大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(ネ)10076号 判決 2012年6月14日

当事者の表示は,別紙当事者目録記載のとおり。

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人Y1は,控訴人に対し,321万6416円(ただし,45万1615円の限度で被控訴人Y3と,52万7136円の限度で被控訴人Y4と各連帯して)を支払え。

3  被控訴人Y3は,控訴人に対し,50万6188円(ただし,45万1615円の限度で被控訴人Y1と連帯して)を支払え。

4  被控訴人Y4は,控訴人に対し,90万2427円(ただし,52万7136円の限度で被控訴人Y1と連帯して)を支払え。

5  控訴人の被控訴人Y1,同Y3,同Y4に対するその余の請求,並びに,被控訴人有限会社セキショウ,同Y2,同Y5,同Y6,同Y7及び同株式会社コーヨー斉藤印刷に対する請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は,第1,2審を通じて,控訴人と被控訴人Y1との関係では,これを100分し,その1を被控訴人Y1の,その余は控訴人の負担とし,控訴人と被控訴人Y3との関係では,これを200分し,その1を被控訴人Y3の,その余を控訴人の負担とし,控訴人と被控訴人Y4との関係では,これを200分し,その1を被控訴人Y4の,その余を控訴人の負担とし,控訴人とその余の被控訴人らとの関係では,これを全部控訴人の負担とする。

7  この判決の第2項ないし第4項は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人(以下「被告」という。)らは,控訴人(以下「原告」という。)に対し,各自5000万円の金員を支払え。

3  被告Y3は,原告に対し,144万9098円及びこれに対する平成19年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  被告Y4は,原告に対し,322万6876円及びこれに対する平成19年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被告らの負担とする。

6  第2項ないし第4項につき,仮執行宣言

第2事案の概要

以下,略語は,原判決と同様のものを用いる。

1  本件は,原告が,被告らに対し,以下の請求をした事案である。

(1)  原告のもと従業員であった被告Y1,被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y6が,不正の利益を得る目的で,原告に在職中に原告から示された別紙文書等目録記載1ないし13の営業秘密を開示し(不正競争防止法2条1項7号),被告ら(ただし,当該営業秘密を開示した被告を除く。)が不正開示行為であることを知って上記営業秘密を取得し(同項8号),これを共同で使用して別紙取引先目録記載1ないし34の取引先と取引をした(同項7号,8号)として,被告らに対する,不正競争防止法3条に基づく,上記各取引先と紙製品の販売,印刷請負及びこれに附帯する一切の事業を行うことの差止請求

(2)  主位的に,上記(1) の不正競争による損害賠償請求(不正競争防止法4条)として,予備的に,被告Y1,被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y6が原告に在職中の平成16年ころ,その余の被告らと原告の顧客を奪取することを共謀し,これを実行に移して原告に損害を与えたことが不法行為(民法709条,719条)に該当するとして,被告らに対する,別紙取引先目録記載1ないし34の取引先に対する原告の売上利益減少額の損害賠償金合計1億6439万4301円のうち各自1億4784万円の支払請求

(3)  原告が被告Y3及び被告Y4に支払った退職一時金(被告Y3につき144万9098円,被告Y4につき322万6876円)について,同被告らには懲戒解雇事由があり,支払済みの退職一時金が不当利得になるとして,同被告らに対する,上記退職一時金額の不当利得金及びこれに対する平成19年7月8日(被告Y3及び被告Y4に対する各訴状送達後の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求

2  原判決は,原告の請求のうち,上記1(2) の予備的請求である不法行為による損害賠償として,被告Y1に対し268万0346円(ただし,37万6346円の限度で被告Y3と,43万9280円の限度で被告Y4と各連帯して)の支払を,被告Y3に対し42万1824円(ただし,37万6346円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を,被告Y4に対し75万2022円(ただし,43万9280円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却した。

これに対し,原告は控訴し,控訴の趣旨記載の判決を求めた。原告は,当審において,上記1(1) の差止請求を取り下げるとともに,上記1(2) の支払請求の請求金額を5000万円に減縮した。

3  前提となる事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり改め,後記4のとおり付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の2ないし4(原判決4頁14行目から24頁7行目まで)のとおりであるから,これらを引用する。

