない。
さらに,平成16(2004)年8月23日に販売開始したとされる台車「DSK-101」が,平成18(2006)年1月発行のカタログ(甲65)に初めて「新商品」として紹介されていること,カタログ等において,ハンドル折畳金具の強度の向上が紹介されていないことからすると,本件特許出願前に,本件特許に係る発明の構成を備えた台車「DSK-101」が製造(輸入),販売されていたとの事実は信ぴょう性に乏しい。
加えて,「DSK-101」は,「PX-101」の後継機種であるが,被告は,桐生車輌株式会社に対し,平成16年(2004)12月9日までは「PX-101」(ヤマト仕様)を販売し,平成17(2005)年2月17日になって初めて「DSK-101」を販売している。このことから,甲5の2,甲6の2,甲7の2,甲15ないし甲18,甲28,甲43の「請求明細書(控)」等の内容の真実性は疑わしく,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の各証明書の内容も信ぴょう性に乏しい。
したがって,上記②の事実の認定には誤りがある。
ウ 審決は,上記③の事実を,甲9,甲13,甲41ないし甲43,甲79(審判乙34)に基づいて認定している。
しかし,上記認定は,以下のとおり誤りである。すなわち,株式会社丸〆の代表者は,平成16年8月23日に被告から購入した手押台車と,甲9,甲13及び甲21の写真に示される手押台車との同一性を認めておらず(甲77),株式会社丸〆が同日に被告から購入した手押台車のハンドル取付部が,甲9,甲13及び甲21の写真に示される手押台車のハンドル折畳金具の構造であることを明らかにする証拠はない。
また,甲41によれば,株式会社丸〆は,平成16年8月23日に被告から購入した台車「DSK-101」20台のうち10台を,平成16年から平成19年の間に武蔵厨房工業株式会社に販売したとしているが,武蔵厨房工業株式会社が株式会社丸〆から購入した台車が,株式会社丸〆が被告から購入した台車と同一であることは立証されていない。甲41を作成した株式会社丸〆の代表者は,その記載内容が事実や認識,記憶と異なるとしている(甲96)。
さらに,甲42は,武蔵厨房工業株式会社の常務取締役が作成したものであるが,同社は,台車のメーカー,構造などに関心がないことは明らかであり,甲42の作成者は,その記載内容が,同社の取引記録と照合をしたものではないこと,添付された写真は同社において撮影されたのではなく,撮影されている台車が,被告が同社から持ち帰った台車であるかを判別できないことなどを述べている(甲97)。
したがって,上記③の事実の認定には誤りがある。
エ 以上のことから,引用発明が本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明であるとの審決の認定は誤りである。
(3) 特許法153条2項に規定する手続違反(取消事由3)
審判体は,請求人(被告)が,「平成16年8月31日のアスクル株式会社に対する運搬車の販売」に基づく公然実施を,本件特許を無効とする理由としては主張していなかったにもかかわらず,この事実について審理し,本件各発明を無効にする理由としたが,審理の結果を当事者に通知することも,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えることもしなかった。
したがって,審決は,特許法153条2項に規定する手続に違反したものであり,取り消されるべきである。
(4) 特許法131条の2第2項2号に規定する手続違反(取消事由4)
被告は,審判請求書において,販売に係る手押し台車(引用発明)を甲2ないし甲4の11の図面により特定したが,その後,被告が販売したとする台車を甲32の2ないし7の図面による特定に変更した。審決は,「甲2~甲4の11の図面及び甲32の2~7の図面は,いずれも間接事実(主要事実を間接的に推認させる事実)であって,請求人が甲32等を追加することは,間接事実を立証するための証拠を追加したにすぎないから,特許を無効にする根拠となる事実(主要事実)を実質的に変更する補正には当たらない。」と判断した(審決9頁26ないし30行)。
しかし,審決の上記判断は,特許法131条の2第2項2号に規定する手続に違反してなされたものである。
すなわち,甲2ないし甲4の11の図面,特に,甲2の図面で特定される台車と,甲32の2ないし7の図面,特に,甲32の2の図面で特定される台車では,ハンドル高(845mmから800mmに変更),取付部品(ストッパーの有無,ハンドルワッシャーの相違)等において顕著な差異があるから,変更前後の図面群によって特定される台車は,同一ではなく,被告による上記変更は,審判請求時に主張していた台車の販売事実に基づく無効の主張を,これとは異なる台車の販売事実に基づく無効の主張に変更していることは明らかである。
そして,審決は,甲2ないし甲4の11,若しくは,甲32の2ないし7の図面から推認される構成を,公然実施された発明(引用発明)として,本件各発明の構成と直接比較しているから,間接事実によって主要事実を直接認定したといえる。
そうすると,上記の図面を差し替えることは,間接事実の差し替えではあるものの,そのもたらす効果は,主要事実の差し替えに他ならず,被告による請求の理由の補正は,請求の理由の要旨を変更するものである。
これに対し,審決は,被告による上記補正を認めたが,その際,審判長は,当該補正に係る請求の理由を審判請求時の請求書に記載しなかったことにつき合理的な理由があるか否かの判断も,原告(被請求人)の同意を得ることもしていない。
したがって,被告による上記補正を認めた審決は,特許法131条の2第2項2号に規定する手続に違反し,取り消されるべきである。
(5) 特許法施行規則61条の5第1項に規定する原本照合の懈怠(取消事由5)
