知財高等裁判所 平成23年(ネ)10080号 判決 2012年11月14日
当事者の表示
別紙当事者目録記載のとおり
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙被告製品目録記載の製品(以下「被控訴人製品」という。)を輸入若しくは生産し,譲渡し,輸出し,又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,被控訴人製品を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,5000万円及びこれに対する平成21年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本判決の略称は,以下に掲記するほか,原判決に倣う。
1 本件は,液晶用スペーサー及び液晶用スペーサーの製造方法に関する特許権(本件特許権)を有する控訴人が,被控訴人が被控訴人製品を製造,販売等した行為について,当該行為は本件特許権を侵害するとして,被控訴人に対し,本件特許権に基づき,被控訴人製品の輸入,生産等の差止め及び被控訴人製品の廃棄を求めるとともに,不法行為による損害賠償請求権に基づき,平成20年11月1日から平成21年4月30日までの間の損害5040万円のうち,5000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年9月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,被控訴人製品は本件特許発明の技術的範囲に属するが,本件特許発明は,乙7の3刊行物記載の発明であり,本件特許は,特許法29条1項3号に違反し,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として本件控訴に及んだ。
2 前提となる事実及び争点
前提となる事実及び争点は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の2及び3記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決5頁20行目の「上記審決を取り消す旨の判決をした。」を「上記審決を取り消す旨の判決をし,同判決は確定した(以下「前判決」という。)。」に改める。
(2) 原判決5頁21行目の次に,改行して,以下を加える。
「(8) 本件訂正
控訴人は,平成23年8月24日,後記アないしオの訂正事項1ないし5のとおり,訂正請求をした(以下「本件訂正」といい,また,本件訂正後の本件特許発明を「本件訂正発明」,その明細書(甲60)を「本件訂正明細書」という。)。
ア 訂正事項1:本件特許発明の「液晶用スペーサー」を「液晶用スペーサーであって,かつ,」と訂正した上で,さらに続けて,同請求項1の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,」と訂正する。
イ 訂正事項2:訂正事項1に続けて,本件特許発明の「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,さらに,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,」と訂正する。
ウ 訂正事項3:訂正事項2に続けて,本件特許発明の「グラフト共重合体鎖を導入」について,さらに,「前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,」と訂正し,これとともに末尾を「前記液晶用スペーサー」と訂正する。
エ 訂正事項4:本件明細書【0004】の,「表面に長鎖アルキル基を有する・・・重合体粒子からなる液晶用スペーサーを提供するものであり」を,「表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって,かつ,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,前記液晶用スペーサーを提供するものであり」と訂正する。
オ 訂正事項5:本件明細書【0026】の[実施例12]を,[実施例12(参考例)]と訂正する。
(9) 本件審決
特許庁は,無効2010-800016号事件を審理し,平成23年11月21日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(甲59。以下「本件審決」という。)をした。
(10) 本件訂正発明
ア 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(下線部は訂正箇所を示す。)。なお,「/」は,原文における改行箇所を示す。
表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペーサーであって,かつ,/前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,/前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,/前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,/前記液晶用スペーサー
イ 本件訂正発明の構成要件は,以下のとおり分説することができる(構成要件AないしFについては,本件特許発明と同様である。以下,本件訂正により付加された構成要件を,「構成要件G」ないし「構成要件J」という。)。
A 表面に
B 長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と
C 該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなる
D グラフト共重合体鎖を導入した
E 重合体粒子からなる
F ことを特徴とする液晶用スペーサーであって,
G かつ,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,
H 前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,
I 前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである,
J 前記液晶用スペーサー」
第3当事者の主張
当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
〔当審における控訴人の主張〕
(1) 本件訂正について
控訴人は,平成23年8月24日,本件訂正をしたところ,本件審決は,これを認めたものである。
ア 訂正事項1及び2について
