大判例

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知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10192号 判決 2012年1月25日

原告

バクマ工業株式会社

同訴訟代理人弁護士

渡邊隆夫

小金澤俊裕

同弁理士

近藤彰

被告

フネンアクロス株式会社

同訴訟代理人弁護士

平尾正樹

同弁理士

高橋要泰

被告

有限会社鈴木技術研究所

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

特許庁が無効2010-800151号事件について平成23年5月17日にした審決を取り消す。

第2事案の概要

本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,被告らの下記2の本件発明に係る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は下記3のとおり)には,下記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。

1  特許庁における手続の経緯

(1)  本件特許

被告らは,平成13年11月27日,発明の名称を「耐火二層管継手用目地装置」とする特許出願(特願2001-402190号)をし,平成20年2月29日,設定の登録(特許第4085358号。請求項の数3)を受けた。以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲1)を「本件明細書」という。

(2)  原告は,平成22年9月1日,本件特許の請求項1に係る特許(以下,請求項1記載の発明を「本件発明」という。)について,特許無効審判を請求し,無効2010-800151号事件として係属した。

(3)  特許庁は,平成23年5月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の本件審決をし,同月26日,その謄本が原告に送達された。

2  本件発明の要旨

本件発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである。

あらかじめ成形されている合成樹脂製の継手の内管を継手金型内に配置し,前記継手の内管の外側に継手外管用材料を供給して継手の内管が耐火性と断熱性を備えた外管で被覆された耐火二層管継手を成形するにあたり,耐火性と熱膨張性を備えた環状の目地部材を前記内管の端部に外挿し,この目地部材に設けた脚部により前記耐火二層管継手の外管の端部に一体的に接合したことを特徴とする耐火二層管継手用目地装置

3  本件審決の理由の要旨

(1)  本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記アの引用例に記載された発明及び下記イないしキの周知例1ないし6に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,などとしたものである。

ア 引用例:特開平8-100881号公報(甲4)

イ 周知例1:特開平9-152065号公報(甲5)

ウ 周知例2:特開平8-210567号公報(甲6)

エ 周知例3:特開平11-2329号公報(甲7)

オ 周知例4:特開平10-299901号公報(甲8)

カ 周知例5:実願昭62-153950号(実開平1-58234号)のマイクロフィルム(甲9)

キ 周知例6:特開平11-2373号公報(甲10)

(2)  なお,本件審決は,その判断の前提として,引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),本件発明と引用発明との一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。

ア 引用発明:あらかじめ成形されている合成樹脂製の継手の内管を外管成形用金型内に配置し,前記外管成形用金型の内周面と前記継手の内管との間の間隙に外管材料を圧入充填して,継手の内管が耐火性と断熱性を備えた外管で被覆された耐火二層管継手を成形するにあたり,不燃性の環状パッキンを前記内管の受け口端部の外周に所定寸法重畳するよう嵌着し,前記耐火二層管継手の外管の受け口端部に付着した合成状態とした耐火二層管継手用目地装置

イ 一致点:あらかじめ成形されている合成樹脂製の継手の内管を継手金型内に配置し,前記継手の内管の外側に継手外管用材料を供給して継手の内管が耐火性と断熱性を備えた外管で被覆された耐火二層管継手を成形するにあたり,耐火性を備えた環状の目地部材を前記内管の端部に外挿し,前記耐火二層管継手の外管の端部に一体的に接合した耐火二層管継手用目地装置

ウ 相違点1:耐火性を備えた環状の目地部材に関し,本件発明では「熱膨張性を備えた」ものであるのに対し,引用発明ではそのような特性を備えていない点

エ 相違点2:本件発明は,目地部材が脚部を備え,この脚部により目地部材が外管の端部に一体的に接合しているのに対し,引用発明は,そのような脚部を備えていない点

4  取消事由

(1)  相違点1に係る容易想到性の判断の誤り

(2)  相違点2に係る容易想到性の判断の誤り

第3当事者の主張

1  取消事由1(相違点1に係る容易想到性の判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 周知技術について

ア 本件審決は,周知例1,2及び甲18ないし20記載の周知技術について,その熱膨張性部材の奏する作用は,引用発明の目地部材とは異なるものであり,耐火二層管継手における目地部材として熱膨張部材を用いることを開示又は示唆するものではなく,また,その点が周知であることを示すものともいえないと認定した。

イ しかし,本件審決が,上記の公知文献自体に「耐火二層管継手における目地部材として熱膨張部材を用いることを開示又は示唆する」記載まで求めている趣旨であるならば,周知技術の認定手法として誤っている。

なぜなら,仮に公知文献に「耐火二層管継手における目地部材として熱膨張部材を用いることを開示又は示唆する」記載があれば,あえて周知技術の容易推考という判断過程を経ないで,当該文献を引用して無効といえば足りるからである。周知技術とは,本件においては配管工事の技術を用いる当業者にとって,種々の場面(種々の機器)で広く採用されている技術のことであり,その技術的意味合い(作用効果)が当業者にとって常識的であれば足りるものである。

ウ 原告が引用した上記の公知文献から導かれる周知技術は,①建築物の配管技術において,火災対策として熱膨張性部材を採用することは周知手段であること,②熱膨張性部材は,火災時に膨張することにより,所定の箇所を密閉することで災害の拡大を抑えるという目的で採用されていること,③特に火災時の密閉によって特定箇所を閉塞し,閉塞によって保護された範囲が火災の影響が受けないようにしていること,である。

