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知財高等裁判所 平成23年(ネ)10023号 判決 2011年7月21日

控訴人

株式会社夢工房

控訴人

株式会社アルミ工房

被控訴人

株式会社トーエイ

同訴訟代理人弁護士

小野薫

主文

1  原判決中控訴人ら敗訴部分をいずれも取り消す。

2  上記部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,アルミニウム製の雨戸を製造・販売する被控訴人が,控訴人らにおいて当該雨戸の製造に係る営業秘密を不正に取得した上で使用し,又は開示を受けた当該営業秘密を不正の利益を得る目的で使用して,当該雨戸と同じ構造を有する雨戸を製造・販売していることは,不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号又は同項7号(以下,平成21年法律第30号による同号の改正の前後を通じて,単に「7号」という。)の不正競争に該当すると主張して,控訴人らに対し,同法3条1項に基づき,原判決別紙物品目録記載の雨戸(以下「セキュアガード」という。)及びその構成部品の製造・販売の差止めを求めるとともに,同法4条に基づき,連帯して損害賠償6090万円及びこれに対する上記不正競争行為の後であり本件訴状送達の日の翌日である平成21年1月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。

2  原判決は,控訴人らの行為が不競法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するものと判断し,被控訴人の請求のうち,セキュアガードの製造・販売の差止め及び同法5条2項により推定される損害賠償3195万6581円及びこれに対する遅延損害金の支払請求を認め,その余を棄却したので,控訴人らが,原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消し,当該部分に関する被控訴人の請求を棄却する旨の判決を求めて控訴した。

3  被控訴人の本件請求に対する判断の前提となる事実は,次のとおりである。

(1)  東衛産業株式会社(以下「東衛産業」という。)は,昭和33年11月21日に設立されたシャッターやブラインドの製造及び販売等を目的とする会社であり,光通風雨戸という名称のアルミニウム製の雨戸(以下「光通風雨戸」という。)を製造・販売しており(甲1,2,13,25,弁論の全趣旨),東衛産業の平成18年当時の代表者は,被控訴人代表者であるX(以下「X」という。)であった。

ディリー産業有限会社(以下「ディリー産業」という。)は,平成8年11月14日に設立されたシャッターやブラインドの製造及び販売等を目的とする会社であり,ディリー産業の平成18年当時の代表者は,Xの妻であった(甲24,弁論の全趣旨)。

被控訴人は,平成18年10月19日に設立されたシャッターやブラインドの製造及び販売等を目的とする会社であり,現在,光通風雨戸を製造・販売している(甲14,41の1,原審被控訴人代表者本人,弁論の全趣旨)。

(2)  控訴人株式会社夢工房(以下「控訴人夢工房」という。)は,平成元年11月28日に設立された設備工業等を目的とする会社であり,控訴人夢工房の代表者であるY(以下「Y」という。)は,平成16年12月16日,東衛産業との間で,地区指定販売代理権契約を締結し,控訴人夢工房は,光通風雨戸の販売に関して,東衛産業の広島地区での販売代理店となった(甲11)。

控訴人株式会社アルミ工房(以下「控訴人アルミ工房」という。)は,平成18年8月4日にYを代表者として設立された会社であり,セキュアガードを製造・販売している(乙20,弁論の全趣旨)。

また,控訴人夢工房は,東衛産業の販売代理店を辞め,控訴人アルミ工房が製造したセキュアガードを販売している(原審控訴人ら代表者本人,弁論の全趣旨)。

4  本件訴訟の主たる争点は,次のとおりである。

(1)  控訴人夢工房は,東衛産業及びディリー産業から光通風雨戸製造に関する情報の開示を受けたか否か(争点1)

(2)  東衛産業,ディリー産業及び被控訴人は,光通風雨戸製造に関する営業秘密(不競法2条6項)を保有していたか(争点2)

(3)  控訴人らは,東衛産業,ディリー産業及び被控訴人の営業秘密を不正取得(不競法2条1項4号)し,又は不正の利益を得る目的若しくは損害を加える目的で使用(同項7号)したか(争点3)

(4)  被控訴人の損害(争点4)

