知財高等裁判所 平成23年(行ケ)10193号 判決 2012年2月27日
原告
ファミリー株式会社
訴訟代理人弁護士
三山峻司
井上周一
木村広行
松田誠司
弁理士
角田嘉宏
古川安航
浦利之
下村裕昭
山田久就
高田聰
被告
株式会社フジ医療器
訴訟代理人弁護士
畑郁夫
重冨貴光
髙田真司
黒田佑輝
辻本希世士
辻本良知
笠鳥智敬
松田さとみ
弁理士
辻本一義
神吉出
大本久美
丸山英之
金澤美奈子
坂元孝之
主文
特許庁が無効2010-800133号事件について平成23年5月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
主文同旨
第2事案の概要
原告は,被告の有する本件特許について無効審判請求をしたが,請求不成立の審決を受けた。本件はその取消訴訟であり,訴訟での争点は容易推考性の存否である。
1 特許庁における手続の経緯
東芝テック株式会社は,平成9年6月27日に,名称を「椅子式マッサージ機」とする発明について特許出願をし,平成16年9月17日に,本件特許第3597014号として特許登録を受けた(請求項の数2)。被告は,東芝テック株式会社から本件特許に係る特許権の移転を受け,平成18年10月25日に移転登録を受けた(乙1)。
原告は,平成22年7月29日に,本件特許について無効審判請求をしたが(無効2010-800133号),特許庁は,平成23年5月11日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は平成23年5月19日に原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件特許の請求項1,2(本件発明1,2)は次のとおりである。
【請求項1】
座部および背もたれ部を有する椅子本体と,
施療子が設けられ前記椅子本体に移動可能に設けた脚載置台と,
この脚載置台を椅子本体に対して移動させる移動手段と,
前記施療子を突出動作させる駆動手段と,
入力手段と,
この入力手段からの信号の入力によって前記駆動手段と前記移動手段を制御する制御手段とを備え,
マッサージ中において前記施療子を前記脚載置部に載置された被施療部に位置決めするための位置決め信号が前記入力手段から前記制御手段に入力された際に,前記制御手段によって,前記施療子を非突出状態として前記脚載置台を移動させる制御をすることを特徴とする椅子式マッサージ機。
【請求項2】
座部および背もたれ部を有する椅子本体と,
施療子が設けられ前記椅子本体に移動可能に設けた脚載置台と,
この脚載置台を椅子本体に対して移動させる移動手段と,
前記施療子を突出動作させる駆動手段と,
この駆動手段と前記移動手段を制御する制御手段とを備え,
マッサージ中において前記制御手段によって,前記脚載置台を移動させてこの脚載置部に載置された脚部の所望の被施療部位に前記施療子を位置決めする際に,前記施療子を脚部のマッサージをする場合の最大突出量よりも少ない突出量で突出するように制御することを特徴とする椅子式マッサージ機。
3 審判における原告主張の無効理由
(1) 無効理由1(特許法29条2項)
本件発明1は,特開平8-322895号公報(甲1),特開平1-236052号公報(甲2),特開平5-253265号公報(甲3)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(2) 無効理由2(特許法29条2項)
本件発明1は,甲1公報,実願平4-40854号(実開平6-439号)のCD-ROM(甲8),特開平6-335498号公報(甲9),特開平7-124210号公報(甲10)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(3) 無効理由3(特許法36条6項1号)
請求項1の記載は特許法36条6項1号に適合するものではない。
(4) 無効理由4(特許法29条2項)
本件発明2は,甲1公報,甲2公報に記載された発明に基づいて,又は,甲1公報,特開平4-40955号公報(甲7)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5) 無効理由5(特許法29条2項)
本件発明2は,甲1公報,甲8のCD-ROM,甲9公報,甲10公報に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6) 無効理由6(特許法36条6項1号,同項2号)
請求項2の記載は特許法36条6項1号,同項2号に適合するものではない。
4 審決の理由の要点
審決は,次のとおり,容易推考性の存否に関する無効理由1,2,4,5を先に判断し,記載要件に関する無効理由3,6を後で判断した。
(1) 無効理由1について
ア 甲1公報に記載された甲1発明,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
【甲1発明】
座部2及び背もたれ部3を有する椅子本体1と,
脚用袋体60~63が設けられ前記椅子本体1に前後方向に移動可能に設けた脚支持台50と,
この脚支持台50を椅子本体1に対して前後方向に移動させる移動手段と,
前記脚用袋体60~63を膨張させるエアーコンプレッサー30と,
リモートコントロール装置36と,
このリモートコントロール装置36からの信号の入力によって前記エアーコンプレッサー30と前記移動手段を制御する制御手段35とを備える
椅子式エアーマッサージ機。
【一致点】
座部及び背もたれ部を有する椅子本体と,
施療子が設けられ前記椅子本体に移動可能に設けた脚載置台と,
この脚載置台を椅子本体に対して移動させる移動手段と,
前記施療子を突出動作させる駆動手段と,
入力手段と,
この入力手段からの信号の入力によって前記駆動手段と前記移動手段を制御する制御手段と
を備える椅子式マッサージ機。
【相違点A】
本件発明1は,マッサージ中において施療子を脚載置部に載置された被施療部に位置決めするための位置決め信号が入力手段から制御手段に入力された際に,前記制御手段によって,前記施療子を非突出状態として前記脚載置台を移動させる制御をするのに対し,甲1発明は上記構成を有していない点。
イ 甲1発明の主引用例としての適格性について
被告は,甲1発明は主引用例としての適格性に欠けると主張する。この主張は,甲1公報に記載されたのは,ストレッチマッサージを行うという技術事項であることを前提とした主張と解されるところ,甲1公報には,この技術事項とは別に甲1発明が記載されているので,甲1発明は主引用例としての適格性を有する。