エ 上記周知技術と本件発明の作用効果とを対比させると,耐火二層管の「目地部材」の内管保護という本来の目的に加えて,本件発明の熱膨張性部材の採用によって「火災時に膨張して所定箇所(管連結部の内管表面部分)を密閉し,火災の延焼を防止する」という点で,同一の作用効果を奏するものである。すなわち,本件発明では「耐火二層管の目地部材」に「熱膨張性部材」が適用されたものであり,周知技術においては「管路の遮断」「管路の壁面の隙間の閉塞」「管連結部のシール」「管からの索条体のシール」として採用されたものである。同じ技術が「熱膨張性部材の適用箇所」ごとに独自の作用効果を生じているにすぎない。

本件審決は,周知技術の適用の判断に際して,その適用箇所における作用効果が一致することまで求めており,「熱膨張性部材の奏する作用は,引用発明の目地部材とは異なる」との認定は,進歩性の要件である周知技術からの容易想到性の判断手法として誤っている。

オ なお,周知例1,2及び甲18ないし22には,建築物の配管技術において,火災時に所定の箇所をシールするという共通する目的及び熱膨張によってシールすべき箇所を閉塞して,閉塞された範囲を火災の影響を受けないよう保護するという共通する作用効果が開示されているのであるから,管路の火災対策として,特定の箇所(シールすべき箇所)に「熱膨張性部材」を採用することは,当業者にとって周知の手段である。

(2) 引用発明への熱膨張性目地部材の採用について

ア 引用例の開示技術と発明の把握(耐火二層管の製造技術の背景)

耐火二層管の製造技術の流れを見ると,目地部材(環状パッキン)を製造型の一部として使用することは,目地部材を外管硬化後に組み込む必要がなくなるという一定の作用効果を奏するものであり,目地部材を特定の物(構造・形状)に限定する必要がなく,汎用性のある耐火二層管製造手段といえる。

したがって,引用例の記載から,目地部材の形状・材質等を限定しない,「あらかじめ成形されている合成樹脂製の継手の内管を継手金型内に配置し,前記継手の内管の外側に継手外管用材料を供給して継手の内管が耐火性と断熱性を備えた外管で被覆された耐火二層管継手を成形するにあたり,環状の目地部材を前記内管の端部に外挿し,耐火二層管継手の外管の端部に接合する」という発明(以下「上位概念発明」という。)が,当然に把握される。

なお,引用例の記載から技術思想を把握するに当たっては,具体的構成のみを認定しなければならないものではなく,具体的な構成を捨象して,上位概念で把握認定することも許される。

本件発明は,上位概念発明において,「目地部材の材質」及び「目地部材の形状(脚部を備える)」を特定した下位概念と位置付けられる。

イ 引用例の環状パッキンの特定について(阻害事由の認定)

(ア) 引用発明は,目地部材の材質として「無機質繊維断熱材」を採用したものであり,この「無機質繊維断熱材」を採用したことによって特定の作用効果を奏する。

他方,「無機質繊維断熱材」を採用したことによる作用効果を奏するとしたとしても,引用例から把握される上位概念発明の作用効果が減じられるものではないし,上位概念発明の開示が否定されるものでもない。上位概念発明は,目地部材に「無機質繊維質断熱材」を採用することで初めてその作用効果を奏するものではないからである。

(イ) 本件審決は,引用発明に阻害事由があると指摘しているが,引用発明の置換前部材自体の独自の作用効果を満たさないことが,進歩性の判断の阻害事由に該当するという基準を採用するなら,引用発明の一部の部材を置換した発明は,当然にその作用効果のほとんどが阻害事由ありと認定されてしまい,進歩性が否定されることがないことになり,その判断基準は誤りである。一部の部材の変更は,当然にそれによる作用効果に相違が生ずるものであり,その作用効果の相違も含めて進歩性が検討されるべきである。

(ウ) 被告ら自身が「無機質繊維断熱材」に代えて「熱膨張性部材」を採用した製品,すなわち相違点2を備えず相違点1を備えた製品を販売しているから,「熱膨張性部材で置き換えることの必要性は認められない」との本件審決の認定は,引用発明から当然に認められる上位概念発明を看過し,引用発明の作用効果の評価自体が誤りであることを示している。

ウ 引用発明への「熱膨張性目地部材」の適用

(ア) 引用例の「環状パッキン」を「熱膨張性目地部材」とすることの容易想到性

本件審決は,引用例の上位概念発明の技術的意義を全く検討することなく,環状パッキンに無機質繊維材を採用したことよる作用効果のみに着目し,目地機能の基本的な目的・作用効果についての考察を欠いている。そもそも耐火二層管の目地部材(耐熱パッキン)は火災時に内管を保護するものであり,内管保護のためにどのような材質を選択するかは,当業者が普通に検討することである。そして,目地部材の材質選択に際して,選択すべき材質には当然に長所短所があるから,その長短を総合的に考慮して選択するのが普通である。よって,引用例に記載された上位概念発明において,目地部材の材質変更を考慮することについて予測困難性があるとは到底いえない。そして,配管の火災対策として「熱膨張性部材」が種々の場面で採用されていることを考慮すると,当業者が,耐火二層管の目地部材に「熱膨張性部材」を採用することは,容易に想到することができたものといえる。

以上のとおり,相違点1に関する本件審決の判断は,誤りである。

(イ) 先願における容易推考性の認定

本件発明は,その出願経過において,先の出願(特願2001-156500号)に記載された発明をもって特許法29条の2の規定による拒絶理由通知を受けたところ,この先の出願は,甲3に記載された先願発明(耐火二層管において,目地部材として熱膨張性部材を採用した発明)をもって同条の規定による拒絶理由通知を受けた。

上記先願発明の「耐火二層管において,目地部材として熱膨張性部材を採用した」点に関し,別件の審決及び判決(甲15,16)により,引用例の耐火二層管の無機質繊維断熱材からなる目地部材を,熱膨張性部材に置き換えることが容易に想到できると認定されており,本件審決の相違点1に関する認定と全く相反する判断が先にされている。

