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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10064号 判決 2011年9月27日

原告

X

訴訟代理人弁護士

久保司

被告

特許庁長官

指定代理人

笹野秀生

長島和子

鈴木秀幹

樋口信宏

田村正明

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が不服2009-8035号事件について平成22年12月13日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。

1  特許庁における手続の経緯

原告は,平成20年9月3日,名称を「地図上の位置情報表示コンピュータシステムおよびそれを用いた地図と座標。」とする発明について,特許出願(特願2008-225700号,平成22年3月18日出願公開,特開2010-60786号)をしたが,平成21年3月6日付けで拒絶査定を受けたので,同年4月14日,これに対する不服の審判を請求した。

特許庁は,上記請求を不服2009-8035号事件として審理し,平成22年12月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年1月26日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

平成21年5月13日付け手続補正書により補正された特許請求の範囲の請求項1に係る本願発明は,以下のとおりである。

【請求項1】 地球上および地図上の位置表示として,演算装置を用いて,入力値か引数を度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法の緯度・経度とした場合の緯度該当数値・経度該当数値を求める地図上の位置情報表示コンピュータシステムであって,前記演算装置は,キーボード,他のコンピュータプログラムの出力部,又は地図画面上で地点を指定することにより緯度および経度情報を出力する地図情報処理装置やナビゲーション装置等から,緯度および経度の情報を受け付ける経度および緯度を受け付ける受付手段と,前記緯度および経度の情報を,下記数式に基づき緯度入力値を緯度Owa率へ変換,経度入力値を経度Owa率へ変換する変換手段と,

<数1>

緯度数値をPとし,経度数値をQとした場合,

緯度該当数値OWP=0.5+P/360

経度該当数値OWQ=0.5+Q/360

変換した緯度該当数値OWPと経度該当数値OWQとして10進法で表示出力する出力手段とからなることを特徴とする地図上の位置情報表示コンピュータシステム。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明は,引用例(特開2007-41189号公報,甲3)に記載された発明(引用発明)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

(2)  引用発明の認定,同発明と本願発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点についての判断は,以下のとおりである。

【引用発明】

「経度および緯度を固有コードへ変換する地理的座標変換装置であって,経度および緯度を受け付ける受付手段と,前記緯度および経度の情報を,下記数式に基づき整数値に変換する整数化手段と,前記整数値を,文字列中の位置に対して,必ず数字のみが表示される位置と,必ず数字以外の文字が表示される位置とが,所定パターンで配列されている文字列,に変換する文字列化手段と,前記文字列を,地理的座標を表す固有コードとして,出力する手段に出力する出力手段と,を有する,地理的座標変換装置。

<数式>

Ela=int{45697600*((La+90)/180)}

Elo=int{45697600*((Lo+180)/360)}

ただし,

La:緯度の入力値(単位は小数点付きの度)

Lo:経度の入力値(単位は小数点付きの度)

Ela:符号化された緯度情報(整数)

Elo:符号化された経度情報(整数)」

【一致点】

「地球上および地図上の位置表示として,演算装置を用いて,入力値か引数を度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法の緯度・経度とした場合の緯度該当値・経度該当値を求める地図上の位置情報表示コンピュータシステムであって,前記演算装置は,キーボード,他のコンピュータプログラムの出力部,又は地図画面上で地点を指定することにより緯度および経度情報を出力する地図情報処理装置やナビゲーション装置等から,緯度および経度の情報を受け付ける経度および緯度を受け付ける受付手段と,前記緯度および経度の情報を,数式に基づき緯度該当数値と経度該当数値に変換する変換手段と,変換した情報を出力する出力手段とからなる,地図上の位置情報表示コンピュータシステム。」

