知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10160号 判決 2012年2月28日
原告
ソルヴェイ(ソシエテ アノニム)
訴訟代理人弁理士
志賀正武
同
渡辺隆
同
実広信哉
同
堀江健太郎
被告
特許庁長官
指定代理人
井上雅博
同
小出直也
同
唐木以知良
同
芦葉松美
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2008-26381号事件について平成22年12月27日にした審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法」とする発明について,1996年(平成8年)10月4日(パリ条約による優先権主張1995年(平成7年)10月23日,フランス)を国際出願日とする特許出願(特願平9-516231号。以下「本願」という。)をしたが,平成20年7月7日付けで拒絶査定を受けた。これに対し,原告は,平成20年10月14日,上記拒絶査定に対する不服審判の請求をし(不服2008-26381号),平成22年7月26日に手続補正をした(以下「本件補正」という。本件補正後の請求項の数8)。
特許庁は,平成22年12月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(付加期間90日),その謄本は平成23年1月11日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載
本件補正後の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。)。
「ヒドロフルオロ化アンチモン触媒(但し,五フッ化アンチモン及び/又は三フッ化アンチモンは除く)の存在下で1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンをフッ化水素と液相中で連続的に反応させる1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法であって,
1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施され,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離し,
1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン1モル当たり5~100モルのフッ化水素を使用する製造方法。」
3 審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特願平07-44094号(以下「先願」という。)の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲及び図面(以下,これらを併せて「先願明細書」という。)に記載された発明と同一であり,本願の発明者が先願に係る上記の発明をした者と同一ではなく,またこの出願の時において,その出願人が先願の出願人と同一でもないので,特許法29条の2の規定により,特許を受けることができない,というものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,先願明細書に記載された発明(以下「先願発明」という。)の内容,先願発明と本願発明との対比について,次のとおり認定,判断した。
(1) 先願発明の内容
「1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを五塩化アンチモンまたは三塩化アンチモンからなるアンチモン触媒存在下フッ化水素により液相フッ素化することを特徴とする1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法において,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対するフッ化水素のモル比は5~30の範囲であり,流通式反応装置において実施し,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは塩化水素とともに反応器から気体状態で取り出す方法」
(2) 先願発明と本願発明との対比
ア 先願発明の「1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを・・・フッ化水素により液相フッ素化することを特徴とする1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法」は,本願発明の「1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンをフッ化水素と液相中で・・・反応させる1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法」に相当する。
イ 先願発明の「五塩化アンチモンまたは三塩化アンチモンからなるアンチモン触媒」は,本願発明の「ヒドロフルオロ化アンチモン触媒(但し,五フッ化アンチモン及び/又は三フッ化アンチモンは除く)」に相当する。
ウ 先願発明の「1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対するフッ化水素のモル比は5~30の範囲」である方法は,本願発明の「1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン1モル当たり5~100モルのフッ化水素を使用する」方法と,その範囲が重複する。
エ 先願発明の「流通式反応装置において実施」する方法は,本願発明の「連続的に反応させる」方法に相当する。
オ 先願発明の「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは塩化水素とともに反応器から気体状態で取り出す方法」は,本願発明の「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離」する方法に相当する。
