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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10185号 判決 2012年2月08日

原告

株式会社東芝

同訴訟代理人弁護士

高橋雄一郎

同弁理士

堀口浩

服部直美

小林幹雄

山下正成

手塚史展

林佳輔

小川百合香

同訴訟復代理人弁護士

大堀健太郎

被告

特許庁長官

同指定代理人

野田定文

吉水純子

唐木以知良

板谷玲子

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が不服2009-7775号事件について平成23年4月18日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,特許請求の範囲の記載を下記2とする本件出願に対する拒絶査定不服審判の請求について,特許庁が,同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  原告は,平成17年7月7日,発明の名称を「負極活物質,非水電解質電池及び電池パック」とする発明について特許出願(特願2005-199457号。請求項の数は10)を行った(甲7)。

(2)  原告は,平成21年3月5日付けで拒絶査定を受け(甲12),同年4月9日,これに対する不服の審判を請求した。

(3)  特許庁は,上記請求を不服2009-7775号事件として審理し,平成23年4月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,その謄本は,同年5月10日,原告に送達された。

2  特許請求の範囲の記載

本件審決が判断の対象とした特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(ただし,平成21年5月11日付け手続補正書(甲11)による補正後のものである。)。以下,その発明を「本願発明」といい,本件出願に係る明細書(甲6,9,10)を「本願明細書」という。

平均細孔直径が50~500Åで,かつpH値が10~11.2であるリチウムチタン複合酸化物粒子を含むことを特徴とする負極活物質

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,①本願発明は,国際公開第03/076338号(平成15年9月18日公開。甲1。以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一であるから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができない,②仮にそうでないとしても,本願発明は,引用発明に基づき,当事者が容易に発明することができたものであるから,同法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。

(2)  なお,本件審決は,その判断の前提として,引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

ア 引用発明:LiとTiの原子比を4:5となるように混合し,約200ないし250℃の範囲の温度で噴霧乾燥し,約700ないし900℃の範囲の温度及び約6ないし12時間の範囲の時間でか焼して形成される粗いLi4Ti5O12を水に懸濁し,0.4ないし0.6mmのジルコニア粉砕メディアで8時間粉砕する工程,及びLi4Ti5O12を約400ないし900℃で3時間再焼成する工程によって製造された,BET表面積が5ないし100m²/gであって,粒子サイズが10ないし1000nmであり,かつ,標準偏差が20%以下である充放電可能なリチウムイオンバッテリーの電極用の材料

イ 一致点:リチウムチタン複合酸化物粒子を含む活物質である点

ウ 相違点1:リチウムチタン複合酸化物粒子について,本願発明においては,「平均細孔直径が50~500Åで,かつpH値が10~11.2である」のに対して,引用発明においては,「LiとTiの原子比を4:5となるように混合し,約200ないし250℃の範囲の温度で噴霧乾燥し,約700ないし900℃の範囲の温度及び約6ないし12時間の範囲の時間でか焼して形成される粗いLi4Ti5O12を水に懸濁し,0.4ないし0.6mmのジルコニア粉砕メディアで8時間粉砕する工程,及びLi4Ti5O12を約400~900℃で3時間再焼成する工程によって製造された,BET表面積が5ないし100m²/gであって,粒子サイズが10ないし1000nmであり,かつ,標準偏差が20%以下である」Li4Ti5O12である点(以下「本件相違点」という。)

エ 相違点2:活物質について,本願発明においては,「負極」用であるのに対して,引用発明においては,正極,負極の特定がない点

4  取消事由

(1)  新規性に係る判断の誤り(取消事由1)

(2)  進歩性に係る判断の誤り(取消事由2)

第3当事者の主張

1  取消事由1(新規性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,本願明細書に記載されたリチウムチタン複合酸化物粒子の製造方法の一例(【0036】~【0044】。その製造条件は別紙のとおり。以下,この製造方法を「本件製法」という。)と引用発明に示されたLi4Ti5O12の製造方法(以下「引用発明製法」という。)との製造条件が重なる部分を摘示し,引用発明のLi4Ti5O12は平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるということができるとして,本件相違点は実質的な相違点でないと判断した。

