知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10116号 判決 2011年11月29日
原告
エナーテック株式会社
訴訟代理人弁護士
柿崎喜世樹
被告
Y
訴訟代理人弁理士
中川邦雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2010-800081号事件について平成23年3月3日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,被告の請求に基づいてされた原告の特許を無効とする審決の取消訴訟であり,主たる争点は,公知文献であると主張された文献が本件出願前に頒布されたかどうか及び容易推考性の存否である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告は,平成14年5月2日に,名称を「高断熱・高気密住宅における深夜電力利用蓄熱式床下暖房システム」とする発明について特許出願(特願2002-130323号)をし,平成16年5月14日に,本件特許第3552217号として特許登録を受けた(請求項の数2)。
(2) 被告は,平成22年4月28日に,本件特許について無効審判請求をした(無効2010-800081号)。原告は,その手続中の平成22年7月20日付けで訂正請求をしたところ,特許庁は,平成23年3月3日,「訂正を認める。特許第3552217号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は平成23年3月14日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件特許の請求項1及び2(本件発明1及び2)は次のとおりである。
【請求項1】
熱損失係数が1.0~2.5kcal/m²・h・℃の高断熱・高気密住宅における布基礎部を,断熱材によって外気温の影響を遮断し十分な気密を確保した上で,該布基礎部内の地表面上に防湿シート,断熱材,蓄熱層であるコンクリート層を積層し,蓄熱層には深夜電力を通電して該蓄熱層に蓄熱する発熱体が埋設された暖房装置を形成し,蓄熱層からの放熱によって住宅内を暖める蓄熱式床下暖房システムにおいて,布基礎部と土台とを気密パッキンを介して固定してより気密を高め,ステンレスパイプに鉄クロム線を入れ,ステンレスパイプと鉄クロム線の間を酸化マグネシウムで充填し,ステンレスパイプの外側をポリプロピレンチューブで被覆してなるヒータ部を,銅線を耐熱ビニールで被覆してなるリード線で複数本並列若しくは直列に接続してユニット化されたコンクリート埋設用シーズヒータユニットが,配筋時に配筋される金属棒上に戴架固定後,1回のコンクリート打設によりコンクリート層内に埋設され,該シーズヒータはユニット又は複数のユニットからなるブロックごとに温度センサーの検知により制御され,さらに床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔である開閉可能なスリットを形成し,蓄熱された熱の放射により床面を加温するとともに,加温された床面からの二次的輻射熱と,床下空間の加温された空気がスリットを介して室内へ自然対流する構成とすることで,居住空間を24時間低温暖房可能で暖房を行うことを特徴とする蓄熱式床下暖房システム。
【請求項2】
室内温度設定を18~23℃,床面の温度設定を20~25℃,コンクリート層の表面温度設定を23~38℃とするために,施工する住宅の構造等に応じて,コンクリート層の厚さを150~200mm,各ヒータの配置間隔を130~200mm,深夜電力を通電するヒータを5時間通電用か8時間通電用からそれぞれ選択し埋設して構成される請求項1記載の蓄熱式床下暖房システム。
3 審判における原告主張の無効理由
(1) 無効理由1(特許法29条2項)
本件発明1及び2は,甲1(「深夜電力利用電気蓄熱床暖房システム技術資料」(平成13年3月現在)原告作成)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2) 無効理由2(特許法29条1項3号)
本件発明1及び2は,甲1に記載された発明である。
4 審決の理由の要点
(1) 甲1の頒布時期等について
