知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10051号 判決 2011年9月28日
原告
株式会社テージーケー
訴訟代理人弁護士
横井康真
訴訟代理人弁理士
森下賢樹
同
村田雄祐
同
松尾卓哉
被告
株式会社不二工機
訴訟代理人弁理士
永芳太郎
同
南部さと子
同
水野尚
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2010-880005号事件について平成23年1月7日にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成21年4月8日,別紙第1記載の意匠(以下「本件登録意匠」という。)について,意匠に係る物品を「空調装置用膨張弁」とする意匠登録出願をなし,平成22年1月15日,意匠登録第1362427号を本意匠とする関連意匠として設定登録(意匠登録第1380365号。以下「本件意匠登録」という。)を受けた(甲1)。
被告は,平成22年5月28日,特許庁に対し,本件意匠登録につき無効審判(無効2010-880005号事件)を請求し,平成23年1月7日,本件意匠登録を無効とするとの審決(以下「本件審決」という。)がなされ,その謄本は同月17日に原告に送達された。
2 本件審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりであり,その要旨は次のとおりである。
本件登録意匠と米国意匠特許公報US D532,080S(甲2)の膨張弁(EXPANSION VALVE)に係る別紙第2記載の意匠(以下「引用意匠」という。)の共通点は,一体となって,膨張弁としての全体の形態的なまとまりを形成し,両意匠の共通感を極めて強く看者に印象付けるものとなっているのに対し,両意匠の差異点は,いずれも類否判断に及ぼす影響が小さく,本件登録意匠は引用意匠に類似するから,意匠法3条1項3号に該当する。
(2) 本件審決が上記判断を導くに当たって認定した本件登録意匠と引用意匠の共通点及び差異点は次のとおりである。
ア 共通点
(ア) 共通点1
略縦長四角柱状の本体部と,その上端に設けられた円盤状の弁駆動部からなり,本体部は,両側面の下寄りが,傾斜面,及び垂直面により正面視略「く」字状,及び略逆「く」字状に切り欠かれて(以下「『く』字状部」という。),下端の横幅が上端に対して狭められた構成となっており,正面,及び背面に,複数の真円状の孔が配置されてなる円孔群が形成されたものであり,円孔群は,正面において,上から下へ,1つの上方大径孔,左右2つの中径孔,1つの小径孔,及び1つの下方大径孔が,全体として左右対称状に配され,背面において,上から下へ,1つの上方大径孔,左右2つの中径孔,及び1つの下方大径孔が,全体として左右対称状に配された基本的な構成態様のものである点
(イ) 共通点2
具体的な構成態様について,本体部は,高さが正面横幅の3倍弱で,側面横幅が正面横幅に対してやや広幅で,本体部の高さの下寄り3分の1の部分が「く」字状部となっており,本体部下端の横幅が正面横幅(最大横幅)のおおよそ3分の2弱程度で,「く」字状部の傾斜面の角度が,鉛直方向に対しておおよそ20度ないし30度程度の角度で内向きに下降するもので,側面において,この傾斜面の上辺,及び下辺が,横水平に,エッジ状の稜線,及び谷線を形成し,そして傾斜面の上下幅と垂直面の上下幅に,さほど大きな幅差のない構成となっている点
(ウ) 共通点3
正面の円孔群について,高さ方向のほぼ中間位置に2つの中径孔をやや間隔を開けて左右に配し,2つの中径孔の上方に,双方の外周を接近させて上方大径孔を配し,2つの中径孔の内向き斜め下方に,小径孔を,2つの中径孔の隙間に入り込む態様で配したもので,上方大径孔は,径が本体横幅より僅かに小径程度であり,下方大径孔は,上方大径孔に対して略2/3程度の径の,上方大径孔対して小径のものである点
(エ) 共通点4
