知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10176号 判決 2012年2月29日
原告
株式会社鶴見製作所
訴訟代理人弁理士
本田紘一
被告
特許庁長官
指定代理人
堀川一郎
倉橋紀夫
大河原裕
黒瀬雅一
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が不服2009-21706号事件について平成23年4月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無及び明確性要件違反の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,平成11年10月14日,名称を「可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸」とする発明につき,特許出願をしたが(請求項は1項のみ,特願平11-292116号),平成21年10月13日に拒絶査定を受けたので,同年11月9日,不服審判請求をするとともに(不服2009-21706号),平成23年2月17日,特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載の各一部を改める旨の手続補正をした。
特許庁は,平成23年4月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年5月10日,原告に送達された。
2 本願発明の要旨
本願発明は,水中電動ポンプの原動機に用いられるDCブラシレスモータの回転軸に関する発明で,平成23年2月17日付け手続補正書に記載の請求項1(本願発明)の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1(本願発明)】
「可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸において,原動側軸受に枢支させる導出部と負荷側軸受に枢支されポンプ羽根車が装着される導出部との間に大径部を形成した軸体をアルミニウム合金製となし,上記大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着することにより水中電動ポンプを可搬とさせる超軽量に構成させたことを特徴とする,可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸。」
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の進歩性について
本願発明は,本件出願日以前に頒布された下記引用刊行物1に記載された発明に引用刊行物2に記載された発明及び周知慣用技術を適用することに基づいて,本件出願当時,当業者において容易に発明することができたものであるから,進歩性を欠く。
【引用刊行物1】 特開平9-137794号公報(甲1)
【引用刊行物2】 特開平2-58018号公報(甲2)
【引用刊行物3】 特開平4-285446号公報(甲3)
【引用刊行物1に記載された発明(引用発明)】
「水中ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸において,玉軸受11aに枢支させる導出部と玉軸受11bに枢支されポンプランナー46が装着される導出部との間に大径部を形成した軸体の,上記大径部の外周面にロータヨーク6を圧入させ,該ロータヨーク6の外周面にメインマグネット7を接着固定させた,軽量の水中ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸。」
【一致点】
「水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸において,原動側軸受に枢支させる導出部と負荷側軸受に枢支されポンプ羽根車が装着される導出部との間に大径部を形成した軸体を有し,上記大径部の外周面に磁性体を嵌着させ,該磁性体の外周面に磁石板を固着した,軽量の水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸」である点
【相違点】
・ 相違点1
「水中電動ポンプ用DCブラシレスモータ」に関し,本願発明が「可搬式」と特定しているのに対し,引用発明ではそのような特定がされていない点。
・ 相違点2
本願発明が「軸体をアルミニウム合金製と」しているのに対し,引用発明はそのような特定がされていない点。
・ 相違点3
「磁性体」に関して,本願発明が「磁性筒」からなるのに対し,引用発明ではそのような特定がされていない点。
・ 相違点4
