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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10136号 判決 2012年4月25日

原告

株式会社アクセル

同訴訟代理人弁護士

飯田秀郷

栗宇一樹

大友良浩

隈部泰正

和氣満美子

戸谷由布子

辻本恵太

林由希子

森山航洋

船橋茂紀

遠山光貴

西山彩乃

同訴訟復代理人弁護士

杉浦秀

奥津啓太

被告

ヤマハ株式会社

同訴訟代理人弁護士

内藤義三

大橋厚志

田中成志

平出貴和

板井典子

山田徹

森修一郎

同弁理士

飯塚義仁

大場弘行

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2010-800171号事件について平成23年3月30日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告の下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  被告は,平成16年3月30日,発明の名称を「楽音データ再生装置」とする特許出願(特願2004-97383号)をし,平成19年2月23日,設定の登録(特許第3918826号。請求項の数4)を受けた。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲13)を,図面を含め,「本件明細書」という。

(2)  原告は,平成22年9月29日,本件特許の請求項4に係る発明に係る特許について,特許無効審判を請求し,無効2010-800171号事件として係属した。

(3)  特許庁は,平成23年3月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同年4月7日,その謄本が原告に送達された。

2  本件発明の要旨

ア  原告が特許無効審判を請求した特許請求の範囲の請求項4は,請求項1ないし3のいずれかの項を引用するものであるところ,原告は,請求項1を引用する請求項4について,無効理由を主張するものであるが,本件特許の特許請求の範囲の請求項4及び請求項1の記載は,以下のとおりである。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所である。

【請求項4】 前記非圧縮楽音データに代えてADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれかの項に記載の楽音データ再生装置

【請求項1】 圧縮楽音データと非圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,非圧縮楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,/前記記憶媒体から前記非圧縮楽音データを読み出すとともに,前記非圧縮楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第1の読出手段と,/前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,/前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張して出力するデコーダと,/前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段と,/前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を制御する制御手段とを具備し,/前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し,/前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第2の読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記デコーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダによる前記圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ前記非圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手段から出力される前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行することにより,前記楽音データをループ再生させる/ことを特徴とする楽音データ再生装置

イ  本件審決は,前記請求項1を引用する請求項4に係る発明(以下「本件発明」という。)を判断の対象とするものであるが,請求項4は,「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を用いるものであるから,請求項1における「非圧縮楽音データ」を「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」と読み替えれば,本件発明は,要旨,以下のとおりとなる。なお,文中の「/」は,読替え前の請求項1の改行箇所である。

圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,/前記記憶媒体から前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを読み出すとともに,前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第1の読出手段と,/前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,/前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張して出力するデコーダと,/前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段と,/前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,および前記切換手段を制御する制御手段とを具備し,/前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し,/前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記第2の読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記デコーダの出力に切り換える第1手順,前記デコーダによる前記圧縮楽音データの伸張および出力が終了した時点で前記第1の読出手段へ前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第1の読出手段の出力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第1の読出手段から出力される前記読み出し終了通知を受けて再び前記第1手順を実行することにより,前記楽音データをループ再生させる/ことを特徴とする楽音データ再生装置

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件特許に係る特許請求の範囲の請求項1を引用する請求項4の記載は,①いわゆるサポート要件(特許法36条6項1号)に違反するものではなく,②いわゆる明確性の要件(同項2号)に違反するものでもなく,③いわゆる実施可能要件(同条4項1号)に違反するものでもなく,更に,本件発明は,下記ア及びイの引用例1及び2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできない,というものである。

ア 引用例1:特開平2-146599号公報(甲1)

イ 引用例2:国際公開99/59133号(甲3,14)

(2)  なお,本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)並びに本件発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。

ア 引用発明1:ルーピング区間に対応する所定周期分の波形データを圧縮符号化した1又は複数の圧縮符号ブロックのうち少なくとも始めのブロックの始めの所定数ワードをストレートPCMのワードとすることにより,ルーピング処理のルーピングポイントの接続の際に,ルーピング開始点のデータとして上記ストレートPCMのワードをそのまま用いることができ,ルーピング終端点近傍のデータから予測する必要がなく,過去のデータによる影響を受けることがないようにしたものであって,メモリに圧縮符号化されたサンプル・データ等が記憶されており,デコーダがアドレス・カウンタからの出力及びループ・スタート・フラグLSFに応じて,ルーピング開始ブロック内の始めであって,ストレートPCMデータが出力される間の上記所定数ワードの間,ストレートPCM切換制御信号を出力するものであり,ループ・エンド・フラグLEFに基づいてルーピング開始点に達した時点でアドレス・レジスタからのルーピング開始アドレスをプリセットされるアドレス・カウンタによってアドレスバスを介してメモリのルーピング開始ブロックをアクセス開始し,上記始めの所定数のワードは上記ストレートPCMデータを読み出すものであり,このストレートPCMデータを読み出している間は,デコーダが前記ストレートPCM切換制御信号を出力してマルチプレクサ及び係数発生回路に送り,このストレートPCMデータをそのまま出力レジスタに送るような制御がされ,マルチプレクサはメモリからの上記ストレートPCMデータを選択して出力するものであり,圧縮データとストレートPCMデータとを切換選択して出力可能と成し,上記ルーピング開始点LPsからの上記所定数ワードの間は上記切換スイッチによりストレートPCMデータを選択して出力するものであり,ルーピング開始点でのデータとしては上記ストレートPCMデータがそのまま用いられるため,ルーピング終端点でのデータから予測する必要がなく,ルーピングの折り返し点の不連続性によるエラー発生を予防でき,ルーピングノイズ等の発生しない楽音再生できる音源データ圧縮符号化装置

イ 一致点:圧縮楽音データと圧縮楽音データでない楽音データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から圧縮楽音データと,圧縮楽音データでない楽音データとを読み出して再生する楽音データ再生装置であって,前記記憶媒体から前記圧縮楽音データでない楽音データを読み出すとともに,前記圧縮楽音データでない楽音データの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第1の読出手段と,前記記憶媒体から前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データを伸張して出力するデコーダと,前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段と,前記第1の読出手段,前記第2の読出手段,及び前記切換手段を制御する制御手段とを具備し,前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,前記楽音データをループ再生させることを特徴とする楽音データ再生装置