背面の円孔群について,高さ方向のほぼ中間位置に2つの中径孔を配し,その上方,及び下方のおおよそ等しい距離に,上方大径孔,及び下方大径孔を配し,下方大径孔を上方大径孔よりやや小径としている点
(オ) 共通点5
弁駆動部について,径が本体正面横幅よりやや大径で,頂面中央に円錐台状の突出部があり,下面に偏平逆錐台状の縮径段部が形成されている点
イ 差異点
(ア) 差異点ア
「く」字状部の傾斜面の傾斜角度,及び傾斜面と垂直面の寸法比率について,本件登録意匠は,傾斜面が鉛直方向に対して略20度程度の内向きの傾斜であるのに対して,引用意匠は略30度程度の傾斜で,本件登録意匠の傾斜面が鉛直に近く,また,傾斜面と垂直面の寸法比率につき,上下方向(側面視)での幅比として,本件登録意匠は4対3程度で傾斜面が垂直面よりやや長いのに対し,引用意匠は3対4強で,垂直面が傾斜面よりやや長いものである点
(イ) 差異点イ
正面の上方大径孔の位置,大きさについて,本件登録意匠は,径が本体部横幅よりごく僅かに小径で,本体上端に残る余地も狭い,径が極めて大きいものであるが,引用意匠は,本体部左右に余地が若干残り,本体上端にも本件登録意匠に比べて広い余地を残す,本件登録意匠より小径のものである点
(ウ) 差異点ウ
正面の下方大径孔の位置,及び大きさについて,本件登録意匠は,小径孔と下方大径孔との間隔が狭く,本体下端にやや広い余地が残され,そのほとんどが,「く」字状部の傾斜面に当たる高さ(上下幅)の範囲内に配されたものであり,径が本体下端の横幅より大径のものであるが,引用意匠は,下方大径孔と小径孔との間隔が広く,本体下端に余地がさほどなく,そのほとんどが,「く」字状部の垂直面に当たる高さの範囲内に配されたもので,径が本体下端の横幅より小径である点
(エ) 差異点エ
本体底面について,本件登録意匠は,中心にボルト孔のある円形のばね受けが設けられているが,引用意匠はこれが設けられていない点
(オ) 差異点オ
弁駆動部の位置について,本件登録意匠はその中心が,本体の中央のやや正面寄りに位置し,その前端が本体正面から手前に張り出した態様であるが,引用意匠はその中心が,本体の中央やや背面寄りで,その後端が本体背面から後方に張り出した態様である点
第3当事者の主張
1 取消事由に関する原告の主張
本件審決は,以下のとおり,類否判断の誤りがあり,取り消されるべきである。
(1) 要部認定の誤り
本件審決では,基本的構成態様を中心として漫然と全体的な観察をするのみで,「物品の性質・用途・使用形態等を参酌して」,どこが需要者にとって最も注意をひく部分であるかということを考慮していない。
本件登録意匠に係る物品は,自動車のエアコンに用いられる膨張弁であり,自動車の室内に繋がる配管とエンジンルームに繋がる配管とに接続されるものであって,需要者は,膨張弁の組み付けに際して,膨張弁正面側の配管のための各孔の大きさ・配置及び当該正面の全体的な形態に最も注目する。したがって,本件登録意匠においては,本体正面から見た場合の各孔の具体的な位置関係や大きさを中心とした本体部の正面形態(以下「正面形態」という。)を要部として,類否判断をすべきである。
(2) 正面形態に対する判断の誤り
ア 本件審決は,仮に正面形態を要部として類否判断を行っているとしても,類否の判断手法を間違っている。
本件登録意匠に係る膨張弁のような自動車用のパーツは,自動車(エンジンルーム等)側の形態や機械的・物理的要請から,その形態はある程度制限され,部分的に見れば,いずれも似たような形態となりがちである。したがって,本件登録意匠の要部たる正面形態の類否判断をするに際しては,各円孔の配置,大きさ,正面の輪郭をそれぞれ別個に判断するのではなく,これらを全体的に見て,いかなる美感が生ずるのかを判断すべきである。
しかし,本件審決は,正面形態のうち輪郭の形態及び円孔の配置という各部分がそれぞれ共通すると述べているだけであり,輪郭と円孔の配置からなるひとまとまりの美感については一切判断していない。
イ 本件登録意匠と引用意匠の正面形態を対比すると,以下のとおり,両者は全く違った美感を生じている。
(ア) 本件登録意匠に係る正面形態(別紙第3「正面図」参照)
