知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10137号 判決 2011年10月18日
原告
岡崎産業株式会社
訴訟代理人弁護士
西田研志
復代理人弁護士
神保宏充
友村智子
上野潤
弁理士
中村和男
被告
Y
訴訟代理人弁理士
高良尚志
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が無効2010-890078号事件について平成23年3月24日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,商標権に対する無効審判請求について,特許庁がした請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,審決における事実誤認の有無,本件商標が商標法4条1項10号又は15号所定の商標に該当するかである。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,「TRAD」の欧文字と「トラッド」の片仮名とを上下二段に横書きしてなり,第28類「スロットマシン,その他の遊戯用器具,ビリヤード用具」を指定商品とする本件商標(登録第5327363号,平成20年6月27日出願,平成22年6月4日設定登録)の商標権者であるところ,原告は,本件商標について,平成22年9月10日に無効審判を請求した。
特許庁は,上記請求を無効2010-890078号事件として審理をした上,平成23年3月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年4月1日原告に送達された。
2 審決の理由の要点
(無効理由)
原告(無効審判請求人)は,無効理由として,商品「スロットマシン」に「トラッド」との名称を含む下記(a)~(h)の「トラッド」,「ニュートラッド1(機種名ニュートラッド)」,「トラッドA」,「トラッドA30」,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」の各商標を引用商標とし,本件商標が,商標法4条1項10号又は15号所定の商標に該当すると主張する。
(a) 機種名 トラッド
販売開始時期:1998年11月
販売台数:3,006台(甲132の1~289)
売上額:893,505,438円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「遊技通信,パチスロ攻略マガジン増刊,攻略パチスロ極技200連発,パチスロ勝,パチスロ必勝ガイド パチスロ大図鑑」(甲4~9)
(b) 機種名 ニュートラッド
販売開始時期:2000年5月
販売台数:14,867台(甲133,134の1~618)
売上額:3,143,860,000円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「Fame,パチスロ必勝ガイド,遊技ジャーナル,娯楽産業,パチスロ攻略マガジン,遊技通信,パチスロ必勝ガイド パチスロ大図鑑」(甲10~18)
(c) 機種名 トラッドA
販売開始時期:2002年10月
販売台数:1,411台(甲135,136の1~38)
売上額:194,645,000円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「パチスロ攻略マガジン,パチスロ必勝ガイド パチスロ大図鑑」(甲19~21)
(d) 機種名 トラッドA30
販売開始時:2002年11月
販売台数:354台(甲137,138の1~13)
売上額:66,730,000円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「パチスロ攻略マガジン,プレイグラフ,娯楽産業,パチスロ必勝ガイド パチスロ大図鑑」(甲22~25)
(e) 機種名 シートラッド
販売開始時期:2008年4月
販売台数:566台(甲139の1~140)
売上額:129,457,500円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「Fame,パチスロ攻略マガジン,娯楽産業」等(甲26~43)
(f) 機種名 シートラッド30
販売開始時期:2008年5月
販売台数:186台(甲140の1~30)
売上額:47,344,500円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「Fame,パチスロ攻略マガジン,娯楽産業」等(甲26~43)
(g)機種名 スロットニュートラッド
販売開始時期:2009年5月
販売台数:814台(甲141,甲142の1~146)
売上額:70,400,000円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「遊技通信,娯楽産業」等(甲44~64)
(h)機種名 スロットニュートラッド30
販売開始時期:2010年7月
販売台数:13台(甲143の1~10)
売上額:4,680,000円(同上)
宣伝広告(雑誌掲載例)
「遊技通信,娯楽産業」等(甲44~64)
(
引用商標中「トラッド」,「ニュートラッド1」,「トラッドA」及び「トラッドA30」の各商標(以下,総称して「使用商標」という。なお,「ニュートラッド1」については単に「ニュートラッド」という。)と本件商標とが類似する商標であるとしても,使用商標が,本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,請求人商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められない。