第3当事者の主張

1  原審における主張

(1)  争点1(控訴人夢工房は,東衛産業及びディリー産業から光通風雨戸製造に関する情報の開示を受けたか否か)について

〔被控訴人の主張〕

原判決5頁10ないし21行目を引用する。

〔控訴人らの主張〕

原判決8頁2ないし24行目を引用する。ただし,引用中の「a」,「b」及び「c」をそれぞれ「(1)」,「(2)」及び「(3)」に改める。

(2)  争点2(東衛産業,ディリー産業及び被控訴人は,光通風雨戸製造に関する営業秘密(不競法2条6項)を保有していたか)について

〔被控訴人の主張〕

原判決3頁15行目ないし5頁7行目を引用する。ただし,引用中の「(ア)」,「(イ)」,「(ウ)」及び「(エ)」をそれぞれ「(1)」,「(2)」,「(3)」及び「(4)」に改め,「a」,「b」,「c」及び「d」をそれぞれ「ア」,「イ」「ウ」及び「エ」に改める。

〔控訴人らの主張〕

原判決7頁3ないし23行目を引用する。ただし,引用中の「(ア)」及び「(イ)」をそれぞれ「(1)」及び「(2)」に改める。

(3)  争点3(控訴人らは,東衛産業,ディリー産業及び被控訴人の営業秘密を不正取得(不競法2条1項4号)し,又は不正の利益を得る目的若しくは損害を加える目的で使用(同項7号)したか)について

〔被控訴人の主張〕

原判決5頁22ないし26行目を引用する。ただし,引用中,冒頭の「そして,」を削除して「(1)」を加える。

原判決6頁1ないし25行目を引用する。ただし,引用中の「(イ)」及び「(ウ)」をそれぞれ「(2)」及び「(3)」に改め,「a」,「b」及び「c」をそれぞれ「ア」,「イ」及び「ウ」に改める。

〔控訴人らの主張〕

原判決8頁25行目ないし9頁17行目を引用する。ただし,引用中の「(イ)」及び「(ウ)」をそれぞれ「(1)」及び「(2)」に改める。

(4)  争点4(被控訴人の損害)について

〔被控訴人の主張〕

原判決9頁20行目ないし10頁25行目を引用し,「ア」及び「イ」を「(1)」及び「(2)」に改め,「(ア)」,「(イ)」及び「(ウ)」をそれぞれ「ア」,「イ」及び「ウ」に改める。

〔控訴人らの主張〕

原判決11頁1行目を引用する。

2  当審における主張

(1)  争点1(控訴人夢工房は,東衛産業及びディリー産業から光通風雨戸製造に関する情報の開示を受けたか否か)について

〔被控訴人の主張〕

ア 東衛産業及びディリー産業は,控訴人夢工房との間で,平成18年7月10日,本件製造販売契約を締結したが,東衛産業は,これに先立つ同年4月中旬ころ,控訴人夢工房に対し,光通風雨戸のスラット等アルミ部材の図面(甲15〔1〕~〔8〕。以下,この図面に記載された情報を「本件情報1」という。)を交付し,さらに,東衛産業及び被控訴人の代表者であるXは,同年7月4日,控訴人らに対し,部品明細表及び各部品の図面(甲15〔10〕〔11の1〕~〔11の15〕。以下,この図面等に記載された情報を「本件情報2」という。)を交付し,かつ,取引先であるタジマ機工株式会社(以下「タジマ機工」という。)や明光化成株式会社(以下「明光化成」という。)の情報を提供している。

イ 男鹿産業有限会社(以下「男鹿産業」という。)が取得したとされる特許は,本件製造販売契約の対象外であることが明らかである。

〔控訴人らの主張〕

ア 控訴人らがセキュアガードの製造を始めるに至ったのは,東衛産業が商品の供給ができなくなり,控訴人夢工房で製造してでも受注分を納品するしかない状況に追い込まれた結果であり,ディリー産業との契約を前提としたものではないし,控訴人らは,契約を前提とした技術資料の供与及び取引相手の開示を受けたことはない。