ウ 相違点1:本件発明は,楽音データが,圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとから構成され,前記楽音データを,前記圧縮楽音データ,前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの順に読み出して再生するのに対して,引用発明1は,楽音データが,圧縮楽音データとストレートPCMデータとから構成され,前記楽音データを,前記ストレートPCMデータ,前記圧縮楽音データの順に読み出して再生するものであって,これに伴い,ループ再生指示を受けて実行する第1手順,第2手順の順序が本件発明とは異なる点

エ 相違点2:本件発明は,圧縮楽音データが,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有するのに対して,引用発明1は,圧縮楽音データが,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有するものにはなっていない点

4  取消事由

(1)  サポート要件に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)  明確性の要件に係る判断の誤り(取消事由2)

(3)  実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3)

(4)  進歩性に係る判断の誤り(取消事由4)

第3当事者の主張

1  取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 先端部分の無音部分について

ア 本件発明において,連結部分の無音部分の解消,すなわち終端部分に由来する無音部分の解消と先端部に由来する無音部分の解消とは同時に解決すべき課題というべきであって,先端部に由来する無音部分の解決手段を提供する発明と終端部の無音部分の解決手段を提供する発明とを別発明であると解することはできない。

本件発明において,終端部の無音部分と先端部の無音部分とが連続することから,両者は無音データ(0データであるということ)であって,同一のデータ内容(0データ)であるから,両者を区別することは不可能である。

連結部における終端部に由来する無音部分及び先端部に由来する無音部分の全部を一体不可分に解消することが本件発明の課題であると解すべきところ,その解決手段として本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は単一であって,「終端部に無音部分がないようにする発明」と「先端部に無音部分がないようにする発明」との2つが存在すると解することはできない。

イ 本件明細書の発明の詳細な説明においては,楽音データの終端部と先端部とが連結し,当該連結部分に無音部分が生じないようにする発明以外の発明は記載されていない。本件発明は,終端部のADPCM方式による圧縮楽音データのサンプル数が規定されておらず,終端部に配置される圧縮楽音データに基づく再生終了を検出して先端部の非圧縮楽音データの出力に切り換える構成も有していないから,圧縮楽音データの終端部に由来する無音部分や楽音データの終端部と先端部との連結部分の無音データを解消をすることはできないものである。

また,本件発明では,先端部が圧縮楽音データであり,先端部にMサンプル分の非圧縮楽音データ(ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ)を配置する構成を有さず,また,終端部に配置された非圧縮データの読み出し終了時点よりも一定時間前に圧縮楽音データの読み出し開始を指示する構成を有さないから,楽音データの先端部に由来する無音部分を解消することはできない。

本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された発明の客観的範囲を超えたものであって,形式的対応関係が欠如したものであり,発明の詳細な説明に記載された発明とは異なる,所望の効果を奏しない発明を特定しているものである。

(2) 所定の再生処理単位について

本件発明には,「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し」との規定が存在するのみで,圧縮楽音データの圧縮方式に関しては何らの規定はない。

「再生処理単位」という用語は,一般にはその字義に従って,再生する際の何らかの処理単位を意味すると解すべきである。PCMデータやADPCM方式による圧縮データの再生処理は1サンプルずつ行われるため,これら1サンプルも「所定の再生処理単位」に該当すると解されるから,本件発明の課題がそもそも生じないものを包含するようには解釈できないとする本件審決は誤りである。

(3) ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データのサンプル数について

楽音データ(ディジタル・データ)をMDCT方式のように複数サンプルからなるフレームに分割するときには,フレームを構成するサンプル数で楽音データの全サンプル数を除し,その剰余数をフレーム処理(窓処理)の対象外として意図的に除外しない限り,フレーム処理によってその末尾には必ず0が付加される。

本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明では,終端部に配置する「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」のサンプル数は,圧縮対象のサンプル数をフレームを構成するサンプル数で除した剰余数であることが不可欠であるところ,本件発明ではADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データのサンプル数は一切定義されていない。

したがって,本件発明で終端部に配置された「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」のサンプル数は,上記剰余数ではない場合を含むところ,フレーム単位で圧縮すると圧縮楽音データの終端部には必ず無音データが発生してしまうものである。ADPCM方式による圧縮楽音データの剰余数ではない任意のサンプル数を包含する本件発明は,明らかに本件発明の奏すべき効果を滅却するにもかかわらず,本件審決は,楽音データの中途に休符が存在しても問題はないなどとして,原告の主張とは無関係な事柄に基づいて,誤った判断をしたものである。

(4) 小括

以上からすると,本件発明は,サポート要件を満たすものではなく,同要件を満たすとした本件審決の認定は誤りである。

〔被告の主張〕

(1) 先端部分の無音部分について

ア 本件発明において,先端部に由来する無音部分(伸張処理に要する時間遅れ)と,終端部に由来する無音部分(圧縮楽音データ中に明確に存在する「0データ」(無音データ))とは,技術的意義が全く異なり,明確に区別され得るものであるから,「終端部に無音部分がないようにする発明」と「先端部に無音部分がないようにする発明」とは,異なる発明として把握することができる。

また,「終端部に無音部分がないようにする発明」に関する本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に明記されているものである。

イ 本件発明は,元の楽音データには存在しないが,フレーム単位で圧縮することにより圧縮楽音データの末尾,すなわち最後のフレームの後部に不可避的に生じる無音部分を解消することを目的とする発明であり,「先端部に由来する無音部分」解消を目的とする発明ではないから,「先端部に由来する無音部分」が生じるからといって,本件明細書に記載不備があるとはいえない。

(2) 所定の再生処理単位について

本件発明の特許請求の範囲は,「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し」とするところ,本件明細書【0002】には,「例えばMPEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,このフレーム単位で再生処理を行うようになっている」と記載されているから,特許請求の範囲における「所定の再生処理単位」とは,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「フレーム単位で再生処理を行う」という「再生処理」の「単位」(フレーム単位)に対応していることは明らかである。

本件明細書においては,MDCT方式に従うフレーム概念に限らず,サブバンド符号化方式に従うフレーム概念をも明示されているから,MDCT方式に従うフレーム概念のみについて本件明細書の記載を論じる原告の主張は誤りである。