「磁石板を固着」する態様に関して,本願発明が磁性筒の外周面において「その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着」としているのに対して引用発明では,磁性筒の外周面において「接着固定」するものである点。
・ 相違点5
本願発明が,回転軸を「超軽量」に構成させて水中電動ポンプを「可搬とさせ」ているのに対し,引用発明では,単にモータ自体を軽量化するものである点。
【相違点に係る構成の容易想到性の判断(5~7頁)】
「[相違点1,2,5]について
モータにおいて,軽量化するために回転子をアルミ合金で構成することは引用刊行物2に記載されている。引用発明は軽量化を課題としており,この課題のために引用刊行物2に記載されたように回転子をアルミ合金で構成すればさらに軽量になるものと認められるので引用発明において,軽量化のために引用刊行物2に記載されたように回転子をアルミニウム合金とする構成を採用することで相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たことと認められる。
そして,本願発明では軽量化することで可搬式としているものと認められるところ,軽量化により可搬とすることは一般的な課題(例.原査定の拒絶査定時に引用された実願平3-50725号(実開平4-134148号)のマイクロフィルムの【0001】「大型水中ポンプのアルミダイキャスト製モーターフレームに関するものである。」との記載,及び【0005】「軽量で運搬にも便利な電動ポンプのモータフレームを提供することにある。」との記載参照。)といえるので,引用発明においても引用刊行物2に記載の構成を採用することでさらに軽量化するものであり,その結果として,可搬式とすることで,相違点1,2および5に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たことと認められる。さらに,小型化も一般的な課題に過ぎず,かつ,本願発明において,小型化のために引用発明とは相違する構成を有するものとも認められないので,この点は当業者が必要に応じて適宜設計し得る事項と認められる。
[相違点3,4]について
本願発明のDCブラシレスモータに相当する永久磁石電動機において,磁性体として磁性筒を用いること,及び,磁性筒の外周面の円周方向に沿って,複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着させることは,例えば引用刊行物3に記載されているように周知慣用技術である。
そうすると,永久磁石電動機である引用発明において,上記周知の課題である軽量化のために回転子の磁気回路を薄くする構成を採用する場合に,この引用刊行物3に記載されるような周知慣用技術を採用することで相違点3,4に係る本願発明の構成とすることは当業者が必要に応じて任意になし得る事項と認められる。
なお原告は,・・・本願発明が磁性筒を焼嵌めにより嵌着するものであるのに対し引用発明は圧入である点で相違する旨主張しているが,・・・「嵌着」には圧入も含まれるものであるとともに,本願発明にも明細書にも嵌着の手段が焼嵌めである旨の記載はないので,上記主張は採用できない。
また,本願発明の全体構成により奏される効果は,引用発明,引用刊行物2に記載された発明及び上記周知慣用技術から予測し得る程度のものと認められる。」
「したがって,本願発明は,引用発明,引用刊行物2に記載された発明及び上記周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
(2) 明確性要件違反の有無について(7,8頁)
「特許請求の範囲の請求項1の記載は,『……大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着することにより水中電動ポンプを可搬とさせる超軽量に構成させたことを特徴とする,可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸。』である。
この記載によれば,回転軸の大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着させたロータ構造を特定するものであって,回転軸の他に磁性筒と磁石板を発明を特定する事項として含むものであるから,回転軸のみに係る発明としての『DCブラシレスモータの回転軸』という請求項末尾の記載と整合がとれていないものというべきである。
すなわち,回転軸とは,広辞苑によれば,1.物体の回転運動の中心となる一定直線。2.回転する機械の軸の総称。シャフト。であり,モータにおいても,その外周に磁気回路を保持する中心の軸のみを意味するものであるから,磁性筒と磁石板まで含めて『回転軸』と称することはできない。
