知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10183号 判決 2012年2月29日
原告
コーロン インダストリーズ インク
訴訟代理人弁理士
藤田和子
被告
特許庁長官
指定代理人
磯貝香苗
西村仁志
住田秀弘
田部元史
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1原告が求めた判決
特許庁が不服2009-20482号事件について平成23年1月25日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
本件訴訟は,特許出願拒絶査定を不服とする審判請求を成り立たないとした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「液晶ディスプレイのバックライトユニット用光拡散フィルム」とする発明につき,2004年(平成16年)8月30日を国際出願日とし,優先日を2003年(平成15年)11月26日(本件優先日)及び2004年(平成16年)8月13日とし,優先権主張国を韓国(大韓民国)として,特許出願をした(特願2006-541019号)。
原告は,平成21年6月18日,本件特許出願につき拒絶査定を受けたので,同年10月23日,不服審判請求をしたが(不服2009-20482号),特許庁は,平成23年1月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年2月8日に原告に送達された。
2 本願発明の要旨
本願発明は,液晶ディスプレイ(LCD)のバックライトユニットに用いる高輝度光拡散フィルムに関する発明で,平成21年5月25日付け手続補正書に記載の請求項1(本願発明1)の特許請求の範囲は以下のとおりである。
【請求項1(本願発明1)】
「高透明プラスティック支持体上の両面にバインダ樹脂と光拡散ビーズとを含む組成を塗布して形成した光拡散層を備えたLCD(液晶ディスプレイ)のバックライトユニット用光拡散フィルムにおいて,
前記光拡散層は,算術平均粒径が1μmから50μm以下で,下記で表される数式により計算された多分散性率(PDI)が1.00以上1.50以下(すなわち,1.00は除き,1.50は含む)であり,前記光拡散ビーズを前記バインダ樹脂固形分含量100重量部に対し50重量部から350重量部含み,横100μm×縦100μmの面積当りビーズの数が10から200個であることを特徴とするLCDのバックライトユニット用光拡散フィルム。
【数1】
多分散性率(PDI)=file_2.jpgQ|F
ここで,
【数2】
file_3.jpgで,
【数3】
file_4.jpgで,Dnは数平均径で,Dwは重量平均径で,Nは分析したビーズの個数で,Diはiビーズの径である。」
3 審決の理由の要点
本願発明1は,本件優先日以前に頒布されたか又は電気通信回線を通じて公衆に利用可能になった下記引用刊行物1に記載された引用発明1に基づいて,本件優先日当時,当業者において容易に発明することができたもので,進歩性を欠く。
【引用刊行物1】 国際公開第03/005072号(甲1)
【引用刊行物1に記載された発明(引用発明1)】
「基板PETフィルムの表面上に,10μmの平均粒子径を有するポリメチルメタクリレート光拡散剤30.3質量部及びバインダ樹脂25.4質量部,硬化剤2.9質量部,溶媒41.4質量部からなる光拡散剤組成物を15g/m²の量でコーティングし,乾燥させて形成された20μmの凝集粒子径を有する光拡散フィルムであって,光拡散剤粒子の約95%がその光拡散剤の平均粒子径に対して±15%の範囲内である単分散光拡散剤を使用した,LCD(液晶ディスプレイ装置)バックライトシステムに使用される光拡散フィルム。」
【一致点】
「高透明プラスティック支持体上の両面にバインダ樹脂と光拡散ビーズとを含む組成を塗布して形成した光拡散層を備えたLCD(液晶ディスプレイ)のバックライトユニット用光拡散フィルムにおいて,前記光拡散層は,算術平均粒径が1μmから50μm以下で,下記で表される数式により計算された多分散性率(PDI)が1.50以下であり,前記光拡散ビーズを前記バインダ樹脂固形分含量100重量部に対し50重量部から350重量部含み,横100μm×縦100μmの面積当りビーズの数が10から200個であるLCDのバックライトユニット用光拡散フィルム。
【数1】
多分散性率(PDI)=file_5.jpgQ|F
ここで,
【数2】
file_6.jpgで,
【数3】
file_7.jpgで,Dnは数平均径で,Dwは重量平均径で,Nは分析したビーズの個数で,Diはiビーズの径である。」点
【相違点】
・ 相違点1
本願発明1においては,高透明プラスティック支持体の両面に光拡散層を備えているのに対して,引用発明1においては片面である点
・ 相違点2
