知財高等裁判所 平成23年(ネ)10022号 判決 2012年2月28日
平成22年(ワネ)第3239号控訴提起事件控訴人・同年(ワネ)第3249号控訴提起事件被控訴人(1審被告)
株式会社コンタクト
同訴訟代理人弁護士
本田俊雄
同
田中宏明
同
森哲也
同
國吉歩
同
土田慎太郎
同
冨本和男
同
山本雄祐
同
日下隆浩
同
服部弘嗣
同
長越浩樹
同
永井浩一郎
同
都築一仁
平成22年(ワネ)第3239号控訴提起事件被控訴人・同年(ワネ)第3249号控訴提起事件控訴人(1審原告)
ヒューグルエレクトロニクス株式会社
同訴訟代理人弁護士
妹尾佳明
同
小根山祐二
(以下,当事者の表記については,平成22年(ワネ)第3239号控訴提起事件控訴人・同年(ワネ)第3249号控訴提起事件被控訴人(1審被告)株式会社コンタクトを1審被告,平成22年(ワネ)第3239号控訴提起事件被控訴人・同年(ワネ)第3249号控訴提起事件控訴人(1審原告)ヒューグルエレクトロニクス株式会社を1審原告という。)
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 1審被告は,1審原告に対し,別紙資料目録記載の図面,ユニット及び技術資料を引き渡せ。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,8243万6556円及びこれに対する平成20年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 1審原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第1,2審を通じてこれを5分し,その1を1審被告の負担とし,その余を1審原告の負担とする。
4 この判決は,第1項の(1),(2)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 1審被告
(1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告の請求を棄却する。
2 1審原告
(1) 原判決を次のとおり変更する。
(2) 1審被告は,別紙製品目録2記載の製品の営業,製造及び販売をしてはならない。
(3) 1審被告は,1審原告に対し,別紙資料目録記載の図面,ユニット,技術資料を引き渡せ。
(4) 1審被告は,1審原告に対し,11億2943万6556円及びこれに対する平成20年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(1審原告は,原審において,別紙製品目録1記載の製品及び類似製品の営業,製造及び販売についての差止め請求をしていたが,当審において,別紙製品目録2記載の製品の営業,製造及び販売についての差止請求へと,訴えの一部を交換的に変更し,差止め請求の対象を特定した。)
第2事案の概要
以下,略語については,原判決と同一のものを用いる。
1 原審における経緯及び主張
(1) 原審の事案の概要
原審の経緯は,以下のとおりである。
1審原告は,平成17年7月29日,1審被告との間で半導体容器洗浄装置及びその付帯機器(本製品)の製造,設置・保守等に関する外注取引基本契約書(本件契約書)を取り交わして締結した外注取引基本契約(本件基本契約)に関して,1審被告に対し,以下の各請求をした。
ア 本件基本契約16条等違反に関連する請求
1審被告が,本製品のうちの「UPC-12100N」に類似した製品を独自に製造して1審原告以外の第三者に販売していることは,本件基本契約16条(本件基本契約終了後は16条及び25条)所定の「本製品および類似した製品を第三者のために製造しまたは販売してはならない」等の義務に違反すると主張して,別紙製品目録1記載の製品(判決注 1審における対象製品である。)及び類似製品の営業,製造,販売行為の差止めを求めた。
イ 本件基本契約22条違反に関連する請求
1審被告が1審原告に対し,本製品の価格を一方的に改定した上,本件基本契約を解約しない限り一切の受注をしない旨を通告する等して個別の受注を拒絶したのは,本件基本契約上の受注義務に反し,また,1審被告の上記受注拒絶は,本件基本契約22条所定の「本製品の甲への供給が不可能となった場合」に当たり,本件技術資料等は,1審原告自身又は第三者により本製品を製造して継続して販売することができるために必要なものであるから,1審被告は1審原告に対し,本件基本契約22条に基づき,本件技術資料等を引き渡す義務を負うと主張して,本件技術資料等の引渡しを求めた。
ウ 本件基本契約3条及び4条違反に関連する請求