カ 先願発明と本願発明は,いずれも「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施され」る方法である。
キ したがって,本願発明と先願発明に差異はない。
第3取消事由に関する当事者の主張
1 原告の主張
(1) 取消事由1(先願発明の認定の誤り)
審決は,先願明細書の段落【0015】及び【0017】の記載から,先願明細書には,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを五塩化アンチモン又は三塩化アンチモンからなるアンチモン触媒存在下において,フッ化水素により液相フッ素化して,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造するに当たり,流通式反応装置を選択して1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応を実施し,かつ,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素と共に反応器から気体状態で取り出す態様を選択して実施することが記載されていると認定する。
しかし,審決の上記認定には,次のとおり,誤りがある。すなわち,複数の特定の技術的要素の組み合わせから構成される発明が,刊行物に記載されているというためには,当該刊行物に当該特定の技術的要素を含む選択肢が存在することを示すだけでは足りず,それらの特定の技術的要素を選択して実際に組み合わせた発明が当該刊行物に具体的に記載されていることが必要である。
この点,先願明細書の段落【0017】の記載は,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応によって得られた反応混合物から1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを分離・精製する工程についての記載であり,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応をどのような態様で実施して1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを得るかについての記載ではない。
また,先願明細書の段落【0015】には,「バッチ式,生成物のみを反応器から除去しながら行う半バッチ式または流通式反応装置」と記載されているが,「生成物のみを反応器から除去しながら行う」のは,半バッチ式のみであり,流通式反応装置ではない。このことは,先願に対応する欧州特許出願公開第729932号明細書(甲18)の記載からも明らかである。そうすると,先願明細書の段落【0015】には,生成物のみを反応器から除去しながら反応を行う流通式反応装置は記載されておらず,段落【0017】に記載された「反応器」も流通式反応装置の反応器を意味するとはいえないから,段落【0017】は,流通式反応装置を使用した場合の説明ではない。
さらに,先願明細書に記載されたような液体を流通させつつ反応を行う通常の流通式反応装置においては,反応系を均一にするため,反応によって得られた反応混合物はチューブ状の反応器内に液体として留まるから,流通式反応装置から1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに気体状態で取り出すことはない。
なお,先願明細書には,流通式反応装置として槽型反応器を選択することについては,何ら具体的に記載されていない。また,乙2ないし7は,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応や,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素と共に反応器から気体状態で取り出すことについて,記載も示唆もされておらず,乙8は,本願の優先日前に頒布された刊行物ではないから,乙2ないし8を参酌して,先願明細書に審決認定の先願発明が記載されているとはいえない。
以上によれば,先願明細書には,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを五塩化アンチモン又は三塩化アンチモンからなるアンチモン触媒存在下において,フッ化水素により液相フッ素化して,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造するに当たり,流通式反応装置を選択して1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応を実施し,かつ,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素と共に反応器から気体状態で取り出す態様を選択して実施することは記載されていない。
したがって,審決の先願発明の認定には誤りがある。
(2) 取消事由2(本願発明と先願発明との同一性判断の誤り)
ア 上記(1)のとおり,審決は,先願発明の認定を誤り,その結果,本願発明と先願発明の同一性判断を誤った違法がある。
イ また,審決は,先願発明は,「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは塩化水素とともに反応器から気体状態で取り出す方法」であるところ,流通式反応装置によって,連続的に反応を行う際には,これらが形成されるにつれて,連続的に気体状態(気相)で抜き出して反応混合物から分離するものであるから,先願発明の「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは塩化水素とともに反応器から気体状態で取り出す方法」は,本願発明の「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離」する方法に相当すると認定,判断する。
