知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10181号 判決 2012年4月11日
原告
株式会社デンソー
原告
東京電力株式会社
上記両名訴訟代理人弁理士
碓氷裕彦
大庭弘貴
被告
特許庁長官
同指定代理人
青木良憲
岡本昌直
石川良文
守屋友宏
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2009-13524号事件について平成23年4月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告らが,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1 特許庁における手続の経緯
(1) 原告らは,平成16年11月30日,発明の名称を「貯湯式給湯装置」とする特許を出願した(甲1。特願2004-347104。請求項の数8)。
原告らは,平成21年4月22日付けで拒絶査定を受け,同年7月28日,これに対する不服の審判を請求し(甲4),さらに,平成23年3月11日付けで,手続補正(甲13。以下,同日付け手続補正書による補正を「本件補正」という。)を行った。なお,同補正により,請求項の数は10となった。
(2) 特許庁は,これを不服2009-13524号事件として審理し,平成23年4月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その審決謄本は,同年5月10日,原告らに送達された。
2 本願発明の要旨
本件審決が対象とした本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」,本件出願に係る本件補正後の明細書(甲1,13)を,図面を含めて「本願明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所である。
【請求項1】 給湯用水を蓄える貯湯タンクと,/前記貯湯タンクに設けられた吸入口から流出した給湯用水を,前記貯湯タンクの上部に設けられた吐出口を介して前記貯湯タンク内に流入させるように給湯用水を循環させる給湯用水循環回路と,/前記給湯用水循環回路に設けられ,前記吸入口から流出した給湯用水を加熱し,沸き上げるとともに制御手段で制御されるヒートポンプユニットと,/前記貯湯タンクに,縦方向に間隔を空けて設けられ,前記貯湯タンク内の給湯用水の各水位レベルでの温度情報を前記制御手段に出力する複数の水位サーミスタと,/集熱媒体を太陽熱で加熱する太陽熱集熱器と,/前記貯湯タンク内の下方に設けられ,前記太陽熱集熱器で熱せられた前記集熱媒体により前記貯湯タンク内の給湯用水を加熱する熱交換器と,/前記集熱媒体を前記太陽熱集熱器と前記熱交換器に循環させる集熱器循環回路とを有する貯湯式給湯装置において,/前記吐出口は,前記熱交換器が配設される部位よりも上方となる部位に設けられており,/前記制御手段は,給湯に用いられる熱量に応じて前記ヒートポンプユニットを制御し,かつ,/前記制御手段は,前記貯湯タンク内に蓄えられた給湯用水の使用前に予め加熱しておく蓄熱運転時に,給湯用必要熱量から前記太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を減じた必要沸き上げ熱量に応じた量の高温の給湯用水が前記貯湯タンクの上部に設けられた前記吐出口から流入して貯湯されるように,前記各水位サーミスタからの温度情報に基づいて前記ヒートポンプユニットを蓄熱運転し,/前記貯湯タンクの上方に貯湯される高温の湯と前記貯湯タンクの下方に存在する湯との間に温度差が生じるように沸き上げることを特徴とする貯湯式給湯装置
3 本件審決の理由の要旨
(1) 本件審決の理由は,要するに,本願発明は,下記ア及びイの引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開2002-162109号公報(甲2)
イ 引用例2:特開昭62-69063号公報(甲3)
(2) なお,本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)並びに本願発明と引用発明1との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明1:給湯用水を蓄える貯湯タンクと,前記貯湯タンクに設けられた流通路の上流端から流出した給湯用水を,前記貯湯タンクの上部に設けられた流通路の下流端を介して前記貯湯タンク内に流入させるように給湯用水を循環させる流通路と,前記流通路に設けられ,前記流通路の上流端から流出した給湯用水を加熱し,沸き上げるとともに制御手段で制御されるヒートポンプと,熱媒を太陽熱で加熱する太陽熱集熱器と,前記貯湯タンク内の下方に設けられ,前記太陽熱集熱器で熱せられた前記熱媒により前記貯湯タンク内の給湯用水を加熱する放熱器と,前記熱媒を前記太陽熱集熱器と前記放熱器に循環させる往路及び復路とを有する給湯システムにおいて,前記流通路の下流端は,前記放熱器が配設される部位よりも上方となる部位に設けられており,前記貯湯タンクの上方に貯湯される高温の湯と前記貯湯タンクの下方に存在する湯との間に温度差が生じるように沸き上げる給湯システム
イ 一致点:給湯用水を蓄える貯湯タンクと,前記貯湯タンクに設けられた吸入口から流出した給湯用水を,前記貯湯タンクの上部に設けられた吐出口を介して前記貯湯タンク内に流入させるように給湯用水を循環させる給湯用水循環回路と,前記給湯用水循環回路に設けられ,前記吸入口から流出した給湯用水を加熱し,沸き上げるとともに制御手段で制御されるヒートポンプユニットと,集熱媒体を太陽熱で加熱する太陽熱集熱器と,前記貯湯タンク内の下方に設けられ,前記太陽熱集熱器で熱せられた前記集熱媒体により前記貯湯タンク内の給湯用水を加熱する熱交換器と,前記集熱媒体を前記太陽熱集熱器と前記熱交換器に循環させる集熱器循環回路とを有する貯湯式給湯装置において,前記吐出口は,前記熱交換器が配設される部位よりも上方となる部位に設けられており,前記貯湯タンクの上方に貯湯される高温の湯と前記貯湯タンクの下方に存在する湯との間に温度差が生じるように沸き上げる貯湯式給湯装置
