知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10084号 判決 2012年2月28日
原告
三菱重工業株式会社
訴訟代理人弁護士
辻居幸一
同
水沼淳
訴訟代理人弁理士
弟子丸健
同
渡邊誠
同
山本航介
被告
特許庁長官
指定代理人
山岸利治
同
川本眞裕
同
黒瀬雅一
同
所村陽一
同
芦葉松美
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が,不服2010-2500号事件について,平成23年1月24日にした審決を取り消す。
第2前提事実
1 特許庁における手続の経緯等
原告は,平成11年6月8日に出願した特願平11-161689号の一部を,平成19年2月28日に,発明の名称を「スクロール圧縮機,蒸気圧縮式冷凍サイクル,および車両用空調装置」とする新たな特許出願(特願2007-49901号。以下「本願」という。)としたが,平成21年10月23日付けで拒絶査定を受け,平成22年2月4日,これに対する拒絶査定不服の審判を請求した(不服2010-2500号事件)。
特許庁は,平成23年1月24日付けで「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月8日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲
平成21年1月19日付け手続補正による補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりである(甲4。以下,この発明を「本願発明」という。)。なお,上記補正後の本願の特許請求の範囲,明細書及び図面(甲1,甲4)を総称して,「本願明細書」ということがある。別紙本願明細書【図1】は,本願発明に係るスクロール圧縮機の一実施形態の縦断面図である。
【請求項1】
ケーシング内に,端板の一面側に渦巻状突起が形成された固定スクロールと,端板の一面側に渦巻状突起が設けられ,この渦巻状突起が前記固定スクロールの前記渦巻状突起と組み合わされて渦巻状の圧縮室を形成する旋回スクロールとを備え,前記旋回スクロールの旋回に伴い,前記ケーシング内に導入した作動ガスを前記圧縮室内で圧縮した後に吐出するとともに,前記作動ガスを二酸化炭素とした蒸気圧縮式冷凍サイクルに用いられるスクロール圧縮機において,
前記旋回スクロールの端板の厚さT2が,前記旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりも大きいことを特徴とするスクロール圧縮機。
3 審決の理由
(1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平8-261170号公報(甲11。以下「引用例1」という。引用例1記載の発明を,以下「引用例1発明」という。別紙引用例1【図1】は,この発明の実施例1を示す縦断面図である。),特開平11-148470号公報(甲12。以下「引用例2」という。),特開平4-301193号公報(甲13。以下「引用例3」という。),特開平11-94379号公報(甲14。以下「引用例4」という。),特開平9-287585号公報(甲15。以下「引用例5」という。),特開平3-253790号公報(甲16。以下「引用例6」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものである。
(2) 上記判断に際し,審決が認定した引用例1発明の内容,引用例1発明と本願発明の一致点及び相違点は以下のとおりである。
ア 引用例1発明の内容
密閉容器(1) 内に,台板(4) の一面側に固定渦巻歯(5) が形成された固定スクロール(2) と,台板(9) の一面側に揺動渦巻歯(11)が設けられ,この揺動渦巻歯(11)が前記固定スクロール(2) の前記固定渦巻歯(5) と組み合わされて渦巻状の圧縮室(10)を形成する揺動スクロール(8) とを備え,前記揺動スクロール(8) の旋回に伴い,前記密閉容器(1) 内に導入した冷媒ガスを前記圧縮室(10)内で圧縮した後に吐出する冷凍機,空気調和機等の圧縮機として使用されるスクロール圧縮機。
イ 引用例1発明と本願発明との一致点及び相違点
(ア) 一致点
「ケーシング内に,端板の一面側に渦巻状突起が形成された固定スクロールと,端板の一面側に渦巻状突起が設けられ,この渦巻状突起が前記固定スクロールの前記渦巻状突起と組み合わされて渦巻状の圧縮室を形成する旋回スクロールとを備え,前記旋回スクロールの旋回に伴い,前記ケーシング内に導入した作動ガスを前記圧縮室内で圧縮した後に吐出する蒸気圧縮式冷凍サイクルに用いられるスクロール圧縮機」である点。
(イ) 相違点
a 相違点1
本願発明は,「前記作動ガスを二酸化炭素とした」ものであるのに対し,引用例1発明は,「冷媒ガス」がどのようなものであるか不明である点。
b 相違点2
本願発明は,「前記旋回スクロールの端板の厚さT2が,前記旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりも大きい」のに対し,引用例1発明は,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係が不明である点。
第3当事者の主張
1 取消事由に係る原告の主張
審決には,(1) 相違点1の認定の誤り(取消事由1),(2) 相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2),(3) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その1(取消事由3),(4) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その2(取消事由4),(5) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その3(取消事由5)があり,これらは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決は取り消されるべきである。すなわち,
(1) 相違点1の認定の誤り(取消事由1)
審決は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,本願発明は,「前記作動ガスを二酸化炭素とした」ものであるのに対し,引用例1発明は,「冷媒ガス」がどのようなものであるか不明である点と認定した。
しかし,審決の認定は誤りである。
本願の出願当時,二酸化炭素(CO2)を作動ガスとして使用したスクロール圧縮機は実用化(製品化)されておらず,各メーカーにおいて試験研究中であった。このような状況の下で,当業者は,引用例1にスクロール圧縮機の作動ガス(冷媒ガス)が明細書中に明記されていない場合,作動ガスはフロンと理解する。
したがって,相違点1について,本願発明は,「前記作動ガスを二酸化炭素とした」のに対し,引用例1発明は,「冷媒ガス」がフロンであることと認定すべきであり,審決は,相違点1の認定に誤りがある。
(2) 相違点1に関する容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,「引用例1発明の冷媒ガスをどのようなものとするかは,所要特性,環境保護の要請等に応じて適宜選択し得る事項である。そして,引用例4には,・・・スクロール式圧縮・膨張機構で構成される冷凍空調装置の冷媒を二酸化炭素としたものが示されている。引用例1発明の冷媒ガスを二酸化炭素とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。」と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
ア 本願出願当時,スクロール圧縮機の作動ガスをフロンから二酸化炭素(CO2)に変更する場合,①二酸化炭素冷媒用冷凍機油の選定,②シール材(Oリング,シャフトシール)などに使用される高分子材料(高分子材料は二酸化炭素を透過し易く,漏れやすく,膨潤などの問題があった),③摺動性の低下(塩化物,フッ化物ができない),④圧力が高い,効率低下(漏れ,機械損失の増大,損失の多くを占めるスラスト軸受けの構造),⑤スクロールの押しのけ量,スクロール諸元,⑥材料の選定という,未解決な技術的課題が多く存在していた。
