知財高等裁判所 平成23年(ネ)10086号 判決 2012年5月09日
控訴人
X
被控訴人
株式会社リコー
同訴訟代理人弁護士
田中昌利
東崎賢治
井上聡
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,199万4200円及びこれに対する昭和56年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,控訴人と被控訴人との間の従前の訴訟(東京地方裁判所平成13年(ワ)第11935号損害賠償請求事件,東京高等裁判所平成13年(ネ)第4275号損害賠償請求控訴事件,最高裁判所平成14年(オ)第59号損害賠償請求上告事件。以下,この訴訟事件を各審級を通じて,「平成13年訴訟」という。)の判決の成立過程において,被控訴人が,控訴人の権利を害する意図の下に,事実を秘匿した目録を提出し,虚偽の事実を主張するという作為又は不作為によって,裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い,その結果,あり得べからざる内容の確定判決を取得し,かつ,損害賠償義務を免れたことによって,控訴人に損害を与えたと主張して,被控訴人に対し,主位的には不法行為に基づく損害賠償請求として,予備的には不当利得返還請求として,控訴人の被ったという損害406億8948万円の一部である199万4200円及びこれに対するその主張に係る昭和56年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原判決は,本件訴えを適法とした上で,控訴人主張の被控訴人の作為又は不作為は適法な訴訟活動であったとして,控訴人の請求を棄却した。
そこで,控訴人は,原判決を不服として控訴した。
2 前提となる事実(争いのない事実以外は,証拠を項目の末尾に記載する。ただし,書証は枝番を含む。)
(1) 控訴人は,次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい,本件実用新案権に係る考案を「本件考案」という。)を有していた(甲3,5,11,乙4)。
登録番号:第978602号
考案の名称:カッター装置付きテープホルダー
出願日:昭和41年6月13日
出願公告:昭和47年1月22日
登録日:昭和47年9月29日
満了日:昭和56年6月13日
実用新案登録請求の範囲
「巻回テープ類を保持する本体1に固定刃2を有する引出口3を形成し,該引出口3には固定刃2と共に,引出したテープT類を剪断する可動刃4を回動自在に設けたカッター装置付テープホルダーにおいて,操作摘み9を有する可動刃4の緩挿軸8に幅裁断用切刃7を固着し,軸8と引出口3の間に一対の案内ロール5,6を装架した構造」
(2) 控訴人と被控訴人間の訴訟の経緯等(甲3,乙1~35,38)
ア 控訴人は,昭和53年以降,東京地方裁判所に対し,被控訴人を相手方として,被控訴人が製造販売した複写機である「リコーPPC900及びB・Aチェンジャー」,「リコーPPC900及びセンタースリッター」並びに「リコピーPLC5000オート」(以下「被控訴人複写機」という。)について,控訴人の有する本件実用新案権を侵害すると主張して,不法行為による損害賠償請求又は不当利得返還請求として,一定の台数分の製品についての請求等の細分化した一部請求として,多数回にわたり訴訟を提起し,いずれも請求棄却の判決を受けてきた。
これらの訴訟において,侵害対象物は,被控訴人複写機とされていたものの,侵害の有無の判断において対象となっていたのは,被控訴人複写機のうちのカッター装置付き複写用ロール紙(転写紙)ないしロール感光紙の支持機構部分,すなわち,本件考案に対応する部分であった。なお,この点について,控訴人は,昭和60年(ワ)第5132号事件において,従前の訴訟では,本件考案と,イ号製品ないしハ号製品とを対比するに当たり,被控訴人製品中本件考案の技術的範囲に属しない複写機構も含めて主張した主張上の不備があり,その結果敗訴したと主張したが,同事件判決においては,「確定判決における,本件考案とイ号,ロ号及びハ号製品の対比にあたっては,それらの製品のロール紙支持機構が控訴人の主張として取り上げられていることが認められ,この点において,前訴において控訴人の主張に不備があったとはみられず,かつ,前訴において,裁判所は控訴人の右ロール紙支持機構に関する主張について判断を行っている」と判断された(乙5)。
イ 控訴人は,平成7年,東京地方裁判所に対し,上記アと同様の訴訟(平成7年(ワ)第115号)を提起したが(以下,この訴訟事件を,各審級を通じて,「平成7年訴訟」という。),同裁判所は,同年7月14日,控訴人の訴えは一部請求の名の下に同一の訴訟を蒸し返すものであり,これまで繰り返し理由がないとする裁判所の確定した判断を受けている請求と実質的に同じ請求をするものであるなどとして,訴権の濫用に該当し,訴えの利益を欠き不適法である等として訴えを却下する旨の判決をした。