また,原告は,「所定の再生処理単位」には1サンプルも含むとするが,そもそも1サンプルからなる再生処理単位には,本件発明の課題が存在するものではない。

原告の主張は,本件審決が否定するとおり,無理な解釈であるというほかない。

(3) ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データのサンプル数について

ア 本件発明の構成によれば,「圧縮楽音データ」は楽音データの終了部に配置されず,楽音データの終了部には「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」が配置されることとなり,「圧縮楽音データ」部分の最後のフレームに無音部分が必然的に含まれないようにすることが可能となる。

イ 本件発明は,「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有」するところ,当該データサイズは,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「フレーム単位」という「再生処理単位」の整数倍のデータサイズに相当するものである。楽音データの終端部のADPCM方式によって圧縮されたデータは,再生処理単位の整数倍となる圧縮楽音データに対して,残り部分を分担するように設定されるものである。

原告が主張する「無音データ」とは,再生しようとする楽曲データには元々存在しない「無音データ」を作為的に楽曲データの途中に挿入したものにすぎず,いわば楽音データの中間部に人為的に挿入された休符(無音部分)に等しいから,楽音データの中間部に挿入された休符(無音部分)は,フレームの最後の無音部分とはループ再生における意味が異なるとした本件審決に誤りはない。

(4) 小括

以上からすると,本件審決のサポート要件に係る判断に誤りはない。

2  取消事由2(明確性の要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 再生処理単位の意義について

ア 本件明細書の発明の詳細な説明にも,特許請求の範囲の記載にも,時間軸情報を周波数情報に変換する(MDCT方式)単位である「フレーム単位」について定義していないから,「再生処理単位」なる用語の技術的意義は不明確である。

イ 「フレーム」とは,被告も自認するように多義的な概念であるが,本件明細書の発明の詳細な説明では,楽音データを圧縮する際にMDCT方式を利用するなど,複数のサンプルデータを単位に一括処理し,その伸張処理も複数のサンプルデータを単位に一括してデコードデータが得られるものをもって限定的に「フレーム」と説明しているものである。このように限定的な意味をもって使用される「フレーム」について,「再生処理単位」であるとする定義がされているわけではなく,また,特許請求の範囲において,圧縮楽音データがどのような方式によるものであるかも特定されていない。

(2) 圧縮データを用いる際の構成について

ア 非圧縮データに代えてADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる際には,単に置き換えるだけでは足りず,後者を用いるための構成が必要であるところ,本件明細書の発明の詳細な説明にはそのような構成は記載されていないから,本件発明の内容は不明確であるというほかない。

特に,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読出手段と圧縮楽音データのデコーダとの関係,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの読出手段の終了通知と切換手段との関係は不明である。

イ 本件発明の特定事項によれば,第1の読出手段の出力は,記憶媒体から読み出したADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データそのものである。本件審決は,当業者が非圧縮楽音データの代わりにADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合,所定の構成を採用することが容易であることと,本件発明の特定事項において,「非圧縮楽音データ」に代わった「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を備える楽音データのループ再生が可能であるか否かについて混同している点で,明らかに誤りである。

(3) 小括

以上からすると,本件発明における再生処理単位の意義や,圧縮データを用いる際の構成は不明確であって,本件発明は,明確性の要件を満たすものではない。

〔被告の主張〕

(1) 再生処理単位の意義について

本件明細書には,再生処理単位に関し,「フレーム単位で再生処理を行うようになっている」と記載されており,実施例でも「フレーム単位で再生処理を行う」構成が説明されているから,本件発明における「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し」とは,フレーム単位での「再生処理単位」の整数倍のデータサイズに相当することは明白である。

(2) 圧縮データを用いる際の構成について

本件発明において,「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を用いるということは,第1の実施態様における「PCMデータ」を「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」に置換すれば足りるものであり,本件明細書に明記されているものである。

また,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」それ自体及びその読み出し方法や伸張処理方法などは,引用例2などに明記されているとおり,本件出願前から周知である。

「非圧縮楽音データ」に代えて「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を用いた場合,請求項1の「第1の読出手段」における「非圧縮楽音データを読み出す」という構成は,代替的に記憶した「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を読み出すことが「非圧縮楽音データを読み出す」ことと等価となるものであるから,読み出した「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」をデコードすることを当然に含む構成となる。

(3) 小括

以上からすると,本件審決の明確性の要件に係る判断に誤りはない。

3  取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 非圧縮データ(PCMデータ)に代えてADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる際には,次の各構成が不可欠である。

ア ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを記憶媒体から読み出すが,読み出し終了通知を発しない構成とすること

イ ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを伸張する第2のデコーダを備える構成とすること

ウ 第2のデコーダがADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの伸張及び出力が終了した時点で当該終了通知を発する構成とすること

エ 制御手段は,圧縮楽音データの伸張及び出力が終了した時点で第1の読出手段の出力に切り換えるのではなく,第2のデコーダの出力に切り換える切り換え手段を設ける構成とすること

(2) 本件発明は,請求項1の発明特定事項のうち,圧縮楽音データに代えて,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データに置換することだけが規定され,請求項1の他の特定事項はそのまま維持しているから,本件発明は,前記(1)の各構成を採用するものではない。

このような発明特定事項では,無音部分を作ることなくループ再生を行うという作用効果を奏する本件発明を当業者が容易に実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできない。また,本件審決が認定する前記(1)の各構成を有するように変更を行った場合には,本件発明ということはできない。

(3) 本件発明では,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを用いる場合,特許請求の範囲の請求項1ないし請求項3によって特定された事項(非圧縮データの特定事項を除く)において,当業者が実施できるような記載が本件明細書の発明の詳細な説明に存在しない。本件発明は,当業者が特許請求の範囲の記載に所定の変更をしなければ実施できるものではないから,本件明細書の記載には不備があることは明らかである。