このような状況下で,当業者が,スクロール圧縮機の作動ガスを,所要特性,環境保護の要請等に応じて適宜選択できると判断することは誤りである。
イ 旋回スクロールにおいては,渦巻状突起(ラップ)が半径方向の力を受けて変形し,この渦巻状突起の変形により,端板が変形し,作動ガスが漏れ,性能低下の原因となっていた。
二酸化炭素を作動ガスとして使用するスクロール圧縮機においては,旋回スクロールの渦巻状突起(ラップ)は,主に二酸化炭素のガス圧により半径方向に変形し,渦巻状突起に作用する遠心力の影響は無視できる程度となるのに対し,フロンを作動ガスとして使用した引用例1ないし3,5,6に示されたスクロール圧縮機においては,圧縮室内に作用するガス圧は,二酸化炭素の場合に比べて相当小さな値となるため,遠心力による変形を考慮する必要がある。このように,作動ガスとしてフロンを使用した場合と二酸化炭素を使用した場合では,旋回スクロールの渦巻状突起に作用して変形の原因となる力の種類,大きさが異なっている。
したがって,引用例1発明の冷媒ガスを二酸化炭素とすることは,当業者といえども容易に想到し得たものではない。
ウ 引用例4には,二酸化炭素を作動ガスとして使用した冷凍空調装置が記載されており,この冷凍空調装置は,2台の圧縮機(圧縮機1a,他の圧縮機1b)を用いることにより,圧縮機全体の動力を小さくした装置である。引用例4の請求項3及び実施形態には,他の圧縮機としてスクロール圧縮機を使用することが記載されているが,スクロール圧縮機を使用したことによる固有の作用効果や問題点は記載されていない。
そうすると,引用例4は,旋回スクロールの端板が変形して圧縮室のシール性が低下し,圧縮室から作動ガスが漏れる等の本願発明の解決課題を示唆するものではなく,二酸化炭素を作動ガスとして使用した冷凍空調装置において,スクロール圧縮機が使用できることを示唆したものにすぎないと理解すべきである。
したがって,引用例4にスクロール圧縮機が記載されているからといって,引用例1に開示されたスクロール圧縮機の作動ガスとして二酸化炭素を用いることが容易とはいえない。
エ 以上のとおり,「引用例1発明の冷媒ガスをどのようなものとするかは,所要特性,環境保護の要請等に応じて適宜選択し得る事項である」とした審決の判断は誤りである。
(3) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その1(取消事由3)
審決は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,「引用例1には,・・・揺動渦巻歯(11)側の面に作用する圧縮室(10)の冷媒ガス圧と反揺動渦巻歯(11)側の面に作用する吸入圧との圧力差等により,揺動スクロール(8) の台板(9) に撓みが発生することが記載されており,・・・スクロール圧縮機の運転中にスクロール台板の撓みによって歯先端面に隙間が生じ,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大によって性能が低下するという問題点があることが記載されている。・・・引用例2には,・・・『固定台板104aの厚さをより厚く設定する』ことにより,固定スクロール104が補強され,固定スクロール104の変形が低減できることが示されており,また,引用例3には,・・・『スクロール部材』の『鏡板の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくする方策がある』ことが示されており,当業者であれば,これらの開示事項に基づいて,固定スクロールに限らず,一般に,スクロールの台板ないし鏡板を厚くすることによって該台板ないし鏡板の変形を低減し得るという事項を理解ないし看取することができる。引用例1に記載されている上記の問題点の解決のために,引用例2,3に示されている上記事項を適用することは,当業者が容易に想到し得た」と判断した。
しかし,審決の判断は誤りである。
引用例2には,旋回スクロールとは無関係の固定スクロールの端板に関する記載がなされ,引用例1,3には,旋回スクロールの端板の変形を抑制するために端板の厚みを増大させることは好ましくないという阻害要因が記載されているから,引用例1に記載されている問題点の解決のために,引用例2,3に示されている事項を適用することは,当業者にとって容易とはいえない。すなわち,
ア 引用例1の段落【0061】,【0062】には,揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)に作用する力により,揺動スクロール台板(9) の撓みが発生するが,この台板(9) の撓みの問題を,撓み量を考慮して予め揺動スクロール(8) の歯先形状を設定することにより解決したことが記載されているところ,台板の撓みを防止するために台板(9) の厚みを厚くするとの示唆はないから,当業者は,引用例1から,揺動スクロール台板(9) (=端板)の撓みが発生しても台板の厚みを厚くするのは好ましくなく,台板(9) の撓み量を考慮して揺動スクロール(8) の歯先形状を設定するのが好適であると理解する。
イ 引用例2の段落【0004】,【0005】,【0015】,【図13】には,固定スクロール104の固定台板104a(=端板)は,固定スクロール歯104bが焼き付いて運転不能になる,変形が生じるという問題があったが,固定台板104aの厚さをより厚くすることにより,固定スクロール104が補強されるとともに,固定スクロール104の温度が均一化され,その変形が低減でき,固定スクロール歯104bが運転不能になることを防止したことが示されている。上記は,高圧室103aに接する固定スクロール104に固有の問題であり,高圧室103aと接しない可動スクロール106とは無関係であるから,当業者が,引用例2の記載内容から,旋回スクロールの端板を厚くしようと試みることはない。
ウ 引用例3の段落【0003】,【図1】には,固定スクロールと旋回スクロールが,ともに同じ方向にほぼ同じ速度で回転する同期回転形スクロール圧縮機について,スクロール部材が回転するため,スクロールラップ(=渦巻状突起)に遠心力が作用し,鏡板(=端板)に対してモーメント荷重として作用し,鏡板にスクロールラップ側を内側に凸状に弓なりの変形が生じることが記載される。しかし,二酸化炭素を作動ガスとしたスクロール圧縮機において,端板の変形に影響するのは主に圧縮室の内圧であり,スクロールラップに作用する遠心力の影響は殆どないので(甲19),引用例3に記載されたスクロール部材の遠心力による鏡板の変形は,本願発明とは無関係である。
加えて,引用例3の段落【0004】には,スクロール部材の鏡板の厚さを増して剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,スクロール部品の重量が重たくなり,同期回転させることができなくなるという問題があり,鏡板の厚さを増すことは好ましくないことが記載され,かつ,段落【0049】,【図2】には,実施例の第一のものとして,スクロール部材の鏡板の厚さを増すことなく,鏡板の裏面に環状の突出部1k,2kを設けることにより,鏡板1aと2aの曲げ剛性を増大させ,鏡板の面外からの外力が加わっても鏡板の変形が小さく抑えられるようにしたことが記載されている。そうすると,引用例3には,旋回スクロールの端板を厚くすることへの阻害要因が記載されていると理解すべきである。
エ 以上のとおり,審決の相違点2に関する容易想到性の判断は誤りである。
(4) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その2(取消事由4)
審決は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,引用例1発明において,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲(「前記旋回スクロールの端板の厚さT2が,前記旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりも大きい」)を充足するものとすることは,運転条件その他に応じて適宜設計する事項であると判断した。
