知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10140号 判決 2011年12月19日
原告
X
被告
特許庁長官
指定代理人
吉川潤
同
中澤登
同
木村孔一
同
須藤康洋
同
田村正明
主文
1 特許庁が不服2010-4969号事件について平成23年3月8日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,佐藤制御株式会社が名称を「気相成長結晶薄膜製造装置」とする発明につき特許出願をし,その出願名義人が最終的には原告となっていたところ,特許庁から拒絶査定を受けたので,原告がこれに対する不服の審判請求をし,平成23年1月4日付けでも全文変更を内容とする補正(同補正により発明の名称が「気相成長結晶薄膜製造方法」と変更された。)をしたが,特許庁から請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 争点は,上記補正後の請求項1ないし5に係る発明(以下順に「本願発明1」等という。)が下記各引用例との関係で進歩性を有するか(特許法29条2項),である。
記
引用例1:国際公開第98/59090号公報(発明の名称「PROCEDE DEREALISATION D'UN DEPOT A BASE DE MAGNESIE」(日本語訳「酸化マグネシウムを基礎とする層を付着させる方法」),公開日 1998年(平成10年)12月30日,乙1。以下,これに記載された発明を「引用発明」という。)
引用例2:特開2000-44238号公報(発明の名称「二酸化錫膜の製造方法および太陽電池」,公開日 平成12年2月15日,乙2。以下,これに記載された発明を「乙2発明」という。)
第3当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
佐藤制御株式会社は,平成12年5月22日,名称を「気相成長結晶薄膜製造装置」とする発明について特許出願(特願2000-188412号,公開特許公報は特開2001-335922号〔甲1〕)をし,その後出願人たる地位は,Aを経て原告に譲渡されたが,その後の複数回の補正をするも,平成21年11月13日付けで拒絶査定を受けたので,原告はこれに対する不服の審判請求をした。
特許庁は,上記請求を不服2010-4969号事件として審理し,その中で原告は,最終的には平成23年1月4日付けで全文変更を内容とする補正(請求項の数5,変更後の発明の名称「気相成長結晶薄膜製造方法」,乙4,以下「本件補正」という。)をしたが,特許庁は平成23年3月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年3月30日原告に送達された。
(2) 発明の内容
本件補正後の請求項の内容は,次のとおりである(乙4)。
・ 【請求項1】 結晶薄膜の原料となる超微粒子又は化合物を水又は溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,超音波を用いて,準備した液体から超微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ,発生させたこの霧を,搬送ガスを用いて高温炉の内部に搬入し,この高温炉の中で高温の超微粒子又は化合物と高温の水又は溶液の霧に分解し,前記高温の水又は溶液の霧を排出しながら,前記高温の超微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法であって,
前記基板表面にマイクロ波を照射しながら高温の超微粒子を前記基板表面上に結晶を成長させることを特徴とする気相成長結晶薄膜製造方法。
・ 【請求項2】 基板回転装置を用いて前記基板を回転させることを特徴とする請求項1記載の気相成長結晶薄膜製造方法。
・ 【請求項3】 霧発生用の複数個の霧発生装置を用いて発生する霧を,並列に高温炉の内部に搬入するようにし,霧の流量の調節を行うことを特徴とする請求項1又は2記載の気相成長結晶薄膜製造方法。
・ 【請求項4】 霧発生用の複数個の霧発生装置を用いて発生する霧を,時間をあけて高温炉の内部に搬入し多層の結晶薄膜を作ることを特徴とする請求項1又は2記載の気相成長結晶薄膜製造方法。
・ 【請求項5】 超音波にて超微粒子又は化合物を含有した5ミクロンの霧粒に調整することを特徴とする請求項1,2,3又は4記載の気相成長結晶薄膜製造方法。
(3) 審決の内容
ア 審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その要点は,本願発明1ないし5は引用発明・乙2発明及び周知技術に基づいて当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が容易に発明をすることができたから特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
イ なお,審決が認定した引用発明の内容,本願発明1と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア) 引用発明の内容
「マグネシウムの有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液を超音波発生器を備えた容器に入れ,前記溶液を超音波による噴霧化操作により霧を発生させ,前記霧をベクターガスにより,導管を通じてチャンバー内のプレートの誘電体表面へ運び,前記チャンバーでは,誘電体表面を約380℃から430℃の温度へ上昇させたプレートに霧が接近するにつれて溶媒が蒸発し,マグネシウムの有機金属化合物を熱分解させてプレートの表面に多結晶化された酸化マグネシウムの付着層を生じさせる方法」
(イ) 一致点
本願発明1と引用発明は,「結晶薄膜の原料となる微粒子又は化合物を溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,超音波を用いて,準備した液体から微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ,発生させたこの霧を,搬送ガスを用いて高温炉の内部に搬入し,この高温炉の中で高温の微粒子又は化合物と高温溶液の霧に分解し,前記高温の微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法」である点で一致する。
(ウ) 相違点A
本願発明1は,結晶薄膜を形成する原料となる微粒子として「超微粒子」を用いているのに対し,引用発明では「微粒子」を用いている点
(エ) 相違点B
本願発明1は,「高温の水又は溶液の霧を排出しながら,」基板表面上に結晶を成長させているのに対し,引用発明では,蒸発した溶媒を排出する点について特定されていない点
(オ) 相違点C
本願発明1は,「基板表面にマイクロ波を照射しながら高温の超微粒子又は化合物を前記基板表面上に結晶を成長させ」ているのに対し,引用発明では,マイクロ波を照射する点について特定されていない点
(4) 審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(引用発明認定の誤り,一致点認定の誤り,引用例2等に記載された発明の認定の誤りを含む。)
(ア) 引用例1の記載事項について