イ 控訴人らは,セキュアガードの製造に目途が立った時点で,Xに対してその旨を報告したところ,Xから特許権侵害になるので委託生産という形でディリー産業との契約が必要であると要求され,本件製造販売契約を締結したが,その直後に,唯一有効な庇部分の特許が男鹿産業に質入れされていたことなどから,控訴人アルミ工房が同契約の解除を申し出たところ,ディリー産業は,解除を通知したものである。控訴人らとディリー産業との間には,取引がなかった。

ウ 原判決は,被控訴人が控訴人らに秘密文書を開示したと主張する日時よりも控訴人アルミ工房のスラット等の見積りの上がってきた日時が早いことから,この見積りが東衛産業の図面を基にして積算されたものである旨を判示するが,メーカーは,他社の図面を基にして見積りを出すことはしない。このことから,控訴人アルミ工房によるスラット等の見積りは,東衛産業の図面をもとにして積算されたものではないといえる。

(2)  争点2(東衛産業,ディリー産業及び被控訴人は,光通風雨戸製造に関する営業秘密(不競法2条6項)を保有していたか)について

〔被控訴人の主張〕

ア 控訴人らは,訴外ワイズや平野金属工業株式会社(以下「平野金属」という。)も光通風雨戸を製造・販売していた旨を主張するが,この主張には何ら立証がない。

イ 控訴人は,見積りは自社で図面を作成した後にされるものである旨を主張するが,東衛産業等から0.1ミリ単位の精密な図面等の開示がないのに,これと全く同一の図面をいかなる方法で作成できたのかについて,何ら立証していない。

〔控訴人らの主張〕

ア 訴外ワイズは,控訴人夢工房がセキュアガードの製造を決めた同時期に,光通風雨戸のスラットの形状及び上枠を少し変えた商品を製造・販売しているし,平野金属も,控訴人らより前から,光通風雨戸と同一の商品を製造しているから,光通風雨戸を新たに作ることは,困難ではない。

イ 控訴人らは,平野金属の商品を基に部品を作っていたから,控訴人らの部品番号が被控訴人の部品番号と一致したのは,平野金属のものが一致したにすぎず,これをもって被控訴人から控訴人らに対して秘密文書なるものが開示されたと認めることはできない。

(3)  争点3(控訴人らは,東衛産業,ディリー産業及び被控訴人の営業秘密を不正取得(不競法2条1項4号)し,又は不正の利益を得る目的若しくは損害を加える目的で使用(同項7号)したか)について

〔被控訴人の主張〕

控訴人夢工房の代表者であるYは,東衛産業の代表者であるXとの間で,遅くとも平成18年5月下旬までに,光通風雨戸製造に関する図面等の受領に際して,これらの情報を秘密として保護する旨を合意した。

〔控訴人らの主張〕

被控訴人の上記主張を否認する。

第4当裁判所の判断

1  認定事実

前提となる事実,証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。

(1)  東衛産業は,控訴人夢工房との間で,平成16年12月16日,地区指定販売代理権契約を締結して控訴人夢工房が広島地区において光通風雨戸を販売することを許諾した(甲11)。そして,控訴人夢工房は,上記契約に基づき東衛産業から納品された光通風雨戸を顧客に販売していた(甲20,21,乙2,19)。

しかし,東衛産業は,平成17年12月ころ,光通風雨戸の製造を委託していた株式会社ユニテとの間でトラブルを抱え,平成18年1月には,同社から光通風雨戸の納入を受けることができなくなった。その結果,東衛産業から控訴人夢工房に対する光通風雨戸の納品も,次第に遅れるようになり,同年2月下旬ころには納品がされなくなった(甲21,乙19,原審被控訴人代表者本人,原審控訴人ら代表者本人)。

東衛産業が光通風雨戸の納入を受けることができなくなったため,東衛産業の代表者であるXは,自分の妻が代表者を務めていたディリー産業で光通風雨戸を製造することとし,ディリー産業は,平成18年3月下旬ころから,その工場において光通風雨戸の製造を開始した(原審証人A,原審被控訴人代表者本人)。