甲1は原告の作成した技術資料であり,その内容からみて販売代理店等に秘密を守る義務のない態様で配布されたものと認められる。頒布日については明らかでないが,甲1に「この技術資料の内容は,平成13年3月現在のものです。」と記載されていること,床下土間蓄熱方式について説明のある原告のカタログが複数存在し,各カタログには,その記載内容が,平成12年12月現在(甲3),平成13年11月現在(甲17),平成14年9月現在(甲18)のものである旨記載されているところ,このようにカタログが頻繁に更新され,そのたびに記載内容の基準となる時期を更新していることに照らすと,甲1についても,上記記載に応じた平成13年3月ころに納品されたものと推定される。また,平成14年2月5日発行の北海道住宅新聞(甲2)に,原告が「床下土間蓄熱方式」を含む蓄熱式床暖房システムの部材販売を行う販売代理店を募集しており,かつ,蓄熱式床暖房システムの販売実績があることが記載されていること,上記のとおり平成12年12月現在(甲3),平成13年11月現在(甲17)と記載されたカタログが存在し,このようなカタログは販売に用いられるものであることなどからすると,原告は,平成14年2月の時点で蓄熱式床暖房システムの販売実績等があるものと認められ,そうであれば,システムの施工に必要な甲1の技術資料を配布しない理由はない。したがって,甲1は,本件出願前に頒布されていたものと認められる。原告は,甲1が平成14年6月25日に納品されたなどと主張するが,証拠に照らし,採用することができない。
(2) 本件発明1と甲1に記載された引用発明との対比
本件発明1と引用発明との一致点,相違点は次のとおりである。
【一致点】
高断熱・高気密住宅における布基礎部を,断熱材によって外気温の影響を遮断し十分な気密を確保した上で,該布基礎部内の地表面上に防湿シート,断熱材,蓄熱層であるコンクリート層を積層し,蓄熱層には深夜電力を通電して該蓄熱層に蓄熱する発熱体が埋設された暖房装置を形成し,蓄熱層からの放熱によって住宅内を暖める蓄熱式床下暖房システムにおいて,布基礎部と土台とを気密パッキンを介して固定してより気密を高め,ステンレスパイプに鉄クロム線を入れ,ステンレスパイプと鉄クロム線の間を酸化マグネシウムで充填し,ステンレスパイプの外側をポリプロピレンチューブで被覆してなるヒータ部を,銅線を耐熱ビニールで被覆してなるリード線で複数本並列若しくは直列に接続してユニット化されたコンクリート埋設用シーズヒータユニットが,コンクリート層内に埋設され,該シーズヒータはユニット又は複数のユニットからなるブロックごとに温度センサーの検知により制御され,さらに床面の所定位置には室内と床下空間とを貫通する通気孔であるスリットを形成し,蓄熱された熱の放射により床面を加温するとともに,加温された床面からの二次的輻射熱と,床下空間の加温された空気がスリットを介して室内へ自然対流する構成とすることで,居住空間を24時間低温暖房で暖房を行う蓄熱式床下暖房システム。
【相違点1】
高断熱・高気密住宅について,本件発明1では「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m²・h・℃」のものであるのに対して,引用発明では熱損失係数が特定されていない点。
【相違点2】
シーズヒータユニットのコンクリート層内への埋設が,本件発明1では「配筋時に配筋される金属棒上に戴架固定後,1回のコンクリート打設により」行われるのに対し,引用発明では「鉄筋に結束線で固定され」るものの「2回のコンクリート打設により」行われる点。
【相違点3】
通気孔であるスリットが,本件発明1では「開閉可能なスリット」であるのに対し,引用発明では「ガラリ」であり,開閉可能であるか否か不明な点。
(3) 本件発明1と引用発明との相違点に関する審決の判断
相違点1について,相違点1に係る本件発明1の構成は,補正により加えられたものであるところ,本件特許に係る無効審判請求(無効2008-800233号)の審決に対して提起された別件審決取消訴訟(知財高裁平成21年(行ケ)第10175号)の判決において,上記補正は,新規事項の追加に当たらないとされ,その理由として,「本件発明の解決課題及び解決手段に寄与する技術的事項には当たらない事項について,その範囲を明らかにするために補足した程度にすぎない場合というべきであ」り,また,仮に上記補正が技術的内容を含んでいると解したとしても,「熱損失係数が1.0~2.5kcal/m²・h・℃」の数値は,本件発明の課題解決の対象である「高断熱・高気密住宅」をある程度明りょうにしたにすぎない旨判示されている。
このことからみて,相違点1に係る本件発明1の構成は,蓄熱式床下暖房システムの効率を考慮して,当業者が適宜設定し得た事項にすぎず,当業者が容易に想到し得たものである。