しかし,上記のとおり,液体を流通させて反応を行う通常の流通式反応装置においては,反応系を均一にするため,反応によって得られた反応混合物は,チューブ状の反応器内に液体として留まり,流通式反応装置から1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに気体状態で取り出すことはない。また,流通式反応装置における反応混合物からの反応生成物及び副生物の分離は,反応混合物がチューブ状反応器の端部から排出された後に実施されるのであって,生成物及び副生物が形成されるにつれて反応系からそれらを抜き出すことはない。
したがって,先願明細書には,本願発明のような1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素を液相中で連続的に反応させるに当たり,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離することは記載されておらず,審決の上記認定,判断には誤りがある。
ウ さらに,審決は,先願発明は,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを反応器から気体状態で取り出す方法であるから,流通式反応装置によって,連続的に反応を行う際には,それが気体状態である条件,すなわち,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で反応が実施されているものといえるとして,本願発明と先願発明は,いずれも1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施される方法であると認定,判断する。
しかし,上記のとおり,液体を流通させて反応を行う通常の流通式反応装置においては,反応系を均一にするため,反応によって得られた反応混合物は,チューブ状の反応器内に液体として留まり,先願発明のような液体を流通させつつ反応を行う流通式反応装置から1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに気体状態で取り出すことはない。
したがって,先願明細書には,本願発明のように,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で反応を実施することは記載されておらず,審決の上記認定,判断には誤りがある。
2 被告の反論
(1) 取消事由1(先願発明の認定の誤り)に対し
ア 原告は,先願明細書の段落【0017】の記載は,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを分離・精製する工程についての記載であり,反応をどのような態様で実施するかについての記載ではないと主張する。
しかし,先願明細書の段落【0017】には,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを分離・精製する工程のほか,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに反応器から気体状態で取り出す態様についても記載されており,原告の上記主張は失当である。
イ 原告は,先願明細書の段落【0015】には,生成物を反応器から除去しながら反応を行う流通式反応装置は記載されていないと主張する。
しかし,審決は,先願明細書の段落【0015】に「流通式反応装置において実施することができる」と記載されていると認定したにすぎず,同段落の記載から先願明細書に「生成物を反応器から除去しながら反応を行う流通式反応装置」が記載されているとは認定しておらず,原告の上記主張はその前提に誤りがある。なお,本願明細書の段落【0015】には,「本発明の方法は,・・・流通式反応装置において実施することができる」と記載されており,段落【0017】の「反応器」が流通式反応装置である場合も先願明細書に記載されているといえるから,審決の認定,判断に誤りはない。
ウ 原告は,流体を流通させつつ反応を行う装置は,一般にチューブ状の反応器であり,そのような通常の流通式反応装置では,反応系を均一にするために,反応混合物は反応器内に液体として留まるから,流通式反応装置からは,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに気体状態で取り出すことはないと主張する。
しかし,流通式反応装置は,一般にチューブ状反応器(管型反応器)だけでなく,槽型反応器も使用されているから,原告の上記主張は,その前提に誤りがある。また,液体を流通させつつ反応を行う流通式反応装置において,生成物や副生物を気体状態で取り出すことは,普通に行われている方法である上,先願発明と同様に,フッ化水素により液相フッ素化を連続法で実施するに当たり,生成物や副生物を気体状態で取り出すことも,普通に行われている。
エ 以上のとおり,原告の上記主張には理由がなく,審決の先願発明の認定には誤りはない。
(2) 取消事由2(本願発明と先願発明との同一性判断の誤り)に対し
ア 上記(1)のとおり,審決の先願発明の認定には誤りはなく,本願発明と先願発明の同一性判断にも誤りはない。
イ 原告は,液体を流通させつつ反応を行う通常の流通式反応装置においては,反応系を均一とするために,反応混合物は反応器内に液体として留まるから,流通式反応装置から1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素とともに気体状態で取り出すことはないと主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。上記のとおり,液体を流通させつつ反応を行う流通式反応装置において,生成物や副生物を気体状態で取り出すことは,普通に行われている方法である上,先願発明と同様に,フッ化水素により液相フッ素化を連続法で実施するに当たり,生成物や副生物を気体状態で取り出すことも,普通に行われている。また,流通式反応装置は,一般にチューブ状反応器(管型反応器)だけでなく,槽型反応器も使用されているから,原告の上記主張は,その前提に誤りがある。さらに,本願明細書には,反応生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を気相で反応容器から抜き出し,反応原料(反応混合物)である1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン及びフッ化水素の大部分を液体状態で反応容器内に保持するとの,ごく普通の方法が記載されているにすぎない。