① 正面形態の輪郭は,高さが横幅の約2.5倍であり,下寄り約30%の部分が「く」字状部となっており,下端の横幅が正面の横幅の約60%で,「く」字状部の傾斜面の角度が,鉛直方向に対して約20度の角度で内向きに下降するもので,傾斜面とその下の垂直面の上下幅の比率が約4:3である。
② 円孔の配置は,本体正面の中心よりやや上方に2個の中径孔を左右に配置し,2個の中径孔の上方でかつその中心が本体正面の上から約1/4の位置に上方大径孔を配置し,2個の中径孔の内向き斜め下方に小径孔を配置し,さらに小径孔の下に傾斜面に挟まれる形でかつその中心が本体正面の下から約1/4の位置に下方大径孔を配置し,小径孔は上記2個の中径孔及び下方大径孔とほぼ等距離に位置している。
③ 円孔の大きさは,上方大径孔の直径は本体正面の横幅より若干小さい程度で(約92%),下方大径孔の直径は上方大径孔のそれの約3/4である。
(イ) 引用意匠における正面形態(別紙第3「正面図」参照)
① 正面形態の輪郭は,高さが横幅の約2.5倍であり,下寄り約30%の部分が「く」字状部となっており,下端の横幅が正面の横幅の約60%で,「く」字状部の傾斜面の角度が,鉛直方向に対して約30度の角度で内向きに下降するもので,傾斜面とその下の垂直面の上下幅の比率が約2:3である。
② 円孔の配置は,本体正面のほぼ中心に2個の中径孔を左右に配置し,2個の中径孔の上方でかつその中心が本体正面の上から約2/7の位置に上方大径孔を配置し,2個の中径孔の内向き斜め下方に小径孔を配置し,さらに小径孔の下に傾斜面下の垂直面に挟まれる形でかつその中心が本体正面の下から約1/8の位置に下方大径孔を配置し,小径孔と下方大径孔との距離は上記2個の中径孔との距離に比して相当離れている。
③ 円孔の大きさは,上方大径孔の直径は本体正面の横幅の約86%であり,下方大径孔の直径は上方大径孔のそれの約3/5である。
(ウ) 両意匠から生じる美感の相違
両意匠の正面形態のまとまり全体について検討すると,これらは人の顔を模式的に表したものと表現することができる。
そうすると,本件登録意匠は,目と鼻と口が全体的に中心に寄っており,口は顔の幅に対してかなり大きく開いており,かつ頬にあたる部分が緩やかな勾配になっており,さらには口の下のあごの部分がやや出た,全体としては,ふっくらとした,そして,均整の取れた顔つきであって,その顔がややビックリした表情をしている印象を与える。
他方,引用意匠は,額の上の部分がやや広めであり,鼻と口の間が大きく開いており,頬にあたる部分は急な勾配となっていて,その細くなった部分に口があり,口は顔の幅に対して小さめであることから,全体としては,頭でっかちで,少し頬がこけ,痩せた感じの,やや間の抜けた顔つきであって,その顔が少し口を開けてボーッとしているような印象を与える。
このように,両意匠の正面形態全体をひとまとまりとして比較すると,両者の形態は全く異なり,看者に対して異なった美感を生じさせるのであり,本件登録意匠と引用意匠は,その要部において類似しない。
2 被告の反論
原告主張の取消事由は,以下のとおり,理由がない。
(1) 本件登録意匠と引用意匠に係る物品は,手にとって全体を観察することができる程度の大きさの部品であって,意匠全体の形態が類否判断の要素となるのであり,設置時の使用状態などを考慮したとしても,正面形態のみが要部であるということはできない。
(2) 本件登録意匠と引用意匠に係る膨張弁は,形態の創作について一定の制約があるとしても,本体部の基本形態,各孔の配設態様などは種々のものがあり,各部に様々な意匠的創作を施すことができるのであって,いずれも似たような形態となるということはない。
本件審決は,全体観察を前提として,具体的に認定した構成各部の形態及び共通点と差異点に基づいて,それらが組み合わさって意匠全体の視覚的印象に与える影響を検討・判断しており,正面形態についても同様の検討・判断を行っているのであって,判断手法に誤りはない。
