大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10081号 判決 2011年9月27日

原告

株式会社モンテローザ

訴訟代理人弁理士

中畑孝

市橋俊一郎

三田大智

被告

株式会社三陽物産

被告

株式会社三井商事

被告ら訴訟代理人弁理士

丹羽宏之

西尾美良

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1原告の求めた判決

特許庁が無効2010-890051号事件について平成23年1月28日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,被告らの請求に基づき原告の商標登録を無効とした審決の取消訴訟である。争点は,本件商標と引用商標1~3の類否である(商標法4条1項11号)。

1  原告は,本件商標権者である。

【本件商標】

モンテローザカフェ(標準文字)

・ 登録第5198979号

・ 指定役務

第43類:飲食物の提供,飲食物の提供に関する指導・助言・情報の提供,会議のための施設の提供

・ 出願日 平成19年7月20日

・ 登録日 平成21年1月23日

被告らは,本件商標の指定役務中,第43類「飲食物の提供,飲食物の提供に関する指導・助言・情報の提供」についての登録を無効とする旨の商標登録無効審判請求をした(指定役務中「会議のための施設の提供」は請求の対象ではない。)。

特許庁は,同請求を無効2010-890051号事件として審理した上,平成23年1月28日,被告らの請求を認容する旨の審決をし,その謄本は同年2月7日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

本件商標中「カフェ」の文字は,その指定役務中「飲食物の提供,飲食物の提供に関する指導・助言・情報の提供」との関係においては,「カフェにおける飲食物の提供」であること等,役務の提供場所あるいは提供する役務の質(業種)を表示した文字部分であり,自他役務の識別標識としての機能は極めて弱いか,若しくは果たし得ないものといえることから,本件商標は,その構成中「モンテローザ」の文字部分が独立して自他商品の識別標識としての機能を果たすものである。そうすると,本件商標は,「モンテローザ」の文字部分に相応して,単に「モンテローザ」の称呼,「スイスとイタリアの国境にそびえるアルプス山脈中の高峰であるモンテローザ」との観念が生ずる。

下記引用商標1~3からは「モンテローザ」の称呼,「アルプス山中の高峰であるモンテローザ」の観念が生ずる。

よって,本件商標と引用商標1~3は,称呼及び観念を共通にする類似の商標である。

また,本件商標の指定役務中「飲食物の提供,飲食物の提供に関する指導・助言・情報の提供」は引用商標の指定役務と同一又は類似である。

したがって,本件商標は,商標法4条1項11号に該当する。

【引用商標1】(商標登録第3112185号)

file_2.jpgfee eS・ 指定役務

第42類:茶・コーヒー・ココア・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供

・ 出願日 平成4年9月30日

・ 登録日 平成8年1月31日

・ 商標権者 被告株式会社三陽物産

【引用商標2】(商標登録第3112184号)

file_3.jpg・ 指定役務

第42類:茶・コーヒー・ココア・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供

・ 出願日 平成4年9月30日

・ 登録日 平成8年1月31日

・ 商標権者 被告株式会社三井商事

【引用商標3】(商標登録第3112183号)

file_4.jpgMONTE ROSA・ 指定役務

第42類:茶・コーヒー・ココア・清涼飲料又は果実飲料を主とする飲食物の提供

・ 出願日 平成4年9月30日

・ 登録日 平成8年1月31日

・ 商標権者 被告株式会社三井商事

第3原告主張の審決取消事由

1  取消事由1(本件商標の認定の誤り)

審決の本件商標に対する認定は,本件商標をその構成中前半の「モンテローザ」の文字部分と後半の「カフェ」の文字部分に分離して解せねばならない合理的事情が存することを前提として成立するものである。しかし,本件商標を「モンテローザ」と「カフェ」とに分離して解さなければならない格別の理由は存在せず,本件商標に対する審決の認定は誤りである。

(1)  外観について

本件商標は「モンテローザカフェ」の片仮名文字を同じ書体,かつ同じ大きさで一連に横書きして成り,「モンテローザ」と「カフェ」の間にスペースが存在せず,また二段書きのように分離書きされておらず,外観上まとまりよく一体的に構成されている。そのため,本件商標を「モンテローザ」と「カフェ」の二語に分離し,ことさらに「モンテローザ」のみを抽出して観察すべき格別の理由は存しない。