しかし,審決の認定は誤りである。
すなわち,上記(1) のとおり,引用例1ないし3,5,6記載のスクロール圧縮機の作動ガスはフロンと解されるところ,本願出願当時の技術常識によれば,フロンを作動ガスとするスクロール圧縮機の「旋回スクロールの端板の厚さの渦巻突起の高さに対する比の値」は,0.17~0.4程度のものと理解される(甲20,21)。そうすると,引用例3の【図1】,【図5】,【図14】,引用例5の【図1】,【図9】,及び,引用例6の第5図に「旋回スクロールの端板の厚さの渦巻突起に対する高さに対する比の値」が1程度のものが記載されているとしても,それは作図上の便宜であり,当業者は,当該記載のようには理解しないから,引用例3,5,6の図面の記載に基づいて相違点2に関する容易想到性を判断することは誤りである。
審決は,引用例3,5,6の図面から正確な寸法関係を抽出することはできないとする一方,これらの図面において「『台板』等の厚さと『揺動渦巻歯』の高さがほぼ同等に描かれている」と認定し,引用例1発明において,揺動スクロール(8)の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲を充足するものとすることは,運転条件その他に応じて適宜設計する事項にすぎないと認めたものであるから,誤りである。
(5) 相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その3(取消事由5)
審決は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,「『旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2』を基準として『旋回スクロールの端板の厚さT2』と『旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2』との比で表わすことに格別の技術的意義があるとは認められない」,「本願明細書の【0031】ないし図3をみても,『0.9』という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められない」として,引用例1発明において,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲を充足するものとすることは,適宜設計する事項であると判断した。
しかし,審決の認定,判断は誤りである。
本願発明は,①多数存在する旋回スクロールの設計パラメータの中で,指示効率に強い影響を与えるファクターが,旋回スクロールの剛性の指標となる端板の厚さT2と渦巻状突起に作用する荷重の大きさの指標となる渦巻状突起の高さH2の比(T2/H2)であること,②上記の比(T2/H2)の値を0.9よりも大きくすることにより効果的に指示効率を向上できることを見出した点に特徴がある。
上記①の技術的知見は,引用例1ないし6のいずれにも開示,示唆されていない。また,そうである以上,当業者が旋回スクロールの有限要素解析を行ったとしても,計算された指示効率を「端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)」との関係で整理するとは考えられず,上記②の知見に容易に想到することはできない。
そして,上記②について,旋回スクロールの端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)と,指示効率ηiの間には,別紙図10に示される関係が成立する。同図の油シールを考慮した実線の曲線は,本願明細書の【図3】(甲1。別紙図3のとおり。)と実質的に同じものであり,旋回スクロールの端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)が約0.9以下になると指示効率が急激に低下することを示している(ただし,別紙図10では,漏れ損失以外の損失を0と仮定している。)。また,別紙図10における油シールを考慮した曲線と考慮していない曲線を比較すると,油シールを考慮した場合において,特に,比(T2/H2)が約0.9以下になると急激に指示効率が低下している。これは,渦巻状突起の間の隙間が油シールで充填できる大きさである場合には,隙間からの作動ガスの漏れが僅かであるのに対して,隙間が油シールで充填できない大きさになると,漏れの様式が変化し,漏れが急激に増加するためである。このように,指示効率は,比(T2/H2)=約0.9において,臨界的に変化することがわかる。
なお,指示効率の具体的な値は,スクロール圧縮機の回転数により変化するが,比(T2/H2)の値が約0.9以下になると急激に指示効率が低下するという傾向は,どの回転数においてもほぼ同じであり,本願明細書の図3において指示効率の具体的な値が記載されていないのは,指示効率の具体的な値が回転数により変化するという点を考慮し,指示効率の一般的な傾向を示すことを意図したためである。
したがって,「『旋回スクロールの端板の高さT2』と『旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2』との比で表すことに格別の技術的意味は認められない」,「『0.9』という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められない」とした審決は誤りである。
2 被告の反論
以下のとおり,審決には取り消されるべき誤りはない。
(1) 取消事由1(相違点1の認定の誤り)に対し
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,「本願発明は,『前記作動ガスを二酸化炭素とした』ものであるのに対し,引用例1発明は,『冷媒ガス』がフロンであるとした点」と認定すべきである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
引用例1には作動ガスの種類について具体的な記載や示唆はなく,引用例1の記載事項が実用化(製品化)されているものに一義的に限定されると解すべき特段の理由もない。
また,仮に,当業者が,引用例1の作動ガスについて,ある種の特定のものを想起するとしても,引用例1に特に記載がない以上,それに特定されない発明として認定したことに誤りはない。
さらに,仮に,引用例1の作動ガスが一義的にフロンを意味するとしても,引用例1発明の冷媒ガス(作動ガス)を二酸化炭素にすることは当業者であれば容易に想到し得たから,相違点1の認定に誤りがあるとしても,審決の結論に影響はない。
(2) 取消事由2(相違点1に関する容易想到性判断の誤り)に対し
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,引用例1発明の冷媒ガスを二酸化炭素とすることは当業者が容易に想到し得たとした審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
引用例4には,スクロール式圧縮・膨張機構で構成される冷凍空調装置の冷媒を二酸化炭素としたものが示されている。また,引用例4の記載から,スクロール圧縮機の作動ガスとして二酸化炭素が使用可能なことが理解できることは原告も認めている。さらに,作動ガス圧力により端板が変形し作動ガスが漏洩することは,一般的な解決課題(例えば,引用例1の段落【0061】,引用例2の段落【0015】,引用例3の段落【0004】)であり,技術常識ないし当業者に自明である。
したがって,引用例1発明に,引用例4記載の事項を適用することにより,作動ガスを二酸化炭素とすることは,当業者にとって,通常の創作活動の範囲内である。
引用例1発明の作動ガスに二酸化炭素を適用した製品が存在しないこと,本願発明に未解決の課題が残されていること等が,引用例1発明に,引用例4記載の事項を適用して,二酸化炭素を用いることの妨げになるものではない。
原告は,作動ガスがフロンの場合と二酸化炭素の場合では力の作用・態様が異なる旨主張する。しかし,二酸化炭素の場合に圧力を高めるという技術常識からすれば,そのような差異が生じることは当然であり,いずれの場合であっても,作動ガス圧力により端板が変形し作動ガスが漏洩する課題がある点において異ならないから,引用例4記載の事項を適用することの阻害要因とはならない。