原告は,正面形態のみを取り上げて,人の顔に例えられるその形態は全く異なる,と主張するが,前記のとおり,正面形態のみを本件登録意匠の要部として取り上げて類否判断をすることは理由がなく,立体形状としての意匠の対比を怠っているものである。さらに,空調装置用膨張弁の意匠において,周囲各面の形状及びそこに設けられる配管取付孔の数,大きさ,配置態様には,人の顔様に現れないものを含めて様々なものがあり,その中で,両意匠は,意匠全体の基本的な構成態様が共通すると共に,正面に設けられた円形孔群が,共に人の顔様の態様となっている点で,他の膨張弁と区別される極めて共通する態様を有しており,正面形態のみを対比した場合に表情の違いとして例えられる程度の差異は,意匠全体としての類否判断において,視覚的印象を左右するほどの要素ということはできない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本件登録意匠と引用意匠は類似しており,原告主張に係る取消事由は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 事実認定
(1) 本件登録意匠と引用意匠の特徴
ア 本件登録意匠
本件登録意匠は別紙第1記載のとおりである。
本件登録意匠は「空調装置用膨張弁」に係る意匠であり,略縦長四角柱状の本体部とその上端に設けられた弁駆動部からなる。
本体部は,上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱,下方約3分の1が「く」字状部となっており,高さが正面上端横幅の3倍弱で,側面横幅が正面上端横幅の約1.3倍であり,正面の下端の横幅が上端の横幅の3分の2弱である。
「く」字状部は,傾斜面の角度が鉛直方向に対して約20度の角度で内向きに下降し,側面において,この傾斜面の上辺及び下辺が,横水平に,エッジ状の稜線,及び谷線を形成しており,側面視での傾斜面と垂直面の上下幅は約4:3である。
正面には,上方から下方に順に,①1個の上方大径孔が,本体正面の横の輪郭線に接するほどの大きさで,②その下に,2個の中径孔が,相互にやや間隔を空けて,左右同じ高さに,③その下に,1個の小径孔が,④その下に,1個の下方大径孔が,それぞれ左右対称状に配置され,いずれも真円形状である。下方大径孔は,そのほとんどの部分が「く」字状部の傾斜面の幅内に配置され,正面下端との間に間隔が空いており,径は,上方大径孔の径の約4分の3であり,正面下端の横幅より大きい。
背面には,上方から下方に順に,①1個の上方大径孔が中央部に,②その下に,2個の中径孔が,やや間隔を空けて,左右同じ高さに,③その下に,1個の下方大径孔が中央部に,それぞれ左右対称状に配置され,いずれも真円形状である。下方大径孔の径は上方大径孔の径より少し小さい。下方大径孔と背面下端との間には間隔が空いている。
弁駆動部は,径が本体正面上端横幅よりやや大径で,頂面中央に円錐台状の突出部があり,下面に偏平逆錐台状の縮径段部が形成されており,中心が本体の中央のやや正面寄りに位置している。
本体底面には,中心にボルト孔のある円形のばね受けが設けられている。
イ 引用意匠
引用意匠は別紙第2記載のとおりである。
引用意匠は「膨張弁」に係る意匠であり,略縦長四角柱状の本体部とその上端に設けられた弁駆動部からなる。
本体部は,上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱,下方約3分の1が「く」字状部となっており,高さが正面上端横幅の3倍弱で,側面横幅が正面横幅の約1.2倍であり,正面の下端の横幅が上端の横幅の3分の2弱である。
「く」字状部は,傾斜面の角度が鉛直方向に対して約30度の角度で内向きに下降し,側面において,この傾斜面の上辺及び下辺が,横水平に,エッジ状の稜線,及び谷線を形成しており,側面視での傾斜面と垂直面の上下幅は約3:4である。