(2)  控訴人夢工房は,東衛産業から光通風雨戸が納品されなくなったことから,平成18年4月上旬ころ,東衛産業に対し,広島地区で販売する光通風雨戸を自ら製造することを提案し,東衛産業は,将来的に両社の間で製造委託に関する契約を締結することを前提に,控訴人夢工房の上記提案を検討することとした(甲21,乙19,原審被控訴人代表者本人)。

(3)  控訴人夢工房は,平成18年4月20日までに,かねてから取引のあった株式会社中国立山(以下「中国立山」という。)に対し,光通風雨戸の部材の金型製造等について見積りを依頼し(乙17),同年5月下旬ころ,中国立山にその製造を依頼した。中国立山の親会社である立山アルミニウム工業株式会社(以下「立山アルミ」という。)は,同月22日,光通風雨戸のスラットB,上下レール枠,縦枠及びカマチAないしCのアルミ部材の図面(乙14の1~6)を製作し,同月29日,これらの図面を控訴人夢工房に交付したほか,上記金型を製造した(甲8,27,乙17,18)。

控訴人夢工房は,平成18年6月中旬以降,中国立山に対して光通風雨戸の部材の製造を依頼し(甲8),これらの部材は,同月末ころから,控訴人夢工房に納品された(乙18)。

(4)  ところで,立山アルミ製作に係る上記図面(乙14の1~6)と被控訴人が控訴人夢工房に交付したと主張する本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕)とを比較すると,立山アルミ製作に係る図面には,本件情報1に含まれるスラットA及び下レール枠の2点の部材(甲15〔1〕〔4〕)が含まれていないが,その余の6点の部材(スラットB,上下レール枠,縦枠及びカマチAないしC。甲15〔2〕〔3〕〔5〕~〔8〕,乙14の1~6)は,共通している。しかし,これらの共通する部材に関する各図面を比較すると,いずれも同じ部材に関する型番ないし型材番号が異なっているほか,立山アルミ製作の図面では,スラットに細部の寸法が付加され,各部材で許容誤差の数値等が若干異なっており,断面角度の記載やビスホールの寸法の採り方など同じ情報に関する記載の体裁が本件情報1に係る図面とは異なっている。

(5)  東衛産業から控訴人夢工房への光通風雨戸の納品は,平成18年5月上旬ころにおいても遅れていた。そこで,控訴人夢工房の従業員であるBは,光通風雨戸の製造を手伝うためにディリー産業の工場を訪れ,工場長であるAの指導の下,約20日間,ジャバラの製造を中心に光通風雨戸の製造を手伝った(乙19,原審証人A,原審控訴人ら代表者本人)。

(6)  控訴人夢工房は,平成18年5月下旬,東衛産業に対して光通風雨戸のスラット加工用金型を製造・納入していたタジマ機工に対し,当該金型を発注したところ,タジマ機工は,同年7月26日,東衛産業又はディリー産業から了承を得るなどせずに,控訴人夢工房に対して当該金型を納品した。なお,控訴人夢工房は,有限会社クロセ工機(以下「クロセ工機」という。)という会社にも同じ金型の製造を依頼し,同社が同年6月27日に製作した当該金型の設計図を受領したが,この設計図は,光通風雨戸を製造するに当たって若干不完全な部分を含んでいた(甲9,39,乙1,6)。

(7)  東衛産業とディリー産業とは,平成18年6月1日,事業譲渡契約を締結し,東衛産業からディリー産業に対し,光通風雨戸の製造販売事業の全てが譲渡され,これに伴い,光通風雨戸に係る構成部品の図面及び仕様に関する知識,構成部品の仕入先の情報等も譲渡された(甲13)。

(8)  控訴人夢工房の代表者であるYは,平成18年7月4日,ディリー産業の本社を訪れ,東衛産業の代表者であるX及びその妻であるディリー産業の代表者との間で,東衛産業及びディリー産業と控訴人夢工房との間で締結する光通風雨戸の製造委託に関する契約の内容について話し合った。Xは,その際,Yに対し,光通風雨戸の部品明細表及び各部品の図面,すなわち,本件情報2に係る図面等を交付した(甲15,21,原審被控訴人代表者本人)。