本願発明1においては,光拡散ビーズの多分散性率(PDI)が1.00は除く,即ち,1.00ではないのに対して,引用発明1における光拡散ビーズは多分散性率(PDI)が1.00ではないのかどうかは,明記されておらず判然としない点
【相違点に係る構成の容易想到性の判断】
「相違点1について検討したが,・・・光拡散層を支持体両面に配したものは周知であり(一例として,特開2002-99220号公報を参照。),引用発明1において高透明プラスティック支持体の両面に光拡散層を備えるよう構成することは当業者が適宜なし得る事項に過ぎない。
相違点2について検討したが,引用刊行物1には光拡散剤の粒径分布の単分散が「光拡散剤粒子の約95%がその光拡散剤の平均粒子径に対して±15%の範囲内である」として,ある程度の数値範囲を以て設定されていることを鑑みると,単分散に近いが,厳密に単分散ではない(多分散性率≠1.00)光拡散剤を適用し,本願発明1を構成することは,当業者であれば容易に想起し得る事項である。
以上のとおりであるから,本願発明1は,引用発明1に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
そして,引用刊行物1<1-A>(判決注:審決が引用する9頁1行~10頁14行の部分)の箇所にはこのような光拡散剤の配合割合,及び,光拡散剤の粒径分布を有する光拡散フィルムが,輝度特性に優れ,暗影の問題も解消されていることが記載されているから,本願発明1の効果は,引用発明1から予測される範囲の効果に過ぎない。
・・・
以上のとおり,本願発明1は,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができない」
第3原告主張の審決取消事由(相違点に係る構成の容易想到性の判断の誤り等)
1 審決が周知技術の例として引用する特開2002-99220号公報(甲3,11)では,支持体(基材層)の表面(片面)に光拡散層が設けられた光拡散フィルムしか開示されておらず,支持体の両面に光拡散層が設けられた光拡散フィルムは開示されていない。すなわち,同公報の光拡散フィルムの裏面においては,バインダの厚さよりもビーズの粒子径が大きくなるようにしてスティッキング防止層を形成し,光拡散フィルムが導光板と固着しないようにして,液晶表示装置の画面の輝度ムラを抑制するように構成されている。ここで,スティッキング防止層におけるビーズ及びバインダの材質は光拡散層におけるビーズ及びバインダの材質と同一のものであるが,光拡散層とはビーズの粒度分布や含有量が異なるのであって,スティッキング防止層と光拡散層とを同視することはできない。また,段落【0028】の記載も,支持体の裏面自体の形状を凹凸のあるものにすることで,光拡散性能を付与することを示唆するものにすぎず,裏面に別途光拡散層を設けることを示唆するものではない。
したがって,上記公報では,光拡散層を支持体の両面に配した光拡散フィルムが開示されておらず,このほかにかかる光拡散フィルムが本件優先日当時に周知であったことを裏付ける証拠はない。
なお,被告が周知技術の根拠として提出する特開平6-59108号公報(乙1),特開平11-337711号公報(乙2),特開平7-209502号公報(乙3),特開2002-127341号公報(乙4)は,審判段階で引用されていないし,記載されている技術的事項を引用発明1に組み合わせることは当業者にとって容易でない。すなわち,引用発明1は支持体の単位面積当たりの光拡散剤の積層比率(単位面積当たりの光拡散剤の粒子の断面積の割合)を調整することで,光拡散フィルムの輝度の均一性を達成しようとする発明であるが,支持体の両面に光拡散層を設けると,積層比率の特定,調整が極めて困難になるから,引用発明1は支持体に複数の光拡散層を設けること,したがって両面に光拡散層を設けることを予定していないというべきである。他方,乙第1,第2号証で開示される光拡散フィルムは,引用発明1の光拡散フィルムよりもはるかに輝度が劣るものであって,高輝度の光拡散フィルムの発明である引用発明1に組み合わせることは容易でない。また,乙第3号証も,引用発明1のような光拡散ビーズを含む光拡散層の構成を含まず,シリカ微粉等を光拡散剤とするものであって,光拡散層の構成が異なるから,乙第3号証を引用発明1に組み合わせても,良好な結果が得られるか分からないというべきである。乙第4号証も,色調の向上,光学的均一性,透明性,耐久性の向上を技術的課題とするもので,輝度の向上や隠蔽力を技術的課題とするものではないから,引用発明1とは技術的課題が異なり,引用発明1と組み合わせた場合の効果も不明である。特開平7-100985号公報(乙5)も,透過性や隠蔽性を両立させるためのもので,輝度については記載がない。したがって,引用発明1は支持体の両面に光拡散層を設けることをそもそも予定しておらず,相違点1に係る構成に想到することが容易でないか,技術的課題の相違等のために引用発明1に乙第1ないし第5号証に記載された技術的事項を組み合わせることが容易でない。