(3) 小括

配管の火災対策として熱膨張性部材が種々の所(種々の機器等)に使用されており,耐火二層管の技術分野に関する当業者にとっても当然に一般的な技術常識(周知技術)となっている。耐火二層管の設計に当たり,その製造手段及び材質の検討は当然にされるものであり,製造手段については引用例で開示された上位概念発明を採用し,目地部材の材質として周知の「熱膨張性部材」を採用することに何らの困難性も見いだせない。よって,相違点1に関する認定は,引用例記載の発明の把握が正当にされず誤った結論に至ったものである。

〔被告らの主張〕

(1) 周知技術について

ア 進歩性の判断手法について

進歩性の判断における「公知技術」とは,世間に知られている技術をいい,また,「周知技術」とは,その発明の属する技術分野において,一般的に知られている技術であって,例えば,これに関し,相当多数の公知文献が存在し,又は業界に知れわたり,あるいは例示する必要がないほどよく知られた技術をいう。すなわち,「公知技術」と「周知技術」とはともに新規性を喪失した技術という点で共通し,その存在を具体的に立証する必要があるか否かの点で相違する。

また,発明は,その目的・構成・作用効果により特定され,発明の作用効果は発明の構成により機能するので,発明の構成が異なるとそれに応じて発明の作用効果も異なることになる。このため,作用効果が同一か否かは,構成が同じか否かに結びつくものである。

イ 原告主張の周知技術について

原告が周知技術と主張する上記①ないし③は,原告が公知の文献に記載された内容から恣意的に抽出した事項にすぎず,周知技術に該当せず,これらを周知技術と主張することは認められない。

また,原告は,上記①ないし③と本件発明の作用効果とを対比して,両者は作用効果が一致しないと主張するが,発明の作用効果は発明の構成により機能するものである。適用箇所は発明の構成の一部であるので,公知文献ごとに適用箇所が異なることによって,その公知文献記載の発明独自の作用効果を奏するのは当然のことである。さらに,引用発明の奏する作用効果に対して,異なる作用効果を持つ発明が記載された公知文献を組み合わせることは困難である。

原告の主張は,周知技術の理解,進歩性の判断基準の適用及び本件審決の理解を誤ったものであり妥当でない。

(2) 引用発明への熱膨張性目地部材の採用について

ア 引用発明の開示技術と発明の把握(耐火二層管の製造技術の背景)

目地部材の材質である「環状パッキンが不燃性無機質繊維断熱材からなり」,目地部材の形状等である「前記耐火二層管直管の外管の開口端部が環状パッキンを介して受け口端部に接合する」及び「環状パッキンが耐火二層管継手の内管の受け口端部外周を包囲して前記耐火二層管継手外管の受け口端部に合成されている」ことは,引用発明の本質的特徴を構成する。これらの構成により,特有の効果が奏されるのである。

原告は,上位概念発明を主張するが,進歩性の判断は,引用発明を他の発明と同様に,その目的・構成・作用効果により特定すべきものであり,あらかじめ,引用発明の本質的特徴を恣意的に改変して「上位概念発明」を規定し,これに基づき論理づけを試みることは,正しい判断手法ではない。

イ 環状パッキンの特定について(阻害事由の認定)

引用発明の置換前部材自体の独自の作用効果を満たすか否かは,置換した一部の部材によって具体的に決定されることであり,原告主張のように当然にその作用効果のほとんどが「阻害事由」ありと認定されることになるものではない。被告らが製造販売していることと引用発明における一部部材の変更の容易性の判断とは何ら関係のないものである。

ウ 引用発明への「熱膨張性目地部材」の適用

(ア) 引用例の「環状パッキン」を「熱膨張性目地部材」にすることの容易想到性

引用例の「環状パッキン」の形状,材質等を改変することの容易性の判断は,引用発明の目的,構成,作用効果を考慮した上で行うべきである。

(イ) 先願における容易推考性の認定

原告主張の審決及び判決(甲15,16)は,本件と異なる他の特許に係る事件に関するものであり,これらによって本件審決の認定が影響されるものではない。

2  取消理由2(相違点2に係る容易想到性の判断の誤り)について

〔原告の主張〕

(1) 一般的な製造技術の常識について

周知例3ないし6(甲7~10)には,コンクリート管の型成形で製造される製品において,当該製品のシール部材(密閉要素)やフランジ等を,本体(型に注入されるコンクリート部分)と一体に固着(接合)する手段として,当該部材に脚部(突出部分)を設けて一体化する構造が示されている。このように,セメント液を製造型に注入して製品を製出する際に,装着部品に突出部を設けてコンクリート内に埋め込み,コンクリート本体と装着部品を一体化する手段は,周知である。

モルタル材を型に注入して製造する本件発明と近似のものとして示した上記周知例3ないし6のほか,栓抜きのように樹脂製の柄とリング状の金属部分で構成される製品で採用されている樹脂の射出成型の際に金属部材の一部を樹脂本体内に埋設されるようにする,いわゆるインサート成形加工は,本件発明にかかわる当業者に限らず,技術分野を越えた一般的な製造技術として周知の技術である。

(2) 技術分野の範囲

液状物を製造型に注入して硬化させる物品製造技術において,装着部材に食い込み部分(脚部)を設けておく技術手段は,特定の技術分野にかかわらず一般的な周知の手法である。技術分野の認定に際しては,その技術内容によって当然に広狭があり,当業者基準で判断されるべきものである。そして,上記インサート成形加工は,技術分野を越えた一般的な周知手段で,耐火二層管技術分野の当業者も当然認識している技術手段であり,技術的な常識といえるので,技術分野が異なるとの理由は明らかに誤ったものである。

なお,インサート技術についての周知性は進歩性の判断に際して考慮される事項であり,原告は審判において口頭審理陳述要領書に記載して主張しているから,本件の審理対象となる。