これに対して原告は,・・・『理由II(判決注:特許査定を拒絶した理由である「請求項1に係る発明は明細書及び図面の記載が不備のため,整合性がなく当業者が実施できる程度に明瞭に記載されていない不明確な発明である」との理由)に対しては正に説示の通りである』と認めつつ,上記請求項末尾の記載を補正することなく,・・・軸とは異なる磁性筒及び磁石板についての相違を主張している。
そして,上記・・・主張を参酌して本願明細書及び特許請求の範囲の記載を見れば,本願発明が『回転軸』のみに係る発明ではなく,『ロータ』全体に係る発明であると解されるので,請求項末尾を『DCブラシレスモータの回転軸』とする特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確ではないものというべきである。」
第3原告主張の審決取消事由
1 相違点に係る構成の容易想到性判断等の誤り(取消事由1)
(1) ポンプとモータが一体となっている従来の水中電動ポンプは重く,ブルドーザ等で運搬せざるを得ず不便であったが,モータの軽量化と出力維持の両立が困難であり,可搬化が困難であった。
単にモータ軸をアルミ合金製にしただけでは,磁石板で囲まれる部分の内部で磁路の形成が阻害され,強力な磁界を形成できず,モータの出力を維持できないから,可搬化を実現できない。本願発明の発明者は,非磁性体のアルミ合金製のモータ軸に磁性筒を嵌着させた結果,磁石板で囲まれる部分内部に十分な磁束密度のある磁路を形成できることを発見し,またモータ軸を大径とすることで,従来の水中電動ポンプ同様の出力を維持できることを発見して,本願発明に至ったものである。
(2) 前記(1)のとおり,単にモータ軸をアルミ合金製にしただけでは可搬化を実現できないのであって,従前どおりの出力を維持しながら可搬化できるほどに水中電動ポンプの軽量化を実現することは困難であった。
本願発明の水中電動ポンプは,構成部品であるDCブラシレスモータを,モータ軸のうち「原動側軸受に枢支させる導出部と負荷側軸受に枢支されポンプ羽根車が装着される導出部との間に大径部を形成」するとともに,「上記大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着する」という本願発明に特有の構成を採用することによって,可搬できるほどに軽量化したものであって,モータ軸をアルミ合金製にしたことにとどまるものではなく,上記構成は不可分一体のものである。
ところで,引用刊行物2(甲2)には,モータ軸をアルミ合金にすることが記載されているが,引用刊行物2のモータでは,モータ軸30上に磁石を直接取り付ける構成も磁性筒の構成も採用されていない。従来,モータ軸の材料にアルミ合金を採用した場合には,モータ軸に磁石を取り付けるために接着等の何らかの取付け手段を必要としたところ,本願発明の水中電動ポンプのモータでは,モータ軸に接着剤を用いる等せずに磁性筒を設け,この磁性筒に直接磁石を取り付けたことで,もともと軽量なDCブラシレスモータをさらに軽量化して,これを用いる水中電動ポンプを可搬にしたものである。
そうすると,引用発明に引用刊行物2記載の技術的事項を適用しても,当業者が相違点1,2,5に係る構成に想到することは容易でないのであって,これに反して相違点1,2,5に係る構成の容易想到性を肯定した審決の判断には誤りがある。
(3) 前記(1)のとおり,本願発明は,非磁性体のアルミ合金製のモータ軸に磁性筒を嵌着させ,またモータ軸を大径とすることで,従来の水中電動ポンプ同様の出力を維持しながら,可搬できるほど軽量化したものである。
ところで,引用刊行物3のロータコア10は従来のロータの構成のとおりの円盤を積層したものであって,その形状は「筒」と到底呼べるものではない。したがって,上記ロータコア10と本願発明にいう「磁性筒」とは,構成も,作用効果も全く異なるのであって,引用刊行物3には,本願発明にいう「磁性筒」自体が記載されていない。
なお,アルミは加工しにくいが,鉄材は加工しやすく,加工精度も高いので,本願発明では,磁性筒の構成を用いることにより,磁石を精度よくモータ軸に取り付けることができ,かつアルミ合金製のモータ軸を補強することができる。他方,かかる効果は引用刊行物1ないし3等のモータ等からは奏されない。
したがって,アルミ合金製のモータ軸に磁性筒を設け,磁石を磁性筒に取り付けることで,このモータを使用した水中電動ポンプを可搬できるほど軽量化するという本願発明の技術的思想は引用刊行物1ないし3等に開示されていないのであって,審決がした「本願発明のDCブラシレスモータに相当する永久磁石電動機において,磁性体として磁性筒を用いること,及び,磁性筒の外周面の円周方向に沿って,複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着させることは,例えば引用刊行物3に記載されているように周知慣用技術である。そうすると,永久磁石電動機である引用発明において,上記周知の課題である軽量化のために回転子の磁気回路を薄くする構成を採用する場合に,この引用刊行物3に記載されるような周知慣用技術を採用することで相違点3,4に係る本願発明の構成とすることは当業者が必要に応じて任意になし得る事項と認められる。」との判断には誤りがある。