ウ 相違点1:本願発明は,「貯湯タンクに,縦方向に間隔を空けて設けられ,前記貯湯タンク内の給湯用水の各水位レベルでの温度情報を前記制御手段に出力する複数の水位サーミスタ」を有するのに対し,引用発明1は,当該構成を有していない点
エ 相違点2:本願発明は,「制御手段は,給湯に用いられる熱量に応じて前記ヒートポンプユニットを制御し,かつ,前記制御手段は,前記貯湯タンク内に蓄えられた給湯用水の使用前にあらかじめ加熱しておく蓄熱運転時に,給湯用必要熱量から前記太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を減じた必要沸き上げ熱量に応じた量の高温の給湯用水が前記貯湯タンクの上部に設けられた前記吐出口から流入して貯湯されるように,前記各水位サーミスタからの温度情報に基づいて前記ヒートポンプユニットを蓄熱運転し」ているのに対し,引用発明1は,当該制御をする制御手段を有していない点
(3) また,本件審決が認定した引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)は,次のとおりである。
給湯用水を蓄えるタンクと,前記タンク内に設けられ,タンク内の給湯用水を加熱し,沸き上げるとともに制御部で制御される電気ヒータと,前記タンクに,縦方向に間隔を空けて設けられ,前記タンク内の給湯用水の各水位レベルでの温度情報を前記制御部に出力するサーミスターよりなる複数のセンサX1ないしX6と,給湯用水を太陽熱で加熱する太陽熱コレクターとを有する温水器において,前記制御部は,給湯に用いられる熱量に応じて前記電気ヒータを制御し,かつ,前記制御部は,前記タンク内に蓄えられた給湯用水の使用前にあらかじめ加熱しておく蓄熱運転時に,給湯に必要な総熱量Qから前記太陽熱コレクターで得られる太陽熱量Q1を減じた電熱量Q2に応じた量の高温の給湯用水が前記タンクに貯湯されるように,前記各センサX1ないしX6からの温度情報に基づいて前記電気ヒータを蓄熱運転する温水器
4 取消事由
本願発明の進歩性に係る判断の誤り
(1) 引用発明1の認定の誤り
(2) 一致点及び相違点の認定の誤り
(3) 相違点に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告らの主張〕
(1) 引用発明1の認定の誤りについて
ア 貯湯式給湯装置の沸き上げ方式について
本願発明は,ヒートポンプサイクルからなる熱源装置で沸き上げた給湯用水を蓄える貯湯タンクを備える貯湯式給湯装置に関するものであり,特に給湯用水の一部を太陽熱で加熱する給湯制御手段を有する装置に関するものであるが,このような貯湯式給湯装置では,貯湯タンクに設けられた吸込口から貯湯タンク外へと流出した水道水を,ヒートポンプユニットにおいて加熱後,沸き上げられた高温の湯を貯湯タンクの上部に戻すように循環させることによって,貯湯タンクは,高温の給湯水を長時間に渡って保温することができる。
貯湯タンクに給湯用必要熱量Qを貯える方法としては,タンク内に貯湯された湯をタンク下方に設けられた吸入口から吸入し,ヒートポンプで加熱した上で,タンク上方に設けられた吐出口からタンク内に吐出するヒートポンプサイクルを用いて,タンク内における吸入口と吐出口との間に存在する湯(以下「タンク内の湯」という。)を,加熱後の定常状態で全量が均一な温度になるように沸き上げることにより,必要熱量を貯える蓄熱方式(以下「全部沸き上げ方式」という。)と,タンク内の湯をタンク下方に設けられた吸入口から吸入し,ヒートポンプで加熱した上で,タンク上方に設けられた吐出口からタンク内に吐出するヒートポンプサイクルを用いて,タンク内の湯を,加熱後の定常状態で上方だけが高温になるように部分的に沸き上げることにより,必要熱量を貯える蓄熱方式とがある(タンク内の上方部にのみ,吐出口から吐出された高温の湯が存在するように沸き上げる方法である。以下「部分沸き上げ方式」という。)。
イ 沸き上げ方式に係る技術常識について
貯湯式給湯装置において,「蓄熱運転」とは,翌日に使用する予定の湯に関する深夜時間帯における蓄熱運転を意味するものである。「蓄熱運転」以外に湯を沸かす運転は,蓄熱運転以前に使用する予定の少量の湯(その日のうちに必要となる高温の湯)を部分的に沸き増す「沸き増し運転」であって,「蓄熱運転」ではない。
一般に,ヒートポンプの効率は,タンク内の湯の温度が高くなるほど低下するので,必要熱量Qを実際に発生させるヒートポンプエネルギー(動力量L)は,湯が高温になるほど多く必要になる。動力量Lの抑制の観点から,蓄熱運転における必要熱量Qの貯え方としては,部分沸き上げ方式ではなく,全部沸き上げ方式を採用することが技術常識であった。被告は,部分沸き上げ方式は本件出願時に公知であったから,全部沸き上げ方式を採用することが技術常識であったことはないなどと主張するが,被告が指摘する文献(乙1~6)においても,蓄熱運転では,技術常識どおり,全部沸き上げ方式を採用しているものであるか,深夜運転時において部分的に沸き増すことに関する記載が存在する程度にすぎない。被告の主張は,蓄熱運転時という条件を意図的に除外したものであって,失当である。
ウ 本願発明の沸き上げ方式について
本願発明は,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を予測し,給湯用水の使用前にあらかじめ過熱しておく蓄熱運転時において,貯湯タンク下方で熱交換器近辺に残る低温の湯量を変更できるように制御手段が制御するものである。すなわち,本願発明は,技術常識に反し,ヒートポンプの効率が悪いとされる部分沸き上げ方式を初めて採用し,太陽熱集熱器の効率を高めようとするものである。