(4) 小括

以上からすると,本件発明について,本件明細書の記載が実施可能要件を充足するものであるとした本件審決の判断は誤りであって,取消しを免れない。

〔被告の主張〕

ADPCM方式の再生処理技術自体は,本件出願前から周知であり,本件明細書に具体的記載がされていないとしても,当業者にとっては実施可能である。

以上からすると,本件審決の実施可能要件に係る判断に誤りはない。

4  取消事由4(進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 引用発明1の認定の誤りについて

引用例1に記載された発明は,以下のとおり認定すべきである。なお,下線部は,実質的に本件審決と異なる認定部分を意味するものである。

ストレートPCMデータと圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶されたメモリから前記楽音データをストレートPCMデータ,圧縮楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置であって,前記メモリから前記ストレートPCMデータを読み出すとともに,前記ストレートPCMデータの読み出しを終了した時点で読み出し終了通知を出力する第1の読出手段と,前記メモリから前記圧縮楽音データを読み出す第2の読出手段と,前記第2の読出手段によって読み出された圧縮楽音データをデコードして出力するデコーダと,前記第1の読出手段の出力と前記デコーダの出力とを切り換える切換手段と,前記第1の読出手段,前記第2の読出手段及び前記切換手段を制御する制御手段とを具備し,前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における再生処理単位である1サンプルのh倍に分割したブロック数(k)を乗じた数(h×k)から先端のストレートPCMのサンプル数(S)を減じたサンプル数(h×k-S)に等しいデータサイズを有し,前記制御手段は,ループ再生指示を受けて,ルーピング期間において,前記第1の読出手段へ前記ストレートPCMデータの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記ストレートPCMの出力に切り換える第1手順,前記ストレートPCMの出力が終了した時点で前記第2読出手段へ前記圧縮楽音データの読み出し指令を出力するとともに前記切換手段を前記第2の読出手段の出力に切り換える第2手順,を順に実行し,前記第2の読出手段から前記圧縮楽音データのデコード及び出力が終了した通知を受けて再び前記第1手順を実行することにより,前記楽音データをループ再生させることを特徴とする楽音データ再生装置

(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて

ア 本件審決は,本件発明の要旨認定の際,圧縮楽音データについて,①MDCT方式による時間軸情報を周波数軸情報に変換する圧縮方式による圧縮楽音データに限定し,②「再生処理単位」を,MDCT方式による時間軸情報を周波数軸情報に変換する方式の場合の「フレーム」に限定するように実質的に判断した。

しかしながら,本件発明のループ再生は,圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとからなる楽音データを対象にループ再生するものであるから,データサイズは任意である。しかも,圧縮楽音データは所定の再生処理単位の整数倍であるが,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データは整数倍ではない。この点において,引用例1に記載された発明のルーピング区間のデータサイズ及び本件発明のループ再生の対象楽音データはいずれも所定の再生処理単位の整数倍ではない。

イ 本件発明の要旨は,本件審決のように本件明細書の発明の詳細な説明に基づいて限定的に認定すべきではなく,特許請求の範囲の記載に基づいて認定すべきものであるから,本件発明と引用例1に記載された発明とを対比すると,「圧縮楽音データが,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有する」点についても,本件発明と引用例1に記載された発明との一致点として認定すべきであって,相違点2は存在するものではない。

また,相違点1についても,次のとおり認定すべきである。

本件発明は,楽音データが,圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとから構成され,前記楽音データを,前記圧縮楽音データ,前記ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの順に読み出して再生するのに対して,引用例1に記載された発明は,楽音データが,圧縮楽音データとストレートPCMデータとから構成され,前記楽音データを,前記ストレートPCMデータ,前記圧縮楽音データの順に読み出して再生するものであって,これに伴い,ループ再生指示を受けて実行する第1手順,第2手順の順序が本件発明とは異なる点

(3) 相違点に係る判断の誤りについて

ア 引用例2には,非圧縮楽音データ又は低圧縮楽音データと,これよりも高圧縮の楽音データとを組み合わせることにより,ユーザの発音要求に応じて即座に発音することが開示されている。

本件発明と引用例1に記載された発明との相違点は,ループ対象楽音データにおけるストレートPCMデータ(ADPCM方式により圧縮された圧縮楽音データ)が末尾に位置するか,先頭に位置するかに係る相違にすぎない。

ループ再生において,再生開始時の対象楽音データが圧縮楽音データであるかストレートPCMデータ(ADPCM方式により圧縮された圧縮楽音データ)であるかは,本件明細書に記載された作用効果を奏するか否かを度外視すると,当業者が適宜選択することができる設計事項にすぎない,

イ 仮に,再生処理単位が所定の複数のサンプル単位であると解するとしても,引用発明1のブロックは所定数(h)のサンプルからなる再生処理単位に相当する。圧縮楽音データは再生処理単位の整数倍のサンプルに最初のブロックの再生処理単位のサンプル数からストレートPCMサンプル数を控除したサンプル数を加算したもの(h×k-S)となるから,この点で,圧縮楽音データの整数倍ではないが,最初のWSTについて,ブロック対象から先頭に移動してしまうことは当業者には容易であることは明らかである。結局,本件発明と引用例1に記載された発明との相違点は,PCMデータが先端部に位置するか終端部に位置するかの相違にすぎない以上,ループ再生の連結部にPCMデータが位置することについては,本件発明も引用例1に記載された発明も変わりはないものというほかない。

ウ 本件発明は,その発明特定事項のままでは,本件明細書に記載された所望の作用効果を奏しないことは,取消事由1について先に述べたとおりである。本件発明も,引用例1に記載された発明も,ループ再生の無音部分を生じないようにすることはできない以上,引用例1に記載された発明に基づいて,本件明細書に記載された作用効果を奏することが可能であるか否かについて検討すること自体,誤りであるというほかない。

(4) 小括

以上からすると,本件発明は,当業者が引用例1に記載された発明に引用発明2を組み合わせることによって,容易に発明をすることができるものであり,進歩性を有しないものというべきであるから,本件審決は取消しを免れない。

〔被告の主張〕

(1) 引用発明1の認定の誤りについて

原告の主張は争う。本件審決の引用発明1の認定に誤りはない。

(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて

ア 本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,本件発明の解決すべき課題について検討したが,本件発明の要旨認定において,本件明細書の発明の詳細な説明に基づいて限定解釈をしたものではない。

しかも,本件審決は,本件発明について,「再生処理単位」を,MDCT方式による時間軸情報を周波数軸情報に変換する方式の場合の「フレーム」に限定するように実質的に判断したわけでもない。

イ 本件審決は,ルーピング区間LPは,入力されたアナログ波形の周期に基づくものであって,あらかじめ決められた所定の周期を持つものではなく,アナログ波形の周期が変われば,これに応じて変わる周期を持つものであるといえるから,引用発明1における圧縮楽音データのデータサイズが,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有しているものであるとすることはできないとして,相違点2を正しく認定するものである。