なお,乙第4号証は磁性筒と磁石板の組合せの周知・慣用の例を示すものではなく,公知例の一つにすぎないし,電気自動車のハイブリッド駆動方式のモータに関する本願発明とは別の技術分野のものであり,またモータ軸が通常径(軸受部分よりも大きな径となっている部分は単なる段差にすぎない。)で出力が小さいから,上記結論を左右するものではない。
(4) 本願発明は特有の構成を採用することにより,従前の130ないし180kg程度の水中電動ポンプから30kg以下という驚異的な軽量化を実現したものであって,当業者の予測し得ない格別の作用効果がある。
2 明確性要件違反の判断の誤り(取消事由2)
請求項1の特許請求の範囲の末尾では,「可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸」と特定されているが,本願明細書及び図面のすべての記載に照らせば,本願発明が「回転軸」の発明のみをクレームしているものではないことは当業者にとって明らかである。本願発明の特許請求の範囲の記載は,当業者が発明を把握できないほど不明確なものではない。
したがって,上記特許請求の範囲の記載が不明確であり,明確性要件違反があるとした審決の判断には誤りがある。
第4取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 本願明細書の段落【0002】,【0003】,【0006】,【0009】,【0012】によれば,従来のDCブラシレスモータは交流誘導モータよりも小型軽量であるが,モータ軸が鋼製で,積層鉄心も硅素鋼板を積層して形成していたので,相当程度重く大型であったところ(従来技術における技術的課題),本願発明は,水中電動ポンプ用DCブラシレスモータにおいて,モータ軸を「アルミニウム合金製モータ軸」として「小型軽量のロータを構成させ水中電動ポンプを可搬とさせた」ことを特徴とし(審判請求書3頁(乙1),回答書2頁(乙2)中にも同旨の記載がある。),かかる構成を採用したことによって「DCブラシレスモータを小型かつ超軽量に構成することができ,延いては上記モータを用いた可搬式水中電動ポンプの小型軽量化も実現させることができる」という作用効果を奏するものである。
他方,本願発明における,DCブラシレスモータのモータ軸のうち「原動側軸受に枢支させる導出部と負荷側軸受に枢支されポンプ羽根車が装着される導出部との間に大径部を形成」するとともに,「上記大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着する」という発明特定事項は,本願明細書中にその技術的意義に係る記載も示唆もなく,例えば磁性筒や磁石板の大きさ,厚さ,材質等や重量についても本願明細書中で特定がされていないから,特段の技術的意義はない。
そうすると,本願発明における上記発明特定事項がDCブラシレスモータの軽量化に資するものであるとはいえない。
(2) 引用刊行物2の3頁左下欄14ないし17行や乙第3号証の段落【0004】,【0005】に記載されているとおり,モータを軽量化することにより電動ポンプを軽量化し,これを可搬化することは一般的な技術的課題にすぎない。また,軽量のDCブラシレスモータを採用した引用発明において,モータ軸の素材にアルミ合金を採用すれば,電動ポンプがさらに軽量になり,その結果として可搬化できることは明らかである。
したがって,モータ軸の素材にアルミ合金を採用すれば当業者において水中電動ポンプの可搬化を図ることに困難はなく,審決がした相違点1,2,5に係る構成の容易想到性の判断に誤りはない。
(3) 本願発明の特許請求の範囲でも,本願明細書の発明の詳細な説明の記載でも,「磁性筒」の具体的な大きさ,厚さ,材質等について特定されておらず,「磁性筒」の技術的意義は不明である。
引用刊行物3の段落【0005】,【0011】,【0013】及び図1,2の各記載のとおり,ロータコア10の外周面において,円周方向に沿って,複数枚の板状のマグネット22を定間隔に並列させた態様で定着している構成が開示されているところ,ロータコア10は,シャフト圧入用の穴が中央に設けられた環状の電磁鋼板を積層して成るものであるから,その全体の形状は円筒であって,本願発明にいう「磁性筒」に相当する。