(2) しかし,本件製法と引用発明製法に製造条件の設定において重なる部分があるとしても,それは,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が,引用発明製法により必ず製造されることを示すものではない。本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従えば,必ず本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が製造されるというのでなければ,本件相違点が実質的に相違しないものとはいえない。

しかるに,引用発明に示された製造工程に準じて原告が行った追試実験(甲13,14)では,本件製法と引用発明製法の製造条件が重なる部分である,温度を400℃,時間を3時間として再焼成した場合に,合成されたリチウムチタン複合酸化物粒子のpH値は,本願発明のpH値の上限である11.2を超えた11.3となっている(甲13の表Aの例D)。

(3) また,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ったとしても,他の要素により,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物が製造されない場合もある。

すなわち,本件製法と引用発明製法との製造条件が重なる部分である,温度を500℃,時間を3時間として再焼成した場合,甲13の表Aの例Cの場合には合成されたリチウムチタン複合酸化物のpH値が本願発明のpH値の範囲内である11.1であったのに対し,甲14の表1の例2の場合にはその上限値を超える11.43となっているが,これは,上記例Cの場合には,上記例2の場合に比して,粉砕時に使用したメディアであるジルコニア製ボールと水の量に対する活物質であるチタン酸リチウムの量が少なかったため,粉砕が進んで粒子が小さくなることにより,pH値が高くなり難くなったものである。同様に,本件製法と引用発明製法との製造条件が重なる部分である,チタン酸リチウムの粉砕時間を8時間,温度を900℃,時間を3時間として再焼成した場合に,ボールミルの回転数を150rpmとしたときには,合成されたリチウムチタン複合酸化物粒子のpH値が本願発明のpH値の範囲内である11.06となったのに対し,200rpmとしたときには,本願発明のpH値の上限値を超えた11.28となっているが(甲14の表1の例4,例6),これは,同じ粉砕時間でも,ボールミルの回転数がリチウムチタン複合化合物粒子のpH値に影響したものである。このように,本件製法では,粉砕時のボールミルの回転数や,メディア及び水の量とチタン酸リチウムの量との比率を調整し,pH値を意識的に調整しているため,pH値が10.0ないし11.2の範囲のリチウムチタン複合酸化物粒子を製造することが可能であるが,引用例のようにpH値について記載も示唆もない場合には,たまたま本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子と同様の物が製造される場合があるにすぎず,これを必ず製造することはできないものである。

(4) 被告の主張について

ア 被告は,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ってリチウムチタン複合酸化物粒子を製造すれば,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が得られることは,本願発明において当然に求められる要件であり,原告の主張は,本願明細書の記載に基づく主張ではなく,失当であると主張する。

しかし,引用発明製法の焼成温度,焼成時間,再焼成温度等の製造条件は,いずれも幅のある記載であり,これらの条件に従ったとしても,本願発明のリチウムチタン複合酸化物粒子が必ず得られるというものではない。複数の条件の組合せを調整することにより,本願発明のリチウムチタン複合酸化物粒子が得られることとなるが,引用例には,合成されたリチウムチタン複合化合物粒子のpH値が10.0ないし11.2となるように各条件を組み合わせることの記載や示唆はない。本件製法と引用発明製法において,各製造条件として定められたものの範囲に重なる部分があるとしても,それぞれの条件について,設定された範囲内で組み合わせる必要があるから,「本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ってリチウムチタン複合酸化物粒子を製造すれば,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が得られることは,本願発明において当然に求められる要件」とはいえない。

イ また,被告は,特許出願において,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」全体について実施できる程度に記載されなければならず,「その物」の一部についてのみ実施できる程度の記載では足りないとして,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ったとしても,他の要素により,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物が製造されない場合もあるとする原告の主張は失当であると主張する。