以上のとおり,相違点1について,環境保護等の観点から,引用例1発明に引用例4の事項を適用して,引用例1発明の作動ガスとして二酸化炭素を想到することは容易になし得たとした審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由3(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その1)に対し
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点2について,引用例1に記載されている問題点の解決のために,引用例2,3に示されている事項を適用することは,当業者が容易に想到し得たとした審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 引用例1には,原告主張のような「揺動スクロール(8) の歯先形状」について記載されておらず,「台板の厚みを厚くすることが好ましくない」との記載や示唆もない。揺動スクロール(8) の台板(9) に撓みが発生したり,台板の撓みによって歯先端面に隙間が生じ,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大により性能が低下するという引用例1記載の問題点(課題)に接した当業者が,公知や周知の解決手段を検討して選択することは通常期待される創作活動であって,引用例1記載の揺動スクロール(8) の歯先形状の設定という解決手段のみに拘泥するとはいえない。
イ 引用例2には,「固定台板104aの厚さをより厚く設定する」ことにより,固定スクロール104が補強され,その変形が低減できることが示されており,台板を厚くすることによりその変形が低減できる点においては,揺動スクロール(旋回スクロール)の場合も異ならないから,引用例1発明の問題点(課題)である揺動スクロール(本願発明の「旋回スクロール」に相当する。)の台板(本願発明の「端板」に相当する。)の撓み変形を解消するために,引用例1発明の揺動スクロールに引用例2の上記事項を適用することは,当業者にとって容易である。
ウ 引用例3の段落【0004】には,「スクロール部材」の「鏡板の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくする方策がある」ことが示されており,そのような方策に伴う問題が生じ得る場合として記載されているのは,鏡板の厚さを「相当に大きく」したときのみである。鏡板の厚さを「相当に大きく」することに伴う問題点は,例えば,その重量増大にかんがみてモータの性能・容量等を適宜選択することによって,容易に解決し得るものであり,上記問題点がスクロール圧縮機の作動を不可能とするものではないから,「阻害要因」とはならない。
そうすると,引用例3には,スクロール部材(本願発明の「旋回スクロール」に相当する。)の鏡板(本願発明の「端板」に相当する。)の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくする方策が示されているから,引用例1発明の問題点(課題)である揺動スクロールの台板の撓み変形を解消するために,引用例3の上記事項を適用することは容易になし得る。
(4) 取消事由4(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その2)に対し
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,引用例3,5,6の図面から正確な寸法関係を抽出することはできないとする一方,これらの図面において「『台板』等の厚さと『揺動渦巻歯』の高さがほぼ同等に描かれている」と認定し,引用例1発明において,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲を充足するものとすることは,運転条件その他に応じて適宜設計する事項であるとした審決の判断には誤りがある旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
引用例3,5,6において,「台板」等の厚さと「揺動渦巻歯」の高さがほぼ同等に描かれている。その図面の記載から正確な寸法関係を抽出することはできないが,上記図面の開示事項は,相違点2に係る本願発明の事項である「0.9倍よりも大きい」という数値範囲が容易想到であることの根拠の一つとなる。
また,原告は,他社製品が旋回スクロールの端板の厚さの渦巻突起の高さに対する比の値は0.17~0.4程度のものであるから,引用例3,5,6の図面に当該比の値が1程度のものが記載されているとしても,当業者は旋回スクロールの端板の厚みをそのようなものとは理解しない旨主張する。しかし,本願発明の数値範囲を満たしていない製品例があるからといって,端板を厚くすれば端板の変形を防止し得るという自明の技術思想と相反するものではなく,その技術思想に基づく設計を排斥するものでもない。他社製品に上記のようなものがあったとしても,本願出願時において,各社のスクロール圧縮機が同程度の比の値であったことは裏付けられないし,当該比の値を採用することが当業者にとって必須であったことを示すものでもない。
(5) 取消事由5(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その3)に対し
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,「『旋回スクロールの端板の高さT2』と『旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2』との比で表すことに格別の意味は認められない」,「『0.9』という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められない」とした審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
原告は,本願発明が,①多数存在する旋回スクロールの設計パラメータの中で,指示効率に強い影響を与えるファクターが,旋回スクロールの剛性の指標となる端板の厚さT2と渦巻状突起に作用する荷重の大きさの指標となる渦巻状突起の高さH2の比(T2/H2)であること,②上記の比(T2/H2)の値を0.9よりも大きくすることにより効果的に指示効率を向上できることを見出した点に特徴があるとする。
しかし,上記①,②のいずれについても格別の技術的意義はない。
ア 上記②について,固定スクロール及び旋回スクロールの変形・撓みによって漏洩損失が発生し得るという点は,上記(2) のとおり,一般的な課題であり,本願明細書の段落【0028】,【図3】の記載からみて,本願発明の旋回スクロールの端板の厚さT2が旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の「0.9倍よりも大きい」という数値範囲は,その下限値(0.9倍)に格別顕著な技術的意義がなく,上限値がない広範な構成を包含するものである。
本願明細書及び図面において,その他の影響因子に依存しない下限値であるとの説明がされているわけではないから,下限値に技術的意義があるとはいえない。
原告は,別紙図10の油シールを考慮した実線の曲線が,本願明細書の【図3】と実質的に同じものであるとして,本願発明に特有の効果がある旨を主張する。しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,別紙図10の実線の曲線と本願明細書の【図3】の曲線を比較すると,両図の横軸のスケールは大体同じであるにもかかわらず,「旋回スクロールの端板の厚さT2」と「旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2」との比が0.9付近及びそれ以上である場合のグラフの動向が大きく異なり,図10の実線の曲線は【図3】の曲線と同等とはいえない。本願明細書の【図3】の曲線は,むしろ,別紙図10の油シールを考慮していない一点鎖線の曲線に類似し,急激に指示効率が低下していない。