(ア) ラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートは「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」の,メチルメタクリレートは「他の重合性単量体」の,それぞれ下位概念としての具体的単量体である。
訂正事項1及び2により,本件特許発明は,これら具体的単量体を必須成分とした発明に減縮されるものであるから,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正に該当することは明らかである。
(イ) 訂正事項1及び2に係る表面処理がされた液晶用スペーサーが,直流電圧印加前後にわたって優れた光抜け防止効果を有することについても,本件明細書の表1から理解することが可能である。
本件訂正は,本件明細書に当初から開示されていた顕著に優れた効果について,「液晶パネル点灯時の光抜け防止」の特に優れた具体的効果を奏する構成として特定したにすぎず,本件特許発明の技術的評価を変容させるものではない。
したがって,訂正事項1及び2は,新規事項を追加するもの,あるいは実質的に特許請求の範囲を変更するものではない。
イ 訂正事項3について
訂正事項3は,表面にグラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に対して,訂正後の特定の単量体をグラフト重合するものに訂正することにより特許請求の範囲を減縮するものであり,さらに,この訂正により,物の発明としての構成がより明瞭になることは,本件明細書及び本件訂正明細書の各記載に接した当業者にとって明らかである。
ウ 訂正事項4及び5について
本件訂正1ないし3が適法なものであると認められる以上,訂正事項4及び5も,同様に適法であるというべきである。
エ 小括
以上によれば,本件訂正は認められるべきものである。
(2) 本件訂正により無効理由が解消することについて
ア 乙7の3刊行物記載の発明について
乙7の3刊行物には,製造方法4により生成された重合体粒子において分散安定剤が重合体粒子に共有結合していることは明記されていない。また,製造方法4で生成された重合体粒子においては重合体粒子内部に取り込まれた分散安定剤の疎水性基が粒子表面に表れるのは偶発的事象である。これに対し,本件訂正発明のグラフト共重合体鎖は,グラフト重合の結果,重合体粒子と共有結合しているため,乙7の3刊行物記載の発明と異なり,所定の成分(ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートとメチルメタクリレート)がグラフト鎖中に存在して直接的に液晶配列機能に寄与しつつ,当該グラフト鎖が重合体粒子から剥離しないという効果を得られるのみならず,グラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基濃度について,グラフト共重合体鎖を導入する際に使用する長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の濃度によって直接的に容易に調整することが可能となる。
また,本件訂正発明は,乙7の3刊行物記載の発明と課題が一部重複するとしても,課題の解決手段が全く相違するものである。
したがって,本件訂正発明は,乙7の3刊行物記載の発明との関係において,新規性及び進歩性を有するものというべきである。
イ 乙7の2刊行物記載の発明について
乙7の2刊行物記載の発明は,液晶の光抜け防止という本件訂正発明の目的,特に強負荷電圧印加の前後での光抜け状態が実質的に変化せず,かつ強負荷電圧印加後の光抜け状態の評価が絶対的に優れているという作用効果とは関連性がなく,配向基板への付着性能を向上させる観点において本件訂正発明を創作する動機付けは全く存在しない。
したがって,本件訂正発明は,乙7の2刊行物記載の発明との関係においても,新規性及び進歩性を有するものというべきである。
ウ 小括
以上によれば,本件訂正発明は,特許無効審判により無効にされるべきものということはできない。
(3) 被控訴人製品の本件訂正発明の構成要件充足性について
ア 構成要件AないしFについて
被控訴人製品が構成要件AないしFを充足することは,原判決認定のとおりである。
イ 構成要件G及びHについて
被控訴人製品のうち,イ-1号製品及び同2号製品,ロ-1号製品及び同2号製品,ハ-1号製品及び同2号製品は,いずれもグラフト共重合体鎖の構成成分として「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するラウリルメタクリレート及び「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当するメチルメタクリレートを含んでいる。
被控訴人製品のうち,イ-3号製品,ロ-3号製品及びハ-3号製品は,いずれもグラフト共重合体鎖の構成成分として「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」に該当するステアリルメタクリレート及び「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」に該当するメチルメタクリレートを含んでいる。
したがって,被控訴人製品はいずれも構成要件G及びHを充足する。
ウ 構成要件Iについて
被控訴人製品のうち,イ-1号製品,ロ-1号製品及びハ-1号製品は,いずれも母粒子(グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子)中のポリビニルアルコールにセリウム塩でラジカルを発生させてグラフト重合の起点とし,メチルメタクリレート,イソブチルメタクリレート及びラウリルメタクリレートのモノマーをグラフト重合することによりグラフト共重合体鎖が形成されている。
被控訴人製品のうち,イ-2号製品,ロ-2号製品及びハ-2号製品は,いずれも母粒子中のポリビニルアルコールにセリウム塩でラジカルを発生させてグラフト重合の起点とし,又は,当該ポリビニルアルコールに錫化合物を触媒としてメタクリロイルオキシエチルイソシアネートを反応させることによりビニル基を導入し,メタクリロイルオキシエチルイソシアネートのビニル基をグラフト重合の起点としてメチルメタクリレート,イソブチルメタクリレート及びラウリルメタクリレートのモノマーをグラフト重合することによりグラフト共重合体鎖が形成されている。特に,上記各製品のうち,ASグレードでは大量のメタクリロイルオキシエチルイソシアネートが使用されており,メタクリロイルオキシエチルイソシアネートの反応によるビニル基の導入と,これに引き続くグラフト重合処理は複数回行われているものと推測される。