1審被告は1審原告に対し,1審原告がニコンに販売する「UPC-3500N」本体については1台1800万円(総額2245万円)で,キヤノンに販売する「UPC-12100N」本体については1台3800万円(総額4135万円)で,それぞれ製造の受注をすべき義務を負っていたにもかかわらず,上記価格より高額の見積書を送付するなどし,1審原告からの製造委託を拒否した。1審被告の上記各行為は,1審被告が,1審原告からの上記個別の発注について,正当な理由なく製品価格を一方的に改定して受注を拒絶したもので,本件基本契約3条及び4条に基づく受注義務に違反すると主張して,債務不履行による損害賠償金6943万6556円の支払を求めた。
エ 本件基本契約終了に関連する請求
1審被告が1審原告に対し,平成20年4月30日付けで本件基本契約の更新を拒絶し,同年7月28日をもって契約を終了させる旨通知したこと(本件更新拒絶②)は,契約満了の3か月前までにされたものでなく,また正当な理由も存在しないから,本件基本契約に反して無効であり,本件基本契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,逸失利益10億1000万円の支払を求めた。
オ 競業行為に関連する請求
1審被告による上記個別受注の拒絶,技術資料等の不提出及び競業行為,並びに,1審原告の半導体容器洗浄装置の営業を担当していた従業員のAを平成20年2月29日に,Bを平成20年4月10日に,それぞれ1審原告から退職させて直後に1審被告に入社させ,1審原告の顧客に対し本製品と類似する半導体容器洗浄装置の営業活動を行わせるという違法な引き抜き行為による1審原告の信用毀損に係る本件基本契約上の債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として,5000万円(1億円の一部請求)の支払を求めた。
(2) 原判決の概要
原審は,1審原告の請求につき,①別紙製品目録1記載の製品及び類似製品の営業,製造,販売行為の差止めを認容し,②本件技術情報等の引渡請求を認容し,③本件基本契約上の個別の受注義務違反に基づく損害賠償につき,4243万6556円の範囲で認容し,その余の請求を棄却した。
2 当事者の主張
次のとおり変更するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 当事者の主張」(原判決2頁15行目から10頁16行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決7頁18行目の「別紙製品目録記載の製品及び類似製品」を「別紙製品目録2記載の製品」と訂正する。
第3当裁判所の判断
次のとおり付加,訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1ないし8(原判決10頁18行目から25頁7行目)記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決10頁20行目から21行目に掛けての「証拠(甲1ないし27,29ないし87,92,93,95,97ないし99(枝番を含む。)」を,「証拠(甲1,2,4ないし27,29ないし87,92,93,95,97ないし99,107(枝番号の表記を省略する。)」と訂正する。
(2) 原判決11頁4行目の次に,行を改め,次のとおり付加する。
「1審被告が設立される前,1審原告は株式会社タケシバ電機(以下「タケシバ電機」という。)に対し,半導体容器洗浄装置の設計,開発及び製造を継続的に発注していた。1審被告代表者は,タケシバ電機で,1審原告から注文を受けた半導体容器洗浄装置の設計,製作を担当する責任者であった。1審被告代表者は,平成15年8月,1審原告の注文に係る半導体容器洗浄装置の設計,開発に関わっていた技術者らを伴い,タケシバ電機を退社して,1審被告を設立した。1審原告は,タケシバ電機に代えて,1審被告に対し,本製品の製造の発注を開始した。」
(3) 原判決12頁9行目の「78台」を,「77台」と訂正する。
(4) 原判決12頁11行目の「総額31億7977万円に上る(甲3)。」を,「総額31億6682万円,1審原告が得た粗利の総額は23億8217万4000円に上る(甲95)。」と訂正する。
(5) 原判決16頁21行目から17頁8行目を,以下のとおり訂正する。