ウ 原告は,先願明細書には,本願発明のように1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で反応を実施することは記載されていないと主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。すなわち,流通式反応装置において,気体状態で反応生成物を取り出すことは,反応器内で既に気体状態になっている反応生成物,すなわち,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンをそのまま連続的に取り出すことであり,反応器内で1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体となる操作条件(圧力,温度を含む)で反応を実施しているといえる。そうすると,先願明細書には,「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で反応を実施する」態様が実質的に記載されているといえる。
したがって,原告の上記主張は失当であり,審決が,本願発明と先願発明は,いずれも1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施される方法であると認定,判断したことに誤りはない。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,本願発明は,先願発明と同一であり,特許法29条の2の規定により,特許を受けることができないとした審決の判断に誤りはないものと判断する。その理由は,以下のとおりであるが,事案に鑑み,取消事由1及び2を併せて検討する。
1 事実認定
(1) 本願発明に係る特許請求の範囲について
本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。
(2) 先願発明について
先願明細書(甲1)には,次の記載がある。
「【請求項1】 1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンをアンチモン触媒存在下フッ化水素により液相フッ素化することを特徴とする1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法。」
「【0001】
【産業上の利用分野】 本発明は,ポリウレタンフォーム等の発泡剤あるいは冷媒等として有用な1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法に関する。」「
【0004】
【問題点を解決するための具体的手段】 本発明者らは・・・,工業的規模での製造に適した1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法を確立するべく各種の製造プロセスについて鋭意検討を加えたところ,対応する塩素化物をフッ化水素で液相フッ素化するにあたって,触媒としてアンチモン化合物を使用することにより,高収率で目的とする1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを得ることができることを見出し,本発明に到達したものである。」
「【0008】 したがって,本発明でアンチモン触媒を用いる場合,3価もしくは5価のハロゲン化アンチモンまたはアンチモン金属を出発原料とすれば目的を達することができる。そこで,アンチモン化合物を具体的に挙げると,五塩化アンチモン,五臭化アンチモン,五沃化アンチモン,五フッ化アンチモン,三塩化アンチモン,三臭化アンチモン,三沃化アンチモン,三フッ化アンチモンを例示できるが,五塩化アンチモンまたは三塩化アンチモンが最も好ましい。
【0009】 本発明の方法において,触媒濃度は1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対して0.1~50モル%が好ましく,10~20モル%がより好ましい。・・・
【0010】 反応温度は10~150℃が好ましく,50~130℃がより好ましい。・・・
【0011】 1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対するフッ化水素のモル比は5~30の範囲が好ましく,特に好ましくは10~20である。この範囲未満では1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンの反応率は十分高くなく,この範囲を越えても1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン反応率の向上は認められず,未反応フッ化水素回収の点からも経済的に有利でない。
【0012】 反応に必要な圧力は反応温度にもよるが,反応器内で反応混合物を液相の状態に保てれば良く,1.0~100Kg/cm²が好ましく,5~30Kg/cm²がより好ましい。」
「【0015】 本発明の方法は,バッチ式,生成物のみを反応器から除去しながら行う半バッチ式または流通式反応装置において実施することができるが,それぞれの反応装置において,当業者が容易に調節しうる程度の反応条件の変更を妨げるものではない。」
「【0017】 本発明の方法で製造された1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは,フッ素化反応生成物について公知の方法を適用して精製されるが,例えば,塩化水素,未反応のフッ化水素とともに反応器から液体または気体状態で取り出された後,過剰のフッ化水素が液相分離などの操作で除去され,ついで,水または塩基性水溶液で酸性成分を除いた後,蒸留により目的とする高純度の1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンとする。」
「【0018】
【実施例】 以下,実施例により本発明を詳細に説明する。
実施例1