ウ 甲1発明の認定について
原告は,甲1公報のストレッチマッサージ中の制御態様に関する記載を根拠として,同公報には相違点Aに係る本件発明1の構成も開示されていると主張する。しかしながら,原告の主張に係る制御態様は,脚の被施療部のストレッチマッサージそれ自体に関するものであるから,本件発明1の「脚部の所望の被施療部位に施療子を対応させるための移動」に対応するものとはいえず,原告の主張は理由がない。
エ 甲2公報について
甲2公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていない。
原告は,甲2公報には,「この肩位置合わせの動作は,自動施療モードに設定された時点と,自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点でなされる。」との記載があり,このうち「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」はマッサージ中の時点を意味すると主張する。しかしながら,甲2公報の記載を総合すると,ここにいう2つの時点は,いずれも「動作/停止」スイッチSW01が押された時から施療子が「肩位置合わせ」スイッチSW15の設定に応じた上下位置まで移動し,この移動が完了した時までの間のいずれかの時点であると認められ,甲2公報には,「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」が,マッサージ中の時点を意味することを伺わせる記載も示唆も見当たらない。
また,原告は,甲2公報には,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合は,施療子を最大突出量Z4とした状態で移動する」という構成が開示されているが,その前提として,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という態様にした場合の課題が検討され,その課題を解決するために最大突出量Z4として移動する構成が提案されているのだから,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という態様も開示されていると主張する。しかしながら,ある態様にした場合の課題が記載されていることは,直ちにその態様に係る構成が記載されていることにならない。また,甲2公報には,上記課題を解決するため最大突出量Z4として移動する構成が明記されているから,原告の上記主張は理由がない。
オ 甲3公報について
請求項1の記載によれば,本件発明1において,移動手段は脚載置台の移動を制御するものであり,駆動手段は施療子を制御するものであり,制御手段はこれらの駆動手段と移動手段を制御するものである。そして,これらの移動手段,駆動手段及び制御手段の関係と,「前記制御手段によって,前記施療子を非突出状態として前記脚載置台を移動させる制御をする」との構成とを併せてみれば,制御手段が,制御対象としての施療子を非突出状態となるように積極的に制御し,また,制御対象としての移動手段を脚載置台を椅子本体に対して移動させるように制御するものであることは明らかである。
(これに対し,甲3公報に開示された技術事項は,施療子を非突出状態となるように積極的に制御するものではないから,)甲3公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていない。
カ 特開昭58-32769号公報(甲4)について
甲4公報に開示された技術事項は,ある被施療部位から別の被施療部位へもみ輪(4)を移動させる手段についてのものである。これに対して,本件発明1における移動手段は,脚部という同一の部位において所望の被施療部位に施療子を対応させるための手段であると認められる。
したがって,甲4公報に開示された「もみ輪(4)を移動させる手段」は本件発明1の移動手段に対応するものとはいえず,甲4公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていない。
キ 特開昭62-275462号公報(甲5)及び特開平7-148221号公報(甲6)について
甲5公報及び甲6公報には,本件発明1の施療子に対応するものが開示されておらず,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていない。
ク 動機付けについて
甲1公報には,マッサージ中において移動手段が制御される場合として,脚の被施療部のストレッチマッサージを行う場合のみが開示されており,マッサージ中において脚載置部に載置された被施療部に対する施療子の位置を変えることについては記載も示唆もない。したがって,甲1発明に甲2公報~甲6公報に記載された技術事項を適用する動機付けがあるとはいえない。
(2) 無効理由2について
本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,上記(1)アのとおりである。
原告は,甲1公報には,「施療子(脚用袋体60~63)を脚載置部に載置された被施療部に位置決めするための位置決め信号が入力手段(リモートコントロール装置36)から制御手段に入力された際に,制御手段によって,脚載置台を移動(回動用袋体17によって脚載置台5を回動)させる制御をする」技術事項が開示されていることを前提として,これに甲8のCD-ROM,甲9公報,甲10公報に開示された技術を適用すれば,相違点Aに係る本件発明1の構成がすべて開示されていることになるなどと主張する。
しかしながら,甲1公報において,脚載置台の回動は,被施療部位に施療子を対応させるための手段としてではなく,上下方向の所望の位置にさせるための手段として開示されているから,原告の上記主張は,その前提を欠く。
そして,甲8のCD-ROM,甲9公報,甲10公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていない。
したがって,本件発明1は,甲1公報,甲8のCD-ROM,甲9公報,甲10公報に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるとはいえない。
(3) 無効理由4について
ア 本件発明2と甲1発明との一致点及び相違点は次のとおりである。
【一致点】
座部及び背もたれ部を有する椅子本体と,