ア 特許法施行規則61条の5第1項は,「書証の提出としての文書の提出又は送付は,原本,正本又は認証のある謄本でしなければならない。」と規定し,特許庁における「平成15年改正法における無効審判等の運用指針」の「第2部 付録8 無効審判における主張と証拠について」は,「単なる写しで足りる文書以外の文書についての書証の申出があった場合において,原本の存在に争いがあるときには,口頭審理が行われる場合には,口頭審理の期日に原本を携帯して提出させ,その場で原本の確認をする。また,書面審理で行う場合には,相手方当事者も含めて面接を行い,その場で原本の確認を行う。」と規定する。
原告は,平成22年7月9日の第1回口頭審理期日に乙号証として提出した書証の原本を携帯し,書記官に対し原本照合の用意がある旨を告げ,原本照合を促したが,口頭で,「原本照合はしない」旨の回答がされ,審判段階で原告,被告が提出した証拠は,いずれも原本照合が行われなかった。
上記運用指針の規定は,特許庁において「運用指針」として公開されたものである以上,「審査基準」等と同様に規範性を持った規定であり,上記運用指針に反して原本照合を怠った上で,被告の提出した文書及び図面については無条件に形式的及び実質的証拠力を認めて採用する一方,原告の提出した証拠については,全て考慮から排除するという取り扱いの下に成された審決は,手続違反の瑕疵があり,取り消されるべきものである。
イ 平成22年8月10日付け被告の上申書は,原告に送達されておらず,原告が同年9月28日に審判部書記官に確認するまで,その提出があったことすら通知されなかった。
一方,原告の実質的な反論,反証を含む同年8月9日付け上申書(甲88)に対して,被告は,反論の機会を与えられていた(甲84)。
したがって,審判において,一方当事者に不当な不利益の扱いがなされたものであり,審決は手続的瑕疵がある。
2 被告の反論
以下のとおり,審決には,取り消されるべき判断の誤りはない。
(1) 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対し
ア 原告は,「甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面,並びに,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面の記載は真実であるとはいえず,審決が,甲3の1,2,甲4の1ないし11の金型製作図及び甲32の2ないし7の図面に基づいてした引用発明の認定は誤りである」と主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(ア) 原告は,「甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された構造図(図番MH210040)及び部品図(図番MH410164)に記載される運搬車の構造は,甲2の構造図(図番MH210040)及び甲3の1の部品図(図番MH410164)に記載される構造とは異なっており,各図面間の整合性もないから,これらの図面の記載内容を真実ということはできない。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11は,試作段階の金型製作用の図面(MH210040,MH410164につき,いずれも設変番号1)であり,甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8の証明書に添付の図面のMH210040は,その後の設計変更後の図面(設変番号2)である。甲32の1の出図書に記載された図面のMH210040は,甲32の2に示すように設計変更後の完成品の図面であり,甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8の証明書に添付の図面のMH210040(設変番号2)と同じである。甲32の1の出図書に記載された図面のMH410164は,甲32の5に示すように甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8の証明書に添付の図面のMH410164(設変番号1)と同じである。
したがって,前記図面間には,不整合や不一致はなく,構成を特定できる。なお,甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の図面の一部と,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付の図面が相互に一致しないからといって,その点の被告の主張は審判手続において訂正済みであり,内容の真正が否定されるものではない。
また,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の証明書は,会社が会社印を用いて発行したものであり,証明者が主体的に陳述したものといえる。捺印のある私文書は真正に成立したと推定される(民事訴訟法228条4項)。
(イ) 原告は,「甲32の1の『出図書』は,被告が受領印をねつ造した疑いがあり,甲32の2ないし7の図面は,甲32の1と一体のものであるから,これらが安華物流に出図された図面であるということはできない」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
日本の企業との取引において中国の担当者が日本と同様の印鑑を使用することは全く不自然ではない。また,Aが,副総経理である点は甲40から明らかである。
甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の図面は,「金型製作用」の図面として安華物流に提供されたものであり,安華物流は,被告の設計部と打合せを行いながら,被告の設計変更の指示に従って完成品を製作した。その設計変更を記載した図面が甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の証明書に添付の図面(図番MH210040(設変番号2))であるから,図面の不一致を理由に,被告のDSK-101の販売事実まで存在しないとする原告の主張は合理性がない。