相違点2について,特開平11-93109号公報(甲7)には,「鉄筋4及びヒーティングケーブル9を埋込むように熱線反射断熱シート5上にコンクリート11を打設」する施工方法が記載されており,この施工方法は「ヒーティングケーブルの1回のコンクリート打設による埋設」といえるものである。また,甲7には,この施工方法は建物にも適用されることが記載されている。そして,甲7のヒーティングケーブル9は,「保護用銅チューブ管9cにニクロム線などの電導線9aを挿通するとともに,保護用銅チューブ管9c内に充填された絶縁用の酸化マグネシウム9bによって両者が電気的に絶縁され」,「保護用銅チューブ管9cには,腐食防止用ビニール被覆9dが形成され」るものであって,引用発明の「シーズヒータ」と同様の構造を有するものであるから,引用発明のシーズヒータの埋設に甲7記載の上記施工方法を適用し,相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
相違点3について,特開平5-311768号公報(甲9)には,高断熱,高気密の家屋において,床下暖房の熱を開閉可能な通気口を通して取り入れることが記載されており,また,登録実用新案第3038324号公報(甲22)には,建物内の空気循環のために設けた通気口に開閉式の通気ガラリを採用することが記載されているように,建物に通気孔として設けられた開口やガラリに開閉機構を設けることは,特別な構造といえるものではなく,引用発明のガラリを開閉可能なものとして相違点3に係る本件発明1の構成とすることは,設計事項として当業者が容易に想到し得たことである。
(4) 本件発明2の構成に関する審決の判断
甲1には,目標とする室内温度,床面の温度,コンクリート層の表面温度については記載されていないが,蓄熱式床下暖房システムを使用するための最適な温度を設定することは当業者が当然行うことであり,そのために施工する住宅の構造等に応じて,コンクリート層の厚さを設定し,深夜電力により通電するヒータが5時間通電用か8時間通電用かに応じて各ヒータの配置間隔を設定することは,当業者の通常の創作能力の発揮であり,本件発明2の構成とすることは,設計事項として当業者が容易に想到し得たことである。なお,甲1にも,コンクリート層の厚さを200mm,各ヒータの配置間隔を5時間通電用では140~160mm,8時間通電用では230~250mmとすることが記載されている。
(5) 審決の作用効果に関する判断及び結論
そして,本件発明1及び2が奏する作用効果についてみても,引用発明及び甲7記載の施工方法から,当業者が予測し得る程度のものである。
したがって,本件発明1及び2は,引用発明及び甲7記載の施工方法に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(甲1が本件出願前に頒布された文献であるとした認定の誤り)
審決は,甲1は本件出願前に頒布された刊行物に該当すると認定した。
しかしながら,甲1は,甲41~49(技術資料の納品書,技術資料の印刷業者が作成した陳述書,原告代表者の陳述書等)からも明らかなように,本件出願以後に頒布されたものであり,審決は,その認定を誤ったものである。
2 取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)
審決は,高断熱・高気密住宅の熱損失係数を「1.0~2.5kcal/m²・h・℃」の範囲と特定することは,蓄熱式床下暖房システムの効率を考慮して,当業者が適宜設定し得た事項にすぎないと判断している。
しかし,本件発明1は,高断熱・高気密住宅において効果を奏するものであり,「熱損失係数1.0~2.5kcal/m²・h・℃」との記載は,「高断熱・高気密住宅」を明らかにしたものである。
本件発明1は,高断熱・高気密住宅の断熱材に囲まれた内部から外部に放熱された熱量を蓄熱層からの低温暖房によって補充することで,住宅内の暖房を行うものであるから,熱損失係数が2.5kcal/m²・h・℃以上であると,住宅内から損失してしまう熱量が大きすぎて,蓄熱層の温度を高温にしなければその損失分を補充することはできなくなり,低温による暖房が不可能となってしまう。
3 取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
審決は,引用発明の「シーズヒータの埋設」に甲7(特開平11-93109号公報)記載の事項を適用することは,当業者が容易になし得たことであると認定している。
しかしながら,従来,コンクリート層に発熱体を埋設するには一度コンクリート打設をし,その上に発熱体を戴架し,その上にもう一度コンクリート打設をする2回打設が行われてきた。この2回打設ではコンクリートの強度が弱く,蓄熱層であるとともに床下の基礎部の一部を担うことはできなかった。