(3) 動機付けについて

本件審決は,引用発明の環状パッキンに「脚部」を設けることの動機付けはないと認定した。しかし,「無機質繊維断熱材の環状パッキン」のみが,外管材料が硬化する結果,外管の受け口端部と環状パッキンとが「付着した合成状態」になるものではない。他の部材を採用しても,付着力については多少の相違が生ずるかもしれないが,目地部材(環状パッキン)と外管端部が「付着した合成状態」となる。この点は,熱膨張性部材からなる目地部材を採用している被告らの製品から認められる事実である。また,「無機質繊維断熱材の環状パッキン」は,もともと無機質繊維断熱板から打ち出して製造するものであるから,当然に「背面に突出する脚部」を備えることができないものである。

耐火二層管の目地部材に関しては,本件出願以前から種々の構造・形状・材質のものが出願され,実施されていることは,当業者に広く知られている技術常識である(甲14)。そして,引用例からは,「環状パッキン」として,「無機質繊維断熱材」に限定した発明ばかりではなく,前記の上位概念発明も認識把握できるものであり,これと設計事項といえる目地部材の材質・形状を検討することは動機付けの根拠となり得る。

当業者が上位概念発明に基づいて耐火二層管を製造しようとした場合に,目地部材に「無機質繊維断熱材」を採用することを前提とするのではなく,種々多様な目地部材を採用することを検討することは当然である。その検討上において,目地部材の形状も検討されるものであり,検討対象となること自体が動機付けといえる。

よって,引用例の「無機質繊維断熱材の環状パッキン」への脚部の適用のみを基準として「動機付け」を判断した本件審決は,考察が十分でない。

(4) 「脚部の採用」の容易性

耐火二層管の製造設計において,上位概念発明を採用し,その際にどのような目地部材を採用するかを検討することは当業者にとって普通のことであり,周知技術である「熱膨張性部材」を採用することも容易に予測できるものである。

目地部材に「熱膨張性部材」を採用する場合,「脚部」を備えなくてもモルタル管の固化時の付着力で「熱膨張性部材の目地」は外管端部に接合され,実質上問題はない。

また,耐火二層管の脱落防止という技術課題が示されているが(甲11),この課題に対して,上位概念発明で製造される耐火二層管に,目地部材の脱落防止という堅固な連結手段を講じようとする場合に,前記の型製造での注入液体内へ食い込む脚部を備えた装着部材を使用するという周知手段を採用することは,容易に想到することができるものである。

(5) 小括

以上のとおり,周知例3ないし6に示されたセメント液を使用した型製造で製出されるコンクリート単管と,モルタル液を型に注入して製造する耐火二層管の製造技術を別の技術分野のものと限定して,「脚部による連結構造」という種々の製造技術者にとって一般的な技術常識(例えばインサート成形技術)を看過して,単に引用例の環状パッキンにおいて「脚部が必要であるか否か」のみを判断基準とした本件審決の判断は誤っている。

〔被告らの主張〕

(1) 一般的な製造技術の常識について

周知例3ないし6に記載された技術は,コンクリート単管に関するもので,本件発明のような耐火二層管継手とは近似すらしておらず全く関係のない技術分野のものである。また,栓抜きのインサート成形加工も,耐火二層管継手とは関係がない技術である。

(2) 技術分野の範囲

インサート成形加工技術は,耐火二層管継手と関係がなく,しかも本件審決では審理判断されなかった公知事実との対比における無効の主張である。この点の原告の主張は,審決取消訴訟の審理対象にならないものである。

(3) 動機付けに関して

「動機付け」とは,進歩性の判断の際に,本件発明の属する技術分野における出願時の技術水準を的確に把握した上で,引用発明に基づいて当業者が請求項に係る発明に容易に想到できた場合の起因となるものである。原告の主張する,引用例から恣意的な上位概念発明を抽出する場合の起因は,動機付けに該当しない。

進歩性判断の基礎となる引用発明は,公知文献に記載された発明であり,公知文献に記載された目的・構成・作用効果により特定されるもので,その発明の本質的特徴を排除し恣意的に抽出された上位概念発明は,進歩性判断の基礎となる引用発明には該当しない。

本件発明は,「目地部材に設けた脚部により耐火二層管継手の外管の端部に一体的に接合」したことを必須の構成とするものであるから,脚部を設けることができない引用発明の「無機質繊維断熱材の環状パッキン」には,脚部を設けることの動機が存在しないと判断することは当然のことである。

(4) 「脚部の採用」の容易性に関して

原告の甲11についての主張は,脚部を備えた装着部材を採用することの容易性を主張するにとどまるものであり,本件審決の記載の中では全く審理判断されておらず,審決取消訴訟の審理対象にならないものである。なお,原告は,引用発明における「環状パッキン」に脚部を設けることが困難であることを自認している。

(5) 小括

上記のとおり,相違点2に関する本件審決の判断には何ら誤りはない。

第4当裁判所の判断

1  本件発明及び引用発明について

(1)  本件発明について

本件発明の要旨は,前記第2の2のとおりであり,本件明細書には,以下の記載がある(甲4)。

ア 本件発明は,耐火二層管直管同士又は前記耐火二層管直管と金属管とを連結するときに使用される耐火二層管継手用の耐火性と熱膨張性を備えた目地部材を使用した目地装置に関する(【0001】)。

イ 建築基準法施行令129条の2の5第1項7号の規定により,不燃材料で造ることとされている部分に使用する給水管,配電管,排水管として,不燃材料同等として認定されている耐火二層管がある。この耐火二層管としては,硬質塩化ビニル樹脂管からなる内管の外周を,繊維混入モルタルや難燃性フェノール樹脂発泡体等の外管で被覆した耐火二層管直管があるところ(【0002】,図1),この耐火二層管直管を連結するには,金属製継手の他に耐火二層管継手が使用されるが,この耐火二層管継手も耐火二層管直管と同様に,硬質塩化ビニル樹脂継手からなる内管の外周を,繊維混入モルタルや離燃性フェノール樹脂発泡体等の外管で被覆したものである(【0003】)。