【相違点】

本願発明は,「変換手段」が「前記緯度および経度の情報を,下記数式に基づき緯度入力値を緯度Owa率へ変換,経度入力値を経度Owa率へ変換する」(数式:省略)ものであり,「変換した情報を出力する出力手段」が「変換した緯度該当数値OWPと経度該当数値OWQとして10進法で表示出力する」のに対し,引用発明は,「変換手段」が「前記緯度および経度の情報を,下記数式に基づき整数値に変換する整数化手段」(数式:省略)であって,「前記整数値を,文字列中の位置に対して,必ず数字のみが表示される位置と,必ず数字以外の文字が表示される位置とが,所定パターンで配列されている文字列,に変換する文字列化手段」を備え,「変換した情報を出力する出力手段」が「前記文字列を,地理的座標を表す固有コードとして,出力する」点。

【相違点についての判断】

ア 上記相違点は,「変換手段」が用いる「数式」が異なるとともに,引用発明は,「変換手段」に加えて「文字列化手段」を備え,「文字列」を,「地理的座標を表す固有コード」としていることである。そして,「数式」に係る相違点は,引用発明のものは,「45697600」を乗じており,かつ,緯度について「360」ではなく「180」で除する点である。

イ データ処理を行う際に,データを利用しやすくすることを目的として,0~1の範囲となるようにデータを線形変換すること,すなわち,正規化又は規格化と呼ばれる処理を行うことは,本件出願前に周知の技術である。

ウ 本願発明においては,緯度及び経度の情報が,0~1の範囲となるように正規化処理が行われ,一方,引用発明において,整数化処理に際して,データの範囲が0~45697600(67602)であり,かつ,該データの範囲の中心が緯度0°,経度0°となっていることから,データの範囲は0~1ではないものの,正規化処理に類似した処理が行われているといえる。

エ 引用発明において,「45697600」を乗じているのは,整数化処理後の文字列化処理に対応させるためであり,また,文字列化処理は,文字列を用いることによって桁数を圧縮するためである。そして,緯度・経度を入力する場合には通常数字のみを用いており,数字はテンキーのみで入力できるという自明のメリットも有するのであるから,桁数を圧縮するかどうか,すなわち,文字列化するかどうかは,当業者がそのメリット・デメリットを勘案して適宜選択できる事項というべきである。

してみると,桁数を圧縮することなく整数化すること,すなわち,文字列化処理を省略して,「45697600」に代えて,他の適宜の数値として,例えば「1億(100000000)」を乗じて8桁の整数とすることは,当業者が適宜なし得た設計的事項である。

オ 地図上の地点を特定する際に,座標軸(座標の原点とスケール)をどのように設定するかは,当業者が適宜決定できる単なる設計的事項にすぎない。

カ 上記のことから,引用発明において,整数化処理及び文字列化処理に代えて,変換値が0~1の範囲となる,正規化処理を行うことは,当業者が上記イの周知技術に基づいて適宜なし得たことである。

キ 上記オのとおり,地図上のスケールは当業者が適宜変更できる事項であるから,正規化処理を行う際に,緯度について,経度と同様に,360で除するか,あるいは,南緯90°を0,北緯90°を1とするべく180で除するかは,当業者が適宜選択・決定できる設計的事項である。

ク したがって,引用発明において,上記相違点に係る構成となすことは,当業者が容易になし得たことである。

第3原告主張の審決取消事由

(原告主張の取消事由の項目立てを,その内容に即して以下のとおり整理する。)

1  取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)

審決が,本願発明と引用発明との対比において,「(引用発明の)「固有コード」は「文字列」であるから,「緯度該当値・経度該当値」に相当するといえる。また,緯度・経度を表す際に,度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法のいずれかで表すことは,当業者に自明の事項であり,「キーボード,他のコンピュータプログラムの出力部,又は地図画面上で地点を指定することにより緯度および経度情報を出力する地図情報処理装置やナビゲーション装置等」から「緯度および経度の情報」を入力することも,当業者にとって自明の事項である。」(10頁15行~22行)と判断したのは,下記のとおり誤りである。

すなわち,引用発明の「固有コード」は「文字列」であり,本願発明の「緯度該当値・経度該当値」に相当するものではなく,また,緯度・経度を表す際に,度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法のいずれかで表すことについて,本願発明は,緯度・経度を変換した緯度該当数値OWPと経度該当数値OWQとして10進法で表示出力するものであり,このように10進法の表現を度分秒表示の緯度・経度の全部に適用することは,当業者にとって自明の事項ではなく,本願発明の独自性を示すものである。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り1)