a 引用例1(乙1)に開示された方法によって製造される膜は非晶質膜(アモルファス)であり,本願発明1のような結晶薄膜ではない。本願発明1の方法では,超微粒子又は化合物を表面拡散させながら基板表面上に結晶成長させることで「完全結晶」が作成される。
b 引用例1の用途は「耐水性」であり,本願発明1~5の「化合物半導体」とは異なる。
c 引用例1の霧粒の大きさは5~15ミクロンであるのに対し,本願発明1の超微粒子の大きさは0.2~1.0ナノメートルであり(甲4の5頁16行),その差は104~105倍の違いがある。
(イ) 引用例2の記載事項について
引用例2(乙2)に開示された方法は,甲2(共立出版株式会社「標準 機械設計図表便覧 改訂増補2版」,642頁)の(1)式を考慮して温度制御したとは解されず,また,原子レベルの表面拡散が考慮されていないから,結晶薄膜は形成されない。このほか,引用例2の霧粒の大きさは,1~20ミクロンである。
(ウ) 乙3(引用例3,特開平6-88238号公報,発明の名称「酸化物薄膜の蒸着方法」,公開日 平成6年3月29日)の記載事項について
通常,CVD,PVD法による薄膜は,すべて非結晶である。
そして,引用例3(乙3)に開示された方法は,原子レベルの薄膜が形成されても表面拡散がなく,甲2の(1)式に示す輻射熱の制御が行われていないから,プラトー(完全結晶)ができず,結晶薄膜は形成されない。
(エ) 引用発明の「チャンバー」と本願発明の「高温炉」について
本願発明1の「高温炉」は,霧粒を接触させて熱分解し,原子レベルの原子,分子単体を作る機能と,甲2(1)式に示す輻射熱を均一にする内部炉体の二つの機能を有するものであるのに対し,引用発明の「チャンバー」はそのような機能を有しない。
本願発明1では,甲2(1)の式で輻射熱温度が制御された機能を有する「高温炉」の内壁に,霧粒を接触させて完全に熱分解し,原子レベルの高温の超微粒子又は化合物単体となり,その後,表面拡散しながら基板上に完全結晶(プラトー)を作製する。
これに対し,引用発明では,単にプレート面上に微粒子又は化合物を積層するものである。
その結果,両者は気相成長法であるが,引用発明では,本願発明1の高温の超微粒子よりも105倍も大きな霧粒が次々に積層され非結晶ができる。
このように,引用発明の「チャンバー」は本願発明1の「高温炉」には相当せず,審決の認定は誤りである。
イ 取消事由2(相違点判断の誤り)
(ア) 相違点Aの判断について
審決は,引用例1及び2が基板に結晶薄膜を形成するものであると判断するが,誤りである。また,大きさが105倍異なる本願発明1の「超微粒子」と引用例2の霧粒とを同義に扱い,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは適宜選択し得る設計事項にすぎないとした審決の判断は誤りである。
(イ) 相違点Bの判断について
引用例2には,結晶薄膜を製造するとの記載は見当たらないから,引用例1及び2から相違点Bに係る本願発明1の特定事項が容易想到であるとした審決の判断は誤りである。また,引用例3のCVD装置で製作される薄膜はすべて非結晶薄膜であるから,引用例3の記載に基づいて適宜なし得る事項であるとした審決の判断は誤りである。
(ウ) 相違点Cの判断について
特開昭62-284085号公報(甲12),特開平10-152779号公報(甲11)は,結晶薄膜を作製できないために,旧態の技術のままで電子製品を生産している。
したがって,相違点Cにつき容易想到とした審決の判断は誤りである。
(エ) 作用効果について
本願発明1は,高温炉の内壁に霧粒を接触させて熱分解し,表面拡散から結晶が成長して完全結晶ができるプラトーを使用した化合物半導体であり,これは,審決が引用したいずれの文献にも記載されていない。
(オ) 本願発明2~5について
本願発明1と同様,これらの発明も,引用例1,2及び周知技術から容易想到ではない。
2 請求原因に対する認否
請求の原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 本願発明の概要,技術常識などについて
ア 審決は,平成23年1月4日付けで提出された手続補正書(乙4)により補正された明細書(本願明細書)の特許請求の範囲の請求項1~5に記載された発明をそれぞれ「本願発明1~5」(以上を併せて「本願各発明」という。)と認定したところ,この認定について,誤記を含めて,当事者間に争いはない。
そこで,本願発明1の特定事項を分説すると,以下のとおりである(なお,(ア)~(カ)は,便宜上付与したもの。)。
(ア) 結晶薄膜の原料となる超微粒子又は化合物を水又は溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,
(イ) 超音波を用いて,準備した液体から超微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ,
(ウ) 発生させたこの霧を,搬送ガスを用いて高温炉の内部に搬入し,
(エ) この高温炉の中で高温の超微粒子又は化合物と高温の水又は溶液の霧に分解し,
(オ) 前記高温の水又は溶液の霧を排出しながら,前記高温の超微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法であって,
(カ) 前記基板表面にマイクロ波を照射しながら高温の超微粒子又は化合物を前記基板表面上に結晶を成長させることを特徴とする気相成長結晶薄膜製造方法。
イ 本願明細書(乙4)によれば,上記特定事項(ア),(イ),(エ),(カ)の「超微粒子」の大きさは,「0.01~0.5ミクロン」(段落【0003】)であるとされる。
また,上記特定事項(エ)の「高温炉」の温度は,酸化錫導電膜(ITO)を製作する場合は560℃,その他,製膜材料の種類に応じて,上は1200℃,下は200℃(同段落【0004】)とされており,本願明細書には記載されていないが,技術常識に照らせば,上記高温炉はこれらの所定温度とすべく何らかの制御がなされていると推認される。
ウ また,本願発明1~5の方法により製造される結晶薄膜の用途について,本願明細書(乙4)の段落【0001】,【0008】によれば,本願発明1~5は,絶縁物や透明導電膜,超伝導材料,外壁塗料など,あらゆる用途に用いる結晶薄膜を製造することを想定している。
エ さらに,本願発明1~5の方法により製造される結晶薄膜の結晶構造について,本願明細書の段落【0003】によれば,本願発明1~5は,結晶薄膜について,格子欠陥のない「完全結晶」の製造を志向しているといえるが,後述するように,上記方法によって完全結晶ができるとまではいえない。
オ ところで,本願各発明に関連する技術分野における出願時の技術常識について説明すると,本願各発明は,気相成長により基板表面上に結晶薄膜を形成するものであり,乙6((社)表面技術協会編「表面技術便覧」,初版第1刷,764頁左欄22行~26行,図6.1)によれば,CVD法又はPVD法による薄膜の形成方法と原理を同じくする発明である。そして,CVD法やPVD法では,製膜条件,例えば加熱炉や基板の温度を制御することで,結晶膜,非結晶膜(アモルファス膜)のいずれも製膜でき,このことは技術常識であるといえる(乙6~8参照)。
すなわち,乙6~8には,それぞれ次の記載がある。
・ 乙6
「図6.28には,生成物の構造に及ぼす析出温度と過飽和度の関係を示す。・・・すなわち過飽和度が低くなるにつれて,析出物は粉体から,微粒子よりなる多結晶膜,柱状組織,単結晶・エピタキシャル膜へと変化する。低温で過飽和度が大きい場合は非晶質膜が得られる場合がある。」(792頁右欄28行~793頁左欄5行)