還流冷却器と攪拌機を備えたSUS316L製1lオートクレーブに触媒として五塩化アンチモン0.2モル(60g),フッ化水素10モル(200g)及び,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン1モル(216.5g)を仕込み,攪拌しながら反応温度を100℃に昇温した。反応の進行と共に発生する塩化水素により圧力は上昇するが,15Kg/cm²になった時点で還流冷却器を通して塩化水素の抜出しを開始し,その後反応圧力を15Kg/cm²に保った。
【0019】 反応開始3時間後,反応器を室温まで冷却し,圧力を常圧まで下げることにより反応器から流出したガスを水層を通した上で,ドライアイス-メタノールで冷却されたトラップに捕集した。この捕集物とオートクレーブの内容物を塩酸で洗浄し,さらに水で洗浄して得られた121.8gの有機物をガスクロマトグラフにより分析し,反応生成物組成を求めた。結果を表1に示す。
【0020】
【表1】
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(3) 乙1の記載
乙1(藤田重文ら編,化学工学Ⅳ,株式会社東京化学同人,1968年6月1日第5刷発行)には,以下の記載がある。
「1・1・3 化学反応の分類
・・・c.操作法 反応操作法によって回分法と流通法(連続法)とに分けられる。回分法では作業の始めに反応装置内に全反応物質を仕込み,反応物質間で反応過程が時間とともに進行し,一定期間後に生成物を取出す。流通法では絶えず反応装置へ原料を供給し,一方から生成物を連続的に取出す。場合によっては一つの反応物質を最初に仕込み,他の物質を反応の進行に応じて逐次添加(あるいは取出)していく操作があり,これを半回分法という。流通法では装置内における流体の流れの状態に二つの極限がある。装置内を流体がピストンで押出されるように移動する場合,これをピストン流れ(または押出し流れ)といい,管径に比べて管長の大きい管型反応器の場合があてはまり,反応物質は一様に一定な滞留時間を保つので,本質的には回分法と差異はない。・・・また反応器内を反応物質が均一に混合した状態で移動する場合があり,・・・充分かくはんのきいた槽型反応器がこれに相当する。」(4頁4行~5頁6行)
「2・2・1 反応装置の形式と特徴
・・・a.操作の連続性による分類 回分操作は反応時に装置への物質の出入がない形式で,原料を最初装置に仕込んで,必要な時間だけ反応を進行させてから生成物を装置外に取出す操作である。これに対して,連続操作は装置内へ反応原料を連続的に供給すると同時に,装置内から生成物を連続的に取出す形式で,装置内での物質の蓄積がなく,すなわち定常操作である。また,反応物質が装置内を流通しているので流通系あるいは流系の操作(flow process)とよぶこともある。これに対して回分操作は静止系の操作(static process)とよぶ。」(57頁11行~58頁7行)
2 判断
(1) 先願発明の認定について
ア 上記1(2)によれば,先願発明は次のとおりのものと認められる。すなわち,先願発明は,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを五塩化アンチモン等からなるアンチモン触媒の存在下においてフッ化水素により液相フッ素化することを特徴とする1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法であり,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対するフッ化水素のモル比は5~30の範囲であるものと認められる。
また,先願明細書には,「本発明の方法は,バッチ式,生成物のみを反応器から除去しながら行う半バッチ式または流通式反応装置において実施することができる」と記載されている(段落【0015】)ところ,上記バッチ式,半バッチ式及び流通式とは,先願明細書に記載された液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造する方法における具体的な化学反応の進め方に関する記載と理解することができる。そして,乙1によれば,化学反応は,その反応操作法によって,回分法,半回分法及び流通法(連続法)に分けることができ,流通法(連続法)は,反応装置へ原料を連続的に供給すると同時に,反応装置から生成物を連続的に取り出す方法であること,バッチ式と回分式が同義であることは,当業者において技術常識といえる。そうすると,先願明細書の「本発明の方法は・・・流通式反応装置において実施することができる」とは,先願明細書に記載された,液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造する方法において,反応装置へ原料を連続的に供給すると同時に,反応装置から生成物を連続的に取り出すことにより反応を進行させるという流通式(連続式)の方法で化学反応を実施することを示すものと理解することができ,これは,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンをフッ化水素により連続的に液相フッ素化し,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを連続的に得る方法といえる。
さらに,先願明細書の「本発明の方法で製造された1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンは・・・例えば,塩化水素,未反応のフッ化水素とともに反応器から液体または気体状態で取り出された後」との記載(段落【0017】)からすれば,反応生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素は,反応器から気体状態で取り出すことが可能なものと認められる。