本願発明における「蓄熱運転」とは,特許請求の範囲の記載によれば,単に貯湯タンク内に蓄えられた給湯用水の使用前にあらかじめ加熱しておくのみではなく,翌日の太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を考慮して,前日に各水位サーミスタからの温度情報に基づいてヒートポンプユニットを運転することを意味することは明確である。また,「沸き増し運転」についても,本願明細書の実施例において,「蓄熱運転」以外の時間に行う別の運転であることが明記されているものである。
エ 引用例1に記載された発明の沸き上げ方式について
引用例1に記載された発明では,貯湯タンク全体を温めるという技術常識を前提に(引用例1【0003】),蓄熱運転終了時には,貯湯タンクのうち,放熱器の上側の部分は均一な温度の熱湯とするものであって,低温のままの水が維持されるのは放熱器の周囲のみで,その容量は翌日の天気や太陽熱集熱器の集熱熱量にかかわらず常に一定である。もっとも,蓄熱運転中は,高温湯が上から流入し,低温水が貯湯タンク内にある結果,放熱器上方でも温度差が生じ得るが,その状態はあくまで過渡的な現象にすぎない。
これに対し,本願発明は,そのような過渡的な制御が対象ではなく,蓄熱運転終了時にも,必要沸き上げ熱量に応じてタンク上下の湯の間に温度差が生じるように積極的に制御するものである。
引用例1に記載された発明において,ヒートポンプで加熱された湯は貯湯タンクの上側部に供給されるから,部分沸き上げを行うことが,機構的には可能であること自体は原告らも否定するものではない。しかし,引用例1に記載された発明における「蓄熱運転」では,必要とされる湯の全量を均一に沸き上げるのが最も合理的であって,部分沸き上げを行うことは予定されていない。
(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて
本願発明と引用例1に記載された発明とでは,蓄熱運転における制御方法が異なるものである。引用例1に記載された発明では,貯湯タンクにおける放熱器上方が均一湯温に制御され,かつ,貯湯タンク下方の低温水の量も太陽熱集熱器の集熱熱量にかかわらず一定である。そして,放熱器上方が均一湯温である結果,各水位レベルでの温度情報を水位サーミスタから受ける必要はない。
このように,引用例1に記載された発明は,蓄熱運転時において全部沸き上げ方式を採用しているものであり,部分沸き上げ方式を採用している本願発明とは,制御内容が本質的に異なるものである。
本件審決は,引用例1に記載された発明の認定を誤って,これを「引用発明1」として認定したため,以上のような制御内容の本質的相違を前提とすることなく,本願発明との一致点及び相違点を認定したものである。
以上からすると,本件審決の一致点及び相違点の認定は,誤りである。
(3) 相違点に係る判断の誤りについて
ア 引用例2に記載された発明の沸き上げ方式について
(ア) 引用例2に記載された発明では,電気ヒータで給湯用水を加熱するため,電気ヒータより上方の湯温は必然的に均一となって温度差を持たない。すなわち,電気ヒータによってタンク内の湯が加熱される場合,まず,電気ヒータの周囲の湯が加熱され,タンク内を上昇することによって対流が生じるが,その際,上昇流は,周囲の低温の給湯用水に熱を拡散しながらタンク内を上昇するため,上昇流が生じている間は熱の拡散が続くものである。上昇流がなくなって熱の拡散がこれ以上進行しない状態では,タンク内の湯は温度差がないように均一に加熱されている。
本件審決は,引用例2に記載された発明について,給湯用水は85℃の最高温にまで加熱され,当該高温の給湯用水がタンクの最上層部から溜まっていき,電熱量Q2に応じてその湯量が増減するものと考えるのが自然であるとする。しかし,これは,蓄熱運転中の過渡的な状況を意味するものにすぎず,対流が終了した蓄熱運転終了時には,タンク内の湯温は均一となる。同発明では,タンク内全体の湯が均一となるように加熱され,少なくともタンクの上下に温度差が生じるようには加熱制御されておらず,算出された電熱量Q2に応じて湯温が増減するものである。
(イ) 引用例2に記載された発明のタンクは,外部で加熱された高温の湯が対流によって戻って来る風呂桶とは全く異なり,むしろ魔法瓶の内部に電気ヒータを配置したようなものであって,熱の伝達は,対流によるよりも拡散による方が主となり,風呂桶のような上昇流ではなく,対流と熱伝導とによる拡散により熱が伝達される。
(ウ) 被告は,引用例2に記載された発明において,上部の電気ヒータを優先して用いれば,電気ヒータによる蓄熱運転時の部分沸き上げが可能であるとも主張する。
しかしながら,電気ヒータによる「蓄熱運転」での沸き上げ対象となるのは上部の電気ヒータの上側の湯であるところ,前記のとおり,このような構成では,対流と熱伝導とによる拡散により熱が伝達される結果,この湯は全量略一定の温度となっているから,引用例2に記載された発明における電気ヒータによる部分沸き上げは,本願発明における部分沸き上げとは異なるものというべきである。引用例2に記載された発明では,部分沸き上げを行うことは不可能であるというほかない。
(エ) 引用例2に記載された発明において,蓄熱運転に限定すれば,センサは1つで十分である。しかし,同発明におけるセンサは,タンク内の加熱前の残湯熱量Q0(1日の湯の使用が終わった後の状態)を算出するのに用いるものである。1日の湯の使用が終わった後の状態では,湯はタンクの上方に残っており,タンク下方には水道水の補充があり,結果としてタンク内の湯に温度差があるから,タンク内の温度差を検出するためには,複数のセンサが必要となる。被告の主張は,蓄熱運転とそれ以外の状態とを意図的に混同させるものであり,失当である。もっとも,原告らは,蓄熱運転時に各センサを使用しないと主張するわけではない。湯の使用により湯と水との境界が上方へ変化した場合,各センサが異なる温度を検出することがあり得るが,蓄熱運転では,各センサを用いること自体は,タンクの高さ方向で温度が異なる状態であることが前提とはならないと主張するものである。