しかし,原告は,引用発明に記載されていない条件を組み入れた場合に,本願発明の技術的範囲から外れる場合があることを主張しているにすぎず,本願明細書が「その物」の全体について実施できる程度に記載されていないということではない。本願明細書の実施例等の記載により,本願発明の技術的範囲についての実施可能性は当業者が実施可能な程度に担保されている。

ウ さらに,被告は,引用発明製法によって普通に製造される「物」に対して,特許権が設定されるのは不合理であると主張する。

しかし,引用発明製法により,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が普通に製造されるという根拠はない。

(4) したがって,本件相違点は,実質的な相違点である。

〔被告の主張〕

(1) 本願発明と引用発明では,製造原料と製造方法が実質的に重複しているから,引用発明においても,本願発明と性状の同じ物質が得られると解するのが自然である。実際,原告による追試実験でも,引用発明製法に準ずる方法でリチウムチタン複合酸化物粒子を製造した結果,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるリチウムチタン複合酸化物粒子が得られている(甲13の表Aの例B及び例C,甲14の表1の例3及び例4)。

したがって,引用発明のリチウムチタン複合酸化物粒子は,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2である粒子の態様と合致するので,本件相違点は実質的に相違しないものというべきである。

(2) これに対し,原告は,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従えば,必ず本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が製造されるのでなければ,本件相違点が実質的に相違しないものとはいえないとした上で,追試実験の例(甲13の表Aの例D)を挙げ,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ったとしても,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物が製造されない場合もある旨主張する。

しかし,本願明細書(【0035】)では,「以下,リチウムチタン複合酸化物粒子の製造方法に一例を説明する」として,本件製法を記載しているのであるから,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ってリチウムチタン複合酸化物粒子を製造すれば,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が得られることは,本願発明において当然に求められる要件であり,原告の主張は,本願明細書の記載に基づく主張ではなく,失当である。

また,原告は,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従ったとしても,他の要素により,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物が製造されない場合もあるとも主張している。

しかし,物の発明に係る特許権は,公開の代償として,特許請求の範囲に記載された「その物」について,実施する権利を専有することができる制度であるから,特許出願において,公開の裏付けとなる明細書の記載の程度は,「その物」全体について実施できる程度に記載されなければならず,「その物」の一部についてのみ実施できる程度の記載では足りないのであるから,原告の主張はその前提において失当である。

そもそも,本願発明は,平均細孔直径とpH値というパラメータを所定の範囲に特定した負極活物質という物の発明であって,最適な負極活物質を設定するための方法に関する発明ではないから,このパラメータを有する負極物活質であれば本願発明の対象物となるのであり,仮に,原告が主張するように,引用発明で示された製造方法では,本願発明の上記パラメータから外れる物質ができる場合があるとしても,この製造方法によって普通に製造される「物」に対して,特許権が設定されるのは不合理であるから,引用発明製法によって製造された物が,必ず本願発明の対象物とならなければ,実質的な相違点がないとはいえないという原告の主張は失当である。

2  取消事由2(進歩性に係る判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 本件審決は,仮に,本件相違点が実質的な相違点であるとしても,引用発明は粉砕後の粒径を調整するものであるから,所望の粒子を得るために,引用発明製法において,粉砕時のジルコニア製ボールの直径や粉砕時間を種々変更することは,当事者が適宜行うべき設計事項であって,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるLi4Ti5O12を製造すること自体は,当業者が容易にすることができたことであると判断した。

(2) しかし,本願発明は,リチウムチタン複合酸化物粒子の製造に当たり,再焼成の温度,粉砕条件等を様々な条件で組み合わせることにより,平均細孔直径が50ないし500Åのリチウムチタン複合酸化物粒子において,pH値を10.0ないし11.2とする制御を行い,その結果,0.3A放電容量,3A放電時の容量維持率,サイクル寿命を向上させることができるという顕著な効果を有するものであるところ(【0042】~【0045】),引用例には合成されたリチウムチタン複合酸化物粒子のpH値に関しては,記載も示唆もない。