また,乙第4号証の段落【0001】,【0019】,【0020】,【0023】及び図1,2には,円筒状の磁性体すなわち磁性筒を用い,かつ磁性筒の外周面に,円周方向に沿って定間隔で複数の磁石板を並列させた態様で定着させる構成が開示されている。
そうすると,引用刊行物3の「ロータコア10」が本願発明にいう「磁性筒」に相当するとした審決の認定に誤りはないし,DCブラシレスモータに相当する永久磁石電動機において磁性体として「磁性筒」を用い,「磁性筒」の外周面に,円周方向に沿って定間隔で複数の磁石板を並列させた態様で定着させることが本件出願当時の周知慣用技術であるとした審決の認定にも誤りはない。
なお,アルミは加工しにくいが,鉄材は加工しやすく,加工精度も高いので,本願発明では,磁性筒の構成を用いることにより,磁石を精度よくモータ軸に取り付けることができ,かつアルミ合金製のモータ軸を補強することができるという原告主張の作用効果は,本願明細書に記載も示唆もされていないし,仮に「磁性筒」がかかる作用効果を奏し得るとしても,当業者において予測し得る程度のものにすぎない。
そうすると,引用発明に引用刊行物3や乙第4号証に記載された周知慣用技術を適用することで,本件出願当時,当業者において相違点3,4に係る構成に容易に想到できたものであるから,この旨をいう審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2に対し
請求項1の特許請求の範囲の末尾には,「可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸」と記載されているから,本願発明がDCブラシレスモータの回転軸に関する発明であることは明らかである。
ここで,「回転軸」は,回転する機械の軸等をいい,モータの技術分野でも,その外周に磁気回路を保持する中心軸のみを意味する。
請求項1では,「大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着することにより水中電動ポンプを可搬とさせる超軽量に構成させた」との記載があるから,特許請求の範囲にいう「回転軸」が,その大径部の外周面に磁性筒を嵌着させ,該磁性筒の外周面において,その円周方向に沿って複数枚の磁石板を定間隔に並列させた態様で定着させた,いわゆるロータ構造のものであって,磁性筒と磁石板の構成を包含するということができる。そうすると,本願発明の特許請求の範囲の記載内容と請求項末尾の記載とが整合しておらず,特許請求の範囲が明確でない。
したがって,審決がした明確性要件違反の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点に係る構成の容易想到性判断等の誤り)について
(1) 引用刊行物1(特開平9-137794号公報,甲1)の段落【0010】,【0011】,【0019】,【0025】及び図1には,前記のとおりの引用発明の構成が開示されているところ,引用刊行物1の段落【0006】には「本発明は,外観形状の大型化を抑制しつつ高効率且つ高起動トルクを発生するDCブラシレスモータを使用して安定した吐出量が得られる水中ポンプを実現すること(を)目的とするものである。」との記載があるし,上記段落【0019】には,「水中ポンプは,ポンプ性能の改善と共に軽量化・・・も製品構造上の重要事項である。」との記載があるから,引用発明の水中電動ポンプにおいても,小型化,軽量化とともに,出力の向上が企図されているということができる。
そうすると,引用発明の水中電動ポンプの構成部分であるDCブラシレスモータのモータ回転軸(モータ軸)の素材として,例えば引用刊行物2(特開平2-58018号公報,甲2)3頁左下欄14ないし17行に記載されているようなアルミ合金を採用し(なお,DCブラシレスモータの回転軸(モータ軸)の素材にアルミ合金を採用することは,当業者の周知慣用技術であるともいうことができる。),さらにDCブラシレスモータ(水中電動ポンプ)を軽量化できるよう改める動機付けがあるところ,本件出願当時,当業者において相違点2に係る構成に想到することは容易であったということができる。
そして,水中電動ポンプを十分に軽量化すれば重機等で運搬することを要せず,人力による運搬が可能となること(可搬化)は明らかであって,後記のとおりモータの出力を犠牲にしなくてもよいことにもかんがみれば,「その結果として,可搬式とすることで,相違点1,2および5に係る本願発明の構成とすることは当業者が容易になし得たことと認められる。」(6頁)との審決の判断に誤りはない。
この点,原告は,単にモータ軸をアルミ合金製にしただけでは可搬化を実現できないのであって,従前どおりの出力を維持しながら可搬化できるほどに水中電動ポンプの軽量化を実現することは困難であり,本願発明に特有の構成を採用することによって,可搬できるほどに軽量化したものであるなどと主張する。