審決は,引用発明において,「整数化処理及び文字列化処理に代えて,変換値が0~1の範囲となる,正規化処理を行うことは,当業者が上記イの周知技術に基づいて適宜なし得たことである。」(13頁29行~31行)としているが,正規化処理という抽象概念の下に引用発明と本願発明を同一視するもので,誤りである。

すなわち,正規化又は規格化と呼ばれる処理を,審決にあるように,データ処理を行う際に,データを利用しやすくすることを目的として0~1の範囲となるように線形変換することとしても,引用発明は,本願発明とは異なり,0~1の範囲となるようにデータを線形変換するものではないので正規化処理を行うものではなく,よって,正規化処理が周知の技術であっても,引用発明から本願発明が周知技術に基づいて適宜なし得たとする判断は誤りである。

また,審決において,正規化又は規格化と呼ばれる処理を行うことは,本件出願前に周知の技術であるとして,特表2001-503545号公報(19頁4行~15行),特開平10-145590号公報(【0023】),特開平9-145869号公報(【0011】),特開平9-97350号公報(【0026】),特開平6-4795号公報(【0026】)を挙げている(13頁1行~6行)が,これら参考公報は,その多くは特許になっているものであり,正規化するその内容によっては周知の技術ではなくなることを示している。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り2)

審決が,「地図上のスケールは当業者が適宜変更できる事項であるから,正規化処理を行う際に,緯度について,経度と同様に,360で除するか,それとも,南緯90°を0,北緯90°を1とするべく180で除するかは,当業者が適宜選択・決定できる設計的事項である。」(13頁32行~14頁1行)と判断したのは,誤りである。

すなわち,地図上のスケールは,その地図の内容・性格を決定する重要事項であり,当業者が適宜変更できる事項に該当するものではない。本願発明では,緯度・経度共に360度で表現され,緯度・経度による180度:360度=1:2の問題が360度:360度=1:1になり,数的な処理が緯度・経度の位置情報を含めての10進法で変換し,簡単,単純,明解に表示できる。また,本願発明の目盛りは,0から1までの,基本的にはアナログ表現(デジタル表現とは違う意味を持たせた連続的な数表現)であり,アナログ表現のため位置情報を表記する場合,少数点以下3桁でも8桁でもあるいは16桁でも表記することが可能である。つまり,本願発明は,座標を表す基本が序数(物の順序を表す数)由来ではなく数値由来である。

これに対し,引用発明の基本となる考え方は,文字と数字による文字列で緯度及び経度を表す地理的座標変換方法であり,[(文字1)(文字2)(数字3)][(文字4)(文字5)(数字6)]の字列を利用する。これらの字列の組合せ種類は,字列の種類の総数=6760×6760=45697600となる。この45697600の数値は,引用発明の基本をなす数値であって,他の数値に変わり得るものでない。

4  取消事由4(相違点についての判断の誤り3)

審決が,「本願発明が前提とする正距円筒図法によれば,高緯度になるほど東西方向が拡大されて,地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないのであるから,「配送の実作業において地図に配送地点を書き込む時」の「作業効率」が高いとはいえない。」(14頁16行~19行)と判断したのは,誤りである。

すなわち,本願発明での作業効率とは,地点の特定化をいい,本願発明の主目的もこの地点の特定化に特化している。そして,正距円筒図法は,あくまで地図上は東西方向と南北方向との距離を等しいものとしていて,実際の距離とは食い違い,実際の距離に対比すると高緯度になるほど東西方向が拡大される。ただし,地図上の地点,つまり特定座標系において,地点を表す数値及び文字コードあるいは数字と文字の複合コードを知るのに,地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないから 地点の位置情報が取得しにくいということはない。

そもそも,実際距離との差,地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないということと,地点の位置情報が取得しにくいということは関係がないのである。

5  取消事由5(顕著な作用効果の看過)