(2)  観念について

本件商標は,上記構成から明らかなように,「モンテローザ」と「カフェ」の二語に分離して解釈しなければならない格別の理由はないから,「モンテローザカフェ」で一体不可分のイメージを醸成するものである。

仮に,審決が認定したように,「カフェ」の文字が「主としてコーヒーその他の飲料を供する店。珈琲店。喫茶店。」等を意味するとしても,我が国の取引実情では,「カフェ」の文字は珈琲店,喫茶店等の店名を表示する際の接尾語として普通に使用されているから,「モンテローザカフェ」の文字は,構成全体として屋号,店名等を表した一体不可分のものと認識されるものである。

また,本件商標構成中の「カフェ」の文字部分が「主としてコーヒーその他の飲料を供する店。珈琲店。喫茶店。」等を意味するとしても,我が国において,現在では「カフェ」にも様々な態様が存在し,「ショップインカフェ」・「インターネットカフェ」・「カフェバー」等の複合化・専門化した新たな業態が次々と創出されている上,平成12年ころの「カフェブーム」を経て,「カフェ」の文字は単に業態を定義する語ではなく,需要者に「一定のお洒落なイメージ」,「画一的でないオリジナルなイメージ」等を期待させるに至っている。これらの取引実情を考慮すれば,審決のように「カフェ」が単なる役務の提供場所,質を意味する語であるとして,消去法的にその余の文字部分に自他役務識別標識としての機能があると認定すべきではない。「カフェ」又は「CAFE」の文字を採用した商標が「珈琲店」,「コーヒー店」,「喫茶店」又は「喫茶」を採用した商標に比して多いことからすれば,「カフェ」の文字が単に業態を定義せず,他の語と共に一体不可分のイメージを醸成する語として定着しているというべきである。

さらに,「モンテローザ」の文字のみを観察しても,この文字に自他役務識別標識としての機能がないことは,「モンテローザ」が「アルプス山脈中の高峰」の名称,すなわち「外国の自然地名」であること,原告及び被告ら以外が経営する「モンテローザ」を店名とする飲食店が多数存在することからも明らかである。

加えて,引用商標1~3は,平成4年の役務商標制度創設時である平成4年9月30日に出願し登録されたものであり,平成4年9月30日以前から「モンテローザ」を店名とする飲食店を経営していた者は商標法附則(平成3年法律第65号)3条規定の権利に基づいて商標「モンテローザ」を飲食店名として使用できるとともに,原告も,その創業者であり代表者でもある A が1975(昭和50)年にパブレストラン「モンテローザ」を開店したことにはじまり,平成4年9月30日時点で少なくとも50店以上の店舗を「モンテローザ」の店舗として経営していた事実から,上記権利に基づいて商標「モンテローザ」を飲食店名として使用できる権原を有するのであり,これらの点からも「モンテローザ」の文字に自他役務識別標識としての機能が備わっていないことは明白である。

むしろ,原告の現在における飲食店業界,すなわち本件指定役務における業界での地位からすれば,原告が「モンテローザ」の文字を使用した場合には,この「モンテローザ」の文字は「原告の略称」を指すものとして事実上定着しているものである。すなわち,原告は,昭和58年(1983)年に設立され,現在では全国に居酒屋を中心とした店舗を1800店以上展開し,居酒屋業界において,他の追随を許さずトップの地位にある企業である。また,上記居酒屋以外にも多種多様の飲食店を展開しており,飲食店業界全体においても有数の売上高である約1380億円を誇り,従業員数2863名,アルバイト従業員数2万5178名を抱える企業である。しかも,上記1800を超える店舗は直営展開であり,「株式会社モンテローザ」として大規模に広告活動を行っているものであり,当然に各店舗は「モンテローザ(原告の略称)の店舗」として全国的に周知となっている。原告の略称「モンテローザ」もアルプス山脈中の高峰たる「MONTE ROSA」を由来としたものではあるが,上記の取引実情を踏まえれば,原告が「モンテローザ」の文字を使用した場合には,これに接した取引者・需要者は「モンテローザ」が「単なる自然地名」を指すものではなく「原告の略称」を指すと容易に認識,理解すると見るのが相当である。そのため,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においても,多種多様の業態を経営する原告の略称「モンテローザ」のみで取引されるのは不自然であり,自ずと「モンテローザカフェ」で一体不可分の観念が生ずるものである。