(1)  原判決14頁8行目の後に,行を改めて,次のとおり付加する。

「被告らの共謀による原告の顧客奪取の(共同)不法行為を構成する具体的事実は,次のようなものである。

(ア) 株式会社アイ・イーグループ(本件取引先1)について

被告Y1は,本件取引先1への納入商品を原告の下請先であるディップスに作らせた上(甲109),その支払を原告にさせながら,本件取引先1への売上を原告の売上に計上せず(甲290),原告の東京支店の本件取引先1への売上が0となった理由について虚偽の報告を行った(甲47)。被告Y1による上記行為は,不法行為を構成する。

(イ) 株式会社プレスト・プリント(本件取引先2)について

本件取引先2は,レオパレス21の印刷を請け負い,原告に発注していた。被告Y1は,本件取引先2と被告セキショウとの取引が開始された結果,原告の売上が減少していたにもかかわらず,原告に対し,「レオパレス全国支店企画PP封筒一括購入終了」を売上減少の理由として報告した(甲47)。本件取引先2の注文奪取は,原告に在職中の被告Y1と被告セキショウに在職中の被告Y3の共謀による不法行為を構成する。

(ウ) ソフトバンクBB株式会社(本件取引先7)について

原告と本件取引先7との取引は平成17年3月以降は0になったのに対し,被告セキショウとの取引では同年1月以降売上が発生しているから(甲49の2),そのころ,原告への発注が被告セキショウへの発注に切り替わったといえる。このことは,被告Y1の関与によるものである(甲290)。

また,原告が所有していた本件取引先7のフィルムは,被告Y1らが持ち去り,同社用の在庫商品も一切残っておらず,原告の売上にも計上されていない(甲51,甲290)。被告Y1の上記行為は,不法行為を構成する。

(エ) サンワフォーム印刷株式会社(本件取引先8)について

被告Y1と被告Y3は共謀の上,原告の顧客である本件取引先8を奪取した(甲290,甲291の1・2)。この行為は,被告Y1と被告Y3による不法行為を構成する。

(オ) 株式会社インパック(本件取引先9)について

本件取引先9はノバルティスフォーマの印刷を請け負い(甲75),これを原告に発注していた。原告は,本件取引先9より発注を受けた印刷を下請先のアベ紙工産業株式会社に下請けさせていたが,アベ紙工産業株式会社は「ノバルティスフォーマ」の製版用フィルムを被告Y3と被告Y4に返却した(甲65)。被告Y3は,小口別注封筒の受注をしており(乙95),上記フィルムはそのために使用された(甲112添付の定谷紙業の売上一覧表)ものである。被告Y3の顧客奪取は,不法行為を構成する。

(カ) 祥美印刷株式会社(本件取引先11)について

本件取引先11は,三共株式会社の印刷を請け負い(甲70),これを原告に発注していたが,被告Y3は,原告在職中,本件取引先11を担当していた。被告セキショウが本件取引先11の発注を受けていたことは「定谷の売上一覧表」に「三共」の名前が出ていることから明らかであり(甲112添付の定谷紙業の売上一覧表),被告Y3が原告の顧客の奪取に関与したことは,不法行為を構成する。

(キ) 株式会社賢工製版(本件取引先20)について

被告セキショウは,原告から奪取した本件取引先20のフィルムにより同社から注文を受け,被告Y1が,これを定谷紙業に下請発注した(甲28)。上記行為は,被告らによる原告の顧客の奪取の不法行為を構成する。」

(2)  原判決22頁13行目の後に,行を改めて,次のとおり付加する。

「(ウ) 原告の主張する,被告らの共謀による原告の顧客奪取の(共同)不法行為を構成する具体的事実に対する認否・反論は,上記(イ) のほか,以下のとおりである。

a 株式会社アイ・イーグループ(本件取引先1)について

争う。被告Y1が原告の東京支店に在籍していない時期の取引であり,被告Y5が,パソコンとデザインに関する才能を活かして,熱心な営業活動をして獲得した取引先である。

b 株式会社プレスト・プリント(本件取引先2)について

争う。被告Y3が,原告を退職後に営業して獲得した注文である。本件取引先2のPP封筒を営業ツールとして使うという短期的な企画があり,原告担当者も営業活動をしていたが,競争して,被告セキショウが注文を獲得した。