また,引用例の「粒子サイズがより小さく,粒子サイズ分布がより狭いことは,高い充電及び放電率でその充電用量を維持する電極の製造において有益である」との記載(【0003】)や,「900℃,650℃,500℃及び400℃で再焼成した後・・・粒子サイズは400℃で約100nmであり,より高い温度では,それぞれ約200,500及び1000nmに増大した」との記載(【0042】)に接した当業者は,通常,再焼成の温度はより低いほど好ましいと考えるところ,再焼成温度が低い場合には,pH値が大きくなる傾向が認められ,本願発明のpH値の範囲を超えることがあるから,引用例の上記記載から導かれる,より小さい粒子を得るため,再焼成温度を低く設定することが好ましいとの事実は,本願発明を想到することを阻害する要因であるということができる。

(3) したがって,当業者は,引用発明に基づき,本件相違点に係る本願発明の構成を容易に想到することはできない。

〔被告の主張〕

(1) 仮に,引用発明において,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2とならない態様を包含するとしても,「高い充電及び放電率でその充電用量を維持する」(甲1【0003】)ことは周知の課題であるから,引用発明において,引用例に記載された値の範囲内で,焼成時間,粉砕条件,再焼成温度などを高い充電及び放電率でその充電用量を維持するように最適化することは,当業者が適宜行うべき設計事項である。

また,電極の機能に,非水電解質との接触面積が関係することは自明であり,電極の細孔直径が接触面積に影響することは,当業者であれば当然知得できることである。さらに,電極の活物質に不純物が少ない方が好ましいことは当然の事項であるから,不純物である未反応リチウム濃度の指標となるpH値ができるだけ低い適切な値であることが望ましいことも,当業者であれば当然理解できることである。

そして,本願発明に規定された二つのパラメータの数値範囲を同時に満たすことに臨界的な意義があるとも認められず,原告による追試実験でも,実際に本願発明に該当するものが存在しているから(甲13の表Aの例B及び例C,甲14の表1の例3及び例4),平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるLi4Ti5O12を製造することは,当業者が容易にすることができたことである。

また,上記のとおり,原告による追試実験において,本願発明に該当するリチウムチタン複合酸化物粒子が得られていることからして,本願発明の効果は,引用発明の効果と同じであるか,少なくとも顕著な効果を奏するものといえないことは明らかである。

(2) これに対し,原告は,引用例の記載(【0003】【0042】)から導かれる,より小さい粒子を得るため,再焼成温度を低く設定することが好ましいとの事実は,本願発明を想到することの阻害要因であると主張する。

しかし,引用例には,再焼成温度として900℃を採用することも記載されている(【0037】)。そして,発明の具体化に際して,引用発明の粒子の要件を満たすように,温度条件を400ないし900℃の範囲内で適宜変更することは,当業者が通常行う事項であるから,引用例の上記記載(【0003】【0042】)は,本願発明を想到することの阻害要因とはならず,原告の主張は失当である。

第4当裁判所の判断

1  本願発明について

本願明細書(甲6,9,10)には,本願発明について,概略,次の記載がある。

(1)  本願発明は,大電流特性及び充放電サイクル特性に優れた負極活物質を提供することを目的とするものである(【0010】)。

(2)  スピネル構造を有するリチウムチタン酸化物を主たる構成相とするリチウムチタン複合酸化物粉末を強固に粉砕し,粉砕物に適当な熱処理条件で再焼成して合成したリチウムチタン複合酸化物粒子の平均細孔直径を50ないし500Åの範囲にすることにより,非水電解質の含浸性を格段に向上することができ,大電流特性及びサイクル寿命の向上を達成できる(【0014】)。

(3)  また,リチウムチタン複合酸化物粒子のpH値を11.2よりも小さくすることにより,高温サイクル性能や出力性能を向上させることができる(【0042】)。他方,電気容量を高容量に保持するためには,pH値を10以上にすることが望ましい(【0045】)。