正面には,上方から下方に順に,①1個の上方大径孔が,本体正面の横の輪郭線に近接するほどの大きさで,②その下に,2個の中径孔が,相互にやや間隔を空けて,左右同じ高さに,③その下に,1個の小径孔が,④その下に,1個の下方大径孔が,それぞれ左右対称状に配置され,いずれも真円形状である。下方大径孔は,小径孔と間隔をおいて,そのほとんどが「く」字状部の垂直面の幅内に配され,正面下端との間隔はほとんどなく,径は,上方大径孔の径の約5分の3であり,正面下端の横幅より小さい。
背面には,上方から下方に順に,①1個の上方大径孔が中央部に,②その下に,2つの中径孔が,やや間隔を空けて,左右同じ高さに,③その下に,1個の下方大径孔が中央部に,それぞれ左右対称状に配置され,いずれも真円形状である。下方大径孔の径は上方大径孔の径より少し小さい。下方大径孔と背面下端との間には間隔が空いている。
弁駆動部は,径が本体正面上端横幅よりやや大径で,頂面中央に円錐台状の突出部があり,下面に偏平逆錐台状の縮径段部が形成されており,中心が本体の中央のやや背面寄りに位置している。
本体底面には,ばね受けが設けられていない。
(2) 自動車用空調装置の膨張弁に関する公知意匠の内容
本件登録意匠と引用意匠に係る物品はいずれも,自動車用空調装置等に配置して使用され,本体部の正面に5個,背面に4個の孔が配された膨張弁である。
ところで,本件意匠登録の出願日である平成21年4月8日より前に頒布されていた刊行物(甲4ないし10,17)には,膨張弁につき,正面,背面又は左右の側面のいずれかに,上から順に,1個の上方大径孔,2個の中径孔,1個の小径孔,1個の下方大径孔(なお,その径は上方大径孔よりも小さい。)の合計5個の孔が全体として左右対称状に配され,その反対面に,上から順に,1個の上方大径孔,2個の中径孔,1個の下方大径孔(なお,その径は上方大径孔よりも小さい。)の合計4個の孔が全体として左右対称状に配された意匠が図示されている。甲17を除いて,孔は,真円形状である(甲17の意匠の孔は楕円形状である。)。上記刊行物に記載された意匠では,各孔の径の比率や間隔は様々であるが,本件登録意匠の正面のように,5個の孔が比較的接近して配されている意匠(甲7,8)が存在するとともに,引用意匠の正面のように,下方大径孔が小径孔から離れて配されている意匠(甲9,10,17)も存在する。なお,正面や背面に存在する孔の数は,膨張弁の機能に由来するものと解される。
また,本件意匠登録の出願日より前に頒布されていた刊行物(甲15ないし17)には,膨張弁につき,略縦長四角柱状の本体部とその上端に設けられた弁駆動部からなり,本体部が,①上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱の形態を示し,正面及び背面の下寄りの部分が,左右の側面側から見て円弧状の面及び垂直面により切り欠かれ,その下部の横幅が上方に対して狭められた形態を示す意匠(ただし,左右側面に配されている孔はいずれも4個である。)(甲15,16),②上方約2分の1が垂直面からなる縦長四角柱の形態を示し,左右の側面の下寄りの部分が大きな傾斜面と垂直面により切り欠かれ,正面から見て下部の横幅が上方に対して狭められた形態を示す意匠(甲17)が図示されている。しかし,これらの意匠は,本件登録意匠や引用意匠のような「く」字状部を示していない点で,全体の形態において相違する。
2 類否の判断
以上認定した事実に基づいて,本件登録意匠と引用意匠の類否を判断する。
(1) 類否判断における本件登録意匠の特徴部分(要部)について
本件登録意匠において,本体部の正面に,上から順に,上方大径孔,2個の中径孔,小径孔,下方大径孔(なお,その径は上方大径孔よりも小さい。)の5個の真円形状の孔が全体として左右対称状に配され,背面に,上から順に,上方大径孔,2個の中径孔,下方大径孔(なお,その径は上方大径孔よりも小さい。)の4個の真円形状の孔が全体として左右対称状に配置されている点は,本件意匠登録の出願前に公知であることを考慮すると,取引者・需要者の注意をそれほど引く形態とはいえない。これに対して,本件登録意匠において,本体部の形態が,上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱,下方約3分の1が「く」字状部からなる点は,本件意匠登録の出願前に公知ではなく,取引者・需要者の注意を引きやすい形態といえる。