イ 相違点2について
(ア) 本願発明は,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を予測して,給湯用水の使用前にあらかじめ過熱しておく蓄熱運転時に,貯湯タンクの下方で熱交換器近辺に残る低温の(高温ではない)湯の量を変更できるように制御手段がヒートポンプユニットを制御するものである。
本願発明は,ヒートポンプの効率が悪いとされる部分沸き上げ方式をあえて採用しても,太陽熱集熱器の集熱効率を高め,全体としての貯湯式給湯器の効率を高めようとするものであり,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明によって容易に想到し得るものではない。
(イ) 引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明は,いずれも全部沸き上げ方式を採用するものである。仮に,引用例2に記載された発明のとおり,翌日得られる太陽熱を予測して,引用例1に記載された発明のヒートポンプによる蓄熱運転を行うとしても,その組合せから得られる制御は,貯湯タンクのうち熱交換器より上方の湯を均一な温度に沸き上げるものにすぎず,せいぜい蓄熱運転時において均一に沸き上げられる湯の温度が太陽熱集熱器で得られる集熱熱量に応じて変化する程度である。
引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明は,いずれも必要沸き上げ熱量にかかわらず,太陽熱集熱器以外の加熱手段で加熱される給湯水量は,一定(放熱器又は電気ヒータ上方の貯湯タンク容量)である。そのため,太陽熱集熱器で加熱される給湯水量,つまり貯湯タンクのうち,放熱器又は電気ヒータ下方の容量も一定となる。
したがって,引用例2に記載された発明に引用例1に記載された発明を組み合わせたとしても,太陽熱集熱器以外の加熱手段で必要沸き上げ熱量に応じた量の高温の給湯用水を加熱し,結果として,過熱しない低温の(高温ではない)湯の量を変更し,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量に応じて低温の(高温ではない)湯の量を制御することはできない。
(ウ) 引用例1に記載された発明は,蓄熱運転終了時には流通路の上流端を境に貯湯タンク上方が高温の湯,下方が低温の水となり,その位置は一義的に定まっているから,本願発明のように,蓄熱運転終了時に貯湯タンクの上方に貯湯される湯と下方に存在する湯との間に温度差が生じるようにして沸き上げ,かつ,上方に貯湯される高温の湯の量が,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量に応じて変化するように蓄熱運転の制御を行う技術思想は,引用例1には全く示唆されていない。
引用例2に記載された発明も,タンク内の湯は,蓄熱運転終了時には均一温度に沸き上げられているから,引用例2についても,同様である。被告の主張は,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明について,蓄熱運転終了時ではなく,蓄熱運転時以外にされる沸き増し運転等で見られる状態を,蓄熱運転にすり替えて主張するものであって,明らかに誤りである。
(エ) 被告が部分沸き上げ方式が周知技術であることを示す根拠とした文献(乙2,4~6)には,いずれも太陽熱集熱器から集熱した熱を貯湯タンクの水に与える熱交換器は示唆されていない。
引用例2に記載された発明は,太陽熱コレクターで得られる太陽熱量Q1に応じて電気ヒータの熱量Q2が変化はするが,電気ヒータで加熱される湯の量は電気ヒータの位置に応じて一義的に定まり,湯量が変化することはないし,電気ヒータを用いる以上,構造的に部分沸き上げは不可能である。
引用例1に記載された発明は,構造的には部分沸き上げは可能であるが,蓄熱運転では放熱器の上方の湯を全量沸き上げるものである。
したがって,仮に,深夜時間帯に部分沸き上げ方式を採用することが公知であるとしても,部分沸き上げ方式が構造的に不可能な引用例2に記載された発明に,蓄熱運転において全部沸き上げ方式を採用している引用例1に記載された発明を組み合わせた際に,部分沸き上げ方式を採用する動機付けはない。
すなわち,本願発明の蓄熱運転は,太陽加熱装置で得られる集熱熱量SQに応じて熱交換器周囲の蓄熱運転されない低温の水の量を定め,そこから,貯湯タンク上部の蓄熱運転で加熱する湯の量を決め,貯湯タンク上部に貯湯される高温の湯と下方に存在する水との間に温度差が生じるように蓄熱運転を行うとするところに特徴があるのである。そして,この本願発明の特徴は,熱交換器周囲の蓄熱運転されない低温の水の量を太陽加熱装置で得られる集熱熱量SQに応じて変更するという本願発明独自の要請に基づくものであって,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明には,この本願発明独自の要請はなく,蓄熱運転時に部分沸き上げ方式を採用する動機付けを認めることはできない。
ウ 小括
以上からすると,本願発明は,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができるものということはできない。
(4) 本件審決は,以上のとおり,引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された発明の認定を誤り,本願発明の進歩性を否定したものであって,取消しを免れない。