(1)  審決が,「本願発明の効果は,引用例に記載された事項及び周知技術から予測し得る程度のものであって,格別のものではない。」(14頁35行~36行)と判断したのは,誤りである。

すなわち,本願発明の式である,「緯度該当数値OWP=0.5+P/360経度該当数値OWQ=0.5+Q/360」の効果は,以下のとおりである。

① 緯度,経度をひとつの形式に統一し,緯度経度の座標系を複雑にしている北緯・南緯・東経・西経をなくした。

② 他の座標系に多々ある,地図の座標系をいくつかに分割しないでブロックに分けるという形態を排除した。

③ 連続的ないわばシームレスな表現をできる(東経180度,西経180度(日付変更線)近辺はシームレス性は実現できないが,これは限りのある球面座標系としてはやむを得ない。)。

本願発明においては,紙の地図1枚あればおおよその位置情報が特定できるのに対し,引用発明においては,1つの区画が26分割であり,例えば,誰が目安でF=6番目,M=14番目の位置を示せるだろうか。本願発明の座標系が描かれている地図と定規があれば,各自が要求する位置情報がわかるのであり,これは他の座標系にはない特徴である。

また,携帯電話やナビの機器などから緯度・経度を知れば,電卓でも計算でき,場合によっては紙による筆算でも本願発明の位置情報は求めることができる。このことは,本願発明の位置情報の特徴である独創的式(単純に見えるが今まで何世紀の間日の目を見ない式)である。

さらに,本願発明の式は,全10進法から導き出された,世界をまとめ上げる座標系の世界標準となるものでもあり,本願発明は,世界統一郵便番号の実現にも寄与するのである。

(2)  本願発明は,簡単,単純,明解に位置情報を表示でき,地点の特定がしやすくものであり,実際の伝達効果作業を行った実地テスト(甲7の1~3,以下,枝番号を省略する。)においても,位置情報を伝達する作業の作業効率が高いことが明らかであった。

第4被告の反論

1  取消事由1に対し

審決は,「引用発明の「固有コード」は「文字列」であるから,「緯度該当値・経度該当値」に相当するといえる。」,「引用発明の「前記緯度および経度の情報を,整数値に変換する」における「整数値」は,本願発明の「(入力値か引数を度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法の緯度・経度とした場合の)緯度該当数値・経度該当数値」に相当する。」と認定したのであって,引用発明の「固有コード」は,本願発明の「「緯度該当値・経度該当値」に相当する,又は引用発明の「固有コード」は,本願発明の「緯度該当数値・経度該当数値」に相当すると認定してはいない。

引用発明は,緯度及び経度の入力値の単位が「小数点付きの度」であり,緯度及び経度を度分秒表示するものではないから,そもそも度分秒表示の点は,本願発明と引用発明との一致点と何ら関係がない。

なお,緯度・経度を表す際に,度分秒で表すことのほかに,小数を伴う度数のみでの表示を行うことも当該技術分野における周知・慣用の事項である。また,度分秒表示の場合,度以下の分秒が60進法であるため10進法による数値計算に適さないことから,必要に応じ,度分秒表示と,度以下10進法の表示とで相互に変換することも,当業者に自明の事項である。

2  取消事由2に対し

「正規化」が,多くの分野で使われている技術用語であったとしても,審決における「正規化」の意味は明らかであって,かつ,周知文献として提示したものにおいても,概ね「0~1の範囲となるようにデータを線形変換する」という意味で「正規化」という用語が用いられている。

そして,審決では,「緯度および経度の情報を,数式に基づき緯度該当数値と経度該当数値に変換する変換手段」を有する点で一致するとしたのであって,「正規化処理」を一致点としたものではないから,原告の主張は,審決を正解しないものである。

また,周知文献として例示したものが特許されているか否かは,周知技術であるか否かの立証とは無関係であり,特許されたとしても,各分野において,0~1の範囲となるようにデータを線形変換する構成,すなわち,正規化処理について進歩性があると判断されたものではないことは明らかである。