(3)  称呼について

本件商標はその構成文字全体に相応する「モンテローザカフェ」の一連の称呼のみをもって取引に資されるものであって,単に「モンテローザ」の称呼は生じない。

また,「モンテローザカフェ」の称呼は冗長でもなく淀みなく一連に称呼し得るものであり,「カフェ」が接尾語として付加されていることが屋号,店名等として重要なのであるから,わざわざ「カフェ」の称呼を省略すると判断すること自体が失当である。

さらに,「モンテローザ」の文字に自他役務識別標識としての機能は備わっておらず,むしろ「原告の略称」と需要者・取引者は認識,理解するから,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においても,多種多様の業態を経営する原告の略称「モンテローザ」のみで称呼されるのは不自然であり,自ずと「モンテローザカフェ」で一連の称呼が生ずることは明らかである。

2  取消事由2(引用商標3の認定の誤り)

審決は,引用商標3について,「図形と,『MONTE ROSA』の欧文字からなるところ,図形部分と欧文字部分とはこれらを常に一体不可分のものとして認識しなければならない事情は認められないことから,欧文字部分が,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たし得る」と認定した(10頁4行~7行)。

しかし,引用商標3は,商標構成全体の中央に「×の図形」を配置し,この「×の図形」を人の四肢に見立て,顔に相当する位置に「斜線を付した五角形の図形」を配置し,この「五角形の図形」の上方に「王冠の図形」を配置するとともに,手に相当する位置にそれぞれ「三点」を配置し,「×の図形」の下方に「MONTE ROSA」の欧文字を一般書体で小さく横書きし,上記各図形と欧文字部分とを円で囲って成る商標である。このように,引用商標3は図形部分と欧文字部分とが緊密に把握される構成から成り,これを指定役務に使用した場合,これに接する取引者・需要者が顕著に表された図形部分を一切無視することは想定しがたく,全体構成として把握するとみるのが相当である。

また,引用商標3は,その構成の大部分を占める図形部分,すなわち円で囲まれた「×の図形」,「五角形の図形」,「王冠の図形」および2か所の「三点」から成る「人の図形」から生ずる観念,称呼を主として生じ,上記図形部分よりもはるかに小さく表示される「MONTE ROSA」の欧文字部分が独立して自他役務識別標識としての機能を発揮するとはいえず,該欧文字部分のみから観念,称呼が生ずることは想定しがたいものである。このことは,被告株式会社三井商事が引用商標3の実際の使用に際し,あえて「MONTE ROSA」の欧文字部分を削除し,代わりに引用商標2「モンテローザ」を添えて使用していることからも認められる(甲32)。

3  取消事由3(本件商標と引用商標との類否判断の誤り)

(1)  審決は,本件商標と引用商標1~3は「外観において区別して認識される場合があるとしても,称呼及び観念において同一又は類似の商標である」(10頁18行~19行)とした。

しかし,本件商標の「モンテローザカフェ」の一連構成と引用商標1及び2の「モンテローザ」の一連構成を見誤るおそれはないし,本件商標の構成と引用商標3の上記「図形と文字とが緊密に把握される構成」を見誤るおそれもない。

また,本件商標は「モンテローザカフェ」で一体不可分のイメージを醸成するものであり,しかも現在では「原告経営のカフェ」との観念をも生ずるものであるのに対して,引用商標1及び2は「アルプス山脈中の高峰であるモンテローザ」との観念を生じ,引用商標3は「円で囲まれた図形部分」から主として観念を生ずるものであり,本件商標と引用商標1~3とは判然と区別し得るものである。