原告の主張のとおり,本件発明における再生処理単位をいわゆる1フレーム単位に限定しないと仮定しても,1サンプルはそれ以上に細分化できないものであって,1サンプルの中に無音データが入り込む余地はないから,引用発明1におけるADPCM方式の楽音データの1サンプルを,本件発明における「所定の再生処理単位」に相当するものと解することはできない。

ウ 以上からすると,本件審決の引用発明1の認定並びに本件発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定に,誤りはない。

(3) 相違点に係る判断の誤りについて

ア 引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)は,楽音データの終わりの部分が圧縮データとなっているから,相違点1に係る構成を有しないことは明らかである。

イ 引用例1に記載された発明は,「少なくとも始めのブロックの始めの所定数ワードはストレートPCMのワードがストアされるようにしたこと」に課題解決手段としての技術的意義があるものである。

したがって,引用例1に記載された発明における「最初のWST」の部分(PCMデータ部分)の配置が先頭以外の箇所に任意に移動され得るという設計変更の余地はない。

(4) 小括

以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせることによって容易に発明をすることができるものではなく,進歩性を有するものというべきであるから,本件審決の判断に誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本件発明について

本件発明の要旨は,前記第2の2のとおりであり,本件明細書(甲13)によれば,本件発明は,以下のとおりのものである。

(1)  本件発明は,圧縮され,記憶媒体に記憶された楽音データを再生する楽音データ再生装置に関する発明である。

パチンコ等のゲーム機の分野では,同じ楽曲を続けて繰り返し再生するループ再生がしばしば行われるが,MPEG,MP3,AAC,WMA等の方式で圧縮された楽音データを使用する場合,例えば,MPEGは1152サンプル,AACは1024サンプルを1フレームとし,このフレーム単位で再生処理を行うようになっており,曲の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合にこれを1つのフレームとして圧縮すると当該フレームに規定数のサンプルに満たない部分が無音状態で圧縮されるので,繰り返し再生において曲の終端部の当該フレームに圧縮されている無音状態まで再生されてしまい,先頭部が再生されるまでの間に無音部分が生じてしまう問題があった。

本件発明の目的は,無音部分を作ることなくループ再生を行うことができる楽音データ再生装置を提供することにある(【0001】~【0003】)。

本件発明によれば,楽音データの終了部に非圧縮データを配置したので,圧縮楽音データを,無音部分を作ることなく任意の箇所でループ再生することができる効果が得られる(【0008】)。

(2)  第1の実施の形態(特許請求の範囲の請求項1に係る実施例)による楽音データ再生装置について説明する。この実施形態では,楽曲の先頭部と終了部については,圧縮されていないPCMデータであり,中央部が圧縮データ(MPEG規格)が使用されている(【0009】)。

ループ再生の指示を受けた制御部は,まず,楽音データの先頭アドレスをPCMデータ読出部へ出力してPCMデータの読み出しを指示し,次に,圧縮データの先頭アドレスを圧縮データ読出部へ出力して圧縮データの読み出しを指示し,次いで,切換部をPCMデータ読出部の出力に切り換える。制御部から読み出し指示を受けたPCMデータ読出部は,ROMから楽音データの先頭部のPCMデータを順次読み出し,切換部を介してD/A変換器へ出力する。D/A変換器はそのPCMデータをアナログ楽音信号に変換し,スピーカユニットへ出力し,楽音データの先端部のPCMデータに基づく楽音が発生する。PCMデータ読出部は,楽音データの先頭部のPCMデータを全て出力した時点で,制御部へ出力終了を通知し,制御部は終了通知を受け,切換部をデコーダの出力に切り換える(【0016】)。

圧縮データ読出部は,制御部からの読み出し指示を受け,ROMから圧縮データを順次読み出し,デコーダへ出力する。デコーダはその圧縮データを伸張し,伸張済みデータを切換部へ出力する。先頭部のPCMデータのサンプル数Mは,その読み出し時間が,デコーダが圧縮データ読出部から最初のデータを受けた時点から第1番目の伸張済みデータを出力するまでの時間に一致するように決められており,制御部がPCMデータ読出部から終了通知を受けて切換部を切り換えた時点に一致するタイミングで,デコーダから第1番目の伸張済みデータが出力される。以後,デコーダから順次伸張済みデータが出力され,切換部を介してD/A変換器へ出力される。D/A変換器は伸張済みデータをアナログ楽音信号に変換し,スピーカユニットへ出力し,ROM内の圧縮データに基づく楽音が発生する(【0017】)。

圧縮データ読出部は,圧縮データを全て読み出した時点で制御部へ読み出し終了を通知する。制御部はこの通知を受け,そのデータが伸張されるまでの時間経過後,PCMデータ読出部へ楽音データの後部のPCMデータの読み出しを指示し,次いで,切換部をPCMデータ読出部の出力に切り換える(【0018】)。

制御部から読み出し指示を受けたPCMデータ読出部は,楽音データの終了部のPCMデータを順次読み出し,切換部を介してD/A変換器へ出力し,これにより,楽音データの終了部のPCMデータに基づく楽音が発生する。PCMデータ読出部は,楽音データの終了部のPCMデータを全て出力した時点で,制御部へ出力終了を通知し,次いで,再び楽音データの先頭部のPCMデータを順次読み出し,切換部を介してD/A変換器へ出力する。これにより,楽音データの最後の音と最初の音が連続した状態で楽音再生が再び行われる(【0019】)。

楽音データの終了部のPCMデータの出力終了通知を受けた制御部は,圧縮データ読出部へ読み出し指令を出力する。圧縮データ読出部はこの指令を受け,再び圧縮データを順次読み出し,デコーダへ出力する。そして,制御部は楽音データの先頭部の読み出し終了通知を受けて切換部を切り換える。以下,このような動作と同様の動作が繰り返され,楽音データのループ再生が行われる(【0020】)。

なお,この実施形態では,楽音データの先頭部及び終了部に圧縮されていないPCMデータを配置したが,これに代えて,伸張を短時間で行うことができる例えばADPCM等の圧縮手法を用いたディジタル楽音データを配置してもよい。