ウ 控訴人は,その後も,東京地方裁判所に対し,前記と同様の訴訟を提起したが(平成7年(ワ)第25729号,平成8年(ワ)第1042号,平成9年(ワ)第2356号,同年(ワ)第2358号,平成10年(ワ)第7808号,平成11年(ワ)第1317号,平成12年(ワ)第6663号,同年(ワ)第16890号),同裁判所は,いずれもイと同様の理由で訴えを却下する旨の判決をした。
(3) 平成13年訴訟について(甲1~8,11,乙38~41)
ア 訴訟の提起及び当事者の攻撃防御について
(ア) 控訴人は,平成13年6月8日,東京地方裁判所に対し,被控訴人を相手方とする平成13年訴訟を提起した。
(イ) 控訴人は,平成13年訴訟の訴状(甲5)に控訴人作成に係る原判決別紙1-1「イ号侵害物(「カッター装置付きテープホルダー」)目録」,同別紙1-2「ロ号侵害物(「カッター装置付きテープホルダー」)目録」及び同別紙1-3「ハ号侵害物(「カッター装置付きテープホルダー」)目録」を添付し,各目録記載の物件は,控訴人の本件実用新案権を侵害すると主張した。上記各目録において,控訴人は,「ロール紙を切断するカッター装置を施した本体」部分である「カッター装置付きテープホルダー」と,「複写機構」部分である「被控訴人複写機」とからなる「併存体」のうち,「カッター装置付きテープホルダー」を侵害物とすると主張していた。
他方,控訴人は,平成13年訴訟において損害額を主張するに当たっては,被控訴人複写機の製造販売台数から,その実施料相当額を算出していた。
(ウ) これに対し,被控訴人は,平成13年7月5日,平成13年訴訟の答弁書(甲11)を提出し,それまでに反復された同種訴訟の経緯から見て,平成13年訴訟の訴状において控訴人が主張するイ号侵害物,ロ号侵害物及びハ号侵害物は,それぞれ「被控訴人複写機」と解されるとした上,被控訴人作成に係る原判決別紙2-1「イ号物件目録」,同別紙2-2「ロ号物件目録」及び同別紙2-3「ハ号物件目録」を答弁書に添付した。
(エ) 控訴人は,平成13年7月10日,準備書面(甲7)を提出し,被控訴人作成に係る上記(ウ)の平成13年訴訟答弁書添付別紙2-1「イ号物件目録」及び別紙2-3「ハ号物件目録」は,本件実用新案権の構成要件「引出口3」に該当する「固定刃と回転刃の間隙部」に関する記載を故意に欠如させていること,別紙2-3「ハ号物件目録」は,本件実用新案権の構成要件「一対の案内ロール5,6」に該当する「上下ローラ」等に関する記載を故意に欠如させていること等を主張した。
(オ) 東京地方裁判所は,平成13年7月12日,第1回口頭弁論期日で口頭弁論を終結し,同月24日,訴えを却下する旨の判決を言い渡した(甲3,4,乙38)。同判決は,控訴人が作成した上記(イ)の各目録を基にして,原判決別紙3-1「別紙イ号製品目録」,同別紙3-2「別紙ロ号製品目録」及び同別紙3-3「別紙ハ号製品目録」を判決に添付し,控訴人は「被控訴人複写機」をもって本件実用新案権の侵害品と主張しているとして,(2)イ及びウと同様の判断をした。
イ 平成13年訴訟に関する控訴について
控訴人は,東京高等裁判所に対し,控訴したが,同裁判所は,平成13年10月30日,控訴を棄却する旨の判決を言い渡した(甲2,乙39)。同判決は,原判決別紙1-1ないし3の各目録(ただし,別紙1-1及び別紙1-3の各3枚目の9行目「きる」を「できる」と訂正したものである。)を添付し,同各目録記載の物件と,平成13年訴訟第1審判決(甲3)添付の各目録記載の物件は同一であると判断した。
ウ 平成13年訴訟に関する上告について
控訴人は,最高裁判所に対し,上告したが,同裁判所は,平成14年3月12日,上告を棄却する旨の決定をした(甲1)。
エ 平成13年訴訟に関する再審について
なお,控訴人は,知的財産高等裁判所に対し,平成19年3月8日付けで,確定判決(甲2,乙39)に対する再審の訴えを提起し,民事訴訟法338条1項5号の再審事由が存すると主張したが(平成19年(ム)第10001号),同裁判所は,同月27日,再審の訴えを却下する旨の決定をした。
(4) 控訴人は,東京地方裁判所に対し,平成23年6月7日,被控訴人を相手方として,本件訴訟を提起した。
3 当事者の主張
(1) 原審における主張
原審における当事者の主張は,審級に応じた読替えを行い,「前訴」とあるのを「平成13年訴訟」と,10頁19行目「判断を実質的に」とあるのを「判断と実質的に」と,それぞれ変更するほか,原判決6頁11行目ないし12頁9行目に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 当審における主張