施療子が設けられ前記椅子本体に移動可能に設けた脚載置台と,
この脚載置台を椅子本体に対して移動させる移動手段と,
前記施療子を突出動作させる駆動手段と,
この駆動手段と前記移動手段を制御する制御手段と
を備える椅子式マッサージ機。
【相違点B】
本件発明2は,マッサージ中において前記制御手段によって,前記脚載置台を移動させてこの脚載置部に載置された脚部の所望の被施療部位に前記施療子を位置決めする際に,前記施療子を脚部のマッサージをする場合の最大突出量よりも少ない突出量で突出するように制御するのに対し,甲1発明は上記構成を有していない点。
イ 相違点Bについて
甲2公報,甲4公報には,上記(1)エ,カと同様の理由により,いずれも相違点Bに係る本件発明2の構成が開示されているとはいえない。
また,甲7公報に開示された叩打式バイブレータの本体は,その移動が専ら操作者の手動によりなされるものであるから,被施療部に位置決めするための位置決め信号が入力手段から制御手段に入力された際に,前記制御手段によって移動されるものとはいえない。したがって,その詳細を検討するまでもなく甲7公報には,相違点Bに係る本件発明2の構成が開示されていない。
以上のとおりで,本件発明2は,甲1公報,甲2公報,甲7公報に記載された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものであるとはいえない。
(4) 無効理由5について
本件発明2と甲1発明との一致点及び相違点は,上記(3)アのとおりである。
無効理由5に関する原告の主張は,無効理由2と同様であるから,無効理由2に関して述べたのと同様の理由により,無効理由5についても理由がない。
(5) 無効理由3について
原告は,本件発明1の「移動手段」について,脚載置台を「前後方向へ移動(伸縮)させるための構成」のほか,「上下方向へ回動させる構成(回動機構)」も含まれるとすれば,本件明細書に開示されていない構成を含むことになり,特許法36条6項1号の要件を満たさないと主張する。
しかしながら,請求項1の記載と本件明細書の記載に照らすと,本件発明1の「移動手段」に「上下方向へ回動させる構成(回動機構)」が含まれるものではないから,原告の主張は理由がない。
(6) 無効理由6について
無効理由6のうち,本件発明2の「移動手段」に関する原告の主張は,無効理由5と同様であるから,無効理由5に関して述べたのと同様の理由により,原告の主張は理由がない。
また,原告は,本件発明2の「最大突出量より少ない突出量で突出する」構成や,「位置決めする際に」の構成について,当業者が意味内容を理解できない,多義的である,本件明細書に開示されていないなどして,特許法36条6項1号,同項2号に違反すると主張する。しかしながら,本件明細書の記載に照らすと,上記の各構成は,本件明細書に明確に記載されており,本件発明2は,特許法36条6項1号,同項2号に適合する。
第3原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(無効理由1(相違点A)に関する判断の誤り)
(1) 甲2公報に係る判断の誤り
ア 審決は,甲2公報の「この肩位置合わせの動作は,自動施療モードに設定された時点と,自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点でなされる。」との記載について,ここにいう2つの時点は,いずれも「動作/停止」スイッチSW01が押された時から施療子が「肩位置合わせ」スイッチSW15の設定に応じた上下位置まで移動し,この移動が完了した時までの間のいずれかの時点であり(24頁7行~12行),甲2公報には,「自動施療モードにあり位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」が,マッサージ中の時点を意味することを伺わせる記載も示唆も見当たらない(24頁20行~23行)と認定した。
しかしながら,甲2公報に肩位置合わせ動作の実行時点として記載された「自動施療モードに設定された時点」及び「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」を字句どおりにみれば,後者の「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」からマッサージ中というタイミングを除外すべき理由はない。甲2公報のその他の記載を総合してみても同様である。
そして,甲2公報には,肩位置合わせをスキップしてマッサージ動作を実行する場合もあることが開示されており(7頁右上欄12行~13行),肩位置合わせをスキップしたマッサージ中にスイッチSW15が操作されると,マッサージ中(肩位置合わせが一旦完了していない状況)において肩位置合わせが初めて行われることとなり,その場合,施療子の移動に際して突出量が最小となるように制御されるから(6頁左下欄17行~右下欄3行),相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されている。
したがって,審決が,相違点Aに係る本件発明1の構成が甲2公報に開示されていないとしたのは誤りである。
イ 甲2公報には,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という態様について,応答性の低下という課題があることを前提として,その課題を解決するために,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合は,施療子を最大突出量Z4とした状態で移動する」という構成が開示されている。そして,甲2公報に,上記「施療子を最大突出量Z4とした状態で移動する」構成について,「しておくとよい」と記載されていることからすると,この構成は,上記の課題を改善する場合の一態様として提案されているにすぎず,課題を解決しない場合の態様を否定するものではない。したがって,甲2公報には,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という構成も開示されており,この構成は,相違点Aに係る本件発明1の構成そのものである。