また,圧縮データの先頭部及び終了部にPCMデータを配置しているが,これに代えて,終了部にのみ配置してもよい。この場合,ループ再生を行うには,制御部が後部のPCMデータの再生終了時点より一定時間前に圧縮データ読出部へ読み出し開始を指示する必要がある(【0021】)。

(3)  前記(1)によると,本件発明の背景技術として,圧縮楽音データは,一定のサンプル数から構成されるフレーム単位で再生処理を行うようになっていること,曲の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合に,当該フレームに無音部分が含まれ,繰り返し再生において曲の終端部の楽曲データの再生が終了しても,当該無音部分が引き続き再生されるため,先頭部が再生されるまでの間に無音部分が生じてしまう問題が生じるが,本件発明は,当該無音部分を作ることなくループ再生を行うことを目的とするものである。

また,本件明細書において,本件発明の効果については,楽音データの終了部に非圧縮データを配置することにより,無音部分を作ることなく任意の箇所でループ再生するという効果が記載されているものである。

なお,ADPCM方式により圧縮されたデータは,非圧縮データと同様に,演算処理による遅延時間が問題とはならないことについては,当事者間に争いはない。

2  取消事由1(サポート要件に係る判断の誤り)について

(1)  先端部分の無音部分について

原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明は,連結部における終端部に由来する無音部分及び先端部に由来する無音部分の全部を一体不可分に解消することを課題とする単一の発明であって,「終端部に無音部分がないようにする発明」しか特許請求の範囲として記載されていない本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された発明の客観的範囲を超えたものであって,形式的対応関係が欠如したものであり,発明の詳細な説明に記載された発明とは異なる,所望の効果を奏しない発明を特定しているものであるなどと主張する。

しかしながら,本件明細書には,本件発明の課題として,フレームの後部に無音部分が含まれることにより,繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間に無音部分が生じることを防止することにあることを明記しているのである。本件発明は,ループ再生により曲の終端部に生じる無音部分を解消することを目的とする発明であるが,これに加えて,本件明細書において,ループ再生により繰り返し再生される曲の先端部に圧縮データのデコード遅れによる無音部分が生じることを防止する発明(先頭部のPCMデータの読み出しを始めるとともに,圧縮データの読み出しも始め,圧縮データの伸張処理が終了して,第1番目の伸張済みデータを出力するタイミングで,PCMデータから伸張済みデータへ切り換える構成と,圧縮データの先頭部にはPCMデータを配置しない構成)についても開示しているものの,だからといって,課題及び解決手段を異にする発明を,単一の発明として把握すべきであるということはできない。

なお,本件発明は,繰り返し再生に関し,終端部に由来する無音部分によって生じる課題に対応する構成が特許請求の範囲として記載されているものであり,先端部のデコード遅れにより生じる無音部分に係る課題に対応する構成が特許請求の範囲として記載されているものではない。しかし,サポート要件は,「特許を受けようとする発明」が「発明の詳細な説明に記載したもの」であることを要求するものであり,「発明の詳細な説明に記載したもの」が「特許を受けようとする発明」として記載されていることを要求するものではないから,そのことをもって,発明の詳細な説明に記載されていない発明を特許請求の範囲に記載したものということができないことは明らかであって,請求項1を引用する請求項4の発明(本件発明)が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないということはできない。

原告の主張は採用できない。

(2)  所定の再生処理単位について

特許請求の範囲の請求項1は,「前記圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有し」とされているところ,本件明細書(【0002】)には,MPEG方式では1152サンプル,AAC方式では1024サンプルを1フレームとし,フレーム単位で再生処理を行うものと記載されているものである。本件発明は,一定のサンプル数から構成されるフレーム単位で圧縮楽音データについて再生処理を行うようになっていること,曲の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合,フレームの後部に無音部分が含まれ,繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間に無音部分が生じてしまう問題を解決すべき課題とするものであることからすると,「所定の再生処理単位」及び「フレーム」は,完全に同一の意味を有するとまではいえないとしても,デコード処理を行い,デコードされたデータを用いて再生するという一連の処理を行う単位を意味するものと理解し得るところである。

そうすると,本件発明における「所定の再生処理単位」とは,再生処理の対象として1フレームに含まれる規定数の複数のサンプルを単位として処理することを意味し,最後の「再生処理単位」で処理される圧縮楽音データの元になる楽音データが,規定数のサンプルを含まない場合には,当該「再生処理単位」の後部に無音部分が含まれることになり,この無音部分を再生する可能性のあるものと把握することができるが,「1サンプル」を「再生処理単位」とした場合には,無音部分が含まれる「再生処理単位」の後部が存在しないことは明らかであり,「所定の再生処理単位」において,「1サンプル」を含むものとすることはできない。

原告は,PCMデータやADPCM方式による圧縮データの再生処理は1サンプルずつ行われるから,これら1サンプルも「所定の再生処理単位」に該当すると主張するが,本件明細書における「所定の再生処理単位」の意義を無視した主張であって,失当である。

(3)  ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データのサンプル数について

本件発明は,曲の最後のフレームが規定数のサンプルを含まない場合にフレームの後部に無音部分が含まれることを原因とする,ループ再生における曲の終端部と先頭部との間の無音部分発生を防止するために,「圧縮楽音データ」の後部に,規定のサンプル数によって楽曲データを圧縮する方式ではなく,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を配置する構成を採用するものである。このように,本件発明には,「圧縮楽音データ」の伸張及び出力に引き続いてADPCM方式による圧縮楽音データが出力されるものであるから,楽音データの終了部には,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データが配置されることになる。本件発明における「圧縮楽音データ」とは,規定数のサンプルを有するフレームから構成される楽音データを意味するものであって,本件発明の背景技術にいう,「再生を意図しない無音データ」を生じさせる,各圧縮方式が規定するサンプル数を有しない「曲の最後のフレーム」の楽曲データを含むものではない。

原告は,本件発明において,曲の終端部に配置されるADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データのサンプル数は,剰余数ではない場合を含むものであり,必ず無音データが発生してしまうものであると主張するが,本件発明において,曲の終端部に,非圧縮データと同様に無音部分が生じないADPCM方式の圧縮楽音データを用いるものである以上,原告の主張は採用できない。