そうすると,「相違点1について検討したが,・・・光拡散層を支持体両面に配したものは周知であり(一例として,特開2002-99220号公報を参照。),」との審決の周知技術の認定は誤りであり,かかる周知技術の存在を前提にして相違点にかかる構成の容易想到性を肯定することはできない。
2 前記のとおり,スティッキング防止層は,導光板と光拡散フィルムとの固着を防止するためのものであって,導光板との接触面積を最小限にするべく,ビーズの配合量は比較的少量に止められているし,バインダ表面からビーズが突出してさえいれば,スティッキング防止層の前面と導光板との当接を避けることができるから,スティッキング防止層においてはビーズの粒度分布につき厳密な調整をする必要がない。
そうすると,引用発明1の一方の面に設ける「スティッキング防止層」について,他方の面の光拡散層と同等の光拡散ビーズの配合量,多分散性率(PDI)とすることが当業者にとって容易であるとはいえない。
のみならず,単純に光拡散層を支持体の両面に設けると,光拡散性が大きくなる結果,光拡散フィルムを通過する光の透過率が下がり,かえって光拡散フィルムの輝度が低下してしまうことがある。かかる事態を回避するためには,光拡散ビーズのPDIを調整しなければならないのであって,引用発明1の光拡散フィルムを両面に光拡散層を有する構成に改めたとしても,光拡散フィルムの輝度がどうなるのか,当業者においてその予測が困難である。
他方,本願発明1においては,光拡散フィルムの輝度が光拡散層の粒子比率と粒子分布で決定されるという知見に基づき,光拡散ビーズのPDIを1.00を超え1.50以下の範囲とし,光拡散ビーズのバインダ樹脂固形分に対する含有量を50重量部から350重量部(バインダ樹脂固形分100重量部に対する値)の範囲として,初めて輝度の低下を抑制した両面に光拡散層を有する光拡散フィルムを実現したものであって,当業者において相違点に係る構成に想到することは容易でない。
3 両面に光拡散層を設けた光拡散フィルムでは,表面反射率が増加して光透過率が低下すると予想されるところ,本願発明1の光拡散フィルムは,その特許請求の範囲に記載された構成を具備することによって,「LCD画面の表面全体を均一に光を導光板に通して拡散させるため,より透過を誘発させる」こと,すなわち輝度の低下を抑制しつつ総光線透過率を向上させるという作用効果を奏するのであって,これは引用発明1からは当業者が予測できない格別に有利なものである。
また,本願発明1の光拡散フィルムは,片面に光拡散層を有する従来の光拡散フィルムに比して,導光板のパターンを隠蔽する能力に優れるのであって,これも引用発明1からは当業者が予測できない格別に有利な作用効果である。なお,この隠蔽力については,本願明細書の表1に濁度の数値として記載されている。他方,引用発明1においては,かかる導光板のパターンの隠蔽については,その技術的課題にすらなっていない。
ここで,本願発明1の進歩性を判断する見地からは,本願発明1の光拡散フィルムが奏する作用効果と,片面にのみ光拡散層を設けた光拡散フィルムが奏する作用効果とを比較したときに,後者が前者に比して顕著なものである必要も,さらには両者が異なる必要もない。
そして,本願明細書の実施例に係る記載や段落【0013】,【0019】の記載に接した当業者であれば,段落【0026】の記載とから,特許請求の範囲にいうPDIの範囲を満たす光拡散層が支持体両面に設けられているときに所望の輝度を有する光拡散フィルムが得られることを認識することができるし,支持体の両面に光拡散層を設けた光拡散フィルムに関する実験結果(甲12)によって,かかる格別に有利な作用効果が示されているものである(なお,この実験では,輝度が犠牲にされることなく高い濁度が達成されている。)。
4 結局,本件優先日当時,光拡散層を支持体の両面に配した光拡散フィルムに係る周知技術は存せず,当業者が相違点に係る構成に想到するのは容易でなく,本願発明1は当業者が引用発明1から予測できない格別に有利な作用効果を奏するから,本願発明1は引用発明1に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。したがって,この結論に反し,本願発明1の進歩性を否定した審決の判断には誤りがある。
第4取消事由に対する被告の反論
1 特開2002-99220号公報(甲3,11)の段落【0028】には光拡散フィルムの支持体(基材層)の裏面にも光拡散性能を持たせても良い旨が記載されているし,特開平6-59108号公報(乙1)の請求項1の特許請求の範囲,段落【0001】,【0002】,【0005】,図2及び4,特開平11-337711号公報(乙2)の請求項1の特許請求の範囲,段落【0001】,【0002】,【0005】,図4,特開平7-209502号公報(乙3)の請求項1の特許請求の範囲,段落【0011】ないし【0013】,特開2002-127341号公報(乙4)の請求項1の特許請求の範囲,段落【0078】ないし【0080】中にも,光拡散フィルムの両面に光拡散層を設けることが記載されている。これらのとおり,本件優先日当時,支持体の両面に光拡散層を設けて光拡散フィルムとすることは,当業者の周知技術にすぎなかった。したがって,かかる周知技術を認定した審決の判断に誤りはない。