・ 乙7(特開平6-120150号公報)
「・・・前記薄膜の主成分の全部または略全部がアモルファス状態になる温度の上限値をT1,前記薄膜の主成分の全部または略全部が多結晶状態となる温度の下限値をT2とすると,前記薄膜の成膜工程を,被処理雰囲気の温度をT1以下またはT2以上に設定して行う・・・」(特許請求の範囲【請求項1】)
「・・・即ちシリコン層の成膜工程の温度が580℃以下では表面はアモルファス状態,620℃以上では多結晶状態である。・・・」(段落【0024】)
・ 乙8(特開平4-77344号公報)
「一般に,基板加熱温度が350℃以上の高温である場合には,膜中の原子の拡散が容易に起こるため,成膜状態では非晶質の膜であっても,スパッタリングが継続されるうちに結晶薄膜に変化するのであるが,基板加熱温度が低く,また膜厚が薄く,スパッタリング時間が短い場合は,結晶化が起こらず,良質な膜が得られず,これが低比抵抗の膜が得られない原因となるのである。」(2頁左下欄12行~19行)
(2) 取消事由1に対し
ア 完全結晶の主張につき
(ア) 原告は,本願発明1の方法により製造される結晶薄膜は「完全結晶」であると主張するが,同主張にはそもそも何ら根拠がなく,失当である。本願明細書(乙4)には,「マイクロ波を基板5の表面に照射して表面拡散を助け高温の超微粒子の結晶成長を助長する」(段落【0005】)と記載されているものの,「完全結晶」を得たことを示す記載はない。
(イ) ところで,意見書説明と題して原告自らが作成した甲5によれば,「ITOによる結晶薄膜の抵抗値が1.5Ω以下を実現」(2頁13行~14行)したことが「完全結晶」を得るための根拠であり,前記抵抗値は,平成23年1月4日付け意見書(乙5)によれば,「4点表面電気抵抗測定器による表面抵抗」(2頁21行~22行)であるとされる。確かに,格子欠陥が少なくなれば電気抵抗値は小さくなるが,甲3(結晶転移論)の1頁3行~5行に記載されるように,「完全に規則正しい原子配列を持った理想結晶は実在しない」のであるから,「完全結晶」が「格子欠陥の極めて少ない結晶薄膜(プラトーという)」(本願明細書の段落【0008】)を指すものであるとしても,ある結晶構造が完全結晶であるか否かは電気抵抗値のみからではわからず,電子顕微鏡で観察すること等が必須である。すなわち,電気抵抗のみを測定して,本願発明1によって製造された結晶薄膜が完全結晶であるということはできない。
なお,結晶薄膜の抵抗値は,結晶薄膜の長さに比例し,厚さに反比例するから,どのような形状の結晶薄膜において抵抗値を測定したのかを明らかにしなければ(又は「Ω・cm」の単位で表現される比抵抗を測定しなければ),抵抗値がどのような値であったとしても,その値は何らの技術的意義を有しないことを指摘しておく。
(ウ) 前記(1)オのとおり,CVD法やPVD法では,製膜条件,例えば加熱炉や基板の温度を制御することによって,結晶膜,非結晶膜(アモルファス膜)のいずれも成膜できるのであるから,通常,CVD,PVD薄膜は全て非結晶であるとする原告の主張には根拠がない。
そして,引用例1(乙1)の「アモルファス領域なしに,実用的に耐水性を有するのに十分な密度の多結晶化された酸化マグネシウムの付着層をもたらす。」という記載に基づいて,引用発明の認定において,「プレートの表面に多結晶化された酸化マグネシウムの付着層を生じさせる」とした審決に誤りはない。
イ 用途の差異につき
本願発明1は,「・・・高温の超微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法」であって,用途については何ら特定されておらず,本願明細書中にも,その用途を限定して解釈すべき記載はない。
そして,前記(1)ウのとおり,本願発明1で製造される結晶薄膜はあらゆる用途を想定しているのであって,化合物半導体のみに特化したものではないから,引用例1に記載されたものが耐水性の多結晶化膜に特化したものだからといって,本願発明1の用途を限定的に解する理由はない。
ウ 粒径の差異につき
前記(1)イのとおり,本願明細書には,本願発明1の超微粒子の大きさは「0.01~0.5ミクロン」であると記載されているところ,当該大きさについて,「0.2~1.0ナノ(メートル)」であるとする原告の主張は,本願明細書の記載に基づかないものである。
また,原告は,引用例1の霧粒の大きさは5~15ミクロン,引用例2の霧粒の大きさは1~20ミクロンであると主張するが,引用例1及び2には,霧粒の大きさについて何ら記載されておらず,原告の主張には根拠がない。
エ 引用発明の「チャンバー」と本願発明の「高温炉」につき
本願明細書(乙4)には,「霧粒は高温炉の壁に接触して高温の超微粒子と高温の水蒸気あるいは溶剤のガスとなります。」(段落【0003】),「高温炉の壁に接触させて高温の超微粒子が得られるのであります。」(同段落【0004】)と記載されているものの,原告が主張するような「原子レベルの原子,分子単体を作る」ことを示す記載はなく,霧粒を高温炉の壁に接触させるための指針となるような説明は一切ない。
また,甲2(標準 機械設計図表便覧)には,(1)式として輻射伝熱係数の式が,(2)式として熱貫流の式がそれぞれ示されているだけであって,気相成長に用いる高温炉の熱輻射制御について指針となるような説明は一切なく,本願明細書には,これらの式に基づいて熱輻射制御が行われていることについて何ら記載がない。
したがって,原告の主張には根拠がなく,引用発明の「チャンバー」が本願発明1の「高温炉」に相当するとした審決の判断に誤りはない。
(3) 取消事由2に対し
ア 相違点Aの判断につき
引用例2(乙2)には,次の記載がある。
・ 「・・・膜形成基板の表面温度は,錫化合物の熱分解温度以上,600℃以下とすることにより,緻密で光線透過率の高い,低抵抗のSnO2膜を形成することができる。」(段落【0013】)
・ 「膜形成用基板1は,ヒータ9により加熱される搬送ベルト12からの伝熱とマッフル炉11内からの輻射熱により表面温度を550℃に保持した。」(段落【0017】)
・ 「・・・光波長400nm~800nmの可視領域における光線透過率が50~95%,体積抵抗が1×10-6Ω・cm~1×10-2Ω・cmという透明導電膜として要求される電気的,光学的特性を満たす,白濁の無いSnO2膜が40%以上の収率で得られた。本実施例では,そのうち,この良質な膜が最も高収率で得られた550℃に膜形成用基板の表面温度を設定した。」(段落【0018】)
・ 「・・・膜形成用基板の表面温度が400℃未満であると,二塩化ジメチル錫の熱分解速度が低下するため,SnO2膜の形成速度が大きく低下し,膜質が悪化し膜抵抗が増大した。また,600℃を越える温度に加熱するとガラス製の膜形成用基板が変形し,SnO2膜の形成が急速に起こり,SnO2の結晶粒子径が大きくなり,膜表面の凹凸による入射光の散乱により,膜が曇る現象が生じた。また,形成用基板上に形成されるSnO2膜2の膜厚も不均一であった。」(段落【0019】)
以上の記載によれば,引用例2には,気相成長の膜形成用基板の表面温度を550℃に設定することにより,緻密で光線透過率の高い,低抵抗のSnO2膜を形成する技術が開示されているといえる。このことは,前記(1)オにおける,基板温度を制御することにより結晶膜を製膜できるとするPVD法,CVD法の原理とも整合するから,引用例2に記載されている「膜形成用基板に形成されたSnO2膜」は結晶欠陥の少ない結晶薄膜であり,引用例2は結晶薄膜を製造する技術を開示するものであるといえる。