しかるに,審決は,「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という態様にした場合の課題が記載されていることが,直ちに当該態様に係る構成が記載されていることにならず,この課題を解決するために「施療子を最大突出量Z4とした状態で移動する」構成が明確に記載されていることを理由として,甲2公報に「肩位置合わせが一旦完了している状態でスイッチSW15が操作された場合に,施療子の突出量を最小Z1にして移動させた後に再び突出量を最大Z4に戻す」という構成が開示されていることを否定した。
このように,審決が,相違点Aに係る本件発明1の構成が甲2公報に開示されていないとしたのは誤りである。
ウ 甲2公報には,本件発明1の解決課題の1つである「被施療部位に痛みを覚える」という課題が開示されている。したがって,甲1公報及び甲2公報の各開示に触れた当業者であれば,本件発明1を容易に想到し得る。
(2) 甲3公報に係る判断の誤り
審決は,本件発明1の制御手段について,「積極的に」施療子又は脚載置台を制御するものであると認定し,そのことを理由として,甲3公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていないと判断した。
しかしながら,本件発明1の「前記制御手段によって,前記施療子を非突出状態として前記脚載置台を移動させる制御をする」との記載からすると,制御手段は結果的に「施療子が非突出状態のときに脚載置台が移動する」ように何らかの制御をすればよく,そのような制御によって本件発明1の課題は解決されるのであるから,「積極的に」施療子又は脚載置台を制御する必要はないのである。
そして,甲3公報の段落【0019】~【0021】の記載によれば,同公報には,「マッサージ中において,施療子7a,7bを,背用マッサージ機に支持された被施療部に位置決めするための位置決め信号(移動指令)が,入力手段(操作入力回路21)から制御手段(制御回路20)に入力された際に,前記制御手段によって,施療子7a,7bが非突出状態のとき(被施療者に接触していないと判断した場合に),背用マッサージ機を移動させる制御をする」という制御態様が開示されており,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されているといえる。
また,甲3公報の段落【0004】には,本件発明1の解決課題の1つである「移動手段の負荷が過負荷になる」という課題が開示されている。
したがって,甲1公報及び甲3公報の各開示に触れた当業者であれば,本件発明1を容易に想到し得る。
(3) 甲4公報に係る判断の誤り
審決は,甲4公報について,「ある被施療部位をマッサージしていたもみ輪を別の被施療部位へ移動させる際に,もみ輪の突出量を小さくした後に移動させる制御をする」ことが開示されていることを認定しながら,甲4公報に開示されたもみ輪(本件発明1の「施療子」に相当する。)が,移動前後で別の被施療部位にあるのに対し,本件発明1では,施療子が移動前後で同一の被施療部位にあることを理由として,甲4公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されていないとした。
しかしながら,本件発明1の特許請求の範囲には,「移動手段は施療子を同一の被施療部位内で移動させるものである」などといった記載はない。また,本件発明1の課題,目的,作用効果に照らしても,施療子の移動範囲が「別の被施療部位」ではなく「同一の被施療部位」でなければならない合理的な理由は一切ない。
そもそも「被施療部位」が同一か否かの判断基準が全くもって不明である。例えば,審決では「肩や首」と「背」とを別の被施療部位と認定しているようであるが,「上半身」という観点でみれば「肩や首」と「背」とは同一の被施療部位内の位置とみるのが妥当である。一方,審決では,脚部内の各施療部位を同一の被施療部位と認定しているようであるが,脚部においても膝を境にして上側の「上腿」,膝から足首までの「下腿」,足首から足先までの「足」とに分類できる。よって,これらを前提にすれば,同一脚部内の部位であっても上腿,下腿,足はそれぞれ「別の被施療部位」となる。
したがって,「被施療部位」が同一か否かによって,甲4公報に開示された技術事項と相違点Aに係る本件発明1の構成とを差別化することは不可能である。
さらに,甲4公報の9頁右下欄2行~11行の記載に照らすと,例えば「腰」にある施療子を「背」へ移動させる際,「背」へ至る前の時点でスイッチSW4などを操作すると,「腰」の範囲内で施療子の位置を微調整できることが開示されている。したがって,仮に「背」や「腰」が互いに別の被施療部位であるとしても,甲4公報には,「腰」という同一の被施療部位内で,あるいは「背」という同一の被施療部位内で,施療子の位置調整が可能であることが開示されている。
以上のとおりで,甲4公報には,相違点Aに係る本件発明1の構成が開示されているのであって,審決の上記判断は誤りである。
(4) 動機付けに関する判断の誤り
ア 審決は,甲1公報には,マッサージ中に被施療部のストレッチマッサージを行うために移動手段を制御する技術事項は開示されているが,マッサージ中において,脚載置部に載置された被施療部に対する施療子の位置を変えることについて記載も示唆もないから,甲1発明に,甲2公報~甲6公報に記載された技術事項を適用する動機付けがあるとはいえないと判断する。
しかしながら,「ストレッチマッサージ」と「マッサージ中に施療子の位置を変えること」とは,互いに排他的ではなく両立し得る制御態様であり,「マッサージ中に施療子の位置を変える」という制御態様は,ストレッチ動作の開始位置をユーザがリモコン操作により指定可能なストレッチマッサージの一部の態様でしかない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
イ また,本件発明1が掲げる課題,すなわち,施療子を突出した状態でその位置決めのために移動させる場合に,「可動台の移動が阻害される」,「移動手段の負荷が過負荷になる」,「被施療部位に痛みを覚える」という課題は,甲2公報~甲4公報にも同様の課題に関する記載があるように,いずれも本件発明1において新たに提示されたものではなく,従来から広く認識されていた周知の課題である。また,このような周知の課題を解決するために,「施療子を非突出状態として脚載置台を移動させる制御をする」といった制御態様も,甲2公報~甲4公報のそれぞれで提案されているように周知の解決手段(周知技術)である。
そして,本件発明1,甲1発明,甲2公報~甲4公報に記載された技術事項は,いずれも,施療子が移動して位置決めされる椅子式マッサージ機という共通の技術分野を背景としている。