イ 原告は,「引用発明のハンドル折畳金具は,軸受板とは別部材として設けられた底板を,軸受板に貼り合わせることにより設けられたものであり,底板部が矩形状に裁断されたものである」から,引用発明について,「1枚の金属板」を所定形状に裁断し,これに,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されていることを前提として認定した審決は誤りである。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
原告は,審決が本件発明1と引用発明との一致点として認定した内容を主張の前提とするが,審決は,一致点として,「所定形状に裁断」されたことと,「矩形状に形成された・・・底板部」が存することしか認定しておらず,「裁断」は「所定形状」であるとしか述べていない。これはハンドル折畳金具全体のことを示すにすぎず,「矩形状」に「裁断」されたか否かについては,認定していない。また,審決は,「底板部」が「矩形状」であると認定しているものの,それが「裁断」された結果として「矩形状」であるのか,折り曲げられた結果として「矩形状」であるのかについては,認定していない。なお,審決は,最終的に,「ハンドル折りたたみ金具は,『1枚の金属板を曲折することにより形成』されている」と認定しているのであるから,「底板部」が折り曲げられた結果として「矩形状」であると考えており,「矩形状」に「裁断」されたとは考えていないことが明らかである。
したがって,原告の主張は,その前提において失当であり,引用発明について,審決の認定に誤りはない。
ウ 原告は,甲32の5の図面には,係止板と軸受板の境界部分が「折り曲げられている」ことの記載はない,甲3の1の底面図の底板と軸受板との間,甲3の2の平面図の軸受板と係止板との間には,それぞれ実線が記載されているところ,実線の存在はこれらの各部が別部材であることを窺わせるなどとして,甲3の1,2,甲32の5に基づく,引用発明に関する審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
甲32の5の図面上において,係止板と軸受板の境界部分が湾曲に折り曲げられていること,その正面図及び背面図の下部に,底板と軸受板の境界部分が同一方向に折り曲げられている形状が図示されていることは明らかである。甲3の1,2の図面に記載される実線は,係止板と軸受板との間の切離し線ではなく,段差を示す線である。図面の記載からは,係止板,軸受板部及び底板が別部材であるとは認められず,軸受板と底板とが貼り合わせて形成されているものとも認められない。
したがって,審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2(引用発明が公然実施されたとする認定の誤り)に対し
原告は,審決が,①安華物流で製造の引用発明に係る運搬車が,被告の型番「DSK-101」台車として,平成16年9月28日よりも前に被告に到着していたこと,②被告の型番「DSK-101」の運搬車が,本件特許出願日より前に,日本国内において販売されたと認められること,③甲9,甲13に添付された写真画像の「DSK-101」の運搬車は,平成16年8月23日に株式会社丸〆が被告から購入したものであると認められることから,「引用発明が,本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明である」と認定したことは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 原告は,審決が,上記①の事実を,甲10,甲12,甲32の1,2及び5から認定したことは誤りであるとする。
しかし,原告の主張は失当である。
甲32の1,2及び5は,真正に成立したものであり,内容も真正である。
甲12に記載されている「A」氏は,平成16年当時,副総経理(役職名が総経理とされているのは誤記である。)であり,安華物流の株主(出資比率20%)かつ創業者であるから(甲40,甲75),宛名に同氏が記載されていたとしても不自然ではない。
甲10に記載されている上海久茂対外貿易有限公司は,貿易免許の関係で利用された会社であり,安華物流が「DSK-101」を製造し,その製品が輸入され,被告が上海久茂対外貿易有限公司経由で代金を支払った事実が立証されるといえる。「B」氏は証明書を作成した担当者であって翻訳者ではないから,同氏が日本語の知識を有するか否かは問題とならない。
したがって,審決の,上記①の事実の認定に誤りはない。
イ 原告は,審決が,上記②の事実を,甲5の1,2,甲6の1,2,甲7の1,2,甲8,甲14ないし甲19,甲28,甲30及び甲31から認定したことは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8の各証明書にそれぞれ添付された図面は,被告の販売に係る台車の構造と同一性がある。
また,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8,甲30及び甲31の各証明書は,会社印を用いて発行されたものであり,証明者が主体的に陳述したものと推認される。証明者は,自己の記憶のみに基づいて証明する必要はなく,資料を確認して捺印することができるから,内容についての信ぴょう性は推認される。
さらに,「DSK-101」のカタログへの最初の掲載が,平成18年1月であるからといって,その時期まで「DSK-101」が販売されていなかったことにはならない。当時,台車は被告の主力製品ではなく,営業マンによる販売を主力としていた。
加えて,平成17(2005)年2月17日に,ヤマト仕様の「Y-DSK-101」を被告から桐生車輌株式会社が購入したからといって,「DSK-101」がそのころまでに販売開始されていなかった理由とはならない。なお,ヤマト仕様の「Y-DSK-101」は,ハンドルの形状が,汎用性のある「DSK-101」とは異なっており,被告は品番を分けて別製品として扱っている。
したがって,審決の,上記②の事実の認定に誤りはない。
ウ 原告は,審決が,上記③の事実を,甲9,甲13,甲41ないし甲43,甲79(審判乙34)から認定したことは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