3  取消事由3に対し

本願発明は,小数点以下3桁,8桁,16桁という限られた桁数で表記するのであるから,連続した数表現ではなく,離散的な数値で表現するものであり,この点で引用発明とは何ら異なるものではない。

なお,引用例にも,「連続値である緯度および経度を整数値に量子化する際には,量子化誤差が発生するが」(段落【0083】)との記載があり,ここで「量子化」とは,「連続的な量を離散的な数値で表すこと」である(乙1)から,引用発明においても,「アナログ表現」及び「デジタル表現」が認識されているといえる。

また,本願明細書の記載によれば,本願発明において配送が能率的にできるのは,8桁×8桁の精度の値を使用して,細かく位置を特定できるためと認められる。してみると,原告が主張する「本願発明は,緯度・経度共に360度で表現し,緯度・経度による180度:360度=1:2の問題が360度:360度=1:1になり,数的な処理が緯度・経度の位置情報を含めての10進法で変換し,簡単,単純,明解に表示できているので,地点の特定がしやすく,作業効率がよい」という点は,本願明細書に基づく主張ではない。

これに対し,引用発明において,「45697600」を乗じているのは,整数化処理後の文字列化処理に対応させるためであり,文字列化処理は,文字列を用いることによって桁数を圧縮するためである。そして,緯度・経度を入力する場合には通常数字のみを用いており,数字はテンキーのみで入力できるという自明のメリットも有するのであるから,桁数を圧縮するかどうか,すなわち,文字列化するかどうかは,当業者がそのメリット・デメリットを勘案して適宜選択できる事項というべきである。

さらに,本願発明においても,例えば,小数点以下の桁数を8桁とするのであれば,経度において,10000000分割することとなるのであるから,メッシュ構造により位置情報を,経度方向で「1番目」から「100000000番目」まで順番として表現したものといえ,位置情報を順番として表現する点で,引用発明と何ら異なるものではない。

4  取消事由4に対し

原告は,本願発明での作業効率とは,地点の特定化をいい,本願発明の主目的もこの地点の特定化に特化していると主張するが,引用発明においても,地点の特定化がなされており,また,通常用いられる地図は,縦横が同縮尺の地図であって(甲5の1~3),地図上の東西方向と南北方向の距離が等しくないような正距円筒図法による地図は日常用いられていないのであるから,作業効率がよいとの主張は根拠がない。

5  取消事由5に対し

緯度,経度をひとつの形式に統一したという点については,度分秒表示においても緯度を-90~+90,経度を-180~+180と統一的に表示することが周知であり,複雑さをなくしたという点については,引用発明においても度数表示をプラス数値のみの10進法表示に変換する技術思想を開示しているものであるから,いずれの点も,引用例に記載された事項及び周知技術から予測し得るものである。

また,本願発明と引用発明との対比において,原告が主張する「アナログ表現」か「デジタル表現」かという相違はなく,本願発明において,例えば,位置情報を小数点以下の桁数を8桁で表記することとすれば,世界地図は,1/2×100000000×100000000個のブロックに分割されるのであるから,「他の座標系のようなブロックに分割する形態を排除した」及び「連続的な,いわばシームレスな表現を可能とした」との原告の主張は失当である。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は,審決が,本願発明と引用発明との対比において,「引用発明の「固有コード」は「文字列」であるから,「緯度該当値・経度該当値」に相当するといえる。」(10頁15行~16行)と判断したことについて,引用発明の「固有コード」は「文字列」であり,本願発明の「緯度該当値・経度該当値」に相当するものではないから,誤りであると主張する。

そこで,検討するに,本願発明の「緯度該当数値・経度該当数値」は,特許請求の範囲の記載によれば,地球上及び地図上の位置表示として,緯度・経度を入力値か引数として演算装置を用いて求めるものと認められる。これに対し,引用発明の「文字列」は,引用例の記載によれば,地理的な座標を地図上などに表示するために,緯度及び経度を入力したコンピュータにより整数化処理及び文字列化処理という演算を行い求めるものと認められる。そうすると,引用発明の「文字列」は,地球上及び地図上の位置を表示するために,緯度及び経度を入力値としてコンピュータである演算装置を用いて求めるものであるという技術的役割を担う点で,本願発明の「緯度該当数値・経度該当数値」と共通することが明らかである。