したがって,MgO膜を製膜する技術を開示する引用例1,SnO2膜を製膜する技術を開示する引用例2のぞれぞれについて,「気相成長により結晶薄膜を製造するという技術分野が共通」するとした審決の判断に誤りはない。
また,審決は,超微粒子と霧粒とを同義に扱っていないから,原告の主張はそもそも審決を正解しないものである。
そして,引用例2の段落【0010】に記載されているように,超音波振動の周波数に応じて微粒子の粒径を変えることができることは本願出願時に公知の技術であるから,「結晶薄膜を形成する原料となる単体又は化合物として,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは,原料となる単体又は化合物の種類や,結晶薄膜の製膜条件に応じて,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない」とした審決の判断に誤りはない。
イ 相違点Bの判断につき
前記アのとおり,引用例2は結晶薄膜を製造する技術を開示するものであるから,引用例1及び2より相違点Bに係る本願発明1の特定事項は想到容易であるとした審決の判断に誤りはない。
また,引用例3(乙3)には,次の記載がある。
・ 「・・・本発明の方法により形成される薄膜は,基板に対してエピタキシャルであり,単一結晶相であり,透明であり,また一般に従来技術に記載されている技法で製作した薄膜よりも質が高い。」(段落【0010】)
・ 「本発明の方法に使用するのに適した好ましいCVD装置を図1に例示するが,その他の従来のCVD装置を利用してもよい。」(段落【0029】)
・ 「・・・次いで,この霧を適当なキャリヤーガスによって,低温帯域10と高温帯域12とを有する反応器8へ運搬する。低温帯域10は,単源前駆体の霧を即座に揮発させ,反応生成物の単源前駆体蒸気を形成するのに十分に高い温度で保たれている。高温帯域12は,反応生成物を分解させ,そして金属M’イオンと金属M”イオンとを反応させて,内部に配置される基板14の表面に複合金属化合物の薄膜を形成させるのに十分に高い温度で保たれている。」(段落【0030】)
以上の記載によれば,引用例3には,図1に示されるCVD装置を用いて基板に薄膜を形成することにより,基板に対してエピタキシャルであり,単一結晶相でありかつ透明である結晶薄膜を形成する技術が開示されているといえる。このことは,前記(1)オにおける,基板温度の制御により結晶膜を製膜できるとするPVD法,CVD法の原理とも整合する。よって,引用例3に記載されている「複合金属酸化物薄膜」は,基板に対してエピタキシャルであり,単一結晶相でありかつ透明であるといえる。
したがって,相違点Bについて,引用例3の記載に基づいて適宜なし得る事項であるとした審決の判断に誤りはない。
ウ 相違点Cの判断につき
特開昭62-284085号公報(甲12)には,「また,フェライト膜の結晶化が不十分な場合は,マイクロ波,赤外線,レーザー光あるいは紫外線を照射して結晶化を進めてもよい。」(2頁右下欄18行~20行)との記載があり,特開平10-152779号公報(甲11)には,「マイクロ波発信器が,気化原料を構成する分子の一部を分解するマイクロ波を気化原料に照射するため,気化原料の一部が分解されて基板の表面に到達するので,通常よりも低温で結晶性が良好な膜を迅速に形成することができる。」(段落【0096】)との記載がある。
以上の記載からすれば,甲11,12には,基板上に結晶薄膜を成長させるに当たり,マイクロ波を照射することで結晶成長を助長させる技術が開示されており,このような技術は出願時に周知の技術であるといえる。
したがって,引用発明において,周知のマイクロ波照射を併用することで,相違点Cに係る本願発明1の特定事項は想到容易であるとした審決の判断に誤りはない。
エ 作用効果につき
前記(1)ウのとおり,本願発明1は化合物半導体のみに特化したものではない。また,前記(2)アのとおり,完全結晶であるか否かは電気抵抗の測定のみからではわからず,電子顕微鏡で観察すること等が必須であり,さらに完全に規則正しい原子配列を持った理想結晶は実在しないのであるから,電気抵抗のみを測定して,本願発明1の結晶薄膜は完全結晶であるとする原告の主張は失当である。
オ なお,原告は,本願発明2~5についても縷々主張するが,本願発明1の進歩性を否定した審決の判断に誤りはないから,本願発明2~5に係る原告主張の当否は,結論を何ら左右しない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本願各発明は引用例1及び2並びに周知技術からは容易想到とすることはできず,特許庁が改めてその審理をやり直すべきものと判断する。その理由は,次に述べるとおりである。
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 容易想到性の有無
審決は,本願発明1~5は,引用発明及び乙2発明並びに周知技術に基づいて当業者が容易に想到できるとし,一方,原告はこれを争うので,以下検討する。
(1) 本願各発明の意義
ア 本願明細書(本件補正後のもの,乙4)には,次の記載がある(図は公開公報〔甲1〕による。)。
(ア) 特許請求の範囲
【請求項】 前記第3,1(2)のとおり。
(イ) 発明の詳細な説明
・ 【発明の属する技術分野】
「半導体産業,電気通信産業,建築産業の機能材料を使用する分野に於いて結晶体と非結晶体の持つ性能の違いは非常に大きい事が知られている。本発明は結晶薄膜を安く簡単に製造する方法とその結晶薄膜製造装置を提供することであります。結晶化すると柔らかになるが電気特性が向上するものと金属酸化物の様に透明で硬く絶縁物となる物や透明で導電性の優れた透明導電膜あるいは超伝導材料の用途がこの範疇に入ります。また金属酸化物の超微粒子又は同化合物を超音波霧を使つて高温炉の中で組み合わせる方法は屈折率の異なる透明度の高い材料を作れるので光通信部品の製造を可能にし,建築では外壁塗装に使用すると半永久的使用に耐える塗装が完成できる事であります。」(段落【0001】)
・ 【従来の技術】
「結晶薄膜を作るには高温の粒子が基板の表面に軟着陸して表面拡散しながら結晶が成長する時に出来ると考えられている。従来の薄膜製造法にはPVD法とCVD法がありPVD法には真空蒸着法,高周波法,アーク放電法,イオンプレーテング法,スパッタ法が知られている。いずれの場合も結晶膜を作る条件に合わないので非結晶膜ができている。一度生成した膜を熱処理を行っても結晶化は進むが格子欠陥の数が変わらないので結晶薄膜は生成されないのである。従来スパッタ法が用いられるのは材料の成分が変わらない事とピンホール等欠陥の少ない膜が得られる事に因るものである。CVD法は高温の中で分解反応薄膜生成を同時に行うので酸素欠損や不純物の混入,高温粒子の温度不均一が発生しその制御量が多すぎて機能性結晶薄膜の生産は行われていない。さらにコストを低下させる方法としてスプレイ法,希釈法,ゾルゲル法等が研究されているが結晶成長の条件に合わず満足できる製造法は完成されていない。」(段落【0002】)
・ 【発明が解決しようとする課題と課題を解決するための手段】