(4)  チタン酸リチウム粉末を機械的に粉砕する場合,未反応Li成分が表面に露出することになり,pH値が11.2よりも大きくなって電池性能が低下する傾向があるため,粉砕工程後に再焼成を行うことにより,表面に露呈された未反応リチウムが,活物質内部に取り込まれ,pH値を11.2以下に制御することが可能となる(【0044】)。

(5)  リチウムチタン複合酸化物粒子の製造方法の一例を説明する(【0035】)。

ア まず,Li源として,水酸化リチウム,酸化リチウム,炭酸リチウムなどのリチウム塩を用意し,これらを純水に所定量溶解させ,その溶液にリチウムとチタンの原子比が所定比率になるように酸化チタンを投入する。組成式Li4Ti5O12のスピネル型リチウムチタン酸化物を合成する場合,LiとTiの原子比は4:5となるように混合する(【0036】)。

イ 次に,溶液を攪拌しながら乾燥させ,焼成前駆体を得る。乾燥方法としては,噴霧乾燥等が挙げられる。焼成前駆体の焼成は,680℃以上1000℃以下で1時間以上24時間以下程度行えばよい(【0037】【0038】)。

ウ 焼成により得られたリチウムチタン複合酸化物粒子を,粉砕・再焼成することによって,一次粒子の細孔容積と平均細孔直径を制御することが可能となる。粉砕方法としては,ボールミル等が用いられ,粉砕時には水等の公知の液体粉砕助剤を共存させた湿式粉砕を用いることもできる。より好ましい方法は,ジルコニア製ボールをメディアに用いたボールミルであり,液体粉砕助剤を加えた湿式での粉砕が好ましい。再焼成は,250℃以上900℃以下で1分以上10時間以下程度行えばよい(【0037】【0038】【0040】【0041】)。

2  引用発明について

引用発明は,前記第2の3(2)アのとおり,「LiとTiの原子比を4:5となるように混合し,約200ないし250℃の範囲の温度で噴霧乾燥し,約700ないし900℃の範囲の温度及び約6ないし12時間の範囲の時間でか焼して形成される粗いLi4Ti5O12を水に懸濁し,0.4ないし0.6mmのジルコニア粉砕メディアで8時間粉砕する工程,及びLi4Ti5O12を約400ないし900℃で3時間再焼成する工程によって製造された,BET表面積が5ないし100m²/gであって,粒子サイズが10ないし1000nmであり,かつ,標準偏差が20%以下である充放電可能なリチウムイオンバッテリーの電極用の材料」である。

3  取消事由1(新規性に係る判断の誤り)について

(1)  前記1(5)のとおり,本願明細書(【0035】~【0041】)には,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子の製造方法の一例として,本件製法が記載されている。

そして,本件製法と引用発明に示されたLi4Ti5O12の製造方法とは,その方法として記載されたところを比較すると,いずれも焼成によりリチウムチタン複合酸化物(Li4Ti5O12はリチウムチタン複合酸化物の一種である。)を合成した後,これを粉砕して再焼成するというものであるが,両者の工程は,製造原料(金属原子比),乾燥方法,粉砕形式,液体粉砕助剤及び粉砕メディアの点において一致し,焼成温度,焼成時間,再焼成温度,再焼成時間の点では,引用発明製法の製造条件は,本件製法の製造条件の範囲に含まれるものとなっていることが明らかである。

したがって,本件製法と引用発明製法とは,実質的に同一の製造方法であると認められるところ,製造原料が同一であって,製造方法が同一であれば,同一の物が製造されると解するのが自然であるから,引用発明においても,本願発明と同一のもの,すなわち,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるLi4Ti5O12が製造されると認めるのが相当である。