また,本願明細書の【図3】からは,本願発明が,T2/H2が0.9以下になると指示効率が急激に低下するという根拠は見出し得ない。同図は,下限値として一義的に捉え得るほどに0.9近傍で急峻ではない上,H2=16.7mmの場合の実験結果にすぎず,H2がそれ以外の値の場合の実験結果は示されていない。仮に,【図3】から下限値0.9に何らかの意義があるとしても,本願発明に高さH2=16.7mmという事項を追加限定した一実施例が有する意義にすぎない。
さらに,T2/H2の数値範囲には上限値が特定されていないから,端板の変形を低減しようとするときは端板を厚くすればするほど望ましいという当然ないし自明の事項を特定したものと,当業者は理解する。そして,引用例3(特に段落【0004】)には,隙間を小さくするために,鏡板の厚さをラップに比して相当大きくするという解決策が記載されているから,端板の変形防止のために端板を厚くするという自明の技術手段を採用して,本願発明の上記の数値範囲を充足する構成に想到することは当業者にとって容易になし得たことである。
イ 上記①については,高さH2=10mmと固定し,厚さT2をパラメータとして変化させたものにすぎず,それ以外の任意の高さH2について上記①の知見が当てはまるのかどうか明らかではない。原告は,「有限要素解析を行ったとしても,指示効率を比T2/H2との関係で整理するとは考えられない」旨主張するが,本願明細書には,指示効率が厚さT2,高さH2の個別の値に関係なく,比T2/H2が強い影響を与えるとする根拠についての記載ないし示唆がない上,隙間が端板の厚さ(その無次元化量)と関係が深いことは技術常識ないし当業者に自明であるから(例えば,引用例2の段落【0015】,引用例3の段落【0004】),原告の主張は本願明細書に基づかないものであり,失当である。
また,T2/H2が0.9より大きいとした場合,旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の値が小さければ,端板の厚さT2の値について,端板の変形を防止して所要の指示効率を得るために必要な厚さT2の値よりも小さいT2の値を広範に包含することになる。加えて,本願発明では,旋回スクロールの端板の径の大きさ等の他の重要なファクターについても特定されていない。
したがって,本願発明の「旋回スクロールの端板の厚さT2が,旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりも大きい」との事項に格別の技術的意義はない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,以下のとおり,原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はないと判断する。すなわち,
1 取消事由1(相違点1の認定の誤り)について
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,「本願発明は,『前記作動ガスを二酸化炭素とした』ものであるのに対し,引用例1発明は,『冷媒ガス』がフロンであるとした点」と認定すべきである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
(1) 認定事実
引用例1(甲11)には,以下の記載がある。
【請求項1】 密閉容器に配置されて台板及びこの台板の一側に配置された固定渦巻歯が設けられた固定スクロールと,この固定スクロールの径方向及び回転方向変位を拘束し軸方向に変位可能に上記密閉容器に支持する支持手段と,上記密閉容器内に設けられて上記固定渦巻歯に対向して配置された台板及びこの台板に設けられた上記固定渦巻歯と係合して圧縮室を形成する揺動渦巻歯が装備され,駆動されて上記固定スクロールに対して揺動運動する揺動スクロールと,上記固定スクロールを上記揺動スクロールに押圧して上記固定渦巻歯の歯先端面を対向した部材に押付ける押圧手段とを備え,上記歯先端面押付け力をFtp ,上記歯先端面押付け力の反力位置半径をrtp ,上記固定スクロールに作用する半径方向力をFrd ,上記固定渦巻歯の歯高中央から上記支持手段までの軸方向距離を1としたとき1×Frd =rtp×Ftp なる関係に関連部材が構成されたスクロール圧縮機。
【0001】【産業上の利用分野】 この発明は,揺動スクロール及び固定スクロールが設けられて冷凍機,空気調和機等の圧縮機として使用されるスクロール圧縮機に関する。
【0007】 従来のスクロール圧縮機は上記のように構成され,電動機が通電されると軸(19)により揺動スクロール(8) が駆動される。これにより,固定渦巻歯(5) と揺動渦巻歯(11)によって形成された圧縮室(10)の容積が渦巻歯の外周から内周に向かって減少する。そして,低圧の冷媒ガスが圧縮室(10)へ流入し圧縮されて,高圧の冷媒ガスとなり固定スクロール(2) の吐出ポート(7) から送出される。
【0016】【発明が解決しようとする課題】 ・・・従来のスクロール圧縮機において,運転中の固定渦巻歯(5) の歯先端面押付け反力位置を確定して,それに基づいたモーメントの釣り合いに従った固定スクロール(2) の背圧押付け力の設定が行われていない。また,・・・固定スクロール(2) の吐出圧による固定渦巻歯(5)側への台板(4) における中央部の突出湾曲及び温度差による熱膨張による台板(4)の撓みの相殺を考慮して渦巻歯の歯高が設定されるものの,揺動スクロール(8) 台板(9) の撓み分の相殺を考慮して渦巻歯の最外側寄りも低い歯高にすることは行われていない。
【0017】 このため,スクロール圧縮機の運転中にスクロール台板の撓みによって歯先端面に隙間が生じ,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大によって性能が低下するという問題点があった。また,歯先端面押付けの反力位置が変わることによって押付け力不足となり固定スクロール(2) にばたつきが発生する。また,歯先端面押付けの反力位置の移動を許容するような背圧力を設定した場合には,不必要に過大な歯先端面押付け力となって歯先摺動損失,スラスト損失が増加するという問題点があった。
【0018】 この発明は,かかる問題点を解消するためになされたものであり,スクロールの熱膨張,渦巻歯の歯先端面押付け力及び冷媒ガス圧によって生じる台板の撓みに対して,渦巻歯の歯先端面隙間の分布を適正に保ち,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大が抑制されたスクロール圧縮機を得ることを目的とする。また,渦巻歯の歯先端面押付け力を必要最小限に設定することにより歯先とスラストの摺動損失の少ないスクロール圧縮機を得ることを目的とする。
(2) 判断
上記(1) 認定の事実によれば,引用例1において,揺動スクロール及び固定スクロールが設けられたスクロール圧縮機が冷凍機,空気調和機等の圧縮機として使用されること(【0001】),従来のスクロール圧縮機において冷媒ガスを圧縮室に流入させ,これを圧縮することが行われていること(【0007】),引用例1記載の発明は,スクロール圧縮機の運転中にスクロール台板の撓みによって歯先端面に隙間が生じ,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大によって性能が低下する等の問題点を解決課題とし,スクロールの熱膨張,渦巻歯の歯先端面押付け力及び冷媒ガス圧によって生じる台板の撓みに対して,渦巻歯の歯先端面隙間の分布を適正に保ち,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大が抑制されたスクロール圧縮機を得ること等を目的とすること(【0016】ないし【0018】)が記載され,当該スクロール圧縮機において冷媒ガスが用いられることが示唆されている(【請求項1】)。しかし,引用例1には,冷媒ガス(本願発明において,冷媒ガスが「作動ガス」に当たることについては争いがない。)の種類,条件等を特定する記載ないし示唆はないから,引用例1発明において,冷媒ガスがフロンであるといえないことはもとより,どのようなものであるかも限定されていない。
したがって,相違点1について,本願発明は,「前記作動ガスを二酸化炭素とした」ものであるのに対し,引用例1発明は,「冷媒ガス」がどのようなものであるか不明である点とした審決の認定に誤りはない。