〔被告の主張〕
(1) 引用発明1の認定の誤りについて
ア 本願発明の沸き上げ方式について
(ア) 貯湯タンクに給湯用必要熱量を貯える際,タンク内の湯を全量均一な温度で(なるべく低い温度で)沸き上げれば,ヒートポンプの効率が向上するかもしれないが,そのためには,タンク内の湯温が「給湯用必要熱量Q/タンクの容量」に見合うものとなるように沸き上げ温度を制御(変更)しなければならないから,沸き上げ温度を給湯用必要熱量Qに応じて変更させてまで湯の温度が均一となるように全量沸き上げることが,常に技術的に合理的とはいえない。
貯湯タンクにヒートポンプを用いて給湯用必要熱量を貯える際,タンク内の湯を全量沸き上げるのではなく,その一部のみを沸き上げ,吐出口から吐出された所望の高い高温の湯がタンク内の上方にのみ存在するように沸き上げる方法(部分沸き上げ方式)は,本件出願前から当業者に周知である(乙1~3)。原告らが主張するような,蓄熱運転時には全部沸き上げ方式を採用するという技術常識は存在しないものというほかない。
(イ) 原告らは,深夜時間帯の蓄熱運転のみが「蓄熱運転」であり,深夜時間帯以外に湯を沸かす運転は「沸き増し運転」であって「蓄熱運転」ではないと主張する。
しかしながら,「蓄熱運転」とは,給湯用水の使用前にあらかじめ加熱しておく運転を意味するにすぎない。原告らの主張は,本願発明の特許請求の範囲や本願明細書の記載に基づかない主張である。
仮に,本願発明の「蓄熱運転」について,深夜時間帯の蓄熱運転に限定解釈したとしても,深夜時間帯の蓄熱運転時にタンク内の湯を全量沸き上げることが技術常識ではないことは,文献(乙2,4~6)において,深夜時間帯であっても,蓄熱運転時にタンク内の湯を全量沸き上げないこと,更に,翌日使用する湯の量(熱量)が予測でき,深夜時間帯の蓄熱運転時に沸かすべき湯の熱量が決定できるのであれば,タンク内の湯を全量沸き上げるのではなく,必要熱量に見合う量の湯を沸かすことが開示されていることからも明らかである。原告らが主張する本願発明の「蓄熱運転」は,本件出願前から当業者に周知であったというほかない。
イ 引用例1に記載された発明の沸き上げ方式について
引用例1に記載された発明では,高温の湯が貯湯タンクの上方から貯まっていき,少なくとも放熱器の周囲に低温の水が存在するものであって,放熱器の上側の部分に低温の水が存在してもよい。放熱器の上側の部分に低温の水を存在させることは,深夜時間帯の蓄熱運転時であるか深夜時間帯以外に湯を沸かす沸き増し運転時であるかにかかわらず,常に可能である。引用例1に記載された発明は,少なくとも深夜時間帯の蓄熱運転時であっても,部分沸き上げが可能なものである。
したがって,引用例1に記載された発明では,放熱器の上方の貯湯タンク内の湯は均一温度に制御され,かつ,貯湯タンク下方の低温の水の量も太陽熱集熱器の集熱熱量にかかわらず一定であるという原告らの主張には根拠はない。
(2) 一致点及び相違点の認定の誤りについて
本願発明と引用例1に記載された発明とにおいて,沸き上げ方式に本質的な相違がないことは,前記(1)のとおりである。
したがって,本件審決における一致点及び相違点の認定に誤りはない。
(3) 相違点に係る判断の誤りについて
ア 引用例2に記載された発明の沸き上げ方式について
(ア) 引用例2に記載された発明では,タンクの形状や電気ヒータの配置等の条件によって多少は異なるものの,電気ヒータの周囲の湯が加熱されることにより生じる上昇流によって,周囲の低温の給湯用水に拡散される熱量は限定的なものである。上昇した高温の湯は比重が小さいことから冷やされるまで下降することはないから,高温の湯がタンクの最上層部から貯まっていくことになる。これは,風呂の追い焚きなどでも見られる一般的な現象である。
引用例2には,「この電力制御装置は,中間電気ヒータが優先してタンク上層部の湯温が最高温(85℃)にまで加熱され,その温度では尚不足の場合に底部電気ヒータに通電して補うようになっている」との記載があるから,引用例2に記載された発明は,上部の電気ヒータを優先して用いることにより,電気ヒータによる蓄熱運転時の部分沸き上げを可能にする構成を有するものである。
したがって,同発明も,蓄熱運転時に部分沸き上げそれ自体は可能なものである。
(イ) また,貯湯タンク内全体の湯が均一となるように加熱されているのであれば,複数の温度センサを設けたとしても,検出される温度は同じはずであるから,特定のセンサのみで温度を検出すれば十分である。しかし,引用例2に記載された発明では,X1ないしX6の全てのセンサで温度を検出していることからして,タンクの高さ方向で温度が異なる状態を前提としていることは明白である。電気ヒータによる加熱が終了するのは,「センサX1~X6で温度を検出し,電気加熱量Q2の指定された温度に達した時」であるが,これは,残湯熱量Q0を演算する方法と同様に,各センサの検出温度に基づいて求められる加熱量Q2に達した時と考えるのが合理的である。このように,引用例2に記載された発明は,部分沸き上げが構造的に可能であるのみならず,複数のセンサでタンク内の湯の温度差を把握することを前提としているものであるから,同発明は,部分沸き上げ方式を採用しているものということができる。
なお,引用例2には,加熱中,つまり蓄熱運転時に全てのセンサで温度を検出する旨が明記されており,各センサは,残湯熱量を算出するためだけではなく,蓄熱運転時に加熱量(蓄熱量)を判断するためにも用いられていることは明らかである。
(ウ) 以上によると,引用例2に記載された発明では,蓄熱運転の終了時にタンク内の湯温は均一となるという原告らの主張は誤りである。
イ 相違点2について
(ア) ヒートポンプを用いた貯湯式給湯装置において,深夜時間帯であっても,沸かすべき湯の熱量が決定できるのであれば,タンク内の湯を全量沸き上げるのではなく,必要熱量に見合う量の湯を沸かすことは,本件出願前から周知である。