審決は,引用発明の「文字列」が果たす本願発明と共通する上記の技術的役割に着目して,本願発明の「緯度該当数値・経度該当数値」の上位概念である「緯度該当値・経度該当値」に相当すると認定したものであり,引用発明の「文字列」と本願発明の「緯度該当数値・経度該当数値」とを同一視したものではないから,原告の主張は,審決を正解しないものであって,採用できない。

(2)  また,原告は,審決が,本願発明と引用発明との対比において,「緯度・経度を表す際に,度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法のいずれかで表すことは,当業者に自明の事項であり,「キーボード,他のコンピュータプログラムの出力部,又は地図画面上で地点を指定することにより緯度および経度情報を出力する地図情報処理装置やナビゲーション装置等」から「緯度および経度の情報」を入力することも,当業者にとって自明の事項である。」(10頁17行~22行)と判断したことについて,本願発明は,緯度・経度を変換した緯度該当数値OWP及び経度該当数値OWQとして10進法で表示出力するものであり,このように10進法の表現を度分秒表示の緯度・経度の全部に適用することは,当業者にとって自明の事項ではなく,本願発明の独自性を示すものであるから,誤りであると主張する。

しかし,審決は,本願発明が,「入力値か引数」として「度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法の緯度・経度」を用いることを前提とし,引用発明が,入力する情報を単に「緯度および経度」としていることから,両者が実質的に相違するかを検討し,緯度・経度を表す際に,度分秒表示の緯度・経度あるいは度以下10進法のいずれかで表示することは,当業者に自明の事項であり,両者が実質的に同一と判断したものである。これに対し,原告は,本願発明において演算を行った後に出力表示される緯度該当数値及び経度該当数値が10進法で表現されていることに独自性があると主張するものであるから,この主張は,審決の当該判断に沿わない反論であって,失当といわなければならない(本願発明において10進法で表現されて出力表示される緯度該当数値及び経度該当数値は,審決において相違点として認定され,別途その進歩性の有無が検討されている。)。なお,緯度・経度を表す際に,度分秒で表すことのほかに,小数を伴う度数のみでの表示を行う場合もあること自体は,当該技術分野における周知・慣用の事項である(本願明細書の段落【0016】及び【0020】の記載もこのことを示している。)。

2  取消事由2(相違点についての判断の誤り1)について

(1)  原告は,審決が,引用発明において,「整数化処理及び文字列化処理に代えて,変換値が0~1の範囲となる,正規化処理を行うことは,当業者が上記イの周知技術に基づいて適宜なし得たことである。」(13頁29行~31行)と判断したことについて,正規化処理という抽象概念の下に引用発明と本願発明を同一視するものであり,引用発明は,本願発明とは異なり,0~1の範囲となるようにデータを線形変換するものではなく正規化処理を行うものではないので,誤りであると主張する。

しかし,審決は,「データ処理を行う際に、データを利用しやすくすることを目的として、0~1の範囲となるようにデータを線形変換すること」(12頁末行~13頁1行)を,「正規化」又は「規格化」と読み替えた上,引用発明については,「整数化処理に際して,データの範囲が0~45697600(67602)であり,かつ,該データの範囲の中心が緯度0°,経度0°となっていることから,データの範囲は0~1ではないものの、正規化処理に類似した処理が行われているといえる」(13頁10行~13行)と認定したものであり,引用発明において変換処理されたデータの範囲が0~1ではなく0~45697600であることを踏まえた上で,本願発明と同様にデータを利用しやすくする目的のためにデータを線形変換していることから,「正規化処理に類似した処理」が行われていると判断したものである。

審決のこの判断過程に誤りはなく,原告の主張を採用することはできない。

(2)  また,原告は,審決が,正規化又は規格化と呼ばれる処理が本件出願前に周知技術であることを示すために例示した各種の公報(13頁1行~6行)について,その多くは特許になっているものであり,正規化するその内容によっては周知の技術ではなくなることを示していると主張する。