そして,東衛産業及びディリー産業と控訴人夢工房とは,平成18年7月中旬ころ,光通風雨戸の製造及び販売について,本件製造販売契約を締結した。同契約においては,① 東衛産業及びディリー産業は,控訴人夢工房に光通風雨戸の製造を委託し,控訴人夢工房は,この委託を受託したものを除くほか,光通風雨戸又は光通風雨戸の製造に用いる部品を製造してはならないこと(同契約1条),② 東衛産業及びディリー産業の控訴人夢工房からの光通風雨戸の買上価格は,定価の32%相当の額とし,東衛産業及びディリー産業の控訴人夢工房に対する光通風雨戸の売買代金の額は定価の45%相当の額とすること(同契約5条),③ 東衛産業及びディリー産業は,控訴人夢工房に光通風雨戸を製造するのに必要な部品を有償で供給すること(同契約5条),④ 東衛産業及びディリー産業は,控訴人夢工房に対し,光通風雨戸を製造するために必要な技術を開示すること(同契約6条),⑤ 上記部品の納入に伴う売買代金の決済は,毎月末日締めで,翌月末日までに支払うこと(同契約11条),⑥ 東衛産業及びディリー産業と控訴人夢工房は,同契約の内容及び同契約に基づく業務の過程で知り得た相手方の技術上・営業上の秘密につき守秘義務を負うこと(同契約12条)が定められた(甲12)。

(9)  控訴人夢工房は,平成18年7月12日ないし同月29日,東衛産業に対し,スラットB,上下レール枠,縦枠及びカマチのセットを納品した。他方,東衛産業は,同月末ころまで,控訴人夢工房に対し,ジャバラその他の光通風雨戸の部品を供給した(甲20,36,37,原審証人A)。

また,光通風雨戸の部品となるシール・クッションゴムをディリー産業に対して納入していた明光化成は,同月22日,控訴人夢工房に対し,シール・クッションゴムを納品した(甲10,35)。

他方で,Yは,平成18年8月4日,控訴人アルミ工房を設立した(乙20,弁論の全趣旨)。

(10)  東衛産業及びディリー産業は,控訴人夢工房が本件製造販売契約に基づき平成18年7月末ころまでに納品された光通風雨戸の部品の代金を期限までに支払わなかったため,同年9月7日,同契約を解除した(当事者間に争いのない事実,弁論の全趣旨)。

(11)  控訴人アルミ工房は,平成18年9月15日ころ以降,平野金属から本件情報2に係る部品を仕入れ(乙5),あるいはタジマ機工からスラット加工用金型を仕入れるなどして(甲38),光通風雨戸とその形状及び部品構成においてほぼ同一であるセキュアガードを製造して(甲5,7,18,弁論の全趣旨)これを控訴人夢工房に販売し,その過程で,同年10月ないし11月ころから,タイ所在の工場で本件情報2に係る部品の一部を製造することとなった(乙13,19)。

控訴人アルミ工房は,平成19年2月から,控訴人夢工房にその販売を委託し,控訴人夢工房の販売金額が控訴人アルミ工房の売上額となり,そこから控訴人夢工房に対して10%の販売手数料を支払うこととされた(原審控訴人ら代表者本人,弁論の全趣旨)。

(12)  被控訴人は,平成18年10月19日に設立されたところ,ディリー産業と被控訴人とは,平成20年5月10日,事業譲渡契約を締結し,ディリー産業から被控訴人に対し,光通風雨戸の製造販売事業の全てが譲渡され,これに伴い,光通風雨戸に係る構成部品の図面及び仕様に関する知識,構成部品の仕入先の情報等も譲渡された(甲14,弁論の全趣旨)。

2  争点1(控訴人夢工房は,東衛産業及びディリー産業から光通風雨戸製造に関する情報の開示を受けたか否か)について

(1)  被控訴人は,ディリー産業が,Bに対し,光通風雨戸のジャバラの製造工程における必要な技術を習得させた旨を主張する。この主張は,要するに,ディリー産業からBに対し,被控訴人が営業秘密と主張する光通風雨戸の製造に係るノウハウが伝達されたことを主張するものと理解されるところであって,被控訴人代表者の供述(甲21,原審被控訴人代表者本人)には,これに沿う部分がある。