ところで,耐火二層管直管と耐火二層管継手を連結するには,まず耐火二層管直管の内管を,耐火二層管直管の外管の開口端部から,耐火二層管継手への挿入代の2倍の長さだけ引き出した状態で,外管の開口端部から距離が指定された長さになるように管軸に垂直な面で切断する。そして内管の両側が,挿入代分だけ外管の開口端部から突出して露出している状態になるように外管をずらす(【0004】)。次に,内管の露出部分及び耐火二層管継手の内管の受け口部分に接着剤を塗布した後,耐火二層管継手の内管の受け口に挿入し,先端がストッパに当接させた状態で60秒程度保持すれば連結は完了する(【0005】)。

このような耐火二層管直管と耐火二層管継手との連結においては,耐火二層管の内管と外管の長さを正確に,かつそれぞれを管軸に垂直な面で切断しないと,連結した後に耐火二層管直管と耐火二層管継手の内管及び外管間に隙間を生じる(【0006】)。このため,耐火二層管直管と耐火二層管継手の外管間の隙間は,両者の間には段差があることもあって,セメント系目地材やけい酸ソーダ系目地材による湿式の目地施工や,金属製目地カバーによる目地施工の併用か,あるいはいずれかの目地施工を欠かすことができないが(【0007】),そのような目地施工は配管工事の終了後に実施されるので,目視できない箇所もあり極めて煩雑な作業であるほか,耐火二層管直管の長期間の伸縮等による目地材の劣化や,目地カバーの腐食等が生じて,目地材としての機能を発揮できないような不具合が生じることがある(【0008】)。

ウ 本件発明は,上記課題を踏まえたもので,目地施工を省略して耐火二層管直管と耐火二層管継手の連結を行なえ,脱落しないように熱膨張性環状目地部材が取り付けされた耐火二層管継手用の目地装置を提供することを目的とする(【0010】)ものである。

エ そして,本件発明は,耐火二層管継手の外管の端部に,一体的に耐火性を備えた熱膨張性環状目地部材が固着されており,その目地部材には脚部が設けられているから,耐火二層管継手用の熱膨張性環状目地部材が脱落することがなく,耐火二層管直管と連結したとき,両者間の隙間が塞がれ,耐火二層管直管の内管の膨張や収縮を吸収することができ,火災時には発泡してその隙間を確実に塞ぐことができる(【0022】)といった効果を奏するものである。

(2)  引用例に記載された発明について(甲4)

ア 引用例には,耐火二層管継手とその製造方法及びその継手を用いた耐火二層管接合部構造に関する発明が記載されている(【0001】)。

イ 従来,継手を用いた耐火二層管接合部において実施されていた目地処理には,以下のような課題があった。

①湿式目地工法による目地処理は,耐火二層管直管と耐火二層管継手との当接部に施す目地材が経時硬化するに従って収縮し,亀裂及び剥離が発生して目地材の脱落を誘発することもあり,また炭酸化による劣化を招き,長期間安定した目地機能を維持するのが困難である等の不具合を生じることがある(【0011】)。また,②金属製目地カバーを用いる目地処理は,目地カバーの寸法形状が予め設定されていることから,耐火二層管直管及び耐火二層管継手の製造上の寸法精度の誤差等に基づく形状変形,例えば断面形状が楕円形状等に変形した場合,その取り付け作業に困難を来たし,かつ目地カバーが金属製であることから,特に給水管等に使用した場合十分な断熱性能が得られず結露して目地カバーを腐食させ,更に目地充填剤に結露が発生すると目地充填剤を溶解して充填剤が流出する等長期にわたって安定した目地処理機能の確保が困難であることがある(【0012】)。さらに,③これらの目地処理は建造物への配管作業が完了した後に施すことから,その作業空間が制限され,作業が煩わしく均一な目地処理機能の確保が得難く,また目地処理個所を見落すおそれがある(【0013】)。

ウ 引用例に記載された発明は,上記のような課題を踏まえ,長期間にわたって安定した耐火二層管直管と耐火二層管継手との接合部の目地処理機能が維持され,作業の簡素化及び目地処理個所の見落しによる品質低下を招くことのない耐火二層管継手とその製造方法及びその継手を用いた耐火二層管接合部構造を提供することを目的にされたものである(【0014】)。

そして,この目的を達成するため,「合成樹脂製の内管と,この内管を被覆する耐火性及び断熱性を有する外管とからなる耐火二層管直管の前記内管の開口端部が受け口端部に接合する合成樹脂製の内管と,この内管を被覆して前記耐火二層管直管の外管の開口端部が環状パッキンを介して受け口端部に接合する耐火性及び断熱性を有する外管とからなる耐火二層管継手において,上記環状パッキンが不燃性無機質繊維断熱材からなり,かつこの環状パッキンが耐火二層管継手の内管の受け口端部外周を包囲して前記耐火二層管継手外管の受け口端部に合成されていることを特徴とする耐火二層管継手」(【請求項1】),又は「合成樹脂製の内管と,この内管を被覆する耐火性及び断熱性を有する外管と,外管の受け口端部に合成し,かつ内管の受け口端部外周を包囲する不燃性無機質繊維断熱材からなる環状パッキンとを有する耐火二層管継手の製造方法において,内管の受け口端部外周に環状パッキンを嵌着し,露出する内管の外周面を未硬化状態の耐火性及び断熱性を有する外管材料で被覆して硬化せしめて受け口端部に環状パッキンが合成された外管を形成することを特徴とする耐火二層管継手の製造方法」(【請求項5】)としたものである。