したがって,このような周知の課題を解決するために,甲1発明に対して甲2公報~甲4公報に記載の周知技術を適用することは,当業者が通常行う設計事項である。
2 取消事由2(無効理由4(相違点B)に関する判断の誤り)
審決は,本件発明2に関して,甲2公報には相違点Bに係る本件発明2の構成が開示されていないと認定したが,取消事由1(1)で主張したのと同様の理由から,誤りである。
また,審決は,甲4公報には相違点Bに係る本件発明2の構成が開示されていないと認定したが,取消事由1(3)で主張したのと同様の理由から,誤りである。
第4被告の反論
1 取消事由1に対し
(1) 甲2公報に係る主張につき
ア(ア) 甲2公報の記載によれば,同公報の「自動施療モードに設定された時点」が,「動作/停止」スイッチSW01を押す操作を行って,動作モード判別用スイッチSを出力した時点のことを意味することは明らかである。ところで,甲2公報に開示されている肩位置合わせを行うためのスイッチSW15は,スライド式であるため,常に7段階のうちのいずれかの位置に設定されていると考えられる。そうすると,上記スイッチSW01の操作により自動施療モードに設定すると同時に,施療子5はスイッチSW15の設定に応じた上下位置まで移動し,その位置でもみ下げ動作を行う。そして,これにより肩位置合わせが一旦完了する。以上の一連のプロセスで行われる肩位置合わせが「自動施療モードに設定された時点」における肩位置合わせである。
一方,上記の「自動施療モードに設定された時点」で設定されていたSW15に対応する施療子5の肩位置が使用者の所望の被施療位置でなかった場合,使用者は,スイッチSW15をスライド操作して7段階の肩位置うちのいずれかの位置に肩位置を設定する。この操作により,施療子5は設定されたスイッチSW15の位置に応じた上下位置まで移動し,その位置でもみ下げ動作を行う。そして,これにより肩位置合わせが一旦完了する。以上のプロセスで行われる肩位置合わせは,スイッチSW01の操作によって自動施療モードに設定された後に,スイッチSW15を操作して行う肩位置合わせであり,これが「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」における肩位置合わせを意味する。
以上のとおり,「自動施療モードに設定された時点」と「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」はいずれもマッサージ動作を開始する前の時点を意味するものである。
したがって,甲2公報には,本件発明1の「マッサージ中において」に相当する構成が開示されていないとした審決の判断に誤りはない。
(イ) 仮に,「自動施療モードにあり肩位置合わせのスイッチSW15が操作された時点」における肩位置合わせが,マッサージ動作開始後における動作であったとしても,甲2公報には,肩位置合わせが一旦完了している時点で再度行われる肩位置合わせについて,「肩位置合わせが一旦完了している時点でその調整のために肩位置合わせのスイッチSW15が操作された場合については,…この場合は突出量を最大Z4にしたまま上下移動させる」(6頁右下欄13行以下)と記載されているように,施療子を非突出状態として上下移動させるのではなく,むしろ施療子の突出量を最大としたまま上下移動させるという構成が開示されている。
また,原告は,肩位置合わせ動作をスキップしてからマッサージ動作を実行してそのマッサージ中にスイッチSW15を操作した場合について,施療子が移動する際の突出量が最小となるよう制御されると主張するが,甲2公報には,そのような場合に施療子がどのように制御されるかについて何ら開示がなく,突出量が最小となるように制御されるという構成が開示されているとはいえない。むしろ,肩位置合わせ動作のスキップ動作は,「すでに一度自動施療を完了しているといった理由で,肩位置合わせを行なわなくとも,施療子5の肩位置が使用者に合っていることが明らかな場合」に行われる動作であって,「自動施療動作に入るまでの時間を短くできるように」するためのものである(7頁左上欄5行以下)。このことに加えて,肩位置合わせのスイッチSW15は,7段階のうちのいずれかの位置に設定されていることからすれば,スキップ動作が行われる場合も,肩位置は当該スイッチSW15に対応する位置に設定されており,肩位置合わせが一旦完了している状態となっていると考えるほうが自然である。そうすると,この後に行われる肩位置合わせは,施療子の突出量を最大Z4にしたまま上下移動させる方法によることとなる。
したがって,甲2公報には,相違点Aに係る本件発明1の「マッサージ中において…前記施療子を非突出状態として前記脚載置台を移動させる制御」に相当する構成が何ら開示されていない。
イ 原告は,甲2公報の「しておくとよい」という記載から,応答性低下という課題を解決しない場合の態様を否定するものではなく,突出量を最小とした上で最大に戻す構成も開示されていると主張する。
しかしながら,上記「しておくとよい」との記載は,「ブザー等による注意喚起」がなされることが好ましいことを意味しているにすぎない。原告が主張するような,応答性低下という課題を解決しないことは,甲2公報記載の発明の作用効果である「施療子の肩位置合わせが,施療子の突出量が最大で且つ幅が広い状態でなされるために,施療子の位置が適切かどうかを使用者が的確に認識することができる」(2頁右上欄2行~5行)を揺るがすことになるからである。さらにいえば,突出量を最小とした上で最大に戻す構成を敢えて採用して,「応答性が非常に遅い」という不具合の存在を甘受しつつも別発明を創作しようと試みるといった動機付けは,甲2公報にはない。
ウ 甲2公報に開示された施療子は,椅子本体に対して移動せず固定設置された背もたれ部の内部で移動するように設けられているのであって,これを甲1発明に適用すると,脚支持台は椅子本体に対して移動せず,脚支持台の内部で脚用袋体が移動するという構成になってしまい,本件発明1の構成とは異なる。この点からしても,甲2公報に開示された技術事項を甲1発明に適用する動機付けはない。
(2) 甲3公報に係る主張につき
本件発明1は,施療子の突出状態及び脚載置台の前後移動を共に制御し,施療子を非突出状態とするように積極的に制御して,脚載置台を移動させるものである。
これに対し,甲3公報には,施療子が人体に接触していない場合,すなわち施療子が人体をマッサージしていない場合に,施療子の上下移動の制御が行われる技術が開示されているにすぎず,したがって,甲3公報に開示された「制御手段」は,施療子の突出・非突出を積極的に制御するものではなく,たまたま施療子が非突出状態のときに移動手段を制御しているにすぎない。