そこで,本件発明1は,シーズヒータユニットを使用することで,1回の打設により容易にコンクリート内に埋設することを可能とするものである。そして,1回打設であるから,コンクリート層の強度が強く,該コンクリート層が基礎部の一部を兼ねることも可能となるのである。
なお,甲7には,ユニット化された発熱体を1回のコンクリート打設により埋設することについての記載はない。
4 取消事由4(本件発明2の構成に関する判断の誤り)
審決は,最適な温度を設定すること,そのために施工する住宅の構造等に応じてコンクリート層の厚さを設定し,深夜電力により通電するヒータが5時間通電用か8時間通電用かに応じて各ヒータの配置間隔を設定することは,当業者の通常の創作能力の発揮であり,本件発明2の構成とすることは,設計事項として当業者が容易に想到し得たことであると判断した。
しかし,本件発明2は,本件発明1の構成において,各事項を選択して構成されるのであって,その選択によって効率の高い低温暖房が可能となるのである。本件発明1及び2は,家屋の一部である土間基礎を蓄熱体として,基礎部や床下空間及び家屋とが一体化した蓄熱式床下暖房システムであって,本件発明1の構成要件すべてを満たすことによって従来に比して低温な暖房を可能とするなどの効果を奏し,さらに本件発明2の構成要件を満たすことによって,より高い効果を得られるものである。
したがって,本件発明2の構成及び効果は,引用発明等に基づいて容易に想到できるものではない。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
原告は,審決の判断について具体的に反論することなく,単に「甲41~49から明らかである。」と主張する。
しかしながら,審決は,審判段階で被告が提出した複数の証拠と原告が提出した甲41~49の記載内容を詳細に検討し,具体的な理由を付した上で,甲1の頒布時期を本件出願前であると認定し,甲41~49については,証拠の記載が不自然で,信用できないとしたのであり,その認定・判断に誤りはない。
2 取消事由2に対し
相違点1に係る本件発明1の構成(熱損失係数の特定)は,原告の補正により追加された構成であるところ,この補正が新規事項の追加に当たるかどうかが争われた別件審決取消訴訟の確定判決において,上記補正による熱損失係数の特定は,課題解決等に寄与する技術的事項に該当せず,該当するとしても格別な意味がないことから,新規事項の追加に当たらないと判断されている。原告の主張は,この判断を蒸し返すもので,禁反言の法理に反する。
原告の主張自体が許されるとしても,高断熱・高気密住宅を熱損失係数で評価することは本件出願前からすでに行われているから,そのような範囲の断熱性を住宅に適用することは当業者にとって容易である。
3 取消事由3に対し
原告は,相違点2について,「従来,コンクリート層に発熱体を埋設するには…2回打設が行われてきた。…シーズヒータユニットを使用することで,コンクリートの1回打設が可能になった。その結果,コンクリート強度が増し,基礎の一部を兼ねることも可能になった。なお,ユニット化された発熱体を1回のコンクリート打設により埋設する技術はない。」と主張する。
しかしながら,審決は,「引用発明のシーズヒータの埋設に甲7(特開平11-93109号公報)記載の事項,すなわち,1回のコンクリート打設によるヒーティングケーブルの埋設という技術を適用することは,当業者が容易になし得たことである。」旨認定したのであって,甲7のヒータがユニットかどうかは判断していないし,ユニット化されたヒータは甲1に記載されている。
本件発明1のヒータ部は,引用発明のヒータと同一であり,甲7のヒータと構成が共通する。すなわち,これらはいずれも,金属管の内部に導線があり金属管の周囲をビニール被覆している。このことがヒータをコンクリートの1回打設で埋設することを可能にした前提技術であり,ユニット化されているかどうかは1回打設と全く関係ない。本件発明1のヒータが本件出願前から知られている1回打設可能な構成をしているのであるから,1回打設とするか2回打設とするかは,正に設計的事項である。そして,コンクリートの2回打設より1回打設が強度の強いこと,工期が短く,それ故低コストであることは,当業者といわず,コンクリートを使用する業界において周知である。
なお,甲1の表紙写真(左上)では,ヒータユニットをコンクリートの1回打設で埋設している。
したがって,相違点2に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得たことである。
4 取消事由4に対し