エ 引用例に記載された発明は,耐火二層管直管を互いに接合する耐火二層管継手の外管の受け口端部に無機質繊維断熱材からなり,かつ内管の受け口端部外周を包囲する環状パッキンをあらかじめ合成することから,①配管と同時に目地機能を果たす環状パッキンが耐火二層管継手の外管と耐火二層管直管の外管との間に介装され,その作業性に優れ,作業の簡素化が得られ,②環状パッキンによって十分に断熱されて目地処理部に結露が発生することなく,炭酸化による劣化,腐食,長期間の使用によっても亀裂,剥離等の発生がなく,③振動,温度変化等に起因する耐火二層管直管と耐火二層管継手との間の相対的な変位に対しても環状パッキンが追従して変形することと相俟って長期間安定した目地処理機能が確保でき,④環状パッキンが予め接合部に用いられる耐火二層管継手の外管の受け口端部に合成されることから,施工の際の耐火二層管直管の切断等がある場合にも環状パッキンが除去されることなく,従来のような目地処理個所の見落しに起因する目地処理機能の低下等を招くことなく信頼性の高い高品質の耐火二層管接合部が確保できるという効果を奏するものである(【0043】)。

オ よって,引用例には,本件審決が認定した引用発明が記載されているということができる。

カ 引用発明は,このように,環状パッキンが不燃性無機質繊維断熱材からなることが必須とされているところ,引用例には,環状パッキンの材質として,セラミック繊維(【0032】),ロックウール繊維,ガラス繊維,シリカ繊維(【0035】)等の不燃性を有する無機質繊維断熱材が例示されるほか,これらの複数種類の無機質繊維断熱材を適宜混合して形成し得る旨の記載(【0036】)があるのみで,その他の材質については記載も示唆もされていない。

(3)  周知技術について

ア 周知例1及び甲18について

(ア) 周知例1(甲5)には,熱可塑性の合成樹脂材料から成る管路部材を接続するよう防火区画貫通部に穿設された管路の貫通孔に配設される防火区画貫通部の継手に関し(【0001】),管路部材が嵌合する接続端部に耐火性の熱膨張部材を装着し,火災が発生して延焼のおそれがあるような熱的状態になると,火災の熱で熱膨張部材が膨張し管路を閉塞することによって,防火区画間の導通が断たれるので火災が伝達せず,延焼が防止されることが記載されている(【0040】~【0050】)。第3の実施の形態(図5)では,熱膨張部材が直接に管路部材の端部を臨んでおり(【0071】【0072】),目地部材に類する構造を呈しているが,目地部材として利用する点については明記されておらず,火災時に管路部材を保護するものでもない。

(イ) 甲18には,防火区画領域にある防火区画体に形成された貫通孔を通して,配管類などの管様体を配設する際に用いられる防火用熱膨張材に関し,より詳しくは,管様体の外周面と貫通孔の内周面との間に装着して,火災発生時の熱による熱膨張によって貫通孔全体を閉塞することにより,該貫通孔を通して火炎や有害ガス等が隣室側に流入することを防止する防火用熱膨張性部材の改良に関し(【0001】),防火区画体に形成された貫通孔の内周面と配管類の外周面との間に装着可能な厚みと弾性を有し,配管類の外周面に沿って巻回可能な長さと可撓性を備えた熱膨張性耐熱シール材に保持手段である粘着テープを設けてなる防火用熱膨張材を貫通孔の内周面と配管類の外周面との間に装着することが記載されている(【0015】~【0020】)。

(ウ) 周知例1及び甲18に記載された事項は,いずれも,防火区画を貫通する配管外周に配設される熱膨張性部材に関する技術で,火災時の熱で膨張し,防火区画を貫通する孔を閉塞するものであるが,耐火二層管継手の目地部材として利用するものではない。

イ 周知例2及び甲19ないし22について

(ア) 周知例2(甲6)には,火災時のシール性を考慮した管継手に関し(【0001】),継手本体の端部に接続管受け口を設け,その奥から順に,シールパッキンと,熱膨張性のゴムリング内に食い込みリングを鋳包んだ抜止め具を装着し,火災に際してゴムリングが継手と管外周面との間を充満し,例えば都市ガス等の管内流体が外部に噴出するのを防止することが記載されている(【0008】~【0010】)。

(イ) 甲19には,管に接続可能な筒状本体が凹状空間を有しており,凹状空間に挿通する索状体と,筒状本体との間をシールするシール材を凹状空間に保持してあるシール継手に関し(【0001】),索状体を挿通可能な孔部を有する第1仕切部材及び第2仕切部材を筒状本体の凹状空間の内部に挿入して,凹状空間の底部と第1仕切部材との間に第1空間を形成し,第1仕切部材と略カップ状の第2仕切部材との間に第2空間を形成するとともに,第1空間及び第2空間に,シール材と熱膨張性の耐火材とを各別に収容して,当該シール継手を構成し,例えば,ガス配管の縦管部に設けた分岐部に適用し,火災時に加熱された耐火材が第2空間の内部で膨張し,その際,略カップ状の第2仕切部材の存在のため,索状体の表面に対する耐火材の密着程度が増大してシール効果を高めることが記載されている(【0007】~【0014】)。

(ウ) 甲20には,フレキシブルチューブ用ワンタッチ継手に関し,特にガス配管などに使用されるコルゲイト管にて構成されたフレキシブルチューブのための,フレキシブルチューブ用ワンタッチ継手に関し(【0001】),筒状本体と,押輪と,リテーナを具備し,筒状本体の内部に,一般ゴム部と熱膨張性黒鉛が混入された耐火部とから成る環状のシール材を配置し,火災などによって継手が高温にさらされた場合に,シール材における一般ゴム部が消失しても,耐火部で熱膨張性黒鉛が膨張して,コルゲイト管とのシール性を維持することが記載されている(【0012】~【0029】)。