〔控訴人の主張〕
原判決別紙目録1-1ないし3に記載のイ号ないしハ号侵害物件は,本件実用新案権に係る本件考案の構成要件を具備し,かつ,本件考案と同一の作用効果を奏するのであるから,当該侵害物件を製造・販売した被控訴人は,本件実用新案権を侵害し,これにより控訴人に406億8948万円の損害を生じさせたという背景事情がある。
〔被控訴人の主張〕
控訴人の前記主張は,失当であることが明らかである。
第3当裁判所の判断
1 本案前の答弁について
(1) 被控訴人は,本件訴訟が,平成7年訴訟及び平成13年訴訟を含む先行訴訟と同様,請求棄却の判決が確定した事件と同一の紛争を蒸し返すものであり,控訴人が,平成7年訴訟及び平成13年訴訟について訴え却下の判決が確定しているにもかかわらず,なおも本件訴訟を提起したものであるから,本件訴えが,訴権の濫用に当たる不適法なものであると主張する。
(2) しかしながら,控訴人は,平成7年訴訟及び平成13年訴訟等の従前の訴訟においては,控訴人が保有する本件実用新案権が,被控訴人が製造販売する製品により侵害され,これにより実施料相当額の損害を被ったと主張して,一部請求として内金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めていたのに対し(甲1~3,乙2~35,38,39),本件訴訟においては,被控訴人が,平成13年訴訟の判決の成立過程において,控訴人の権利を害する意図の下に,事実を秘匿した被控訴人作成に係る原判決別紙2-1ないし3の目録を提出し,虚偽の事実を主張するという作為又は不作為によって,裁判所を欺罔する等の不正な行為を行い,その結果,あり得べからざる内容の確定判決を取得し,かつ,損害賠償義務を免れたことによって,控訴人に損害を与えたと主張して,不法行為に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として,実施料相当額が被控訴人の受けた損害の一部請求として199万4200円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めるものである。したがって,上記従前の訴訟と本件訴訟とでは,少なくとも被控訴人が違法行為として主張する内容を異にしていることは否めない。
もっとも,控訴人は,平成13年訴訟における被控訴人の違法行為を主張しながら,その損害については,当該違法行為より以前の,従前の訴訟と同じ損害を主張するものであって,本件訴訟は,実質的には,従前の訴訟を蒸し返すものといえなくもない。
しかしながら,本件訴訟は,従前の訴訟において,控訴人の請求が訴訟を蒸し返すものであって,訴権の濫用に当たるとして訴えが却下されていることを踏まえ,形式的には,上記のとおり,従前の訴訟における主張と異なる主張をしているものである。
(3) したがって,いま直ちに本件訴えが信義則に反して不適法であるとまで認めるのは相当でなく,本件訴訟について本案判断を示すことが被控訴人の合理的期待に反し,二重の応訴の負担を強いるものともいい難いから,被控訴人の前記主張は採用しない。
2 被控訴人の不法行為又は不当利得について
(1) 控訴人は,被控訴人が平成13年訴訟において,不実な内容の被控訴人作成に係る原判決別紙2-1ないし3の各目録を提出したことが,裁判所に対する欺罔行為であり,不法行為を構成し,あるいはそれによりあり得べからざる内容の確定判決を得て損害賠償義務を免れたことが不当利得であると主張する。
(2) しかしながら,被控訴人が前記各目録を提出したのは,平成13年訴訟において,控訴人が控訴人作成に係る原判決別紙1-1ないし3の各目録を提出し,訴訟の審理の対象となる侵害物件を特定したのに対し,被控訴人側の主張を明らかにするために行ったものであって,裁判所を欺罔する不正な行為と認める余地はない。しかも,東京地方裁判所及び東京高等裁判所は,平成13年訴訟において,いずれも控訴人が提出した原判決別紙1-1ないし3の各目録を引用しつつ,平成7年訴訟以来の各判決と同様の理由で訴えを却下する旨の判決をしたのであって,被控訴人が平成13年訴訟において原判決別紙2-1ないし3の各目録を提出したことによって,当該却下判決が得られたという因果関係を認めることもできない。
(3) 以上のとおり,原判決別紙2-1ないし3の各目録を提出した被控訴人の行為に違法な点は認められず,また,当該行為によって被控訴人が不当に損害賠償義務を免れたともいえないから,控訴人の請求には理由がないことが明らかである。
3 結論
以上の次第であるから,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)