c ソフトバンクBB株式会社(本件取引先7)について

争う。本件取引先7では電子入札制度が行われ,公正に管理されており,顧客の奪取などあり得ない。被告Y5は,コンピュータに関する専門的知識とパソコンを使った意匠デザインに才能を有しており,営業活動の結果,わずかな案件でも受注することができたのである。

d サンワフォーム印刷株式会社(本件取引先8)について

争う。

e 株式会社インパック(本件取引先9)について

争う。。

アベ紙工産業株式会社が製版用フィルムを被告Y3と被告Y4に返却した事実はなく,被告らがそのフィルムを使用した事実もない。

f 祥美印刷株式会社(本件取引先11)について

争う。

g 株式会社賢工製版(本件取引先20)について

争う。被告セキショウは,原告から奪取した本件取引先20のフィルムを盗用していない。」

4  当審における当事者の主張(被告らのフィルム盗用による不法行為の成否(予備的主張))

(1)  原告

本件において,顧客から印刷請負を受注するためのフィルムは,原告が顧客から預かった場合以外は全て原告が所有権又は占有管理権を有するものである。被告らは,原告の下請業者である定谷紙業と共謀の上,原告が所有又は占有管理するフィルムを盗用して,原告の顧客から印刷等を受注した(甲28,40)。被告らによるフィルムの盗用行為は,不法行為を構成する。

(2)  被告ら

否認する。被告らは,製版用フィルムを不正利用したことはない。原告においては,注文者がフィルムの代金を支払い,その所有権は注文者にあるとの取扱いがなされており,注文者から,原告が保管しているフィルムの返却を求められれば返還していた。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,原告の請求は,予備的請求である不法行為による損害賠償として,被告Y1に対し321万6416円(ただし,45万1615円の限度で被告Y3と,52万7136円の限度で被告Y4と各連帯して)の支払を,被告Y3に対し50万6188円(ただし,45万1615円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を,被告Y4に対し90万2427円(ただし,52万7136円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を求める限度で理由があり,その余の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1  争点(1) (被告らによる不正競争の存否)及び争点(2)(被告らによる不法行為の成否)について

(1) 次のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 争点(1) (被告らによる不正競争の存否)について」及び「2争点(2) (被告らによる不法行為の成否)について」(原判決24頁9行目から33頁8行目まで)のとおりであるから,これらを引用する。

ア 原判決28頁13行目から22行目までを削り,同頁12行目の後に,行を改めて,次のとおり付加する。

「原告は,被告セキショウの取引先中,平成17年1月から平成18年1月までの間に東京東信用金庫入谷支店の『セキショウ Y1』名義の口座に入金された売上金と思われるものは,大半が原告の顧客であったものからの入金であること(甲98),被告Y1は,被告らが原告の顧客を奪取することを認識し,これを隠蔽していたことから,被告らによる共謀の事実が認められる旨主張する。

しかし,原告の主張は失当である。

被告らにおいて,『被告Y7が出資して被告セキショウを設立し,被告Y2がその代表者に就任すること,被告Y3,被告Y4,被告Y5及び被告Y6が被告セキショウのために営業活動を行い,受注した仕事の内容上,必要があれば,被告コーヨー斉藤印刷に下請に出すこと』などについて共通の認識があったというだけでは,被告らが,原告の顧客を奪取することを共謀していた事実までは認められない。また,平成17年1月から平成18年1月までの間の東京東信用金庫入谷支店の『セキショウ Y1』名義の口座への入金状況が原告主張のようなものであったとしても,そのことからは,被告セキショウが原告の顧客らと取引を行ったことが認められるにすぎず,上記の認定は左右されない。さらに,被告Y1については,後記のとおり,個別的に競業避止義務違反に該当する行為は認められるものの,それ以上に,被告らが原告の顧客を奪取することの認識があったとまで認めるに足りる証拠はない。