(4)  小括

以上からすると,本件明細書の記載は,サポート要件を満たしているものであって,本件審決の判断に誤りはない。

3  取消事由2(明確性の要件に係る判断の誤り)について

(1)  再生処理単位の意義について

前記2(2)のとおり,本件明細書によると,本件発明の「所定の再生処理単位」とは,再生処理の対象である圧縮楽音データの圧縮方式によって定められる規定数の複数のサンプルを単位として処理することを意味するものであって,最後の「再生処理単位」で処理される圧縮楽音データの元になる楽音データが,規定数のサンプルを含まない場合には「再生処理単位」の後部に無音部分が含まれるため,当該無音部分を再生する可能性があることは明らかである。

「再生処理単位」や「フレーム単位」について,技術的意義は不明確であるなどとする原告の主張は採用できない。

(2)  圧縮データを用いる際の構成について

ADPCM方式は,引用例2(甲3,14)において,「伸張する際に処理時間が少ない圧縮方法」として紹介されているとおり,データ圧縮方式の1つであって,同方式により圧縮された圧縮楽音データの構造,読み出し方法,伸張処理方法等は,本件出願時において周知である。

本件発明は,「圧縮楽音データとADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データとから構成される楽音データが記憶された記憶媒体から前記楽音データを圧縮楽音データ,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データの順に読み出して再生する楽音データ再生装置」として特定されているものであるところ,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを伸張するデコーダなどの構成について明示されてはいないものの,ADPCM方式により圧縮されたデータを読み出して伸張する方法が周知技術である以上,本件発明には,周知技術を用いた「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を「読み出して再生する」ために必要なデコーダなどの構成を当然に具備していることは明らかである。

したがって,本件発明は,実質的に上記構成を有しているものというべきである。

原告は,圧縮データを用いる際の構成は不明確であるなどと主張するが,周知のデータ圧縮方式の1つであるADPCM方式に関し,全てについて本件明細書に記載することが必要であるということはできない。原告の主張は採用できない。

(3)  小括

以上からすると,本件明細書の記載は,明確性の要件を満たしているものであって,本件審決の判断に誤りはない。

4  取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について

前記3のとおり,本件発明は,「ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データ」を「読み出して再生する」ために必要な構成を実質的に備えるものである。

そして,ADPCM方式によって圧縮された圧縮楽音データを伸張するデコーダなどの構成について明示されてはいないものの,ADPCM方式により圧縮されたデータを読み出して伸張する方法が周知技術であるところ,本件明細書【0021】には,「楽音データの先頭部および終了部に…圧縮されていないディジタル楽音データを配置したが,これに代えて,例えばADPCM等の圧縮手法を用いた,伸張が短時間で行えるディジタル楽音データを配置してもよい」と記載されている以上,本件明細書の記載によって,当業者は本件発明を実施することができるものということができる。

以上からすると,本件明細書の記載は,実施可能要件を満たしているものであって,本件審決の判断に誤りはない。

5  取消事由4(進歩性に係る判断の誤り)について

(1)  本件発明について

本件発明の認定は,前記1のとおりである。

(2)  引用例1に記載された発明について

引用例1(甲1)によると,引用例1に記載された発明は,以下のとおりのものである。

ア 引用例1に記載された発明は,音源データ圧縮符号化方法に関する発明である。

引用例1に記載された発明の「ルーピング処理」は,生の楽器音等をサンプリングしてディジタル処理したサンプラー音源において,楽音信号波形の発音開始直後等の波形の周期性が不明瞭なフォルマント部分以外の部分においては,楽音の音程(ピッチ,音高)に対応する基本周期で繰り返し現れる繰り返し波形のn周期分(nは整数)を「ルーピング区間」として繰り返し再生するものである(なお,ここにいう「ルーピング処理」は,同じ楽曲を続けて繰り返し再生する「ループ再生」とは異なり,繰り返し再生において曲の終端部のフレームに圧縮されている無音状態まで再生されてしまうため,先頭部が再生されるまでの間に無音状態が生じてしまうという課題を有するものではない。)。

そして,ルーピング区間を持つ楽音信号に対して通常のオーディオPCM信号のビット圧縮処理を施す場合,ルーピング区間の繰り返し波形の接続に問題が生じる。すなわち,ルーピング区間のルーピング開始点とルーピング終端点の値とは,互いに近い値が設定されるものの,全く同じ値ではなく,フィード・フォワード形のデータ圧縮方法では,ルーピング開始点とルーピング終端点との値に差がある場合,デコーダ側のIIRフィルタは過去の出力値(復元データ)をフィードバックして参照するので,ループの折り返し部分の非連続な点により,それ以後の出力にエラーが生じたり,IIR(巡回型)のため,その非連続な繋ぎ目が後々まで伝播されてしまうという問題が生じる。エラー発生を避けるためには,ルーピング区間のデータをデコードして復元した状態で記憶しておき,その信号を用いてルーピング処理すればよいが,これではルーピング区間分のバッファメモリが必要となるため,全体のメモリ容量が増大するという問題が生じる。

引用例1に記載された発明は,音源データの所定周期分(ルーピング区間)の始めの部分,特にルーピングの折り返し点(ルーピングポイント)での非連続性をなくすことができ,しかも記憶容量の増大を防ぐことが可能な音源データ圧縮符号化方法の提供を目的とするものである。

イ 引用例1に記載された発明は,所定周期分のアナログ波形に対応するディジタル・データについて,所定数のサンプル毎のブロック単位で圧縮データ・ワードとその圧縮に関するパラメータとを生成し,所定数の圧縮データ・ワードとそのパラメータとを含む1又は複数の圧縮符号ブロックを構成して記憶媒体にストアする音源データ圧縮符号化法であって,1又は複数の圧縮符号ブロックのうち少なくとも始めのブロックの始めの所定数ワードはストレートPCMのワードがストアされるようにしたことを特徴とするものである。そのため,例えば,ルーピング区間に対応する所定周期分の波形データを圧縮符号化した1又は複数の圧縮符号ブロックのうち少なくとも始めのブロックの始めの所定数ワードをストレートPCMのワードとすることにより,ルーピング処理のルーピングポイントの接続の際,ルーピング開始点のデータとしてストレートPCMのワードをそのまま用いることができ,ルーピング終端点近傍のデータから予測する必要がなく,過去のデータによる影響を受けることがないから,メモリ等の記憶媒体の容量の増大を招くことなく,ルーピングの折り返し点の不連続性によるエラー発生を予防でき,ルーピングノイズ等の発生しない楽音再生が可能となるものである。