さらに,本件商標は「モンテローザカフェ」の一連の称呼が生ずるのに対して,引用商標1及び2は「モンテローザ」の称呼を生じ,引用商標3は「円で囲まれた図形部分」から主として称呼を生ずるものであり,本件商標と引用商標1~3は聞き誤るおそれはないものである。

以上のとおり,本件商標と引用商標1~3は外観,観念,称呼のいずれにおいても顕著な差異があり,両者は同一または類似の役務に使用しても役務の出所を混同する程度に紛れ得るとは認めがたい。したがって,本件商標と引用商標1~3を同一または類似の役務に使用するとしても,両者は非類似であり,審決の類否判断は誤りである。

(2)  審決は,「簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合しているものと認められない商標は,常に必ずしもその構成部分全体の名称によって称呼,観念されず,しばしば,その一部だけによって簡略に称呼,観念され,一個の商標から二個以上の称呼,観念の生ずることがあるのは,経験則の教えるところである。」との昭和38年12月5日最高裁判決(昭和37年(オ)第953号)を引用する(10頁33行~11頁2行)。

しかし,前記取消事由1のとおり,本件商標は「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合している商標」であり,本件において上記判示を適用することはできない。

(3)  さらに,審決は,「複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品または役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されない。」(11頁2行~8行)とした。

しかし,審決が引用商標1~3と比較している本件商標の「モンテローザ」の文字部分は「取引者,需要者に対し商品または役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる」ものではない。すなわち,前記のとおり,「モンテローザ」の文字は「単なる外国の自然地名」であるとともに,我が国のいたるところで飲食店名として使用されているものであり,かつ,商標法附則に基づく先使用権を有する者が多数存在しているため,該「モンテローザ」の文字は独立して自他役務識別標識としての機能を果たし得ない。

また,本件商標の「モンテローザ」の文字部分以外の「カフェ」の文字部分は「出所識別標識としての称呼,観念が生じない」ものとはいえない。すなわち,前記のとおり,我が国の取引実情において,現在では「カフェ」と一口にいっても様々な態様が存在し,平成12年ころの「カフェブーム」を経て,単に業態を定義する語ではなく,需要者に「一定のお洒落なイメージ」,「画一的でないオリジナルなイメージ」等を期待させるに至っており,「カフェ」の文字が接尾語として使用された場合には,その前の文字と一体不可分に出所識別標識としての機能を発揮し称呼,観念が生ずるものであり,一切「出所識別標識としての称呼,観念が生じない」ものではない。

さらに,本件商標の「カフェ」の文字部分が単独では「出所識別標識としての称呼,観念が生じない」ものであるとしても,上記最高裁判決の判示の上記部分は本件に適用すべきではない。なぜなら,本件は「抽出した部分」,すなわち「モンテローザ」の文字部分が自他役務識別標識としての機能を果たすとはいえず,該「モンテローザ」の文字部分がそれ以外の「カフェ」の文字部分と一体不可分のものと認識されることにより,初めて自他役務識別標識としての機能を果たし得る事案であるからである。

第4被告らの主張

1  取消事由1に対し

本件商標構成中の「カフェ」部分は,指定役務との関係から,出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められるため,「モンテローザ」と「カフェ」を分離して判断するのが相当である。

(1)  外観につき

本件商標は,片仮名で表記された「モンテローザカフェ」であり,「カフェ」部分は,役務の質を表示しているにすぎないので,出所識別標識とする部分は,「モンテローザ」にあることは明白である。

(2)  観念につき

ア 被告らは「モンテローザ」関連の商品商標を有している。すなわち,被告株式会社三陽物産は,「第30類 菓子,パン」について商標登録第794404号「モンテローザー」(甲7の1,2),商標登録第4853906号「モンテローザ/Monte Rosa」(甲8)の各商標を有し,被告株式会社三井商事は,「第30類 茶,コーヒー,ココア,氷/第32類 清涼飲料,果実飲料」について商標登録第1572585号「モンテローザ」(甲10の1,2),「第30類 コーヒー/第32類 コーヒーシロップ」について商標登録第2393684号「カフェモンテローザ」(甲11の1,2)を有している。これらの登録商標の態様は本件商標と同一又は類似のものであり,指定商品は「第43類 飲食物の提供」で提供される「飲食物」そのものであって,本件商標の「カフェ」部分から生じる最大の観念である「喫茶店」で提供される主要な商品である。つまり「モンテローザ」商標は,被告らが役務と商品との両面から権利を強固にしてきたものであり,本件商標「モンテローザカフェ」は,これに接する需要者にとって,被告らが商標権を有する「『モンテローザ』商品を提供する喫茶店又はレストラン」であると認識されるものである。