「しかし,本件基本契約が公序良俗に反して無効であるとする1審被告の上記主張は,いずれも,採用することはできない。まず,1審被告の上記①の主張については,これを裏付ける証拠はない。のみならず,1審原告は,自ら費用を負担して,第三者に,本製品の設計開発の委託をして,完成させた後に,1審被告に対し,技術資料等を提供して,本製品の製造を発注したこと,1審被告は,同資料等に基づいて本製品を製造したものであること,1審被告は,本製品の製造の過程で,一部について,開発,設計の修正等をしたが,1審原告はこれらに対しても,開発設計費を負担したことに照らしても,上記①の主張を採用することができない。また,1審被告の上記②の主張については,本製品は,1審被告が1審原告から委託を受け,1審原告から交付を受けた技術資料等に基づいて製造したものであることに照らすならば,本製品と同一の製品等を,1審被告が1審原告以外の第三者のために製造販売等することは,1審原告の利益を害することになることを,1審被告が認識,承諾した上で,契約書を作成したと解するのが合理的であるといえるから,1審被告が,1審原告以外の第三者のために製造販売をすることを禁止する合意条項に不当な目的があるとはいえない。そして,同目的を達成するためには,委任の終了の前後を問わず,時間的及び場所的な限定を付することなく,競業禁止の対象を,「本製品と同一の製品」及び「類似した製品」とする合意をすることが,公序良俗に反して無効となるものではない。他方,同条にいう「類似」は,その意味する範囲については,必ずしも明確ではない点を考慮すると,1審原告から1審被告に対して,同条の趣旨からみて本製品に用いられるために提供された独自の技術,ノウハウをそのまま使用したと評価できる製品を指すと理解するのが相当であり,無限定なものとはいえない。」
(6) 原判決19頁2行目から19行目を,以下のとおり訂正する。
「本製品である「UPC-12100N」と1審被告の製造・販売する「CFC330」とを対比すると,①バッファの数,バッファの配置,バッファの移動の有無,洗浄用配管の構成,洗浄用ノズルの形状,チャンバー底辺部の形状,乾燥用配管の構成,乾燥用配管の形状等において相違すること,②洗浄後における「FOUP」のパーティクルの数,「FOUP」の乾燥時間,N2パージポートを有する「FOUP」への対応,装置重量等の機能において相違すること,③1時間当たりの処理能力について,「UPC-12100N」では,「FOUP」6個であるのに対し,「CFC330」では,「FOUP」16個であること,④「CFC330」は,「UPC-12100N」に比べ,大幅に軽量化されていること等の点で,両者は,大きく相違する(甲43及び乙94)。
以上のとおり,「CFC330」は,「UPC-12100N」に比べ,大幅に軽量化され,「FOUP」の処理能力が1時間当たり6個から16個に向上しているなど,多くの点で改良が施されていることに照らすならば,1審原告から提供された独自の技術,ノウハウをそのまま使用したと評価できる製品の範囲を超えるものであって,本製品と類似しないものというべきである。また「CFC330」が「UPC-12100N」以外の本製品とも類似すると認めるに足りる証拠はない。したがって,1審被告の製造,販売に係る「CFC330」は,本件基本契約16条にいう本製品に「類似した製品」に該当しない。
1審被告代表者の供述及び弁論の全趣旨によれば,「CFC331」は,シリーズ名である「CFC330」と形式を共通にするものであり,その形状,機能等は,「CFC330」と変わる点はないことが認められる。そうすると,「CFC331」は,「CFC330」が本件基本契約16条にいう本製品に「類似した製品」に該当するとは認められないのと同一の理由により,同条にいう本製品に「類似した製品」に該当するとは認められない。
「CFC340」は,その外形が「UPC3500」に似ていることが認められるが(甲115の1,2,甲116),内部構造又は性能における,同一性又は類似性を認めるに足りる証拠はないから,本件基本契約16条にいう本製品に「類似した製品」に該当するとは認められない。
「CFC350」は,洗浄対象容器が「FOUP」ではないから(弁論の全趣旨),本件基本契約16条にいう本製品に「類似した製品」に該当するとは認められない。
「CFC230」は,その外観が「UPC8400CE」に似ていることが認められるが(甲117の1,甲119),寸法は「UPC8300」と異なり(甲117の2,甲118),内部構造又は性能における,同一性又は類似性を認めるに足りる証拠はないから,本件基本契約16条にいう本製品に「類似した製品」に該当するとは認められない。
弁論の全趣旨によれば,「UPC-3400」,「UPC-3500N」,「UPC-8000」,「UPC-8300」,「UPC-8350」,「UPC-8400CE」,「UPC-12000」,「UPC-12000R」,「UPC-12100」及び「UPC-12100N」は,いずれも本件基本契約16条にいう本製品に該当することが認められるが,1審被告が,これらの製品を,1審原告の委託に基づくことなく製造・販売し,又は製造・販売するために営業活動をしたことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,1審被告が,本件基本契約16条に違反して「本製品及び類似した製品」を製造・販売し,又は製造・販売するために営業活動をするおそれがあるとは認められず,これを差し止める必要性は認められない。したがって,1審原告の差止め請求には理由がない。」