なお,上記(1)ウで主張したのと同様に,甲3公報に開示された施療子は,椅子本体に対して移動せず固定設置された背もたれ部の内部で移動するように設けられているから,これを甲1発明に適用したとしても,本件発明1の構成とは異なる。
(3) 甲4公報に係る主張につき
本件発明1については,特許請求の範囲の「前記施療子を前記脚載置部に載置された被施療部に位置決めするための」との記載や,「脚部の所望の被施療部位」(段落【0005】)等の記載からして,被施療部は脚部である。また,脚載置脚台が,椅子本体に対して移動できるように設けられ,脚部に対して施療を行うひとつのまとまりであることから,脚載置台に脚部を載せた使用者が,脚部をひとつの施療単位としてみることは自然なことである。
「上半身」という観点でみれば肩や首と背とは同一の被施療部位内の位置とみるのが妥当であるとする原告の論理からすると,「全身」という観点でみれば,上半身も下半身も同一の被施療部位内の位置とみることができるのであり,視点によっていかようにも解釈できるため,明細書に記載された発明に基づいて客観的に判断することが妥当である。そうすると,甲4公報の第11図に記載された操作器に示されているように,首,肩,背,腰に対応してそれぞれ明確にスイッチが割り当てられていることから,首,肩,背,腰がそれぞれ異なる施療部位であると使用者が認識することはごく自然なことであり,「上半身」という観点でみれば肩や首と背とは同一の被施療部位内の位置とみるのが妥当であるとする原告の主張は客観的な妥当性に乏しい。
また,原告は,甲4公報には同一被施療部位内での位置調整が可能であることも開示されている旨主張する。しかしながら,甲4公報の記載によれば,例えば「腰」にある施療子を指定場所である「背」へ移動させる際に,「もみ輪(4)の突出量を小さくした状態」で移動していたとしても,「背」へ至る前の時点でスイッチSW4などを操作すると,指定場所である「背」への移動のための出力がキャンセルされるのであるから,「もみ輪(4)の突出量を小さくした状態」で移動する制御もキャンセルされると捉えるのが自然である。そして,指定場所への移動をキャンセルした後におけるもみ輪(4)の動作については,「スイッチSW5による下動であればスイッチSW5から手を離せばその時点で下動が停止する」(9頁左上欄10行~12行)との記載からすれば,SW4など(SW5を含む。)による施療子の位置の微調整の際には,施療子が使用者の所望する位置になった時にスイッチから手を離せば足りるため,当該施療子を非突出状態とする制御をする必要はないということを読み取ることができる。
なお,上記(1)ウで主張したのと同様に,甲4公報に開示された施療子は,椅子本体に対して移動せず固定設置された背もたれ部の内部で移動するように設けられているから,これを甲1発明に適用したとしても,本件発明1の構成とは異なる。
よって,甲4公報に係る審決の判断に誤りはない。
(4) 動機付けに関する主張につき
ア 甲1公報には,脚支持台を前後方向に移動させることにより使用者の所望の被施療部位置に脚用袋体を位置させることができるといった甲1発明が開示されているが,本件発明1の従来技術に相当するものにすぎず,本件発明1の課題,すなわち,マッサージ中において脚載置台を移動させる際に,①施療子が脚部を押圧するように突出していると可動台の移動が阻害されるという課題,②移動手段の負荷が過負荷となり,場合によっては移動手段に故障が生じるという問題,③施療子に押圧されて挟持されている部位は移動する施療子によって移動方向に引っ張られ,場合によっては被施療部位に痛みを覚える等の問題という種々の課題(段落【0003】,【0005】)に係る認識が一切開示されておらず,その示唆すら存在しない。
したがって,甲1発明に甲2公報~甲4公報に開示された技術事項を適用することは,当業者といえども容易に想到することはできない。
イ 甲1公報には,甲1発明とは別に,「脚用袋体60ないし63を膨脹させて脚の被施療部を押圧し,この押圧状態で前記脚支持台50を前方に移動させて脚全体あるいは脚の被施療部を伸長つまりストレッチしてマッサージ効果を向上させるモード」であるストレッチモードに関する技術事項が開示されているところ,本件発明1は,施療子である脚用袋体によるマッサージを行わない状態で脚載置台を移動させるよう制御することで,種々の不具合を解決しようとするものであるのに対して,甲1公報に開示された上記ストレッチモードは,施療子である膨縮袋をエアーの給気により膨張させて脚の被施療部を押圧した状態で脚支持台を移動させるよう制御することで,脚部に対する効果的なマッサージを行うものであり,脚載置台の移動時の施療子(脚用袋体あるいは膨縮袋)について全く正反対の制御を行うものである。
したがって,甲1公報に開示された上記ストレッチモードに甲2公報~甲4公報に開示された技術事項を適用することは,当業者といえども容易に想到することはできない。
2 取消事由2に対し
取消事由1(1)及び(3)で主張したのと同様の理由から,甲2公報及び甲4公報に係る審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1 本件発明1,2について
本件明細書(甲11)によれば,本件発明1,2について,次のとおり認められる。
本件発明1,2は,脚部(足首部又はふくらはぎ部)をマッサージする脚用施療子を有する脚載置台が設けられた椅子式マッサージ機に関するものである(段落【0001】,【0002】)。従来技術の椅子式マッサージ機の中には,椅子本体に設けた座部の前部に脚載置台を設け,この脚載置台に施療子を設け,この施療子により脚部をマッサージする形式のものであって,マッサージをしようとする被施療部と施療子とを対応させるために,脚載置台を固定台と施療子が設けられた可動台とで構成し,この可動台を前後方向に移動させるようにしたものがあった(段落【0002】)。しかしながら,このような従来技術の脚載置台においては,脚部のマッサージをする場合あるいはマッサージ中に,脚部の所望の被施療部位に施療子を対応させるよう可動台を移動させる際,施療子が脚部を押圧するように突出していると,可動台の移動が阻害され,特に可動台の移動を電動機等を用いた移動手段によって自動的になすように構成している場合は,移動手段の負荷が過負荷となり,場合によっては移動手段に故障が生じるという問題があり,また,施療子に押圧されて挟持されている部位が移動する施療子によって移動方向に引っ張られ,場合によっては脚部に痛みを覚える等の問題が生じるおそれがあったほか(段落【0005】),逆に可動台を移動させる際に施療子を脚部に接触させないようにした場合は,所望の被施療部位に施療子を正確に位置決めすることができにくいという問題があった(段落【0006】)。