(エ) 甲21には,特にガス配管に用いて,地震や地盤沈下等に好適に対処できる伸縮自在継手に関し(【0001】),揺動継手の本体内にシートパッキンと膨張黒鉛を含むゴムで形成された耐火ガスケットを装着し,伸縮継手を構成する外筒管の端部にパッキングハウジングを設け,該パッキングハウジング内に,シールリングと熱膨張黒鉛を含むゴムで作られた耐火リングを装着することにより,火災時に耐火ガスケット,耐火リングの容積が膨張してシールが行われ,管内部の可燃性ガスの噴出が防止されることが記載されている(【0011】~【0017】)。

(オ) 甲22には,特にガス配管用に用いて,通常状態ではシール性が良く,火災時においても大きな漏れを発生しない接続部が揺動自在な自在継手に関し(【0001】),揺動連結部内部にシールパッキンと膨張黒鉛入りの熱膨張パッキンを装着し,火災時においてシールパッキンが消失しても,熱膨張パッキンが膨張して継手スリーブの凸状球面の外面を埋めるので大きな漏れに至らないことが記載されている(【0007】~【0009】)。

(カ) 周知例2及び甲19ないし22に記載された事項は,いずれも,特にはガス配管用の管継手のシールとして配設される熱膨張性部材に関する技術で,熱膨張性部材が火災時の熱で膨張してシールを行うものであるが,耐火二層管継手の目地部材として利用するものではない。

ウ 以上のとおり,防火区画を配管が貫通する部位や,管継手のシール部位に,火災対策として熱膨張性部材を採用することは,広く行われており,その場合,熱膨張性部材が,火災時の熱で膨張することで所定の箇所を密閉するという機能を利用し,火炎の伝播やガス漏れの防止しているものである。

2  取消事由1(相違点1に係る容易想到性の判断の誤り)について

(1)  相違点1の容易想到性について

ア 相違点1は,耐火性を備えた環状の目地部材に関し,本件発明では「熱膨張性を備えた」ものであるのに対し,引用発明ではそのような特性を備えていない点である。

イ 前記1(2)のとおり,引用発明において,環状パッキンが不燃性無機質繊維断熱材からなることが必須であり,環状パッキンの材質として,セラミック繊維,ロックウール繊維,ガラス繊維,シリカ繊維等の不燃性を有する無機質繊維断熱材が例示されるほか,これらの複数種類の無機質繊維断熱材を適宜混合して形成し得る旨の記載があるのみで,その他の材質については記載も示唆もされていない。

引用例において,従来技術の有する課題や効果との関係では,珪酸ソーダ,セメント,金属以外の素材であること,外管の受け口端部に予め合成できるものであること,断熱性,耐火性を有すること及び耐火二層管直管と耐火二層管継手との間の相対的な変位に対して追従して変形可能であること(弾性を有すること)といった条件を満足する素材であることが必要と考えられるが,なぜ不燃性無機質繊維断熱材からなることが必要であるかは,明らかにされていない。

例えば,甲14には,耐火二層管と耐火二層管継手との連結部位の目地部材として,従来の例として単繊維をフェノール樹脂で固めた不燃性パッキンを利用した例(【0003】)が記載され,繊維材と混和材と連結剤からなる不燃性の耐火パッキンを利用すること(【請求項1】)が記載されている(【0024】)。このようなパッキンの性状に照らすと,引用発明は,従来技術の有する課題や効果との関係では,環状パッキンとして他の材質のものでも目的は達成し得ると解する余地が認められるものの,少なくとも,引用発明は,環状パッキンが不燃性無機質繊維断熱材からなるものとして完成しており,その他の材質について記載も示唆もないから,引用例の記載から環状パッキンを不燃性無機質繊維断熱材以外のものとすることが当然に把握できるものではない。

ウ 確かに,火災対策として熱膨張性部材を採用すること,熱膨張性部材が火災時の熱で膨張することで所定の箇所を密閉するといった機能を利用し,火炎の伝播やガス漏れの防止することは,周知例1,2及び甲18ないし22に記載されているように,周知技術と認められる。

しかし,これらはいずれも,防火区画を配管が貫通する部位や管継手のシール部位に熱膨張性部材を利用することにとどまり,目地部材として熱膨張性部材を利用することまでが導かれるものではなく,目地部材として熱膨張性部材を利用することが本願出願前に知られていたとすることはできない。火災対策用の素材として熱膨張性部材が周知であるとしても,目地部材として必然的に選択するとまではいえない。

そして,甲14に,繊維材,混和材及び連結剤からなる環状パッキンを利用する点が開示されているように,当該目地部材として他のものが知られていることも踏まえると,引用発明において不燃性無機質繊維断熱材からなる環状パッキンに代えて,熱膨張性部材からなる環状パッキンを選択することの契機は十分とはいえない。

加えて,本件発明は,相違点1の構成を備えることにより,耐火二層管直管と連結したとき,両者間の隙間が塞がれ,耐火二層管直管の内管の膨張や収縮を吸収することができ,火災時には発泡してその隙間を確実に塞ぐことができる(【0022】)といった所定の効果を奏するものであって,この点が単なる設計的事項とも解されない。

そうすると,引用発明において,環状パッキンとして無機質繊維断熱材からなるものに代えて,熱膨張性部材からなるものを採用することは,当業者であっても容易に想到し得る事項ということはできない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,周知例1,2及び甲18ないし21から導かれる周知技術と本件発明とは,熱膨張性部材の採用によって,火災時に膨張して所定箇所(管連結部の内管表面部分)を密閉し,火災の延焼を防止するという点で,同一の作用効果を奏すると主張する。