被控訴人製品のイ-3号製品,ロ-3号製品及びハ-3号製品のうち,VADグレード及びVAD2グレードの製品は,いずれも母粒子中のポリビニルアルコールにセリウム塩でラジカルを発生させてグラフト重合の起点とし,又は,当該ポリビニルアルコールに錫化合物を触媒としてメタクリロイルオキシエチルイソシアネートを反応させることによりビニル基を導入し,メタクリロイルオキシエチルイソシアネートのビニル基をグラフト重合の起点としてメチルメタクリレート,イソボロニルメタクリレート及びステアリルメタクリレートのモノマーをグラフト重合することによりグラフト共重合体鎖が形成されている。特に,上記各製品のうち,VADグレードでは大量のメタクリロイルオキシエチルイソシアネートが使用されており,メタクリロイルオキシエチルイソシアネートの反応によるビニル基の導入と,これに引き続くグラフト重合処理は複数回行われているものと推測される。
被控訴人製品のイ-3号製品,ロ-3号製品及びハ-3号製品のうち,RXグレードの製品は,母粒子表面のポリビニルアルコールに導入されたヒドロキシエチルメタクリレートの水酸基を起点としてビニル基を導入した後,メチルメタクリレート,イソボロニルメタクリレート及びステアリルメタクリレートのモノマーをグラフト重合することによりグラフト共重合体鎖が形成されているものと推測される。
したがって,被控訴人製品は,いずれも母粒子にラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含む「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」及びメチルメタクリレートを含む「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体」をグラフト重合することにより,これらの単量体で構成されるグラフト共重合体鎖が導入されたものであるから,構成要件Iを充足する。
エ 小括
以上によれば,被控訴人製品はいずれも本件訂正発明の全ての構成要件を充足するものであって,本件訂正発明の技術的範囲に含まれるというべきである。
〔当審における被控訴人の主張〕
(1) 本件訂正について
ア 訂正事項1及び2について
(ア) 訂正事項1により,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み」に訂正されているが,「・・・を含み」とする以上,自明なことを言い換えて規定しただけであって,その内容は訂正の前後において全く変わっていない。
訂正事項2も,同様に,「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み」に訂正されているが,「・・・を含み」とする以上,自明なことを言い換えて規定しただけにすぎない。
したがって,訂正事項1及び2によっても,本件訂正前の発明特定事項は何ら限定されていないから,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものということはできない。
(イ) 前判決は,本件特許発明について,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づき,液晶スペーサー周りの配向異常を防止するという作用効果を奏するものと解している。
本件訂正は,本件訂正発明について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含」むもの及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含」むものという特定のグラフト共重合体鎖を採用して重合体粒子表面に導入した結果,特有の効果を奏することになるものであるから,訂正事項1及び2により,発明の技術的評価が変容されたものというべきである。
本件明細書には,特定の共重合体鎖を選択することによって作用効果を奏することに関する記載は存在しないから,本件明細書の全記載を総合しても,特定の共重合体鎖を前提とする発明が記載されていたものということはできない。本件訂正により,本件特許発明が特定の共重合体鎖を選択することによって作用効果を奏する本件訂正発明に限定されたものであるならば,本件訂正発明は,本件明細書に記載されていた技術思想とは異なる技術的意義を有し,解決課題及びその解決手段も異なる発明というほかなく,訂正により新たな技術的事項が追加されたものというべきである。
したがって,訂正事項1及び2は,新規事項を追加するもの,あるいは実質的に特許請求の範囲を変更するものというべきである。
イ 訂正事項3について
訂正事項3の「前記グラフト共重合体鎖」は,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖」を,「前記導入」は,グラフト共重合体の「導入」を,それぞれ言い換えているだけであるから,本件特許発明の発明特定事項が何ら限定されたわけではない。
また,本件特許発明の「重合体粒子」は,その表面にグラフト共重合体鎖を導入する対象であるから,訂正事項3の「表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子」についても,本件特許発明の発明特定事項が何ら限定されたわけではない。
さらに,訂正事項3の「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合するものである」は,本件特許発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した」を単に言い換えているだけであるから,本件特許発明の発明特定事項が何ら限定されたわけではない。
したがって,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものということはできない。
ウ 訂正事項4及び5について
本件審決は,訂正事項4及び5について,訂正事項1ないし3による特許請求の範囲に係る訂正に伴い,対応する発明の詳細な説明の記載を整合させる訂正であるので,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるとするが,前記のとおり,訂正事項1ないし3自体が適法な訂正であるということはできないから,訂正事項4及び5についても,同様に,適法なものであるということはできない。
エ 小括
以上によれば,本件訂正は認められるべきものではない。
(2) 本件訂正により無効理由が解消することについて
仮に,本件訂正が認められるべきものであったとしても,本件訂正により,無効理由が解消するわけではない。
ア 乙7の3刊行物記載の発明について