以上のとおりであり,本件登録意匠に係る物品(膨張弁)の使用の態様等をも総合考慮すると,本件登録意匠において,取引者・需要者の注意を引きやすい特徴的な部分(いわゆる要部)は,本体部の形態が,上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱,下方約3分の1が「く」字状部からなるという点を含む物品(膨張弁)全体の形態であると解すべきである。引用意匠における特徴的な部分も同様である。
この点,原告は,本件登録意匠における要部は,本体正面から見た場合の各孔の具体的な位置関係や大きさを中心とした正面形態であると主張する。しかし,前記のとおり,本体部の正面における5個の孔の基本的な配置及び径の大きさが取引者・需要者の注意をそれほど引く形態とはいえないことからすると,「正面形態,その中でも特に各孔の具体的な位置関係や大きさ」が本件登録意匠の要部であるとはいえない。この点の原告の主張は,採用の限りでない。
(2) 本件登録意匠と引用意匠との類否判断
本件登録意匠と引用意匠とは,略縦長四角柱状の本体部とその上端に設けられた弁駆動部からなり,本体部全体は,上方約3分の2が垂直面からなる縦長四角柱,下方約3分の1が「く」字状部からなり,高さが正面上端横幅の3倍弱,側面横幅が正面上端横幅の約1.2ないし1.3倍,正面下端の横幅が正面上端の横幅の3分の2弱であり,「く」字状部は,傾斜面の角度が鉛直方面に対して約20度ないし30度で,側面において,傾斜面の上辺及び下辺が,横水平に,エッジ状の稜線,及び谷線を形成し,本体部の正面には上から下へ,1個の上方大径孔,左右の2個の中径孔,1個の小径孔,1個の下方大径孔が全体として左右対称状に配され,いずれも真円形状の孔で,上方大径孔の径は正面上端横幅より僅かに小径であり,上方大径孔,中径孔と小径孔は接近して配されており,背面には,上から下へ,1個の上方大径孔,左右2個の中径孔,1個の下方大径孔が,全体として左右対称状に配され,いずれも真円形状の孔であるという点において共通する。
両意匠は,特に,取引者・需要者の注意を引きやすい点である本体部全体の形態を含め,特徴的な形態の多くの部分において共通しており,看者に対して,美感において,両意匠が類似するとの印象を与える。
これに対して,原告は,本件登録意匠と引用意匠は,①本体部の「く」字状部における傾斜面の角度,②傾斜面と垂直面の上下幅の比率,③正面における下方大径孔の位置及び径の大きさが異なることから,正面形態を人の顔にたとえると,看者に対して異なった美感を生じさせるから,両意匠は類似しないと主張する。
しかし,両意匠の本体部の「く」字状部における傾斜面の角度の差異は約10度にすぎず,また,傾斜面と垂直面の上下幅も,本件登録意匠の方は傾斜面の上下幅の方が多少広く,引用意匠の方は傾斜面の上下幅の方が多少狭いという差異があるものの,両意匠の全体の形態を対比した場合,これらの差異は両意匠の類似性を否定するほどのものではない。また,正面に配された下方大径孔が,本件登録意匠では小径孔に接近して配され,その径は正面下端の横幅より大きいのに対し,引用意匠では小径孔より離れて配され,その径は正面下端の横幅より小さいという差異があるが,本件登録意匠における下方大径孔の配置も,引用意匠における下方大径孔の配置も,前記のとおり本件意匠登録の出願前から公知であった点を考慮すると,これらの差異も,両意匠の類似性を否定するほどのものではない。
したがって,原告の主張は理由がない。
3 結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決にはこれを取り消すべき違法はない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 武宮英子)
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