次に,原告は,顧客の奪取に関する被告らの共謀の事実を裏付ける証拠として,甲293,甲294(原告東京支店長の陳述書及び同支店長が被告Y7から聴取した内容を録音したCD(反訳書付))を提出する。しかし,これらの書証には,被告Y7が推測した事実ないし第三者から伝聞した事実が記載されるのみで,その内容もあいまいである。また,原告東京支店長が被告Y7に対し,陳述書の作成を依頼したが,被告Y7が署名を拒否したというのであり,内容の信用性も十分とはいえない。したがって,上記各証拠から,原告主張の共謀の事実を認めることはできない。

その他,原告は,共謀の事実に関する事情を縷々主張するが,いずれも,被告らが,原告の顧客を奪取することについてまで共通の認識を有していたことを推認させるものではない。」

イ 原判決30頁13行目の後に,行を改めて,次のとおり付加する。

「原告は,被告Y1が,本件取引先1への納入商品を原告の下請先に作らせ,その支払を原告にさせながら,虚偽の報告を行って,本件取引先1への売上を原告の売上に計上しなかった旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告の提出する証拠(甲47,甲109,甲290)によっても,被告Y1が,原告の本件取引先1への売上が0となった理由について,虚偽の報告を行ったとまでは認められない。かえって,乙96,乙132によれば,本件取引先1への商品の納入が遅れたため,原告担当者が本件取引先1の代金支払を免除したというのであり,原告の売上減少と被告セキショウと本件取引先1との取引との因果関係も明らかでなく,原告主張の事実は認められない。

原告は,被告Y1が,本件取引先2と被告セキショウとの取引開始により原告の本件取引先2への売上が減少したにもかかわらず,これと異なる売上減少の理由を報告した旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告の提出する証拠(甲47,甲290)によっても,被告Y1が報告した『レオパレス全国支店企画PP封筒一括購入が終了』との売上減少の理由が虚偽であったとまでは認められない。

原告は,被告Y1の関与により,本件取引先7の原告への発注が,被告セキショウへの発注に切り替わり,原告が所有していた本件取引先7のフィルムも被告Y1らによって持ち去られた旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告は,本件取引先7の発注が被告セキショウに切り替わったことについての被告Y1の関与を推認させる事情として,①被告Y1が,原告に対し,『平成17年度/前年売上減少客先(下期)』の中で,本件取引先7への売上が減少した理由を『一昨年末に企画運営を電通が一括受注』,挽回可否は『否』と報告したが,報告が虚偽であったこと(甲47,甲48),②上記の報告は,被告Y1が書いたものであり,部下からの報告に従って書かれたものではないこと(甲139の1・2),③平成17年9月に,原告の広島支店長が被告Y1と会い,被告セキショウの事務所に寄った際,事務所内に本件取引先7の封筒の見本が置かれていたこと(甲129)等を指摘する(甲290)。しかし,上記①の点について,甲48(株式会社電通第6営業局営業部長が原告代表者に宛てたメール)には,『両管理職の話からは,ブランドデザイン変更時に電通がソフトバンク総務の印刷業務を一括受注したことは確認できなかった。』と記載されるものの,甲47,甲48の記載から,被告Y1が,本件取引先7の発注を被告セキショウに切り替えることを意図して,真実と異なる報告をしたとの事実までは認められない。また,上記②,③など,原告が指摘するその他の諸事情を総合しても,上記認定は左右されない。

原告は,被告Y1と被告Y3が共謀の上,原告の顧客である本件取引先8を奪取した旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告が提出する証拠(甲290,甲291の1・2)によっても,被告Y1と被告Y3が共謀して,本件取引先8を原告から奪取したとの事実までは認められない。

原告は,本件取引先9から原告がノバルティスフォーマの印刷の受注したところ,その製版用フィルムを被告Y3と同Y4が返却を受け,被告Y3が,自ら小口別注封筒の受注のために上記フィルムを使用した旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告が提出する証拠(甲65,甲112添付の定谷紙業の売上一覧表)によっても,本件取引先9から返却を受けた製版用フィルムを使用して,被告Y3ないし被告セキショウが本件取引先9から小口別注封筒を受注したとの事実までは認められない。

原告は,被告Y3が原告在職中に本件取引先11を担当していたこと,定谷紙業の売上一覧表に『三共』(本件取引先11は三共株式会社から印刷を請け負っている。)の名前があることを理由として,被告セキショウが本件取引先11から発注を受けていたことは明らかであり,被告Y3が原告の顧客の奪取に関与した旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告主張の事情を前提としても,被告Y3が原告の顧客の奪取に関与したとの事実までは認められない。