確かに,周知例1,2及び甲18ないし21からは,原告主張のような周知の技術が認められるが,これらは目地部材として熱膨張性部材を利用するものではなく,当該周知の熱膨張性部材の作用が火災の延焼を防止する点で引用発明の環状パッキンと類するとしても具体的な作用は異なるから,引用発明の環状パッキンとして明示的に参考になるものではない。

イ 原告は,引用例の記載内容から,目地部材の形状・材質等を限定しない上位概念発明が当然に把握され,この上位概念発明は,目地部材に「無機質繊維断熱材」を採用することで初めて,その作用効果を奏するものではないから,引用発明が,目地部材の材質として「無機質繊維断熱材」を採用したことによって特定の作用効果を奏するとしても,上位概念発明の作用効果が減じられるものではないし,その上位概念の発明の開示が否定されるものでもないと主張する。

しかし,引用例に,不燃性無機質繊維材以外のものからなる環状パッキンを利用することが記載されているということはできず,原告が主張する上位概念発明が当然に把握されるといえるものではなく,上位概念発明を把握するためには,相応の創意を伴うというべきである。

ウ 原告は,そもそも耐火二層管の目地部材(耐熱パッキン)は火災時に内管を保護するものであり,内管保護のためにどのような材質を選択するかは,当業者が普通に検討することであるから,当該上位概念発明において,目地部材の材質変更を考慮することについて予測困難性はなく,そして配管の火災対策として熱膨張性部材が種々の場面で採用されていることを考慮すると,当業者が,耐火二層管の目地部材に熱膨張性部材を採用することは,容易に想到できると主張する。

しかし,引用例から上位概念発明が当然に把握できるものではなく,甲14に記載されたように,その他の材質のものが知られていることからすると,不燃性無機質繊維断熱材からなる環状パッキンを採用した引用発明において,環状パッキンとして熱膨張性部材からなるものを選択することの契機は十分ではない。そして,引用例に基づき上位概念発明を把握した上でさらに進めて熱膨張部材からなるものを採用することまでは,当業者にとって容易に想到できるものではないというべきである。

エ 原告は,本件発明と同様,熱膨張性部材を目地部材に利用した甲3に係る先願発明の容易想到性について,本件審決と全く相反する判断がされたとも主張する。

しかし,甲3に係る発明についての審決や判決があったとしても,それは,他の特許出願に関する判断であって,本件発明の容易想到性の判断に影響しない。

(3)  小括

以上のとおり,相違点1は容易に想到することができないから,取消事由1は,理由がない。

3  取消事由2(相違点2に係る容易想到性の判断の誤り)について

(1)  相違点2の容易想到性について

ア 周知例3ないし6(甲7~10)には,コンクリート単管に関し,コンクリート部分に装着部品(甲7の「密封要素」,甲8の「シールリング」,甲9の「連結具」,甲10の「成形体被結合部」)を埋め込むに際し,装着部品に突出部分(甲7の「部分」,甲8の「保持部分」,甲9の「フランジ」,甲10の「抜止め膨出部」)を設けて,コンクリート部分と装着部品を一体化する点が記載され,この点は周知の技術ということができる。

イ 相違点2は,本件発明は,目地部材が脚部を備え,この脚部により目地部材が外管の端部に一体的に接合しているのに対し,引用発明は,そのような脚部を備えていない点である。

本来,相違点2は,相違点1(耐火性を備えた環状の目地部材に関し,本件発明では「熱膨張性を備えた」ものであるのに対し,引用発明ではそのような特性を備えていない点)を前提として検討すべき事項であるところ,前記2のとおり,相違点1は容易想到とはいえないところ,仮に上記周知の技術を考慮しても,さらに進めて,目地部材に脚部を備えることも容易に想到できないことは当然である。

また,引用発明の環状パッキンは,「不燃性を有する無機質繊維断熱材からなる平板状材を打ち抜くことにより,或いは円筒状材を環状に切断することにより…得ること」(【0035】)を想定しているもので,原告も認めるように背面に突出する脚部を備えることができないものであるから,その意味においても,相違点2は容易に想到することはできない。

そして,本件発明は,相違点2の構成を備えることにより,耐火二層管継手用の熱膨張性環状目地部材が脱落することがない(【0022】)といった所定の効果を奏するものであって,この点が単なる設計的事項とまではいえない。

ウ よって,不燃性無機質繊維断熱材からなる環状パッキンを採用した引用発明において,相違点2に係る本件発明の構成を容易に想到することができるとはいえない。

(2)  原告の主張について

ア 原告は,引用例から上位概念発明が把握できることを前提に,上位概念発明において,周知技術である「熱膨張性部材」を採用することも容易に予測できるものであり,目地部材の脱落を防止するために型製造での周知手段(注入液体内へ食い込む脚を備えた装着部材を使用すること)を採用することは容易に想到することができるものであると主張する。

しかし,前記のとおり,引用例から上位概念発明が当然に把握できるという前提自体,採用することができない。

イ 原告は,周知例3ないし6に示されたセメント液を使用した型製造で製出されるコンクリート単管と,モルタル液を型に注入して製造する耐火二層管の製造技術を別の技術分野のものと限定して,「脚部による連結構造」という種々の製造技術者にとって一般的な技術常識を看過して,単に引用発明の環状パッキンにおいて「脚部が必要であるか否か」のみを判断基準とした本件審決が誤りであると主張する。

しかし,周知例3ないし6に記載された技術は,配管に係る技術として本件発明と近接した技術といえ,耐火二層管継手に関し参考になり得るものであるとしても,相違点1が容易想到ではない以上,さらに相違点2についてまで想到することが容易であるということはできない。

(3)  小括

以上のとおり,取消事由2も理由がない。

4  結論

以上の次第であるから,原告の請求は棄却されるべきものである。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 髙部眞規子 裁判官 齋藤巌)

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