これに対し,原告は,相違点1に関して,引用例1発明を,「冷媒ガス」をフロンであると認定すべきである旨主張する。しかし,原告の主張は,採用できない。すなわち,引用例1には,作動ガスの種類に関して,何らの記載又は示唆がないから,「冷媒ガス」を「フロン」であると認定することは,妥当を欠くというべきである。したがって,審決が,引用例1発明について,「冷媒ガス」がどのようなものであるか不明であるとした点に誤りはない。
2 取消事由2(相違点1に関する容易想到性判断の誤り)について
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点1について,引用例1発明の冷媒ガスを二酸化炭素とすることは当業者が容易に想到し得たと判断した審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
(1) 認定事実
ア 本願明細書(甲4)には,以下の記載がある。
【0003】 近年,環境保護の観点から,蒸気圧縮式冷凍サイクルにおいて,冷媒の脱フロン対策の1つとして,作動ガス(冷媒ガス)として二酸化炭素(CO2)を使用した冷凍サイクル(以下,CO2サイクル)が提案されている(例えば,特許文献1参照)。このCO2サイクルの作動は,フロンを使用した従来の蒸気圧縮式冷凍サイクルと同様である。すなわち,・・・圧縮機で気相状態のCO2を圧縮し・・・,この高温圧縮の気相状態のCO2を放熱器(ガスクーラ)にて冷却する・・・。そして,減圧器により減圧して・・・,気液相状態となったCO2を蒸発させて・・・,蒸発潜熱を空気等の外部流体から奪って外部流体を冷却する。
【0005】【特許文献1】 特公平7-18602号公報
イ 引用例4(甲14)には,以下の記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,二酸化炭素を冷媒として使用する冷凍空調装置に関するものである。
【0002】【従来の技術】 従来,この種の二酸化炭素(CO2)を冷媒として使用する冷凍空調装置として図4に示す冷凍空調装置が一般的に知られている。
【0004】【発明が解決しようとする課題】 ・・・CO2冷媒を使用する冷凍空調装置で,大気に熱放出を行う方式のものにあっては,外気温度が高いときでも所定の冷凍能力を確保するために,高い吐出圧力が得られる圧縮機が必要となる。
【0007】 従って,外気温度が高いときでも十分に室内を冷房等できるようにするには,圧縮機1として冷凍能力の大きいものを設置する必要があり,圧縮機1の駆動動力の割には効率の悪いものとなっていた。
【0008】 本発明の目的は前記従来の課題に鑑み,圧縮機全体の動力を大きくすることなく,かつ,冷凍効果が向上する冷凍空調装置を提供することにある。
【0018】 この冷凍空調装置はCO2を冷媒として使用するもので,・・・一方の圧縮機(以下,第1圧縮機という)1a,第1放熱器2a,他方の圧縮機(以下,第2圧縮機という)1b,第2放熱器2b,膨張機構3a及び蒸発器4を順次冷媒管5で接続し,CO2冷媒を第1圧縮機1→第1放熱器2a→第2圧縮機1b→第2放熱器2b→膨張機構3a→蒸発器4→第1圧縮機1aと順次循環し,蒸発器4の吸熱作用により室内冷房を行っている。・・・
【0019】 このように構成された冷凍空調装置において,・・・第2圧縮機1b及び膨張機構3aは共にスクロール式の圧縮・膨張機構を採用している。・・・
(2) 判断
上記(1) 認定の事実によれば,引用例4には,スクロール式圧縮・膨張機構で構成される冷凍空調装置の冷媒として二酸化炭素を用いることが記載されていること,本願明細書にも,環境保護の観点から,蒸気圧縮式冷凍サイクルにおいて,冷媒の脱フロン対策の1つとして,作動ガス(冷媒ガス)として二酸化炭素を使用することが公知文献に記載されている旨示唆されていることが認められる。
そうすると,作動ガス(冷媒ガス)に関する限定のない引用例1発明において,環境保護の観点等を考慮して,作動ガス(冷媒ガス)を適宜選択して二酸化炭素とし,本願発明の構成に想到することは,当業者にとって容易というべきである。
これに対し,原告は,①本願出願当時,スクロール圧縮機の作動ガスをフロンから二酸化炭素に変更する場合,未解決な技術的課題が多く存在していた,②作動ガスをフロンとした場合と二酸化炭素とした場合では,旋回スクロールの渦巻状突起(ラップ)に作用して変形の原因となる力の種類,大きさが異なる,③引用例4は,旋回スクロールの端板が変形して圧縮室のシール性が低下し,作動ガスが漏れる等の本願発明の解決課題を示唆する記載がなく,二酸化炭素を作動ガスとして使用した冷凍空調装置において,スクロール圧縮機が使用できることを示唆したにすぎないとして,スクロール圧縮機の作動ガスとして二酸化炭素を用いることが容易とはいえない旨主張する。
しかし,原告の主張はいずれも失当である。
スクロール圧縮機の作動ガスを選択する場合,圧縮するガスの圧力の高低等,その特性に応じて,スクロール圧縮機に作用する力によって不具合が生じないように構成部材等を適宜調整することは,当業者にとって当然のことである。作動ガスとして二酸化炭素を選択した場合に,未解決な技術的課題が存在し,フロンを作動ガスとした場合とは変形の原因となる力の種類,大きさが異なるとしても,そのような課題を解決すべく構成部材等を調整することができる以上,上記①ないし③の点を理由として,二酸化炭素を作動ガスとすることが格別困難とはいえない。
3 取消事由3(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その1)について
原告は,引用例2には,旋回スクロールとは無関係の固定スクロールの端板に関する記載がなされ,引用例1,3には,旋回スクロールの端板の変形を抑制するために端板の厚みを増大させることは好ましくないという阻害要因が記載されているから,引用例1発明と本願発明との相違点2について,引用例1に記載されている問題点の解決のために,引用例2,3に示されている事項を適用することは,当業者が容易に想到し得たと判断した審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
(1) 認定事実
ア 引用例1(甲11)には,上記1(1) の【0017】の記載のほか,以下の記載がある。
【0061】 ・・・揺動スクロール(8) には揺動渦巻歯(11)側の面に圧縮室(10)の冷媒ガス圧が,反揺動渦巻歯(11)側の面には吸入圧が作用している。さらに,歯先端面(40)の押付け力も作用し,これらの荷重を支持するスラスト受けは外周に位置しているため,歯先形状を設定するときの問題として図5に示すような傾向の無視できない量の台板(9) の撓みが発生する。
【0062】 このような揺動スクロール(8) 台板(9) の撓みによって,揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の歯先端面(40)が中凹傾向となると共に,固定スクロール(2) の固定渦巻歯(5) の歯先端面(23)の対向面としての揺動スクロール(8) の歯底面(39)も中凹傾向となる。このため,予め渦巻歯の歯先形状を設定することにより歯先端面隙間の最小化及び歯先端面押付け反力位置の設定を行うに当たって,固定スクロール(2) 及び揺動スクロール(8) ともに,渦巻歯の熱膨張と揺動スクロール(8) 台板(9) の撓みを基にして渦巻歯の歯先形状が設定される。
イ 引用例2(甲12)には,以下の記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】 本発明は,スクロール型流体機械に関し,特に,固定スクロールの変形が低減されるスクロール流体機械に関するものである。
【0004】 以上の動作において,ケーシング102内を高圧室103aと低圧室103bとに区切る固定スクロール104の固定台板104aには,高圧室103aの圧力と低圧室103bの圧力との圧力差により変形が生じる。この変形によって,固定スクロール歯104bの先端部が可動スクロール106の歯底面に局部的に接触し,可動スクロール歯106bの先端部が固定スクロール104の歯底面に局部的に接触する。このため,可動スクロール106の公転駆動の摩擦が増大して,可動スクロール歯106bおよび固定スクロール歯104bが焼きつくことがあった。さらに,この焼きつきのために運転不能になることがあった。