しかしながら,前記1(1)及び(2)に認定のとおり,Bが派遣されるに先立って東衛産業から控訴人夢工房に対する光通風雨戸の納品が滞っており,控訴人夢工房がこれを製造する方向で東衛産業との間で交渉が行われていたという状況にあったところ,被控訴人代表者の上記供述部分は,Bがディリー産業の工場で働いていた目的について曖昧であることに加えて,上記1(5)に認定のとおり,Bは,ディリー産業の工場において,工場長であるAの指導の下でジャバラの製造を中心に光通風雨戸の製造を手伝ったことは認められるものの(乙19,原審証人A,原審控訴人ら代表者本人),その際,製造についての特別なノウハウ等がBに伝達されたと認めるに足りる的確な証拠はない。したがって,被控訴人代表者の上記供述部分は,その裏付けを欠くものとして採用できず,被控訴人の上記主張も,採用できない。

(2)  被控訴人は,東衛産業の代表者であるXが,控訴人夢工房の代表者であるYに対し,平成18年4月中旬ないし同年5月23日ころ,特別仕様の部品の図面の一部,加工用金型の製造に必要な図面(本件情報1)及び特別仕様の部品の仕入先に関する情報を含む取引業者一覧表(甲15〔9〕)を交付し,さらに,同年7月4日ころ,その他の特別仕様の部品の図面等(本件情報2を含む。)を交付し,光通風雨戸の製造に必要な全ての図面等を交付した旨を主張し,被控訴人代表者の供述(甲15,21,原審被控訴人代表者本人)には,これに沿う部分がある。

ア 本件情報1について

そこでまず,本件情報1についてみると,被控訴人代表者の上記供述部分は,本件情報1を交付した日時について平成18年5月23日であるとする(甲15,21)一方で,その本人尋問においてはその日付及びこれを特定した理由については甚だ曖昧な説明に終始していることに加えて,本件製造販売契約成立後に結局控訴人夢工房から納品されなかったスラットA及び下レール枠の図面(甲15〔1〕〔4〕)まであらかじめ交付した理由を何ら説明していないことを指摘できる。また,立山アルミは,同月22日に光通風雨戸のスラットB,上下レール枠,縦枠及びカマチAないしCの図面を製作している(乙14の1~6の6枚)ところ,仮に当該図面が本件情報1に係る図面から再製されたとすると,被控訴人代表者の供述に係る本件情報1に係る図面の交付日と矛盾することになる。しかも,立山アルミ製作の図面と本件情報1に係る図面とを比較すると,前記1(4)に認定のとおり,立山アルミ製作の図面は,後に控訴人夢工房が被控訴人に納品しなかったスラットA及び下レール枠の図面を含んでおらず,いずれも同じ部材に関する型番ないし型材番号が異なっているほか,立山アルミ製作の図面ではスラットに細部の寸法が付加され,各部材で許容誤差の数値が若干異なっており,断面角度の記載やビスホールの寸法の採り方など同じ情報に関する記載の体裁が本件情報1に係る図面とは異なっているところ,仮に控訴人夢工房において本件情報1に係る図面を受領していたのであれば,光通風雨戸について立山アルミに図面を製作させる必要もなく,また,できあがった図面に上記のような差異が存在する必然性もないことになる。しかし,被控訴人代表者の上記供述部分は,これらの点についても何ら合理的な説明をしていない。