しかしながら,引用刊行物1の水中電動ポンプには,これを運搬するための取っ手30aが設けられているのであって(段落【0022】,図7,8),十分小型化,軽量化して可搬式とすることが考慮されているということができる。また,前記のとおり,引用刊行物1の水中電動ポンプにおいても出力の向上が意図されており,出力を犠牲にしてまでも小型化,軽量化を優先させた等の事情を窺わせるに足りる記載は引用刊行物1中に存しない。加えて,原告主張によれば,本願発明の水中電動ポンプ(DCブラシレスモータ)の出力の確保はモータ軸を大径のものとすることによって初めて実現されているところ,引用刊行物1のDCブラシレスモータでは,モータ回転軸5は大径のものとされているのであって,原告が主張する観点からも,引用刊行物1の水中電動ポンプにおいては出力の確保との両立が困難であるということはできない。しかも,原告の主張によっても,DCブラシレスモータの出力(トルク)を向上させるべく,回転子の外径を大きくするに従い,モータ回転軸も大径のものとすること自体は,上記外径の2乗に回転トルクが比例するという当業者の技術常識,周知技術に沿ったものにすぎないのであるから,当業者においてかかる構成に想到することが困難であったとはいえない。そうすると,水中電動ポンプの十分な小型化,軽量化と十分な出力の確保との両立の見地から,モータ軸(回転軸)をアルミ合金製のものに改めること以外の方策も必要であるとしても,審決がした相違点1,2および5に係る上記容易想到性判断に誤りはない。
なお,引用刊行物1の図1,2(下記)では,審決が説示するとおり,モータ回転軸5の上側の玉受軸11aで枢支される部分と下側の玉受軸11bとで枢支される部分との間の直径がその余の部分よりも大きくなっており(大径部),この大径部の外周にロータヨーク6を介してメインマグネット7が取り付けられている(2,3頁)。かかる直径の差を設けた趣旨が工作上の必要性に基づいて段差を設けたにすぎないことを窺わせるに足りる記載は引用刊行物1中に存しないし,ロータヨーク6等が取り付けられているモータ回転軸(モータ軸)が大径であることを前提とする審決の引用発明の認定,一致点及び相違点の認定,相違点に係る構成の容易想到性判断に誤りがあるものではない。
file_2.jpg(21) ® Es od 97 Ej =) (22)(2) 引用刊行物3(特開平4-285446号公報,甲3)の段落【0005】,【0013】及び図1,2には,中央の穴に歯状の凹凸のある環状(ドーナツ状)の電磁鋼板の薄板を多数積層して円筒状のロータコア10を形成し,ロータコア10の外側面(外周)には,円周方向に沿って定間隔(ほぼ等間隔)で複数の薄板のマグネット22を取り付けた上で,このロータコア10を電動機のシャフト(回転軸)に圧入して結合させる構成が記載されている。
そうすると,引用刊行物3に記載された上記技術的事項を引用発明に適用することで,本件出願当時,当業者において相違点3及び4に係る構成に容易に想到することができたものである。
原告は,引用刊行物3のロータコア10は従来のモータ軸の構成のとおりの円盤を積層したものであって,その形状は「筒」と到底呼べるものではなく,引用刊行物3のロータには,本願発明にいう「磁性筒」自体が記載されていないなどと主張する。確かに,本願明細書(甲4)の段落【0002】には,「従来のDCブラシレスモータにおける回転軸105は鋼製であり,環状に打ち抜かれた多数枚の硅素鋼板を積層してなる積層鉄心110を鋼製回転軸105に嵌着させ,積層鉄心110の外周面においてその円周方向に沿って複数本の棒状磁石111を定間隔に並列させたロータ構造となっている。従って,直径・重量共に相当程度大となり,DCブラシレスモータを用いた可搬式水中電動ポンプも可搬式として好適といえる程には小型軽量化されていない。」との記載があるから,本願発明は多数の環状の硅素鋼板(電磁鋼板)を積層して成る円筒状の積層鉄心の問題点(過大な直径及び重量)を踏まえてなされたものであるということができ,また引用刊行物3のロータコア10はかかる積層鉄心と同等の性格のものである。しかしながら,本願発明においては,モータ軸に嵌着される筒状の磁性体である「磁性筒」の直径や重量等について特定がされていないし,明細書の発明の詳細な説明中にもかかる直径等についての記載も示唆もないものであるから,本願発明にいう「磁性筒」と引用刊行物3のロータコア10とをその形状に関して対比することはできず,したがって,上記ロータコア10の形状が,本願発明の構成との対比の見地から,「筒」ではないなどということはできない。また,そもそも,本願明細書の上記記載は,モータ軸が鋼製であることを前提にして,従来技術のDCブラシレスモータの問題点を指摘するものであるから,アルミ合金製のモータ軸に円筒状の磁性体であるロータコア10を取り付ける場合とでは場面を異にし,単純に上記ロータコア10のような積層鉄心の構成が本願発明において排除されるとするのは適切でない。そうすると,引用刊行物3に記載された技術的事項を適用して本願発明の「磁性筒」に係る相違点3,4の容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