しかし,上記各公報は,データの内容にかかわらず正規化又は規格化と呼ばれる処理自体が普遍的な周知技術であることを示すために例示されたものであり,そのような正規化処理を踏まえて発想を得た技術思想は別次元のもので,これが特許されるか否かは別異の事柄であるから,原告の主張は失当であってこれを採用することはできない。

3  取消事由3(相違点についての判断の誤り2)について

(1)  原告は,審決が,「地図上のスケールは当業者が適宜変更できる事項であるから,正規化処理を行う際に,緯度について,経度と同様に,360で除するか,それとも,南緯90°を0,北緯90°を1とするべく180で除するかは,当業者が適宜選択・決定できる設計的事項である。」(13頁32行~14頁1行)と判断したことについて,地図上のスケールは,その地図の内容・性格を決定する重要事項であり,当業者が適宜変更できる事項に該当するものではないとした上,本願発明は,座標を表す基本が序数(物の順序を表す数)由来ではなく数値由来であり,その目盛りは,0から1までの,基本的にはアナログ表現(デジタル表現とは違う意味を持たせた。連続的な数表現)であると主張する。

しかし,本願発明において,経度について線形変換を行う際の係数を180ではなく360とすることによって,原告主張のように,緯度方向と経度方向とが1:1となるような係数に基づき線形変換した値によるスケールが略正方形で表示されるとしても,そのことによって用途に応じた精度で位置を特定できるようになるものではなく,例えば,スケールが略長方形で表示される場合と比較して精度の面において差が生じるものでないことは明らかである(なお,原告主張の「作業効率」においても差が生じることを裏付ける具体的要素の主張立証はない。)。

また,地図上に位置情報を数字により表示するに当たっては,どこまで詳細に表示するかという程度に応じて,おのずと一定の離散的な数表現とならざるを得ないものであって,常に連続的な数表現を行うことは困難であり,本願発明がアナログ表現であると認めることはできない。

したがって,審決の上記認定に誤りはなく,原告の主張を採用することはできない。

(2)  また,原告は,引用発明の基本となる考え方が,文字と数字による文字列で緯度及び経度を表す地理的座標変換方法であり,[(文字1)(文字2)(数字3)][(文字4)(文字5)(数字6)]の字列を利用し,その字列の組合せ総数は45697600となるものであり,この数値は引用発明の基本をなす数値であって,他の数値に変わり得るものでないと主張する。

しかし,引用発明は,アルファベットを用いた26進法による2桁と10進法による1桁からなる混合基数による記数法による3桁の文字列(6760通りの値を表現可能)を2つ組み合わせることによって6760×6760=45697600通りの値を表現できることを前提として,45697600を乗ずるものであるところ,引用例の記載(【0005】,【0023】~【0025】,【0064】)によれば,引用発明が採用した桁によって基数が異なる「混合基数記数法」は,情報量を減らすことなく桁数を圧縮したものといえるのであるから,桁数の圧縮を考慮しなければ,アルファベット以外の文字を基数として用いた記数法や,10進法や26進法以外のN進法を基数として用いた記数法を採用できるだけでなく,一般的な10進法による整数を用いた表示も可能と解される。そうすると,引用発明における45697600という具体的な数値には限定されるべき必然性がなく,それ以外の他の数値を採用することも設計的事項ということができる。

したがって,原告の主張を採用することはできない。

4  取消事由4(相違点についての判断の誤り3)について

原告は,審決が,「本願発明が前提とする正距円筒図法によれば,高緯度になるほど東西方向が拡大されて,地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないのであるから,「配送の実作業において地図に配送地点を書き込む時」の「作業効率」が高いとはいえない。」(14頁16行~19行)と判断したことについて,正距円筒図法では,実際の距離に対比すると高緯度になるほど東西方向が拡大されるが,地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないということと,地点の位置情報が取得しにくいということは関係がないと主張する。