以上によれば,先願発明は,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンを五塩化アンチモンからなるアンチモン触媒の存在下フッ化水素により連続的に液相フッ素化する1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法において,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンに対するフッ化水素のモル比は5~30の範囲であり,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を反応装置から気体状態で連続的に取り出す方法であると解することができ,審決の先願発明の認定に誤りはない。
イ 原告の主張について
(ア) これに対し,原告は,先願明細書の段落【0017】は,反応後の分離・精製工程に関する一般的な記載にすぎず,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンとフッ化水素との反応をどのような態様で実施して1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを得るかについての具体的な記載ではないと主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。すなわち,先願明細書の段落【0017】には,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を気体状態で反応装置から取り出すことが記載されていると解されるから,審決の先願発明の認定に誤りはない。
(イ) また,原告は,先願明細書の段落【0015】には,生成物のみを反応器から除去しながら反応を行う流通式反応装置は記載されておらず,段落【0017】に記載された「反応器」も流通式反応装置の反応器を意味するとはいえないから,段落【0017】は,流通式反応装置を使用した場合の説明ではないと主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。すなわち,審決は,先願明細書の段落【0015】に生成物のみを反応器から除去しながら反応を行う流通式反応装置が記載されているとして,先願明細書の段落【0017】記載の「反応器」が,流通式反応装置の反応器を示すものと認定したとは解されない。「生成物のみを『反応器』から除去しながら行う反応」は,「半バッチ式(半回分式)の反応」であって,「流通式(連続式)の反応」とは異なる。流通式反応装置とは,反応装置へ原料を連続的に供給すると同時に,反応装置から生成物を連続的に取り出す反応方法,すなわち流通法(連続法)において使用する反応装置のことを示すものと解される(乙1の上記記載参照)。そうすると,審決は,先願明細書の段落【0015】の「本発明の方法は・・・流通式反応装置において実施することができる」との記載から,先願明細書には,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造を流通式反応装置を使用した上記流通法(連続法)で行うことが記載されていると認定したものと解され,その認定に誤りはない。
(ウ) 原告は,流通式反応装置は,一般にチューブ状の反応器であるところ,チューブ状の反応器では,反応系を均一とするために反応によって得られた反応混合物はチューブ状の反応器内に液体として留まり,生成物を気体状態で取り出すことはないので,段落【0017】の記載は流通式反応装置を使用した場合の説明ではないと主張する。
しかし,原告の上記主張は失当である。すなわち,流通式反応装置は,チューブ状の反応器(管径に比べて管長の大きい管型反応器)に限定されるものではなく,充分撹拌のきいた槽型反応器も流通式反応装置に含まれる(乙1の上記記載参照)。
そうすると,流通式反応装置は一般にチューブ状の反応器であるとはいえず,原告の上記主張は,その前提に誤りがある。また,先願明細書記載の液相フッ素化による1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法を,流通式反応装置を使用して実施する場合,通常,流通式反応装置として充分に撹拌のきいた槽型反応器を使用して,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を反応器から気体状態で取り出そうとするものと解され,流通式反応装置としてチューブ状の反応器を使用したり,槽型反応器を使用して生成物を液体状態で取り出そうとするものとは解されない。
以上のとおり,先願明細書の段落【0017】記載の「反応器」は,流通式反応装置の反応器を意味し,先願発明は,流通式反応装置の1つである充分に撹拌のきいた槽型反応器から,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を気体状態で連続的に取り出す方法が記載されているものと解することができ,審決の先願発明の認定に誤りはない。
(エ) 原告は,先願明細書の段落【0015】は,使用しうる反応装置の選択肢としてバッチ式,半バッチ式又は流通式を挙げたにすぎず,流通式反応装置を具体的に選択して使用することを開示するものではないと主張する。しかし,原告の上記主張も採用することができない。すなわち,上記のとおり,化学反応は,その反応操作法によって回分法,半回分法及び流通法(連続法)に分けることができる上,先願明細書に記載された,液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造する方法においては,いずれの方法も実施可能であるから,先願明細書の段落【0015】に使用し得る反応装置が列記されていなくても,当業者であれば,液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを製造する方法において,回分法,半回分法又は流通法(連続法)により反応を行うことが先願明細書に開示されていると理解することができる。