また,引用刊行物3中にモータ軸の素材としてアルミ合金を用いることを示唆する記載がないとしても,非磁性体であるアルミ合金をモータ軸の素材として採用すれば,磁路の形成が阻害されてモータの十分な出力が得られないことは当業者には明らかであって,そうするとかかる場合,モータの十分な出力を得るために引用刊行物3に記載された技術的事項を採用する動機付けがあるというべきで,引用発明にかかる技術的事項を適用する上で困難があるものではない。また,そもそも引用刊行物3に記載されている技術的事項は電動機のシャフト(モータ軸)に内周に歯状の凹凸があるロータコアを嵌着させるというものであって(特許請求の範囲),アルミ合金製のモータ軸にかかるロータコアを嵌着させることができること及びその作用効果は,当業者において予測し得る程度のものにすぎないから,かかる記載がなくても,相違点3及び4の容易想到性に対して支障は生じない。
また,原告は,引用刊行物1ないし3等のモータからは,加工容易性,高い加工精度に係る磁性筒の効果が奏されないなどと主張するが,かような作用効果は本願明細書に記載されていないし,当業者において予測可能な程度の事柄にすぎないから,かかる副次的な作用効果があったとしても,審決の前記容易想到性判断を左右するものではない。
(3) 引用発明と本願発明の相違点に係る構成を採用すれば,DCブラシレスモータ自体も,これを構成部品とする水中電動ポンプも,十分軽量化し,可搬式のものとなることは当業者において予測可能なものであって,本願発明の作用効果は当業者の予測し得ない格別のものということはできない。
原告は,本願発明は特有の構成を採用することにより,30kg以下という驚異的な軽量化を実現したものであるなどと主張するが,本願明細書の段落【0008】に,「なお,本発明回転軸は既述の構成によって小型かつ超軽量に作られているが,モータフレーム1,上部ベアリングブラケット3及び下部ベアリングブラケット4の材料についても,例えばアルミニウム合金のように軽量で強靭なものを選定すれば,モータ全体を小型かつ超軽量に構成することができ,可搬式水中電動ポンプ用のモータとして好適なものとなる。更にはアルミニウム合金等で作られたポンプ部分と組み合わせることによってポンプ全体を超軽量化し得ることになる。」と記載されているとおり,水中電動ポンプの小型化,軽量化には,DCブラシレスモータのロータ部分以外の軽量化や,モータ部分以外の部分の軽量化も寄与するのであって,原告が主張する軽量化の実績を考慮しても,本願発明に当業者の予測を超えた格別に有利な効果があるとまではいえない。
(4) 結局,本件出願当時,引用発明に引用刊行物2,3記載の発明ないし技術的事項を適用することによって,当業者において各相違点に係る構成に容易に想到することができ,また,相違点に係る構成を達成したことで当業者の予測できない格別の作用効果を奏するものではないから,本願発明は進歩性を欠くものである。そうすると,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告が主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(明確性要件違反の判断の誤り)について
確かに,請求項1(本願発明)の特許請求の範囲の記載は「可搬式水中電動ポンプ用DCブラシレスモータの回転軸」で結ばれているが,上記特許請求の範囲の記載を全体的に把握すれば,原告がDCブラシレスモータの回転軸体のみを発明の対象としているのではなく,回転軸体に磁性筒や磁石を取り付けた構成物(いわゆる回転子,ロータ)の全体を発明の対象としていることは明らかであって,原告が特定する「回転軸」も日常用語にいうそれ(軸体)ではなく,上記のとおりの概念で特定されるものをいうと解される。
したがって,本願発明の特許請求の範囲の記載が一貫しないとして不明確であるとする審決の判断には誤りがある。
もっとも,前記1のとおり,本願発明は進歩性を欠き,原告の不服審判請求を不成立とした審決は,その結論において正当であるから,上記判断の誤りによって審決を取り消すべきものとはならない。
第6結論
以上によれば,審決にこれを取り消すべき違法はないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 古谷健二郎 裁判官 田邉実)