原告は,本件発明2に関する審決の判断に対して,「…効率の高い低温暖房が可能となる。本件発明2では本件発明1の構成より高い効果(より効率の高い低温暖房)を得られる。」と主張する。
しかしながら,原告の主張する「効率の高い低温暖房」の内容は判然としない。「低温」について,本件明細書を参照しても具体的な作用,効果,比較等は記載されておらず,単に熱源を低温にしたというのであれば,正に設計事項である。「効率」についても,本件明細書には,「床材に上下貫通した通気孔があるために…低温でかつ均一な効率の良い全館暖房が可能である。」(段落【0018】)との記載はあるものの,本件発明2の構成とは無関係な記載である。したがって,原告の主張する効果は,本件発明2の構成に基づくものではない。
なお,本件発明2の構成のうち,各種の設定温度は,他の構成を特定することによって必然的に達する温度であり,単なる効果でしかない。しかも,ヒータの発熱量,床下空間の高さなど諸条件が変更されると,設定温度以外の構成を特定したとしても,目的の温度になるとは限らない。したがって,本件発明2の構成は,先行技術に対する効果はなく,当業者の通常の創作力の範囲内で決定される設計的事項である。
第5当裁判所の判断
1 本件発明について
本件明細書及び図面(甲39,40)によれば,本件発明1及び2について,次のとおり認められる。
本件発明1及び2は,高断熱・高気密住宅における深夜電力を利用した床下暖房装置及び建物構造・床構造を含めた深夜電力利用の蓄熱式床暖房システムに関するものである(段落【0001】)。従来の蓄熱式床暖房は,床材直下にコンクリート等の蓄熱層を形成し,その表面又は内部に埋設された電熱線の発熱等により蓄熱層に蓄熱し,その熱の放射により暖房を行っているが,床下直下に暖房装置を設置すると,手間や設置費が高くなる,床面の温度にむらが出る,床面と室内上部との温度差が生じるため,床面と室内の温度を均一にするには電気代がかかるなどの問題があった(段落【0002】,【0003】)。また,高床式家屋の床下空間を利用して蓄熱層を含めた暖房装置と床面の間に密閉された空間を設けたものもあるが,床下空間が密閉空間であるために,空間内に熱が篭ってしまい,床面と上部との温度差が生じる,床面が高温になり床面に歪みが生じるなどの問題があった(段落【0004】)。そこで,本件発明1及び2は,請求項に記載された構成をとることにより,①安価な深夜電力を使用して夜間に蓄熱層(コンクリート層(下記【図1】の3))に熱を蓄え,日中に蓄熱層の放射熱により床暖房を行うので,室内温度を24時間ほぼ一定に保つ全館暖房が可能となる,②床下空間を利用して蓄熱層と床面との間に空間を設け,床材(下記【図1】の6)に上下貫通した通気孔(下記【図1】の7)を設けることで床下と室内が一体化した空間となり,床面からの低温による輻射熱暖房だけでなく,室内の空気を自然ないし強制対流によって暖めるので,低温でかつ均一な効率の良い全館暖房が可能であり,床面と家屋全体の空間の温度をコントロールすることが可能である,③熱源としてユニット式のシーズヒータ(下記【図1】の4)を使用するので施工が容易で,しかも発熱体の寿命が長く,メンテナンスの必要がなく,万一ヒータにトラブルが生じた場合でもメンテナンスが容易にできる等の効果を奏するものである(特許請求の範囲【請求項1】,【請求項2】,発明の詳細な説明の段落【0006】,【0018】)。
【図1】本件発明の床暖房システムの断面図
file_2.jpg2 取消事由1(甲1が本件出願前に頒布された文献であるかどうか)について
(1) 証拠(甲1~3,10,17,18,29)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,深夜電力を利用した蓄熱式電気床暖房システムの販売等を業とする会社であると認められるところ,上記蓄熱式床暖房システムに関して原告が作成した資料として,技術資料(甲1,29)及びカタログ(甲3,10,17,18)が存在しており,それらの資料の末尾には,それらの資料の内容がそれぞれ平成12年12月現在(甲3),平成13年3月現在(甲1),平成13年11月現在(甲17),平成14年5月現在(甲29),平成14年9月現在(甲18),平成18年7月現在(甲10)のものであることが記載されている。また,甲1の技術資料には,上記蓄熱式床暖房システムの特長,システム構成,部材,図面,施工手順,操作の方法等が細かく記載されている。さらに,平成14年2月5日付けの北海道住宅新聞(甲2)には,原告が販売等する上記蓄熱式床暖房システムについて,東北地方において多くの採用実績があり,原告が販売代理店を募集している旨の記載がある。