イ 原告は,我が国において「カフェ」の文字部分が単に業態を定義する語ではなく,様々な業態が存在し,「一定のお洒落なイメージ」「画一的でないオリジナルなイメージ」が生じると主張するが,「カフェ」から生じる観念は,あくまでも「主としてコーヒーその他の飲料を提供する店。珈琲店。喫茶店。」等であり,本件商標の指定役務中「飲食物の提供」との関係において,自他役務の識別標識としての機能を果たし得ない部分であることは明白である。

したがって,本件商標中「モンテローザ」文字部分は,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たし得るものであって,「ばら色の山」「スイスとイタリアの国境にそびえるアルプス山脈中の高峰であるモンテローザ」という極めて顕著な観念を生ずるものであり,本件商標の指定役務と密接に関連する指定商品との関係から,「被告らが商標権を所有する『モンテローザ』商品を提供する店舗」である観念も生じるのである。

ウ なお,原告は,商標法附則(平成3年法律第65号)3条の規定をもって,「モンテローザ」を飲食店名として使用できると主張しているが,この規定は,「この法律の施行の日から6月を経過する際現にその商標の使用をしてその役務に係る業務を行っている範囲内において,その役務についてその商標の使用をする権利を有する。」というものであり,この法律の施行の日から6月を経過する際,すなわち平成4年9月30日時点での業務範囲を超えて商標を使用することは認められていない。原告の代表者が,昭和50(1975)年に営業を開始したパブレストラン「モンテローザ」店舗が,平成4年9月30日時点で営業していたのであれば,あくまでもこの店舗についての継続的使用権が認められるのであって,平成4年9月30日時点で経営していたとされる50以上の店舗の店舗名は,「モンテローザ」ではなく,「居酒屋/白木屋」(商標登録第3007708号)(乙1)であることから,これらの店舗について「モンテローザ」の商標を使用する権利は認められない。

また,商標法32条の「先使用による商標の使用をする権利」の適用を受けるためには,引用商標の出願時である平成4年9月30日時点で原告の「モンテローザ」商標が周知である必要があるが,この時点で原告の「モンテローザ」商標が周知であった事実は見出せない。

(3)  称呼につき

本件商標は,カタカナで表記された「モンテローザカフェ」であるが,「カフェ」部分は役務の質を表示しているにすぎないので,出所識別標識とする部分は,「モンテローザ」にあることは明白である。したがって,本件商標と引用商標とは称呼について同一又は類似の商標であるということができる。

2  取消事由2に対し

原告は,引用商標3が図形部分と欧文字部分とが緊密に把握される構成から成り,これに接する取引者・需要者が顕著に表された図形部分を一切無視することは想定しがたく,全体構成として把握すると見るのが相当であると主張するが,簡易,迅速をたっとぶ取引の実際においては,全体構成として把握せず,「MONTE ROSA」文字部分が,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たしうるものであることは明らかである。

なお,被告株式会社三井商事が引用商標3の実際の使用において,「MONTEROSA」部分を削除していると主張するが,このことは,本件商標と引用商標3との類否とは何ら関連がない。

3  取消事由3に対し

審決による本件商標と引用商標との類否判断に何ら誤りはなく,本件商標の要部が「モンテローザ」部分にあることは明らかである。

なお,原告は,「モンテローザカフェ」が「原告経営のカフェ」である観念が生じると主張するが,前記のとおり,本件商標の指定役務と密接に関連する指定商品との関係から,「被告らが商標権を所有する『モンテローザ』商品を提供するカフェ」である観念こそが生じ,「モンテローザカフェ」に接した需要者にとって,まさに出所の混同を生じさせるものである。