(ア) 乙7の3刊行物には,「エチル(メタ)アクリレート,・・・ステアリル(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸の炭素数1ないし18の直鎖又は分岐のアルキルエステル類が挙げられ」との記載があるところ,メタアクリル酸の炭素数1のアルキルエステル類はまさしくメチルメタクリレートを意味するから,乙7の3刊行物には,メチルメタクリレートに関する記載が存在するものである。
乙7の3刊行物には,疎水性単量体(1)として,ラウリルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,メチルメタクリレートを例示した上で,「これらの疎水性単量体(1)は,単独又は2種以上混合して用いることができる」と記載されているから,乙7の3刊行物には,「メチルメタクリレート」と組み合わせる単量体として,「ラウリルメタクリレート」又は「ステアリルメタクリレート」が,液晶用スペーサーによる配向異常の防止のための材料として記載されているということができる。
したがって,本件訂正発明と乙7の3刊行物記載の発明とでは,材料に関して相違点は存在しない。
(イ) 訂正事項3は,重合体粒子の製造方法や導入の具体的な形態を何ら特定していないから,前判決が本件特許発明について判示するように,本件訂正発明においても,重合体粒子の製造方法や導入の具体的な形態を何ら特定しておらず,本件訂正明細書においても,本件訂正発明のグラフト共重合体鎖の「導入」について,具体的に定義付け,あるいは特定の方法に限定するものでもないというべきである。そうすると,本件訂正発明におけるグラフト共重合体鎖が導入された形態と,乙7の3刊行物記載の発明における特定の共重合鎖が重合体粒子表面に導入され,グラフトされた形態となることは同様の事象を意味するものということができる。
したがって,乙7の3刊行物記載の発明及び本件訂正発明は,同一の形態を備えているものといわざるを得ない。
(ウ) 配向異常の抑制を課題とする乙7の3刊行物記載の発明において,乙7の2刊行物記載の発明の架橋重合体粒子の表面にグラフト共重合体鎖を共有結合させる製造方法を適用することにつき,強い動機付けがあることは明らかであるから,乙7の3刊行物記載の発明のグラフト重合法に代えて乙7の2刊行物記載の発明の製造法を適用すれば,当業者が本件訂正発明に想到し得るものであるということができる。
(エ) 以上によれば,本件訂正発明は,乙7の3刊行物記載の発明と同一であるというべきであるし,少なくとも,同発明に基づいて,あるいは同発明に乙7の2刊行物記載の発明を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであるというべきである。
イ 乙7の2刊行物記載の発明について
(ア) 乙7の2刊行物には,粒子表面に配向基板に対する付着性を付与するための材料として,メチルメタクリレート,ステアリルメタクリレート及びラウリルメタクリレートを含む共重合体が記載され,それを重合体粒子の表面にグラフトすることも記載されている。乙7の2刊行物記載の発明の液晶スペーサーは,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたものである以上,本件訂正発明の作用効果である「液晶スペーサー周りの配向異常を抑制し,液晶パネル点灯時の光抜けを防止する効果」を奏することは自明である。
前判決は,本件特許発明について,乙7の2刊行物記載の発明とは異なる作用効果あるいは格別に優れた作用効果を示すものと認めることもできないと判示しているから,控訴人の主張は,前判決の上記判示事項及び技術常識に反する不合理なものである。
(イ) したがって,本件訂正発明は,乙7の2刊行物記載の発明と同一であるというべきであるし,少なくとも,同発明に基づいて,当業者が容易に想到し得るものであるというべきである。
ウ 小括
以上によれば,本件訂正発明は,特許無効審判により無効にされるべきものというべきである。
(3) 被控訴人製品の本件訂正発明の構成要件充足性について
ア 構成要件AないしFについて
被控訴人製品は,重合体粒子の表面にグラフト共重合体鎖を導入していないので,構成要件A,D及びEを充足するものではない。
イ 構成要件G及びHについて
被控訴人製品のイ-3号製品,ロ-3号製品及びハ-3号製品のうち,VAD2グレード及びRXグレードの製品は,構成要件Gにおけるラウリルメタクリレートとステアリルメタクリレートを含んでいないので,上記各製品は,構成要件G及びHを充足するものではない。
また,被控訴人製品のイ-3号製品,ロ-3号製品及びハ-3号製品のうち,RXグレードの製品は,構成要件Hにおけるメチルメタクリレートを含んでいないので,上記各製品は,構成要件G及びHを充足するものではない。
ウ 構成要件Iについて
被控訴人製品は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,グラフト重合する構成を有していないので,構成要件Iを充足するものではない。
エ 小括
以上によれば,被控訴人製品はいずれも本件訂正発明の全ての構成要件を充足するものではないから,本件訂正発明の技術的範囲に含まれるということはできない。
第4当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の請求は,いずれも理由がないものと判断する。その理由は,後記2のとおり付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第4記載のとおりであるから,これを引用する。
2 以下のとおり,控訴人が当審においてした訂正の対抗主張については,本件訂正が訂正要件を欠くものである以上,採用することができず,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないというべきである。
(1) 本件明細書の記載について
本件特許発明の特許請求の範囲は,原判決「事実及び理由」の第2の2(2)オに記載のとおりであるところ,本件明細書(甲1)には,おおむね次の記載がある。
ア 発明の属する技術分野
本件特許発明は,液晶パネルにおけるパネルの間隙を維持するために用いられる液晶用スペーサーに関する発明である(【0001】)。
イ 従来の技術
従来,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子の配向異常が生じると,スペーサー周りにドメインと呼ばれる領域が発生し,液晶パネルの動作時に光抜けを生じさせ,それによりパネルのコントラストを低下させるなど,表示品質が著しく低下した。