【0005】 また,固定台板104aには,高圧室103a側の温度と低圧室103b側の温度との温度差に伴う熱膨張の大きさの違いによる変形も同時に生じる。・・・特に,冷媒ガスを回収する際に行われるポンプダウン運転等においては,冷媒ガスが殆ど無い状態でスクロール型流体機械が運転されるため,吐出口104e近傍の温度が非常に高くなる。このため,上述したような,固定スクロール歯104bおよび可動スクロール歯106bの焼きつきや運転不能といった問題がさらに顕著に発生する。このため,固定スクロールの変形を低減するために,いくつかの対策が採られている。
【0015】 第4の例として,図13に示すスクロール型流体機械において,固定スクロール104の固定台板104aの厚さを増加させたものについて説明する。固定台板104aの厚さをより厚く設定することにより,固定スクロール104が補強されるとともに,固定台板104aの高圧室103a側の面から伝導する熱量が低減して固定スクロール104の温度がより均一化する。これらによって固定スクロール104の変形が低減でき,固定および可動スクロール歯104b,106bの焼きつきや,焼き付きに伴う運転不能を防止することができる。
ウ 引用例3(甲13)には,次の記載がある。
【0001】【産業上の利用分野】 本発明は,例えば冷凍機や空気調和機用として用いられるスクロール流体機械に係り,特にスクロールラップの遠心力に伴う変形を防止するのに好適な同期回転形スクロール流体機械に関する。
【0003】【発明が解決しようとする課題】 上記従来技術の同期回転形スクロール流体機械では,スクロール部材が回転するため,スクロールラップ自身には遠心力が作用し半径方向で外向きに変形する。その力と変形量は外側ほど大きくなるが,スクロール部材は鏡板とスクロールラップが一体になって形成されているので,ラップの遠心力は,鏡板に対してモーメント荷重として作用する。上記従来技術では,スクロール部の鏡板外周部分は両スクロールともスラスト方向には支持されていないため,このモーメント荷重によって鏡板はスクロールラップ側を内側に凸状に弓なりの変形が両スクロール部材共に生じることがある。・・・
【0004】 このようなラップ間の隙間を大きくする原因としては,ラップ自身より鏡板の方が影響が大きい。従って,1つの解決策として,鏡板の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくする方策があるが,鏡板は円盤上に構成されているため面外からの外力に対しては剛性が小さいので,その厚さをラップに比して相当大きくしなければならない。この場合,スクロール部品の重量が重くなるとともに,慣性質量が大きくなり,モータの起動,停止等には回転の追従性が損なわれるため,同期回転させることが困難になってくるという問題があった。
(2) 判断
ア 上記(1) ア認定の事実によれば,引用例1には,揺動渦巻歯(11)側の面に作用する圧縮室(10)の冷媒ガス圧と反揺動渦巻歯(11)側の面に作用する吸入圧との圧力差等により,揺動スクロール(8) 台板(9) の撓みが発生し,揺動スクロール(8)の揺動渦巻歯(11)の歯先端面(40)が中凹傾向となると共に,固定スクロール(2) の固定渦巻歯(5) の歯先端面(23)の対向面としての揺動スクロール(8) の歯底面(39)も中凹傾向となり,歯先端面に隙間が生じ,体積効率の低下や内部漏れ損失の増大によって性能が低下するという問題があるため,撓み量を基にして,予め渦巻歯の歯先形状を設定することが記載されていると認められる。
しかし,引用例1の段落【0017】,【0061】,【0062】ないしその他の部分に,揺動スクロール台板(9) (本願発明の端板に相当する。)を厚くすることが好ましくない旨の記載はなく,また,台板(9) を厚くすることによる問題点が示唆されているともいえない。
したがって,引用例1に,旋回スクロールの端板の変形を抑制するために端板の厚みを増大させることは好ましくないとの阻害要因が記載されているとはいえない。
イ 上記(1) イ認定の事実によれば,引用例2には,固定スクロールの変形が低減されるスクロール流体機械に関して,固定スクロール104の固定台板104aには,高圧室103aの圧力と低圧室103bの圧力との圧力差や,高圧室103a側の温度と低圧室103b側の温度との温度差に伴う熱膨張の大きさの違いにより,変形が生じること,固定台板104aの厚さをより厚く設定することにより,固定スクロール104が補強されるとともに,固定台板104aの高圧室103a側の面から伝導する熱量が低減して固定スクロール104の温度がより均一化し,固定スクロール104の変形が低減できることが記載されていると認められる。
上記記載は固定スクロールに関するものであるが,渦巻歯と台板を備えるスクロール圧縮機であって,圧力により台板に変形を生じ得るという問題点については,旋回スクロールと同様であり(上記(1) アのとおり),引用例1と引用例2は,いずれも上記の問題点に関する対策を示すものであるから,両者が無関係であるとはいえない。
したがって,引用例2の固定スクロールの端板に関する記載が,旋回スクロールとは無関係であるということはできない。
ウ 上記(1) ウ認定の事実によれば,引用例3には,従来技術の同期回転形スクロール流体機械では,スクロール部材が回転するため,ラップの遠心力は,鏡板に対してモーメント荷重として作用し,鏡板は弓なりの変形が生じることがあること,その1つの解決策としては,鏡板の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくする方策があること,この場合,鏡板の厚さをラップに比して相当大きくしなければならず,スクロール部品の重量が重くなるとともに,慣性質量が大きくなり,モータの起動,停止等には回転の追従性が損なわれるため,同期回転に困難を来す旨の問題があったことが記載されている。また,鏡板(引用例1の台板に相当する。)が変形することを解決するために鏡板を厚くすると,更なる問題点が生じる旨の記載がある。しかし,このような問題点は,モータの力やスクロール部品の材料の重量を適宜調整すること等によって,容易に解決できる事項といえる。
したがって,引用例3に,旋回スクロールの端板の変形を抑制するために端板の厚みを増大させることは好ましくないとの阻害要因が記載されているとはいえない。
エ 以上のとおり,引用例1発明と本願発明との相違点2について,引用例1に記載されている問題点の解決のために,引用例2,3に示されている事項を適用することは,当業者が容易に想到し得たとした審決に誤りはない。
4 取消事由4(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その2)について
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点2について,引用例3,5,6の図面から正確な寸法関係を抽出することはできないとする一方,これらの図面において「『台板』等の厚さと『揺動渦巻歯』の高さがほぼ同等に描かれている」と認定し,引用例1発明において,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲を充足するものとすることは,運転条件その他に応じて適宜設計する事項であるとした審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は失当である。
審決は,①引用例3の【図1】,【図5】,【図14】,引用例5の【図1】,【図9】,及び引用例6の第5図には,その図面の性格上,正確な寸法関係を抽出することは適切ではないものの,「台板」等の厚さと「揺動渦巻歯」の高さがほぼ同等に描かれていることのほか,②一般に,装置各部の寸法・諸元を表わすに当たって,関連する各部寸法等をもとに無次元化することは普通に行われているとともに,特に,「旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2」を基準として「旋回スクロールの端板の厚さT2」と「旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2」との比で表わすことに格別の技術的意義があるとは認められないこと,③本願明細書の【0031】ないし【図3】をみても,「0.9」という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められないことを総合して,引用例1発明において,揺動スクロール(8)の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲を充足するものとすることは,適宜設計する事項であると判断した。