(2) 上記(1)のとおり,上記蓄熱式床暖房システムに関して,記載内容の基準時が異なる技術資料やカタログが複数存在し,数か月の違いであっても基準時が書き分けられていることに照らすと,これらの技術資料やカタログは,その内容の変更に応じて随時更新され,各技術資料やカタログに内容の基準時として記載された時期に近接した時期に作成されたものと認められる。
そして,甲1の技術資料は,その記載内容に照らし,上記蓄熱式床暖房システムの施工に必要な技術資料であって,販売に際して不特定多数の施主や工事業者に配布される資料であると認められるところ,上記(1)の認定事実及び各証拠の記載によれば,原告は,平成14年2月までに,上記蓄熱式床暖房システムにつき多数の施工実績があるものと認められるから,甲1の技術資料も,平成13年3月ころ以降,遅くとも平成14年2月ころまでには頒布されていたと認めるのが相当である。
したがって,甲1の頒布時期に関する審決の認定に誤りはない。
なお,原告は,甲1が本件出願(平成14年5月2日)後に頒布されたと主張し,原告代表者の陳述書(甲49)には,甲1,29の各技術資料は,いずれも平成14年6月ころにその内容をまとめたものであり,平成14年6月25日付けで印刷業者から納品を受けたものである旨の記載があり,印刷業者作成の陳述書(甲44)にはこれに符合する記載がある。しかしながら,その記載自体客観的資料に基づくものではなく,内容の基準時が平成13年3月と記載された技術資料(甲1)が平成14年6月ころまで印刷・納品されず,しかも,平成14年5月現在と記載された技術資料(甲29)と同時に内容がまとめられ,かつ,同時に納品されるというのは不自然であって,上記陳述書の記載はいずれも採用することができない。
以上のとおりで,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(相違点1に関する判断の当否)について
(1) 上記2(2)で認定したとおり,甲1の技術資料は,原告が販売等する深夜電力を利用した蓄熱式床暖房システムの施工に必要な技術資料であって,その記載内容から認められる引用発明も,高断熱・高気密住宅における深夜電力を利用した蓄熱式床暖房システムに関するものであり,審決が一致点として認定する大部分の構成が本件発明1と共通し,相違点1~3において本件発明1と相違するものである。
(2) 原告は,相違点1について,審決が,引用発明の「高断熱・高気密住宅の熱損失係数を「1.0~2.5kcal/m²・h・℃」の範囲と特定することは,蓄熱式床下暖房システムの効率を考慮して,当業者が適宜設定し得た事項にすぎ」ないと判断したことは誤りであると主張する。
しかしながら,本件発明1の熱損失係数を「1.0~2.5kcal/m²・h・℃」の範囲とする構成は,原告も別件審決取消訴訟の準備書面(甲11)において主張しているように,日本の住宅の省エネルギー性を高めるために断熱性等に関する基準を定めた「次世代省エネルギー基準(平成11年省エネルギー基準)」において,断熱性を示す指標として熱損失係数が用いられ,北海道から鹿児島まで(床暖房システムの採用が予想されない沖縄を除いた全国)の熱損失係数が1.4~2.3kcal/m²・h・℃の範囲で定められている(甲4,11)ことに対応するもので,当業者が施工する高断熱住宅における一般的な熱損失係数を表したものにすぎないものといえる。そうであれば,引用発明の高断熱・高気密住宅における断熱性についても,そのような一般的な熱損失係数の数値である「1.0~2.5kcal/m²・h・℃」の範囲とすることは,当業者が適宜なし得た事項にすぎないといえる。
したがって,相違点1に関する審決の判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(相違点2に関する判断の当否)について
甲7(特開平11-93109号公報)によれば,甲7には,発熱体(電導線)を道路の舗装部材に埋設する場合に,発熱体の周りにビニール被覆されたケーブルを埋設する場合には,強度が弱いため,コンクリートの打設を2回に分けて施工する必要があったが(段落【0020】~【0023】),発熱体を金属配管に挿通したケーブルを用いることにより1回のコンクリート打設で埋設することが可能になる(段落【0029】~【0031】,【0038】~【0040】)という技術的事項が開示されていることが認められる。