引用例1に記載された発明では,蓄熱運転時には高温の湯が貯湯タンクの上側から流入することから,蓄熱運転に伴い,放熱器の上側の部分で高温の湯の量が増加し,低温の(高温ではない)湯の量が減少していき,蓄熱運転終了状態では,少なくとも放熱器の周囲に低温の水が存在し,貯湯タンクの上方に貯湯される高温の湯と下方に存在する湯との間に温度差が生じているものである。
引用例2に記載された発明に係る,給湯に必要な総熱量Qから太陽熱コレクターで得られる太陽熱量Q1を減じた必要熱量分の湯を蓄熱運転時に貯湯タンクに貯めるという技術思想自体は,貯湯タンクへの給湯用必要熱量の貯え方によって適用が限定される性格のものではなく,全部沸き上げ方式にも,部分沸き上げ方式にも適用可能なものである。
(イ) 引用例2に記載された発明を引用例1に記載された発明に適用すると,蓄熱運転時に,貯湯タンク内の湯が必要熱量分加熱された時点でヒートポンプによる加熱を終了することになるから,必要熱量に応じた量の高温の湯が貯湯タンクの上部に貯えられ,その結果,貯湯タンク下方の加熱しない低温の(高温ではない)湯の量も制御されることになる。
また,引用例2に記載された発明は,センサX1ないしX6で温度を検出し,必要加熱量に達した時に加熱を終了するという事項を含むものであるから,当該発明を引用例1に記載された発明に適用すると,必要熱量分の湯が貯えられるように,センサからの温度情報に基づいてヒートポンプを蓄熱運転することになる。
ウ 小括
以上からすると,本願発明は,引用例1に記載された発明に,引用例2に記載された発明を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができるものというべきである。
(4) 本件審決の引用発明1及び2の認定,一致点及び相違点の認定並びに本願発明の進歩性に係る判断には,以上のとおり,何らの誤りはない。
第4当裁判所の判断
1 本願発明について
(1) 本願明細書(甲1,13)の記載によると,本願発明の技術内容は以下のとおりである。
ア 本願発明は,ヒートポンプサイクルからなる熱源装置で沸き上げた給湯用水を蓄える貯湯タンクを備える貯湯式給湯装置,特に,給湯用水の一部を太陽熱で加熱する給湯制御手段に関する発明である。
従来の太陽熱を利用した貯湯式給湯装置は,天候により集熱熱量にばらつきが生じるため,日射がなければ給湯用必要熱量が不足し,料金設定の高い昼間での蓄熱運転が必要となり,集熱熱量相当の貯湯量が小さいときには,十分な日射があれば太陽熱を有効に利用することができないとの課題が存在した。
イ 本願発明は,ヒートポンプサイクルからなる熱源装置で沸き上げた給湯用水を蓄える貯湯タンクと,給湯用水の一部を太陽熱で加熱する給湯制御手段とを有する貯湯式給湯装置において,給湯用水を太陽熱の集熱熱量で加熱可能とし,その集熱熱量を減じた必要沸き上げ熱量で蓄熱運転する給湯制御手段を有するものである。本願発明は,翌日に使用される湯を確保するために,貯湯タンク内に蓄えられた給湯用水を使用前にあらかじめ加熱しておく蓄熱運転時において,給湯用必要熱量から太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を減じた必要沸き上げ熱量に応じた量の高温の給湯用水が吐出口から流入して貯湯するように各水位サーミスタからの温度情報に基づいてヒートポンプユニットを制御し,タンクの上方に貯湯される高温の湯と,タンクの下方に存在する湯との間に温度差が生じるように沸き上げるものである。この蓄熱運転は,電力料金が最も安い深夜時間帯に行われる。
ウ 本願発明は,電力料金が最も安い深夜時間帯において,翌日の太陽熱集熱器からの集熱熱量で賄うことができないと予測される必要沸き上げ熱量について,部分沸き上げ方式を採用したヒートポンプユニットで加熱することにより,ヒートポンプユニットと太陽熱加熱装置とによって給湯用必要熱量が効率よく得られることから,省エネ効果及び維持費を低く抑える効果が可能となるものである。
(2) なお,本願発明における「蓄熱運転」とは,貯湯タンク内に蓄えられた給湯用水の使用前にあらかじめ加熱するあらゆる運転を広く意味するものではなく,深夜時間帯の蓄熱運転,すなわち,太陽光集熱器で得られる集熱熱量を考慮して,前日に各水位サーミスタからの温度情報に基づいて,深夜時間帯にヒートポンプユニットを運転することを意味するものと解される。
2 引用発明1の認定の誤りについて
(1) 引用例1に記載された発明
引用例1に記載された発明は,ヒートポンプ及び太陽熱集熱器で湯を沸かして貯湯タンクに溜める給湯システムに関する発明であるところ,引用例1(甲2)の記載及び引用例1の図1に図示された内容によると,引用例1に記載された発明は,ヒートポンプ及び太陽熱集熱器で湯を沸かして貯湯タンクに貯める給湯システムにおいて,流通路の下流端(本願発明の「吐出口」に相当)が貯湯タンクの上側部に,流通路の上流端(本願発明の「吸入口」に相当)が貯湯タンクの下側部に,それぞれ連なるとともに,当該上流端が放熱器より上側に配置される構成を有することにより,貯湯タンク内において,熱湯が貯まる場所は,放熱器より上側に限られ,放熱器の周囲では水が低温のまま維持される発明であるということができる。
なお,引用例1に記載された発明の給湯システムでは,ヒートポンプは主として電気料金が安い夜間(深夜)に稼動され,昼間の晴天時には集熱器が稼動される。夜間には,ヒートポンプの圧縮機と流通路のポンプとが駆動され,貯湯タンク内の放熱器の上側付近の水が流通路に取り込まれる。この水は,ヒートポンプの凝縮器によって加熱された後,貯湯タンクの上側部に送られる。貯湯タンクには,放熱器より上側にだけ熱湯が溜まり,そこより下の放熱器の周囲では水が低温のまま維持される。そのため,翌日の集熱器の稼動時に,放熱器から水への熱の受け渡しが良好になり,水を効率良く温めることができる。しかも,熱媒が放熱器での放熱によって低温になり,その状態で集熱器に入るので,集熱器での太陽熱の集熱効率を高くすることができるものである。