ドメインは,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子が垂直に配向することによって消失することが周知であり,スペーサー表面での垂直配向を促進させるため,架橋重合体微粒子の表面に長鎖アルキル基を存在させた液晶スペーサーが存在するが,従来の方法ではスペーサー表面へのアルキル基導入が不十分で,ドメインは完全に消失しなかった(【0002】)。
ウ 発明が解決しようとする課題
従来技術では,架橋重合体微粒子に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体及び重合開始剤を含浸させるため,これらの種類や含浸条件により含浸の度合いが異なり,架橋重合体微粒子の表面に所定濃度の長鎖アルキル基を導入することは困難であった。さらに,重合性ビニル単量体や重合開始剤を架橋重合体微粒子に含浸させると,重合性ビニル単量体や重合開始剤が架橋重合体微粒子によって稀釈されるため,重合効率が低下するという問題も生じる(【0003】)。
エ 課題を解決するための手段
(ア) 本件特許発明は,従来の課題を解決するための手段として,表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーを提供するものであり,当該液晶用スペーサーは,表面にラジカル連鎖移動可能な官能基及び,又はラジカル重合開始能を有する活性基を導入した重合体粒子表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上の混合物をグラフト共重合せしめることにより,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入することによって製造される。そして,当該ラジカル連鎖移動可能な官能基として望ましいものは,例えばメルカプト基及び,又は重合性ビニル基であり,当該ラジカル重合開始能を有する活性基として望ましいものは,例えばパーオキサイド基及び,又はアゾ基である(【0004】)。
(イ) 官能基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体としては,例えば,メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-プロピルアクリレート,iso-プロピルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-ブチルアクリレート,t-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタクリレート,エチルメタクリレート,n-プロピルメタクリレート,iso-プロピルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,シクロヘキシルメタクリレート,テトラヒドロフルフリルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート等の脂肪族又は環式アクリレート及び/又はメタクリレート,メチルビニルエーテル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエーテル,iso-ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類,スチレン,α-メチルスチレン等のスチレン類,アクリロニトリル,メタクリロニトリル等のニトリル系単量体,酢酸ビニル,プロピオン酸ビニル等の脂肪酸ビニル,塩化ビニル,塩化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン等のハロゲン含有単量体,エチレン,プロピレン,イソプレン等のオレフィン類,クロロプレン,ブタジエン等のジエン類,その他ビニルピロリドン,ビニルピリジン,ビニルカルバゾール等の水溶性単量体などがあるが,これらの例示された単量体に限定されるものではない。本件特許発明において,このような単量体は1種又は2種以上混合使用される(【0007】)。
(ウ) 長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,炭素数が6以上の長鎖アルキル基を有するものが好ましく,炭素数12以上の長鎖アルキル基を有するものが特に好ましい。このような長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,例えば,2-エチルヘキシルアクリレート,ステアリルアクリレート,ラウリルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,ベンジルアクリレート,イソボルニルアクリレート,オクチルアクリレート,イソオクチルアクリレート,ノニルフェノキシエチルアクリレート,ノニルフェノール10EOアクリレート,ラウリルポリオキシエチレンアクリレート,オクチルフェノールポリオキシエチレンアクリレート,ステアリルフェノールポリオキシエチレンアクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレート,イソボルニルメタクリレート,オクチルメタクリレート,イソオクチルメタクリレート,ドデシルメタクリレート,セチルメタクリレート,ベヘニルメタクリレート,イソデシルメタクリレート,トリデシルメタクリレート,シクロヘキシルメタクリレート,ポリエチレングリコールポリテトラエチレングリコールモノメタクリレート,ラウリルポリオキシエチレンメタクリレート,ポリオキシエチレンアリルグリシジルノニルフェニルエーテル等がある。
また,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体としては,重合体粒子の製造に使用される重合性ビニル単量体と同様なものが使用される(【0011】)。
(エ) 本件特許発明の液晶用スペーサーは,表面に長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖が導入されている。当該重合体鎖の長鎖アルキル基濃度は,グラフト共重合体鎖を導入する際に使用する長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の濃度によって直接的に容易に調節可能である。また,重合性ビニル単量体や重合開始剤は,稀釈されることなく,高いグラフト重合効率が得られる。当該長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖と重合体粒子とは共有結合によって結合されているので,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を有するグラフト共重合体鎖の層と重合体粒子とは一体であり,グラフト共重合体鎖の層が重合体粒子から剥離することはない。また,長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒子と配向基板との固着性も有する。