そこで,本件発明1は,請求項1に記載した構成を備えることにより,制御手段が,脚部のマッサージ中において所望の被施療部位に施療子(下記【図1】,【図2】の46)を対応させるように脚載置台(下記【図1】,【図2】の50)を移動させる際に,施療子を非突出状態とするよう制御することで,施療子を設けた脚載置台をスムーズに移動させることができる,移動手段の過負荷を防止できる,脚部が移動方向に引っ張られて痛みを覚えることを防止できるという作用を有するものである(段落【0008】)。
また,本件発明2は,請求項2に記載した構成を備えることにより,制御手段が,脚部のマッサージ中において所望の被施療部位に施療子を対応させるよう脚載置台を移動させる際に,施療子を脚部のマッサージをする場合の最大突出量よりも少ない突出量で突出するように制御することで,施療子が脚部をマッサージする場合に比べて小さい押圧力,つまり軽く接触した状態で移動するので,本件発明1と同様の作用を有するとともに,施療子が軽い接触状態で脚部に沿って移動することから,移動中の脚部に対する施療子の位置が感触により認識できるので,施療子を所望の被施療部位に正確に位置決めできるという作用を有するというものである(段落【0010】)。
file_2.jpg(21) B-SHBEO SAREE [2] Mike Om Fey HEL2 甲1発明について
甲1公報(特開平8-322895号公報)によれば,甲1発明について,次のとおり認められる。
甲1発明は,審決が認定するように,「座部2及び背もたれ部3を有する椅子本体1と,脚用袋体60~63が設けられ椅子本体1に前後方向に移動可能に設けた脚支持台50と,この脚支持台50を椅子本体1に対して前後方向に移動させる移動手段と,脚用袋体60~63を膨張させるエアーコンプレッサー30と,リモートコントロール装置36と,このリモートコントロール装置36からの信号の入力によって前記エアーコンプレッサー30と前記移動手段を制御する制御手段35とを備える椅子式エアーマッサージ機」であって(段落【0007】,【0009】~【0011】,【0015】,【0024】,【0029】等),脚支持台50を前後方向に移動させることにより,使用者の所望の被施療部位に脚用袋体60~63を位置させることができるという作用を有するものである(段落【0008】)。このマッサージ機の動作は,使用者が,まず,脚支持台50の脚載部54a,54bに足を載せた後,リモートコントロール装置36を操作して脚用袋体60ないし63の位置を所望の位置に調節し,その後に,リモートコントロール装置36を操作して所望のマッサージモードを選択して,マッサージ開始操作をすると,選択したマッサージモードが実行されるというものである(段落【0039】)。
【図3】実施例の要部を示す斜視図
file_3.jpg3 取消事由1(無効理由1(相違点A)に関する判断の当否)について
(1) 上記1で認定したところによれば,本件発明1の技術的思想は,施療子を移動させる際に非突出状態とするよう制御することで,施療子を設けた脚載置台をスムーズに移動させることができる,移動手段の過負荷を防止できる,脚部が移動方向に引っ張られて痛みを覚えることを防止できるという作用を生じさせることにあると認められるところ,この点に関し,甲2公報(特開平1-236052号公報),甲3公報(特開平5-253265号公報),甲4公報(特開昭58-32769号公報)には,次の技術事項が開示されていると認められる。
ア 甲2公報
座部及び背もたれ部を有し,背もたれ部に施療子が設けられ,制御回路が,押されたスイッチに応じて出力されたコードに基づいてモータや駆動回路を制御することにより,施療子の移動や突出量を制御するマッサージ機において(2頁左上欄8行~17行,右上欄9行~14行,左下欄9行~14行,右下欄14行~17行,5頁右上欄7行~12行,第8図),使用者がマッサージ動作の種類等をスイッチにより選択する手動施療モードの状態から,プログラムに基づいてマッサージを行う自動施療モードへと移行するに伴い,肩位置合わせのために施療子を移動させるに当たり,突出量が最大のままで移動がなされると,その移動経路中に使用者が非常な傷みを感じる部位が存在するおそれや,圧迫しすぎて危険であるおそれがあることから,まず施療子の突出量を最小とし,所定の位置まで移動した後に,突出量の設定を行うこと(2頁左上欄11行~14行,5頁左上欄15行~19行,6頁左下欄17行~右下欄13行)。
イ 甲3公報
椅子の背に施療子が設けられ,制御回路が,操作入力回路からの指令に基づき駆動源を制御することで施療子の上下方向の移動(首方向又は腰方向への移動)や前後方向の移動(突出量の大小に相当)を制御するマッサージ機において(段落【0002】,【0006】,【0017】),施療子が人体に接触しているときに,上下方向等の調節が行われると,調節用の駆動源に大きな負荷がかかり,耐久性が低下するなどの問題点があったことから(段落【0004】),駆動源に大きな負荷がかからないよう(段落【0005】),施療子が本体内に位置するとき(施療子が人体に接触していないとき)だけ駆動源が動作できるように制御回路を構成すること(段落【0006】,【0007】)。
ウ 甲4公報
椅子の背もたれ等にもみ輪(施療子に相当)が設けられ,制御回路が,スイッチ操作に応じて駆動回路に信号を送出し,モータを回転させることでもみ輪の移動や突出量の調整を行うマッサージ機において(1頁右下欄4行~8行,6頁右上欄4行~15行,7頁左上欄3行~18行,9頁左上欄2行~右上欄1行),それまで肩や首でもみ運動を行っていたもみ輪をスイッチ操作に応じて下動に移す場合に,もみ輪の突出量が大きい状態のまま下動がなされると,もみ輪が肩などを上方から強く圧迫するおそれがあることから,まず突出量を小さくした後に下動させること(9頁左上欄2行~右上欄1行)。