なお,本願明細書の実施例1(【0124】~【0144】)においてスピネル型チタン酸リチウムの粉砕メディアとして用いられたジルコニア製ボールの直径は3mm(【0125】)であるのに対し,引用例の実施例1(【0041】【0042】)においてチタン酸リチウムの粉砕メディアとして用いられたジルコニア製ボールの直径は0.4ないし0.6mmであるから(【0042】),本件製法と引用発明製法とにおいても,粉砕メディアとして直径の寸法が異なるジルコニア製ボールが用いられることが考えられるが,上記の各ジルコニア製ボールの直径は,本願明細書の実施例1における粉砕後のスピネル型チタン酸リチウムの平均粒子径(0.89μm)(【0125】)と比較しても,引用発明の粒子サイズ(10ないし1000nm)と比較しても,十分に大きなものであるから,各製造工程の粉砕物について,本質的な差異を生じさせるものであるとは認められない。

したがって,本件製法と引用発明に記載された製造方法とで直径の寸法が異なるジルコニア製ボールが用いられるとしても,本件製法と引用発明に記載された製造方法とで本願発明と同一のものが製造されるとの前記認定が妨げられるものではない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,引用発明製法の焼成温度等の製造条件は,いずれも幅のある記載であり,これらの条件に従ったとしても,本願発明のリチウムチタン複合酸化物粒子が必ず得られるわけではなく,複数の条件の組合せにより本願発明のリチウムチタン複合酸化物粒子が得られるものであるとか,本件製法では,粉砕時のボールミルの回転数や,メディア及び水の量とチタン酸リチウムの量との比率を調整し,pH値を意識的に調整しているため,pH値が10.0ないし11.2の範囲のリチウムチタン複合酸化物粒子を製造することが可能であるが,引用例のようにpH値について記載も示唆もない場合には,たまたま本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子と同様の物が製造できる場合があるにすぎず,これを必ず製造することはできないなどと主張する。

しかしながら,仮に,引用発明製法における各製造条件の組合せや,粉砕時のボールミルの回転数など引用発明に明記されていない条件の設定によっては,引用発明製法により製造されたLi4Ti5O12が,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2とならない場合があるとしても,本願明細書には,本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子の製造方法として本件製法が記載され,かつ,粉砕時のボールミルの回転数やメディア及び水の量とチタン酸リチウムの量との比率を調整してpH値を意識的に調整することが必要であることについては何らの記載がなく,pH値を調整するため,粉砕時のボールミルの回転数やメディア及び水の量とチタン酸リチウムの量との比率を調整することが技術常識であるともいえないから,当業者が本件製法と引用発明製法で重なり合う製造条件の範囲でリチウムチタン複合酸化物粒子を製造すれば,通常は,その平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2になるものというべきである(特許法36条4項1号参照)。実際,原告が引用発明の製造工程に準じ,本件製法と引用発明製法で重なり合う製造条件の範囲で行ったとする追試実験(甲13,14)においても,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるリチウムチタン複合酸化物粒子が製造されている(甲13の表Aの例B及び例C,甲14の表1の例3及び例4)。

以上によれば,引用発明は,通常,本件相違点に係る本願発明の構成を備えたものであると認めるのが相当である。

イ 原告は,本件製法と引用発明製法とで重なる製造条件に従えば,必ず本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が製造されるというのでなければ,本件相違点が実質的に相違しないものとはいえないと主張するが,本願発明は,平均細孔直径が50ないし500Åで,かつpH値が10ないし11.2であるリチウムチタン複合酸化物粒子を含むことを特徴とする負極活物質という物の発明であり,最適な負極活物質を設定するための方法に関する発明ではないから,引用発明が,通常,本件相違点に係る本願発明の構成を備えたものであると認められる以上,仮に,引用発明製法に従っても本願発明に係るリチウムチタン複合酸化物粒子が製造されない場合があるとしても,本件相違点に係る本願発明の構成が,引用発明とは相違するものであるということはできない。

(3)  したがって,本件相違点が実質的な相違点でないとした本件審決の判断に誤りはない。

4  結論

以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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