このような表面に長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子を液晶パネル用スペーサーとして用いると,重合体粒子表面のグラフト共重合体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列するため,液晶スペーサー近傍の液晶分子の配向乱れが抑制される(【0014】)。
オ 発明の実施の形態
(ア) 実施例10(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)
実施例5及び6により製造した表面に重合性ビニル基を有する重合体粒子E,F,G,Hのそれぞれ10gに対し,メチルエチルケトン200g,メチルメタクリレート50g,N-ラウリルメタクリレート50g,ベンゾイルパーオキサイド0.5gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で2時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料E-1,F-1,G-1,H-1を得た(【0024】)。
(イ) 実施例11(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖の導入)
実施例7及び8により製造された表面にアゾ基を有する重合体粒子I,Jのそれぞれ10gに対し,トルエン200g,メチルメタクリレート20g,2-ヒドロキシブチルメタクリレート20g,ステアリルメタクリレート60gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で3時間グラフト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサー試料I-1,J-1を得た(【0025】)。
カ 発明の効果
本件特許発明では,スペーサー表面に導入した長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖によって液晶分子をスペーサー表面に垂直配向させることができるため,液晶用スペーサーの周りの液晶の異常配向を抑制し,液晶パネル点灯時の光抜けを防止することができ,液晶パネルのコントラストが向上して表示品質を向上させることができる(【0032】)。
(2) 訂正事項1及び2について
ア 平成23年6月8日法律第63号による改正前の特許法(以下「特許法」という。)134条の2第1項ただし書は,特許無効審判の被請求人による訂正請求は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的とするものに限ると規定している。
また,同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
イ 本件明細書の前記(1)エ(イ)及び(ウ)の記載によれば,本件特許発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,ラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートが,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,メチルメタクリレートが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたということができる。
また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されているところ,前記(1)オ(ア)の記載によれば,実施例10として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるラウリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,前記(1)オ(イ)の記載によれば,実施例11として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるステアリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものということができる。
しかしながら,本件明細書には,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」がラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを必須成分として含むこと及び「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」がメチルメタクリレートを必須成分として含むことについては,何ら記載も示唆もされていない。これらの物質は,多種類の化合物とともに任意に選択可能な単量体として羅列して列挙されていたものにすぎず,他の単量体とは異なる性質を有する単量体として,優先的に用いられるべき物質であるかのような記載や示唆も存在しない。
すなわち,本件特許発明の具体的態様である実施例1ないし13のうち,実施例10及び11やその他の記載によると,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを任意に選択することが可能であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートを任意に選択することが可能であることが開示されているものということはできるが,本件明細書において,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートは,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないものであるから,本件明細書の記載をもってしても,上記各構成が必須であることに関する技術的事項が明らかにされているものということはできない。
また,実施例10及び11によると,ラウリルメタクリレートとメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子並びにステアリルメタクリレートとメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ本件特許発明の効果を奏することが開示されていたものということができるものの,「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを必須成分として含む表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート」と,「メチルメタクリレートを必須成分として含む該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,「メチルメタクリレート,又はメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレート」と,いずれも機能上等価であり,それぞれ置換可能であることを裏付ける技術的事項は本件明細書には開示されているものではない。