審決が認定するとおり,引用発明は2回のコンクリート打設によりシーズヒータユニットを埋設しているが,2回打設の方法が1回打設の方法に比して余分な施工期間を費やすものであることは,当業者が容易に理解できるものであって,引用発明について,施工期間の短縮に関する動機付けはあるものといえる。次に,引用発明は,発熱体をコンクリートの蓄熱層に埋設することで住宅の暖房を行うシステムに関する発明であるところ,甲7に記載されたコンクリート打設の方法も,コンクリートに発熱体を埋設することで道路の暖房を行うシステムに用いるものであって,技術分野としては近接するものである上,甲7には,「上述した施工方法によれば車道および歩道に限られず,たとえば,図10に示すように,建物の玄関付近やその階段部分にも適用することができる。」(【0049】)と記載され,1回打設の方法が建物にも適用可能であることが示唆されている。そして,上記のとおり,甲7には,発熱体を金属配管に挿通したケーブルを用いることにより1回打設可能とする技術が開示されているところ,甲1によれば,引用発明のシーズヒータユニットも,鉄クロム線をステンレスパイプに挿通する構造を有する発熱体であるから,構造の類似性に照らし,引用発明に甲7記載の上記事項が適用可能であることは明らかである。
したがって,引用発明に甲7記載の事項を適用し,シーズヒータユニットを1回のコンクリート打設によりコンクリート層内に埋設する構造とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものと認められる。
原告は,本件発明1について,シーズヒータユニットを使用することで1回打設が可能になったと主張するが,引用発明もシーズヒータユニットを使用するものであって,原告の上記主張は採用することができない。また,原告は,甲7には,ユニット化された発熱体を1回打設により埋設することの記載はないとも主張するが,甲7で1回打設による発熱体の埋設が可能となったのは,発熱体を金属配管に挿通することによるものであって,ユニット化されているかどうかは無関係であるから,原告の上記主張も採用することができない。
したがって,取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(本件発明2の構成に関する判断の当否)について
本件発明2の構成は,目標とする室内温度,床面温度,コンクリート層の表面温度にするために,コンクリート層の厚さ,各ヒータの配置間隔,深夜電力の通電時間を具体的に特定したものであるが,目標とする室内温度等にするために,施工する住宅の構造等に応じて,上記の事項を検討すべきことは,コンクリート層やヒータの役割に照らし当然であり,通常想定する範囲内の事項につき特定したものといえる。
これに対し,甲1には,目標とする室内温度等については明記されていないものの,「酒田市内N邸の温度データ」として,床下土間表面温度,1階室温,2階室温,外気温が示されたグラフが記載され,床下土間表面温度(コンクリート層の表面温度)はおよそ25~32℃の間を,1階室温,2階室温はおよそ18~22℃の間を,それぞれ推移している(1頁)ことに照らすと,引用発明においても,本件発明2と同様に,一定範囲の室内温度やコンクリート層の表面温度を目標としていることが窺える。また,甲1には,コンクリート層の厚さは170~200mmが正常であること(17頁),シーズヒータユニットには5時間通電対応ヒータと8時間通電対応ヒータがあり,各ヒータの配置間隔は,5時間通電対応ヒータの場合140~160mmで,8時間通電対応ヒータの場合230~250mmであること(3頁,6頁,10頁,12頁,17頁)が記載されている。
このように,引用発明においても,一定範囲の室内温度やコンクリート層の表面温度を目標としていることが窺えるところ,引用発明は「床」暖房システムに関する発明であるから,室内温度に加えて床面温度を対象に加えることに困難はなく,かつ,本件発明2の目標温度は常識的な温度であるから,当業者にとって,本件発明2のような目標温度を設定することは容易であるといえる。また,上記説示のとおり,目標とする室内温度等にするために,施工する住宅の構造等に応じて,コンクリート層の厚さ等を検討することは当然であり,甲1にはコンクリート層の厚さ等の具体的な値について本件発明2と重複する値が記載されていることからして,引用発明において,さらに進めて,本件発明2と同様の室内温度等を目標とし,そのために,同様のコンクリート層の厚さ等を選択することは,当業者が容易に想到し得たものである。
したがって,本件発明2の構成に関する審決の判断に誤りはなく,取消事由4は理由がない。
第6結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 古谷健二郎 裁判官 田邉実)