株式会社丸〆において,平成16年8月23日に型番「DSK-101」の台車を被告より20台購入した事実は認めている。また,武蔵厨房工業株式会社の代表者Cは合計13台のナンシン製手押台車を株式会社丸〆から購入したとし,株式会社丸〆の代表取締役Dの陳述書及び納品書の記載から,合計13台の「DSK-101」が納品されたことが明らかである(甲77ないし甲79)。
株式会社丸〆代表取締役Dの陳述書(甲96)は,甲41に関する陳述内容は明解ではないが,これを覆すような具体的な証拠はない。
また,原告は,武蔵厨房工業株式会社が株式会社丸〆から購入した台車について,甲42における写真画像の10台は,平成17年11月以降の購入に係るものである旨主張する。しかし,武蔵厨房工業株式会社が株式会社丸〆から購入した「DSK-101」の13台のうち,10台は平成16年10月19日から平成19年1月15日までの間に,3回にわたって購入されたものであるところ,同日までに被告が株式会社丸〆に販売した「DSK-101」は,平成16年8月23日の20台だけである(甲41,甲42,甲78)から,武蔵厨房工業株式会社が,被告が同日に株式会社丸〆に販売した「DSK-101」を少なくとも10台保有していることは明らかである。
さらに,原告は,甲42の内容の真実性を問題とするが,甲79,甲97によっても,甲42の内容の信用性を否定するに足りる事情はない。
したがって,審決の,上記③の事実の認定に誤りはない。
エ 以上のとおり,「引用発明が,本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明である」とした審決の認定に誤りはない。
(3) 取消事由3(特許法153条2項に規定する手続違反)に対し
原告は,「審判体は,請求人(被告)が,『平成16年8月31日のアスクル株式会社に対する運搬車の販売』に基づく公然実施を,無効理由としては主張していなかったにもかかわらず,この事実について審理し,本件各発明を無効にする理由としたが,審理の結果を当事者に通知することも,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えることもしなかったから,特許法153条2項に規定する手続に違反したものである」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。アスクル株式会社に対する販売事実についての被告の主張は,口頭審理陳述要領書に記載され,口頭審理において陳述されたものであるから,原告には,反論する機会が与えられていた。
したがって,審判手続は,特許法153条2項の規定に違反しない。
(4) 取消事由4(特許法131条の2第2項2号に規定する手続違反)に対し
原告は,「被告が,審判請求書において,販売に係る手押し台車(引用発明)を,甲2ないし甲4の11の図面によって特定したが,その後,被告が販売したとする運搬車を甲32の2ないし7の図面による特定に変更したことについて,『請求人が甲32等を追加することは,間接事実を立証するための証拠を追加したにすぎないから,特許を無効にする根拠となる事実(主要事実)を実質的に変更する補正には当たらない。』とした審決の判断は,特許法131条の2第2項2号に規定する手続に違反してなされたものである。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。本件は,公然実施を無効理由とするものであるが,被告は,本件特許出願前に「DSK-101」を販売したことを主要事実として主張した上,その主張を裏付けるために,図面により,ハンドル折りたたみ金具の構造を明らかにしているのであるから,図面で示した構造に係る事実は間接事実である。構造を示す図面の変更が,異なる運搬車の販売に当たるから無効事由を変更したと解することは,合理性を欠く。
したがって,審決は,特許法131条の2第2項2号に違反しない。
(5) 取消事由5(特許法施行規則61条の5第1項に規定する原本照合の懈怠)に対し
原告は,「原告,被告が提出した証拠について,いずれも原本照合が行われなかったことは,特許法施行規則61条の5第1項及び特許庁の『平成15年改正法に於ける無効審判等の運用指針』に反する,また,被告提出の証拠については形式的及び実質的証拠力を認める一方,原告提出の証拠については,考慮から排除してなされた審決には,手続違反の瑕疵がある。」,「平成22年8月10日付け被告の上申書は,原告に送達されておらず,原告に反論の機会が与えられなかったが,原告の実質的な反論,反証を含む同月9日付け上申書(甲88)に対して,被告は,反論の機会を与えられたのであり,一方当事者に不当な不利益の扱いがなされた審決は手続的瑕疵がある。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
口頭審理において,必要な原本照合は行われている。
また,被告の平成22年8月10日付け上申書が原告に送達されていなかったことは不知であるが,当該上申書は,証拠の提出が遅れるため,弁駁書の提出時期の延長を上申したものであり,このような上申書が原告に送達される必要はない。
さらに,原告は,同年9月7日付け弁駁書(2)(甲84)に対して,同年10月14日付け審判事件答弁書(第2回)(甲89)を提出しており,反論の機会は奪われていない。
したがって,審判手続に違法はない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないものと判断する。
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
原告は,甲3の1,2,甲4の1ないし11の金型製作図及び甲32の2ないし7の図面から引用発明の内容を認定した審決は誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 原告は,甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面,並びに,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面の記載は真実ではない旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