ウ 以上のとおり,本件明細書の全ての記載を総合しても,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが必須であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートが必須であること並びにラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートと,これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価であることに関する技術的事項が導き出せない以上,訂正事項1及び2により,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートを必須のものとして含むように本件特許発明を訂正することは,本件明細書の実施例10及び11を上位概念化した新規な技術的事項を導入するものというべきであり,許されるものではない。
エ この点について,控訴人は,①ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートは,いずれも本件特許発明における発明特定事項の下位概念としての具体的単量体であり,訂正事項1及び2により,具体的単量体を必須成分とした発明に減縮されることから,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲の減縮を目的とした訂正に該当する,②本件訂正は,本件明細書に当初から開示されていた顕著に優れた効果について,「液晶パネル点灯時の光抜け防止」の特に優れた具体的効果を奏する構成として特定したにすぎず,本件特許発明の技術的評価を変容させるものではないなどと主張する。
しかしながら,本件明細書において,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートは,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎず,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが必須であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートが必須であること並びにラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートと,これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価であることに関する技術的事項が本件明細書に開示されていない以上,具体的単量体を必須成分とした発明に特定することをもって,訂正事項1及び2が訂正要件を充足するものということはできない。
また,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートを必須のものとして含むように訂正することこそが,新たな技術的事項を導入するものというべきである以上,本件訂正が,本件明細書に当初から開示されていた顕著に優れた効果について,「液晶パネル点灯時の光抜け防止」の特に優れた具体的効果を奏する構成として特定したものであるか否かは,前記ウの判断を左右するものではない。
したがって,控訴人の前記主張はいずれも採用できない。
オ 以上によると,訂正事項1及び2は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから,特許法134条の2第1項ただし書及び同条5項において準用する同法126条3項に違反し,不適法であるというべきである。
(3) 訂正事項3について
訂正事項3は,本件特許発明の「前記グラフト共重合体鎖の前記導入」について,訂正事項1により,「前記長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一種または二種以上」が「長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一種または二種以上であってラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含む」ものに訂正され,訂正事項2により,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上であってメチルメタクリレートを含むもの」に訂正されたことを前提として,上記訂正後の各単量体をグラフト重合するものであることを追加するものである。
訂正事項3が前提とする「前記長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一種または二種以上」がラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含むものであること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」がメチルメタクリレートを含むものであることは,それぞれ訂正事項1及び2に相当するものであり,訂正事項3は,訂正事項1及び2の内容を含むものというべきであるから,訂正事項1及び2と同様の理由により,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,不適法であるというべきである。
(4) 訂正事項4及び5について
訂正事項4及び5は,訂正事項1ないし3による特許請求の範囲の訂正に伴い,対応する発明の詳細な説明の記載を整合させる訂正であるから,訂正事項1ないし3が不適法なものである以上,訂正事項4及び5も,同様に不適法であるというべきである。
(5) 小括
以上のとおり,本件訂正は訂正要件を欠くものであるから,控訴人が当審においてした訂正の対抗主張は採用することができず,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないというべきである。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)
file_2.jpg別紙