2 前記1のとおり,支持体の両面に光拡散層を設けることは,本件優先日当時の当業者の周知技術にすぎなかったから,引用発明1にかかる周知技術を適用して容易想到性を肯定した審決の判断に誤りはない。
3 支持体の両面に光拡散層を設けた場合に格別に有利な効果が奏されることは,本件訴訟に至って原告が初めて主張する事柄である。
本願明細書の段落【0001】等には,支持体の片面(一面)に光拡散層を設けた場合に比して,両面に光拡散層を設けた場合に顕著な効果を奏する旨の記載はないし,記載されている実施例,比較例において光拡散層が片面(一面)にのみ設けられたのか,両面に設けられたのか判然としない。ことに,原告が本願発明1の有利な効果の根拠とする段落【0048】【表1】の値も,対象となる光拡散フィルムが片面にのみ光拡散層を設けたものか,両面に光拡散層を設けたものか明らかでなく,有利な効果の根拠となり得るものではない(しかも,両面に光拡散層を設けた光拡散フィルムに係るものと解すると,「表→裏」の全透過度のデータが不自然なものとなってしまう。)。
なお,原告が提出する実験報告書(甲12)も,本願明細書で開示された実験結果が光拡散層が両面に設けられた光拡散フィルムに係るものであることを裏付けるものではない。しかも,片面にのみ光拡散層を設けた比較例のフィルムの方がかえって輝度が大きくなっており,両面に光拡散層を設けたフィルムに係る実験結果も当業者が当然予想できる程度のものにすぎない。
また,本願明細書中には導光板のパターンの隠蔽力に関する記載はなく,原告が本願明細書の記載に基づかずに主張する作用効果にすぎない。しかも,かかる隠蔽力は,例えば特開平7-209502号公報(乙3)の段落【0011】,特開平7-100985号公報(乙5)の段落【0040】,【0041】の記載に照らせば,光拡散ビーズの含有量や光拡散層の厚さに従って大きくなる,当業者に自明な作用効果にすぎず,したがって光拡散層を両面に設ける方が片面に設ける場合よりもかかる隠蔽力が大きくなることは当業者にとって明らかである。
そうすると,本願発明1は,引用発明1からは当業者が予測することのできない有利な効果が奏するものではない。
4 よって,審決の進歩性判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 特開2002-99220号公報(甲3,11)は,バインダ中にビーズが分散した光拡散層を備える光拡散シート(光拡散フィルム)の発明に係るものであるが,その段落【0028】には,「この光拡散シート1では基材層3の裏面は平滑面とされているが,裏面に例えばエンボス加工等を施し,光拡散性能やスティッキング防止性能を向上させても良い。」との記載があるから,そこには,透明な支持体(基材層)の片面に光拡散層を設けた光拡散フィルムの裏面にさらに光拡散性能を持たせることが記載されている。ここで,同公報中には,「光拡散性能」を持たせる方法として,光拡散層のビーズの粒径とバインダの厚さとの差のビーズの粒径に対する比(突出比)を所要の範囲に設定する方法が専ら記載されているから,上記段落では支持体の裏面に光拡散層を設けて光拡散性能を持たせることが想定されており,したがって支持体の両面に光拡散層を設ける構成が示唆されているといってよい。
原告は,同公報では,支持体の表面(片面)に光拡散層が設けられた光拡散フィルムしか開示されておらず,スティッキング防止層と光拡散層とを同視することはできないし,段落【0028】の記載も,支持体の裏面自体の形状を凹凸のあるものにすることで,光拡散性能を付与することを示唆するものにすぎないなどと主張する。しかしながら,審決は,同公報の光拡散フィルムの裏面のスティッキング防止層をもって光拡散層と同視できるとか,上記スティッキング防止層を光拡散層に改めることが容易である等と判断したわけではないから,原告の上記主張は当たらない。また,上記段落【0028】でも,支持体の裏面に凹凸をつけるエンボス加工を施す方法のみが挙げられているのではなく,その余の方法をも採用し得ることが記載されているものであって,上記段落に基づく他の構成から,支持体裏面にも光拡散層を設ける構成を排除する必要はない。
ところで,高光拡散性フィルムの発明に関する特開平6-59108号公報(乙1)の特許請求の範囲(請求項1)には「透明または半透明のプラスチックフィルム,もしくは片面または両面にエンボス加工を施して微細な凹凸を形成させて,透過する光の拡散性を良くしたプラスチックフィルムを用い,該プラスチックフィルムの片面または両面に,高光拡散性の微粒子を含む高光拡散塗料をコーティングして高光拡散層を設けてなることを特徴とする高光拡散性フィルム。」との記載があるし,図4には,透明ポリエステルフィルム7の両面に高光拡散層5が設けられている様子が図示されている(段落【0005】も参照。なお,特開平11-337711号公報(乙2)にも同趣旨の記載がある。)。