(ア) 甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面と,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面(甲32の2,甲32の5の図面と同一の記載内容であると認められる。)とを対比すると,①全高が,前者では845mmであるのに対し,後者では800mmである点,②ハンドルワッシャー14の図番が,前者では「MH410168」であるのに対し,後者では「MH410166」である点,③ハンドル折畳金具の表面処理が,前者ではメッキ処理であるのに対し,後者では無メッキである点において相違する。しかし,上記の相違は,本件各発明の構成とは関連性がない部分に関するものであり,また,甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面には,いずれも「金型製作用」と記載され,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面の「MH210040」には「設変番号-2」,「MH410164」には「設変番号-1」と記載されており,「設変番号」は設計変更の履歴を示すものと理解できる。そうすると,上記各図面相互に相違が生じた理由について,甲2,甲3の1,2,甲4の1ないし11の各図面が金型製作用図面として,被告から安華物流に提供されたが,その後協議した結果,被告の指示に従って設計変更が行われ,完成品の図面が甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された各図面となったとする被告の説明に不自然,不合理な点はない。上記各図面は,虚偽のものであると認めることはできない。
また,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の各証明書が,書面作成者が記憶に基づいて自ら記載したのではないとしても,直ちに記載内容が真実でないとはいえず,後記2(1)イのとおり,これらの証明書の記載内容に反する事情を認めるに足りる証拠はない。
(イ) 甲32の1の出図書の「安華/2004.7.13/A」との受領印は,被告がねつ造した疑いがあるとの原告の主張についても,これを裏付けるに足りる証拠はない。
イ 原告は,引用発明のハンドル折畳金具は,軸受板とは別部材として設けられた底板を,軸受板に貼り合わせることにより設けられたものであり,底板部が矩形状に裁断されたものであるから,引用発明について,「1枚の金属板」を所定形状に裁断し,これに,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されていることを前提として認定した審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
甲32の5の底面図を参照すると,軸受板部と係止板部との連続部分の外側が湾曲しており,部材を接合した場合,通常は湾曲しないのが技術常識であることから,両者が折り曲げられたものであり,別部材を接合したものでないことが推認できる。また,甲32の5の正面図及び背面図を参照すると,軸受板部と底板部との連結部分の外側も湾曲していることから,両者が折り曲げられたものであり,別部材を接合したものでないことが推認できる。
そうすると,ブラケットに相当する引用発明のハンドル折畳金具は,「1枚の金属板」を所定形状に裁断し,これに,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されているとした審決の認定に誤りはなく,原告の主張は採用できない。
ウ 原告は,甲32の5の図面には,係止板と軸受板の境界部分が「折り曲げられている」ことの記載はない,甲3の1の底面図の底板と軸受板との間,甲3の2の平面図の軸受板と係止板との間には,それぞれ実線が記載されているところ,実線の存在はこれらの各部が別部材であることを窺わせるなどとして,甲3の1,2,甲32の5に基づく,引用発明に関する審決の認定は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
確かに,甲3の1の底面図の底板と軸受板との間,及び,甲3の2の平面図の軸受板と係止板との間には,それぞれ実線が記載されており,1枚の部材を折り曲げて使用する場合,一般的には実線を記載しないと考えられる。
他方,上記アのとおり,甲3の1,2は金型製作用図面であり,その後の協議により,必要な変更が行われ,完成品の図面である甲32の2ないし7となったものと推認されるが,甲32の5の図面では,係止板の重合部分のみに溶接の指示があり,底板と軸受板,軸受板と係止板の境界部分以外の部分には溶接の指示がない。溶接を必要とするのであれば,溶接部位を特定して明確に指示すべきであるが,係止板の重合部分以外に溶接の指示がない以上,他の部分は折り曲げによって製造されることを指示していると理解できる。また,1枚の部材を折り曲げるほうが,組立の容易性や溶接部の強度保持の観点から利点があり,別部材を接合して組み立てるのは,不自然な構造であるといえる。そうすると,甲3の1,2の図面における実線の記載のみをもって,引用発明のハンドル折畳金具の係止板,軸受板及び底板が別部材であるとは認められず,上記イのとおり,引用発明においては1枚の金属板に,底板部,軸受板部及び係止板部が連続して形成されているというべきである。原告の主張は理由がない。
エ したがって,審決の引用発明の認定に誤りがあるとはいえず,引用発明は,本件発明1及び2の全ての構成を備えているものと認められる。
2 取消事由2(引用発明が公然実施されたとする認定の誤り)について