また,原告は,先願明細書の段落【0017】の記載は,流通式反応装置の使用を前提とするものではない上,同記載は,気体状態で生成物を取り出す選択を具体的に行うことまで開示するものではないと主張する。しかし,原告の上記主張も採用することができない。すなわち,上記のとおり,先願明細書の段落【0017】の「反応器」は,流通式反応装置を含むものである上,先願明細書記載の液相フッ素化反応を流通法(連続法)で行う場合には,生成物の取り出しは気体状態で行うと解するのが合理的である。すなわち,仮に,槽型反応器から生成物を液体状態で取り出すとするならば,化学反応が進行中の反応混合物から,生成物と共に原料である1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンやフッ化水素,触媒である五塩化アンチモンを取り出すことになり,反応効率を著しく低下させるため,当業者は,特段の事情のない限り,このような方法を選択しないからである。したがって,先願明細書には,気体状態で生成物を取り出すことが具体的に開示されているといえる。
さらに,原告は,先願明細書には,そこに記載された化学反応の実施に当たり,バッチ式,半バッチ式又は流通式反応装置の群から流通式反応装置という特定の技術的要素を選択し,かつ,液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの気体状態を選択するとの具体的特定はされていないと主張する。しかし,原告の上記主張も採用することができない。すなわち,上記のとおり,先願明細書には,そこに記載された化学反応を,回分法,半回分法又は流通法(連続法)のいずれかの方法で行うことが開示されている上,流通法(連続法)で行う場合には,生成物の取り出しは気体状態で行うと解するのが合理的である。そうすると,先願明細書には,化学反応を流通式反応装置を使用して実施し,液相フッ素化により生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを気体状態で取り出すとの態様が記載されているといえる。
ウ 以上のとおり,原告の上記主張は採用することができず,審決の先願発明の認定に誤りはない。
(2) 本願発明と先願発明との同一性判断について
ア 本願明細書では,本願発明におけるヒドロフルオロ化アンチモン触媒について,五塩化アンチモンが特に推奨されるものとされている(本願明細書5頁16行~18行)ところ,上記先願発明における五塩化アンチモンからなるアンチモン触媒は,本願発明における「ヒドロフルオロ化アンチモン触媒(但し,五フッ化アンチモン及び/又は三フッ化アンチモンは除く)」に含まれる。また,本願明細書には,「好ましくは更に,製造される1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが,少なくとも部分的に気体状態となり反応混合物から容易に単離できる温度及び圧力で実施される。」(本願明細書6頁15行~17行)と記載されており,本願発明における「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施され」とは,化学反応を実施する温度及び圧力が生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを気体形態として反応混合物から取り出すことができる温度及び圧力を意味するものと解される。そうすると,前記のとおり,先願発明も,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを反応装置から気体状態で連続的に取り出すものであるから,先願発明を実施する際の温度及び圧力も本願発明と相違しない。また,先願発明において,生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素を反応装置から気体状態で連続的に取り出すことは,本願発明における「1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離し」に相当する。
以上によれば,本願発明と先願発明は,五塩化アンチモン触媒の存在下で1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパンをフッ化水素と液相中で連続的に反応させる1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンの製造方法であって,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンが気体である温度及び圧力下で前記反応が実施され,1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパン及び塩化水素をそれらが形成されるにつれて気相で抜き出して反応混合物から分離し,1,1,1,3,3-ペンタクロロプロパン1モル当たり5~30モルのフッ化水素を使用する製造方法である点において一致しており,両者は相違しない。
したがって,審決の本願発明と先願発明との同一性判断に誤りはない。
イ 原告の主張について
これに対し,原告は,流通式反応装置では,反応系を均一にするため,反応によって得られた反応混合物はチューブ状の反応器内に液体として留まらなければならないが,先願明細書記載の流通式反応装置からは,液相フッ素化により1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素と共に気体状態で取り出すことはないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,採用することができない。すなわち,上記のとおり,流通式反応装置には,チューブ状の反応器のほかに,充分撹拌のきいた槽型反応器が含まれ,上記槽型反応器を使用して流通法(連続法)で先願明細書に記載された反応を実施する場合には,液相フッ素化により生成物である1,1,1,3,3-ペンタフルオロプロパンを塩化水素と共に気体状態で取り出すと解するのが合理的である。
ウ 以上のとおり,原告の上記主張は採用することができず,審決の本願発明と先願発明との同一性判断に誤りはない。
3 結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,他に審決にはこれを取り消すべき違法は認められない。その他,原告は,縷々主張するが,いずれも,理由がない。よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 知野明)