原告は,被告セキショウが,原告から奪取した本件取引先20のフィルムにより同社から注文を受け,被告Y1が,これを定谷紙業に下請発注した旨主張する。しかし,原告の主張は失当である。原告が提出する証拠(甲28)によっても,被告セキショウが本件取引先20のフィルムを原告から奪取したとか,同フィルムにより同社から注文を受注したとの事実までは認められない。

以上のとおり,原告の主張はいずれも採用できない。」

(2)当審における当事者の主張(被告らのフィルム盗用による不法行為の成否(予備的主張))についての判断

原告は,被告らが,定谷紙業と共謀の上,原告が所有又は占有管理するフィルムを盗用して,原告の顧客から印刷等を受注した旨主張する。

しかし,原告の主張は採用できない。本件全記録を精査しても,被告らが,原告の所有又は占有管理するフィルムを不正に取得した事実,及び,これを使用して原告の顧客からの印刷等を受注した事実を認めるに足りる証拠はない。

2  争点(3) (原告の損害)について

以下のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「3 争点(3) (原告の損害)について」(原判決33頁10行目から34頁18行目まで)のとおりであるので,これを引用する。

原判決34頁1行目から18行目までを削り,原判決33頁末行の後に,行を改めて,次のとおり付加する。

「(2) 原告は,上記各取引先に対する平成18年度以降の売上の減少についても原告の損害である旨主張する。

しかし,原告の主張は失当である。被告Y1,被告Y3及び被告Y4の不法行為に該当する行為は,上記のとおり,同被告らが原告在職中の行為であり,原告の従業員である立場を利用したものであるところ,被告Y3は平成16年12月20日に,被告Y4は平成17年3月31日に原告を退職しており,また,被告Y1の行為はいずれも平成16年から平成17年の取引に関するものであること,原告の得意先への売上は,年毎,月毎の変動が激しく(甲151,甲258,甲275),原告の得意先との取引は,いったん受注したとしても,それが長期安定的に継続される性質のものではないと推認されること,そのため,被告Y1,被告Y3及び被告Y4の行為によって,原告の得意先と被告セキショウとの取引が開始したとしても,当該取引関係が当然に1年以上にもわたって継続するとは考え難いことから,平成18年度以降の原告の売上の減少については,同被告らの上記不法行為との相当因果関係が認められない。したがって,上記認定の不法行為と相当因果関係の認められる原告の損害は,平成17年度(1年間)における売上の減少に限られるというべきである。

また,甲141(監査法人が原告宛てに提出した平成19年6月26日付け監査報告書)によれば,原告の粗利益率は約30%というのであるから,原告の損害は,上記売上減少額の30%として,本件取引先3については112万1463円,本件取引先5については52万7136円,本件取引先12については45万1615円,本件取引先22については37万5291円,本件取引先28については5万4573円,本件取引先29については111万6202円と認められる。

これに対し,被告らの提出する証拠(乙71,乙113)によれば,粗利益率が25%前後とされるが,売上額,利益額等の金額が詳細に示されたものではなく,裏付けが乏しいから,採用することはできない。」

3  争点(4) (被告Y3及び被告Y4は,原告に対し,退職一時金の返還をする義務を負うか)について

原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「4 争点(4) (被告Y3及び被告Y4は,原告に対し,退職一時金の返還をする義務を負うか)について」(原判決34頁21行目から36頁12行目まで)のとおりであるから引用する。

4  小括

以上によれば,原告の請求は,予備的請求である不法行為による損害賠償として,被告Y1に対し321万6416円(ただし,45万1615円の限度で被告Y3と,52万7136円の限度で被告Y4と各連帯して)の支払を,被告Y3に対し50万6188円(ただし,45万1615円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を,被告Y4に対し90万2427円(ただし,52万7136円の限度で被告Y1と連帯して)の支払を求める限度で理由があり,その余の各請求はいずれも理由がない。

第4結論

よって,本件控訴は一部理由があるから,原判決を変更し,原告の請求を上記の限度で認容し,その余の各請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 芝田俊文 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)

file_2.jpg別紙

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例