原告は,審決が,「引用発明が,本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明である」と認定したことは誤りであると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(1) 認定事実
証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア 引用発明に係る運搬車(台車)が安華物流により製造され,型番「DSK-101」として,平成16年9月28日よりも前に被告に到着したかについて
(ア) 甲10,甲32の1及び弁論の全趣旨によれば,平成16(2004)年7月,被告が,下請契約者である安華物流に対し,甲32の2ないし7の図面に記載される台車「DSK-101」5000台の製造を発注し,その代金72,850USドルのうち,30%に当たる21,855USドルを同月23日に,残り70%に当たる50,995USドルを同年9月28日に,上海久茂対外貿易有限公司を通じて安華物流に支払ったこと,代金の支払が上海久茂対外貿易有限公司を通じて行われたのは,安華物流が,当時,貿易免許を持っていなかったためであることが認められる。
また,甲12によれば,平成16年7月14日,被告から安華物流あてに送信されたファックスに,「図番MH210040」,「5,000」,「DSK-101」,「USD72,850,0.00」の記載があるほか,「ETD上海港 7月31日(1コンテナ),ETD上海港 8月16日(2コンテナ)」の記載があることが認められる。
以上の事実を総合すると,被告が,平成16年7月,安華物流に対し,引用発明に係る台車「DSK-101」5000台の製造を発注し,同年9月28日より前に,安華物流からその納品を受けたことが推認される。
(イ) 原告の主張について
a 原告は,「被告が甲32の1の受領印をねつ造した疑いがあり,甲32の2ないし7の図面に基づく『DSK-101』が日本国内に輸入されたとは認められない。」と主張する。しかし,原告の主張は失当である。甲32の1に押捺されている安華物流の受領印が被告のねつ造によるものであることを認めるに足りる証拠はない。
b 原告は,「甲12は,『A』氏が総経理として記載され,安華物流において存在の確認できない『合同専用章』(契約印)が押印されていることから,成立の真正及び内容の信ぴょう性に疑義がある。」と主張する。しかし,原告の主張は失当である。甲40によれば,「A」氏は,平成16年当時,副総経理であったというのであり,被告が同氏の役職について,総経理と表記したことが格別不自然であるとはいえない。また,製品を発注する際,登録された印章が用いられていなかったからといって,直ちに契約書の成立の真正や内容の信ぴょう性が否定されるものではない。
c 原告は,「甲10については,被告の下請けである安華物流が国外からの入金の証明書を作成していることには疑義があり,作成者とされる『B』氏が日本語の知識を有するかも不明であるから,実質的証拠力はない。」と主張する。しかし,原告の主張は失当である。甲10は,平成16(2004)年に安華物流が被告から台車「DSK-101」の注文を受け,その代金は同年9月28日までに上海久茂貿易有限公司を通じて全額支払われたこと,同社を通じて支払が行われたのは,当時,安華物流が貿易免許を持っていなかったためであることを示すものであり,このような内容を安華物流の担当者が証明することは不合理ではない。また,「B」氏が書面の内容を理解していなかったことを裏付けるに足りる証拠もない。
d なお,原告は,「甲10,甲12には,安華物流が製造した台車の仕向地が日本であることは記載されていないから,台車を被告が輸入し,所持したことは推認できない。」と主張するが,台車の仕向地が日本と記載されているか否かにかかわらず,甲10,甲12から,発注者である被告が,安華物流から台車の納品を受けたことが十分推認されるというべきである。
イ 被告の型番「DSK-101」の運搬車(台車)が,本件特許出願日より前に,日本国内において販売されたかについて
(ア) 被告から株式会社丸〆への販売について
甲7の1,2,甲14,甲15,甲29,甲30,甲41,甲43によれば,株式会社丸〆が,平成16年8月23日,被告から型番「DSK-101」の台車を20台購入した事実が認められる。
甲7の1,甲41(証明書)及び甲30(陳述書)の作成者である株式会社丸〆の代表者は,上記証明書及び陳述書は当時の取引内容を確認せず被告から求められるままに作成したものであり,明確な記憶はない旨述べているが(甲46,甲52,甲80,甲96),上記の事実に反する具体的な事情の説明がないことに照らすと,上記の認定は覆されない。
(イ) 被告から株式会社アサヒへの販売について
甲5の1,2,甲17によれば,株式会社アサヒが,平成16年8月23日,被告から型番「DSK-101」の台車を10台購入した事実が認められる。
甲5の1(証明書)の作成者である株式会社アサヒの取締役は,上記証明書は,当時の取引内容を確認せず被告から求められるままに作成したものであり,明確な記憶はない旨述べるが(甲45,甲52),上記の事実に反する具体的な事情の説明がないことに照らすならば,同供述は上記認定を左右するものとはいえない。
(ウ) 被告から株式会社神戸車輌製作所への販売について
甲6の1,2,甲16によれば,株式会社神戸車輌製作所が,平成16年8月23日,被告から型番「DSK-101」の台車を10台購入した事実が認められる。
甲6の1(証明書)の作成者である株式会社神戸車輌製作所の代表者は,上記証明書は,当時の取引内容を確認せず被告から求められるままに作成したものである旨述べているが(甲52),上記の事実に反する事情は述べていない。なお,原告は,甲6の1が代表者の了解なく専務(代表者の子)が押印したものである旨主張するが,甲102によれば,原告代表者が,後日訪問した際,株式会社神戸車輌製作所の代表者は,甲6の1に専務が捺印したとしつつも,その内容を確認の上,「一度捺印した内容を覆す書面へ捺印することはしない。」と述べたというのであるから,書面の作成については追認されたものというべきである。したがって,上記の認定は覆されない。