仮に,原告主張のとおり,上記①の審決の理由が適切を欠く部分があったとしても,後記5のとおり,上記②,③の審決の理由に誤りはない。そして,引用例1発明において,揺動スクロール(8) の台板(9) の厚さと揺動スクロール(8) の揺動渦巻歯(11)の高さとの関係を,本願発明の数値範囲とすることは,適宜の設計事項であるとした審決の結論には影響を及ぼすものではないから,原告の主張は失当である。
5 取消事由5(相違点2に関する容易想到性判断の誤り-その3)について
原告は,引用例1発明と本願発明との相違点2に関し,「『旋回スクロールの端板の高さT2』と『旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2』との比で表すことに格別の技術的意味は認められない」,「『0.9』という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められない」とした審決は誤りである旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
ア 原告は,本願発明が,①多数存在する旋回スクロールの設計パラメータの中で,指示効率に強い影響を与えるファクターが,旋回スクロールの剛性の指標となる端板の厚さT2と渦巻状突起に作用する荷重の大きさの指標となる渦巻状突起の高さH2の比(T2/H2)であること,②上記の比(T2/H2)の値を0.9よりも大きくすることにより効果的に指示効率を向上できることを見出した点に特徴があると主張する。
しかし,上記①,②の点に,格別の技術的意義は認められない。すなわち,
イ 上記①に関し,旋回スクロールの端板の厚さT2と渦巻状突起の高さH2の比(T2/H2)は,旋回スクロールの端板の相対的な厚さを表すものである。
この点,部材の変形を防止するという目的からすれば,その厚さを増大させる方策が考えられることは機械力学の技術常識であり,揺動スクロールの台板の撓みが発生するという問題がある場合に,これを防止するために台板の厚さを増大させることは,一般的に採用し得る解決手段と理解される。すなわち,上記3のとおり,引用例1には,揺動渦巻歯(11)側の面に作用する圧縮室(10)の冷媒ガス圧と反揺動渦巻歯(11)側の面に作用する吸入圧との圧力差等により,揺動スクロール(8)台板(9)の撓みが発生し,歯先端面に隙間が生じて作動ガスが漏れるなどして性能が低下する問題があること,引用例2には,固定台板104aの厚さをより厚く設定することにより,固定スクロール104の変形が低減できること,引用例3には,スクロール部材の鏡板の厚さを増して鏡板の剛性を大きくして鏡板の変形を少なくすれば,ラップ間の隙間を小さくするという方策があることが,それぞれ記載されており,これらの記載からすると,スクロールの台板を相対的に厚くすることによって,台板の変形を低減することは,当業者が容易に想起できる解決手段といえる。
そうすると,旋回スクロールの端板の相対的な厚さ,すなわち,旋回スクロールの端板の厚さT2と渦巻状突起の高さH2の比(T2/H2)が,指示効率,すなわち,理論動力と,理論動力および指示損失動力(作動ガスの漏れによる損失動力)の和の比(本願明細書の段落【0028】)に強い影響を与えるファクターとなることは,当業者にとっては容易に想到できる事項であり,上記①の点に格別の技術的意義を認めることはできない。
ウ 上記②に関し,本願明細書の請求項1の記載(上記第2の2のとおり)によっても,「旋回スクロールの端板の厚さT2が,旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりも大きい」ことの技術的意義が明らかであるとはいえない。
そこで,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参照すると,段落【0028】に,「図3は,H1(H2)が一定のときの,T1(T2)と指示効率ηiとの関係を示す実験結果であり,T1が0.9H1以下であると指示効率ηiの低下が著しいため,本実施形態では,T1を0.9H1より大きく設定したものである。これと同様に,T2を0.9H2より大きく設定した。・・・」と記載され,【図3】のグラフが添付されており,作用効果については,段落【0014】に,「・・・本発明のスクロール圧縮機によると,旋回スクロールの端板の厚さT2が,旋回スクロールの渦巻状突起の高さH2の0.9倍よりもそれぞれ大きくなっているので,特に作動ガスを二酸化炭素とした蒸気圧縮式冷凍サイクルに用いられる運転圧力の高いスクロール圧縮機でも,圧縮時に発生する荷重によって旋回スクロールの端板が変形しにくく,圧縮室のシール性が低下しない。結果的に,圧縮室からの作動ガスの漏れによる吐出量減少や漏れガスの再圧縮による吐出ガスの温度上昇等の不具合が起こらず,圧縮機の性能が向上する。」と記載される。
しかし,【図3】は,本願発明の作用効果を裏付ける唯一のデータを示すグラフであるところ,そのグラフの動向は,旋回スクロールの端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)が0.9近傍で,指示効率は上昇傾向を示すが,急激な変化は認められず,0.9以上でも指示効率が漸次上昇しているから,このグラフの記載から,T2/H2の値を0.9以上とすることに何らかの技術的意義を見出すことは困難である。また,本願明細書の段落【0014】ないしそれ以外の記載をみても,T2/H2の値を0.9以上とすることの技術的意義が示されているとは認められない。
これに対し,原告は,旋回スクロールの端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)と,指示効率ηiの間には,別紙図10に示される関係が成立し,同図の油シールを考慮した実線の曲線は,本願明細書の【図3】と実質的に同じものである,渦巻状突起の間の隙間が油シールで充填できる大きさである場合には,隙間からの作動ガスの漏れが僅かであるのに対して,隙間が油シールで充填できない大きさになると,漏れが急激に増加するため,T2/H2が約0.9以下になると指示効率が急激に低下し,指示効率は,比(T2/H2)=約0.9において,臨界的に変化すると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。別紙図10の実線の曲線は,油シールを考慮したものとされ,旋回スクロールの端板の厚さと渦巻状突起の高さの比(T2/H2)が約0.9までは大きく上昇し,約0.9以上では指示効率がほぼ横ばいとなる。仮に,スクロール圧縮機に油シールを用いることが技術常識であって,本願明細書の【図3】が,油シールを考慮したものであるとしても,グラフの動向は,別紙図10と本願明細書の【図3】とでは明らかに異なるから,両者は実質的に同じものとはいえない。そうすると,両者が実質的に同じものであることを前提として,本願明細書に記載されない別紙図10の実線の曲線に基づき,指示効率は,比(T2/H2)=約0.9において臨界的に変化するとする上記主張は前提を欠く。
そうすると,相違点2に係る本願発明の構成について,「0.9」という下限値に格別顕著な技術的意義があるとは認められない。
エ したがって,審決の認定,判断に誤りはない。
6 小括
以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法は認められない。原告は,他にも縷々主張するが,いずれも採用の限りではない。
第5結論
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 池下朗 裁判官 武宮英子)
file_2.jpg別紙