光拡散フィルムの発明に関する特開平7-209502号公報(乙3)の特許請求の範囲(請求項1)には「ポリエステル系重合体50重量部に対して塩化ビニル-酢酸ビニル共重合体を0~100重量部含むバインダー中に微粉状炭酸カルシウムあるいは微粉状シリカのいづれか一方ないしは混合物を該バインダー100重量部に対して10~150重量部配合分散した組成物を基材上に片面ないしは両面にコーティングしたことを特徴とする光拡散フィルム。」との記載があり,段落【0011】,表1,2には,バインダ(バインダー)と微粉状炭酸カルシウム等から成る組成物の総塗布量が同じ場合には,両面に塗布する方が片面に塗布するよりも全光透過率は低くなるがヘイズ(曇価,濁度)が高くなること及びその実験結果が記載されている。
光拡散板用ビーズコートフィルム積層体に関する発明に係る特開2002-127341号公報(乙4)の特許請求の範囲(請求項1)には,「二軸配向ポリエステルフィルムを基材とし,該基材の少なくとも一方の面に主としてポリアクリル系樹脂ビーズとバインダーからなるビーズコート層を有するビーズコートフィルム積層体」が記載されており,段落【0078】ないし【0080】には,両面にビーズコート層(光拡散層)が形成された上記積層体の実施例が記載されている。
乙第1ないし第4号証公報中の各記載にもかんがみると,本件優先日当時,液晶表示装置用の光拡散フィルムの両面にバインダと光拡散剤ないしビーズから成る光拡散層を設けることは当業者の周知技術にすぎなかったものと認められ,この旨の審決の認定に誤りはない。
2 引用発明1に特開2002-99220号公報(甲3,11)等に記載された前記1の周知技術を適用することにより,本件優先日当時,当業者において相違点1に係る構成に容易に想到することができたというべきである。
この点,原告は,引用発明1は支持体に複数の光拡散層を設けること,したがって両面に光拡散層を設けることを予定しておらず,乙第1ないし第4号証公報に記載された技術的事項を引用発明1に組み合わせることは当業者にとって容易でないなどと主張する。確かに,引用発明1は,光拡散剤の平均粒子径や積層された粒子数等をもとに算出される積層比率を一定値以下とし,かつ光拡散剤中の凝集粒子径を一定値以下のものとすることで,良好な輝度特性を示し,暗影が見られない光拡散フィルムに関する発明であって,引用刊行物1の体裁上,支持体の片面に光拡散層を設けることが想定されているものである。しかしながら,上記の積層比率や凝集粒子径を各光拡散層ごとに設定することが考えられないわけではないし,このほかに,引用発明1の構成を支持体両面に光拡散層を設ける構成に改めることが不可能ないし困難になるべき事情は存しない。また,乙第1ないし第4号証公報はいずれも液晶表示装置用の光拡散フィルムの両面にバインダと光拡散剤ないしビーズから成る光拡散層を設けることが,本件優先日当時の当業者の周知技術にすぎないことを裏付けるためのものにすぎず,各文献で開示された具体的なバインダや光拡散剤の構成を引用発明1に適用する趣旨で被告から提出されたものではない。そして,光拡散剤の種類によって支持体の両面に光拡散層が形成できなくなる等の事情を窺わせるに足りる証拠はなく,乙第1,第2号証公報の光拡散フィルムの輝度が引用発明1の光拡散フィルムの輝度より小さいとしても,これのみで直ちに上記周知技術を引用発明1に適用する動機付けに欠けることになるものではない。これらのほかに,上記周知技術を引用発明1に適用する上で阻害要因となる事由は見出し難く,相違点1の容易想到性に係る原告の主張を採用することはできない。
3(1) 引用刊行物1(WO 03/005072号明細書,甲1)は,1種又は2種以上の光拡散剤粒子をバインダ樹脂中に分散させて光拡散層を形成する光拡散フィルムの発明(対応する特表2004-533656号公報,甲2の特許請求の範囲の記載を参照)に関する刊行物であるところ,同刊行物中には次のとおりの記載がある。
・ 「In this case, a single-layered light diffusing layer can be obtained by coating the light diffuser to a uniform thickness corresponding to the particle diameter, and the light diffuser has preferably monodisperse form.」(4頁4~6行)
「この際,前記光拡散剤をその粒子径に相当する均一な厚さでコーティングすることで,単層の光拡散層が得られ,そして前記光拡散剤は,好ましくは単分散の形態である。」