(2) 沸き上げに関する周知技術
ア 特開2002-168524号公報(乙2)は,給湯装置に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,貯湯タンクが湯で満たされるまで沸き上げなくても,必要分のみ沸き上げること,すなわち,部分沸き上げ方式が開示されている。
イ 特開2004-233003号公報(乙4)は,貯湯式給湯装置に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,料金設定が最も低い深夜時間帯の沸き上げ運転モードにおいて,沸き上げ運転の開始条件及び終了条件である最低貯湯量は,過去の実績値に基づいて自動的に設定されること,すなわち,沸き上げる湯量がタンク内の湯の全量に限られない,部分沸き上げ方式が開示されている。
ウ 特開2003-269785号公報(乙5)は,温水器に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,必要蓄熱量を賄うだけのタンク全量の高温湯の温度を決定するのみならず,貯湯量を加減する制御を行っても,同様に,給水温度を適温に昇温して出湯するための必要蓄熱量についてのみ深夜運転を行うことにより,必要以上に蓄えた場合の放熱ロスをなくし,運転費を節約してユーザーの利便性を向上することができること,すなわち,深夜運転時にタンク全量の高温湯の温度を決定(制御)してタンク内の湯を全量沸き上げることなく,貯湯量を加減する制御を行う部分沸き上げ方式が開示されている。
エ 特開2003-322391号公報(乙6)は,リモコン装置を備えた住宅設備機器に係る発明に関する文献であるところ,同文献には,時間帯別契約電力の安価な深夜時間帯等に,複数の貯湯温度センサで検出する残り湯量が翌日の予想使用湯量分を検知するまで沸き増しがされること,すなわち,深夜時間帯の蓄熱運転時に翌日の予想使用湯量分の湯を沸かす部分沸き上げ方式が開示されている。
オ 以上からすると,本件出願前,深夜時間帯等での蓄熱運転時において,タンク内の湯を全量沸き上げないこと,すなわち,翌日使用する湯の量(熱量)が予測でき,蓄熱運転時に沸かすべき湯の熱量が決定できるのであれば,タンク内の湯を全量沸き上げる全部沸き上げ方式ではなく,必要熱量に見合う量の湯を沸かす部分沸き上げ方式を用いることは,当業者に知られた技術常識であったと認められる。
(3) 本件審決の認定の当否
ア 原告らは,蓄熱運転時において,全部沸き上げ方式を採用することが技術常識であることを前提に,引用例1に記載した発明も,同方式を採用するものであるから,本件審決の引用例1に記載された発明の認定は誤りであると主張する。
確かに,引用例1には,放熱器よりも上方に存在する湯をどのように加熱するかについての具体的な記載は存在しないものではあるが,本願発明と同様に,貯湯タンクの上方に貯湯される高温の湯と貯湯タンクの下方に存在する湯との間に温度差が生じていることは明らかである。
しかも,前記(2)のとおり,部分沸き上げ方式は,本件出願前において既に技術常識であったものと解されるところ,原告らの主張は,その前提となる技術常識に係る主張自体,誤りであるというほかない。
イ 引用例1に記載された発明において,ヒートポンプは主として電気料金が安い夜間(深夜)に稼動されるものであって,ヒートポンプを制御する制御手段を有しているものということができる。
ウ 以上からすると,本件審決の引用発明1の認定に誤りはない。
3 一致点及び相違点の認定の誤りについて
(1) 原告らは,本件審決の引用発明1の認定が誤りであることを前提として,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点の認定もまた誤りであると主張する。しかしながら,本件審決の引用発明1の認定に誤りはないことは,前記2(3)のとおりである。原告らの主張は採用できない。
(2) なお,引用例1には,放熱器よりも上側に存在する湯をどのように加熱するかについての具体的な記載は存在せず,放熱器よりも上側の湯が,本願発明のように,「必要沸き上げ熱量(Q)に応じた量」で制御されるものであるか否かは不明である。もっとも,本件審決は,上記制御手段を有していない点についても,相違点2として認定し,判断しているものであるから,この点は,本件審決の当該認定判断の当否として検討すれば足りるので,後記4(3)の相違点2に係る判断において検討することとする。
(3) 以上からすると,本件審決の一致点及び相違点の認定に誤りはない。
4 相違点に係る判断の誤りについて
(1) 本願発明について
本願発明については,前記1で認定したとおりである。
(2) 引用例2に記載された発明について
引用例2に記載された発明は,翌日の天気情報から得られる太陽熱量によって,深夜電力を利用する電気ヒータの加熱量を制御して,所用の湯量を所定の温度に加熱する温水器に関する発明であるところ,引用例2(甲3)の記載及び引用例2の第1図及び第2図に図示された内容によると,引用例2に記載された発明は,太陽熱を積極的に利用し,電気ヒータを補足的に利用するように工夫することにより,年間を通じて天候に左右されることなく必要な湯量を所定の温度で確実に得られることを目的とする発明であり,タンク内の中間部と底部とに電気ヒータを設け,両ヒータに深夜電力を印加し,また,翌日の天候により太陽熱コレクターより得られる熱量を予測し,必要とする総熱量から太陽熱コレクターより得られる熱量を差し引いた熱量を電気ヒータで得る制御手段を備えるものである。
引用例2に記載された発明は,貯湯タンクに縦方向に間隔を空けて設けられた湯温及び湯量を検知するセンサをも有しており,各センサによるデータ等に基づいて算出された翌日の希望湯量に必要な総熱量Qから,天気情報等に基づいて算出された太陽熱コレクターより得られる太陽熱量Q1を控除して電熱量Q2を算出し,電力制御装置に入力して各電気ヒータを制御するものである。