「第一の課題は目的とする材料の完全結晶を作ることであります。本発明は大気圧高温炉の中で高温の超微粒子の気体を作り基板を超微粒子の温度より少し低い温度に保持し高温の超微粒子が基板の表面に柔らかく表面拡散をしながら堆積する構造とした気相成長法による完全結晶の薄膜製造方法を完成した事であります。高温の超微粒子の温度は高温炉の温度で定まり超微粒子が溶解する温度(例えば1600度C)より遥かに低い温度であるため成分が解離することなく超微粒子の成分のままで第一層から結晶が成長する事になります。第二の課題は結晶薄膜を製造する原料の供給方法に超音波霧を使用したことであります。この方法は原料の超微粒子を水又は溶液に混濁しゾル状の液に超音波を通すと霧が発生します。この霧は超音波の周波数が1~2MHzの時大きさが約5ミクロン程度の霧粒となります。原料の超微粒子は一般に0.5~0.01ミクロンですから沢山の超微粒子を含んだ霧粒が発生する事になります。この霧粒を搬送用の空気又はガスを用いて高温炉の中に送り込みます。霧粒は高温炉の壁に接触して高温の超微粒子と高温の水蒸気あるいは溶剤のガスとなります。ここで高温の超微粒子は基板の表面に結晶薄膜を作り,又高温の水蒸気あるいは溶剤のガスはそのまま排気されるのです。この方法の特徴は(1),非常に取り扱いが難しい超微粒子をゾル状の液として取り扱うことが出来るので一般薬品と同じ扱いが出来る。(2),大気圧の超音波霧を大気圧の高温炉に搬送するので特別な装置器具を必要としない。原料供給量の増減は超音波発信器の出力を変化させるだけでよい特徴を有するものである。(3),霧発生装置を複数個準備してそれぞれに原料を入れ霧の流量を調節して並列に高温炉に搬送するとその成分比の結晶薄膜が出来る。又直列に時間をあけて搬送するとその成分の多層膜が出来ます。第三の課題は結晶薄膜に対する機能要求は(A)完全結晶方位に起因する物と(B)格子欠陥の無い完全結晶(結晶方位に無関係)を必要とする例がある。(A)は単結晶半導体から加工する例に示すように結晶の方位を揃える製作は難しい。(B)は非結晶と結晶の差を機能に利用して性能向上を計る事である。本発明は(B)に属するものでその使用例は金属単体から化合物に応用することができ,特に金属酸化物ではそれぞれの材質に合った透明度,硬さ,屈折率,絶縁物としての結晶薄膜が得られます。酸化錫を含む金属酸化物を用いて結晶薄膜を作ると透明度が高く,硬く,一定の屈折率のある,電気伝導度の高い透明導電膜が得られるものである。又超伝導材料の製造に使用するものである。」(段落【0003】)
・ 【作用】
「薄膜製造の原料となる超微粒子は材料が非常に小さい微細な粒子となっても原料と同じ成分を保持し,常温で非常に高い活性度を有するために自然に放置すると燃焼したり,静電気を帯びて取扱が非常に難しい欠点を持っている。本発明はこれらの欠点を超音波霧を用いて解消し,この超微粒子の特徴を更に増加するために高温炉の中で高温の超微粒子の気体を作り,気相成長法を用いて新しい成分の結晶薄膜を製作するものである。この薄膜を金属酸化物の高温の超微粒子を用いて製作すると平滑で格子欠陥が少なく透明で硬く,更に加工の出来る結晶薄膜を製作する事が出来ます。高温の超微粒子を作る方法は原料となる超微粒子を水又は溶液に溶かしゾル状としその液に超音波を加え液を超微粒子を含んだ霧とし空気又は不活性ガスと共に高温炉の中に搬入し,あらかじめ超微粒子と水(又は溶剤)が分離する温度に加熱された高温炉の壁に接触させて高温の超微粒子が得られるのであります。加熱された高温炉の温度は超微粒子化合物が分解する温度より低く又超微粒子と水(溶剤)が分離する温度以上の温度範囲の温度を使用します。一般に使用される温度は酸化錫透明導電膜を製作する場合は560度Cを使用します。この温度は材料の種類によって異なるが高温のもので1200度C,低温のもので200度C範囲の温度が使用されます。搬入された霧は炉内の高温壁に接触し高温の超微粒子と高温の水蒸気(又は溶剤)に分解し,高温の超微粒子は基板表面に結晶薄膜を形成し,水蒸気は炉内に留まる事が出来ず排出されます。結晶薄膜の成分は超音波霧によって搬入される超微粒子の原料成分,によって決まり,膜の厚さは気相成長時間によって決まります。この様に大気圧で結晶成長させるのは製造装置の製作を簡単にする目的のためであるが更に厚い膜の良い結晶を得るためには結晶成長測度が最も早い20Torr付近の圧力で結晶薄膜を作ると良いことが知られている。又この方法の特徴は霧の発生量を超音波発信器の出力を製膜中に外部から電気的に調節出来るのであらゆる種類の結晶薄膜を自由に製作出来る特徴が得られる事であります。(段落【0004】)
・ 【実施例】
「以下,添付図面に従つて実施例を説明する。第1図は本発明の気相成長結晶薄膜製造方法を実施するための結晶薄膜製造装置の略図を示す。炉体1の左側に超微粒子2aを水又は溶剤に溶かしたゾル状の液体2を入れ,超音波発信機6bに接続した超音波発生器6によって超微粒子2aを含んだ霧4を発生させ,空気又は混合ガス10を用いて右側加熱炉7の内部炉体1に霧4を搬送する構造となっている。加熱炉7の内部に到達した霧4は高温の壁に接触して高温の超微粒子と高温の水蒸気となり,水蒸気又は溶剤の霧4は炉の内部に留まること無く排出ガス10aと共に排出される。高温の超微粒子は基板加熱器8を用いて加熱炉より少しだけ低い温度に保持してある基板5の表面に到達して表面拡散をしながら堆積して結晶薄膜を形成する構造となっている。マイクロ波発信機9はマイクロ波を基板5の表面に照射して表面拡散を助け高温の超微粒子の結晶成長を助長する目的のものであります。」(段落【0005】)
・ 「第2図は本発明を実施するために製作した結晶薄膜製造装置の断面図を示す。原料の超微粒子2aを水又は溶剤に混合したゾル状の液体2を超音波発信機6bに接続した超音波発生器6に連結し発生した霧4と搬送用ガス導入バルブ10bから供給されるガスを第1霧導入バルブ13を通して加熱炉7内に搬入します。高温炉に供給された霧は加熱炉7の炉壁に接触して高温の超微粒子3と水蒸気の霧に分離し高温の超微粒子3は基板5を加熱する加熱器8で設定した温度で結晶を製膜する構造となっている。マイクロ波発信器9は基板5表面の結晶成長を助長する事,基板回転装置12は基板の表面に均一な結晶薄膜を製造する事が目的である。炉内で発生した霧は排気ガス除去装置11を通して排出されます。合金,化合物等成分の異なる結晶薄膜の製作は第2霧導入バルブ14に複数個の霧発生装置を取り付け霧に含まれる成分と流量を調節する事で異なった機能を有する結晶薄膜が製作出来る事が特徴である。また多層膜を作る場合は複数個の霧発生装置を順次直列に操作することによって性質の異なる薄膜の多層膜を製造する事が出来る特徴を有するものである。(段落【0006】)
・ 【第2図】
file_2.jpg・ 【発明の効果】
「・・・本発明は高温の超微粒子の気体を高温の大気炉の中で作り,その気体から気相成長法によって成分や配合比を極限まで制御が出来る薄膜製造方法を提供するものである。この装置で製作した結晶薄膜は格子欠陥の少ない良質で硬い,しかもコストが安く,加工の出来る薄膜を大気圧高温炉の中で直接製造する事が出来る高温の超微粒子による気相成長薄膜製造方法を提供するものである。」(段落【0008】)
イ 上記記載によれば,本願各発明は,目的とする材料の「完全結晶」を作ること等を課題とし,これを解決するために,結晶薄膜を製造する原料の供給方法として超音波霧を使用し,高温の超微粒子の気体を高温の大気炉の中で作り,その気体から気相成長法によって成分や配合比を極限まで制御できる薄膜製造方法を提供することにより,格子欠陥が少なく,良質で硬い,かつコストが安く,加工ができる薄膜を大気圧高温炉の中で直接製造することができるとされる発明であると認めることができる。