引用商標中「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」の各商標(以下,総称して「新使用商標」という。)と本件商標とは,外観,称呼及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり,別異の商標というべきである。
したがって,本件商標は,商標法4条1項10号に該当しない。
(
使用商標が,本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,請求人商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められないところからすれば,本件商標に接する需要者は,使用商標を想起又は連想することはないというべきであり,本件商標をその指定商品について使用しても,該商品が請求人又はこれと業務上何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれはない。
したがって,本件商標は,商標法4条1項15号に該当しない。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用商標の認定の誤り)
(1) 審決は,原告がスロットマシンに使用する各商標(以下「原告ペットネーム」という。)のそれぞれを引用商標として,本件商標が商標法4条1項10号又は15号に該当するかを検討し,①「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」及び「トラッドA30」については,本件商標の出願時において,周知性を有していなかったこと,②「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」については,本件商標と類似していないことを理由に,本件商標を無効にすべきでないと判断した。
しかし,審判において,原告が引用例として主張したのは,「原告ペットネーム」ではなく,これら「原告ペットネーム」から構成される一群の「トラッド」という商品群の名称であり(以下「原告ファミリーネーム」という。),この「原告ファミリーネーム」との関係で,本件商標は,商標法4条1項10号又は15号違反として無効にされるべきであると主張したのである。
したがって,審決は,引用例を誤って認定しており,判断遺脱の違法がある。
(2) 原告は,スロットマシンに引用商標を使用しており,これらの総称として,以下のとおり,需要者の間に広く認識されている「トラッド」との原告ファミリーネームを有するものである。
すなわち,原告は,昭和41年12月12日,遊戯用機械器具等の製造販売を目的として設立された株式会社であるところ(設立当初の名称は「株式会社尚球社」),設立当初より「スロットマシン」等の遊戯用機械器具の製造販売を行い,これまでに多くの「スロットマシン」を世に輩出しており,とりわけ,「トラッド」との名称を含む「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」,「トラッドA30」,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」との「スロットマシン」(以下「原告ペットネーム商品」という。)は,原告の看板商品として人気を博している(甲4~64)。
そして,これら原告ペットネーム商品は,取引に資される際,それぞれのブランド名(ペットネーム)のみだけではなく,これに加え,「岡崎産業からトラッドシリーズ最新作」,「岡崎産業を代表するパチスロ機「トラッド」シリーズ」,「岡崎産業の看板作品であるトラッドシリーズ」,「尚球社ブランドの人気コンテンツ「トラッド」シリーズ」,「尚球社時代からの主力機種であるトラッドシリーズ」等とも紹介されており(甲65~131),原告の「トラッド」とのブランド名(ファミリーネーム)からなるスロットマシンシリーズに属する商品としても紹介されてきた。
これらの事実からすると,原告ペットネーム商品は,「トラッド」とのブランド名(原告ファミリーネーム)の下に形成された一種の「トラッド」シリーズという商品群に属する商品と需要者に認識されているといえ,原告のブランド名としては,原告ペットネーム商品のブランド名のみならず,これらの商品を総称するブランド名としての「トラッド」というファミリーネームが存在するということができる。
そして,原告ファミリーネームの周知性を立証するためには,原告ペットネーム商品の使用実績及び宣伝広告等の実績をも考慮に入れるべきである。
審決では,甲65~107について,使用商標中(トラッド,ニュートラッド,トラッドA,トラッドA30)のいずれの商標についての内容か不明であると認定しているが,原告が審判において提出したこれらの書証は,原告ペットネーム商品の個別のブランド名の周知性を立証するためのものではなく,原告ファミリーネームである「トラッド」シリーズが実際の取引の場で使用され,需要者において広く認識されている事実を立証するために提出したのである。
(3) 原告ペットネーム商品の使用実績及び宣伝広告等の実績の基礎となる販売期間は,「平成10年8月21日~平成20年5月29日」(「トラッド」の販売開始時期~「シートラッド30」の販売最終日)であり,総販売台数は「20,390台」,総売上げは「4,475,560,438円」,雑誌への掲載回数は合計で「41回」,その掲載雑誌の総発行部数は,「4,103,494部」となっている。
また,原告ペットネーム商品の総称である原告ファミリーネーム自体の本件出願時までの雑誌掲載回数は,合計で「19回」であり,その掲載雑誌の総発行部数は,「1,811,497部」となっている。
したがって,このような原告ペットネーム商品及び原告ファミリーネームの使用実績及び宣伝広告等の実績に照らせば,本件出願時(平成20年6月27日)において,原告ファミリーネームには,保護すべき業務上の信用が化体していたものであり,周知性を備えていたといえる。