むしろ,東衛産業と控訴人夢工房とは,東衛産業からの納品が滞ったことを契機として,平成18年4月に将来的に両者の間で製造委託に関する契約を締結する方向で交渉を開始したものであるから,自己の顧客への納品を急ぐ控訴人夢工房が同月20日までに中国立山に対して光通風雨戸の部材の金型製造等について見積りを依頼すること(乙17)は,それ自体自然である。しかも,本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕の8枚)は,光通風雨戸のスラットA及びB,上下レール枠,下レール枠,縦枠並びにカマチAないしCの各部材の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,これは,ノギスなどの一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものである。そして,控訴人夢工房は,納品予定のない部材(スラットA及び下レール枠)の図面を製作させる必要がない一方,仮に控訴人夢工房が本件情報1に係る図面を被控訴人から入手していれば,敢えて立山アルミに上記図面を製作させる必要もなかったことに加えて,立山アルミ製作の図面と本件情報1に係る図面との間には上記のような内容及び体裁上の差異が存在することを併せ考えると,立山アルミ製作の上記図面は,むしろ,控訴人夢工房の依頼に基づき,立山アルミが光通風雨戸の製品自体から再製したものであると認めるのが自然である。

なお,立山アルミの後身である三協立山アルミ株式会社をグループ内に擁する三協立山ホールディングス株式会社知財管理室作成の回答書(甲8)によれば,立山アルミは,その子会社である中国立山を介して,平成18年5月末ころに控訴人夢工房から本件情報1に係る図面の一部を提示され,これに基づいて金型製造依頼を受けているとされているところ,当該回答書の作成者が立山アルミ又は中国立山において控訴人夢工房との間で交渉等を担当した者ではなく,かつ,ここで提示されたとされるものも本件情報1に係る図面の一部にとどまっていることに照らすと,ここで提示されたとされる図面が本件情報1に係る図面(甲15〔1〕~〔8〕)ではなく,立山アルミ製作に係るもの(乙14の1~6)であった可能性は,排除できない。

以上によれば,本件情報1に係る図面を交付したとの被控訴人代表者の前記供述部分は,これを採用できず,したがって,これと同旨の被控訴人の主張も,採用できない。

イ 特別仕様の部品の仕入先に関する情報を含む取引業者一覧表等について

次に,上記取引業者一覧表(甲第15号証〔9〕)についてみると,そこには,「06.6.22 作成」との記載があり,同表は平成18年6月22日ころに作成されたことが推認されることに加えて,当該一覧表等を交付したとする被控訴人代表者の前記供述部分自体,甚だあいまいなものであって何ら的確な裏付けがないことからすると,東衛産業及びディリー産業から控訴人夢工房に対し,当該一覧表等が交付されたとの当該供述部分は,これを直ちに採用できない。

なお,前記1(6)及び(9)に認定のとおり,上記一覧表に記載があるタジマ機工は,平成18年7月26日,控訴人夢工房に対し,光通風雨戸のスラット加工用金型を納品し,同じく明光化成は,同月22日,控訴人夢工房に対し,光通風雨戸の部品となるシール・クッションゴムを納品したことが認められる。しかしながら,当時,東衛産業及びディリー産業と控訴人夢工房とが光通風雨戸の製造について協力関係にあったことからすれば,東衛産業又はディリー産業から控訴人夢工房に対し,タジマ機工や明光化成の情報について提供があったとしても不自然ではない一方,控訴人夢工房が上記取引業者一覧表記載の他の業者と接触したことを認めるに足りる証拠はないから,タジマ機工及び明光化成と控訴人夢工房との取引という事実は,そのことから直ちに上記一覧表が交付されたとの被控訴人代表者の前記供述部分を補強するに足りない。

したがって,被控訴人の上記主張は,採用できない。

ウ 本件情報2について

(ア) 他方,本件情報2についてみると,本件情報2に係る図面は,光通風雨戸を組み立てるに当たって使用される補助的な部品の形状について0.1ミリ単位でその寸法を特定するなどしたものであり,なるほどそれ自体精密なものではあるが,本件情報1と同様,いずれもノギスその他の一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものであるところ,本件製造販売契約の成立直前の段階で,その円滑な履行に備えて被控訴人代表者が控訴人夢工房代表者に対して本件情報2に係る図面等を交付することは,不自然とはいえないばかりか,控訴人アルミ工房が平成18年9月15日ころに平野金属から受領した価格明細書には,本件情報2に係る部品と同じ部品名が多数記載されていること(乙5)や,控訴人らが同年10月ないし11月ころ,タイ所在の工場で本件情報2に係る部品の一部を製造することを検討するなどしたことが記載された書類があること(乙13)に照らすと,被控訴人代表者の前記供述部分は,自然なものとしてこれを採用することができる。