(2) 甲2公報~甲4公報に開示された上記の技術事項に照らすと,椅子の背もたれ等に施療子が設けられ,制御回路がスイッチ操作等の入力に基づいて施療子を移動させる機能を備えたマッサージ機の技術分野において,施療子を移動させる際に突出量が大きいと,使用者の身体に対する危険がある,あるいは,駆動装置に大きな負荷がかかるなどといった問題の存在は,当業者にとって広く知られた周知の課題であったと認められ,そのような課題を解決するために,施療子の突出量を最小にして,あるいは突出量が小さくなるよう調整して移動させることも,周知の技術事項であったと認められる。
このような課題は,施療子を人体に沿って移動させることにより一般的に生じるものであって,甲2公報~甲4公報に開示されたマッサージ機のように施療子を背もたれ等に設けた場合に特有の課題ではない。そして,甲1発明のマッサージ機は,施療子が脚支持台ごと脚部に沿って移動する構成を備えているが,全体としてみると椅子式マッサージ機であって,甲2公報~甲4公報に記載された椅子式マッサージ機とは同一の技術分野に属するものであり,施療子を設けた場所は異なるとしても,施療子が身体に沿って移動するという点においては技術的に共通するものであるから,当業者が,脚部用の移動する施療子を設けた甲1発明に接した場合に,施療子の移動に関する上記の一般的な課題を認識し,これを解決するために周知の技術事項を甲1発明に適用して,スイッチ操作等の入力に応じて制御回路が(脚支持台ごと)施療子を移動させる際に,突出量を最小とする,すなわち非突出状態とすることや,突出量を適宜小さく調整することは,甲1公報自体に示唆等がなくとも,適宜なし得ることというべきである。
(3) また,相違点Aには,施療子を非突出状態として移動させる制御について,「マッサージ中」,「位置決め信号が…入力された際」に行うとする構成が含まれている。
しかしながら,施療子が突出している状態で移動させるとスムーズな移動が阻害されるなどといった課題は,本件明細書においても,従来技術における課題として,「マッサージをする場合あるいはマッサージ中」(段落【0003】)に生じる旨記載されているように,「マッサージ中」の移動に特有の課題ではない。また,本件明細書には,施療子を非突出状態として移動させる制御について,「マッサージ中」とすることや,「位置決め信号が…入力された際」とすることの技術的意義に関する記載は認められない。さらに,マッサージ機の技術分野において,マッサージ中に施療子を移動させることや,位置決めのために施療子を移動させることにも,何らの困難性はなく,適宜採用される構成であるといえる。
したがって,施療子を非突出状態として移動させる制御を,「マッサージ中」,「位置決め信号が…入力された際」に行うとする構成を採用することについて,特段の技術的意義があるとは認められず,甲1発明に接した当業者が,そのような構成を採用することは,設計事項として,必要に応じて適宜なし得ることというべきである。
(4)ア なお,被告は,本件発明1の制御について,施療子を非突出状態とするように積極的に制御するものであり,甲3公報に開示された技術事項とは異なる旨主張する。
しかしながら,上記認定のとおり,甲2公報及び甲4公報に開示された技術事項は,施療子を非突出状態とするように積極的に制御して移動させるものである。また,そもそも,施療子を非突出状態とするように積極的に制御してから移動させるか,施療子が非突出状態になったときにだけ移動させるかは,施療子の構造,施療子の動作を制御する機構等により適宜選択されるものであって,いずれにせよ,施療子を非突出状態で移動させることに変わりはなく,上記の周知の課題や技術事項を適用することに影響を及ぼすものではない。
したがって,仮に本件発明1の「制御」が,施療子を非突出状態とするように積極的に制御するものであるとしても,そのような構成を採用することは,当業者にとって,適宜なし得ることといえる。
イ また,被告は,甲1公報がストレッチモードに関する技術事項を開示するものであることを前提として,甲1公報に開示されたストレッチモードに甲2公報~甲4公報に開示された技術事項を適用することは容易ではない旨主張する。
しかしながら,甲1公報には,上記2で認定した甲1発明,すなわち,位置決めのために脚用袋体を設けた脚支持台を移動させるという発明が開示されている。甲1公報には,これとは別に,ストレッチモードに関する技術事項,すなわち,脚用袋体にエアーを供給した状態で脚支持台を前方に移動させ,排気状態で後方に移動させることで,脚の被施療部を伸長(ストレッチ)するマッサージを行うという技術事項(特許請求の範囲【請求項2】,発明の詳細な説明段落【0007】,【0008】,【0034】,【0035】)が開示されているが,これは甲1発明とは別個の技術事項であるから,審決が甲1発明を主引用例として認定したことに誤りはなく,これとは別個の技術事項であるストレッチモードに甲2公報~甲4公報に開示された技術事項を適用することが容易かどうかは,甲1発明を主引用例とする容易推考性の判断に影響を及ぼすものではない。
(5) 以上を総合すると,甲1発明に,甲2公報~甲4公報に開示された周知の技術事項を適用するなどして,相違点Aに係る本件発明1の構成とすることは,当業者にとって,適宜なし得ることというべきであるから,これを否定した審決の判断は誤りであって,取消事由1は理由がある。
4 取消事由2(無効理由4(相違点B)に関する判断の当否)
上記3(2)で説示したとおり,当業者が,甲1発明に,甲2公報~甲4公報に開示された周知の技術事項を適用して,制御回路が(脚支持台ごと)施療子を移動させる際に,突出量を適宜小さく調整する,すなわち,最大突出量よりも少ない突出量で突出するように制御することは,適宜なし得ることというべきである。また,相違点Bの「マッサージ中」,「位置決めする際」に上記制御をするという構成についても,上記3(3)で説示したのと同様に,格別の技術的意義があると認めることはできず,甲1発明に接した当業者が,そのような構成を採用することは,設計事項として適宜なし得ることというべきである。
したがって,甲1発明に,甲2公報~甲4公報に開示された周知の技術事項を適用するなどして,相違点Bに係る本件発明2の構成とすることは,当業者にとって,適宜なし得ることというべきであるから,これを否定した審決の判断は誤りであって,取消事由2も理由がある。
第6結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由はいずれも理由がある。よって,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 塩月秀平 裁判官 真辺朋子 裁判官 古谷健二郎)