(4) 登録審決時(平成22年5月21日)においても,原告ファミリーネームは,以下のとおり,周知性を備えていたものである。
すなわち,本件出願後,原告ペットネーム商品のうち「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」,「トラッドA30」,「シートラッド」及び「シートラッド30」は,販売がなされなかったものの,「スロットニュートラッド」は,平成21年4月1日に,「スロットニュートラッド30」は,同年7月9日より販売が開始され,これらの販売台数は合計で「827台」,総売上げは「75,080,000円」,雑誌掲載回数は合計で「42回」,掲載雑誌の総発行部数「3,566,794部」となっている。
また,「ニュートラッド」,「シートラッド」及び「シートラッド30」は,本件出願後においても,雑誌に掲載されており,その雑誌掲載回数は合計で「17回」,掲載雑誌の総発行部数「2,499,691部」となっている。さらに,原告ファミリーネーム自体も,本件出願後に雑誌に掲載されており,その掲載回数は合計で「5回」であり,掲載雑誌の総発行部数は,「483,500部」となっている。
そして,このような原告ファミリーネームの使用実績及び宣伝広告等の実績に加え,甲65~107において,原告のスロットマシンが「トラッドシリーズ」と紹介されている事実をも勘案すれば,登録審決時においても,原告ファミリーネームには,保護すべき業務上の信用が化体していたものであり,周知性を備えていたといえる。
2 取消事由2(商標法4条1項10号の判断の誤り)
(1) 本件商標は,「TRAD」及び「トラッド」の文字を上下二段に書してなるところ,原告ファミリーネームは,「トラッド」の文字より構成されるものであるから,両商標からは,共に「トラッド」との称呼が生じ,観念においては,「伝統」との意味合いが生じる。また,両商標の外観についてみれば,本件商標は,原告ファミリーネームにはない「TRAD」との文字を有することから,両商標は,一見,外観において相違するものとも思われるが,該「TRAD」との文字が「トラッド」の文字と同一の称呼及び観念であることからすると,この外観の相違点に非類似と判断するほどの影響力があるとはいえない。
そうすると,両商標は,称呼,観念及び外観のいずれにおいても同一又は類似するから,両商標を全体的に考察すれば,これらが取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等が大きく異なるということはない。
(2) 本件商標は,その指定商品を第28類「スロットマシン,その他の遊戯用器具,ビリヤード用具」とするところ,該指定商品中「スロットマシン」は,原告ファミリーネームの商品「スロットマシン」と同一の商品であるから,本件商標の指定商品は,原告ファミリーネームの商品と同一又は類似するものである。
(3) 以上より,本件商標は,原告ファミリーネームと類似する商標であり,また,その指定商品も原告ファミリーネームの商品と同一又は類似するものである。
そして,前記のとおり,原告ファミリーネームは,本件商標の出願時及び登録審決時において,商標法4条1項10号にいう,「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」に該当するものである。
したがって,本件商標は,原告ファミリーネームとの関係において,その出願時及び登録審決時に商標法4条1項10号に該当する。
3 取消事由3(商標法4条1項15号の判断の誤り)
(1) 審決は,引用例を「使用商標」として,これが需要者の間に広く認識されていた「商標」とは認められないことから,本件商標が商標法4条1項15号に該当しないと判断しているから,商標法4条1項15号の引用例は「商標」でなければならないとの考えに基づき,その該当性について判断をしたものと考えられる。
しかし,商標法4条1項15号における引用例としては,同法2条1項に規定される「商標」であることを要件としておらず,むしろ,他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標であれば,商標登録を受けることができないことが明確に規定されている。このことは,周知又は著名な商品等の表示を使用する者の正当な利益を保護するために,周知表示又は著名表示へのただ乗り(フリーライド)及び当該表示の希釈化(ダイリューション)を防止する同条の趣旨からしても明らかといえる。
したがって,審決は,商標法4条1項15号を誤って解釈している。
(2) しかも,原告は,前記1のとおり,審判において引用例として主張したのは,「原告ペットネーム」ではなく,これら「原告ペットネーム」から構成される一群の「トラッド」という商品群の名称であるにもかかわらず,審決は,本件商標の商標法4条1項15号該当性判断の際に考慮する引用例を「使用商標」に限っており,原告ファミリーネームに基づく該当性判断を行っていないから,判断遺脱の違法がある。
(3) 既に述べたとおり,原告ペットネーム商品は,需要者の間で,原告ファミリーネームの下に形成された「トラッド」シリーズという一種の商品群として認識されてきたから,被告が,原告ファミリーネームと類似する本件商標を,原告の業務に係る商品「スロットマシン」と同一又は類似する本件商標の指定商品に使用すれば,これに接する需要者において,該商品が原告又はこれと何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれがある。
したがって,本件商標は,その出願時及び審決時において,商標法4条1項15号に該当する。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