審決が引用する昭和38年12月5日最高裁判決の説示があるところ,前記のとおり,本件商標「モンテローザカフェ」は,役務の質を表す「カフェ」のみが付された態様であることから,まさに「各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分に結合していると認められない商標」であるため,「モンテローザ」部分が分離して観察されることは明らかである。

さらに,前記のとおり,①「モンテローザ」の文字部分には,「ばら色の山」「スイスとイタリアの国境にそびえるアルプス山脈中の高峰であるモンテローザ」という極めて顕著な観念を生ずるものであり,かつ本件商標の指定役務と密接に関連する指定商品との関係から,「被告らが商標権を所有する『モンテローザ』商品を提供する店舗」である顕著な観念が生じること,②「カフェ」の文字部分は役務の質を表すものであることから,「出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合」に該当することから,「モンテローザ」の文字部分が,独立して自他役務の識別標識としての機能を果たし得るものであるとする審決の認定に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件商標の認定の誤り)について

(1)  本件商標は,「モンテローザカフェ」の片仮名文字を標準文字で書して成るものであり,「モンテローザ」と「カフェ」の二つの文字部分の結合から成っている。

このような文字商標と他の商標との類否判断をする場合,文字商標の一部分の文字だけを抽出することができるのは,その部分が出所識別標識として強く支配的な印象を与えるときや,それ以外の部分からは出所識別機能としての称呼,観念が生じないときなどに限られるところ(最高裁平成20年9月8日裁判集民事228号561頁〔つつみおひなっこや事件〕),本件商標構成中の「モンテローザ」の文字部分は,スイス・イタリアの国境にそびえるアルプス山脈中の高峰である「モンテ‐ローザ(Monte Rosa)」(イタリア語で「ばら色の山」の意)を意味する語であり,「カフェ」の文字部分は,「主としてコーヒーその他の飲料を供する店,珈琲店,喫茶店」を意味する語である。そして,「モンテローザカフェ」が「モンテローザ」と「カフェ」の二つの語から成ることは容易に理解できるところ,「カフェ」の語は,我が国に多数存在する「主としてコーヒーその他の飲料を供する店,珈琲店,喫茶店」を意味する語として一般に定着している業態名であって,本件商標の指定役務との関係では役務を提供する場所,あるいは提供する役務の質(業種)を示すものとして,自他役務の識別標識としての機能は弱く,原則としてそこに出所識別機能としての称呼,観念は生じないと認められる。

一方,「モンテローザ」の文字部分は,上記のとおり,アルプス山脈中の山の名前を意味する語であり,外国の自然地名ではあるが,具体的にイタリアの山の名前であることを知らない者にとっても,語感の響きから何となくヨーロッパの地名に由来するような印象を与えるしゃれた語であって,日本に多数存在する喫茶店の別名として定着している「カフェ」の業態を特定ないし識別する部分ということができるから,役務の自他識別標識として強く支配的な印象を与え,その機能を果たし得るものと認められる。

そうすると,本件商標は,「モンテローザ」の文字部分と「カフェ」の文字部分を一体として観察することが取引上自然といえるまでに結合していると認めるのは相当でなく,むしろ,自他識別標識としての機能を果たし得ると認められる「モンテローザ」の部分を抽出して,引用商標との類否判断をするのが相当である。

(2)  原告は,本件商標を「モンテローザ」と「カフェ」の二語に分離し,ことさらに「モンテローザ」のみを抽出して観察すべき格別の理由は存しないとか,「カフェ」の語は他の語と共に一体不可分のイメージを醸成する語であり,構成全体として屋号,店名等を表したものと認識されるなどと主張するが,上記(1)の一般的検討を排して,原告主張のように認識されているような取引の実情を認めるべき証拠はない。原告の主張は,「カフェ」の文字に,業態定義だけでなく,「お洒落なイメージ」「画一的でないオリジナルなイメージ」の期待を持たせるものである。なるほど個別具体的な商標によってはそのような意味合いが「カフェ」の文字から印象づけられる場合のあることも否定できないが,あくまでも個別具体的な場合にとどまり,本件商標の「カフェ」についてそのような印象を持たれるまでの実情のあることを認めるべき証拠はない。下記のとおり,「モンテローザ」の語が原告の略称として飲食店業界に相当程度に周知となっている可能性があるが,本件商標が当該喫茶店業界の範囲で周知となっていたことまでは認められず(甲33は広告原稿にすぎず,甲39,42をもってしてもその事実を認めることはできない。),「モンテローザカフェ」の本件商標について「カフェ」の部分に上記のような印象が持たれるに至る実情の裏付けとすることはできない。