(7) 原判決23頁20行目から21行目の「本件基本契約に反し無効であること,」を,削除する。
(8) 原判決24頁7行目から17行目を,以下のとおり訂正する。
「1審被告のした本件更新拒絶②(平成20年4月30日付けの更新拒絶)は,平成20年7月28日の3か月前の通知ではないから,本件基本契約は,同日に期間満了により終了することはなく,翌平成21年7月28日に終了したと解するのが相当である。
したがって,平成20年7月29日から平成21年7月28日の期間満了までの間は本件基本契約が継続することになるから,同契約に沿って,1審原告が本製品の注文をした場合,1審被告から,本製品の供給を受けることができるという契約上の地位を有していることになる。仮に,1審被告が1審原告から注文を受けたにもかかわらず,正当かつ合理的な理由なく,これに応じなかった場合(1審被告が,応じない状況を作出した場合を含む。)には,本件基本契約に違反することになり,そのような受注違反によって1審原告に与えた損害を賠償すべきことになる(本件基本契約3条参照)。
そこで,以下,損害の額について検討する。
この点,1審原告は,本件基本契約等に基づき,平成15年8月から平成20年2月まで77台の半導体容器洗浄装置の製造を発注し,1審被告がこれを製造納入した実績を踏まえ,期間に比例した割合で損害額を算定すべきであると主張するが,1審原告の上記主張は,以下のとおり,採用できない。
すなわち,弁論の全趣旨及び争いのない事実によれば,①平成20年3月ころ以降は,1審原告と1審被告との間では,半導体容器洗浄装置についての製造価格の合意を形成することが困難な状況にあったこと,②そのような経緯から,1審被告は,本件基本契約について,平成20年4月30日付けの更新拒絶をしたが,同更新拒絶は,平成20年7月28日の3か月前ではないから,契約更新の効力は生じないものの,本件基本契約24条所定の予告期間を僅かに2日だけ足りないという事情等が存したこと,③本件基本契約等が更新された後においても,1審原告と1審被告とが,円滑な取引を継続することが,引き続き困難な状況にあったと解されること(1審原告は,1審被告に対して,本件基本契約が延長された期間において,現実に,注文を出していない。),④1審原告は1審被告から,平成20年9月26日に,1審原告が引き渡した技術資料等の返却を受けていること(乙1)等の事実が認められる。
以上によれば,平成20年7月29日から平成21年7月28日の期間満了までの期間において,1審原告が被った損害額について,平成15年8月から平成20年2月までの本製造の発注及び納品実績と同じであると認めることはできないというべきであるから,この点の1審原告の主張は採用できない。
上記のような状況を前提とすれば,1審原告としては,平成20年7月29日から相応の期間が経過した後においては,例えば,ニコンやキヤノン等の第三者から本製品についての発注を受けた場合に,1審被告に代わる委託先をして製造させるか,又は自ら製造することによって,そのような注文に対して適宜の方策を講ずることが不可能ではなく,また合理的であるというべきであり,そのような対応を図ることによって,損害の発生を相当程度,回避することができたといえる。そうすると,1審原告は,平成20年7月29日以降において,数件程度の受注機会を喪失したことによる損害を被ったといえるものの,その余の損害はないと解される。
本件基本契約の更新拒絶に係る1審原告に生じた損害額は,1審被告が平成20年4月30日付けの更新拒絶の直前に,1審原告からの個別の発注に応じなかった,キヤノン向けほか1件分の損害額合計が4243万6556円であることなど本件に現れた一切の事情を総合して,4000万円と認めるのが相当である。」
第4結論
以上によれば,①1審原告の差止請求は理由がなく,②1審原告の本件技術情報等の引渡請求は理由があり,③1審原告の損害賠償請求は,本件基本契約上の個別の受注義務違反により生じた損害4243万6556円及び本件基本契約の更新拒絶に係る損害4000万円の合計8243万6556円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年10月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。1審原告のその余の請求は理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)
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