(エ) 被告から大丸工業株式会社への販売について
甲8,甲18によれば,大丸工業株式会社が,平成16年8月27日,被告から型番「DSK-101」の台車を4台購入した事実が認められる。
甲8(証明書)の作成者である大丸工業株式会社の代表者は,上記証明書は,当時の取引内容を確認せず被告から求められるままに作成したものであり,明確な記憶はない旨述べているが(甲47),上記の事実に反する事情は述べていない。また,同代表者は,甲100(陳述書)において,「当社に納品されたとされる運搬車の構造は,PX-201又はPX-101であったと思う」旨述べているが,客観的資料に基づく陳述ではない上,平成23年に至って約2年前の陳述を翻したものであり,到底信用することができない。したがって,上記の認定は覆されない。
(オ) 被告からアスクル株式会社への販売について
甲19,甲28,甲31によれば,アスクル株式会社が,平成16年8月31日,被告から型番「DSK-101」の運搬車を19台購入した事実が認められる。
また,上記の認定を覆すに足りる証拠はない。
(カ) 原告の主張について
a 原告は,被告が,株式会社丸〆及びアスクル株式会社に販売したとする台車について,「本件特許に係るハンドル取付部の構成を備えていない」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。被告が,両社に販売した台車の型番が「DSK-101」であること,甲7の1に添付された図面が甲32の2,甲32の5の図面と同一の内容であること,被告が安華物流に製造を発注した台車「DSK-101」は甲32の2ないし7の図面に記載されたものであり,引用発明に係る台車であると認められること,被告が安華物流から台車「DSK-101」の納品を受けた時期が,販売の日に近接していることから,被告が両社に販売した台車は,引用発明に係る台車であると認定することができる。上記1のとおり,引用発明は,本件発明1及び2の全ての構成を備えているものと認められる。
b 原告は,「現実に被告の主張する型番『DSK-101』の取引が行われたのであれば,被告は,取引先各社との取引関係書類等,カタログ,パンフレットを保有しているはずであるが,それらが証拠として提出されていない」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。上記(ア)ないし(オ)のとおり,取引先各社による証明書,被告の売掛金元帳写し等から「DSK-101」の取引の事実が明らかであり,原告主張の書類等が提出されないからといって,不自然とはいえない。
c 原告は,「平成16年8月23日に販売開始したとされる台車『DSK-101』が,平成18年1月発行のカタログ(甲65)に初めて『新商品』として紹介されていること,カタログ等において,ハンドル折畳金具の強度が向上していることが紹介されていないことからすると,本件特許出願前に製造(輸入)・販売されていたとの事実は信ぴょう性に乏しい。」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。商品カタログに掲載されていないからといって,当該商品の販売の事実を否定することはできない。
d 原告は,「被告は,桐生車輌株式会社に対し,平成16年12月9日までは『PX-101』(ヤマト仕様)を販売し,平成17年2月17日になって初めて『PX-101』の後継機種である『DSK-101』を販売しているから,甲5の2,甲6の2,甲7の2,甲15ないし18,甲28,甲43の『請求明細書(控)』等の内容の真実性は疑わしく,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8の各証明書の内容も信ぴょう性に乏しい」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。被告が桐生車輌株式会社に対し,平成17年2月17日に初めて「DSK-101」を販売したからといって,そのころまで「DSK-101」が販売開始されていなかったとはいえず,上記(ア)ないし(オ)の販売の事実を否定することはできない。
(2) 判断
上記(1)ア及びイのとおり,被告が,平成16年7月,安華物流に対し,引用発明に係る台車「DSK-101」5000台の製造を発注し,同年9月28日より前に安華物流からその納品を受けたこと,台車「DSK-101」を,本件特許出願日より前である平成16年8月23日から同月31日までの間に,日本国内において,株式会社丸〆,株式会社アサヒ,株式会社神戸車輌製作所,大丸工業株式会社及びアスクル株式会社に対して販売したこと,株式会社丸〆,株式会社アサヒ,株式会社神戸車輌製作所及び大丸工業株式会社に販売された台車「DSK-101」は,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された図面に基づくものであったことが認められる。また,甲5の1,甲6の1,甲7の1,甲8に添付された図面は,引用発明の構成を備えるものといえる(上記1のとおり)。
そうすると,被告が,平成16年8月,株式会社丸〆,株式会社アサヒ,株式会社神戸車輌製作所,大丸工業株式会社及びアスクル株式会社に対し,引用発明に係る台車「DSK-101」を販売した以上,その余の事実について検討するまでもなく,引用発明が本件特許出願前に日本国内において公然実施されていたといえる。
(3) したがって,「引用発明が,本件特許出願前に日本国内において公然実施された発明である」とした審決の認定に誤りはない。
3 取消事由3(特許法153条2項に規定する手続違反)について