なお,原告は,平成4年9月30日以前から「モンテローザ」を店名とする飲食店を経営していた者として,商標法附則(平成3年法律第65号)3条規定の権利に基づき,商標「モンテローザ」を飲食店名として使用できると主張するが,原告がかかる権利を有しているとしても,そのことをもって本件商標の「モンテローザ」の文字部分に自他役務識別標識としての機能が備わっていないとすることはできない。また,証拠(甲28~31)(枝番含む)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,昭和58年(1983)年に設立され,商号を「株式会社モンテローザ」とするものであり,本件商標を登録する旨の審決があった平成20年12月25日当時には,全国に居酒屋を中心とした店舗を1300店以上展開していたことが認められる。このことから,「モンテローザ」が原告の商号の略称として飲食店業界において相当に周知であり,アルプス山中の「モンテローザ」山のみならず,原告の商号の略称をも想起させるものであるといえるとしても,本件商標中,「モンテローザ」の文字部分が自他識別標識としての機能を果たし得るものであることに変わりはない。

(3)  以上より,原告の主張する取消事由1は理由がない。

2  取消事由3(本件商標と引用商標との類否判断の誤り)について

(1)  外観

引用商標1及び2は,いずれも「モンテローザ」の片仮名文字を横書きして成るものであるところ,上記1で判断したところによれば,本件商標の要部は「モンテローザ」の片仮名文字を横書きして成るものであって,引用商標1及び2は本件商標の要部とその外観が共通するから,引用商標1,2と本件商標とは,外観において近似した印象を与えるものであると認めることができる。

(2)  称呼及び観念

引用商標1及び2は,いずれも「モンテローザ」の片仮名文字を横書きして成るものであり,「モンテローザ」の称呼を生じ,知っている者にとっては,スイス・イタリアの国境にそびえるアルプス山脈中の高峰である「モンテローザ(Monte Rosa)」との観念が生じ,具体的に知らないまでも何となくしゃれたヨーロッパの地名との観念が生じる。

前記のとおり,本件商標中「モンテローザ」の文字部分を抽出して引用商標との類否判断をするのが相当であるところ,「モンテローザ」の文字部分から生じる称呼及び観念は引用商標1及び2と同様である。

そうすると,本件商標の要部と引用商標1及び2は,称呼及び観念において共通する。

なお,前記のとおり,原告が,昭和58年(1983)年に設立され,商号に「モンテローザ」の文字を含む株式会社であり,本件商標を登録する旨の審決がなされた平成20年12月25日当時には,全国に居酒屋を中心とした店舗を1300店以上展開していたことから,本件商標からは,原告の商号の略称も想起させるものであったとしても,「モンテローザ」からアルプス山中の「モンテローザ」山ないしヨーロッパの地名の観念が生じることには変わりはない。

(3)  小括

上記のとおり,本件商標と引用商標1及び2は,外観において近似した印象を与えるものであり,本件商標の要部と引用商標1及び2は,観念及び称呼を共通にするから,本件商標と引用商標1及び2は類似するものと認めることができる。

また,引用商標1及び2の指定役務と本件商標の指定役務中の「飲食物の提供,飲食物の提供に関する指導・助言・情報の提供」は同一又は類似のものである。

したがって,引用商標1及び2との関係において,本件商標が商標法4条1項11号に該当するとした審決の判断に誤りはない。

第6結論

以上より,その余の点(取消事由2,取消事由3のうち本件商標と引用商標3の類否判断の誤り)を判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。

よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 田邉実)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例