・ 「The term ”monodisperse light diffuser” used throughout the specification means a light diffuser in which approximately 95% of the light diffuser particles are within the range of ±15% in terms of an average particle size of the light diffuser.」(5頁21~23行)
「本明細書を通じて用いられる『単分散光拡散剤』の語は,光拡散剤粒子の約95%が,その光拡散剤の平均粒子径に対して±15%の範囲内である,光拡散剤を意味する。」
・ 「INDUSTRIAL APPLICABILITY
The light diffusing film according to the present invention, which has a monodisperse light diffuser and a light diffusing layer consisting of of a light diffuser and a binder resin on one plane of a base, in which the lamination ratio is 10% or less and the diameter of flocculated particles in the light diffuser is 50μm or less,exhibits excellent luminance and thermal properties, so that it can be suitably used in various kinds of picture display devices, in particular, in a display device employing LED (light emitting diode) lamps or an LCD (liquid crystal display device) backlighting system. 」(10頁15行~11頁3行)
「産業上の利用可能性
単分散光拡散剤,並びに,光拡散剤およびバインダ樹脂を含有する光拡散層を基板の一平面上に有し,積層比率は10%以下で,前記光拡散剤中の凝集粒子の径は50μm以下である,本発明の光拡散フィルムは,優れた輝度および熱的特性を示すことから,種々の画像表示装置,特に,LED(発光ダイオード)ランプまたはLCD(液晶ディスプレイ装置)バックライトシステムを採用するディスプレイ装置に好適に用いられうる。」
上記各記載に照らすと,液晶ディスプレイ装置のバックライトに用いる光拡散フィルムにおいて,良好な輝度特性を得るためには,光拡散剤粒子の分散の態様として単分散,すなわち同一の分子量の粒子が均一に分散すること(完全な単分散)が望ましいが,これを実現することが困難であるため,できる限り等しい分子量,粒子径の光拡散剤粒子が均一に分散することが目指されており,例えば甲第1号証では,光拡散剤粒子の約95%が平均粒子径に対して±15%の範囲内で分布するようにすることで,所要の輝度特性を得ようとしているということができる。
そして,拒絶査定(甲8)のとおり,引用刊行物1の実施例2(6,7頁,対応する甲2の段落【0040】,【0041】)における2種の光拡散剤(平均粒子径は5μm及び10μm)が完全な単分散でバインダ樹脂中に分散すると仮定して,本願発明1にいう多分散性率(PDI)を計算すると,1.50以内に収まるから,実施例1(5,6頁,対応する甲2の段落【0038】,【0039】)における1種の光拡散剤(平均粒子径10μm)のPDI(多分散性率)は,さらに小さくより1に近いものと推認することができる。
(2) 本願発明1の出願当初の特許請求の範囲(請求項1,甲13)では,「高透明プラスティック支持体上の少なくとも一面にバインダ樹脂と光拡散ビーズとを含む組成を塗布して形成した光拡散層を備えた」との発明特定事項が記載されており(なお,平成21年5月25日の手続補正(甲7)で,「高透明プラスティック支持体上の両面に・・・」と改められた。),出願当初明細書(甲13)の発明の詳細な説明でも,支持体の両面に光拡散層を形成する場合に限定した記載はされていない。とりわけ,上記明細書の実施例に係る記載(段落【0033】ないし【0038】)では,支持体の「一面または両面に」光拡散溶液を塗布した旨が記載されており(比較例も同様),実施例等の評価物性試験結果に係る表1(段落【0048】)も,支持体の片面(一面)にのみ光拡散層を形成した光拡散フィルムに関するものか,支持体の両面に光拡散層を形成した光拡散フィルムに関するものか,その記載内容からは判然としない。