原告は,「審判体は,請求人(被告)が,『平成16年8月31日のアスクル株式会社に対する運搬車の販売』に基づく公然実施を,無効理由としては主張していなかったにもかかわらず,この事実について審理し,本件各発明を無効にする理由としたが,審理の結果を当事者に通知することも,相当の期間を指定して意見を申し立てる機会を与えることもしなかったから,特許法153条2項に規定する手続に違反したものである」旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審判手続において,被告(請求人)は,「DSK-101は,本件特許の出願前にアスクル株式会社にも販売している(甲第28号証)。」と記載された平成22年6月25日付け口頭審理陳述要領書を,同年7月9日の口頭審理期日において陳述し(甲83,甲91),これに対し,原告(被請求人)は,同年8月9日付け上申書及び同年10月14日付け審判事件答弁書(第2回)において反論している(甲88,甲89)。そうすると,原告は,審判手続において,被告の新たな主張に対して意見を述べる機会を奪われたということはできない。
したがって,審判手続が,特許法153条2項の規定に違反するとはいえない。
4 取消事由4(特許法131条の2第2項2号に規定する手続違反)について
原告は,「被告が,審判請求書において,販売に係る手押し台車(引用発明)を,甲2ないし甲4の11の図面によって特定したが,その後,被告が販売したとする運搬車を甲32の2ないし7の図面による特定に変更したことについて,『請求人が甲32等を追加することは,間接事実を立証するための証拠を追加したにすぎないから,特許を無効にする根拠となる事実(主要事実)を実質的に変更する補正には当たらない。』とした審決の判断は,特許法131条の2第2項2号に規定する手続に違反してなされたものである。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
被告は,審判請求書において,引用発明の構成を甲2ないし甲4の11により立証すると述べたが(甲81),原告から,平成22年4月2日付け審判事件答弁書において,甲2ないし甲4の11の図面と,甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8に添付された図面とは,整合しない点がある旨の反論がされたことから(甲86),被告は,同年6月25日付け口頭審理陳述要領書において,甲2は設計変更前の図面であり,甲5の1,甲6の1,甲7の1及び甲8に添付された図面は設計変更後のものであって,日本国内で販売された運搬車「DSK-101」の正しい図面であるとして主張を訂正した(甲83)。また,被告は,同年9月7日付け弁駁書(2)において,当初,甲2ないし甲4の11の金型製作図により試作品が製作されたが,設計変更により,甲2で接地面からハンドル上端までの長さが845mmとされていたのを,甲32の2のようにハンドル上端までの長さ(総高)を800mmとしたこと,安華物流に対しては,甲32の2ないし7の図面に基づき最初の量産品である初期型「DSK-101」5000台の製造が発注され,平成16年8月23日に株式会社丸〆に販売されたこと,初期型「DSK-101」の全体の構造図は,甲32の2の図面,甲7の1に添付の図面などに記載されたとおりであること等を主張している(甲84)。
以上認定した手続の経緯に照らすならば,被告は,公然実施の対象となる運搬車の構造を示す証拠を,手続の当初におけるものと変更したが,それによって,公然実施の対象となる引用発明を差し替えたものでないことは明らかである。
したがって,被告が甲32の2ないし7の図面を追加したことについて,「特許を無効にする根拠となる事実(主要事実)を実質的に変更する補正には当たらない。」とした審決は,特許法131条の2第2項2号に違反するとはいえない。
5 取消事由5(特許法施行規則61条の5第1項に規定する原本照合の懈怠)について
原告は,「原告,被告が提出した証拠について,いずれも原本照合が行われなかったことは,特許法施行規則61条の5第1項及び特許庁の『平成15年改正法における無効審判等の運用指針』に反する,また,被告提出の証拠については形式的及び実質的証拠力を認める一方,原告提出の証拠については,考慮から排除してなされた審決には,手続違反の瑕疵がある。」,「平成22年8月10日付け被告の上申書は,原告に送達されておらず,原告に反論の機会が与えられなかったが,原告の実質的な反論,反証を含む平成22年8月9日付け上申書(甲88)に対して,被告は,反論の機会を与えられたのであり,一方当事者に不当な不利益の扱いがなされた審決は手続的瑕疵がある。」と主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決8頁20,21行には「乙第29号証の1~2は,平成22年7月9日の口頭審理の際に,被請求人が物件提出したものと同じ内容のものである。」との記載がある一方,第1回口頭審理調書(甲91)及び第1回口頭審理後に提出された原告(被請求人)の書面(甲88,甲89)には,必要な原本照合が行われていないことを示唆する記載はない。そうすると,双方が提出した証拠について原本照合が行われなかったとか,原告提出の証拠についてのみ排除されたとの原告主張を認めることはできないというべきである。
被告の平成22年8月10日付け上申書は,被告が,同月9日までに提出することとなっていた弁駁書の提出時期の延長を上申したものであり(当事者間に争いがない。),その内容について原告に反論の機会を与える必要があったとはいえない。また,原告は,被告の同年9月7日付け弁駁書(2)(甲84)に対し,同年10月14日付け審判事件答弁書(第2回)(甲89)において反論しているから,審判手続において,原告に不利益な扱いがなされたとはいえない。なお,原告は,同年8月9日に証拠の提出は打ち切られるべきであったとも主張するが,同日以降の証拠の提出が認められたとしても,それに対する反論,反証の機会が与えられている以上,原告に不利益な扱いとはいえず,違法な手続とはいえない。
6 小括
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,審決を取り消すべき違法は認められない。原告は他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。
第5結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)
file_2.jpg別紙