確かに,本願発明は,特許請求の範囲の記載から見て,位置情報を表示する地図がどのような図法によるかを特定するものでなく,しかも,正距円筒図法において,高緯度になるほど東西方向が拡大されて地図上の東西方向と南北方向との距離が等しくないことが,本願発明を実施して地図上の地点の特定を行う際の「作業効率」を向上させないことと,どのように関連するのかも明らかでないから,審決の上記認定は,特許請求の範囲に沿うものでないといわなければならない。

しかし,前記1ないし3で判示したように,審決における引用発明の認定に誤りはなく,引用発明において,整数化処理及び文字列化処理に代えて変換値が0~1の範囲となる正規化処理を行うことは,当業者が周知技術に基づいて適宜なし得たことであり,また,地図上のスケールは当業者が適宜変更できる事項であるから,正規化処理を行う際に,緯度について経度と同様に360で除するか,南緯90°を0,北緯90°を1とするべく180で除するかは,当業者が適宜選択・決定できる設計的事項である。したがって,引用発明において,前記相違点に係る構成を採用することは,当業者が容易になし得たことといえる。また,本願発明が,引用発明及び周知技術から予想し得ない格別の効果を有するものでないことは,後記5のとおりである。

そうすると,本願発明が正距円筒図法を前提とするから「作業効率」が高いとはいえないとした前記審決の判断が,本願発明を正解するものでないとしても,作業効率が向上する構成についての原告の主張はないから,本願発明の進歩性が認められるものではない。取消事由4の主張は,審決を取り消すべき事由には該当しないものといわなければならない。

5  取消事由5(顕著な作用効果の看過)について

(1)  原告は,本願発明の有する効果として,①北緯・南緯・東経・西経をなくした,②地図の座標系を分割しないでブロックに分けるという形態を排除した,③連続的なシームレスな表現をできる,などと主張する。

上記の各効果が本願明細書に記載されたものといえるかはさておき,引用発明においても,緯度及び経度の情報を統一的な形式の位置情報に変換して表示するものであり,座標系がブロックに分けられるものでもない。また,引用発明において,文字列による表示に代えて10進法による整数を用いた表示を行うことが設計的事項であることは,前示のとおりであり,そのような整数により表示された場合,用途と表示精度に応じたシームレスな位置が表現されるものであることは,当業者が容易に推測できることである(なお,原告が主張する連続的なシームレスな表現が,地図上に位置情報を表示するに際し常に連続的な数表現を行うことを意味するものであるとすると,これに基づく効果が本願発明の奏する効果といえないことは,前記3(1)の説示から明らかである。)。

したがって,原告が主張する上記の効果が,当業者が容易に推考できない格別のものということはできない。

(2)  また,原告は,実際の伝達効果作業を行った実地テスト(甲7)において,本願発明を実施した場合の位置情報を伝達する作業の作業効率が高いことが明らかであったと主張する。

しかし,甲7の実験は,引用発明の方式(ロカポ方式)で記載された4組の文字列と本願発明の方式(OWA方式)で記載された4組の数字列との間での情報伝達(転記,パソコンへの入力,携帯電話への入力,電話を介しての読上げ及び書込み)の速度比の測定及び評価を行った結果であるところ,引用発明の方式と本願発明の方式とを単純に比較しただけでは,本願発明が奏するとされる顕著な効果が裏付けられるものではない。すなわち,引用発明は,情報量を減らすことなく桁数を圧縮するという観点からアルファベットを表示として使用するものであり,このようにアルファベット入力が介在する場合と介在しないで数字のみを入力使用する場合とにおいて情報伝達速度に差が生ずることは,当業者が通常予測する範囲内にとどまり,桁数を圧縮せずに10進法の整数のみを用いて表示を行えば原告の主張する作業効率が向上することは明らかであるから,上記の実験において差が生じたことだけで,本願発明の構成に特有の格別な効果があるとすることはできない。

したがって,原告の主張は採用できず,また,上記の説示に照らしてみれば,原告が本願発明による格別な効果として他に主張する点も,容易想到性なしとすべきまでの効果の裏付けとなるものではない。

第6結論

以上によれば,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)

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