原告は,原告ペットネーム商品のブランド名のみならず,これらの商品を総称するブランド名としての「トラッド」というファミリーネームが存在すると主張するが,原告が実際に使用したことのある商標は,個別の商品毎の商標である「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」,「トラッドA30」,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」のみであり,これらの個別商標の総称としての商標「トラッド」を原告自身が使用したという具体的な事実については,甲4~144及び151のいずれにも見当たらず,そのような事実が存在したことは原告自身も主張していない。
実際には,平成14年12月5日発行の雑誌(甲128)の商標「トラッド30」を付したスロットマシンについての紹介において,「トラッドシリーズ」の語が用いられた記事が1件あるほかは,本件出願日の直前である平成20年4月以降,販売されたスロットマシンについての紹介等において「トラッドシリーズ」等の語が用いられた記事が掲載されているにすぎないから,原告が主張する個別商標の総称としての商標「トラッド」(原告ファミリーネーム)は,原告によってその商品に使用されたこともなく,商標としての実体がないものである。
仮に,個別商標の総称としての商標「トラッド」なるものが存在したとしても,総称としての商標とは別異の商標である個別商標の使用が総称としての商標「トラッド」の使用となることはない。また,総称としての商標とは別異の商標である個別商標のみが使用されても,その個別商標に化体した商標使用者の業務上の信用が総称としての商標,特に,原告により使用されたことのない総称としての商標に化体することはない。
しかも,仮に,個別商標の総称としての商標「トラッド」が存在したとしても,本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,原告商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められない。
2 取消事由2に対し
本件商標は,「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」及び「トラッドA30」の使用商標と類似する商標であるとしても,使用商標が,本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,原告商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められないから,本件商標は,商標法4条1項10号に該当しない。
なお,原告が主張する個別商標の総称としての商標「トラッド」は,前述のとおり,原告によってその商品に使用されたこともなく,商標としての実体がないものであるから,商標法4条1項10号に規定される「他人の業務に係る商品若しくは役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」には該当し得ない。
3 取消事由3に対し
審決は,前述のように,商標としての実体がない総称としての「トラッド」商標ではなく,個別商標を引用商標と認定した上で,本件商標と類似しない商標を除いた使用商標について,周知・著名性に関する認定を行った結果,「本件商標の登録出願日及び登録審決日の時点において,請求人商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められない」と認定したものであり,その認定・判断に誤りはない。
なお,仮に,個別商標の総称としての「トラッド」が存在したとしても,前述のように,それが本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,原告商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていたとは認められない。
したがって,本件商標をその指定商品について使用しても,該商品が原告又はこれと業務上何らかの関係を有する者の取扱いに係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれはなく,本件商標は,商標法4条1項15号に該当しないので,審決の結論に影響は及ばない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(引用商標の認定の誤り)について
(1) 原告は,審判において,原告が引用例として主張したのは,「原告ペットネーム」ではなく,これら「原告ペットネーム」から構成される一群の「トラッド」という商品群の名称,すなわち「原告ファミリーネーム」であり,この「原告ファミリーネーム」との関係で,本件商標は,商標法4条1項10号又は15号違反として無効にされるべきであると主張したのであるから,審決は,引用例を誤って認定しており,判断遺脱の違法があると主張する。
しかし,審決は,本件商標の商標法4条1項10号又は15号該当性を判断する前提として,商品「スロットマシン」に使用される「トラッド」との名称を含む「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」,「トラッドA30」,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」の各商標を引用商標として掲示し,そのうち「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」及び「トラッドA30」の使用商標については,本件商標とが類似する商標であるとしても,本件商標の出願日及び登録審決日の時点において,原告商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されていた商標とは認められないと判断するとともに,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」の新使用商標については,本件商標とは外観,称呼及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であり,別異の商標というべきであると判断したものである。