このように,引用例2に記載された発明は,深夜に所要の総熱量のうち翌日太陽熱から得られるであろう熱量を引いた残りの熱量を電気ヒータで加熱しておき,翌日太陽熱で所定の温度にまで上げて,必要量の湯を供給するものである。
もっとも,引用例2には,部分沸き上げ方式に関する記載は存在せず,電気ヒータで加熱した際,タンク内の湯の全量が均一の温度に沸き上げられるのか,あるいは一部のみが高温に沸き上げられるものであるかについては,不明である。本件審決も,引用例2に記載された発明について,部分沸き上げ方式を採用するものとして認定しているわけではない。
したがって,本件審決の引用例2に記載された発明の認定に誤りがあるとまで,いうことはできない。
(3) 相違点2について
ア 本願発明は,給湯用必要熱量から翌日に太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を減じた必要沸き上げ熱量に応じた量の高温の給湯用水が吐出口から流入して貯湯するように各水位サーミスタからの温度情報に基づいてヒートポンプユニットを制御する構成を有するところ,引用発明2も,湯温及び湯量を検知するセンサの検出値等に基づいて算出した総熱量Qから翌日に太陽熱コレクターで得られる太陽熱量Q1を減じた電熱量Q2に基づいて,電力制御装置により各電気ヒータを制御する発明である。引用発明1に引用発明2を組み合わせると,引用発明1において,蓄熱運転時にヒートポンプによって沸かすべき湯の熱量が決定されることになり,貯湯タンク内の湯が当該熱量分加熱された時点でヒートポンプによる加熱が終了し,当該熱量に見合う量の湯が貯湯タンクの上部に貯えられることになる。
引用例1には,沸き上げ方式について具体的な記載はないが,前記2(2)のとおり,本件出願前において,翌日使用する湯の量(熱量)が予測でき,深夜時間帯の蓄熱運転時に沸かすべき湯の熱量が決定できるのであれば,タンク内の湯を全量沸き上げる全部沸き上げ方式を用いることなく,必要熱量に見合う量の湯を沸かす部分沸き上げ方式を用いることは,当業者に知られた技術常識であったと認められるから,部分沸き上げ方式を採用すること自体は,単なる設計的事項にすぎない。
なお,翌日に太陽熱により得られる熱量の算出方法において,本願発明では,過去のデータ等に基づいて算出された平均値を用いるところ,引用発明2では,「天気情報」を用いるものではあるが,熱量算出方法における微差にすぎず,いずれにせよ,翌日の天気に係る予測に基づいて,熱量を算出することに相違はない。
したがって,相違点2の構成は,引用発明1に引用発明2を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであるというべきである。
イ この点について,原告らは,本願発明は,ヒートポンプのエネルギー発生の観点では効率が悪いとされる部分沸き上げ方式をあえて採用したものであり,全部沸き上げ方式を採用する引用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に想到し得るものではない,引用発明2に引用発明1を組み合わせたとしても,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量に応じて低温の(高温ではない)湯の量を制御することはできない,蓄熱運転終了時に貯湯タンクの上方に貯湯される湯と下方に存在する湯との間に温度差が生じるようにして沸き上げ,かつ,上方に貯湯される高温の湯の量が,太陽熱集熱器で得られる集熱熱量に応じて変化するように蓄熱運転の制御を行うことは,引用例1及び2には全く示唆されていない,仮に,深夜時間帯に部分沸き上げ方式を採用することが公知であるとしても,部分沸き上げ方式が構造的に不可能な引用発明2に,全部沸き上げ方式を採用している引用発明1を組み合わせる動機付けを認めることはできないなどと主張する。
しかしながら,部分沸き上げ方式が本件出願前の技術常識であり,仮に引用発明1が同方式とは異なる沸き上げ方式を採用するものであったとしても,当該技術常識を採用すること自体は,設計的事項にすぎないことは,先に述べたとおりである。
また,引用発明1の「ヒートポンプ」と,引用発明2の「電気ヒータ」とは,「貯湯式給湯装置」において「太陽熱集熱器」とともに給湯用水を加熱し,沸き上げるとともに,「制御手段」により制御される「加熱手段」という同一の技術分野に属するものである。そして,相違点2は,給湯用必要熱量から太陽熱集熱器で得られる集熱熱量を減じた「必要沸き上げ熱量」に応じてヒートポンプユニットを蓄熱運転する「制御手段」の有無に係る相違点であるから,必要とされる熱量を蓄えるための制御方法については,全部沸き上げ方式であるか,あるいは部分沸き上げ方式であるかを問わず,いずれにおいても適用可能であることは明らかである。しかも,引用例2には,太陽熱と電気ヒータとを併用して貯湯する装置において,可能な限り太陽熱を利用することにより,電気料金を必要とする電気ヒータの利用を抑制するという技術思想が開示されている以上,当業者が引用発明1に引用発明2を適用する動機付けも認められるものというべきである。
原告らの主張はいずれも採用できない。
ウ 以上からすると,相違点2に係る本件審決の判断に誤りはない。
(4) 小括
以上からすると,本願発明は,引用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
5 結論
以上の次第であるから,原告ら主張の取消事由は理由がなく,原告らの請求は棄却されるべきものである。
(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 井上泰人 裁判官 荒井章光)