(2) 引用発明の意義
ア 引用例(乙1,訳文)には,次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲
・ 【請求項1】
ディスプレイパネルのガラスプレート(4)の誘電体表面に酸化マグネシウムを基礎とする層を付着させる方法であって,
- 溶媒に溶解させたマグネシウムの有機金属化合物から霧を発生させ,
- 前記霧をプレート(4)の誘電体層へ運び,
- 約380℃から430℃の温度へ上昇させたプレートの誘電体層に接近した時に溶媒を蒸発させ,
- 有機金属化合物を熱分解させてプレートの表面に酸化マグネシウムを基礎とする付着層を生じさせ,有機金属化合物の有機系の基を蒸発させて,前記付着層は実質的に耐水性であることを特徴とする方法。
(イ) 発明の詳細な説明
・ 「溶液は,溶液を噴霧化する液滴発生器2を備えた容器1に入れられる。この発生器は容器1の低部で溶液に突っ込んだ超音波発生器であることが好ましい。溶液は実質的に一定の温度であり,しかも容器1は温度制御されていることが好ましい。超音波による噴霧化操作により,実質的に同じサイズの液滴を有する高精度な均一性の霧が発生し,厚さが実質的に一様な液滴になる。」(原文4頁32行~5頁4行)
・ 「ベクターガス10は容器1の頂部に導入され,プレートの誘電体表面に向かって霧を運ぶ。」(原文5頁6行~同8行)
・ 「容器1は閉じており,末端は霧と交差するように設計された導管3の上部である。この導管3はプレート4の表面の付近でチャンバー5へ通じており,末端がノズル6になっている。」(原文5頁11行~同14行)
・ 「しかしながら,霧がノズルに達する前に霧を予め加熱することが好ましく,200℃から300℃の温度へ上昇させることが好ましい。この加熱は導管3を加熱することにより行われる。加熱装置を図1に,参照番号9で示す。」(原文5頁29行~同33行)
・ 「チャンバー5では,プレート4の誘電体表面を約380℃から430℃の温度へ上昇させ,霧が接近するにつれ溶媒を蒸発させ,有機金属化合物の熱分解により,誘電体表面に酸化マグネシウムの付着と前記化合物の有機系の基の蒸発を引き起こす。チャンバー5では,更に,大気圧に維持されることが好ましい。」(原文5頁34行~6頁5行)
・ 「この種の条件により,アモルファス領域なしに,実用的に耐水性を有するのに十分な密度の多結晶化された酸化マグネシウムの付着層をもたらす。」(原文6頁6行~同8行)
file_3.jpgイ 上記記載によれば,引用発明は,ディスプレイパネルのガラスプレートの誘電体表面に酸化マグネシウムを基礎とする層を付着させる方法に関する発明であって,アモルファス領域なしに,実用的に耐水性を有するのに十分な密度の多結晶化された酸化マグネシウムの付着層をもたらす発明であると認めることができる。
(3) 乙2発明の意義
ア 引用例2(特開2000-44238号,発明の名称「二酸化錫膜の製造方法および太陽電池」,乙2)には,次の記載がある。
・ 【発明の属する技術分野】
「本発明は,二酸化錫膜の製造方法,およびその二酸化錫膜を透明導電膜として用いた太陽電池に関するものである。」(段落【0001】)
・ 【発明が解決しようとする課題】
「・・・本発明は,導電性および透明性に優れた高品質のSnO2膜を低コストで均質に,かつ大面積製膜できる製造方法を提供することを目的とする。本発明は,また,前記の方法により得られたSnO2膜を透明導電膜として用いることにより,高変換効率の太陽電池を安価で再現性よく提供することを目的とする。」(段落【0007】)
・ 【発明の実施の形態】
「本発明は,錫化合物と,ドープ材料としてのフッ素化合物またはアンチモン化合物とを溶解させたソース溶液を霧化して微粒子化し,これをあらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより,微粒子化された溶液中の化合物を基板表面または基板近傍で熱分解し,基板表面にフッ素またはアンチモンがドープされたSnO2膜を形成させるものである。本発明では,ソース溶液中の錫化合物とドープ材料との濃度を一定にすることにより,前記微粒子中の濃度を一定に制御できるので,基板上に形成されたSnO2膜中へのフッ素またはアンチモンのドープ量を一定に制御することが可能となる。これにより,均一な透明性と導電性を有するSnO2膜を形成できる。」(段落【0009】)
・ 「ソース溶液を微粒子化させる方法としては,超音波振動を用いる方法が有効であり,超音波振動のエネルギ-量を調整することにより微粒子の粒径を自由に制御することができる。これにより微粒子が所定の温度に加熱された基板の表面に到達する時に,微粒子中の溶媒が気化し,さらに微粒子中の錫化合物とドープ材料も気化するように粒子径を制御することができる。これにより,錫化合物とドープ材料の熱分解反応を均一に生じさせることができ,基板上に均一で良質なSnO2膜を大面積に形成させることが可能となる。しかも,超音波振動という簡便な方法を用いるので,こうした高品質のSnO2膜を低価格で形成できる。より均一で良質なSnO2膜を低コストで得るためには,超音波振動の周波数が10kHz~3MHzの超音波振動子を用いることが好ましい。周波数がこの範囲内であれば,SnO2膜の形成速度を速くし,膜質の安定化を図ることができる。超音波振動の周波数が3MHzを越える場合,微粒子の粒径は小さくなるが,超音波振動子に高出力のものがないため,ソース溶液を微粒子化できる量が不足し,SnO2膜の製膜速度が遅くなる。また,超音波振動の周波数が,10kHz未満の場合,微粒子の粒径が過度に大きくなるため,基板表面での錫化合物の分解反応が不均一となり,形成されたSnO2錫の膜質均一性が低下する傾向がある。」(段落【0010】)
・ 【実施例】
「以下に,具体的な実施例を挙げて本発明をより詳細に説明する。
《実施例1》錫化合物として二塩化ジメチル錫を用いて,図1に示す二酸化錫膜の製膜装置により,膜形成用基板1上にSnO2膜2を形成した。二塩化ジメチル錫粉末100gとフッ化アンモニウム粉末4gを360ccの水に溶解させて調製したソース溶液8をソース容器3に入れ,周波数1MHzの超音波振動子4を稼働させ,ソース溶液8を中心粒径が10μmの微粒子7に霧化させた。この霧化微粒子7を,キャリアガス導入管6から導入したキャリアガスとしての空気とともに,微粒子噴出口5から噴出させ,これらを微粒子導入管10を経てマッフル炉11内に導入した。マッフル炉11内に導入された霧化微粒子7をマッフル炉11中を移動する金属製搬送ベルト12上に載置したガラス製の膜形成用基板1の表面に接触させてSnO2膜2を形成させた。」(段落【0016】)
・ 「・・・製膜に利用されなかった霧化微粒子7や気化した錫化合物,フッ素化合物および水は,廃ガス排出管13を通して排出させた。・・・」(段落【0017】)
・ 「なお,膜形成用基板の表面温度が400℃未満であると,二塩化ジメチル錫の熱分解速度が急速に低下するため,SnO2膜の形成速度が大きく低下し,膜質が悪化し膜抵抗が増大した。また,600℃を越える温度に加熱するとガラス製の膜形成用基板が変形し,またSnO2膜の形成が急速に起こり,SnO2の結晶粒子径が大きくなり,膜表面の凹凸による入射光の散乱により,膜が曇る現象が生じた。また,形成用基板上に形成されるSnO2膜2の膜厚も不均一であった。」(段落【0019】)