そして,後記(2)のとおり,審決の上記判断にいずれも誤りがなく,引用商標が,原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとは認められない使用商標と,本件商標と相紛れるおそれのない非類似の新使用商標とからなる以上,それらの総称として原告が主張する,「原告ファミリーネーム」であるところの「トラッド」商標が,原告の「スロットマシン」を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたといえないことは明らかであり,その点に関して審決に明示の判断がないとしても,審決に引用例の誤認や判断遺脱の違法が生じるものではなく,原告の主張は,採用することができない。
(2) 原告は,原告ペットネーム商品及び原告ファミリーネームの使用実績及び宣伝広告等の実績に基づき,本件出願時(平成20年6月27日)及び登録審決時(平成22年5月21日)において,原告ファミリーネームである「トラッド」商標が,「スロットマシン」に使用される商標として周知性を備えていたと主張する。
しかし,引用商標のうち「トラッド」,「ニュートラッド」,「トラッドA」及び「トラッドA30」の使用商標については,当該商標を付した「スロットマシン」が販売されたのが,平成10年8月から平成16年4月までであり,その後は本件出願時まで約4年間全く販売されていない(平成21年4月に「ニュートラッド」が6台販売されたのみである。甲134の617,618)こと,使用商標を付した「スロットマシン」が販売開始された平成10年8月から本件商標の出願時までの期間における販売台数は,多くとも1万9638台(甲144)であって,当該期間における我が国におけるスロットマシンの販売台数約1500万台に対する市場占有率は,わずか0.13パーセントにすぎないこと,「シートラッド」,「シートラッド30」,「スロットニュートラッド」及び「スロットニュートラッド30」の新使用商標を付した「スロットマシン」は,本件出願の直前である平成20年4月以降販売が開始されたものであるが,新使用商標と本件商標とは外観,称呼及び観念のいずれの点においても相紛れるおそれのない非類似の商標であること,原告がファミリーネームであるとする「トラッド」商標については,雑誌,インターネット等において「トラッド」シリーズとして紹介された記事が散見されるが,原告自らが「トラッド」商標を付したシリーズ商品としての宣伝を積極的に展開していた旨を原告において主張立証するものではないことなどを考慮すると,原告がファミリーネームとする「トラッド」商標が,本件出願時及び登録審決時のいずれにおいても,原告商品を表示するものとして,需要者の間に広く認識されるに至っていたとは認められないというべきである。したがって,原告の前記主張は,採用することができない。
2 取消事由2(商標法4条1項10号の判断の誤り)について
原告がファミリーネームとする「トラッド」商標は,前示のとおり,本件出願時及び登録審決時のいずれにおいても,原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至っていたとは認められないから,商標法4条1項10号所定の「他人の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されている商標」ということはできない。
したがって,その余の点について検討するまでもなく,本件商標は,商標法4条1項10号に該当するものではない。
3 取消事由3(商標法4条1項15号の判断の誤り)について
原告がファミリーネームとする「トラッド」商標と,引用商標のうち本件商標と類似しない新使用商標を除いた使用商標とは,前示のとおり,本件出願時及び登録審決時のいずれにおいても,原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されるに至っていたとは認められない。
したがって,本件商標をその指定商品について使用しても,当該商品が原告又はこれと関連性を有する者の業務に係る商品であるかのように,商品の出所について混同を生ずるおそれはなく,本件商標は,商標法4条1項15号に該当するものではない。
原告は,審決が,本件商標の商標法4条1項15号該当性判断の際に引用例を「使用商標」に限定し,原告ファミリーネームに基づく該当性判断を行っていないから,判断遺脱の違法があると主張する。
しかし,前示のとおり,審決は,引用商標のうち,使用商標は,原告商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されていたとは認められないとし,新使用商標は,本件商標と相紛れるおそれのない非類似の商標と認定したことから,本件商標が商標法4条1項15号に該当しないと判断したものであり,そうである以上,それらの総称として原告がファミリーネームとする「トラッド」商標が,原告商品に使用される商標として周知であったといえないことは明らかであるから,その点に関して審決に明示の判断がないとしても,審決に判断遺脱の違法が生じるものではなく,原告の主張は,採用することができない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 清水節 裁判官 古谷健二郎)