(イ) 以上に対して,控訴人らは,光通風雨戸に関する図面等の資料が交付されたことを否認し,控訴人ら代表者の供述(乙19,20,原審控訴人ら代表者本人)には,これに沿う部分がある。

しかしながら,控訴人ら代表者は,控訴人アルミ工房が平成18年9月15日ころに平野金属から受領した価格明細書には,本件情報2に係る部品と同じ部品名が記載されていること(乙5)や,同年10月ないし11月ころ,タイ所在の工場で本件情報2に係る部品の一部を製造することを検討する過程でも本件情報2に係る部品と同じ部品名が使われていること(乙13)について合理的に説明しておらず,この点について的確な裏付けもない。したがって,控訴人らの上記主張は,これを採用できない。

(3) 以上のとおり,証拠によれば,被控訴人の前記主張のうち,東衛産業の代表者であるXが控訴人夢工房の代表者である Y に対し,本件情報2に係る図面等を交付したとの事実を認めることができるが,その余の光通風雨戸に関する図面等の交付や,その製造に関するノウハウの開示については,これを認めることができない。

3  争点2(東衛産業,ディリー産業及び被控訴人は,光通風雨戸製造に関する営業秘密(不競法2条6項)を保有していたか)について

(1)  被控訴人は,本件情報2を含む光通風雨戸を構成するスラット等の部材及び部品の形状には,性能の向上のために様々な工夫が施されており,光通風雨戸の製品から新たにこれらの部材及び部品の図面を起こそうとすれば多大な費用や労力を要するから,これらの部品の形状に関する情報には非公知性があり,営業秘密(不競法2条6項)に該当する旨を主張する。

しかしながら,市場で流通している製品から容易に取得できる情報は,不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということができないところ,本件製造販売契約に関連して東衛産業又はディリー産業から控訴人夢工房に対して交付された図面等は,本件情報2に係る部品に関するものに限られ,かつ,当該部品は,いずれも,光通風雨戸を組み立てるに当たって使用される補助的な部品で,前記2(2)及び(3)にも認定のとおり,一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品自体から再製することが容易なものであるから,本件情報2は,不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということはできない。

したがって,被控訴人の上記主張は,その根拠を欠くものとして採用できない。

(2)  また,被控訴人は,東衛産業がタジマ工機と共同で開発したスラット加工用金型に関する情報が営業秘密(不競法2条6項)に該当する旨を主張する。

しかしながら,前記1(6)に認定のとおり,上記スラット加工用金型についても,若干不完全とはいえ控訴人夢工房の発注に基づきクロセ工機がその設計図を作成していることからも裏付けられるように,一般的な技術的手段を用いれば光通風雨戸の製品を基に再製することが容易なものと認められるから,当該金型に関する情報もまた,不競法2条6項所定の「公然と知られていないもの」ということができない。しかも,これを共同開発したタジマ工機は,控訴人夢工房の発注を受けて,東衛産業等の了承を得ずに上記金型を控訴人夢工房又は控訴人アルミ工房に対して納品し続けている一方で,東衛産業等とタジマ工機との間での守秘義務の存在を裏付けるに足りる的確な証拠が何ら提出されていないことに鑑みると,当該金型に関する情報は,同項所定の「秘密として管理されている」ものと認めることもできない。

したがって,被控訴人の上記主張は,東衛産業及びディリー産業から控訴人夢工房に開示されたと認められる情報についてみても,これを不競法2条6項にいう「営業秘密」に当たるということはできない以上,控訴人らの債務不履行責任を追及するのではなく,不競法に基づく差止め及び損害賠償を求める本件訴訟においては,その根拠を欠くものとして採用することができない。

4  結論

以上の次第であるから,争点3及び4について判断するまでもなく,被控訴人の請求には理由がなく,被控訴人の控訴人らに対する差止請求並びに損害賠償請求及び遅延損害金請求の一部を認容した原判決は取り消されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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