・ 【発明の効果】
「本発明によれば,簡単な製造装置を用いて,導電性,光透過性および耐候性に優れ,大面積でも均一な膜質のSnO2膜を製膜することができる。また,前記SnO2膜を透明導電膜として用いることにより,変換効率の良好なCdS/CdTe太陽電池,CIS太陽電池などの各種太陽電池を安価に提供することができる。また,本発明により得られるSnO2膜を各種電子機器などの表示面などに用いることにより,これらを低コスト化,高性能化することができる。」(段落【0032】)
イ 上記記載によると,乙2発明は,導電性及び透明性に優れた高品質のSnO2膜を低コストで均質に,かつ大面積製膜できる製造方法を提供すること,上記方法により得られたSnO2膜を透明導電膜として用いることにより,高変換効率の太陽電池を安価で再現性よく提供することを目的とし,そのために,錫化合物と,ドープ材料としてのフッ素化合物又はアンチモン化合物とを溶解させたソース溶液を霧化して微粒子化し,これをあらかじめ加熱した膜形成用基板の表面に接触させることにより,微粒子化された溶液中の化合物を基板表面又は基板近傍で熱分解し,基板表面にフッ素又はアンチモンがドープされたSnO2膜を形成させるものであり,これにより,簡単な製造装置を用いて,導電性,光透過性及び耐候性に優れ,大面積でも均一な膜質のSnO2膜を製膜することができるものと認められる。
(4) 検討
ア(ア) 特許に関する審判において特許法29条2項(進歩性)の適用が問題とされる場合,その進歩性有無の検討は,拒絶査定不服審判の例においては,①出願に係る発明(本願発明)の確定,②対比される各発明(1つのときは「引用発明」,複数のときは「主引用発明」(1つ)と「副引用(各)発明」)の確定,③本願発明と(主)引用発明との一致点の認定,④本願発明と(主)引用発明との相違点(複数のことが多い)の認定,⑤(各)相違点についての判断(当該相違が副引用発明・周知例から容易に克服できるものであったか),の順で進められ,上記⑤についてその相違点が副引用発明等からして容易に克服できるものであると解されるときは本願発明に進歩性はなく(特許性なし),逆に容易に克服できるものではないと解されるときは本願発明に進歩性なしとはいえない(特許性あり),とするのが通例であり,本件審決もこれに従って判断がなされている。
ところで,審決がなした上記③にいう一致点の認定に誤りがあって,本願発明と(主)引用発明との一致点とされた事項が実は一致点ではなかったときは,当該事項に係る相違点についての認定判断がないままに(すなわち相違点を看過して)判断したことになるから,その看過が重大な事項であるときは,審決は違法として取り消すべきものと解される。
(イ) そこで,以上の見地に立って,本件について検討する。
前記のとおり,本願発明1(請求項1)は,「結晶薄膜の原料となる超微粒子又は化合物を水又は溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,超音波を用いて,準備した液体から超微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ,発生させたこの霧を,搬送ガスを用いて高温炉の内部に搬入し,この高温炉の中で高温の超微粒子又は化合物と高温の水又は溶液の霧に分解し,前記高温の水又は溶液の霧を排出しながら,前記高温の超微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法であって,前記基板表面にマイクロ波を照射しながら高温の超微粒子を前記基板表面上に結晶を成長させることを特徴とする気相成長結晶薄膜製造方法」であり,一方,引用発明(乙1)は,「マグネシウムの有機金属化合物を溶媒に溶解した溶液を超音波発生器を備えた容器に入れ,前記溶液を超音波による噴霧化操作により霧を発生させ,前記霧をベクターガスにより,導管を通じてチャンバー内のプレートの誘電体表面へ運び,前記チャンバーでは,誘電体表面を約380℃から430℃の温度へ上昇させたプレートに霧が接近するにつれて溶媒が蒸発し,マグネシウムの有機金属化合物を熱分解させてプレートの表面に多結晶化された酸化マグネシウムの付着層を生じさせる方法」であるところ,審決は,本願発明1と引用発明は「結晶薄膜の原料となる微粒子又は化合物を溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,超音波を用いて,準備した液体から微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ,発生させたこの霧を,搬送ガスを用いて高温炉の内部に搬入し,この高温炉の中で高温の微粒子又は化合物と高温溶液の霧に分解し,前記高温の微粒子又は化合物を基板表面上に結晶を成長させて,結晶薄膜を作る気相成長結晶薄膜製造方法」である点で一致する,とする。
しかし,以下に述べる次第により,一致点に関する審決の上記判断は是認することができない。
(ウ) すなわち,本願明細書(乙4)には前記(1)アのとおりの記載があり,段落【0003】,【0004】,【0006】等の記載からすれば,本願発明1の「高温炉」においては,超微粒子を含んだ霧粒が高温炉の壁に接触することによって,高温の超微粒子と高温の水蒸気(又は溶剤)に分解するように,炉自体が,超微粒子化合物が分解する温度より低く,また超微粒子と水(溶剤)が分離する温度以上の温度範囲の温度に加熱されるものと認められる。
一方,引用発明(乙1)は,審決が認定するとおり,「前記霧をベクターガスにより,導管を通じてチャンバー内のプレートの誘電体表面へ運び,前記チャンバーでは,誘電体表面を約380℃から430℃の温度へ上昇させたプレートに霧が接近するにつれて溶媒が蒸発し,マグネシウムの有機金属化合物を熱分解させてプレートの表面に多結晶化された酸化マグネシウムの付着層を生じさせる」ものであって,プレートは加熱されているものの,チャンバー自体が加熱されるものではない。また,引用発明の明細書(乙1)及び図面において,チャンバー自体が加熱されることや,霧がチャンバーの壁に接触して分解されることは記載されていない。
また,前記のとおり,本願発明1の「高温炉」は,超微粒子を含んだ霧粒が高温炉の壁に接触することによって,高温の超微粒子と高温の水蒸気(又は溶剤)に分解させるために,炉自体が,超微粒子化合物が分解する温度より低く,また超微粒子と水(溶剤)が分離する温度以上の温度範囲の温度に加熱されるものであり,一方,前記のとおり,引用発明(乙1)の「チャンバー」は,それ自体が加熱されるものではない。
そうすると,それ自体が加熱されていない引用発明(乙1)の「チャンバー」は,炉自体が,超微粒子化合物が分解する温度より低く,また超微粒子と水(溶剤)が分離する温度以上の温度範囲の温度に加熱される本願発明1の「高温炉」に相当するとはいえない。
したがって,引用発明(乙1)の「チャンバー」につき,本願発明1の「高温炉」に相当するとした審決の一致点の認定は誤りというほかなく,本件出願に関する全証拠を検討しても,本願発明1の特徴点である「超微粒子を含んだ霧粒が高温炉の壁面に接触して分解すること」は記載されていないから,上記一致点の認定の誤りは,審決の結論に影響を及ぼすおそれがあるというべきである。
(エ) 被告の主張に対する判断