そうすると,上記表1中で,光拡散剤粒子の粒子径ないし分子量のバラツキを示す指標であるPDI(多分散性率)が1.046ないし1.310(実施例1ないし4)のときに輝度が820ないし831cd/m²となり,PDIが1.698ないし1.952(比較例1ないし4)のときに輝度が725ないし810cd/m²となるなどして(バックライトユニットの導光板の上に載せて9箇所を計測した平均値),PDIが概ね1.50以下の場合に輝度がより良好であることが示されているとしても,この試験結果によって,支持体の両面に光拡散層を形成した場合であっても,PDIが1.00を超え1.50以下のときに,初めて好適な輝度特性のある光拡散フィルムが得られるなどということはできない。むしろ,上記明細書の記載からは,支持体の片面又は両面に光拡散層を形成した場合に,当業者が通常試みる実験を通じて,輝度特性等の結果から,適宜PDIの数値範囲を決定したものにすぎないものと推認され,したがって本願発明1にいうPDIの上限には臨界的意義を認めることはできない。
原告は,単純に光拡散層を支持体の両面に設けると,光拡散性が大きくなる結果,光拡散フィルムを通過する光の透過率が下がり,かえって光拡散フィルムの輝度が低下してしまうから,かかる事態を回避するために,光拡散ビーズ(光拡散剤粒子)のPDIを調整しなければならないところ,引用発明1の光拡散フィルムを支持体両面に光拡散層を有する構成に改めたときに,光拡散フィルムの輝度がどうなるのか,その予測が困難であるし,本願発明1においては,光拡散フィルムの輝度が光拡散層の粒子比率と粒子分布で決定されるという知見に基づいて上記PDIの範囲等を設定し,初めて輝度の低下を抑制した両面に光拡散層を有する光拡散フィルムを実現したなどと主張する。
しかしながら,前記のとおり,出願当初の特許請求の範囲(請求項1)では,光拡散層が形成される面が「高透明プラスティック支持体上の少なくとも一面」とされ,発明の詳細な説明でも,支持体の両面に光拡散層を形成する場合に限定した記載はされておらず,また実施例に係る記載やその評価物性試験結果に係る表1でも,支持体の片面(一面)にのみ光拡散層を形成した光拡散フィルムに関するものか,支持体の両面に光拡散層を形成した光拡散フィルムに関するものか判然としないものであって,本願発明1のPDIの上限には臨界的意義が認められないものである。そうすると,支持体の両面に光拡散層を形成する場合に限っても,本願発明1のPDIの上限に臨界的意義があるということはできないし,かかる両面に光拡散層を形成した光拡散フィルムの輝度も,当業者においてその予測が困難なものであるとはいえない。また,出願当初の明細書(甲13)中にも,手続補正後の明細書(甲7参照)中にも,光透過率の低下に伴って輝度が低下しがちな,支持体両面に光拡散層を形成した光拡散フィルムでも,光拡散フィルムの輝度が光拡散層の粒子比率と粒子分布で決定されるという知見に基づいてPDIの数値範囲等を設定し,初めて輝度の低下を抑制した光拡散フィルムを実現した旨の,発明の技術的課題及び解決手段を明示した記載は存しない。そして,原告が提出する実験報告書(甲12)も,支持体の片面にのみ光拡散層を形成した比較例1ないし4よりも支持体の両面に光拡散層を形成した実施例1ないし4の方が輝度特性が劣っており,また支持体の両面に光拡散層を形成した比較例5ないし8の輝度特性は724ないし748cd/m²と本願明細書の比較例の輝度特性(PDIが1.952の比較例4で725cd/m²であるほかは,806又は810cd/m²)よりも相当劣っている点にかんがみると,どのような統一された基準で比較試験を行っているのかの疑問が生じ得る。また,上記実験報告書の実施例では,PDIが表裏で等しい光拡散層を備えた光拡散フィルムにおいて,フィルムの表面から裏面に対して光を入射した場合とフィルムの裏面から表面に対して光を入射した場合とで,濁度につき1%前後,総光線透過率につき8%前後の差異が生じているから,光拡散層の厚さ(本願明細書の段落【0009】参照)や光拡散ビーズの含有比率(重量比,本願明細書の段落【0023】参照)などのPDI以外の要因によっても,上記程度の差異が生じるものである(設計的事項)。他方,上記実験報告書の実施例と支持体両面に光拡散層を設けた比較例5ないし8との間では,フィルムの表面から裏面に対して光を入射した場合の総光線透過率には差異がなく,フィルムの裏面から表面に対して光を入射した場合の総光線透過率も,実施例で91.6ないし92.4%,比較例5ないし8で88.3ないし89.4%と最も大きな差でも4%程度にすぎない。フィルムの表面から裏面に対して光を入射した場合の濁度も,実施例で91.8ないし92.4%,比較例5ないし8で94.0ないし94.7%と,最も大きな差でも3%弱であり(表面の光拡散層のPDIが同一の場合には実施例と対応する比較例の濁度の差は1.6ないし2.9%),フィルムの表面から裏面に対して光を入射した場合の濁度も,実施例で91.0ないし91.2%,比較例5ないし8で91.2ないし92.1%と,最も大きな差でも1%程度にとどまる。そうすると,出願当初の明細書の表1の記載及び上記実験報告書の表1の記載から,本願発明1にいうPDIの上限値に臨界的意義を見出すことや,本願発明の光拡散フィルムの構成を採用した場合に,従来の光拡散フィルムの構成からは予測が困難な格別に有利な作用効果が生じるとみることは,いずれも困難であるといわざるを得ない。そうすると,原告の上記主張を採用することはできない。