(3)  引用発明1の認定の誤りについて

原告は,本件発明及び引用例1に記載された発明は,いずれも「圧縮楽音データは,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有」するものであるから,上記構成(相違点2に係る構成)についても一致点として認定すべきであると主張することから,当該構成を含めて引用例1に記載された発明を認定しなかった本件審決は誤りであると主張するようである。

しかしながら,前記(2)のとおり,引用例1に記載された発明における「ルーピング区間LP」は,入力されたアナログ波形(楽音)の音程に対応する基本周期に基づく「基本周期のn周期分」であって,楽音データの再生における「所定の再生処理単位」ということはできない。

そのほか,前記(2)の引用例1に記載された発明の技術内容に照らして,本件審決の引用発明1の認定に誤りがあるということはできない。

以上からすると,本件審決の引用発明1の認定に誤りはない。

(4)  一致点及び相違点の認定の誤りについて

前記2(2)のとおり,本件発明の「所定の再生処理単位」とは,再生処理の対象として1フレームに含まれる規定数の複数のサンプルを単位として処理することを意味するもので,最後の「再生処理単位」で処理される圧縮楽音データの元になる楽音データが,1フレームにおける規定数のサンプルを含まない場合には当該「再生処理単位」に無音部分が含まれるため,当該無音部分を再生する可能性があるから,「所定の再生処理単位」が「1サンプル」を含むものとすることはできない。

前記(3)のとおり,引用発明1の「ルーピング区間LP」とは,入力されたアナログ波形(楽音)の音程に対応する基本周期に基づく「基本周期のn周期分」であって,楽音データの再生における「所定の再生処理単位」ということはできない。

したがって,本件発明と引用発明1との一致点として,相違点2に係る構成(圧縮楽音データが,楽音データの再生における所定の再生処理単位の整数倍のデータサイズを有する点)についても認定すべきであるとの原告の主張は,その前提において失当であって,採用できない。

以上からすると,本件審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。

(5)  相違点に係る判断の誤りについて

ア 相違点1について

(ア) 引用発明1は,前記(2)のとおり,発音開始直後等の波形の周期性が不明瞭なフォルマント部分以外の部分において,楽音の音程(ピッチ,音高)に対応する基本周期で同じ波形が繰り返し現れており,この繰り返し波形のn周期分をルーピング区間として必要に応じて繰り返し再生することにより,少ないメモリ容量で長時間の持続音を得る際,ルーピング区間のルーピング開始点とルーピング終端点の値とは,同一値ではないため,フィード・フォワード形のデータ圧縮方法では,ルーピング開始点とルーピング終端点との値に差がある場合,デコーダ側のIIRフィルタは過去の出力値(復元データ)をフィードバックして参照するので,ループの折り返し部分の非連続な点により,それ以後の出力にエラーが生じ,また,IIRすなわち巡回型のためその非連続な繋ぎ目が後々まで伝播されてしまうという問題を解決するために,音源データの所定周期分(ルーピング区間)の始めの部分,特にルーピングの折り返し点(ルーピングポイント)での非連続性を解消し,記憶容最の増大を防ぐことを目的とするものである。

(イ) 引用発明1において,ストレートPCMデータ(非圧縮楽音データ)を「音源データの所定周期分(ルーピング区間)の始めの部分」ではなく,ルーピング区間の最後の部分とした場合,ループの折り返し部分の非連続な点が解消されないから,引用発明1の課題を解決することができなくなることは明らかである。

したがって,引用例1に接した当業者に対し,引用発明1のストレートPCMデータと圧縮楽音データとの位置を入れ換えて,ループ再生開始時の対象楽音データをストレートPCMデータから圧縮楽音データとすることにより,楽音データの読み出し順を本件発明のように変更する動機付けが生じるものではないことは明らかである。

(ウ) 引用例2(甲3,14)によると,引用発明2は,「1つの楽音を生成するためのデータのうち先頭部分とその他の部分とで,異なる圧縮方法を用いて圧縮された楽音データを用いることにより,または,伸張処理されたデータのうち,一部を記憶するようにすることにより,発音要求から発音されるまでの遅延時間をなくし,かつ,高効率符号化音声圧(縮)方式を用いることができるようにするもの」であり,「圧縮されていないか,または伸張処理に要する時間が短い第1の圧縮方法により圧縮された第1のデータと,前記第1の圧縮方法より伸張処理に要する時間が長い第2の圧縮方法により圧縮された第2のデータから構成される楽音データを読み出す」ものであるから,「圧縮楽音データの後部に非圧縮楽音データを配置して再生する」ものではない。

したがって,引用発明2は,繰り返し再生において曲の終端部と先頭部との間の無音部分が生じてしまうという課題を解決するために,無音部分を作ることなくループ再生を行うことができる楽音データ再生装置を提供するという,本件発明の課題を開示するものではない。しかも,引用発明2は,上記のとおり,圧縮楽音データの後部に非圧縮楽音データを配置して再生するものではないから,引用発明1に,引用発明2を組み合わせることにより,本件発明の読み出し順を採用することが容易に想到し得るものということもできない。

(エ) 以上からすると,当業者が,相違点1の構成を容易に想到し得るものということはできない。本件審決の相違点1に係る判断に誤りはない。

イ 相違点2について

(ア) 前記(4)のとおり,引用発明1は,相違点2の構成を有するものではない。

(イ) 引用発明2は,所定の楽音の発音要求に対応して即座に発音することを目的とする発明であり,引用例2には,本件発明の課題は開示されておらず,引用発明1との組み合わせを示唆する記載も存在しない。

(ウ) 本件発明並びに引用発明1及び2は,解決課題及び課題解決手段がそれぞれ異なること,引用発明1の楽音データの読み出し順を本件発明のように変更する動機付けが存在するものではないことは先に述べたとおりである。

(エ) したがって,当業者が,引用発明1に引用発明2を組み合わせることにより,相違点2の構成を容易に想到し得るものということはできない。本件審決の相違点2に係る判断に誤りはない。

(6)  小括

以上からすると,本件発明は,当業者が引用発明1に引用発明2を組み合わせることによって,容易に発明をすることができるものということはできない。

6  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)

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