被告は,本願明細書(乙4)には原告が主張するような「原子レベルの原子,分子単体を作る」ことを示す記載はなく,霧粒を高温炉の壁に接触させるための指針となるような説明は一切ない旨,甲2(標準 機械設計図表便覧)には,(1)式として輻射伝熱係数の式が,(2)式として熱貫流の式がそれぞれ示されているだけであって,気相成長に用いる高温炉の熱輻射制御について指針となるような説明は一切なく,本願明細書には,これらの式に基づいて熱輻射制御が行われていることについて何ら記載がない旨主張する。
確かに,本願明細書(乙4)には,「原子レベルの原子,分子単体を作る」ことを示す記載はなく,また,甲2の(1)式に基づいて熱輻射制御が行われていることについても何ら記載されていないが,いずれにしても,前述のとおり,本願明細書(乙4)には,超微粒子を含んだ霧を高温炉の壁に接触させて,高温の超微粒子と高温の水蒸気(又は溶剤)に分解させることが明記されており,また,前記のとおり,引用発明(乙1)の「チャンバー」は,本願発明1の「高温炉」に相当するとはいえないから,被告の主張は採用することができない。
(オ) 小括
以上のとおり,原告主張の取消事由1(引用発明の認定の誤り,一致点認定の誤り)は理由がある。
イ 取消事由2(相違点判断の誤り)について
前記アのとおり,原告主張の取消事由1は理由があるものであるが,審理の経緯にかんがみ,念のため取消事由2についても検討する。
(ア) 相違点Aの判断につき
審決が認定した本願発明1と引用発明との相違点Aは,前記のとおり「本願発明1は,結晶薄膜を形成する原料となる微粒子として『超微粒子』を用いているのに対し,引用発明では『微粒子』を用いている」点である。
そして,原告の主張は必ずしも明らかではないが,「乙2発明の『微粒子』は,結晶薄膜の原料の粒ではなく『霧粒』のことなので,本願発明1の『超微粒子(結晶薄膜の原料の粒)』と引用例2の『霧粒(微粒子)』を同義に扱い,『微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは適宜選択し得る設計事項にすぎない』とした審決の判断は誤っている。」旨主張するものと解される。
これに対し,審決は,相違点Aについて,「・・・引用文献2には,・・・微粒子の粒径を小さくすること,つまり,超微粒子とすることが示唆されているといえるが,・・・粒径を小さくすればよいというものでもないとも記載されており,この記載に接した当業者は,製膜速度を考慮して粒子径を選択するとの教示を得るものといえる。そうすると,引用文献2は引用文献1と同じ気相成長方法により結晶酸化薄膜を製造するという技術分野が共通しており,しかも,SnO2粒子にあてはまることは酸化マグネシウム粒子にもあてはまることが推認されるから,結晶薄膜を形成する原料となる単体又は化合物として,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは,原料となる単体又は化合物の種類や,結晶薄膜の製膜条件に応じて,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない。」(12頁1行~15行)と判断している。
以上の判断内容からすれば,審決は,引用例2(乙2)の「微粒子」と本願発明の「超微粒子」につき,粒径は異なるものの,いずれも結晶薄膜の原料の粒であることを前提として判断しているものと認められる。
ところで,本願発明1には,「結晶薄膜の原料となる超微粒子又は化合物を水又は溶液に溶かしてゾル化した液体を準備し,超音波を用いて,準備した液体から超微粒子又は化合物を含有した霧を発生させ」と記載されているから,本願発明1の「超微粒子」は,結晶薄膜の原料の粒を意味するものであって,「霧」の粒の中に含有されているものと認められる。
一方,引用例2(乙2)には,前記(3)のとおりの記載があり,同記載からすれば,引用例2(乙2)では,錫化合物と,ドープ材料としてのフッ素化合物又はアンチモン化合物とを溶解させたソース溶液を,超音波振動によって微粒子に霧化するものであるから,ここでいう「微粒子」とは,結晶薄膜(SnO2膜)の原料の粒ではなく,「霧」の粒を意味するものと認められる。
他方で,審決は,引用例2(乙2)の「微粒子」と,本願発明の「超微粒子」とを,いずれも結晶薄膜の原料の粒であることを前提として判断しているところ,前記のとおり,本願発明1の「超微粒子」は,結晶薄膜の原料の粒であり,引用例2(乙2)の「微粒子」は結晶薄膜の原料の粒ではなく「霧」の粒を意味するものであるから,審決の判断は,その前提が誤っていることになる。
そうすると,誤った前提に基づいて行った,「引用例2には,・・・微粒子の粒径を小さくすること,つまり,超微粒子とすることが示唆されているといえる」,及び,「結晶薄膜を形成する原料となる単体又は化合物として,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは,原料となる単体又は化合物の種類や,結晶薄膜の製膜条件に応じて,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない」との判断も誤っていることは明らかであるから,この判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものである。
(イ) 被告の主張に対する判断
被告は,「審決は,超微粒子と霧粒とを同義に扱っていないから,原告の主張はそもそも審決を正解しないものであり,引用例2の段落【0010】に記載されているように,超音波振動の周波数に応じて微粒子の粒径を変えることができることは本願出願時に公知の技術であるから,『結晶薄膜を形成する原料となる単体又は化合物として,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは,原料となる単体又は化合物の種類や,結晶薄膜の製膜条件に応じて,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない』とした審決の判断に誤りはない。」と主張する。
しかし,前記(ア)のとおり,審決は,引用例2(乙2)の「微粒子」と,本願発明の「超微粒子」とを,いずれも結晶薄膜の原料の粒であることを前提として判断している。そして,前記のとおり,引用例2(乙2)の「微粒子」は,「霧」の粒を意味するものであから,審決は,「超微粒子」と霧粒とを同義に扱っていることになる。
他方,前記のとおり,本願発明の「超微粒子」は,結晶薄膜の原料の粒であって,霧粒の中に含有されているものであるから,結晶薄膜の原料の粒である超微粒子と霧粒とを同義に扱うのは明らかに誤りであり,この誤った判断に基づいて,「結晶薄膜を形成する原料となる単体又は化合物として,微粒子を用いるか超微粒子を用いるかは,原料となる単体又は化合物の種類や,結晶薄膜の製膜条件に応じて,当業者が適宜選択し得る設計事項に過ぎない」とした審決の判断も誤りであることになる。
(ウ) 小活
以上のとおり,本願発明1と引用発明との相違点Aにつき,引用例1,2及び周知技術から容易想到とはいえないから,本願発明1にさらに限定を加えた本願発明2ないし5についても,同様に,容易想到とはいえないことになる。
したがって,その余の相違点について判断するまでもなく,原告主張の取消事由2も理由があることになる。
3 結論
以上のとおり,審決には,上記のような誤りがあることになるから,これを取り消すべきである。
よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 東海林保 裁判官 矢口俊哉)