(3) だとすると,原告が本願発明1の特許請求の範囲において特定した,光拡散剤の数平均径Dn(各粒子の粒子径を粒子数で除して得られる平均値)で重量平均径Dw(各粒子の粒子径の4乗の合計を粒子径の3乗の合計で除して得られる平均値)を除した数値である多分散性率(PDI)の数値範囲を1.00以上1.50以下(より正確には1.00を超え1.50以下)とすることは,当業者が引用発明1に基づき,得られる光拡散フィルムの輝度特性等を考慮して適宜設定できる事柄にすぎないということができる。
したがって,審決がした,「単分散に近いが,厳密に単分散ではない(多分散性率≠1.00)の光拡散剤を適用し,本願発明1を構成することは,当業者であれば容易に想起し得る事項である」(相違点2,11頁)との判断に誤りはない。
(4) 原告は,スティッキング防止層においてはビーズの粒度分布につき厳密な調整をする必要がないところ,引用発明1の一方の面に設ける「スティッキング防止層」について,他方の面の光拡散層と同等の光拡散ビーズの配合量,PDIとすることが当業者にとって容易であるとはいえないし,単純に光拡散層を支持体の両面に設けると,光拡散性が大きくなる結果,光拡散フィルムを通過する光の透過率が下がり,かえって光拡散フィルムの輝度が低下してしまうことがあるから,光拡散層を支持体の両面に設けた場合の光拡散フィルムの輝度の予測が困難であるなどと主張する。
しかしながら,支持体の両面に光拡散層を設けた場合の光拡散フィルムの輝度の予測が困難であるとはいえないことは前記(2)のとおりであるし,前記2のとおり,支持体の両面にバインダと光拡散剤ないしビーズから成る光拡散層を設けることは本件優先日当時の当業者の周知技術にすぎないから,スティッキング防止層と光拡散層の機能の違いや形成の難易にかかわらず,当業者において引用発明1の構成を支持体両面に特定のPDI等を充足する光拡散層を形成する構成に改めることに困難はないというべきであって,原告の上記主張を採用することはできない。
4 原告は,本願発明1は当業者に予測し得ない格別に有利な作用効果を奏する旨主張するが,引用刊行物1の1頁2ないし7行,2頁20行ないし3頁4行,表1(9,10頁),10頁15行ないし11頁3行の記載に照らせば,引用発明1においても,当該光拡散フィルムを用いたバックライトの輝度それ自体の向上及び輝度の均一性の向上や,暗影の低減が技術的課題として捉えられていることが明らかである。また,本願発明1に係る光拡散フィルムが,支持体の片面に光拡散層を形成した従来の光拡散フィルムや,支持体の両面に光拡散層を形成した本願発明1以外の光拡散フィルムに比して,顕著に良好な輝度特性を発揮したことを認めるに足りる証拠もない。そして,導光板のパターンを隠し,見えにくくする能力である隠蔽力が,光拡散フィルムの濁度に依存することは,当業者に自明であるところ,乙第3号証公報の段落【0011】,乙第5号証公報の段落【0002】,【0004】,【0005】,表1,2(段落【0040】,【0041】)の各記載にもかんがみれば,液晶ディスプレイ装置のバックライトユニットに用いられる光拡散フィルムの設計,製造等に関わる当業者が,光透過率と濁度,隠蔽力の両立を図ろうとするのは当然であって,乙第5号証公報の表2中の隠蔽性の数値に照らせば,本願発明1の光拡散フィルムの隠蔽力が当業者の予測を超えた格別のものであるとまではいい難い。
そうすると,引用発明1に周知技術を適用し,相違点を解消して本願発明1に想到した場合に奏される作用効果が,当業者の予測を超えた格別のものであるということはできない。なお,訴訟において,周知技術を裏付ける新たな文献として乙第1ないし第5号証の公報を提出し,裁判所がこれに基づいて周知技術を認定することは,審決取消訴訟の審理の範囲内である。
5 結局,本件優先日当時,引用発明1に周知技術を適用することにより,当業者において本願発明1との相違点に係る構成に容易に想到できたもので,この場合に奏される作用効果も当業者の予測を超えた格別のものではないから,本願発明1は進歩性を欠くというべきである。したがって,この旨をいう審決の進歩性判断に誤りはない。
第6結論
以上によれば,原告が主張する取消事由は理由がないから,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 古谷健二郎 裁判官 田邉実)